◆Nebel◆









一人で考えたいと、アセムはアリーサ達に邪魔されない場所をと辿り着いたのが民間人用の居住区画だった。
けれど、此処に来てしまったのは間違いだったとアセムは後悔することになる。

自分達の隊長であるウルフと自分の母であるフリットが抱き合っている瞬間を見てしまったのだ。どう見てもフリットからウルフに唇を寄せていた。
その瞬間は目が離せなかったが、ウルフの手がフリットの腿を明らかな意図を持って触れ始めるのをアセムは見ていることが出来なくてその場から足音がしないようにゆっくりと離れてから、駆けだした。







ヴェイガン製のその特殊なヘルメットは常人であっても脳のX領域を刺激して研ぎ澄まされた知覚を得ることが出来る。だが、その代償として脳を損傷させるデメリットがあり、その危険性をアセムは十分に理解してくれていたとフリットは思っていた。

振り返れば、アセムが言いたいことに最後まで耳を傾けていなかったのかもしれない。
だからミレースやウルフに任せずに自ら諭すために横たわっていたアセムを起こしてその傍らに腰掛けたフリットは同じことを繰り返さないように言い聞かせる。

「お前は自分が何をしたのか判っているのか?」
「………」

無言を貫いて視線を合わせようとしないアセムにフリットは憤りを覚える。
Xラウンダーの適正が無いとアセム自身が検査で知った時、それならばアセムは進むべき道を変えるのではないかと考えた。今の国家の在り方を変えたいならば政治方面へ行くはずだと。後々のコネクションを広げるために軍に入ってから政治家になる人間も少なくはない。
アセムが望むならばフリットはバックアップを惜しまないつもりだった。
けれど、そのようなことをアセムは微塵も考えてはいないのだろう。

「アセム、ミューセルは危険なものだと言ったはずだ」

己以外の仲間の命までをも危険な状況へと招いたことをアセムが理解出来ていないはずがない。フリットは言葉を交わそうとしないアセムに母親の顔はせずにきつく言うしかなかった。

「二度と上官に背くな」

フリットはそうアセムに残し、部屋を出て行った。
ウルフはフリットの背中を扉が閉まった後も暫く見送ってから顔を曇らせているアセムに問いかける。

「そんなにXラウンダーになりたいか?」
「…だって、そうでもしないと」

フリット・アスノの息子という肩書きはアセムにとって重荷になっている。彼女の子供ならば出来て当たり前だと周りは見ているからだ。
いっそのこと何も出来ない不出来な息子であれば周囲も諦めたかもしれないが、アセムは落ちぶれた人間でもなければ能力のない人間でもなかった。

ウルフはアセムの言葉を聞いてから教導団で教官を務めていたラーガンのアセムに対する評価を思い出す。
アセムにはフリットより優れている部分は確かにあるのだ。本人はそれを自覚していないし、教えたところで真に受けたりもしないのは目に見えているが。

「お前はこの間の戦闘で敵のXラウンダーを墜としたはずだ」
「…それは」
「俺もXラウンダーを墜とした。お前と同じように俺もXラウンダーなんかじゃない」

腕と経験があれば未曾有の敵をも倒すことが出来る。それをウルフは自分もアセムも実証しているではないかと言う。
ベッドに歩み寄ってどかりと腰を下ろしたウルフは拳でアセムの胸を小突いた。すれば、反射したようにアセムが顔を上げる。

「ここが弱い奴はどれだけ優れていようが、どれだけ強い機体に乗っていようが最後には負ける。本当の強さはここにあるってことを覚えておけ」

理屈を並べるよりも精神的な面を出して少し格好付けた言葉を並べたほうが思春期の男は靡(なび)くものだ。
アセムは小突かれた心を見下ろして、胸の内の靄(もや)が晴れたような気がした。はっきりと頷いたアセムにウルフは苦笑しながらベッドから立ち上がる。

「ああ、でもな、乗ってる機体は誇れよ」

首を捻って自分を見下ろすウルフにアセムは気付かれないようにシーツをぐっと握り込んだ。

軍人が乗るモビルスーツは棺桶の意味合いが強いが、ウルフは自分の愛機をそんな目で見たこともなければ、他のモビルスーツも同様だ。
それに、AGE-2は特別であることも知っている。アセムが産まれたと同時に開発のための計画が始まった二機目となるガンダムはフリットがアセムの為に創ったものだと言っても過言ではない。
アスノの血筋は避けられないものだと確信していたフリットがアセムの鎧として彼自身を守るために実現させたモビルスーツだった。

