◆Alumni+Association+A'◆










「なあ。今日ってさ、カツキ来るのか?」
「どーだかな。幹事の奴が連絡はしたって言ってたけど」

折寺中学卒業生の二人は同窓会の会場になっている店に向かう足で、共通の友人である同級生の話をしていた。

「ヒーロー業って多忙だろ」
「それ以前に、カツキの性格からして同窓会に来る柄でもないってのがねー」
「言えてる」

煙草をふかしていた方が笑って同調する。
短くなった煙草を携帯灰皿に仕舞う一部始終までを見ていたロン毛の方が、彼の手元を指差した。

「マナー守ってんだか、守ってないんだか」
「いいだろ、別に。大通りじゃないんだし、歩きタバコくらい」
「カツキは怒ったよなー」
「自由に吸わせろっての」

そう文句を垂らしつつも、他人の迷惑にならないように気を付けてしまうのは、同級生の存在が大きい。

明るい髪色のロン毛の彼は話題に上っている同級生、爆豪勝己とは住んでいる町が一緒だったこともあり、幼稚園児の頃からよく遊び仲間だった。
もう片方の、黒髪を短く刈って癖毛を目立たなくしている彼も同じ地域に住んでいるが、勝己やロン毛の彼とは小学生の時に放課後たまに一緒に遊ぶ程度だった。中学の時にそれなりの切っ掛けがあって、よく行動を共にするようになっていった。

三人での馴れ初めを思い出していた彼は、携帯灰皿を手に握りしめたままだったと、ジャケットのポケットに突っ込んだ。
中学に上がってすぐ、煙草を吸っているのが不良の上級生に見つかって、一年のくせに生意気だと突っかかられた。それを、たまたま通りすがった勝己に救われたのだ。彼の言い分では、態度の大きい上級生が気に食わないからといった理由だったが、それでも黒髪の彼からしたら恩人には変わりなかった。

しかし。

「カツキがヒーローになるとは思わなかったんだよな」
「何言ってんだよ。中学の時はみんなヒーロー志望だったじゃん」
「でも、ヒーローらしいかって言われたら、そうでもないだろ?」
「まあ、俺ら不良だったしな。けど、カツキは凡人の俺達とは違ったし」
「それだよ。カツキはヒーローよりもっとデカいこと仕出かすんじゃないかと思ってたわけ。ヒーローってありきたりな職じゃなくて、新しい事業を立ち上げてその頂点に君臨するみたいな」
「お前、それマジで言ってんの?」

ロン毛の彼に引かれて、黒髪の彼は口籠ってしまった。
空気に居た堪れず、吸ったばかりにも拘らず、もう一本煙草を取り出した。

「てか、俺にも一本くれよ」
「毎回俺からもらってんなよ」

中学の時から変わったのは腰まで伸びた髪だけだなと、黒髪の彼はロン毛の方に取りやすいように煙草の箱を向こうに寄せた。そうせずとも、ロン毛の彼は個性で指を伸ばすことが出来るため、あまり必要のない気遣いだ。

「いーじゃん。お前のセレクト外れないし」
「……褒め言葉だと思っとく」

ボソボソ言いながら煙草の箱をポケットにしまう黒髪を横目にロン毛の彼は苦笑を洩らした。黒髪の彼が選ぶ煙草の銘柄は自分が吸っても旨いと感じるものばかりだ。そこは兼ねてより趣味が良いと評価している部分だった。

高校も一緒の学校に行き、就職先は違えど、たまの休日には飲みに誘い合う付き合いが今も続いている。
同窓会だからと二人並んで同じ場所に向かっているのも、新鮮味がないくらいだ。逆に言えば、いつも通りで気安く、お互いに落ち着くといったところだった。

たわいない日常会話をしているうちに同窓会の会場となっている居酒屋に辿り着いた。わりと路地の奥の方に店を構えるその居酒屋は、とても庶民的で田舎育ちには馴染み深い趣があった。
幹事は判っていると、二人して顔を見合わせた。

静岡あたりの片田舎出身の同級生達は半数以上が東京に移り住んでいた。卒業してから十年ほど経っているのだから、それぞれライフスタイルはあの頃とは違っている。
そんな中、黒髪とロン毛の彼は未だに地元に在住だ。今日ははるばる東京まで新幹線でやって来た。駅に下りてから徒歩十五分。

迷わずに来られたことに安堵し、二人は居酒屋の戸を開いた。
適度に騒ぐ声は耳障りではなく、程よい背景音楽として空間に溶け込んでいた。耳を澄ませば、聞き知った声ばかりだからかもしれない。

店内のカウンター席の一番奥。そこから手を挙げているのが幹事を務める同級生だ。
彼は個性で首を伸ばすことが出来る。中学時代、彼は文化祭での出し物でお化け屋敷をやったとき、ろくろっ首役を担っていた。彼以上の適任者はいなかったこともあり、あの日以来、彼は顔が広い存在となり、同窓会の幹事を買って出てくれた。

「よお!会費先払いな!」
「はいはい」
「分かってるって」

千円札を五枚それぞれ財布から取り出して、二人は幹事に同窓会費を支払おうとしたが止められた。
皆が千円札で出すものだから数えるのが面倒らしく、持っているなら五千円札か一万円札で払ってほしいそうだ。
黒髪の方が一万円札を幹事に渡し、ロン毛の彼から五千円を受け取って収まった。

「オッケー。お前らは地元からだったよな。最後までいるなら、余分になった分は交通費で戻すから」
「お。マジ?」
「マジマジ。ただし、ここの支払いが会費オーバーしたら無しだけど」
「オーバーしたらプラスで会費取んの?」
「いや、俺のポケットマネー」
「太っ腹じゃん!」
「地方から東京までわざわざ来てもらってる奴らには悪いからな」

半数は東京だが、大阪に越した者もいれば、静岡から近いという理由で名古屋に移り住んだ者もいる。交通の便を考えれば、東京に来やすい地域に住んではいても、やはり新幹線代は大きい。中には宿泊する者もいるだろう。二十代半ばなら、働いた金銭を他に使いたいはずだ。
幹事はそれを考慮して、集まった会費が今日の飲食代より多ければ、余った分は地方から来た者に山分けする考えであった。

「日帰りの奴もいるし、九時あたりにお開きだ」
「あ。なら最後までいられる」
「泊まるかまだ悩んでて、宿も取ってないしな」

今、現在の時刻は夕方の六時だ。同窓会の開始は今からだが、他の皆は五時から集まっていた。

「じゃあ、最後まで飲んでけよ。九時以降も居座るなら、そっからは実費な」
「はいよ」

帰りの新幹線は切符をまだ買っていない。日帰りのつもりでいるが、深夜を回ってしまうようなら、カプセルホテルにでも泊まる算段だった。
二人とも職場から今日明日と有給を得ている。たまには、行き当たりばったりな日を過ごすのも悪くないと同窓会を理由に休みを謳歌する気で来ていた。

