◇ 疑惑≠信用+MARGINAL 〜塚内真の場合〜 ◇










とあるヒーロー事務所の前で私はノックをした。室内からの返事を待たずに、勝手にドアを開ける。

「あ!姐さん!」
「お久しぶりっス!」

デスクに座る二人は学ランを着ているが、中学も高校も卒業している社会人だ。
バイザーサングラスを掛けているのが佐間津一目君。髭を生やしているのが浪丸十兵衛君。
二人共、風貌が中学生の時から変わっていない。

目からビームを出せる一目君と手から木刀を出せる十兵衛君の個性はサイドキック向きだが、彼らはヒーローでもなければヒーローの卵でもない。この事務所の事務員である。

「元気そうね。ボスは奥?」
「へい!所長室の方に」
「あ。でも、今電話中かもしれないっス。ついさっき、スマホが鳴って奥に行ったんで」

電話の相手は女性だと聞き、私は成程と二度頷く。

「分かったわ。そっちも任せて」

私はスマホを取り出して国際回線を通してアメリカにいる友人へコールを送る。三回コール後に相手と繋がり、私は笑顔で彼女に挨拶する。

「ハイ!パメラ!今ね、クリスの事務所にいるの」

パメラはうちのボスの奥様だ。アメリカ在住のパメラとは十年近く前にネットで知り合い、彼女のお願いで女癖の悪いボスのお目付役を私は担っている。私が報告したスキャンダルは訴訟の材料になるのだ。ちなみに私はパメラが得た慰謝料からお小遣いをいただいている。

「ええ。彼、新しい彼女と電話中みたいよ」

と言いながら私は奥の所長室を開いた。

「明後日ディナーをしよ、ぅわぉ!マコト!?もしかしてまたボクのワイフにっ。あ、いやこっちの話さ。またかけ直すよ、待ってて」

パメラの夫。そしてこの事務所の看板ヒーローであり、私のボス、キャプテン・セレブリティはスマホの通話を慌てて閉じた。予想通り新しい彼女と電話中だったようだ。

「オーケー、パメラ。証拠をまとめたらメールで送るわ」

私も通話を閉じて、懲りないボスに困った顔を見せる。

「モテるのは良いことですけど、気が多いのは感心しませんね」
「もう癖なんだ。見逃してくれないかい?」
「駄目です。男は一筋の方が格好良いですよ。パメラのこと愛しているんでしょ?」
「愛しているさ。けど、恋人だった頃みたいな甘いひとときはもう彼女とは味わえなくて、ボクだって悲しいし寂しいんだ」

困った人だ。パメラも別れた方が幸せではないかと思うが、夫は困った人だから放っておけないのだと彼女は笑っていた。夫婦って本当に不思議な関係だ。

「今日は仕事の話をしに来たので、今は不問にしますけど反省してくださいね」

言っても聞かない人だから効果はないが、今は肩を落としているからお灸は据えられていると思う。

「仕事ってこっちのかい?」
「ええ。探偵の方です」

此処はキャプテン・セレブリティのヒーロー事務所でもあり、探偵事務所でもある。ボスは探偵事務所の所長も務めているのだけれど、基本的にはお飾りで経営は私が回している。

「それじゃあ、俺達の出番か?」

爪牙君が応接用のソファに座っていた。友達の二人、燃君とラプト君も彼の向かい側に腰掛けている。この三人が探偵事務所の従業員だ。

「今回も宜しくね」
「パパラッチみたいなのは御免だぜ?」
「依頼内容はまだ分からないのよ、御免なさい。もう待ち合わせの時間は過ぎているんだけど」

その時、事務所の出入り口が開く音がした。噂をすれば何とやらだ。
私は所長室から顔を出して、依頼主を迎える。

「師匠!」
「すまん。遅れた」
「私も今来たところですから。此方にどうぞ」

所長室を潜ったナックル師匠を見て、爪牙君が「またアンタか」と呆れた顔をした。
ナックル師匠は数ヶ月前に爪牙君にある人物の身辺調査を依頼している。探偵事務所を通してではなく、個人的なちょっとした頼み事だったらしいから私は何も報告をもらっていない。

