※緑谷出久先天性女体化



・十五歳以上推薦
・折寺中の時に爆豪が緑谷♀を強姦(?)しています
・緑谷♀が子供を産めません
・おっぱい

15歳未満の方は目が潰れます































◆Gordius -act.6- ◆









職員室の自分の席にいたミッドナイトは、椅子を回して足を組み替える。少し身体を傾ければ、セメントスとエクトプラズムがナニソレと視線を寄越してくるが、ミッドナイトは御構い無しだ。

「緑谷くん」
「はい!」

元気がよろしい出久の胸にミッドナイトは視線を落とす。
豊満と言っても差し支えないバストだ。これを見て性別を見間違う者などいない。それなのに、ミッドナイトは出久を男子生徒と同じようにくん付けで呼んでいる。
基本的に女子生徒をさん付けで呼ぶミッドナイトが、出久を例外にしているのは、オールマイトが彼女のことを少年と呼んでいたのが面白かったからだ。

よくよくオールマイトから話を聞けば、ヘドロ事件の時に男の子だと勘違いしたからだと言う。 つまり。一年前はこんなに胸が膨らんでいなかったわけだ。

「胸に重量を感じるのは、急成長が原因だと思うの。私なんかの場合は身長と同じように徐々に大きくなっていったから、これが自然体」
「じゃあ、やっぱり慣れるしかないですか?」
「下着は支えるって役割が強いからそうなるわね。締め付けを求めるならスポーツブラだけど……」

ミッドナイトは立ち上がり、出久の後ろにまわった。
出久が背後に首をひねる前に、ミッドナイトの手は前に伸び、出久のたわわな膨らみを掴む。

「へあ!?」

自分の脇の下を通ったミッドナイトのしなやかな手が唐突に胸を揉んできて出久は戸惑う。
芦戸達に揉まれた時よりも、艶めかしくいやらしい手つきに、制服の上からでも感じてしまう。 円を描くように何度も撫でられて、咄嗟に閉じた口も緩み始める。

「ふ……ぁ」

職員室にいる他の教師達が固まる中、勝己との話し合いを終えて寮から戻って来た相澤とオールマイトが扉を開いた。
暫し、時が止まった。

「あ、あいざわせんせ……」

出久からの呼びかけに相澤はズカズカと進み出る。
ミッドナイトの隣が自分の席である相澤は、机に置いていた名簿を手に取って、ミッドナイトの頭を叩いた。

「いったぁい」
「うちの生徒に何してるんですか」
「誤解しないで、相澤くん。私は相談を受けて、しっかりアドバイスしていたところよ」

ウインクするミッドナイトを相澤は胡散臭そうに見遣る。
女子高生の胸を触るなど街中だったら痴漢であり、ヴィランとして拘束していたところだ。

「セクハラにしか見えませんでしたが」
「まあまあ、ちょっと待ってよ」

相澤を避けて、ミッドナイトは出久の後ろから、彼女の前に立ち位置を戻す。

「緑谷くん、触って分かったことがあるわ」
「え、何ですか?」
「トップとアンダーの差がかなりあるから、スポーツブラでは役不足ね。オーダーメイドなら別だけど」

オーダーメイドまでしなければいけないのかと、出久が悩み顔をするので、ミッドナイトはもう一つ提案する。

「もしくはサラシね。胸がもっと成長したとしても、布を巻くだけだから買い換える必要もないわ」
「あ、いいですね。布で巻けば揺れなさそうだし」

ぱあ!っと顔色を明るくする出久を指差して、ほらちゃんとアドバイスしてるでしょとミッドナイトは相澤へ目配せした。

「…………そのようですね」

納得しかねる顔で相澤は自分の席に腰を下ろした。

「有り難う御座いました!」

ミッドナイトに頭を下げた出久が「失礼しました!」と職員室を後にする直前。

「緑谷」
「はい?」

相澤に呼び止められ、出久は扉を閉めずに顔を上げた。

「いや、何でもない。五限目に遅れるなよ」
「は、はい。失礼しました」

出久が職員室を退室し、相澤は息を吐く。
先程、勝己の元に話を聞きに行ったことは出久に伝える必要のないことだ。不合理な発言をするところだった。

しかしだ。横のオールマイトが酷く沈んでいることがとても目障りだった。

「オールマイトさん。そのガリガリ姿で暗くなるのやめてもらえますか?死神に見えます」
「相澤くん……もう少しオブラートにしてほしかったな」
「これでもオブラートですよ」
「え!?そうなの!?」

オーバーリアクションなところも目障りだった。

「意味もなく凹まないでください。今日の小テストの採点終わりましたか?」
「採点は今からやります。でも、意味はあるんだよ。緑谷少年が私に相談しないなんて」

また沈み始めるオールマイトに面倒臭いと相澤は顔に出す。苛立つ相澤の肩に手を添えてミッドナイトがまあまあと嗜める。

「相澤くんもあんまり言ってあげないでよ」
「そうですね、言い過ぎたかもしれません」

心にもない言い草に対して、あらあら厳しいわねとミッドナイトから視線を寄越されて相澤は煩く感じた。

「緑谷はミッドナイトさんに何を……いや、やめときます」

女性教師に相談したということは、男性教師には言い出しにくい内容だろう。出久がオールマイトに一番に相談していないことからもそれは明白だ。

「ああ、でも、相澤くん……いえ、相澤先生の耳にも入れておいた方が良いかも。聞いてくれないかしら?」
「……そこまで仰るなら」
「緑谷くんが相談しに来たのは、通形くんとの演習の件なのよ」

ビッグスリーの一人の名前が出てきたことに相澤は瞬く。職員室に入ってきた時の状況と全く結びつかなかったためだ。

今日の演習授業を思い返してみるが、出久はミッドナイトに何を相談しに来たのかと、相澤は横を振り向く。
ようやく話を聞く態度になった相澤にミッドナイトはにっこりと笑む。

「戦闘スタイル変えたでしょう?緑谷くん。そのせいって言ったらあれだけど、今までの要領とは違うから身体の使い方に戸惑いがあるわ。その戸惑いの原因がおっぱい」

ミッドナイトの話を聞いていた相澤とオールマイトが頭の上におっぱいの文字を浮かべた。
相澤が頭を抱える。

「ちょっと、相澤先生。真面目に聞いてよ。成長期の女の子と向き合わないと教師としてやっていけないわよ」
「ええ、聞いてはいますよ」

本当は耳を塞ぎたいくらいだが、我慢していた。

「男には分からないかもしれないけど、女の胸ってのは運動面では邪魔になることも多いの。走ったら揺れるし痛いし。詰まってるのは夢ばかりじゃないってことよね」
「黄昏てないで要点だけまとめてください」
「つまり、おっぱいの重みと揺れが動きを鈍らせているわけ。緑谷くんはこの一年で急におっぱい大きくなっちゃったから、動きのイメージの理想と現実もちぐはぐしてるわね」
「思っていたより真面目な話で何よりです。まあ、そういうことなら今後は考慮しときます」

