◇A COLD REMEDY◇



大学の寮のとある一室。

視界のピントはなかなか合わず、ボーっとする頭の廻転ははっきり言って動くことも億劫である。
頭も廻転しなければ、大脳へ自分の意思は伝わらず、身体さえも動かせない。
怠(だる)さが抜けない。

そんな不調全開の時にチャイムが鳴る。
無下にも出来ずに身体をベットから起き上がらせ、玄関へと向かう。
足取りが真っ直ぐなことに安心はするが、ふわふわする感覚が起き上がった瞬間に身体にのし掛かってくる。

玄関に辿り着き、カメラは無いのでモニター越しに会話をする事は出来ない為、ドアを挟んで声を掛ける。

「・・・はい」

声は掠れはしないものの、喉の痛みに数秒遅れる。

「スザク君、大丈夫?昨日から調子悪かったみたいだけど」

セシルの声に知り合いであると認識した瞬間に強張りが幾分か消える。
息を吐いて落ち着くと、喉の痛みを和らげるように喉に手を添えた。

声が枯れていないのが救いか。

「・・・あまり。今日は休ませてもらっても良いですか?」

「それは勿論。学園の方には私から連絡しておくわ」

「すみません。・・・ご迷惑掛けてしまって」

「良いのよ、ゆっくり休んでね。お昼には何か持ってくるわ」

「あ・・・・・・いえ、大丈、夫・・・」

「遠慮しないで。喉越しの良い物作ってあげるから」

そのままセシルの足音は遠ざかり、スザクはドアのタッチパネル式の鍵である暗証コードを書き換えた。
これで、強行突破でドアを開けられる心配は無い・・・はずであるが、蹴り開けられたらこんなものは何の意味も持たない。
だが、今のスザクにそこまで考えが回ったかは定かではない。

重い足取りで再びベットに向かったスザクは崩れ落ちるように寝転がり、もそもそと布団を身体に掛ける。
昨日は喉が痛かっただけなので放っておいたらこの様だ。

風邪をひいた。

















時計に目をやれば十二時を半分回ったところだった。
四時限目が終わったところだな、と何処か遠くで認識している自分がいる。

今朝のをカウントすれば、本日二度目のチャイムの音が耳に届き、顔をドアに向けるがそれ以上は動こうとはしなかった。

「スザクくーん?お昼持ってきたわよー」

セシルの大きめな声がドア越しにこもって聞こえる。

「ご飯作ってきたんだけど、寝ちゃってるかしらー?」

不調の時にセシルの手料理は勘弁して欲しいと思うのが正直なところ。
狸寝入りは罪では無い。







セシルがお盆を持って困っていると、ひょいっと横からロイドの手が伸び、何か固形の形状のおかずを手に取り食べる。

「ッ、ロイドさん!?」

「うーん。どうです?スザク君の様子は」

またロイドの手がお盆に伸び、セシルはお盆の裏に掌をあてて片手で持ち上げながら遠ざけ、もう片方の手でロイドの手を叩く。

「あまり良いとは言えません。まだ寝込んでるみたいですし」

「じゃ、鍵開けちゃいましょっか」

「勝手に開けたら怒られますよ」

「ベットじゃなくて床に倒れ込んでたらどうするんですか?」

それも一理あるとセシルは思案するが、本当に開けても良いのだろうかという良心と、スザクのプライベートである私室を見てみたいという好奇心が少なからずあったことは否めない。

「大事なパーツに何かあったら大変ですからねぇ」

そのままロイドの手がタッチパネルに伸びるのを黙って見守ることにする。
しかし、滑らかに動いていたロイドの指は突然ピタリと止まり、呻り声を僅かに漏らした。

「どうかしたんですか?」

「いえ、ね。彼、暗証コードのパスワード変えちゃったみたいなんですよ」

ぱちくりとセシルが瞬きする。

「スザク君、生きてますかーぁ?」

ロイドの声が聞こえたことにスザクは上半身だけ身体を起こす。
何か重要な事であったら聞くべきだろう。

無言でベットから降り、玄関へと向かった。
ドアの前に立つ。

「・・・・・・何か」

「ああ、生きてますね」

「・・・問題でもあったんですか?」

「大有りですよ。パスワードを勝手に変えたら困りますよぉ、パスワード教えてくれませんか?」

「嫌です」

「即答ですかぁ」

「入ってくるな」

いつものスザクらしくない言葉遣いにロイドはセシルを振り返るが、彼女もロイドと同じように少々驚いた顔をしている。
そこへ一つの足音が近づき、そちらに二人とも顔を向けた。

