◆disturbance◆


銀の髪をランスロットがフルスロットルで駆ける余波に激しく靡かせながら、タレ目気味の水色の瞳を眼鏡の奥で細める。

今日はあの人が特別派遣嚮導技術部に視察に訪れる日だ。
歓迎の支度はしていない。つい今し方、此方に来ると一方的な連絡が来たばかりなのだから。

「あの人にも困ったものですよねー」

言葉の内容に反して、彼は既に遠くにいるランスロットを見つめながら楽しそうに言った。
白衣を着込むロイドは傍らでウィンドウを開き、幾つかの数値をキーボードで整理していく青い髪の女性に話し掛ける。

「そう思いません?セシル君」

「誰のことですか?」

ロイドに視線を移し、首を傾げるセシルは彼の問い掛けが誰のことを指しているのか分からない。

「ああ、すみません。言い忘れてましたぁ。もうすぐシュナイゼル殿下が此方にいらっしゃいますから」

「はぁ!?」

そんな話は聞いていないとセシルは驚きの顔をロイドに向ける。

「そんな素っ頓狂な声出さないでくださいよ。僕もついさっき連絡を貰ったばかりなんですから」

「そ、それならもっと早く連絡が来て直ぐに言って下さい!スザク君もう見えない所まで行っちゃったじゃないですか!!」

出迎えるならロイドを初め、『特派』のメインメンバーで歓迎しなければならないはずだ。
しかも、出迎えなければならない相手はこの『特派』を統括するシュナイゼル・エル・ブリタニア。
この組識の中でならば一番偉い人物である。

「うーん。そうだねぇ、僕のランスロットのスピードは最高だよ」

「そんな事言ってないで、スザク君に帰って来てもらわ・・・」

言いかけ、セシルはロイドの背後に立つ長身の男性の姿に言葉を飲み込んだ。

「その必要は無い。研究を続けてくれ」

微笑む金髪の彼こそがシュナイゼルであった。その彼をロイドは振り返る。

「お待ちしておりました。シュナイゼル殿下」

「心にも無い事を言うな。君にとってはランスロットの研究の方が重要だろう」

「はぁい、もちろん」

「ロイドさん!」

咎めるセシルの声にロイドは弱気に口を引き結ぶと、姿勢を正す。

「滅相も御座いません。シュナイゼル殿下のお越しを何よりも心待ちにしておりました!」

「相変わらず彼女には頭が上がらないようだね」

フッと口元に笑みを浮かべるシュナイゼルは何処から見ても好青年ではあるが、彼は一人で幾つかのエリアの総督を務める程の曲者であった。

シュナイゼルが率いているこの『特派』は世界で唯一の第七世代ナイトメアフレーム、ランスロットの開発を主としている。

「セシル君は強いですよぉ。それより、今日は何しに来たんですか?」

ロイドの階級は伯爵侯であるが、皇族の者には不適切な言葉使いにセシルの睨みがロイドの後頭部を直撃する。
しかし、そんな事は気にせず、ロイドはシュナイゼルが何を言うのか楽しそうに彼を見上げた。

「ランスロットのデヴァイサーにご挨拶に来ただけさ」

「あら、ざんねぇんでしたぁ」

ロイドの口調ではなく、その内容にシュナイゼルはピクリと片眉を跳ね上げた。

「どういう意味かな?」

「ランスロットのパーツは既にルルーシュ殿下の騎士になられましたけどぉ」

「それなら知っているよ」

「おや、情報が早いですね」

なら本当に何の用なんだとロイドはシュナイゼルから視線を外した。
それに気を悪くするでも無く、シュナイゼルはロイド用の簡易椅子に腰を下ろす。

「だからこうして此処に出向いたんだ。あの子が懐に入れる者をこの目で見る為にね」

粗方(あらかた)の想像が出来ていたロイドは驚きも感動も無い瞳でシュナイゼルを見下ろす。
それを受け止めるシュナイゼルの瞳にも何の感情も無い。

「ロイドさん、スザク君が帰ってきましたけど、どうしますか?」

本来ならば二周目に突入するのだが、来客を優先すべきか否かを問い掛けるセシルの声にロイドはやれやれと肩を竦める。

「ま、可愛いランスロットのデータ収集が出来ないのは残念ですけどねぇ、この人来ちゃったからねー」

「私は別に研究後でも構わないが?」

「居座られても迷惑です」

ロイドにはあるまじき真剣な口調で言われた一言にシュナイゼルは面食らうが、次の瞬間には気品溢れる優雅な仕草で口元を手で押さえると笑いを噛み殺した。

「それじゃあ、スザク君を呼び戻しますね」

セシルはインカムの位置を正して、ランスロットと回線を開く。

「スザク君、大事なお客様がいらっしゃってるから戻って来てくれる?」

『イエス、マイ ロード』

既にロイド達の居るトレーラーの近くまでランスロットは近づいて来ており、ランドスピナーを巧みに操り、急停止するランスロットの周囲で砂煙が立ち上がる。
ロイドは砂を全身で受け止め、セシルは機材の影に隠れる事で砂を除け、シュナイゼルはマントで優雅に砂を弾き返していた。

