※緑谷出久先天性女体化



・十五歳以上推薦
・折寺中の時に爆豪が緑谷♀を強姦(?)しています
・緑谷♀が子供を産めません

15歳未満の方は目が潰れます
(今回、年齢制限シーンやセクシーシーンがないので潰れないかもしれない)































◆Gordius -act.4- ◆









狭い箱の中、勝己は一緒に乗り込んできた轟の気配に苛立っていた。

エレベーターが四階に到着し、勝己は降りる。何故か、自室が五階にある轟も降りた。
バッと後ろを振り向いて勝己は吠える。

「んで、てめェも降りてくんだ!」
「爆豪の昔の話も聞きてえ」
「はア!?デクに聞きゃあいいだろが!」

自分の小さい頃の話は出久と大差ない。殆どの時間を一緒に遊んでいたのだから、だいたい同じだ。今朝、彼女が語った話を含めて。いくつか、出久の話には記憶の欠落があれど。

「緑谷はなんか、忘れてること多そうだった。爆豪の方が記憶力はいいんじゃねえか?」
「……」

勝己は轟を睨み据え、顔を正面に戻して奥の自室に向かう。障子と切島の部屋の前を通り過ぎ、自室の扉に手を掛けるが。轟がついて来ていた。
横目に轟を睨み、勝己は不機嫌を表す。

「ウザってえぞ!半分野郎!」
「子供の頃の話が聞きてぇ」
「しつけェなぁ、んなもン聞いてどうすんだ」

ヒーローになるために必要なことではない。無駄話を聞きたがる轟は理解不能だ。

「虫取りとか、友達と遊ぶとか、したことねぇんだ」

淡々とした口調だが、轟が心なしか寂しそうな顔をした。それに気付いてしまった勝己は内心舌打ちする。
体育祭のとき、轟が出久を呼び出して吐露した彼の生い立ちを立ち聞きしてしまった。その詫びでも何でもないが、単に気が向いただけだと自分に言い聞かせて、勝己はドアノブから手を離した。

身体を反転させ、背中を扉に預けた勝己は話をする態度をとる。

「で?餓鬼ン時って、いつのが聞きてェんだよ」
「昔から、緑谷はあんななのか?」

勝己は青筋を浮かべた。こいつ、体育祭の控え室でした質問をまたしやがったと。

「話の趣旨が違ェ」

だから、その質問には答えない。答える義理もない。出久のことなど考えたくもない。

思い出話なんて、殆ど出久がいるものばかりで、率先して話したい内容ではなかった。それを無理を押して話す気になっていた勝己は轟に眇めを向ける。

「昔から、緑谷はお前の後を追いかけてたのか?」

言葉が足りなかったらしい。轟は昼の食堂で切島達に指摘されたことを反省して言い直した。

「……聞きてェって、そういうことかよ」
「どうなんだ?」
「ブッ叩いても張り付いてきやがった」

以前の勝己なら怒りを込めて言葉にしていただろうが、今は憤怒の感情が薄い。出久とお互いに本音をぶつけ合って、遺恨に関しては整理がつき始めているからだ。

「どうして叩いたんだ?」
「質問ばっかだな」
「すまねえ。でも、聞きてぇんだ」

人の話を聞くのは大事なことだ。それを期末テストで学んだ轟は、クラスメイト達の言葉を聞きたいと思っている。今まで聞き逃して損をしてしまった分を取り戻したい。きっと、大事なことを拾い損ねているから。

「ムカついたからブッ叩いたし、蹴ったし、突き飛ばした。これで満足か?」

轟は眉を顰める。自分が訊いているのは、そんなことではない。
勝己に「そうじゃねえだろ」と言おうとした轟だが、自分も言葉の選びが悪かったかもしれない。しかし、どう言い直せば正解なのか判らなかった。
だから、教室で芦戸達が騒いでいた内容から一つ選んだ。

「幼馴染って結婚の約束するもんなのか?」
「……はァ?」

唐突なことを尋ねてきた轟に勝己は反応に遅れる。話の流れを無視する彼に舐めているのか?と苛立ち、顔を顰める。

「してねぇのか」
「したわ!」

あ。余計なこと言ったと、勝己は眉間に皺をこれでもかと刻む。
アイスの件から引き続き墓穴を掘った。

「さっきのは忘れろ」

地を這うような声で凄んだが、轟には通用しなかった。父親のエンデヴァーの強面を見慣れている轟には勝己の凶悪顔も効果はない。

「じゃあ、緑谷と結婚すんのか」
「話聞いてねェよなァ、テメェ。アイツと同じで」
「緑谷か?」
「クソデク以外にいねェわ」

勝己は舌打ちした。約束した日のことを思い出して。感情が怒りに染まっていく。自分が殺気立っている自覚はあったが、出久のこととなると制御出来なかった。制御出来ないままに吐き出す。

「アイツが全部ダメにしやがったんだ!」
「ダメにした?」
「あの手でどうやって飯作んだァ!?」
「飯……」
「嫁は飯作って家で待ってるもんだろが!作るって約束したくせにデクの奴が自分でダメにしやがった!」

吐き出し切ってから、勝己は冷静さを取り戻す。轟の前で自分は一体何を言っているのかと。

「意外と古風な考えなんだな」
「忘れろ」
「飯作って待っててほしいのは分かる」
「忘れろっつってんだろ!」
「すまねえ」
「忘れ……は?」

本当に話の流れを読まない轟に勝己はもう疑問だらけだ。コイツがわからない。

「緑谷の右手、ああなったの俺のせいだ」

勝己は無言になった。そういうことか、と。
けれど、轟に懺悔されたところで、此方の気持ちは変わらない。踏み躙られたことは、何一つ。
出久がヒーローになりたいと言い出した時点で、全て駄目になったのだから。

「なに勝手に縄付きぶってんだよ。アイツの手はアイツが自分のもん扱えてなかった結果だ。俺がてめェにムカついてんのは、俺よりもデクなんかにその左の炎を使いやがったことただ一つだ。体育祭の決勝戦、俺は納得してねェぞ!」

本気を、全力を、己を尽くす相手を倒してこその完膚なきまでの一位にしか意味がない。炎を使わなかった轟を倒しても何も残らないのだ。

「んだよ、その面はァ」

ぽかんとしている轟に勝己は顎を上げて睨み据える。

「いや……。緑谷には厳しいのに、アイツ以外には譲歩すんだなと思って」
「ッ!俺は舐めプ野郎なんかに譲歩はしてねェ!!」

吠える勝己に「お」と轟は軽く愕いて、それから続けた。

「何でそんなに緑谷に牙むくんだ?約束破られたのがショックだったのか?」
「約束なんか関係ねェ!デクが何考えてんのかわかんねェからムカつくんだよ!!」

苛ついて仕方ないとばかりに、勝己の握られた拳が震える。出久がこの場にいたら、問答無用で殴り掛かるくらいに感情が高ぶっている。

「わかんねぇのは当たり前だろ」

しかし、激情は淡々とした轟の言葉で削がれた。
面食らっているらしい勝己に轟は首をかしげる。

自分以外の誰かを理解出来ないのは当たり前だ。考えていることは見えないのだから、口に出さなければ知りようもない。

「みんな、何考えてんのか俺にはわからねぇ。爆豪は俺が何考えてるかわかるか?」
「……わかるかよ」
「緑谷が考えてることも、俺が考えてることもわからねぇなら同じじゃねえか」
「同じなわけあるか!!」

