※緑谷出久先天性女体化



・十五歳以上推薦
・折寺中の時に爆豪が緑谷♀を強姦(?)しています
・緑谷♀が子供を産めません
・雄英白書三巻ネタバレ多め

15歳未満の方は目が潰れます
(今回、年齢制限シーンやセクシーシーンがないので潰れないかもしれない)































◆Gordius -act.5- ◆









掃除の手伝いもそこそこにオールマイトは寮のリビングに備え付けのソファに座っていた。
女子風呂の掃除を終えた出久が淹れてくれた紅茶の香りが目の前のティーカップから漂う。

「八百万さんが持ってきてくれた紅茶です。あと、カップも」

いつなんどき、お客様が来ても良いようにと、おもてなしセットを八百万は実家から持ち込んでいた。紅茶の茶葉やティーカップは客人が来たときに自由に使ってもらって構わないと八百万からも言われている。出久を含め、クラス一同そんな機会はないのではと思っていたが、入寮してすぐB組が襲来したときに紅茶を振る舞った。今もオールマイトに紅茶を淹れたり、おもてなしセットは度々活躍している。

「良い香りだね」
「ロゼ・ロワイヤルだったかな?確か、八百万さんが」

ワインみたいな香りが特徴だと言っていたと、出久はオールマイトの隣に座り、自分の分を淹れたオールマイト柄マグカップに鼻を寄せる。
酒が飲めないオールマイトだが、ワインの香りは苦手ではない。それに、紅茶はノンアルコールだ。口につけて、ほっと一息つく。

ぎこちない雰囲気はないのだが、出久を怒らせてしまったオールマイトはどう言ったものかと、会話の切り口を探す。しかし、出久が先に口を割った。

「すみません」

出久はマグカップの中に視線を落としていた。窺い見える横顔は反省の色が濃い。

「オールマイトがしてくれたことは正しいって分かってるのに」
「余計なお世話だったな」

いつもならば、ヒーローとして誇らしく言っていた言葉だが、出久にはいらない世話だったろう。それについては私も反省していると含め、オールマイトは出久の肩に手を添える。

「オールマイトは悪くないよ」

一度口を噤んでから、出久は再び口を開いた。

「かっちゃんのことになると、周りが見えなくなる自覚は、あるんです」

林間合宿で勝己が敵連合に狙われていると知った時も、ヘドロヴィランに勝己が取り込まれていると目にした時も、考えるより先に無我夢中で走り出していた。

「冷静さが欠けるのはナンセンスだけど、緑谷少年のそれはヒーローにはとても必要なことだ。言っただろう?余計なお世話はヒーローの本質。爆豪少年が君に大切なものを芽生えさせてくれたってことだ」
「オールマイト〜!」
「緑谷少年!」

ひっし!と抱き合う二人を、男子風呂の掃除を終えた勝己が目にする。
勝己がいることに気付いた出久がオールマイトを突き飛ばした。

「かっちゃん!違うんだ!これは師匠と弟子のあれであって、それじゃないんだ!」
「クソなこと喚いてんじゃねェ。オールマイト落ちてんぞ」

出久に突き飛ばされたオールマイトはソファから転げ落ちていた。

「うわあ!どうしたんですか!?オールマイト!!」
「君に突き飛ばされたんだけど……本当に周りが見えなくなるんだね」
「え!僕!?」

オールマイトに何度も頭を下げる出久から視線を外した勝己は適当な椅子に座り、雑誌を読み始めた。

出久も勝己も自室に戻らず、オールマイトと共に共有スペースで夕方まで過ごしていた。会話をしているのは出久とオールマイトだけだったが、たまに話を振られた勝己が相槌代わりの舌打ちをして時は過ぎる。

そろそろ下校時刻かなと、出久が壁の掛け時計に目をやったと同時に、バタバタと慌ただしい足音が耳に届く。
バアアアン!と寮の玄関から走り込んで来たクラスメイトの面々に出久は目を丸くする。

「デクくん!」
「はい!」
「良かった!」
「うん!?ご心配お掛けしました?」

麗日の勢いに反射的に返事をする出久だが、何が何やらだ。

「あれ?オールマイトがおる!?」
「マジか!爆豪達の見張りずっとしてたんですか!?」

生徒達から口々に驚きの声が上がり、オールマイトはちょっと吃驚する。教師として授業を見ているし、今更みんなに驚かれるようなものでもないのにと首を傾げるが、自分のところに集まり出す生徒達は出久ほどではないにしろ興奮気味だ。

「授業中じゃないときにオールマイトと話せるとか激レアだぜ!」

切島の発言に成程とオールマイトは自己分析した。マッスルフォームの維持には時間制限があったため、授業中以外はあまり生徒の前には姿を見せていなかった。今の姿が本来の姿であるとバレるわけにもいかないから、人目のつかない場所にいることも多かった。

「あ。でも、今のオールマイトとデクくんが一緒におるの何度か見たことある」
「ああ、俺もだ。確か、体育祭で負傷した緑谷くんに付き添っていた」

麗日と飯田の発言に蛙吹も頷いている。
ギクリとオールマイトと出久が固まる。

「い、いやぁ、実はね、この町に来た時に、緑谷少年にたまたま正体がバレてしまったんだ。HAHAHA」
「わあ!マンガみたいな話やね!」
「成程。それでオールマイトは緑谷くんをよく呼び出していたんですね」

オールマイトの本来の姿を知っていたから、出久はオールマイトからよく声を掛けられていたのだと、皆が納得を見せる。

「あはは、僕もビックリしたよ」

棒読みにならないように注意しながら出久は実はそうだったんだ!とオールマイトの言葉に大きく頷く。嘘は言っていないし。

そこへ、轟が前に出てくる。

「すまねぇ、緑谷。オールマイトに目を掛けられてんだと思って、あの時吹っ掛けちまった」
「え!?あ、いいんだ!轟くんも気にしないで!」

体育祭のトーナメント戦前に彼に呼び出された時のことを思い返し、出久は両手を振る。あの時の轟の分析はそれほど間違っていなかった上に、目を掛けられているのは事実だ。

轟に謝られてしまい、後ろめたさに出久が困惑していると。

「オイ!デク!」
「わ!何!?」

勝己を振り返り見れば、彼はバケツと雑巾を手にしていた。

「窓拭きやり直せ!」
「まだ汚れてた!?」

バケツと雑巾を受け取った出久は雑巾が二つあることに瞬く。勝己も一緒にやってくれるのだろうか?と首を傾げつつ、窓まで移動する。
勝己もついてくるので、やはり一緒にやってくれるようだ。

