◆REMOTE CONTROL story32◆
ユーフェミアはどうしてと息を飲む。
視線が彼を追う。
此方に向かってくる死んだはずの義母兄が総督府の入り口に入ろうとするところまで、見えなくなるまで、ずっと目を離せなかった。
ただ、その場から動くことはしなかった。
きっと、クロヴィスはこの部屋に来る。
ユーフェミアは戸惑いの混じった心臓の音を落ち着かせるように胸元に両手を添え、瞼を閉じて待った。
静かだ。
息をゆっくりと吐いたところで扉が開かれた。
瞼から甘い紫色の瞳を覗かせれば、目の前にクロヴィスとダールトンの姿が映る。
「ユーフェミア・・・」
「ご無沙汰しております、クロヴィスお兄様。ダールトンも。お元気そうで嬉しいですわ」
微笑んだユーフェミアにクロヴィスは驚く。
こんな風に慕われるように笑顔が向けられるとは思っていなかったからだ。
「私が死んだことは」
もしかして聞かされていないのだろうかと疑問と共に言葉にすれば、ユーフェミアは悲しそうな微笑みに変える。
「知っています。ルルーシュに撃たれたことも」
「なら、何故驚かない?」
「驚いてます。クロヴィスお兄様がこうして私の目の前でご健在のお姿を信じられない気持ちで、今、私は向き合っています」
ユーフェミアはまた優しく微笑み、クロヴィスを見つめた。
その笑顔に嘘偽りは無い。
クロヴィスはユーフェミアが大好きな兄だった。
絵を描くことが好きなクロヴィスが大好きだから。
「お兄様はルルーシュに会いに来たのでしょう?」
クロヴィスは頷くことが精一杯だった。
ジェレミアは前を歩くゼロとスザク・・・いや、スザクのみを睨み付けていた。
スザクは視界の隅で尚も睨み続けてくるジェレミアを一度確認してゼロの耳元で声を掛ける。
「・・・ルルーシュ、ジェレミア卿から視線を感じるんだけど」
「気のせいだろ。お前、自意識過剰なんじゃないか?」
「非道いなぁ、やっぱり僕が一番後ろを歩いたほうが良いと思う」
「お前は俺の背後に立つな。横に居ろ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・」
スザクが後ろを振り返れば、やはりスザクを睨み付けるジェレミアとその斜め後ろをヴィレッタが着いてきている。
普通に考えれば、ゼロが一番前を、ジェレミアとヴィレッタを挟んで一番後ろにスザクがつくのが妥当だ。
ジェレミアとヴィレッタは少なからず、今は人質という扱いだ。
逃げられたら不味いだろう。
「ごねるな。条件はクリアしていると言っただろう」
「ジェレミア卿のこと?」
「まあな。昔はナナリーと良く遊んだな、彼奴で」
スザクは足を止めそうになったが、何とか踏ん張って歩みを止めずにすんだ。
気の毒にという視線を背後に向ければ、ジェレミアは眉を片方跳ね上げ、次の瞬間には怒りを含んだ視線をスザクに寄越した。
スザクはそれに目を丸くする。
何か変なことしただろうかと、首を傾げつつ、再び前を向く。
こうしてゼロとスザクがジェレミアとヴィレッタを引き連れているのには訳があった。
ジェレミアとヴィレッタにユーフェミアの護衛についてもらう為であり、それに二人は異存を示すことは無く、合意の上だ。
今は総督府の通路を通っており、ユーフェミアの居る総督府の司令室の扉の前まで来ている。
扉を開けば、待ち構えていたようにユーフェミアが目の前に立っていた。
「お待ちしておりましたわ、ゼロ」
「私は連絡を入れていないはずだが?」
「外の様子は見えますから」
ユーフェミアはそう言いながらガラス張りの壁に視線を送る。
そういうことか、とゼロは納得を示す。
「それとね、貴女に会いたいって人が来てるの」
「私に?」
誰が、と仮面の奥で眉を潜める。
怪しい人物をユーフェミアが招き入れるとは思えないし、この総督府に侵入するには難解な暗証番号がいる。
「もしかしたら、貴女は怒るかもしれないけれど、私は会って欲しいと思います」
悲しそうに微笑んだユーフェミアにゼロは一歩近づく。
ゼロは彼女に手を伸ばし、その桃色の髪の頭を撫でる。
「手袋越しで悪いな」
「いいえ、ルルーシュの手は大好きよ。でも、もう子供扱いされるのは不服ですわ」
「つい、な。妹の髪は柔らかそうで好きなんだよ」
ゼロはユーフェミアから手を離す。
「嬉しいですけど、私を子供扱いした罰として仮面を取ってくださいな」
「しかし、私に会いたいと言っているのは・・・?」
「大丈夫です。貴女の正体は誰にも言わないわ。それに、ゼロとしての貴女ではなく、ルルーシュに会いに来た人だから」
「それは・・・」
誰なのかと問う口は自分の意思で塞がれた。
室内の影から表れたのはダールトンと、それから、クロヴィスだった。
「生きて・・・いる・・・?いや、そんなはずはッ」
考えろ、これは違う。あってはならない。