男の自分が口出し出来る内容ではないが、必要が迫ればミッドナイトに助っ人を頼む手もある。

「だそうですよ。オールマイトさんも適材適所は弁えてください」
「うん、そうだね。私も胸のことはよく分からないし……でも、なんか、寂しいな」

この人、父親になったら面倒臭い部類になるなと相澤は余計な考えを浮かべた。

「けど、自分に意識を向けているなら緑谷にとっては良い傾向です。あいつ、がむしゃらに飛び出して自分の身体壊しまくるでしょ。林間の時なんかが最悪な例だ」
「あの時はすまない。私も同行していれば」
「貴方を責めてはいませんし、その話でもありません。腕ぶっ壊れてるのに痛みの認識も出来ずに敵に向かうなんて愚の骨頂だ。分かりますか?瀕死の状態の生徒を止められなかった時の気持ち」
「相澤くん……」
「生徒に目の前で死なれたら、それこそゾッとしませんよ」

オールマイトは黙り込む。相澤は出久に人一倍厳しいように見えていたが、それは他の生徒同様に大事に育てているからだ。
力の使い方を見誤らないように、制御するよう言い窘め続けたのは、その為なのだ。

考え方が真逆だと思っていたが、やり方が違うだけで、成そうとしていることは同じなのかもしれないと、オールマイトは相澤に微笑んだ。

「相澤くんは良い先生だね」
「何ですか?気持ち悪い」
「……褒めてるのに」

相澤の胸の内の吐露に口を閉じてしまっていたミッドナイトもホッと一息つく。空気の温度がいつも通りに戻った。

「緑谷くん、私よりおっぱい大きかったわ」

職員室の空気が変わった。



今日の授業を終えた面々は寮に帰って来た。
ゆわいちゃん元気になっているといいなと口田に話し掛けながら、共有スペースのリビングを潜る。
鞄をソファに投げ出した上鳴はケージの前にヤンキー座りしている勝己に近寄っていく。

「よお、爆豪!ゆわいちゃんどうよ!」

勝己の後ろからケージの中を覗き込めば、白いうさぎは餌を頬張っていた。

「お!元気そうじゃん!」
「有り難う、爆豪くん。面倒見てくれて」

ぱたぱたと口田も駆け寄り、ゆわいちゃんの元気な様子に一安心する。

「ゲロ吐いてスッキリしたんだろ」
「ゆわいちゃん、よく食べ過ぎでお腹壊すんだ。いつもは震えたりしないから違うのかと思ってた」

嘔吐したと聞いて、口田は心配してゆわいちゃんをケージの中から抱き上げるが、ゆわいちゃんに異常は見当たらなかった。勝己の世話のおかげだ。
何度も頭を下げる口田に鼻を鳴らして勝己は立ち上がった。
それにより、勝己が着ているTシャツを目にした上鳴が口を塞ぐ。しかし、手では押さえきれずに噴き出した。

「ブ!ブハッ!爆豪、なんだそのTシャツ!アジ、アジフラッ、ブフウ!」

上鳴の笑い声に皆の視線も勝己に向かった。勝己のTシャツにプリントされているAJIFRYの文字を視界に入れて、上鳴ほどではないにしろ、各々肩を震わせる。

「ば、爆豪、おま、アジフライ好きだっけ?」
「普通だわ」

プルプル震えている切島の指先に向かって勝己は吐き捨てる。
笑いを堪えているクラスメイト達を勝己が適当にあしらっている中、笑わずに膝を落とした人物がいた。出久だ。

膝をつき、両手を床につけた出久はずうううんと陰を落とす。

「僕のプレゼント……駄目なんだ……」

その出久の言葉を一瞬では理解出来なかったが、ゆっくり考えれば筋は見えた。勝己が着ているTシャツは出久が彼に贈ったものだと。
全員が息をするのを忘れ、暫し沈黙が続いた。

「み、緑谷!すっげーセンス良いよ!」
「マジ、爆豪にバッチシ!いつも以上に格好良く見えるぜ!」
「イカしてんじゃないか!アジだけど!」
「う、うん!斬新な服で爆豪くんの新たな一面が発見出来たよ!」

一斉に出久を励ますが、皆の顔はプルプルしていた。出久はその場に頽れた。

峰田は勝己の足元に近づき、アジフライTシャツを指差す。

「だっせ」

勝己は峰田を蹴飛ばした。

場がこんがらがってきたと、焦った麗日は出久を元気付けようとしゃがみこんで、彼女と視線を合わせる。

「そうだ!デクくん!B組の寮に今から行かん?オールマイトのフィギュア見せてもらうんやろ?」
「行く!」

ガバ!と起き上がった出久に麗日はホッとする。
女子全員がわいわい話し合う内容に流れを理解した勝己は口を開く。

「だったら、ドアの前に部屋のゴミ出してから行けよ」

はーいと幾人かが返事をして、瀬呂はオカンみたいになってきたなと声を出さずに心の中で言った。

「風呂掃除する」

その間に他の奴らもゴミ用意しておけと言って、勝己は今朝の約束通りに女子風呂の掃除に向かった。
その背中を見て、出久は固まり、女子全員が身動きを止める。

「あア!?」

女子風呂に消えた勝己の怒声がリビングにまで響き渡り、出久は萎縮した。逃げなければと、背中を向ける。しかし、背後からの威圧に身体が言うことを聞かなくなった。
突き飛ばされ、背中が壁に当たった。それ程痛みはなかったが、ダン!と顔横からの音に目をぎゅっと閉じる。
威圧が凄い。目を開けるのが怖かったが、出久は恐る恐る目を開ける。極悪人面が間近にあった。

ガタガタと恐怖に震えている出久と彼女を壁に追いやる勝己の姿はカツアゲだった。男女であれば、この構図はトキメキを呼ぶものであるが、そんな甘酸っぱい雰囲気は皆無だ。

「何の真似だァ?巫山戯んてんのか、てめェ」

勝己の左手にあったものが、彼の手によって出久の頭にぐりぐりと押し付けられる。

「こ、これが僕のだって証拠は」
「サイズ見なくたってこんなオールマイトカラー着けるやつなんかクソナード以外いねェだろが!なア!」
「はい、僕がやりました」

出久は簡単に白状した。

自分のブラジャーを頭に押し付けられている出久と押し付けている勝己を遠巻きにしている切島や上鳴は俺達は一体何を見せられているんだと真顔になるしかない。
峰田がブラジャーに反応しているが、障子に捕まった。

