◆REMOTE CONTROL story27◆









暗闇から覚めたその先には天井があり、心配そうに自分を覗き込むヴィレッタの姿に生きているのかと自分の右手を持ち上げて見つめる。
ベットに沈む身体は多少の軋みを伴ったが、呻くようなことはしなかった。

ゼロを仕留められる寸前に現れた白いナイトメアフレームは名誉ブリタニア人、枢木スザクがデヴァイサーを務めている機体であった。
あのナイトメアフレームには助けられたこともあるが、今回は邪魔をされた事を思い出し、ジェレミアの眉間に皺が刻まれる。

「ジェレミア卿?」

目覚めても何も言葉を発さないジェレミアにヴィレッタは具合が悪いのかと呼びかける。
ヴィレッタに視線を移したジェレミアは何でもないと首を左右に振り、再び天井を見つめた。

「ヴィレッタ、此処は何処だ?」

それに対し、ヴィレッタは言い辛そうに言い淀んだが、それでも言うべきだと自分に言い聞かせて口を開いた。

「・・・黒の騎士団のアジトです。通路などの構造から潜水艦だと思われますが」

「・・・・・・ゼロは?」

「残念ながら生きています。それから、私達は捕虜という扱いに」

「そうか・・・」

ジェレミアの口から漏れたのは毒気の抜けた言葉だったが、彼の右手がきつく握り拳を作り、怒りが静まっていないことを知る。

ジェレミアにとってゼロは宿敵に近い存在であるが、そのゼロをスザクが庇ったという事実が引っかかる。
純血派であるジェレミアにとってイレヴン出身であるスザクは軽蔑に等しい対称であるが、スザクのデヴァイサーとしての実力は認めないでも無かった。

だからこそ、怒りのやり所に困る。

もう一度ヴィレッタがジェレミアに声を掛けようとしたところでドアがノックされた。

「入って良いか?」

此方は捕虜という立場なのだから勝手に入ってこれば良いと思うのだが、こういうのには馴れていないであろう事は明らかであった為にヴィレッタはドアに視線を送る。

「問題無い」

ヴィレッタとジェレミアに与えられた部屋は普通の二人部屋だ。
牢獄とはかけ離れた空間にヴィレッタも当初は訝(いぶか)しんだものの、もしかしたら、この潜水艦には牢獄が設置されていないのかもしれないと思い直した。

その部屋のドアが開かれ、入ってきたのは扇であり、その手にはトレーを持っていた。
一人ではトレーを二つ持つのは不安定な為、井上が扇の後ろに着いてトレーをもう一つ持ってきていた。

「食事を持ってきた。食べられそうか?」

後者は特にジェレミアに向けられた言葉だ。
ジェレミアは軋む身体を起き上がらせ、大丈夫であることを告げる。

扇はベットの方へ食事の乗ったトレーを持っていき、井上はテーブルへとトレーを置く。

「一時間後に取りにくる」

そう言い残し、扇と井上は部屋を後にする。







食事を終え、もうすぐ一時間が経とうとしていた頃にドアが開かれた。
今度はノックが無かった事を不思議に思いながら其方に視線を送れば漆黒の人物がそこに立っていた。
その後ろにはスザクの姿も。

「その男と少し話をさせてもらおうか」

ゼロはそう言い、ヴィレッタに出ていくように仮面の顎で指示する。
だが、ヴィレッタが捕虜である自分を一人だけで勝手に外に出すという指示に眉を潜めれば、ゼロはスザクを振り返った。

「スザク、お前もだ」

「ルルーシュ」

ジェレミアと二人きりになるのは危険だとスザクは言うが、自分の本当の名をスザクが呼んだことに対して仮面越しに睨み付ける。

その名前にジェレミアが反応を見せたことにも。

「大丈夫だ。ドアの外で待っていろ」

「でも、」

「その女を見張っていない方が危険だと思うが」

「それは・・・そうかもしれないけど」

「最悪の結果にはならないよ、スザク。条件は全てクリアされているも同然だからな」

「君らしい言い回しだけどね」

「何かあったら直ぐに呼ぶさ」

「・・・分かった。君の言葉を信じるよ」

ゼロの言葉を全て信用したわけでは無いが、スザクは願いを込めて背を向ける。
何かあれば知らせてくれるはずだ。何も無いに越したことはないが。

ゼロとスザクの会話に親しさを感じるが、今、ヴィレッタがそこに疑問を感じる事が出来る程余裕は無く、大人しくゼロの指示に従う。
スザクとヴィレッタが出て行き、部屋に残るのはゼロとジェレミアの二人となった。 先に口を切ったのはゼロだ。

