◆斥力≠引力+MARGINAL◆










東京の一般大学に合格した俺は高校を卒業して、すぐ田舎から引っ越してきた。親の反対を押し切っての一人暮らしには何かと必要出費が重なるもの。

バイトと言えばコンビニの店員だ。これといって秀でた才能もない凡人である俺に出来る仕事は限られている。それに、選り好みしている時間も惜しかった。何処かないだろうかと土地勘もなく、近辺をうろうろしている時に手書きでバイト募集の字がでかでかと書かれた紙が貼られているコンビニを見つけた。面接した次の日から雇ってもらえることになり、これは幸先良いぞ!と自分の人生に感謝したほどだ。

しかし、そのまま鰻登りなんて旨い話はなく。商品を陳列する場所を間違えては注意され、豚まんとあんまんを間違えて客に渡しては怒鳴られ、お釣りを間違えては叱られた。

もう辞めたほうが良いのだろうかと、働き始めてから三日目に店長に頭を下げに行った。しかし、店長は笑って、初日よりミスは減っているじゃないかと俺の肩を叩いて励ましてくれた。向き不向きはあるから無理に続ける必要はないが、人手が足りないからもう少し考えてくれると嬉しいとまで言ってもらえたのだ。
小さなことだが、自分が必要とされていると実感して泣きそうになった。

それから一週間。ミスをしなかった。店長にこれからもお願いしますと頭を下げに行けば、宜しくと肩を叩かれた。
その日、俺はあることを実行する。都会は怖いところだと厳しい母は言っていたが、店長のように優しい人だっている。捨てたもんじゃない。しかし、田舎以上に都会には見過ごせない出来事がたくさんあった。
その見過ごせないことを解決するために俺は行動を起こす。

市販されているオフィシャルグッズのオールマイトパーカーを羽織り、フードまで被る。そして夜闇に紛れるのだ。

俺、灰廻航一の個性は移動系。地面や壁を自転車程度の速度で走れる滑走だ。三点以上接地していないと発動しないため、地面に四つん這いになるしかなく、この姿を見た人にはゴキブリとよく言われる。つまり、ヒーローに向かない凡人個性だ。
空を飛べる個性だったならなぁと、子供の頃からどうしようもない幻想を抱いては現実に落胆している。けれど、自分の個性にも使い道はある。バイトに遅れそうになるとかなり使える。おっと。これは自分のためにやったものだ。そんなのヒーローじゃない。

俺は滑走の個性で夜な夜な人助けをした。ハンカチを落とした女性にハンカチを拾ってあげたり、酔っ払いのサラリーマンに終電の時間を教えてあげたり、集合写真を撮りたいギャル達のためにカメラのシャッターを押してあげたり、道に落ちている紙屑や空き缶をゴミ箱に捨てたり。困っている人を助けている。あれ?個性が活かされてるのハンカチ拾いとゴミ拾いだけだった。悲しい。
しかし、初めての出動にしては上出来だ。有り難うと感謝された時には感極まるものがあった。

人助けに見返りを求めてはならない。それがヒーローだ。ヒーローを職業にしている人達にとって人助けは奉仕活動。だからこそ、感謝の言葉は掛け替えのない褒美だ。
痛いのは嫌だから自己犠牲精神は持ち合わせていないけど、根幹にある俺の意志はヒーローと同じだ……。本当は自信を持って断言したいところだけれど、気弱な俺には自己主張など到底無理な話だった。正義感はそこらのヒーローにも負けてない……と、思う。やっぱり烏滸がましいかも。

そもそも。バイトではミスをしなかったが、遅刻しそうになって個性を使ったらお巡りさんに注意されてむしゃくしゃしてやってやった。自分が悪いのだが、ストレスが溜まっていたのだ。だが、そんな日こそ絶好の人助け日和だ。……俺って心の小さい人間だな。
最終的に自己嫌悪して眠りにつき、朝を迎えた。

それから色んなことがあり、目紛しい日々の毎日だった。なんかもう色々ありすぎるので、割愛する。五年経った。唐突すぎとか言わないでくれ。

単位が足りなくて一年余分に通って大学を卒業した俺は静岡に引っ越してきた。東京にいたかったが、もう少し実家に近いところに住んでくれないかと親に神妙な顔で言われてしまったのだ。親父は最近身体の調子が悪いらしい。

都内の内定を蹴った俺は大学を卒業したのにコンビニのバイトを静岡でもしていた。静岡のコンビニで働き始めて十ヶ月が経つ。

コンビニに午前十一時入り、昼ご飯を買いに来る客のラッシュにも慣れた手つきで商品をレジに通す。午後二時に昼休憩をもらい、三十分後に仕事に戻る。暫くはのんびり出来るが、夕方になると部活帰りの学生がどっと流れこんでくることもあるから気を抜けない。
今は三月。高校は全国的に卒業シーズンを過ぎた頃でも、一年生と二年生の終業式はまだだろう。中学は来週が卒業式だ。二日前にコンビニに来た二人の主婦が自分達の息子について話していたのが聞こえてきたから知っている。

ふっくらした女性の方は少し早い卒業祝いにと昨日発売したばかりの月刊HERO特別増刊号を買っていった。息子さんはヒーロー好きらしい。良い趣味だ。つい「俺もヒーロー大好きなんです」と人生で初めて自分からお客さんに声を掛けてしまった。優しそうなお母さんだったから話し掛けやすかったのだ。話し掛けられた彼女は大きな目をぱちくりさせたが、すぐにほっこりと笑い返してくれた。

「出久がね、あ、息子ね。息子が昔からヒーロー大好きなの。あの子が雄英に合格したなんて未だに信じられないけれど」
「ええ!あの雄英にですか!?凄いですね!」
「あの子泣き虫だからちょっと心配だけど、母親として応援したいなって思うの」
「息子さん喜びますよ。ヒーローデビューしたらサインお願いしたいです」
「やだわ。お兄さん気が早いんだから」

彼女は最後までにこにこしており、コンビニから出ていく時も此方を振り返って会釈してくれた。
息子さんはその後、あのお母さんからヒーロー雑誌を受け取って喜んでくれただろうか。一度しか見ていないので顔は朧げにしか覚えていないが、あの女性の息子なら素直で良い子に違いない。何よりヒーロー好きなのだから。

思い出して勝手に親近感を抱いていると、学ランの男の子が入ってくる。人見知りなのかおどおどしている。

「いらっしゃいませー」
「!?」

驚かせてしまったらしい。ごめんね。

俺に向かって頭を下げた中学生の男の子は雑誌の棚に向かう。
後ろ姿がはっきりしたことで、小柄な体格に似合わない大きな黄色のリュックを背負っていることに気付く。荷物が大きいのは要領が悪いことの表れだ。その日一日必要なものだけを詰めればいいのに、忘れ物がないように余計なものまで詰め込んでしまう。俺も昔はそうだったが、母親に直された。中学生の彼は甘やかされてしまったのかなと同情してしまう。

他の客がレジに並んだので、俺は目の前のお客さんの相手をする。早上がりのサラリーマンがコンビニを出ていく。中学生の彼はまだ雑誌の棚の前にいた。
横顔だけしか確認出来ないが、頬にそばかすがある。もさもさした緑の髪はうねっていて、お世辞にも整っているとは言い難い。素朴な感じがして俺は嫌いじゃないけど。

そばかすの男の子はじっと真剣に雑誌を見つめている。あの辺りにはヒーロー雑誌が何種類か置いてある。俺は自分と同種ではないだろうかと淡く期待を抱いた。
彼は指で下唇を摘み、何やらブツブツと独り言を始めた。ボソボソしているので何を言っているのかまでは聞き取れなくて判らない。けれど、一つだけ判る。彼はオタクだ。

そっちかー。俺は項垂れる。別にオタクに偏見があるわけじゃない。ヒーローが好きなオタクなら仲間だ。しかし、生憎と俺にはフィギュアやポスターを収集する趣味はない。まあ、唯一拘りをもってコレクションしているオールマイトパーカーがあるが、これは俺のコスチュームでもあるから除外。だから、せいぜいが雑誌のチェック。それと時たまレンタルショップでDVDを借りるくらいだ。
ヒーローに憧れているが、ヒーローを集める嗜好の持ち主ではない。ソフビも小学生で卒業した。捨てたわけではないから実家に帰れば残っているけれど、もう十五年も開けていない俺の宝物箱は埃を被っている。帰省したら開けてみようか。

思い耽っていた俺は再びそばかすの男の子をちらりと窺う。
あの気弱そうな感じとか自分と似ていて気にはなるが、話し掛けないでおこう。彼と話してみたい気持ちを封じ込める。

買いたいものが決まったのか、彼はヒーロー雑誌のどれか一冊を手にした。レジに来るかもと俺は平常心平常心と深呼吸を一つ。
そこへ、来客を知らせる音楽が流れた。

「いらっしゃいませー」

そばかすの子と同じ学ラン姿の男の子だ。ただ、そばかすの子と違って着崩している。ワルそうな雰囲気に大学を卒業した大人である俺でも怖気付く。
赤目が印象的な彼は狭い店内をザッと見て、あのそばかすの男の子に気付くと一瞬固まる。同じ学校の子なんだろうか?

