◆REMOTE CONTROL story28◆
数年前の記憶が生々しく感じられた。
ジェレミアに他意は無かったが、掴まれた両手首から威圧と恐怖が蘇り、ルルーシュは掴まれた反動で仮面を落とし、揺らした瞳の色は光りを見ることを拒絶する。
口から叫びを発した名はジェレミアにとって信じられないものだった。
何故、ナンバーズの名を呼ぶのだと。
ルルーシュが男として生きている事が許せなかった。
ルルーシュに対してではなく、そうさせてしまったのはジェレミアにも少なからず関係があったのだ。
短くなった髪はルルーシュの人生を変えるきっかけをつくってしまった。
だから、やり場の無い悲しみをぶつけるようにルルーシュに押し迫り、それが誤った行動である事に気付けたのはスザクの切迫した叫び声を聞いた瞬間の後だった。
「ルルーシュ!」
ドアを蹴り開けそうな程の勢いで部屋に飛び込んできたスザクは視覚からのみの情報を呑み込み、ジェレミアを睨み付ける。
「その手を離して下さい」
ゆっくりとスザクはルルーシュとジェレミアへと歩みを進めるが、その足取りには怒りが含まれていた。
戸惑いながらも、ジェレミアは尚も睨み続けてくるスザクの視線に気難しく口を引き結び、ルルーシュの両腕を解放した。
スザクはスッと視線を和らげると、ルルーシュに視線を送る。
ルルーシュの両手を取り、己の両手で包み込んだ。
「ルルーシュ?」
俯いているルルーシュの顔を覗き込むよりも先にルルーシュが怯えたように肩を揺らす。
「行かな、いで・・・兄さん。どうして・・・・・・クロヴィス兄さん!」
見捨てられた。
クロヴィスだけはルルーシュが襲われている事に気付いていたのに。
手を伸ばして、恐怖の叫びしか出なかった声で呼んでもクロヴィスは背を向けて去ってしまった。
元主であるクロヴィスの名にジェレミアは目を剥き、スザクは意識が此処に無いルルーシュを連れ戻そうとルルーシュの両手を左手に繋いだまま、右手を俯いた頬へと添えるように此方を向かせる。
「ルルーシュ、こっちを見て」
「・・・いや・・・・・・嫌だ、来るな!」
後ずさろうと腰を引いたルルーシュをスザクは掴んだ手を引き寄せて胸に抱き留める。
一層強張ったルルーシュの身体にスザクは顔を一瞬歪めた。
「ルルーシュ、僕だ、スザクだ」
顔を上げたルルーシュにスザクはもう一度言う。
「俺が分かるか、ルルーシュ」
「スザ・・・ク・・・」
安堵した息を吐き出したルルーシュに安心する。
けれどまた、ルルーシュの手は震えだし、スザクを突き放した。
安心して力の入っていなかったスザクは簡単に突き放され、疑問にその瞳を丸くする。
「駄目だ。俺はお前に」
愛される資格なんて無い。
いけない。
手を取り合えない。
汚れた身体で。
血に染まった手で。
ぐちゃぐちゃになる思考は全てを遮断し、大切な存在さえも踏み込ませない。
「ルルーシュ?」
「駄目なんだ、こんな・・・・・・身体じゃ」
産めないのだ。
目の前の男の子供を産むなんて出来やしない。
残してあげられない。
「何が駄目なんだ?」
ルルーシュに触れようと伸ばした手はルルーシュの手に振り払われ、パシンと乾いた音が響いた。
振り払われた手をスザクは視界に納め、躍起(やっき)になりそうな自分を抑え込むように瞼を硬く閉じた。
開いた瞳に温かみは無いけれど、冷たいものでも無かった。
ルルーシュはスザクの手を振り払ってしまった事、スザクの瞳に責められているように感じて身を引くように後ずされば、背は冷たい壁にその先へ行くことを拒まれた。
此方へと近づいてくるスザクの足音がいやに耳に響く。
壁にルルーシュを挟むように両手をついたスザクをルルーシュは真っ直ぐに見つめることが出来なかった。
自分から突き放すような事をしておいて、突き放されたくなかったから。
聞きたくないとぎゅっと目を閉じる。
「ルルーシュ」
けれど、名を呼んでくれるその声は優しくて、労っているようでも、支えているようでもあり、ルルーシュはスザクを見た。
「怯えないで。守るって言っただろ、だから」
「簡単に言うな!」
そんな簡単に守ると誓うな。
勘違いしてしまう、自惚れてしまう。
このままで良いのだと。
「お前は知らないからそう言えるだけだ!足りないのにッ」
この身体は欠けているから。
「俺は、もう・・・」
自分の身体を抱き締めて、蹲(うずくま)りそうになる。
「こんな子供の産めない身体に何の意味がある!!?」
叫んで、叫んで、もう、涙さえ流れなかった。
優しいお前は壊れ物のように俺を扱うのか?