それだけは分かって欲しいとウルフは思う。けれど、アセムはウルフの言葉の端からフリットを庇う意味合いを得て、先日目にした光景を思い出してしまった。
少しだけ冷静になった後はフリットからウルフを求めるはずがないと行き着いて、見間違いだったと今まで自分に言い聞かせていたのだ。

何も返さないアセムにこれは少し難しいなと、ウルフは首後ろに手を当てて自分も部屋を出て行こうとする。
ただ、扉の前で立ち止まってアセムを振り返らずに言う。

「変わりたいと思うなら、お前はお前のまま変われ」

ウルフが部屋から出て行けば、アセムだけがその場に取り残される。
アセムは自分が得ている感情の名前も分からなければ、形すらはっきりせず手に出来ないそれを心に抱えた。

「…隊長が父親だったら良かったのに」

だから、何故そんなことを口から漏らしたのかアセムには見当が付かず、そのまま眠りに落ちた。







ウルフは通路を少し進んだ先で壁に背を預けているフリットに気付き、フリットもまた此方にやって来るウルフに気付いて壁から背を離した。

「アセムは…」

不安そうに問うてくるフリットにそういう母親としての顔をアセムにしてやれば良いのにとウルフは思ったが、彼女の立場からしたら不可能なのも知っている。特に今の状況では。

「同じ事は繰り返さんだろ。それに、お前が信じてやらないでどうする」
「そう、ですね」

曇らせていた表情は僅かに和らいだが、アセムがミューセルを使ったこと以外にも思うところがあるフリットは蟠(わだかま)りを拭いきれなかった。
そんなフリットの肩をウルフは自分に抱き寄せる。

「お前にばっかり嫌な役回りさせてるよな」

此処は“トルディア”ではなく、軍という上下関係が厳しい世界だ。母親としてアセムに接すれば立場が危うくなるのはアセムなのだ。だから、上官として線引きをしたフリットはアセムからすれば理不尽だと感じるような言葉を度々投げた。
それらを端から見る度にウルフはフリットとアセムの双方にやりきれない感情を得ている。父親としてアセムに対峙出来ていないからこそ、フリットに対しても負い目があった。

「それは良いんですよ。僕が、そうするべきだと決めたことですから」

だから、貴方が気にすることはないのだと、フリットは肩に置かれたウルフの手に自分の手を重ねた。その温もりと同時にフリットが言外に含めたものを悟ってウルフは安堵して情けないと己を評価した。
父親だとウルフがアセムに伝えるのは焦らなくていいとフリットは思っている。その事実をアセムに言えば、本人の抱えるものが軽くなるのか重くなるのか。それが分からなくてフリットもまた臆病になっていた。

「けど、アセムを見ていると貴方の子だなって、やっぱり思います」
「俺はあんな無茶しないぞ」
「そうじゃないですよ。二刀流で戦うの好きじゃないですか、二人とも」

アセムがAGE-2に乗る以前はXラウンダーの適正を把握する名目もあり、AGE-1で“トルディア”を守らせていた。その時の戦闘データからもアセムが二刀流を得意としているのは明白だった。
ウルフはウルフで無茶をしているだろうと言うのは止めておこうとフリットは思う。それは自分も無茶をした覚えが少なからずあるからだが。

「ああ、そういや、そうだな」

ウルフにしては珍しく歯切れが悪いのは似ているところがあるとフリットから言われて気恥ずかしくなったからだ。
視線を上にあげたウルフに滅多に見ない反応だとフリットは物珍しそうに彼を見上げて笑みを得る。

「…笑うな」
「すみません。でも、良かったですね」

嬉しいという感情を表に出すのが難しい歳なのは分かっているが、ぎこちない態度でも伝わってくる。だから、フリットは良かったと分かち合う言葉を口にした。

「ったく、慰めに来たんだがな」
「それはもう十分です」

寄り添い合っている状況を思い出したフリットはウルフから離れようとしたが、まだ十分じゃないだろとウルフはフリットを自分の胸に引き寄せて柔らかい髪を撫でるように梳く。
大人しくされるがままのフリットを可愛いと、その顎の下に手を入れて顔を上げさせた。

