◇FOXTAIL GRASS◇



アッシュフォード学園から政庁への道のりを歩いていたスザクはぼんやりとしていた頭を左右に振って顔をあげた。

「・・・あれ・・・?」

驚きに碧の瞳を丸くして辺りを見回す。
現在のエリア11に住宅街が無いというわけではないが、屋根の低い家など滅多に見掛けないはずである。

そもそも、政庁の周辺は都会であり、高層ビルがいくつも並んでいる。
スザクが懐かしさを覚えるような住宅街は近くにないのだ。

だが、それならば目の前の日本の雰囲気溢れる風景は一体何なのであろうか。

「参ったな・・・こんな道知らないのに」

さて、どうやって帰ろうかと首を傾げながらそれでも歩いていると、懐古趣味な屋敷が目に止まった。
何気なく、スザクは入り口の柵に手を触れる。

「ッ・・・」

入ってはいけないと本能が警告するが、手はそこから離れない。
悪いものは感じないが、その扉の先は今の自分を崩しかけないものを秘めている。

「いらっしゃい。中に入ってきて良いのよ」

そのままじっと立ち止まっていると、髪の長い女性が屋敷から現れ、スザクに近寄って柵を内側から開ける。
その女性は紫色のチャイナドレスを身に纏っており、スザクは首を傾げた。

「あ、いえ、ただ道に迷ってしまって。ところで、貴女は中華連邦の方ですか?」

「中華連邦なんて国はこの世界に無いわ。中国はあるけど」

「え?」

「貴方は違う世界から来たのね。次元をどうやって越えたのかは・・・ふぅん、成る程ね」

「あの・・・」

「立ち話も何だから入ってきて」

「いえ、それは」

「これは貴方の為でもあるわ。願いがあるからこの店に貴方は辿り着いた」

言霊に近いその言葉にスザクは目を見開く。
入ってはいけないという警告は鳴り響いているが、スザクは女性に施されるままに店の中に足を踏み入れた。

未だに後ろ髪を引かれるような嫌な感覚は拭えない。












小さな丸テーブルを挟み、スザクは白い椅子に腰を掛けると真っ直ぐに向かい合った女性を見つめた。

「私は壱原侑子。この店のオーナーよ」

「僕は」

「名前は言わなくていいわ」

「?」

「それじゃあ、貴方の願いを聞かせてもらいましょうか。対価を払えば叶えてあげるわ」

侑子は丸テーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗せてスザクを見つめる。

「僕に願いはありません」

きっぱりと言い放つスザクを侑子は無表情に見つめると、淡々と言葉を繋いでいく。

「願いが無ければこの店には入れないのよ」

「・・・願いそのものが無いわけじゃありませんが、誰かに叶えてもらう願いはありません」

「確かに貴方の一番の願いは私には叶えられない。対価が大きすぎて貴方には払えないから。けれど、貴方の二番目の願いはどうかしら?」

「二番・・・目?」

「そう。貴方は大切な人に嘘をついているわね」

「・・・・・・」

スザクが目を細めて侑子を見つめるが、侑子はただ楽しそうに口元に弧を描き、スザクの沈黙を肯定と取る。

「正しい嘘の意味としては一人に。けど、もう一人に誤った嘘をついてる。違うかしら」

「僕が嘘をついているのは一人だけです」

スザクはふわりと柔らかい笑顔を浮かべる少女を思い浮かべる。
守るべきナナリーという名の少女を。

「ええ。貴方はもう一人に嘘をついていることに気が付いていないからそう言っているだけ」

「それなら、もう一人は誰なんですか」

「貴方にとって大切な人は限られているはずよ」

「・・・・・・・・・」

「まだ気付かない?」

侑子は身を乗り出し、丸テーブルの向こうのスザクの顎の輪郭を人差し指で捕らえる。
スザクの瞳は侑子に向けられているが、見ているのは違うもの。違う世界。

漆黒とアメジストと。

「主様はここー」
「ここー」

「って、侑子さんが幼気(いたいけ)な青少年を毒牙にかけようとー!!!」

「どくがー」
「どくがー」

薄い水色の髪をツインテールに結った女の子とショートヘアの桃色の髪の女の子に両手を取られて部屋の扉から姿を現した学生服を着た少年は腕に貼り付いていた女の子二人が空中に飛んでいく程のリアクションで侑子を指差した。
その納得のいかない台詞に侑子の額に青筋が走る。

