◆Kannibalismus◆
すれ違う女性達の視線に、癖を理解した上でふわりと整えたブロンドの髪が乱れているのではないかと危惧して、彼はガラスに映る自分を歩みを止めずに横目に伺う。
視線を向ける女性達は彼の端正な顔立ちに目を奪われているだけであり、彼が心配するような髪の乱れも無ければ衣服の乱れさえ一切無い。端から見れば真新しい軍服を着こなしているが、本人からすれば糊の利きすぎた新品は違和感が纏(まと)わり付いた感覚を伴った。
スクールを飛び級して十六歳でスライスレインズ士官学校に入り、四年のカリキュラムを経て首席で卒業したフレデリックは参謀科を専攻していたため将校として佐官の地位を得て連邦軍総司令部ビッグリングへの配属となった。エリート驀地(まっしぐら)だとやっかむ声もあったが、それよりも大任を任された彼を哀れむ声の方が大きかったのもまた事実だ。
スライスレインズ士官学校の現カリキュラムを組み立てたのは連邦総司令官のフリット・アスノである。彼女が自らカリキュラムを組んだのは、有能な逸材を見極めやすくするためだ。
軍務を優先して士官学校に直接顔を出しに来ることのない司令官は自分の最終成績データと経歴のみで採用に至ったのではないかとフレデリックは不安を抱えて今、その司令官がいる執務室の前で立ち止まっている。
着任早々に直属の上司になる予定の者のところではなく、総司令官の執務室への呼び出しを受けたフレデリックは何を言われるのだろうかと内心気が気ではなかった。
しかし、このまま突っ立っていても仕方のないことだ。フレデリックは意識して一度息を吸って吐いた。
『フレデリック・アルグレアスです』
『入れ』
インターフォン越しにも凛とした声が分かる。映像メディアで聞き覚えのある声にフレデリックの緊張が増す。
「失礼致します。本日付でビッグリング配属になりました、フレデリック・アルグレアス少佐であります」
「早速だが、君には私の補佐になってもらいたい」
「は?あ、あの、私はこちらの基地に来たばかりなのですが」
「君の言いたいことは分かる。だが、前任の副官が胃潰瘍で入院してしまったんだ」
「それでも、他の方が」
自分でなくとも、この基地にいる佐官クラスの人間なら十二分に司令官の補佐は務まるはずだ。それなのに敢えて自分に白羽の矢を立てようとするフリットにフレデリックは困惑を顕わにする。
「基地に慣れてからと考えていたが、元々君には私の補佐として働いてもらうために此処に配属した」
「それは光栄なことですが、私のような若輩者では」
「年齢など関係ないだろう。士官学校での君の成績は逐一目を通させてもらっていたし、蝙蝠退治戦役でより効率の良い戦術法についてのレポートも読ませて貰った」
「レポートも、ですか?」
自由課題のレポートであったが、蝙蝠退治戦役で功績を残した英雄であるフリット本人が読んだところで厭味としか受け取られかねない。フレデリックの背中を嫌な汗が伝った。
「そう固くならないでくれ。あれには私も感心した」
「お、お咎めは」
恐縮してそう問えば、フリットはきょとんとした顔を一瞬見せる。それに対して心臓が跳ねたがフレデリックは自分の反応を無視した。
「罰する必要はない。君の能力を買っているという話を私はしているんだ」
「有り難う御座います」
驚きながらも素早く頭を下げて礼の言葉を放つフレデリックにフリットは苦笑する。
「それで、補佐の話は受け入れてもらえるか?」
「私に拒否する権限などッ」
「君の意志を訊いているんだ。本人が望まないことを無理強いするつもりはない。君が断ったらチャンスがあるうちは声を掛けるつもりだが」
「……私は」
「考える時間が必要なら待とう」
「い、いえ!補佐の件お引き受け致します」
己が目下にあるにも関わらず、司令官であるフリットを頭の片隅で過小評価していた自分が恥ずかしくなる。フレデリックは目前に差し出された補佐という役職を真っ当にこなして期待に応えたいと考えを改め始めた。