「空いてる席って……」
「二人並んで座るなら、俺の横だ」

幹事の横は四席空いていた。他は一人が座れるスペースがところどころにある程度で、襖が開け放たれている座敷は満席だ。

「お前、寂しいやつだな」
「言うなよ。みんな、これから来るやつが俺に会費渡しやすいように気を遣ってくれてんの」
「お前は昔から自分の都合が良いように解釈するよな。まあ、その方が楽だけど」
「寂しい君のために俺らが隣に座ってやるよ」
「はいはい、ありがとさん」

幹事の右隣にロン毛の彼が座り、そのまた右隣に黒髪の彼が座った。
ここは、店の入り口から見て、左側のカウンター席である。居酒屋の大将を真ん中にコの字の席になっており、コの字の縦線にあたる角席には女性が座っている。中学の時はおさげだったが、今はストレートに流していた。それに丸眼鏡を掛けていたはずだが、コンタクトをしているようで随分変わった。
面影は残っていたので、三年生の時、勝己の前の席に座っていた女子だなと黒髪の彼は思い出す。

「そういえばさ、さっきまで爆豪達の話してたんだけど。お前ら二人、仲良かったよな」

幹事から話し掛けられ、二人とも顔をあげたが目を丸くする。幹事だけでなく、他の同級生達も一斉に此方を振り向いたからだ。
二人の席の後ろにいる座敷に座っていた者達まで立ち上がっているほどだ。

「よく連んでたのは確かだけどな」
「ヒーローデビューしてからは連絡なんて取ってねーよ」
「ま。お前らに同窓会のこと電話で伝えたとき歯切れ悪かったもんな」

幹事以外は興味を薄れさせたようで、窮屈な視線は減った。

「俺達はお前がカツキにも同窓会の連絡したって聞いたけど」
「本人には繋がらなかったから、事務所にメール送った」
「うわー。カツキ絶対嫌がらせかなんかだと思うわ」
「あ。やっぱりか」

幹事は頭を掻きながら、しかしと続けた。

「緑谷とは連絡取れたから、直接来いよって言ってあるぜ」
「緑谷?」
「アイツもヒーローだろ?爆豪と現場一緒になることもあるんじゃないかと思って、会ったら誘っといてって言っといた」
「お前さ、緑谷のことパシリみたいに使ってやるなよ」
「そうだぜ。緑谷だってヒーローだろ?」
「ええ?お前らがそれ言う?散々、緑谷のこと馬鹿にしてた張本人のくせに」

図星を突かれて二人は押し黙った。
確かに無個性だの、落ちこぼれだの貶した言葉の数々を出久に向けてきた。しかし、個性が遅咲きした出久が雄英高校に合格し、全国中継された体育祭での必死な闘いぶりを見ては、もう貶す言葉なんて出てこない。現在の活躍も含めて認めている。

過去の振る舞いを二人は少し、悔いているのだ。馬鹿にして悪かったと、あれ以来ずっと思っている。

「……テレビの中継観てると、緑谷カッケェなって思っちまってる自分がいるんだよ」

黒髪の彼からの発言に、幹事は目を瞠った。けれど、そう思うのは同感だとも。

「俺だって思ってるよ。アイツ、中学の時はビビリで駄目駄目だったけど、強くなった気がする」

男として、そのへん羨ましいよなと幹事はにこやかに笑った。
聞き耳を立てていた周囲も深く、息をついていた。もう、かつてのクラスメイトは誰一人、出久を馬鹿にはしていないのだ。きっと、皆、過去の自分を苦く思っている。
それを肌で感じ取り、ロン毛の彼は高校一年生の時にあったことを口にした。

「そういやさ、高一の時にファミレスで雄英のやつに会ったんだよな。カツキのダチにしてはすごく良い奴で」
「キリシマ……だっけ」
「そうだっけ。俺、烈怒頼雄斗のほうで覚えてる」
「おお」

赤髪のあのサッパリした雰囲気を持つ彼もまたヒーローとして目覚ましい活躍を見せている。彼は今も勝己と交流があるのだろうかと、黒髪の彼は思い馳せた。

「カツキが席外してる間に緑谷の話になってさ。雄英体育祭の後だったから、緑谷凄かったって言ったけど、俺らアイツにまあ、酷いこと言ったりもしたし気不味い空気になったわけだよ」
「でもさ。キリシマが緑谷はそういう奴じゃないだろって、言ってくれたんだよな」
「そうそう。凄かったって本人に言えば、素直に受け取る奴だもんな」
「まあ、会う機会がなかったから言えてないけどな」

黒髪の彼は天井を見上げて行き場のない声を空気に散らした。

「でもカツキは変わってなかったよな。俺らが緑谷の話してるって気付いた瞬間に怒り狂ってさ」
「ホント、アイツに緑谷の話題は出しちゃ駄目だよな」

それなのに。と、二人は幹事に目配せした。

「な、なんだよ」
「カツキに緑谷を投げぶつけるようなことしてんなよって話」
「そうそう。カツキがブチギレるの目に見えててるし。次また同窓会開いても来ないぜ、絶対」

幹事は苦虫を噛み潰したような顔で憤懣を露わにする。

「だってよお、爆豪と接点ある奴つったら緑谷しか居なかったんだぜ。同じヒーロー職で、管轄も東京都内」

これ以上に適役がいるか?と幹事は開き直る。

「だからって緑谷は」
「こんにちはー……あ、こんばんはかな。いや、居酒屋ってやってる?って言うんだっけ。あれ、違ったかな。あ、ごめん。え。やってるはジジ臭い?そんなこと言わなくても……う、うん、入る」

黒髪の彼が言い掛けたところ、居酒屋の戸が少し開かれ、ブツブツと声が聞こえてきた。
聞き覚えがあると、店内がざわつく。

「お邪魔します」

一様に皆が一斉に振り返る先には、緑のモジャ髪があった。

「てめェ、早よ行けや。つっかえてんだよ」
「なら、かっちゃんが先に入れば良かったんじゃ」
「口答えすんな。騙したツケ払えよ」
「わ、分かってるって」

え、二人して来た。と、同級生達は静まり返る。

店の大将は空気が変わったことに首を傾げ、新しい客を見遣った。何処かで見たことがあるような顔な気もすると、板前達と顔を見合わせる。

「えと、幹事って」
「あ!俺!会費先払いで宜しく!」
「う、うん!」

出久が幹事の元に向かうが、肩をぶつけて勝己が追い越して幹事の前に立った。
財布から一万円札を取り出した勝己は幹事に渡した。そのまま席につこうとする勝己を幹事は慌てて呼び止める。

「ああっ、待った!一人五千円だから釣り返す!」
「コイツの分」
「え?」

自分の財布を取り出していた出久が疑問の声を出した。幹事や他の皆も疑問の目を勝己に向けている。

「かっちゃん、それは悪いっていうか」
「後でバっくれたらタダじゃおかねェって意味だ」

有り難く受け取りやがれと勝己は出久にガンを飛ばした。受け取った出久は小さく頷き返す。
勝己はさっさと席に腰を下ろし、拳で隣の席を叩いた。お前は此処に座れの合図だ。
出久は勝己が示した席の椅子を引くが、立ったまま勝己に目配せする。