「ナックル師匠も座ってください。コーヒーで良いですか?」
「有難いが遠慮する。この後も予定があるんだ」
「あら、残念です」

私にとっては久し振りの再会だったから、仕事の依頼だけで世間話も出来ないのは本当に残念だった。ナックル師匠には奥様も娘さんもいるからアプローチは出来ないけれど、彼は私の理想の男性そのものだ。

「ボクは席を外した方が良いかい?」
「いや、アンタも居てくれ。もしかしたら、この中では一番情報通かもしれない」

ボスは瞬いていたけれど、ナックル師匠が所長机に置いた一枚の写真を見て「ああ、彼ね」と頷いた。
私もボスの後ろから写真を覗き込む。被写体の姿は遠いがこの緑のシルエットは……。

「デク?」

私の声を聞きつけた爪牙君もソファから立ち上がって、此方に来る。写真を覗き込むと眉を顰め、ナックル師匠を睨め付けた。

「おい、ジジイ。俺じゃ役不足だったってか?」
「そうじゃない。お前のお陰で俺の仮説が信憑性を増した。今日は決定的な証拠を掴むために、マコトさんに依頼を頼みたい」
「私にですか?」

突然の指名に私は驚く。私は経営者であって、探偵業を担ってはいなかったからだ。

「デクに嘘発見器を使ってほしい」

嘘発見器は私の個性だ。通称、ポリグラフ。相手と身体的接触、例えば手を繋いだりすることで発動する。私がした質問への答えが真実か嘘か、真偽を確かめることが出来る。

警察に向いている個性だと自分でも思っているけれど、両親にも兄にも勧められなかった。
警察官である兄の役に立ちたいと考えていた時期もあったが、今ではすっかり時の彼方だ。そのため、私は自由に生きている。探偵事務所の経営、ポップ☆ステップのプロデュース、その他エトセトラ。

そんな私だから、探偵業をして欲しいと頼まれれば不思議には思えど、拒否する理由はなかった。それに、なんといってもナックル師匠からのご指名。彼に頼まれるのは光栄なことだった。
体躯も男らしく大きく、タフネスな体力、そしてワイルドな出で立ちがとても格好良い。

新人ヒーローにナックル師匠を彷彿とさせる子がいて、実は気になっている。追っかけとまではいかないが、彼が表紙を飾っている雑誌は欠かさずチェックしていた。
彼の身辺調査を爪牙君達三人に頼んだ時はそこまで気にしていなかったけれど、ヒーローニュースに良く出てくるなぁと何度か見ているうちにナックル師匠との共通点を見つけてファンになってしまった。今となっては私が身辺調査したかったくらいだ。爆心地の。
あら。話が逸れたわね。
まあ、そんな風にも思っていたから、探偵をしてみたい気持ちは私自身あった。

「ご依頼承りました。けど、デクは事務所を持っていませんし、どうすれば?」

デクは事務所を持っていない。フリーのヒーローでも個人事務所を持っているのが普通だ。うちのボスのように。
しかし、デクは事務所を持たず、事件が起こらなければ現れない。神出鬼没のヒーロー。

