※緑谷出久先天性女体化



・十五歳以上推薦
・折寺中の時に爆豪が緑谷♀を強姦(?)しています
・緑谷♀が子供を産めません
・マグロ

15歳未満の方は目が潰れます































◆Gordius -act.7- ◆









二学期が始まってから初めて、クラスが全員揃った。

生徒達を見渡して、職員会議でインターンは中止になったことをホームルームで伝えれば、謹慎中は授業を受けられなかった勝己がザマァと嘲笑った。まあ、大丈夫そうだなと、相澤は勝己を一瞥した後に、実績のある事務所に限りインターンを特別に許可することを付け加えた。勝己がギリッと顔を顰めた。まあ、大丈夫そうだなと、相澤はもう一度思った。

ホームルームが始まる前、勝己は校舎に登校して直ぐに反省文を職員室まで提出しに来た。それを受け取り、勝己が小さく会釈を残して教室に向かおうとした背中をミッドナイトが呼び止めた。

「爆豪くん、緑谷くんが胸のせいで動きが気になるって私のところに来たからアドバイスしといたわ」
「……そっスか」
「昨日の話ですか?」

何故、勝己にそれを伝えるのか首をひねる相澤にミッドナイトはそういえばそこまで説明していなかったと、改めて昨日の一連を説明し直す。

「緑谷くん、爆豪くんに言われたんですって。蹴りを入れる時の予備動作が大きいの、胸が邪魔してるからだって」

それを通形との演習で強く感じた出久が、ミッドナイトに相談しに来たわけである。
最初の切っ掛けを聞いた相澤が勝己に目をやる。

「そうなのか?」
「アイツ、たまに胸押さえてる。動いてるときはそこまで頭回ってねェから動作のバランスが悪い」
「私も胸を腕で支えてた方が安定感あるから分かるわ。緑谷くんの場合は戦闘スタイル的に自分の胸支えながらは難しいのが難点なのよね。だから、サラシ巻いてみたらってオススメしたの」

それで変わるものなのか相澤はいまいち判らず、勝己も同様に首を縦にも横にも振らなかった。

退出のために軽く頭を下げて職員室を出て行った勝己は始終静かだったが、今はクラスメイトに弄られて表情豊かだ。苛ついているのはいつものことなので相澤も気にしない。

通常通り授業は始まり、座学の後に演習で各々必殺技の鍛錬の予定だ。
が、女子が体育館γになかなか集まらない。もうすぐチャイムが鳴り終わるところで、女子が走って来た。女は身支度に時間が掛かるというが、ヒーローがそれを建前にしてはならない。相澤は眉を顰める。

「ギリギリだぞ。ヴィランは待ってくれないし、救助者も一刻を争う。自覚を持って行動しろ」
「あああ!すみません!みんなは悪くなくて僕のせいです!」

相澤の前に出久が飛び出し、あたふたと自分のせいだと繰り返す。
落ち着けといい窘めるものの、出久は慌てすぎていて全く聞く耳を持っていない。これは出久の短所だと、相澤は内心で深い溜息を漏らす。

「おい。誰か順序立てて説明しろ」
「では、僭越ながら私がお答えさせていただきます」

挙手した八百万に相澤が頼むと頷く。
副委員長である八百万は女子のまとめ役でもあり、飯田に続き便利だと相澤は評価している。

「緑谷さんがご自分で胸にサラシを巻こうとしたのですが、苦戦されていたので皆で手伝っていました。けれど、私達も勝手が分からず、サラシをくださったB組の拳藤さんのところまで尋ねに行っておりました。しかし、彼女も緑谷さんの胸の形に戸惑い、上手く巻くことが出来ませんでした。更衣室に戻ってきて、もう一度全員で試みていたため、ギリギリの到着となってしまったことお詫び致します。全て、副委員長である私の監督不行き届きです。申し訳ありません」
「八百万さんは悪くないよ!すみません、相澤先生!僕が悪いんです!」

頭を下げる二人に相澤は顔を上げるように促す。
一度、頭を掻いてから、少しの間を置いて相澤は軽く吐息した。

「話は分かった。ま、その理由じゃ仕方ない。けどな、また授業に遅れそうになったら反省文を書かせる」
「はい!有り難う御座います!」

また頭を下げる出久に相澤は再び顔を上げるように言った。顔を上げた出久のある場所が大きく揺れる。先程から出久が身動きする度に必要以上に揺れているのは見間違いじゃなかったようだ。

「……緑谷、お前今……聞きにくいんだが」

言いあぐねる相澤に出久は首を傾げる。痺れを切らしたのは峰田だった。
性欲の権化は目を血走らせ、荒い呼吸を繰り返す。

「緑谷!お前今、ブラジャーしてんのか?」
「え。あ!してない!サラシ巻けなかったからそのまま」

と素直に答えた出久に峰田がノーブラだとはしゃぎ出す。上鳴も何だかんだで鼻血を出している。耳郎のイヤホンジャックが上鳴の目を貫き、蛙吹の舌が峰田を引っ叩いた。
他の男子は二人のような露骨な反応はせず、前を向いたままか、出久から顔を逸らしている。

「あー、まあ、そういうことです。緑谷は授業受けられる状態にしてから来なさい」

峰田にフォローされる形になってしまったが、相澤は彼の発言を合理的に利用して、出久に着替え直しを言い渡す。

「それじゃあ各自、特訓に励め」

相澤の合図で皆は散らばり、セメントスが作り上げた崖に登ったり、壁に個性を当てに向かう。
勝己も個性の応用を会得するために、己の陣地を決めに行くが、後ろから腕を掴まれた。

「ア?」
「か、かっちゃん、」
「何だてめェ、さっさと行けや」

相澤から着替え直して来いと言われていたにも拘らず、まだ此処にいる出久の手を勝己は振り払う。

「あ、あのさ。サラシ、巻いてほしいんだ」
「ふざけんな」
「う……」

勝己は出久に背を向けて歩き出す。その背中を出久は追い掛ける。

「待ってよ、かっちゃん」
「ついてくんな!」
「だって、君がどうにかしろって言ったんじゃないか!」
「だからなんだ。俺はてめェでどうにかしろっつったんだ。後のことは知らねェ」
「そんなこと言わないでよ……」

