◇WHEREABOUTS◇
平穏なアッシュフォード学園の女子寮に小さな嵐がやってきた。
まだこれはミレイ・アッシュフォードが生徒会会長ではなく、副会長だった頃の話だ。
女子寮から学園に通っているミレイは冬休みに実家のアッシュフォード家へと帰路を着いた。
彼女はまだ高等部一年から副会長を勤めていた。
親の七光りと言ってしまえばそれまでだが、彼女に対する生徒の親しみは深い。
不服を言う者など一人もいなかった。
それはともかく、家路に着いた彼女は真っ先に両親に会うでも、祖父に会うでもなく、居候の元へと会いに行く。
リビングで妹とお茶をしていた兄に声を掛ける。
「久しぶりねー、ルルちゃん!」
ミレイを視界に入れた居候は眉こそ動かさなかったが、盛大な溜息を落とした。
「一昨日学校で会ったはずですが、ミレイ副会長」
「あらやだ、良いのよ『おねえちゃん』って呼んでくれても」
「ごめん被(こうむ)ります」
両手を広げて胸に飛び込んで来いとばかりのポーズのミレイに居候のルルーシュは何も見なかったことにして、ナナリーのカップに紅茶を注ぐ。
「お帰りなさい、ミレイさん」
「ただいま、ナナリー。誰かさんと違って本当に可愛いわねー」
ミレイの声を理解したナナリーは耳を頼りにミレイに顔を向けた。
「それで、何か俺に用ですか?」
「そうそう、ルルーシュとナナリーに聞きたい事があるのよ」
「俺とナナリーに?」
「ええ。用件だけ言っちゃうと、女子寮に住み込まない?」
暫くの沈黙の後、ルルーシュは口を開く。
「俺は男です」
「そんなの知ってるわよ。女の子と一緒の屋根の下じゃなくて、お隣さんって所かな。それとも綺麗なお姉さんと一緒が良いのかな?ん?」
「そんなわけないでしょう。しかし、良いんですか?」
ルルーシュにとっても、ナナリーにとっても有り難い話だ。
いつまでもアッシュフォード本家に厄介になっているよりは、ちゃんと自立したいと思っていた。
確かに、この家庭は温かいが、負い目が少なからずあるのは消しようもない。
「その方がルルーシュにも、ナナリーにも良いと思ったからよ。御祖父様には前から話していたし、後は女子寮の寮長だけに話をつけたら終わり。その前に二人にどうしたいか聞こうと思ったのよ。ルルちゃんは中等部からこのまま高等部に上がるでしょ?ナナリーも家の中等部に入るって聞いたし」
「ええ。なら、お言葉に甘えさせて頂きます」
「はい、私も」
「それじゃぁ、決まりね。今から御祖父様に言ってくるわ」
「宜しくお願いします」
ルルーシュに背を向けて去るミレイは片手をひらひらと振ってその場を後にした。
それから、入学式が始まる前にと、短い休みのうちに引っ越し作業が始まった。
荷物は特に多くもなかった。タンスやテーブル等といった家具全般は引っ越し先に元々あるということで、ご厚意のままそれらを使わせて頂けることになっているからだ。
女子寮からほんの少し離れた屋敷に通され、メイドを紹介された。
「咲世子と申します。なんなりとお申し付け下さい」
「あの、メイドって・・・」
どういうことかと、ルルーシュはミレイを振り返る。
「ナナリーのお世話をしてもらうの。ルルちゃんがどうしてもナナリーの着替えとか、お風呂とか全部やるって言うなら別だけど」
それにルルーシュはぐっと詰まり、無言を通した。
肯定と判断したミレイはナナリーの車椅子を押して家の中へ。
「おっじゃましまーす!」
「おじゃまします」
「のんのん、ナナリーは『ただいま』よ。今日から此処が貴方達の家になるんだから」
「そうでした。では、改めまして。ただいま」
そんなナナリーとミレイのやり取りをルルーシュは温かく見守った。
そして、嵐は三日後に起こった。
ルルーシュとナナリーと咲世子の三人での生活も馴染み始めた頃の昼食。
咲世子は洗濯物を取り入れ、ルルーシュとナナリーは咲世子お手製の昼食を頂いている時であった。
チャイムも無しに扉が開かれたのは。
「ルルーシュ・ランペルージはいらっしゃって!」
高い女性の声だ。
ルルーシュはナナリーに一言言い置いて、玄関へと足を運んだ。