「そうか。ならば、」
引き受けると返したフレデリックの言葉を聞き終わってから、一拍置いてそう口にしたフリットは椅子に腰掛けていた身を立ち上がらせてフレデリックの目の前までやってくる。
「これから宜しく頼む」
「はい!」
フリットから差し出された手をフレデリックは緊張で強張る手で握り返した。
これが同士となる契りなのだと、彼はこの瞬間を誇らしく記憶に刻んだ。
着任から三月あまりが過ぎた。フレデリックは覚えなければならない膨大な量の仕事に右往左往していたが、それを表に出さないのが彼のプライドだ。
そんなフレデリックの様子にこの分なら周りの評価も彼を認めざるを得ないだろうと、フリットはディスプレイの中にリアルタイムで流れてくる宇宙塵の動きを数値化しながら満足の感情を得る。
前任の補佐であった彼はナイーブなところがあって胃を痛めてしまったが、フレデリックの士官学校での身の振り方は柔軟だったと教官達から聞き及んでいる。
元副官が胃を弱めた原因は自分にあることをフリットは申し訳なく思うが、前任を務めてくれていた彼が療養を終えたら自分と関わらない赴任先に移動させてあげなければと考える。
しかし、フレデリックまで前任の彼を追うようなことになったらどうしようかという懸念はゼロではない。
「あの、何か私の顔に付いてますか?」
フリットが座る執務机から見て右手にあるデスクで作業をしていたフレデリックは視線を感じて顔を上げた。
案の定視線がかち合って、二児の母だとは信じがたいほどの容姿であるフリットにフレデリックは映像メディアや特集雑誌で見慣れているはずの顔だと自分に言い聞かせる。
「アルグレアス少佐は持病とかはないはずだな」
「はい、何も。ああ、前任の方は胃潰瘍で入院なさってるんですよね?」
「そうだ」
「私は胃が弱いと思ったことはありません。香辛料がきつい物や冷たい物で胃を壊した記憶もありませんから」
悩んで身体に異常を来したこともないフレデリックは肉体的にも精神的にも健康そのものだとフリットに伝える。
言葉の上だけではあるが、少し表情の和らいだフリットにこの人は前任の副官を気に掛けているのだなと思い留めるフレデリックが真実を知るのはもう暫く後である。
時間を確認する素振りを見せるフリットにフレデリックも時間を確認する。次いで、司令のスケジュールを確認すればこの後に仕事は入っていない。
それにしても少しばかり落ち着きのないフリットの様子は短い付き合いだが見慣れないものでフレデリックは首を傾げる。
「司令、何かご予定かお約束でも?」
「人と会う約束をしている」
明日も仕事が入っているので、別の基地やコロニーではなくこのビッグリング内で会う約束をしているのだろうとフレデリックは憶測する。
「私も今日の分は終わりました」
データを司令用のディスプレイに送信すれば、それをフリットが確認する。ミスはしていないはずだが、フリットに何か言われたらどうしようかとフレデリックは背筋を伸ばす。
「ああ、これで大丈夫だ。ご苦労だったな」
安堵の息を吐きそうになるのをすんでの所で抑えて、フレデリックは「お疲れ様です」と返事を返した。
約束はあるものの、最終確認をしたいからと執務室に残るフリットに敬礼して仕事場から通路に出たフレデリックはやっと安堵の息を吐く。
仕事で得る緊張感は充実感へと変わることもあるが、自分が得ている緊張感は何かが違うと自覚していた。けれど、それに気付いていないと自分自身に蓋をする。
自室に戻ろうと通路を進んでいたフレデリックは曲がり角に差し掛かった途端に誰かとぶつかりそうになって立ち止まる。相手が咄嗟に一歩下がってくれたおかげでぶつかりはしなかった。
「おっと、すまんな」
「いえ、こちらこそ失礼」
それだけを交わしてお互いに進むべき方向へと足を向けていく。