「かっちゃんが此処に座ったほうが良くない?」

自分の右側にいる勝己に尋ねた出久は、左側にいる黒髪とロン毛の二人にも目配せした。
勝己は彼ら二人とは友人だ。そう言外に含めて言ったが、勝己は無言だった。

「……ご、ごめんね。隣が僕で」
「や、いいって。気にすんな」
「そうそう。カツキの機嫌は損ねさせないに限るし。つーかさ、緑谷、あれやってくれよ。来た!ってやつ」
「えええ!?恥ずかしいよッ!」

ロン毛の彼からのリクエストに出久は顔を真っ赤にしながら両手を拡げて前に振った。

「プロだから、やっぱそういうの禁止?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」

出久は俯いてしまうが、自分に向けられる期待の視線を多く感じ取って顔を上げた。横の二人も、幹事も、他の席に座っている皆も期待の眼差しだ。

「オールマイトもファンサービスは大事だって言ってたし」

皆の耳には聞こえないように小声で意気込む。ヒーローのファンサービスには特別な意味がある。相手に喜んでもらい、ヒーローが健在だと認識してもらうこと。そして、相手の笑顔がヒーローの勇気になる。

守る人々の顔をちゃんと見ろ。

出久は同級生達を一人一人見渡す。集中して深呼吸し、腕を構えた。

「僕が、来た!」

お刺身を皿に盛り付けていた大将がイカをまな板の上に落とした。
瞬間、ワッと場が盛り上がった。

「うおお!本物だ!」
「写メ!写メ!」
「うわっ、めっちゃ鳥肌たった!」
「いやあ!感動するわぁ」
「ねえねえ!私も写メ撮っていい?」
「狡い!私も撮らせて!」

途端に皆から一斉に話し掛けられて出久は慌てふためく。

「わ、えっ、あ、有り難う。あと、えと、写真はネットにアップ無しなら大丈夫で。それから、あと、うん。ありがと」

顔を真っ赤にして照れている出久を見上げていた勝己は舌打ちした。それから、同級生達の騒ぎぶりに眉間に皺を刻む。

「てめェら、うっせェんだよ!」
「てか、爆豪もやってくれよ。いつもの名乗り文句」
「そんなんねェわ」
「いやいや、あるだろ。お約束のやつが。ほら、やってみ」

出久の名乗りに拍手を送っていた一人が座敷から顔を出して勝己を煽った。
血管をブチ切れさせた勝己はカウンターのテーブルをドン!と叩き、角隣の席に座る元丸眼鏡の女子を愕かせた。他人の様子など意に反していない勝己は座敷をグン!と振り返る。

「ア!?ブッ殺すぞ!!」
「出たー!爆心地のブッ殺す!」
「生で聞けたぜ、ラッキー」
「中学の時にも聞いてっけどな」
「だよな。よく緑谷相手に、さ……」

最後の一人の発言により、皆の視線が出久に向く。
そろそろ席に、と座ろうとしていた出久は中途半端な姿勢で固まった。

「な、何?みんな」
「あー。まあ、座れよ。緑谷」
「……うん」

出久は左隣の黒髪の彼に促されて、ようやく椅子に座る。
先程の騒がしさが一瞬にして消えてしまっていることに、出久は冷や汗を流した。

「僕、何かしちゃったかな?」
「そうじゃなくてさ。どうなってんの?お前ら」
「お前らって……僕とかっちゃん?えと、何か変、かな」

うろうろと視線を彷徨わせる出久は中学の時と変わらない挙動不審さだ。
癖は変わっていないと感ずるが、出久と勝己の距離感が中学の時のそれではなかった。

「緑谷とカツキが隣に座ること自体珍しいじゃん」
「ああ。それは、雄英で三年間一緒のクラスだったし。出席番号順だと、僕とかっちゃんの『ば』と『み』の間に誰もいなくて。席が前後だったんだよ」

「席替えとかねーの?」
「うん。無かった」

そういうことかと、黒髪の彼は納得しかけるが、いまいち合致していない顔をした。出久も説明が足らないかもと、行事などで番号順に並ぶと隣になることも多かったと付け加える。

「それに、一年の期末試験でかっちゃんとペア組んだこともあるし」
「うわ、マジか」
「それでオールマイトに勝てとか吃驚するよね」
「ブッ」

ジョッキを掴み、聞き耳を立てながらビールを喉に流していた何人かが吹き出した。会話の中心にいた黒髪の彼も吹き出している。

「わっ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。自分ので拭く」

出久が自分の目の前に置かれたばかりのおしぼりで此方の溢れたビールを拭こうとしてくれたのを断り、黒髪の彼はくしゃくしゃになっている自分のおしぼりでテーブルを綺麗にした。
他のテーブルでも皆が同じく、おしぼりで吹き出したビールで汚れた場所を拭っていた。

「そ、それで、オールマイトに勝っちまったのか?」
「いや!そんなことないよ!?ハンデのあるオールマイトを食い止めるのが精一杯で。倒さなくても、ステージをゴール出来れば合格貰えたんだ」
「へぇ。でも、試験つっても、現役のオールマイトと闘うとか、雄英ってやっぱり凄いな」
「本当に凄かったよ!オールマイトは勿論だけど、同じクラスになった人達もみんな個性が凄くて!個性を伸ばして必殺技を編み出す授業もあったんだけど、常闇くんとか、えと、カラスみたいな感じの」
「体育祭で見た見た」

黒髪の彼が出久と会話を弾ませているのを耳で拾いながら、ロン毛の方は刺身の盛り合わせをいただいていた。
隣の幹事が美味そうに食べていたので自分も同じものを注文したわけだが、ワサビが多過ぎた。
ツンと鼻と目に来るのをビールでやり過ごし、不意に勝己を見遣った。ブッ殺すと言って以降、一言も喋っていないのだ。

態度はデカいし、口煩くもあるが、昔からワイワイ騒ぐ質ではなかった。だから、そこについての疑問はないのだが、出久が隣にいても物静かなのは珍しい。
苛立った顔ぐらいしているのではないかと思ったのだ。しかし、彼の予想は外れる。
視線はやや下にあり、伏せ目がち。そこに怒りはなく、凪いだ雰囲気だけが存在していた。

出久が隣にいるのを気にしていないのとは違う。出久が隣にいるのを許容しているように見えた。
有り得ない光景だ。

昔。齢四歳になる頃。周りの同年代がなんの個性が出ただのと自慢し合い、互いに教え合う中、幼稚園内でただ一人、個性が発現しなかった子供がいた。それが出久である。
出久が無個性と医師に診断されたことが広まり、勝己は鈍臭い出久を更に馬鹿にするようになった。
暫くは今まで通り、勝己も出久を遊び仲間として加えていたが、気が付いたらパタリとなくなった。

遊び仲間に出久がいなくなってから、勝己が出久に向ける態度は段々と険悪になっていったのをロン毛の彼はこの目で見ていた。
中学の時なんかが一番最悪な時期だったのではないだろうか。自分も出久を蔑んでいたわけだが、出久は学力の面では上位に入る方だった。だから、出久より成績の良い勝己ほど下に見ていなかったのだ。
だから、出久も好き好んで勝己と同じ高校に行くこともないのにと思ったくらいだ。