事務所がないと警察に提出する書類作成が滞るのだと手続きに詳しい兄から聞いている。だから、そのあたりも含め、デクの居所は謎に包まれていた。

「その辺については」

ナックル師匠が爪牙君を見遣った。視線を受け取った爪牙君は頷いて、私の方に顔を向ける。

「そいつ。たまにだが、コーイチの家に顔出してるぜ」
「コーイチ君の家にデクが?」

私は驚きに瞬く。コーイチ君とデクの接点に見当がつかない。
そんな私の疑問に気付いて爪牙君が教えてくれた。

「アイツ、東京離れてた時あっただろ。その時働いてたコンビニとデクの実家が近かったらしい」

それで何度か顔を合わせていて知り合いになったという。そして、東京で再会したわけだ。

「へえ〜。そんなことがあったのね」

コーイチ君とはこの間、私がポップと今後の打ち合わせの為に一緒に歩いていた時にたまたますれ違った。少し世間話をしたけれど、デクの話は出なかったから、爪牙君が話す情報は初耳だ。

「コーイチ君の家を張り込んでいれば、いずれはって感じかしら」
「頻繁に出入りしてるわけじゃねーから、あんまり当てにならねぇぞ」
「そっか。そうよね。ボスはデクとコネクションがあるんですか?」
「ソーリー。現場で姿を見たことはあるけど、事件を解決したら彼はすぐ去ってしまうからね。話したこともないよ。素顔もはっきり見たことないんだ」
「ですよね。私もアメリカから帰国後すぐの、頭から流した血で半分真っ赤な顔のインパクトが強かったから。爆心地と不仲だって噂の発端になったアレは、遠目からの映像だったし。ニュースでも見掛けはするけど頻繁に映らないのよね。パッと見だと幼い顔立ちだなってくらいしか印象がないわ」

デクも活躍めざましいヒーローだから、チェックはしているのだけれど、彼個人の情報はなかなか流れてこないのだ。ネットに上がる画像もかなり解像度が悪かったり、遠くに映っている彼を拡大したものだったり、鮮明な画像は少ない。
爆心地みたいにバラエティに出てくれたらいいのに。実際、そういったファンの声は多いと聞く。

「メディア嫌いなのかしら?」
「いや。重度のヒーローオタクだから自分が出てると純粋に楽しめないからだってよ。コーイチが言ってたぜ」
「ええ!?そうなの!?てっきり、イレイザーヘッドみたいにマスコミ嫌いなんだと思ってた!」

ヒーローニュースは勿論のこと、ヒーロー特番や一週間密着取材とかも大好きで実家の母親に録画を頼んでいるほどだと更に爪牙君から新情報を聞く。まさに、ヒーローオタクだった。
その発想はなかったから、かなり鮮烈な驚きを得てしまう。
デクってオタクだったのね。

ポップのプロデュースをする傍ら、アイドルオタクと接する機会もある。だからオタクに偏見を持つほど忌避があるわけではなかった。アイドルとヒーローでは毛色が違うかもしれないが、オタクは総じて熱狂的だ。あの熱さは良いと思うから嫌いじゃない。

でも、デクがオタクなのは何だか意外だ。テレビで見掛ける分には、誰かを助けずにはいられないヒーローの中のヒーローという印象だったから。超パワーの個性持ちであり、あの平和の象徴と謳われたオールマイトの再来とも言われている。

「それで、師匠はデクの何を知りたいんですか?」
「無個性かどうかを知りたい」
「はあ?」
「What?」

ナックル師匠の発言に爪牙君とボスが首を傾げる。私も目を丸くする。

デクの個性はオールマイトに良く似た超パワーだ。オールマイトが現役当時、彼の個性は世界七不思議の一つに組み込まれており、デクの個性も七不思議に含むか一部の界隈で物議を醸していたりする。
だから、何処から無個性なんて言葉が出てきたのかサッパリ判らない。

「デクは師匠並みに強いですけど、あれは無個性ではないと思いますよ」

デクは個性を発動させる時、電流のような筋を発光させる。無個性ではあり得ない現象だ。
それは無個性であるナックル師匠が一番理解しているところだろう。

「確かめたいことがある」

ナックル師匠はそれ以上多くは語ってくれなかった。
断る理由もないから引き受けたが、まだデクの情報が足りなかった。せめて彼の顔写真が欲しい。できれば鮮明なものを希望したい。