何かを暴かれそうで勝己は大声を出した。

轟や他の奴らのことがわからなくても苛立たないのに、出久のことがわからないと無性に苛立った。ようやく、その苛立ちが小さくなり始めたのに、また膨れ上がっていく。

「違ェんだよ!クソが!!」

勝己は出久がわからないことが厭だった。
ずっと近くにいて知っているのに、理解出来ないことをする。約束したのに、ヒーローになると言い出して、腕を壊して――神経を逆撫でする。わけのわからない出久はいつだって此方を蔑ろにしてきた。

「デクのことなんかわかってたまるか!!!」

勝己は吼えた。
直前、エレベーターの扉が開いていた。

「おい!喧嘩か!?」
「謹慎日数増やされるぞ」

切島が走り寄り、障子が大股で近付いてきた。
二人は勝己と同じ階に部屋がある。一緒にエレベーターを乗ってきたが、四階に着いた途端に勝己の怒声を耳にして駆け寄った。

「チッ」

舌打ちをして、勝己は自室に籠った。
バタン!と閉まった勝己の部屋の前で切島は頭を掻く。

「轟、爆豪と喧嘩か?」
「喧嘩はしてねぇ」
「じゃあ、一体何があったんだ?」
「悪ぃ……すげぇ、眠い」

轟は頭の船を漕ぎ出す。さっき、勝己に怒鳴られたとは思えないメンタルだ。

「あ、ああ、いつもこの時間には轟、もう部屋に戻ってるもんな」
「話は明日にしてくれ」

切島はこくりと頷き、眠くて頭を揺らしながらも足取りは確かな轟をエレベーターに乗り込むまで障子と共に見送った。



朝になり、出久は一階の共有スペースに降りる。
昨日と同じく、勝己が先に掃除を始めていた。

「おはよう」
「話しかけんな」

ギ!と睨まれて出久はビクッと震える。昨日の、アイスのことまだ怒っているのかな……と、肩を落として掃除道具入れから掃除機を取り出す。
勝己から離れた場所で掃除機をかけ始めるが、ピリピリした空気に辟易した。なんだか、中学の頃に戻ってしまったみたいで、出久はいじける。のの字を書きたい気分だ。

数分後、クラスメイト達が共有スペースに続々と降りてきた。
轟と勝己が顔を見合わせて、切島が慌てて間に入る。

「と、轟!昨日は大変だったみたいだな。教室行ったら教えてくれよ」
「ああ。その前に、緑谷」

呼ばれた出久は掃除機のスイッチをオフにして、轟に顔を向けた。

「何?轟くん」
「お前、酷ぇな」
「へ?」

出久にとっては謂れなきことだ。いきなり轟から酷いと言われても何のことだかサッパリだった。

「僕、轟くんに何かしちゃった?」

出久は首を傾げながら尋ねたが、轟はかぶりを振る。

「俺じゃなくて、爆豪だ」

自分の名前が聞こえ、嫌な予感がした勝己は掃除機のスイッチをオフにして顔を上げた。
止めに入る前に轟の言葉が続く。

「結婚の約束破っただろ」
「へ」
「おい!半分野郎!」

勝己は掃除機から手を離し、轟に迫ると彼の胸倉を掴む。

睨まれる轟は何故勝己がこんなにも怒りを露わにしているのか皆目見当がつかなかった。しかし、これ以上は余計な言葉になることだけは察した。決して無神経なわけではない轟は平然とした顔で勝己を見返す。

勝己と轟の間に不穏な空気が漂う中、出久は勝己を凝視していた。轟の言葉が信じられず、けれど、確かめたくて堪らない。その気持ちがせめぎ合っていて動けずにいれば、結婚の約束という言葉にクラスメイト達が一斉に騒ぎ出し始めた。

「うわ!ちっさい時に結婚の約束してんだ!?」
「昨日、芦戸が言ってた通りじゃん」
「マジか〜。マジで王道いっちゃうか〜」
「爆豪と緑谷でそれだけはないって思ってたんだけどなぁ」
「皆さん、そんなこと言わずに。子供の頃に将来の約束をするなんて、美しいじゃありませんか」
「ヤオモモはそういうの好きそうだよね」

芦戸は八百万からぐるりと視線を出久に移して、迫り尋ねる。

「でさでさ!緑谷はどうなわけ?」

訊かれた出久は未だに記憶に辿り着けていなかった。思い出を遡っても見当たらない。
結婚の約束なんて、そんな大事なことを簡単に忘れてしまうものだろうか。自分への疑いが増してきた出久は半信半疑で勝己を見つめた。

「約束したの?僕、かっちゃんと」

忘れたと言っているようなものだった。本当に大事なことを覚えていない出久に勝己は腹が立った。煮え滾るような苛立ちがふつふつと渦巻く。

勝己は轟から手を離して、置き捨てた掃除機まで戻る。

「あの、かっちゃん」
「二度と俺に話しかけんな!」

背中に呼び掛けるが、振り返る勝己にギロッと痛いほど睨まれて出久は足がすくんだ。彼に怒鳴られて動けなくなる日がまた来るなんて思っていなかった。

本音をぶつけ合ったのに。

俯く出久を心配して麗日が近付こうとするが、切島が引き止めた。肩に置かれた手を振り返った麗日に切島は首を横に振る。

「そっとしとこうぜ」
「でも……」
「麗日くんの気持ちも分かるが、ホームルームが始まる時間だ」

飯田からも引き止められてしまい、麗日は眉を下げつつも、足を引いた。
何も言えない空気の中、授業がある麗日達は寮を出て校舎に向かった。

みんなの一番後ろにいた麗日は一度だけ、寮を振り返った。出久の悲しい背中を思い出して、胸が痛んだ。



今日は静かだな。と、相澤は担当するクラスの教室前で感想した。

教室の扉を数センチだけ開けて、中の様子を伺った。生徒の多くが轟の席を囲んでいる。珍しい光景に相澤は首を捻った。

ガラッと扉を全開させて、相澤は教室に入る。

「お早う」

轟の席を囲んでいた生徒の大半が自分の席に戻り、着席する。
静かになっても明るさに満ちているのが1年A組だ。なのに、今日は空気が重苦しい。昨日と比較すれば明らかに教室内に漂っているものが違った。