「通路の真ん中でイチャイチャしないで下さい」

咳払いと共に投げかけられた言葉にウルフから一歩引いて身を固くしたフリットが視界に入れたのは艦長であるミレースとオペレーターの二人、システム統括を担当しているイリシャ・ムライと指揮通信補佐のウィルナ・ジャニスティ、それに航行統括を担っているアラン・ライトニーだ。その後ろにウルフ隊の副隊長を務めているオブライトが続いて来る。

フリットが未だに身を固くして動けないでいる隙にウルフは彼女の前髪を手で掻き上げるようにして顕わになった額に口付けた。
ミレースが目の前で繰り広げられた光景に頭を抱えるより先に、ウルフの行動に驚いたフリットが勢いよく後ろに下がったことで壁に頭を打ち付ける。ゴッという鈍い音が響いた。
フリットは自分の後頭部に手を持っていこうとしたが、その前にウルフがぶつけた箇所を撫でてきた。

「すまん、痛かったな」

少し涙目になっているフリットは先に謝られたら咎めにくいではないかと視線を逸らしたが、その先にミレース達がいるのを見て行き場を失っていた手でウルフの腕を退かした。

「ミーティングに遅れるなよ。私は先に行く」

フリットは総司令官としての言葉をウルフに掛けて、その場から少し足早に去っていく。それを視線で見送って、フリットの姿が見えなくなったところでイリシャが肘でウルフを小突いた。

「司令まで口説くってどんだけ見境ないんですかねー」

女性をたらし込むなら白い狼に訊けと軍内部の男性陣が教訓としている言葉はイリシャの耳にも届いているくらい有名であった。
だが、総司令官であるフリットにまで手を出すのは自分の首を飛ばすようなものだ。そこまで女に飢えているのかとイリシャがジト目を向ければ、ウルフは無言の後で肩を竦める。

「ムライ中尉、それは誤解よ」

ミレースの言葉にウルフとオブライト以外が注視する。胸の内で「貸しですからね」と呟いたミレースはウルフに視線を送ってからイリシャに向き直る。

「司令と少佐は結婚してないだけで、アセム伍長もその妹さんも二人の子なの」
「え?」

首を傾げたのはイリシャだけではなく、ウィルナとアランもだ。

「待ってください、司令は未亡人じゃないんですか?」

ウィルナは軍に入る前からメディアで聞き及んだ情報では確かそうだったとミレースに訊けば、彼女は首を横に振った。

「世間にはそう言ってあるだけよ」

流石にフリットが根回しして出任せを複数用意したり、事実を公表しないように取り計らったことは言えず、ミレースは差し障りのない言葉を選んだ。
それと、アセムが事実を知らないことも含める。

「誤解は解けたし、もう良いよな」
「まだ解決してませんよ。アセム伍長が今…ですから、えっと、司令が…」

ウルフがその場を後にしようとブリーフィングルームに足を向けたが、ちょっと待ったとイリシャが引き留める。
計算を始めたイリシャが暫くして答えに行き着いたらしく身体を強張らせた。

「二十二で孕ませたんですか!?」
「ちょっとイリシャ、声が大きい」

ウィルナが嗜めれば、イリシャもアセムが休んでいる部屋が近かったことを思い出して自分を落ち着かせようと試みるが頭の中は混乱気味だ。

「成人してたんだし問題ないだろ」
「「うわー」」

だが、ウルフの発言に冷静なウィルナもイリシャと同じ反応をしてしまう。
現在では十八まで成人年齢は引き下げられているが、当時にしても二十を過ぎていれば成人として見なされていた。そう考えれば確かに問題は無いのだろうが、イリシャとウィルナはとっくにその歳を過ぎていることを思えば尚更ウルフの発言は正直頂けない。