「さっき言っていたデクの素顔だが、数枚手に入れた」

流石、ナックル師匠!私もボスもお手上げだったのに、用意周到だ。
ボスの机にヒーロースーツ姿ではないデクの写真が三枚追加された。どれも素顔だが、引っかかることが一つ。

「これ、高校生の時のじゃないですか?」
「雄英入学当時の生徒手帳用に撮られたもの、あとは一年の時の体育祭で撮られたやつだ」
「そうだとすると、五年近く前では……」

私が不安になってる横で爪牙君がまじまじと高校生のデクの写真を覗き込んだ。燃君とラプト君も興味があるみたいで此方にやってくる。

「変わってねーべ、コイツ」
「そのまんまだな。成長期来てないのか?」
「身長は多少伸びてるだろうけど、顔はそのまんまだから見間違うことないと思うぜ」

三人からのお墨付きに私は不安を取り除く。男の子は大人になると顔立ちが変わる子が多いから心配になったが、杞憂らしい。

「ナックル師匠はこれを何処で入手したんですか?雄英ってセキュリティが厳しいことで有名ですよね?」
「写真屋から譲ってもらった」

雄英が外に頼んだものだから手に入ったわけか。成程。そういったルートの使い道もあるのだと覚えておこう。

二年生以降がないのは、敵連合が発足して雄英をターゲットにした事件が相次いだことで更にセキュリティ強化や個人情報厳守など対策が取られたからだろう。

私は生徒手帳用に撮られたデクの写真を手に取って眺める。テレビで見たデクと重なる顔立ちだから確かに本人だ。そばかすがあったのは今初めて認識した。
後は、声も判ると良いのだけれど。

「あと、一年の時の体育祭の映像もある」
「わお!激レアじゃないですか!」

懐からDVDディスクを取り出したナックル師匠にナイス!と私は大喜びした。

「これは何処で?」
「コーイチの家から持って来た」
「勝手に持って来たなら泥棒だぞ、ジジイ」

爪牙君に対してナックル師匠はとぼけた顔をした。何故勝手に持って来たら泥棒扱いされなければいけないのかと、つくづく不思議そうに。本当にチャーミングな人だ。

「こんな時間か。俺は次の用事がある」
「分かりました。デクに会えるかどうか保証し兼ねますけど、私の個性で無個性かどうか真偽を問えばいいんですね?」
「ああ、頼む。他の手立ても考えてあるから、気負う必要はない。会えなくても依頼料は払うし、会えたら成功報酬も払う。これでどうだ?」
「会えなかった場合ナックル師匠の負担額が大きすぎますから、依頼料も成功報酬も格安にさせていただきます」
「良いのか?探偵の方は経営が厳しいと聞いたが」
「ボスのポケットマネーがありますし、私もお小遣い稼ぎしてますよ。ただ、格安にする代わりに他の手立てについてお聞きしたいところですけど」
「話の運びが上手いな。まあ、減るもんでもないし、いいだろう」

そう言ってナックル師匠はジャケットの左側を捲って裏ポケットを見せる。そこから顔を出したのは白くて赤い目の小鳥だ。

「わ!可愛い!」
「こいつが他の手立てだ。個性を持ってる」
「この子、個性があるんですか!?」

人が個性を持っているのは当たり前。師匠みたいに無個性の人間の方が割合が少ない。
しかし、人間以外の生き物は殆どが無個性。個性持ちの動物は珍しいのだ。

「持ってみろ」

ナックル師匠は小鳥をポケットから摘み出し、私の掌に乗せてくれた。
あ。目の色が変わった。

「黒くなりました」
「黒くなったんじゃなく、黒に戻ったんだ。個性のあるやつには反応しないが、無個性に触れると目が赤くなる」
「つまり、私の個性が嘘発見器なら、この子の個性は」
「無個性発見器ってところだな」