赤目の男の子はズカズカとそばかすの子に近づく。そばかすの子から雑誌を取り上げると、赤目の子は乱暴な手つきで棚に戻した。商品なんでもう少し丁寧に扱ってください。

「か、かっちゃん!?な、なに!?」
「クソナード!ツラ貸せや!」

やはり同じ中学のようだ。しかし、クソナードとは何だろうか?お兄さんそんな言葉知らないぞ。

余談だが、後で調べたところ。ナードとはスポーツが苦手だとか、社交性がない者を指すスラング語だった。なんだ俺か。と思ったのも束の間、特定の分野、例えば数学など知的能力が高い特徴も含まれるって。うん。俺じゃない。
要約するとオタクと同じだ。ニュアンス的には微妙に違うらしいが。細かいことを俺は気にしない。
意味を読み上げた俺の感想はそんなに悪い言葉じゃないなというもの。けれど、否定的な意味で世間には浸透している言葉なんだそうだ。

赤目の彼は更に頭にクソをつけているので、悪口として使っているようだ。駄目だぞ。

「な、なんでだよ。僕、買い物の途中なんだ」
「俺がツラ貸せって言ってんだよ!テメェに拒否権はネェ!」

BOOOM!

俺は二人の口喧嘩よりも爆発音に吃驚した。赤目の子の個性だろう。爆破ってチートすぎないか。

「かっちゃん!お店の中で個性使ったら危ないだろ!」
「だったら表出ろや!」

赤目の子にそばかすの子は引き摺られる。不穏な空気が漂っていて俺は止めるべきだろうかと、二人がコンビニを出る直前に身動きする。
そばかすの子と目が合う。
俺は何もしなかった。

目が合った瞬間、そばかすの子はサッと視線を横に伏せたのだ。関わらないほうがいいよ。そう言いたげに。

暫くの間客は流れてこず、俺はあの二人の中学生のことが頭に引っ掛かったままだった。
もやもやを払うため、商品の陳列をしている先輩にコンビニ前のゴミ纏めて来ますと外に出る。外の空気に一息吐く。

ペットボトルがゴミ箱の穴からはみ出ている。もっと早くまとめに来るべきだったと俺ははみ出ているペットボトルを引き出してから、ゴミ袋を引っ張り出す。引き抜いたペットボトルも一緒にして袋の口を固く結ぶ。
ゴミ箱の底にストックしているゴミ袋を一枚取り出し、ゴミ箱を整える。身体を動かしたことで、俺のもやもやはすっきりしてきた。

大量のペットボトルが詰まったゴミ袋を裏口横のゴミ置場に持って行く。しかし、俺は足を止めた。

おいおいおいおい。どうしろって言うんだよ、あれ。

俺の目に映るのは、さっきの中学生二人。そばかすの子が胸ぐらを掴まれ、コンビニの隣のビルの壁に背中を叩きつけられていた。

「だっ、だから、何もしてないって言ってるじゃないか!」
「んなの信じられっか!!」
「信じて、よ」
「クソがッ、嘘ついとったくせによく言うわ!」

何か言い返そうとしたそばかすの子は言葉を発せなくなる。赤目の子の手が彼の首を掴んだからだ。
苦しそうに歪む顔に俺は咄嗟に駆け寄る。

「お、おい。やめ」
「ああ!?」

此方に振り向く吊り上げられた赤目に俺は恐れ慄いてしまい、腰を抜かしてしまう。
哀れに尻餅をつく俺を赤目の子は鼻で嗤った。

「モブは引っ込んでろ」

嗤ったかと思えば、今度は亀裂な眇めを刺し向けられる。
赤目の子はその後、俺を無視した。

そばかすの子の耳元で爆破を起こし、威嚇された彼は可哀想なくらい怯えている。なんで。なんで俺の足は動かないんだ。東京で危険な目に遭っても自分の力で乗り切ってきた。それなのに。みっともなく、俺の足は震えていた。

「ぶっ潰すかんな!!」

そばかすの子の首を掴んだまま、赤目の子は彼を地面に叩きつけた。
けほっと咳き込む男の子から俺は目を逸らしてしまった。一際呻く声が耳に届く。蹴られたのかもしれない。

「か、ちゃ……」
「死ねカス!!」

吐き捨て、赤目の子は腰を抜かしている俺をいないものとして横切っていく。
ちらりと覗き見た横顔は怒りに染まっていたが、憤りのようなものが滲んでいた。何かを抑え込んでいるような。そんな感じ。

物音がして俺はそうだとそばかすの子に駆け寄ろうと立ち上がる。しかし、彼の方が先に立ち上がっており、制服に付いた土汚れを払っていた。落ちていたリュックを拾って背負い直す一連の動作は慣れたものだった。

俺に気付いた彼はあわわ!と慌て顔をして頭を下げる。声を掛ける間もなく、すたこらと俺の横を走り去ってしまった。
何故だろう。俺は、そばかすの子より赤目の子の方が可哀想だと感じていた。

ゴミ捨てに時間を掛け過ぎだと先輩に怒られたが、俺が青い顔でチンピラの喧嘩を裏で目撃してしまったもので……と、濁し気味に白状すればそりゃ災難だったなと缶コーヒーを奢ってくれた。俺の周りは恵まれている。

ところで。俺はあの二人を何処かで見たことがある気がするのだが、記憶ははっきりしなかった。



そうして、就職時期を逃した俺はバイトを続けていた。大学生時代に稼いだバイト代が貯まっているので、暫くは新しい住まいの家賃払いも心配しなくて大丈夫だ。
しかし、備えあれば憂いなし。
フリーターを利用して稼ぎに稼いでおいてもいい。シフトをもっと入れてもらえるように異形型個性の店長に相談してみようかな。と、思考を働かせていれば、コンビニの扉が開く。

「いらっしゃいませー」

あ。赤目の子だ。ちょっと離れて後ろにそばかすの子もいる。
あれ以来、一人で来る姿は見掛けていたが、二人一緒は初めてだ。

二人はちょっとした有名人になっていた。あの名門校の雄英高校の制服を着ていることが一つ。それから、毎年恒例の雄英体育祭の中継は例年以上に今年大注目されていたからだ。

雄英にヴィランが現れて暴れたことはまだ記憶に新しく、事件を収めたのは先生であるプロヒーローだが、生徒達は勇敢にも敵に立ち向かったそうだ。まだヒーローの卵なのに命の危険を顧みず。だからこそ、世間に注目されていた。

俺はプロヒーローにしか興味がないのだが、今年の雄英体育祭は録画までして観た。そこに、赤目の彼とそばかすの彼がいた。
赤目の子はヒーロー科かもしれないと思っていたが、そばかすの子までヒーロー科だったのには驚いた。てっきり普通科だと思い込んでいたから。

名前も苗字だけだが覚えている。解説していたプレゼントマイクの声は良く通るため耳に残る。
赤目の彼は爆豪。見事一位を勝ち取っていたが、表彰の時が酷かった。
あと、二人に既視感があった理由もはっきりした。それは騎馬戦の時。爆豪君のハチマキを取った金髪の子がヘドロ事件を持ち出したのだ。俺がこっちに来る前に見た中で一番でかいニュースだ。爆豪君がヘドロヴィランに捕まり、そばかすの子が助けようと必死になっていた。無謀だ……そんな風に思いながらも、凄いと素直に感じた。

そのそばかすの子は総合順位は微妙な位置だったが、予選一位というとんでもない結果を出していた。緑谷という名前だったはず。
緑谷君の個性は危なっかしく、俺も世間の目と同じくヤバイ奴認定している。
個性を使うたびに身体がボロボロになるなんて悍ましい。ヒーローの自己犠牲を履き違えてはならない。

