◆Zwei wider◆









この基地で正式に職務を与えられるのは明日からだったが、かつての戦友三人で顔を合わせられる機会を確実に得るために少し早く新しい職場であるコロニーに男はやって来た。
自慢の髪をふわりと揺らした男は何処の基地も似たような創りだと感じ、年甲斐もなく迷子になる心配は無さそうだと息を吐く。
周囲がそれなりに忙しそうにしているのを視界に入れると、申し訳ない気持ちも湧いたが、向かい側から歩いてくる人物にその考えを振り切った。

「ミレースもこの基地の配属だったのか?」
「ええ。一週間前からですけど」

久し振りの挨拶の後にそんな会話を交わす。
ミレースはラーガンが明日からの勤務であることを職務柄知っていたので、あまり驚いた様子はない。けれど、早く着任しても仕事がないなら休日扱いだ。それなのに基地内で彷徨っている理由は何故なのかと不思議に思う。

「大尉は何か急ぎの用でも?」
「用ってほどのものでもないさ。俺はフリットの後釜だからな、今ならフリットとウルフの二人と直接話せるんじゃないかと思って」

フリットは“トルージンベース”への配属が決まっていることはミレースも承知の事実だ。けれど、彼女も彼女で思うところがあった。おかしい、と。
何でもかんでも疑うのは性分だが、神経質すぎるだろうかとその考えを一端は隅に置く。ラーガンが基地内に足を運んでいる理由は判ったので、ミレースは納得の表情をして、自分は仕事があるからとラーガンと通路を分かれた。

子供が大人になるくらいの年月は経ったはずだが、ミレースの実年齢はあの時から止まっているのではないかと錯覚するほどだ。何より姿勢が良いよなと、ラーガンは常々思っている。
浮き足立ちそうになるのを抑えつつ、ラーガンは当初の目的の為に進む。
ウルフは縄張りの確認なのか、割とふらふらと歩き回るところがあるので見当を付けるのは少し難しい。それとは逆にフリットは自分の居場所を決めている。大抵は格納庫のモビルスーツハンガーに齧り付いているからだ。

格納庫に辿り着いてモビルスーツが立ち並ぶハンガーの中でガンダムの白い姿を直ぐさま見つけ出した。けれど、張り付いているエンジニアに混じっている緑色が無い。
勘が外れたかと、やはり自分は常人でしかないのかと思った矢先、後ろから肩を叩かれた。何となく誰かが近づいてくる気配があったので、ラーガンはそれほど驚いた様子もなく振り返った。

「お久し振りですね」
「そんな堅苦しいのはいらねぇよ。また相棒頼むぜ」
「言われなくとも」

肩をすくめて返し、ウルフからの軽口を待っていたラーガンだが、少し様子が知っているものと違うと感じた。だから、訝しげな視線をウルフに向ければ、彼は察しが良いなと一度目をすっと細めた。

「フリットの裸を見た」

格納庫全体に響いたわけではないが、近くにいた整備士らは動きを一瞬止めた。各々が近くの者と言葉を交わし合うのをラーガンは聞いてしまう。

ついにやっちまったか。ウルフ大尉、アスノには態度少し違ったからな。赴任先別々になるから、そろそろだと思ってたね、俺は。

周りからはそういうふうに見られていたのかと思うが、重要なのはそこではない。ラーガンは此処では話せないとウルフに場所を変えるように申し出た。
人が通っていない通路の片隅に位置を落ち着けた二人は両隣で壁に背を預けている。

「やっぱり、お前は知ってたんだよな」
「まぁ。付き合いは長いですから」

何故自分には教えなかったんだと抗議してこないウルフをラーガンは不思議には思わない。そうしてこないほど、フリットが性別を隠してきた理由を知ってしまったのだと、聞かずとも気付いたからだ。