「で?これは何だよ、あア?」
「かっちゃんにハニートラップを仕掛けようとしました」
「てめェのクソブラに引っ掛かるとでも思ったんか」
「あわよくば」

懺悔してますと出久は両手の指を組んでいる。

気が狂っているとしか思えない出久の打算に勝己はご立腹だ。こいつは此方の神経を逆撫ですることしか頭にないのかと苛つく。

「このまま頭を爆破されるか、今すぐ死ぬか選ばせてやる。有り難く選べ!」
「ええ!?困るよ!そのサイズのブラジャーなかなか売ってないし、オールマイトっぽい色探すのも苦労したんだ!」

だから頭にブラジャー押し付けたまま爆破は勘弁してくださいと懇願する出久に、クラス一同そこじゃないだろうと内心でツッコむ。

「………………チッ」

しかし、勝己には充分だったのか、舌打ち一つで出久から手を離した。
今度こそ女子風呂の掃除に向かった勝己を視線で追っていた出久は彼の背中が見えなくなったところでへなへなとずり落ちて尻餅をつく。

「怖かった……」

出久の頭にのっていたブラジャーが床にぽとりと落ちた。

「爆豪に恋してる発言とは思えないぜ」

まだ恐怖の震えが収まっていない出久に上鳴が呟く。
恋する乙女は何処にもいないよなと、クラスメイト達は苦笑いで顔を見合わせた。



日直の日誌を提出して最後に寮に帰って来た蛙吹に出久がガタガタしている説明をして、女子達は一旦、各自の部屋に鞄などを置きに行く。
制服のまま身支度を済ませてB組の寮へと向かった。

「だからやめときなって言ったのに」
「万が一の可能性に賭けたんだけど……無謀でした。反省してます」

B組の寮までの短い道のりの間に芦戸が未だに震えている出久を突っつく。
出久が勝己に向ける好意は疑っていないが、出久が必要以上に勝己に怯えているのは芦戸にはとても不思議に映る。

恋愛ドラマや恋愛漫画は主人公が相手と距離を縮めていって最終回でくっ付いてハッピーエンドだ。幼馴染ものも例外ではない。
最近は多種多様な物語も多く、一概にハッピーエンドともいえなかったりするが、恋愛物で出久と勝己のような関係性は見たことがない。
幼馴染で小さい頃に結婚の約束までしたとなれば、かなりありがちな恋愛の王道パターンだというのに。

「でも、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?緑谷がプレゼントした服着てたってことは嫌がられてないわけだし」

あのセンスはどうかしているが、爆豪の性格を考えれば捨てられても可笑しくない気がした。しかし、捨てることなく自らの意思で着たのなら、出久にとっては良いことではないかと耳郎が横に並ぶ。

「うん……着てくれてたのは、嬉しいんだけど」

顔を赤らめる出久の鼓動音がイヤフォンジャックから伝わってきて、耳郎は肩を跳ねさせる。慌てて個性を制御してボリュームを下げた。

「耳郎さん?」
「ごめん、何でもないから」

首を傾げる出久に耳郎は手を振った。
耳郎の個性は自身の心音を上げて爆音の衝撃波を放つのが主な使い方だが、壁などにプラグを差して微細な音を探知も可能だ。さっきのは後者であり、壁ではなく空気中にプラグを差した感じだ。
興味本位で出久の心音を聴き取ってみたのだが、凄かった。

B組の寮に辿り着き、芦戸が前に進み出る。

「たのもー!!」

それだと道場破りになってしまう。また物間に難癖を付けられるのでは!?と、元気に前に出て行く芦戸をみんなで止めに入る。
しかし、物間の影はなく、普通に拳藤が出てきた。麗日達が警戒するように辺りを見回すので、拳藤は苦笑する。

「物間なら、今日の小テストの点数が悪くて居残り授業中だよ」
「そ、そうなんだ」

ほっとする面々に拳藤は上がってよと誘い、寮の奥へと進む。
出久達はお邪魔しますと靴を脱いで上がらせてもらい、拳藤に続く。建物の造りはA組の寮と変わらず真新しいものはないが、住んでいる人間が違うせいか雰囲気は自分達の寮と別物の印象を受けた。

「マッテマシター!緑谷サン、コレが例のモノデスヨ」

角取は自分の部屋からオールマイトフィギュアを持ちだし、リビングで待ち構えていた。

「わー!わ!わ!本物だ!カウボーイバージョンオールマイトめちゃくちゃ格好良い!アメリカの広告で一度しか着てないレア衣装なんだよコレ!それなのに細部までこだわり抜いた造形と彩色!顔の画風も日本製より濃い!やっぱりオールマイトの本場ってアメリカなんだなあ!あああ、凄い!生で本物を見られるなんて夢みたいだ!!」

出久のはしゃぎぶりはA組には見慣れたものだが、B組はそうではない。いきなり饒舌に語り出した出久に男女関係なくドン引きしている。
アニメオタクである角取だけがニコニコしていた。

「あ、あの!写真撮らせてもらってもいいですか!?」
「モチロンデース!」

興奮気味の出久に角取は気の済むまで撮ってくださいと、テーブルにオールマイトフィギュアを乗せた。

「良カッタラ触ッテクダサイネ」
「ええ!?そんな恐れ多い!!」

日本語が可笑しくなっているのは外国人である角取ではなく日本人である出久の方だった。
麗日達の生温かい表情に、B組男子の泡瀬が声を掛ける。

「なあ、あの子大丈夫か?オールマイトとは学校で会ってるだろ?」
「緑谷はオールマイトオタクだから、オールマイトグッズに目がないんだよ」
「本人いるのに?」
「それが緑谷さ」

本人という本物が近くにいようとも、オールマイトフィギュアを前にして本物と崇め讃えるのが出久の本能だと芦戸が説明する。
ケータイのカメラがカシャカシャ鳴る音がリビングに響き渡った。

出久と角取をリビングに残し、芦戸達はB組女子の部屋を回って見せてもらっていた。

「うわ〜、拳藤さんの部屋格好良い!」
「うちらの男子の部屋と比べても一番じゃない?」
「ええ、とても素敵ですわ」
「バイクの写真とかセンス良いよね」
「ありがと。大した部屋じゃないんだけどさ」

口々に褒められては拳藤も照れてしまう。その様子を珍しいと小大が見つめていた。

「でも、良かったの?下に置いてきちゃって」
「緑谷はいいよ。オールマイトのフィギュアに夢中だし。あの場から連れてくる方が酷だから」
「うん。デクくんは今、最高に充実しとるよ!」