「しかし、司令があんな反応するとは意外でした」

アランが言えば、イリシャも確かにと先程フリットが頭をぶつけた壁に視線を向けて考える素振りをみせる。

「司令ってちょっと怖いし、ね」

ウィルナの言にウルフは首を傾げるが、離れたところからしか見る機会がないとそう感じるのだろうかと考える。
彼女の言葉に同意を示すのはイリシャとアランで、隙が無く非の打ち所がないフリットは完璧すぎて近寄り難い存在だ。ブリッジで共にする時間に慣れては来たが、未だに会話一つとっても緊張が拭えないのは他のブリッジクルーのメンバーも一緒のはずである。

「頭ぶつける司令も始めて見ましたけど、ウルフ少佐と出来てたってことが一番意外だわ」

演劇の一場面のように大げさに頭を抱えるイリシャは本当に意外だともう一度口にする。
若い頃は相当のプレイボーイだと言われていた少佐と経歴からして優等生の道を歩んできたであろう司令がそんな関係になり得る接点がどうしても見つからない。それに性格が真逆に近いような気がするとウルフを見遣ったイリシャは遠慮もなく口を開いた。

「司令のどこが良いんですか?」

今までにも何度も訊かれた台詞にウルフはまたかと思いこそすれ、その答えは昔ほど自分自身でも分からない理由ではなくなった。

「気になり出したら止められないもんだろ」

最初は獲物だとは意識していなかったが、匂いだとか髪の触り心地が忘れられなくて気が付けば嗅覚と触覚を頼りに視覚がフリットを追い続けていた。
今でもそれが止められないのはお互いの立場上共に過ごせる時間が少ないからではない。そう断言出来るほど今、この瞬間もフリットに惹かれているし、欲している。

「そういうものですかねぇ」
「オブライト、お前は分かるだろ」

首を傾げるイリシャに構わず、ウルフはオブライトにのし掛かるようにその肩に腕を回した。ウルフの熱いスキンシップにはもう慣れたものでオブライトは顔色一つ変えずに「何がですか?」と問い返す。

「あの子、整備のさぁ確か、レミって言ったか?」
「い゛、あ、あの、あのですねっ」

だが、想い人の名が出てきたことに上擦った声をあげたオブライトはポーカーフェイスもままならず、体中から湯気を立ちのぼらせる。
幾日か前に告白の仕方を御指南頂きたいと申し込んできたオブライトをウルフは忘れもしない。その後告白したのか撃沈しているオブライトを見掛けたが、この様子ではまだ諦めていないだろう。

「お前も気になるのは止められんだろ?」
「それは、何とも」

咄嗟にいつものウルフのからかい癖だと顔を誰もいないところに向けたオブライトに連れないなと肩を竦めたウルフは次にアランと顔を合わせた。ウルフが何か言う前に視線で逃げたアランに無理強いまですることはないとウルフはオブライトを連れてフリットの後を追うようにブリーフィングルームに向かった。

先に行ってしまった二人にミレースも私達も行きましょうと施すが、イリシャだけはまだ納得がいかないように快活さが表れているショートカットの髪を自らの両手で掻き乱す。

「やっぱり分からないわ!」
「そんなに気になるなら、後で良いもの見せてあげる」
「え?」

作戦会議が始まるまで時間はあまり無いからその後でと、ミレースは歩を進めていく。
イリシャは自分の左右に立つウィルナとアランを交互に見た後、アランは先に行ってしまい、「行くわよ」とウィルナに声を掛けられてようやく前に進んだ。







ブリーフィングルームにはブリッジの半数にあたるメンバーと各モビルスーツ部隊の隊長と副隊長が集められ、フリットは戦艦ディーヴァをスペースコロニー“ノートラム”に入港させた後、アマデウスと合流する旨を述べる。

皆の視線の先にあるスクリーンに“ノートラム”を中心に近傍宙域が簡略図で映し出され、まとまった艦隊が“ノートラム”に向かってきていることを示していた。これはフリットが独自に解析したデータを元に予測した事態への対策である。
故に、スクリーンに映る艦隊は地球に一番近いコロニーである“ノートラム”をヴェイガンからの襲撃に備えてビックリング基地から出港してきた艦隊群だった。

その予測を一笑に付す者はいないが、“ノートラム”が“エンジェル”や“ノーラ”のようにならないことに越したことはなく、間違いではないのかと表情を歪める者は少なからずいた。
フリットは空気の変化に気付きはしたが、気に留めずに淡々とした口調で説明を続けていく。細かな質疑応答をも終えたところでフリットは区切りを付けた。

