「何なんだッ、あの猿はッ!」
忌々(いまいま)しげに歩を進める姿は見る者を怯えさせるだけの怨念を放っていた。
こんなに不機嫌なのは猿のせいだと大声で叫びたい衝動を抑える。仮にも将校の名を与えられた身だ。
声を荒げてはならない。上の者として下の者を誘導しなくては。
だが、やはり、一度噴火を起こした怒りを鎮めるのは容易な事ではない。あの間抜け面が脳裏を過ぎり、癪に触った。
周りなどお構いなしに地団駄を踏んでしまった。
「何をしているのですか?ジェレミア卿」
挙げ句の果てに信頼している部下、ヴィレッタ・ヌゥに無様な姿を晒してしまったではないか。
何たる不覚か。
あの猿め、許してはおけん!
◆criticism◆
事は数時間前に遡(さかのぼ)る。
もうすぐ騎士の称号が与えられると噂されるイレブン出身者が居ると風の噂を聞きつけたジェレミア・ゴットバルトはその話に怒れずにはいられなかった。
純血派である彼は他国の血を良しとしない。
それは貴族生まれの彼にしたら幼少の頃から教育として叩き込まれ、覆(くつがえ)すことも出来ない真実であり、今更変える事など不可能な程に当たり前の事なのだ。
庶民でもブリタニアの血ならまだしも、イレブンの血、しかも敵対していた国の血。
寒気を通り越して悪寒が憎悪へと変化していくが分かる。
分解のしようもない怒りがフツフツと沸き上がった。
ブーツの踵を高らかに廊下に響かせ赴いた先は一等兵が集まる模擬訓練場。流石にそこまで廊下は続いておらず、屋根の無い日差しを受け地面の砂を踏みしめる。
ジャリ・・・と少し耳障りだと思える音にジェレミアは奥歯を噛み締める。
模擬訓練場に入ると、二機のナイトメア・フレーム、鈍めのベージュを快晴に反射させるグラスゴーが対峙していた。
右のグラスゴーが銃を構え、足のローラーで速度を一瞬に上げる。
「ほぅ・・・」
短時間、いや、数秒と言うべきか。それであそこまで速度を上げるとはなかなかだとジェレミアは関心する。
一方、左のグラスゴーは相手が突進して来ていると言うのに動こうとしない。
何をやっているのかとジェレミアは眉を潜めた。
だが、右のグラスゴーが放った銃の弾が左のグラスゴーを捕らえようとした直後、左のグラスゴーは身を屈めて右へスライド。
屈んだことで弾丸は空を切り裂き、右のグラスゴーは慌てて速度をゆるめ止まろうとするが、いかんせん速度をつけ過ぎて、移動した左のグラスゴーに照準が合わせることが出来ずにいた。
それを左のグラスゴーは見越したように銃を自分の機体を通り過ぎようとしているグラスゴーに一発。
模擬の為、火薬は無い。その代わりとしてのカラーペンキは黒。万が一色が落ちなかったとしてもそれなりに締まって見えるし、鮮やかな色では自ら的になるようなものだ。それを配慮してのカラー選択である。
勝利したグラスゴーから一等兵の防護服を身に纏った少年が降りてくる。
なかなか良い見せ物だったとジェレミアは思う。関心と近いものを感じ取り、勝者の顔を拝んでやろうと歩を進めた。
だが、ヘルメットを取り現れた素顔にジェレミアは現実を認める事が出来ずに立ち止まった。
枢木スザクの事は知っていた。噂を耳にするまでもなく、だ。
そして、今回の騎士になるかもしれないと噂の人物。
彼は元日本国首相枢木ゲンブの息子であった。だが、大戦後、彼を引き取れる後見人は何人も居たにも関わらず、彼は五年間誰の所にも行かずに自ら選んだのは元対戦国であるブリタニア。
ジェレミアにして見ても、他の貴族や王族から見ても彼は変わり者でしかなかった。
誰が好き好んで自国を支配した国にやって来るのか。
もしかしたら父への恨みを返しに来たのではないかと密やかに呟かれもしている。
だが、そんな噂話もなりを潜めた。ひとえに第十一皇子にして第十七皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのお恵みとも言える。
ルルーシュは外交目的に元日本国へ妹姫ナナリーと共に赴き、枢木家へと預けられた。
ルルーシュとナナリーが日本国へ行ったのは皇帝陛下の命ではなかった。それを下したのはルルーシュを良く思わない兄弟とその母達であった。
それを知った皇帝陛下は日本国へと攻めてしまった訳だ。