水で濡らした雑巾を絞って、窓を拭き始めるが、窓は汚れていなかった。自分はここまで丁寧に掃除出来ないから、勝己が既にやり直した後だ。

「かっちゃん」
「情に任せて余計なこと言うんじゃねェ」
「…………」
「分かってんなら気ィつけろ」
「うん。有り難う」

へらりと笑った出久を勝己は睨んだ。
睨まれても、出久は笑顔を保っていた。勝己はオールマイトの秘密を守るために割って入ってくれたのが判ったからだ。勝己が近くにいてくれれば、自分もオールマイトの秘密を守り続けていける。

小声で何か話している様子の勝己と出久を見遣り、オールマイトは焦りを静める。
どこから秘密がバレるか判らない。勝己にまで秘密を明かしてしまったのは軽率だったのではないかと不安もあったが、むしろ、彼が秘密を共有してくれたのは正解だったかもしれない。協力者として信頼出来る対応力がある。

しかし、甘え過ぎも駄目だろう。オールマイトはお暇しようと腰を上げかけるが。

「そういやさぁ、緑谷。ちょっと聞きたいんだけど」
「何?上鳴くん」
「やっぱ、爆豪が初恋?」
「へあ!?」

耳を真っ赤にして出久は俯き、もじもじする。すぐ横にいる勝己が「キメェ」と顔を歪ませ、出久は「ごめん」と謝る。

「爆豪もそんな言い方しなくてもよくねぇ?」
「キメェもんはキメェんだよ!」
「そんで、緑谷はいつから爆豪が好きなんだ?」
「アホ面無視すんな!」
「いつからって、その……」

何か気になる話始めちゃったなぁ、とオールマイトはソファに深く沈んだ。もう少し居る気である。

「自分で気付いたの最近だから、いつからかよく分かんなくて」
「じゃあ、気付いた切っ掛けは?」
「へ、ヘドロの時」

ヘドロ事件は勝己にとって忘れたいほど最悪な出来事だ。蒸し返す出久に勝己の睨みが刺さる。
冷汗を背中に感じながらも、出久は話始めてしまった手前、事件を思い出しながら続ける。

「事件現場に居合わせたんだけど、ヴィランに立ち向かう勇気なくてさ。誰か、ヒーローがどうにかしてくれるって、僕、背を向けようとしたんだ。けど、ヘドロヴィランに乗っ取られてるのがかっちゃんだって分かった瞬間にカッとなって。気付いたら飛び出してた」

この場にいる何人かはヘドロ事件のニュースを見ているので、うんうんと出久の話を興味深げに聞いていた。

「緑谷くんらしいな。俺は尊敬するぞ!」
「ああ!漢らしいぜ、緑谷!」
「切島、緑谷は女なんだから、それ褒め言葉じゃないよ」
「僕は嬉しいよ」

自分が聞きたいことにまだ辿り着いていないので、上鳴は脱線し始める会話を戻すために手を挙げる。

「じゃあさ、そっから恋だって気付いちゃった感じ?」
「うん。それまではかっちゃん凄いなって思って見てたんだけど、他の感情もあるなって」

ヘドロに囚われているのが勝己でなかったら、飛び出していなかったと思うのだ。
助けを求める顔してた。だなんて言ったが、それは後付けだ。勝己だったから、助けたかった。

あの場を見て、オールマイトは自分を後継に選んでくれた。その切っ掛けもヘドロ事件で、元を辿れば勝己がいてこそだ。自分があそこまで行動を起こせたのは。
さっきも、オールマイトに言われたばかりだ。勝己がヒーローとして大切なものを君に芽生えさせてくれたんだろう、と。

出久は自分の言葉に勝己がどんな反応をしているのかと、彼を振り返る。振り返るんじゃなかった。
勝己は今にも噛み付かんばかりに唸っていた。完全に獣である。

ヘドロ事件を持ち出したせいで勝己はご立腹だ。

「爆豪〜、そんな威嚇しなくてもいいんじゃねえ?むしろ女子にここまで想われてて羨ましいぜ」
「違ぇわ」

上鳴は勝己の苛立ちの原因を勘違いし、勝己は短く否定した。
疑問符を浮かべた上鳴は自分の顎を掴んで考え込む。

「なあ、付き合ってみればいいじゃん」

は?と場の空気が固まる。
上鳴は俺何か変なこと言ったか?と周りを見回す。

「付き合うというのは、まだ早計ではありませんか?上鳴さん」
「でも今時、両想いだから付き合うってのより、試しに付き合う奴多いじゃん。俺の中学そんなんばっかだったし」

八百万の意見と上鳴の意見にクラスメイト達は半々に頷く。

「な!幼馴染なんだし、付き合っちゃへぶ!」
「うっせェ!」

勝己は手にしていた雑巾を上鳴の顔に投げつけた。

「かっちゃん……」
「デク、てめェも変な気ィ起こすんじゃねえぞ」
「わ、分かってるよ。フラれた……ばっかだし」

俯いて落ち込む出久を一度見下ろした勝己はそれ片付けとけと言って、その場を離れた。エレベーターに乗り込んだから自室に向かったのだろう。出久は上鳴の顔から雑巾を剥がし、掃除道具を片付けた。

空気が変わってしまい、キョロキョロしだしたオールマイトは八百万の姿を見つけて話し掛ける。

「そ、そうだ。八百万少女、この紅茶は君のセレクトなんだってね。美味しかったよ」
「お口に合って良かったですわ。もし、先生方がいらっしゃっても良いようにと用意していたんです。本物のお酒はご用意出来ませんから」
「私、下戸だから有難いよ」
「え!オールマイト酒飲めねーの?」
「意外」
「相澤先生も?」
「相澤くんは飲めるよ。でも酔うとちょっと……ね」
「酒癖悪いの!?相澤先生!めっちゃ見たい!」
「面白そう!アタシも見たい!」
「お、お勧め出来ないなぁ」

でも、君達は二十歳になってからだよお酒は。と、オールマイトは生徒達を嗜める。

クラスメイト達とオールマイトは教師達の酒癖について話を拡げていた。みんなの部屋のゴミ回収はまだ後でも良さそうだ。
出久は誰も自分に気付いていないうちにと、こっそりエレベーターに乗り込む。

