◆茨姫◆









女好きの男というのは世の中に一人だけというわけでも無く、職場に一人だけというわけもまた無く。

S.M.Sも例外ではなく、ミハエルに次ぐ程の女性遍歴を持つ者は少なからず存在する。
その中でも女性に好まれそうなシャープな顔立ちの男は格納庫のスカル小隊が所有するバルキリーを見上げていた黒髪を高い位置に赤い紐で結い上げているパイロットスーツ姿の人物に目をとめた。

「誰、あの子?」

「ああ、お前はその日休みだったけか。バジュラが襲ってきた日はいたよな?」

シェリル・ノームのライブが急遽中止になったことは周知の事実であり、バジュラの驚異までも知らしめられた日を忘れるわけが無く、整備士の言葉に頷く。

「ギリアムの代わりにそこに居合わせた美星学園の学生がバルキリーに乗って応戦したって話も聞いてるだろ?」

「それがあの子ってわけ?」

「そ。新入りのお姫様だとよ」

横顔しかお目にかかれていないが、秀麗な顔立ちをしていることは遠目からでも分かるほどだ。
お姫様と呼ばれるだけありそうな上玉の予感に男は自分のバルキリーから離れる。
男の足先が新入りのパイロットに向かっていることから整備士が慌てた声を出した。

「あッおい!」

しかし、男は背を向けたまま手を振りそこで見ていろとの合図。
整備士は重要なことを言えずじまいで、なるようにしかならないかと肩を竦める。
聞かなかったあいつが悪い。

男は自分と同じデザインのスーツに身を包むアルトに近づき、肩に手を置いた。
突然のことで、気配も読めなかったアルトは驚いて自分の肩に手を置いた人物を勢い良く振り返る。
肩に置かれた手を振り払わなかったのは此処にいるのは味方しかいないことと、ミハエルではなかったからだ。

男は目を丸くしたアルトの顔を真正面から見つめ、なかなかの美人だと感心する。
真っ黒では無く、青みがかった不思議な色合いの黒髪に瞳は珍しい黄金色。
胸が真っ平らなのは残念だが、それを差し引いても申し分無いほどの美貌に男は口の両端を持ち上げる。

「新入りってのは君のことかな?」

「・・・はあ・・・」

警戒を露わにしながらも、アルトは話を聞く態度を見せていることに男はくすりと笑い、アルトの左肩に置いていた手を右肩に移動させて背中を抱え込むように肩を抱く。

「俺はあっちの隊で副隊長やってんだ。宜しくな、君は?」

「早乙女アルト・・・スカル小隊所属です」

身体の密着具合に眉を潜めるものの、副隊長を名乗るからには上司に違いない。
アルトは男の様子を慎重に見守り、男は思いのほかアルトの声が低かったことに少なからず驚いた表情を浮かべた。しかし、それは緊張からだろうと思い直すとアルトの顔を覗き込むように自分の顔を近づけていく。

「姫君が戦いに身を置くなんて危ないぜ」

アルトの顎を手に取り、女性を落とすときの流し目も忘れない。
だが、アルトに顔面を掴まれたことで突然視界がシャットダウンしてしまった。
男にとってこんな展開は初めてで新鮮だった。

気高い麗人というのも男の好きなタイプであり、新しい恋の予感に胸を高鳴らした直後に夢は終わりを告げる。

「俺を女扱いするなー!」

顔面を掴まれたまま男は鳩尾に膝蹴りを喰らい、アルトに顔面を離されるとその場に蹲った。
しかし、S.M.Sに入隊しているだけあり、身体は逞しく鍛えられている彼は痛みに耐えながらもアルトの言葉に耳を疑うほどの余裕を持ち合わせてしまっていた。

「え・・・男?」

「信じらんねぇ、マジで女だと思ってたのかよ」

肩を怒らせて吐き捨てるような物言いに、顔に似合わず相当口が悪いことが伺い知れた。
その様子を見守っていた男が所属している隊の隊員と整備班達はまた犠牲者が増えたと心の中で合掌した。この中にもアルトに返り討ちにされた者が含まれていることを男は後に知ることとなる。

アルトが再び男に殴りかかろうとしたところで制止の声が割って入る。

「何やってるんですか!?アルト先輩!」

「離せ、ルカ。もう一発殴らねぇと気が済まねぇ!」

「駄目ですよ、また隊長に呼び出されて謝りに行かせられますよ!」

「う゛」

嫌な過去を思い出したようにアルトの身体が固まり、ルカはホッと息を吐いてアルトに抱きついていた腕を離した。

「アルト姫は今日も口説かれてるのか?」

「ミハエル!今、なんて言った!」

自分の愛機から降りてきたミハエルがアルトの背後から声を掛ければ、アルトは勝手に名付けられたあだ名に反応して振り返る。
ミハエルは眼鏡を取りだして耳に掛けると、爽やかな笑顔を見せた。