それがどれ程俺を苦しめるのか分からないまま。
スザクの手がルルーシュに触れようとするが、それが戸惑われる。
ルルーシュは目を細め、やはりな、と自嘲した。
けれど、刹那。
また引き寄せられた身体は先程よりもきつくて、痛くて、スザクの胸の中で彼の鼓動が、生きている音が聞こえた。
「お前、自嘲しただろ」
「何・・・が・・・」
「負け犬の笑いだって教えたのはルルーシュだ」
「だから、何だと言う」
「その顔は嫌いだ」
子供のような我が侭な発言にルルーシュは呆れながらも、スザクの素直な言葉に救われたような気持ちになる。
悲しくて、それ以上に嬉しかった。
「子供みたいな事を言うな」
そう言えば、スザクは少し拗ねた表情を見せ、文句を言うように呟く。
「それから、俺は何も知らなかったわけじゃない。何となく気付いてたんだ」
顔を上げたルルーシュの額にスザクは自分のそれをくっつける。
疑問の表情のルルーシュはあどけないくらい無防備にスザクを見つめた。
「あの時、お前は無意識に怯えていたから」
目を見開いたルルーシュはスザクの予想通り、スザクが触れてくる手に自分が怯えていた自覚なんてなかった。
それは身体の記憶で、それに気付けたのはスザクだけだった。
白い首筋に顔を埋め、胸を包み込んで、口付けをして。
汗ばんだ身体を引き寄せれば、彼女は生理的なものでは無い何かに身体を震わせていた。
「そんなはずは・・・」
「何があったかは知らない。でも、薄々気付いてたんだ。ルルーシュが男に触られるのを避けてること」
処女じゃなかった理由なんて、容易に想像出来てしまった。
最悪の結論だった。
先程の様子から原因は皇室に住んでいた時だ。
もっと早くに出会って、守ってあげられていたらと叶わない願いは何処にも届かず、辿り着くことさえ無い。
「俺は怖がっているわけじゃない!」
「怖がれば良いだろう、俺がお前を守ると言ったはずだ!怖がって良いから、強がっても良い。だけど、独りで立つな!俺が側に居る。側に居てやる」
一際強く抱き締めれば、ルルーシュは瞳を揺らした。
もう嫌という程、昔に泣きはらしたはずの涙が頬を伝った。
スザクにだけは知られたくなかった。
だけど、ほっとしている自分に気付いてしまった。
温かい気持ちを知った。
クロヴィスが眉を歪めるのをただ、シュナイゼルは見下ろす。
「私は・・・私はあの子に殺されたままで良かったんだ」
あの子が・・・ゼロを、ルルーシュを指しているのは明らかだった。
コーネリアがクロヴィスの前に歩み寄っても、クロヴィスは顔を上げない。
「ゼロ・・・いや、ルルーシュのことか、クロヴィス」
クロヴィスが殺された時、まだゼロはメディアに登場していなかったはずだ。
言い換えたコーネリアはクロヴィスを見下ろし、ルルーシュの名に顔を上げたクロヴィスに話を聞く態度を見せる。
「コーネリアか・・・。そうだ。私はルルーシュに撃たれた」
顔を歪めたコーネリアにクロヴィスは首を左右に振った。
「ルルーシュを責めないで欲しい。責められるべきは私なのだから」
「何故そんな事が言える」
「私はあの子を見捨ててしまったんだ。マリアンヌ様が亡くなられた後、姉上も兄上もルルーシュがどんな目にあっていたのか知らないはずです」
その言葉にコーネリアはシュナイゼルと顔を見合わせ、どちらも心当たりなど無いことが伺えた。
それからクロヴィスが二人に話した内容は聞くに堪えないものだった。
◆後書き◆
オレンジが蚊帳の外になってしまいました・・・。
スザルルなシーンは書いてて何だか恥ずかしいですね。
今まで文章中でほのめかすものしか書いてませんが、スーさんとルル様は無人島でにゃんにゃんしておりますv
更新日:2007/06/16
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