涙目になり、目元を拭い出す出久に、近くにいた芦戸が勝己を指差す。

「うわあ、爆豪泣かしたー」
「緑谷くんのこと泣かしたー。爆豪酷ーい」

葉隠も芦戸に加勢し、上鳴も面白がって「ばくごうくんが泣ーかしたー泣ーかしたー」と歌うように続く。
低レベルの責められ方に勝己は青筋を浮かべる。

「小学生か!てめェら!」
「うわ、怒った!逃げろー」

芦戸達は走り去った。
何なんだアイツらと勝己は悪態吐き、まだ涙目になっている出久を見遣る。

「クソッ。条件がある」
「なっ、何!?」
「マグロになれ」
「ま、まぐろ!?」
「動くな喋るな。息もすんな」
「え!?無理!!」
「じゃあ、諦めるこった」

勝己に背を向けられ、出久は彼の背に縋った。

「待って!息止めるってどれくらい?」
「…………五分」
「五分も……」

出久は分かったと言って相澤の元へ駆け寄った。流石に諦めたかと、勝己は自分のことに専念した。

相澤は着替えに行かず、自分の元に戻って来た出久に眉を詰める。

「おい。俺の話聞いてたか?」
「す、すみません。でも、五分息を止められたらサラシ巻いてもらえるので!」

先程、勝己と何やら話していたのは相澤の目にも入っていたが、出久の言っていることは理解しかねた。

「先生、ストップウォッチ持ってましたよね」
「まあ、持ってるが」
「僕が五分間息を止めていられるか計ってください!」

お願いします!と頭を九十度下げる出久に相澤は溜息を深くつき、ストップウォッチを取り出した。
問題児ではあるが、出久の授業態度は真面目だ。巫山戯ているわけではない。それを考慮した上での判断だ。
息止めは水中やガス中で必要に迫られることもある。無駄な訓練にはならない。

「よし、止めろ」
「ッ」

相澤の合図と同時に出久は息を止めた。出久の顔が赤くなり、段々青くなる。出久が口を開けた。

「二分二十三秒」
「あれ、半分もいってない!?」
「はい、次」
「!?」

息を整える暇もなく、相澤がストップウォッチを押してしまい、出久は鬼畜!と言えずに息を止め始める。

「一分五十五秒。さっきより短いぞ、はい、スタート」
「ちょッ」

スパルタ!と言えずに出久は再び息を止める。

十何回目かのチャレンジで四分四十二秒を叩き出し、要領を得た出久は次の息止めで目標に達した。

「五分十秒。おめでとう」
「ハッ……や、やった!」

出久は喜色満面で、高台にいる勝己を振り返り見上げた。

「やった!やったよ!かっちゃん!五分息止められるからサラシ巻いて!」

と、目の前から駆け出した出久の背中を相澤が見つめていれば、その先で勝己が高台から飛び降り、掌の爆破で空中を移動する。向かう先は出久だ。

「クソがあああああ!」
「ぐはッ」

出久の顔面に勝己の膝が入った。勝己のヒーロースーツの膝には鈍器が仕込まれている。下手したら死ぬが、出久は死んでいなかった。

倒れた出久のマスクフードを掴んで、彼女を引き摺る勝己は相澤の元まで来る。

「こいつの着替え手伝ってくる」
「ああ。どうぞ」

流れを理解した相澤は淡々と勝己に許可を出し、二人を見送った。
すると、黒い影が近付いてくる。

「イイノカ?二人ダケ?」

エクトプラズムは自分の分身を敵代わりに生徒に的として分け与えている。勝己は瞬殺してしまうので、率先して生み出した分身を向かわせていた。今し方生み出したばかりで、余ってしまった分身を背に、エクトプラズムは手持ち無沙汰だ。

「女子生徒の着替えに口出し出来ませんよ」
「彼ハ構ワナイノカ?コノアイダ大喧嘩シタバカリダ」
「あら、いいじゃないですか。これを切っ掛けに仲良くなるかもしれないし」

ミッドナイトが二人の間に入り、これぞ青春とばかりに気軽に発言する。

「ミッドナイトさんがサラシ巻いてやれば良かったんじゃないですかね」
「残念。爆豪くんに頼みに行く前に私のところに緑谷くん来たけど、はっきりと巻いたことないわって断ったから」

微妙に役に立たないなこの人と、相澤は溜息を吐く。胸を張っているミッドナイトが言うように、仲良くなるとは思えないと相澤は天を仰いだ。

廊下に出れば、出久が自力で立ちがったので、勝己は彼女のフードから手を離した。
女子更衣室のドアを出久は開けるが、勝己が少し離れたところから動こうとしなかった。

「かっちゃん、中に入らないの?」
「なんで俺が入るんだよ。デリカシー考えろ」
「……僕が悪かったね、ごめん。サラシ取ってくるから待っててよ」

普通に考えれば、女子生徒の制服が置いてある更衣室に男子が入るのは一般的に良しとされていない。出久は謝って、必要なものを取りに行く。

直ぐに出久が出てきて、勝己はさっさと歩き出し、女子更衣室の隣部屋である男子更衣室のドアを開ける。

「僕、入っていいの?」
「見られて困るような連中じゃねーだろ」
「そうかな?」

しかし、他に妥当な部屋もなく、出久は勝己についていくしかなかった。
勝己に続いて男子更衣室の中を潜れば、女子更衣室とは比べものにならない汗臭さがあった。男子は人数も多いため無理もない。

鼻を押さえる出久を一瞥した勝己は窓を開けた。外に人影がないことも確認しておく。
換気してくれたのかなと出久が疑問に思っている間に、勝己が背もたれのない長椅子を指差す。