荒んでいた二人の仲を知っているだけに、今の勝己があの勝己と同一人物なのか疑わしくなる。
ロン毛の彼は焼酎を頼み、お猪口を二つ持って席を離れた。

「カツキ〜、飲んでるか〜」
「……酔ってんだろ、近寄んな」
「冷たいねぇ。お前も一杯どうだ?」

焼酎の瓶をちらつかせられ、勝己はラベルの文字を読む。飲んだことのない銘柄だと逡巡した。

「飲む」
「そうこなくっちゃ!」

小さなお猪口に並々と焼酎を注ぎ、ロン毛の彼は勝己にそれを手渡した。

一方で、出久は黒髪の彼と話を弾ませていた。
喋っているのは殆ど出久の方だが、彼は興味のある話題、つまり、ヒーローの話になると無我夢中で話し出してしまう節が昔からあった。だから、勝己の異変に気がつかないまま、ずっと話し込んでいる。

「そう!それで、エッジショットの影忍法で足元に気を取られていたヴィランをシンリンカムイがウルシ鎖牢で捕らえたんだよ!飛んで逃げようとしたヴィランはMt.レディが一瞬で捕らえちゃって、チームアップのために三人で組んでから検挙率も格段に上がってるんだあ!本当に凄くてさ!!」
「お、おう……」

黒髪の彼は出久の勢いに押され気味だった。隣に出久が座ってから、かれこれ一時間が経とうとしている。
出久がヒーローオタクであるのは、同級生達には知れ渡っているし、話し出すと止まらないことも周知の事実だ。だが、面と向かってマシンガントークされるのは初めてだったのだ。
友人として関わっていなかったから、出久と会話すること自体少なかった。

同級生の中で、出久は仲が一番悪い勝己と話していることが一番多かったのではないだろうか。大方が勝己の一方的な恐喝であったが……と、そこで黒髪の彼は出久の向こうに座る勝己がテーブルに突っ伏しているのを視界に入れた。

「カツキ?」

黒髪の彼に倣うように、出久は自分の隣を振り返る。

「かっちゃん?」

肩に手を添えて揺さぶった。
勝己は自ら動くことはなく、静かな寝息をたてるのみ。
出久はみるみる青褪める。

「ごめん。飲ませすぎたかも」

ロン毛の彼は酔いも相まってへらへら笑いながら、軽く謝罪する。

「緑谷、カツキって酒弱いのか?」
「弱いってわけじゃないんだけど。寝ちゃうと面倒臭いっていうか……取り敢えず、数時間は起きないよ」

はあああと頭を抱えながら溜息を長く吐き出す出久に黒髪の彼は少しばかり臆す。

「じゃ、じゃあ、帰りどうするんだ?」
「それは大丈夫。僕が連れてくよ」

その発言に、出久は勝己の住まいを知っていると確信した。しかし、家に送ると言わずに連れて行くと言葉にしたのは些か引っ掛かった。
そこについて尋ねようと黒髪の彼は口を開いたが、ロン毛の彼の質問が早かった。

「面倒臭いって何が?」
「あー……それが、僕、かっちゃんのこと騙してここに連れて来たんだ」
「「は?」」

黒髪とロン毛の二人に両側を挟まれたまま、出久は説明を続けた。

「同窓会行く気ないって言ってたから。普通に夜ご飯食べに行こうって誘って連れてきたんだけど、お店の前でバレて」

出久からご飯に誘われて素直に従う勝己は全く想像出来ず、文句ばかり言いながら渋々と出久と並んでいる勝己の姿を二人は思い浮かべた。
それから、店前には『折寺中学卒・同窓会のため本日貸切』の立て看板がしてあるのだから、勝己にバレるのは必然だ。この店前に来て怒る勝己までがワンセット、と言ったところか。

「お前らが二人で店に来た経緯は分かったけど、それが面倒臭いのか?」
「や、本題はここからで。かっちゃん帰ろうとしたから、必死に止めたんだよ、僕。まあ、最終的にかっちゃんの言うこと何でも一つ聞くってことでまとまったんだけど……」

出久は言い淀んだ後に頭を抱え直す。

「素面だったらかっちゃんもそこまで無理言わないけど、酔潰れると無茶なお願いしてくるから嫌なんだよなぁ」

言いながら出久はテーブルに顔を伏せてしまった。覗いている耳が赤いのは出久も飲酒をしていて酔っているからだと、黒髪の彼は自分に思い込ませた。

「なんだ?爆豪のやつ、寝ちまったのか?」

幹事が腰を上げて勝己の様子を見に来る。

「今からがお楽しみだってのに、勿体ねーなぁ」
「それは?」

幹事が手にしているものをロン毛の彼は指を伸ばして尋ねた。

「王様ゲームだ!」

コップに入れられた割り箸には番号が振ってある。これを使って定番の王様ゲームをしようというのが、幹事の思惑だ。

「でも、女子には悪いよな。爆豪いないと」
「いんや、爆豪はないでしょ」
「そうそう。うちらのこと、モブ共で一蹴する男はマジない」
「手厳しいね、女子は」

不満を洩らす声ばかりで、幹事は自分の当てが外れたことに肩を竦める。

「同年には人気ないよ、爆豪は。性格的に知ってるからさ」
「顔は良いから、性格までは知らない上級生や下級生にはモテてたっぽいけどねー」

本人が寝てるからって言いたい放題だなと、男達は一箇所に固まって怖い怖いと女の本性から目を逸らす。

「で。その王様ゲームの棒、明らかに人数分ないけど、どうすんの?」
「まあ、十人ずつグループごとにやればいいじゃん?一周する頃には良い時間になってるだろうし」

同窓会のお開きまで、一時間を切っていた。

「肝心のグループ分けだけど」
「私、緑谷と一緒のグループが良い!」
「え!?」

出久は自分が指名されたことに愕きの声をあげる。

「あ、私も!」
「私も緑谷と同じグループが良いんだけど」
「それなら、アタシも」

次から次に指名が入り、出久は忙しなく声がした方を向いては愕いている。

「緑谷モテ期だなぁ」
「な!なんで、僕!?」
「やー、中学の時はキモいって思ってたけど、最近アリかなって」
「顔は中の下……中の下の下なんだけどさあ」

この女、途中で言い直した!しかも悪い方に!と男達は怯え出す。だが。

「さっきも、みんな言ってたじゃん。ヒーローの緑谷は格好良いって思えるんだよね」

その言葉は本心からだった。そして、皆の言葉でもある。
出久は、同級生達にまで自分が認めてもらえていることが嬉しくて、はにかんだ。

「でも……。なんで僕は毎回、各グループに組み込まれてるの!?」

出久は王様ゲームの審判を務める幹事に疑問を投げかけた。王様ゲームは五グループ目に突入している。ここが終われば一周したことになる。

「しょうがないだろ?女子がみんな、お前をご指名なんだから。よ!色男!」
「ううぅ」
「てか、緑谷がなかなか当たらないから盛り上がりに欠けるんですけどー。王様の命令に当てられろよ!」
「僕のせい!?」
「じゃあ、みんな引けー」

