◆廻転≠逆転+MARGINAL◆










あの事件解決から暫く経ち……。春が来た。

昨日は雨だったけれど、朝には晴れていた。濡れた街並みが太陽に乾かされる匂いは嫌いじゃない。
鼻歌を歌いながら俺は病院を訪れた。

「俺が、来た!」
「こんにちは、航一君」
「こんにちはっス、天晴さん」

オールマイトポーズを解いた俺は手を挙げて病室に足を踏み入れた。
果物とグレープジュースをお見舞いの品として渡したら、天晴さんはいつも有り難うと笑ってくれた。俺も自然と笑みが浮かぶ。

「天哉から聞いてるよ。航一君が頑張ってくれたって。協力してくれて感謝する、ザ・クロウラー」

天晴さんからの握手に応える俺だけど、苦笑は止められなかった。

「持ち上げすぎですよ。実行犯のヴィランをやっつけたのは緑谷君ですし」
「デクからも直接話を聞いたよ。航一君は凄かったってね」
「緑谷君、天晴さんのお見舞いに?」
「お見舞いというよりは、事情聴取かな。そこの花瓶の花をもらったけどね」

天晴さんが振り返る先には、簡易テーブルに飾られた生花がある。チューリップだ。
チューリップの花言葉って思いやりだったよな、確か。和歩に教えてもらった。色ごとに違う花言葉もついてるって聞いたけど、流石に忘れてしまった。白いチューリップってなんだったかなぁ。

「事件の犯人、ヒーロー殺しの信者だっただろ。それで俺に少し話を聞きたいって、天哉がデクと爆心地を連れてきたんだ。塚内警部も一緒に」
「そうだったんですか」
「俺もヒーロー殺しの事件に関わっていたからね。犯人のターゲットに含まれていたらしい」
「え!?」

天晴さんまでターゲットに含まれていた話は寝耳に水だった。確かに天晴さんはヒーロー殺しに保須で狙われた経緯があるけど、彼の現状は戦える身じゃない。飯田君からも、天晴さんがターゲットにされていたなんて話は出なかった。
慌て出す俺に天晴さんは微苦笑で掌を見せる。

「ああ、そんなに驚くことないよ。最終的に、俺はターゲットから除外されてたって話だから」

動きを止めた俺は目を瞬かせる。
天晴さんはターゲットから外されてたって聞いてホッとしつつも、どうして犯人は天晴さんを除外したんだろうって。

「どういうことです?」
「引退した身だからね。ヴィランにとっては無意味と判断されたんだろう。それに、ヴィランが病院で事件を起こすのは踏み止まったって供述してる」

病院には色んな患者がいる。一般のビルを襲うよりも、命の危険が多くなるのは必須だ。
犯人の目的に人命を奪う意志はなかった。って、ことになるのかな。

「ヒーローだったから、ですかね……?」
「分からないけど、俺はそうであってほしいと思う。根っからの悪人なんていないんだ。正義の中にいたことで、彼は正義を見失ってしまった。答えとしてヒーロー殺しの主張を信じた。それだけ、なんだろうな」

勝手な想像だから、決め付けはいけないけれどと天晴さんは憂いた顔をした。
何かの影響を受けるってのは、俺も悪いことじゃないと思う。実際、俺だってオールマイトの影響を受けている。
ヒーロー殺しが主張したヒーローの在り方への是非は、今も世論で物議を醸していた。俺も、ヒーロー殺しの主張を全否定出来ていない。彼は正しいんじゃないかと思う気持ちがないって言ったら嘘になるから。
けれど、ヒーロー殺しのような思想を持つのは危険だと、それだけははっきりと言えた。自分の正義を貫くために人を殺めるのは間違っている。

天晴さんの話では、ヒーローがヴィランに加担する事件は表に出ないだけで、結構な件数があるらしい。今回みたいにニュースになる方が稀だって。
ヒーローがヴィランになる。俺には信じられないことだったけれど、現実としてあるんだ。そんな悪夢が。

俺が沈んだ顔をしていたら、天晴さんが明るい声を出した。

「航一君は幼い子供も助けたそうじゃないか」
「いやぁ、あれはたまたま」
「危険から救ったのは確かだよ。自信を持っていい。君はヒーローになれる器なんだから」

やはり、あの時にもっと強くサイドキックに誘うべきだったと天晴さんは続けて、俺は照れ臭くなった。



それから二週間後。春の大運動会の放送日がやって来た。

『春のオールスタートップヒーロー大運動会も今年で四回目!いやあ!めでたいですね!』

テンションの高い司会者の言葉をぼんやり聞いていた俺は、そういえばそんなタイトルだったなぁとこれまたぼんやり思うだけ。明日になったら、また正式タイトル忘れてるパターンだ。

でも今年は番組の最初からリアタイしてるけどね。ちゃんとチェックしてました。爆豪君が出る前情報仕入れてたし。

飯田君が出演してないのは残念だけれど、天晴さんから彼は地方に応援に行っていると聞いていた。まだ、東京には帰ってきてないんだろうな。
今回は飯田君とも同期のショートと烈怒頼雄斗が呼ばれてる。

烈怒頼雄斗、爆豪君、ショートが横並びに立っていた。
開始前から三人の関係は浮き彫りだ。控え室で一悶着あったんだろうなって明らかなほど、爆豪君の機嫌が非常に悪い。ショートにガンを飛ばしているし。そんな今にも声を荒らげそうな爆豪君を烈怒頼雄斗がどうどうと落ち着けている。彼は猛獣の扱いに手慣れている感じがした。

出場ヒーローは総勢三十人だけど、爆豪君以外で去年に引き続き出ているのはセレブリティだけかな。なんか、端っこの方で縮こまってる……「マコトぉ、マコトぉ……爆心地との共演は組まないって約束してくれたのに……マコトの嘘つき……」って音声拾われてますよ。セレブリティのことはそんなに好きなじゃないヒーローだけど、知り合いのよしみで言いたい。あの、シャキッとしたほうが良いんじゃないですか?って。

この間の事件は去年出演していたヒーローが犯人だったのに不謹慎だって、ネットを開いている俺のスマホに他人の意見が流れてくる。
俺もそう思う感情はあるけど、悪いイメージを払拭したいとか、みんなに楽しんでもらいたいって、この番組を作ってる人達の気持ちまで無碍にすることはないと思うんだよね。あの事件とこの番組を結び付けて考える必要性は何処にもないはずだ。
なんだかなって思ってたら、去年この番組で爆心地のファンになったから今年も楽しみにしてた!って好意的な意見が流れてきて、俺はちょっとすっきりした。

一回戦目はパン食い競争。……あれ?めっちゃ子供向けな競技。って思ったのも束の間、パン食い競争のステージは足場の悪い山場で、標高三百メートルの頂上にパンがぶら下がってた。
難易度高すぎだろ……。