親指を立てる芦戸と麗日に拳藤は顔に汗を浮かべながらも、そっかと頷いた。二人が言うように、周りが見えていない状態の出久に声を掛けるのは憚られたのも事実だ。

角取以外の部屋を見終えて、女子達は一階のリビングに下りてくる。
すれば、オールマイトフィギュアの撮影も丁度済んだところだった。

「角取さん!有り難う!すごい堪能させていただきました!!」
「イエイエ、オカマイナク」

笑顔で艶やかな二人に対し、リビングにいた男子達がぐったりしている。

「どうしたの?鉄哲」

拳藤が鉄哲に近寄れば、ソファの背もたれに全身を預けていた彼が身体を起こす。

「いや、あいつ。緑谷?がさ、フィギュアの写真撮りながらずっとオールマイトグッズ情報を一人で喋ってたんだよ。テンション上がってるせいで声がでけぇから俺らもずっと聞くはめになって……疲れた」
「あ〜、うん、そっか」

拳藤も何と言ったらいいか分からず、ご愁傷様と相槌に留めた。

「私ノ部屋、他にもオールマイトフィギュアアリマス。見マスカ?」
「見たい!!」

まだ終わらないのか……と、男子達が出久達に目をやり、とある場所に視線を固定させた。
両手をあげた出久の胸が揺れたからだ。
それに気付いた取蔭と柳が男子に半目を向ける。

「うわ、男子最低」
「女の胸見るとかあり得ないんだけど」
「ぐっ……」

男子達は押し黙り、俯いた。

「え?僕?」

取蔭と柳が自分の盾になるように立ち位置を変えたので、出久は自分が原因なのかと首を傾げる。

「気を付けた方がいいよ」
「そうそう、男はみんなケダモノなんだから」
「いや、その、見られるくらいなら別に」

害はないからいいんだけどと言う出久に女子からのお説教が始まった。

「俺らB組の女子はみんな世話焼きだよな」
「な」

女性としての嗜みを出久にみっちり教え込むために、女子は角取の部屋に場所を移動した。

「一部屋に十四人ともなるとキツキツだね」
「私はニギヤカで嬉シイデス」

部屋主である角取はご機嫌なので、皆、お言葉に甘えることにする。
角取の部屋は日本アニメのポスターでいっぱいだが、アメリカで放送していたオールマイトをモチーフにしたヒーローアニメのポスターも飾ってあった。出久はそわそわしていたが。

「それで、緑谷さん!」
「は、はい!」
「貴女、女子としての心構えがなってない!」

柳と取蔭に挟まれ、正座している出久は萎縮する。

「それほどの羨まし、ごめん違う、それほどの大きな胸なら警戒しておくべきなの」
「はぁ……」
「ちゃんと聞いて!」
「す、すみません!」

涙目になっている出久にA組女子がまあまあとB組女子を制する。

「緑谷にそれ言ってもね〜」
「今日、クラスの男子全員が緑谷のブラジャー見たよね」

ええ!?と驚くB組女子達をまあまあと再び落ち着くように制する。

「峰田以外は無反応だよ、うちらの男子は」
「A組の男子は大人だね」
「えー、そんなことないよ。B組の男子のが大人っぽいの多くない?」
「それで、なんでブラジャー見られたの?」
「ん……」

B組女子の視線を一斉に受け、出久は冷や汗を垂らす。

「かっちゃんにハニートラップ仕掛けようとしたら失敗したんだ」

これ以上は聞かないでくれと出久は顔を両手で覆った。

「それって確か、爆破のアイツのことだよね?」
「林間でマンダレイのテレパスで聞いた」
「爆豪と幼馴染なんでしょ?ずっと渾名で呼んでるの?」

口々にB組の女子達から迫られて、出久は覆っていた手を外して目を丸くする。
今日、食堂で知ったことだが、B組にも自分と勝己の話は筒抜けになっていた。しかし、直接彼女達に勝己のことを訊かれるのは初めてだ。

「う、うん。家が近所だから、昔はよく一緒に遊んでたよ。その頃からかっちゃんって呼んでるけど」

何か変?と首を傾げる出久にB組女子達は変って言いたいわけじゃないけれどと、互いの顔を見合わせる。

「名前で呼びたいとかないの?アイツの下の名前」
「ええ!?む、無理無理無理!かっちゃんはかっちゃんだしっ」

一瞬、カツキと呼んでいる自分を想像したが、恥ずかし過ぎて死ねる。実際に呼ぶのは絶対に不可能だと出久は真っ赤になる。

「でもさ、爆豪のあの感じだと、その渾名で呼ばれるの嫌がりそうなんだけど」
「やめろって言われたことない?」
「え。ないよ」

他者からすれば不思議に映るのだと言われ、出久はきょとんとする。勝己からも呼び方を変えるように言われたことなどなかった。

「それ許してるってことはさ」
「やっぱ、そういうことじゃない?」
「うんうん」

B組女子達がこそこそと納得し合う輪に入っていない拳藤は呆れながらも、内心では彼女達の意見と同意だ。自分だったら、昔の渾名で呼ばれるのは気恥ずかしいし、やめてほしいと思う。
勝己のことは体育祭と林間合宿の肝試しぐらいでしか間近にしていないが、客観的に見ても融通が利くタイプには見えない。そんな男が幼馴染の女の子から渾名で呼ばれ続けているのを良しとしているのは意外に感じる。

「君さ、オールマイト好きだよね」
「うん!大好きだよ!」
「アイツとどっちが好きなのかな?」

拳藤が恋バナしてる!?とB組女子達は愕く。恋愛関係には全く首を突っ込まない彼女の珍しい発言に目を白黒させるばかりだ。

「それはっ、好きの次元が違うから、え、選べないけど、その、えと」

頭を掻きながら俯いていた出久は顔をあげる。

「オールマイトはみんなのヒーローだけど、かっちゃんは僕のヒーローだよ!」

純真な目を向けられて拳藤はおっとと吃驚する。周りの女子達も出久の言葉に目を瞠っていた。
穢れなく真っ直ぐここまで言える人はなかなかいない。

「凄いね、君」
「え?え?」

よく分かっていない出久に拳藤はころころと笑った。出久が周りを見渡せば、B組だけでなく、麗日達も微笑ましげに笑っている。

わたわたしている出久にそういえばと、塩崎が心配げに手を組む。

「ところで、腕のお怪我は大丈夫なのですか?林間合宿の時に大怪我をされたと聞きましたが」
「あ、うん。平気だよ。腕に爆弾抱えた状態になっちゃったけど、動くし」
「いや、それ平気じゃなくない?」

爆弾って何だと柳がおっかな吃驚で出久を諭す。しかし、尚も出久は平気と大丈夫を繰り返した。
痺れを切らした柳が立ち上がる。

「ちょっと!腕見せて!」
「えええええ!?でも、お見せ出来るようなものじゃないよ!?」

傷跡も大きいし気持ち悪いからと出久は右腕を押さえる。だが、構うことなく柳は出久の制服に手を掛け、塩崎や取蔭も加勢する。
拳藤が止めに入ろうとするが、身動き出来るスペースはなく、自分の部屋ならまだしも他人の部屋では気が引けて間に入れなかった。

