◆二律×the way home×背反◆










コンクリートのような見た目でも、精神までコンクリートのように頑丈なわけではない。セメントスは表面に一滴の汗を流し、自分の何倍も冷汗を流している左隣の教員席に座している13号に憐れむ横目を注ぐ。
宇宙服を着込んだ姿である13号は止まらない冷汗をどうすることも出来ず、自分に視線を固定させている女教師に辟易していた。
机に肘を立て、組んだ両手に形の良い顎をのせているミッドナイトは値踏みする直接的な眼差しを13号に向けている。

仕切り直した救助訓練の採点をしていた13号の手は緊張で止まっている。
1年A組の救助訓練はヴィラン連合の襲撃で延期となっていた。B組はA組の前に救助訓練の授業を終えているので採点も既に完了している。
B組は従来通りの内容で授業を進行したが、A組はオールマイトのサプライズがプラスで組み込まれたため、色々と纏めるのに頭を捻っている最中だ。

オールマイトのサプライズは悪ふざけが過ぎたものであった。訓練前から採点には反映させないと相澤から言いつけられていた13号だが、自分の教師論からすれば採点に含まないのは惜しいほど生徒達は素晴らしい成果を見せてくれた。
だから、向かい席の相澤に相談しようと顔を上げたところ。右斜め向かいのミッドナイトから視線を突き刺された。

相澤は横のミッドナイト、向かいの13号とセメントスの妙な空気には気付いていたが、口を挟めば巻き込まれると判断して無言だ。合理的に判断し、負傷した腕のリハビリを兼ねて腕の包帯を取って席を立つ。共に巻き込まれていないエクトプラズムの横を通り過ぎる前に一言、コーヒーを飲むか尋ねる。

「我モ、喉ノ乾キヲ感ジテイタ」

飲む返事をもらい、相澤はコーヒーメーカーに向かう。自分の分を淹れるついでにエクトプラズムの分も淹れる。実に合理的である。
自分のマグカップは側面に柄一つないシンプルな白いマグカップだ。シンプルすぎて他人のものと見分けが付かない懸念は皆無だった。皆、派手な柄であるため、何の変哲もない白いマグカップが浮いているほどである。相澤のマグカップもまた、底の部分に猫のイラストが付いているので、シンプルだと思っているのは本人だけだったりするのだが。カップを飲むために傾けると猫が顔を出すので向かい席の13号は「ねこちゃん」とこっそり癒やされている。

相澤は自分のマグカップに続いて、エクトプラズムの花柄マグカップを手に取る。香り立つコーヒーを注いだ。自分もエクトプラズムもブラック派だ。ミルクも砂糖も不要。
両手にマグカップを持ち、花柄をエクトプラズムの机に置いた。

「ブラックで良かったですよね」
「無論。頂戴スル」
「どうぞ」

ヒーロースーツを着込んだエクトプラズムの表情変化は見て取れない。けれど、マスクの下はマグカップに描かれている花の顔のようにニコニコ笑っているのだろう。

「……シカシ、アレハ放ッテオクノカ?」

これは困った顔をしているようだ。表情と同じで声色も変化しないのだが、職員室で毎日顔を合わせていれば感情の変化は把握出来るようになる。

「単刀直入に言います。巻き込まれたくありません」
「君ハ正直ダナ」
「そう言うエクトプラズムさんも同じでしょう」
「マッタク、同意見ダ」

巻き込まれたくない。その一言に尽きる。
ただ、正義感はエクトプラズムの方が上だ。だから困っている。外見は悪役だが、ヒーローらしい心の持ち主だ。一方、相澤もヒーローではあるが、ヒーローの役職を選んだのは自分の個性がヒーローに適していると判断したためだ。