余りにも痛々しくて目を覆っていたが、緑谷君にとっての最終戦。エンデヴァーの息子である氷を使う相手との闘いが終盤になると、覆っていた手がいつのまにか目の上から消えていた。俺は、魅入っていたのだ。

自己犠牲を履き違えているのだと思っていた。けれど、そうじゃない。彼は全力でぶつかっているのだ。中途半端は嫌だから。勝ち負け以上に大事なものがあることを知っている。
俺には、緑谷君が目の前の相手を救おうと手を差し伸べているように見えた。その手を掴むように、炎が画面を覆った。

緑谷君に勝って爆豪君に負けた髪がツートンカラーのその子が二位だった。三位はカラスみたいな子だったと思う。鎖やら何やらで拘束されている爆豪君を横にドン引きしていた。あれの横には俺も立ちたくない。
あのオールマイトまでもが笑顔を引攣らせていた。爆豪君、恐ろしい子だ。

俺が雄英体育祭を思い出している間、二人は飲料コーナーに向かって行く。レジの前を通る時、緑谷君だけ俺に頭を下げていった。

休日だから二人とも私服だ。爆豪君は様になった服装なのだが、緑谷君のそれは何だ。Tシャツにエプロンの文字がプリントされている。センスが悪い以前の問題だ。それはエプロンじゃない。どこをどう指摘すべきなのか俺のツッコミも迷子だ。

緑谷君がレジの前に来た。服装にツッコミを入れたいが我慢して口を閉じる。
彼の手からオレンジジュースのペットボトルを受け取ろうとしたが、邪魔された。

「どけ、クソデク」
「痛いよ」

もう。と、文句を言いながら緑谷君はぶつかられた肩を擦りながら爆豪君に先を譲った。

「あの、お客様。順番はお守りくだ」
「うっせぇ!早よしろ!」

横暴な態度に苛立ちよりも恐怖が勝った。緑谷君をちらりと窺えば小さく頭を下げられた。
スポーツ飲料のペットボトルからバーコードを読み取る。

「128円になります」
「ん」

きっちり百円玉一枚、十円玉二枚、五円玉一枚、一円玉三枚。お釣り無しは地味に有り難い。

「有り難う御座いましたー」

爆豪君はその場に留まり、緑谷君は首を傾げる。

「かっちゃん行かないの?」
「デクの分際で指図すんな!俺の勝手だろうが」
「そう、なんだけど」

二人の会話からして、一緒にコンビニに寄ったわけではなさそうだ。

俺は緑谷君からオレンジジュースのペットボトルを今度こそ受け取る。良く見れば、彼の右手は歪に凸凹していた。これが個性のリスクか。痛々しい。

「テメェ、そんな高カロリーのもん飲むんか?ふざけんなよ」
「たまにはいいじゃないか。飯田君がエンジンの燃料はオレンジジュースだって言ってたの思い出して飲みたくなったんだよ。お兄さんのインゲニウムの燃料はブドウジュースなのは知ってたけど、まさかのオレンジジュースだよ!飯田君がブドウジュース飲んでも燃料にはなるけどいまいちしっくりこないんだって。飯田君の家の人達の燃料がみんなブドウジュースだったらブドウジュースの消費量凄いことになってたよ。あとこれオールマイトのミニフィギュア付きなんだ。あと一個でコンプリートなんだけどなかなかシークレットが出なくて」

インゲニウムか。俺は東京に住んでいた時のことを思い出して少し懐かしくなる。
しかし、思い出に耽る時間もなく怒声が反響した。

「クソナードが!黙れや!」
「訊いてきたのはかっちゃんじゃないか」
「クソ知識まで訊いとらんわ!しかも最終的に脱線してんだよキメェ。マジで鍛える気あんなら、そんな液体飲むんじゃねぇって言ってんだ!死ね!!」
「怒鳴らなくてもいいだろ!」

あれ?と俺は内心首を傾げる。爆豪君は緑谷君に飲み物の選択を注意している……だけのような。なのに、緑谷君はそこに気付いていない。怒鳴られたことしか目に見えていない様子だ。
俺が緑谷君にお釣りを渡している間に爆豪君は先にコンビニを出て行った。

「かっちゃんと行き先同じじゃありませんように」

緑谷君はおまじないのように呟き、コンビニの外へ向かった。
その後、二人が同じ場所に行ったかどうか、俺が知る由も無い。

しかし。二人はお互いを渾名で呼んでいることがはっきりした。仲は良くなさそうだが、距離が近いというかなんというか。かっちゃんとデク。不思議な関係だ。



それからまた暫くはそれぞれ一人で来る姿を何度か見掛けた。

「あれ?」
「あら。こんにちは」
「お母さん知ってるの?」

そんなおり、あのふっくらした優しい女性と一緒に緑谷君が来た。親子だったようだ。並んでいるとそっくりで、雰囲気も似ている。

「出久の中学卒業祝いにヒーロー雑誌プレゼントしたでしょ。ここで買った時にちょっとね」
「そうなんだ」

緑谷君が俺にぺこりと頭を下げた。いつもの小さな挨拶代りのではなく、丁寧に。

「何がいいか迷ったんだけど、光己さんも一緒だったからアドバイスもらって選んだの」
「そっか。……え、じゃあ、あの時かっちゃん知ってたのか。マジでか、かっちゃん」
「勝己君がどうかしたの?」
「あー、うん……。僕、その雑誌買おうとしたんだけど、かっちゃんが割り込んで来て。雑誌のことについては何も言われなかったから意味が分からなかったんだけど、そっか」
「ああ。だから出久、プレゼントしたとき買いそびれてた本だって喜んでくれたのね」

うふふと緑谷君のお母さんはにっこりしているが、緑谷君の顔はほんのり色付いていた。

「実はこの子、急にトレーニング始めちゃって。雄英に合格してからもトレーニング続けてて毎日倒れるように寝ちゃうからすぐ渡せなかったの」

中学の卒業式当日にようやく渡せたらしい。その間にヒーロー好きな息子が同じ雑誌を買ってしまっているかもとお母さん自身心配になってきたそうだが、杞憂だったわと微笑んでいる。その横で日々のトレーニングで発売日当日に買っていたヒーロー雑誌のチェックが疎かになっていたのだと恥じるように緑谷君はお母さんに弁解していた。そんなにもオタクであることが誇りなのだろうか。

「そうだ。出久、何か欲しいのあるなら買ってあげるよ」
「え!?い、いいよ!今日はお母さんの買い物に付き合うんだから」
「寮生活になったらこうやって一緒に買い物も行けないし欲しいものも買ってやれない。だからお母さんに我が儘言って欲しいな。これ、お母さんの我が儘」

俺は泣きそうになった。緑谷君なんてはらはらと涙を流して顔がぐちゃぐちゃだ。お母さんの方も目尻に涙を溜めている。

度重なるヴィラン連合の襲撃に生徒達の身の危険を感じた雄英高校は全寮制を取り入れることとなった。とニュースで言っていた。

毎日家に帰ってくる一人息子が急に明日から帰って来なくなり、母親の顔を毎日見ない生活を始める。
東京に住み始めた頃、母親が訪ねに来たことがある俺には他人事とも思えなかった。俺と俺の母親は擦れた関係だが、離れた生活をしているのを心配されていたと充分実感した。

ヒーロー食玩を一つ、緑谷君のお母さんが買った。ブレないなと思いながらも、馬鹿には出来なかった。涙が止まらない緑谷君に俺は今日も話し掛けることが出来ずに終わった。

二人を見送り、雄英高校が全寮制の処置を取った経緯を思い出す。
オールマイトの引退は俺もショックを受けた。けれど、緑谷君をはじめ生徒達はもっとショックを受けているに違いなかった。

次の日の早朝。俺は外せない用事があるという先輩の代わりにシフトを入れた。そのため、家には寝に帰っただけだ。四時間寝て、シャワーを浴びて再びバイト先のコンビニへ。

早朝はかなり暇で欠伸が何度も出る。何処のコンビニも似たようなもので、朝はコンビニ配送しか仕事がない。
ようやく俺が入ってから客が来たかと思えば、爆豪君だった。スポーツウェアを着ている。首から下げているタオルで汗を拭いながら飲料コーナーへ。
もしかして、この時間に毎日走り込みをしているのだろうか。凄いストイックだ。かなり見る目が変わる。