相澤は教卓に立ち、生徒達を見渡す。顔色がいつも通りなのは先程までクラスメイトに囲まれていた轟ぐらいだ。
それぞれ顔を見合わせる生徒も多く、相澤は出席名簿の角で頭を掻いた。

「横向いてる奴はちゃんと前向け。授業についていけなくて不安があるなら、轟や隣の席の奴じゃなくて各教科担当の教師に聞きに行くように」

始業式初日にインターンの話も説明して、授業内容のレベル上げまで行っている。一年生にとっては最初のハードルだ。
特にインターンについては例年、二年生から始まるものだった。それを一年生からと今年は繰り上げた。頭に入れることが多く、授業に遅れが出る者が出ても不思議ではない。そのあたりは担任である自分が上手く指導して誘導すべきであることくらい相澤も心得ている。

「せ、先生、それもあるんだけどさあ……」

遠慮がちに手を挙げる芦戸の第一声に相澤は瞬き一つ。嫌な予感がして目が乾いてきた。

「ちょっと、爆豪ちゃんと緑谷ちゃんが不穏な感じなの」

続いて、蛙吹からの発言にいよいよ相澤は目を瞑った。
生徒達は授業やインターンへの不安からしおらしくなっているのかと思えば、とんだ勘違いだった。なんだ彼奴らかと思う一方で、また面倒ごとが増えたことにドライアイが悪化する。

「不穏ってのは、具体的にどうなってた?」
「爆豪ちゃんの機嫌がとても悪いわ。原因は二人が子供の頃に結婚の約束をしたことだと思うのだけれど」
「は?」

また喧嘩でも始めそうなのかとげんなりしていた相澤だが、内容が内容なだけに肩透かしを喰らう。それに。

「お前らが一番騒ぎたがる内容じゃねえか」
「それはそうなんだけどさあ!爆豪めっちゃキレてたし!」

弄りたくても弄れないのだと、フラストレーションが溜まっている芦戸が両腕を振る。
相澤が教室内を見渡せば、女子一同が不安げな面持ちであり、麗日が特に表情を曇らせていた。男子も何人か心配な様子を見せており、切島が手を挙げた。

「寮に二人きりにさせておいて大丈夫っすかね?」
「俺も授業があるからな……。オールマイトさんに話を通しておくから、お前らは自分のやるべきことに集中しろ」

生徒達は互いの顔を見合わせてから頷くと、前を向く。「はい!」と元気の良い返事に相澤は一息ついたが、芦戸から「昨日の夜、緑谷が爆豪の部屋に夜這いに行くって宣言したからみんなで止めときました!」といらん報告を聞かされ、いよいよ目薬をさした。続いて峰田が「地味巨乳に夜這いされる美味しいハプニングは阻止だ」と自分の爪を噛みながら目を血走らせていた。それから出久の夜這い計画を止めた話題で生徒達が盛り上がり、いつも通りのA組になった。

二人がいない時でも、クラスに大きく関わる存在はあの二人なんだな。と、相澤は空気の変化を思う。仮免試験の時にMs.ジョークに二人の存在がクラスの底上げをしてくれていると語ったのは自分だが、実習授業ではなくホームルーム中にも実感するとは予想外だった。

相澤は首元に巻いている布で口を隠して笑みを浮かべた。
クラスをまとめてもいない。中心にいるわけでもない。それなのに、可笑しな奴らだと。
騒がしくなった生徒達を静かにさせて、相澤は出席を取り始めた。

ホームルームを終わらせた相澤は仮免の講習について話があると轟を廊下に呼び出す。次の週末からバスで講習場に向かうことや他校と合同で行うことを簡素に説明した。

それだけならば、教室内で伝えても差し支えない内容だったが、生徒達の大半が席に着いてからも後ろの席の轟を何度か振り返り見ていたのだ。勝己と出久のいざこざについて何か知っていると踏んで相澤は廊下まで呼び出したのだった。

「二人から、なんか聞いてるか?」
「爆豪に聞きました」

相澤は轟の答えに僅かに愕いた。
勝己に尋ねて素直に言葉が返ってくるとは思えなかったからだ。出久ほどではないが、轟へも勝己は噛み付く態度を取っている。その辺りを鑑みれば素直に口を開くとは考え難い。

「で、爆豪は話してくれたのか?」
「俺が聞きたかったことはあんまり。けど、彼奴らのこと、少し知れた気がします」
「そうか」

勝己もどういう風の吹き回しかと思うが、轟の変化にも目を瞠るものがあった。
期末テストでペアを組ませた八百万は話したいことがあったからこそ、相手の話を聞く態度を轟が取れば意思疎通が成立した。しかし、この件に関しては轟から聞きたいことが出来て、知りたいから勝己に話し掛けたことになる。自分から周りと関わろうとしている。

今こうして対面していても感じ取れる。一学期の時のトゲトゲした雰囲気が丸くなっているのだ。体育祭以降その傾向は見られたが、期末テストを経てより良い方向に向かっている。
生徒の成長を間近に感じ取れたことに満足し、相澤は轟に手を伸ばしていた。

「先生?」

頭を撫でられている轟は不思議そうな顔で相澤を見つめた。
相澤は手をそのままに気怠そうな声で言う。

「自分以外の奴の話を聞くってのはヒーローにとって大事なことだ。言葉ってのはそのためにある。忘れるなよ」

手を引き戻し、相澤は「教室に戻っていいぞ」と轟に促す。

相澤は自分からあの二人の話を聞き出そうとしていたのではなかったのかと轟は首を捻るが、担任の指示には従うべきだ。頭を下げて一礼した轟は教室に戻った。

おかえりー。先生なんだって?轟。仮免の講習の話。そんだけ?あと、頭撫でられた。ええー。
教室の声が廊下まで聞こえてくる。騒がしい奴らだと呆れながら、相澤は職員室に向かった。

職員室の扉を開いた相澤はオールマイトの姿を探すまでもなかった。教師達にお茶汲みしているあの細い後ろ姿はオールマイトだ。
教師達はこれが本来の姿だと知っていたため、骸骨のような人物が職員室にいる風景に物珍しさはない。

「オールマイトさん、何してるんですか」
「え。お茶を振舞ってるんだよ」
「見れば分かります。お茶汲みを貴方がやる必要はないですよと言ってるんです」
「でもね、これくらいしか出来ないんだよ。今の私は」

相澤は口を開きかけて、閉じた。セメントスとミッドナイトが口を挟むべきではないと目で訴えているのもあったし、何より自分が今言うべきことではないと判断した。

オールマイトはもう力を使い果たした。だから、生徒達に授業を教えることも困難になってしまった。生徒にもしものことがあった場合、力を使って止めることも救うことも出来ない。オールマイトは教師を今後も続けられるのかどうかも危うい立場にあった。