「みんな、やめてあげなって」

言葉で窘めるのが精々だ。
それでやめるような柳達ではなく、出久は制服を剥かれた。ネクタイを抜かれ、夏服シャツから右肩を晒され、腕のサポーターも取られる。

B組女子が無言になった。

「や、やっぱり、見苦しいよね……」

と、出久は右腕を隠そうとしたが、柳達は「違う」と声を揃えた。出久のはだけた制服から、覗く下着と肌の膨らみに釘付けだ。

「何そのおっぱい!」
「暴力にもほどがあります!」
「舐めてんの!」

えええー!と、出久は目玉を飛び出させる。何故か責められている。
傷だらけの腕をそっちのけに、出久は胸を隠した。

「B組も触っちゃえば?」
「緑谷のおっぱいすごいよ」
「めっちゃ柔らかい」
「病みつきになるわ」

A組女子からの魅惑的な言葉にB組女子は喉を鳴らす。

「嘘だろ!?待って!」

今日はミッドナイトにも揉まれたばかりなのにと出久は後ずさるが、B組女子の餌食になった。

散々揉まれ、揉みくちゃになった出久は倒れていた。満身創痍状態の出久に、胸揉みに参加していなかった拳藤が寄り添う。
柳達は出久の腕の傷を見て何も言えなくなった代わりに、出久の胸を弄りだしたのだ。口に出して説明すれば、場の空気が変わってしまう。だから、拳藤は気を悪くしないでほしいという気持ちで出久に手を貸した。

「大丈夫?」
「あ、ありがとう」

差し出された拳藤の手を取り、出久は背中を起こす。そのとき、拳藤の視線がふいに動いた。

「あの、触りますか?」
「え!?そんなつもりじゃないよ」
「触ってないの拳藤さんだけだし。僕はもういいんで」

謎の悟りの域に達している出久を哀れに思い、拳藤は本当にいいからと遠慮する。しかし、小大が横に来て拳藤の手を取った。

「ゆ、唯?」
「ん」

小大は拳藤の手を出久の胸に触らせた。

「どうぞ」
「ごめん」

出久の申し出に拳藤は謝りながらもその手で彼女の胸を揉んだ。程よく沈み込み、跳ね返される弾力と柔らかさに拳藤も「うわ」となかなか手を止められなくなる。

「うう」

揉まれ過ぎて感じやすくなっている出久から声が漏れ、拳藤は慌てて手を離した。

「ほんと、ごめん」
「いえ、そんな」

謝る拳藤が何かお詫び出来ないかな?と尋ねてくるのに出久は両手を振るが、ピタリと動きを止めた。

「あの、サラシ用の布とか持ってませんか?」

その出久の言葉を受けて、拳藤は自分の部屋からサラシを持って来た。

「これで良いかな?中学の時に空手やってて、その時の予備なんだ。今は使ってないし、新品だからあげるよ」
「わ!有り難う!」

制服を整えた出久は拳藤からサラシを受け取って大喜びする。

「けど、サラシがほしいなんて珍しいね」
「あ、うん。戦闘スタイル変えたら胸が重く感じたんだ。ミッドナイト先生に相談したらサラシがいいかもって」
「ああ、成程ね。確かに、サラシはいいよ。胸用のサポーターって感じだから、下着より安定感あるし」
「そうなんだ。うん!有り難く使わせてもらいます!」

有り難うと笑顔になる出久に拳藤も自然と笑顔になった。

B組の寮から出て行く際、物間が居残りから戻って来て発狂し始めたが、拳藤に沈めさせられ、いつもの光景が繰り広げられた。
拳藤に早く戻りなと促されて自分達の寮に戻って来た出久達だったが、珍しい光景に目を丸くした。

「うわ、爆豪くん寝てるん?」
「あのタフネスの塊が」

麗日と芦戸の驚愕にそう言ってやるなよと切島が苦笑いする。

「流石に一人で寮の掃除は大変だって。昨日までは緑谷と二人でやってたのにさ」
「う、うん。かっちゃんが三分のニぐらいやってくれてたけど、ね」

出久は切島に頷き、自分の鈍臭さに呆れた勝己が殆ど肩代わりしてくれていたと続ける。しかも、峰田からの嫌味回避に出久のやった掃除を見直してやり直しまでしていたのだ。それを三日、それに加えて四日目の今日は一人だ。毎日早めに就寝している勝己でも、今日は流石に疲れるはず。かなりの負担だったと想像に難くない。しかも、トラップを仕掛けるという余計なことまでしてしまった出久は心を痛める。

ソファに頭を預けて寝ている勝己を出久が覗き込めば、グン!と出久は引っ張られた。
自分の身に起こったことが判らず、出久は硬直した。麗日達も息を呑んでいる。

「か、かっちゃん?」

勝己から返事はなく、寝息が聞こえてくる。

「寝てる……」

そうだ。と、出久は幼い頃の記憶を呼び覚ます。昔からタフネスの持ち主だった勝己が稀に遊び疲れる時があった。そんな日は幼稚園のお昼寝タイムで布団や枕に抱きつく癖のようなものが現れる。つまり、これはそれだ。

頭で理解した出久だが、この体勢はあれである。勝己に抱き寄せられる感じで、同じソファに乗り上がり、胸に勝己の頬があたっていた。

「この美味しい状況どうしたら……!」
「取り敢えず緑谷くん、騒ぐと爆豪起きちゃうよ」

葉隠に言われて出久は自分の口を手で塞いだ。

「爆豪!お前興味なさそうな顔しておっぱ」
「峰田騒ぐな」

峰田の口を切島が塞いだ。

「まあ、爆豪も疲れてるんだしそっとしとこうぜ。腹減ったし」
「アタシもお腹減ったー」
「デクくんはどうする?」

夕飯の時間だけれど、と麗日に尋ねられた出久は空腹を感じているが、勝己を見下ろした。
まだ後でいいかなと口を開く出久だったが食いしばる。

「デクくん?」
「い、や、そのっ、かっちゃん、ちょ、締め付けっ、骨が軋む、いだだだだだ折れる折れる折れる」

悶絶し出す出久にクラスメイト達は冷や汗を垂らす。
勝己が出久を締め始めたのだ。心なしか彼の眉間に皺が寄っている気もする。

「寝てても緑谷のこと認識してんじゃないか?爆豪のやつ」

瀬呂の発言に皆が頷く。

「マジでか、かっちゃん」

出久は痛苦しさに、勝己の頭に触れる。すれば、勝己の力が少し緩んだ。
これは……。と、出久は勝己の頭を撫でてみる。気付いた通り、勝己は力を抜いていく。締め付けがなくなった出久は安堵して息をついた。