個性封じを活かせる職はヒーローしかない。警察でも良かったかもしれないが、個性の訓練はヒーロー科でしか認められていない。雄英に合格すれば例外を除いてヒーローになることは必然だ。
オールマイトと親交がある塚内という警部とは数回言葉を交わしたことがある。警察は個性使用の制限があることは一般常識だ。しかし、どの程度の制限であるのか、現職に訊ける良い機会だった。予想通りだったとは言え、眉を顰めるほど自由ではない答えが返ってきた。
ヒーロー以外は考えられないなと相澤は改めて思ったほどだ。それに、警察は縦社会が面倒そうである。

そんなことを考えながらミッドナイトの後ろを通り、自分の席に腰を落ち着ける。マグカップを傾け、コーヒーに口をつける。
壁の掛け時計よりも電源の入っているパソコンの右端を見たほうが時間の確認は容易だ。ディスプレイに表示されている時刻を目視し、そろそろ反省文を書き終える頃だろうと予測する。「先に来るのは爆豪だろう」と心の中で言葉にする。

「やっぱり13号先生みたいに見るからに僕はドMです!って子より、自信に満ちた俺様タイプを啼かせたいのよね。あ!A組の爆豪君とか」

13号に向けていた顔をぐるん!っと勢いよく此方に向けるミッドナイトに相澤はげんなりと顔にする。
キラキラした目で教師の発言としてはとんでもないことを口走ったミッドナイトに冷汗の引いた13号も遺憾を示す。

「爆豪君は適材適所を弁えて判断出来る子です。少し横暴な面は目に余りますが、向上心の素晴らしさを粗末な言葉で片付けないでください。あと僕はドMじゃありません!」

最後の一言は憤慨を込めていた。熱烈な視線にたじたじしていた自分が馬鹿みたいだったと気付いての反抗である。
あらら。と、ミッドナイトは13号の反抗を目にして頬に手をあてる。ぷんすかと彼の後ろに文字が見えてしまうのだから可愛いものだ。それなりに怒っている様子だが、年下の怒りなどミッドナイトには取るに足らない。

「自分の嗜虐心満たすためにうちの生徒を引き合いに出すのはやめてください」

会話に加わる気はなかったが、13号の生徒への評価は担任として動かされるものがあった。だから相澤はミッドナイトに向けて口を開いた。

「あら、いいじゃない。先生と生徒なんて禁断のシチュエーション、今じゃなきゃ楽しめないんだし」
「そうですね。なんて言えるのは貴女とマイクぐらいです。教師は生徒を守る立場であるべきだ」
「貞操?」

守るのはそこじゃない。と反論する言葉を呑み込んだ。不毛な会話になることは最初から目に見えていたのだ。
誰だ。この女を教師に呼んだのは。

口を閉ざした相澤にミッドナイトはつれないんだからと微苦笑を零し、つらつらとA組の男子生徒を物色し始める。しかし、最終的に最初と変わらず一人に絞られた。

「次の訓練で爆豪君、私に割り振ってくれない?」
「ちょっかい出すでしょ。却下」
「ええー」

結構本気で言っていたらしい。冗談で軽口を言っているものと思っていた相澤は引き気味だ。
そこへ。ガラッと、職員室の扉が開かれた。

「邪魔すんぞ」

いつもならその態度を嗜めるところだ。しかし、今はそれどころではない。

「入るな、爆豪」
「ああ?」

職員室に足を踏み入れるのを止められて、盛大な悪態をついて勝己は顔を歪める。
相澤は腰を上げる。そう怒るなと片手をあげ、自ら爆豪の元に足を進める。

「生徒の成績をまとめてんだ。反省文は書けたか?」

前者は生徒を守るための相澤の方便だった。それに、自分ではないが、13号は成績をまとめていた最中だから嘘とも言い切れない。
相澤のそれを勝己は言葉通りに受け取り、仕方ないと舌打ちする。