自室に寄ってから、四階に向かう。勝己の部屋の前まで来る。
手の中のものをぎゅっと胸に抱き、深呼吸を一回。

部屋の扉を駄目元でノックすれば、すぐさま開いた。訪問したのは自分だが、まさか開くとは思わず、心臓を跳ねさせる。

「ア?なんだてめェ、何しに来やがった」

勝己はドアを開いたら出久が立っていて訝しむ。姿勢をやや低くして睨み付けた。
相澤が謹慎中に互いを呼び出す行為は禁止だと言っていたのを覚えていないのか。

「へ、部屋に入れてほしくて」
「……何企んでやがる」
「え!?な、なにもっ」

睨みが強くなり、出久は部屋に入れてもらうことを諦めた。
目的は部屋に入らずとも出来ることだ。出久は手に持っていたものを勝己に差し出す。

「これ」
「なんだよ」
「……誕生日、プレゼント」
「はあ?」

勝己の誕生日は四月だ。二学期が始まった今、とうに過ぎている。

「今年は渡せるかなって思ってたんだけど、渡しそびれて」
「いらねェ」

彼は受け取ってくれないだろうと、出久とて想定済みだった。だから、これ以上は駄目押しだ。

「お返しとかはいらないんだ。僕の誕生日も過ぎてるしさ。だから、君が貰った借りとか気になるなら僕の誕生日プレゼント代わりに貰ってよ」

これじゃ駄目だろうかと、出久は俯いていく。自分の七月の誕生日も過ぎているから、本当にお返しはいらなかった。
そもそも、プレゼントは渡して有り難うを返してもらえれば、完結する話だ。しかし、勝己が此方に礼を言うなどあり得ない。だから、このプレゼントを勝己が受け取ってくれたら、自分への誕生日プレゼントになるのだと言い切った。出久には、これを受け取ってもらえるだけでいい。使ってくれなくてもいいから。

勝己からの反応がなくて、出久は泪を溜める。
しかし。

「貸し借り無しなんだな」

出久の手の中から、それが消えていた。顔を上げれば、勝己が手にしている。

「う、うん!貸し借り無し!」
「…………」

プレゼントを貰った自分より、渡した出久の方が嬉しそうな顔をしており、勝己は視線を投げた。

「用が済んだなら帰れや」
「うん。あ、かっちゃん、みんなの部屋のゴミ回収なんだけど」
「後で行くわ」

勝己もクラスメイトがオールマイトと話したがっていたのを感知していたようだ。清掃は忘れていないと、彼はドアを閉じた。
閉じられた扉を前に出久は固まっていた。

うわあああああ!渡せてしまったあああああ!
と、出久は信じられない気持ちと現実の興奮に大忙しだ。

部屋で一人、勝己は出久から受け取ったものを拡げた。両手で持ち上げたそれは、黒いTシャツだった。

「クソだっせェ」

記号っぽいマークとAJIFRYの文字がプリントされている。どう見ても出久のセンスだ。特にわけのわからない文字が。
ローマ字なだけ多少マシだが……。

それなりに此方の趣味を考慮した努力が見られ、勝己は悪態後、言葉を閉じる。
苛立ちはなく、悪い気分ではなかった。




翌朝、制服に着替えた出久は一階の共有スペースに降りてきて、見慣れぬ光景に首を傾げた。

「緑谷くん、おはよう。今日から復帰だな!」
「うん!ご迷惑おかけしました!」

ところで。と、出久はリビングのソファに顔を向ける。
そこには、勝己と口田がいた。珍しい組み合わせに出久は不思議がる。

「飯田くんは何か知ってる?」
「ああ。どうもゆわいちゃんくんの元気がないらしい。一日様子を見てもらいたいと口田くんが爆豪くんにお願いしているところだ」
「そうなんだ。ゆわいちゃん大丈夫かな……心配だね」

椅子の影になって見えなかったが、覗き込めば、テーブルにケージがのっていた。中には白いうさぎ、ゆわいちゃんが入っている。飯田が言った通り、元気がない。

ゆわいちゃんは大人しい子ではないと出久は身をもって知っている。謹慎二日目にちょっとしたハプニングがあった。それがゆわいちゃんの脱走事件だ。勝己と一緒にどうにか捕まえて、ことなきを得た。

二日前は元気いっぱいであったし、美味しそうにバナナを頬張っていた。今日は元気がないと聞いて心配になる。

「しかし、爆豪くんに頼んで大丈夫だろうか。相澤先生に事情を説明して教室で様子を見ていた方が口田くんも安心だと思うんだが」
「かっちゃんなら大丈夫だと思うよ。動物好きだし」
「そうなのかい?」

意外だと飯田は目を丸くするが、彼と幼馴染である出久の言葉だからと疑いはない。
それに。声の小さい口田に勝己は大きな声で喋ろとは言わず、自分から耳を寄せて声を聞き取ろうとしていた。

飯田はクラスメイト達が自分の誕生日を祝ってくれた日を思い返す。皆が内緒で進めていたことを勝己は此方にバレないように配慮してくれた。悪目立ちする勝己だが、それ以外の一面もあることを飯田は知り始めたばかりだ。

「緑谷くん」
「何?」
「爆豪くんは存外、優しいのかもしれないな」

君が好きだと言うのも頷ける。
そんな言葉が含まれているように聞こえて、出久は「優しいは言い過ぎだけど」と返しつつも、小さく頷いた。

出久と飯田が話している間に、口田と勝己の話し合いに決着がついたらしく、口田が手を合わせてゆわいちゃんを抱っこしている勝己に何度もお辞儀している。
頷いた勝己に口田は深々と頭を下げて此方にやってくる。常闇や障子達の輪に入っていった。

「面倒見てくれるって?」
「うん。お世話の説明もちゃんと聞いてくれたし、爆豪くんいいよって」
「僥倖」

障子の複製腕の口が尋ね、口田はボソボソと返事をし、常闇が口田に良かったなと彼の肩を叩く。

勝己の凶暴さを体育祭の対戦と表彰式で間近にした常闇は先程まで心配げに口田と勝己を窺っていた。しかし、勝己が怒鳴り散らすことはなく、口田の話を真面目に聞いていて安心したのだった。