けれど、フレデリックはふと立ち止まり、彼が向かう先は司令官用の執務室しかないはずだと振り返る。曲がり角なので既にパイロット用の軍服の色を白で統一した彼の姿は見えるはずもない。司令の約束の相手なのだろうかと、この瞬間だけはその程度に留めていたフレデリックは気にせずに再び通路を進んでいた。
だが、通路の隅で会話している尉官二名の背中を通り過ぎ様に、耳に入ってきた内容に歩み足は途端に速度を落とした。
さっきのウルフ少佐だよな。また上官殴ったんだとよ。転属先決まるまで此処で待機することになるってわけか。昇進したくないんじゃなくて司令目当てだよな、絶対。ちょっと問題起こせば司令から呼び出されるしな。叱られてるなら良いが、少佐には強く出られないみたいなんだよな、アスノ司令も。強く出られないってより、流されてるって感じじゃないか?あー、何か襲われてる時とかあったもんな。
そこで足を完全に止めたフレデリックは踵を返した。
突然大きく響いた靴音に会話を交わしていた二人がぎょっと首を巡らせれば、最近見慣れた総司令官の副官の背中があった。
様子が少しいきり立っている後ろ姿に、彼らは顔を見合わせて不味いことをしてしまったと一人が視線に滲ませる。その視線を受け取ったもう一人は、ビックリングにいる者は遅かれ早かれ知ることだと、相手の肩に手を置いた。
深いものから啄むような口付けに切り替わって、フリットはやっと息を吐けた。顎を引いて少し待ってもらう。
「あの、写真」
「ここにハロないだろ。それに、我慢出来んな」
確かにハロは基地内にある自室に置いたままだった。けれど、部屋でゆっくり二人で見ればいいかと思っていたので、今この場にハロがないのは必然である。
ウルフが我慢出来ないと言うなら此処ではなくて。
「なら、部屋に」
「言っただろ、我慢出来ん」
少しぐらい辛抱してくださいと眉を歪めて言おうとしたが、その口を塞がれてフリットは別の意味と感覚で眉を歪ませることになる。
腰下に当たっている執務机の上に後ろ手に両手をついて自身の身体を支えなければ、口内を舌で乱される感覚に耐えられなかった。
「やっぱり嫌か?」
「ここまでしておいて、今更そんなこと言わないで下さい」
どうせウルフも止める気はないだろうに、互いの顔を視認出来る距離を取った彼の言に、フリットは上気した頬をそのままに恨みがましく上目遣いで返した。
ウルフはそれを聞いて、それじゃあ遠慮無くと手を伸ばしてきた。軍服の前を開けられて、首筋を舐められる。下着とインナー越しに胸を撫でられ、もう片方の手が腿を撫でてきた。
遠慮はしてないが、我慢出来ないと言っていたウルフにしては生易しい扱い方だった。忙しい身である此方のことを配慮してくれているからこその触れ方であるし、自分が好んでいる抱き合い方なのだが。だいぶ久し振りなこともあって、物足りなさが際立った。
「ウルフさん」
「ん?」
軍服を乱して彼女の肩の素肌を顕わにし、インナーと下着の肩紐に指を掛けていたウルフがフリットと視線を合わせる。
「もう少し、好きにやってくれませんか」
別の言い方が他にもあったかもしれないが、フリットはそれを言うのが限界で、それでも何てことを口走っているんだろうと言い終えてから目をぎゅっと閉じた。
フリットが目を閉じているから阿呆面を見られなくて済んだが、ウルフは口元を片手で覆った。今まで彼女の方から誘ってくることがなかったわけではない。初めての時もフリットから来たようなものであったしと、様々なことを振り返りつつも、今は目の前の獲物だ。
強請られたんだろう。優しくするな、と。
意味を読み取れば理性が飛ぶ勢いだったが、やりすぎるとフリットが余韻を明日も引き摺るだろう。周囲にいつもと雰囲気の異なる彼女を見られるのが嫌なのではない。マーキングして自分のものだと言っているようなものであるからだ。
けれど、それをフリットが良しとするかは別であり、総司令官という立場になられてからはがっついていない。
自分も相当だと思っていたが、フリットも痺れを切らし始めたということか。
