◇ 疑惑≠信用+MARGINAL 〜飯田天哉の場合〜 ◇










都内の警察署を見上げ、俺は冷汗を流す。爆豪くんと緑谷くんを見掛けた日が思い出されたからだ。
緑谷くんは判らないが、爆豪くんは今日、招集をかけられている筈だ。どんな顔をして会えば良いものか……。俺は眼鏡のズレを直す。

「飯田くん、中に入らないのかい?」
「マニュアルさん。お久しぶりです」

俺と同じようにビジネススーツを着込むノーマルヒーロー・マニュアルの姿に頭を下げる。高校時代に彼の元へ職場体験に赴いた俺は、マニュアルさんに頭が上がらないのだ。

「君はもう立派な同業者だよ。そんなに畏る必要はないさ」
「有り難う御座います」

マニュアルさんは俺の中の理想のヒーロー像そのものだ。多大な迷惑をかけてしまったが、彼の事務所に職場体験に行けたことは俺にとって僥倖だった。

マニュアルさんに声を掛けられるがままに、俺は警察署の中へ彼と共に入る。
エレベーターに乗り込んで目的の階で降りれば、『鳴羽田区突発性ヴィラン対策合同会議』と書かれた看板が立て掛けてある扉があった。その扉の前に、顔を合わせにくい人物がいて、俺の動きはギクシャクと固くなる。

「あ!飯田くん!」
「緑谷くんも呼ばれていたんだな」

出来るだけ平常心を意識して、俺は緑谷くんに挨拶した。

「う〜ん。呼ばれたって言うか、かっちゃんに引っ張られて来たんだけどね」

苦笑いする緑谷くんの口から爆豪くんの名前が出てきて俺は更に冷汗を流す。つまり、二人は一緒に此処に来たことになる。

「爆豪くんの姿が見えないが」
「今、中でベストジーニスト達と資料まとめしてるよ」
「そうか。緑谷くんは何故、外で待っているんだ?」
「あー、僕、手がこんなんだから、紙の資料一枚一枚取って束ねるのちょっと難しくて。使えないってかっちゃんに追い出されたんだ」

高校の時よりも歪になっている緑谷くんの手を見て納得した。
字は読める程度のものが書けているから、基本的に私生活に支障はないと本人から聞いている。しかし、慣れない作業は支障が出るようだ。包丁も上手く扱えないから自炊はせず、ホテル暮らしをしていると言っていた。

「不憫だな」
「自業自得だからね、しょうがないよ。料理はかっちゃんがしてくれてるから、助かってるし」
「緑谷くんはホテル暮らしじゃなかったか?」
「あ!また口が滑った!?」

慌てて自分の口を塞ぐ緑谷くんに俺は予想される可能性を見出した。

「今日も一緒に来たようだし、爆豪くんと暮らしているのか?」
「直球だね!」

緑谷くんはよく勢いで言葉を発することがある。変わらない彼の身振り手振りを見て、俺は当初感じていた戸惑いを小さくしていく。
いつも通りの緑谷くんに安心したのだ。

「出来れば、他の人達には内緒にしててもらえるかな?」
「それは構わないが」

俺は横のマニュアルさんに目配せした。
職場体験中にヒーロー殺しステインと会敵した俺を助けに緑谷くんは来てくれた。事件解決後、轟くんを含めた俺達三人は大人達からお灸を据えられた。その時に緑谷くんとマニュアルさんは面識しているから、知らない間柄というわけでもなかった。確か、お説教の後で緑谷くんはマニュアルさんからサインを貰っていた。

「ごめん。デクが誰かと一緒に住んでるって話の流れからは分かったんだけど、相手が見えなくて」
「あ。えっと、爆心地です」

俺が言っていいものではないだろう。だから、緑谷くんに視線をやれば、彼はマニュアルさんにも話が伝わるように相手のヒーローネームを口にした。

「ああ、ベストジーニストのとこのね。仲良いんだ?」
「ああっとぉ、そうでもないんですけどね……」

微妙な顔をする緑谷くんに少しばかり同情する。
同期からは二人が幼馴染であるのは周知の事実だが、世間からは不仲だと思われている。誰も否定しないのは、事実、仲が悪いからだ。
高校時代も一緒に行動しているところは見たことがない。唯一、謹慎中に寮の掃除をしていた時ぐらいだろうか。それを含め、自主的に揃って行動するなど以ての外で、授業や試験でペアを組まされなければ二人で力を合わせるなんてことも一切無かった。

「そうなのかい?まあ、人間関係は人それぞれだから俺も深くは聞かないよ」
「どうも有り難う御座います」
「爆心地と君が一緒に住んでることを口外しなければいいんだろう?」
「はい。すみませんが、お願いします」