俺もジョギングしているが、彼のように大粒の汗を流すほど走ったことはない。タンクトップから剥き出しの腕なんか綺麗な筋肉が浮き出ている。年下のくせに羨ましい。

「ん」
「有り難う御座いましたー」

時間は違っても、いつものスポーツ飲料。いつも通りお釣り無し。レシートも毎回断られるので此方で処理してしまう。

一度俺の顔を爆豪君が見た。気付かれただろうか。こんな時間にいるのは珍しいと。しかし、彼は首を傾げただけに終わる。
いつもの店員とは違うと思ってはいるが、俺のことは全くこれっぽっちも覚えていない顔をしていた。

三十分後、俺はまた同じ場所で爆豪君と会った。彼は頭を掴まれながらコンビニに入ってくる。

「クソババア!頭掴むんじゃねーよ!ぶっ飛ばされてぇのか!!」
「ババアって言うんじゃない!!!」

爆豪君の頭を掴んでいた女性はその手を離して、そのまま爆豪君の頭を凄い勢いで叩いた。ばちん!と良い音が鳴る。

「だから叩くんじゃねぇ!!泣かすぞババア!!!」
「あんたこそ泣かしたろか!!!」

現実逃避したい。俺は心の底から思った。

顔立ちが似ているから親子だろう。お母さんの方は見覚えがあるようなないような。親子が言い争っている間に記憶を掘り起こす。あ。緑谷君のお母さんと前に一緒にいた。
昨日の話を思い出せば、プレゼントの雑誌選びにアドバイスを貰ったという。成る程、いわゆるママ友だったのか。つまり、緑谷君と爆豪君はママ友の息子。不思議だと思っていた関係が少し分かってきたぞ。

「つーか、何買いに来たんだよ」
「朝ご飯。急に出掛けることになったから簡単にトーストにしようかなーって」
「はああ!?マジかよ……だったら俺が作るわ」

爆豪君は料理も出来るらしい。ハイスペックだな、おい。

「良いの?お父さんの分もお願い」
「チッ、クソジジイの分もかよ。面倒臭ぇ」
「ここのコンビニ野菜も売ってたわよね。勝己が選んで良いわよ」
「俺が作んだから、たりめぇだろーが」

爆豪君は買い物カゴいっぱいに食材を入れてレジに持って来た。

「ババア、会計だ!」
「だからババア言うんじゃない!」

爆豪君の頭を爆豪君のお母さんはまた叩いた。
同じような応酬が続く中、俺は無心で食材を一つ一つレジに通していく。カゴが空になった頃、お母さんはペットボトルを一つ。

「これもお願いします」

爆豪君が三十分前に買ったものと同じスポーツ飲料だ。

「あ。さっき」

俺はそれだけしか言っていないのにお母さんは心得ていると笑った。だから、俺は迷いなくペットボトルをレジに通した。

食材の入ったレジ袋からペットボトルを取り出した彼女はそれを爆豪君に渡した。受け取りながらも爆豪君は首を傾げる。

「んだよ」
「あんた、もう少し走るんでしょ?もやもやしてるみたいだし」
「…………ほっとけや」
「これでもあんたの母親よ。それに、引子さんが出久君と買い物したって楽しそうに話してたから羨ましくなっただけ」
「は?」

爆豪君のお母さんは息子を置いてコンビニを出て行った。爆豪君は舌打ちを吐き捨て、コンビニの外へ走り出した。
俺はまた泣きそうになった。子供が親元を離れるのはどこの家庭も寂しいのだ。



それから月が変わり、俺は爆豪君と緑谷君の姿を見る。お母さんと一緒に来たとき以来だ。
二人とも顔や腕が絆創膏だらけだった。緑谷君は結構絆創膏をしていることがあるが、二人とも傷だらけとは。一体何があった……。

「で、テメェんちは誰もいないんか」
「うん。お母さん仕事だし。残りの荷物取りに行くことは伝えてあるよ。家の鍵は持ってるし大丈夫」
「来るか?」
「え?来る?」
「俺んち」
「え?え?ええ?」
「何回えって言うんだよ、うぜぇな」
「ご、ごめん。でもさ」
「デクなんかに拒否権はねぇかんな」
「……わかった。後でお邪魔します」

爆豪君の家に緑谷君はお呼ばれになるそうだ。俺は何だか感慨深くなる。コンビニの裏で不穏な空気を漂わせていた二人からは考えられないほど穏やかに会話しているから。爆豪君の口悪さは変わっていないが、怒鳴っていないだけで随分と丸くなったように映る。

買い物が終わったら仲良く並んでコンビニを一緒に出て行くのだろう。
と、思ったのに爆豪君は自分の分をさっさと買い終わると一人でコンビニを出て行った。
えええええ!?
緑谷君は?と視線で探せば、ヒーロー雑誌の棚の前でブツブツ言っていた。うん。そりゃ、置いてくよね。

他の客も緑谷君を避けている。エロ雑誌取りたいおっさんが困惑してるから気付いてあげてほしい。

緑谷君は雑誌を一冊手にしてレジにやってくる。他にはカツ丼弁当とミネラルウォーター。

「お弁当は温めますか?」
「あ。お願いします」

緑谷君との初めての会話になった。マニュアル通りすぎて会話といえないかもしれないが。
電子レンジで温めたカツ丼弁当をレジ袋に入れる。

「お箸は一つで宜しいですか?」
「はい」

割り箸と手拭きを同じレジ袋に入れてしまう。それから新しいレジ袋を一枚取り、そちらにはヒーロー雑誌とミネラルウォーターのペットボトルを入れる。このヒーロー雑誌俺も気になってるんだよな。今日発売されたばかりの新しい雑誌で、これが第一号だ。「ヒーローと科学」というありそうで今までなかったアプローチが売りになっている。

「あ、あの」
「はい?」
「オールマイト、好きなんですか?」

突然、緑谷君から話し掛けられて驚く。彼は精一杯だと言わんばかりに顔が真っ赤だ。めちゃくちゃ緊張してる。体育祭の時のあの感じは何処へ行った?

「前から。この辺り歩いてる時にオールマイトのパーカー着てるの見て格好良いなって!あ!人違いだったらどうしよう。ごめんなさい!」
「いや、謝らなくても大丈夫だよ。それ俺で間違いないと思う」

あはは。恥ずかしいところを見られたものだ。ヒーロー好きを隠しているわけじゃないから、別に見られて困ることもないんだけれど。将来、ヒーローになるであろう緑谷君に言われるとちょっと気恥ずかしい。

俺が肯定すると、緑谷君はぱああと顔を輝かせた。

「灰廻さんの個性凄いですよね!地面だけでなく壁まで登ったり移動出来るなんて、敵の撹乱にも有効だし、救助にも向いてるじゃないですか!?移動系の個性なら轟君の氷の柱やセメントス先生の個性と組み合わせれば最強じゃないか!やばい、やばいぞ。もっと他にもあるんじゃないか?無限の可能性が!凄い個性ですよ!!」

なんなんだ!?この誉め殺し!?
てか、俺の名前いつ知って。あ。名札か。

「あ、ありがとう」

俺はこれしか言えなかった。素っ気なさすぎたかなと冷汗が伝うが、緑谷君は気にした風でもない。

「やっぱり、何処かのヒーロー科出身なんですか?」
「俺は違うよ。高校も大学も一般の学校」

なんだけど。実は高校は東京のヒーロー科の受験を受けるつもりだった。つもりになってしまったのは、受験に向かっていた俺は困っている人を見掛けてどうにも助けてしまった。
結果、試験に間に合わず、地元の普通の高校へ通って東京の普通の大学を卒業して今に至る。けれど、受験を目の前に人助けしたことを後悔はしていない。

「そうなんですか?でも周りからクロウマンってヒーローネームで呼ばれてましたよね?」

ああ、どうしよう。人知れず……いや、だいぶ人目に付いてるんだけど、正体隠してたほうがヒーローっぽくて格好良いんだよね。でも、緑谷君のキラキラした目が眩くて俺の口はポロリと簡単に正体をバラした。

「そのクロウは苦労ね。不本意だけど。正しくはザ・クロウラー、です」
「そ!そうだったんですか!わー!後でヒーローノート書き直さないと!」

ヒーローノート?と俺は首を傾げる。
いや、それより訂正しないと。緑谷君すごい純粋そうだし。

「あ、俺はヒーローじゃないよ。自警団、に、なるかな」
「ヴィジランテって言われる、あの?」

そりゃヒーロー科だもんな。知ってるよな。
個性使用は国の認可がいる。俺みたいな一般人が公共の場で個性を使うのは違法行為なのだ。
人助けのためだとしても非合法。ヒーローが公認性になる前はヴィランに対抗するためにヴィジランテが立ち上がった。今のヒーローの元祖だ。しかし、公認性になった今、ヴィジランテはヴィランの亜種扱いだ。