こんなことならフリットの言う通り、部屋に行ってからの方が良かったかもなと考えるが、今更遅い。なら、別の興奮剤でも使うかと、ウルフはフリットの耳元に唇を寄せた。
「それは命令か?」
「え。あ、命令じゃ…なくて」
耳元のくすぐったさに身を竦ませてから目を開けたフリットはそう返したが、ウルフが上下関係について口にすることは基本的にない。基本的にはないが、異例的にはあるわけで。
此方の耳元から顔を離したウルフの表情を見て、確信を得たフリットは悩んだ顔をしてみせる。
「司令?」
名前で呼ばないウルフに「狡い」と胸中で呟いて、フリットは意を決した。
薄く深呼吸してから、上から物を言うようにフリットは蔑(さげす)みを含んでウルフを見遣った。
「少佐、これは何のつもりだ」
そう来るかとウルフは苦笑する。フリットの命令されるがままに従ってやろうと思っていたが、そこまで先を読まれていたらしい。これはフリットがXラウンダーだとかそういうものではなく、此方のことをそこまで理解した上での切り返しだ。
本来の目的ではフリットの口から卑猥なことを言わせようとしたのだが、これはこれで悪くないかとウルフは思う。
だから、フリットの首の付け根を甘噛みより、少し強めに噛みながら肩紐を乱した。設定上、ささやかな抵抗の素振りをフリットがする。
本気ではないが、いけないことをしているという背徳的なニュアンスは十分だった。
「どこを触っているッ」
「一番柔らかいところじゃないですかね?」
胸を揉みながら、彼女の腰に片腕をまわして支えるようにして、股の間に自分の片足を挟ませる。腰を引こうとするフリットを自分の方に引き寄せて下半身を擦らせれば、か細い嬌声が聞こえた。
「ゃ…貴様、こんな、ことをッ……ただで済むと」
睨んでいるつもりらしいが、フリットも本心では欲しがっているのだから睨みは甘く。咎めを訴えているというより、もっとと訴えているように瞳を潤ませていた。
「口はそうでも、身体は素直だな。司令官殿」
「あ、ぅ……んん」
強く擦りつけられて、フリットは咄嗟に口元を手で塞いで声を抑える。
アブノーマルなやり方は得意ではないから、こんなことは滅多にしない。ウルフの提案に直ぐさま応えるというのもあまりないのだが、変わったことをしていつもより身体が熱くなるのが早いことを自覚すると、恥ずかしさが込み上げてくる。
自分だけこんなになっているのではないかと視線を下げたフリットは、気付いたウルフのその場所に迷い無く手を伸ばした。
ウルフは衣服の中では窮屈になり始めたそこにフリットが手を触れてきたことに焦りつつも、それを顔に出さず、そのままにさせた。
「嫌がってたんじゃないんですか?」
「私だけこれでは、不公正だろ」
お前も我慢し続けろとフリットは張り詰めたウルフのものを自分の手指で形を確かめて、自分のなかに入れられる瞬間を想像してしまう。下のほうでキュッとした感覚があり、両足をすりあわせようとしたが、間にあるウルフの足に阻まれる。
結果、それに気付いたウルフが足を引っ込めて、その場にしゃがみ込む。タイツ越しに太腿を一撫ですれば、ひくりとフリットの身体が震えた。
スカートの内側に手を入れて、タイツとショーツを掴む。スカートでギリギリ隠れるところまで引き下げたところで、フリットが頬を赤らめた顔でウルフを見下ろす。
「ぁ、やめ」
「やめたら辛いのは司令じゃありませんかね、と」
言葉尻と共に脛のところまでタイツとショーツを下ろした。と同時に執務室の入り口が開かれた。
銃口を突きつけられたウルフは手を挙げることもなく、そのままの姿勢で銃を持っている相手の手の震えに肩をすくめる。人を撃ったこともなければ、人に銃を向けるのも今日が初めてだと言わんばかりに照準が定かでない。
彼の剣幕の表情を見るからに、放っておくと適当に引き金を引かれそうなので、ウルフは腰を上げた。
