◆weather◆









フロンティアの街中で一際騒がしい一角で長く弧を描くブロンドの髪を靡かせた少女は黒髪の青年の手を取り走っており、青年の結われた髪も走っていることで尻尾のように揺れていた。

「あ、シェリル!」

「何言ってんの、こんなとこにいるわけないじゃん」

「本物!?」

「でも、あの制服」

「一緒にいるのCMに出てた人じゃない?」

「うそ、付き合ってんのッ」

「髪長いよ?女の子じゃない?」

「あれ美星の男子制服だって!」

様々な言われようにシェリルに引っ張られるように走っていたアルトは振り返って一人ずつに訂正を入れたい衝動に駆られるが、思いのほかシェリルの手が強く自分の手を握っているのでそれは叶わない。

アルトとシェリルは美星学園の下校途中であった。
シェリルがショッピングをしたいと言い出したことがきっかけで街中を練り歩いていたのだが、変装など全くしていなかったシェリルが有名人だと気付かれるのは容易いことだったらしく、握手程度のサービスにはシェリルも応じていたものの、それ以上のサインなどは出来ずに断っていたら追い掛けられる始末。
ファンに追い掛けられ、すれ違う人々には根も葉もない噂が飛び交い始める。

以前にもシェリルと二人で街を歩いたことがあったが、ここまで酷くはなかったはず。
その時と何が違うのかと言うと、シェリルが私服でもなくサングラスをしていないことぐらいだろうか。

シェリル・ノームが美星学園の航宙科に通っているというのは既に周知の事実である。
きっかけは彼女のギャラクシーの安否が不明になってしまったことから、フロンティアに滞在し続けることとなったシェリルは学園に通い始め、CMまで利用して全国民に知れ渡るようにしたのだから自業自得と言っても過言ではない。

「ちょっと!」

次の曲がり角で先回りしていたファンが飛び出し、シェリルは非難の声をあげながら急ブレーキをかけるが間に合わない。
しかし、シェリルを畏れ多くも抱き締めようとした男の手は空を切った。

シェリルが気付いた瞬間にはシェリルの手をアルトが引いて走っており、彼女の目の前でアルトの黒髪が光の反射で青っぽく輝きながら揺れている。

「アルト!?」

「少し黙ってろ」

そう言った矢先にアルトはシェリルを抱き上げてあまり大きくはない噴水の縁に飛び乗り、追い掛けてきたファンの群に向かって噴水に溜まった水を蹴り上げた。
ずぶ濡れになるほどの量ではないが、何人かの目に水が入ったらしく、その後ろから走ってきた者達は突然足を止めた先頭ともつれ合う。

「行くぞ!」

「え、ええ」

その隙にアルトとシェリルは逃げだし、また走る。
先程より追い掛けてくるファンとの距離は空いたものの、まだしぶとく追い掛けてくる者は数知れず。

完全にアルトにリードされながら走っているシェリルはくすりと気付かれないように笑みを漏らした。
いつもは自分が振り回しているが、こうやって手を引かれるのも悪くないと思う。原因を辿ればシェリル自身が振り回しているのだが、それとこれは別。
そう思ってみたい。

「そこに隠れるぞ」

「え、でもそこ道じゃないでしょ!?」

「着いてこい!」

人は通れるが明らかに路地裏以上に狭い建物と建物の間にアルトに手を引かれるままにシェリルは身体を滑り込ませた。

じっと、シェリルはアルトの手に口を押さえられながら、反対のアルトの手に口を押さえられている人物と向き合っている。
暫くそのままでいるとシェリルのファンが次々に近くを走り去っていく足音が聞こえ、次第に遠のいていく。
アルトの手が口から離れたことでシェリルは大きく息を吸い込んだ。
ほっとするシェリルを余所に空気は重くなっている。

ファンから逃げることには成功したが、二人の人間が肩を並べて歩くには少し狭い道に飛び込んだ二人は和服を着た二人の人物と出会してしまったのだ。
今のアルトが一番会いたくなかった人だと言っても良い。
彼の父である早乙女嵐蔵その人と、アルトの兄弟子である矢三郎である。

咄嗟のこととはいえ、嵐蔵の口を押さえてしまったことに罰の悪そうな顔をしたアルトは恐る恐るその手を下ろした。
アルトは嵐蔵の顔を見ることが出来ず、嵐蔵もまた息子の顔を見据えることなくアルトの横を通り過ぎようとしたのに矢三郎が声を掛けようとしたが、それよりも先にシェリルが彼の足を止める。

