◆保守≠革新+MARGINAL◆










春と夏の間。肌寒くもなく、暑くもない季節がやってきた。
この頃になると俺は就職を考えず、このまま気ままにコンビニ店長を続けようかと自堕落になっていた。仕事はちゃんとやってます。手は……多少抜いてるけど、抜きどころを心得ているのであって、決してサボったりなんかしていない。本当だよ?

そういえば昨日は懐かしい顔にあったなー。東京に戻ってきてからは初めてだ。北区の方に住んでいると言っていたから、ここからちょっと離れてるんだよな。
と、久々の再会を思い出していたら昨日振りに再会した。

「いらっしゃ……あれ」
「いい店じゃねーか」
「コンビニなんてどこも一緒だろ?」
「…………」

取り巻き二人の後ろに昨日再会した釘崎爪牙さんがいた。俺は彼をソーガさんと呼んでいる。
手前にいる取り巻きの二人も顔見知りで、見た目がアラジンのランプの精みたいなのが灯市燃さん。異形型でトカゲ顔の彼が十日夏ラプトさん。

三人との出会いは最悪だったが、今では良好な関係を築いている。特にソーガさんとは色々あって、なんだかんだで気の置けない仲だ。
俺は友達になりたいと思っているんだけれど、向こうは違うみたいで、そこだけは寂しい。

「久しぶりだな」
「元気だったか?」

取り巻きの二人が俺へと次々に挨拶する。俺も懐かしい顔に自然と笑顔になった。

「うん、元気だよ。今日はどうしたの?」
「ソーガに聞いたんだよ。お前が東京に戻ってきてるって」
「コンビニの場所探すの手間取っちまったよ。地図アプリ使えねぇって苛つきながらソーガが探してくれたんべ」

ソーガさんが。へえ〜。俺はニヤニヤしながら奥にいるソーガさんに視線を向ける。
買い物先で昨日会ったときは素っ気なかったのに。

「チッ」

また舌打ちされちゃった。悲しい。
なんか顔合わせる度に舌打ちされてる気がする。

「やっぱ、相変わらず親切マンだか苦労マンやってんの?」
「だから、ザ・クロウラーだって」

人の流れが落ち着いたからバイトの大学生君は今休憩中だ。だからやんややんやと多少は騒げる。
幸いなことに他に客もいないし。

と、思ったが、丁度誰かがコンビニに入ってきた。

「いらっしゃいませー」
「こんにち……へ、ぁ」

緑谷君だ。またツッコミに困るあのTシャツを着ている。今日はセグウェイか。
けど、それよりも緑谷君の様子がおかしい。どうしたんだろう。

ガタガタ震えている緑谷君の視線は俺に向けられていなかった。彼の視線を辿れば、威圧を放つ三人組。ソーガさん達だ。

昨日は冷たくあしらわれたが、三人とも職に就いていると聞いた。だから足は洗っているはず。昔のチンピラ感が今も残っているけれどカタギの人だよ。大丈夫だよ、緑谷君。
初めて見ると怖いかな?

「親切マンの知り合いか?」
「弱っちそうだなぁ」
「ガタガタ震えんな。目障りだ」
「す、す、すすすみませんん」

緑谷君?え?君、ヒーローなんだからもっと堂々としてていいよ。絶対、君が一番強いよ。俺達の中で。

「知り合いも何も、ソーガさん達だって知ってるだろ?」
「は?」
「何言ってんの?」
「こんなチビ知ら……」

ソーガさんが僅かに首を傾げるのと同時に新たな誰かがコンビニに入って来た。来店の音楽が消え切る前に入って来た彼は緑谷君が振り返るよりも早く、前に進み出た。

「なんだ、テメェら」

喧嘩腰の失礼な第一声にソーガさん達がメンチを切る。

「……かっちゃん」

新たな客は爆豪君だ。前に進み出た彼の動作は緑谷君を背に庇っているように見える。
そんな爆豪君に緑谷君は一度大きく目を見開いていたが、彼の名を呼ぶ時には不愉快そうな表情を称えていた。

「かっちゃん!」

爆豪君の腕を掴んで緑谷君ははっきりと彼を呼んだ。振り向いてくれるように。

「引っ込んでろ」

振り返りもせず、爆豪君はソーガさん達を睨み付けたまま緑谷君に言い返した。
いやいやいや。他に言い方あるでしょ。せめて振り返ってあげようよ。庇ってるのか貶してるのかどっちか判らないよ、それ。
あちゃー。緑谷君なんだか思いつめた顔しちゃったよ。うーん。なんかさ、爆豪君って言葉が足りないってより、言葉の選択が天邪鬼だよね。

暫く。誰も喋らない張り詰めた空気が出来上がってしまい、俺まで言葉が出なくなる。
痛い静寂を破ったのはソーガさんだった。

「おま……爆心地!」

と、目の前に立つ爆豪君を指差す。人差し指を向けられた爆豪君は無礼な奴だと言わんばかりの苛つき顔でソーガさんを睨み付けた。

「だったら何だ」

爆豪君が爆心地だと判るや否や、取り巻きの二人が焦りの表情を中心のソーガさんに向ける。もう、どうにかしてって感じで。

「ぅぐ……っ」
「やばいって、ソーガ」

二人の掛け声にソーガさんは指を引っ込める。いつでも強気なソーガさんにしては珍しく、冷や汗を垂らしながら退路を探している。

「俺らのことバレたんじゃ……」
「そんなわけ……」

何の話なんだろう?

コソコソしてるから爆豪君の耳に彼らの会話が届いているのか微妙だけれど、爆豪君は訝しげにソーガさん達を眇める。
けどさ、爆豪君って他人のこと覚えないよね。みんなモブだもん。全人類皆モブ。

色々と要領を得ないけど、爆豪君が所属するヒーロー事務所はベストジーニストの所だから北区だ。ソーガさんは北区に住んでいる。ここから導き出される答えは……。

「かっちゃんってば!」

答えを出すより先に緑谷君が爆豪君の肩を掴んで力任せに彼を自分に向かせた。爆豪君の顔が更に険しくなる。こええ。
緑谷君も流石に怖いと感じたのか、ちょっと怯えている。

「んだよ、クソデク」
「昔みたいなこと、しなくていいよ」
「はあ!?テメェがグズグズ怯えてたんだろーが!」
「そ、れは、条件反射って言うか、そもそも君のせいで……」

ギッと睨んでくる爆豪君に緑谷君はひくりと身を引く。
爆豪君は肩にあった緑谷君の手が離されたところで店内の奥へ行ってしまった。緑谷君は慌てて追い掛けていく。

ごめんと謝る緑谷君の背中が遠退き、二人の姿が棚に隠れる。かろうじて棚からはみ出ている二人の頭が居場所を教えてくれていた。

「ソーガさん達さあー。何やらかしたの?」
「やらかしてねーよ。仕事だ、仕事」

まだ苛ついているが、どこか安堵した様子のソーガさんは俺の耳元に顔を近づけて仕事だと言う。

「お仕事って?」
「…………」
「言えないことしてるのかなー」
「……探偵」
「はい?」
「だから、た・ん・て・い」
「たんてい」
「探偵」

乗り出していた身体を戻したソーガさんは、だから言いたくなかったんだとか何だとかブツブツ零しながら頭を掻いている。
似合わねーとか思ってんだろっと吐き出すので俺はブンブンと顔を横に振った。
意外だとは思ったけれど、前に彼が事件に巻き込まれた境遇を鑑みれば何ら可笑しなことはないからだ。

「立派な仕事だと思いますけど」

へらっと俺が笑えば、ソーガさんは顔を赤くして照れた。
そんなソーガさんを両側の取り巻きがやいのやいのと突っつく。仲良いなー。

「でも、その仕事と爆豪君に何の関係が?」
「ばくごう?誰だ」
「爆心地の本名だろ」
「あ、そうだった」

話戻していい?

