◆REMOTE CONTROL story14◆









コインランドリーから喫茶店に場所を移し、スザクとルルーシュはアイスティーで喉を潤していた。
窓際の席はガラス張りの壁で行き交う人々の個々の流れが視界を過ぎっていく。
クラシックの音楽が流れ、来客は無言ながらも思い思いに好きなように過ごしているのが目に止まる。

「おい」

「ん?」

ルルーシュの不機嫌な声にスザクは首を傾げて問うように紫電を覗き込み、その視線にルルーシュは罰が悪そうに口を紡ぐ。
しかし、息を吸い込んでルルーシュは再び口を開いた。

「話があるから俺とお前は此処に居るんだよな?」

「う、うん・・・ごめん。何だか此処、話しづらくて」

落ち着きすぎている空間もだが、店内の席の間隔は広いが空席は無く、周りの客は無言で本や新聞を読んでいる者ばかり。
小声で喋ってはいるが、近くの客には声が聞こえているはずだ。

話しやすい空気では無い。

「それは分かるが・・・」

目を細め、ルルーシュもスザクの意見に同意するが、胸に溜まり続ける曇りを晴らしたいとも思っている。
普通に接してくるスザクにルルーシュは余計に不安が迫る。
同時に彼から何と言われるのかが怖いと思っている自分が居て、心で自嘲した。

カロン・・・とグラスの中の氷が崩れ、アイスティーの波と音を奏でるのと同時に罵倒が飛んできた。

「何で名誉が居るんだよ!!」

大声に他の客も何事かと慌てることはしないが、驚いたように此方に視線を集中させてくる。

スザクが振り返った先にはバンダナを巻き、手にカメラを持つ小太りの学生と細身の学生がスザクを睨み付けていた。
どちらもアッシュフォードの学生であり、スザクはルルーシュを隠すように咄嗟に立ち上がる。

生徒会副会長を務めていたルルーシュは学園内では有名だった。

「な、なんだよッやるのか!?ユーフェミア皇女の騎士に外されたからって逆恨みかよ!!」

「違います。僕の意思で皇女殿下の騎士を辞退させて頂いたんです」

それにはルルーシュも目を見開いた。
スザクがユーフェミアの騎士を外された事は数日前にニュースで取り上げられていたが、まさかスザク自ら辞退を申し出ているとは思わなかったのだ。

ギアスのせいで軍に命令違反した罰だと思い込んでいた。

「それでも皇族に仕える軍人か!?」

細身の彼も口出ししてくるが、スザクは表情を変えること無く言葉を続ける。

「軍は辞めました」

ルルーシュは椅子から立ち上がる。
どうしてだと、そればかりが先走るように身体が動き出す。
スザクの肩を掴めば、彼はルルーシュを驚いたように振り返る。

出てきては駄目だというスザクの視線にルルーシュは構わず、彼の肩から手を離して前に出る。

「女連れなんて良いご身分だ・・・な?」

目を丸くした学生二人に不味いとスザクはルルーシュの腕を掴むが、それは遅く、学生二人は正しくルルーシュを認識し始めるが、有るはずのない二つの膨らみに言葉をなくしたように口から掠れたような声が漏れた。

「・・・ランペ・・・ルー、ジ」

「俺が女だと言うことを忘れろ、そして此処から今直ぐ立ち去れ」

ルルーシュの左目が赤く、羽を広げたような紋章を浮かび上がらせながら光る。
ギアスが学生二人の視界を通して大脳に命令を下す。

「あぁ、分かった」

「じゃあな」

学生二人は大人しく店内から出て行く。

「ッ・・・・・・」

チリッとルルーシュの左目が痛覚を刹那だけ訴えた。

学生二人の物分かりが良すぎる返事と行動にスザクは疑問を感じながらも掴んでいたルルーシュの腕を此方に引き寄せる。
スザクを振り返ったルルーシュに何も変化は感じられず、スザクは安堵してルルーシュの腕を放す。

ルルーシュは先程まで座っていた椅子の背もたれに引っかけていたポシェットを取りに戻り、財布から金銭を取り出してカウンターのレジに置く。

「マスター、邪魔したな」

「あの、お客様・・・」

お釣りをと店のマスターは声を掛けるが、ルルーシュはスザクの腕を引いて風のように店を出て行ってしまう。
カランカランとドアの開閉を知らせるベルが再び店内に静寂をもたらした。

















橙の空が赤とグラデーションを重ねている。
その温暖な色のグラデーションは紫、青、藍と黒に段々と近づき、路上は電灯の人工的な白熱灯に照らされて道を示す。

行き交う人は皆、家路を急いで疎(まば)らになる。
すっかり暗くなった夜道から階段を登り、誰も居ない公園の中で一番明るいであろう噴水前に辿り着けば今までスザクが声を掛けても反応のなかったルルーシュがスザクの腕を放して彼を振り返った。

「軍を辞めたなんて聞いていない」

「僕もルルーシュが学園に退学届け出したなんて聞いてないよ」

「その様子からすると、お前もか」

ルルーシュとスザクがアッシュフォード学園に退学届けを出したのは、ほんの僅かな差だった。
ルルーシュの後に退学届けを提出しに理事長室を訪れたスザクは理事長の机の上にある書類もまた退学届けだと知り、記された名前まで目にしていないが、ルルーシュが提出したものだと確信していた。