頭を下げる緑谷くんの肩をマニュアルさんは気さくに叩いた。
マニュアルさんの普通の柔軟さは見習うべきものがある。普通の概念とは、時に難しい。人は自分を基準にしてしまい、普通の線引きを誤ってしまうからだ。マニュアルさんは普通そのもの。普通に正しい人であり、ヒーローに相応しい人だ。

三人で話していると、他のヒーローも集まり出して、その中には轟くんの姿もあった。

「飯田と緑谷も招集されたんだな」
「轟くんもだよね」
「いや、直接じゃない。親父の付き添いなんだ」

緑谷くんと話していた轟くんが後ろを振り返れば、エンデヴァーが黒いスーツ姿で佇んでいた。威圧感を感じているのは俺だけでなく、緑谷くんも緊張していた。

「今日は、宜しくお願いします」

それでも緑谷くんはエンデヴァーに会釈した。すれば、エンデヴァーは緑谷くんを見下ろして頷く。

「ああ。宜しく頼む」

扉を開けてエンデヴァーは室内に入っていった。轟くんも俺達に一言言って、父親に続いて室内に入る。

「エンデヴァーも変わったな」

マニュアルさんの声は柔らかく、とても印象的だった。

轟くん達に続いて、俺達も室内に足を踏み入れる。
四方に長机を繋ぎ、椅子一つにつき資料の冊子が置かれている。席に決まりはなく自由らしい。俺はマニュアルさんの隣に座り、緑谷くんが俺の隣の席から椅子を引く。

「デク」

向かい側の席に座っている爆豪くんが緑谷くんを呼び、親指で自分の席の隣を指した。お前の席はここだと言わんばかりの横暴な態度に俺は眉を顰める。

「緑谷くん、言いなりになる必要はないぞ」

椅子を戻して爆豪くんが指す席に移動しようとする緑谷くんを俺は引き止める。しかし、緑谷くんはかぶりを振った。

「後が怖いからいいよ。大丈夫」
「君が構わないのなら、強くは言わないが」

緑谷くんは爆豪くんの隣の席に行ってしまった。席に座ると爆豪くんを挟んだ二つ隣に座るベストジーニストに何か言われていたが、爆豪くんがベストジーニストを睨んで会話が途切れた様子だった。爆豪くんの態度に冷汗が止まらないが、サングラスをして口元をスカーフで覆っているベストジーニストは肩を震わせていた。笑っているようだ。

それにしても、爆豪くんのビジネススーツ姿は珍しい。ネクタイはせずに着崩しているから繁華街にいたらホストと間違えられそうだが、それでも普段の出で立ちと比べれば社会人らしく映る。
一方、緑谷君は私服でパーカーにジーンズとラフな格好だ。ビジネススーツ一式を持ち合わせていなかったのだろう。警察側主導の会議にも初めて出席するのか、緊張している様子だ。

席が全て埋まると、爆豪くんと緑谷くんに他のヒーロー達の視線が集中した。どうやら、同業者達の間でも爆心地とデクは不仲だと広まっているらしい。
そんな空気を悟ったマニュアルさんが小さな声で俺に耳打ちする。

「もしかして、あの二人が一緒に住んでるのは大事件だったりする?」
「同期の俺からすれば、そこまででは。ただ、世間では不仲だと思われているので」

緑谷くんが爆豪くんと一緒に住んでいるのを隠したいのは、二人の関係……によるものだと思う。俺が以前目撃してしまったのは、つまり、そういうことではないだろうか。

流石にマニュアルさんに緑谷くんと爆豪くんがキスしていただなんて口が裂けても言えない。むしろ、誰にも言えないことだ。俺だってまだ信じられず、我が目を疑っている。
今まで見てはいけないものを見たと俺は思っていたが、今日の緑谷くんはいつも通りであったし、そこまで気にする必要はないかもしれないと思い始めてはいるのだが……。

個人的に言えば、俺は最初戸惑った。つまり、偏見があるということだ。しかし、これは俺の基準だ。俺が普通だと思うことを普通と決めつけてはならないと、マニュアルさんを前にして肝に命じたばかり。
緑谷くんと爆豪くんの二人のことだ。第三者である俺が割って入っていいものではない。無論、緑谷くんが困っていたりするなら助けにはなりたい。

緑谷くんの様子を見る限り、困っている雰囲気はない。ただ、会議中にも拘らずいつも通りにブツブツと独り言を始めている。
警察の田沼さんが変な目で緑谷くんを見ており、他のヒーロー達も苛立たしげに煩い緑谷くんを見つめていた。

