◇ 保守≠革新+MARGINAL 〜羽根山和歩の場合〜 ◇










私は向かい側にちょこんと座っているヒーローデクをジト目で見つめる。
なんで二人きりにしていくのよ、コーイチの馬鹿。
買い物に行ったコーイチを恨みながら、私はプリンを手にとって、蓋を開ける。

「あの、これ……灰廻さんの分、ですよね」
「いいわよ、あんな奴。食べなさいよ」
「で、でも」

ああ!もう!このタイプの男って嫌なのよね。でもでもって言う奴。全然男らしくない。
コーイチもそうだけどさ、私に遠慮がないだけマシだし。

「プリン嫌いなわけ?」
「いえ、好きです、けど」
「なら食べれば。コーイチがアンタの前に出したんだから、アンタが食べるべきよ」

私はスプーンで掬い取ったプリンを食べ始めた。やっぱり、ここのプリンが一番美味しいわね。静岡には店舗展開してなかったから、久々。
甘くて美味しいものを口に入れたおかげで私のイライラは消えていく。

「……い、いただきます」

私と話すことも見つからない様子で、ヒーローデクはプリンを食べ始めた。

「あ。美味しい」
「でしょ」
「どこのお店のですか?」
「ここから近いわよ」

私はプリンを買ったお店を教えた。自分が気に入っているものに興味を持たれるのは素直に嬉しかったから。

今度行ってみますと笑う彼に私は横を向いて頷く。
ヒーローデクって、素だとこんななんだ。

プリンを食べ終わった私達は手持ち無沙汰になり、会話を探す。
うーん。どうしようかしら。

「あの」

向こうから声を掛けてくれた。

「何?」
「和、歩、さんの、苗字は、何でしょうか?」
「羽根山。でも、なんで訊いたの?」
「や、その、僕、女子とあんまり喋ったことなくて。今も凄い緊張してるんですけどっ。名前で呼ぶの慣れてなくて、だから、羽根山さんって呼んでいいですか?」

もうなんか一杯一杯って感じで顔を赤くするもんだから、私は呆れた。ヒーローデクのイメージだだ下がり。

「いいけど。じゃ、私もデクさんって呼ぶから」
「はい!僕は何でも!」

良かった〜と顔をふにゃふにゃさせるデクさんを前にして私は更に呆れてしまう。この人、アレよね、コミュ障ってやつ。
まあ、いいや。名前の話になったから、私は何となく訊いてみた。

「デクってどういう意味なの?英語か何か?」

プロヒーローに詳しくなくても、知名度の高いヒーローは私だって知ってる。オールマイトとかエンデヴァーとかMt.レディとか。あの辺は有名。ああ、でも、オールマイトは引退しちゃったっけ。

新人ヒーローもテレビでよく取り上げられてる人なら知っていた。検挙率が一番高い爆心地とか、コーイチが気にしてた二代目インゲニウムとか。デクさんもその中の一人。
アメリカに一年いて、帰国後に奇跡の救出劇で登場したオールマイトの再来と呼ばれるニューヒーロー。それがデクさんの肩書き。

デビューはアメリカでだったらしいし、名前は向こうの言葉なのかなって思ってる。日本で聞くような言葉でもなさそうだから。

「あ。デクは、子供の頃からの渾名なんです。本当は馬鹿にした意味の名前だったんですけど、ある人が意味を変えてくれて。それからは悪くないなって、思って、ヒーローネームにしました」

渾名だったんだ。にしてもさ、馬鹿にされた名前をヒーローネームにするとか、ちょっと意味不明。

「馬鹿にした意味って、具体的にどういう意味よ」
「木偶の坊のデク、です。あと、本名の出久って字がそう読めるから」

日本語だったんだ。でも、それってさ。

「うっわ、典型的ないじめっぽくない?」
「あはは。かっちゃん容赦なかったから。あ、かっちゃんって幼馴染なんですけど」
「つまり。幼馴染に付けられたんだ」
「はい」

なんでそこで照れ笑いするのかしら。明らかに貶された記憶じゃない。

「意味が変わったって言ったわよね。今は?」
「頑張れって感じのデクです!」

ごめん。だいぶ意味分かんない。
自信満々なところ悪いんだけど、本当に分からない。何この人。

ニュースで見る分には気にしてたのよね。強いし凄い個性だし、格好良いって思ってたんだけど……正直、今はがっかりしてる。

「ふぅん」

適当に頷いておいた。失礼な態度にも程があるなって自分でも思うくらい。でも、デクさんは相槌を打たれただけで感動していて、女に免疫がないのが丸分かりだった。スキャンダルとか絶対ないわ、この人。

