◆deceive◆


「騒がしいな」

ふと、顔を上げた黒髪の少年は鬱陶しげに紫の瞳を細めた。
午前の日差しが窓から差し込む広い一室の一点で、机に向かいデスクワークをこなしていたルルーシュは羽根ペンを静かに置く。

「見てきましょうか?」

「いや、必要ない。どうせ兄上が何かやらかしたんだろ、お前の国で」

クロヴィス皇子殿下が。

「だったら尚更、君が止めた方が早く収まるんだけど」

「断る」

即答された言葉に橙の軍服を身に纏った、クセのある栗色の髪の少年は苦笑を漏らした。
その苦笑の声にルルーシュは相手を椅子から見上げ、睨む。

「スザク、笑うな」

「ごめん。でも、ルルーシュはみんなに愛されてるよね」

いきなり微笑んだスザクにルルーシュはそっぽを向く。

「・・・馬鹿が」



そこへ。

一室の扉が開かれ、ジェレミア卿が息をするのも小賢しいと慌てた様子で入室と言うよりは飛び込んできた。

「騒々しいな、オレンジ」

「ッッ!!?オレンジではありません!いえっそれよりも大変です!!」

「落ち着け、俺は逃げ出すつもりなんてないからな」

「はっ。実はイレブ」

しかし、ジェレミアの言葉を最後まで聞くことは出来なかった。何故なら、それを遮る者が現れたからである。

「枢木スザク殿はこちらか!!!」

現れたのは日本兵であり、その数はざっと五十人だろうか。
この広い一室に入りきれるだろうが、流石に狭いだろう。

眉間に皺を寄せたルルーシュにスザクは怒りの合図を見る。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる群の前にルルーシュは椅子から腰を上げ、立ちはだかる。

「五月蠅い!そっちの責任者を通せ、話はそれからだ」

学校帰りのまま、執務をこなしていたルルーシュは制服姿のままであったが、持ち前の威厳で周囲を無音へと変えた。

日本兵達は整列し、責任者の男を前へ。
三十代後半の髪をオールバックにした男が進み出る。

「『日本解放戦線』代表、藤堂鏡志郎と申す」

「ブリタニア語もろくに喋れずに本国に来るとは良い度胸だな」

ルルーシュの言い放った言葉の内容よりも、日本兵達はそのなまりのない日本語が聞こえたことに驚く。

「まぁいい、わざわざ『日本解放戦線』をこのブリタニアで口にするのは、余程の馬鹿か、覚悟のある奴だけだ。・・・後者とみて話そうか」

「忝(かたじけ)ない」

ルルーシュは藤堂を見上げる。

「貴様達は何を目的にこのブリタニアに来た」

身長差はあれど、こちらが下と言うわけではない。

「枢木スザク殿を我らの国に返して頂きたい」

藤堂のその言葉にルルーシュはスザクを振り返る。どうするんだ、と。
ルルーシュの視線の意味を正しく読み取ったスザクはルルーシュの横に並ぶ。

普通の主と従者なら、主の一歩後ろに立つべきなのだが、ルルーシュはスザクが対等な存在として側にいることを良しとしている為、咎められることはない。
ただし、それを良く思わない者も確かにいる。

「僕はエリア11に帰るつもりはありません。何より、殿下に忠誠を誓っていますから」

「貴殿のお気持ちは変わりませぬか」

「はい」

迷いの無い声色に藤堂は喉をぐっと詰まらせる。
まだ十代という年頃は迷い、揺らぎやすい。
だが、この心の強さは紛れもない本物。目をみれば明らかだ。

「一つ、問おうか」

諦めかけた藤堂に助け船を出したのは、ルルーシュ。それに藤堂は眉を潜める。

「何故、今更スザクを連れ戻そうとする?」

七年のブランクを開け、何をしようというのか。

「恥ずかしながら、この七年でやっと、上の存在が居ないことに蟠(わだかま)りを自覚した故」

「つまり、まとめ役が居ないわけか」

「左様」

暫く考える素振りを見せたルルーシュは、突然不敵な笑みを漏らす。

「なら、私がそちらへ行こう」

「なっ!?」

「ッ、ルルーシュ!?」

全ての者の視線を集め、ルルーシュはさも楽しそうに口元を吊り上げた。

「もちろんスザクも連れていく。どうだ?」

藤堂の後ろにいる兵士達は皆で顔を見合わせ、困惑の色を互いに見る。
しかし、藤堂は迷うことなく。

「それは受け入れられぬ。貴殿はこちらの皇子とお見受けする」

「私が皇子だから?笑わせる、何も知らない箱入りと勘違いされては困るな」

「そうは・・・」

「言っているだろう」

顔を見れば分かる。表情が硬いほど、僅かな変化が読み取りやすい。
言葉を無くした藤堂にルルーシュは特に気にした素振りも見せず、こう言った。

「将棋で賭けるか?」






ジェレミア・ゴットバルドは走っていた。

途中ですれ違う同僚や部下達の驚く顔を無視し、会議中であった一室の扉を勢いのまま開ける。

「大変でございます!!」

その場に居た者達はあまりの声の大きさに目を瞑ったり、見開いたりと反応は様々。
唯一、冷静に聞き取ったのはコーネリアのみ。

「ノックをしろジェレミア卿。まぁ、先に話を聞こうか」

「失礼致しました、皇女殿下。実は、ルルーシュ殿下がエリア11へ行くと言い出されまして」

「何?ルルーシュが・・・」

あの義弟は突然何を言い出すのか。
そんな事を許すはずがなかろうに。皇族に生まれたのだから。

「して、ルルーシュは今何処に居る」

「はっ、自室にて対局中で御座います」

「枢木准尉とか?」

「い、いえ、それが・・・その」

歯切れの悪い返事にコーネリアは眉を片方吊り上げる。

「申し訳ありません!『日本解放戦線』の者共が」

「!?何だとっ、皇族のこの宮にイレブンを通したのか!しかも『日本解放戦線』を!」

命を狙われてもおかしくない。
門番は何をやっているのだ。報告ぐらい出来たはず。

「いや、それよりも、ルルーシュは無事なのだなっ」

「はっ、枢木が付いておりますから、おそらく」

その言葉にコーネリアはほっとする。

イレブンであるが、スザクは信用に値する。
何より、あのルルーシュが側に置くだけはある技量の持ち主であり、コーネリアも実力は認めている。
少なからず、互いに執着し過ぎている節は気に掛かるところではあるが。

