◆doubt◆


青い空の下。噴水のある庭に二つの影。
彼と彼女は噴水の縁に座る。
銀の髪を横に結び、流す女性は足を組み、その長い足を優美に晒す。
隣に座る男は軽くセットした青い髪を緩やかな風に靡かせる。

「仲良くなられたようで何よりです」

ヴィレッタの言葉にジェレミアは苦虫を噛み潰したような渋面を向ける。

「誰と誰がだ?」

「もちろん、ジェレミア卿と枢木スザクが、です」

「私は仲良くなった覚えなど無い」

「握手をなさるなんて貴方にしては珍しい事でしたので、てっきり」

事務的な口調で告げられる先日の事はジェレミアにとって屈辱になりつつある。
やはり、枢木スザクとは馬が合わないのだと脳の奥底が悲鳴を徐々に挙げているのだ。
あの時はあの時の成り行きで握手までしてしまったジェレミアは己の右手を見つめる。

「彼奴は好かん・・・」

その一言にヴィレッタは聞こえぬ程度に溜息を漏らす。
眉間の皺が増えていくジェレミアを横目にチラリと見た後、空を見上げて一息吐こうと思った矢先に誰かの声が耳に入る。

人数は二人か。
何かを言い合っているようだ。位置はジェレミアとヴィレッタの後ろ。つまり、噴水を挟んだ向こう側だ。
一般兵だろうと特に気にしようとは思わなかったが、大きな声と共に叫ばれた名前にジェレミアとヴィレッタの肩が弾んだ。

「ルルーシュ!」

その皇子の名に。

何故、こんな所にと。
この庭は皇族はなかなか来ないはずなのだ。宮殿の中庭の方が余程広く、美しいのだから。
貴族だってこのような何もない庭に足を運ぶ事なんて無いと言っても良い。

そして、その皇子の側に立つ者は先程話題にしていた枢木スザクであることにヴィレッタは驚く。
皇子であるルルーシュを敬称無しに呼ぶ者など、一般兵では有り得ないからだ。

隣に座るジェレミアを盗み見たヴィレッタだが、スザクが近くに居るというのが嫌なのであろう、頭を両手で抱えていた。
後ろさえも振り返りたくない様子だ。振り返っても噴水が沸き上がっているから見えはしないのだが。

「来るな」

低い声にこちらがビクついてしまった事にヴィレッタは恥ずかしさを感じる。

「どうして勝手に行くかな」

呆れたスザクの声色。それにルルーシュはキツイ視線を寄越す。

「付いてくるな」

「何で不機嫌なのか教えてくれたら考えるよ」

「・・・考えるだけか」

「教えてくれないなら、その口塞ごうか?」

その言葉に身動きが取れなくなったのはルルーシュだけではない。
ジェレミアもヴィレッタも時が止まったかのように息も止まった。
何かの勘違いだろうと、ジェレミアとヴィレッタはお互いの顔を見つめると無言で頷き合い、噴水の円を辿るように身を屈めて自分達の後ろへ這うように進む。
スザクの後ろ姿とルルーシュの驚きに目を見開く表情が見える。

「何を言っている」

すぐに冷静さを取り戻し、ルルーシュは目を細める。
スザクの表情はいたって変わらず、無表情だ。

「とぼけないでよ」

スザクの目が細められた。
それにルルーシュは一歩下がる。もう一歩下がろうとしたが、それよりも先にスザクの右手がルルーシュの左腕を掴む。

「放せっ」

焦り、腕に力を入れて逃れようと思っても力の差は歴然だ。

「僕の方が体力あるの知ってるだろ?」

視線を逸らせられない程の強さには敵わないなと、ルルーシュは観念したようにポツリと声を漏らした。

「・・・・・・お前が悪い」

「え?」

何か悪い事をしただろうかとスザクは考えを巡らす。

「昨日・・・ユーフェミアに付き合っていただろう」

その一言に合点がいく。
確かに昨日はユーフェミアの買い物に付き添っていたスザクは、ルルーシュの誤解を解くために口を開く。

「うん。でもちょっと違うかな、ユフィに自分の騎士になって欲しいって言われたんだ」

「ッ!?」

騎士は王位継承権が上の者が自ら推薦し、己の騎士に出来る。
ルルーシュとユーフェミアではユーフェミアが上だ。歳が下でも母親の身分が違い過ぎる為に。

「断る条件として真意を見せて欲しいって言われた」

「・・・どこをどうしたら買い物に繋がるんだ」

「うーん。何でだろう?」

「オイ」

何なんだそれは、と。
ふざけるのもいい加減にしろとばかりにルルーシュはスザクを睨み付ける。

「つまり、ルルーシュは嫉妬?」

たったの一言にルルーシュの顔に熱が溜まる。

「体力馬鹿もここまで来るとタダの馬鹿だな」

照れ隠しも素直じゃないなと、スザクはルルーシュを引き寄せる。
掴まれた腕がスザクの方へ引っ張られ、ルルーシュはスザクの目の前に。
密着するほどの距離に心臓が跳ねた。