「デクさん恋人いるの?」
「へあ!?え、な、なんで!?ですか?」

凄い動揺っぷり。これ、気になる人はいるって考えて良さそうね。でも、免疫なさそうだから全く進展なしとかそんなんなんでしょ。どうせ。

「何となく」
「何となく、ですか。……こ、いびと、じゃないですけど、その、好きなのかもって思う人は、います」
「そっか」

私は簡素に切り上げた。そこまで興味があったわけでもないから。
会話が続かない空気が嫌なだけ。あと、私をコーイチの彼女だって勘違いした仕返しだ。

「そういえば、何でコーイチを頼ったのよ」

空いているホテルがなかったからとコーイチに話していたけど、他にも知り合いくらいいるはずだ。それこそ、同業者のヒーローとか。

「灰廻さん、話しやすくて。それに、事情とか強く訊いてくるような人じゃないから」

私はムッとした。

「それ、コーイチをいいように使ってるだけじゃないのぉ?」
「え!?僕はそんな……ぁ、でも、そうなのかな」

反省しだすデクさんに私はきつく言い過ぎたかもと、視線を投げる。
デクさんからコーイチを利用しようとしてる思惑は感じない。だから、謝らなきゃ。でも、私は謝れなかった。いっつも私、言えないのよ……。

「かっちゃんのこと灰廻さんも知ってるから、気付いたら此処に来てしまって。甘え過ぎでした」

私は視線をデクさんに戻した。
さっき、聞いた名前が聞こえたから。

「ねえ、かっちゃんってさっきの幼馴染でしょ?まだ、疎遠になってないの?」

馬鹿にしてくる子なんでしょ?なんで、今でも近くにいるのよ。離れればいいのに。

「アメリカに行ってた一年は音信不通でしたけど、幼稚園から高校まで同じだったから、かっちゃんがいないっていうのは考えられないです」

あっけらかんと、デクさんは言った。
その幼馴染がいない人生はもう考えられないって言っているようなものだって、本人は気付いてるの?

「ねぇ、さっき言ってた好きな人って、そのかっちゃんでしょ」
「へ、ぁ!」

ほら、真っ赤じゃない。分かりやすっ。

縮こまって焦りだすデクさんを私は頬杖をついて観察した。
男にしては大きな目。羨ましいって思わなくもないけど、そばかすはいただけない。そのぼっさぼさの髪も。
あとさ、なに、その服。白Tにタイツって書いてあるんだけど。私だって化粧落としてポップ☆ステップの衣装脱いだら……認めたくはないけど地味めよ……それでも私服はそれなりの着てるのよ。もうちょっと頑張りなさいよ、頑張れって感じのデクなんでしょうが。

観察しながら文句を内側に吐き出していたら、デクさんは顔の半分を覆うように右手を持ち上げた。うわ。

「ぁ!すみません。気持ち悪いですよね」

傷だらけでボコボコの右手をデクさんは咄嗟に下げた。テーブルで見えなくなる。
そんなに卑下しないでよ。こっちまで鬱屈した気分になるわ。

「……ビックリしただけよ。誰も気持ち悪いだなんて言ってないじゃん」

なんだったら、ウナギの個性持ってた男のぬるぬるの方が気持ち悪かった。私のファンだったから握手は出来たわよ。でも、ハグされて全身ぬるぬるのべとべとになったのは本当に最悪だった。
ま、あそこまでになったのはトリガーって薬のせいだったわけだけど。個性を暴走させる麻薬。

お気楽な私だって危険な橋を渡ってきてる。デクさんのボコボコの手を見たって平気よ。さっきは初めて見たから驚いただけ。

「だから隠そうとしなくていいわよ。逆にウザい」
「す、すみませんっ」

あああ。本当にこの人面倒臭い!早く帰って来なさいよ、コーイチ!どこまでチンタラ買い物行ってんのよ!

なんか。また会話がなくなってしまった。

訊いてもいいことか迷ったけど、私も女だから恋バナには興味がある。他人であるデクさん個人の恋愛事情はどうでもいいけど、幼馴染が好きってのはドラマでよく見るくらい王道だし。

「ねぇ、かっちゃんとはどこまで進んでるの?」
「ええ!?ど、どこまでって、そのぉ」

うわぁ。本当にさ、奥手って感じ。無自覚もアレだけど、自覚しといてコレも駄目よ。
何にも進んでないんだなって思ったけど、デクさんから爆弾発言が来る。

「一緒に、住んでます」

私はとんだ間抜け面だったと思う。デクさんがわたわたと慌てているから。

ねぇ。一緒に住んでるなら、ゴール間近じゃないの、それ。なのに恋人でもないの?一方的に片想いなわけ?