「で、何やらかしたの?」
「やらかしてねーっての」

ソーガさんは店内を見渡して、爆豪君がまだ奥にいるのを確認すると声を顰める。

「パパラッチの依頼とかもあるんだよ」

探偵と言っても、そう大層な事件ばかりではなく、小さい事件も扱うらしい。迷子の猫探しならまだ良い方で、稀にソーガさんが今さっき言ったようにパパラッチ紛いのことまで頼まれるそうだ。出来れば断りたいみたい。でも探偵業の維持費を考えると引き受けるしかないのが現実だと、ソーガさんは語る。

「そのパパラッチのターゲットが爆豪君ってわけか」

苦々しくソーガさんが頷いた。

「もう終わった仕事だけどよ。爆心地だって最初から分かってたら、絶対に引き受けなかったぜ」

蓋を開けてみれば何とやらか。

「あいつ、北区のパトロールしてるからヴィラン退治の現場に出会すことも多くてよぉ。いっつもキレてるし、おっかねぇ」

ソーガさんにまでそう言わしめるなんて爆豪君って本当に恐ろしいんだなぁ。おー、こわい。
自分にあの凶悪顔が向けられたら縮み上がるけど、他人事だと割と楽しい。ソーガさん達には悪いけれど。

「後ろつけてるの気付かれて何度か追い掛け回されたし」
「それもうバレてんじゃん」
「俺らだってのはバレてないし、さっき見ただろ?」
「バレてないって言うか、爆豪君がソーガさん達の顔覚えてないだけじゃん」

コソコソ話していたら、緑谷君の「かっちゃん、聞いてよ」と割と近くで声がして俺達は黙る。
いつの間にか二人はレジ近くのところにまで来ていた。
爆豪君の声まで聞こえないから、どうやら緑谷君が一方的に呼びかけ続けているみたいだ。

「悪かったよ」
「……」
「ほんと、ごめんって。この通り」
「……」
「大変、申し訳御座いません」
「……それはなんに対しての謝罪だ」

お。やっと爆豪君が返事した。

「ええっと、かっちゃんの機嫌を悪くしたことへの、謝罪、です」

爆豪君の溜息が聞こえてきた。ボソっと小声で何か言い返したようだけれど、俺の耳には聞こえなかった。
ここからだと緑谷君の顔の半分しか見えないが、彼は爆豪君に何かを言われて表情を歪めていた。ちょっと、泣きそうかな……。

「かっちゃんは小さい頃に戻りたいのかもしれないけど、僕はそうじゃない。違うんだ……よ」
「オイ、人の話聞いとったんかよクソナード」

地を這うような爆豪君の声に緑谷君が怖気付いて固まる。
そんな緑谷君を無視するように爆豪君はずんずんとレジにやって来て、咄嗟にソーガさん達が道を開ける。

ダン!と大きな音をさせて爆豪君はスポーツ飲料のペットボトルをレジ台に乱暴に置いた。音に吃驚した俺はビクッとしながらも会計をする。
おずおずと近づいてくる緑谷君を爆豪君は見向きもせずにペットボトルを手に取ると外に向かおうとした。それを俺は引き止めていた。

「喧嘩は良くないよ」

その一言で爆豪君が俺の顔を見た。

「ナード顔か……」

あ。今、気付いた?

「爆豪君も緑谷君も喧嘩は駄目だよ」

今は口喧嘩に収まっているけれど、前に飯田君から聞いた大喧嘩に発展しては一大事だ。学生の時ならまだしも、今の二人は立派なプロヒーロー。全力を発揮した個性喧嘩をしたら周りを巻き込みかねないはず。

「んなんじゃねーよ」

爆豪君は呆れ気味に溜息を洩らすと、緑谷君の元に近づき、彼の手にあったメロンパンとジュースを奪い取ってレジに持って来た。俺はレジに通した。あ。これどっちもシール集めて応募するとヒーローグッズが当たるやつだ。

緑谷君が慌てふためいている間に爆豪君はサクッと会計を済ませてしまう。レジ袋に入れたそれらと一緒に自分が買ったスポーツ飲料も爆豪君は突っ込んだ。
それから、僕が払うからと爆豪君にお金を渡そうと財布を取り出す緑谷君の腕を爆豪君が掴む。

「俺は譲らねぇ。テメェも譲らねぇなら上等だッ、クソが!とことんブチのめす!」
「へあ!?」

ええっ。なんでそこで緑谷君赤くなるの!?明らかにそんな台詞じゃなかったよね?爆豪君ブチのめすって言わなかった?俺の幻聴?
これも天邪鬼発言なのか?だったら誰か翻訳してくれ〜。

俺の頭が混乱している間に爆豪君は緑谷君の腕から手を離すと、直ぐに手を繋ぎ取ってコンビニから出て行った。

「あり、がとう御座いましたー」

去り際、慌てた様子で緑谷君が頭をぺこっと俺に下げた。お礼、だったのかな?
首を傾げていれば、ソーガさんが意外そうな顔で俺を見ていた。

「え。何?」
「爆心地相手によく言えるもんだな」

感心混じりにしみじみ言われて俺はそうかな?と瞬く。

「だって、悪い子じゃないし」
「テメェ案外大物になるんじゃね?」
「またまた〜」

褒めても何も出ないし、奢らないぞ〜。
へらへら笑う俺をソーガさんは得体の知れないものを見るような目であっち行けしっしとやる。地味にショックだ。

「あ。でもよ、横にいた弱っちそうなの、誰だったんだ?」
「俺らも知ってるって言ったよな?」

取り巻き二人はまだ気付いていないようだ。ソーガさんの方はもう気付いている様子で、二人を振り返って緑谷君のヒーローネームを口にした。

「デクだろ」
「え?」
「ええええ!?」

あー。これが一般的な反応なのかー。
普段の緑谷君とヒーローデクが結びつかないんだ。

「や、嘘だろ?」
「なんかひょろっこくなかったか?」

取り巻き二人の印象は客観的には正しい。Tシャツ一枚だったら二の腕の筋肉まで見えたかもしれないけど、緑谷君は薄手のパーカーを上に羽織っていたからパッと見ではそこら辺にいそうな学生さんって雰囲気がある。

「緑谷君脱いだら凄いよ。一緒に銭湯行った時見ちゃったけど、筋肉めちゃめちゃ堅そうでさあ。男として羨ましい」
「なんで一緒に銭湯に行く仲なんだよ」
「それはまあ、色々ありまして」

えへへと俺は照れる。

「ソーガさん達も今度一緒に行こうよ、銭湯。裸の付き合いってやつ」
「一人で行け」

やっぱり冷たい。
でもそれがソーガさんだよな。変わっていなくて安心する。

「なあなあ、それよりさぁ。かっちゃんってなんだ?デクと爆心地って仲悪いんだろ?」

さっきも不穏な空気だったとラプトさんが目をギョロっとさせて訊いてくる。
それは俺も気になっていたとソーガさんも俺に問い掛けの視線を向けていた。

二週間ほど仕事で爆豪君をつけていた時期があるのに、あまり情報は得られなかったみたい。誰かと一緒に住んでるっぽいとだけ買い物やゴミ出しの量で判明したらしいけど……あの週刊誌の記事の情報源この三人だったんだ。
緑谷君と住んでるってのは言っちゃ駄目だよな。俺が気付いた時、緑谷君明らかに動揺してたし。うん。秘密だ。