それでも。こんな俺でも、個性の才能を認められてプロヒーローにうちの事務所に来ないかと誘われたことがある。
自転車以上のスピードを出すと急に止まれなくなる欠点が俺にはあったが、ヒーローからのアドバイスのお陰で今では高速移動が可能になったのだ。
勧誘は断ったというか断られたというか、俺の居場所はもう決まってしまっていたから、そのプロヒーローとはジョギング仲間として付き合っていた。

ジョギング仲間になったそのプロヒーロー、インゲニウムは東京から離れる俺を元気でな!と爽やかに送り出してくれた。
親しいジョギング仲間がいなくなり、俺の中で何かが欠けてしまっていた。カケラになったそれが、ある日騒ついた。世間がヒーロー殺しのニュースで染まっていた頃だ。
ずっと嫌な予感がある。思い立ってインゲニウムについても事務所のIDATENについてネットで調べてみたが何も判らずじまいだった。何処か地方とか海外に応援要請に行っているだけなら良いんだけどな。

感傷も混じって俺は弱々しく吐き出す。
今も俺は非合法のヴィジランテを続けているのだ。

「面目ありません」

俺はいつのまにか自分の足元を見ていた。プロヒーローにお墨付きを与えてもらった驕りだってある。後ろめたい気持ちはないけれど、俯いてしまうのは雄英に通う緑谷君が眩しいからだ。

「そんなことないです!」

俺は彼の声に顔をあげる。声に、力があった。

「ヴィジランテのことは授業で詳しくやりました。けど、僕は、悪いことだとは思えなかった。だって、僕は助けを求めている人がいたら助けたい」

あ。あの時の瞳だ。体育祭の時に見た。
強い、ヒーローの瞳。
それが俺を射抜いていた。理屈で動いているんじゃないんだなと、俺は笑いが込み上げてきた。ヒーローになりたい奴って似たようなこと言うんだ。でも、本物は一握り。

「ははは!」
「ええ!?あ、すみません、生意気なこと言いましたよね」
「いーよ、いーよ。全然!」

へらりと俺が顔を崩せば、あたふたしていた緑谷君もふにゃりと笑ってくれた。

そういえば、エロ雑誌買いに来たおっさんは……と、顔を上げれば、おっさんはコンビニを出て行くところだった。その手にはちゃっかりとレジ袋。隣のレジに目をやれば、先輩が手を振った。後で缶コーヒーを奢ろう。

俺は緑谷君とヒーロー談義を少し交わし、彼を見送った。
体育祭のこととか、応援しているとか、もっと色々言いたいことがあったのに言いそびれてしまった言葉が後から思い出されて後悔する。まあ、また来てくれるかもしれない。

ヒーロー談義もとても楽しかった。オタクだから知識も豊富だし、興味の分野が同じだから聞いていて飽きない。
それに、緑谷君から実はずっと話してみたかったのだと打ち明けられて俺は感動した。すぐさま俺も君と話してみたかったんだ!と返せば、緑谷君はまたあのふにゃふにゃ顔で笑ってくれた。

それから数ヶ月。緑谷君も爆豪君も見掛けなくなった。学校の寮生活なら仕方ないだろう。此処から雄英まで地下鉄で四十分は掛かるのだ。実家に帰る機会は年末ぐらいだろうか。
雄英のヒーロー科は夏休みも実習講義があると聞くから冬休みも休みでない可能性があるけれど。



秋が過ぎて冬が来た。今日は大晦日。昨日は年末の空気にあてられて不良上がりの暴走族ヴィランがパラリラパラリラ騒いでいた。派閥の違う暴走族同士の衝突があり、そこら中で一般人が巻き込まれる被害が出て大変な惨状だった。
何故かこっちに旅行しに来ていたナックルダスターとポップ☆ステップと共に俺はヴィラン退治に昨夜は繰り出した。

他にも俺達と同じようにプロヒーローが駆け付ける前に鎮圧に協力する者がいたようで、遠目に大爆発の火花と煙が見えた。
夜闇だったから人影ははっきりしなかったが、「ブっ殺すぞ!」と聞き覚えのある声がした。
ポップ☆ステップが「うわ、こわ」と暴走族ヴィランと勘違いして遠巻きにしていた。爆発音に向かうナックルダスターを俺は慌てて引き止める。怪訝な顔をされたが、タイミングよくプロヒーローと警察が来たので、俺達のお役は御免と颯爽と夜に紛れた。

昨夜は疲れたと欠伸を噛み殺して俺はトラックのおっちゃんが運んで来たおにぎりを陳列していた。しゃがんだり立ち上がったり地味に腰にくる作業を繰り返していると、後ろで来客を知らせる音楽が流れた。俺は振り返りもせずに「いらっしゃいませー」と眠そうに挨拶する。
今は手元に集中しているから、やる気のない店員だとは思われていないだろう。中央にある棚で俺の姿も向こうには殆ど見えてもいないし。

二人分の足音が聞こえる。しゃがんでいる俺の後ろを通り過ぎ、おにぎりよりも奥にある飲料コーナーの前で足音は止まる。

「珍しいね、いつものじゃないんだ」
「寒ぃ」
「冬苦手だよね」
「俺は一番強ぇ」

くすくすと小さな笑い声が溢れる。俺はおにぎりを手にしたまま固まる。

「何笑っとんだ」
「昨日も言ってたから。それに、警察の人にもプロヒーローにもヴィランに間違われてさ」
「クソムカつくこと思い出させんな。殺すぞ」

もしやと思って俺はしゃがんだまま向こうの二人に横目を向ける。
手前にコートを着込んでマフラーで首元をがっちりガードしている爆豪君。奥には爆豪君の身体に隠れているが、緑のもさもさ頭、緑谷君がいた。

うわあ、二人とも久しぶり!
友達か。

と、一人ボケツッコミを脳内でしつつ、昨夜の爆発は爆豪君で当たりだったようだ。
警察とプロヒーローにヴィランに間違われる爆豪君が容易に想像出来て笑ってしまいそうになる。必死に我慢した。

「つーか、テメェは危なっかしいんだよ。右手使いそうになってただろ」
「うわ。バレてた」
「テメェを殺すのは俺だ。その腕を潰し殺すのも俺だかんな」

相変わらず口の悪いことで。俺の背筋が凍るが、緑谷君の顔は見えないのに爆豪君の暴言を普通に受け止めている雰囲気が伝わってくる。

それにしても。昨夜は緑谷君もあの場でヴィラン鎮圧に力を貸していたのか。
それから、緑谷君の右手があと数回で使い物にならなくなることまで続く会話で知ってしまった。そんな身体でプロヒーローになれるのか?
以前見た、凸凹の手を思い出して眉が歪む。痛そうで心配だ。

「テメェはどれにすんだ」
「どうしよう。あ、甘酒がある」
「今から行くんじゃねーのか」
「駄目かな?」
「早よしろ」

俺は先に済ませるとばかりに爆豪君は温かい缶コーヒーを片手にレジに向かう。
今日は大晦日。先輩も新人の後輩も田舎に帰っていて、俺と店長しかいないのだ。店長は人が少なくなって来たからと休憩中だ。俺は慌ててレジに向かう。
客である自分より遅く来た店員に爆豪君は舌打ち一つ。すみません。
いつものではないのに、お釣り無しのジャストだ。

「有り難う御座いました」
「ん」

爆豪君は先に外に出てしまうかなと思ったが、そんなこともなく。飲料コーナーにいる緑谷君の元に戻っていった。
聞こえる会話から緑谷君はまだ買うものが決まらないようなので、俺はおにぎりの陳列に戻る。

「先に行ってて良かったのに」
「寒ぃって言ってんだろ」
「あ、そっか」

苦虫を潰したような顔になった爆豪君は忌々しそうに緑谷君を見つめる。ずっと受け入れていた緑谷君も流石にヒクッと怯え出す。

「な、何かな」
「初詣の人混みに流されて一人でピーピー泣き喚いてたやつが先に行ってろだ?テメェの頭ん中はクソ詰まってんのか!」
「それ幼稚園の頃の話だろ!迷子になんかならないよ、もう」

