◆往時＋white paper＋近時◆
土地勘のない道を切島は前を歩く友人についていきながら進む。
期末テスト対策のために切島は勝己に勉強を教えてほしいと頼んでみれば、彼は教え殺したろかと快諾してくれた。
最初は勉強会といえば図書館だとベタな場所で教えてもらっていたのだが、切島の大声と勝己の口煩さでその場にいられる空気ではなくなってしまった。
二人はファミレスに場所を移した。そこで勝己の中学時の友人二人と鉢合わせ、切島は二人から勝己の中学時代を教えてもらっていた。必然的に彼らと同級生であった出久の話題もあがる。
そこでドリンクバーから戻ってきた勝己が「緑谷」の名前に反応して爆ギレした。
言わずもがな、ファミレスに迷惑がかかり、四人は追い出された。
機嫌の悪そうな勝己の背中に、俺は勉強を教えてもらえるのだろうかと切島は不安になる。
勝己は嘘がなくて切島にとって、とても清々しく好感を持てる男だ。漢気がある。最初はおっかないのがクラスメイトになってしまったなと辟易していたが、話してみると真っ直ぐで心地良い人物だった。
だから切島は勝己を友人として気に入っているのだが、彼の中学時の友人である二人からは意外に思われた。勝己の友人にしては良い人だと。
そのことがちょっと引っ掛かっていた切島が横を歩いている二人に尋ねれば、自分達は不良だったからと告白された。くせっ毛の方から煙草も吸っていたと聞いた切島は眉を歪めて「駄目だろ」と咎める。二人は苦笑して「カツキにもやめろって言われた」と返す。そのおかげもあって、今はすっかり断ったそうだ。確かに勝己は身体に悪そうなものは嫌いそうだと切島は力強く頷く。
「ここだ」
勝己が立ち止まり、切島達を振り返る。
切島は一般的な一軒家を前にして呟く。
「ここが爆豪の家か」
彼の家が新たな勉強場所だ。
「俺らも上がっていいんだろ？」
「勝手にしろや」
勝己が先生では解答法が全く解らず、不安を零した切島に彼の横にいる二人が提案してくれたのだ。俺達が教えてやろうか、と。
話は少し戻るが、先にファミレスの目の前から去って行った二人はまた勝己と切島に出会し、話し合った結果、四人で勉強会をすることとなったわけである。
ヒーロー基礎学などヒーロー科特有の科目はないが、数学や英語など一般的な座学は普通の高校に通う彼らが習っている内容と変わりない。
勝己ほどではないにしても、成績は中の上と中の下にあたると言っていた二人だ。自分なんかより全然頼りになると切島は喜んだ。
そのため、三人で勝己の後ろをついてきた。
「俺、カツキの家来るの初めて」
「俺も。家の場所は知ってたけどさ」
「そうなのか？」
切島が疑問すれば、二人はうんうんと頷く。勝己は潔癖症なところがあり、自分のパーソナルスペースに踏み込まれたがらないのだと小声で教えてくれる。
今回ばかりはかなり譲歩してくれているのだと知り、切島は勝己への感謝でいっぱいになる。
「チッ……居やがる」
玄関を開けた勝己が舌打ちをした。
家の中から此方に向かってくる足音が聞こえ、切島は勝己の後ろから中を覗き込む。
勝己の母親である光己だ。授業参観の時に顔は見ている。あの時は勝己と母親のやり取りに目が行ってしまって気付かなかったが、勝己の母親はとても若々しい顔をしている。
勝己の母、光己の個性はグリセリンであり、そのおかげで肌つやが良いのだ。
「お帰りって、あら、どうしたのよ」
「勉強」
「へえ、珍しい」
勝己は靴を脱いで我が家にさっさと上がる。切島達へ視線を向けた光己はにこりと微笑む。
「どうぞ、上がって」
「お、お邪魔します」
三人がぞろぞろと家の中に上がるのを見守っていた光己は息子の背中に視線をやる。
「アンタが家に呼ぶのって出久くん以来よね」
バッ！と凄い顔で勝己は母親を振り返った。
「余計なこと言うんじゃねぇ！クソババア！」
「誰がクソババアだって！？」
光己は息子の頭を引っ叩いた。
「叩くんじゃねぇ！ぶっ飛ばすぞ！」
