◆live◆









涼しげな温度で保たれた縁側に着物姿の女性が一人。
彼女は何を見るでもなく、ただ虚ろなに縁側に腰を下ろしたまま前を向いていた。

時折歯を食いしばるその仕草だけが人間らしくあったが、いつもの彼女の笑顔は形(なり)を潜めている。
銀河の妖精、シェリル・ノームが彼女だった。

雨の中傘もささずに暗い街中で膝をついていた彼女をそこに通りかかった矢三郎がシェリルを早乙女の屋敷まで連れてきた。
タクシーに乗り込んだところで矢三郎には都合良く、アルトが割って入ってきたことで矢三郎は彼に言葉を残していく。
シェリルに会いたければ早乙女の屋敷まで来いと。

S.M.Sからの出撃を終えたアルトは次の日の朝、S.M.Sの隊服姿で早乙女の玄関前に立っていた。
おいそれとS.M.Sの人間だと分かるような格好で街中をどこでも歩いて良いものではなかったが、アルトにとっては家に帰らないという意志表示でもある。
気休めかもしれない。だが、気の迷いなんかじゃない。

意を決した瞬間、アルトが来たことを知っていたかのように和式の玄関扉が横に開かれた。

「・・・兄さん」

「お待ちしてましたよ、アルトさん」

喰えない笑みを浮かべる矢三郎にアルトは苦虫を潰したような表情を乗せるが、溜息を一つ落として矢三郎に導かれるままに数年振りに実家の床を踏みしめた。

「シェリルは?」

「まぁ、いいじゃありませんか。すぐ会わせてあげますよ」

アルトは前を歩く矢三郎にシェリルの居場所を問うたが、彼は適当にはぐらかすばかりで答えは得られない。

「それより、その服は?アルトさん」

「S.M.S。軍事プロバイダーって言えば分かるだろ」

「軍人まがいになって危険なことをしているんですか?」

矢三郎は歩みを止め、厳しい表情でアルトを振り返った。
普段は穏やかな矢三郎から不穏な空気を感じたアルトは怯みそうになりつつも矢三郎を真っ直ぐに見返す。

「俺が選んだんだ。俺は一人で生きる。死ぬときも一人だ」

「貴方は役者です。空を飛ぶことなど忘れなさい」

「ッ、俺は!」

矢三郎の胸ぐらをアルトは掴み、意志の言葉を続けようとしたが、二人のものではない足音が近付いてきたことでアルトは言葉を飲み込んでしまった。
矢三郎の向こう側からアルトの父である嵐蔵が姿を現したからである。

「何をやっておる」

「先生、アルトさんを許してやってはくださいませんか」

「兄さん!俺は戻らない!」

アルトの役者復帰を悲願する矢三郎と、それを否定するアルトの姿に嵐蔵は重く溜息を吐く。

「アルト、二度と早乙女に足を踏み入れることは許さんと言ったはずだ」

その言葉に矢三郎は落胆し、アルトは罰が悪そうに視線を落とした。
絶縁を言い渡されたとき、アルト自身も二度と早乙女の家に上がるつもりはないと言った手前、今の状況は本意ではない。
だが、此処にいるのだ。彼女が。

「俺は戻ってきたんじゃない。シェリルに会いに来たんだ」

今更、父である嵐蔵に許されたいわけではなく、アルトは真っ直ぐに父を見上げた。

「シェリル?あのお嬢さんか」

「何処にいる!?」

慌てた息子の様子に嵐蔵は落ち着けと彼の肩に手を乗せる。
厳しい師の顔ではなく、父親の顔を見たような気がしてアルトは目を丸くした。

「彼女は母屋にいる。だが、早乙女の家では着物を着用するのが決まりだ。分かっているな?」

「・・・会わせてくれるのか?」

「今の彼女を誰かと会わすのは気が引けるがな、お前なら大丈夫だろう」

そう言い残し、嵐蔵はアルトの横を通り過ぎていく。
父の大きな背中をアルトは暫く見送っていると、矢三郎の溜息がアルトの耳に届いた。

「仕方有りませんね。アルトさんのお着物は・・・大きくなられましたからもう小さいですかね?私ので宜しかったですか?」

「あ、あぁ」

矢三郎についていけば、矢三郎はある一室の棚から一着の着物をアルトに手渡した。
アルトは受け取ると、それに着替えて母屋へと続く通路へと足を向け始めたが、一度足を止めて矢三郎を振り向かぬまま口を開く。