三人の会話が聞こえていた出久はやっぱり大丈夫だよと飯田と顔を合わせる。勿論、飯田にも口田達の会話は聞こえており、相澤先生の手を煩わせるまでもないことを納得する。

「みんな、おはよう!」

麗日が降りてきて、クラスメイトが全員一階に集まったことになる。

「麗日くん、今日は寝坊かい?」
「いや、ちゃんと起きたんやけど、寝癖すごくて直すの大変だったんよ」
「それは災難だったな」
「いやいや!ただの寝癖だから、そんな深刻にならんでよ!飯田くん真面目や!」

二人のやり取りを間近にするのは、出久にとって少し久しぶりで一緒に笑い合う。

「爆豪!留守番よろしくな!」
「俺は餓鬼じゃねェぞ!クソ髪!」

四日目の謹慎がある勝己以外は校舎に登校するため、ぞろぞろと玄関に向かう。
しかし、勝己がソファから立ち上がる。

「待てや女子共!」
「え。何?」

耳郎が振り返り、女子が全員足を止める。
女子全員が振り返り見る先にうさぎを抱きかかえる勝己がいて、皆一様に口を閉じる。
下に降りてきたばかりの麗日が一番ギョッとして、勝己を視界に入れた。

「ば、ばばば爆豪くんどうしたん!?ギャップ萌えとか今更遅いよ!」
「黙れ丸顔!てか、風呂!掃除どうすんだ!?」
「あ。そっか。今日から当番制にもどるよね、ウチら。今日誰だっけ?」

出久の謹慎と罰の掃除は昨日で終わった。だから、女子風呂の掃除は以前決めた当番制ですることになる。

「私よ。でも、今日は日直もあったわ」

蛙吹が手を挙げる。

「それだと大変だよね。誰か当番変わる?」

日直と被った場合はその都度誰かに変わってもらっている。しかし、いきなり言われたために誰が掃除するかなかなか決まらない。

「あー!うぜェ!早よ決めろや!」
「爆豪も煩いよ」
「やらねェならやらねェで、やったるから決着つけやがれ!」
「え」

女子が固まる。

「はっはっは。爆豪そりゃねーよ。男子が女子風呂掃除するとか、そんな羨まし、いや、そんな悪行許されるわけ」

峰田が前に出てきたが。

「爆豪ならいっか」
「うん。私らがやるより、絶対綺麗にしてくれそうだし」
「ウチも別に。峰田じゃなければ」
「私も峰田さんでなければ、安心してお任せ出来ますわ」

峰田対策で女子風呂のセキュリティ強化をサポート科の発目に願ったが、彼女の発明品であるベイビーは夜中の騒音など問題点が多々あり、返品したばかりだ。
男子禁制が理想だが、実害は今のところ峰田一人に絞られる。

「爆豪ちゃん、頼んで良いかしら?」

女子は万丈一致で勝己に風呂掃除を頼んだ。
峰田は砂のように消えた。

「ま、人徳はないけど、爆豪は信用出来るしな」
「相手が悪いぜ、峰田」

瀬呂と上鳴の声は峰田には聞こえていなかった。

「なら、風呂場の余計なもん出してから学校行け」

女子は風呂場に走った。脱衣所で昨日脱ぎ捨てた服がないか確認し、下着を回収する。

「爆豪さんがこういうことにまで気を回してくださるとは思いませんでしたわ」
「確かに。爆豪って女子に対してガサツかと思ってた」

八百万と芦戸の言葉に皆が頷いていて、麗日も頷いていたが、出久の唸り声に彼女を振り返った。

「どうかしたん?」
「わざとブラジャー落としておいてかっちゃんにハニートラップを仕掛けておけば」

出久のブツブツに麗日は動きを止めた。

「やめといた方がいいわ、緑谷ちゃん。爆豪ちゃんが折角気遣ってくれたのだし」
「殴られてもいいなら止めないけど」
「名前書いてなくてもサイズで丸わかりだよね、緑谷のは」

ブツブツ言っている出久を振り返らないまま、蛙吹達が口を挟んだ。




相澤はビッグスリーとの演習授業後、A組の寮に足を運んだ。
勝手に玄関を潜って、リビングがある広間に進めば、謹慎中の勝己がいた。

しかし。彼が腕に抱いている白い生き物に目がいく。ウサギだ。

「丁度良かったわ」

勝己とウサギという見てはいけない組み合わせに混乱していた相澤は、勝己からウサギを押し付けられる。

「ケージ掃除すっから、そいつの見張り頼みてェんだけど」
「まあ」

特に断る理由もないからと、相澤はウサギを抱えた。口田がペットを飼いたいと申請を出していたのを相澤は思い出す。確か、名前は結だ。基本的に寮内でのペットの飼育は禁止だが、口田の個性を伸ばすのに生き物は必要不可欠なため、特別に許可を下ろしたのだ。しかし、条件は付けていた。

「飼い主が全部面倒を見るってことでペットは許可したんだがな」
「共同生活なんてそんなもんだろ。世話し殺したるわ」

ケージの汚れを取りながら勝己が返した言葉に相澤は意外を持たなかった。協調性はないが、勝己は一人一人の動向をよく見ている。観察眼が良いのだ。
だから、出久に対してだけの態度が悪目立ちしている。

ウサギの主食であるチモシーの草を入れ、飲み水の補充をすればケージの手入れは完了だ。勝己は相澤からウサギを受け取り、ケージに入れようとするが、ウサギが嫌がる素振りを見せる。

眉を寄せる勝己は困っているように見え、それは相澤も意外に感じた。
ウサギの背中を撫でてみる勝己に相澤は近寄る。

「調子悪いのか?そのウサギ」
「今朝から全然動かないってよ」

しかも、震えが止まらない。
専門外だろうが、一度リカバリーガールに診てもらうべきかと相澤が腰を上げたところ。

ウサギが吐いた。

愕いた勝己と相澤は固まるが、ウサギはけほけほした後、心なしかスッキリした顔をした。
自分からケージに入り、餌を頬張り始める。

「腹壊してただけみたいだな」
「…………」

相澤が勝己を見遣れば、小さく息を吐いていた。ほっとしている様子に、相澤は頭を掻く。

「爆豪、お前に話があるんだが。先に着替えてきなさい」
「ッス」

ウサギが吐いたとき、勝己はウサギを抱えていた。そのため、彼のタンクトップは嘔吐物で汚れてしまった。

勝己が自室に着替えに行っている間、相澤はソファに座り、ウサギの様子を見ていた。尋常でない勢いの食いっぷりに汗をかく。

「また腹壊すぞ、お前」

ウサギが此方を見た。
じーっと見つめてくるウサギに「俺は猫派だ。悪いな」と相澤は掌を見せた。
相澤への興味を失ったのか、ウサギは自分のご飯に夢中になる。

暫くして、勝己が降りてきた。ウサギが顔を上げる。恩は感じているらしいと多少の知性を認め、相澤も勝己に視線を向けた。

「爆豪……」
「あ?」

勝己は黒いTシャツを着ていたが、それには謎の文字がプリントされていた。AJIFRY。アジフライ?