せめて、お茶汲みだけでもしたいのだろう。今、やれるべきことをするオールマイトの姿勢に相澤は深い溜息を一つ。

「はあぁぁ」
「ええ!?今度はいきなりどうしたの!?」
「ちょっと話があるんで来てもらえますか?」
「え。本当になんなの?怖いよ、相澤くん。私、叱られるの?」
「頼みたい仕事があります」

仕事!と、オールマイトは背筋を伸ばす。辟易していた態度が一変するオールマイトに相澤は無言で背を向けて職員室を出る。慌ててオールマイトは相澤を追った。
追いついて来たオールマイトを振り返らずに相澤は口を開く。

「緑谷と爆豪のことで話があるんですが、他に聞かれると不味いんで」
「人が来ないとこか。なら、仮眠室かな」
「妥当ですね」

話し合う場所を仮眠室に決めた。
ベッドが隅にあり、室内の真ん中にはテーブルを挟むようにして二人掛けのソファと丸椅子が一つ。

「ソファどうぞ」

年齢を訊くと毎回誤魔化して答えないオールマイトだが、自分より年上であるのは確実だ。相澤は何処に座ろうか迷っているオールマイトを目上として扱い、ソファを勧める。戸惑っているオールマイトには目もくれず、相澤は丸椅子に先に座った。

時間を無駄にするのを相澤は嫌う。それはオールマイトも心得ており、有難くソファに座らせてもらった。

「仕事って言ってたけど、緑谷少年と爆豪少年のことだよね」
「ええ。生徒のケアも教師の仕事ですから」

相澤は話の切り出しを考えるが、回りくどい言い方ではオールマイトに伝わらない。直球で行くしかないと括る。

「緑谷がレイプされたって言ってたの鵜呑みにしていますか?」
「あ、相澤くん?そんなデリケートな話をいきなり」
「変だとは思いませんでしたか?」
「へ、変って何が?」
「男に恐怖心を一切持っていないのは、可笑しいんですよ」

畳み掛けてくる相澤にオールマイトはどうしたら良いのか判らず、口を開けたり閉じたりを繰り返す。
一度黙り込んでから、言葉にした。

「それって……緑谷少年が嘘をついたってことかい?」

出久はそんな嘘をつく子ではないとオールマイトは信じていた。だから、相澤が言ったように可笑しいと感じ始めても、出久を疑うことは出来なかった。

「本人が嘘だと認めました」
「そんな!」
「ただ、暴力的な性行為を受けたことで子供が産めなくなったのは事実のようです」
「ちょ、ちょっと待って。それをレイプって言うんじゃないかなぁ……」

相澤から出久が嘘だと認めたことを聞いて衝撃を受けたオールマイトだったが、出久は嘘を言っていないのではないかと相澤の発言を疑い出す。

「俺は緑谷と爆豪の話をしたいと言いましたよね」
「う、うん。でも、この件と爆豪少年は関係ないんじゃ」
「関係があると言ったら?」

オールマイトは処理が追い付かず、身動きを止める。出久が強姦された件に勝己が関わっているとはどういうことなのか。考える。
行き着いた答えにまさかと思う。

「…………爆豪少年が、やったのか」

間違っていてくれと、オールマイトは相澤を見つめた。しかし、無情にも相澤は頷いた。

「少なくとも、緑谷はレイプされたなんて思っちゃいませんよ。あの場ではレイプって言葉で誤魔化したが、好きな相手だから名前を出さずに庇ったんでしょう」
「……緑谷少年が子供を産めないって、爆豪少年は知っているのかな」
「知らないと思います。緑谷から爆豪には言うなと言われたので」

言うなと言われたところで、相澤はその時に言わないと返事をしたわけではない。今のところは勝己に伝えていないだけだ。そして、出久もずっと秘めたまま。だから彼も知りようがないという意味で、知らない筈だと証言した。

「相澤くんは、どうして私にその話を?」
「緑谷は貴方のお気に入りでしょう」

生徒を平等に扱わないのは教師として如何なものかと思うが、目を掛けているなら、それ相応の責任を持つべきだ。

「それに、爆豪のことも気に入っていますよね」

ならば、二人のことを把握していてもらわなければ困る。その為に、相澤はオールマイトに話しているのだ。

「口出しするには腰が重いんですがね、大人が口挟まないことには、あの二人は拗れたままだ。それに、生徒達から今朝いざこざがあったと聞いています」
「いざこざって何だい?」
「結婚の約束をしたのに緑谷が破って爆豪が怒っている。そんな感じですね、生徒達の話し振りから察するに」
「あー……ええっと」
「まあ、気持ちは分かりますが、そんな軽い問題じゃないことは肝に命じてください。爆豪はかなり殺気立っていたらしいので」
「それじゃあ、緑谷少年はかなり落ち込んでいるんじゃないか?」
「と、思いますよ。生徒達も何だかんだで二人を案じていましたから。そこで、オールマイトさんに仕事を頼みたいんです」



仮眠室から出てきたオールマイトは相澤から二人の様子を見てくるように言いつけられた。1年A組の寮、ハイツアライアンスを見上げたまま、一歩を躊躇う。

相澤から話を聞いても、やはりまだ勝己が出久を襲った事実を信じきれなかった。勝己は賢い少年だ。いくら出久が目障りだとしても、そこまでするだろうか。

授業がある相澤は隣にはいなく、オールマイトは一人で寮に乗り込まなければいけない心許なさに佇んでしまっていた。

「あ?オールマイト?」

その時、寮の玄関扉が開き、箒を手にしている勝己が現れた。これはもう逃げ場がないと、オールマイトは片手を挙げた。

「やあ。中に入れてもらってもいいかな?」
「……入れよ」

勝己はぶっきら棒にそれだけ言った。

共有スペースのリビングにオールマイトを通した勝己は玄関の掃き掃除は後にして、窓拭きを始めることにする。
バケツに溜めた水で雑巾を濡らして、絞りながら勝己は立ったままのオールマイトを一瞥する。

「デクなら部屋ンとこの廊下掃除してんぞ」

居住スペースの部屋前を通る通路も共有スペースに含まれる。一昨日と昨日は男子部屋の前が勝己、女子部屋の前を出久として分担したが、今日は割り当てを変えている。二階から五階までの廊下を出久に任せ、女子風呂を除いた一階の全てを勝己が掃除している。

「ああ、うん。緑谷少年にも用はあるんだけど、爆豪少年の様子も見に来たんだ」
「……個性のことなら誰にも言わねェよ」
「その心配はしてないよ。君には気苦労ばかり掛けて申し訳ないんだが」

勝己は窓を拭き始める。
自分にとってオールマイトは特別な存在だ。オールマイトの勝つ姿に憧れた勝己にとって、引っ込み思案な彼をどう見るべきか躊躇いを感じている。これが本来の姿であることは理解しているし、納得もしている。しかし、誰かと重なって見えてしまう。