で、ソーガさん達の疑問のタネに戻るけど。
俺は彼らが中学生の時から特に気に留めていなかったなぁ。でも確かに爆豪君の見た目に反して可愛らしい渾名だとは思う。それでも子供の頃は似合ってたんじゃないかな。爆豪君だって人の子なんだし。

「幼馴染なんだって」
「そうなのか?そんな情報出回ってないよな?」
「デクってテレビとか殆ど出ないし、謎だよな。爆心地はバンバン出てるのに」

事務所がオッケー出したら爆豪君も拒否出来ないからじゃないかな。緑谷君は事務所に入っていないってのもあるけど、彼が俺のところに泊まってた時に言ってたんだよね。自分が好きなヒーロー番組に自分が出てたらしっかり楽しめないって。自分の活躍よりオタク活動のが大事だそうです。本当にブレないなー。

話に区切りがついた頃。丁度、大学生君が休憩から戻ってきた。不良風のソーガさん達を見て一瞬ギョッとしていたが、何もしない様子を見て安心したのか、気怠げに隣のレジに立った。

ソーガさん達が飲み物やカップ麺を買っていく。俺はソーガさんのレジ相手をしている時に湧いた疑問を口にした。

「探偵事務所って三人だけ?」
「仕切りはボスがやってる」
「へ〜」
「お前も知ってる奴だぜ」
「え?」
「じゃあな」

片手をあげて去って行くソーガさんと取り巻き二人の背中はどんどん小さくなっていった。
三人が見えなくなっても俺はずっとコンビニの出入り口を見つめたままだった。
俺も知ってる人?……まさかね。



それから数週間が経ち、俺はコンビニからの帰り道で歓声を聞く。
あれ?と思った俺の足は歓声が湧く方に足を向けていた。法被を羽織り、団扇やペンライトを持っている人集り。

「みんなー!ひっさしぶりのライブなのに来てくれて有り難う〜!」

俺は上を見上げた。
静岡のアパートに住んでいるはずの和歩、ポップ☆ステップが東京の路上でゲリラライブを敢行していた。

「ポップちゃ〜ん!お帰り〜!」
「待ってたよー!」

ファンからの歓声に満足気なポップは持ち歌を披露し始めた。相変わらず上手じゃない。ひどい音痴じゃないだけマシだけど、ね。
街灯や車を足場にしてポンポンと飛び跳ねている。彼女の個性は跳躍。踏み台があれば高くジャンプ出来るんだ。

それにしても。あんなに楽しそうに笑ってる彼女を見るのは久しぶりだ。会うこと事体が久しぶりだけど、清々しい笑顔は本当に数年振り。
キラキラしているポップの姿に満足して俺は家路に向かうべく、後ろを振り返った。遠目にパトカーがいた。やば。

ポップのライブは無許可の違法行為だ。取り締まられるべきなんだけど、楽しみとか生きがいを抑えつけるってのはあんまり好きじゃない。何でもかんでも規制してたらストレス溜まるし。程よく解放してスッキリした人生送りたいよ。

「警察!!警察来てるよ!!」
「!」

あの時と同じやり取りだ。
苦笑したいが、そんな場合でもない。パトカーのサイレンが近づいてくる。

「みんなー!ごめんね!復帰ライブはここでおしまい!!今日は有り難う〜!!」

残念そうなファン達に投げキッスのお詫びをして、ポップはビルとビルの間をポンポンと跳んでいった。

パトカーから降りてきた警察官が路上に群がるファン達に通行の邪魔だと注意している。それを横目に俺は巻き込まれないよう、姿勢を低くして滑走でその場を去る。

住まいに帰り着いてみれば、家の中にポップがいた。目元のマスクだけ外している。

「コーイチ、カーテンどこやったのよ」

どうして俺の家なのに、君が我が物顔なんだ。って、もう腐るほどやったやり取りだから俺は溜息一つ。
家の鍵は変えていない。だから、前に住んでいた時に合鍵を渡している和歩と師匠は俺の家に自由に出入り出来る。

「うーん。引っ越しの荷物でまだ開けてない段ボール箱の中だと思う」
「さっさと出しなさいよ。あれ、私の私物なんだから」
「はいはい」

俺はまだ整理していない段ボール箱を三つとも開けた。最後の一つにカーテンが入っていた。

「あったよ」
「時間かかりすぎ!」

バッと俺の手からカーテンを奪い取って、和歩は着替えるために天井にカーテンを括り付ける。

和歩が着替えている間に俺は風呂場の掃除を済ませた。戻ってくれば、私服姿の和歩に黒いコスチュームを押し付けられたので洗濯機に入れて回した。
俺は君のマネージャーじゃないんだけど。

てか。

「旅行?里帰り?」
「里帰りだけど、今はここの近くで一人暮らし」
「大学は?」
「……どーでもいいでしょっ」

唇を尖らせて横を向く和歩に俺は首を傾げる。
まあ、いいけど。和歩には和歩の人生があるのだ。俺がとやかく口出しすることじゃない。
俺だって立派な大人ってわけでもないし。説教とか柄じゃないしさ。

「あ、あのさ」

躊躇いがちに和歩が口を開いた。

「何?」
「また、ここに来てもいい?」
「いいよ」

俺は考えることもなく返事した。けれど、和歩はとても意外そうな顔で俺を見上げる。
そのあと俯いて「そっか」とだけ呟き、その場に腰を下ろした。

「お腹すいた。コーイチ、何か作ってよ」
「女子力ってなんなんだろうなー」

聞こえないように小声で言ったのに、和歩の耳にしっかり届いていたようでクッションが飛んできた。痛。

食材を確認するために冷蔵庫を開ければ、外から扉をノックする音があった。冷蔵庫を閉じた俺は玄関に向かう。

「はい。どちらさま……」
「突然、すみません」
「緑谷君?どうしたの、俺の家に来るなんて。あ、それより先に上がって上がって」

ぺこりと頭を下げた緑谷君は遠慮気味に俺の家に上がった。
しかし、和歩の存在に気付くと途端に顔を真っ赤にして後ずさる。

「ご、ごめんなさい!僕、帰ります!」
「ええ!?今、来たばかりだよ!?」
「で、でも、彼女さんがっ」

緑谷君の発言に和歩は顔を赤くして立ち上がる。

「そんなんじゃないわよ!誰がコーイチなんかと!」
「なんかってヒドイなぁ」

傷つきはしないけど、もうちょっと言葉選んでほしいよね。

「緑谷君、違うよ。和歩は仲間、一緒にヴィジランテやってる」
「だから私は違うって言ってるでしょ!」
「まあ、友達だよ」

和歩が煩いけど、俺は緑谷君に彼女ではないことを告げる。
緑谷君はそれでもおろおろしていたので、それとなく彼を家の中に誘導して、テーブルの近くに座ってもらう。
和歩はむすっとしていたが、再び腰を下ろした。緑谷君とは向かい側の位置に座る感じだ。