「……いや、趣味の良い服だな」

生徒を傷付けてはならないと相澤が選んで発した言葉だが、勝己の方がギョッとする。

「眼科行ったほうがいいんじゃねェか、先生」
「……お前の服だろ」
「自分で買ってねェよ」

ケッと吐き捨て、勝己はソファに座らずにウサギの様子を眺めた。勝己と見つめ合っていたウサギは自由気ままに水を飲み始める。

「とりあえず、そこに座りなさい」
「うっす」

相澤は向かいのソファに勝己を座らせた。
昨日のことだが。と、相澤は前置きして話し続ける。

「緑谷が妊娠出来なくなった原因はお前だ。それをオールマイトさんから聞いて、昨日は外に出た。合ってるか?」
「合ってる」
「ま、俺もオールマイトさんに話したのは浅はかだった。けど、お前がやったこともやったことだからな、謝罪はしない」
「…………」

無言で頷く勝己に相澤は続ける。

「誤解されると面倒だから先に言っておくが、緑谷から俺に話したんじゃない。俺が吐かせた」
「それくらい分かってる」

そうか。と頷き、相澤は口元を覆う布を指で引き下げる。

「俺がここに来たのは、だいたい察しついてるよな」
「除籍処分か」

勝己に焦りの色はない。自分の状況を俯瞰して理解している。

「冷静だな。まあ、それを判断するためにお前の話も聞きたい」
「……」
「爆豪、お前としては間違ったことをしたと思ってんだよな、その顔は」
「……ッ」

何事かを言おうとした口は、何も言わずに閉じられてしまった。
まだ、自分の中で整理が付いていない様子に相澤は腕を組む。

「緑谷の話聞いた分じゃ、アイツは強姦されたなんて思っちゃいなかった」
「……」
「お前は、緑谷を強姦したのか?」
「そうだろ」

自分に言い聞かせるように低く言葉にする勝己を相澤はしっかり観察する。

「なんで強姦したか、言えるか?」
「ムカついたから」
「どうしてムカついた?」
「アイツが雄英に合格して……それで」

続きそうだったのに、勝己は発言を止めた。相澤は目を細める。

「それで?」

続く言葉を催促する。
勝己は俯き、自身の額を片手で覆う。

「中学の……担任が変な目でデクを見てやがった」
「それから?」
「モブ共にムカついた」

少し筋が見えてきた。顎を引き、相澤は思案する。
この件に関して、勝己が苛立ちを感じたのは出久に対してではない。
勝己の担任になってからまだ数ヶ月だが、彼の性格からして目の敵にしているとは言え出久を襲うのは些か引っ掛かる話だった。

「実は先生。昨日、君達の中学校に行って来ました」
「!」

弾かれたように顔をあげた勝己に相澤は表情を変えずに続ける。

「生徒は殆ど部活帰りだったから校風はそれほど見て回れなかったが、教師や体制を見たところ、お世辞にも良い学校とは言えないな」
「…………」
「爆豪と緑谷の担任だった人からもお前らの話を聞いたが、上辺だけで語ってたよ。生徒を見ていない」
「だから、何だよ」

核心に触れない相澤の話し振りに勝己は焦れ始める。

「お前がムカついてた理由と結び付くって話だ。緑谷は身体売って合格したんだろって聞いてきたよ、お前らの元担任は」

胸糞の悪い話だ。体育祭を観ていないのかと言いたかった。あの頃はまだ相澤も出久の個性の使い方を認めていなかったが、身体を売って合格した奴がベスト8の成績は残せない。
学校を疑われるより、生徒を疑われる方が何倍も腹立たしい。

「爆豪、お前は緑谷のことになると感情を制御出来なくなる。自覚はあるな」
「そんなんじゃ、ねェわ」

目を逸らした勝己に相澤は特に何も思わなかった。
勝己は他人が出久を認めなかったことに腹を立てている。彼等の母校を訪問してから導き出した見解を相澤は変えなかった。

「除籍処分については不問だ」
「……いいのかよ、それで」
「こういうのは被害届が出されない限りどうにも出来ない。それに、爆豪に何かあったら緑谷が黙ってないだろ。先生としては、また勝手な行動取られる方が困るんだよ」

自分が敵連合に攫われ、出久や切島達が独断で救出に向かった時のことを言っているのだと、勝己も理解する。

「お前ら二人の間であったことだ。お前らだけで話をつけろ。俺からは以上だ」

一番合理的な解決法を提示して、相澤は立ち上がる。

寮の外に出れば、オールマイトが立っていた。心配げに此方を窺ってくる様子に相澤は溜息を零す。
オールマイトの横を通り過ぎれば、慌てて追い掛けてくる。

「あ、相澤くん!」
「何です?」
「や、あの、どうだったかなって」

相澤は足も止めず、オールマイトを振り返りもしない。もう一度、溜息をつく。

「どうだったも何も、ただのカウンセリングですよ。ま、爆豪には必要なかったですが」
「必要ないって、そんな身勝手な」

横目に相澤はオールマイトを見遣る。
昨日の一連の話をオールマイトから聞き出したからこそ、相澤は昨日の内に折寺中学校を訪問し、今日は寮まで来て勝己と話をしたのだ。

「貴方は緑谷の味方したいんでしょうが、俺はどちらかというと爆豪ですね」

相澤の意見を耳にしてオールマイトは「やっぱり合わない」と後ろを向く。
相澤の方針とオールマイトの方針は相容れないのだ。勝己と出久の件でも真逆になる。

「ねぇ、相澤くん。私が言えた立場じゃないけど、君は爆豪少年のこと高く評価してるよね」

相澤が足を止めた。
止まった背中にオールマイトは私余計なこと言っちゃった!と両手で口を塞ぐ。嫌味っぽく聞こえてしまったのでは……と、オールマイトは冷汗をだらだら流す。