幹事が持つコップを十人が取り囲み、割り箸を一斉に引いた。皆、箸の先端に書かれているものを確認する。文字か数字か。

「王様だーれだ!?」
「俺だ!」

幹事の掛け声に手を挙げたのはロン毛の彼だった。
すると、幹事が目配せしてきて、指で七の数字を表した。ロン毛の彼は一瞬で、出久が引いた番号だと理解する。
ここは流れ的に女子と出久が当たるようにしたら盛り上がる。幹事の仕込みに悪い奴だと思いながらも、ロン毛の彼もニヤリとしながら策に乗った。

「じゃあ、二番が七番に膝枕!」

王様の命令を聞き、出久は手を挙げた。

「七番、僕です」
「おおお!緑谷来たぞ!」
「二番は!?」
「……俺」

黒髪の彼が顔を俯かせたまま手を挙げた。

「「お前かよ!」」

ロン毛の彼と幹事が同時にツッコミを入れた。
三人も女子がグループ内にいるのだから、適当に言ってもイケると思っていたのに、外した。

男同士で膝枕とか罰ゲームじゃん。空気読めよ。散々だな、この王様ゲーム。と、文句ばかりが飛んできて、幹事はどいつもこいつも煩いぞとぐちぐち言い出す。

「でもまあ、王様の命令は絶対だからな。緑谷、早く膝枕してもらいに行けよ。さっさと終わらせて次のゲームしようぜ」
「う……うん……」

幹事に催促されて出久は立ち上がるが、なかなか黒髪の彼の方に行こうとしなかった。
目に見えて狼狽えている様子の出久に誰もが疑問の目を向ける。

「どうした?緑谷」
「便所行きたいなら行けよ」
「そうじゃなくて、お、怒られるかなー……って」
「は?怒られるって誰にだよ」

もしかして交際中の彼女でもいたのか?と憶測が出始めたが、出久の後ろに影が立った。
出久が気不味い顔で振り返れば、眼がすわっている勝己が立っていた。

誰かが「爆豪、おはよう」と言ったが、勝己はそれに反応せず、出久から視線を逸らさない。
勝己は出久に手を伸ばす。
皆、中学の時を思い出し、出久が勝己に殴り飛ばされると二次被害回避のために席を立ち始める。

しかし。

勝己が出久を抱き締めた。

「デク」
「かかかかかかかっちゃん!?」

突然、目の前で繰り広げられた抱擁に同級生達が固まる中、出久も別の意味で固まっていた。
皆への言い訳をぐるぐると考えるも、良い答えが出てこない。

だが、勝己から寝息が聞こえてきた。

「寝てる!!」

出久の大声に皆がビク!とした。

「爆豪寝ぼけてんのか?」
「ビックリしたわ。いきなり緑谷に抱きつくから何事かと」
「だよな。仲良しな爆豪と緑谷とか気持ち悪いし」

危機は回避出来たようだと、出久は内心ホッとする。しかし、顔の方は赤くなるばかりだ。
流石にこれ以上は、此処にいられない。

同窓会がお開きになるまで二十分ほど残っているが、お暇しようと出久は勝己を背負う。

「重……。ごめん、かっちゃん完全に寝ちゃってるから帰るよ」
「マジか。お前らくらいしか有名人いないのに」
「あはは。また、同窓会やるときは誘ってよ」

じゃあ。と、勝己を背負ったまま出久はそそくさと店を出て行った。

「俺らも帰るわ」
「え?」

黒髪の彼は疑問を呈するロン毛の彼の首を掴んで立ち上がった。

「もう少しいれば、一人二千円は確実に地元組に戻せるぜ?」
「いーよ。他の奴らにくれてやっから」

黒髪の彼はロン毛の彼を引き摺りながら店を出て行った。
幹事は何だったんだ?アイツら……と、皆を見渡した。全員、肩を竦めるだけだった。

ロン毛の彼は道路に出てキョロキョロと辺りを見回す黒髪の彼に首を傾げる。あともう少し居酒屋に居座れば、お金もちょっとだけ戻って来たのに。

「何探してんだ?」
「緑谷。カツキん家に泊めてもらおうぜ」
「あ。確かに興味ある」

金より断然そっちの方が面白そうだと、ロン毛の彼は黒髪の彼の提案に乗る。
頭ん中軽い奴で助かると、黒髪の彼は苦笑した。自分としては、引っ掛かりを解き明かしたい目的が第一だ。一人では心許ないから、ロン毛の彼まで巻き込んで連れてきてしまった。少しだけ後ろめたい思いもある。

「お!いた!」

黒髪の彼はタクシーに乗り込む出久と勝己を見つけた。

「そのタクシー待った!」
「え!?二人ともどうして!?」
「いいから、いいから。緑谷、奥詰めて」

ロン毛の彼は勝己と出久が座る後部座席に乗り込み、黒髪の彼は運転手の横に乗り込んだ。
出久が混乱して言葉を発せない間にタクシーのドアが閉まり、行き先は既に運転手に伝え済みであったために動き出してしまう。

一旦、赤信号で止まったところで、出久はロン毛の彼と黒髪の彼を交互に見遣る。

「えと、二人は駅まで?」
「いや。カツキん家に泊めてもらおうと思って。仕事は明日も休み取ってあるし」

ロン毛の彼からの返答に出久はギクリと固まった。勝己は未だに横で寝入っている。彼が断れば、二人が家に上がることはないはずだが、夢の住人中では頼ることも出来ない。
二人は勝己の家と思い込んでいるのだ。だから、自分が断れば変に思われる。

出久はどうしようもないままに、二人と共にマンション前でタクシーから降りた。

「二人とも大丈夫?」

出久は勝己の肩を左右から挟んで担いでいる二人に尋ねる。

「平気だって」
「でも、確かに重いな。緑谷、よく一人でカツキ背負えるよな」
「背負えるには背負えるけど、かっちゃん重いから一人だとずっと背負ってると辛いんだよね」

だから手伝ってもらえて助かったと、そんな会話をしながら、出久は玄関に設置してある指紋認証の機械を操作する。玄関扉がスライドして、四人を迎え入れるように開かれた。
エレベーターに乗り込み、八階で降りる。

「最上階じゃないんだな」
「カツキ、上のが好きそうなのに」
「事務所から言われてるんだって。若手のうちはあまり立地の良いとこ住むの禁止らしくてさ」
「へえ。ヒーロー事務所も色々ルールあるんだな」

出久は部屋の番号も確認せずに、自分のポケットから鍵を取り出した。
そこで、ロン毛の彼もようやく「あれ?」と思い始める。

部屋の玄関を開けて、電気のスイッチを入れる出久の動作は手慣れている。たたきで靴を脱いで上がる出久の背中に、黒髪の彼は数時間前から抱いている疑問を口にした。

「緑谷さ、カツキと住んでるのか?」
「ッ」

ギクッと固まった出久は冷や汗をだらだら流しながら、ゆっくりと振り返る。

「ど、どうして?」
「下の指紋認証ってやつ?あれ、お前の指紋で入れたし。部屋の鍵まで持ってたろ。それに、居酒屋でカツキが寝落ちした時、カツキを送るんじゃなく、連れてくって言い方してたのが気になった」