「俺がルルーシュ・ランペルージです」
ルルーシュを見とめた彼女は金の縦ロールを逆立てたかと思うと、よよよ、とその場に泣き崩れた。
「どうして、どうしてなの!この私に何の断りもなく女子寮に男子が住み着くなんて聞いてなくってよ!!」
「あの、どちら様ですか?」
ルルーシュの何気ない一言に彼女はキッとルルーシュを睨み付けた。
「どちら様?どちら様じゃないわ、この学園の生徒なら知っていらっしゃるはずよ!高等部三年(五日後)になる生徒会会長、マリン・アントワネートよ!」
あぁ、とルルーシュは思い至る。檀上でしか見たこと無い彼女は今のようなヒステリックな様子など一度も見せたことがない。どちらかと言えばしおらしいイメージがあったので面識のない人間だと勝手に結論づけていた。
「その会長様が何のご用でしょうか?」
人当たりの良い笑顔を浮かべてルルーシュは訪ねる。
厄介事は回避させるのが手っ取り早い。
「出て行きなさい!此処から今すぐ!!」
「そう言われましても、ミレイ副会長にはちゃんと許可をもらっているので貴方の独断で出て行けと言われても困ります」
「生意気な口をきかないでちょうだい!貴方は男子寮に行くべきです!!」
「駄目よ」
突如、マリンの背後から声がした。
マリンが振り返った先にはミレイが佇んでいた。
「副会長が何用ですの?」
「会長こそ何用ですか?」
笑顔で交わされる会話の中には平穏という文字は無い。
「私は女子寮の寮長としてこちらに伺っているだけですわ」
「あら奇遇ですね。私もつい先程、咲世子さんにお電話を頂いて招待されたところなんです」
そんな話はルルーシュは聞いていない。
もちろん今し方、異変に気付いた咲世子がミレイのケータイに着信したところだったのだから。
「なら、張本人の貴女と直接話した方が良さそうですわね」
「私もそう思います。て、事だからルルーシュ、上がらせてもらうわよ」
了承の言葉を返す間も与えられないままに、ミレイとマリンはルルーシュを通り過ぎてナナリーのいる室内へと入っていった。
慌てる暇も無く、ルルーシュは沈黙の後に盛大な溜息をその場に残し、二人の後をゆっくりと追った。
室内のドアを潜ると、ナナリーに目配せしているマリンが映った。
「ナナリーは今年からこちらの学園に通わせて頂くことになってるんです」
「そう」
ルルーシュの言葉にマリンは静かに頷くだけだ。
「ナナリー、この学校の生徒会会長さんだ。挨拶はしたか?」
「いえ、まだです。会長さん、こんにちは」
しっかりとマリンに向き直って挨拶をしたナナリーにマリンは少なからず驚きを顔に表す。盲目なのは見た瞬間に判ったが、こうもはっきりと人の居場所が判るものなのかと。
「ええ、こんにちは。ナナリーちゃんで良いかしら」
「はい」
素直な返事にマリンの口元に笑みが零れる。
悪い人では無さそうだと、ルルーシュは思い至る。
「で、会長は何がご不満何ですか?」
ミレイはナナリーの横に座り、目の前のマリンに訪ねる。
「寮長に何も言わずに彼を女子寮の敷地内に入れたのは何処の誰かしら」
「私です」
その言葉にルルーシュは口を挟んだ。
「副会長、寮長には話をつけておくと冬休みに聞きましたが」
「やだ、最近物忘れが酷くってさー。歳は取りたくないわよね」
丸分かりの嘘にルルーシュは半目でミレイを見下ろした。
ダンッと机が叩かれた。
起こっているマリンにルルーシュは少なからず同情する。副会長の世話も楽じゃない。
「貴女がその気なら!多数決で決着をつけようではありませんか!!」
その一言でこの場は解散となった。
翌日。
女子寮へとナナリーと共にルルーシュは足を踏み入れた。
正直乗り気では無い。むしろ、避けられるのならば、避けたい道であった。
香水の香りが鼻につく。個々の香りならまだしも、複数の香りが入り交じるというのは些か受け入れがたかった。
ナナリーは臭覚も敏感だから大丈夫かと顔を覗いてみたが、ころっとしている。
やはり女の子は女の子なのだと思ってしまう。
「お兄様、此方が女子寮なのですか?」
「そうだよ、ナナリー」