「そうですかね」

独り言のように呟いた相澤は再び歩き出した。




ビッグスリー、その中の一人である通形ミリオと演習による模擬戦で向き合い、全く敵わなかったA組の面々は暗い面持ちで昼食を迎えていた。

通形との手合わせはインターンを見据えた授業であった。仮免が取れていないからと見学していた轟だけが食を進めている。目の前のお膳に手がつかない皆は仮免まだ後で良かったと思わなくもなかった。

「通形先輩やばかったな……」
「すり抜けるって最強だと思うんだけど、元々はそんな強くなかったんだよな?」
「個性を伸ばした結果なんだから本人の努力だろ」
「林間合宿で相澤先生が言ってたじゃん。個性を伸ばす訓練するって」
「ああ、肉体強化とは違うって言ってたもんな」
「個性の成長は個々で違うし、授業以外で鍛錬するしかないかー」
「それよりさ」
「腹いてぇ」

一様に腹を押さえる。

通形に腹パンされた痛みがまだ残っているのだ。彼に敵わなかったことよりも、その痛みで食に手がつかない。

「しかし。緑谷くんが一番惜しかったな」
「そんなことないよ。ダメダメだったし……」

謹慎三日分の遅れを取り戻そうと躍起になっていた出久はむしろ空回りだったと苦笑する。

「緑谷以外はみんな一発で終わってた。避けられたけど、動き読んでた緑谷に対して相手が二手以上動いたってのはでけぇと思う」

参加せず見学していた轟は全体を見ていた。その中で最も健闘したのは出久だと断言する。

「そうだぜ、緑谷。個性の応用だって推測当たってたのスゲーよ」

飯田と轟の発言にうんうんと頷いているのは切島だけではない。

「な、なんか、照れるなあ」

頭を掻きながら出久は俯く。
視界に自分の胸が飛び込み、ちょっと訝しむ。皆から褒められて嬉しい気持ちがあるのは確かだが、自分の動作には重みがある気がした。

手を使っていた時はそこまで気にならなかったが、足技にしてから胸の重みを感じる。おそらく、腕を振るう時は上半身ごと動かすから胸への負担が少なかった。シュートスタイルにしてから胸の痛みを感じるということは、足の動作に対して上半身がついて行けないほど重りになっていることに他ならない。

勝己の指摘通りだ。インターンに取り組む前に先に胸をどうにかしたい。

「でも、爆豪君だったらどうだったんやろ?」

隣に座っている麗日の疑問に出久は顔を上げた。
皆も口々に勝己なら通形を攻略出来たのだろうかと疑問を並べる。

「かっちゃんなら、通形先輩が地面から弾き出された瞬間からでも反応出来たと思う。予想立てなくても見極めが早いし、見てから動けるタイプだから。しかも前より反応速度上がってて」

麗日に話し掛けるように言った出久だが、全員が自分に視線を向けていてギョッとする。
何か変なことを言ってしまっただろうかとガタガタ震える出久にいやいやと切島が掌を見せる。

「緑谷はさ、みんなのこと持ち上げるし、爆豪も例外じゃねーんだけど。なんか、信頼しきってるって感じで語るよな、アイツのことだけ」
「え、そう?かな?」

首を傾げる出久を前にして切島は上鳴と顔を見合わせる。今度は上鳴が出久へと話し掛けた。

「てか、無自覚だよな。爆豪が好きって気付いたのも昨日聞いた感じだと最近だしさ」

ヘドロ事件は一年以上前だが、出久と勝己が幼馴染として生きてきた年月からすれば最近と言っても差し支えない。

「それは……」
「緑谷ちゃんはヒーローになりたい一心でいたのだから、無理もないと思うわ」
「爆豪も横暴だしさ」

言い淀む出久の肩を持つように女子達が意見を出すが、そもそもの疑問に行き当たる。

「あー、でも、緑谷は爆豪のどこが良いの?」

芦戸から真っ直ぐに疑問されて出久は瞬く。

「どこがって聞かれると困るんだけど……嫌なとこばっかりだし。個性が出始めた頃から性格が横暴になっていって、弱いものイジメみたいなこともしてたから」
「漢らしくないぜ爆豪!」
「俺も感心しないな」

眉を顰める切島と飯田にパッと両手をあげて出久は話にはまだ続きがあるんだと慌てて言い重ねる。

「あ!いや!でも!すぐやめたよ!オールマイトの活躍見て、自分より強い相手倒さないと意味がないって!」
「漢らしいぜ爆豪!」

お前どっちなんだよと瀬呂が切島にツッコみを入れる。

「暴走したダークシャドウを見て相性の悪さを悔やんでいたからな。向上心の塊だ」
「コワカッタヨ……」

常闇からダークシャドウがこっそり顔を出してすぐに引っ込んだ。

「うん。トップを目指したいって向上心が人一倍強いんだよ。実際に上級生にも勝っちゃうし、昔から何でも出来て凄いなって思ってたから、僕にとっては憧れるくらい格好良かった……」

ヒーローになりたいと思った切っ掛けはオールマイトであり、それは揺るがない。けれど、ヒーローを目指す思いが日々強くなっていったのは、勝己の背中を見ていたからだ。彼が見ているものを自分も見てみたかった。

どうすれば同じものを見ることが出来るのか明確なビジョンは持っていなかったから、ただ後ろをついて歩いて走っていた。今までは。

「で、気付いたら恋に落ちちゃってた感じなんだ!?わー!」

手足をバタバタさせているらしい葉隠の興奮に芦戸も「いいぞ!もっと聞かせて!」と両腕を振り回す。

「あら?では、ご結婚の約束をされた頃はまだ意識されていなかったことになりますよね?」
「そもそも緑谷は全く覚えがないみたいだし。爆豪の記憶違いもあり得ると思うな」

首をことりと傾げる八百万に耳郎が別の可能性を挙げる。しかし、否を唱えるように別の声が上がった。

「俺は緑谷が忘れてるんだと思う」

轟の言葉は妙な説得力があり、皆が黙り込む。

「と、轟君、かっちゃんから聞いたんだよね?」
「ああ。アイツは大事なことばっかり忘れてるっつってた。他にも忘れてることあるんじゃねえか、お前」

蕎麦を啜っている轟は無表情だが、その瞳は詰問者の目だった。責めている目ではなかったが、忘れているなら思い出すべきだと言われているようで、出久は黙り込む。
とうとう、出久は頭を抱えだす。