「おう」

手に持っていた十枚の紙を勝己は相澤に手渡した。反省文だ。
受け取った相澤は、十枚全部に文字が埋まっていることを確認して頷く。書いてある文章はそれほど重要視していない。毎回目を通しているが、学校側の規定は紙に文字が詰められていればいいという大雑把なものだった。校長によれば、まだ高校生なんだから時間を拘束するくらいで丁度良いらしい。
しかし、反省文に「デク」の二文字が目立つ。毎回だ。

「緑谷はまだ終わってないのか?」
「知らねぇ」

ぶっきらぼうな返答に相澤は溜息を洩らす。まともな答えは期待していなかったが、勝己の出久に対する態度は入学当初から変わらない。幼馴染ということだから入学当初以前の問題か。

「後ろの席なんだから知らないってことはないだろ。何枚終わってた?」

勝己は知らないを突き通すつもりだったが、この担任の目は苦手だ。
実際、知らないこともない。反省文を適当に書き終えて自分の席を立ったところで後ろから「かっちゃんもう終わったんだ。早いね。僕はあと少しかかるかも」と訊いてもいないことをべらべら喋っていた。「うっせぇ!」と一蹴して勝己は教室から出てきた。

「…………もうすぐ終わんだろ」

忌々しそうに吐き捨てられたが、勝己が適当に言うはずがない。「そうか」と頷き、良く言えましたと勝己の頭を撫でようとしたところ、咄嗟に避けられた。

「……そんなキャラじゃねぇだろ」

あんたは。と、勝己は顎を引いて相澤を見遣る。

「それもそうだな」

相澤は特に気にもせず、行き場を無くした手を下ろした。

「よし、もういいぞ」
「爆豪君!」

相澤の声にミッドナイトの声が被り、姿も被る。自分の前に飛び出してきたミッドナイトに相澤はげんなりと頭を抱える。話が終わるまで待っていたのは教師として正しい判断だが、私情で顔を出したのなら首根っこを捕まえなければならない。

「どんな女の子がタイプ?」
「「は?」」

相澤と勝己の声が重なった。
ミッドナイトの首根っこを捕まえようとしていた相澤も動きが止まる。貞操がどうのと言っていたものだから、そんな可愛らしいことを訊くとは予想外だった。中身が不毛であることには変わりないが。

「年下か年上だと、どっちが良いのかしら?」
「んなの、どうだって」

言っている間にミッドナイトが前に出てくるので、勝己は一歩下がる。目の前の女教師が何を企んでいるのか読めない。
睨んでいる間にも間合いを詰めようとしてくる。間合いを一定に保ちたい勝己は下がるしかなく、窓際の壁に追いやられた。左右への移動は可能だが、それは逃げるようで癪に障る。

鼻先が触れ合いそうなほど間近に迫った女の顔に勝己は顔を引攣らせる。ミッドナイトの個性である香りで僅かに眠気が漂う。
ミッドナイトのしなやかな指先が此方の頤に触れた瞬間、勝己はブチ切れた。
BOOOM!
と両手の平で小爆破を起こした勝己からミッドナイトは手を離す。

「やだ、怒らないでよ」

肩を竦めるミッドナイトに悪びれた様子はなく、勝己は更に苛立ちが募る。企みも何も、この女教師は自分で遊んでいたのだと判明したからだ。

「ごちゃごちゃウッせぇんだよ!」
「爆豪、授業以外での個性使用は禁止だ。だが、今のは教師側の責任だ。悪かった」

相澤が間に入り、勝己を落ち着かせる。腹の虫はおさまっていないようだが、拳を握って個性を封じている。13号の評価通り、横暴な態度ではあるが理性的な判断力がある。

「ミッドナイトさん、悪いことしたらどうするんでしたか?模範解答でお願いしますよ」
「ごめんなさい。悪いことしてしまったお詫びにお仕置きしてくれてもいいのよ」
「いらんこと言わないでください」