勝己の頭を撫でてその場に収まっている出久を、クラスメイト達は何とも言えない顔で見つめた。

「あ、麗日さん。僕、ご飯後でいいよ」
「う、うん。デクくんと爆豪くんの分、取っておくね」

有り難うと言う出久に見送られながら、麗日達は食事スペースへと姿を消す。

ランチラッシュ先生の今日の夕食何かな?と皆が話す会話が聞こえなくなり、出久はそわそわし出す。勝己は寝ているが、二人きりの状況に落ち着かない。
心臓の音が煩くて勝己が起きてしまうのではと出久が心配した矢先、勝己の目が開いた。
顔を上げた勝己と目が合う。

「ア?てめクソ」
「わ、わ、ごめんっ」
「なに人の上に乗っとんじゃ!」

威嚇してくる勝己に出久は慌てる。

「か、かっちゃんが引っ張ったんだよ!」
「は?」
「だからっ、かっちゃんが寝惚けて僕を引っ張ったんだって!自分の手見てよ!」

勝己は自分の手が出久の腰にまわっているのを見止めて絶句した。
黙り込む勝己に出久はおろおろと眉を下げる。

「…………」
「かっちゃん?」

出久を前にして勝己は相澤からの言葉を思い出す。二人で話をつけろ。
それは出久と話し合えということだ。

「……クソッ」

吐き捨てた勝己に出久はビクッと震える。未だ、自分に怯える出久に勝己は内心で舌打ちした。これで話し合いなんか出来るわけがなかった。

また黙り込んだ勝己に出久はどうしようと迷うが、勝己が着ているTシャツに目がいった。

「あ、あのさ、着て、くれたんだ?」
「あ?別に……クソうさぎがゲロったせいだわ。近くにあったの着ただけだ」
「そっか、うん」

箪笥を開けて一番上にあったのを手に取ったらそれだったのだ。勝己は事実を口にするが、他の服に変える考えがあの時なかったことに無駄に気付いてしまった。
今は、何も考えたくなかった。

「……かっちゃん?」

再び勝己から寝息が聞こえてきた。また寝てしまったことに愕きながらも、出久は勝己の頭を撫でる。色素の薄い髪は見た目よりも柔らかくて、優しく指先に触れた。

「僕のおっぱいは枕じゃないんだけどな」

ソファではなく、完全に此方の胸に頭を預けている勝己に出久は少し悪態吐いた。しかし、勝己の安心しきった寝顔に出久はまあいいかと、勝己が寝やすいように身体の位置を調整した。

切島達がリビングに戻ってきて、出久がまだ勝己に捕まっていることに首を捻る。

「あれ、爆豪まだ寝てんのか?さっき、声聞こえた気がしたけど」
「あ。一回起きたんだけど、また寝ちゃったんだよ」
「まじか。爆豪相当お疲れじゃん」
「爆発さん太郎も人の子かー」

上鳴と切島に出久は苦笑する。

「てか、緑谷も腹減ってるだろ?どうする?」
「んー。でも、かっちゃんこのままにしておくのも……部屋連れてったほうがいいよね」

そう言って出久はソファから降りて、勝己を背負おうとする。

「おいおい、お前が連れて行くのかよ」
「緑谷ちゃんが爆豪ちゃん背負うのは無理がないかしら」
「大丈……夫、これも、鍛錬だと思えばっ」
「デクくん!すごい、顔ブサイクだよ!」

勝己を背中に乗せた出久は両足で踏ん張るが、重さに震えている。個性を使えば軽々持ち上げられるが、自分の筋力だけでは辛いものがあった。
出久の顔も窄むほど力んでおり、麗日が思わず声を上げた。

「緑谷の顔芸すげぇよな」
「あれな。みんなで一発芸大会した時のオールマイトの顔マネすごかったわ」
「おう。緑谷のこと女の子として見てたけど冷めたもん」

男子からの散々な言われようを出久は気にも止めていなかった。むしろ。
うわ、なにこれ。重っ。かっちゃん筋肉すごくない!?かなり鍛えてるぞこれ!
と、出久は勝己の体重の重さから推測される筋肉量にご執心だった。

「ごめん、切島くん、エレベーターのスイッチ、押してくれないかな」
「お、おう。任せとけ」

てか、代わるけどと切島は名乗り出るが、出久は頑張ると代わらなかった。出久の頑固さはクラスメイト達も理解しているところだ。

出久の一歩は遅く、とても重い。エレベーターの扉が先に開いてしまい、切島が閉まらないように押さえる。
出久が勝己を背負ったまま乗り込むのを固唾を呑んで見守り、最後に四階のボタンを押した切島は二人を見送る。扉が閉まる直接、踏ん張ってるせいで野太くなった出久の声で有り難うを聞いた。

四階に着き、勝己の部屋の前まで来た出久はドアが閉まっていることにハッとなり、ごめんと言いながら後ろ手に勝己のズボンのポケットを探り、鍵を取り出す。
勝己の部屋に入り、背負っていた彼をベッドに転がす。ゆっくりと丁寧に下ろしたかったが、出久の腕も足も限界で、自分ごとベッドにぼふりと横になって勝己を寝転がした。
自分は起き上がり、勝己に布団を被せる。

勝手に勝己の部屋に入ってしまった後ろめたさもあり、部屋の中をあまり視界にいれないようにして、昔と寝顔が変わらない勝己におやすみを言って早々に部屋を出た。
ドアを閉めて廊下に出た出久は息を吐く。その頬は真っ赤だ。

部屋の中を見ないようにしていても、勝己の匂いが部屋にあり、香りを吸ってドキドキしていた。手のニトロと彼自身の汗が混じった、勝己の匂いだった。
心臓に悪いと、出久は自分の頬を両手で叩いた。

一階に戻ってきた出久は食事スペースで夕食を取り始める。一人だと味気ないよと芦戸達が来て一緒に食卓を囲んでくれた。
彼女達はリンゴやオレンジを切って、食後のデザートとして同じテーブルに並べ、フォークや爪楊枝でそれぞれフルーツを摘む。

「爆豪重い?」
「うん。すごく。筋肉詰まってる感じ」
「爆豪くん引き締まってるもんね」
「そうですね。見た目だけでも砂藤さんや障子さんとはまた違う筋肉質をされていますし」
「爆豪ってなんかコツコツやってそう。仮免はツートップとも落ちたけど、ヒーローとしてのセンスはアタシらより先行ってるって思うし」
「でもさ、それを背負って運ぶとか女子のすることじゃないよ、緑谷くん」
「そうそう。女の見せ所そこじゃないから」
「あれ!?僕なんか否定されてる!?」