その視線の先にはアッシュフォードの男子学生用の黒い制服を着た黒髪の少年が此方に向かってくる姿が見て取れた。

「枢木スザク君の部屋は此処ですか?」

ルルーシュはロイドとセシルに問い掛ける。

「え、ええ。そうですけど、貴方は確か・・・スザク君の」

「すみません、申し遅れました。アッシュフォード学園二年のルルーシュ・ランペルージと言います。枢木君のお見舞いに来ました」

昼休みを利用して様子を見に来たのだろうとセシルは思う。
何度かスザクを特派の用事で呼び出しにアッシュフォード学園に向かうと良く彼と一緒に居ることが多く、彼がスザクの言っていた昔の友達なのだと推測出来た。

「折角来て頂いて申し訳ないのだけど、彼、部屋に誰も入らせてくれなくて」

「そうなんですか?」

セシルが本当に申し訳なさそうに言うので、ルルーシュもそれ以上は追求する為に聞くことはせず、ドアの前まで歩み寄ってノックをする。

「スザク、俺だ。入るぞ」

そう言って、タッチパネルを操作し始める。

「え?・・・ルルーシュ、ちょっと待」

「残念、もう開いた」

ドアが開き、ルルーシュはスザクの断り無しに玄関を潜る。
そのままドアは締まり、ルルーシュは部屋の中のタッチパネルを操作して鍵を掛けた。

「あの、これは・・・」

「僕達は入れてくれないみたいだねぇ」

というか、ルルーシュが無理矢理入った感じではあるが、特に部屋の中から物音がしないのでスザクも了承したという事だろうか?
しかし、突然部屋の中から壁に何かを叩き付けるような音が響き聞こえてロイドとセシルは顔を見合わせてぱちくりすると、二人揃って静かにドアに耳を当てた。







ドンッ、と勢いのままに背中を打ちつけて小さな声を漏らしたが、ルルーシュはその事を気にもせずに目の前のスザクを睨み付けるだけだ。
両手の手首はスザクに拘束されるように彼の両手に握りしめられたまま、病人の力とは思えない程だ。

「どうして此処に来たんだ。此処にはブリタニアの」

「分かっている。備えはあるんだ、お前は心配しなくてもいい」

「分かってないだろッ、君は!ッゴホ、グ・・・ウ」

しかし、続こうとした言葉は大声を出したことで喉に負担を掛けてしまい咳に消える。
弱まった手の力にルルーシュはスザクからの拘束をゆっくりと解いて、スザクに肩を貸した。

「説教はその様を何とかしてからにしろ」

「・・・説教聞く気なんて無いだろ」

「当然」

ベットに辿り着き、スザクがルルーシュの言葉に溜息を吐けば、ルルーシュはスザクに呆れられたかと視線を逸らすが、ベットに座ったスザクの右手に左頬を捉えられ、スザクの顔を屈んだ状態で真正面から向き合う形になった。

「心配したら、迷惑なのかな・・・?」

「違ッ・・・」

悲しそうに歪められたスザクの視線にルルーシュは否定しようとする。
それでもスザクは納得したような表情は一切見せずに、じっとルルーシュの瞳を覗き込む。

お互いの瞳の色に吸い込まれそうになる距離で時間が止まったような感覚に襲われる。

言葉無く、堪えきれずにルルーシュは瞼を伏せめがちに、その下で視線を外した。
スザクが我慢出来ずに引き寄せたルルーシュの身体は呆気なかった。
反転した視界は一瞬のぐらつきに瞼を硬く閉じて、軽く跳ね上がった背中にベットの上である事を脳が認識した後に瞼を持ち上げ、その紫電は真剣な翡翠の色を見た。

