◇ 保守≠革新+MARGINAL 〜袴田維の場合〜 ◇










此処は私のオフィス。ジーニアス事務所だ。
私は事務机に座すこともなく立っている。長身の私からすれば、大抵の成人男性は私を見上げざるを得ない。サイドキックの爆心地も例外ではない。高校生の時より背は伸びているが、それでも私には届かない。

椅子に座ってしまうと見下ろされてしまうからね。見上げる形にして矯正しようという私の策略だ。今のところ、効果は全くない。悔しいよ。
君は相変わらず毛根からプライドガチガチだ。
それでも、職場体験に招いた時よりも意固地さは幾分か抜けている。私の所業ではないので、雄英高校の教育の賜か、または別の切っ掛けか。

「爆心地、自分が出した被害は把握しているか?」

頷かない彼に私は塚内警部から受け取った報告書を読み上げる。
爆心地の顔色は変わることなく、じっと私を睨み据えている。いいね、グッとくるよ。君を早く良い子に仕上げたい。

「鳴羽田区の路上を破壊、車を三台破壊。灰廻航一さんのお宅を一部破損及び敷地のビルに大穴を開けた。この大穴はビルの耐久度が規定以下のため修繕不可能。また、ヴィラン追跡による複数の焦げ跡。随分と派手にやってくれた」

全く悪びれた様子のない爆心地に私は溜息だ。彼の個性はどうしても周囲に被害が出てしまう。敵に当てたとしても、爆破で吹き飛んだヴィランが市街を破壊なんてザラだ。つまり、何かしら壊すのはいつものこと。

損害賠償の請求が事務所に届いているが、彼の検挙率はそれを覆してしまえた。それに爆発的個性にしては被害の拡大を避けた戦法をとっているから、これでも彼は頭を使っている。人的被害も一切なく、幸いなことに人命に関わった事例も皆無。
しかし、今回ばかりはやり過ぎにやり過ぎを重ねていた。それでも、Mt.レディよりは被害が少ない。……あれと比べてはならないか。

被害の件に関しては私の正論と彼の正論がぶつかってしまい、解決しないまま相殺に至っている。
お手上げかなと、私が再度溜息をつきそうになると、事務室の扉が外側からノックされた。
さっき、電話で連絡があった彼かもしれない。

「どうぞ」

私の許可を聞いて扉近くにいたサイドキックの一人が扉を開き、外の通路にいた彼が入室してくる。

「失礼します……」

聞き知った声に気付いた爆心地が彼を振り返る。
私は彼、ヒーローデクを手招く。
爆心地の横にデクが並ぶ。

「テメェ、何しに来た」
「えと。君の機嫌が悪かったの、僕のせいでもあるから」

一緒に叱ってもらおうと思って来ました。と、デクは電話越しに私に伝えてきたことを爆心地にも直に伝える。
爆心地は彼に向かって舌打ちをした。ああ、本当に矯正のしがいがあるね。

「では、ヒーローデク。君からの報告を聞こうか」
「あ。はい。その……」

しかし、デクはいきなり言い淀む。隣の爆心地を窺っている。
小声で「言っていい?」と尋ねている。爆心地は何も言い返さずに目を閉じる。それが何を意味するのか、私には判らなかった。けれど、デクには充分だったらしく、頷いてから私を見上げた。君は良い子そうだね。

「僕、日本に戻って来てから住居がなくて。実家は東京じゃなくて静岡の方で。それで最近、かっちゃ……爆心地が借りてるマンションに一緒に住まわせてもらっています」
「ふむ。君達は旧知の仲だったかな?」

雄英の同級生ではあったはずだが。

「幼馴染なんです」

ほう。私は爆心地を見遣った。特に変わった様子はない。
ただ、彼は何かしらデクに因縁があるのではないかと以前より疑っていた。

前にテレビ局からオファーがあった春のオールスタートップヒーロー大運動会へ彼を出演させたことがある。勝負事だと内容説明したら比較的乗っていたが、撮影当日は何故か荒れていた。個人ブランドのコマーシャルを撮影する関係で私も同じテレビ局にいたから、彼の苛立ちをこの目にしている。番組プロデューサーから爆心地へのオファーの縁も私経由だった。
爆心地は同期の二代目インゲニウムと番組内で何か言い合っており、私は撮影終了後にインゲニウムに尋ねた。そこで得た答えはデクの帰国情報に爆心地が怒っているということ。
私はソリが合わない相手なのだと推測した。
それに、とある事件後に二人が不仲だと噂される映像がニュースに流れていた。私は休暇を取っていたから自宅のリビングでコーヒーカップ片手にそれをテレビで見ていたよ。