「いだ!」

俺が注意しようと立ち上がりかけた瞬間、爆豪くんが緑谷くんの頭に拳を叩きつけた。
頭を押さえながら緑谷くんは爆豪くんに文句を言おうとするが、無言の圧力に黙り込む。

「……すみません」

俺達に向かって緑谷くんが頭を下げる。爆豪くんは田沼さんに視線を向けて「続けてくれ」と一言。
中断してしまった会議が再開される。

今回の事件は十年前に問題になった突発性敵事件と多くの類似点があるそうだ。過去の事件にはマニュアルさんやエンデヴァーも関わっており、当時の事件について詳しく話してくれた。

「暴走化したのは自らの意志ではなかった者も含まれていましたね。世間には情報を流していませんが、警察側は何人かの加害者は被害者と認定していたかと」
「だが、いちいち敵の素性を検分する暇など現場にはない。今回も同様だろう。法的な正当性なく個性を用いる者、これをヴィランと認識し相応に対処する他ない」

二人の発言に田沼さんが重々しく頷く。

「ヒーローの皆さんには、今後も暴走化したヴィランの捕獲をお願い致します。しかし、今回の事件は百パーセント、加害者が被害者です。我々としては、市民の安全を優先したい」
「つまり、戦闘は避けろってことか?」
「捕獲を第一にするとなると必然的にそうなるな。しかし、一般市民に被害が出ている現状で加害者の身の安全を最優先するのは非現実的ではないでしょうか」

轟くんの疑問に俺は同意し、田沼さんに意見する。捕獲を優先しすぎれば、周囲の人々に怪我人が出る可能性がある。
薬による個性の暴走化は本人の意識で制御出来ない分、一般犯罪を犯すヴィランよりも凶暴だ。エンデヴァーが言ったように、法を犯している以上はヴィランとして対処すべき案件である。

「確かに、捕獲優先は困難でしょう。しかし、我々が個々の事務所に直接願い出ずに皆さんをこの場に招集したのは、協力し合えば可能だと判断したからです」
「高く評価されたものだ」
「過去の事件解決の功績があってこそです。貴方も貢献してくださった一人だ、ベストジーニスト」

過去の事件の詳細は手元の資料に記載されていた。
加害者に薬物のトリガーを譲渡していたのは首謀者の仲介人をしていた女子高生だった。しかし、この女子高生もまた首謀者側によって身体を操られていた被害者であった。記憶の混乱があり、事件解決後は病院に入院したとある。

首謀者は……。

「ご覧の資料にある通り、当時の首謀者は逮捕どころか身元さえ判明していません。今回の事件が類似している点から、同一人物もしくは模倣犯の線で捜査を進めています」
「何が解決だァ、未解決事件じゃねーか」

冊子を机に叩き付けながら爆豪くんが悪態をついた。態度は悪いが、爆豪くんの言葉は事実だ。事件は収まったが、首謀者を捕えられなかったのならば解決とは言えない。

「ホシの尻尾を掴めなかったのは我々の怠慢です。非を認めましょう。だからこそ、今回の事件は確実に解決したい」
「解決したいなら、加害者になってやがる暴走野郎共の法則性は目星付いてんだろうな?」
「それは現在調査中で」
「テメェら、資料に目ぇ通してんのか?見りゃ分かんだろーがよ」

俺は資料を捲り、加害者達の簡単な経歴と箇条書きされた被害に目を通す。次の加害者ほど周りへの被害が拡大しているようだ。つまり、段々凶暴化しているということだろう。

「事件が発生する度に被害が大きくなっているな」
「そこに気付いたんなら、暴走化した奴らの職業も見やがれ」

最初の加害者は本屋のアルバイト店員、次が旅行会社で働くOL、その次が柔道家。無作為にしか思えられなかったが、最後の二人は警備員と警察官だった。
法則性があるとすれば、ルールや規律がしっかりしている職業へとステップアップしている印象だ。

「正義感の強い奴を狙うようになってやがる。このまま行けば、ヒーローが加害者になるだろうな。被害も今まで以上になる」
「成程。敵の狙いは俺達ヒーローの信頼を市民から奪うことか」
「……そう単純ならまだやりようはあるけどな」
「他にあるのか?」

俺の疑問を受けて爆豪くんは隣の緑谷くんを見た。緑谷くんは「え、僕?」と自分自身を指差して首を傾げている。

「俺やクソ眼鏡の個性なら暴走しても身体が耐えられる。だが、クソデクの個性は暴走すれば内側から爆竹が爆ぜたみてぇに身体がバラバラだ」

何人かのヒーローから驚きの声が洩れている。俺も初耳だが、緑谷くんは当初自身の個性をコントロール出来ていなかった。それを鑑みれば、彼の個性が自身の身体に危険な影響を与える可能性は充分にあり得る話だ。