「緑谷少年のことで聞きたいことがあるんだけど」

まさしく重なって見えていた幼馴染の名前が出て来て勝己は窓を拭いていた手を止める。
此方を振り返り見る勝己にオールマイトは口を割った。

「雄英に入る前。中学の時、君は緑谷少年に何かした?」
「…………誰から聞いた」
「質問しているのは私だ。君は、緑谷少年の意思を無視して手を出したのか?」

オールマイトはまだ決めつけてはいなかった。信じ難いと声色から勝己も汲み取れた。しかし。
選ばれたのは出久だ。自分がオールマイトに認めてもらえず、幻滅されても今更だった。
胸の痛みを無視して勝己は開き直った。

「アイツがムカつくことばっかすっからだ!」

吐き捨てるように言った勝己にオールマイトは歩み寄った。背丈のあるオールマイトが目の前に立てば、勝己の姿は覆われてしまう。

「君は……」

怒りを溜め込んでいるオールマイトの様子に勝己は顎を引く。

「ンだよ」
「君は!取り返しのつかないことをしたんだ!」

ガシッと両肩を大きな手に掴まれて勝己は訝しむ。取り返しのつかないこととは何だ、と。

「はァ?」

話が見えていない勝己に本当に知らないのだなとオールマイトは悲しくなる。同時に怒りも湧いた。

「緑谷少年は――彼女はもう、子供を産むことが出来ないんだぞ!」
「何言って……」
「君が、そうした」
「ッ……そりゃ、どういうこったよ……」

勝己は言葉を詰まらせる。
出久が子供を産めないと聞いて、頭の中が混乱していた。

その時、二階から上の廊下を掃除していた出久がエレベーターで降りて来た。掃除機を抱えている出久は瞬く。どうして、寮にオールマイトがいるのだろうか。
しかし、それ以上に勝己の顔色が良くないことが気になった。出久は掃除機を置いて、勝己に近寄る。

「大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込んでくる出久の肩を力任せに押し退け、勝己は走り出した。

「かっちゃん!?勝手に外に出たら駄目だよ!」

謹慎中は寮の外に出てはならないのが相澤からの指示だ。出久は勝己を追いかけようとしたが、オールマイトに引き止められた。
何故止められるのか判らない出久はオールマイトを不安げに見上げた。勝己の顔色が良くなかった原因はもしかして、オールマイトなのではないか、と。

「かっちゃんと何を、話していたんですか?」
「……相澤くんから聞いた。入学前に君を襲ったのは、爆豪少年なんだと」
「!」
「だから、緑谷少年が子を宿せない身体になったことを彼に」
「言ったんですか」
「え」
「かっちゃんに、僕が子供産めないって……言ったんですか」
「ああ。相澤くんは罪を問わなかったが、やはり私には許せない。精神的に不安定な中学生のときと言えども、いかなる理由があろうとも、爆豪少年が君にしたことは――――」

オールマイトの声は出久の耳にはただ、雑音にしか聞こえなかった。ひたすらに続く勝己を責める言葉に出久は我慢ならなくなる。
俯いたまま、出久は食いしばっていた口をガッと開く。

「うっるせええええええ!!!」
「!?」

出久の叫び声にオールマイトの身体がビリビリと痺れる。只ならぬ彼女の様子を前にオールマイトは瞬く。

「黙れよ!何も知らないくせにッ、かっちゃんのこと知りもしないのに勝手なこと言うな!!」

出久は顔を上げる。それ以上は僕が許さないとばかりにオールマイトを睨み付けた。
愛弟子からそんな目を向けられたのは初めてでオールマイトは戸惑うが、ハッとした出久は表情を崩しに崩して手をバタバタと振り乱す。

「あ、れ……ぁ、あああああ!僕はオールマイトになんてことを!?あ、あのっ、ち、違うんです!いや、違わないけど、オールマイトを責めてるんじゃなくて、違くて、誤解で、だから!違って!そうじゃないんだ、ちが」
「うん。一度落ち着こうか、緑谷少年」

泣きそうだった出久の瞳からポロポロと涙が溢れる。

「すみませ、違、って」

今は泣き虫を治せとは言えず、オールマイトは出久と視線を合わせようと背中を曲げる。

「ごめん。私が君を困らせた」
「違うんです。僕、じゃなくて、かっちゃんが」
「……爆豪少年がどうしたんだい?」
「かっちゃんは、表に出さないけど、貴方に憧れているんだ。小さい頃から、オールマイトを見て、すげえって、カッケーって、言ってて、大好きで。今は口では言わないけど、憧れの気持ちが変わらないのは僕が一番良く知ってる。秘密を守るって約束してくれたのは僕の為なんかじゃない、全部オールマイトの為だ。そんな貴方に責められて、かっちゃんが平気なわけないんだっ……!」

涙を流し続けながら、しゃくり上げそうになるのを必死に堪えて、出久はオールマイトに訴えかけた。

「うん……それは、私にはとても光栄なことだよ」

優しいオールマイトの声に出久は呼吸を整え始める。彼女の呼吸が落ち着くまで待ってから、オールマイトは再び口を開く。

「でもね、緑谷少年が子を宿せないってことを爆豪少年は知るべきだった」

傷つく顔をした出久にオールマイトはどうしたものかと、言葉を探す。しかし、出久がゆっくり口を開いた。

「……僕は、子供を産めなくなって、感謝してるんです」
「感謝?」
「オールマイトなら分かるだろ?貴方だって、僕と同じ理由のはず、だから」
「無個性だから、か」

頷く出久を前に、オールマイトは深く溜息をつく。

多種多様な個性が存在する超人社会になり、人々は自分と他者の区別の仕方を忘れてしまった。弱個性を差別しがちで、無個性ならば尚更だった。
法律では公共の場で個性を許可なく使用することは禁じられ、個性のない時代と変わらない生活を義務付けられている。けれど、社会全体からコミュニティ内に目を向ければどうだろう。個性の優劣で格差が生まれているのだ。

オールマイトも実感している。ワン・フォー・オールを受け継ぐ前の無個性の自分を通して厭というほど。

今も独身を貫いているのは出久の指摘通り、無個性だからだ。秘密を守るために人を遠ざけていたが、秘密を知る親しい友人はいる。それ故に、秘密は理由になり得ない。未来がないなら、未来を残そうと考えても可笑しくはないのに。

「怖かったんです。僕は、隠れて泣いてるお母さんを何度も見ているから……」

出久は唇を震わせる。
無個性の子供の気持ちも、無個性の子を持つ母親の気持ちも、出久には痛いほど判る。だからこそ、自分が無個性の子供を産んでしまうのが途方もなく怖かった。

「だから、かっちゃんは僕の不安を取り除いてくれたんです」

個性のある両親から自分が無個性として産まれたのはお母さんのせいでもお父さんのせいでもない。けれど、無個性の自分から無個性の子が産まれたら、自分の遺伝のせいだ。間違いなく。
それらの不安がなくなって、出久は身体が軽くなったのだ。