「最初は虚勢だったと思います。家族を失って、ノーラに来た頃は誰にも心を開かなかったそうですから」

ラーガンがフリットに初めて会った時には、既に男のように振る舞っていた。両親のつてを頼って来たものの、誰かを頼ることをフリット本人が拒んだ結果、一人で何とかしなければならないと行き着いたとしか考えられない。
それでも、ずっと男で通しているのは不可能であって。女性特有のものは成長すれば隠すのは難しくなる。軍に正式に入隊した時はフリットも男のようにしていることを一度やめたのだ。

けれど、事件に巻き込まれて、あんなことがあった。ラーガンが駆けつけた時には遅かった。今になってもフリットの側に寄り添っていた彼女達二人の泣き顔が忘れられないと、ラーガンは硬く目を閉じる。

それからまた、フリットは男として振る舞うようになった。前以上に。
軍に保管してある個人情報、IDカードや身分を証明するもの一切のデータを書き換えたのだ。勿論、全てフリットが一人でやったわけではない。グアバランの協力あってのことであり、ラーガンも一枚噛んでいる。

「どういう経緯で貴方がフリットの身体を見たかは咎めませんが、あまりフリットを」
「泣かした」

追い詰めるようなことはしてくれるなと続けようとしたが、ウルフが途中で言葉を挟んできた。ラーガンは言葉を切るしか無くなり、改めて口を開き直そうとして、口を閉じた。

ウルフは初対面の相手に印象悪く振る舞うところがある。次の出方を見て相手を見極めるためなのであろうが、誤解を招きやすい。
挟んできた言葉もそうだ。此方を信用してのことなら構わないが、受け取り間違えたら溝になりかねない。

フリットもプライドが高い方だ。人前で泣くようなことはしない。あの時だって、自分が駆けつけたときには大丈夫の一点張りで泣いていなかった。
ならば、ウルフがフリットを泣かしたわけではないだろう。誰かが泣かせられるような人間じゃない、フリットは。
自ら望んで晒したと表現すべきであり、泣かれたと言うのが正しいのではないか。けれど、それではフリットが一方的に縋ったようにしか聞こえない。それを理解した上で、ウルフは泣かしたと言ったのだろう。

ウルフが群を統べる狼の長なら、フリットは群からはぐれた一匹狼だ。
彼が自分とフリットは似ていると口にした時は首を傾げたが、今となっては何となく理解出来た。そして、ウルフがフリットを気に掛けることも。
肩で息を吐いたラーガンは、そっとバイザーに手を掛けてずらした。

「女だと分かって、抱こうとでもしましたか」

素の目を向けて、彼の望み通りに咎めてやった。
蒼い瞳がラーガンに向けられることなく、ウルフは自嘲を含めて口元を歪めた。

「だったら?」

バイザーが落ちて地面で跳ねる音が木霊した。
ラーガンはウルフに真正面から向かい合い、掴み掛かる。けれど、それ以上の行動には出ようとしなかった。

このまま殴られるのが狼の望みだ。だが、本当に望んでいるのはフリットからの怒り。
彼女の代わりを引き受けることが、ラーガンは嫌なのではない。それで納得して、すべて無かったことにしようとしているこの男が気に入らないのだ。
何故、向き合おうとしないのかと。

「……お人好しだな」

苦笑して言った。此方の胸ぐらを掴んでいる手が震えているのを見て、ウルフはその震えに任せれば楽なくせにと目を伏せた。
途中までは思惑通りに行動してみせたのにも関わらず、これだ。ラーガンがそういう男だとウルフとて分かっていた。本当に勘が良すぎて、敵にまわってくれない。
自分自身を一か八かの賭けに使うのは得意だが、相手に任せる賭けは得意ではないらしい。

ウルフは既に力の入っていないラーガンの手を軽い仕草で払って、その場から去った。
呼び止めようとする声は耳に届いていたが、狼は振り返ることも、足を止めることもしなかった。







ベッドから身を起こしたフリットはバスタオルを巻き直して手元の端末に視線を落としていた。
短い文面を読み終え、フリットはベッドを降りて自室のデスクに向かう。腰掛けて、自作のパソコンに電源を入れた。