「すみませんッロイドさん、大丈夫ですか!?」

声の慌てように悪意が無いのは確かである。
ランスロットのコクピットブロックから姿を現したのは白を基調としたパイロットスーツに身を包むスザクだ。

「このくらいへーきへーき。うんうん。僕のランスロットは急ブレーキも完っ璧だねぇ」

「・・・・・・はぁ」

咎められない事と嬉しそうなロイドの姿にスザクは困ったように頷くしかなかった。
ふと、自分に影が落ちた事に顔を上げれば、テレビの中でしか見たことの無い人物に目を丸くした。

「・・・・・・シュナイゼル皇子・・・殿、下?」

「私の名前を知っているとは光栄だね。枢木スザク君」

いや、光栄なのは自分の方だとスザクは咄嗟に膝を折るが、シュナイゼルは立つように命じる。
それを拒否する理由をスザクは持ち合わせていない為、シュナイゼルの命令通りに立ち上がれば、視界が狭まり、腰に手が回される感覚に身を固くした。

「やはり、書類の写真より実物の方が良いな」

ぎゅっと抱き締められ、スザクはシュナイゼルの腕の中に捕らえられたままロイドを振り返るが、彼もまた困惑の表情をしていて、スザクはロイドがそんな顔が出来たのかと失礼な事を思いながらも驚愕に言葉が出ない。

ロイドは咳払いをし、溜息を吐く。

「シュナイゼル殿下、そのままスザク君持ち帰らないで下さいね。彼は大切なランスロットのパーツなんですから」

「パーツとは彼には不名誉じゃないか。出来れば持ち帰りたかったが」

「だから困りますって。ルルーシュ殿下に怒られるのは嫌ですよ」

「私は怒らせても良いのかい?」

「貴方は良いんです。ルルーシュ殿下は冗談が通じませんからねぇ」

「まぁ、それも一理あるな」

当事者であるスザクは頭上で交わされる会話に意識が呼び戻され始め、口が挟めそうなタイミングを見つけた。

「あの、殿下、これは・・・」

しかし、思ったように口が回らず、明確な言葉が出ない。

シュナイゼルはニコリと微笑む。貴婦人ならば誰もがその微笑みに気絶してしまうだろうが、その微笑みを間近で受け止めたスザクは生憎と男であり、気絶することも無く、ぎこちない微笑みを返す。
それをどう取ったのか、シュナイゼルはスザクの腰に回していた両腕の内の片手をスザクの顎に添えて、自分の顔の方へ向かせた。

「単刀直入に言おう。私の夜のお相手を頼みたい」

「はあ!?」

「それは許さん!」

スザクの驚愕の声と突如現れたグラスゴーから発せられた声が重なった。
グラスゴーから降り立つルルーシュは珍しく皇族の衣装に身を包んでいた。

「ルルーシュ、どうして」

スザクの姿を視界に収めたルルーシュはそのスザクの腰と顎に置かれている義母兄の手を睨み付ける。

「シュナイゼル兄上、その手をお放し下さい」

声色からルルーシュの怒りが読み取れるにも関わらず、シュナイゼルは人の喰えない笑みを浮かべ、見せつけるようにスザクの腰に回した腕でスザクを自分の胸の中に引き寄せた。
そんな事を目の前でされ、ルルーシュはスッと目を細める。
その瞳は紫電を曇らせ、感情は見えない。

「聞こえていないのですか。エセ貴公子」

「随分な名称だな、ルルーシュ」

「スザクを放せ」

「皇位継承権が私より低いというのに、命令か?」

「スザクは俺の騎士だ。貴方の騎士ではありません」

「だから夜の相手だけ頼みに来たんだが」

ルルーシュのシュナイゼルに対する睨みに殺意が混じり、シュナイゼルは仕方ないな、とスザクを解放する。

軽い放心状態のスザクをルルーシュは自分の背で守るように立つ。
いつもと立場が逆転しており、スザクは困惑の表情でルルーシュの後ろ姿を見つめる。

「愛玩具と一緒にしないで頂きたい」

「何だ?お前はその子とベットを共にしていないとでも?」

「・・・それは否定しない」

「正直な子だな。で、スザク君は良い声で啼くのかな?」

シュナイゼルが思い描いたルルーシュの返答は外れた。

ルルーシュは目を丸くし、彼の背後にいるスザクも驚いた顔をしており、近くにいるロイドとセシルも似たような反応を返してきている。

「あの、シュナイゼル殿下、自分はルルーシュに組み敷かれた事はありませんが」

一番最初に我を取り戻したスザクは困ったように微笑みながらそう言うのが精一杯であった。
それを受け取ったシュナイゼルは驚いたようにルルーシュを見下ろす。

「そうなのかい?では、お前が・・・」

咄嗟にルルーシュは顔を背けるが、頬の赤みや髪の合間から覗く耳は真っ赤だった。
それをシュナイゼルは面白そうに眺める。

「以外だな、チェスの戦略では敵を喰っていくお前が、受け入れているとは」

その言葉が引き金かは定かではないが、ルルーシュは背後にいるスザクを振り返ると、


バチンッ!!