切島達は親子の荒々しいコミュニケーションに変な汗をかく。
「カツキのかーちゃんいつもああだよな。運動会とか三者面談の時も毎回頭叩いてる」
「仲は悪くないと思うんだけどさ。カツキって顔も性格も母親そっくりだし」
「昔からなんだな」
三者がそれぞれ感想していると、区切りがついたのか、光己がパッと切島達にごめんなさいねと作り笑いをする。
それから、ちょっと優しげな表情になるものだから切島達はどきりとした。
「勝己が自分から家に誘うのなんて出久くんだけだったから、他にも仲の良い友達が出来たなら嬉しいわ」
「そう、なんですか」
下手なことを言えば睨みを利かせている勝己に殺される。それほどの殺気を三人は感じていた。
「後でジュースとお菓子持っていくわね」
「あ。お構いなく」
切島は光己に頭を下げ、勝己の後を追う二人に続いて階段を上がる。
二階の勝己の自室に通された三人はまじまじと室内を見渡す。
その間に勝己は小さめの折りたたみテーブルを広げて、部屋の真ん中に置いた。適当に座る。
「始めるぞ」
「おう！」
切島がどかりと座り、センター分けとくせっ毛の二人もいそいそと腰を下ろしていく。
教科書とノートを広げながら、切島は何気なく勝己に問い掛けの言葉を送っていた。
「緑谷、お前ん家に来たことあるんだな」
「うわ、ちょっ」
「それは地雷っ」
中学の勝己を知っている二人は慌てて切島を窘めるが、彼らの悪い予想通りにはならなかった。
勝己はちらりとノートに視線を落としている切島を見遣る。向こうが顔を持ち上げ、目が合った後に勝己は視線をゆっくり逸らした。
「ガキん時の話だ」
「ふぅん。何歳ぐらいだ？」
「三歳か四歳ぐらいだったんじゃねーの」
はっきりとは覚えてねぇと付け足しながら、勝己はぽつりと答える。
「あのさ、爆豪」
「んだよ」
「さっき図書館で国語辞典開いてた時にさ、幼馴染のとこ見たんだよ」
「……何が言いてぇ」
声にドスが入り、勝己の旧友二人が不味いと顔にする。
しかし、切島だけは静かな表情だ。
「幼いとき親しかった人。って、書いてあった」
「それで？」
「そんだけ」
「…………」
動きを止めていた勝己は目を伏せて、はあぁ〜と長い溜息を洩らした。呆れ気味に。
特に罵倒もせず、喋りもしない。
中学からの友人二人は顔を近づけ合い、そういえばと思い出す。勝己が出久に自殺教唆紛いのことを言った時はあれは言い過ぎだったんじゃないかと指摘した。幼馴染なんだろ？と言ってみれば、彼はそこに関して否定はしなかった。
センター分けの彼も幼稚園から一緒だが、勝己とは遊び仲間であり、家を行き来するほどの仲だったわけではない。
折寺中学の同級生の中には出久以外にも幼稚園から同じだった者だっているのに、勝己の幼馴染は出久だけだった。
こそこそ話し合う二人に勝己は不機嫌顔で立ち上がる。そのままドアに向かうので、切島が慌てる。
「おいっ、何処行くんだよ」
「走ってくる」
「ええ！？勉強は！？」
「そいつらに聞け」
勝己は部屋を出て行く。ちょうど母親と出会したらしく、ドアの向こうから怒鳴り合う声が届く。
「ちょっと、勝己！友達置いて何処行こうとしてんの！」
「知るか！俺の勝手だクソババア！」
コラ！と聞こえた直後、玄関の重たい扉が閉まる音がした。
一瞬の静寂の後、ドアがノックされたので、切島が代表して立ち上がる。
ドアを開ければ、片手に飲み物とお菓子をのせたトレーを持っている光己がいた。彼女は困り顔で一番に「ごめんなさいね」と息子の愚行を謝る。切島は「大丈夫っす！慣れてます！」と漢気で返し、彼女からトレーを受け取る。光己は「良い子ね、君」と気が効く勝己の友人に微笑みかける。
光己と切島がオレンジジュースが注がれたコップをテーブルに並べてお菓子を配る。てきぱき動く二人に残りの二人は狼狽する。彼らにはペースが掴めない。
「君達もごめんね。勝己ったら自分勝手でさ」
「いやまあ、いつものことだし……な」