グッと瞳に力を入れて出久はオールマイトを見つめる。自分は絶対に曲げないと。
強い眼差しを決して外さない出久にオールマイトは両手を挙げる。

「私の敗けだ。緑谷少年」

降参だと言うオールマイトに出久は目を丸くしたあと、涙を両手で拭い取る。

「かっちゃんを捜して来ます!」

出久は寮から飛び出した。
きっと、彼はあそこにいる。その確信を持って、出久はグラウンド・βに足を踏み入れた。

「見つけた」

声は届いている筈なのに、勝己は背を向けたままで出久を振り返ろうとしなかった。

「三限からここを実習で使うクラスがいるかもしれないし、早く戻ろう?」

出久は勝己に歩み寄り、その手に触れようとした。

「産めないってのは、マジの話か……」

彼に触れようとした手を引っ込めて、出久は胸に置いた。

「かっちゃんのせいじゃないよ」
「何を呑気なこと言ってんだ、てめェは」

後ろを振り返った勝己は今朝と同じように出久を睨みつける。しかし、出久が微笑んでいた。
何故、そこで笑えるのか。わけのわからない出久に勝己は更に睨みを強く向ける。

「本当にかっちゃんのせいじゃないんだ。これは、僕の我儘だから」

胸に置いていた手を下げて、出久はそこを押さえた。
視線も下げる。
思い出すのは、あの日のことで、出久は本当に勝己のせいではないと続ける。

中をペンやら無機質なものでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたのは痛かったし、それについては怒ってもいる。けれど、終わらせてから勝己は狼狽えた様子を見せて「病院……」と掠れた小さな声を落とした。彼に抱き上げられそうになって、出久は拒否した。それは彼らしくない行動だったから、厭だったのだ。

行き場をなくした手を暫く勝己は見下ろしていた。その顔が迷子のようで、出久は「お母さんにはバレないように上手く言うから、帰っていいよ」と帰り道を指差した。
我に返った勝己は散らばった荷物を片付けると、去り際に「チクったら殺す」と吐き捨てた。その暴言は彼らしいもので、出久はほっとして意識を手放した。

その後、母親の引子が帰って来る前に出久は目を覚まして部屋をどうにかした。
身体の痛みはあったが、病院に行けば色々と気付かれてしまうと思い、直ぐには行かなかった。中学の卒業式を終えてから病院に行ってみれば、子供を産めない身体になっていると診断結果が出て、出久はそれを静かに聞き入れた。
流石に医師を誤魔化すことは出来ず、同意の上であったと言い張り、親には自分から話したいと病院から連絡を入れるのはやめてもらった。母親に今以上の心労を掛けるのは忍びなく、孫の顔を見せられないことはずっと言えていない。

医師からはどうしてもっと早く病院に来なかったのかと叱られた。そうすれば、産めない身体にはなっていなかった筈だと。もう手遅れだと言われ、出久は逆に安堵したのだけれど。

「僕は、産めなくなって良かったって思ってるんだ。だから……かっちゃん、有り難う」
「正気か?俺はてめェに礼なんざ言われる筋合いねェぞ」
「正気だよ。無個性の子供が産まれることはないんだから」

そこで出久の言いたいことをようやく悟り、勝己は奥歯を噛む。無個性だからと嘲笑って出久を虐げてきた勝己は、彼女が自分の子もそうなることを恐れていたと知る。

だったら何もかも、最初から。自分が。

顔を手で覆う前に、出久が目前にいて、勝己は抱き締められた。
条件反射で引き剥がそうとするが、出久も負けじとしがみ付いて離れない。
勝己は出久の頭を殴る。

「い、痛い痛い」
「だったら離れろや」
「やだよ」

勝己は出久の頭を両手で挟み、彼女の腹部に膝を入れた。

「ゴフッ」

膝攻撃が鳩尾に入ったことで出久は立っていられなくなる。それでも、出久は勝己に抱き着いたままで、二人して地面に座り込んでいた。

何でこうも昔から張り付いて来ようとするのか、今も出久のことはわからないままだが、勝己は今日のところは諦めてやるかと出久の頭をもう一回殴った。

「いって!」
「それで最後にしてやる」
「暴力はもう少し控えてくれないかな」

控えろと言う出久に勝己は首を傾げる。

「何で、やめろって言わねェ」
「え?それは……かっちゃんだから?」

出久も首を傾げるので、勝己は溜息をつく。つくづくわけのわからないことを言う。

「つうか、もう離れろや。気色悪ぃ」
「酷っ」

勝己は暑苦しいと出久の肩前を押したが、出久は密着を強くして抱き着いてくる。今までの仕返しで嫌がらせされているのかと思えてきて、勝己は大口を開ける。しかし、出久の一言で暴言は呑み込まれた。

「君が、助けを求める顔してた」

あの日。迷子の顔をして。
抱きしめるべきだったのに、出来なかったから、半年前の君を抱きしめているんだ。

「大丈夫」

差し伸べた手を取ってもらえないのなら、せめて、勝己を安心させたかった。
仮免試験の最終試験で出久が学んだことだ。相手を心配するより先に優先すべきこと。
それでも、心配が先立ってしまっていたが、今だけは我慢する。

「本当に君のせいじゃない。ちゃんと病院に連れて行こうとしてくれて有り難う。それから、ごめん」
「……クソデク」
「うん。僕が悪いんだ。君の気持ちも本音も知らないで、たくさん悩ませたから」

此方のことを理解して判ろうとする出久の背中に勝己は腕を伸ばす。

「これは僕の自業自得だから」

出久のその言葉で、勝己は自身の両手をそれぞれ握り込み、出久を抱きしめることなく、下ろした。

勝己が出久の背中に腕をまわそうとしていたのは、ようやく二人の姿を見つけたオールマイトだけが見ていた。
自業自得。それは、自分だけが背負うという、他者の介入を良しとしない言葉だ。
辛いのはどちらだろうか。

「二人共、そろそろ戻ろうか」

オールマイトはゆっくりと二人に近付く。 出久は背を向けていた為、今になってオールマイトがすぐ傍らまで来ていたことに気付いた。わっと吃驚して勝己にしがみ付いた。離れる気がない出久に勝己は顔を顰める。此方の胸板に当たる出久の膨らみも邪魔だと忌々しく青筋を立てた。