床にねじ伏せられたフレデリックは動かせるものを動かして学んだ護身術をいくつか試したが、どれも役に立たなかった。彼が取っている行動は教えられた通りで間違っていないが、経験という差がそれを覆す。
「こっちは食事中なんだがな」
「ッ!?貴方は何様のつもりですかッ、これは軍法会議ものの!」
この男は正気かと、フレデリックは喚いた。司令官が手込めにされようとしている現場に出会したのだから尤もな抗議である、はずだった。
「アルグレアス」
「司令!」
「すまないが、あまりこっちは見てくれるな」
「も、申し訳ありま……」
フレデリックの言葉が途中で途切れたのはウルフが自分の手で彼の視線の先を隠したからだ。
奇妙な沈黙の中、この部屋の解除キーは副官も所持することになっているから、部屋をロックしても完全な密室ではなかったなとフリットは吐息する。
「アルグレアス、君は誤解をしている」
「誤解、とは」
「私に、子供がいることは知っているだろ」
「…はい」
「そこのウルフ・エニアクル少佐が子供達の父親だ」
息を止めた。そこまで予想できなかった自分をフレデリックは恥じる。フリットが子供の父親について公に公表していないことは知っている。完璧主義であっても個人の事情というものは存在するのだ。
しかし、意表を突かれる現実だった。ウルフという男と面と向かうのは今日が初めてであるが、その名は聞き覚えがある。自分の搭乗機体を戦場では目立つ白に全身をカラーリングする命知らずの白い狼。そして、あの蝙蝠退治戦役でもエースの名に恥じない功績を残した一人であった。
彼がフリットと肩を並べるほどの実力を持っているのは事実だ。けれど、月日はフリットとウルフの間に総司令官と一パイロットという立場に二人を遠ざけている。
それに、フレデリックは士官学校時代からウルフの噂については眉を顰める内容のものしか耳にしたことがなかった。それが嘘か誠かは判断を下していないが、先入観というものは当然ある。
だから、不釣り合いだと感じた。
「勘違いされるようなことをしていた自覚は私にもある。それについては謝罪する」
「い、いえ!私の間違いだったなら、謝罪すべきは私の方です」
けれど、フレデリックがそう感じたとしても、当事者であるフリットはそんなことを考えたことはなかった。だから、ウルフを庇っているようにも受け取れる言葉にフレデリックはその先について耳を塞ぎたくなった。
「いや、君が謝るべき理由はない。ただ、今は席を外してもらえないだろうか」
「……分かり、ました」
ウルフは力を緩めて、フレデリックの上から退いた。フレデリックはフリットの方を見ないように努めながら、敬礼した後に部屋の外へ姿を消した。
肩で息を吐いたフリットは胸を押さえ隠すようにしていた両腕を解いて、タイツとショーツを右足のほうだけ脱ぎきると、側に戻ってきたウルフを見上げる。
続きはしないのかと、きょとんとしているフリットに変なところで動じない神経してるよなとウルフは思う。昔はそうではなかったはずだが、大人の余裕を身に付けたというより、性的本能を教え込んでしまったから優先順位が変化したのかもしれない。元々、感情の振れ幅が表に出る方ではないから、今の状況は必然なのだろう。
「俺は少し興ざめしてるんだがな」
このまま取りやめる気はないが、そう言ってみればフリットは困った顔をして何事かを考えるように唇に指を触れて。
「ん」
請うように手を伸ばしてきたフリットに彼女は我慢出来ないところまで来ているのは分かって、ウルフは強請られるままに唇を寄せた。
唇を重ねながらフリットを抱きしめて、スカートの上から丸みを撫でる。彼女の方から更に身を寄せてきたので、ウルフはスカートをたくし上げて、指を入れた。ぬめり具合から三本入れられそうだと、先に入れたのを引き抜いてから再び入れてみた。
口付けを解けば、フリットは息を乱してウルフの身体にしがみついてくる。
「フリット、すごい濡れてるけど」
「ぃゃ、そんな言っちゃ…」
「見られて感じたか?」