「ああ。あれがカツキだし。俺らが緑谷の話したのが悪かったんで」
俯いて頭を掻く二人に光己はきょとんとする。それから仕方のない奴だと息子に対して呆れ顔になる。
「ったく、だから腹割りなさいって言ってんだけどね。出久くんとあんなに仲良かったのに」
「爆豪っていつから緑谷とあんな感じなんですか？」
「あー。アイツあんま話したがらないのよね。学校だと出久くんとどんな感じ？」
切島は言い淀むが、見たままを光己に伝える。
「なんかあると緑谷に突っかかってます。戦闘訓練の時なんか奇襲仕掛けてたし」
「カツキ、容赦ねーな」
「中学の時もそうだな、毎日突っかかってた」
「え？毎日緑谷に突っかかってたのか？」
「雄英では違うのか？」
「毎日じゃねぇな。席が前後だから、普通にプリントも後ろの緑谷に回してるし。何か爆豪の中でスイッチが入ると噛みついてる感じだぜ？」
「マジかよ。カツキのやつ丸くなってんじゃん」
「やっぱり雄英ってすげぇな」
「あー、でも、ヘドロ事件の後はカツキ大人しかったっけ」
「でも、緑谷が雄英に合格してからまた突っかかってただろ？卒業までずっと」
「ならやっぱ、雄英が凄いのか」
ファミレスでも二人は雄英の偉大さに感心していた。そんなに勝己に影響を与えているのだろうかと切島は考え込む。
自分は入学する時に髪型を変えて気持ちを入れ替えたから、雄英が自分を変えた感覚というものが切島にはなかったからだ。雄英合格が切っ掛けの一つであったのは確かだが、雄英に変えられたと表現するには些か無理がある。勝己だってそうではないだろうか。
三人から聞く学校での勝己の様子に我が子ながら本当に困ったものだと、光己は溜息を零す。それに三人が顔を彼女に集中させる。
「仲は良かったんですよね？」
「まあね。勝己が一番最初に遊びに誘うのだって出久くんだったから」
今では考えられないと三人が顔を見合わす。
現在の二人で光己の言った情景を思い浮かべて、失礼ながら気持ち悪いと思ってしまった。
「それが突然アイツとはもう遊ばないって言い出して、ツンツンし始めたのよ」
「何があったんですか？」
「それが、訊いても本人は教えてくれないし、引子さん……出久くんのお母さんも心当たりがないって言ってたから、私も知らないの」
「緑谷もですか？」
「う〜ん。出久くんは思い当たることしかないみたいで、逆にどれか分からないって言ってたわ」
「緑谷……」
お前何したんだ……と、切島はどちらを憐れむべきか判らなくなる。
爆ギレする勝己から一方的に怒鳴りつけられている出久を可哀想だと思っていたのだが、二人があんな感じになってしまった原因は出久にありそうだ。
男って生き物は一つ何か許せないことがあると完全に駄目なのだ。中学からの同級生である芦戸から聞いた話だが、女は嫌なことの積み重ねで駄目になるらしい。
だから、思い当たることがありすぎる緑谷に愛想が尽きたわけではないだろう。男らしい勝己のことだから、何か一つ、本当に気に入らなかったのだ。
「出久くんもガンガン行っちゃえばいいと思うんだけど、かっちゃんは何も悪くないからって言って遠慮しちゃって」
「そういえば。緑谷って、ずっと爆豪のことかっちゃんって呼んでるんすか？」
「そうよ。まだ一歳で上手く喋られなかったときね、勝己って言えなくてかっちゃんって呼んだの」
それまで誰も勝己をそう呼んでいなかったが、他の友達とも遊ぶようになると周りの子も勝己をかっちゃんと呼び始めた。
そんなことまで語られ、切島は瞬く。
「でも、中学じゃカツキのことそう呼んでたの緑谷だけだったな。緑谷のことデクって呼んでたのもカツキだけだったけど」
「俺はそう呼ばれるのが嫌で緑谷に突っかかってたと思ってたけどさ、カツキ本人が否定してたからな」
「そうだったか？」
「ほら、あれ」
と、中学時代を話し合う二人の声は切島の耳に届かなくなる。今、頭の中は疑問でいっぱいだったからだ。