模範解答だと釘を刺しておいた意味がない。合理性を無視されて相澤は苛立つ。さぞかし勝己も苛立っているのではと様子を伺えば、予想に反していた。

「爆豪?」
「ッ!」

蒼褪めていた勝己は相澤の声にビクリとした後、通常運転の眉間に皺顔で顔を背けた。
勝己は顔を背けた先に緑のもじゃもじゃがいたことで更に眉間に皺を刻んだ。
あ。面倒だぞこれは。と、相澤は勝己に帰っていいぞと告げる。

「……ッス」

軽く頭を下げて勝己は鞄を取りに教室に戻る。此方に向かってくる出久とすれ違う直前。

「死ねえ!」

と八つ当たりの暴言を吐いていった。
遠目に目が合った瞬間からビクビクしていた出久は怒鳴られて「うわあ!」と吃驚して怯むが、勝己は怒鳴っただけだった。戦闘訓練を除けば、最近は事あるごとに突っかかられることもない。けれど、さっきの勝己は虫の居所が悪そうで身構えていた。

思っていたより控えめだった後ろ姿を少し見送って、ほっと胸を撫で下ろした出久は廊下に出ている相澤に反省文を提出した。

「はい。ご苦労さん」

反省文を受け取った相澤は中を確認して頷く。しかし、勝己の時もそうだったが、出久の場合は更にややこしい書き方をしている。

「緑谷」
「へあ!?何か問題になるようなこと書いてましたか!?」
「いや、そうじゃない」

指摘の前触れに名前を呼ぶだけでおどおどする出久の態度にも慣れてきた相澤は平坦な声で続ける。

「爆豪くんか渾名かどっちかに統一しろ。読みにくい」
「あれ!?混ざってました!?」
「爆豪で統一したいんだろうが、無意識に書いてんだろ」
「な、直したつもりだったのに」

書き直しますと、提出したばかりの反省文を出久は返してもらおうとするが、相澤は返さなかった。

「そこまでしなくていい。爆豪はお前のこと渾名で書ききってるんだし」

毎回、出久が勝己より反省文を書くのが遅いのは名前のところを書き直すのに時間が取られているからだ。

「画数は変わるが、文字数そんな変わらないだろ。俺は書いてあればいい。ただ、統一されてた方が読みやすいから合理的だ」
「わ、わかりました」

こくこくと出久は上下に首を振った。が、ピタリと止まる。また反省文を書くことが前提の話になっていたからだ。
しかし、今後反省文を書かずに卒業まで行ける確率の方が少ないに決まっていた。今日で何回目の反省文だったか。

「最終下校時刻も近いしな」

そろそろ帰りなさいと相澤は告げようとするも、ミッドナイトの視線に気付いた出久が其方に顔を向けていた。嫌な予感がする。

「爆豪君の好きなタイプの女の子知らない?緑谷君、幼馴染だったわよね!」
「かっちゃんの?ですか?」

あー、駄目だ。相澤は項垂れる。「緑谷、相手しなくていいぞ」と間に入るが、ヒーローオタクである出久がミッドナイトを無視するなど有り得ない。

「どんな子と付き合ってたか、とかでも良いの」
「かっちゃん誰とも付き合ったことないですよ。モテてはいたけど」
「君が知らないところでってあるかもしれないわよ」

あまりにも出久がないと断言したので、ミッドナイトは首を傾げる。

「それはないです。だって、」

そこまで言って出久は固まる。出久はヒーロー研究のために勝己の私生活を追い掛けていた。即ち、側から見たらストーキングである。どう考えても自分は危険人物だ。暴露していたら先生に通報されてしまっていたかもしれない。
しかし、だからこそ勝己に彼女がいたことは一度もないとはっきりしている。

「だ、だって、かっちゃん潔癖症だから」

咄嗟に言い繕ったが、本当のことだ。勝己は触られることをあまり良しとしない。拳を交えるのは良くても、手を繋いだりは無理だ。幼い頃は良く手を繋いでもらった記憶が思い出されたが、今は無理だ。