「ごめん、兄さん」

矢三郎が何を思って、誰を思って自分を役者の道に戻ってきて欲しいのか分からなかったアルトではない。
理不尽すぎるやり方は気に入らなかったが、誰よりも歌舞伎を愛している矢三郎のことをアルトは理解していた。

「良いんですよ。私が勝手にやったことですから」

「俺は演じることが嫌いなわけじゃない。その、それだけは」

「分かっていますから、シェリルさんのところへ行っておあげなさい」

そこでアルトは矢三郎を振り返れば、彼は穏やかに笑みを浮かべていた。
血の繋がりはなくても、本当の兄のように見守る顔を。

「有り難う、兄さん」

優しく微笑むアルトに矢三郎は諦めた。
アルトの決意はとても固いことを知り、自分では彼を揺れ動かすことは絶対に出来ないと判ったから。
アルトの誕生日に家に戻れば、と言った時には確実に動揺していたはずなのに。

今、アルトが見ているものは矢三郎とは違う。

母屋へと向かったアルトは遠巻きに何かを伺うように中腰になって見ている兄弟子や弟弟子達の背中を訝しげに見下ろした。

「何やってるんだ」

「あ、アルトさんッ」

「お帰りなさいませ!」

声を掛ければ、今気付きましたと言わんばかりの反応にアルトは溜息を落として、帰ってきたわけじゃないことを伝えると、彼らが見ていた先に目をやって息を飲む。

アルトは兄弟子や弟弟子達の視線に構うことなく、縁側に座る彼女の近くに歩み寄った。

「シェリル」

「!?」

ハッと肩を跳ね上げたシェリルは信じられないものを見るかのようにアルトを見上げたかと思うと、表情を歪ませてその場から去ろうと腰を浮かして逃げようとした。
けれど、女物の着物は動きを制限されてしまい、いとも容易くアルトに腕を掴まれてしまったことで逃げられなかった。

「シェリル」

もう一度名前を呼ばれた事でシェリルは身体から力を抜くがそれも一瞬だけで、自分の顔を掴まれていない手で覆う。
こんな顔を見られたくはない。鏡はないけれど、きっと酷い顔をしている。
アルトにだけは嫉妬まみれの顔なんて見られたくないのに。

羽根の無い蝶なんてみっともない姿を見ないでください。

「何しに来たのよ。あんたはパイロットでしょ?こんなとこにいて良いの?」

少し棘のある言い方にアルトは眉間に皺を寄せる。

「ミシェルからお前を追い掛けろって言われたんだよ」

ぶっきらぼうなその言葉にシェリルは余計に身体に力を入れた。
友達に言われたから?私はそんなもの?そんなもの・・・なんでしょうね。

今のトップスターはランカだ。シェリルは忘れ去られる存在でしかない。
ランカの魅力も実力もシェリルは認めている。だからこそ、上に登って来なさいと彼女に挑戦とも協力とも言える言葉を差し伸べた。
なのに、シェリルはリン・ミンメイには届かず、ランカの歌声は現代のリン・ミンメイと謳われ希望となった。

アルトの隣だってランカの方が似合っている。何の力もないシェリル・ノームよりも良いに決まっている。
そう思えば、思い込むほどにシェリルの胸は押し潰されそうになってきた。
憎みたいわけじゃないのに、歌手としてのプライドも女としての魅力も彼女に踏みつけられたような気がしてならない。
だから、今の顔を見られたくないのに。