「……思い出せない」
「無理に思い出そうとすればするほど思い出せなくなるんじゃないか?」
「う〜ん、でも良い思い出なら思い出したい」
「デクくん、思い出話するとき悪いことばっかりやけど、良かったこと少なかったん?」
「そんなことは……」
「あれじゃないかな?良いことより悪いことのが記憶に残りやすいってやつ」
「あー!あるある!それ!」

尾白がよくある話の一例を出せば、葉隠が見えない首を縦に振る。
私もある。俺もある。と多くの声があがり、自分もそうなのだろうかと出久の意識も傾く。

「でも、デクくんって記憶力悪くないよね。筆記の成績良いし、ヒーローのことなら何でも知っとるもん」
「確かにお茶子ちゃんの言う通りだわ。緑谷ちゃんが爆豪ちゃんとの思い出を忘れているなんて、何かあったと考えるべきかも」
「うう〜ん」

忘れる切っ掛けがあったのではないかと、頬に人差し指を当てる蛙吹と同じ動きをとって出久は頭の中を捻る。

「なになになに!?A組には昔のことを思い出せない低俗がいるのかい!?おっかしーなー、A組はB組よりも優秀だってのは嘘だったのかなー!?それに何!君達そのザマ!身体はヒーローの資質に関わるんだよ!しっかり食べろよ!まだ一口も食べてないじゃないか!!」
「物間」
「ウッ!」
「ごめんな」

食べ終わった瞬間に席を立った物間に嫌な予感がした拳藤の対応は早かった。
轟が「俺は食べてる」と言い終える前に物間を拳でいなし、一瞬で沈ませた。

謝って去って行くのがいつものパターンだが、今回は違った。拳藤が出久に視線を向ける。

「君に聞きたいことがあるんだけど」
「え!?な、なんですか!?」
「同級生だし、敬語じゃなくていいよ。ちょっとした疑問っていうか、仮免取った時のヒーローネームが気になったんだよね。デクって名前、どういう意味なのかなって」

噂ではあまり良くない意味だと聞いていたが、本人がヒーローネームにその名前を選んだのだから悪い意味ではないのかもしれない。そんなたわいない疑問だった。

「説明するとややこしいんですけど、最初は幼馴染に木偶の坊のデクって馬鹿にされて呼ばれてた渾名で。雄英に入って、良い意味でのデクにしてもらえたから、そっちを採用しました」
「私、面接官じゃないよ」

敬語じゃなくていいって言ったのに。と、苦笑する拳藤に出久は慌てた手振りで弁解しようとする。真っ赤な顔で必死になっている出久に本当に体育祭の時と印象が違うなと思いながら、拳藤は気にしていないと伝える。

「でも、そっか。良い意味になったなら良かったね」
「はい!……ぁ、じゃなかった、うん!」

出久の笑顔に拳藤も笑顔を返し、伸びている物間を引き摺って自分達の席に戻った。戻ったと言っても、出久達の後ろのテーブルを囲んでいるので目と鼻の先だったりするのだが。

全員気付いている。B組は明日、ビッグスリーと手合わせすることになっている。先に手合わせしているA組から情報収集しようと物間が言い出したに他ならないと。
だから、具体的な話は程々に終わらせ、通形の個性の応用原理までは口に出していなかった。それで物間はいつも以上に苛立たしげに絡んできたのだろう。

ただ、出久と勝己の話になってからB組女子の耳が大きくなった気がする。拳藤の場合は聞き耳を立てていなくても、席が近すぎて聞こえてしまって申し訳ないといった感じだが、男子も含めB組は殆どA組の会話に聞き耳を立てている。
席が近いため、無論、B組の会話もA組には筒抜けだった。

「爆豪と幼馴染とか可哀想だよな」
「でも、聞いた話だとそんなに悪い奴じゃなさそうだけど」
「髪型褒めてくれる男はポイント高いし」

B組の声を背中に聞き、出久はどういうことだと固まる。バッと右を振り向き、バッと左を振り返れば、皆が一斉に明後日の方向に顔を背けた。轟だけは蕎麦を食べ続けている。

「なんで……僕とかっちゃんの話をB組の人達が知ってるの……」

多少の噂話にはなるだろうが、事細かに内容を知っていなければ出てこない言葉が聞こえてくるのは不自然だ。

「すまない、緑谷くん。俺達が君達の謹慎について不用意に話題に出してしまったばっかりに」

心底反省していると、両手を握り込む飯田に出久はそこまで責めていないとあたふたする。
飯田が真面目で良かったと、クラス一同が思った瞬間だった。

女性陣は最初から出久と勝己の幼少メモリアル中心に集まって端から話題にしていたようなものだが、飯田に便乗した。

「けどさ、本当にヒーローネーム、あれで良かったのか?緑谷は。意味聞いたときは酷ぇなって思ったし」
「うん。ずっと嫌だったけど、別の意味にしてもらえて今は悪くないって思ってるのは本当。それに、木偶の坊って意味で呼ぶのかっちゃんだけだろうから」

何度やめてと言ってもやめてくれなかった。だから、そこに関してはもう諦めていると出久は苦笑う。

「爆豪だけってことは、餓鬼ん頃に他に呼ぶ奴いなかったってことか?」
「漢字が読めるかっちゃんを褒めてたけど、かっちゃんの真似してデクって呼ばれることはなかったよ」

今思えば、勝己を嫌な奴だと思うようになったのはデクと呼ばれるようになってからだ。
出久の表情は段々と歪んでいく。

「あ、これ緑谷機嫌悪いよ」
「緑谷も何だかんだで爆豪が導火線だからな」
「爆豪が敵に奪われた時も返せと憤慨していた」
「敵にもおかしいって言われてたな」
「無害そうで緑谷もだいぶヤバい時あるから」

こそこそする気がないクラスメイトの言葉は尚も続き、出久はあっちこっちと誰かが喋る度に其方に顔を向けて忙しく動作する。
遠慮のない発言の数々に麗日が話題を少し戻した。

「で、でも!デクって響き本当にいいなって私思うよ!」
「しかし、元が蔑称ならば俺は推奨出来ないな」

自分を挟んで麗日と飯田の意見が反する。申し訳なくなった出久は大丈夫と前置きした。

「他に良い名前も思いつかないし、呼ばれ慣れてるから自分のことだってすぐ分かるから」
「緑谷くんがそう言うならば」
「有り難う、飯田くん。まあ、実際、デクって呼ばれるの嫌でかっちゃんに大っ嫌いって言っちゃったこともあるけど……あ」