「で、誰よ」
「あ!ええっと、緑谷出久って言います」
「ふーん。コーイチの何?」

緑谷君に向けられていた和歩の目が俺に向けられる。

「コンビニによく来てくれるお客さん」
「ただの客が何でアンタの家知ってんのよ」

コンビニの店長とその客って関係じゃ、そりゃ納得しないか。でも、その通りだしなー。

「あ、あの!僕が前に灰廻さんのお家を壊してしまって、」
「うん。色々あったから家に泊まってもらったんだよ」

明らかな説明不足に和歩の機嫌は急降下していく。顔を見れば手に取るように判る。

「そもそもさ。和歩は緑谷君の顔見てピンと来ないの?」
「はあ?こんな地味なの知るわけないし」
「ちょ、失礼だよ!」
「あ。いいです。よく言われるので」

あははと眉を下げて笑う緑谷君は、地味だと言われ慣れているようで、本当に気にしていないみたいだ。

「えと、和歩、さんでいいんですよね?改めて自己紹介します。ヒーローデクです。宜しくお願いします」

ぺこっと頭を下げた緑谷君を前に和歩はあんぐりと口を開けた。

話を聞くと緑谷君はどうやら泊まれるところを探しているらしい。近くのホテルは何処も満室で、なくなく俺の家を縋る思いで訪ねに来たというわけだった。
それじゃあ、ご飯は三人分かー。さっき冷蔵庫の中見た感じじゃ心許ないな。
俺は冷蔵庫からプリンを二つ手に取って、テーブルに置いた。

「ちょっと、これ」

うん。俺に身に覚えがないから和歩が買ってきたやつだ。

「買い物行ってくるから、これ食べててよ。じゃ、行ってきます」
「コーイチ!?」

呼び止める和歩の声は届いていたけれど、俺はスーパーに走った。早くしないとタイムセールが終わってしまう。

で。買い物から帰って来た俺、正確には俺の隣の人物を見て緑谷君が飛び跳ねた。
なんでソーガさん見てそんなに驚くんだろう?和歩も緑谷君の反応に吃驚して肩を跳ねさせてる。

ソーガさんはずかずかと歩み、テーブルの前に座った。

「緑谷君も座りなよ」
「は……はい」

ビクビクしながら緑谷君はソーガさんを警戒しながらゆっくりと腰を下ろしていく。
ん?ソーガさんまた何かやらかしたのかな?爆豪君の時みたいに緑谷君の後つけたりとか?

スーパーにたどり着く前にソーガさんとばったり会って、家に緑谷君が来てるって言ったら「家に上げろ」ってメンチ切れられて今に至るんだけど。

「ソ」

ぎゅるるる、と音がした。
和歩と緑谷君が同時にお腹を押さえた。

「すぐ作るから待ってて」

羞恥に顔を染めている二人に俺はソーガさんへの問い詰めを後回しにして、先にご飯を作り始めた。客人が増えたから四人分。

またチャーハン?と和歩に文句を言われるが、夕食にはまだちょっと早い時間だ。これくらいで良くない?小腹空いたら後で摘めるもの作ればいいんだし。
アンタ馬鹿のひとつ覚えねとブツクサと文句を続けながらも綺麗に平らげている和歩になんだかなーと思わないでもない。

四人での食事を終えて、俺は後回しにしていたことをソーガさんに訊ねる。

「ソーガさん、今度は緑谷君に何やらかしたの?」
「はあ!?俺は何もしてねーよ」

ソーガさんは親指で緑谷君を指し、指された緑谷君はビビクゥ!とこれまた盛大に怯える。
それにソーガさんは舌打ち。緑谷君がまた跳ねる。

「こいつが勝手にビビってんだろーが」
「う〜ん」

向かいの俺を見遣るソーガさんは面倒な面構えだ。何か隠している素振りもない。じゃあ、本当に何もしてないし、心当たりもないんだろう。

「緑谷君」
「は、はいっ」
「ソーガさん、怖い?」
「えっ、あっ、えっと」

しどろもどろになる緑谷君は視線を彷徨わせるが、おずおずとソーガさんを見た。けど、睨み返されてガタガタ震える。

「だ、大丈夫?」

ちょっと心配になってきて俺は緑谷君の背中をぽんぽんと掌で軽く叩く。
ご飯食べてる時も全然喋らなかったんだよね。

「大、丈夫です。すみません、ちょっと、かっちゃんに似てたから、条件反射で」
「爆豪君とソーガさんが?」
「は、い」

あー。でも判るかも。
目つき悪いところとか、すぐ舌打ちするところも一緒だ。
そっか。俺が爆豪君に苦手意識ないのソーガさんに似てるって感じたからかもしれない。
でもさ。判んないこともある。

「緑谷君さ、爆豪君と普通に喋ってるじゃん」
「それは、そうなんですけど。まだ、怖いときもあり、ます」

緑谷君は息を吐いて、少し俯く。前髪で顔に陰が落ちていた。

「中学生の時のかっちゃん凄く怖くて、それ思い出したら、もう駄目で」

うーん。まあ、俺も中学生の時の二人は少しだけ知ってるけど、緑谷君ってここまで怯えてたっけ?学校の中だと爆豪君の態度があれより大きかったってことか?

「つまり、俺が中坊だって言いたいのか?あぁ?」
「や!そ、そうじゃないんです!僕が勝手に怯えてしまってるだけで、貴方が悪いわけでもなくて!」

両手を前に出して緑谷君はわたわたと振る。その動作が余計にソーガさんの癪に触ったらしく、緑谷君の胸倉を掴んだ。
涙目になる緑谷君と今にも殴りかかりそうなソーガさんに慌てて俺は咄嗟に立ち上がる。

「あっ、ははははは!」

甲高い笑い声が俺達三人の動きを止める。俺は食事の場所から移動してベッドに座ってスマホを弄っていたはずの和歩を見遣る。彼女は足をバタバタさせて、笑いすぎて痛いお腹をさすっていた。

「な、なんだよ」
「だって!よわ、デクなのに弱っち!あはは!何ソレ!」

お腹が捩れるのか、和歩は身体を倒してベッドをポカポカ手で叩き始める。
めっちゃ失礼だけど、おかげでソーガさんの気も紛れたみたいで、彼は緑谷君を解放すると元の位置に胡座をかいた。
緑谷君もいそいそと佇まいを直すので、俺も戻る。

「それで、緑谷君。なんで帰らずに家に来たか教えてもらっていい?」
「それは」
「あ。デクさん、やめといた方が良いよ。コーイチ鈍ちんだから」

笑いがおさまった和歩が割って入ってきて、俺は不機嫌に彼女へ半目を向ける。

「なんだよ。聞いてみないと分からないじゃないか」
「アンタは駄目よ、絶対。専門外だから」
「専門外?」

俺は首を捻る。
和歩の意味深な発言以降、緑谷君は何だかソワソワと落ち着きがなく、しまいには立てた膝に顔を埋めてしまった。

和歩の話ぶりからして、二人に留守番をさせていた間に何かあったようだ。緑谷君の相談に和歩が乗っていたのか。そういうの、和歩の方こそ分野違いだと思うんだけど。

「何も聞かずにコーイチは寝床貸してあげればいーの」

別に俺は良いけどね。緑谷君いると楽しいし。俺のオールマイトパーカーコレクションを自慢したら凄い凄いってキラキラした目で尊敬してくれるんだ。ヒーローの話でめちゃくちゃ盛り上がって気付いたら朝だったもんね、毎日。前に泊まってくれた時。
だから俺は大歓迎。