「ノートラムに入港後、本作戦の最終確認をする。各自解散してくれ」

それを合図に緊張を僅かに解した面々は隣り合う者と言葉を交わしたり、部下に耳にした内容を伝えるべくブリーフィングルームから出て行く者と様々だ。フリットは自分が最後に出て行くことを常としているので、作戦についてもう一度頭に叩き込むためにスクリーンに目を向ける。

ヴェイガンを示す艦隊が“ノートラム”に向かってくるのを睨み付けようとしたのだが、突然切り替わった画面にフリットはみるみるうちに頬を赤らめた。

「アスノ司令、ご報告したいことがあります」

冷静に喋るミレースを振り返り、フリットはスクリーンに向かって震える手で画面に映し出されているものを指さした。
スクリーンを四分割して映っているのはウルフとフリットが抱擁し合っているものや、互いに密着しすぎている画像であった。

「乗組員達から苦情が出ているので、可能な範囲で対処して頂きたいんです」
「…苦情と、いうのは」

もしかしてこれなのかと、か細くなっていくフリットの声にミレースは大いに頷く。続いてミレースは苦情の声をまとめた端末を無表情に差し出し、フリットは未だに震える両手でそれを受け取った。

端末の中の文面を読んでいくフリットにミレースは今ぐらいじゃないとこの件を報告する機会ないのよねと僅かに苦笑を滲ませる。フリットはブリッジでも休む暇なく手を動かして何事かの計算か情報を汲み取っていたりしているので話し掛けるタイミングは無いに等しい。

申し訳なさそうな顔から意味を理解出来ずに首を傾げ始めたフリットに、抗議文として成り立っている苦情からは論外だと判断出来る苦情に目を通し始めたのは見て取れた。
ミレースが自前に苦情をまとめたものをフリットに渡しているので、ミレースも中身は把握している。最初のうちは「お二人にも事情があるのは分かっていますが、目のやり場に困るので控えて頂けないでしょうか」など丁寧な文面を用意したが、「爆破しろ」「もげろ」「禿げる」などの面倒なものは後半に適当に詰め込んでおいたのだ。

「司令、そこまで目を通して頂ければ十分です」

まだ読み終わっていないがと顔を上げたフリットから端末を取り上げたミレースは良く撮れてるなとスクリーンに目をやっているウルフの耳を引っ張ってフリットの隣に立たせた。

「それで、お二人はどう対処して下さいますか?」

一連の流れにブリーフィングルームを退出し損なった面々はスクリーンに映っているものにも固まったが、艦長に説教されている司令という物珍しい状況の行方を固唾を呑んで見守っていた。

すみませんと肩身を狭くして縮こまっているフリットからミレースは視線をウルフに移す。大半の原因はこの人であることは間違い無いからだが、ウルフはしょうがないだろと頭を掻きながら大仰なことを口にした。

「好きな奴が目の前にいたら発情期になるのは当たり前だろ」

ウルフの発言に一般的な常識と感性を持つミレースは眉間に皺を寄せ、フリットは両手で顔を覆った。

「…もう少しオブラートに包んで頂きたかったです」

指で眉間を解しながらミレースは言い、こんなに開けっぴろげにしているのにアセムにだけは知られていないことが本当に不思議だった。

「報告はしましたので、後はお任せします」

司令であるフリットのほうが立場は上であり、部下がいる手前では大きな顔をしているべきではない。ウルフは兎も角、フリットからは反省の色が見て取れるので、ミレースはこの辺で切り上げようと息を吐いた。
が、騒ぐ声にミレースがスクリーンの映像を切り替えるように指示を出していたブリッジクルーの三人を振り返れば、渡しておいたチップを差した端末の他の画像を見ているようだった。

「少佐も司令も若いですね」

イリシャが独り言のように言えば、何のことだとフリットは顔をあげて、ウルフはイリシャ達の元まで歩み寄ってその端末を取り上げた。
視界に入れた画像に懐かしいという感想を抱くウルフだが、アングルが気に掛かった。