幼稚園からの仲ということは幼馴染か。お母さん同士が友達って線から何となくそうかなとは思っていた。

「言ったな。はぐれてみろ。絶対ぇ、殺す!」
「……え。かっちゃん、僕が迷子にならないように先に行かずに待っててくれてるんだろ?」

二の句が継げなくなる爆豪君が見られるとは。緑谷君、強くなったんだな。

「ッ、うっせぇ!さっさと決めろ!」
「あー、うん」
「なんだ、そのツラ」
「やっぱり買わない」

はあ?
俺は爆豪君と心の声を重ねてしまったと思う。

「テメェのそのマイペースなとこマジでムカつくわ!死ねカス!」
「怒鳴らないでよ。甘酒なら向こうで飲めるって言ったのかっちゃんじゃないか」
「コンビニに入りたがったのはデクだろうが!」

つまり、コンビニに入ろうと言い出したのは緑谷君で、爆豪君はその付き添い。それなのに言い出しっぺの緑谷君は何も買わないときた。爆豪君の言う通りマイペースにも程があるぞ。

「そうなんだけどさ。だから、かっちゃんのコーヒーちょっと頂戴」

それならコンビニに寄った意味がある!と緑谷君は名案とばかりに言い放った。
場の空気が静まる。俺は思った。それ、間接キスになるんじゃないかな。

「っざけんな!んな、キメェことするわけねぇだろ!」

目を吊り上げる爆豪君はずかずかとコンビニの出入り口に大股で向かう。

「待ってよ!かっちゃん!」

緑谷君は残念そうな顔のまま、慌てて爆豪君を追い掛けていった。俺の存在には全く気付かず、爆豪君だけを見ていた。

俺の見間違いでなければ、爆豪君が緑谷君に背を向けたとき、彼の耳は真っ赤だった。温かいコンビニに入ってから時間は経っていた。外の寒さから赤くなっていたとは考えられない。
あの時。爆豪君はどんな顔をしていたっけな?と俺はコンビニで年明けを迎えた。

正月は俺の家に入り浸るナックルダスターこと無個性の筋肉隆々おっさん、師匠と宴会。ポップ☆ステップの和歩は女の子だから泊まりはしなかったが、宴に加わって三人で賑やかな正月を過ごした。
のだが、師匠が東京に帰って騒がしさが消えたと思えば、アパートの下の階が騒がしい。

二階の住まいから降りてみれば、引っ越しの荷物を業者に運んでもらう和歩がいた。もしかしてもしかしなくとも、和歩は俺のアパートの下に越して来たのだ。
こっちの大学に通うことになったらしく、本格的に住むのは春からのものの、先に部屋を押さえておきたかったそうだ。ふーん。

俺個人のことでは母さんから正月くらい顔を見せなさいと何度も電話があったけれど、そのうちと返している間に正月は過ぎていた。
アパートの仮押さえに一区切りがついた和歩が東京に帰ってしまって話し相手がいなくなった俺はようやく腰を上げて実家に二泊三日してきた。

三日目の昼、アパートに帰る前に俺はふと思い出し、居間のコタツから抜け出して自分の部屋に向かった。
自室に仕舞ってあった宝物箱を引っ張り出せば、やはり埃だらけだった。中に入っていたオールマイトのソフビ人形は昔のものにしては状態が良い。しかし、遊び倒して塗装が所々剥げているのも事実。その事実がオールマイトの引退と重なり、俺は会見を見ても泣かなかったのに、ソフビ人形を握り締めて嗚咽した。

アパートに戻るため荷物をまとめた俺は玄関で靴を履く。母さんは何か言いたげだったが、いってらっしゃいと背中をハエ叩きの個性で叩いて俺を送り出してくれた。
厳しいが、厳しいだけに不器用なのだと知っていた。母さんの優しさに元気が湧いてきて俺は足取り軽くアパートに向かった。



春が来ても俺はフリーターだった。だが、一つ弁解させてほしい。
就職しようとあちこちに面接に行っていたし、二次面接まで受かった会社もある。今度の三次面接をクリアすれば晴れて就職だったが、コンビニの店長が急遽入院してしまったのだ。盲腸だった。

命に別状はなく、安心してお見舞いに行った。病院のベッドに横たわる店長は異形型の長い手をあげて「やあ」と挨拶した後、「灰廻君、店長になってよ」と気安く頼まれた。
困っているようには見えなかったが、困っている人を見捨てられないのが俺だった。

まあ、臨時店長だろうと俺は高を括っていたのだが、店長は病院を退院しても戻ってこなかった。
世話をしてくれた担当ナースとスピード婚して彼女の地元へ引っ越し、彼女の父親が経営している小さな町病院で事務をしているらしい。ハガキが届いた。リア充め。

俺がコンビニのバイト店員から店長に格上げして二年が経った。
緑谷君と爆豪君も稀にコンビニに来る。一緒に来ることは滅多にないが、全くないこともない。トータルで言えば、確率としては一人で来ることが多いわけである。

爆豪君は怖いので話したことはなく、マニュアル以外の言葉は交わしていない。話し掛けるなんて以ての外だ。しかし先日、俺は彼に助けられてしまった。

俺は親切心で不良に絡まれていたご婦人を助けた。そこまではいい。それからだ。俺はこの近辺の不良達に目を付けられてしまった。このコンビニで働いていることがバレ、ゴミ出しをしている時に裏に引き摺られた。

凶悪ヴィランに比べたら大した輩ではなかったが、残念なことに多勢に無勢。十人に囲まれたら肝が据わってきた俺だって恐怖に縮み上がる。こええ。

頬を殴られ、鳩尾に一発、二発。倒れ伏した俺は個性で切り抜けようとしたが、右手を取られ、反対側から左手を取られる。両端の男達に上半身を持ち上げられてしまった。俺の個性の発動条件は三点以上の接地。両足だけでは足りない。

リーダーだと思われる男が俺の真正面に立つ。後ろに控えていた男からバットを受け取り、思わせ振りに空振りを繰り返す。
血の気の引いた俺は神様仏様師匠様!と盛大に叫んだ。
断末魔が続いて響いた。しかし、それは俺の口からではなく、不良の一人から。

「クソウゼェ」

不良が悲鳴をあげて倒れたことで、その姿が露わになる。
雄英高校の制服を着崩し、ズボンを腰履きしている出で立ちは不良そのもの。だが、俺は不良が一人増えただなんて思わない。

「レジに誰もいねぇのはモブ共のせいかよ!そのモブ寄越せや!」

俺までモブ扱い!酷いよ爆豪君!
でも助かった。彼は個性を使うことなく、年上の不良達を蹴散らしてしまったのだ。格の違いを見せつけられて俺は情けないやら悔しいやらで複雑だ。

不良のリーダーが負け惜しみにボロボロの身体でバットを振り上げるも、爆豪君が人を殺せるような目をギラつかせた。不良よりも君の方がよっぽどヤバイよ……。

「あぁ?」

そして片手で爆破を起こす。リーダーの男の手からバットが落ちた。近くにいた手下の不良が「あ!」と爆豪君を指差す。

「こ、こいつ、雄英の爆破の!チート個性のやつだ!しかも折寺中ん時には大学生のヤンキーをのしたって噂も……!」
「お、俺もそれ聞いたことある!そのヤンキー俺の兄貴だから!」

噂じゃなくてマジ話だった。助けられた俺もえげつない内容にうわぁと声を出してしまう。

「なんだ。まだ喋れるくらい骨があるじゃねーか。もう少し楽しませてくれるんか?ああ?」

ゴキゴキと五指を鳴らす爆豪君の顔は悪役そのものだ。君、もうすぐ卒業だよね?ヒーローになるんだよね?え?本当に?