『普通に登りてぇ』

司会者がルール説明している最中だったが、爆豪君が呟いた声を俺は拾っていた。そういえば、爆豪君の趣味が登山だって去年のこの番組で知ったんだよな。
山にしたら小さい方だけど、軽く登りたいって気持ちになるのかも。

コマーシャルを挟んで、パン食い競争がスタートした。空を飛べるセレブリティが有利だしなぁって見てたら、爆豪君が爆破の勢いで上がってきて、セレブリティの頭を踏んで更に上に飛び、一番に躍り出た。
踏み台にされたセレブリティは山の岩場に顔をめり込ませていた。さ、流石に可哀想かも……。
あ、烈怒頼雄斗がセレブリティを引っこ抜いて謝ってる。もうこの時点で、俺は烈怒頼雄斗が爆豪君のお目付役と認識していた。

ちなみに、烈怒頼雄斗は個性の硬化で手と足を岩場に刺して登ってきていた。彼が所属している事務所は大阪だから東京のヒーローニュースではあまり見かけないけれど、ネットニュースで彼を見かけた時、全身を硬化させる技が格好良いなって思ったんだよね。今日は生放送であれが見られるのかと思うとワクワクする。

爆豪君が中間地点を越えた頃。スタート時にどうするか考えていたショートが動き出した。
個性で右手から氷を生み出し、大雑把に山に絡ませる。ヒーロースーツの靴が氷で滑らない特殊な作りらしく、氷の上を鮮やかに駆け上がっていく。顔もかなり整っているけれど、動きまでしなやかだ。素直に凄いなって感心している俺の耳に黄色い歓声がテレビから流れてきた。観客席の女性集団が団扇や応援幕を掲げている。さながらアイドルだなー。でも、事件の時に近くで見たショートって信念を持ってる感じがして、煌びやかな雰囲気はなかったよな。男の俺も惚れそうになるくらいヒーローとして格好良いって思った。まあ、天然だったけど。でも、女の人からしたらそれもギャップ萌えってやつなんだろうなぁ。俺にはよく判らないけど。

『チッ、てめェかよ!』
『悪ぃな、緑谷じゃなくて』
『あア!?デクの話すんなっつったろ!』

緑谷君は参加していないのになぁ、と俺は首を傾げる。控え室で緑谷君の話でもしていたのかな?それで爆豪君は番組開始時から機嫌が悪かったのかも。

ドローンカメラのおかげで迫力のあるパン食い競争だった。
爆豪君とショートが同時にパンに噛り付いて同着一位。あんパンだったらしく、辛党の爆豪君は甘いと零していたが、ちゃんと全部食べてた。爆豪君は態度あれで、そのへんの行儀が良いからね。

あんパンを食べるショートを何故かカメラがアップで映す。えーと、これは……有り難うって言うべきところ?

『本番組にはヒーローデクにもオファーを出していたのですが、残念ながらお断りされてしまいました。ですが、お友達を紹介してくださり、同期のショートに急遽参加してもらえることになりました!前回お声がけしたときは断られてしまったのに、二つ返事でしたね』
『ああ、別に。緑谷……デクには、感謝してるし。困ってたから』

あんパンを食べ終わったショートに司会者の横にいたアナウンサーが尋ねれば、ショートは僅かに首を傾けながら答えた。

ショートが番組に出演する情報は昨日流れてきたんだよな。爆豪君や他のヒーローはもっと前から出演が決まっていて、番宣でいろんな番組に出てたし。
だから、ショートのファンが一週間前に完売していた番組観覧チケットをどうやって入手したかは……怖いから考えないでおこう。

『デクが出てたら一番にブッ潰してやったのによォ』
『やっぱり、緑谷と運動会したかったんじゃねえか』
『だから違ェっつってんだろ!』

ショートに吠え掛かる爆豪君に、アナウンサーがズイ!とマイクを向けた。

『爆心地とデクの共演を我々も楽しみにしていたのですが、残念でしたね』
『うるせェ!どいつもこいつもブッ殺』
『爆豪!生放送!』

烈怒頼雄斗が爆豪君の口を慌てて塞いだ。
それとなくアナウンサーから爆豪君を引き離しているのだから、気遣いの出来る男だ。あー、俺、烈怒頼雄斗好きかも。好い人そう。

番組的にも爆豪君と緑谷君を共演させたかった理由には検討がついている。俺だけじゃなく、国民の殆どがそうだと思う。

爆豪君はこの春の大運動会の番宣で同じ放送局のいくつかの番組に出ていた。ゴールデンタイムに視聴率ナンバーワンのバラエティー番組があるんだけれど、そこに同じくゲストとして呼ばれていた二枚目俳優がオールマイト引退の件を話し始め、爆豪君に振った。
その俳優は涼しい顔をしたまま、爆豪君のせいではないのかと責めていた。君が攫われたから、君が弱かったから、君がオールマイトを追い詰めたんだ。
その番組を見ていた俺はちゃぶ台の前で立ち上がってしまっていた。なんか、悔しかったんだ。

爆豪君は俯いて静かにしていたが、オールマイトは君のせいでヒーローじゃなくなったと言われた瞬間に音を立てて席を立った。俺だけかもしれないけど、爆豪君が泣きそうだって思った。
爆豪君が俳優に掴み掛かろうとして、司会者も青い顔をした時だ。割って入ってきた人物がいた。

緑谷君だった。

彼は番組にゲストとして呼ばれていなかった。後々で番組を見学しに来ていたと判明したわけだけど、あれは本当に吃驚した。
爆豪君が手を出す前に、二枚目俳優に掴み掛かって壁に押し付けたのだから。

最初、誰も緑谷君がデクだと気付いていなかった。二枚目俳優も誰?と不思議そうにしながら困惑していた。
爆豪君が「デク……」と言ったことで、司会者も他のゲストも「あ」ってようやく気付いてた。
緑谷君の方は気付かれたことなんかどうでもいいみたいで、二枚目俳優を睨みつけていた。そりゃもう極悪ヴィランを前にしているみたいに。

『かっちゃんの悪口言うな!』
『オールマイトが引退したのは僕のせいでもあるんだ!』
『僕があの時しっかりしていれば、かっちゃんを奪われはしなかった!』
『オールマイトだって、ずっとヒーローだ!』
『かっちゃんを責めるな!』
『これ以上は僕が許さないぞ!』
『かっちゃんは小さい頃から僕の憧れで、ヒーローなんだ!』

緑谷君があそこまで声を荒らげ、張り上げているところなんて見たことがなかった。
涙を、俺の家でポロポロと爆豪君の名前を切なそうに呼びながら、流していた顔と何故か重なって、俺の胸が痛んだ。