皇帝陛下もスザクに対しては何も言わなかった。自分のしたことに少なからず反省とでも言うのだろうか。している、していないにしても、何も言わないのは事実である。
ルルーシュ皇子と親友だと言うだけでジェレミアは虫酸が走った。
仮にもスザクはブリタニアでは庶民以下であっても同然である。それが皇族と友達。
身分を何だと思っているのだと問いただしたくなる。
かつては友だとしても、今は立場が異なるのだから。
「枢木スザク」
「ぅえっ、はい!」
突然名を呼ばれてスザクの肩がビクリッと跳ねる。
目を瞬かせてジェレミアを見上げる顔は未だ幼い。
こんな者に正規のナイトメア・フレームを授けるというのか。
そんな事で皇族が、このブリタニアが落ちぶれてしまっては目も当てられない。
「私と対戦願おうか」
「何故です?」
心底それをする理由が分からないと首を傾げるスザクにジェレミアは苛立ちを抑えずに人差し指をスザクに突きつけた。
人に指を指すのは良くないと、関係無い事を告げるスザクにジェレミアはそんな忠告は無視して言いたいことを口走った。
「貴様が騎士に相応しいか、この私が自ら試してやろうと言っているのだ!」
「それは有り難いのですが、自分はこの後予定があります。ですから、貴殿の申し出を受けるわけにはいきません」
困ったように頭を下げたスザクにジェレミアは頭に血が上るのを止められなかった。
「貴様ッ、この私に逆らうと言うのか!?」
「あの、いえ、そういうわけではなくて。ルルーシュ・・・殿下と約束していまして」
ルルーシュと区切り、ジェレミアが眉を吊り上げたのを見て慌てて「殿下」を付け加えた。
「殿下と?」
「そうだ」
スザクのものではない声にジェレミアは振り返る。その人物を視界に入れなくても誰かは声で分かってはいたが。
「ルルーシュ殿下」
跪くジェレミアにルルーシュは立つように命じる。
立ち上がったジェレミアに視線を送り、ルルーシュはスザクの隣に立つ。
その行動は理解しがたく、ジェレミアは困惑の色を見せた。
「私の方が先にスザクと約束している。ここは譲ってくれないか?ジェレミア卿」
髪を掻き上げながら言う仕草は優美であり、生まれながらの皇族であることを知らしめた。
「滅相も御座いませんっ、殿下の仰せのままに」
「すまないな。では、失礼する」
礼をするジェレミアをルルーシュは通り過ぎ、スザクもルルーシュの後を追う。振り返りざま、ジェレミアに一言。
「明日なら大丈夫ですから」
その言葉にジェレミアは怒りと共にがばりと後ろを振り返ると、ルルーシュとスザクが並んで去っていく姿が目に映る。
しかも手を繋いで。
心なしかルルーシュの頬が赤い気がするが、それは見なかったことにする。
そして冒頭に戻る。
ヴィレッタはジェレミアの話の聞き役となり、何も言わずに最後まで聞いていた。
個人的な解釈しか出来ないが、思うのは、問題なのは枢木スザクではなくてルルーシュ殿下の方なのではないのかと思う。
そもそもルルーシュがスザクをこの宮殿に招き入れ、あまつさえ、アリエスの離宮に寝泊まりを許しているのだから。
しかし、目の前の上官は上下関係に厳しい。そこが好ましい点でもあるのだが、人の性格を余り良く見ていない節がある。
「ジェレミア卿、そんなに枢木スザクが気に入らないのですか?」
「彼奴はイレブンだぞ。猿の血でこのブリタニアが汚れたらどうするのだ!」
ヴィレッタとて、イレブンを余り良くは思っていない。差別と言われようが、自分の気持ちに嘘を付く程のことでもない。
だが、枢木スザク個人を嫌悪してはいない。
成績も優秀だし、歯向かったなどという話も一度も耳にしてはいない。
「なら、彼がブリタニア人だったら良かったと言うことですか?」
その一言にジェレミアは心底嫌そうな顔をした。
「それはそれで気にくわん」
ヴィレッタは自分が勘違いしていた事に気が付く。
あぁ、この人は枢木スザクが苦手なのだ、と。
◆後書き◆
「criticism」批評、非難。
スザクを非難するのがオレンジ。
オレンジを批評するのがヴィレッタさんでした。
過去話バージョンだったわけですが、なんとなくこの続きを考えていたりして。
一話完結のはず・・・・・・が。
オレンジvsスザクでした☆
バイナラ!!
更新日:2007/01/12
ブラウザバックお願いします。