「うん。名誉は捨ててないけどね」

名誉ブリタニア人の名をスザクは捨てなかった。
軍属になる前に手続きしたその人種はお世話になった人からの恩であり、一つの決意の証でもある。

これから自分の正義を貫くのだと。

「お前は何がしたいんだ?」

スザクが軍を辞めた事にルルーシュは素直に喜べなかった。
あれ程までに軍を辞めて欲しいと思っていたはずなのに、口から漏れた言葉は冷たいもので、違うと、言いたい言葉はそれでは無いとルルーシュは瞳を揺らして俯いた。

スザクの顔をまともに見ることが出来なくなったルルーシュは抱き込まれる感覚に身を硬くする。
突然の出来事にルルーシュはスザクの胸を押し返そうと力を込めるが、敵わなくて眉を寄せた。

「逃げないで、ルルーシュ」

優しく呟かれた自分の名にルルーシュは肩から力を抜いていく。
けれど、顔を上げることはまだ出来なかった。
じっと無言を貫き通す事しかルルーシュには術が無い。

「僕が君を守るって此処で約束したよね、だから、僕はその約束を果たしたい。君の側に居ることを、隣に立つことを許して欲しい」

約束の言葉は当時のスザクのニュアンスとは違ったが、想いは年月と共に引き裂かれた時間以上に強くなっていた。
しかし、ルルーシュは受け入れては駄目だと自分に言い聞かせるように口元を皮肉げに歪める。

「ゼロである俺は守られるべき者では無い」

「ルルーシュ」

先程とは違い厳しい口調で呼ばれた名にルルーシュの肩が揺れる。
スザクの腕に更に抱き込まれ、ルルーシュは身動き出来ない程で、お互いの息が首筋に触れる。

噴水の水が沸き上がり、沈んでいく音が月明かりに輝く。

「独りであろうとしないで」

ゼロと言う名に零の空気を纏おうとするルルーシュに堪えられないとスザクは揺れる声で言う。

「俺が決めた事だ」

孤独は覚悟の上。
感情の無い声が余計に痛かった。

「そんなことは納得出来ないッ」

「・・・お前が思っているほど、俺に善意なんて残っていない」

無であろうとするが故に口から吐き出された言葉はスザクを突き離すようなものばかりだ。
此方には来るなと、そればかり。

あんなにも自分を抱き締めているこの手を求めていたにも関わらず。

「僕を追いやろうとするのは君の善意じゃないか」

「・・・・・・違う」

「違わないよ」

否定の言葉を否定され、ルルーシュは奥歯を噛み締めて本気でスザクの腕から抜け出そうとする。
けれど、スザクは放そうとしない。
此処で離れてしまったら二度と会えないとそんな未来が待ち受けているようであったからだ。

より一層強く、優しく抱き締められてルルーシュは切なくなる気持ちから逃れるように身を捩る。それでも、切なさは消えるどころか膨らんでいく。
ゼロを突き放さないスザクに困惑も嬉しさも入り混じる。

「お前はゼロを受け入れられない」

「ルルーシュを受け入れるのも許されないの?」

「・・・そうだ」

「なら、君を奪うよ」

低く呟かれたスザクの言葉の真意を探ろうとルルーシュが顔を上げれば、それを見計らったかのようにルルーシュの唇にスザクのそれが重なり合う。
目を見開くが、次第に深くなる重なりに瞳を覗かせているのもままならなくなり、ルルーシュはぎゅっと瞼を閉じる。

水音に頬に熱が溜まる。

唇がお互い離れると、ルルーシュは乱れた呼吸を整える為に深く息を吸う。
彼女の紫電は紫君子蘭の花のように甘い色になり、花言葉の通りに『恋の便り』を届けに来たようであった。

「馬鹿」

息が整ったところでルルーシュの口からはそんな言葉が紡ぎ出され、スザクは苦笑する。
けれど、その言葉は側に居ても良いのだという返事でもあった。

その証拠にルルーシュはスザクの首に腕を回し、今度は彼女からスザクの唇に触れる。
軽く触れ合って離れた桃色の唇は月明かりに照らされて艶を帯びる。

目を丸くしているスザクにルルーシュは艶やかに笑って魅せる。

「やっぱり・・・大人しくなったな、お前」

強引に唇を奪っておきながら、逆に奪われると手も足も出なくなっているスザクにルルーシュは微笑んだ。
ルルーシュの微笑みに無邪気さを感じ取ったスザクはつられて微笑む。

「お姫様が余りにも綺麗だから見とれてたんだよ」

頬に手を添えられて、ルルーシュは頬を染める。
どちらからでもなく重ねられた二人の影が静かに銀色の月明かりに照らされた。





向日葵の公園は太陽よりも輝く。



























◆後書き◆

今回は一話分全てスザルルです。

後半がクサイです。
特にスーさんの最後の台詞はありえないかと・・・。

やっとスーさんとルル様がくっつきました。
長かった。まだ終わらず・・・俺スザクも書きたいですねー。

スーさんがお世話になった人についてもちょっと書きましたが、削るべきか、削らざるべきか・・・。
『お世話になった人からの恩であり』この文だけ。以後関わる予定無し。

『紫君子蘭(むらさきくんしらん)』は『アガパンサス』に変えるべきかも悩んでます。
花言葉は「恋の便り」の他に「恋の訪れ」もあるそうです。


更新日:2007/04/12








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