「ああ」

納得の声が意外なところからして、出久は顔を上げた。

「いや、何でもない」
「?」

相澤は首を小さく横に振って出久の視線から逃れる。頭を撫でようとして避けられた理由が判明した。それに、ミッドナイトが爆破で威嚇されたのもまさにそれだろう。

「緑谷君、もう一ついい?」
「ミッドナイトさん、いい加減にしてもらえますか」
「相澤先生!これが最後!最後だから!」

死活問題!と言うミッドナイトに折れ、相澤は頭を掻く。

「すまん、緑谷」
「いえ。……それで」

何を訊かれるのだろうかと出久は縮こまりながらミッドナイトを上目に伺う。
震えている出久にゾクゾクするが、自分が求めている嗜虐心とは違う。惜しいけれどと、ミッドナイトは気になっていることを尋ねる。

「爆豪君が泣いてるところ見たことある?」
「ありますよ」

何故そんなことを?と出久は首を大いに傾げる。けれど、ミッドナイトが興味津々に顔を輝かせるので続ける。数日前にミッドナイトの個性について色々質問した時に全て答えてもらっている出久としては、お返しが出来るのならばと親切心から口を開く。

「個性が出る前は森で迷子になった時に泣いてたし、小学生の時は上級生と喧嘩して泣いてました。あ、かっちゃんが勝ったんですけど、体が大きい相手にも負けないなんて格好良くて凄かったなぁ」
「うーん。子供の時なのね」
「最近も泣いてますよ」
「え!?いつ!!」
「最初の戦闘訓練の授業が終わった後、校門のところで僕に……」

そこまで言って、これ以上は勝己の自尊心に関わりそうで口を噤んだ。
その時、最終下校時刻が迫っていることを報せる予鈴が鳴る。

「すみません!僕、帰ります!先生さようなら」
「はい。さようなら」
「待って!まだ途中!」

相澤はミッドナイトを職員室に引き摺っていった。





教室にリュックを取りに来た出久は扉を開けて飛び上がる。

「か、か、かっちゃん!?なんで!?」
「遅ぇ」

短い一言に待っていたと判るが、到底信じられない。何か勝己に思惑があるのだろうかと出久は首を竦めて彼の目の色を窺うように覗き込む。

「ま、待っててくれたんだ?」
「はあ!?」

ビクッと出久は後ずさる。勝己はチッと舌打ちして、出久の無駄に大きい黄色のリュックを入り口に突っ立ったままの持ち主に投げ付ける。豪速球で飛んできたリュックを回避出来ず、出久はもろに顔面に喰らう。

「ぐふぇ!」
「キメェ声出してんじゃねーよ」

自分の鞄を肩に掛けた勝己は尻餅をついている出久の側まで近寄る。

「いつまで伸びてんだ。早よしろや」
「え、あ、うん」

これは蹴られるパターンだ!と身構えていた出久は掛けられた言葉が信じられず、瞬く。しかし、直ぐに立ち上がってリュックを背負う。
その間にも勝己はさっさと校門に向かって行ってしまっている。本当に一緒に帰るつもりなのだろうかと首を捻る出久だが、おずおずと勝己に小走りで近付いた。

「…………」

何も言ってこない。そのまま出久は勝己の後ろに続く。
校舎から校門へと歩を進める。学校の外にまで来て、駅までもう少し。コンビニの前で勝己が立ち止まる。

「奢れや」
「え。なんで?」

今まで勝己に散々な目に遭わされてきたが、金銭を要求されたことはない。それに、喝上げじみたことは許容出来なくて不本意に眉を立てる。

「今日のペナルティはテメェのせいだろうがッ」
「グッ」

さすがにそこを突かれると痛い。
反省文を書くことになった経緯は戦闘訓練の授業の時のこと。まだ加減が出来ないワン・フォー・オールの制御をまた誤り、反動で吹き飛ばされた自らの身体は後方に飛ばされた。その先に勝己がおり、ぶつかりそうな直前に爆破されたのだった。そこまでなら相澤も大目に見てくれただろうが、その後キレた勝己に出久はぶん投げられた。そして壊したのだ。戦闘訓練を記録する移動型カメラを。しかも、かなり高額な代物である。