「お姫様への求婚は絶えないよなって話」

「わざと言ってんだろ、お前!」

「さあね」

「このッ待ちやがれ!」

格納庫にある障害物や整備士達の間を器用に走り回るミハエルとアルトの姿は名物となりつつあり、誰かが注意するまでそれは放置されたままになる。

「副隊長、アルト先輩は諦めてくださいね」

「諦めるも何も男じゃなー。落としようがないし、守備外だって」

男は立ち上がりながら本当に勿体ないと漏らし、アルトに追い掛けられているミハエルを一瞥した後にルカを見下ろした。

「しっかし、ブランの年相応な顔なんて珍しいな」

「そうですか?学校ではいつもあんな感じですけど」

「あの新入りもお前らと同じ学校だったな」

「ええ。アルト先輩が航宙科に転科してきたのは去年なんですけどね」

そのルカの言葉に男は驚く。

「転科ってことは、あいつ素人か?」

「経験だけで言うならそうなんでしょうけど、アルト先輩は首席のミシェル先輩の次に成績良いですよ」

EX-ギアをたった三ヶ月で完璧に使えこなせるようになったのはアルトぐらいだ。
持ち前の運動神経と才能が無ければ学年次席になど立てなかっただろうことは容易であり、本人の努力の賜物も大きいであろう。

「それでブランの奴はちょっかい出してるってか?」

好敵手関係にある学友というのは距離を置きがちであるが、どうもルカの話と彼らの様子を見るからにミハエルがアルトを構っているようである。
ミハエルとは好みの女性像を語り合って会話に華を咲かせることが常であった彼からすれば、今のミハエルは少しばかり理解に苦しむところが含まれた。

「アルト先輩が姫って呼ばれてるのはもう聞いてます?」

「おう」

「それ呼び初めて広めたのミシェル先輩なんです」

肩を竦めたルカに男は僅かに目を見開く。
益々S.M.Sで見掛けるミハエルの姿とはかけ離れているような気がしてならず、男は首を傾げた。
それについてルカに問い掛けようとしたところでアルトがオズマ隊長に捕まったらしく、ルカは彼を助けるために此方に頭を下げて去ってしまい、所在なげになった男は自分の持ち場へと戻っていく。

「ご愁傷様」

「お前な、知ってたなら止めろよな」

男を口説き落とそうとしたなんて黒歴史だと整備士に語る姿には哀愁が漂っていた。

「最後まで話を聞かなかったのはそっちだろ?」

「美人は好きだが、男はな・・・」

何だかんだと整備士と会話しているとオズマに引きずられてアルトが此方にやって来たことに整備士はまたかという顔を晒す。
状況を読み込めないまま、オズマがアルトに頭を下げろと指示するがアルトはそっぽを向いたままで反省の色は見えない。

堪忍袋の緒が切れたオズマはアルトの頭部を掴んで無理矢理頭を下げさせた。
その勢いでアルトの結われた髪が独特の跳ね方をした後に重力に引かれる。

「すまねぇな、新入りがあんたに蹴り入れたみたいで」

「いや、俺が勘違いしたのが悪かっただけですよ。すまんな、坊主」

オズマの手を払いのけたアルトの頭を年長者らしく撫でてやれば、アルトはどう反応して良いのか考え倦ねいたままの表情をして、男の手が離れた後に小さく謝罪の言葉を口にした。
可愛いところもあるんだなと思ったところで何やら冷たい視線を感じて周りを見渡し始めた男にオズマが何事か問い掛けてきたが、気のせいだったかもしれないと返事を返す。
だが、突然の乱入者は爽やかに現れてアルトの目の前にある物を差し出した。

「アルト、今日のトレーニングメニューだ」

「ミハエル、てめぇ逃げやがってッ」

「さあ、何のことだが。ほら、さっさと行って来い」

「おぼえてろよ!」

トレーニングメニューが記されたボードを奪い取り、アルトはその場を大股で去っていく。

「お淑やかの欠片もない奴だな」

ポーカーフェイスを気取っているミハエルの視線の意味に男は気付いた。
先程感じた冷たいものの正体に苦笑してみせれば、ミハエルが不思議そうに此方を見やったが、教えないでおこうと思う。
















気付かないという眠りは醒めるだろうか




























◆後書き◆

「姫シリーズ」出来た(・ω・)/
第二段なのに始まりっぽくなってしまいましたが・・・。
次は艦長にセクハラされる姫が書きたいです(需要あるのか分かりませんが)。

更新日:2008/07/31





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