ディスプレイが淡く青白い光りを放つと、キーに指で触れて操作する。届いているメッセージを開き、添付されているファイルを無駄な動き一つせず開けていった。
総てに目を通し終えたフリットはそうだったのかと、椅子から立ち上がる。それを見上げるようにしてくるハロに構ってやれる余裕はなく、フリットはバスタオルを落として衣服を手に取る。けれど、ショーツだけ身に付けたままで、衣装箪笥から新しいサポーターを取り出した。

胸を戒めて思うのは、偽っているということだ。だが、身体を虚構することで成すべき事に虚構を張らずにいられた。意志こそ真実だと。
ジャケットに袖を通したフリットは、それが間違ったことだとは思わない。それでも、嘘を吐くのは苦手だと、パソコンを閉じた。

「行きたくないな」

“トルージンベース”へもだが、この部屋を出ることも。しかし、変えたいのなら行動を起こすしかないのだ。ウルフのことに関しては変えたくないから出たくないのだけれど。

首筋を掌で押さえて視線を下げる。怖かった、とは感じていたが、時間が経った今は別のものもあったような気もしている。それを探ろうとして首にある手を降ろしていき、触れられたところをゆっくりと指で辿っていく。
潰した胸に辿り着いた瞬間にグローブをし忘れたと、フリットは顔を一度上げて後ろのベッドを振り返る。ベッド上には見当たらなく、それより下に視線を落とせば目的の物があった。それを拾い上げて手を覆う。
自分の手に馴染んだグローブを慣らす必要はないが、フリットは僅かに掲げるように持ち上げた右手に視線を落とし、強く握った。

手の中にある決意は違えない。あの日、マグマのような炎に掻き消された母の言葉を忘れたことなどないのだ。
決めたのは、自分。選んだのは、自分。これから自分が成そうとすることに何を躊躇う必要があるというのか。
フリットはAGEデバイスをその手に掴んだ。







自室を後にしたフリットは基地内にある戦艦用格納庫まで足を運んだ。AGEシステムに関わることは全てフリットに一任されているようなものであり、警備の者達は誰もフリットの行動に疑念を抱かずにじっと動かずにいる。

リフトを使ってディーヴァに乗り込み、無人の艦内を進む。ハロも後を追いかけて来ている。
AGEビルダー制御室まで来ると、フリットはハロをPCモードにしてAGEデバイスと繋いだ。制御室のコンピュータとも繋げば、痕跡を残さずに連邦内部の情報は引き出せる。AGEシステム自体が軍の秘匿扱いでもあるし、量子コンピュータにグルーデックの情報処理技術を加え込んでいるのだ。

自分の赴任地移動の件に関わっている人間をリストアップし、フリットは彼らの役職や関わりのある企業などを重点にして目を通していく。交友関係が事細かに記されているわけではないので、そこから相関図を読み取る。
こういう分野には明るくはないが、フリットとて全く知らないわけではない。だから、導き出して繋がっていく線に眉をしかめた。

「何してるんだ?」

慌てた素振りは見せず、フリットは声がした方をゆっくりと振り返る。

「調べ物だよ、ディケ」
「いやお前、調べ物って、これ見つかったらヤバいだろ」

ディケはフリットに近寄っていき、ハロの画面と制御室の画面に映し出されているものを見て低く上擦った声をあげる。それに対して、見つからなければ問題無いさとフリットは頷く。
けれど、見つかったとしても、それならそれで構わない。自分が取るべき行動を変えるつもりなどないのだから。

「断ってもいいんだけどさ」

突然そう切り出したフリットをディケは見上げる。彼女は画面に視線を落としたままだった。それが少し上がって真正面を見据える横顔はディケが何度も見たことがあるものだ。

「共犯者になってくれないかな」

言い終えてから、此方を見たフリットにディケは肩をすくめる。話を聞こうという合図だ。明確な理由も目的もなく、フリットがそんなことを言い出すわけがない。
この画面に出されているものを見ても不穏な空気がある。