「座れ」
「あ、うん」
「サラシ」
「はい」

出久は指示された場所に座り、勝己に手に持っていたサラシを渡した。

勝己は出久と間をあけたところに座り、籠手を外す。グローブまで外すのは、素手の方が巻きやすいからだろう。

「なに見とんだ」

勝己に睨まれ、出久はぶんぶんと顔を横に振る。やましい考えはありませんと伝えた。
じとりと睨みに力を入れた勝己だが、出久が怯えて視線を下げた動作に目を伏せる。それから横を向いた。

「てめェも早よ準備しろ。時間が勿体無ェ」
「う、うん」

出久はフードのマスクを外し、二の腕まで覆うグローブも外す。
次にジャンプスーツの背中のチャックを下ろして肩から脱ぐ。両腕を引き抜けば、右手の傷痕も晒される。

「かっちゃん、いいよ」

アイマスクを取った勝己が振り返る。が、視線を外した。

「てめェ、下着の上からじゃないんかよ」
「え?それだと駄目だって拳藤さんが言ってたんだけど。今日してきたのワイヤーが入ってるやつだから、やめといた方がいいよって」
「チッ」

勝己はなかなか此方を見ようとせず、出久は黙ってしまう。マグロになれと言われたからには、喋るのは許されないと思って。

出久が上半身の肌を全て晒していたことに勝己は顔を顰めていた。出久から完全に背を向けるようにして、勝己は長椅子を跨ぐ。
どうしてこうも、出久は簡単に肌を晒すのか理解出来ない。

「あの時のこと、どう思ってんだ」
「あのとき?」
「中学の。産めなくなったっつったろ」

今、勝己からその話が出て来ると思っていなかった出久は、不可思議そうに目を丸くした。

「どうって、言ったじゃないか。君のせいじゃないよ」
「違ぇわ。あの時、てめェん家でしたこと、てめェはどう思ってる」

記憶に残る過去を出久は脳裏に浮かべて、目を伏せた。

「僕は……君としたの、嬉しかったよ」
「そんな頭湧いた言葉信じられっか」
「騙してないよ。君のこと好きだって言ったの、本当だから。嘘じゃない。あの時さ、僕、君に告白しようと思ってたんだ」
「……」
「出来なかったけど」

何度かあの時のことを思い出すことはあった。だが、それは出久にとって辛い記憶ではなかった。
告白出来なかったのは悔やまれるが、勝己が触れてくれたことは大事にしていた。

「痛かったし、全部許してるわけじゃないよ。でも、僕は良かったって、思ってるから」

敢えて、後悔しているとしたら。それは、勝己を悩ませたことだ。思い詰ませるほど、追い込んだ。
ずっと、悩んでいたのだ。オールマイトのことも。此方の個性のことも。ならば、あの時のことだって悩んでいたはずだ。彼の激情を知った今だからこそ、その確信がある。
けれど、悩んでいたなら、何を思い、何を考え、何に苦しんでいたのだろうか。

「僕も、かっちゃんに訊いていいかな?」

出久は勝己の背に触れた。
背中から感じる出久の手から震えが伝わってくる。勝己は口を固く閉じた。

「知るのが怖くて君にずっと尋ねられなかった。今も聞くの怖いよ。けどさ、かっちゃんも教えてよ。かっちゃんは、あの時のこと、どう思ってた?」

出久の震えはあの時の恐怖心から来るものだと思ったが、違った。出久もまた、知るのが怖かったのだと、白状され、勝己は歯をくいしばる。

思い返せば、出久とは同じだった。幼稚園も、小学校も、中学校も、今の高校も。憧れた人も。 同じなのに、出久は自分とは違う。

あの時、あの日の翌日、出久は普段通りに学校に登校してきた。お互いに何も触れず、干渉することなく一日は終わった。
その次の日から、出久が言うこと為すことが目に付いて勝己は今まで通り罵っていた。あの無言の一日で、無かったことにすると決めたからだ。
しかし、個性のことで出久を呼び出し、彼女を敗かして覆い被さった瞬間に、散らばる制服と赤が脳裏を過ぎった。無かったことには、出来ていなかった。

「……俺は、ムカついてた」
「……」
「てめェがわけわかんなくて、目障りだった。それをスッキリさせたかった」
「そうなんだ」

しかし。出久を無茶苦茶にしたところで、自分の願いは叶わなかった。

「全然スッキリしねェってのが、答えだわ」

勝己の答えを聞いて、出久は「そっか」と零した。

「かっちゃん、もう一つ、訊いていいかな」
「んだよ」
「僕としたの、嫌だった?」

出久の声色からは感情が読み取れなかった。だから、顔を見れば判るかと、勝己は身体を捻って後ろを向く。

直後。勝己は出久に押し倒されていた。出久が上にいることに頭に血がのぼる。
勝己は出久を押し返すが、彼女がはらはらと泪を流していることに力が抜けた。出久の泪など見慣れている。今更、揺さぶられるものなどないはずだった。

「僕は……僕はっ、かっちゃんならいいんだよ。かっちゃんがいい。かっちゃんがいいんだ……!」

だから、君が嫌だったなら、どうしたらいい。

「かっちゃんがいいよ」

此方の胸板に丸めた手を置いて、顔を伏せてくる出久に勝己は暫く動けなかった。

出久は仲の悪い幼馴染だ。それは向こうとて同じ筈だ。なのに、何故だと、わけがわからなかった。
震える出久を勝己は抱きしめなかった。そうしたい衝動はあるように感じたが、しなかった。出久はただただ、此方に自分を押し付けているだけだからだ。
自業自得。そう言ったのは出久だ。

いい加減にしろと、勝己は出久を押し返す。しかし、話し声にギクリとした。

「夏も終わりだけど汗掻くと喉渇くな。飯田もか?」
「俺は燃料補給がしたい。まだ授業も半分だから、休憩中に補充を済ませたいんだ」

切島と飯田の声が向こうから微かに聞こえた。勝己は立ち上がり、出久の手を掴む。引っ張られた出久は突然のことに鑪を踏みながらも勝己に従う。

「かっちゃん?」
「黙ってろ」

勝己は空きロッカーに出久ごと入って、閉じた。
同時に、男子更衣室の扉が開いた。

切島と飯田の声を出久も認識した。けれど、隠れる必要はないのでは……と、思ったが、必要は大有りだ。自分が今、上半身裸であったことを出久は今更思い出す。そして、狭いロッカーの中に勝己と二人きり。こんな恰好でと、出久は真っ赤になる。
そのとき、勝己が顔を寄せてきて肩を跳ねさせる。肩をグッと勝己に押さえつけられた。