勝己も出久も、互いに渾名で呼び合っているのだが、どちらも互いが名付けた渾名だった。
自分の渾名が出久に付けてもらったものだから、勝己も出久に渾名をあげたかったのではないか。
木偶の坊のデクだと意味を聞いた時はあまりにも酷いと感じたが、勝己の人柄を知れば彼らしい名付け方だ。クソ髮なんて酷い渾名を付けられた切島だからこそ苦笑で終えられた。アホ呼ばわりされた上鳴は「ヒデェ、ヒデェ」と勝己を指差して首を絞められていたが。
しかし、そこまで言葉の意味までも捻った渾名が付けられているのは出久だけだ。クソ髮、アホ面、しょうゆ顔、その他エトセトラ。出久以外のクラスメイトは見た目から判断した簡潔な渾名だ。むしろ渾名とも呼べず、モブAとモブBの区別をつけるために仮称しました感がある。
体育祭を経てようやく名前を覚えてくれたが、それでも勝己が一番認識しているのは出久だと思えた。幼馴染であることを抜きにしても、だ。
「爆豪って、けっこう人のこと見てるよな」
ぽつりと零した切島の言葉に、は？という顔が二つ、目を瞠っている顔が一つ。
後者の顔をしていた光己はニッと笑顔で切島の頭を撫でくり始める。
「お、おお！なんすか！？」
「勝己のこと理解してくれる子がいて嬉しいよ」
髮ぐしゃぐしゃにしてごめんねと、光己の手が離れる。毎朝三分でセットしてるんで大丈夫です！と切島は元気にかぶりを振った。
サッと髪型を戻した切島に拍手が送られる。
「あの子はさ、性格ああだし、何でもかんでも自分中心だから態度でかいけど、これからも仲良くしてやってよ」
「それは勿論っす！」
自分の胸板を叩く切島に光己は微笑み、トレーを持って立ち上がる。
「小さい時のアイツと出久くんの写真あるけど、アルバム見る？あ、でも勉強の邪魔しちゃうか」
切島達は三人でアイコンタクトすると頷き合い、光己を見上げる。
「「「見せてください」」」
「はは。じゃあ、ちょっと待ってて。奥に仕舞ってあるからさ」
「はい！お願いします！」
光己が部屋から出ていくと、三人は落ち着きがなくなり、取り敢えず待つ間は勉強を始める。
勝己よりも先生に向いている二人に切島は感謝する。二次関数の応用はもうばっちりだ。
「すっげぇ分かりやすい。有り難うな」
「いいって、これくらい。カツキのダチなら俺ら仲間だろ」
センター分けの彼からの言葉に切島は男泣きする。ダチのダチは友達だ！と二人と熱い握手を交わす。
「そういえばさあ、さっき言ってたじゃん？カツキが人のこと見てるって。あれどういうことなんだ？」
「え。どういうことって聞かれてもなぁ、そのままだけど」
切島は腕を組んでううんと唸ると、目の前の二人を見る。
「お前ら二人もだと思うんだ。中学の時は悪ぶってたみたいだけど、ファミレスで緑谷の話になったときアイツのこと素直に褒めてただろ。緑谷のこと馬鹿にしてたって聞いたときはちょっと腹立ったけどさ。反省してるってことは、根は良いやつらなんだなって思った。だから、爆豪もお前らの根っこの部分見抜いてたからこそ、ダチになったんじゃないかって」
真剣な目で切島に語られ、二人は躊躇う。
気恥ずかしさが先立つのだ。
「そ、そうか？」
「あんま、実感ないけど」
勝己は良くも悪くも学内で目立っていた。そんな彼に近づきたい者は多く、二人もその中に含まれた。
自分達から勝己に声を掛けたのだ。だから、勝己に選ばれたなんて考えもしなかった。
「な、俺も訊いていいか？」
「おう」
「何でも聞いてくれよ」
「爆豪って、緑谷以外にも突っ掛かってたか？」
「いや、緑谷だけだぜ。いきなりキレてたのは」
「喧嘩っ早いけど、自分から難癖つける奴じゃないもんな」
「そっかぁ。緑谷だけか」
本人でなければ真意は判らない。
しかし、出久は勝己の中で特別に属するのだと、切島は腑に落ちる。
コンコン。と、ノックする音に切島が立ち上がる。
「はい」
「お待たせ」
光己の手には分厚いアルバムが三冊もある。
「これ、いつからいつまでのっすか？」