「オレがトルージンベースの基地に赴任する日、ヴェイガンがそこを襲撃しに来る」

衝撃的な内容だが、ディケは真実味に欠ける話だと首を傾げる。そもそも、どんな根拠でそうなるのだ。“トルージンベース”と言ったら田舎の中の田舎だ。大企業があるわけでもないし、人口はそれなりだが、若い連中は別のコロニーに居住地を求めに行く者が多く、高齢化が進んでいるとも聞く。
そんな場所を襲撃するメリットが…。無いと思ったが、ある。
ディケはAGEビルダーに視線を送ってから、再びフリットを見た。

「ガンダムが狙いか」
「そういうこと。基地に配属される部隊も一つ。オレが受け持つ部下も実戦経験が少ない者達ばかりだ」

辺境の地ならば経験の少ない者が集められても不審には思われない。モビルスーツ部隊が一つだけでも、それで言い訳が通る。
最前線で使えるはずのガンダムを有効利用しないのは、上層部も考えあってのことだ。

AGEシステムはロストテクノロジーが生み出したものであり、銀の杯条約が表向きは有効な現状では公然に出来ない。ガンダムの進化もパイロットに合わせてウェアや武器をシステムが導き出すので、Xラウンダーであるフリットがパイロットでは導き出された設計図をもとに量産しても扱える人間が限られてしまう。
ならば改良していけば良いのだが、それを何度も繰り返すことになればコストの無駄だと考える者も多くいる。実際、そこが障害となっていて、ガンダムタイプの量産機は未だ手付かずの状態だった。

「大方、ガンダムの消滅を条件に和平を結ぶつもりだろうけど。ヴェイガンがそんなに友好的な相手なら、ノーラはまだ残っていたよ」
「まぁな、そこは同感だ」

今更ガンダム一機で片が付くものだったら、安いものだ。けれど、それで終わる根拠こそ何処にあるというのか。
ヴェイガンの上層部と連邦の上層部が手を組んでいるとしても、互いに腹の探り合いをしていることだろう。

「それで、此処に映し出されてるのは首相、だよな?」

言葉尻を小声で尋ねてくるディケにフリットは苦笑した後で目を眇(すが)める。やはり、危ない橋なのだ。連邦国家首相の命に叛(そむ)くということは。

今は見習いなどではなく、機械工学の知識を十分過ぎるほど蓄えたディケはAGEシステム専任の正式なエンジニアだった。彼が協力してくれたら心強いのだが、無理強いをするつもりはない。バルガスもまだ現役でいるし、悲観になる必要はないから。

「無理に誘うつもりはないよ。ディケが決めてくれ」

これから自分はあらゆる事に逆らい続けることになるのだ。それに巻き込む形になってしまう。八年前も成り行きとは言え、巻き込んでしまった。やれることがあるならやると決めたのはディケ本人だが、今回は選択の余地がある。

「此処で俺が断って、お前のことをリークしないって保証も無いだろ」
「ディケはそんなことしない」

迷い無く言われ、ディケは頭に巻いているバンダナを目深に被るように下げた。
そういう奴だとはもう分かっている。大きなものを疑うことはしても、個人を疑うことはしない。そこがフリットの内にある正義感のズレだが、ディケは悪いことではないと感じている。

「腐れ縁みたいなもんだよ、もう。こうなったら最後まで付き合ってやるのがダチのよしみだ」

此処まで聞いておいて、平常心で傍観など出来はしない。家族には一切連絡を入れない方が良いだろうと考えながら、そう言った。
けれど、安堵した顔を見せないフリットに水臭いとディケは鼻を鳴らす。