「なぁ、これ隠し撮りっぽくないか?」
「まさに隠し撮りですよ。見つけ次第ラーガン少佐や私が没収したものですが」

殆どがフリットを狙って撮られたものであり、撮影した動機は興味本位のものから好意込みのものと様々だったとミレースは思い返す。
削除しておくべきかとも考えたが、七歳以前の写真がないフリットに残しておけるものならばと保管し続けていたものだ。彼女に渡す前に不自然すぎるアングルのものだけは省いておこうと考えていた段階であり、隠し撮りと気付く要因は大いにあった。

隠し撮りということが確定してウルフの背中から苛立ちに似た不穏なものが発せられているようにミレースには見えたが、それを気に掛ける素振りはせずにフリットはウルフの側に寄っていき、彼の手の中にある画像に目を落とす。
フリットにとって目を逸らしたいものばかりだが、近くに来た自分に視線を向けずにいるウルフになんとなく胸の内に靄が掛かった。

ウルフは裾を引っ張られる感覚に自分に向かって笑みを返しているフリットの過去の画像から視線を外す。
どうしたと見下ろしてくれるウルフにフリットは口を開こうとしたが上手く言葉が自分の中でまとまっておらず、一度閉ざして、それでもまだ上手くまとまってくれなかった言葉を遠慮がちに紡いだ。

「あの、やっぱり、若い時のほうが良い、ですか?」

それを耳にしたウルフ以外のその場にいた者達は一斉に明後日の方向を向いた。

歳を重ねれば老いていくのは当たり前で、ウルフが昔の方が良かったと思うのも当たり前なのだろうとフリットは沈む気持ちを抱く。
ウルフは端末をイリシャに無造作に返すと、俯くフリットに向き直って彼女の頬を捉える。

「あのな、俺は何時のとか関係無くお前だけが」

好きなんだよと耳元に唇を寄せて低く呟いたウルフにフリットは熱い息と共に感じたものに身を跳ねさせた。
他の人間から見ても四十を過ぎているようには見えないだろうが、自信家だと自他共に認めるフリットからそんなことを言われるとは想像すらしていなかった。ウルフは意外だと感じたが、不安にさせてやる暇は与えない。

「良いか、フリット」

互いに重ねた年月は多いが、ウルフから見てフリットは顔を合わせる度に捕食対象として磨きが掛かっているようにしか感じられなかった。
それが惚れた弱みだろうが何だろうが関係なく、愛おしいという気持ちに偽りは無い。

確かに昔とは変わったところはあるが、それは経験という肥やしにしているものばかりであり、自分もそうだが、フリットもフリットのままだとウルフは感じている。
不変では味気ないからこそ、時間というものが存在するのだから。

「お前は俺のものだ」

フリットは真っ直ぐに見つめ返してくる蒼い瞳を一度受け止めるも、そのまま見返し続けていることが出来なくて伏せ目がちになる。けれど、ゆっくりと、でも、はっきりと頷き返した。
その反応に此奴はフリットだと深く納得し、その柔らかな髪を相も変わらずウルフは少し乱暴に撫でる。

為すがままになっているフリットに、先程報告したこと覚えてますかとミレースは問いたくなった。
フリットに落ち度はないと今まで思っていたが、彼女は無意識にウルフを煽ってしまっているのだと気付く。後で医務室に寄って胃薬か頭痛薬を貰うべきかもしれないと頭を抱えながらも、ミレースは本日何度目かになる咳払いを二人に向けた。





























◆後書き◆

一個前の話が重めだったのと、次もシリアス重視になりそうということでちょっとアホっぽい展開にしたい気持ちから出来上がりました。
けど、こんなのと戦争してるヴェイガンがだんだん可哀相に思えてなりません。

ウルフさんは昔の写真画像を見て、それから今と比べてフリットがパ○ズリ出来るようになったし、積極的に色々やってくれるようになったなぁとそんなことを考えていることでしょう。
最初のうちはパイ○リ出来なくてフリットちゃんはしょげていたに違いないです。

追記(2012/07/24)
アセムをいつ孕んだかとかその辺を少し修正しました。
この話の時、アセムは18なのか19なのか悩んでしまいまして。
あと、妊娠から出産まで10ヶ月ほどだとフリットが22になったばかりに妊娠している可能性もあるかなということで、イリシャの台詞にある二十一を二十二に変更など。

Nebel=もや、かすみ、霧

更新日:2012/07/21








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