けれど、緑谷君はそれではいけないと思っているようで、そっと声をつくる。

「いえ。泊まらせてもらうなら、ちゃんと事情話さないと駄目です、から」

ちゃんとしなきゃと意気込もうとしている緑谷君だが、乗り気でないのが表情に出ていた。
無理しなくていいよと断る俺に緑谷君はかぶりを振る。しっかりと。

「前に、灰廻さんのコンビニにかっちゃんと行った時なんですけど、そこの彼もいた時」
「ああ、うん。あの時ね」

ソーガさんと緑谷君がコンビニで会ったのはあの一度だけだ。

「実はあの後、かっちゃんと色々なことで意思疎通が上手く行かなくて……喧嘩、でいいのかな。長引いちゃって」
「そっか。いいよ、そこまでで。事情は伝わったから」

不穏な空気だったのは覚えている。コンビニを出て行く時には仲直りしてたと思ったけど、それは俺の思い込みだ。
その後は二人がどうしていくかで変わっていくものなんだから。

「有り難う御座います」
「うん。それじゃあ、爆豪君から逃げてきた感じ?」
「ああー。逃げるっていうか、考える時間がほしくて」

緑谷君は悩ましい顔をして暫しの逡巡。青い顔で「かっちゃん、僕が逃げたって思ってそうだ」と頭を抱え始める。

かっちゃんみみっちいからケータイのGPSは切ってあるけどあのかっちゃんだぞ機械頼らなくたって自身の機動力でどうにでもしてまうんじゃないか?もしそうだとしたらかっちゃんが僕を見つける可能性はいやその前にかっちゃんが僕なんか探しにいやいや一発は殴りたいだろうから追ってくるなかっちゃんが激怒してるならぶっちゃけ一発じゃすまないぞ最悪殺されるなどう回避しよう大概はいつもの右の大振りでくるから狙うならそこだフルカウルで――――。

ブツブツ言い始める緑谷君に和歩とソーガさんがギョッとしてドン引きしている。
和歩が俺の近くにきて、服を引っ張ってきた。

「な、なにあれ。怖いんだけど」
「う〜ん。オタクによくある特有のやつだよ。和歩のが詳しいんじゃないの?」
「私のファンにあんなのいないわよ!」

心外!と和歩に平手打ちされた。心外なのはこっちだよ!

尚も緑谷君のブツブツは続いている。下唇を指で摘むのもう癖なんだろうなー。
俺達の様子に全く気付いていない緑谷君がふとブツブツを途切れさせた。
さっきとは違う。違う意味で俺達はギョッとした。

静かになった緑谷君の大きな目からポタポタと涙が溢れていく。止まることなく次々に。

「かっちゃん……かっちゃ、ん……」

いつも俺が聞く爆豪君を呼ぶ声と異なる響きだった。

緑谷君は泣いていることを自覚すると両手で涙を拭い始める。けれど、それで掬いきれる量ではなく、テーブルにもカーペットにも緑谷君の涙の粒が落ち続ける。

ハンカチ!いや、バスタオルとか大きいやつのがいいのかな!?そんなに泣いたらすぐ目が真っ赤になっちゃうよ!
俺が何か緑谷君の顔を拭くものをと、立ち上がれば、爆音が響いた。古ビルが揺れて俺は尻餅をつく。

「いて!」
「な、何!?」
「外か!?」

俺が転け、和歩がベッドにしがみつき、ソーガさんが窓を開ける。
そこへ。
ドゴオ!と物凄い音をさせて、俺の家の扉が蹴り破られた。内側にバタンと扉が倒れる。

そこにいたのは、片手にヴィランを掴むヒーロー、爆心地こと爆豪君だった。

「ッ……!」
「待て!クソが!」

緑谷君は個性を発動させてソーガさんが開けた窓から外に飛び出した。
目にも留まらぬ速さだったから俺には何が起きたかサッパリだったが、爆豪君が窓に血走った眼光を向けているから、そうかなって。
あと、俺の髪が靡くほど室内に風圧が巻いてる。

「ナード顔、このヴィラン警察に渡しとけ」

爆豪君は伸びているヴィランを俺に投げ飛ばした。異形型の黒いヴィランの巨体が俺の上にのしかかる。

「ぐえ!」

呻いた俺はヴィランの腕を持ち上げて、緑谷君を追いかけようとする爆豪君を呼び止める。

「ちょ!?喧嘩は駄目だよ!」

爆豪君はゆらりと顔を上げて俺を振り返る。
角度のつけ方が悪役臭いよ。顔怖いよ。

「喧嘩じゃなきゃいいんだろ。デクは木っ端微塵にブッ殺すから安心しろや!」

ゾワッと背筋に嫌なものが奔った。あ、安心できない……!

ほ、本気じゃないよな?爆豪君だって。
口が悪くたって、爆豪君は誰一人殺めたことなんてないんだから。

「あいつは昔っから俺の神経を逆撫でしやがる!マジでクソムカつくし何考えてんのか分かんなくてキメェわ!!」

だから「また確かめる」と、爆豪君は目を細めた。
爆破の熱と煙が外からの風で流れ込んでくる。

「ケホッ、ケホッ」

煙を手で払い、俺は第一にスマホを取り出して警察に通報した。
ソーガさんにも手伝ってもらって、伸びているヴィランの手足を念のために縛っておく。完全に目を回してるから、当分目を覚ましそうにないけれど。

「にしても、爆心地の奴イカれてるぜ」

俺とアイツのどこが似てるって言うんだと悪態をつくソーガさんは緑谷君のあの発言がよっぽど気に入らないみたい。
実は俺も思ってるって言えない雰囲気だ。黙っとこ。

「ねえ」

和歩を振り返る。彼女は呆然とした顔で宙を見ている。
誰とも視線合わせてないけど大丈夫かな?

「何?」
「デクさん、逃げてきたって言ってたよね?」
「うん」
「爆心地から逃げて来たの?」
「そうだよ」
「かっちゃんって、女の子じゃないの?」
「へ?」

俺は大いに首を傾げた。

「緑谷君の言ってるかっちゃんはさっき来た爆心地のことだよ」

だから事実を説明してみた。
和歩は考え込む。

「一文字も掠ってなくない?」
「本名が爆豪勝己君だから、下の名前からとってるんじゃない?幼馴染だし」

ようやく、俺と視線を合わせた和歩は両手で自分の顔を覆った。

「かっちゃんって、ちゃん付けだから私てっきり女の子だと思ってたあああああ」

いきなり項垂れたかと思えば、ベッドの上で和歩は転がる。何をそんなにショックを受けているんだろう?
留守番を頼んでいた間に和歩は緑谷君から爆豪君について何を聞いたのやら。

和歩は「ヒーローデクと爆心地が、デクと爆心地が……」とノイローゼ気味に繰り返しながらふらふらした足取りで帰っていった。そんな和歩の様子に家まで帰り着けるのか心配だったが、ソーガさんが溜息を吐きながら近くまで送ってくると言い出した。珍しい。

此処の家主の俺がいないと爆豪君が捕らえたヴィランを警察に引き渡せないからなんだけどね。うん。ソーガさん有り難う。
ひとまず、和歩の心配はいらなくなったかな。ちょっとだけ気になるけど。

暫くするとサイレンの音が下から響いてきた。緑谷君がこの屋上でヴィランを捕らえた時に来た刑事さんが対応してくれた。塚内さんって人。実はこの人、俺がいた大学の先輩のお兄さんだったんだよな。マコト先輩元気かな?