だから因縁があると思ったのだが、どうやら見当違いだったようだ。幼馴染ということは気の知れた仲に違いない。

「成程。言いにくかっただろうに、個人的なことを教えてくれて有り難う」
「いえ、警察の方には既に伝えていたことですし、ベストジーニストにも言わなければと前々から思っていました」

爆心地の表情に動きがあった。君が止めていたわけか。

「了解した。君達二人が住居を共にしていることは言いふらしたりはしない。皆も他言無用だ」

私は室内にいるサイドキック達へ視線をやり、秘密を厳守するよう言いつける。彼らの良い返事に満足して、私は再び二人を見下ろす。

「有り難う御座います」

ぺこりと頭を下げるデクは大変良い子だ。爆心地と旧知の仲なら、私の事務所に所属してもらっても良いのだが……明らかに爆心地が私にガンを飛ばしていた。一緒に住んでいるのに、一緒の職場で働くのは嫌なのかい?本当に扱いづらいね、君は。

「さて。それで、爆心地が被害を出し過ぎたことに君は思い当たることが?」

本題に入れば、デクは困ったように俯く。私はじっくりと待ち、彼が顔を上げるのを待った。
そんなに時間も掛けず、デクは面をあげた。

「かっ……爆心地と喧嘩をしてしまって、それで一昨日、僕が逃げ出したんです。昨晩に灰廻さんのお宅で彼に見つかって」

つまり、家出していたのか。私は悩ましげに片手を額にあてる。

「プロが公私混同はいけないな。デクと爆心地、双方に言えることだ」
「……はい」
「…………」

デクは頷き、爆心地は無言ながらも私の指摘に反論はしない。私を見上げる目も判っていると告げていた。

「此処は学校じゃないからね、謹慎なんて処分はない。だが、反省はしてもらいたい。そこで私からの提案だ。二人で灰廻航一さんのお宅に謝罪へ行くように」

私の提案にデクは目を丸くして、隣の爆心地を振り返っている。爆心地の方は舌打ちを一つ。良し、爆心地にはもう一個追加だ。

「工具を貸すから、爆心地は灰廻さんのお宅の壊した扉を修理したまえ」
「ッ、」

悪態を呑み込んでいる爆心地に私はグッときた。私の目標には全く届いていないが、彼の躾は滞りなく進んでいる。亀の一歩だがね。

「二人共、謝罪の言葉も忘れずに添えるよう頼むよ」

爆心地とデクを交互に見遣り、私は念を押す。

「では」

私は爆心地と話があるため、デクに先に席を外してくれるように頼む。
はい。と頷いた彼は爆心地に一言。

「じゃ、玄関ロビーで待ってるね、かっちゃん」

かっちゃん?
私とサイドキック達が首を傾げている間にデクは退席してしまった。
疑問の視線を爆心地に向けるが、当の彼は我々の視線をものともしていなかった。

「で、俺にだけ話って何だよ」

いや、訂正しよう。私達の疑問自体に気付いていない様子だ。

「ふむ。その前に一つだけ訊きたい」
「……」

顎をしゃくる爆心地。まだまだ躾が足りていないようだね。
私は今後の矯正メニューを考えながら、先程の疑問を口にした。

「随分、可愛らしい呼び方をされているようだ」

爆心地は片眉をあげた。何を今更といった風貌で。

「別に」

何か答えなければ話の着地点がないと思ったのか、爆心地は手短に返答した。
まあ、掘り下げる話でもない。デクも下で待っているだろうし、長引かせては酷だ。
私は彼を残した当初の目的を話し出す。

「灰廻さんのズボンのサイズを訊いてくるように」
「…………それだけか?」
「それだけだ」

彼もジーニアス事務所に来て一年だ。私の真意は心得ている。無駄口を叩かないのは爆心地の利点だよ。
私は最後に要点をまとめるために手を打つ。乾いた音が室内に響いた。

「非番の朝に呼び出したことを詫びるつもりはない。君も重々理解しているはずだ。報告書も今日中に提出してもらうから、後で戻って来るように」

私は側近のサイドキックから工具箱を受け取り、爆心地に手渡した。彼は無言で受け取り、退室していく。

爆心地がいないとうちの事務所は静かだ。しかし、今日ばかりはサイドキック達が騒つく。かっちゃん?かっちゃんってなに?と口々に言っている。

意外と爆心地は彼らに気に入られていた。本人は構われると鬱陶しいのか、先輩に対しても暴言を吐くが、皆良い子だからやんわりと窘めて甘いお菓子を勧めているのをよく見掛ける。爆心地は毎回「俺は辛党だ!」とキレているけれど。
与えられたお菓子は食べないが断らずに貰ってはいくので、皆からは礼儀は判っている子だと認識されていた。