「動くな、クソ」

耳元で声を潜められ、出久はびくりとしそうになるのを耐えた。勝己の吐息が肌に触れて落ち着かないが、飯田達に見つかるわけにはいかない。

「あれ?これ爆豪のだ」
「こっちは緑谷くんのだな」

勝己の籠手と出久のマスクフードを見つけた二人は首を傾げる。

「窓も開いてるし」

開け放たれている窓に切島は近付く。そこは勝己と出久がいるロッカーから程近い。出久は先程会得した息止めでやり過ごす。

「また素手でタイマンしに行ったのか?アイツら」
「それは一大事だ!探しに行こう!」

勝己のはまだしも、出久のマスクが此処にあるのは不自然だと顎に手を当てて考え込んでいた飯田は切島の発言に推理から気を取られた。

「いや、やめとこうぜ。マジだったら罰も洒落にならないだろ?」
「だったら尚のこと」
「だからだって。騒いだらそれこそ大事件に発展しちまう。俺らの勘違いの可能性もあるし、ふらっと戻ってくるの待ってようぜ」
「むむ」
「あの謹慎の後で派手なことはしないだろ。授業中に戻って来なかったら探しに行こうぜ」
「そうか……そうだな。友達は信用すべきだ」
「そうそう」

切島は窓を閉めず、近くのロッカーを見遣った。それから、自分のペットボトルを手に取り、オレンジジュースの缶を自分のロッカーから出した飯田と共に男子更衣室を後にした。

二人が去り、勝己は息を吐く。出久もそれを合図に息を吐いた。
彼らが戻って来ないか気配を探り、ロッカーを開けるか否かを勝己は暫く考える。

「んぅ」

変な声が聞こえ、勝己は声がした方を見た。ロッカーの細長い数本の穴から光が差し込んでいるため、そこまで暗いわけではない。
光に照らされた出久の乳房は此方に押し付けられていた。狭いロッカーでは密着しなければいけなかったため、柔らかいものが此方の胸板に当たるのは仕方なかったが、出久の様子がおかしい。

涙の跡で濡れた頬を蒸気させた出久が腰を揺らしたことで、勝己の腿に擦れる感触があった。自分の足が何処にあるか、認識した勝己は眉間に皺を寄せる。
勝己の右足は出久の足の間に入っていた。

「ご、ごめん。かっちゃん、僕、変な気分になって……」

出久は熱い吐息を勝己の首筋に零す。

「きちゃった」
「勝手に盛ってんな!」

ロッカーを開け放ち、勝己は出久を外に突き飛ばした。

「いってえッ」
「良かったなァ!萎えただろ!」

額を床にぶつけて悶えている出久の背中を勝己は踏み付け、手にあるサラシの布を横に伸ばす。両手の端で掴んでいるそれをムチのように鳴らした。

「さっさと巻く。てめェは今からマグロだ」
「美味しく食べてくれないかな」
「殺すぞ」
「……すみませんでした」

体育館から姿を消していた勝己と出久がようやく戻って来て、相澤は勝己に声を掛ける。

「遅かったな。爆豪、緑谷に襲われなかったか?」
「は?」
「僕、相澤先生にどう思われてるんですか!」

確かに勝己を押し倒したり、彼に迫ったりしたが、普通は男側を疑うものではないだろうか。右手を上に挙げる出久を見遣った相澤は言った。

「イカレ野郎」
「イカレ野郎!?」

悉く、周りから女扱いされない出久を近くにいたクラスメイト達が生暖かい目で見つめる。

掌を二度ほど叩き合わせ、各自集中するように相澤は指示を出す。

「残り三十分弱だ。しっかり鍛錬に励め」

出久のせいで余計な時間を喰ったと勝己は舌打ちをして高台に向かう。

「お。爆豪、お帰り!」
「おう」

切島とは個性の相性が良いため、勝己は切島に的役を頼むことがあり、逆もまた然りだ。鍛錬では組むことも多い。
今日も共に並んで必殺技を編み出していた。勝己は途中で飛び出して行ってしまったが、その飛び出す前に切島は機嫌の悪い勝己から出久がサラシを巻いてほしいと言ってきたことを聞き出していたので疑問はない。それに。

「緑谷とはちょっとは進んだか?」
「気付いてやがったな」

勝己からやっぱりかと睨まれて切島は少しばかり引く。彼の態度にはもう慣れたが、睨まれ慣れているわけではない。

「あそこまで近付きゃ、気配で分かるって」
「チッ」

男子更衣室に水分補給しに行った切島は開いている窓に近付いた時に、誰かがロッカーに入っていると気付いた。勝己と出久のヒーロースーツの一部が転がっていれば、誰かなど明白だ。
飯田が気付かないように上手く誘導したことくらい褒めてもらいたいが、その辺は最初から期待していない。

「でも、俺と飯田なら、隠れなくても良かっただろ?」

飯田は真面目であるため、説明をすれば納得してくれるし、口外しないように約束すれば守ってくれる。切島自身も友人に限り自分は融通が利く男だと自負しているのだ。

「てめェら二人だけって確証がなかっただろ。あのブドウ頭がいてもしたら面倒だ」
「あー。それな」

サラシを巻くとなると、スーツを脱がなければならない。峰田がいたらアウトだ。
しかしそうなると、勝己は出久の素肌を見たことになるのだが、本当に何もなかったのだろうか。