「だって、ウルフさんとこんなこと、してるって」
乱れた己を見られたのが感じたのではなく、ウルフと二人でしている最中を見られたのがどうしようもない感覚を引きずり出したのだ。
なかを掻き回して、びくりと何度も小さく跳ねながら更にしがみついてくるフリットに、動じていないと先程思ったことをウルフは撤回すべきかもしれないと独りごちる。
身体にある熱の余裕がなくて、更に湧き上がったものの行き所を見失った結果、熱が同じ場所に加算されていたらしい。
「にしても。随分と可愛がってないか、あの副官」
フリットならああいう追い出し方だろうが、上官としてならもう少しきつく言ってもいい場面であったはずだ。
「彼が、士官学校にいる時から、…ッ、目を付けてたんです」
そういう話をするなら終わった後にして欲しいのだが、ウルフの口調が少し尖っているように感じて、フリットは恐る恐るそう返した。
ウルフは気のない返事を返すが、湿った音をさせて指をフリットから引き抜いた。
「ウルフさ、ん?」
こんな中途半端なままにされるのは困るとフリットが見上げれば、ウルフはフリットの腰を支えていた手で彼女の頭を撫でた。
何故今そういう行動を取られたのかが分からず、フリットは瞬く。が、次には噛み付かれるような口付けが来て、怒っているのだろうかと身体が強張った。
「力抜け」
けれど、一度離れてからそう言った声は気に掛けたもので、フリットは言われた通りに身体から力を抜いた。
口元から糸が垂れるほどの重なりを再びされたが、きついと感じるものではなく。怒っているのとはまた少し違うような気がした。
「フリット」
ただ呼ぶではなく、呼びかけるようにして抱きすくめてきたウルフにフリットは「はい」と返した。
「俺だけだろ」
「……言われなくても、こんなこと許すのはウルフさんだけですよ」
何を今更と感じて、どう返すべきかと迷いつつ、そう言った。我慢出来なくなる時はあるが、何年経ってもこの行為に慣れることはない。寂しくなってウルフのことを考えながら辿々しく一人でしたことも一度どころではなかった。
ウルフ以外にはあり得ないのに。
「なら、もっと刻み込んで下さい。僕が貴方のものだって」
ウルフは拗ねているのだろうかとフリットは思う。怒っているなら頭を撫でたりはしてこないはずで、それを出来るのは自分だけだと確認したかったように見えた。
人は誰かに認識されてこそ、自己を形あるものとようやく本人が自覚する存在である。だから、して、とフリットはウルフを見上げた。
向かい合う体勢の方が好きだが、正面に執務机を置く体勢に変えられてもフリットは文句一つ口にしなかった。バックの方がウルフ好みなのを知っているからだ。ウルフも此方の好みを理解しているから先程までずっと向かい合っていた。
更に服を乱されて、顕わになった色づく胸の先端を両方摘まれる。強弱をつけられ、フリットは痺れに任せて身体をしならせる。
「ぁ…ん――ッ、ウルフ」
嬌声を我慢しようとするが、限界が来て名を呼び捨ててくるフリットにウルフは満足を得る。
人でなければ羽根がありそうな背のとある場所を舐められ、寛(くつろ)げられたそこからウルフの熱さが内腿まで迫っているのをフリットは感じる。
一緒に入れたくてフリットは腰を少し捻って、ウルフの手に自分の手を重ねた。
今の時間ならウルフは自分の愛機のチェックをしているだろうと、フリットはハロを連れて第三格納庫に足を踏み入れる。
総司令官が抜き打ちで視察かと背を正すのは比較的若い者達ばかりである。近くを横切られた一人が男のくせにやけに高く短い悲鳴をあげて、フリットは振り返ったが、気のせいかと前を向き直す。
全身が白いと目立つなと感じつつ、Gバウンサーの足下まで来たフリットは顔見知りのエンジニアが近くにいたので呼びかけた。ウルフはコクピットの中だと聞き、そこまで急ぎではないから彼の作業が一段落ついたら呼んでもらうように頼んで、フリットは側にあったコンテナに腰を下ろしてハロを膝の上に抱えた。