「お久し振りです、ジェレミア卿」

丁寧な態度で言われるが、今のジェレミアはそれよりも先に自分の疑念に確信が欲しかった。
頭が冷え、冷静に周りを見れば引っかかる事が余りにも多過ぎたのだ。
人質にした少女にも見覚えが少なからずあったが、怒りに身を任していたジェレミアはナナリーに気付く事が出来なかった。

今ならばその確信が得られる。

「ゼロというのは本当の名前では無いだろう」

「当たり前ですよ、本名を名乗る馬鹿ではありませんから」

「ルルーシュ・・・と聞いたが」

「・・・名乗らなくても、呼ぶ馬鹿がいるからな」

否定しないという事にジェレミアは確信を抱いた。

「ルルーシュ様なのですか。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下」

「殿下じゃないさ」

ゼロは仮面を剥ぎ取り、マスクを下ろした。
九年振りに見たルルーシュは亡きマリアンヌ皇妃の面影を色濃く残しているようだった。

「その名前はもう死んだからな」

薄く笑ったルルーシュにジェレミアは絶望に近い感情を抱く。

あの日、マリアンヌがテロリストに殺された日。
マリアンヌの子であるルルーシュとナナリーは後ろ盾を無くしたに等しかった。

当時、貴族出の一介の兵士でしかなかったジェレミアにマリアンヌは優しく接してくれた。
他の皇族には守って当たり前という態度をとられ、それでも健気に仕事をこなしてきたが認められることは無かった。
唯一言葉を掛けて下さったのがマリアンヌ后妃その人だった。
それも、一度だけでは無く、宮殿の中や外で見掛ける度に挨拶などの言葉を掛けてくれるマリアンヌにジェレミアは感激し、胸躍らせた。

庶民の出だからとマリアンヌを蔑(さげす)む同期もいた。
ジェレミアも当初はそう思っていたが、マリアンヌの優しさに触れ、その考えは一切無くなったのだ。

誠心誠意この方をお守りする事が出来れば、どんなに幸せか。
だが、それは無情にも形成す事なく消えた。

必要最低限、いや、必要以下だったかもしれない。
そんな人員でアリエスの離宮を警備している時だった。
マリアンヌが撃たれ、ナナリーが目と足の自由を失ったのは。

それでも、時間は等しく廻り。

ルルーシュが皇帝に謁見を求めて数日後の事だったはずだ。
ルルーシュの腰よりも長かった髪が不揃いになっていたのは。

それを見つけたジェレミアはルルーシュにどうしたのかと聞いても、ルルーシュはただ、「自分でやった」と言うだけ。

他の者にも指摘されたのか、言い疲れたその声には覇気が感じられなかった。
次期皇帝の座を狙う競争の激しい皇族達の中で、立場の低いルルーシュが蹴落とされるのは想像に難くない。

ジェレミアはそれ以上追求せず、ルルーシュを化粧台の前に座らせると髪を切る準備を始め、ルルーシュの不揃いになった髪を整えた。
どうしても少年のように短くなってしまったルルーシュの髪にジェレミアは申し訳なくなってしまうが、ルルーシュはまじまじと鏡の中の自分を見つめていたかと思えば、鏡に映るジェレミアを見上げて気弱な微笑みを携えた。

「有り難う」

満面に笑うには母を亡くしたショックが大き過ぎて出来なかったが、今出来る最大の微笑みはジェレミアにとって喜ばしい事であった。












その頃を思い出し、ジェレミアはベットから降りて跪く。

「貴女が皇族を捨てようと、私にとって貴女は殿下で在らせられます」

「・・・あの時は世話になったな、ジェレミア」

ルルーシュは自分の髪を一筋指で絡めた。
頑固な所があるジェレミアに殿下を否定し続けても無駄だろうと、話題を変える。

「伸ばさなかったのですか?」

ジェレミアはルルーシュがマリアンヌのように長く伸ばした髪を気に入っていたのを知っていたからこその言葉だった。

「ああ。男として生きてきたからな」

理由はそれと、思い出してしまうからだ、襲われた事を。

「男として・・・?」

「気にするな。俺が決めた事だ」

初めてルルーシュがジェレミアから視線を外した。

「女性が『俺』などと使ってはなりません!」

変なところで相手の癇に障ってしまったようだ。
ルルーシュは眉間を人差し指で押さえて呻る。

「ジェレミア・・・」

どう対処しようかと五百を越える選択肢の中から選んでいる間にジェレミアがルルーシュの目前に迫り、ルルーシュがハッと顔を上げた直後にルルーシュの両腕はジェレミアの両手に掴み上げられた。






