「なあ、本当に何も進展してないのか?」
「あア!?進展ってなんだよ、アイツがクソだって再認識しただけだわ!」

唸る勝己は爆破で岩を砕いた。
勝己が戻って来たことに気付いたエクトプラズムが彼に向かって分身を放つ。たくさんのエクトプラズムを勝己は無双で爆破散らす。瞬殺だ。

かなり御立腹の勝己の様子に切島は出久は何をやらかしたんだと、高台から下を見た。
切島が見下ろす先には、飯田に足技を習っている出久がいる。

「おお!以前よりサマになっているじゃないか!」
「本当!?いつもより身体が軽くて調子良いかも。かっちゃんにサラシ巻いてもらえて良かったよ!」

うんうんと頷いていた飯田だが、勝己の名にハッとする。

「そういえば、緑谷くん。先程、燃料補給に男子更衣室に寄ったら、君のヒーローマスクがあったんだが、爆豪くんと何かあったのかい?」
「え!?あ、その、さっきも言ったんだけど、かっちゃんにサラシ巻いてもらってたんだ。男子更衣室で」
「君達はいなかったが?」
「あ、や、そうだ!トイレ行ってて!かっちゃんも僕が行ってる間に自分もトイレに行ってたのかも!」
「ならば、すれ違っただけか。それならいいんだ。もしかしたら、また何処かで喧嘩しているのではないかと心配していた」
「あはは、ごめんね。心配してくれて有り難う」

飯田に納得してもらえて出久は心底安堵する。
誤魔化してしまった後ろめたさはあるが、さっきのことを正直に話すのは憚られる。上半身裸で勝己とロッカーに隠れていたなんて言えるわけがない。

「では、時間もないし続けよう。足技となると、片足で立つことも多い。俺は傾いてもエンジンで軌道修正可能だが、緑谷くんは体幹バランスが肝になる」

出久は飯田の語りを手メモしながら、右足をあげる彼と同じポーズを取る。

「この膝蹴りから、腰を捻る」
「こ、こうかな!?」
「そうだ!バランスを意識するんだ!」
「うん!」
「ここで少し腿を引いて、膝下を伸ばし、相手にもう一撃いれる。これがコンボ技だ」
「な!成程!蹴りの連撃には細かい動作が必要でそれを素早く行うことで敵に隙を与えず、尚且つ別の蹴りを入れることでパターン化を避けて、予測させない動きが出来るのか!」

お前の予備動作を大きく必要とする技は乱打戦に向いていないと勝己からの指摘もあった。コンボ技ならば今の戦闘スタイルにも合っている。出久は新たな可能性に顔を輝かせて足技のビジョンを想像して固めていく。

出久の解析は今に始まったことではないが、一を教えたら百を頭で理解する。一を見たら百を才能で理解する勝己とは別物だ。真逆のようでいて、同じときがある。飯田はそれが何処かあべこべに感じるのだ。

「本当に君達は難解だな」
「達?」

片足立ちのまま出久は首を捻った。

「いや、気にしないでくれ。しかし、緑谷くんの運動神経はそれ程だが、体幹は人並み以上だな。飲み込みが早い」

前にも足技について出久から何度か相談されて訓練を見ていた飯田は、今まで出久の体幹が良いとは思っていなかった。それが、今日は劇的と言えるほどの変化が見てとれたのだ。
サラシ一つでここまで違う。まだまだ伸び代のある出久に悔しさを感じるが、競え合える友人がいることは飯田にとって喜びでもある。

「ぅえ!や!そ、そんなことないよっ」
「謙遜することはない。君の長所だと言っているんだ。それに、体幹が良いなら他の跳び蹴りも練習してみるといい」
「うん!あ、でも、ごめんね。飯田くんも自分の技作りしないといけないのに、僕が何度も邪魔しちゃって」
「気にしないでくれ。緑谷くんへの教えは俺自身、基礎と応用の見直しに繋がっている。レシプロバースト以外の技も君のお陰で編み出せそうなんだ。技が完成したら一番に緑谷くんから意見を聞きたい」
「わあ!飯田くんの新技かあ!すごい楽しみだよ!」

それから、飯田の指導で出久は空中での回し蹴りや、前転蹴りを何度か繰り返し、チャイムが鳴るまで鍛錬に励んだ。

相澤が点呼を取り、一礼してぞろぞろと更衣室に向かう中、出久を横切る勝己が一言言った。

「それ取れよ」
「?」

何のことか訊こうとする前に勝己は男子更衣室に消えてしまった。

それとれよ。とは何のことなのか、考えていた出久はスーツを脱いだ。
ロッカーは女子のみの出席番号順に割り振られているので、隣の八百万が気付いて声を掛けてくる。

「緑谷さん、サラシ綺麗に巻けていますわね」

女子全員で挑んでも布が絡み、たわんでしまって全く綺麗に巻けなかった。完璧主義なところがある八百万には悔しいものがあったが、それよりも出久が満足そうで喜ぶ。

「うん!かっちゃんに巻いてもらったよ」

一瞬。沈黙が漂った。

「緑谷と爆豪、途中からいないなとは思ったけど、本当に爆豪にやってもらったんだ……」
「かっちゃん包帯も巻くの上手いよ?」
「や、そういうことじゃなくてさ。見られたり触られたりしたわけでしょ?」

出久はサラシを巻いてくれている時の勝己を思い出して真っ青になる。
ガタガタと涙目で震え出している出久の顔は恐怖に染まっていた。
この反応は芦戸が期待していたものと真逆だ。変な汗をかいてしまう。