それはそれとして。
塚内さんと横にいる猫顔の人、たまに見掛けるんだよね。いつも忙しそう。

「ご協力有り難う御座いました」
「いえ、こちらこそ。刑事さん達もご苦労様です」
「はは。痛み入るよ。ジーニスト事務所に被害の見積もりを送っておくから、修繕費は気にしないで」
「助かります」
「けど……」

塚内さんが後ろを振り返る。俺もそちらを見遣り、乾笑いが洩れる。
屋上のコンクリートに大穴が空いていて、落とし穴が出来ていた。爆豪君の威力凄すぎだ。古ビルがボロいにしても、これは……。

「あれは直せるかどうか難しいね。前は冗談半分だったけど、本格的に引っ越し考えたほうが良いよ」
「……そうですね」

俺のスケジュールに不動屋さん巡りが組み込まれた。



玄関の扉は適当に立て掛けたが、夜風が寒い中、俺は眠りについた。
肌寒さに縮こまっていた俺の頭を何かが突っつく。

「いてて」

ベッドから飛び起きた俺の頭から飛び降りたのは、あの小鳥だった。またお前かー。
あれ以来、時たま来るんだよな。暫く家に居着いたと思ったら、突然二日三日いなくなってまた戻ってくるを繰り返している。

俺が大欠伸をすると、足音と気配を感じた。

「は、灰廻さーん!いらっしゃいますかー!」

緑谷君の声だ。壊れた玄関を前にしてちょっと困惑しているみたい。

「いるよー!」

俺はベッドから降りて小鳥をテーブルの上にそっと降ろす。それから、玄関に立て掛けている扉を外しに行く。

「おはよう御座います」
「うん。おはよう、緑谷君……と、爆豪君?」

昨日の今日で二人揃っているとは思わなかった。

「そうだ。緑谷君、靴忘れていったでしょ」

裸足で窓から飛び出して行ったから、彼の赤いゴツゴツした靴は家に残されたままだった。
今、緑谷君はサンダルを履いている。

「あ。はい。それも何ですけど、昨日は本当にすみませんでした。それを謝りたくて、今日は来たんです」

頭を深く下げる緑谷君に俺は慌てる。

「そんな!いいよ!緑谷君も、その、緊急事態だったんだろうし……ね」

恐る恐る横にいる爆豪君を見れば、彼は無言で俺に近付く。
気圧される迫力に殺される!と、思いきや。

「退け」
「へ?」
「直すから、退け」
「は、はい」

俺は外に出て、緑谷君の隣に行く。
爆豪君は手にしていた取手付きの箱を開けて工具を取り出す。彼は玄関の扉を修理し始めた。
え?有難いけど、え?ええ!?

「かっちゃん才能マンだから、ちゃんと直してくれますよ」
「う、うん。でも何で?」
「僕も詳しくは分からないんですけど、ベストジーニストに何か言われたみたいで。壊しすぎとか何とか」

あー。修繕費の請求額凄かったのかな?でも扉なんてウン十万とかウン百万するようなものでもないけど。じゃあ、あの大穴か?

「ナード顔」

もう扉が直ってる。爆豪君、君は一体何者なんだ。

「はい。何でしょう?」
「そこの穴は諦めろ」
「あ。これね。諦めるも何も仕方ないよ。ヴィラン捕まったなら、それ以上のことは欲張ることないし」

爆豪君が変な顔をして俺を見ていた。俺、何か間違ったこと言ったかな?

俺達が話している間に緑谷君が大穴に近付いていた。下のフロアが丸見えで蜘蛛の巣とか張っているのが覗き見える。埃臭そうだ。

「うわぁ。これ、かっちゃんがやったんだ……」

昨日逃げ出した時は焦っていたのと日が沈んだ後だったから、緑谷君は大穴に気付いていなかったんだ。
爆豪君の爆破威力に興味津々とばかりに更に穴を覗き込もうとする。緑谷君の足元のコンクリートはヒビが入っていた。

ビキッと音がして俺が嫌な予感を感じるより先に、爆豪君が緑谷君の首根っこを掴んで後ろに引っ張った。瞬間、ガラガラガラと緑谷君がさっき立っていたヒビ割れ箇所が崩れて、下のフロアに落ちて行く。埃っぽい煙が舞った。

「クソデク」
「ご、ごめん」

冷汗を流しつつ笑う緑谷君に爆豪君は呆れている。

「で、でもさ、落ちても自分でなんとか」

出来たと続きそうだった言葉は爆豪君の睨みに掻き消えた。

「サンダルで踏ん張れるわけねぇだろ。ただでさえ、裸足で街中走り回って傷だらけにしといてよぉ」
「ええ!?かっちゃん、僕の心配してくれてるの!?」
「してねぇ!テメェのそのお気楽思考がムカつくって何度言えば学習しやがる!」

驚きながら感動している緑谷君に爆豪君が噛み付く。喧嘩しているようにも見えるけど、雰囲気としてはじゃれ合ってるように感じた。だから、俺はホッと安心する。
でも、終わりが見えないからパンッと手を叩く。二人の顔が俺を見る。

「朝ご飯。食べてってよ」

爆豪君と緑谷君を家に招き入れ、俺は簡単な朝食を作る。二人共もう朝ご飯を済ませているそうだから、サンドイッチ。と、コーヒー。

「すみません。毎回……しかも、屋上の穴まで広げてしまって」
「気にしなくていいって。緑谷君に怪我がなくて良かったよ」
「灰廻さ〜ん!」

感動している緑谷君は目に涙を溜める。
俺は苦笑をもって、その涙を見遣った。

「本当に涙脆いね」
「うう。オールマイトにも泣き虫治せって言われてるんですけど、なかなか治せなくて」

へえ〜。オールマイトそんなこと言ったんだ。いつ見ても笑ってるもんな、オールマイト。
引退後の骸骨みたいな姿でも、テレビで見掛けると毎回笑ってるし。吐血しながら。あの笑顔も好きなんだよな、俺。

よくよく思い返せば、オールマイトが泣いてるところなんか見たことがない。
笑顔が彼のヒーローたるアイデンティティなんだ。
でも、再来と呼ばれる緑谷君がそこまでリスペクトする必要はないかなって思うから、そのまま口にした。

「泣くと目のゴミが流れ落ちるっていうし、俺はそこまで思い詰める必要ないと思うよ。泣き虫なヒーローって格好つかないけどさ、緑谷君のそれは親しみわいちゃうな」
「そ、そうですか?そんなこと言われたの初めてです」

うはあと照れ笑いする緑谷君に俺もへらりと笑う。和むなぁ。

「痛っ」
「キメェ」
「蹴らないでよ、かっちゃん」

俺からは見えないけど、テーブルの下で足を崩した爆豪君が正座している緑谷君の膝あたりを蹴ったらしい。
爆豪君の悪態と緑谷君の反応からして、崩した動作でたまたま当たってしまったんじゃなくて故意に蹴ったみたい。

「だから喧嘩は駄目だって」
「や!ち、違いますっ」
「違ぇわ、クソが」

違うのか?うーん、当事者の二人が否定するなら違うのか。
緑谷君は少し顔が赤くなってて、爆豪君はそっぽを向いている。どういうこと?
俺があまりにも首を捻っているからか、緑谷君が恥ずかしげに説明しだした。

「ただ、かっちゃんが意地悪してきただけなので」
「理由もなく意地悪も駄目だよ、爆豪君」
「クソあるわ」

理由あるの?
俺の首捻りは尚も続いたが、それ以上は教えて貰えなかった。なんか、俺、爆豪君に睨まれてない?