「枢木」

「え?あ、はい」

突然、名前を呼ばれ、スザクはヴィレッタを見上げた。

敵意も何も無いスザクの視線に居心地の悪さを感じながらも、自分から声を掛けてしまった手前、話を聞く態度を示してきたスザクを無下にするわけにもいかない。
ヴィレッタはスザクから視線を外すことで居心地の悪さから逃れて問い掛けた。

「お前は、ゼロ・・・ルルーシュ・ランペルージと知り合いのようだが」

「ええ。幼馴染みです」

「・・・それだけ、か?」

「それだけ・・・というわけではありませんけど、きっかけはそこだったと思います」

全ての始まりは。
スザクの世界が色を変えたのは紛れもなくルルーシュと出会った時。

「なら、」

「やっと見つけた!」

ヴィレッタが次の言葉を放とうとした瞬間、別の声が二人の間に割って入って来た。
声の主は黒く長い髪と緑の瞳を持つ神楽耶だった。

「神楽耶、どうして此処に?」

目を丸くしたスザクに神楽耶はずかずかと歩み迫り、爪先立ちでスザクの顔を覗き込む。

「どうしてじゃないわよ!私達との交渉が終わったら直ぐに席を外して!!」

「いや、僕はルルーシュに着いて来ただけだし」

「だから!あの女の行動が気に入らないのよ!」

むっすりと頬を膨らませた神楽耶にスザクは溜息を隠さずに吐き出した。
それを目聡く神楽耶は睨み付けるが、文句は言わなかった。
惚れた弱みかもしれない。

スザクと神楽耶は親戚の血筋に繋がるが、元婚約者同士であった。
血の繋がりが少々近すぎるが、他の血を混ぜては伝統に亀裂が入ると判断した為だった。
少子化が進んでいた日本では、他の名のある家系に子孫がいなかったのも理由の一つである。

神楽耶とスザクは歳も近いこともあり、年末年始にかけての行事には良く一緒に遊んだりもしていた。
その頃には神楽耶は既にスザクに対して淡い恋心を抱き、初恋の対象としていたのだ。
二人が婚約者とされたのは八年前、ルルーシュとナナリーが日本に送られてから少し経った頃だった。

婚約の話に神楽耶は喜び、婚約の正式な儀式を執り行うために枢木神社へと赴けば、儀式が終わった途端にスザクは外へと駆け出して行ってしまったのだ。
久し振りに会ったのだから少しぐらい会話したいと思うのは我が侭にはならないだろう、スザクが活発な少年であることは神楽耶も承知の上だが、それでもあんまりだ。
そのまま神楽耶もスザクの後を追って駆け出した先で見たのは、スザクが二人の皇女と仲良く遊んでいる姿だった。

子供同士のじゃれ合いにすぎないそれが神楽耶にとっては嫉妬の対象にしか見えなかった。
その日、神楽耶はルルーシュに対して「横取りブリキ女」と罵倒を吐き、好敵手と決めつけた。

それから数ヶ月後には日本とブリタニアが戦争を始め、日本が敗北し、スザクが軍籍に身を置いてから婚約の話は抹消された。

神楽耶が次に恋をしたのはスザクを助けたゼロだった。
そのゼロが初恋相手の好敵手であった事には自分の目を疑った。

しかも女に。

「待て。ゼロは男ではないのか?」

ヴィレッタは今気付かされた事実に目を見開いてスザクに問う。

「ルルーシュは女の子ですよ」

知らなかったのかと、スザクは首を傾げて言う。

ならば、ヴィレッタが入手した情報には偽りが紛れ込んでいたという事になる。
整理が追いつかず、ヴィレッタは額に手の甲を当てる。

そしてヴィレッタが深く考え込もうとした直後に部屋の中から何かが落ちる物音が響き、呼ぶ声がした。

「スザク!」

ヴィレッタと神楽耶の前に、スザクの姿は既に無かった。




























◆後書き◆

オレンジおはようございました!

過去の部分の捏造が増大していく・・・。
本編の時間軸はギリギリ弄っていないはずなんですが、弄っちゃってそうですねー。

オレンジは一体ルル様に何をしたのやら。


更新日:2007/06/11








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