「緑谷は爆豪が好きなのか怖いのかどっちなんだか」
「こ、怖い」

好きだって言ってたの誰だっけ。

午後の授業も終え、帰りのホームルームも終わる。皆が一斉に帰り支度をする中、出久は一人だけ鞄に教科書を詰めていなかった。

「デクくん、一緒に帰ろ」
「あ。麗日さん。うん」
「ど、どうしたん?顔色悪いよ」
「えと……」

麗日の指摘通り、出久の顔色は悪かった。一時間前あたりから息苦しさを感じていた出久は説明しようにも、喋ることが苦しくて躊躇う。

「来い」

その時、前の席である勝己が音を立てて椅子から立ち上がった。
彼に腕を取られた出久は強制的に立ち上がらせられ、引っ張られるがままに連れて行かれる。

「ちょっ、爆豪くん!デクくん何処に連れていくん!?」
「先に帰っとれ、丸顔」

勝己は出久を連れ出して教室から出て行った。
それをクラスメイト達が全員見ていたが、喧嘩に連れ出した雰囲気ではなかったし大丈夫だろうと麗日に言葉を掛ける。

勝己に引っ張られている出久は疑問だらけだが、彼が歩きながら舌打ちしたので萎縮してしまう。何か怒らせただろうかと。

「……かっちゃん」
「てめェ、人の話聞かねェのもいい加減にしろよ」
「え?」
「それ取れっつったろ」
「とれって、何を?」

足を止めた勝己が出久を振り返る。
さっぱりと顔に出している出久に勝己は眉間の皺を減らした。

「マジで何か分かってねェんか」
「ご、ごめん」
「サラシ取れっつったんだ」
「え?何で?」
「てめェが今苦しいのは胸にそんなもん巻いてっからだろが」
「でも、かっちゃんが折角……」

巻いてくれたのだ。直ぐに取りたくはなかった。それに、胸の安定感もある。

「何で苦しいか考えろ」

勝己は再び歩き出した。まだ腕を掴まれている出久は彼について行く。

何で苦しいか。出久は考える。
考えている間に二人の足は保健室で止まった。勝己がガラッと扉を開ければ、リカバリーガールは出張中だと、ホワイトボードに書かれていた。

中に入る勝己に出久も続く。ようやく、手を離される。

「答えは出たかよ」
「えと、胸をサラシで締め付けてたから、心臓も締め付けてた?」
「分かったんなら、さっさと取れ」

顎でカーテン付きのベッドを指され、出久は保健室まで連れ出された理由を理解する。
混乱ばかりだったが、冷静になった頭では文句一つない。勝己の指示に素直に従って、ベッドの方に行き、カーテンを閉めた。

制服の上を脱いで、出久は胸に巻いたサラシを解いていく。
脱いだ制服をもう一度着て、カーテンを開けた。まだ、勝己がいたことに愕くが、勝己の方が愕いた顔をした。

険しい面構えで迫ってくる勝己に肩を跳ねさせる出久だが、勝己はカーテンを閉めただけだった。互いの姿が見えなくなるが、出久からは勝己のシルエットがカーテン越しに見えていた。

「え、な、かっちゃん?」
「てめェクソ、下着どうした!」
「下着……あ、」

出久は自分の胸を見下ろして真っ赤になった。夏服の制服だから、透けているのだ。

「ブラジャー、鞄の中だ」

教室に置いてきていると言う出久に、勝己は自分の鞄を開ける。

「チッ、クソが。そんな痴女みてェな恰好で出てこようとすんな!」

鞄から取り出したものを、カーテンを開けて出久に投げつけた。柔らかいそれはぽふりと出久の腕の中に落ちる。

「ジャージ?かっちゃんの?」
「それ着ろ」
「いいの?」
「洗わなくていい。すぐ返せ」
「う、うん」

勝己は用は済んだとばかりに扉に向かう。彼が出て行く直前、出久は呼び止めた。

「かっちゃん!」
「ア?」
「あの、ありがとう」
「フン!」

勝己は不機嫌そうに鼻を鳴らして去って行った。
出久はベッドに腰を下ろして、ぎゅっと勝己のジャージを抱きしめた。

保健室から出て来た勝己はそのまま下駄箱に向かおうとするが、オールマイトの姿に足を止める。

「爆豪少年、今から帰りかい?」
「おう」
「あれ。顔が赤い気がするけど、保健室に用事?」

けれど、リカバリーガールは昼から出張中だとオールマイトは職員室で聞き及んでいる。勝己が体調を崩しているなら、どうしようかとオールマイトは思案する。

「気のせいだろ」

勝己はオールマイトから顔を反らして、先程保健室で見てしまった笑顔を瞼の裏から消した。

「それより、話がある」

反らしていた顔をオールマイトに真っ直ぐ向ける。勝己の言い出しにオールマイトは少し身構えた。

「デクとサシでやらせろ」

その言葉にオールマイトは身体から力を抜いて、瞬きする。
秘密のこと。もしくはオール・フォー・ワンのことに関しての話しだろうかと思ったが、予想と違っていた。
出久のことを話し出した勝己をオールマイトはまじまじと見つめる。

「サシってのは、闘いたいってことかな?」
「喧嘩が駄目なら、授業でいい」
「どうしてそんなことを」
「…………」

黙って俯いてしまった勝己にオールマイトはうーんと上を見ながら考える。

「あんまり乱暴なやり方はお勧め出来ないんだけどね」
「……」
「君達はお互いへの接し方、まだ分かってないんだろうな。今は、それしか方法が見つからないかい?」
「他は、ない」
「分かった。演習授業のカリキュラムは相澤くんが組み立てているから、対戦の課題があれば君達二人が当たるよう進言してみるよ」

良いのか?と顔をあげた勝己の頭をオールマイトは大きな掌で撫でた。
微妙な顔をしながらも、振り払ったりせず、甘受する勝己から此方への変わらない信頼が感じ取れた。

「あんなことを言ってしまったが、君が緑谷少年とちゃんと向き合おうとしているのは立派なことだ。だから、あまり自分を責め過ぎないようにな」

頷くことも首を振ることもなく、勝己はオールマイトを横切った。
背中を見送ったオールマイトはあれで良かったかなぁと、頬を掻く。

教師としての対応というのはなかなか難しい。それに、勝己と出久の間にあったことは自分には手に余る。相談するなら警察官である塚内だろうかと顔が浮かんだが、彼の担当は対ヴィラン捜査だ。自分と同じく無縁だと結論した。相澤が言っていたように二人の問題に此方から口出しするのは程々が合理的なのだろう。