「お久し振りです、早乙女先生」

「シェリルさんでしたかな。ミス・マクロスの審査以来ですね」

「ええ」

嵐蔵は丁寧に一礼して見せたシェリルに自分からも会釈を返した。
にこりと笑ったシェリルの顔をアルトは睨むが、そんなものは痛くも痒くもないといった風貌のシェリルはそこに堂々と腕を組んで立っている。

「しかし、私に何用でしょうか」

「私が先生にご挨拶するのは可笑しいですか?」

トップスターのシェリルといえど、その道を数多く踏んでいる嵐蔵に敵わぬものがある。
上下関係が物を言う世界に身を置く以上、挨拶は基本中の基本だ。

「いえ、ただ」

そこで嵐蔵はアルトに初めて視線をちゃんと送った。
シェリルが自分と息子の仲を取り持とうとしている気がしたからであるが、それを察したシェリルは頭(かぶり)を振る。

「アルトは私の奴隷です」

「誰が奴隷だ!」

シェリル本人はアルトと嵐蔵に和解して欲しいと思っているわけでは無かった。
そんなお節介は有り難迷惑であることも熟知していたし、何より意味が無いことも理解している。
しかし、このままも納得出来ないのだ。

「私の裸見たくせに何よ!」

「見てないだろッ」

「シェリルのポロリをタダで見たんだから、身体で払いなさいよ」

「いちいち生々しい言い方をするな!」

段々顔を赤くして睨んでくるアルトにシェリルは泣き真似をして見せて、たじろぎ始めたアルトにふふんと笑ってみせる。
そしてアルトの手を掴み、嵐蔵と矢三郎にさよならの笑みを見せて明るい道へと飛び出した。

「アルトは空飛んでるほうがらしいんだから、シャキッとしなさいよ!」

直接アルトに言うのではなく、アルトの手を引いて走りだしたシェリルは真っ直ぐに前を見つめながら歌声のように声高らかに言った。
舞台に立つアルトをそれ程知っているわけでもないけれど、シェリルはアルトには空が似合うと言いたくて、伝えたかった。
本人ではなくて、彼を知る人に。

「先生と奥様にそっくりでしたね」

矢三郎は贔屓にしているこの細い道の奥にある反物の店の風呂敷を抱えたまま嵐蔵の側まで近付き、彼はくすくすと笑いながら揺れる長い金の髪と黒の髪を見送りながら思ったままを口にしてしまうが、反応の無い師を目の前にしても後悔はしていない。
アルトの母、つまりは目の前にいる嵐蔵の妻が病気で亡くなってしまう以前は奥様は強い方だったと矢三郎は記憶していた。

矢三郎本人は未だにアルトに戻ってきて欲しいとは思っているものの、シェリルのような女性が側にいてくれるのはこそばゆい。

「あそこまで不甲斐なくは無い」

主語のない嵐蔵の突然の言葉に矢三郎は直ぐに理解出来なかったが、それが先程言った自分の発言に対してであることに気付くと声が出ないように苦笑した。
自分はアルトのように押されっぱなしではなかったと嵐蔵は言いたいのであろう。それに問い掛けるのは野暮だと悟った矢三郎は頷き一つ。

「そうですね」

嵐蔵の答えにか、シェリルの最後に放たれた言葉に対しての返事なのか判別できない声音で矢三郎は声を投げ掛けた。
役者として感性が豊かな嵐蔵は矢三郎の言葉一つに小さく肩を竦め、その場を去るために歩き出す。

直接言われていなくとも、シェリルの伝えたかった言葉は彼女の歌声のように耳を通り抜け、すとんと胸に落ちてきていた。
だが、それを嵐蔵は言葉にすることなく、飲み込むことさえしなかった。
それが絶縁した親の顔である。

しかし、矢三郎は見逃さなかった。嵐蔵の口元に笑みがあったことに。
それは直ぐさま消えてしまったが、良い傾向なのかもしれない。
今度こそ、矢三郎は心からシェリルに礼を言いたい衝動にかられながら、嵐蔵の後を追って車に乗り込んだ。
















The skies are showing signs of clearing




























◆後書き◆

初アルシェリ小説。
そして二次創作では初めて女体化せずのノーマル小説になります。

ちょっと難産で色々手探りしまくりでした。
シェリルさんがなかなか掴めず・・・もっと、こう、強くて可愛い感じを表現したかったです。

「weather」=「空模様」
The skies are showing signs of clearing=空は天気を回復する兆しを示している

更新日:2008/08/04





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