「産まれてから四歳までよ。うちの旦那めちゃくちゃ撮っててさ。こんなになっちゃったのよ。これでも厳選したんだけど」
アルバムの分厚さから両親に愛されているのが丸見えだ。三人はどうしてああなってしまったのだろうかと勝己を思い浮かべる。
光己は床に二冊置き、一冊をテーブルに広げる。真ん中あたりを開いてから、数頁めくる。
「あった、あった。これが一歳の勝己と出久くん」
どれどれ、と。光己が指差す一枚を三人は覗き込む。
「カツキも緑谷もちっせぇ」
「それは当たり前だろ。てか、仲良いな」
「めっちゃくっついて寝てる」
「緑谷さんのとこは旦那さんが海外赴任してるから、引子さんこの頃もうパートに復帰してたのよ。託児所が空いてないときは出久くんをうちで預かってたわ」
「緑谷ん家ってそうだったんすか」
へえ。と、切島は感嘆する。
まだクラスメイトの家庭環境とかは話したことなかったなと思い返す。今度、上鳴や瀬呂の家族について訊いてみたい。
一冊目を見終え、二冊目にいく。二歳から三歳頃だ。出久が泣いている写真が多いが、勝己が慰めている場面も多い。意外すぎる。
「優しいっすね、爆豪」
「ああ、この頃はね。いずくは泣き虫だからオレが守るんだーって言ってたわ」
今の勝己と結び付かなくて切島は不可思議な顔で写真に視線を落とす。
雄英での勝己は勝ちに拘っている。救助訓練などレスキューに関しては前に出ないし、いつもかったるそうにしている。
だから、泣いている出久の手を引いて元気付けようとしている勝己は見たことがない姿だった。
それが三冊目のアルバムになると、今の勝己の片鱗が見えてきた。勝己が出久を泣かせているのだ。
「四歳の勝己は生意気だったわね。今も生意気だけど」
出久くん泣かせた後は私がゲンコツくれてやったわ。と、光己はちょっと泣きべそをかいている勝己の写真を指でトントンと叩く。
まだ小さかった息子にも容赦のない母親に切島達は脂汗をかく。
それにしても。出久は勝己に泣かされても、勝己に駆け寄っている写真が多い。
「緑谷懲りてねぇな」
「健気よね。変な渾名までつけられちゃってんのに。いつも泣かされちゃうからさ、勝己のこと嫌い？って訊いたんだけど、かっちゃん大好き！って返ってくるのよ。ほんと、可愛かったわ」
光己が話している途中で、階下の玄関から音がした。
「帰って来たか」
すぐに階段を上ってくる気配はなく、数分してから階段を上る音が微かに聞こえて来た。
ドアを開けた勝己は母親が自分の部屋にいることに顔を歪めつつも、手にある紙袋を突き出した。
「何？どうしたのよ、これ」
「…………」
紙袋には林檎が四つ入っていた。
光己から出所を訊かれた勝己は無言で切島達に横目を向ける。小さく溜息を零してから口を開いた。
「……いずくから。隣からたくさん貰ったから分けてこいって母親に言われたんだと」
え。と、切島達は瞬く。今、勝己は出久のことをデクではなく、いずくと名前で言わなかったか。
それが顔に出ていたようで、勝己に凄まれる。俺だって言いたくて言ってんじゃねぇ！と口から出掛かっているのがよく判るギラつきだ。
母親の前だからだろう。先程のアルバムを見ながらの発言によれば、ゲンコツが飛んでくるから。
「あら、そう！緑谷さん家にお礼の電話しないとね」
ならばさっさと出ていけと思った勝己だが、テーブルの上に広げられているアルバムに目を見開く。
「クソババア！何見せとんだ！！？」
「本当に口悪い餓鬼だねぇ、ブつよ！」
「はあ！？やってみろや！ブッ飛ばすぞ！」
またこれ続くの？と切島達は間に入れもせず、静観するしかない。冷汗が止まらなかった。
だが、親子の応酬の終止符は光己がアルバム三冊分で勝己の頭を叩いたことで打たれた。
「ッ、何すんだ……！」
「アンタが生きてきた重みよ！噛み締めな！」
光己は切島達に笑顔を向けて「じゃあ、失礼しました」と下がっていった。
母親の強さを見せつけられてしまった。