そうだ。爆豪君を責めるのは間違っている。オールマイトはヒーローをやめたけれど、ヒーローじゃなくなったわけじゃない。俺も、緑谷君も、爆豪君も、オールマイトは最高のヒーローだって刻まれてる。ヒーローは不滅だ。

感情が高ぶっていたんだと思う。目尻に涙を溜める緑谷君から、緑色の発光が迸り始め、不味いって思った。
相手がヴィランなら問題ないが、緑谷君の目の前にいるのは、嫌味を言う嫌なやつであっても善良な一般市民だ。ヒーローが危害を加えたら免許剥奪だってあり得る。「駄目だよ!緑谷君!」って、テレビの前で叫んでしまった俺の声と被り、爆豪君が緑谷君を殴って二枚目俳優から引き剥がした。暴力的で、これはこれで大丈夫なのか不安になったけど……。

そこで爆豪君の怒りが緑谷君一人に向けられ、すごい怒鳴ってた。緑谷君は最初怯えていたけど、自分を曲げるのは嫌だと爆豪君を睨み返してた。
そこから、爆豪君と緑谷君の闘いが始まってしまい、番組はめちゃくちゃ。スタジオもめちゃくちゃ。でも、視聴率は過去最高を上回ったんだよね。

二人のバトルは熱かった。
けど、放っておくと大変なことになるから警察が来て止めに入ったんだ。パトカーに連行されるプロヒーローってネット記事が出た。
あと、ジーニアス事務所から謝罪のコメントが届いたって次の日のワイドショーで取り上げられてた。ベストジーニストが爆豪君と緑谷君二人のことまとめて謝罪してるんだけど……緑谷君まだフリーのままだよな?事務所持ってないから、ベストジーニストが気を回してくれたとか?

まあ、そんな一悶着があって、緑谷君と爆豪君が幼馴染って情報が世間に知れ渡った。あんなにかっちゃんかっちゃん呼んでたらね、みんな疑問に思う。それに、緑谷君が小さい頃からって言ってしまえば、自ずと明らかになってくるものだ。
でも、仲が悪いって認知は変わってない。お互いに殴り合ってたから、やっぱり仲が悪いんだって思われてる。

だけど、幼馴染で仲が悪いってどんな関係なんだ?と興味を持ってしまうのが人間って生き物だ。
だから番組出演を拒む緑谷君をどうにか爆豪君と共演させたいテレビ局の思惑は判らないでもないって話。
あの二人の熱いバトルをまた見たいってニーズもあるし。ちなみに俺的には断然こっち派です。
正直、どっちが強いのか興味持っちゃうのが男の子だ。昨日、コンビニ前で親の買い物が終わるの待ってた小さい兄弟が爆心地VSデクごっこしてたんだよね。絶対、あの番組観てたんだと思う。

運動会の方は中盤まで来た。
一瞬、客席にカメラが向けられたとき、知ってる顔が映って、あれ?って俺は思った。

俺の疑問は置いてけぼりのまま、運動会は最終競技に入った。
借り物競走。
なんか、今年は小学校の運動会にありがちな競技が多い。玉入れとか、大玉転がしとか、綱引きとか……どれも規模はデカかったけどね。

ドローンの頭に乗せられたくじの箱をヒーロー達が狙い、一番に引いたのはセレブリティだった。彼が引いたくじに書かれていた文字は「友達」。セレブリティはその場から動かなくなった。うわー。ガールフレンドとか舎弟はいるけど、セレブリティって友達いなさそうだもん。

『ボォォォォォーイ!』

セレブリティが叫んだ。え。俺、セレブリティの友達なのか?え。やめてほしい。

次に引いたのはショートだ。彼が引いたのは「嫌いな人」。
うわぁ、これはこれでシビアだなぁ。

『親父……?』

なんか、ショートの口から聞いてはいけないものを聞いてしまったような……。
エンデヴァーこれ観てないといいけど……。

烈怒頼雄斗が引いたのは「恋人」。完全に彼は詰んでいた。
俺も彼女いないし、彼に親近感まで感じてしまう。

『爆豪、お前引きに行かねぇの?』
『碌なの入ってねェだろ』
『確かに……。でも、誰かゴールしないとこれ終わらねぇぞ』
『……チッ』

烈怒頼雄斗と爆豪君の会話だ。爆豪君ってこういう会話のやり取りするんだなー。友達って感じがする。緑谷君と接してる時とは違うかな、やっぱり。

他のヒーロー達も続々とくじを引いていくが、みんな項垂れていた。

ようやく動き出した爆豪君がくじを引き、何が書かれているかカメラが捉えようとしたが、その前に爆豪君がくしゃりとくじの紙を握り締めた。何が書かれていたか判らないが、爆豪君は皆と同じように項垂れることなく、とある方向に向かって歩き出した。

動き出しているのは爆豪君だけで、カメラが彼を追う。
爆豪君は観客席の方に向かっていって、階段を上っていく。客席にいる一般人が愕く中をズカズカと歩いていき、立ち止まる。

あ。緑谷君だ。やっぱり、さっき番組の中盤あたりで映ったのは緑谷君だったようだ。なんかノート取りながらブツブツ言ってるように見えたんだよね。

その緑谷君は爆豪君が自分の目の前で立ち止まってかなり愕いている。

『え!?僕なの!?てか、僕がいるの気付いてた?』
『…………』
『な、何か言ってよ』
『…………』

無言の爆豪君は握り潰してぐしゃぐしゃになった紙を突き出した。緑谷君は皺を伸ばして紙に書かれている文字を読む。

『幼馴染』

緑谷君は爆豪君を見上げて苦笑いをすると。

『僕、だね』

爆豪君は緑谷君の手首を掴んで引っ張り出した。けれど、緑谷君は素直に従わなかった。
踏み止まろうとする緑谷君を爆豪君が睨み付ける。

『クッソ!来やがれ!』
『やだよ!テレビ出たくないんだよ!この番組予約してあるんだぞ!』
『知るか!そもそも録画は俺の……アアア!うぜェ!!』

他の視聴者は判ってないだろうけど、俺には判る。緑谷君は自分が出たらヒーロー番組を楽しめない重度のオタクだから、テレビに映るのを拒否してる。家で録画したのを観て楽しみたいのだ。
そして、緑谷君は爆豪君のところにお世話になっている。だから、テレビやビデオデッキは爆豪君の私物。
で、言い争っている。

『おお!緑谷!来てたのか。下りて来いよ!』

烈怒頼雄斗が緑谷君に気付いて手を振り、ショートも手を挙げている。

『オラ!お友達も呼んでるだろが!』
『君のその物言い、本当に嫌だよ』
『あア!?』
『う……そ、そもそもさ、僕達、喧嘩してたじゃん』
『てめェが悪ぃ!』
『反省してるよ。でも……かっちゃんが許してくれないから……』
『…………』
『行って許してくれるなら、行ってもいいよ』