「デク、それは事実ですか?」

田沼さんから尋ねられ、緑谷くんは一瞬だけ戸惑いを見せる。しかし、次には意を決した様子で口を開いた。

「暴走した場合はどうなるか僕にも検討が付きませんが、個性の調整が出来ていなかった頃は身体を壊しまくっていたので、かっ……爆心地の予想通りになる可能性はあります。実際、今は五から十パーセントの力で制御していて。ギリギリ壊さずに出せるのは二十パーセントが限界です」

それ以上だと緑谷くんの身体に負荷が掛かるわけだ。

「二十パーセント以上出したことは?」
「学生の時に何度か。それで腕の方はずっと爆弾を抱えた状態です。死穢八斎會の治崎とやりあった時はエリちゃんの巻き戻しの個性のおかげで身体を壊し続けるのが可能だったので、百パーセント出せましたが……」
「彼女は一般市民だ。協力要請は出せない」
「勿論です。エリちゃんを危険に晒すのは僕も望んでいません」

意図的ではないが、緑谷くんが死穢八斎會の名を口にしたことで、田沼さんはその事件についても解説を始める。

「死穢八斎會の当時の現場に居合わせたのは、この中では学生インターンとして協力していたデクだけですね。事件について報道以上の情報を得ているのは……」

田沼さんが見渡す中で手を挙げたのはエンデヴァーとベストジーニストの二人だけ。

「分かりました。一通りご説明します。死穢八斎會の組長の血縁にあたる壊理さんは巻き戻しの個性をお持ちです。それ故に若頭の治崎廻によって悪用されていました。治崎の個性はオーバーホール、手で触れたものを分解し再構築します。壊理さんの肉体の一部を切り取り、個性を消してしまう銃弾を作って売り捌いていました」
「少女の身体を切り刻むとは、外道の極みだな」
「事実、外道だ。我々を英雄症候群などと病気の一種扱いをするような輩だぞ」

事件の詳細を知っているベストジーニストは眉を顰めており、エンデヴァーも気難しい顔で眉間の皺を深めていた。

そして、田沼さんの説明を聞く限り、途轍もなく惨酷な事件であったことが伺えた。インターンに出ていた緑谷くん、切島くん、麗日くん、梅雨ちゃんくんが憔悴していたのも頷ける内容だ。
当時、関わっていなかった俺達に先生方は詳しいことは言えないと口を噤んでいたため、今になって緑谷くん達がどれだけ苦しんだか始めて想像することが出来た。無論、俺の想像以上に苦しんだに違いない。緑谷くんの顔色は悪くなる一方だった。

「緑谷?」
「緑谷くん」

轟くんと俺は同時に緑谷くんに声を掛けたが、こてんと緑谷くんの頭が傾いた。爆豪くんに軽い裏拳をされて。
痛みを訴えるほどの強さではなかったのだろう。緑谷くんは不思議そうに爆豪くんを窺って、のちに大丈夫と笑った。
俺と轟くんは顔を見合わせて安堵した。

「テメェは考えすぎだ」

場が静まっていたため、爆豪くんの呟きは室内に思いの外響いた。

「あの、かっちゃん」
「クソがあああああああ!!!」

緑谷くんの呼び掛けを食い気味に爆豪くんが悪態叫んだ。
俺や轟くんには見慣れた光景だが、他のヒーロー達が呆気にとられている。

「すみません、田沼さん。死穢八斎會の話を出されたのは、そちらの件と今回の事件に何か因果関係があるのでしょうか?」

話の流れを戻せるとしたら、俺の役目だ。俺は少し戸惑い気味の田沼さんに意見と同時に質問を投げかけた。
意識を戻してくれた田沼さんは手元の資料の該当ページを見てくださいと前置きして、死穢八斎會の事件との共通点を語り出す。

「個性を消す銃弾の形状は先端に針があるのが特徴でした。今回の事件現場の各所から同様の弾が見つかっています。中身は違いますが、容れ物は全く同じ。死穢八斎會と関わりがあった人物が手を貸している可能性も含めて事件を捜査しています。また、トリガーと類似した薬物を混入された加害者の数名は拳銃を手にした人物を目撃していますが、此方はフェイクでしょう」
「フェイク?」
「現場に残された銃弾には、拳銃から撃ち出される際の摩擦熱による焦げ跡が見当たりませんでした。その代わり、加害者以外のDNAが採取されています。成分からして唾液ですね」
「拳銃ではなく、吹き矢ですか?」
「そこまでは判明していませんが、吹き矢で弾を飛ばしている可能性は高いと考えていいでしょう」
「常人の肺活量で銃弾を吹き矢で飛ばすのは不可能だ。吹き出す力の強い個性の持ち主か」
「DNA鑑定で過去に犯罪を犯した者と照合しましたが、同一人物はいませんでした。念のため、会議後に皆さんの唾液を採取させてください」