「オールマイト?」

振り返れば、保健室から出てきた出久が首を傾げていた。目を丸くしたオールマイトも首を傾げる。

「リカバリーガールは出張中だよね?」
「あ、えと。リカバリーガールに頼みに来たわけではないんです」

保健室の扉を閉めた出久が短い距離を駆け寄って来る。ジャージを着ているかと思えば、制服に上のジャージを重ねて着ていた。

「珍しいね、そういう恰好」
「これはかっちゃんに貸してもらって」

だから、勝己は保健室の前にいたのだと、オールマイトは辻褄に納得する。
愛弟子を見下ろせば、出久はジャージの裾を摘んでいた。はっきりと顔を赤くする出久の様子に、本当に他にないのかなと彼女との対戦を望んだ勝己を思う。

「貸してもらったってことは何かあったのかな」
「その、ええと、今、下着つけてなくて。制服から透けてしまったので、かっちゃんがジャージで隠しておけって」

オールマイトは一瞬固まって、あたふたと両手をあげる。

「あ!いや、ごめん!セクハラになるかな!?ごめんね!!」
「え!いや、大丈夫です!セクハラじゃないです!!大丈夫です!!」

出久も同じようにあたふたしてしまう。
お互いに落ち着いてから、さようならとお辞儀をした。

教室に荷物を取りに戻ってきた出久は、誰もいない教室を見渡す。下着をつけていない心許なさはあるので、誰もいなかったことに安堵した。

自分の席に行き、リュックに教科書と筆記用具を詰め込む。誰もいないし、此処で下着をつけてしまおうかとジャージを脱ごうとした出久はそういえば教室の扉を開けたままだと、そちらを見た。
バッとジャージの前を閉め直し、出久はリュックを背負って教室の外に出る。

「し、心操くん!今から帰るの!?」
「ああ。……お前もだろ」
「う、うん!また明日!」
「……科が違うから、会わない可能性のが高い」
「そ、そうだね。あれ?でも、じゃあ、なんで?」

心操は此処にいるのだろうか?と出久は首を傾げる。

「ヒーロー科の先生に用事があった」
「そっか」

普通科の心操はヒーローになる夢を諦めていないのだと、出久は嬉しくて微笑む。
心操は出久の笑顔に眉を顰めた。

「……ジャージ、何で着てるんだ?イジメか?」
「ええ!?違うよ!かっちゃんそういう陰湿なやつしないから!それに、ジャージはかっちゃんのだし!」
「かっちゃん?誰だそれ」
「あ、ごめん。かっちゃんはえと、幼馴染です」
「ヒーロー科か?」
「うん、同じクラス」

そんな名前の奴、体育祭のときにいただろうかと心操は首を捻るが、廊下で足を止めたのは出久に訊きたいことがあったからだ。今の疑問は置いておき、以前からの疑問を尋ねる。

「喧嘩して謹慎になったって聞いたけど、もういいのか?」
「心操くんも知ってたんだ」

お恥ずかしいと頭を掻きながら出久は俯く。昨日には謹慎明けだったことを伝えれば、心操に災難だったなと同情される。

「爆豪と喧嘩とかヤバかったんじゃないか?」
「あー、うん、まあ。でも、かっちゃんが今まで何考えてたのか分かって良かったよ」

再び、出久の口から親しげに呼ばれる名前が出てきて心操は一時停止する。

「……幼馴染って、爆豪か」
「そうだよ?」

きょとんとしている出久を前に心操は頭の中で情報整理する。人間関係に先入観を持つとは変な話だが、出久と勝己が幼馴染という事実は些か信じられなかった。

「アイツって、昔からあんな感じか」
「あんな感じだね」

乾いた笑いを洩らす出久にお前も苦労してるんだなと心操は哀れに思う。また同情されてしまった出久は苦笑する。その笑い方は諦めではなく、仕方ないと受け入れているものだった。
出久に関する噂話がもう一つあったことを思い出した心操は、相手は勝己なのだと気がつく。

体育祭で心操と対戦した出久は普通科の生徒からもそれなりに認識されている。身体的特徴で見た目に目立つ部分があるが、捨て身の戦い方を見てヒーロー科のヤバイ女子生徒としての印象の割合が高い。
過去に嫌な経験をしたので噂話の類いにあまり耳を傾けない心操だが、出久と闘ったことがあるため、噂話について直接クラスメイトから聞かれもしたのだ。

「お前が告白した相手って爆豪か」
「ぅえ!?」

真っ赤になる肌に心操は愕く。同級生の女子が恋愛について話していたりしても、ここまで赤くなるのはいなかった。

親切心というよりは、出久の何かを引き出せないかと心操の中から卑屈な考えが顔を出した。

「なあ、爆豪に俺の個性使ってやろうか」
「駄目だよ」

既に出久の顔は赤くなかった。心操の誘いの言葉に眉を立てて、睨んでいる。

誰にでも暗い部分はあると心操には持論があるが、出久には通用しないことを体育祭のトーナメント戦で実感している。今もまた、彼女はそうだった。

「冗談だ。本気にするなよ」
「なんだ……吃驚した……」

安堵の溜息をつく出久は心臓に悪かったとくたくたな顔をする。

「でも、個人的に爆豪に個性はかけてみたいんだよな」
「かっちゃんも心操くんの個性の発動条件分かってるから、難しいと思うよ」
「アイツ、沸点低そうだけど」
「その通りだけど、かっちゃんお喋りじゃないし。僕以外には黙ってようと思えば黙ってられるはずだから」

B組の物間の挑発は癪に触る部分が多いのか噛み付きがちだが、あれは勝己よりも物間に問題があるだろう。事実、体育祭前に他のクラスがA組の教室前まで偵察に見に来た際、心操の挑発に勝己は乗らず、自分の言い分を宣言するだけでその場の者達を黙らせた。
基本的には冷静なのだ。