「どうして・・・・・・ッ」

「おい、スザッ」

ドサリと落ちてきたスザクの身体は熱くて、症状がかなり悪いのが見て取れた。
意識は既に眠りに近いところにあるだろう。

力の抜けたスザクの身体の下から抜け出すのに一苦労したルルーシュであったが、スザクをベットにちゃんと寝かせて布団を綺麗に被せてやる。
スザクの髪を掻き分けて額に自分の額をくっつければ、熱が伝わる。



熱い・・・。



離れて、水の入った桶とタオルを用意して、濡れタオルをスザクの額に当てた。
先程まで荒かった呼吸も徐々に安定してきている。

「全く・・・午後の授業は看病で欠席だな」

世話が焼ける。

「・・・・・・・・・ルルー、シュ?」

「起こしたか?」

「いや・・・学校・・・」

「お前、何も食べてないだろ」

「・・・それは」

「何か作るから食べろ。治るものも治らないぞ」

「いい、いらない」

拒否の言葉にルルーシュは無表情にスザクの顔を覗き込み、その口を手で塞いだ。
数秒後にスザクが手足を僅かにバタバタさせる。

鼻まで押さえなかったのは良心だが、鼻が詰まっているかもしれないと思い至った頃にはスザクはぐったりしていた。

「・・・・・・あ・・・」












何かを煮詰める音と香りにうっすらと視界を開いて、包丁がまな板を叩く音の方へ顔を動かしたスザクは目を丸くした。

「・・・え・・・・・・?」

「ん?起きたのか、スザク」

台所からスザクを振り返ったルルーシュの姿にスザクは言葉が出なかった。

ルルーシュがエプロンをして料理をしているのだ。
何故、自分の部屋で彼が料理を・・・。

スザクの視線がエプロンに行き着いていると判断したルルーシュは事も無げに言った。

「ああ、自前のエプロンだが、これがどうかしたのか?」

「いや・・・何処から」

「自分の部屋からに決まっているだろう。取りに行ったんだ、お前が寝た後にな。そういえば、外にさっきの二人が居たままだったが、あれはお前の上司か?」

「う・・・うん。いや、それより、エプロンが・・・」

ピンク色なのはツッコンでも宜しいでしょうか?

「ナナリーが選んでくれたんだ。・・・似合わないか?」

目の見えない少女がどうやって選んだかは、なかなか興味深い話ではあるが、聞くことは何故だか憚(はばか)られた。
というよりも、目の前のルルーシュしか見えていなかったのだが。

「ううん、似合ってる」

首を左右に降って即答すれば、ルルーシュははにかんだ。
恥ずかしくなってスザクは視線を外し、ルルーシュはスザクの反応に首を傾げながらも料理に戻る。







暫くして、ルルーシュがお椀とレンゲを持ってスザクのベットの横に椅子をひいてそこに座る。

「食べられそうか?」

「・・・お粥?」

「食べられなくても、無理矢理食べさせるつもりだが」

「さらりと恐いこと言わないでよ」

「満更、冗談でもない」

「・・・・・・食べます。食べさせて頂きます」

そう言ってルルーシュの手からお椀を受け取ろうとするが、ルルーシュはサッとスザクの手からお椀を遠ざける。

「ルルーシュ?」

「俺がお前に食べさせる」

「・・・は?」

ルルーシュはレンゲでお椀の中のお粥を一口分すくい取り、冷ますために何度も息を吹きかける。
その様子を間近で見てしまったスザクは心臓が激しく脈打つのを止められずに、顔が真っ赤になるのも抑えられなかった。

「スザク?熱が上がったのか?」

「いや、違うんだけど・・・その、ルルーシュが・・・」

スザクの視線がレンゲの上のお粥とルルーシュの唇に交互に向けられ、それに気付いたルルーシュもスザクと同じように顔を真っ赤にする。

「ば、馬鹿かお前はッ、何を意識しているッ」

照れ隠しのつもりだったが、余計に恥ずかしくなり、お互いに視線を外してしまった。
その間にもレンゲの上のお粥は冷めていく。

「・・・早く食べないと、冷めるぞ」

そう言って、ルルーシュはスザクに視線を戻すが、その顔は赤いままで、ルルーシュに視線を戻したスザクの顔も赤いまま。
気恥ずかしいままに差し出されたレンゲをくわえて、お粥を口に入れれば、ちょうど良い塩加減に身体が落ち着いた。