「意外と大胆ね」
「いえ、住もうって言ってきたのは向こうからで」
「…………それ、あっちもアンタのこと好きってことじゃない」
「違います。それは、ないです」

俯いていくデクさんの顔に陰が落ちる。
訊けない空気になっちゃった。

でも、私には思い当たる感情だった。だから、今まで誰にも教えたことがない、ちょっとした秘密を打ち明ける気になった。

「デクさんの気持ち、少し分かる」
「え?」

顔を上げるデクさんに私は頷き返した。
昔話をするから、クドい話になることを前置きしておく。デクさんは大丈夫と耳を傾けてくれた。

「私、子供の頃ね。川に落ちたことがあるの。死んじゃう、もう駄目だ、助けてって。川の水が口の中に入ってきて叫びも出来なかった。でも、助けられたの。受験生のお兄さんに」

ぽつりぽつりと話す私の体験をデクさんは真剣に聞いてくれていた。
私はコーイチの顔を思い出す。まさか、再会出来るなんて思ってなかった。

「びしょ濡れの私に、お兄さんはオールマイトのパーカーを被せて、急いで走っていったわ。受験には、間に合わなかったみたい」

何かに勘付いた顔をしたデクさんを前に、私はコーイチからも昔話を聞いているんだと気付く。そうだろうって予感もあったから、話してるんだけどね。

「その、オールマイトパーカーって、シルバーエイジの……」
「そうよ」

肯定する私を見て、デクさんは考え込む。

コーイチのオールマイトパーカーコレクションには唯一欠品がある。シルバーエイジバージョンの正規カラー版だけがない。
私が、返していないから。

「灰廻さんは、男の子を助けたって言ってましたけど」
「コーイチの勘違いよ。失礼しちゃう」

頬を膨らませた私は近くにあったクッションを手に取って床に何度も叩きつけた。うわ、やだ、埃舞ったし。

「けほっ、けほっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「っ、もっと綺麗にしときなさいよね!」

ここにはいないコーイチに悪態をついて、私はクッションを放り投げる。

「灰廻さんは、羽根山さんだって気付いていないんですね」

話を戻してくれて助かったわ。

「そう。だから、デクさんの気持ちが少しだけ分かるって言ったの。私も一方的だから」

だから。だからね。

「私、ずっと、コーイチにごめんなさいって謝りたくて。ありがとうってお礼言いたくて。どっちも、まだ言えてないの」

私の言葉と想いをデクさんは真剣に聞いてくれている。受け止めてくれている。

「そんな私が言えた義理じゃないけど、話してみたら?向こうが気付いてないって可能性もあるってこと、デクさんは期待してもいいと思う」
「そう、でしょうか?」
「頑張りなさいよ、デクなんだから」

今すぐには決断出来ないみたいだったけど、デクさんは前向きに考えてみるって頷いてる。そうね、時間は必要だもの。

「羽根山さんも、言えるといいですね」
「ほっといてよ」

私はプイッとそっぽを向いた。

それからはデクさんの緊張も薄れて、私も気安く喋れるようになってた。
デクさんは昔からヒーローが好きで、グッズとかポスターを集めるのが趣味らしい。いわゆるオタクで、オールマイトに一番思い入れがある。それでコーイチと意気投合したって。

四年前にコーイチと知り合ったってことは、静岡の時ね。私が彼とすれ違うことがなかったのは、コーイチのコンビニに私が近寄らなかったからだ。だって、嫌じゃない、私がコーイチのこと意識してるみたいで。だから頑なにコーイチのコンビニには行かなかった。あのアパートから一番近いコンビニだったけど。

会話は弾まなかったけど、キャッチボールは出来ていた。お互いに慣れてきた頃、コーイチが帰ってきた。客を一人増やして。

新たな客の姿を見た瞬間、デクさんが飛び上がった。近くにいた私まで肩が跳ねた。私はデクさんの視線の先に目をやる。
アイツじゃん。犯して殺すマン。アイツに痛い目に遭わされたこともあるのに、本当に懲りないんだからコーイチは。馬鹿よ。

ま、アイツも今では悪い奴じゃないからいいんだけど。
いいんだけど、さ。デクさんは何でこんなにビクビクしてんの?
コーイチに宥められて座るけど、同じテーブルを囲むアイツに怯えてる。話し掛けようかとも思ったけど、デクさんの様子を見る限り会話なんて出来そうもない。