「ごめ…」
「謝るなよ。俺は俺の意志で荷担するんだ」

謝罪など意味は無い。だから、フリットに最後まで言わせない。
フリットは遮られてしまい、言うべき言葉を見失って。瞬きしてから多分、見つけた。

「……有り難う」

まだ安堵しきったものではなく、困惑を含ませた表情だったが、ディケは十分だと頷いて共犯者になることを了承する。
しかし、フリットはまだ此処で情報を得ている段階ということは、今の話はまだ自分にしかしていないのではないかとディケは思う。

「しかしよぉ、他に協力してくれそうな奴はいるのか?」
「今は、まだ。ラーガンに話を通せれば、八年前にディーヴァのクルーだった人達から何人か厳選出来るけど」

彼がこの基地に赴任するのは明日だ。連絡手段が無いわけではないが、時間がなさ過ぎるだろう。人員不足で乗り切っていくしかないと、顎を指で支えて思案する。

「ラーガンのおっさんなら、さっき見掛けたぞ」

瞠目(どうもく)してディケを見遣れば、彼は嘘じゃないと首を縦に振った。
顔を合わせたわけではないが、あの特徴的な髪をした後ろ姿はラーガンに間違い無い。此処に来る前にそれらしき人物を見掛けたと言えば、フリットはふむと少し顎を引いた。
此処での情報収集を終えたら、ラーガンと会って話をしようと考える。

「ウルフの奴にも話を通すなら、人事関係もハッキングしておいた方が良いな」

ラーガンの話になり、そこから連想でウルフのことに至ったディケは深く考えずに、ごく当たり前にその名を口にした。
けれど、フリットから何も反応が返ってこないことを不可思議に思い、コンピュータの画面から顔を離した。

「何だ。もう話は済ませてるのか?」

ウルフとフリットはこの基地で各モビルスーツ部隊の総部隊長と言える立場にあった。元々はフリットもいずれかのモビルスーツ部隊の一つに加わる予定であったが、ウルフがそれを掻っ攫(さら)ったのだ。自分の相棒にするからと。
実際、ウルフのGエグゼスの動きに着いていけるのはフリットのガンダムだけだった。だから僚機が務まっているし、二筋の流星とウルフとフリットの二人一組を言い表す通り名が成立している。

移動後は中尉になるはずだが、現時点で少尉であるフリットが隊長を名乗るのは異例と見られてしまうので、ウルフに隊長という肩書きが付いている。粗方、フリットに何らかの矛先が向かないようにウルフが配慮したのだろう。
そんな間柄であるから、フリットがウルフに最初にこの話を切り出している可能性は高いと思ったが。

「そうじゃなくて」

首筋に手を当てて、フリットは視線を横に流す。そういう癖は無かったはずだと、フリットの首にディケは視線を向けた。

「ウルフさんには、その」
「お前が言えば協力してくれるだろ、あの男なら」
「そんなことしたら、この基地が人員不足になる」

フリットらしからぬ発言だと、ディケは眉を詰める。基地の人員不足をやり過ごすために先程、自分は人事関係のハッキングをすべきだと口にしたのだ。
ウルフやラーガンと肩を合わせられるくらいの人材をこの基地に派遣することは可能だった。それくらいのことはフリットとて判っているはずだ。

「本気で言ってるのか、お前」

目を伏せたフリットは未だに首から手を放そうとしない。人員不足がどうのこうのでフリットが渋っているのではないと勘づいたディケは小さく息を吐いた。

「ウルフと何かあったのか?」
「……何も」
「さっきから、ずっと首押さえたままだぞ」

肩を跳ねさせて咄嗟に首から手を放したフリットに嘘が吐けない奴だなと、ディケは頭を掻く。
そんなディケの様子に、フリットは仕方ないと重たい口を開いた。

「ウルフさんに、裸見られた」
「………」

言葉が理解出来ない幼子のような顔を向けるディケに、フリットはそんな目で見てくれるなと視線を逸らした。
暫くの沈黙の後、ディケは難しい顔をする。

「お前は平気なのか?」

何を指して平気かと訊いているのかは分かる。ディケは間接的にだが、一年以上前にあったことを耳にしていた。その直後に会ったフリットに酷く怯えられたことも憶えている。
今ではすっかり元通りに立ち直っているが、全てが完全に戻ったわけではない。特に外見がそうだ。
誰もそれを咎めようとはしなかった。あのエミリーが咎めることをしなかったのだ。ディケが口を挟めることではない。