「この馬鹿!」

ルルーシュの平手打ちがスザクの左頬に直撃し、ルルーシュは足早にグラスゴーに乗り込む。

「行きますよ、兄上」

慎重にではなく、コップを手に取る要領でシュナイゼルを掴んだグラスゴーはそのまま宮廷へと向かう。
会議に出席する為に。

ルルーシュの一番の目的はシュナイゼルを探し出すことだったが、『特派』の方へ出向いているのではという最悪のシチュエーションが脳裏を過ぎり、スザクの身の危険を感じた結果、『特派』を訪れれば予想通りにシュナイゼルはそこに居た。

ランスロットのデータ収集の為に一番広い訓練場に『特派』が赴いていることを知っていたルルーシュは宮廷に近い訓練場のグラスゴーに勝手に乗り込み、迷うことなくシュナイゼルを発見し、スザクの危機を回避させる事に成功した。
だが、スザクの一言でルルーシュはシュナイゼルにからかわれる羽目になるとは思ってもみなかった事だった。

感情の高ぶったままスザクの頬を叩(はた)いてしまった右手が熱く痺れていた。







「追いかけなくて良いんですかぁ?」

ロイドの声にスザクはハッと顔を上げ、左頬の熱さに笑みを浮かべた。

「ランスロットのデータが採れていませんし」

「追いかけたくて溜まりませんって顔に書いてあるよ」

きょとん、とスザクは首を傾げるが、ロイドはスザクに背を向ける。

「はぁい、今日はおしまぁい」

両手を天に掲げてパチパチと打ちならし、作業の中止をロイドは言い渡す。

振り返ったロイドの顔がいつもと違う笑顔を浮かべている事にスザクは肩に力を入れた。

「もうランスロットは君のモノなんですから、好きに使って良いんですよ」

その言葉にスザクは驚きを隠せなかった。
ランスロットを一番大切にしているのはロイドであり、自分はランスロットのパーツの一部に過ぎないのだから。

ロイドの表情は何処か達観しているようでもあり、黄昏ているようでもあった。
子の巣立ちを見守る親のような感じだろうか。

「行ってらっしゃい」

背を向け、片手を上げるロイドにスザクは頭を下げた。

顔を上げれば、ランスロットに駆け寄り、乗り込む。
キーを差し込み、起動させればサクラダイトが赤よりも淡い色に光り、回転を繰り返す。
フルスロットルで駆ければ砂埃が巻き上がり、疾風が砂を凪払う。







「ルルーシュ、何やら機影が見えるが」

「何馬鹿げた事を言ってるんですか。敵なんか居るわけないでしょう」

だが、グラスゴーのモニターが別機の存在を知らせる点滅を見せ、アラームが鳴る。
『unknown』
映し出される文字に眉を潜める。
グラスゴー、サザーランド、グロースターでも無い機体が背後にいる。

誰だと思う暇も無く、その機体はルルーシュが乗るグラスゴーの目前に立ちはだかった。

「ランスロット?スザクか」

今は少し顔を会わせたくないと、画面の回線は開かず、会話の回線のみを開く。

「今から大事な会議があるんだが」

『え、あ、ごめんッ』

歯切れの悪いスザクにルルーシュは顔をしかめる。

「謝るくらいならそこを退け」

『それは出来ない』

「この分からず屋がッ」

ルルーシュはグラスゴーを急発進させる。
それをランスロットも追う。だが、スピードは落とす。グラスゴーの隣を同速度で走る為だ。

『ルルーシュ、機嫌直してよ』

「しつこいぞ、スザク。それに俺は機嫌が悪いわけじゃない」

『喧嘩したままなのは嫌だよ』

「別に喧嘩ってわけじゃ・・・叩いて悪かったよ」

『いや、うん。僕も軽率だった。ごめん』

ナイトメアフレーム同士で交わされるという仲直りの異様な光景にシュナイゼルは楽しそうに傍観を決め込む。
新しい玩具を見つけた瞬間であった。









◆後書き◆

「disturbance」邪魔者、邪魔物、妨害。

初シュナイゼルさん。
本編のキャラとあまりにも違っていたら書き直すかもしれません。
はいッ、台詞を書き直しました!(2007/03/02)

そしていつの間にかスーさんがルル様の騎士になっている。
そのシーンも書きたいとは思っていますです。

シュナ様vsルル様楽しかった。


更新日:2007/03/01







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