「その気持ち悪いもん押し付けんな!引き千切るぞ!」
「怖っ」
「どうにかしとけっつったろうが!」

勝己は腕で出久の喉を押し退け、彼女を引き剥がそうとする。しかし、出久も負けじと離れることを拒み、応戦してくる。

「しつけェぞ!クソカス!!」
「耳元で怒鳴らないでよ!」

ごちゃごちゃしだす勝己と出久にオールマイトはあたふたして間に入ろうとする。

「こらこら。喧嘩はやめて。ね」

オールマイトの言葉ならば、二人は素直に従っていた。けれど、手を止めたのは勝己だけで、出久はオールマイトに少しだけ不服な顔を向ける。

「み、緑谷少年、怒ってる?私に」
「……怒って、ないです」

怒ってるね。と、オールマイトは縮こまる。
勝己に出久の身体のことを伝えたのは正しいことだったが、出久の意思を無視したことも事実だ。彼女を怒らせて当然のことをしたと、それもまた大人として理解出来た。
息を吐いたオールマイトは、改まって勝己を見遣る。

「爆豪少年、私は君に謝らなければいけない」
「いらねェ」

弾かれたように反応した出久の顔面を勝己は掌で覆い、力を込めて鷲掴む。
握力で出久を黙らせる勝己にオールマイトはどうしようとおろおろする。

「あ、あの……」
「謝んな、オールマイト」

はっきりと。声も眼差しも、今の彼が持ち得る総てを此方に向けられ、オールマイトは静かに受け止めた。

「本当に、君は良く分かっているんだな」

許されてはならないことをしたと。
勝己は確かに賢い子だとオールマイトは今一度思う。此方が用意している答えの一歩先を当然のように言ってのけてしまうのだから。

「分かってねぇよ。コイツが俺になんも……」

顔を歪めた勝己は出久を引き剥がし、オールマイトを横切る。

「かっちゃん」
「爆豪少年」

呼び止めても、勝己が歩みを緩めることはなかったが。

「あっれ!」

聞き覚えのある大声にビクッと三人共動きを止めた。

「お前ら何でこんなとこ居んの!?」

声の主は上鳴だった。勝己達が振り返る先には走ってくるクラスメイト達がいた。
三限目から此処を授業で使うのは自分達のクラスだったらしいと思ったのも束の間、生徒の後ろから大きく跳躍して先頭に飛び出した相澤が捕縛布で勝己と出久を拘束した。早技にオールマイトが割って入る隙はなく、目前で起こったことに冷汗を流す。

「はい。捕縛完了」

気怠く言った相澤は、次にオールマイトを訝しげに見遣った。突き刺さる視線にオールマイトはお遣いを失敗した子供のように焦り出す。

「オールマイトさんには、二人の監視をお願いした筈なんですがね」
「え!あ、あれだよ!相澤くん!ずっと閉じこもっていたら息が詰まってしまうだろう?だから気分転換しようと二人を連れて外の空気を吸いに来たんだ!」

目が泳ぎまくっているオールマイトに相澤は深い溜息をついた。

「緑谷以上に嘘が下手ですね。あとクドい」
「ええ!?」

嘘が下手だと言われ、尚且つ駄目出しまでされたオールマイトは肩を落とした。のの字を書きたい気分になる。

「相澤先生、速っ」
「や〜っと追いついたぜ」

芦戸と上鳴が息を切らせ、その後ろで飯田が全員揃っているか点呼を取り始める。

「で?何で爆豪も緑谷も寮から出てんの?」

と、上鳴は遠目から尋ねていた疑問を二人に問い掛け直した。けれど、相澤の捕縛布にぐるぐる巻きにされている勝己と出久が口を開ける筈もなかった。
出久の方は疑問に対する反省した言葉をもごもご布の下で言っているように感じられたが、勝己の方は上鳴の質問を無視して何かふがふが吠えている。
狂犬を刺激しないように上鳴は盾に丁度良い切島の背中に隠れた。

「ご、ごめんね。私が散歩しようって二人を連れて来てしまったんだ。授業の邪魔をしてしまってすまない。相澤くんも私に免じて緑谷少年と爆豪少年を解放してくれないかい?」
「貴方も教師として反省してくださいよ」
「……反省してます」

頭を下げるオールマイトに相澤は肩を竦める。あまり、元ナンバーワンヒーローの滑稽な姿を生徒達に見せるべきでもない。

相澤は旋毛を見せられても困るとオールマイトに顔を上げてもらう。それから、勝己と出久の拘束を解いた。
捕縛中、騒がしくしていた勝己だが、解けば大人しくなる。上鳴に自分が出久と一緒くたにされて頭に血が上っていたようだ。

冷静さを取り戻す余裕はあるようだが、今朝聞いていた通り、今日の勝己は沸点が低いことが窺える。

「じゃあ、緑谷と爆豪はオールマイトさんに任せます」
「ちょっと待ってください!」

手を挙げた麗日はみんなの前に進み出て、寮に戻る足を止めた出久と勝己を交互に見つめる。
今朝のように勝己からピリピリした苛立ちは感じられなかった。出久も哀しげな空気を纏っていない。

「二人が隣におるってことは、仲直りしたんだよね?」

麗日に尋ねられ、出久と勝己は顔を見合わせる。仲直りって何だ?と二人して不思議そうな顔をして、麗日に向き直った。

「ええ!?デクくんも爆豪くんも自覚してへんの!?」
「マジか!?お前ら!」
「朝、あからさまに険悪だったろ!?」

クラスメイト達が身を乗り出してきて、出久は背中を後ろに反らす。彼らの慌ただしい声で髪も後ろに靡いた。

「爆豪!お前だって滅茶苦茶怒ってたじゃねーか」

切島に肩をバシバシ叩かれて勝己は煩いと彼の手を払う。

「クソデクにムカつくのなんざ今更だわ」
「う゛」

自分が標的にされて出久は萎縮する。
昔からこうなのだから、もう身に染み付いてしまっていた。

勝己も勝己で、これがいつも通りだった。二度と話しかけるなとは言ったが、同じ学校で同じクラスで同じ寮なのだから、それは不可能である。中学の時には来世を信じてワンチャンダイブしやがれと罵ってもいた。言い過ぎるのはいつものこと。そして、此方の言葉を出久が聞かないのもいつものことだった。

「それじゃあ、デクくんは約束思い出してないん?」
「思い出せてません……」
「死ね!」
「かっちゃん、針千本飲むから許してくれないかな」
「緑谷!それ死ぬから!」

生徒達が日頃の明るさを取り戻してくれたのは喜ばしいことだが、騒がし過ぎる。相澤は特に騒がしい数名を捕縛布で拘束した。

「黙れ。授業始めるぞ」

皆、青褪めた顔で「はい!」と背筋を伸ばした。



寮に戻って来た勝己と出久は途中だった掃除の続きを始める。
オールマイトも二人を手伝い、今は勝己の隣で玄関の掃き掃除をしていた。
正直気不味いが、今避けてしまうと後々響きそうで、オールマイトは自ら率先して勝己を手伝っている。