もうどっちが悪者か判らないまま、不良達は逃げ出した。
呆けてしまっていた俺に爆豪君が近づく。

「怪我、しとんのか?」
「ち、違うよ!大丈夫!」

頬と腹が痛かったが、俺は慌てて平気だと言い放った。爆豪君の顔が歪んだ。横を向いて、クソナードみてぇなこと言いやがってとその口が動いた。

「レジ、テメェ以外いないんか?」
「!、すみません!お待たせして!今は俺しかいなくて!」

卒業シーズンを迎えている今、学生のバイトはシフトに入れず、年長のバイトは就職のため先週辞めたから人手不足だった。

「ああっ、汚れてしまったので予備の制服に着替えてからでいいですか?」
「いーわ。早よしてくれ」
「じゃ、じゃあ、手だけ洗ってきます」
「おう」

流石に砂埃が付いた手で商品を触るわけにもいかない。お客さんが買うものなら尚更だ。

手を洗い終えた俺はレジに立つ。爆豪君はスタミナ激辛弁当とトンカツ弁当。それから一味や豆板醤など辛い調味料をレジに置いた。
それらをレジに通そうとしたところ。

「なあ」
「なんでしょう?」
「カツ丼弁当なくなったんか?」
「ああ、はい。去年の売れ行きが悪くて、今年から新しくトンカツ弁当に変わりました」
「わかったわ」

キレられるかな?と戦々恐々だった俺は静かな爆豪君にほっとする。
しかし、弁当を温めてレジ袋に商品を入れている間も彼の視線が突き刺さる。なんだろうか。俺は割り箸を一つ入れた。

「二本」
「……ぁ、割り箸ですね」

俺は割り箸を二つレジ袋に入れた。
男子高校生の胃袋はでかいし、一人分かと思ったが違ったようだ。

「飲み物はいらないんですか?」
「それはアイツの役目」

アイツ?と俺は首を傾げたまま、膨らんだレジ袋を爆豪君に渡す。視線が突き刺さる。

「ナード顔」

俺はきょとんと間抜け面を晒す。

「テメェのことだ。ナード顔」

うわー。嫌な渾名付けられちゃったなー。

「デクが言っとったのはテメェのことか?」
「え?えっと、緑谷君?」

爆豪君の目が細められ、睨まれる。怒鳴られてないけど顔がめっちゃ怖い!

「その辺ウロチョロしてるゴキブリ野郎だろ」

うわー。ゴキブリ野郎よりナード顔の方がマシだったわー。

「すみませんでしたー!」

きっちり九十度、俺は頭を下げた。本当は土下座をしたいところだが、レジ台があるからそれでは謝罪の意思表示を見てもらえない。

頭を下げたまま数十秒。爆豪君からのアクションはない。どうしたんだろうと、俺が面を上げれば目を丸くしている爆豪君の顔。
眉間に皺もなく、隙のある表情であれば爆豪君も可愛げのある高校生だった。怖がってごめんなさい。

ハッとした爆豪君が取り繕うように舌打ちして、強面に戻る。

「もういーわ」

爆豪君はレジ袋を手にコンビニを出て行った。
それが爆豪君とようやく交わした初めての会話で、彼に不良達から助けられた俺の濃い一日だった。



それから数週間後、雄英の卒業式があった。流石ヒーローの名門校だけあって普通の高校卒業式ではなかった。体育館ではなくバトルフィールドで卒業式。常識外れだ。
毎年やっていることなので驚きはないんだけれど、他のヒーロー学校の卒業式よりも雄英は特にスケールがでかい。プロヒーローの先生達をまとめて倒さないと卒業出来ないのだから。しかも先生達はハンデ無し。

体育祭はテレビ中継があるものの、卒業式の中継はない。マスコミも学校側で撮影した一部しか映像を提供してもらえないのだ。

テレビのニュースでたまたま見掛けた雄英の卒業式。例年通り先生VS卒業生という構図だったが、一つだけ異色の点があった。先生側に引退したオールマイトの代わりに緑谷君がいたのだ。
頼もしい先生達が味方だというのに、同級生達と対峙しなければならない彼はガタガタと可哀想なくらい小刻みに震え立っていた。怯える緑谷君を前に爆豪君はイキイキとした凶悪顔で構え、バトル開始の合図と共に飛び掛かった。
爆豪君が迫ると緑谷君もスイッチが入ったように怯えを引っ込め、立ち向かった。

全員、無事に卒業したらしい。
緑谷君と爆豪君は直ぐにでもプロヒーローデビューするのだろうか。

続々と緑谷君達の同級生らがプロヒーローとしてデビューを果たすのをニュースで知る。俺はその中の一人に特に注目した。インゲニウムがいたのだ。
画面の中の彼は俺の知るインゲニウムの弟だと言う。そして、前インゲニウムはヒーロー殺しステインの事件で負傷したこと、もうヒーローとして活動が叶わないことを語った。

俺は手に持っていたリモコンを落とす。勝手に二階に上がってきて隣に座っていた和歩に「ちょっと!コーイチ何泣いてんの!?」と言われて初めて俺は自分が涙を流していることに気付いた。

戸惑いながら俺の頭を撫でる和歩の手に現実なのだと実感して、俺はオールマイトのソフビ人形を握り締めたまま嗚咽したとき以上に涙を流した。和歩を困らせていたが、俺は彼女に救われたと思う。一人じゃなくて良かった。

泣き腫らしてスッキリした俺は、元気に朝を迎えた。目は真っ赤だったけど。
氷水で冷やしたタオルで目を冷やし、だいぶマシになった頃にアパートの一階に降りる。

「和歩ー!一緒に朝飯食わねえー!」
「バカなのアンタ!女の子の朝は時間が掛かるのよ!」

昨日のお礼にと誘ったのに、玄関を開けもせずこの言い草だ。
俺は拗ねて二階に戻った。

一人で朝食のトーストを平らげ、俺はコンビニに向かう。今日はバイト面接があるのだ。
二ヶ月の短期希望だが、人手が足りないから助かる。バイト申し込みの電話を受けたのは学生のバイトの子だったが、俺はバイトしたいって電話があったら受けちゃっていいよと言ってある。面接の日時も向こうの都合が良い日で構わない。俺のシフトを弄ればいいだけなのだから店長は自由だ。

俺は面接に来た子を前に目を剥いた。

「え!?緑谷君!?」
「えっと、宜しくお願いします」

開いた口が塞がらないまま、俺は奥の事務室に緑谷君を通す。

テーブルを挟んで向き合う形でパイプ椅子に座った。緑谷君がずっと握り締めていた履歴書を受け取る。
履歴書に目を通した俺は二ヶ月の短期を希望している理由に合点がいった。

「二ヶ月の短期を希望だったけど、アメリカに行くの?」
「はい。オールマイトのつてで向こうの事務所にお世話になります。費用とか雄英から補助金とか出ることになってるんですが、何があるか分からないですし。ある程度自分で貯めておきたくて」
「うん。成る程ね。それじゃあ、レジ打ちとかの経験は?」
「あ、ありません……」
「いーよ、いーよ。簡単だし、俺が教えるから」
「お願いします」
「勤務は希望ある?週に三回以上入ってもらえると助かるんだけど」
「それはいつでも!」
「いいの?がっつりシフト組んじゃうよ」
「体力には自信あります!」
「雄英だったもんね。説得力あるなー」

あれよあれよと話が進み、緑谷君のバイトデビューが決まった。ヒーローより先にバイトデビュー……。

緑谷君は俺が初めてコンビニバイトした時よりも要領が悪かった。雄英はバイト禁止だしな、初めてならば仕方ない。

気長に見守ろうと思ったが、ほぼ毎日入ってくれている緑谷君の順応は早かった。荒削りで小さなはミスは無くならないものの、要領の悪さを自分のやり方でカバーしてしまうのだ。良いバイトが入った。
二週間経った頃にはコンビニのバイト店員が板についていた。

俺はコンビニ内で緑谷君と二人きりの時に切り出した。本当は面接の時に訊いてしまいたかったことを。

「緑谷君、インゲニウムって知ってる?」
「え?はい。でも、どっちの」
「両方、かな。俺、お兄さんの方と面識があって」

俺は東京に住んでいる時、前インゲニウムの飯田天晴とジョギング仲間であったこと。共にヴィランを捕らえたことがあること。アドバイスをもらったこと。とても感謝していること。全部を口にした。

弟さんと同級生である緑谷君ならば、現インゲニウムを通して前インゲニウムと面会が可能なのではないかと期待して。狡い大人だと思う。
それでも、汚くても、俺はインゲニウムに会いたかった。

「会って、どうするんですか?」

緑谷君から、そんな声がするとは思わなかった。冷静で平坦な色。

「分からない。何を言ったらいいか言葉が見つからない。けど、引退って事実が受け入れられなくて」
「駄目ですよ」

緑谷君の声色はさっきと違って、優しい色をしていた。

「僕に教えてくれたことを本人にちゃんと伝えてください」

だから言葉が見つからないなんて言わないでほしいと緑谷君が続ける。
俺は鼻をすすった。

緑谷君は現インゲニウム、飯田天哉と連絡を取ってくれた。彼のお兄さんは東京のとある病院にいると教えてもらう。
すぐに俺は行動に移せなかった。意気地なしだ。
動けないまま、何日も過ぎてしまった。

いつの間にか緑谷君の最後のバイトの日になっていた。
その日、意外にもコンビニまで彼を迎えに来た爆豪君と一緒に帰る姿まで見送ることになるとは。

実は。この一週間前に、コンビニに来た爆豪君がここの制服姿でいる緑谷君とばったり見つめ合い「ここにいたんか……」と呟いたあと、吊り上がった目が引っ付きそうなほど怒りを露わにし、汚い言葉を叫び散らして緑谷君を蔑み罵った。お客様、言葉で店内を汚すのはおやめください。

怒鳴られた緑谷君はビクビク怯えていながらも、爆豪君に言い返していた。

「かっちゃんが返事くれないからだろ!」
「テメェ、クソナードの分際で!」

はて。言い争いの原因は判らないが、他の客に迷惑だ。あの一件以来、俺は爆豪君が怖くなくなった。顔以外。

「君達、もういい大人だろ?人に迷惑かけて喧嘩して楽しいのかな?」

俺は笑顔で怒ることを覚えた。前の店長から教わったスキルだ。

「す、すみません。灰廻店長」
「…………」

反省して緑谷君が頭を下げる。爆豪君は無言だが、ばつの悪い顔をしている……めっちゃ顔怖いけどな!