確かに、大人が対象ならその名称が相応しい。
けれど、四歳以下の子に小鳥を触れさせれば個性が発生したかどうかを見極める術にもなりそうだ。私はいつ自分の個性を初めて使ったのか、全く判らなかったのだ。四歳を過ぎてから病院に連れて行かれて医師から個性出てるよと言われてようやく自覚したタイプの人間だった。精神系の個性は目に見えるものではないから、気付きにくい。

「まあ、あとは無個性の人間に近寄ってくる。たまに自由に飛ばせると、だいたいコーイチのとこに遊びに行ってるみたいだ」
「え?でも、コーイチ君はちゃんと個性が」
「デクの匂いに誘われてってことか?」

爪牙君が口を挟み、私はナックル師匠がデクが無個性だと疑う要素に気付いた。この小鳥がナックル師匠の言う通り、無個性の人間に引き寄せられるなら、デクは無個性の可能性が出てくる。

「そういうことだ」

ナックル師匠は小鳥に手を差し出し、ちょこんと飛び乗ってきたその子の頭を指で撫でる。彼の手に飛び乗った瞬間に小鳥の目が赤になった。
小鳥をジャケットの裏ポケットに仕舞い、ナックル師匠は去っていった。

私は受け取った映像ディスクを隣室のヒーロー事務所に備え付けてあるDVDデッキに差し込む。テレビは此方の部屋にしかないからだ。

月に一つか二つしか依頼が来ない探偵事務所の資金はかなりギリギリ。探偵事務所の所長室には所長机と応接用のテーブルとソファだけと、必要最低限のものしか置いていない。

「こっちはマコト達の事務所じゃないのに」
「良いじゃないですか。私もボスの仕事手伝ってるんですから」
「それはそうだけど」
「ささ、ボスはご自分の玉座にどうぞ」

私はボスの背中を押して、特等席に座らせる。その時こっそりボスの胸ポケットから彼のスマホを引っこ抜いた。パメラとの約束なので少しお借りしますよ。
気付いていないボスは始まった雄英体育祭を眺めている。

「日本でもあるんだね、ヒーローの卵が競うやつ」
「アメリカは各州から優秀な生徒を千人一ヶ所に集めて二週間大々的にやりますよね」
「まあね、ボクも参加したから懐かしいよ」

日本とアメリカで体育祭のやり方に違いはあれど、これを切っ掛けにヒーロー事務所からスカウトが来たりするのは共通している。

「日本は学校ごとなのでアメリカほど大規模じゃないですけど、雄英は派手だって話題に上がるほどですから、見応えはあると思いますよ」

毎年観ている雄英体育祭だが、この時期は仕事が立て込んでいて観ていない。録画して観るタイプではないから、デク在学中の体育祭を観るのは初めてだ。

選手宣誓が始まった。

「ああ!そっか!」
「ワオ!?いきなりどうしたんだい?」
「爆心地!あれ、爆心地ですよ!デクと同級生だったんだ!?」

今より幼い顔立ちだが、色素の薄い髪色と肌、あの目付きは爆心地だった。デクが日本で活躍し出したのは爆心地のデビューよりも一年後だったから、彼は爆心地より一個下だと私は思い込んでいたのだ。
年齢を調べたときも、デクのが一つ下だったのだけれど、今調べ直したら生まれた年が一緒だった。爆心地が四月生まれで、デクが七月生まれ。確か、六月に調べた気がする。私は勘違いに勘違いを重ねていたようだ。不覚だわ。

高校生の爆心地にはしゃぐ私にボスは困惑していた。

「マコトは彼がお気に入りなんだね。ボクはちょっと苦手だよ、彼」
「春の大運動会良かったじゃないですか。面白かったですよ?」
「エンタメを楽しんでもらえたのは嬉しいけど、彼とはもう同じ番組に出たくないね。マスメディア系はマコトに一任してるから、考慮してくれると有難いよ」
「結構評判良いんですよ。あの運動会でのボスと爆心地の掛け合い」
「掛け合い……ボク、一方的に罵倒されただけなんだけど」