「四月一日、人に指を差しちゃいけないって教わらなかったの?」

「お、教わりしたよ!でもこの状況は明らかに侑子さんが彼を食べようとしてるじゃないっスか!」

「そんなことしてないわよ!」

侑子はむっすりとしながらスザクから手を離す。
スザクは周りの空気が変化したことで張り詰めていた糸を緩めた。

「ほら、やっぱり彼もホッとしてますよ」

「違うわ、さっきまで願いの話をしてたからよ」

ひそひそと耳打ちし合う四月一日と侑子をスザクは不思議そうに見つめたまま、今は何時だろうかと考える。
流石に会議の時間に遅れては不味いだろう。

「すみません、今何時でしょうか?」

「五時半よ」

「用事があるのでそろそろ」

「帰り方分からないんじゃなかった?」

「それは・・・そうなんですが」

「時間は大丈夫よ。貴方が答えを見つけられれば元の世界に戻れるから」

にっこりと微笑んだ侑子の台詞に驚いたのはスザクではなく、四月一日だ。

「え!?また異世界からのお客さんですか!?」

侑子とスザクを交互に見つめる四月一日にスザクは苦笑しつつ、自分も気になっていたことであることを思い出す。

「そうよ。アニメとかに出てくるロボットがいて軍人とテロリストが戦ってる世界ね」

「いや、でも、彼は俺と同じような学生服着てるじゃないですか」

「学業と他にもやってるわよね?本業は学生じゃないわ」

侑子が四月一日から視線をスザクに変える。
彼女が隣の学生に何を言っているかは分かるが、自分の常識と彼女らの常識に食い違いがあるらしい。

「はい。軍人です」

「ロボットもいるでしょ?」

「ナイトメアフレームのことでしょうか?」

「そう、それ。スーパーロボットみたいに大きくはないけど五メートルくらいの」

「スーパー・・・ロボット?」

「まぁ、それは置いといて」

「はあ・・・」

「それともう一つ。貴方の願いにも重要なキーワードとなる力が存在するわね」

「!?」

ガタッと丸テーブルに手をついてスザクは勢い良く立ち上がった。
それにビックリした四月一日がスザクを振り返るが、ゾクリと背筋を嫌なものが走る。

スザクの視線は侑子に向かっているが、その瞳はあまりにも恐ろしかった。
据わっているその灰色がかった碧の瞳は十代の少年が持ち得るものでは無い。決して。

視線の先の侑子は別段気にした様子は見せず、座高の高さ故に立ち上がったスザクを見上げる。

「人間に本性なんてものは存在しない。貴方の今の顔も、感情も貴方の一部。本物。だから隠しきるなんてことは出来ない」

「貴女は何が言いたい」

「どうして貴方は押し殺そうとしているのかしら?」

「何を・・・」

「貴方自身が気付いていない嘘に。いえ、本当は気付いているけれど、気付いていることさえ押し殺しているわ」

そこで侑子は初めて人間らしい表情を見せた。
苦そうな、眉を下げた表情にスザクは瞬く。

「答えは貴方の中に既にあるわ。もう嘘には気付いたでしょ?」

「・・・偽っていること」

スザクのその呟きだけでは全てを理解出来ないはずだが、侑子はそれだけで理解したように満足して大きく頷く。

「そう。それから、貴方の願いはそれに自分で気付くことだった。だから教えてあげたの」

「・・・・・・」

「対価は、そうね・・・鞄の中に入ってる猫じゃらしで良いわ」

「猫じゃらし、ですか?」

「ええ。持ってるでしょ?」

「持ってますけど・・・ちょっと待ってください」

スザクは椅子の横に置いていた学生鞄を手に取り、中に入れていたアーサー用の猫じゃらしを取り出して侑子に差し出した。
侑子はそれを手に取ると、二振りほどして口元を緩める。

「有り難う」

「いえ、僕の方こそ有り難う御座いました」

「店を出て貴方が来た方角に帰れば、元の世界に戻れるはずよ」

「そうなんですか?」

「帰れなかったら戻ってきて良いから」

「分かりました。えっと、お邪魔しました」

「それじゃあ、四月一日お見送りお願ーい」

「はーい」

四月一日が扉を開けてスザクを施す。
スザクは鞄の蓋を閉めて、侑子に一礼して部屋を出ていく。

玄関先でスリッパを脱いで靴を履いた瞬間に、家に上がるときに靴を脱いだのは数年振りであることに今更ながらに気付き、日本人特有の記憶は無意識に存在していたことを知った。

「あの・・・」

遠慮がちに声を掛けられたスザクは人好きのする笑顔で振り返った。

「何かな?」

その表情は先程見たスザクの冷たい眼差しなど嘘だったかのようで、四月一日は安心するが違和感は拭えなかった。

侑子は本性など人間には無いと言っていたが、なら素顔はどうなのだろうかと考えてしまう。
それを侑子に問えば、きっと、信じる信じないは自分自身が決めることだと返されると容易に予想出来たが。

「あー、ええっと・・・そのー」

「?」

聞いても良いのか今更になって考え出した四月一日の意味不明な声にも動じずにスザクは首を傾げてその続きを待っている。
意を決した四月一日は一度小さく息を吸った。

「こんなこと俺が聞く権利無いかもしれないんだけど、君が嘘をついている大切な人って誰なのかなって、思って」

「・・・今は大切な人なのか自分でも良く分からないんだ」

「え?」

「大切だったとは言える。でも、その人は何を思って、何を考えて、僕の目の前に立ちふさがり、あんなことを言ったのか分からなくて」

俯いて表情の見えないスザクが今どんな顔をしているのか四月一日には分からない。
だが、震えた声色は隠しようが無かった。

「君はその人のこと凄く考えてるんだね」

ハッとした表情でスザクは四月一日を見つめ返した。

「その人が君に思われてるって気付いたときに仲直り・・・かな?出来ると思うんだ」

「・・・・・・ありがとう」

そんな日が来れば、話してくれるだろうか。
そして、その時、その瞬間、その刹那。
自分は相手を憎まずにいられるだろうか。

こころに引っかかりを残したまま、スザクは店を出た。

















突如、世界は元に戻る。
戦いが終わらない世界に。
































◆あとがき◆

foxtail grass 猫じゃらし。

これはクロスオーバーというジャンルになるのでしょうか?
それともスピンオフ?Wパロ?
とりあえず、今のところはクロスオーバーにしておいて良いでしょうか。

ギアスにも魔女がいるので、もしかしたら次元越えられるかも・・・出来ないかな?


更新日:2008/06/01



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