この場に「仲間を疑うのか?」と発言する者は誰一人としていなかった。低レベルの争いをするほどプロは考え無しではない証左だ。

全員が頷く中、ぎこちない者が一人だけいたが。俺と爆豪くんが知る人物だ。爆豪くんに目配せすれば、彼は俺の視線に気付き、その人物を視界の端に捉える。春に同じヒーロー番組に出演した彼を。

会議が終わり、DNAの採取は一人ずつ呼ばれて行うことになった。自分の番が来るまでマニュアルさんと事件について意見交換している最中、爆豪くんが近付いてきた。

「クソ眼鏡、ナード顔のこと知ってるよな?」
「ナードがお?一体誰だ?」
「ああ、ごめん!飯田くん!かっちゃんは灰廻さんのことを言ってるんだ」

緑谷くんが訂正してくれたお陰で理解した。しかし、爆豪くんには人の名前をしっかり覚えてもらいたいものだ。学生の時から変わらないな、この辺は。

「灰廻さんか。確かに彼とは面識がある」

言っている間に部屋に入って来た婦警さんがヒーローを呼びに来た。DNA採取の順番が来たマニュアルさんが席を外す。

「じゃ、お先に行って来るよ」
「はい!お気を付けて」

見送る俺に苦笑しながら、マニュアルさんは婦警さんと室内から出て行った。
彼の背中が扉の向こうに消えたと同時に爆豪くんが話を再開させる。

「知っとんだな」
「ああ。俺の兄の友人なんだ。入院している兄の見舞いに何度も来てくれているし、最近は俺もジョギング仲間として親しくさせてもらっている」
「灰廻さん、飯田くんとも友達になったんだね」

ほんわりと笑う緑谷くんに俺はとても好い人だと頷き返した。

「デク、テメェはあっち行ってろ」
「えっ、なんで?」
「そこの植物野郎に会えたら肉まんの感想言いてえとかほざいてただろーが」
「ああ!そうだった!飯田くん、ごめんね。ちょっと僕、シンリンカムイに挨拶してくるから!」

肉まん?と俺は首を傾げながらも、緑谷くんの勢いを見送ってしまった。ああなった緑谷くんを止める術はない。

「緑谷くんに聞かれると不味いことか?」
「いや、まだ話す段階じゃねーだけだ。アイツは顔に出やすい。口も緩いわけじゃねぇくせに、余計なこと言いがちだしな」
「成程。それで、俺に話とは?」
「資料にあった過去の薬物事件。猫バスの暴走鎮圧にテメェの兄貴と協力した自警団がいるって書いてあるな。ナード顔だろ、個性の特徴からして」

資料には何かの手掛かりになるかもしれないからと、過去の薬物事件の詳細も記されていた。猫バスとは、化け猫の個性を持った猫が薬物を混入されて暴走化した事件のことだ。
俺の兄が事件を解決したが、自警団の協力者がいたのだ。資料に氏名は載っていないが、事件解決の経緯を説明するために移動系の個性であることが明記されている。

「兄から事件について少しだけだが聞いている。爆豪くんが言うように、協力者の自警団とは灰廻さんのことだ」
「なら、話は早ぇ。ジョギング仲間ならすぐ会うだろ、事件手伝えって言ってこい」
「ッ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか!?灰廻さんは善良な」
「一般市民か?言いてぇこてはよォ?」
「ああ、そうだ」

自警団をされているからと、事件に巻き込んでいい理由にはならない。彼らの出番がないように、街の安全と平和を守るのがプロの仕事だ。

「俺は言ったよな?加害者のターゲットにされるのは正義感の強い奴だって」
「それはもう、ヒーローに絞られる筈だ。警察官の次に狙うなら」
「ヴィランとヒーローどっちつかずのが、まだいんだろ」
「……自警団か」

そうだ。まだ、いる。ヒーローの前に自警団、ヴィジランテが狙われる可能性があった。

「どこまで使えるかは俺も分かんねーからな。協力仰ぐかどうかはテメェで決めろ。だが、忠告だけは忘れんな」
「……分かった。灰廻さんには俺から伝えておこう」

忠告だけは必ずすると爆豪くんに頷けば、彼はフンッと鼻を鳴らして背を向けた。

「君も、灰廻さんに恩義があるんだな」
「無ぇわ、んなもん」

そう吐き捨てた爆豪くんは田沼さんとベストジーニストが話し合う中に混ざる。どうやら、事件についてまだ話すことがあるようだ。
爆豪くんの推理力は俺も認めるところだ。警察側も彼の意見は重宝している様子で、田沼さんが真剣に爆豪くんの言葉を聞いている。