縮こまるボスをこれ以上不安にさせるのも忍びないし、本業のヒーローに支障が出てしまうのは私としても避けたい。残念だけれど、他の共演者に爆心地の名前があったらオファーは断りますと私はボスに誓うフリをした。ええ、フリだけ。

と、ボスと話し合っている間に高校生の爆心地が宣誓台に立ち、言った。

『せんせー、俺が一位になる』

横でボスが「うわ、ボーイの時からこれなのかい!?」とドン引きしている。爪牙君も珍しいことにボスの意見に賛同して頷き、「やっぱり爆心地は爆心地だな」とちょっと引き気味。

「でも、言い方とか今より子供っぽいわよね」

私がそう言えば、この場にいる男達はそうか?と一様に首を傾げた。うーん、これは女にしか分からない感覚かしら。見た目もそうだけど、精神的にも成長期って感じがするのは。

予選が始まり、トップを競うのは爆心地とエンデァーの息子であり今人気絶頂のショート。でも、終盤でデクが二人に追い付き、一番にゴールした。
さっきまで私達はあーだこーだと言い合いながら観ていたのだけれど、真ん中より後ろにいたデクが機転を利かせてトップに躍り出たのには愕きに目を瞠った。

しかし。デクの個性なら機転を利かせるまでもない。個性を使えば、難なくトップになれるはずなのに、個性を使わずにゴールした彼は擦り傷だらけになっていた。
それは騎馬戦後のトーナメント戦でショートとの対決時に個性を使いこなせていなかったからだと知ったけれど、それ以上にショートと向き合うデクの気迫が凄かった。

言葉を無くす場面は幾度とあった。その中でも、みんなが黙ってしまうのはデクの試合の時が一番多かったように思う。
デクには人を惹き付ける何かがあるように感じた。

私は学生時代に黎明期のヒーロー起源について調べていたことがある。ヴィジランテからヒーローになった者の共通点は人気であると見解を出し、教授からも太鼓判を押してもらった。
この分析には自信がある。
あるのだけど、世間一般ではデクの人気度はいまいち奮っていない。その原因はコマーシャルやバラエティーなどに一切出演していないからだ。
惹かれるものを持っているのに勿体ない話だ。

デクは負け、ショートが決勝戦に進んだ。対戦相手は爆心地で、新人の中でもトップクラスの人気を誇る二人が闘うなんて本当にお宝映像だ。
しかし、それほど白熱しなかった。ショートが力を出しきれていないのだ。デクとの対戦中、感情の揺れが見えていたから、それを引き摺っているのかも。

爆心地が勝ったけれど、当の爆心地はショートが全力でないと肌で直接感じていたようで、優勝したにも拘らず少し取り乱していた。男の子なら納得出来ないわよね、あれは。

表彰式での爆心地はこの前の運動会と同じように拘束具に覆われていた。

「ワオ……」

私もボスと同じように口を手で塞いだ。
あの拘束具の提供も雄英高校だったらしい。



私はナックル師匠に依頼されたけれど、コーイチ君の家を張ったりはしなかった。
爪牙君からあまり躍起になってしまうと逆に裏目に出るとアドバイスをもらったからだ。現場経験のない私は経験者の言葉に倣っている。

「あ!ポップ?この間言ってたもの、今からデータと一緒に持って行くわね。どこにいる?」

スマホを耳に当てて私はプロデュース中のポップ☆ステップと連絡を取った。

「あら。コーイチ君の家なの?此処から近いからすぐ行くわ」

私はスマホを閉じる。まさか、コーイチ君の家だったとは。
この時、私はナックル師匠からの依頼を忘れかけていた。ポップのプロデュースに頭をまわしていたのもあるけど、師匠の依頼を受けてから二ヶ月も経っていたから。