スザクが飲み込むのを見送り、ルルーシュは戸惑いがちに尋ねる。

「・・・どうだ?」

「うん。美味しい」

良かったと、笑ったルルーシュにそこでスザクは気付く。
未だにルルーシュがエプロンを身に着けていることに。
これでは、風邪をひいた彼氏のもとに彼女が看病に来たみたいではないかと。

ルルーシュは親友だ。決してそういう対象では・・・。

「スザク?」

ボーッとしていたらしく、ルルーシュが心配そうにスザクの顔を覗き込む。

「何でもないよ」

そう言えば、ルルーシュはあまり納得した顔を見せなかったが、もう一度同じようにお粥をスザクに食べさせようとしたので、スザクはルルーシュからお椀とレンゲを奪い取った。
怪訝な顔をしたルルーシュにスザクは断固としてお椀とレンゲをルルーシュに返そうとはせず、ルルーシュも諦める。

食べ終われば、お椀とレンゲをルルーシュに返す。

「ご馳走様でした」

ルルーシュは困ったように笑い、お椀とレンゲを受け取る。

「まだ残ってるんだけどな」

そう言って台所のコンロの上の鍋を振り返る。

「明日食べるよ。美味しかったし」

「そうか?」

ルルーシュは洗い物をするためにその場から立ち上がる。

ルルーシュの後ろ姿を見つめながら、スザクはまたふらつく頭に堪えきれずに布団に潜った。
横になりながらも、ルルーシュを目で追い続け、暫くして洗い物が終わったらしく、彼がエプロンを外したところで完全に眠りに囚われてしまった。







再びスザクが視界を開いたのは、眠りが浅くなり、何か違和感を感じた瞬間だった。

抱き込まれている感覚だった。
母親が我が子を抱き締めるような、そんな温かい腕の存在。

抱き締められている、誰かに。

間近にルルーシュの紫電の瞳とぶつかり、咄嗟に身を引こうとしたが、ルルーシュはそれを許してはくれなかった。

「ルルーシュ?」

「嫌だ。このままが良い」

風邪が移ってしまうからあまり近づかないで欲しいと思うスザクだが、どうかしたのだろうかとルルーシュの顔を覗き込む。

「どうかした?ルルーシュ」

「お前が悪い」

何を言っているのかサッパリだ。
いつも明確な答えしか口にしない彼にしては珍しい。

首を捻るスザクにルルーシュは彼にぎゅっと抱きつく。
肩口に顔を埋めてきたルルーシュに流石にスザクも慌てるが、次の言葉に動けなくなる。

「お前が甘えないのが悪いんだ」

ああ、そうか。

スザクは風邪をひくと誰も彼も突っぱねるのだ。
本当は甘えたいのに、それが出来ないのは子供の頃から変わらなかった。
首相の子供というのは、孤独だった。

だから、心配を、彼を独りにさせてしまっていたのだと気付く。

本当に弱っていたのは誰なのか。

「ごめん・・・それから、有り難う」

「簡単に言うな」

「うん。でも、君が居てくれて本当に良かった」

スザクはルルーシュを下に足の間に挟むようにのし掛かれば、ゆっくりと顔を近づけた。



























それは甘かったのかもしれない。































◆あとがき◆

a cold remedy 風邪薬。
ルル様がスーさんの風邪薬てきなナンチャラナンチャラ(?)。
というか、風邪薬出すの忘れた・・・物の出番の出し所を消去してもうた。

自分が風邪ひいて誕生したネタでした。
しかも学校へ登校中。赤信号で自分が無意識に今まで妄想していた事を自覚。

多分、最後はキスシーンで終わっているらしい・・・。(自信なさげ)
最終的にエロへ持っていこうと思って書いていた話です。
ぶっちゃけ続くんですが、エロが気に入るものが書けたらアップという結構投げやりな感じだったりします。

ルル様がエプロンなのはBBSで頂いたお言葉からですv


更新日:2007/07/02



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