「見られたのは、しょうがないんだけど」

今更時間は巻き戻せないことであるしと、フリットは知られてしまったことに関してはどうしようもないと腹を決めていた。けれど、言葉尻に彼女の揺れを感じたディケはそれでと続きを催促するように手を振った。

「抱かれそうになった」
「………」

また幼子のような顔をされて、フリットはそれやめてくれないかなと目を閉じて口をへの字に曲げた。眉間に力が入ってることを自覚するが、解しても意味がないだろうとそのままだ。

「言っとくけど、ちょっと触られただけだから」

ウルフだって、あれ以上の経験は数え切れないくらいしているであろう。それに本気だったとも限らない。そう思って口にしたが、何だか言い訳臭くなってしまった感じは否めない。それに気付いて、フリットはじわりとした熱が首から上がってくることを遮れなかった。
ずっと目を閉じていたからその場では恐怖しかなかったが、触れてきていたのがウルフならばと考えそうになる。あの手の感触は何か違ったから。

思い出して身体中の熱さが増しそうになって、フリットは自分にはやるべきことがあるとコンピュータとハロに向かい合って、作業に専念しようとする。
その横顔を見て、ディケは自分も続いてフリットの作業を手伝う。

「元気そうで何よりだよ」

返事がないのはフリットが切り替え早く作業に集中しているからだ。ディケも独り言のつもりで言っただけなので、それで構わない。
本人は自覚していないのだろうが、彼女はあの日からちゃんと先に進めている。これからは、ウルフがどうフリットに接してくるかが全ての境界線となり得るが、その線を如何様にするのもフリット次第だ。

正直なところ、ウルフはフリットにそういうのを求めないだろうと思っていた。気に掛けている節はあったが、それは人生の先輩として見れば、フリットに危なっかしいところがあるからだ。
ディケはフリットと歳は変わらないが、二人が一緒にいるところを見る度にそう感じていたし、ウルフもそういうつもりだっただろう。
そんなことを考えていれば、そこで一つの仮説にディケは辿り着いた。

「頭が良い奴に惹かれるのか」

ウルフを馬鹿だと言い表すつもりはないが、自分と比べてもたまに教養が行き届いていない言動がある。それに振り回されて、呆れた顔をしているフリットを見掛けたのも一度や二度ではない。
頭の回転が速く、秀明なミレースに度々声を掛けていたこともある。いつもあしらわれていた記憶しかないが。その分、フリットはつつけば何かしらの反応を返すから構い続けていたのだろう。

そう考えれば、同じ男として分からんでもないとディケはフリットを横目で伺った。
忙しなく作業する手元を一切見ずに、画面から視線を外さない様は見慣れきった。ずっと昔はそういう冷めた涼しさが気に障っていたものだが、そういう奴なんだと分かれば何と言うことはない。
そんな一筋縄ではいかない此奴を動かすのは難しいと、ディケはリストに表示されている政府関係者に視線を落とした。
自分が想像しているものより果てしない混沌とした深みがそこには滲んでいる。





























◆後書き◆

ウルフとラーガンの組み合わせは良いですよね。相棒的な間柄とか熱い感じだと素敵なスパイスの出来上がりです。

仲間だとウルフさんが認識するのは自分と似てて同類と感じた人で、興味が惹かれるのは頭が良い人なのかと思ってみたり。
ミレースさんもラーガンも勘が良いですし。だからフリットのことも構っているんじゃないかと。

モビルスーツ部隊のどこかに入る予定だったフリットを掻っ攫っていくウルフさんは書きたいですね。書くなら単品でBLにしてしまいそうですが。

zwei=2
wider=反響

更新日:2012/11/09








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