愕いている出久に葉隠と芦戸は否定じゃないよと笑う。更にあれ!?と出久は慌てふためく。

「可笑しいよって教えてあげてんの」
「ウチもまさか背負って運ぶとは思わなかった」
「しかし、緑谷さんは体力があるほうですし、私は適任だったと思いますわ」

紅茶を淹れていた八百万がティーセットを並べ始めながら、それほど可笑しくないのではと唯一違う意見を述べる。

「でも、やっぱり切島ちゃんの方が適任じゃないかしら?同じ階だし、男子だから元々の筋力もあるわ」
「まあ、男子の部屋に入るなんて部屋王決定戦以降ないけど……」

と、耳郎は喋っている間に言葉尻を小さくしていく。彼女の発言にまさかと皆もリンゴを口に運ぶ手を止める。

「緑谷、爆豪の部屋入りたかったとか」
「う」

出久はご飯を口に入れたまま固まった。
昨日は勝己の部屋に入れてもらえなかった。その悔しさもあって、寝ている勝己にチャンスだと思ったのだ。

「それが目的か。納得」
「下心があったのね」
「でも、ほどほどにしなよ?アンタ、このまま行くと峰田と同類だから」
「マジか……」

耳郎からの指摘に出久は夕食の最後の一口を飲み込んで呟き落とした。
八百万が淹れてくれた食後の紅茶をいただき、女子全員で同時に癒しの溜息を零す。

「あ。それでさ、爆豪の部屋ってどんな感じ?」

部屋王決定戦で見ていない男子部屋がある。何かやばそうな峰田と、さっさと先に寝てしまった勝己の部屋だ。
だから、下心があったにしても、出久が入った勝己の部屋には興味があると芦戸が訊いてくる。

「えと、あ、あんまり、ちゃんと見てない」
「え!?どうして!?」

出久ならオタク魂を発揮して隅々まで見て目に焼き付けそうなのにと、芦戸と他の皆も不思議に思う。

「や、その、勝手に入ったようなものだし、あと、かっちゃんの匂いがして落ち着かなくて……」

もごもごと出久は口を動かす。
勝己の匂いは慣れ親しんだものだが、部屋の匂いは感じ方が違った。彼の匂いに全身が包まれているように感じられ、その場に留まっているなんて無理だったのだ。

「し、心臓に悪いから、かっちゃんをベッドに寝かしたら直ぐ出て来ちゃった」

その後落ち着くまで廊下をうろうろしていたから、一階に下りてくるまで時間が掛かった。だから、芦戸達も勝己の部屋で出久がごそごそしていたのだろうと勘違いしていたわけである。

「乙女がおる」
「乙女だ」
「乙女だね」
「乙女だよ」
「乙女ですわ」
「乙女ね」

出久の隣に座る麗日から、芦戸、葉隠、耳郎、八百万、蛙吹が順に言った。恋する乙女はいないとハニートラップ失敗時に思ったが、あれは間違いだったと麗日達は思い直す。
六人が言い終え、自分の番が来た出久は「え」と顔に出す。

「僕はヒーローがいいんだけど」

そこが出久の良いところだが、残念なところだ。

一息ついた女子一同は今日一日の汗と疲れを流すために風呂場に禊に行く。
脱衣所の横にある洗面台がいつにも増してピカピカになっていて愕く。

「うっわ、超綺麗〜」
「爆豪ちゃん凄いわ」
「家のメイドの指導係になっていただきたいくらいですわ」
「さっすが、才能マン」

塵一つない。と、感嘆の声が上がる中、出久の顔は暗い。

「どうしたん?デクくん」
「僕、掃除もまともに出来てなかったんだな……って」
「ば、爆豪くんと比べたらあかんよ!」
「うん……」

勝己には到底敵わない。それはとうの昔に出久が突き付けられた現実で、だから比べることさえしなかった。勝己は先にいる存在だったからだ。
しかし、掃除一つにもこんなに悔しさを感じるようになっている。麗日に悔しいかと訊かれたとき、悔しいと自然に口から出た。あれは、勝己と本音をぶつけ合い、オールマイトの秘密を共有したことで、遠い存在だった彼を近くに感じるようになったからだ。
張り合うつもりはない。中学まではそう思っていたが、雄英に入って、彼と相対することが何度もあった。

もっと頑張らないといけない。
頑張るにはどうしたらと、出久は湯船に浸かって天井を見上げる。湯気の靄で上が見えなくて、まさに今の自分と重なった。

「そうだ、緑谷!」
「何?芦戸さん」

見上げていた顔を下ろして、出久は芦戸の黒目を見つめる。

「誰が一番おっぱい揉むの上手かった?」
「へ」

固まる出久の後ろから忍び寄る透明な影があった。

「うわ!?」
「隙ありー!緑谷くん警戒心薄いよぉ」

湯に引きずり込まれると叫んだ出久だったが、葉隠が後ろから悪戯してきたせいだった。
溺れる心配はなかったものの、出久はまた胸を揉まれる。

「おっぱい揉まないで!?」

出久は半分諦めながらもやめてくれと言う。勿論、葉隠はやめない。

「私達、A組とB組の中で誰が一番だった?」
「あらでも、ミッドナイト先生にも揉まれてしまったのでは?」

昼休みに一度抜け出した出久が戻ってきたときにそんな話をしていたはずだ。八百万がミッドナイトも加えなければと言葉を足す。

「よし!その中で緑谷は誰が一番気持ち良かった?」

後ろを葉隠、前を芦戸から挟まれた出久は気持ち良かったって訊かれてもと困り果てるが、浮かんだ顔が勝己でぶわわっと全身を真っ赤にした。
おや、この反応。これはあれだ。と、芦戸と葉隠は目で会話した。

「「爆豪だ!」」

出久はザバァ!と湯を跳ねさせて立ち上がった。が、直ぐにしゃがみ込んだ。
これでは口に出さずとも、全身全霊で勝己だと肯定してしまったようなものだった。
なんとか言い逃れ出来ないだろうかと出久は皆を見渡す。みんな、手をお上品に口に当てていた。

「てかさ、実際、爆豪と何処まで行ってんの?」
「行くなんてものじゃないよ」

芦戸からの切り込みに出久は付き合っていないし、そんな仲ではないと返す。

「でも、緑谷から触らせたにしても、おっぱい揉まれたことあるんでしょ?」
「んー」

あの時のことを話すことは絶対に出来ない。嘘に嘘を重ねるのは良心の呵責があり、出久は生返事になってしまう。
そんな出久の様子に芦戸はじいっと彼女を覗き込む。

「緑谷、なんか隠してる?」
「うー…………ブクブクブク」

耐えきれなくなった出久は口を湯船に沈めて「なにもないよ」と言うが、全て泡音になった。

「あー、こら、緑谷〜」
「あまりしつこく聞くのは感心しませんわ」
「ええ〜、でもさ〜」
「クラスメイトや友人だからと全て知りたがるのもどうかと。話したくないこと、話せないことは私にもあります。芦戸さんは違いますか」
「うーん、あるね」