「ゴキブリは迷惑じゃないんか」
「俺がやってるのは人助けだからいいんです」
「人助けだ?ゴキブリは害虫だろーが」
「否定したいのに君に罵られると何も言い返せない」

俺が爆豪君と軽い応酬をしていると、緑谷君が見たことのない顔をしていた。お気に入りの何かをとられたような、そんな……。

「ナード顔、唐揚げ」
「あ、はい」

注文されたので俺は温まっている唐揚げを取りに行く。

「かっちゃん、僕が」

俺を引き止めた緑谷君が爆豪君に自分がやると申し出るも、爆豪君は苛立ちたっぷりの顔でガンを飛ばす。

「デクの施しは受けねぇ」
「まだあの時のこと根に持ってるんだ……」
「根に持ってんの教えてやったんだから気を回せや」
「気を回すも何も唐揚げくらい売らせてよ」
「俺から金取んな」
「取らないよ!お支払いしてもらうんだから!」

緑谷君がヒートアップしそうだったので、俺はさっきの笑顔で「やめようね?」と低い声で言った。緑谷君はコクコクと壊れた人形のように首を縦に振り続けた。こっちが心配になるくらい頷き続けるので俺はやりすぎたか?と顔に汗を浮かべる。

「ウゼェ」

爆豪君のチョップで止まった。しかし、それは軽いものではなく、緑谷君の頭が肩にめり込むほどの威力だった。あれはもう攻撃だと思う。

「加減というものを知らないよね、かっちゃん」
「テメェだけだから心配すんな」

緑谷君が頭の痛みに呻いている間に唐揚げの会計を済ませた爆豪君は緑谷君の顔を見ずに言った。
言われた緑谷君は何故か顔が真っ赤だ。熱でもあるのか、それとも。

爆豪君は買ったばかりの唐揚げを一つ摘んで、豪速球で緑谷君の口に突っ込んだ。

「オラ!食え!」

食べるどころではない勢いで唐揚げを口に捻じ込まれた緑谷君はその場にしゃがみ込む。

さっきから騒いでいるから、店内の客が此方を気にし出す。その客の一人から「爆心地?」と、爆豪君のヒーローネームが出た。彼は同期の卒業生の中でも一番にヒーローデビューを果たしたのだ。活躍も知名度も新人の中でかなりのトップクラス。
店内が騒めくのをものともせず、爆豪君は蹲る緑谷君が涙目で見上げてきたのを見下ろすと、満足そうにコンビニを出て行った。

そうして、一週間後が今日というわけだ。

あの二人は仲が良いのか悪いのか本当にさっぱりだ。爆豪君は手加減がないし、緑谷君も怯えたり歯向かったり。でも今さっき一緒に帰って行ったし。
でも、中学生の時の二人より前に進んでいるのは確かだと思う。
俺も二人を見習って前に進もう。



数年ぶりに東京の地についた俺は駅で待ち合わせていた現インゲニウムの飯田君と初対面する。

「緑谷君からお話は伺っています!今日は兄のためにご足労いただき有り難う御座います!」

緑谷君から聞いてはいたが、カクカク動く姿は真面目を通り越してロボットのようだ。お兄さんの方が柔軟性がある。

「いや、有り難うは俺が言うべきことだよ。俺の我が儘を聞いてもらってるんだし」
「いいえ!兄とご縁がある方なら、絶対に兄も喜びます!こちらにいる間は是非、ホストをさせてください!」

これって断ると面倒になるパターンだよなー。俺は飯田君に促されるままに、そこそこ高級そうな車に乗せられる。お兄さんが入院している病院まで送ってくれるそうだ。

車内で会話もないのも気不味いので、俺は質問していいか飯田君に尋ねる。彼は快く俺で判ることならお答えしますと眼鏡を光らせた。眼鏡取ったら絶対お兄さんに顔そっくりな気がする。

「ヒーロー殺しの事件ってだいぶ前だよな。お兄さん、まだ退院出来ないくらい悪いの?」
「ええ。日常生活もまだ難しいんです」

俺はゾッとした。日常生活もままならないなんて、そこまで重態になっていたとは思わなかったのだ。

「でも。兄さんに会いたいって言ってる人がいると伝えてから、笑顔が増えたんです。リハビリも前から努力していましたが、もっと努力するようになって。今は松葉杖があれば歩けるようになりました。貴方の、灰廻さんのお陰です」

飯田君は俺の目を真っ直ぐに見つめていた。俺は彼の口から出た言葉が俄かには信じられず、かぶりを振る。

「俺は、そんな」
「兄さんは言っていた。勇敢なヒーローが俺に会いに来るなら、情けない姿なんか見せられないと」

俺は目を手で覆った。ちくしょう、泣きそうだ。

「俺は兄さんにヒーローを引退してほしくない。けれど、兄さんは諦めていた。ヒーローへの復帰は絶望的で、身体の回復は見込めないと突き付けられて」

飯田君が一度言葉を区切り、呼吸する音が俺の耳に届く。

「それなのに、予定以上のスピードで兄は回復している。貴方が加速させてくれたんだ。貴方の存在が、兄を奮い立たせてくれた!だから!本当に有り難う御座います!」

感謝の言葉に俺は涙が止まらなくなった。
飯田君が差し出してくれたハンカチで俺は涙を拭う。

病院に到着する。涙は止まったが、インゲニウムを前にしたらまた泣いてしまうかもしれないからと、ハンカチはそのまま持たせてもらった。

車から降りるときに俺は飯田君に眼鏡を外してみてほしいとお願いしてみた。飯田君は首を捻りつつも、お願いを聞いてくれた。

「こうですか?」
「うわ、やっぱりそっくり!若っ!」

一人はしゃぐ俺に飯田君は戸惑っている。何でもないよと笑い、俺は病院に向かう。
病院の大きさを前にすれば俺の小ささが際立つ。怖じ気づきそうになる背中を「宜しくお願いします!」と弟君の声が押してくれた。

かつてのジョギング仲間の病室の前。俺は引き返すことなく、前に進んだ。





























◆後書き◆

アプリでヒロアカのスピンオフ「ヴィジランテ」が読めると知ってアプリ落として読んでみたら絵もコマ割も内容も好きな感じで原作と外伝の本を一緒に揃え始めました。
灰廻さんと勝デクが出会うお話が見たかったので自給自足。
勝デクの折寺卒業間際から雄英卒業後まで。

最初はヴィジランテとヒロアカ本軸の時間差を四年にしていましたが、原作読んでみたら五年前が色々と節目になっている感じだったので、ヒロアカ時間軸がヴィジランテの五年後と仮定し直しました。
ヴィジランテの方にも飯田兄弟の描写があったので、お兄さんが25歳で飯田君が10歳っぽい気がして。
先にpixivで読んでくださった方には失礼致しました。文章の変更は灰廻さんが単位足りずに五年で大学を卒業した一文程度ですので、内容はほぼ変わりないです。

ヴィジランテは灰廻さんとインゲニウム(天晴さん)の関係が良くて、最後は飯田君と灰廻さんに会話してもらいました。勝デクどこいった。
灰廻さんと天晴さんが掛け算っぽくなりましたが足し算のつもりで書いております…。

読むのも書くのも三人称のが慣れているんですが、読み専に徹していたときに一人称小説が多くて面白かったので私も流れに乗りたかった。しかし、一人称難しいですね…挫折しそう。
けれど、続きます。





pixiv投稿日:2017/12/11
更新日:2017/12/21








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