爆豪君の血管がブチ切れた。

『何様だてめェ。行ってもいいよだア?上から言うんじゃねェ!!』
『上から言ってないよ!なんで、いっつもそう受け取……』

そこで、緑谷君はカメラドローンが自分達を映していることに気付いて、爆豪君に掴まれている手を振り払った。

『そんなに怒ってるなら放っておいてよ!』

緑谷君に手を振り払われた爆豪君は一瞬、目を見開いていたけど、すぐに怒りの形相に変わった。
緑谷君の頭を鷲掴み、ギリギリと力を入れる。緑谷君は涙目だ。

『クソナードぉ、俺がわざわざ来てくださいって頭下げてんのに、その態度はなんだア?』
『君そんなこと言ってないし、頭も下げてないだろ!?』
『口答えすんな!俺に従え!』
『すっごい横暴!』
『うっせェ!早よ来いや!従わねェとどうなるか分かってるよなァ?』

左手で小爆破を起こして爆豪君は緑谷君を脅していた。
あー、なんか、二人が中学生の頃を思い出すなぁ。でも、あの時より緑谷君も結構言い返してる気がする。あの時はあの時で言い返してたけど、今テレビで見るよりはだいぶナイーブだった記憶だ。

ぴ。

あれ?家によく来るシマエナガが画面に映った。緑谷君の頭に飛び乗ろうとしたところを爆豪君が捕まえる。

『その子、灰廻さんのところの』
『触んな!』
『!?』

緑谷君が爆豪君の手の中にいるシマエナガに触れようとしたら、爆豪君が怒鳴った。
触らせたくないっていうより、触ったら危険だと言いたげな爆豪君に俺は戸惑ってしまう。

『惜しいな、また邪魔されたか』

爆豪君が声のした方を振り返り、カメラドローンも追うように振り向く。先にいたのは。

「師匠おおおおおお!!」

アンタ何してんの!?パン食い競争で使った山ステージの天辺に立ってさ!?
俺は自宅のテレビの両端を掴んでガタガタさせる。
生放送に乱入とかマジでやめてよ!

『デク!今日こそ貴様の秘密を暴いてやる!』

え?何それ?緑谷君の秘密?
師匠はいったい何を言っているんだ?

『てめェ、イレイザーヘッドにやられたんじゃねェのかよ』
『いい勝負だった』
『チッ、死に損ないが!』

爆豪君が緑谷君を背に隠した。
前に二人がコンビニに来たときのことを俺は思い出す。ソーガさんを前にして、こうしてた。

『かっちゃん、そういうのは』
『そういうんじゃねェわ。あのクソジジイは警戒しとけ』

眉を歪めていた緑谷君は表情を改めてパチクリと首を傾げた。

『え?でも、あの人って、灰廻さんの師匠さんだよね?』
『無害なヤツの知り合いが無害だとは限らねェだろが』

無害って褒め言葉なのかな?微妙に馬鹿にされている気が……でも、爆豪君や緑谷君に警戒されるのは嫌だし。無害でいいや!

『そこのババア!この鳥預かってろ!』

近くの観客席にのほほんと座っていて、逆らいそうにないおばあさんに爆豪君はシマエナガを手渡した。
おばあさんがシマエナガを受け取ると、目が赤くなった。師匠が連れているときと同じように。
爆豪君が意外そうな顔をしたかと思えば、舌打ちした。

『あれ、目が赤く……いで!』
『クソが!』

爆豪君は緑谷君の頭を殴って悪態吐いた。
緑谷君もサッパリな顔してたけど、俺も爆豪君の行動にはサッパリだ。

んー。でも、師匠が連れていたときと、おばあさんが触れたときに、シマエナガの目が赤くなるのには理由がある気がする。
爆豪君は、シマエナガに個性があるって言ってたし、意外そうな顔をしたのもそこに関係があると思うんだ。

可能性として挙げられるなら、五十歳以上の人の側に寄ると目が赤くなるってところか。
あとは……無個性、だからかな。師匠がそうだってのと、おばあさんの歳だと無個性は今ほど珍しいことじゃないし。でも、あのおばあさんが無個性かどうかまで俺には分からないことだ。

でもさ、人の実年齢や無個性かどうかなんて知っても、そうなんだって納得して終わりだ。
師匠は緑谷君の秘密を暴くって言ってたし、シマエナガに個性があるなら、もっと役立つものに違いない。そもそも、緑谷君は俺より年下だし、個性もある。俺が挙げた可能性は何の役にも立たない。

『さあ!デク!かかって来い!!』
『えええ!?僕ですか!?でも、僕、番組に出る気はなくてですねっ』
『番組なんて知らん!俺にかかって来い!!』

マジであの人何やってるんだー!!緑谷君困らせちゃ駄目だって!番組の邪魔しちゃってるしさあ!

『デク、てめェは引っ込んでろ』
『かっちゃんは僕を引っ張り出したかったんじゃないの?』
『状況変わってんの目に見えてねェんか?ア?』
『み、見えてます』
『さっさと引っ込んどれ、クソ』

爆豪君は緑谷君に向こうに行けと後ろに押し、自分はフィールドに飛んで戻って行く。爆破の勢いを止めずに師匠に向かっていった。

『まずは貴様を倒してからというわけか。デクを追うと必ず貴様の影がある。何か知っているな!爆心地!!』
『抜かせ!!』

山の天辺から動かない師匠は爆豪君の攻撃をクロスした両腕で受け止める。
吹き飛ばすつもりでいた爆豪君は、その場で受け止めきった師匠に愕いていた。直ぐに距離を取って、手の構えを変える。

『対人用が効かねェなら、最大でいってやらア!!』

完全に悪役顔でニヤつく爆豪君に俺は恐怖を覚える。さ、最大って対人用じゃないってことだよね!?やばいの!?ねえ!爆豪君!!