授業を担当したオールマイトがほどほどにしてくれるように相澤に頼んでいたが、相澤は合理的罰として反省文の提出を強制した。

勝己の短気さを出久は良く知っている。だから彼の反応は至極当たり前だった。確かに元はと言えば自分の落ち度だ。譲り受けた個性を使いこなせていない自分が一番不甲斐ない。

「……ごめん」
「それで済んだと思うならうせろ」
「奢るよ。何買うのさ」

二人でコンビニに入る。レジにいる女性の店員さんは新人なのか緊張気味にいらっしゃいませと頭を下げてくれた。
程なくしてコンビニから出てきた出久は隣の勝己を見遣る。勝己の方が三ヶ月だけ早く産まれているが、三ヶ月のみの身長差ではないよなと出久はちょっと悔しく見上げていた。

彼の口には激辛肉まんが咥えられている。出久も自分の分のあんまんを食べる。
すぐ側の駅に着く頃には簡単に食べ終えてしまった。

地下鉄に乗るために階段を降りていく。二人は駅のホームにある椅子に座り、電車を待っていた。

「かっちゃん、飲み物本当にいらない?」
「パンチが弱ぇ」

激辛肉まんは彼の舌に合格点を頂けなかったようだ。辛いものを食べたら水が欲しくなる出久には到底理解しかねるが、勝己の激辛好きは昔から変わらないのでそれ以上は言わない。

「あと、はい」

出久は勝己に中華まんと一緒に買えと言われた絆創膏の小箱を差し出す。
一度、凄い眉間の皺を増やされた。けれど、勝己は受け取ると箱を開ける。

指でも切ったのかなと出久は勝己の手元を見ていた。ペリッと保護シートを剥がされた絆創膏の行く末をぼんやり見ていた出久は反応に出遅れる。
意識を強く持った時には、もう貼られていた。絆創膏が自分の右頬に。
頬を、絆創膏を手で押さえて出久はグン!と身を引く。

「な、ななな!かっちゃん今何した!?」
「いちいち喚くな!クソが!!!」

電車が到着し、勝己はまだ中身がある絆創膏の箱を出久の頭に叩きつける。

「痛っ」
「それはテメェにくれてやる!」

頭から落ちそうになる箱が潰れた絆創膏を出久は慌てて手に掴む。電車に乗り込む勝己を惚け顔で見つめていたが、電車の扉が閉まるアナウンスに我に返る。駆け込み乗車はおやめくださいの声と同時に駆け込んでしまった。

「ダッセ」

勝己の声に出久は赤くなった。誰のせいだと思っているのか。
ぼんやりとしていたが、視界はちゃんと捉えていた。勝己の顔が間近に迫り、紅い瞳に捕らわれている間に彼の指先が頬に触れるまでを。

確かに右頬に痛みがあった。戦闘訓練で勝己にぶつかりそうになった時、彼の爆破を受けて。変色していた指はリカバリーガールに処置してもらって治りかけているが、小さな傷まで甘えさせないのがリカバリーガールの信条だ。だから、火傷のようなかすり傷が残ったままだった。消毒はしてもらっていたから、放っておいても数日で治る。

頬の絆創膏を指の腹で撫でていると、凄まじい視線が突き刺さった。硬直し、ギギギ……と壊れた人形のように首を動かし、一人分隙間を空けて隣に座っている勝己を出久は恐怖混じりに見遣る。思った通り阿修羅のような凶悪顔で睨まれていた。小さく悲鳴をあげれば、勝己が益々目を吊り上げた。