「追い掛けろって言われたから?それこそ迷惑よ!」

「落ち着け、何で逃げる?」

「私を追い掛けてきたのはアルトの意思じゃないんでしょう!?だったらほっときなさいよ!」

「は?俺の意思じゃないわけないだろう!」

「追い掛けろって言われたからって言ったじゃない」

返されたその言葉にアルトは自分の言葉がシェリルを傷つけてしまったのだと知る。その理由は理解し難かったが、彼女には許せない言葉だったのだろうと思うとやるせなかった。
シェリルの腕から手を離してアルトはシェリルの頭をぎこちなく撫でる。

「追い掛けろって言われたのは確かだが、俺がお前を追い掛けてきたのは俺の意思だ。それじゃなければ、二度と帰ってくるなと言われた実家までお前を追い掛けてくるわけないだろ」

アルトから初めて頭を撫でられ、シェリルはアルトの言葉に力を抜いていき、施されるままに縁側に再び腰を下ろす。
身体の震えが治まったところで本当にその言葉を信じても良いのかと涙の溜まった蒼い瞳で隣に座るアルトを見上げれば、彼は慌てたようなそれでいて恥ずかしそうな顔をしてシェリルから視線を逸らしてしまった。
視線を逸らされたことにシェリルは不満そうな顔を示し、沈んだ表情を落とす。

「あんたの言葉は信じてあげる。でも、私はもう誰からも必要とされてない」

「誰からもって、お前は・・・」

歌手だろうという言葉は続けられなかった。シェリルのCDが半額で売られているのを見てしまったアルトは上手い言葉が見つからずに彷徨う。

「アイドルの寿命は短いのよ。売れたからって、いずれは売れなくなるもの」

けれど、こんなに早く突き落とされるなんてシェリル自身思っていなかった。
そして自分の命はもう短いことも。

アルトには判らないだろう、シェリルがどんな生き方をしてきたか。
親の跡を継ぐのが当たり前で、両親がいる子供ほど幸せな者はいないと知っているシェリルはアルトにも理不尽な言葉を言いそうで自分自身が嫌になる。

「お前はシェリルだろ。アイドルでも、アイドルでなくても」

「私はまた独りぼっちなのよ。一人でのし上がったんだもの、一人で死んでいくわ」

後者の投げ捨てられた言葉にアルトは気付かされる。
自分がS.M.Sに入隊を決意した時にオズマに言った言葉だった。そして、つい先程にも矢三郎に言ったものと同じ。

その言葉がこんなにも悲しいものであったことにやっと気付く。
自分が言ったときには気付かなかったのにとアルトは悔しさなのか後悔と呼ぶべきものなのか沸き上がる感情を無理に抑えた。

「お前を一人で死なせない」

「アルト?」

「俺にとってお前はアイドルのシェリル・ノームじゃない。誰からも必要とされなくなったシェリル・ノームでもない」

誰からも必要とされていない人なんて居ていいばずが無い。
それなのにシェリルは首を左右に振り、アルトの言葉に同意を示さなかった。

「マネージャーがいなくなった途端に仕事一つさえ見つけられない無力な女なのよ」

「お前は歌が歌えなくなったのか?」

その一言はシェリルの心を僅かに揺れ動かした。
歌はシェリルであり、シェリルは歌である。

歌は好きだ。歌うことで注目された。注目されたくて歌っていたわけじゃない、それこそ歌に対しての情熱はランカと同じくらい強いだろう。
だから同じ何かを感じたランカに手を差し伸べたのだ。

「私は歌を愛してるわ。歌を知ったとき、歌ったときの感動は今でも忘れてない」

いつも通りのシェリルの強い瞳に光が戻ったことにアルトは力強く頷く。

「やっぱり、シェリルはシェリルだな」

「そうよ、私はシェリル・ノームなんだから」

笑って魅せるシェリルにアルトも微笑み返す。
風鈴が涼しげな音を奏でるのをシェリルの手にアルトの手が添えられたまま二人で聴いた。

生きている理由は見つかっていないけれど、生きていたい理由なら此処にある。

「それにしても、あんた着物似合うわね。私の着てるやつの方が似合いそうだけど」

「勘弁してくれ。お前まで女扱いするなよ」

項垂れるアルトにシェリルは口元に手をやりくすくすと笑みを漏らす。
男らしくさばさばしたところのあるシェリルだが、やはり女性らしく笑い方や仕草に気品があり、かつての地球にあった東洋の血が入って無さそうな外見でも着物はよく似合っていた。
何よりもアルトの母の着物を違和感無く着こなしているのはシェリル自身が醸し出す雰囲気の賜物なのだろう。