ぽつんと座り込んでいるフリットを下に確かめつつ、言伝を頼まれたエンジニアの彼はGバウンサーのコクピット内部を覗き込む。
「司令がお呼びですよ、少佐」
「アイツまだ仕事あるだろ」
「少し時間が出来たそうです。あまり長くはないとも言ってましたけど」
「じゃ、こっち頼んでも良いか?」
司令はウルフが一段落してからと言っていたが、以前その通りにウルフが手の空いた瞬間を見計らって伝えたら、後でウルフから頭部を羽交い締めにされた。そんな経験は二度と勘弁願いたい彼は頷き一つで引き受ける。
「数値はいつも通りで?」
「ああ」
「了解しました」
ハイタッチ一つで入れ替わり、ウルフはリフトを使って下に降りた。直ぐ近くのコンテナに座る彼女の背中に言いようのない安堵に似た感情を得る。それをもっと実感してもいいとウルフはコンテナの上に登り、後ろからフリットに近づいて彼女を後ろから捕らえようとした。が、空ぶった。
「……何で避ける」
「いえ、何か悪寒が」
上半身を横に倒してウルフからの抱擁を拒んだフリットはそう言いながら、自分が座っていた場所をウルフに譲って自分は少し横に移動した。
冷静な顔をしているが、フリットは内心危なかったと肝を冷やしていた。この格納庫には少しばかり恥ずかしい思い出があるため、軽い抱擁も警戒対象であった。前はその警戒心が鈍っていて、厄介なことになったしなとフリットは息を吐く。
「次のウルフさんの赴任先決まりましたよ」
「早いな」
「急がせたので」
此方を見ないで言ったフリットに、昨日は最終的に彼女のほうが我慢出来なくなったのだからその態度は違うだろと思う。けれど、そういったことを素直に口に出来ないのは分かっているのでウルフはフリットの耳元で言った。
「了解しました。司令官殿」
昨日のことを一から十まで思い出したであろうフリットは恨みがましい視線を寄越してくる。けれど、頬が赤くては威力は可愛いものだ。
「写真、見せてあげませんよ」
「ああ、悪い悪い。俺が悪かったって」
心がこもっていないとはっきり分かるが、フリットの目的は赴任先のことよりハロの中にあるデータ画像をウルフに見て貰うことにある。
仕様がない人だなと吐息して、フリットはPCモードに切り替えたハロを操作してデータを開く。画像をページをめくるように進んでいく操作はウルフも知っているのでハロを彼の膝の上に乗せて、フリットはウルフに寄り添うようにしながら映し出されている写真の一枚一枚について説明する。
「これはアセムのエントランスセレモニーの日で、ユノアがネクタイ締めてあげてるところですね」
息子のジュニアハイスクールの入学式は一年近くも前の出来事だが、それだけウルフとフリットが顔を合わす機会はない。
「アセムは大分背が伸びたか?」
「ええ。エミリーは背が抜かれそうだって言ってましたよ」
フリット自身も“トルディア”にある住まいに帰れることは少なく、子供達の世話はエミリーとバルガスがしてくれていた。
背が抜かれそうだとは、エミリーから定期的に送られてくるメッセージに書かれていたことだ。まだ当分は背が抜かれる心配はないはずだが、そう思ってしまうほど育ち盛りだということであろう。いずれ、アセムに自分の背もそのうち抜かれるのかなと想像しては笑みが零れる。我が子の成長は親にとっては喜ばしいものだと感じるから。そして、これが人の本来の在り方なのだとも。
ウルフとフリットの様子は端から見れば仲睦まじいものであり、何度か見掛けたことのある者達はむず痒さを覚えつつも二人の姿は確認に留め、自分がやるべき仕事に専念しようと動き出す。
けれど、新人に分類される整備班に配属されたばかりの者達にとっては、総司令官は常に生真面目な表情を貼り付けているものだと思い込んでいたであろう。それが今、柔和な表情を浮かべているのだから、一様に彼らはあんぐりと固まっている。同じ道を通ってきた先輩格の整備士らはそんな彼らを見て、強くなれよと込めて後輩の肩に力強く手を置いた。
