スザクの様子の変化に気付いたのはルルーシュだけだった。






◆vestige◆






それはミーティング中の事であった。
藤堂をはじめ、四聖剣の四名と共にルルーシュとスザクはシンジュク近辺の情勢の報告を偵察兵数名から聞いていた。

「シンジュク中央病院の近くで一週間前から麻薬の売買がされているようです」

『シンジュク中央病院』という単語にスザクは目を細めた。
誰もがスザクの様子に『麻薬』という言葉に反応したのだと、不思議に思う者は居ない。

だが、ルルーシュだけは違った。
突然立ち上がると、襖の方へ歩を進め、バンッと激しすぎる音をさせながら襖を開け放った。

「スザク、来い」

スザクを振り向き、見下ろすその瞳に拒否は許されない。
低い声にスザクは息を飲む。

気付かれたのだと。

「イエス、ユア ハイネス・・・」

ルルーシュの後に続き、スザクはその背中を追うように立ち上がる。
不信な視線にスザクは藤堂達を見渡す。

「すみません。後でまた報告を聞かせて下さい」

静かに襖は閉められた。
しかし、藤堂以外は未だに不信感は拭えない。

「藤堂さん・・・」

朝比奈が眼鏡を人差し指でくいっと掛け直しながら藤堂を見る。

「放っておけ。悪い方向には進まないだろう」

彼ら二人を此処に居る者達よりは見てきている藤堂はそう言う。
それに面白くなさそうな顔を朝比奈は残す。
他の四聖剣のメンバーも納得のいかない様子だ。

「見てくる」

四聖剣唯一の女性である千葉が立ち上がる。
それを追うように他の四聖剣メンバーも立ち上がる。
藤堂は溜息を吐き出した。言っても聞かないだろうと諦めたのだ。
襖から消えていく彼らを止める事も無く、藤堂は偵察兵から報告を再び聞いた。
後で自分から彼らに伝えれば良いと考えての事だ。


四聖剣が向かった先はルルーシュに与えられた一室であり、襖越しに二人の気配と言葉に耳を澄ませた。



襖の奥ではルルーシュとスザクが対面していた。
お互いに距離を取り、畳に腰を下ろしている。

「病院に・・・何かあるのか?」

スザクを連れ出した時とは違い、優しく問い掛けられた言葉にスザクはルルーシュから視線を外した。労れる筋合いの無い理由にその言葉は不似合いだから。

「・・・・・・父さんがそこに入院してるんだ」

視線を外したまま言うスザクにルルーシュは目を細める。

「確か、枢木首相は自害しようとしたんだったな」

戦争を終わらせる為に枢木ゲンブは自害を謀るが、失敗に終わる。
その事実が戦争を終戦へとは導いたが、枢木ゲンブは死んでいない。
生死の境を彷徨っている状態だ。今も植物状態となって。

だが、視線を落としたスザクにルルーシュは眉を寄せた。

「違うのか?」

肩を震わせたスザクに知識として植え付けられた歴史が間違いである事を確信する。
同時に、スザクが怯えを含んでいる事にも。

「・・・俺がやった」

かすかな呟きをルルーシュが見逃すわけも無かった。
『僕』では無く『俺』と言ったスザクに訳も無く切なさが迫った。

「そうか・・・」

スザクがゆっくりとルルーシュの瞳に視線を移した。

「やっと俺の目を見たな」

微笑んだルルーシュに何でという顔をスザクは示す。
スザクの選択した行動は褒められるものでは無いはずで、そんな風に母が我が子に無償の愛を捧げるような眼差しを向けられる権利なんて無かった。
罪を責めてくれないルルーシュに同時に苛立ちが沸き上がる。
スザクはルルーシュの両肩を押しつけ、その身を畳に叩き付けた。
背中の痛みにルルーシュは小さな呻きを漏らす。

「どうしてッ、責めろよ!俺を!!」

上から怒鳴りつける声をルルーシュは静かに見つめた。
なら、何故そんな顔をしているんだと。
怒りでは無く、悲しそうに歪むスザクの顔にルルーシュはそっと手を伸ばし、その頬を撫でる。
しかし、スザクはルルーシュの手を振り払う。
払われた手はパタリと畳に落ちた。

「優しくするな!僕は・・・俺は父さんを殺そうとしたんだ!!それをお前はッ」

感情的になるスザクをルルーシュは止めなかった。
ただ、受け入れるのみ。
それが正しい選択かは分からない。

「なら、俺を抱けよ」

ルルーシュの言葉に目を見開く。
次の瞬間にはルルーシュの白い首筋に顔を埋めた。
奔(はし)った激痛にルルーシュは甘みを含んだ声を漏らす。
スザクの背に両手をまわす。