「いや、うん。本当にお前のほうが似合ってるよ」

言われた内容に暫しきょとんとした表情を浮かべていたシェリルだが、似合うと言われたことを正しく理解すると頬を染めた。
今までに似合っているという言葉を何度も数え切れないほど言われてきたが、こんなにも感情を揺さぶられる響きを持った言葉は初めてであった。

「当たり前でしょ、私はシェリルだもの。なんだって着こなすわ」

素直に返せずにシェリルはいつものように言葉を返したが、その顔は先程よりも赤く染まっていて、言葉尻もらしくなく弱々しくなってしまった。
バレていないだろうかと俯き気味だった顔を恐る恐るアルトに向けてみれば、彼も顔を赤くしていたことにシェリルは驚き、恐らく気付かれてしまったことから視線を彷徨わす。

しかし、自分の手に添えられているアルトの手を視界で確認してしまうと、余計に意識せずにはいられなくなってしまった。
お互いにまたばったり視線が合うとどちらともなくパッと視線を顔ごと逸らしてしまう。

そんな二人を奥から見守っている兄弟子や弟弟子ははっきりしない展開にもじもじしていた。
矢三郎がシェリルを連れてきた時は本物のアイドルに驚き、シェリルが矢三郎と何か関係を持っていたのかと噂していたのだが、アルトが彼女を追い掛けてきたと聞き、その考えはうち消される。
その代わりに、アルトの嫁になる人かもしれないという噂が弟子達の間で広まっていた。

そんなこそこそした弟子達の様子に矢三郎は溜息を落とそうとしたが、自分の横を横切った嵐蔵に息を飲み込んで彼の進む先を見つめた。

「アルト」

「父さん?」

アルトに手渡されたのは自分が着ていたスボンに入れていたS.M.Sの携帯だ。
出動要請が出ている。

アルトはシェリルを見やると、シェリルは決心したように頷く。

「行きなさい。アルトは空へ」

「お前はこれから」

「私?私はシェリルよ、歌を歌うわ。それ以外の生き方なんて願い下げよ」

「分かった」

「でも、ちょっと待って」

シェリルは今にも走り出しそうなアルトを少しだけ引き留め、片方しか残っていないイヤリングをアルトの手に握らせた。

「シェリル、駄目だ。コレは」

「そ、私の大切なお守りよ。だからこそ、アルトに預けるの」

生きている限りまた会える証だからとシェリルは託す。
アルトを支えているは自分だけじゃない。仲間も皆、彼を支えている。
でも、ちょっとぐらい優越感に浸らせて欲しい。

「私だって、アルトを一人で死なせはしないわ」

自分の歌がバジュラに効かなくとも、誰かのために歌うことは出来る。
歌は聴いてもらうものだけれど、誰かを想い歌うことに意味があるのだ。

シェリルの想いを手に、走り出すアルトを誰も引き留めはしなかった。
穏やかな空間で息を大きく吸い込み、シェリルは歌を謳う。
















Grace・Do you remember?




























◆後書き◆

シェリル追い掛けろって言ったミシェル(・ω・)bグッジョブ!
微妙に矢→アルっぽい・・・(゜ω゜)アレ?
姫にシェリルさん抱き締めてもらう計画だったのに、頭なでなでだけになってしまった・・・orz

「live」=「生きている」
Grace=(神の)愛
Do you remember?=覚えていますか?

更新日:2008/08/09



2008/08/15
19話放送見て、フライングしすぎで恥ずかしい作品となりました(ノノ)





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