「かっちゃんとの話終わったんだ」
「ああ。灰廻さんに宜しくと言われた」
「そうなんだ?」

緑谷くんは爆豪くんらしくないように思ったみたいだが、疑問を感じるほど不思議がらずに納得してくれた。

「灰廻って誰だ?」

緑谷くんと一緒に来た轟くんが首を傾げる。

「俺の兄の友人だ。緑谷くんと爆豪くんとも面識がある」
「うん。飯田くんとはジョギング仲間なんだよ」
「そうなのか。飯田はどの辺走ってんだ?」
「俺は鳴羽田の……」

世間話をしていると、再び婦警さんがやって来てシンリンカムイを呼んだ。顔が隠れるほどのキノコのような帽子を目深に被っている彼は、部屋を出て行く際に緑谷くんと轟くんに手を振っていった。
そういえば、俺が爆豪くんと話している最中に視界の隅で緑谷くんと轟くんがシンリンカムイに話し掛けていた。シンリンカムイと事務所が近いMt.レディも近くにいた筈だ。

シンリンカムイとMt.レディの事務所は東京ではなく静岡に構えられているが、今回の事件にはヒーローネットワークの『HN』を通して要請という形で来てもらっている。 敵の捕縛を優先するならば、シンリンカムイのウルシ鎖牢は適切だ。それから、異形型個性を活性化させた場合は身体が肥大化する傾向にある。その場合は巨大化出来るMt.レディの出番だ。

「二人は彼と何を話していたんだ?」
「シンリンカムイまん美味しかったです!って伝えてきたんだ!」
「俺も食った。キンピラが入ってて旨かったって言ってきた」

二人が言っているのは今年の一月から二月にあった冬のコンビニ中華まん企画のことだろう。うちの事務所にも参加協力を仰ぐ案内が届いていたが、まだ新人である俺には早いと断った企画だ。

「確か、エンデヴァーが最終週を飾っていたと思うが……お父上のも食べたのか?」
「親父は食べてねぇぞ」

しかし、エンデヴァー経由で事務所に届いた同企画参加の他ヒーローの肉まん六種は食べたと教えてくれた。俺達の会話が聞こえる距離にいたエンデヴァーの背中がしゅん……と小さくなったのは見なかったことにしよう。

「エンデヴァーまんの中身超激辛カルビだったからかっちゃん美味しそうに食べてたよ。五回も買いに行かされてさ」

雪積もって電車も止まってるし、外寒くて大変だったと続ける緑谷くんの声は弾んでいた。何も苦ではなかったと声色から感じ取れるほど。

「なんか、楽しそうだな、緑谷」

轟くんもそう感じたらしい。

「あ。楽しいっていうか、真冬だったからかっちゃんコタツから手出さなくて。僕の手から肉まん食べるから餌付けしてるみたいで可愛……」

緑谷くんの顔が笑顔のまま固まり、一気に青褪める。彼の後ろには悪鬼のような顔をした爆豪くんが迫っていた。
轟くんは後ろの爆豪くんを振り返って「久しぶりだな」と今更ながら挨拶する。が、爆豪くんは完全に轟くんを無視して緑谷くんの頭を鷲掴んだ。

「よぉ、クソナード……言い残すことは無ぇか?」
「かっちゃんは格好良いよ!」
「いい度胸だ!死ね!」
「なんで!?」

取っ組み合いが始まってしまった。俺はやれやれと頭を抱える。

「学生気分が抜けていないのは良くないぞ、二人共」
「あれはじゃれてるだけだろ」
「うっせぇぞ、轟!じゃれてねぇ!」
「かっちゃん手加減してくれないから結構痛いからね!」

轟くんは爆豪くんと緑谷くんに反論されて少し目を丸くする。「そうか、悪ぃな」と轟くんが静かな口調で謝っているが、緑谷くんも爆豪くんも互いしか目に入っていないようで相手の顔を掴んで牽制し合っていた。

周りのヒーロー達が爆豪くんと緑谷くんの取っ組み合いを目にしてやっぱり仲が悪いのかと微妙な顔をする。警察の方は二人の関係を把握しているのか、田沼さんはまたですかと言いたげな顔で呆れていた。

「HEI!YOU達、騒ぐのは感心しないよ」

微妙な顔をしていたヒーローの中から、金髪碧眼の男が前に出て来る。見た目と訛りからアメリカ人であることが窺えた。彼も春のヒーロー番組で一緒だったので見覚えがある。

「キャプテン・セレブリティ!」
「ケツアゴがしゃしゃんな!」

緑谷くんは正しいヒーロー名で彼を呼んだが、爆豪くんは春の番組の時と同じように勝手な渾名で呼んだ。

「ケ、ケツアゴ……」

悪夢の再来にセレブリティがよろけるが、グッと堪えて前に出る。

「ノンノン!アメリカのトップランクヒーロー、キャプテン・セレブリティさ!覚えておいて損はないぜ」
「アメリカ?……デク、テメェ行っとったよなァ」
「う、うん」
「ケツアゴ強いんか?」