「スザク・・・」

呼ばれた自分の名前に肩を揺らしたスザクはルルーシュを引き離すように立ち上がり、後ずさる。
ルルーシュは身を起こし、スザクを不安げな表情で見上げた。

「・・・こんな抱き方はしたくない」

視線を落とすスザクはルルーシュを見ない。
だから、その一言に傷ついたルルーシュに気付く事も無かった。

「本当に馬鹿だな、お前は」

そんな言葉を残し、ルルーシュは逃げるように襖の外へ出た。
襖を後ろ手に閉め、ずるずると崩れるように襖を背に座り込む。






四聖剣は近くの階段に身を隠していた。
部屋から出ようとするルルーシュの足音にすぐ気が付いて良かったと四人とも胸を撫で下ろす。

全ての声は聞こえなかったが、スザクの怒鳴り声だけは鮮明に聞こえた。
いつも穏やかな彼しか目にしていなかった彼らには戸惑いの感情が沸き上がる。
先程の彼が本性だとは思わないが、それに近いものを引き出せるのはルルーシュだけであるとも理解した。

四聖剣にとってブリタニアは憎むべき国でもある。
恨みは個人的なものであり、ルルーシュ本人に何か言った事も無いが、受け入れているわけでも無かった。
しかし、認めざるおえないのか、とも思う。
スザクが自分の父親を殺そうとした事を知っている四聖剣は静かに息を潜めた。

もう、聞き耳を立てる必要も無い。







スザクは我を取り戻したように襖に走り寄る。
襖に手を掛けると。

「開けるな」

足音に気付いたルルーシュが拒絶の言葉を放った。
スザクはその場に膝をつく。声が下から聞こえたから。

「逃げなかったの?」

襖越しにスザクはルルーシュの背を撫でる。
相手にその感覚は伝わらない。

「逃げてどうなる。どうせ無駄に終わる」

体力の無駄遣いになるだけだと言葉を吐き捨てる。

「ごめんね。首、痛い?」

「・・・・・・熱い」

ルルーシュはそっと噛まれた首に手を添える。
痛みはすでに無く、じんわりと熱がそこから広がっている。
温かみに似たそれに失笑する。

「お前は悔やんでいるのか?」

自分の父親を自分で殺めようとした事に。

「悔やんでいないと言ったら、嘘になる。けど、仕方なかったんだ・・・」

消え入りそうな声に本音では無い事にルルーシュは気付く。
スザクは偽りを本当だと思い込む事で自分をそこに立たせる。
ブリタニアで再会してからの違和感に、ルルーシュはその根元が此処にあった事を知る。
しかし、偽るスザクもスザクであり、かけがえのない存在である事も確かである。


『仕方なかった』


逃げるような言葉だ。
だけど、一番本音に近い言葉でもある。
人は曖昧な感情の上に自分がそうであって欲しい言葉をのせる。
善人じみた言葉ほど、汚いものは無いかもしれない。
だから、人間らしい。

そう考えるのは変なのかもしれないと、ルルーシュは同時に思う。

「過ちだと思うなら、正せ」

いつの間にか俯いていた顔をスザクは上げる。
次の言葉を待つ。

「一緒にお見舞いとやらに行ってやる。どうせ、行っていないんだろう」

図星だ。
父親の顔を見るのが恐くて仕方なかった。
もし、目を覚ましたら、自分を人間では無いもののように罵られるのではないのかとう恐怖と、目の前で死んでしまうのではないのかという恐怖があったから。

「・・・うん」

しかし、どうしてだろうか。
ルルーシュが居るというだけで心が和らいだ。


襖を開ければ、ルルーシュは背中をこちらに向けていて、その背中をそっと抱き込んだ。

「ありがとう」

「・・・ん」





週末には二人でお見舞いの花を手に父に会いに行こう。








◆後書き◆

「vestige」名残り、面影。
『ステール・メイト』引き分け(キングが自分からチェックになるところには動けないこと)

四聖剣書きたいんですが、口調とか分からなくて二人しか喋ってないや・・・。
スーさんはルル様を無理矢理抱くようなことはしないかなー、と。そういうのも好きですが。
襖越しってのがやってみたかったんです。
ぶっちゃけ、四聖剣の皆さんは一部始終聞き耳立てていたに一票!

更新日:2007/02/16







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