「ほんと、素直じゃないね」

額と額がくっつく。

「放せ、暑苦しい」

「でも、抵抗しないんだ」

動こうとしないルルーシュにスザクは微笑む。

「僕は君以外に仕えるつもりは無い」

真剣な瞳を微笑みの中に示したスザクにルルーシュは瞬きを一つ。
次第に赤くなる頬が熱すぎる。

スザクの左手がルルーシュの顎を捉える。
ゆっくりとお互いに瞳を閉じていく。
近づく唇に息づかいが触れ合い、それが重なる。

暫しの沈黙に水の流れる音だけが耳に届く。

触れ合うだけの口付けを終えた二人はまだ離れまいと、ぎゅっと抱き締め合う。

それをかなり間近に見てしまったジェレミアは開いた口が塞がらず、ヴィレッタは戸惑いを覚える。

こんな事実が世間にバレでもすれば良い笑い者だ。野次馬が何人、いや、何百人と押し寄せて来ることか。

TVディレクターのディートハルトの良い餌となってしまうのは避けたい。
骨の髄まで追い掛けられるのは目に見えている。
皇族にいつも頭を下げるしかないTV局なら喰ってかかりそうなネタでしかない。

別れさせるのが一番か、ヴィレッタは険しい顔を覗かせた。

「ジェレミア卿・・・」

ぼぞりと小声でジェレミアの肩に声を掛けたヴィレッタであったが、放心状態のジェレミアは無反応だ。
仕方ない。許して下さいと心の中だけで謝罪してヴィレッタはジェレミアの尻を蹴り上げた。

「おうわッ!」

予想通りに意識を回復させたジェレミアにヴィレッタは吐息を一つ。
そして、その叫び声にスザクとルルーシュは咄嗟に振り返る。

「ジェレミア卿?」

スザクの声にジェレミアはがばりと顔を上げる。

「き、き、貴様ら!こ、此処で何を!!」

上擦った声がジェレミアから発せられ、スザクは苦笑を返すしか出来ない。ルルーシュは身体が固まり、スザクにしがみついたままだ。

「あの、差し出がましいようですが、殿下。このような公共の場での行為は慎んだ方が良いと思います」

ジェレミアの後ろから現れたヴィレッタから掛けられた言葉にルルーシュはスザクを突き放した。
それに少し残念そうな顔を覗かせたスザクにルルーシュは眉を下げ、視線を逸らす。
微妙な空気の変化に気付いたのはヴィレッタのみ。

女の勘とでも言うのだろうか、ルルーシュとスザクのみにある空気は他の者が立ち入れられないような、そんな・・・。

「宮殿の方が人目に付く」

ルルーシュが言った言葉がヴィレッタに向けられたものだということに、少しだけ彼女は反応が遅れた。

「・・・それは、しかし、記事に取り上げれられでもしたらッ」

「だから皇族の服は着ていないだろう」

確かに、今のルルーシュは茶色のジャケットに灰色のズボンと庶民的な私服である。

「もう一つ。私の名前は知られていても、顔まで分かる奴なんて一握りもいないだろう」

公にルルーシュの事は公表されたこともなければ、TV画面に映ったことすら無いのだから。騎士であり位の高い者でも知らない者は多い。

「殿下の言う通りかもしれませんが、念には念をと申し上げているのです」

「・・・・・・考えておく。だが、盗み見をした罰は受けてもらおうか」

「はい?」

「ジェレミア卿もだ」

「は?」

何故こちらが不利な状況になっているのだろうか。
見られたくないものを見られたのはあちらだというのに。

「ナナリーの送り迎えをしてくれ。明日からメイドが里帰りで困っていたところだ」

最近やらなければならない執務が増え、ルルーシュ自らが離宮を離れるわけにはいかなくなっていた。
忙しくても愛しい妹の為なら仕事なんてどうでも良いのだが、後で兄上に愚痴をこぼされるのは精神的によろしくない。

「断るなら公表するぞ、オレンジを」

ジェレミアに向けて言った言葉に意味は無い。ヴィレッタは頭がキレるようだが、ジェレミアは真面目に考え過ぎるところがある。
駒には駒に合った使い方が一番だ。
険しい顔をしたジェレミアに心の奥で笑む。

「行くぞ、スザク」

「え?でも」

「俺の騎士だろ?」

挑発するような笑みに微笑みを返し、スザクはジェレミアとヴィレッタに一礼してから、遠くない未来の主の後を追う。







誰も他人の心の中など判るはずが無い。





◆後書き◆

「doubt」疑惑、疑念。
フォーク(両取り)。

やっとキスシーン書いたどー!
オレンジ発言も☆
オレンジvsスザク第3弾ではなく、ルルーシュvsヴィレッタな感じに・・・。

更新日:2007/01/20







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