芦戸も切島が髪型を変えて高校デビューしたことは秘密にしている。それは彼が昔の自分自身と決別して乗り越えてから、みんなに言いふらすと決めている。だから、今は話せないことだ。芦戸は八百万の言葉を受け入れて、出久から身を引いた。

八百万の言葉の意味を考えていたのは芦戸だけではなく、麗日もだった。
麗日も芦戸が感じたように出久が勝己のことで何か隠しているように思えた。知りたいと思うが、出久が話したくないということは、勝己とだけ共有したいに他ならない。幼馴染ならきっとたくさんあるのだろう。二人だけのことに首は突っ込めない。

「ブクブクブクブクブク」
「麗日までどうした!?」

出久に続いて麗日まで口を湯船に沈ませる。二人が並んでブクブクしているのを、八百万が行儀が悪いと注意し始めた。

女子が風呂場から上がれば、男子も一組目の半数が風呂場から出てきており、二組目が風呂場に向かっている最中だった。
風呂上がり組がリビングで湯冷めを待っている間に、部屋で寝ていた勝己が下りてきた。

「お、爆豪、お目覚めか?」
「腹減った」
「お前の分の夕食、ラップかけてあるぜ」
「おう」

切島から勝己はなかなか視線を外さなかった。まだ何かあるか?と風呂上がりで髪を下ろしている切島は首を傾げる。

「切島か?俺を部屋に運んだの」
「あ、いやぁ」

切島はケータイで今日撮ったオールマイトフィギュアの写真を眺めている出久を見遣り、二人の会話が聞こえていたクラスメイトも出久へと視線をやった。
皆からの注視に気付いてハッとした出久はケータイから顔を上げ、勝己と目が合った瞬間、ソファの上で縮こまり、頭をガードした。

出久に視線を向けている勝己は夢じゃなかったんかと小さく零した。

「え。今、なんか言ったか?」
「なんも」

誰にも聞き取られていないことをざっと確認し、勝己は出久に構うことなく食事スペースに向かう。
何もされず、何も言われなかったことに出久は逆に怖いと自室に潜り込み去った。夜更かし組に入る出久が一番にリビングから消えるのは初めてのことだ。

珍しいと皆が話し合う中、轟は会話に入らず、勝己のいる食事スペースに移動した。
突然、自分の目の前に座った轟に、口の中のものを飲み込んでから勝己は目を吊り上げる。

「飯が不味くなる。失せろ」
「緑谷の手のこと何で言わねぇんだ?」
「しつけェな、てめェも」
「手のこと言えば、アイツも昔の約束思い出すと思う」
「そんな不確かなもんいらねェわ」

思い出すかもしれないでは足りないし、勝己からすればどうだって良かった。
あの手にしたのは出久の選択であり、オールマイトの話を聞いた上では否定するつもりもなくなった。出久がしたいことは、オールマイトの意志だ。ならば、過去には執着しない。執着したくないと、勝己は頑なに内で自身に言い続ける。

「おい、半分野郎。余計なことデクに言うなよ」
「……言ったかもしれない」
「てっめェ」
「悪かった、気を付ける。これからは言わねえ」
「クソが」

勝己は苛立ちのままに食事をかき込む。
出久が昔のことを覚えていないことにも腹が立つが、思い出されるのも厭だった。思い出したら、彼女は立ち止まる。出久が立ち止まるのは勝己には許せない。
オールマイトに敷かれたレールを無碍にすることだけは、決して許さない。

勝己が食べ終わる前に、轟は席を立った。勝己は轟の背中をひと睨みしてから、食事に集中する。
しかし、出久の話題を出されたせいで、考えが巡る。

夢だと思っていたが、一階のソファで出久に触れながら、少し言葉を交わしたのは確かなことだったようだ。
話したのに、勝己はあの時のことを口に出せなかった自分を苦く思う。これでは、出久がどう思っているのか知るのが怖いと思っているみたいで、認めたくなかった。

轟が食事スペースから出てくると、近くに麗日がいた。目を丸くした轟は彼女と同じように壁に背を預ける。

「聞いてたんだな」
「うん。駄目だって分かっとるんやけど、気になって。……爆豪くん、デクくんの手のこと気にしとったんだね」
「気にしてるって言い方は違うと思うけどな」

勝己は出久の手の怪我自体を気にしてはいない。その結果、出来なくなったことがある。其方のほうが勝己には重要なんだと、彼と話していて轟は感じた。

「それより、気になるなら入ってくれば良かっただろ」
「それな。ちょっと色々考えさせられて。八百万さんが言ってたんよ」
「八百万?」
「話したくないこと、話せないことは誰にでもあるって。友達のこと何でもかんでも知りたがるの、私もいかんと思う」

だから、首を突っ込まないようにした。けれど、気になって立ち聞きしてしまったと、麗日の表情は暗くなる。
頭と行動が上手く繋がらない。矛盾していることが苦しかった。

「八百万の言ったこと、俺にも分かる。俺も、言いたくねぇことあるからな。けど、麗日は緑谷のこと心配だったんだろ」

麗日は轟の言葉に歯を食いしばった。心配だったと綺麗な言葉で片付けてはいけないと思うからだ。
納得出来ていない麗日の様子に轟は淡々と続けた。

「俺は心配とかしてねぇってか、労わるとかそういう考えがない。だから、心配出来る麗日は優しいんだと思う」

自分の欠点を吐露してまで此方を気遣う轟に麗日は愕く。今、轟は此方を心配してくれているのにと、その不思議さに麗日は笑った。
笑顔になった麗日に今度は轟のほうが愕く。

「轟くんも優しいと思うよ」

麗日は元気出た!と、リビングに向かった。瞬いている轟はちょっとだけ首を捻っていた。
そろそろ勝己は食べ終わった頃だろうと、轟は再び食事スペースに顔を出す。

「爆豪、皿洗い手伝う」
「また来やがったのか、出てけ!」

威嚇された轟は「お」と立ち止まる。
麗日に優しいと言われたことが頭に浮かび、自分は今、勝己を心配しているのだと思った。

「俺、爆豪が心配だ」
「見下してんじゃねエ!!」

どうやら癪に触ってしまったようだ。「お」ともう一度言った後、轟は勝己のTシャツを見た。

「アジフライ好きなのか?」
「二度ネタなんだよ!ちったあ、周りの声も聞いとけ!!普通だ!!」

食事スペースが騒がしいと、リビングにいたクラスメイト達が覗きに来て、更に騒がしくなるまで後数秒。




























◆後書き◆

おっぱい回。
職員室でもおっぱい。
B組の寮でもおっぱい。
お風呂でもおっぱい。
おっぱい祭りです。

次回、かっちゃんがサラシを巻いてくれるよ!






更新日:2018/06/05








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