「僕以外ってどういう意味だ?」
「あー、僕の存在そのものがかっちゃんには目障りなので」
「…………」

妙な沈黙が漂ってしまい、出久はそこで心操と別れた。

寮に帰って来た出久はみんなからの視線に首を傾げる。「ただいま」を言おうとした口は閉じられる。

「緑谷、何で制服の上にジャージ着てるんだ?」

注視の理由が判明した。瀬呂からの疑問に出久はあたふたしていたオールマイトを思い出して口を開くのを躊躇する。
教室にリュックを取りに行くついでに着替えてしまうつもりでもいたのだ。勝己もそうなると見越した上で貸してくれたはずだ。そうすれば、クラスメイト達からの詮索なく、何事もなく勝己にジャージを返せただろう。
心操と出会した後にでも、仮眠室か何処かに寄って着替えてくるべきであった。

どう説明したらいいのかと、ソファに座って雑誌に目を落としている勝己に視線を向ける。しかし、出久の近くにいた耳郎が「あれ?」と言う。
耳郎は出久が着ているジャージに刺繍されている名前を指差す。

「これ爆豪のじゃん」
「あ……」

バレてしまった。出久は耳郎の言う通りだとこくりと頷き、勝己にもう一度視線を向けた。クラスメイト達の視線も勝己に集中する。しかし、勝己は雑誌から視線を外さない。何も説明する気がない様子に、クラスメイト達の視線が出久に戻る。

どうしようと視線を下げた出久に麗日が近づいた。

「爆豪くんが貸してくれたん?」
「そ、そう」
「なんか、帰りの時に具合悪そうだったのと関係しとる?」
「……うん」
「そっか」

なら、それ以上は聞かないでおくと話を切り上げてくれた麗日に出久はほっとする。

「有り難う、麗日さん。あ、かっちゃんにジャージすぐ返さないといけないから、着替えてくるね。ちょっと電話掛けたいとこもあるし」

出久はエレベーターに乗り込んだ。
皆からの注視が勝己に向く。誰かが口を開く前に麗日が両手をバッと上に挙げた。

「うわー!お腹空いたー!みんな、お夕飯食べよう!!」
「お茶子ちゃんったら、元気ね」

察した蛙吹が一番に麗日の発言に乗り、葉隠達を誘って食事スペースに向かう。

「うっしゃ!俺も食うぞ!」

蛙吹からの目配せに気付いた切島が男子を代表し、上鳴達の背中を押す。
轟が一度振り返り、彼もまた食事スペースに消える。

リビングには勝己と麗日だけが残された。
雑誌を閉じた勝己は立ち上がり、麗日を横目に見遣る。

「余計なことしてんな」
「うん。お節介だよ。でも、爆豪くんだって困ってたんと違うかな?」

麗日の言葉に、勝己は彼女を睨み据える。身を引く麗日だが、今の状況はこれから先ないだろう。だから、言えるときに言っておきたい。

「まだ、デクくんのこと怖い?」
「てめェっ、また……!」
「わ!ちょちょちょちょちょ!」

威嚇してくる勝己に麗日は仰け反る。もう少し話を聞いてほしいと両手を前に出した。

「わ、私も、デクくんが怖いなって思うことあるよって言いたくて!」
「はァ?」

手を下ろして威嚇をやめた勝己に麗日も姿勢を正す。
この間、B組の女子達に誘われて食堂で昼食を囲んだ時のことを思い返し、蛙吹も同意してくれた自分の気持ちを口にする。勝己に白状する。出久が怖いのだと。

「爆豪くんと同じ理由かは分からんけど、デクくんをこのままにしたらあかんって思う」
「何が言いてェんだよ」
「ええっと、だから。デクくんは一人にしたらいけないってことで。でも私は、デクくんと爆豪くんの間に入るつもりないよ。私にも、みんなにも、踏み込まれたくないよね、二人とも。だから、何も訊かない。けどね、爆豪くんがデクくんにジャージ貸したんだって、ちょっと、良かったなって、思ったんだ。うん、それだけ」
「馬鹿か?要約出来てねェ言葉ばっか並べんな」
「そうだね。私、変なこと言ったね」

さっきのは忘れてくれていいと、麗日は焦り笑いをして自分も食事スペースに向かった。
勝己に余計なことを言った自分が言うのは変な話だが、勝己が出久にジャージを貸した理由について二人には訊かないでおこうとみんなに言うつもりだ。
きっと、あと、もう少しなのだと、麗日はそれまでは我慢しようと決めた。

自室で私服に着替え、グラントリノに電話でインターンの件を尋ねていた出久は下りてきたら皆がいないことに首を傾げる。

「飯」

皆は食事スペースにいると言葉足らずに短く伝えて、勝己は出久からジャージを取り上げる。
自分と入れ替わるようにエレベーターに乗り込んだ勝己を呆然と見送った出久は、ワンテンポ遅れて、夕食の時間だと結びついた。

食事スペースに顔を出せば、麗日が手招きして出久を呼ぶ。程なくして勝己も現れ、切島達の輪にある空いた席に座った。二人の距離はほどほど離れている。
クラスメイトは誰一人としてジャージのことには触れず、今日の授業内容を話題にしながら夕食を囲む。

麗日に体育館での飯田との鍛錬について話している折に、出久が勝己の方へちらりと視線を向ければ、気付いたらしい勝己が顔を此方に向けた。怒った顔ではなかったが、出久は視線を戻して俯く。
小学生の時から勝己と視線を合わせられなくなっていき、中学生の時には殆ど合わせなくなった。出久にとってそれは自分に染み付いた癖のようなものだ。だから、その行動が長年、勝己を苛つかせるものだったとは気付いていなかった。

顔を顰めている勝己が、苦しそうであることにも。





























◆後書き◆

出久ちゃんがかっちゃんにサラシ巻いてもらうシーンもっとえろい感じになるはずが、最初考えていたものと別方向に行ってしまってマグロになってしまいました。かっちゃん全然攻略できない(泣)。
心操君もどこかで登場させたくて、ここで。心操君的に出久ちゃんは気になる女子だけれど距離感的に恋愛感情はない塩梅です(勝デク前提なら恋愛感情あってもええと思っとるよ)。
次回、最終回!出久ちゃんが最高に幸せでかっちゃんが最悪に幸せになる、はず!






更新日:2018/06/15








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