「オールマイト」
「わ!何かな!?」

お互い無言だったのに、唐突に勝己から話し掛けられてオールマイトは心臓が口から飛び出そうだった。

「デクを選んだ理由は、何となく分かった」
「……爆豪少年、それは」

個性を譲渡したこと。平和の象徴の後継に見定めたこと。ヒーローになれる素質を出久から感じたオールマイトだったが、彼女を選んだ理由を自身でははっきりと言葉にはし尽くせなかった。
彼女を土俵に立たせるべきだと思った――それだけの説明では納得に足る答えには程遠いとオールマイトも自覚していた。だから、勝己が見つけた答えに耳を傾ける。

「俺が見てたオールマイトじゃなく、アイツが見てたオールマイトが、オールマイトの本質だった」
「……」
「けどよ、俺の憧れは変わらねェ。そこはブレようがねェんだよ。俺は、オールマイトの勝つ姿に憧れた」
「そうか」

ニコニコするオールマイトに勝己は頷き、その笑顔をじっと見つめる。笑顔と泣顔が重ならなくて。

「そこは似てねェな」
「え?何のことだい?」
「オールマイトはよく笑うが、アイツは泣いてばっかだ」
「そうだね。緑谷少年には泣き虫を治してもらわないと」
「治す?」
「うん。ヒーローが泣いていたら不安になるだろ?」
「……俺は」

違うと続く言葉を呑み込んだ。
泣いている出久に不安を抱いたことはなかった。勝己が出久の泣き顔を見て感じるのは、いつも安堵だったからだ。それを今になって自覚して、言うのを躊躇った。

「爆豪少年?」
「ッ、何でもねェ!」

土や葉っぱを箒で払い、玄関を隅々まで綺麗にする勝己にオールマイトは首を傾げる。
自分も手を動かすが、やはり勝己の様子、あの言葉の先が気になった。

「爆豪少年、君は」
「かっちゃん、窓拭き終わったよ」

出久が玄関まで顔を出し、オールマイトと同時に勝己に話し掛けた。
勝己が視線を向けたのは、出久の方だった。

「みんなの靴棚は?」
「んなもン、とっくに終わらせたわ!」
「流石、かっちゃん!」
「テメェはちんたら女子風呂でも掃除してろや!」
「そんな言い方しなくてもいいだろ?あ、オールマイトもかっちゃんに話があるんですよね。すみません」
「いや、爆豪少年と何話そうかなって話題探してただけだから、いいよ」
「そうですか?」

きょとんとした出久は「じゃあ、お風呂掃除してきます」と二人に背中を向ける。

「おい、デク」
「何?」

勝己に呼び止められ、出久は振り返る。
燃えるような紅い目を一度閉じた勝己は、熱を鎮めて出久を見据えた。

「子供、いらないんか」
「いらないよ」

出久はそのまま、女子風呂へと姿を引っ込めた。

その場に佇む勝己にオールマイトが近寄る。周りに誰もいないが、他の誰かに聞かれないように距離を詰める。

「さっきの。自分と緑谷少年のって意味だよね」
「勘違いすんな、オールマイト。誰もそんなこと言ってねェんだからよ」

否定するのが苦しいとばかりに、勝己の手が握り込まれる。出久に抱く苛立ちが形を変え始めているように感じられたが、オールマイトは勝己に掛ける言葉が見つからなかった。

二人で黙々と玄関掃除をして、終わらせる。共有スペースのリビングを通り、掃除道具入れに箒を仕舞う。勝己も男子風呂の掃除に掛かるかと思いきや、彼は窓に近寄る。

「チッ」

窓の縁を手で触った勝己は舌打ちする。
出久のやり残しを掃除するために勝己はバケツと雑巾を用意し直して、窓の汚れを取り始める。峰田にまた指摘されるのは癪だった。

「ば、爆豪少年、そこは私がやろうか?お風呂掃除もあるだろ?」
「オールマイトも掃除のツメが甘ェんだよ!自覚しろォ!」

怒られてしまった。掃除を手伝っている最中に勝己からの物言いたげな視線があったが、個性や後継のことではなく、本当は掃除の手際の悪さに文句を言いたかったようだ。
体育祭の表彰式を思い出させるほどの勝己の形相に顔すげぇとオールマイトはいそいそと引き下がる。

窓拭きをする勝己の背中は小さくないが、まだ大きくはない。
今よりずっと小さかった頃から、憧れてくれていたのだと、出久から教えられた。そして。彼が、今の彼の言葉で勝つ姿に憧れたのだと、そう言ってくれた時、ヒーローであれた自身に誇りを持てた。

「緑谷少年が教えてくれたんだ」
「……デクの話すんな」

悪態に苦笑しながら、オールマイトは続けた。

「君は言ってくれた。私の勝つ姿に憧れたと。とても嬉しく感じたんだ。君みたいに才能を授かっている子まで、私を目標にヒーローを目指してくれていることが、どうしようもなく嬉しい」
「それがどうしたよ」
「小さい頃から、私のことをすげえ、カッケーって憧れてくれていたのかと思うと微笑ましくてね」
「なっ!」

バッと後ろを振り返った勝己はオールマイトがウキウキしていることに絶句する。
オールマイトが憧れの存在であるのは曲がらない事実だ。だが、子供の頃からずっとそうだったと本人に知られるのは、自分のプライドが許さなかった。出久のように素直に表に出せるほど、勝己はお気楽ではない。

敵連合に攫われた勝己を救いに、敵の隠れ家に乗り込んだ時にも同じ顔をしていたなとオールマイトは勝己を見遣る。あの時は状況が切迫していたこともあって、指摘している暇もなかったが、口をむず痒そうに歪めている勝己の表情は愛嬌を感じるものだった。いくら賢い子だとしても、まだまだ子供だ。本当に。

この先、ヒーローとなって、全てが順風満帆に行くわけではない。困難が何度だって立ち塞がる。
だから、少年少女達に一つでも多く、幸せをその手にしてほしいと願う。それが、オールマイトの願いだった。





























◆後書き◆

おろおろするオールマイト、因縁の場所に向かう爆豪、ブチギレる緑谷♀。の三人でお送りしました。
原作9巻のマスキュラーVS緑谷戦での「う゛う゛…っるせええええええ」のところ大好きすぎて出久ちゃんにもブチギレてもらいました。オールマイトに。楽しかったです。

一話目で緑谷♀の手を叩き払ったかっちゃんの心情については轟君との会話で回収しました。そんな歪んだ手で旨い飯作れんのかと。結婚の約束はベタすぎたかもしれないんですが…(汗)。かっちゃんの中で理想の夫婦像が自分の両親(光己さんと勝さん)だったらいいなって、思ってます。夫と妻の性別逆転するけど勝デク♀でならいける…はず…!

かっちゃんの矢印は出久ちゃんに向いているんですが、かっちゃん自身がそれを認めてくれないので道のりがまだ長そうです。早くくっついてほしいので、次回、相澤先生が頑張ります!





更新日:2018/03/27








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