爆豪くんはセレブリティと春の番組に出ているのだが、彼のことは記憶にない様子だ。

「ゆ、有名では、あったよ」
「おや、どんな噂かな。ボクにも聞かせてくれないかい?ボーイ」

キラキラしているセレブリティに緑谷くんは何やら言いにくそうにしどろもどろになるが、爆豪くんに足を蹴られて催促され口を開く。

「あの……えと、女性トラブル多発の、裁判常習ヒー……ロォ……だと……向こうで…………」
「ほ、他には?」
「いしゃ……慰謝料支払額トップヒーロー……」
「oh……」

セレブリティが撃沈した。つまり、事実なのだろう。
しかしながら、女性トラブルが多いのは遺憾だ。アメリカ人でありながら日本を愛してくれているヒーローとして尊敬していただけに残念だ。

「大したタマじゃねーな」
「そんなことないよ!キャプテン・セレブリティの個性はハイパワーで飛行能力も備わっているんだ!鳴羽田区のみに絞れば敵検挙率はトップだし、逃げ遅れたペットの犬も助けるほど救護の視野も広い!次代のオールマイトは彼かもしれないと応援団からの期待も熱く、支持率だって高いんだから!!」

早口に捲したてる緑谷くんにうげっと爆豪くんは嫌そうな顔をする。ヒーローオタクである緑谷くんの饒舌さに周りのヒーロー達も引き気味だ。しかし、彼がヒーローオタクであることは業界内では有名な話で、デクのあれがまた始まったと皆の顔に出ている。だが、緑谷くんと初対面であろうセレブリティだけは皆の反応と違った。

「ボーイ!YOUはボクのファンなのかい!?嬉しいね!ボクの優しさは女性専用だが、熱烈なファンなら男でも大歓迎さ!」

嬉々と立ち上がって緑谷くんにファンサービスしようと近付いてくる。迫ってくるセレブリティに緑谷くんが「ああ、いや、ファンはファンなんですけど、ちがって」とあわあわし始める。
その様子を爆豪くんが面白く無さそうな顔で睨み、二人の間に割って入る。

「かっちゃん?」
「次代が何だって?オールマイトが次を託したのはテメェと俺だろうが!」
「わ、分かってるよっ。僕が言ったのは世間の声で」
「ハッ、クソが!」

爆豪くんは緑谷くんをギロッと睨んでから、セレブリティをぐるんと振り返った。

「こいつはクソが付くほどのただのナード野郎なんだよ!調子こくんじゃねーわ、ケツアゴ!」

爆豪くんはガルルっと、狼のような威嚇をする。向こうにいるベストジーニストが何故か親指を上に立てていた。

「YOU……また、ケツアゴって……」
「気に食わねぇなら、テメェは今からクソケツアゴだ!」

何人か吹き出していた。

「o、oh……、同じ番組に出たときから思ってたけど、YOUちょっと苦手だよ」

セレブリティが尻込みして下がっていく。その間も爆豪くんは緑谷くんの盾になるようなことをしていて、俺は首を捻る。何となくの域を出ないが、二人が口付けあっていた理由がそこにあるような気がしたのだ。

「失礼します。デクはいますか?」
「あ、塚内さん。僕、います!」

緑谷くんは爆豪くんに「ちょっと行ってくるね」と離れるが、その前に爆豪くんが緑谷くんの腕を掴んで引き寄せる。
その場の空気が一瞬だけドキリとしたが、爆豪くんは緑谷くんの耳元で何事かを言って彼の胸をドン!と突き飛ばす。

驚いている緑谷くんから爆豪くんは背を向ける。しかし今度は緑谷くんが爆豪くんの手をとって引き止めた。

「ちゃんと一緒に帰るよ」

言った緑谷くんに、横の轟くんを含めた他のヒーロー達が瞬く。もしやと皆が思ったようだ。俺が会議前に知ってしまったことを、誰もが勘付いた。

「クッソ、デク!」

爆豪くんは振り返る勢いのまま怒鳴る。怒鳴られた緑谷くんは原因に気付いていない顔をしていたが、ヒーローの一人が「二人は同居しているのか」と言ったことで自分の墓穴を悟る。