ちょっと釈然としないけど、いっか。昨日みたいに緑谷君に思い詰めた様子はないし。元気そうだし。

「ぴ」

食事をするために、テーブルにいた小鳥をベッド上に移動させてやっていた。日向ぼっこでうとうとしている様子だったが、お腹が空いたのかテーブルにやってくる。サンドイッチを興味深げに見つめ、俺をちらちら窺っている。
勝手に食べないんだよな、こいつ。

食パンのマーガリンが塗りきれていない部分を千切り、俺はちょんちょんと近付いてくる小鳥にサンドイッチのお裾分けをやった。

「前もこの子いましたよね、飼ってるんですか?」
「ううん。家の中に来たら餌あげるくらいかな」
「へぇ。人懐っこいんですかね?なんて鳥ですか?」
「俺も知らないんだよね。この辺じゃあ、見かけない鳥だし」

白くてふわふわで、嘴と足と翼と尾の一部分が黒い。
特徴らしい特徴はそれくらい。

「シマエナガだろ」

爆豪君が言った。

「しまえなが?」
「シマエナガ?」

俺と緑谷君が同じ表情で同時に爆豪君を見るものだから、彼は眉間に皺を寄せる。

「……北海道に生息してる鳥だ」

爆豪君が自分のスマホを弄って、画面を俺達に見せてくれる。なんとかペディアのページだ。
本当だ。乗ってる写真の鳥と目の前にいる小鳥は瓜二つだ。

えー、なになに。北海道やサハリンに分布しているエナガ科エナガ属の鳥。エナガの亜種。……亜種か。
ヴィランの亜種と言われている俺はちょっと親近感を覚えた。

「でも、かっちゃん、ここ北海道じゃないよ」
「んなこたぁ、わーってる」

爆豪君はスマホを自分の手元に戻し、画面に視線を落とす。

「本州にもエナガはいるが、白いこいつは国内じゃ北海道だけだ。そこから東京まで飛んできたんだろ」
「環境違ったら生きていけないよね?」
「ああ。だが、」

俺の疑問に爆豪君は頷いて肯定する。けれど、仮説があると、パンくずを食べるシマエナガに視線を移す。

「何らかの個性が発動してんだろ。その影響で長距離を飛んでこれたと同時に、此処の環境にも順応した。そう考えるのが妥当だ」

スッと目を細める爆豪君の眇めにシマエナガがビクゥと尾を立てた。

「ぴ!」

自然動物にまで恐怖を与えるなんて、爆豪君は人類の枠組みまで超えてしまうのか。

「校長先生と同じってこと?」
「あれは人間並みの知能が発動したタイプだ。スペック的には向こうが上だろうな。こいつもこいつで、勝手にパンを食わない程度には知能があるみてぇだが」

緑谷君が訊いているのは、雄英高校のあのマスコットキャラみたいなネズミの校長先生のことだろうな。

それにしても、爆豪君って頭が切れる方だったんだ。理解が早いし、憶測の推理も淀みなく説明してくれた。
まだ可能性の話だけど、すごい説得力がある。
もっとこう、身体が資本っていうか、脳筋?……いや、これは失礼すぎるし、俺だってそこまで思ってたわけじゃない。けど、まー、ニュアンス的にはそんな感じで。そうイメージしていたから、新たなギャップを発見した。クソって言葉使わずに喋れたんだね。
だから、ただただ感心するばかりだった。
爆豪君はクイズ大会的なバラエティもいけるんじゃないだろうか。

「おい、ナード顔。その顔やめろ」
「え。顔?」
「デクみてぇにブツブツ声に出てねーが、目がうるせぇ」
「そ、そうかな?ごめんね」

やっぱり顔が怖いなー。俺は縮こまって爆豪君に謝った。舌打ちが飛んできた。

「かっちゃん!やめなよ、今日は謝罪しに来たのに」
「ドア直しただろーが!」
「怒鳴らないでよ。行動も大事だけど、ちゃんと謝罪の言葉も添えてくるようにってベストジーニストに言われただろ?」
「元はといえば、テメェが逃げ出したから被害がでかくなったんだぞ。半分以上はクソデクの仕事だ」
「ぅぉぉ、理不尽……」

うん。もう、これが普段の二人のやり取りなのかな。俺も慣れてきて納得しつつあった。

「爆豪君が玄関直してくれて緑谷君が謝ってくれたんだから、俺としては充分だよ。有り難う」
「は、はい!」
「……ッス」

ぺこぺこ何度も頭を下げる緑谷君に対して、爆豪君は小さく一回。
あべこべだけど、二人合わせれば丁度良いんじゃないかな。

俺はスマホで時刻を確認した。そろそろコンビニに行かないといけない。
二人が帰るため、俺は緑谷君に彼の赤い靴を返した。サンダルを入れるビニール袋も渡しておく。

帰り際の最後に爆豪君からズボンのサイズを訊かれたんだけど、意味不明だ。
しかし、三日後に解決した。
ベストジーニストが俺を訪ねに来たのだ。

「初めまして。ジーニスト事務所のベストジーニストです」

や。知ってますよ。一方的に昔から。

「ど、どうも。灰廻航一です」

ヴィジランテのヒーローネームを言えるわけがない。向こうはヒーローネームを名乗ってくれたが、俺は本名で返した。

「先日はうちの爆心地が大変失礼致しました」
「いや、そんな。この通り、玄関も直してもらって、俺としても有難いばかりで」
「なんと慈悲深い。謝罪に行くよう言いつけたのですが、礼儀のほどは如何だったでしょうか?ヒーローデクからも報告をいただいているのですが、少々心配でして」
「あはは。良くも悪くも彼らしかったですよ」
「……申し訳ない。もっと飼い慣らしておきます」
「いやいやいや!やめてあげて下さいっ」

爆豪君の身を案じた俺は「良い子でした!とっても良い子でした!」と繰り返し何度も強く言った。ベストジーニストは感動したのか、よく見るモデル立ちポーズをして「それは良かった」と納得してくれた。よな?

「本来なら早急に、私自ら謝罪に参らねばならなかったのに申し訳ない。これは、お詫びの品です。どうか受け取っていただきたい」
「あ、有り難う御座います」

ベストジーニストから上品な紙袋を渡されて受け取った。
おお。お高い銘菓の箱包みが入ってる。それにジーンズ。

「私がプロデュースしているブランドのジーンズです。サイズは合っていると思いますが、万が一違っていましたらご一報ください」

ベストジーニストの名刺をもらってしまった。
一連の謝罪を終え、ベストジーニストは綺麗なお辞儀を最後に去っていった。

家の中に戻った俺は早速ジーンズを穿いてみた。わ!ピッタリ!
俺には格好良すぎるデザインだけど、お洒落したい時には良いかも。爆豪君にサイズ訊かれた時はちんぷんかんぷんだったけど、こういうことだったか。

ベストジーニストも爆豪君のじゃじゃ馬具合に手こずってる口振りだったけど、爆豪君は爆豪君で彼なりにベストジーニストの深慮を見据えているようだ。
ジーニスト事務所って真面目でお利口さんなヒーローばかりが所属してるから、世間では「爆心地ってジーニアス事務所なの!?」って今でも驚く人がいるくらいだったりする。