黒髪の彼が淡々と言葉を続けるのを、出久は口を固く閉じたまま聞いた。
ロン毛の彼は驚愕の顔で黒髪の彼に視線を向けている。

「……やっぱり、バレるよね」

出久はがくりと肩を落とし、黒髪の彼の言う通りだと認めた。

「そうだよ。かっちゃんと此処に住んでる」
「どうしてだ?中学の時からしたら、考えられないんだけど」
「それは……なり行きだよ。ここじゃなんだし。中に入って」

奥に行ってしまう出久に、二人は顔を見合わせる。寝ている勝己の靴を脱がせてから、自分達も靴を脱いだ。
勝己を抱え直した二人は出久の後を追い、リビングに足を踏み入れる。

「かっちゃん、ソファに寝かせてもらっていいかな?」
「はいよ」

ロン毛の彼が返事をし、二人は勝己をソファに座らせた。ゆっくりと勝己の頭は落ちていき、肘掛けに頭を預ける形になった。

「ごめんね、座布団ないんだ。適当に座ってて」

出久はそう言ってから、冷蔵庫を開けて缶ビールを三本取り出して持ってくる。
カーペットに足を崩して座っている二人の前に一本ずつ缶ビールを置き、自分の分もソファ前にあるテーブルに置いた。
二人と対面する位置。勝己が寝ているソファの下に出久は正座する。

畏まっている出久を前に、黒髪の彼は俺らは勝己の両親ではないのだが……と、変な顔を向けた。

「緑谷」
「はひ!」
「……足崩せって。お前ん家だろ」

緊張していた出久は黒髪の彼の言葉に瞬き、正座を崩した。体育座りする。
まあ、いいか。と、黒髪の彼はそれ以上、出久の体勢には何も言わなかった。

「それで。なり行きって?」

缶ビールのプルを開けて、黒髪の彼は質問した。

「うーん。言語化が難いんだけど……中学の時ほど、かっちゃんと仲違いしてないってか」
「ああ。それは居酒屋でも思った」
「なんだよ、お前ら雄英で仲直りでもしたのか?」

二人とも、出久と勝己の間にある雰囲気が中学とは何かが異なると感じていた。だから、出久の話に耳を傾ける。

「別に喧嘩とかを引き摺ってたわけじゃないから、仲直りも違うんだけど。まあ、雄英でのことは切っ掛けだった……かな。初めて、本音をぶつけ合ったから」
「カツキの本音か」
「俺らも聞いたことないかも。カツキって自分のこと語るタイプじゃなかったし」

勝己のイメージは二人と寸分違わないなと出久も頷く。けれど、自分は勝己の他の面も見てきた。

「ぶつけ合って分かったこと沢山あるんだ。僕なんかより、よっぽど悩んでたって知った。オールマイトの引退とか色々あった時期でさ、かっちゃん、ずっと一人で抱え込んでた」

出久は自分の膝を抱え込み、そこに顔を埋めた。

泣いてるか?と黒髪とロン毛の二人が顔を見合わせていると、動くものがあった。
ソファから、勝己が身を起こしたのだ。まだ目元はトロンと落ちていて、酔いは抜けていないように見えた。

ゆら……と、彼が手を伸ばす先は出久で、顔を伏せていた出久は触れられたことに大きな目を丸くさせた。咄嗟に顔を上げれば勝己が目前にいて更に愕く。

「かっ」
「なに泣いとんだ」

出久は勝己に抱き締められる。

「いずく」

耳元で囁かれ、出久はドキリとする。勝己が酔ってこうなるのは何度目かになるが、下の名前で呼ばれるのは慣れない。嫌で仕方がなかったのに、デクと呼ばれる方が良いと思う日が来ようとは考えてもいなかった。

嬉しくないわけではないけれど。と、出久が顔を逸らせば、その先には、来客である二人が口からビールを垂れ流していた。
ひいいいい!と、出久は顔を蒼白に染める。

「かっ、かっちゃん酔ってるんだよ!うん!普段はこんなんじゃないんだ!僕のこと名前で呼ぶとかあり得ないだろ!?ね!酔ってるんだよ!かっちゃん!!」
「うるせー」

腕の中でジタバタ暴れる出久に勝己は呂律が怪しい口調で悪態吐き、出久の頬を両手で挟む。

「んんんー!?」

強制的に口付けられ、出久は茫然自失となる。勝己は人目があることを認識していないようであり、酔っているのも相俟ってかなり力加減が出来ていない。彼を引き剥がすのは困難だ。個性を使うしかないと出久が思いついた瞬間、勝己から力が抜けた。

出久を解放した勝己の顔色は悪い。

「……気持ち悪ぃ」

出久と口付け合ったことではない。アルコールが頭に響いている。それを瞬時に理解した出久は慌てて立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってくる。

「かっちゃん、水」
「ん」

ペットボトルを受け取った勝己は一気に水を喉に流し込んだ。
空になったペットボトルを出久に放り投げ、リビングから出て行く。

「かっちゃん?」
「シャワー」
「あ、うん」

酔ってはいても、意外と足取りはしっかりしている。勝己は二日酔い知らずであるため、朝には酔い覚めしているだろう。シャワーから出てきた時が一番面倒臭いことになるのは、覚悟して置かなくてはならない。

「緑谷」
「!」

勝己の背中を見送ったままだった出久は、後ろから声を掛けられてペットボトルを握り潰してしまった。
おどおどと振り返れば、黒髪の彼が眉を顰めており、ロン毛の彼は口元を手で押さえながら青褪めた顔をしている。

出久は二人の前で正座した。そして、土下座する。

「見なかったことにしてください」

出久の頭を見遣った二人は互いに顔を見合わせる。ロン毛の彼からお前が行けと腕を叩かれ、黒髪の彼が溜息をつく。

「顔あげろよ」
「……」

出久は下げていた頭を戻し、顔をあげた。
黒髪の彼は頭を掻き、あのなと、言いあぐねる間を置く。

「なんで、そうなってんだ?」
「いや、その、なり行き、です」
「なり行きねぇ。でさ、どっちがタチでネコなんだよ」

うわ、直球じゃん……と、ロン毛の彼は後ろの方でドギマギし、出久に視線を固定した。
出久は頬を赤らめ、俯いていく。

「……君達の想像通りだと、思う」

これ以上は本当に勘弁してくれとばかりに出久は顔を両手で覆った。

「ま、いいや。なんか、疑問も吹っ切れたし」
「え。いいのか?」
「お前は何かあるわけ?」
「いやあ、まあ、ビックリ?くらいだけど」

黒髪とロン毛の二人のやり取りに出久は手を下げて顔を出す。

「とりあえず、今晩は泊めてくれよな」
「わ、分かった!」

出久は二人の寝床として、自分の部屋に通した。オールマイトグッズだらけのオタク部屋に引かれたが、それよりも、自分は勝己の部屋で寝ると宣言した瞬間の二人の顔は何とも言えなかった。