ぎゅるるる。
私は恥ずかしさにお腹を押さえた。デクさんも私と全く同じことしてた。
コーイチがチャーハンをすぐに作ってくれる。意外と美味しいのよね。私は素直になれなくて文句を言いながら全部食べた。

全員が食べ終わると、コーイチはアイツを問い詰めてた。デクさんに何かしたんじゃないかって。でも、違ったみたい。

デクさんが勝手に怯えてしまうんだって自分で言ってる。アイツがかっちゃんに似てるからって。うわー、アイツに似てるとかマジあり得ないんだけど。デクさんってそんなのがタイプなわけ?あとさ、怯えてるデクさんを見ていると、もしかしてMなのかなって……もしそうならドン引きなんだけど。

コーイチから爆豪って知らない人の名前が出てきたし、私が分からない話かも。だから無駄口を挟まないようにベッドに座ってスマホを取り出す。SNSを開いて『デクの画像ちょーだい☆』って呼び掛ける。フォロワーのファン達が一斉に画像を送ってくれた。一部からは『ポップちゃんデクが好みなの?ショック』『だけどデクならしょうがないか』ってそんな言葉も飛んでくる。やめてよね、全っ然タイプじゃないんだから。
そこにいるのが本物なのか確かめるだけよ。

面倒な声は無視して私は送られてくるデク画像を流し見る。ああ、この間のやつねー。これは帰国後すぐのやつだわ、頭から血が流れてるもん。あ、これ巨大ヴィラン倒した時のじゃん、超格好良かったやつ!これは何度見ても格好良い。

私はスマホの画面と見比べるためにデクさんを見た。アイツに胸倉を掴まれて泣きそうな顔してた。

「あっ、ははははは!」

可笑しすぎて私は大笑い。画面の中のヒーローと違いすぎてもう笑うしかなかった。
お腹痛いくらいよ。

「な、なんだよ」
「だって!よわ、デクなのに弱っち!あはは!何ソレ!」

コーイチが私を不審な目で見てくるけど、どうだっていい。もう色々可笑しいわ、デクさん。

私が割って入ったせいでアイツは気が逸れたみたい。

空気が落ち着いたところで、コーイチがデクさんに何があったか訊いてる。あー駄目駄目。コーイチ鈍いし、絶対に専門外。
だから私はコーイチを相談相手にするのはやめたほうがいいってデクさんにアドバイスした。けど、デクさんは最低限の礼儀だけは譲れなかったみたい。けっこー誠実じゃん。見直した。

で。やっぱり原因は幼馴染のかっちゃんみたい。またコーイチから爆豪って名前が挙がる。三角関係か何かなのかしら。
疑問に思ってる間にデクさんがブツブツ言い始めた。こわっ。
恐る恐るコーイチに訊けばオタク特有のやつだって言われる。お前のファンにもいるだろって言われたけど、あんな怖いのはいないわよ!心外だわ!私はコーイチを引っ叩いた。

そんなことをしていたら、突然デクさんが泣きだした。かっちゃんって何度も切なげに呼びながら、涙をはらはらと零して。

コーイチが慌てて涙を拭くもの探してるけど、外からの爆音にコーイチが転ける。私はベッドにしがみついて、アイツは外を確かめるために窓を開けた。ちょっと、夜風が寒いんだけど!
文句を言いたかったけど、その前に玄関の扉が外から蹴り破られた。

度重なる騒音と寒さに私はより一層、苛ついたけれど、私なんかよりも機嫌が悪そうな男がいた。爆心地だ。彼を視界にいれた瞬間、デクさんが「かっちゃん」って口を動かした。

へ?

瞬きもしないうちにデクさんは消えていた。みんなが窓を見ている。そこから出てったの?見えなかったんだけど。

爆心地がコーイチにヴィランを投げつけて何か言ってるけど、私の耳には全然入ってこなかった。
だって。ええ。ちょっと待ってよ。かっちゃんって、その。嘘でしょ。そんなわけ。

「ねえ」

爆心地はもういなくなっていた。
なんか煙臭くて咳き込んだ私はようやく声を出せた。

「何?」

私はどこを見るでもなく空中に視線を投げていたけど、コーイチの声が聞こえた。

「デクさん、逃げてきたって言ってたよね?」
「うん」

デクさんは逃げてきた。誰から?かっちゃん?爆心地?