それにしてもさ。独立して自分の事務所持ってるヒーローも大変なんだな。トップ自ら謝罪にまわるとか、絶対に面倒臭いのに。俺には出来そうもないから自警団で充分かも。

新品のジーンズにご機嫌な俺につられて、シマエナガが頭に飛び乗ってきた。

「いいだろ〜、これ」
「ぴ」

そういえば、お前の個性って何なんだろうな。



ある日の早朝。
俺は適当なジャージを着込んで、ジョギングをしていた。
先を走っている人がいたから、俺は個性を使って追い越した。お先に〜。

この辺は道が入り組んでるから、急ブレーキが出来るようになったからといって、スピードの出し過ぎは危険だ。程良い速さで駆け抜ける。

しかし、俺の後ろからダダダダダダと迫る影。

「おはよう御座います!!」
「うわあ!」

俺はビックリしてでんぐり返りを三回半。

「も、申し訳ない。驚かすつもりではなかったんですが」
「あ。飯田君、おはよう」

さっき俺が追い越したのは飯田君だったのか。
俺は逆さまに彼を見上げて挨拶した。

飯田君の手を借りて立ち上がった俺は彼と一緒に近くの公園まで行く。はは。天晴さんともこんな出会いだったな。

「灰廻さんの個性初めて拝見しました。滑走というんでしたか?」
「うん。身体の三点が地面や壁に接地してれば移動出来るよ」
「成る程。利点の多い個性だ。特に一分一秒を争う人命救助には最適かつメリットしかない」

褒められると照れるなやっぱり。俺、そんなに出来た人間じゃないからさ。畏れ多い。

「兄から、灰廻さんは自警団をされていらっしゃると聞いたのですが」

ちょっと言い出しにくそうだったけど、飯田君ははっきり尋ねてきた。
飯田君すごい真面目そうだもんな。思うところがあるのかも。

「ごめん。良い気はしないよね、プロヒーローからしたら」
「いえ!そうではありません。俺が疑問に感じたのは、ヒーローのライセンスを取得出来る個性をお持ちなのに、あえて自警団を選んだ灰廻さんの真意です。どれ程の覚悟で決められたのですか?」
「え。そんな大層なものじゃないよ?俺は自分の身の丈に合ったことをしてるだけ」

飯田君は衝撃を受けた顔をした。凄いオーバーリアクション。もうなんか面白い。

「自然体で断言するとは!やはり貴方は兄が認めるだけある人だ!」

滅茶苦茶空回りしてるけど、面白いからこのままにしておこう。

「そういえば、緑谷君も否定しなかったな」

爆豪君には犯罪者呼ばわりされたけど、彼も否定してきたわけじゃない。

「自警団をですか?」
「うん」
「確かに、法律上は悪事とされています。俺も授業で教わった時は先生方が正しいと思いました。今も先生方が正しいと思う。けれど、緑谷君は自警団達の正義感は間違っているのかと疑念を抱いていた。俺は、気付かされました。自警団の理念はヒーローと寸分違わず、彼らの意志は尊重すべきものだと」

だから。と、飯田君は続ける。

「俺は自警団を断罪出来ない。むしろ、ヒーローのライセンス無しに誰かを救える貴方達を尊敬すらしている」
「か、買い被りすぎだよ?」

それに。全ての自警団が正しい正義感で動いているとは限らない。

「ヴィランの亜種って言われてる通り、行き過ぎた思想の持ち主もいるからね」

俺はスタンダールさんのことを思い出していた。最初は格好良い人だと思った。助けられたのは事実だったから。
けど、彼は呪われた正義感を持っていた。本気で人を殺めようとしていた。
師匠とやり合ってから、その後、何処かへ消えてしまったけれど。

……ニュースで見聞きしたヒーロー殺しと声が似ていた気もする。だけど、飯田君の前では言わないほうが良い、よな。お兄さんの怪我の原因だし。
一時は俺だって憧れたんだ。同一人物であってほしくない。
背格好だって違っていたじゃないか。ヒーロー殺しは猫背だった。スタンダールさんの背筋は真っ直ぐで、綺麗な立ち姿だったんだから。違っていてくれ。

あー、あー。駄目だ、駄目だ!
沈む思考を晴らすために、俺は自分の頬を両手でバチン!と叩いた。

「ど、どうかされましたか?」
「ううん!自信なくしてたんだけど、飯田君に励まされたよ!勇気出てきたから気合い入れたんだ」

俺の奇行に戸惑う飯田君に余計な心労を植え付けたくなかった。空元気だけど、俺は本心からの言葉を口にした。

「貴方も、深入りさせてくれないんですね」

緑谷君のことだってすぐに判った。けど、俺は全然そんなつもりはなくて、心底焦る。

「ええ!?ち、違うよ!俺は別に!」
「いえ、いいんです。咎めているわけではなくて、他の部分でも緑谷君と少し似ていると前から感じていました。つい口から出てしまったんです」
「俺、緑谷君と似てる?かな?」

首を傾げる俺を前に飯田君は笑っている。
彼が笑顔なら、良いかな。うん。

「そうだ。飯田君は最近、緑谷君に会った?」

都内に住んでいるのだし、同じ現場に出動要請が来ることもあるんじゃないかな?

「あ、ああ」

俺の質問に飯田君は固まり、顔を少し赤らめた。口元を手で覆っている。

「飯田君?」
「す、すみません。会っては、います。先日、警察からの出動要請でこの辺りに来ました」

追っていたヴィランの特徴は爆豪君が俺の家のビルで捕まえたやつと一致した。あの日ってことかな。

「警察にヴィランが引き渡された連絡を受け取って、二次災害が出ていないか最後の見回りをしていた時に……緑谷君を見掛けました」
「あれ、話してないの?」
「話し掛けられる状況ではなかったといいますか、爆豪君と一緒だったので」

落ち着いていた飯田君の顔がまた赤くなった。

「そうなんだ」

飯田君が割って入らなかったってことは、仲直りした後だったんだろう。でも、話し掛けるくらい良さそうなものなのに。緑谷君とは学校でよく一緒に行動してたって言ってたから仲良いはずだし、爆豪君とは春のなんたら大運動会出てたときに会話していたし。
どんな状況だったんだろ?

「それより!」
「わ!う、うん、何?」

身を乗り出してくる飯田君に驚いてしまった。

「灰廻さんの全速力を見させていただきたいのですが、お願い出来ませんか?」

天晴さんが自分とこのサイドキックの誰よりも速いって発破掛けてたもんな。飯田君はそれで奮い立ってしまったのかも。

「良いけど、俺も飯田君にお願いしていいかな?」
「どうぞ!」
「レシプロバースト!生で見たい!」
「!」

眼鏡を光らせる飯田君はノリ気だ。俺が言外に勝負しようって込めたのも、しっかり汲み取ってくれている。
やっぱりタイマンを張る気はないけど、純粋に勝負はしてみたかったんだ。
俺は姿勢を低くして準備をする。

この日から、俺と飯田君はジョギング仲間になった。





























◆後書き◆

三話目になりました。
勝デクプロヒーロー編2。
外伝のソーガさん達も登場。かっちゃんと絡ませるの楽しかったです。不良同士のメンチの切り合いみたいで。

灰廻さん宅から逃げた出久くんと追い掛けたかっちゃんのその後ですが、ちゅーしました(飯田君はそれを遠くから見てしまいました)。それ以上はしてません。あと、ちゅーしたといってもかっちゃんは出久くんが何考えてるか判らないから唇重ねれば判るんじゃねーのって感じでちゅーしただけなので好きかどうかまだ曖昧です。
灰廻さんに嫉妬して出久くんのこと蹴ってるので意識はしている感じ。ちょっとだけ進展しているようなしていないような塩梅です。

灰廻さんと飯田君には是非ジョギング仲間になってほしかった。

読み切りで書いていたはずが、伏線回収しないと終わらなくなりました。
つまり、まだ続きます。





更新日:2017/12/25








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