A・Pショットとやらを放った爆豪君は近距離の師匠に当たった瞬間に、爆圧に巻き込まれないよう下がる。
山の頂上は足場が少ないから、爆豪君が片足を踏み外した。爆豪君はすぐに体勢を立て直すけれど、爆豪君の攻撃を手に装着した鉄ナックルで凌いだ師匠が隙をついてきた。

『チッ!』

爆豪君は回避を選択して、空中に身体を投げた。
爆破で空中移動しようとする爆豪君だったが、師匠までもが空中に飛び込み、爆豪君に拳を向ける。爆豪君は咄嗟に掌を前に迎え撃ち、大爆発が起こる。

師匠は山壁に背中から埋まった。身体を出そうとしてるから、普通に生きてる。
爆豪君の方は。と、ドローンカメラが追ってくれた瞬間、爆豪君は緑色の何かに攫われた。

ヒーロースーツ姿の緑谷君に抱えられた爆豪君は怒りの形相だったけど、緑谷君に何か言われたみたいで舌打ちする。
一度、地面に足をついた二人は一呼吸でその場を飛び跳ねた。息がぴったりだ。

『死ねええええええ!!』
『スマアアアッシュ!!』

二人は師匠を吹っ飛ばした。
青空の彼方に飛んでいった師匠はキラリと光る。
わーい、すごい飛んでったー。俺は棒読みだ。

別のカメラからの映像に切り替わった。
ショートと烈怒頼雄斗の近くに爆豪君はいて、その隣には彼の肩を支えるヒーロースーツ姿の緑谷君。

『突然の乱入者に我々も騒然としてしまいましたが、爆心地とデクの活躍で危険は去りました!観客の皆様はご安心ください!むしろ、ご覧いただけましたでしょうか!?乱入者による爆心地のピンチをヒーローデクが救ってく』
『クソデクなんぞに助けられてねェわ!』

司会者の声を遮って、爆豪君が吠えた。
肩を支えてくれていた緑谷君を突き飛ばしながら。

『調子に乗んなよ、デク』
『そんなつもりじゃないよ。君が無事で良かったなって』
『あア!?口答えすんな!』
『わ、ごめん。でも、口答えなんかじゃ』

いつも通りの二人だなぁって俺は眺めてたけど、観客席の方はざわざわしてた。あんな風に会話する二人はテレビじゃ始めてだもんな。
ヒーロー達は現場でよく見ているのか、またやってるって顔だけど、一般の人達からしたら初見になる。きっと、視聴しているみんなからしたら、爆豪君が緑谷君を罵っているところと、この間のバトルのイメージしかないはずだし。

爆豪君が罵ってはいても、緑谷君が返事を返しているから会話が成り立っているし、雰囲気的にも世間で言われているほどの不仲には見えていないんじゃないかなって思う。まあ、仲が良さそうにも見えていないかもだけど。

『そういえば、借り物競争ってどうなるんすか?』
『放送時間はまだギリギリいけそうですので、よろしければ続けていただけると番組としても助かります』
『だってよ、爆豪。あ、爆心地』

烈怒頼雄斗が司会者に尋ね、番組続行の返答に頷くと爆豪君を見遣った。

『いちいち言い直すな、クソ髪。どっちでもいーわ』

爆豪君はそう言うと、視界から消えようと足を忍ばせていた緑谷君のフードを鷲掴んだ。ぐえって緑谷君が呻いた。

『か!かっちゃん!』
『てめェ、逃げようたぁいい度胸じゃねェか。最後くらい俺の役に立てや』
『笑顔が怖い!』

爆豪君は喚いている緑谷君を引き摺っていき、ゴールに連れて行く。
ゴール前には借り物判定するスタッフが立っており、爆豪君は引いたくじの紙と緑谷君を突き出した。
赤い丸が描かれた札が上げられた。
二人は一緒にゴールしたが、ちっとも嬉しそうな顔をしていなかった。

次にゴールしたのはセレブリティと烈怒頼雄斗だ。
どうやら、烈怒頼雄斗が以前のセレブリティの漢気に惚れていたようで、その場で友達になったらしい。烈怒頼雄斗は自分の勝負ではなく、セレブリティに全てを託したのだ。なんて熱い漢なんだろう。
俺は烈怒頼雄斗のパーカーが売っていないか、スマホで検索を始めた。

その次にゴールしたのはショートだ。彼は父親の写真が貼られたうちわを持っていった……。
観客席のショートファンの中に、数年前に「見ろや君」として世間的に有名になったエンデヴァーガチ勢の子がいたのだ。その彼からショートはうちわを貸してもらったわけだけど、見ろや君は血涙を流してた。エンデヴァーが息子に嫌われていることを嘆いて。
ショートがゴールした瞬間。

『みんな見んな!』

と、カメラに向かって言った。
新たなブームが来たことは言うまでもない。

他のヒーローも何人かゴールしていくが、難易度が高いせいか、半分もゴールしていない状態だ。
ドローンカメラも悩むヒーローの姿を映すのが飽きたのか、緑谷君達を映し出した。

緑谷君は爆豪君から……というか番組にこれ以上出たくなくて逃げようとしているみたいだったけど、爆豪君にガッチリ首を絞められてた。いや、それ死んじゃう!緑谷君白目剥いてるから!

『良かったな、爆豪。緑谷と運動会できて』
『だから違ェっつってんだろ!』
『おいおい、爆豪、熱くなるなって。緑谷マジで締まってるから』
『うるせェ!殺しときゃいいわ!』

殺しといちゃ駄目だよ。

爆豪君は滅茶苦茶ブチギレしたまんまだ。
うーん。これだと、世間には二人は仲が悪いって印象のままかも。

『お』

ショートの目線の先には白い鳥が。シマエナガだ。おばあさんの手から逃れてきてしまったようだ。
シマエナガは緑谷君の頭にちょこんと乗った。

「あ」

俺が声を出した瞬間、爆豪君が目を見開いたけど、すぐにホッとした顔になった。
シマエナガは目が黒いままだし、緑谷君に触れても変わりがないから、個性が発動してない様子だ。

『あれ。この子どうしたんだろ』
『てめェの頭が巣みてぇだから勘違いしてんだろ。クソでもされろ』
『ちょ!やめてよ、そう言う、の……ま、待って!おしっこしてる!?わ!わー!待って待って!』

爆豪君がザマァと嘲笑ったのを緑谷君は涙目で睨んでた。

シマエナガはスッキリしたようで、居心地の悪くなった緑谷君の頭から離れる。
次に選んだのは、近くにいた爆豪君で、彼の肩に飛び乗った。肩っていうか、ヒーロースーツの肩にかけてるなんか重そうに見えるアレにだけど。

『あっち行けや』

自分にも排泄されたら溜まったものではないとばかりに、爆豪君は嫌そうな顔をした。
けれど、シマエナガは爆豪君に頬ずりをしただけだった。爆豪君はそれを嫌がることはなく、シマエナガの好きにさせた。

それを見た緑谷君はハッとして。

『ん!!』

ギュン!!って凄い顔をした。

テレビ画面が真っ青になり、綺麗な花畑の映像に映り変わる。
どうやら、さっきの緑谷君の顔は放送事故扱いになったらしい……。確かに、お見せできるようなものじゃなかったけど。俺も吃驚したよ。

緑谷君はきっと、シマエナガと戯れる爆豪君にギャップ的なときめきを感じてしまって、あんな顔になったんだと思う。ああいうのを顔面崩壊って言うんだろうな。

余談だが、数時間後にはあの緑谷君の顔のコラ画像がネット上で乱痴気騒ぎだった。やめてあげてくれ。
更に、翌日には検索ワードに「デク」って入れると「デク 変顔」がトップに出るようになった。オールマイトの顔真似してる画像も出てきて俺は無言になる。