頭も良いので、先輩からも頼りにされている新人だ。
実力は本当に申し分ないのだが、もう少し素直さを表に出してほしいところだ。



昼前に彼らは戻って来た。

「ただいま戻りました」
「…………」

デクが言えば自分は言わなくていいというものではないな、爆心地。
工具箱を無言で執務机に置かれた私は眉を顰めて椅子から立ち上がる。
今朝と同じ位置に立つ。

「言いたいことはあるが、本来なら非番だから無しといこう」

私も鬼ではない。サイドキック達のケアも私の仕事だ。

「まずはご苦労様。灰廻さんのご様子はどうだったかな?」
「デク」
「え、あ、僕?」

僕が説明するの?と、デクは爆心地を見遣りながら自身を指差す。
私はどちらでも構わないよ。

「えと、お怪我もなく元気そうでした。ご自宅の被害についてもヒーロー活動の本分を理解してくださっていて、寛容に許していただけました」
「とても心根の優しい方のようだ」
「はい!」

元気の良いデクの返事に満足気に頷き、私は心配のタネである爆心地に視線をずらす。

「デクから見て爆心地はどうだっただろう?しっかり、謝罪の言葉を述べていたかい?」
「かっちゃ、爆心地は凄い早技で家の扉を修理してました。灰廻さんも感謝されていました」
「それは何より。謝罪の言葉は?」
「……大、丈夫です」

誤魔化されたかな?
疑いの眼差しを爆心地に向ければ、彼は一言。

「問題ねぇ」

私は謝罪の弁を言ったか言わなかったか問い質しているんだけどね。
まあ、それは私が直接陳謝に赴く時に灰廻さんにお尋ねしよう。言質が取れれば爆心地も言い逃れは出来まい。

「……いいだろう。では、爆心地には報告書をまとめてもらおう」
「いちいち言うな。忘れてねぇよ」

爆心地からの了解を得て、私はデクに視線を転じた。普通にしていると君、童顔で頼りない感じだね。口には出さないけれど。
彼の活躍は良く耳にしているから、見た目通りではないことを充分知り得ている。

「手間を掛けさせたね。数時間分になってしまうから大した額にはならないが、此方で臨時就業の給金を用意しよう」
「い、いえ!お気遣いなく!元はと言えば僕が原因だったわけでしてっ」

遠慮するデクだが、私は彼のヒーロー活動については少し不安を抱いている。収入面を特に。
オールマイトは警察側に親しい友人がいたこともあって、貢献の申請をスムーズに行っていた。しかし、まだ年若い彼がそんなパイプを持っているとは考えられなかった。
新人ヒーローが収入足らずで活動停止なんてことになれば、ヒーローを目指す前途ある若者達に示しもつかない。優秀な人材が減少する原因にもなり得るのだ。

「我欲がないのは美点だが、もう少し自身の立場を考えてほしい。受け取ってくれないか」

私のヒーロー社会に対する危惧をデクは真剣に聞いてくれていた。
まだ迷っている顔だったが、彼はゆっくり頷いてくれる。

「ベストジーニストがおっしゃることは尤もです」
「判ってくれたかい?」
「はい。でも、受け取れません」

私は溜息をついてしまった。頑固な子だ。
その折れない精神は素晴らしいが、発揮する場面は考えた方がいい。
呆れる私を前にデクは焦りを見せる。

「あ、あの、ええっと、もしまだ僕に幻滅していなければ、その、僕が受け取るはずだった分はかっちゃんに渡してもらえませんか?」

何を言っているんだ?とデクを見るのは私だけではなく爆心地もだった。

「ぁ。かっちゃんじゃなかった、爆心地に渡してもらいたいんです」

私達が疑問を抱いたのはそこではないよ。
言い直さなくても通じているしね。

「どうして彼に渡してほしいのか理由を訊いても?」

私がデクに真相を尋ねれば、彼は俯き気味になって両手を合わせる。手指を重ね合わせたり離したりしながら、自信なさそうに言葉を繋ぐ。

「今朝、お伝えしたように僕は彼のところで世話になっています。僕、家事全般はそこまで得意ではないので、彼に任せてばかりなんです。だから、僕の生活費を心配してくださるなら、彼が受け取るのが筋かなって思うんです」