「会議は中止だ。ギルフォード、私に着いてこい。ジェレミア卿はもしもの時の為に門を固めろ」

「イエス、ユア ハイネス」

ジェレミアはその場を後にし、コーネリアはギルフォードを引き連れルルーシュの自室へと足を運んだ。





「参りました!」

潔(いさぎよ)い負けの認めにルルーシュは満足そうな顔を覗かせる。
ブリタニア人よりイレブンの方が余程腹が据わっているとルルーシュは思う。
貴族相手ではこうも清々しくはないだろう。チェスの勝敗の決着が着くと貴族は悔しそうに口を紡ぐか、黙って約束の物をそこに置いて足早に去っていくくらいだ。
酷いときは癇癪を起こす。

そういう点ではイレブンの持つものは好ましい。

「さて、貴様で最後だな」

藤堂はルルーシュの目の前のテーブルを挟んだ椅子にどかりと腰を下ろす。

一礼を受け、ルルーシュは問う。

「将棋の経験は?」

「幼少の頃より嗜(たしな)む程度に」

「少しは楽しめそうだ」

骨のない奴らばかり相手をしていたルルーシュは瞬殺で王手を賭け、勝利を勝ち取り続けた。
目の前に座る藤堂という男は少しは骨がありそうだと、自然と口元が緩む。

「俺から行かせてもらおう」

駒を取り、人の良い笑みを浮かべる。





「これでチェックメイトだ」

最後の駒で王手を賭ける。

藤堂は顎に手を掛け、呻り、そして

「参りました」

負けを認めた。

賭けの内容はルルーシュが勝てばルルーシュとスザクがエリア11へ行き、『日本解放戦線』が一人でも勝てばスザクのみがエリア11へ行く。

当然、将棋というハンデを与えたが、ルルーシュにとって負けなど端から無い。
計算通りだ。何もかも。
藤堂との将棋も骨があり、随分と楽しめた。最後のツメの甘さが残念だが、こちらとしては好都合。

「スザク、身支度を始めろ」

「え、もう!?」

「善は急げと言うしな」

「良い事なのかな・・・?」

そこへ、扉の開かれる音が響く。ヅカヅカとルルーシュの自室に足を踏み入れるのは軍服を身に纏うコーネリアだ。
ルルーシュは舌打ちを横にいるスザクさえ聞き取れるか聞き取れないかの小さなものを一つ。

「姉上、何の御用件ですか?」

あくまで平然と問う。

「イレブンを入れるとはどういうことだ、ルルーシュ」

「彼らが勝手に入ってきたのですよ。私に文句を言われましても困ります」

「では、質問を変えよう。エリア11へ行くと戯れ言を言ったそうだな」

「ええ。いけませんか?」

椅子からルルーシュは立ち上がり、片手を腰にあてて目を細めてコーネリアを見上げる。

「許すわけがなかろう。エリア11に居るクロヴィスと交代するというのなら話は別だが、よりにもよって『日本解放戦線』の手を取るなどと!」

「そういえば、兄上と交代という手もありましたね」

そんなことはとっくに選択肢から外していたが。
それではエリア11の現状が見えないから。

「それ程までにエリア11に行きたいと言うのならば、クロヴィスには私から話をしても良い」

「お言葉ですが、姉上。私は兄上と代わりたくなどありません」

「不服だと言うのか?」

「いいえ。ただ、それがイレブンにとって正しき道とは私には思えません」

この義弟は何を言っているのかと、コーネリアは眉を潜める。兄弟の中でも、一番腹の底が見えないのはこのルルーシュだ。
シュナイゼルも分かりにくいが、自分と似ているところがあるだけマシだ。

「何が言いたい」

「俺は変えたいだけだ」

少し、この答えには謝りがある。



本当の目的は・・・

ブリタニアをぶっ壊す


ただ、それだけだ。



籠の中では動くことさえ出来ない。

「行かせてください、姉上」

頭を下げたルルーシュにコーネリアはぎょっとする。
それもそのはず。父にも頭を下げたことのないルルーシュが姉に頭を下げたのだから。
それがルルーシュの策だと気付かないまま、コーネリアは首を縦に振ってしまった。
見えないところでルルーシュは勝ち誇った笑みを浮かべる。

容易いな。

「有り難う御座います、姉上」

「礼はいい。ナナリーの事もユフィに頼んで置こう」

願ったり叶ったりだ。
ナナリーが気掛かりだったが、ユーフェミアなら安心出来る。彼女はナナリーの事を愛してくれているのだから。





これで、変えられる。








後書き

「deceive」騙す。
オレンジ途中で放置。

ぶっちゃけこの後はラブコメにしようかと思ってたりします。
ルル様はブリタニアを壊すことはありません(オイッ)。
兄弟にも父上にも愛されてる設定の予定。
一話完結で長編に挑戦!
いざ、日本へ!!!


更新日:2007/01/08



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