まあ、その話は置いておき、現在に戻る。

再び番組が映った頃にはエンディングが流れ、ショートが作り出した氷の岩を烈怒頼雄斗が持ち上げて緑谷君の頭の上に掲げていた。それをショートが炎で溶かし、ザバァと緑谷君をずぶ濡れにする。髪を洗ってあげたんだろうけど、大雑把すぎやしないか……。

エンディングの音楽でヒーロー達が何を喋っているのか聞こえないが、烈怒頼雄斗が少し離れた場所にいた爆豪君をこっちに来いよと手招く。二人で何か話したかと思えば、爆豪君は緑谷君に掌を向けた。爆発する。
烈怒頼雄斗が慌てて緑谷君に駆け寄ったけど、緑谷君は真っ黒になってた。とりあえず生きてる。
流れ的に烈怒頼雄斗が緑谷君を爆破で乾かしてあげたらとかそんなこと言ったんだろうと思う。で、爆豪君は大爆発を緑谷君に向けた。

表彰式はなく順位も有耶無耶のまま、番組は終了した。番組プレゼントに関してはホームページをご覧くださいだった。またか。



春のオールなんとか大運動会が終わって、一ヶ月が経った。

シマエナガも家に遊びに来ないし、和歩もアイドル活動が忙しくなってきたとかで全然会ってない。あの事件以来顔も合わせてないんだよな。プリンアラモード奢る約束も果たせてなかった。
ちょっと電話してみようかなとスマホを開いたら丁度、和歩から電話がかかってきた。

『もしもし。和歩?実は俺も電話しようと思ってたとこなんだー』
『そっ、そう!奇遇ね』
『なんか用事?』
『まあ、そんなとこ。前にやってたなるフェス、覚えてるわよね?』
『覚えてるよ。まだ続いてるらしいね』

鳴羽田区にある鳴羽田商店で週末に開催されるイベントがなるフェスだ。
俺が静岡に行って、和歩も静岡に来たから、その間は参加していなかった。東京に戻ってきてから和歩はまた地道にポップ☆ステップの活動を再開したわけだけど、なるフェスへの参加は久しぶり。
今はステージに立つ人達は殆ど知らない人ばかりになってしまったようだが、初期メンバーをゲストとして呼びたいとオファーがあったんだってさ。

『それでマネージャーをやってほしいの』
『あれ?マコトさんは?』
『打ち合わせの日とか本番の日は他の予定があるから来られないって。だからコーイチに頼んでるんじゃない』

ポップの売り出しはマコト先輩の仕事になっているから、彼女が全てプロデュースするものだと思っていたけど、先輩も忙しい人だからな。それなら、仕方ないか。俺が役に立てるなら、和歩の手伝いはしたいと思う。

『そっか。打ち合わせと本番の日って……あ、直接話した方がいっか。俺は仕事の調整さえ出来ればマネージャーやるのは構わないし、この間の約束がてらプリンアラモード食べに行こうよ。ちゃんと奢るからさ』
『……覚えてたんだ』
『へ?そりゃ覚えてるよ』

俺はスイーツ店には明るくないから和歩に行きたい店を訊いて、彼女の意見のままに場所を決めた。

週末になり、和歩が指定したなんだかお洒落なカフェ前に俺は立っていた。和歩遅いなぁと思っていた俺の背中にトンと何かがぶつかった。
なんだ?と振り返れば、頭一つ分下にキャスケット帽が見えた。

「普通に声掛けてよ」
「別にいいでしょ!」

丸眼鏡を掛けている和歩はパッと見、大人しい格好だからポップ☆ステップの時とは印象ががらりと変わるが、中身はそのまんまだ。

彼女の服装は衣装みたいな露出がなく、所謂あれだ、えっとぉ、あれ……山じゃなくて……あ、思い出した!森!うん、森ガールとかそう呼ばれる服なんだと思う。俺的に悪くないと思ってるんだけど、前に褒め間違えたっぽくて和歩の機嫌を悪くさせたから、今日の感想は伏せておく。

カフェは口コミで広がった最近話題の人気店とのことで夕方に来たのだが、数人ほど列が出来ていた。待ち時間三十分なら待てないこともないし、和歩と一緒に並ぶ。
すぐに俺達の後ろにもう一人並んだ。背の高さから男だと判り、男一人では入るのに勇気がいる店なのに珍しいなと思い、チラ見したら知ってる人だった。

「あ」
「ん?ああ、アンタか」

俺が声を出してしまったから、その人、イレイザーヘッドが俺を視界に入れた。
挨拶しておこうと、俺は頭を下げる。

「お久し振りです」
「どうも」
「今日はお一人で?」
「この間の事件のことで呼び出されたんでね。今から雄英に戻る。その前にアップルパイでも土産に買っていこうと思っただけだ」
「あー。成る程」

お茶をするのではなく、アップルパイを買いに来ただけと知り、俺は納得する。男一人でお茶するにはこのカフェはファンシーすぎてハードルが高いし。
しかし、イレイザーヘッドの口調がこの間の時より砕けたものになっていて、俺はあれれと首を傾げる。

「……俺もクロウラーに伝えることがある」
「!?!?」

バレてるー!!
いや、この場合思い出されてしまったが正しいのか。むむ、忘れたままでいてほしかった。かなり気不味いぞ。

「あのぉ、俺のこと、覚えてたんスか?」
「ちょっとばかし堀田兄弟のとこに顔出したんでね、そういえば居たなと」

堀田兄弟は鳴羽田区でリサイクルショップ『ほっぱーず』を経営しているバッタの個性を持った兄弟のことだ。顔も広い兄弟で、イレイザーヘッドが贔屓にしている情報屋だ。昔のことだけど、この間の事件で久しぶりに立ち寄った口振りだ。
堀田兄弟のところで思い出話にでも花を咲かせたのかなぁと、俺は思い出されてしまったなら仕方ないと諦めの境地に立つ。

「そっスか。それで、俺に伝えることって?」
「白い鳥を飼ってただろ」

白い鳥。シマエナガしか思い浮かばなかったが、何故、イレイザーヘッドがそのことを知っているのだろうか。

「シマエナガですか?ちょっと世話はしてましたけど、俺が飼ってたわけじゃないですよ」
「そうか。爆豪からクロウラーの鳥だと聞いたもんでね。でもまあ、聞いておけ」

シマエナガと俺の関係を爆豪君から聞いていたのか。
しかし。目を鋭くするイレイザーヘッドに俺も緊張してしまう。

「な、なんでしょう」
「個性持ちの動物ってことで、うちの校長が情を沸かせた。今は雄英で引き取ってる」
「そうだったんですか。いや、俺としても有り難いっスよ。会えなくなったのは寂しいけど、雄英なら安心だし」