うむ。デクの言い分は理解出来ないこともない。しかし、爆心地の方が理解を示しておらず、デクを睨み据えている。

「爆心地、扶養手当はいるかい?」
「ふ、扶養!?」
「いらねぇ!!」

同時に叫ばれたが、聞き取れた。
デクは扶養の言葉に異様に反応を返し、爆心地は手当を拒否した。
いらないと断言した爆心地をデクは少し残念そうに見つめる。

「いらないの……?」
「クソが。馬鹿じゃねーんだから、頭使え。扶養になったらテメェの今の稼ぎだと税金クソ取られるだろうが。必然的に扶養からも外れる。控除が適用されていれば、俺も年末調整のやり直しで面倒臭ぇ。貢献申請も禄に出来てないクソナードの分の確定申告も誰がすんだ、どうせテメェのことだから忘れてたとか言って俺が全部やるはめになる」
「!」

デクは天命を受けたような顔をする。曇っていたのが嘘だったように。
爆心地のことを尊敬の眼差しで見つめているが、君は本当にそれでいいのかい?何か譲れないものがあったから残念そうな顔をしていたのでは?

しかし、扶養制度に関しては爆心地の言う通りである。
人類が個性を宿し、超人社会になってから多少の改正はあったが、基本的な制度は殆ど変わっていない。

「そうだね。扶養に入るデメリットもある。共働きの家庭だと妻が夫の扶養に入らずに夫婦共に被保険者となっている場合が多い」
「ふ、夫婦!?」

またデクが異様に反応を示している。
そもそも、籍を入れている前提で話しているから、根本的に要点がズレているわけだが。

私がちょっと楽しんでいるのに気付いた爆心地からの睨みが凄い強烈だ。
リアクションが大きい子は見ていて面白いんだよ。
あと、私が探りを入れようとしているのも爆心地には筒抜けのようだった。

「出てけ、クソデク」
「え?でも」

勝手に退室は出来ないと、デクは私を見上げる。
私は逡巡したが、引き止める理由はなかった。連絡が必要な時は爆心地を通せばいいだろう。デクの退室を認める。

「それじゃあ、先に帰ってるね、かっちゃん」
「おう」

私はデクの背中を見送ったところで爆心地と対峙する。彼は先程からずっと私を睨み付けたままだ。

「ベストジーニスト」
「何かな」
「アンタは一つ勘違いしてる」

おや。否定しにかかるのかな。

「アイツは我欲の塊だ」

予想と違うものが来た。もしかしなくとも、彼はどうやら自分自身に気付いていないようだ。困ったものだね。私に敵意を向けているのも無意識か。

しかし。デクを我欲の塊と評するか。爆心地が何を根拠に言っているかは定かではないが、私よりも彼の方がデクと深い関係には違いない。

「君が言うなら、そうなんだろう」

あっさりと私が納得したから、爆心地が肩透かしを喰らったような顔をする。私だって素直で良い子なんだよ。知らなかったかい?

「では早速、報告書をまとめてくれ。本来なら非番だ、コスチュームに着替える必要はない。私服のままで構わないさ」

爆心地は不完全燃焼の様子だが、自分に割り当てられているデスクに座って報告書をまとめ始めた。
他のサイドキック達が爆心地の近くに群がり、かっちゃんの呼び名について口々に尋ねている。すぐに爆心地がキレた。

「かっちゃかっちゃ煩ぇ!俺は仕事中だ!」

デク以外からのかっちゃん呼びは禁止のようだ。
私はがなっている爆心地に聞き忘れていた灰廻さんのズボンのサイズを尋ねた。唾を飛ばしながら教えてくれたよ。

彼の矯正はなかなか上手くいかない。





























◆後書き◆

ベストジーニストのターンでした。
三話目の勝デクで灰廻さん宅に謝罪しに行く手前と謝罪から帰ってきた後の隙間をベストジーニスト視点で。勘の良さそうな人なので、出久くんからかいつつかっちゃんの様子の変化見て楽しんでる感じです。
扶養控除については調べてもよく分からなかったので雰囲気でお楽しみを(汗)。なんか違っていましたら、ひろあか世界はそんなような法律になっているということに駄目かorz

勝デクが同棲しているのを知っているのはこれで灰廻さんポップちゃんジーニアス事務所の皆さん警察の方々になります。飯田君はチラッとちゅーを見てしまっただけなので一緒に住んでいることまではまだ。





更新日:2017/12/30








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