はああ。と、自室のドアの前で項垂れていれば、勝己がシャワーを終えて出てきた。

「デク、来い」

濡れた体躯にタオルを腰に巻いているだけの姿に、出久は目を逸らす。

「何でも言うこと聞くっつったよなァ?」

その場から動こうとしない出久に近寄り、勝己は彼の腕を掴む。
まだ力加減出来ていないなと、出久は少し眉を歪めた。中途半端に酔いが抜けている時が扱いに一番困るのだ。

「なあ」

勝己が甘えたような顔をするから。
ああ、受けとめなくちゃ。そう思ってしまう。

そうしたいと、思ってしまうんだ。



朝を迎え、勝己は隣で寝ている出久の頭を軽くど突いた。起きない間抜け面に眉間に皺を寄せて、ベッドから起き上がる。

洗面台で顔を洗ってから、リビングへと向かう。ソファ前のテーブルに、空の缶ビールが二本。プルすら開けていないのが一本。
何だこれは。勝己は首を傾げる。

缶を片付けながら逡巡し、ある可能性を見出した勝己は玄関まで行ってみる。見知らぬ靴が二足分。
誰か来ている。昨日は、出久に騙されて中学の同窓会に出席した。度数が高い酒をいくらか飲んだ。
酔っても、目が開いているときの記憶はある方だ。何を言ったかは半分ほど曖昧になるが、何を見ていたかはそれなりに鮮明である。
思い出してみれば、出久の顔ばかりで苛ついた。

それよりも、今の問題は別だと勝己は頭を切り替える。思考を前に戻し、玄関にある靴をもう一度見下ろす。中学の同窓会に参加していた誰かのものに違いないのだ。
あの二人だろうと、おおよその予測は付く。
まあいい。と、勝己はリビングの方に戻り、備え付けのキッチンに立ち、服の袖をまくった。

朝食を用意している最中に、リビングに顔を出す姿が二人。

「お。美味そうな匂い」
「よお。カツキ」
「おお」

ロン毛と黒髪の二人を一瞥した勝己は適当に返事をした。それから、料理をする手元に視線を戻す。

「そこで待ってろ」

背を向けたまま言われ、黒髪の彼は座っていいんだよな?とロン毛の彼と目で話し合い、静かにダイニングテーブルの席につく。
勝己が料理をしている姿は家庭科の授業で見たことはあるが、今現在、その背中を見ているのは二人とも落ち着かなかった。

昨夜のことも衝撃がまだ抜けていない中、起きて部屋を出たら、出久も同じタイミングで勝己の部屋から出てきたのだ。気不味かった。
二人は洗面台を先に使わせてもらい、出久はシャワーを浴びてくると入れ替わるように風呂場に籠もった。

目を不自然なほど彷徨わせていた出久の様子から、ある程度は想像が付く。
出久は嘘がつけないタイプだ。

「なあ、カツキ。タバコ吸っていいか?」
「やめろ。ヤニ臭ェだろが」
「へーい」

それに対し、勝己は嘘をつかない性格だ。
微妙な尺度の違いがある。

勝己からは不味ったといった感じの様子はない。

「食え」

勝己は朝食プレートを二人の前に出した。もう二つ、違う皿に盛った朝食を置き、勝己は腰を下ろした。

「俺らの分あるのね」
「いらねェなら食うな」
「食べるって。腹減ってるし」

ロン毛の彼はいただきますもせずに箸を手に取った。
黒髪の彼も目前に置かれた箸を手にする。絶妙な火加減で焼かれた厚切りハムを摘む前に、勝己へと目配せする。

彼も食べ始めているが、手の動きが遅い。ゆっくり食べている。ついで、勝己の横の席に視線を向ける。朝食だけ置かれた誰も座っていない席。
出久を待っているようにも見え、黒髪の彼は再び勝己を見遣った。

「んだよ。さっきからジロジロ見やがって」
「カツキってさ、緑谷のことそんなふうに見てたっけ?」
「お前、直球すぎない?」

黒髪の彼が核心に触れる発言をして、ロン毛の彼は少しギョッとする。昨夜も出久に直球だったが、怖いもの知らずなところは心臓に悪い。

「それがどうしたよ」

勝己もまた誤魔化そうとせず、ロン毛の彼は更にギョッとした。

「否定しないんだな」
「否定して、お前らはそれで納得すんのかよ」
「しないけどさ。カツキとしてはどうなんだよ。なんで緑谷なわけ?」

ピクリと眉を片方跳ね上げた勝己は、仏頂面をした後で舌打ちした。

「クソ。なり行きだ」
「緑谷と同じこと言うのな」

出久と同じだと指摘され、勝己は眉間に皺を大量に刻んだ。
うお……っ。と、二人とも身を引く。
勝己に出久の話は御法度なのは変わっていなかったようだ。

ギリギリと歯軋りまでさせる勝己を嗜めることも出来ず、二人は食事も喉を通らない状況にどうしたものかと互いに目を寄せる。

「かっちゃん、おはょうわ」

そこへ、シャワーを浴びて着替えてきた出久が顔を出す。勝己の険しい顔つきを視界に入れて、朝の挨拶を喰ってしまうほど怖気付く。
ビビりながらも、出久は迷わず勝己の隣に座った。

「いただきます!」

何事もなかったかのように両手を合わせて、勝己の横で朝食を頬張る出久は端から見ると異常に映る。しかし、そう感じているのは黒髪とロン毛の二人だけであって、当事者の二人は普通にしていた。勝己も顔つきを真顔に戻して、食事を再開している。

「てめェ、今日どうすんだ?」
「んー。午前中にはパトロールに出るつもりだよ」
「なら、昼に一回帰ってくる時に台所の洗剤買って来い。切れた」
「えぇー」
「なんか文句でもあんのか?あア?」
「前、僕が買ってきたら、これじゃない違うって散々怒鳴ったじゃないか」
「なら、同じヘマしねェだろ」
「無理だよ。全部同じに見えるんだから」
「お遣いぐらいガキでも出来んぞ」
「間違えても怒らないなら買ってくるけど」
「間違えんな」
「……分かったよ。買ってこればいいんだろ?」

勝己と出久の応酬を左、右、左、右と顔を動かしながら、黒髪とロン毛の彼らは目を瞬かせる。
本当にこの二人は一緒に住んでいるのだ。会話の内容が完全にそうだと物語っていた。
まだ信じられない気持ちが何処かにあったが、何よりもの証拠を見せ付けられて、疑う余地はなくなった。

「緑谷は今日、仕事なわけ?」
「うん。フリーでやってるから、別に休みでもいいんだけど、書類処理の関係で警察の方に呼ばれてるんだよ」

ヒーロー科を卒業し、ヒーローデビューすると何処かのヒーロー事務所にサイドキックとして所属するか、フリーランスで活動するかの二択がある。出久は後者なのだ。勝己の方は前者である。
フリーランスは自由業の面があるので、出勤に関しても自由。事務所に所属の場合は会社形式であるため、出勤日は決められた通りにしなければならない。