個性持ってる動物は珍しいから、とある機関が捕獲すると色んな実験させられるとか何とか都市伝説を聞いたことがある。本当か嘘か判らないけど、本当だったらヤバそうだし。
その点、雄英高校は安全安心だ。あのマスコットキャラみたいな校長ならシマエナガのことを可愛がってくれそうな気が……食べたりはしないと、思う。
ぁ……ちょっと心配になってきた。

「どうかしたか?」
「あ!いや、なんでも……!」

俺はブンブン顔を横に振った。
訝しむ視線のイレイザーヘッドに俺は冷や汗を流した。

「と!ところで!爆豪君達は元気なんですか?この間の事件以来会ってなくて。春のオールなんとか大運動会って生放送番組は観たんですけど」
「ああ、あの番組か。あと、彼奴らだが、まあまあ元気だな。……アンタ、事件のあの時いたと思ったが、どこまで知ってる?」
「どこまで?え?」
「爆豪と緑谷のことだ」
「知ってるって……別に普通ですよ?」

普通と聞いてイレイザーヘッドはちょっと考え込んでた。
俺のことをざっと観察した上で再び尋ねてくる。

「一緒に住んでることは?」
「ああ、シェアハウスですよね」
「シェアハウス……」
「ほんと、鈍感なんだから」

会話に入っていなかった和歩が突然声を出して、俺は瞬いた。

「駄目よ、この人は。そのへん疎すぎだから」
「アンタは?」
「和歩はポップ☆ステップですよ」

イレイザーヘッドは吃驚した顔をして、懐から手帳とペンを取り出した。

「知り合いがファンなんで、サイン貰えますか?」
「え。……ま、まあ、いいけど」

和歩は戸惑いながらもイレイザーヘッドの手帳にサインした。初めて書くのか、ちょっと手が震えてた。

「知り合いの名前も書きます?」
「いや、アイツに自慢して嫌がらせしたいので宛名はいりません」

え!?
俺も和歩も豆鉄砲を食らった顔をした。

嫌がらせと言いつつも、和歩のサインをまじまじと興味深そうに見ているイレイザーヘッドに、俺と和歩は顔を見合わせて苦笑する。

「あの、つかぬ事をお聞きしますが、知り合いって誰ですか?」
「プレゼント・マイクだ」

腐れ縁ってやつだよと、イレイザーヘッドは肩を竦める。

「腐れ縁って、緑谷君と爆豪君みたいな感じですか?」
「いや、アイツらとは違うな。緑谷と爆豪の場合は拗れてるからな。雄英にいた頃よりはマシになったが、根本的なところはそうそう変わらないのか、爆豪は未だに拗らせている節がある」

俺はあれ?って思った。イレイザーヘッドが厳しく見ているのは緑谷君の方だと感じていたからだ。どちらかと言えば、爆豪君の意見を信用していたし、認めているふうに見受けられたのに。
今は爆豪君にやれやれって感じで話してる。

「イレイザーヘッドにとって、二人は問題児なんですね」
「そうだな。クラスの中でも一番やらかしてたよ。けど、仲が悪いくせにクラスが動くときは必ずあの二人の存在が大きく関わっていた。それは担任として面白く感じていたさ」

面倒そうに話していたイレイザーヘッドが穏やかに笑みを零す。子供を見守る大人の顔をしていて、俺は良い先生だなって思った。
親にとって子供はいつまでも子供であるように、教師にとって生徒はいつまでも生徒なんだよな。

その間に列は進んで、俺と和歩は奥のカフェスペースに座る。イレイザーヘッドは店員に汚なッと言われても気にせず、レジカウンターで期間限定ネコアレンジバージョンのアップルパイを買っていった。店を出る前に俺達に会釈したから、俺も和歩も頭をペコリと下げた。

和歩はプリンアラモードを注文し、俺はカフェオレを頼む。

「あ。和歩に聞きたいことがあるんだけど。白いチューリップの花言葉ってなんだっけ?」
「前に教えてあげたの忘れたわけね。失われた愛、よ。あとは許しを請うだとか純粋って意味があるけど」
「へぇ〜」

俺は感嘆しながら相づちを打つ。しかし、花言葉の意味が判ったところで、緑谷君が白いチューリップを天晴さんのお見舞いに持ってきた理由は判明しなかった。お見舞いの花にするにはちょっとズレてるよな。まあ、緑谷君らしいかもだけど。
ぼんやり考えている間に、注文したプリンアラモードとカフェオレが運ばれてきた。

「コーイチ、なんとも思ってないんだ」
「え。何?」

プリンをスプーンでつついている和歩がぽつりと洩らした声を俺は耳に拾う。
顔を上げれば、和歩は目を逸らしつつ、口をもごもごさせた。それから、意を決したように、椅子から腰を浮かして俺に顔を寄せた。

「デクさんが爆心地にキスしたの」

和歩は周りの客に聞こえないように声を潜めて、俺に疑問の目を向けてくる。
その質問、ソーガさんからもされたんだよね。みんな何でそのこと訊いてくるのやら。

「だって、あれは爆豪君の暴走を止めるためだろ?偏見なんてないよ」
「そういうこと訊いたんじゃないんだけど……まあ、いいわよ別に」

和歩は椅子に戻った。
さっきの話しはお終いとばかりに、プリンを生クリームと一緒に口に運んで和歩は幸せそうな顔で頬張る。

和歩が何を訊きたかったのか甚だ疑問は残ったままだけど、プリンアラモードがお気に召した様子にまあいっかと俺はカフェオレを飲み始めた。

カフェを出る前になるフェスの日程を教えてもらい、マネージャーをしてほしい日を和歩から聞いた俺はスマホに予定を入れていった。

カフェを出て和歩と道をわかれ、俺は一人でファミレスに入って夕飯を食べた。それから銭湯に寄って、住まいのペイントハウスに帰ってきた。俺は明日に備えて寝る。

しかし。日が昇る頃になり、異変があったのだ。

横になっていた俺は物音に顔をあげた。何か、家の屋根に当たったかな?
玄関に出た俺は夜空が青空に変わりつつある明るさの中、ペットボトルを見つけて拾いあげる。
ビルの屋上に中身の詰まったペットボトルなんて、どうやって落としたんだろう。変だなぁって、俺がペットボトルを見つめれば、目が合った。

え。

なんか生きたもの入ってる!?って俺は手元でペットボトルを振り乱してしまう。たぶん、それがいけなかったんだ。
中に入っていたものが外に出てきてしまった。

そいつはドロドロとした姿で、ヘドロのようだった。

「お前、良い個性持ってるな?逃げるにはちょうど良い隠れ蓑だ」

ヘドロ野郎はそう言って俺の全てを呑み込んだ。な!なんだこれ!?苦し、苦しい!!助けてくれ!誰か!苦しい!!息が、出来ない……。
大丈夫。苦しいのは最初だけだって、ヘドロ野郎は言うけど、そんなの信じられるか!