話し声を聞きつけた女子生徒の一人がルルーシュとナナリーを呼び止め、一番広いとされる食堂に案内された。
既にそこには賛成派と反対派で二つにグループ分けされた人の塊があった。
「あら、いらっしゃい。ルルちゃん、ナナリー」
賛成派代表のミレイがルルーシュとナナリーを手招きしている。
何の疑いもなくそちらに歩み寄っていくと、突然ルルーシュの首をミレイは腕でがっちりとロックして引き寄せる。
「ほッグ」
喉が詰まった。
何をするのかと抗議を上げる前にルルーシュの顔はミレイにホールドされ動かない。視線の先は反対派の軍勢。
居心地が悪い。
「この美少女めいた顔が目に入らぬか!」
ミレイの台詞にルルーシュは脱力するしかなかった。
一体何がしたいんだ、と。
そして、何をそんな弱気な顔をしている反対派。
「し、しかし、男は男。例え、綺麗な顔をしているからって安全とは限らなくってよ!」
俺は獣かと、ルルーシュは嘆いた。
「そんな度量がルルちゃんにあるわけないじゃない!」
ミレイの台詞にルルーシュはこの人は自分を何だと思っているのか問いつめたくなった。
どうせ期待する言葉は返ってこないだろうが。
「副会長、痛いのでそろそろ放してください」
本当に顔が痛いので放して欲しかった。
「あー、ごめんごめん」
そうは言ったが、ミレイはルルーシュの顔を放さない。
もう一度抗議の声をあげようとした瞬間、ルルーシュの顎はミレイの右手に捉えられる。顔が近い。
小さな悲鳴がそこかしこであがる。
「何のマネですか?」
「ルルちゃんって女の子に興味無いみたいよね」
「は?」
「美少女がこんなに急接近してるのに顔色一つ変えないなんてどうかしてるわ!」
「自分で美少女とか言って、恥ずかしくないんですか?」
紙の束を丸めた棒で叩かれた。
生徒会の書類のようだ。こんな時にも仕事かと、ルルーシュは関心する。
「で、会長達の意見は?」
開き直ったミレイはマリンを見る。
「他の理由をお聞かせ願いたいわ。それだけでは不十分ですもの」
それもそうね、とミレイはルルーシュを解放し、足を組み直す。
優美な仕草だ。
「ナナリーに寂しい思いをさせたくないっていうのは駄目かしら。こっちの方が重要なんだけどね」
ナナリーに全員の視線が集まる。ビクッと震えたナナリーの頭をルルーシュは優しく撫で続ける。落ち着きを取り戻したナナリーにルルーシュは優しく微笑んだ。
その顔にほうっと息を吐く者が殆ど。
「仲良きことは美しきかな」
ミレイの言葉に現実に戻る。
「ナナリーは見たとおり、目も足も不自由よ。咲世子さんに身の回りの世話は頼めるけど、安心させるにはルルーシュが必要不可欠。そう思わない?」
それには誰も抗議の声は上げなかった。
誰もが兄妹の姿に不満など言えるはずもなかったのだから。
こうして、ルルーシュとナナリーは女子寮の敷地内に住めることとなった。
「有り難う御座います、会長」
頭を下げたルルーシュにマリンは驚きに目を見開いた。
「お礼なんていいですわ。当然のことなのですから、ナナリーちゃんを大切にしてくださいな。では、失礼致します」
きびすを返したマリンの背中を見送っていると、背後から肩を叩かれた。
振り返ると、思った通りミレイがそこに居た。
「会長っていじりがいあるでしょ」
「人を玩具にするのが好きですね、副会長殿は」
「今年は覚悟しておきなさい」
「ご忠告どうも」
ナナリーの車椅子を押してルルーシュはミレイを通り過ぎていく。
その場に佇むミレイはにやりと笑みを見せるが、風とともにその顔は一瞬で消え去る。
「ルルーシュに必要な人って誰なのかしらね」
その言葉もまた、風と共に消えた。
◆あとがき◆
WHEREABOUTS 所在、ゆくえ。
最後に深読みしまくればスザルルに見えなくも・・・・・・。
ノーマルにも見えるかも。
なんとなく降ってきたネタです。
オリキャラの名前もテキトー。ははは。そんなものさ。
面白かったら幸いです。
更新日:2007/01/22
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