何かを思い出したように出久が不自然な声を出して、皆が彼女を注視した。
動きを止めた出久の顔は蒼褪めていた。

「どうかしたのかい?」
「いや、その……かっちゃんとの思い出を忘れてる原因を思い出したかも、しれない」
「それは良かったじゃないか!」
「それが、あんまり……よくないかな」

デクと呼ばれるのが嫌で勝己に嫌いと言ってしまったことがある。けれど、本心から嫌っての言葉ではなかったし、翌日には勝己に謝った。それでも、勝己はデクと呼び続けるものだから、彼がその気ならばと対抗心が湧いてしまい、彼の良いところから目を背けた。
結果、髪を切ったときに褒めてくれたことを忘れていた。きっと、他にもたくさん。

どんよりと雨でも降りそうなほど顔を曇らせている出久に誰も話し掛けられなかった。

「ご馳走さま」

蕎麦を食べ終わった轟が手を合わせた。

「oh!元気ナイのイケマセン。オールマイトフィギュア見にキマセンカ?」
「日本未発売のカウボーイバージョンオールマイト!!」

浮かない顔をしていた出久だが、日系アメリカ人である角取からの誘いに顔色を変える。
日本未発売のオールマイトフィギュアをアメリカに住んでいた角取は所持しているのだ。日本ではなかなか手に入らない代物であり、手に入れられなかった出久は現物の写真を撮りたくて堪らなかった。

「A組ノ皆サンモキテクダサーイ」
「うん、来なよ。私達だけA組の寮に行ったきりじゃフェアじゃないし」

角取と拳藤を含めたB組の数人でA組の寮にお邪魔した際、B組の寮にも遊びに来てほしいと誘っていた。その約束はまだ果たされていなかったため、角取は今日はどうかと後ろを振り返りながら歓迎しますよと両手を拡げる。
物間が騒がしくなったが、拳藤の手によって沈黙した。

「クラス全員では迷惑だ。ここは数名に絞るべきだと思う」
「なら、女子だけにしたらいいんじゃないかな?みんな、B組の子の部屋見たいって言ってたし」

飯田が寮に入れるキャパシティを考えて頭を捻っていたところ、B組の女子がケータイで撮った自分達の部屋をA組女子中心に見せていたのを思い出した尾白が一つ提案を出した。

「ふむ。確かに、七人ほどなら大丈夫だろう」
「B組の寮は気になるけど、今回は女子に譲るぜ」

納得する飯田に上鳴も頷いて女子のみんなで行って来いよと後押しする。

「じゃあ、行こうかな」

耳郎が周りを見渡せば、女子は全員頷いた。

「よっし!女子会リベンジだー!」
「リベンジ!リベンジ!」

芦戸と葉隠が拳を突き上げてはしゃぎ出した。

出久もカウボーイバージョンオールマイトフィギュアを生で見られると興奮している最中、昼休みが終わる前にミッドナイトに聞きたいことがあったんだとカツ丼を胃に詰め込んで慌てて食堂を出て行った。

「謹慎明けて慌ただしいな、緑谷は」

その一言を皮切りに、皆も昼休みが終わる前に食べ切らなければと、各々のペースで食事を開始する。

「そういやさ、名前の話に戻るけど。爆豪って、緑谷のことだけ捻った渾名付けてるよな」
「ああ、分かる。俺らのことは見た目で呼ぶし」
「アタシなんか黒目だよ。瀬呂はしょうゆ顔だっけ」
「そうそう。異形型の人口も増えたけど、日本人だいたいしょうゆ顔だってのに」

見た目から名付けていたらバリエーションも底が尽きてしまうだろうに、勝己は御構い無しに目に入った印象で呼ぶ。

「緑谷は本名文字られてるもんな。まあ、幼馴染だから名前も認識してたんだろうけど。元々、下の名前で呼んでたみたいだしさ」
「木偶の坊は流石に酷すぎなんだけど、緑谷の内面見てる感じするもんな。クソナードってのもさ」
「オタクじゃなくてナードとかお洒落に言ってるあたりがムカつくぜ」
「お洒落か?」
「ナードって何だ?って訊いたら鼻で笑われた」
「それ、お前がアホなだけだろ。俺も分からなかったけど」

瀬呂と上鳴が会話を続ける中、黙り込んでいた切島が口を開く。

「でも、俺としてはちょっと羨ましいかな。内面見て渾名付けてもらえてるの」
「切島は爆豪と仲良いもんね」
「そりゃあダチだからな!」

芦戸に切島は笑顔で答える。

最近では切島と呼ばれる回数も増えた。本来の自分の名前も大事だが、勝己から呼ばれる渾名は彼から見た自分だ。だからこそ、出久だけが他の皆と違うのは、切島にはどこか羨ましくも感じられた。
勝己からしたら、特別扱いしているのではなく、下に見てのことだろう。切島の性格からしたら推奨出来ない部分はあれど、出久のことを表面だけで判断していないとも言えた。

名は体を表す。そんな諺が巡ったが、その人の実体を心得た上での渾名はどうなるのだろうか。
クラスメイト二人への疑問は尽きなかった。





























◆後書き◆

いろいろ大事なヘドロ事件。

雄英白書三巻読んでゆわいちゃん抱っこしてるかっちゃん書きたくなりました。他にもオールマイトフィギュアなど小説版ネタところどころ。

アジフライTシャツが出久くんからのプレゼントだったらいいなと思うのでにょたでも推していきます(アジフライネタをアップしたのはブログ小話が先ですが、勝デク♀のが先に書いていてBLバージョンも書きたくてかっ誕の日に短く書いたのがブログのミニSSでした)。

相澤先生からしたら緑谷の性格と戦闘スタイルは不合理的・爆豪の性格と戦闘スタイルは合理的って解釈してるかなと、だからどちらかを支持(?)するならかっちゃんになるだろうと思いました。そしてやきもきするオールマイト。

出久ちゃんが約束をコロッと忘れている原因判明。ここから思い出すか否か。
次回はB組寮で女子会わいわい!

ロゼ・ロワイヤルはル○シアの紅茶。美味しいです。






更新日:2018/04/30








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