窮地に立たされる俺だったが、頭は少し冷静で、このヘドロ野郎に見覚えがある気がしていた。……そう……静岡で見たニュースだ。
オールマイトが倒したはずのヴィランで、その時襲われていたのが中学生の時の……。

「かっちゃん!」
「うるせェ!わーっとるわ!」

俺の手は力強い手に繋がれ、引っ張り上げられた。直後、俺の背中を大爆破が駆け抜けていった。
ヘドロ野郎ごと、俺の家であるペイントハウスを呑み込んで。

「「あ」」

俺を助けてくれた緑谷君と俺の声が被った。目の前にあった俺の家は丸焦げになってしまったのだ。

目を回しているヘドロヴィランは爆豪君が警察に引き渡し、その間、俺は緑谷君に謝られっぱなしだった。

ヘドロヴィランは数日前に収容所から脱獄して東京に潜伏していたらしい。爆豪君がパトロール中に出くわして会敵し、ペットボトルに捕獲したのだが、緑谷君とビルの上を移動しながら口論している最中に落としたそうだ。それが俺の家の屋根に当たって落ちてきた――というわけだった。

爆豪君はヘドロヴィランにかなり恨みがあるようで、いつも以上に苛立っていた。だからかな。俺と一度も目を合わせてくれなかった。

家は壊れてしまったが、俺は焦っていなかった。実は、明日引っ越すからだ。家の荷物は殆ど昨日のうちに業者に頼んで新居に運んでもらっている。
一日だけならカップ麺で凌げるからヤカンを一つと寝るための敷布団一式しか残していなかったんだ。財布とスマホは俺のポケットの中だし。あ、歯ブラシ……は、買い直せばいいか。そんな高いものじゃないし。

マコト先輩のお兄さんである塚内警部に前に引越しを勧められてから、不動産巡りをしていた俺は今の収入と貯金額から少し良い物件を選んだ。二十階建ての比較的新しいマンションで、セキュリティもしっかりしている。指紋認証で入るとかハイテクでテンションが上がるよな。

2LDKの部屋は一人住まいなら贅沢すぎる。実際、ちょっと高めで予定していた予算よりオーバーしてるんだけど、節約生活をすれば無理じゃない賃貸料だったんだよな。それに、一人住まいとは言っても、師匠や和歩も遊びに来るだろうから広い部屋が良かったし。
ザ・クロウラーの活動のためにも、三人で集まっても余裕のある空間が欲しかった。ここ最近、師匠には会っていないけど……そのうち来るだろう。メールで此処に引っ越したって伝えてあるし。和歩には昨日のカフェで直接言ってあるから、近いうちに招くつもりだ。
ま、俺ももう三十路過ぎだしさ。いつまでも落ちこぼれ生活なんかしないぞ!

エレベーターに乗り込み、俺の部屋がある階に降りる。部屋の鍵を取り出し、俺は中に入った。
一度、不動屋さんに連れてきてもらったので、この部屋に入るのは二度目だ。だけど、今日からここが俺の家になるんだと実感して新鮮な気持ちになる。

リビングに積まれた段ボールの山を崩す前に、俺はお隣さんに挨拶すべく、部屋を出る。
仕事先じゃないけど、同じ系列のコンビニが来る途中にあったので、新しい歯ブラシを買うついでに引っ越し蕎麦替わりのコンビニ蕎麦を購入した。お隣さんが何人住まいか判らないから、一家族いたとしても四人だろうから蕎麦は四つ。余る感じなら俺が食べればいいし、お隣さんが一人暮らしだったら、和歩達に分ければいいと思って。

同じ階には二部屋しかないのは、マンションの下見の時に確認済み。
俺はエレベーター前を挟んだ向こうの部屋へと足を進める。

時間は昼時。今日は平日だから留守の可能性もあるけど、俺はインターホンを押した。
待ってみたが、誰かが出てくる気配はなかった。やっぱ留守かな。とりあえず、もう一度鳴らしても駄目なら夕方以降に出直そう。俺はインターホンをもう一度押した。

ガチャリ。

玄関を開ける音がして俺は背筋を伸ばす。初対面で悪印象はいただけない。好印象を持ってもらえるように俺は笑顔で。

「隣に引っ越してきた灰廻で……」

俺は固まった。玄関を開けた相手も固まってる。
先に我を取り戻したのは俺じゃなく。

「……ナード顔」

爆豪君だった。

「かっちゃん?誰だっ、た……灰廻さん?」

次に顔を出したのは緑谷君だった。

二人とも、ラフな私服だ。部屋着かな。身体にピッタリじゃなく、ゆったりめのシャツを着ていた。
って、観察してる場合じゃない。俺はコンビニ袋から蕎麦を二つ出した。

「あ。これ、ご挨拶の蕎麦です」
「とろろ……」
「…………」

コンビニのとろろ蕎麦を二人は受け取ってくれたが、気不味い顔になってた。とろろ苦手だったかな?
俺が不安な顔をしてるって気付いた緑谷君が「とろろ大好きです!かっちゃんも好きです!」と言い出し、「黙ってろォ!」と爆豪君が緑谷君をぶん殴った。

ご覧の通り。
俺は、爆豪君と緑谷君のお隣さんになったのだった。





























◆後書き◆

最終回となりました。
最後までお付き合いくださいまして、有り難う御座います!

連載にしようと思った時点で考えていた通りの最後が書けて完走した感。灰廻さんが勝デクの隣に引っ越してくるのがゴールでした(そのため、毎回最後の締めだった灰廻さんと天晴さん(もしくは飯田君)のシーンを今回は最初に持ってきました)。
かっちゃんは事務所所属だから給料+出来高が月ごとの収入で、出久君はフリーなのでまちまち収入。と考えると家賃十万ぐらいかなとか謎の計算してます(それから灰廻さんがこれくらいの家賃だったら払えるかな?と思って都内2LDK)。
二人の収入合算したらもっと良いとこ住めるけど、お互いのサイドキックになる将来のこと考慮して貯金してる感じで。あと親にも仕送りしてそう二人とも。

轟君に続いて、切島君登場。切島君はファットガム事務所所属で。
大運動会にナックル師匠とシマエナガの乱入で最後の伏線回収も完了。
出久君はかっちゃん関係でテレビではっきり顔出しし始めているものの、だいぶレア扱い。ヒーロー活動してる時はフルマスクだしで、外歩いてても今まで通りデクだと気付かれない。認知度は上がっているので、SNSでは騒がれる感じ感じ。

相澤先生やかっちゃん視点も書きたいなと思っているので、また何か書いているやもしれませんが、灰廻さん視点の本軸シリーズはこれにて完結です。
改めまして、最後まで有り難う御座いました!





更新日:2018/09/25
書き直し更新日:2018/12/01








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