拳を前へ交互に突き出す度に汗がキラキラと朝日に反射しながら宙に散る。






◆master◆






池の中の鯉が涼しそうに水中を泳ぎ回る。
日本家屋の古い庭は丁寧に雑草を刈っており、均一な芝生が一面に広がっていた。

両の拳を横に構え、瞼を閉じて大きく息を吐き出す。
意志の強い瞳をゆっくりと露わにし、何もない空気に蹴りを繰り出した。
ヒュッという無を切り裂く音が耳に届く。
足を下げれば、背後にある気配に気付き、さっと後ろを振り返った。
視界に映された人物に対し、同時に構えを取っていた姿勢から力を抜いた。

「おはようございます」

一礼したスザクに彼は表情を一つ変える事無く、「あぁ」とだけ返した。

「藤堂さんも稽古ですか?」

「そうだ。・・・その、なんだ・・・」

藤堂にしては歯切れの悪い物言いにスザクは首を傾げた。

「先日からか?」

暫しスザクはその言葉について考えを巡らせ、『先日』というのがこの間のルルーシュと同じ布団で就寝を共にしたことを見つかったことだと思い至り、藤堂から視線を外した。
そして、『先日から』早朝に稽古をしているのかと聞かれたのだ。

「いえ、あの時はたまたまで。ブリタニアに行った時から良く朝に稽古をしていました」

「そうか」

僅かな変化でしかなかったが、藤堂の頬が緩くなったような気がした。
心配させていたようで、スザクは申し訳なくなった。

「あの、とう・・・いえ、師匠、久しぶりに手合わせをお願いしても宜しいですか?」

「良かろう」

二人の白い道着姿の男の拳の交わる音が乾いた空気に翻った。



ドシャッとスザクはその身を地面に転がせる。
受け身は完璧であり、衝撃も殆ど無くダメージも少ない。
呼吸を乱すこと無く、一息吐いただけで身を起き上がらせる。

「少しは強くなっているとは思ったんですけどね」

「いや、強くなっている。我が弟子ながら嬉しいことだ」

藤堂が差し出した手にスザクは迷い無くその手に自分の手を重ね、立ち上がるのを手伝ってもらう。

「しかし、生意気な口を聞かなくなったな」

その言葉にスザクは苦笑を返した。







「どうしたッ、そんなものでは枢木の名が聞いて呆れる!」

ヒノキの木材の香る道場の床に、俯せに倒れる子供はグッと肩から腕へと力を入れる。
よろよろと立ち上がりながらも、弾かれるよりも力強く目の前の男を見上げる。

「うるさい!名前なんか関係ないだろ!」

活気溢れる瞳は男を強く睨み付ける。
稽古の時間ももう終わりの時間だというのにスザクは構えをとる。
対する目の前の男、藤堂もそれを承知したように構えをとる。

先に動いたのはスザクだ。
正面から走り、ステップを踏むような軽やかさで片足を軸に飛び上がる。
数回の回転で速度と力を込めて藤堂の右肩を狙う。
直ぐさま両肘で防御を取った藤堂に身体のぶれは無い。
だが、スザクの蹴りの厚みが増している事に藤堂は目を細める。
片手を払えば、スザクの身は壁に撃ち当たった。

「ガッ」

背中から肺を圧迫される感覚に息が詰まった。

「今日は此処までだ」

「・・・ッ・・・まだだ!」

息を整えるのもそこそこにスザクは立ち上がり、叫ぶ。
その行動と頑固さに藤堂は呆れた溜息を吐き出した。

「そこまでやる必要はなかろう。お前にはまだ時間がたくさんあるのだから」

「駄目だ!こんなんじゃ、これじゃ・・・駄目なんだ!」

スザクの曇りのない碧の双眼に藤堂は言い知れぬ何かを見る。







そうか、あの時からこの瞳はただ一人を守っていたのかと。



「だが、意志の強さは変わっていないようだな」

間の抜けた顔をスザクは晒してしまったが、言葉の意味に気が付くと、彼はその言葉に返すように微笑んだ。

昔のスザクは子供らしい笑顔を見せることは無かった。自分だけでは無く、他の大人に対しても。
親の重荷を常に背負って生きているようであり、張りつめた空気を纏っている印象があった。
それ程までに期待を望まれて育てられた結果がそうであるのなら、過酷な人生しか選択肢は無かったのだ。

変わったのは何時だっただろう。
性格そのものでは無く、内にあるモノが変化したのは。
あの日以来か。
ブリタニアの皇子が外交手段としてこちらに送られたと聞いてから数日後の事だった。
稽古の時間を追加して欲しいと言われ、最初は断ったが、決めた事を曲げようとしないスザクに呆れ半分で稽古の時間の延長を承諾した。
子供のうちから激しすぎる運動は成長に悪いとは思ったが、彼はそんな事もあっさり飛び越えては何処吹く風であり、尋常では無い体力を伸ばしていくばかりだった。
心配するだけ損だったということだ。
持久力なら既にスザクは藤堂を越えていた。
後は技だけ。
力の使い方と何処に重力を持っていくか、だ。
しかし、この調子なら一年もしない内に拾得してしまうに違いないだろう。

それ程までにあの存在が大切だろうか。

ふと、そんな事を思った。

スザクは泥だらけの自分の姿を見下ろし、お風呂入らないと、とほのぼのにそんな事を考えていた。

自分の思考に浸っていた二人は誰かの気配に気付けるはずも無く。

「二人で土遊びか?」

呆れた声色にハッと顔を上げれば、スザクの主が私服姿で腕を組んでそこに立っていた。

「おはよう、ルルーシュ」

にへらと笑ったスザクにルルーシュは一度俯き、次に顔を上げて微笑んだ。

「おはよう、スザク」



気のせいだろうか。
何やらそこだけ空間が甘酸っぱいような。
そんな戸惑いにも似た感情を藤堂はどうすれば良いのか分からず、この場から立ち去る。


まぁ、人それぞれだと自己完結させるのが精一杯の努力であった。





◆後書き◆

「master」師匠。

ここが書きたくて始めたシリーズだったりします。
しかし、一番難産でした・・・とほほ。
皇族パラレルのはずなんですけど・・・も・・・。
もっと何かブリタニアなものが良かったりするんでしょうか?
この小説面白いのかが一番の悩みの種だったり。

更新日:2007/02/12







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