◇PREPARATION◇



無機質な薄暗い廊下を濃く青いマントで全身を覆う姿が一人で進んでいく。
清潔感はあるが現実味のない冷たい廊下はただ一人の足音を響かせているだけだ。

彼が突き当たりの扉の前で立ち止まれば、門番の軍人が一礼して奥の扉を開けた。
その扉をくぐり抜ければ、拘束着を身に纏い檻の中に入れられた初老から老人までの男達が此方を振り返る。

何人かの避難するような視線を受けても彼は動じることなく、その灰色がかった碧の瞳を揺らぐことさえもしない。

「お久し振りです、桐原さん」

数年前はおじいちゃんと多少の親しみを込めて呼ばれたはずだった。
だが、僅かの親しみもない声色に桐原は床に座ったまま自嘲を皺だらけの顔に浮かべる。

自分の目前で立ち止まったまだ少年と言ってもいい年頃の男を見上げれば、彼は人工物のように無機質な表情を顔に貼り付けていた。

「枢木スザク・・・・・・・・・七年・・・いや、八年振りだろうな」

「ええ」

「その制服は・・・」

見覚えのない白い服に濃い青色のマントは素人の目から見ても上質なものだと知れる。
何故そのような服を身に纏っているのかを問えば、スザクはただ淡々と告げた。

「皇帝陛下直属の騎士、ナイトオブラウンズに」

その言葉に桐原以外の者達が信じられないような目で見張る。
皇女の騎士だったとはいえ、こんなに僅かな期間で皇帝陛下の騎士になることなどどう考えても不可能だ。

「どうやって取り入った」

桐原が鋭く問えば、スザクは微かに笑った。
だが、それは優しさの欠片など無く、ただ、下を見るようなそんな笑い方だった。

「貴方はゼロの正体を知っていた。違いますか?」

「ッ・・・まさか」

桐原は最悪の結果に辿り着き、身震いした。

「彼を皇帝陛下に売り、僕はこの地位を手に入れた」

感情のない声に桐原は唇を噛む。
やり切れない思いで繋ごうとする声が思い通りに出ない。

それに焦れた周りの他の囚われたキョウト六家の者達が口を挟んでくる。

「桐原!貴様はゼロの正体を知っていて儂らには黙っていたというのか!」

「それさえ知っていれば我々がこんな目に遭うこともなかったはずだ!」

自分の言い分ばかりを叫ぶ彼らをスザクは初めて振り返る。

「煩い」

見下される視線に息を飲むが、それだけで押し黙る肝の小ささでもない彼らはまだ言い張る。

「虐殺皇女の騎士が偉そうなことを言うでない!」

「聞こえなかったのか、煩いと言っているんだ」

「貴様もキョウト六家の生き残りであろう!我らを侮辱するとは恥を知れ!」

「良いのか?自分の一言で死刑を早めることも出来る」

「ぐっ・・・ッ」

誰だって命は惜しいものだ。
可能性が低くても、此処から出されることを望んでいる。

静かになったところでスザクは再び桐原を振り返ろうとしたが、桐原と向き合うことなく、彼に横顔だけを晒すように立つ。
誰かと話し合う礼儀には背いているが、スザクはそれを理解しつつもあえて桐原の顔を真正面から見ることをしない。

「貴方は、彼の左目の力については知っていたんですか?」

「左目の力?何のことだ?」

「・・・知らなかったみたいですね」

スザクはそこで小さく息を吐く。
疲れたような、安堵したようなそれに桐原は面影を見つける。

桐原がギアスのことを知っていれば、C.C.についても聞き出す必要があった。
おそらく、ルルーシュは極力ギアスについては誰にも知られないようにしていたのであろう。
完璧主義である彼が桐原に打ち明けるとも考えつかない。

「お主は、何を・・・どこまで知っている」

「僕にも分かりません。それに、貴方よりも知っているとしても、今の僕にはどうにも出来ないことばかりだった」

「ゼロは・・・死んだのか?」

スザクが独り言のような返事を返したことで、一旦会話が区切れたと判断した桐原は一番気掛かりなことを聞いた。
世界情勢の情報が一切届かない牢獄では、スザクが唯一の情報源だ。

スザクは今度こそ桐原と真正面から向き合い、時間を置いてその口を開く。

「死にましたよ。ゼロは」

その言い回しに僅かな違和感があったものの、桐原はその言葉を真実と受け止めた。
既に外交の道具としても使えない者を生かしておくほど、ブリタニアという国は甘くはないことを知っている。

例え、それが皇子であろうとも、だ。

「お主らは友人だったはず。その情さえ忘れたか」

「いいえ、僕にとって彼は初めての敵で・・・」

一度言葉を切ったスザクを桐原が見上げれば、一番人間らしい表情に出会して目を見開いた。それも僅かな時間だったが。

「最悪の友達となった男です」

暗い瞳の色で告げたスザクの言葉が桐原が最期に聞いた彼の本当の音だった。
桐原にスザクは一礼して顔を上げる。

「桐原さんには色々お世話になりました」

俯いたスザクの表情を座っている桐原からは僅かに伺い知れた。
だが、それを桐原は自分の胸に秘めておくことを決めて瞼を閉じる。

スザクは青いマントを翻し、桐原達から姿を消した。



大切なものは全て掌から零れていく。
明日さえ無くなるのだろうと思うと、涙さえ流れない。
































◆あとがき◆

preparation 心構え、覚悟。

本編の9話でのスザクと神楽耶のやり取りでキョウト六家の方々が・・・なことを悲しんで追悼(?)です。
桐原さん・・・(泣)

それにしても、最近スザク視点な小説ばかり書いている気がします。


更新日:2008/06/29



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