勝己は頭を押さえながら、自分の場所に腰を下ろす。
「緑谷来てたのか？」
切島へ視線をやった勝己は不機嫌な顔のまま肯定する。
「家の前でウロウロしてやがった。キメェからまたストーカーしてんのかと思ったわ」
「で、林檎のお裾分けだったのか」
「ああ」
「よくあるのか？」
「知らねぇよ。うちのババアと向こうの母親が仲良いだけだ」
授業参観の時を切島は思い出す。ドッキリ授業で、ヴィランに捕まった父母を助け出すミッションを課せられ、自分たちは無事に救出した。その後、皆が各々の親と話し合う中、家が近所で顔見知りの勝己の母親と出久の母親はお互いに会話を弾ませていた。その時の勝己の様子は呆れているもので、出久はわたわたしていた。
勝己の言葉に嘘はない。切島は大きく頷いた。
切島とセンター分けとくせっ毛の三人をそれぞれ見遣った勝己は低く問い掛ける。
「……テメェら、ババアから何聞いた」
ぱちぱちと瞬く切島と、縮み上がる二人。
三人の反応に勝己は舌打ちした。
「何聞いた」
更に畳み掛ける勝己に切島が口を開いた。
「緑谷がお前のこと大好きだって」
切島から告げられた内容に勝己は暫し停止した。それから、テーブルに肘をついて額を抱える。
「……聞いてんのは、そこじゃねーよ」
手でも隠しているが、勝己は誰にも表情を悟られないように俯いた。
「好かれてるならいいだろ？」
「今は違ぇだろ、どう見ても」
昔はそうだったと認めているような発言だ。あれ？と思うのは切島だけではない。横の二人に切島が目配せすれば、二人も小さく頷く。
これは言ってもいいだろうと、切島は会話に戻る。
「そうか？戦闘訓練の時、自分の順番待ちしてる間はみんなでモニター見るじゃん？緑谷さ、爆豪見てる時だけ目がキラキラしてるぜ」
切島の口から暴露される授業中の出久の様子は勝己が知らないものだ。自分の番の時はモニタールームにいる出久を見ることが出来ないのだから当たり前だ。
「どうせ、ブツブツ言ってんだろ」
「おお。言ってる言ってる」
「クソナードが……ッ」
顔を上げた勝己は悪態を吐く。
そんな勝己を見る三人の目は生温かった。
三人の含みある眼差しに気付かない勝己ではない。苛立ちを込めて、彼らを眇める。
「っだぁ！？そのツラは！？」
「アイツいっつもボロボロだし、お前が守ってやれよ」
アイツが誰とは切島は言っていないのに、勝己は一人だけを思い浮かべた。
瞬間、顔を真っ赤にした。
ガッと口を開くが、言葉にならなかった。
勝己が掴むテーブルがミシミシと音を立てている。爆発寸前の苛立ちを感じ取った切島はこれは不味いと身を引く。言い過ぎた。
「出てけ！二度とアイツの話をすんじゃねぇ！虫唾が走んだよ！！」
テーブルがひっくり返されることはなかったが、勝己の本気の怒りを目前にして三人は慌てて荷物をまとめる。
勝己の部屋から出てバタバタと逃げるようにして階段を降り、何事だと光己がリビングから顔を出した。彼女に「お邪魔しました！」と三人は一斉に頭を下げると、玄関を飛び出した。
結局、切島は勝己からまともに勉強を教えて貰うことは叶わなかった。
一人、自室に座り込んでいる勝己はテーブルに顔を伏せて腕で頭を抱え込んでいた。
「ガキん時の戯言だ、クソが」
顔に熱が戻ってきた勝己は、切島達が慌ただしく帰っていったことを問い質すべく部屋に怒鳴り込んできた母親にその顔を見られたのだった。
光己が含み笑いをしたのは言うまでもない。
◆後書き◆
雄英白書に萌えて�兇�ら派生の期末テスト対策で爆豪君に勉強教えてもらう切島君と中学の友人二人のその後を捏造。
出久くんが全然出てこないで終わってしまいました。この後、まだ爆豪家付近ウロウロしてるところを切島君に発見してもらいたい。
かっちゃんが幼少期を大事にしてたら良かねって話でした。
更新日：２０１８／０１／０７
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