「そういうことね。で、カツキは?」
「休みだ。雨続きで溜まった洗濯物片す」

主夫かよ。とツッコミそうになった口をロン毛の彼は必死に閉じた。勝己の逆鱗に触れるのは恐ろしい。

「ご馳走さま」

出久は手を合わせて頭をさげ、食器を片付けた。それから、支度するために自室へと消える。

「てめェらもさっさと食っちまえよ」

勝己も食器を洗い場に置く。洗剤が切れてしまっているので、洗うのは昼過ぎになるが、水洗いだけしてしまう。自分の分と出久の分をやり終えたところで、ご馳走さまと言う声が二つ聞こえた。勝己はテーブルまで戻り、二人に出したプレート皿を片付ける。

「……カツキにおもてなしされてるってなんか変な感じだな」
「ハッ。これくらいしたるわ」

全て水洗いを終え、勝己はテーブルの席に再び腰を下ろした。

「お前らと会うのも久々だしな」

勝己はつまらなさそうに言葉にしたが、二人には充分な衝撃だった。
口がむず痒いほどに。

「なんか、俺、恥ずかしくなってきた」
「俺も。カツキもそんなこと言うなよ」
「ア?」

照れている二人の様子に勝己は眉をひそめるが、機嫌を悪くしたわけではなかった。
勝手に言ってろと、勝己はメモ紙を一枚とペンを手に取り、何やら書き始める。

「でもさ、カツキは同窓会来るつもりなかったんだろ?」
「騒ぐのは鬱陶しいだろが」
「あ、やっぱそれ?」
「緑谷に丸め込まれたんだっけ」
「その言い方やめろ。ムカつくっから」

手にしているペンを今にも折ってしまいそうな勝己に、二人は一度口を噤む。
ペンが走る音が止み、勝己は書き終えた。顔を上げて、静かな面持ちで二人を見遣った。

「デクから何を聞きやがった?」

眉間に皺のない顔で問われ、二人は少しばかり臆する。こんな顔の勝己は見たことがない。

「な、何って……」
「なあ……」

二人は互いに目配せし合い、お前が言えよと肘で押し付け合う。
ちっとも決着がつかない様子に、勝己は痺れを切らした。ブチッと音がして、二人は怒鳴り散らされるのを覚悟して固唾を呑む。
しかし。勝己は口を開かなかった。

顔つきは険しいが、憤怒に染まっていない。ただただ、睨み付けてくるのみ。
勝己が強面なのは慣れている。中学の時によく近くにいた二人には、そこまで怯える必要がある態度には見えなかった。

「てめェらが口割らねェなら、デクに吐かせるわ」

二人は心の中で「緑谷、ごめん」と謝った。
丁度のタイミングで支度を終えた出久がリビングに戻ってきた。

出久は黒髪とロン毛の二人が顔を合わせてくれないことに首を捻りつつ、そろそろ出ないと塚内警部と約束していた時間に間に合わないと玄関に向かう。

「行ってきます!」

大きなリュックを背負った出久がバタバタと忙しなく玄関に向かった背中を、勝己はゆっくり追い掛けた。

「おい」

赤い靴の靴紐を結んでいた出久は立ち上がり、勝己を振り返った。

「何?」
「持ってけ」

紙切れを受け取った出久は書かれている文字に目を走らせた。洗剤の名前と色や形の特徴まで事細かに書いてあった。買い出しのメモだ。

「それで間違えたら、ブッ飛ばす」
「……かっちゃん、人参とか豚肉とか増えてるんだけど」

洗剤の他にもあれこれと買い出し品が追加されて書かれていることに、出久は不満な顔を向ける。

「何でも言うこと聞くんだろ」
「それは昨日の夜で」

お願い聞いてあげただろ。と、出久は更に恨めしい顔で勝己に上目を向けた。
だが、勝己に効果はなく、鼻で一蹴された。

「アイツら二人を泊めるなんて聞いてねェ」
「う゛」

それを言われてしまうと、出久も強く出られなかった。

酔い潰れて寝ていた勝己も悪いのではないか。と口に出そうになるが、余計に勝己を怒らせるだけだ。それに、二人を家に上げるのを回避しようと努力したかと問われれば、否だ。
勝己の了承を得ていない時点で、自分の方が部が悪い。

「ごめん。ちゃんと間違えないように買ってくる」

その返事に満足した勝己は背を向ける。黒髪とロン毛の彼が玄関の方を覗き見しているのに眉間に皺を刻み、リビングに戻ろうとすれば。

「かっちゃん!」

急に呼ばれて振り返る。

「ッ」

出久に胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた勝己は身動きを忘れた。
いきなり、出久の方から唇を触れ合わせてきた。振り払うよりも先に出久がパッと手を離した。

「仕返し!」

ニッと笑っているが、どこか自信なさげに眉を下げている出久の顔は真っ赤だった。慣れないことをするから、こうなる。
出久は勝己が何か言う前に玄関から走って出て行った。

やり逃げされた勝己は両手からプスプスと煙りを出し、感情を抑えるように手を握り込む。

「カ、カツキ?」
「落ち着けよ」

一部始終を見ていた二人を勝己は吊り上がった目で振り返った。

「てめェらもさっさと出てけや!!」

怒りの形相を目にし、青褪める。
やはり。出久は勝己の起爆剤だと、二人は荷物を手繰り寄せて慌てて外へ出て行った。

入るのにはセキュリティが色々必要なようだが、出て行くのは簡単だった。勝己の元に戻らないといけなかったら、どうしようかと思ったが、不安は杞憂だった。
ケータイで地図アプリを確認しながら、二人は東京駅へと足を向ける。

「つーかさぁ。さっきのカツキの顔……」
「ちょっと見てらんなかったな」

ロン毛の彼に同意し、黒髪の彼は地図アプリを閉じた。
本当に何が起こったのだろうか。天変地異すら感じる愕きだ。

「てか。緑谷にさ、お前スゲェよって言ってないな、俺達」
「機会なんて、これから幾らでもあるだろ」
「それもそうか」

黒髪の彼は、煙草を一本取り出した。





























◆後書き◆

この後、かっちゃんとデク除いたグループLINEに「カツキと緑谷同棲してた」とロン毛が書き込んで通知が荒れます。

一度書いてみたかった折寺中学同窓会話。
黒髪くんとロン毛くんから見た勝デクってどんなもんでしょう、と。

かっちゃん酔い潰れると「いずく」呼びする設定。本人何言ったか覚えていないので毎回出久君が「かっちゃんんんんん」って悶えます。かっちゃんはずっと「デク」としか呼んでないと思い込んでるので、それも含めて面倒臭いことになっているという。

明確にかっちゃんの所属事務所書いてませんが、マージナルの設定と同じく(世界線は違うかも)ジーニアス事務所のつもりで書いてます。
後日、同級生の誰かから事務所のメールに「爆心地とデクって同棲してるんですか?」と届きます。荒れます。





更新日:2018/09/25








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