「あ!わ!ごめん、かっちゃん。僕またやっちゃった!」
「テメェ、マジで覚えとけや。ブッ飛ばす!」

ガタガタ震える緑谷くんを爆豪くんは塚内さんに突き出した。

「おらよ!」
「連れて来てくれたのは感謝するけど、ヴィラン突き出すみたいな扱いはどうにかならないかい?」
「フンッ」

鼻を鳴らして背を向ける爆豪くんに塚内さんはやれやれと慣れた様子だ。おそらく、警察側は爆豪くんと緑谷くんが一緒に住んでいることも把握しているのだろう。緑谷くんと会った直後、彼が爆豪くんに連れてこられたと言っていたのは、警察から連れてくるように爆豪くんに連絡が入ったからではないだろうか。
ヒーローは書類の提出なども義務付けられているから、事務所を持たない緑谷くんの居住地を警察側が知っておかないと不味い。事件や書類処理などが滞ってしまうからだ。

緑谷くんが塚内さんに連れられて部屋を出て行くと、入れ替わりに婦警さんがやって来てDNA採取の順番が来たヒーローを呼ぶ。今、彼は会議の時より冷静な風体だ。
彼の姿が部屋からなくなると、俺は爆豪くんに声を掛ける。

「爆豪くん、セレブリティも春の番組に出ている。彼と情報共有するのが最善策じゃないか?」
「ああ?クソケツアゴいたか?」
「……前半戦は彼が一位だったんだが、本当に覚えていないのか」
「まあ、いたかもな」

記憶を探ってくれただけでも大進歩だと思うしかない。

「主犯かどうかは定かではないが、薬物混入者はあの男だと君も目星を付けただろう。同じ番組に出ていたセレブリティなら、共演者の情報も俺達より知っている筈だ。それに、緑谷くんが言っていたように彼の個性はとても有用だと判断する」

俺の言葉を静かに聞いていた爆豪くんは考える様子を見せなかったが、暫し沈黙していた。

「…………チッ」

舌打ちした爆豪くんはセレブリティの背中に近付く。と、彼の背中の襟をガッと掴む。

「What!?、ま、またYOU!?」
「ちょっとツラ貸せや」
「Y、YOU、本当にヒーローかい?爆心地の活躍を知らないわけじゃないが、とてもじゃないけどその顔はナンセンスだ……」
「つべこべ言わずに来やがれ!」

言葉遣いの荒い爆豪くんに代わり、俺はかくかくしかじかでとセレブリティに協力して欲しい旨を伝える。

「すみません、キャプテン・セレブリティ。爆心地は学生の時から気性が荒い性格なので」
「ううん、いいよ。苦手だけど、YOU達の話は分かった。ボクも協力するよ。彼の事務所のことも良く知っているしね」

その事務所の事務員の女性とは良いご関係らしい。まさかとは思うが、今回のセレブリティの悪い癖をどうこう言うのはやめよう。事件解決が最優先だ。俺は咳払いでそれとなくセレブリティに伝えるに留める。

「俺も入っていい話か?」
「ああ、是非とも轟くんにも協力をお願いしたい」

俺達の話の邪魔にならないようにと、少し離れた場所に移動していた轟くんがやって来たことで俺は頼もしいと協力を願い出た。

「舐めた真似だけはすんなよ、轟」
「おお」

爆豪くんと轟くんは学生時、仮免の補習に行ったり行動を共にしていることが多々あった。馬は合わない感じだが、相性が悪いこともない。比較的、二人は良好な関係を築いていると俺は思っている。

俺がDNA採取で呼ばれるまで話し合いは続き、後日また事務所を通して話し合うことに決まった。
DNA採取を終えた俺は出て来た警察署を見上げ、次の話し合いまでに灰廻さんに協力を願うかどうか決断しなければと胸に刻む。

その前に。

「兄さんに、相談してみるか……」

彼に……灰廻さんにヒーローの仕事を手伝ってもらっても良いものか。俺は迷い、大きく揺さぶられていた。
自警団の街を良くしたい気持ちと行動力を尊敬している。だが、免許のない彼らは素人なのだ。危険に晒すことになるのは、避けたい。ヒーローとしても、個人的にも。

俺はその足で病院に向かった。





























◆後書き◆

飯田君視点でした。
灰廻さん視点だと人名に「君」呼びですが、本編のヒロアカだと基本みんな「くん」呼びなので飯田君視点は「くん」呼びで書いてみました。

思ったよりセレブリティ主張してきてどうしようかと。彼が次代のオールマイトと呼ばれているのは話し方がアメリカンで似ているから…で、いっかな?
そのくだりでかっちゃんが次を託されたのは「デクと自分」言ってるのはオールマイトが二人に「平和の象徴」を託してたらいいなと願望を込めました。

会議の場面はヴィジランテ三巻収録のSP.1「ヒーロー会合」を元に妄想しました。あの出張版の話とても好きです。シルエット派手な人ばかりの中、マニュアルさんが普通すぎているのとてもいい。

これで事件の下地が出来たので、解決に進めたいです。あと、これにてかっちゃんと出久君が同棲しているのが飯田君轟君とプロヒーローの一部にも知られてしまいましたとさ。





更新日:2018/2/19








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