「爆心地から逃げてきたの?」
「そうだよ」

デクさんは爆心地を見てかっちゃんと呼んだ。じゃあ、かっちゃんって、つまり。

「かっちゃんって、女の子じゃないの?」

コーイチが間抜けな声を出してた。いつもの私なら威嚇してた。けど、そんな気力もなかった。
私の様子から、コーイチは説明をしてくれる。

「緑谷君の言ってるかっちゃんはさっき来た爆心地のことだよ」

嘘。ウソウソウソ。

「一文字も掠ってなくない?」
「本名が爆豪勝己君だから、下の名前からとってるんじゃない?幼馴染だし」

幼馴染。確定してしまった。

夕食時からコーイチが名前を挙げていた爆豪って人が爆心地でかっちゃんだった。
私は両手で自分の顔を覆う。

「かっちゃんって、ちゃん付けだから私てっきり女の子だと思ってたあああああ」

デクさんややこしすぎる!
いや!それより!それよりも、よ!
デクさんって、つまりさ、男の人がって、こと?そもそも、それ以前に、片想いの相手があの爆心地?

デクと爆心地が……デクと爆心地が……。
頭がパンクしそう。むしろパンクしてるわよ!
い、一緒に住んでるんでしょ?

訳が分からなくなってきた私はふらふらとコーイチの家を出た。
古ビルの階段を降りて地上に着くと、アイツも降りて来た。家の近くまで送ってくれるって。
いざとなれば跳躍の個性で逃げられるけど、夜道はちょっと怖いわね。一人だと。
話相手がいたほうが気も紛れるかなと、私は文句二つで了承した。

「なあ、デクのことどう思う?」

今はその話題やめてほしかったわ。気の利かない男。

「なんで私に訊くわけ?」
「あのジジイが調べろって言ったんだよ」

コイツがジジイって呼ぶのは、ナックルダスターのことだ。あの変なオッサンから調べて来いって命令されたんだ。でも。

「そんなことコーイチに言ってなかったじゃん」
「……巻き込みたくねーんだっつーの」

ふぅん。コーイチの身を案じてるのね。根っからのヒーロー気質だから、無茶して首突っ込んでくるのが目に見えてるもんね。
でもさ、私はいいわけ?女の子よ?か弱い女の子。
ま。私は余計なことしないって分かってるからだと思うけど。

「どう思うかって質問への答えだけど、ちょっと気持ち悪いくらいのヒーローオタクだったわ」
「なんだそれ」
「事実よ。子供の頃からオールマイトに憧れてて、彼みたいなヒーローになりたくて夢を叶えた男の子って感じだった」

怪しむ要素なんて何一つない。
私は感じたままをアイツに語った。

「じゃあ、爆心地は?」
「私……爆心地のこと今日以外はテレビでしか見たことないんだけど」
「デクから何か聞いてんだろ」

私は暫く考え込む。
恥ずかしい話しかしてないわ。

「……恋バナ」
「はぁ?」
「恋バナよ!だから教えない!」

これは私とデクさんの秘密の話だ。だから、誰にも言わない、教えない。

「こいばなって……」

アイツは呆れて、それ以上言葉が出てこなかったみたい。
借りてるマンションが見えて来たから、私は「じゃあね」と跳躍の個性で高く跳んだ。
アイツが大声で何か言ってるけど、無視だ、無視。

「デクさんが……爆心地と、ね……」

どっかで不仲だって聞いた気もするんだけど、噂なんてアテにならないし。私、まだ自称だけれど、アイドルだもの。馬鹿みたいな噂なんて信じない。
私は、私の目で見たものが真実だって理解しているんだから。

マンションの借りている部屋を開ける。私は電気も点けずに衣装箪笥から唯一持っているオールマイトパーカーを取り出した。

デクさんが泣きながら彼を呼び続ける声が蘇る。
私のこの気持ちは、あんなに強いものじゃない。けれど、『羽根山さんも、言えるといいですね』って笑顔を思い出して勇気が湧く。頑張ろうって。
確かに、頑張れって感じのデクだわ。

星を見ようと窓の外に視線を向ければ、向こうの街並みの一角で爆発光が輝いた。
私は、見なかったことにした。





























◆後書き◆

三話目でごっそり抜けたポップちゃんと出久くんのお留守番中の様子。
ポップちゃんが出久くんに対して辛辣ですが、ヴィジランテ読んでると根は優しい子ですよね。出久くんとの恋バナで勝デクの掘り下げをしてもらいました。
留守番後は一部台詞が重複しておりますが、ソーガさんとの帰り道は新しく追加。

ヴィジランテの時間軸から九年経っている設定なので、フリーアイドルだったポップちゃんは東京に戻ってきてからは本物のアイドル目指してオーディションを受けていく…流れになる予定です。

灰廻さん視点で抜けてしまう勝デクシーンは他のキャラ視点で今後も増えます。





更新日:2017/12/27








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