コーイチ君の家の目の前まで来て、私はポップに今着いたってメッセージを送る。送信してからスマホを仕舞った。

「こんばんは!ポップ!コーイチ君もいる?」

玄関の鍵が開いていたから、私は遠慮なくコーイチ君の家に上がり込んだ。
ポップとコーイチ君以外に二人お客様がいたけれど、私は気にせずにポップにライブ用の音源が入った小型機械を渡す。コーイチ君が興味を持って訊いてきたから、性能を簡単に説明した。

「有り難う、マコトさん。じゃ、行ってくる」
「練習はいい?」
「この日の為に毎日練習はして来たし、移動しながらでも歌えるから大丈夫!」

マルカネ百貨店の依頼を昔受けたときは毎日どうしようどうしようってあたふたしていた彼女とは思えないくらい、堂々としていた。
ほんの少し恋敵でもあるけれど、ポップの前向きな姿勢は応援したくなる。だから私もポップのプロデュースをやめられないのだ。

「ところで!」

ポップが外へ飛び出したのを皮切りに、私はコーイチ君のお客様らしい二人を振り返る。

「コーイチ君のおともだ……あら?貴方、どこかで見たことある顔!」

私は二人のうち、片方に凄く見覚えがあった。

「あ!爆心地!」

本物を生で見るのは初めてだった。
新人ヒーローの中で一番注目している爆心地が目の前にいることが信じられないけれど、本物だ。そっくりさんでも何でもなく、まごう事なき本人。

「ええ!どうしたのよ、コーイチ君!」

私は興奮のあまりコーイチ君の背中をバシバシ叩いてしまう。コーイチ君が痛そうな顔をしているのに、私は手を止められない。

「爆心地はコーイチ君とお友達なの!?」
「違ェ」

否定されたコーイチ君が落ち込む。あらら、悪いこと聞いちゃったかしら。

「ぼ、僕は友達だと思ってます!」

爆心地の横にいた子が手を挙げる。私は彼にも見覚えがあるような気がして瞬きする。

「貴方……」
「あ、僕は」
「ストップ!待って!当てるわ!」

私はじっと彼を見つめる。
緑のもさもさ髪にそばかす。パッと思い出せず、私は唸る。そして、思い出した。デクだって。

「……う〜ん、知ってるような気もするんだけどな〜」

だから、嘘をついた。
ナックル師匠からの依頼内容を思い出したからだ。

依頼されたからデクに気付いたって流れは不味い。どうにか、自然に思い出したフリをしなければと、私は考え込むポーズをとる。
それにしても。ナックル師匠が持ってきた写真のデクと瓜二つ。爪牙君達が言っていたように大人の骨格に届いていない顔立ちは高校生の時と変わらない。

まじまじとデクの顔を観察しながら、そうだ!と私は閃く。隣にいる爆心地をキーワードにすれば不自然に見えない筈だと。
私は爆心地の顔を見て、もう一度デクを見る。それを何度か繰り返して、分かった!って顔に出した。

「デクだ!」
「デクです!」

当たり!って空気を全身で表す。

「マコト先輩、何で気付いたんですか?」
「爆心地よ!テレビで二人が一緒に映ったとき、デクがすごい怯えてたの思い出したわ」

成程と頷くコーイチ君は騙せたみたい。これなら、デク達も騙せている筈。

それにしても。デクと爆心地がオフの時に一緒にいるなんて意外だった。騙すために口から出た言葉だったけれど、あれを見て二人は不仲だって私も認識していたのだ。
今もデクは怯え気味だけれど、爆心地に怯えている様子じゃない。むしろ、爆心地に助けを求めてるような感じ。