死んだ人間が生き返るなどとそんな馬鹿げたことがあるはずがない。
ユーフェミアを振り返れば、彼女の表情に感情は無かった。
「ルルーシュ、現実を受け止めて。貴女の目の前に居るのは紛れもなく、クロヴィスお兄様であることを」
「馬鹿なことを言うな!彼奴は俺が殺した!この手で!!」
ルルーシュは仮面を剥ぎ取り、投げ捨てながら叫ぶ。
その言葉にユーフェミアは表情を悲しみに歪めた。
事実を知っていても、ルルーシュの口から聞きたくなかったのだ、その言葉を。
「そうだな、確かに私はルルーシュに撃たれた。だが、シュナイゼル兄上によって、またこうして大地に立つことが出来るようになった」
「・・・・・・シュナイゼルか」
やはりあの時、神根島でガウェインを奪取した時に仕留めておくべきだったと悔やんでも遅い。
既に歯車は廻っていたのだ。
「ルルーシュ、すまなかった」
「何を言っている?」
「私は弱かった。恐かったんだ、お前に手を差し伸べれば、矛先が私に向かうんじゃないかと、恐かったんだ」
「・・・貴方は何時もそうだ」
「ルルーシュ?」
「第三皇子と高い位置に居ながら、自分の力量を履き違えるから墓穴を掘るんだ。そのくせ不利になれば、身を隠す」
静かに聞こえる声は淡々としていて、クロヴィスはだんだんと俯いていく。
「だからと言って、俺はあの時の事を怒っているわけじゃない」
声色に僅かに感情が見え、クロヴィスは顔を上げた。
「貴方の性格ぐらい分かっていますよ。俺もあの時は幼かったから確かに貴方を恨みましたが、貴方を撃ったときには既にそんな感情は無かった。あったのは復讐だけだった」
ブリタニアへの。
「ルルーシュ・・・」
「しかし、勘違いはしないで頂きたい。貴方が生きていることは認めよう。だが、貴方が行った事を全て許しはしない」
クロヴィスは真っ直ぐにルルーシュを見つめ、口元を緩めた。
昔からルルーシュは優しかった。
自分が生きていることを認めてくれたのは優しさ以外の何物でもなかった。
「有り難う・・・ルルーシュ」
「貴方という人は・・・」
溜息混じりにルルーシュは吐き出す。
ルルーシュにとってクロヴィスは嫌いな人間では無い。
昔はよくチェスの相手をしてくれたり、彼の描く絵画を見せて貰ったりと温かな思い出も確かにある。
髪が長かった頃に描いて貰った絵もある。
きっと、未だにブリタニア本国の彼のアトリエに残っているのだろう。
ルルーシュが恥ずかしがって仕舞えと言った絵は倉庫の奥に眠っているに違いなかった。
「丸く収まったようだな」
突如そこに金目の魔女が現れる。
神出鬼没な彼女に馴れているのはルルーシュのみで、他の者は皆、一様に目を丸くしている。
その中でも特に驚いているのはクロヴィスだ。
「C.C.何故此処にッ」
「何故?愚問だな、私がルルーシュと契約を交わすとは思わなかったのか?」
クロヴィスの中で、それは納得出来る言葉だった。
ならば、ルルーシュは力を手にしたと言うこと。
「C.C.、何故クロヴィスと・・・」
「私が何に入れられていたのか忘れたのか?何処から持ち出されたかも忘れたとは言わせんぞ」
ルルーシュは情報から答えを導き出す。
C.C.は研究所から持ち出された毒ガスと思われていて、その研究所の筆頭に立っていたのはクロヴィスであろう。
二人が知り合いというのは必然か。
「成る程。辻褄は合うか」
「それよりもルルーシュ、私は試練を与えに来た」
「試練?それはまた気紛れだな。俺は何でも乗り越えてみせるが?」
「試練はお前にじゃない。この男だ」
C.C.はスザクを振り返り彼の肩に触れる前に一言。
「お前は何処にいる」
スザクの肩にC.C.の手が触れ、鳥が羽ばたくような紋章が迫り、地球の創造以前であるようなそうでないような景色が流れ、沢山の祈りを捧げる人が居て、一度途切れ、街が焼かれている。炎に包まれている。
その中心に女の子が怯えている。
左目に違和感があった。
映像は切り替わり、絵の具でぐちゃぐちゃに描き散らしたような疾走感のある空間を抜けた。
いるはずのないひとがいた。
自分の手で殺した。殺してしまった。
そんなつもりじゃなかったのに、感情に任せていたら、いつの間にか気付いたら手が血だらけだった。
血痕を辿れば、それは父さんに行き着いた。
生きているのか、死んでいるのか分からなくなった。
それは父さんじゃなくて、自分が。
ずっと倒れている父の顔を見た。
「うわあああああああああああああああ!」
◆後書き◆
ユフィルル姉妹のほのぼのが書けて満足v
スーさんには次回トラウマと戦っていただく予定。
オレンジ、ヴィレッタ、ダールトン喋ってない・・・。(汗)
更新日:2007/07/25
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