「触んな」

絆創膏を触っていた手を膝に抱えるリュックに下ろせば、勝己からの睨みが無くなる。不機嫌な顔は相変わらずだが。
それから会話が続くはずもなく、出久の頭は船を漕ぎ出す。リカバリーガールの個性は個人の治癒能力を最大限に引き出して回復を早める。つまり、自分の体力をかなり消費してしまう。失った体力を取り戻そうと身体が睡眠を欲していた。
けれど、先程までは勝己と一緒に帰るという地獄のような恐怖心で生きた心地などなく、緊張で眠気など無かったのに。不思議だ、と出久は瞼を閉じた。

ぽす。

勝己は左肩に触れた感触に目を見開いた。長年知って馴染んだ気配だ。触れられることに嫌悪感はない。ないが苛立つ。

電車内は帰宅ラッシュ前で吊革に掴まっている人などいなく、席もまばらに埋まっているだけ。自分達と同じ列に座っているのも出久の向こう側に一人だけと充分な空間がある。
ぶっ飛ばす。決めたことを実行するため、出久の頭を鷲掴もうと勝己は五指を広げて右手を持ち上げる。しかし、掴む直前に出久の左頬に目が行く。右頬よりは薄いが、同じ傷があった。

今日は散々やったわと勝己は舌打ちで無理矢理我慢した。寝ている間に顔を絆創膏だらけにしたら面白い顔になりそうだが、生憎と絆創膏は出久のリュックの中だ。
出久が起きていたなら問答無用でぶっ飛ばしていたし、リュックも漁った。
無反応ではつまらない。それだけだ。

暫く揺られていると、いつの間にか次が乗り継ぎのための下車駅だった。

「ッ、痛ったあ!!?」

足に急激な痛みを感じて出久はリュックを落とす勢いで飛び上がった。
何事だと出久は驚きに目を見開くが、まばらにいる乗客達も出久を注視していた。周りの視線が自分に集中している恥ずかしさと、「あの制服、雄英?」と微かに聞こえてくる声に学び舎に自分の恥を塗ってしまったのではと羞恥が強まる。
挙動不審に赤くなっていた出久が辺りを見回せば、勝己が電車から降りていた。下車駅だと頭が回転した出久は乗車の時と同じように慌ただしく駆け降りた。

自宅の最寄り駅までは一つ乗り換える必要があった。出久は降りたホームから歩き出す。
別の線へと繋がる階段の上で勝己が立ち止まっていた。此方の顔を見るなり。

「マジでダッセェ」

馬鹿にしたように見下し嗤いされた。
嫌な奴だなと頭の中で言葉にするも、心の中は別の言葉を浮かべているのだから、本当に厭になる。
出久は自分自身の忌々しさに顔を背けながら階段をのぼる。距離が近づいた勝己へ恐る恐る口を開いた。

「起こしてくれたなら、有り難う」
「死ね」

会話が成り立っていない。けれど、否定されなかったということは、起こしてくれたわけだ。足を思いっきり蹴り上げられたが……まだジンジンと痛む。
出来ればもう少し優しく起こしてくれないだろうかと主張したかった。けれど、また一緒に帰るなんて心臓に悪い日を迎えるのは遠慮したくて口を閉じる。
絆創膏を貼るにしても、いきなり触られたら胸が苦しくて堪らなくなるから。

帰り道は残り半分。
出久が厭そうに溜息を吐けば、勝己が眉間に深い皺を刻んで怒鳴り散らした。





























◆後書き◆

初ヒロアカ小説。
初めての台詞(第一声)をエクトプラズム先生に出来たので思い残すことはもうない。スヤァ。

かっちゃんが潔癖症と聞いて思いついたお話でした。
出久くんのこと嫌いだけど触れても平気だから枠組みとしては家族に近かったらいいなと。
勝デクまだいろいろ手探りです。





pixiv投稿日:2017/12/9
更新日:2017/12/21








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