「どうして二人がコーイチ君の家にいるの?」
「いちゃ悪いんか」

ちょっと私は怖気付く。顔には出さないけれど。
だって、一目置いてる新人ヒーローにキツく当たられたら私だって傷付く。でも、それをひた隠しにした。

「悪くはないけど、どうしてかなって」
「モブに教える義理はねーな」

爆心地は荷物を手に持って玄関に向かった。

「行くぞ、デク」
「えっ、待って!」

待ってほしいのは私の方だった。
依頼を成功させるチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
コーイチ君に挨拶して去ろうとするデクの前に私は追い縋る。

「私、デクのファンなの。最後に握手だけお願い出来ないかしら?」

手を差し出せば、デクはお安い御用ですと笑顔で私の手を握り返してくれた。嘘発見器を発動させる準備をする。

「嬉しいわ。いつも活躍見てるの。ところで、デクは無個せ」
「うわっ!!」

私は吃驚する。突然、デクの手が離れたから。
状況を見れば、爆心地がデクを引っ張っていた。

「ッ」

爆心地に強く睨み付けられた私は息を呑む。
私が何かしようとしていたと、見破っている目だった。
そして何より、爆心地から睨まれたことが、個人的にショックだった。

バタン!と玄関の扉が閉じられる。爆心地とデクはこの場から去った。

「あああ〜、やっちゃったぁ!絶対あれ、私のこといけ好かない女だって思った目だわ!!」
「どうしたんですか!?マコト先輩?」

突然腰を落として落ち込む私をコーイチ君が心配してくれた。彼を騙すのは本意でもなかったし、私は本当は爆心地のファンなのだとカミングアウトした。デクに貴方のファンだって言ったのは、ナックル師匠から頼まれた件を遂行するためだったってことも吐き出す。

「でも、嫌われるのはイヤ。眼中に無いままが一番だったわ」
「あー、でも爆豪く……爆心地は人の顔一度では覚えないし、大丈夫だと思いますよ?」
「あら?そうなの?」
「今日も和歩のこと認識してるのか怪しかったですし」

泣きたい気分だったけれど、コーイチ君が良い情報をくれた。コーイチ君の情報が確かなら、私は爆心地の眼中に無いことになる。よし!大丈夫よ!

「良い情報有り難う!コーイチ君!」
「ど、どういたしまして」

本当にコーイチ君は頼りになる後輩だ。

「それで、師匠から何を頼まれたんですか?」

おっと。そこまで訊かれてしまうか。
デクが無個性なんじゃないかって言ったら、コーイチ君が混乱してしまう。それに、私も違うと思う。

今、思い出すのは、体育祭でのデクとショートの試合ではなかった。体育祭のトーナメント一回戦目の試合。洗脳の個性を持つ心操人使という生徒と対峙したデクだった。
きっと、私の個性も精神に作用するものだから、あの試合が印象に残ったのだろう。

「ああ……えっと。多分、間違いだろうし、大したことじゃないわ。気にしないで」

笑って弁解した私は、デクと握手した右手に視線を落とす。
傷だらけの、凸凹した感触が残っている。

「彼の右手は、本物だったから」

あの手に嘘はない。





























◆後書き◆

ヴィジランテのもう一人のヒロイン、マコトさん視点でした。
塚内警部に妹さんいて吃驚でした。そして美人。

飯田君視点を先にアップしましたが、時系列的には飯田君視点より前の話になります。セレブリティはこの後、警察署の会議でかっちゃんと再会。出久くんのことはヒーロースーツ着てなかったので最初認識してなかったけれど部外者がいるはずないしと徐々に思い出して「ああ」って気付いた塩梅。

ソーガさん達のお勤め先の探偵事務所もご開帳。
ボスはセレブリティでした。師匠だと捻りなさ過ぎるかと思ってセレブリティにしたんですが、彼の出番が思ったより多くなってしまいました。どんどん主張してくる。

シマエナガやその他もろもろの伏線回収も出来て、設定周りの土台完成です。このまま本筋の灰廻さん視点のラストスパートに向かいたいと思います。





更新日:2018/4/17








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