しかし、無情にも無言の思いは伝わらず、後輩は置かれた手の先を振り返った。
「あの、ウルフ少佐は何者ですか、一体」
昨日突然やってきたGバウンサーのメンテナンスに狩り出された時、ウルフからフランクな歓迎を受けた彼は叩かれた背中の痛みがまだ残っていたりする。他の者達にも似たようなスキンシップをしていたから、そういう人なんだという認識は既にある。だが、連邦軍の総司令官であるフリットと一パイロットでしかないウルフはどのような関係なのか。
「あの二人、出来てるから」
「え?出来てるって」
そういう意味でですかと視線で尋ねてくる後輩に頷き返し、司令の子供はウルフの隠し子だという噂もあるのだと前置きした上で、彼は遠い目をしてこのビッグリングにまつわる伝記を語り始めた。近くにいた他の新人達もその話に耳を傾け、聞き終わる頃には皆一様に悶えていた。
「司令の副官が代わったのもあれが原因だからな」
「そう、なんですか……あの、怖いもの見たさで、その経緯をお聞きしても?」
挑戦的な発言に肝が据わっている新人が来てくれて助かると感嘆しつつ、彼は望まれる通りに口を開いた。
「あの時もウルフ少佐が上官殴っちまって、此処で待機することになってな」
一年ほど前であろうか。司令であるフリットが今と同じようにこの格納庫に足を運んできて、ウルフが手の空いたときに言葉を交わし合っていた。そこまでは良いのだが、突然ウルフがフリットを押し倒していた。自機の足のつま先の上で。
丁度そこに当時の副官が鉢合わせてしまったのだ。何やら連絡事項があったらしく、通信機で連絡を入れようとしたところ、横を通っていった者達の会話からフリットの居場所を知り、格納庫の近くにいたことから直接伝えた方が早いと思ったらしい。
「それで、元副官は」
「さっきのお前らみたいに固まってたさ」
しかし、彼らと違うのは今までも何度かその副官はウルフとフリットのそういった場面に出会していたことだ。そのせいで胃薬が手放せない状態に追い込まれていたわけであるが、次には動けたわけであり。
副官はフリットに駆け寄るべきか判断を迷い、戦々恐々とゆっくり近づいていくことを選択した。だが、それがいけなかったのだ。
フリットはウルフを横に退かすように引き剥がし、Gバウンサーの足下の床に転がしたウルフが起き上がる前に彼の腹の上を跨いで座り込んだ。形勢逆転だが、それはそれで目を当てられない状況である。体制的には騎乗位であるからだ。フリット本人だけがその連想に至っていなかったが、だからこその行動であろう。
何事か言葉を交わしていた二人であったが、フリットはそのまま上半身をウルフの胸に倒した。それを抱き留めるウルフに突然甘えるような仕草を見せたフリットに、その場の空気は止まり、副官の足も止まった。
そして、ウルフの胸板の上で頬をすり寄せる位置を変えたフリットと副官の目が合ってしまった。暫くの沈黙の後、副官は「そんなのは司令じゃない!」と叫び、走り去って消えた。医務室に。
既に彼は限界だったのであろう。あれが決定打となり、前任の司令補佐であった元副官は自宅での療養を余儀なくされた。
「他にも何か訊きたいか?」
「いえ、もう腹一杯です」
甘ったるさによる胃もたれを覚え、元副官の気持ちが手に取るように分かった気がした。
そして、そんな話を聞いた後ではウルフとフリットの姿をまともに視界に入れることなど出来ず、彼は視線を横に投げた。現副官がそこにいた。
あの日が繰り返し再現されてしまうのではないかという周りの視線を気に留めずに、フレデリックは迷いのない足取りで二人の元に闊歩していく。
近づいてくる彼に気付いたのは二人同時で、フレデリックは立ち止まるとフリットに向けて敬礼した後、ウルフに顔を向ける。至極丁寧に一礼して、彼はその場から元の道筋を辿るように二人から離れていった。
格納庫を出て行く背中を見送ってウルフは首を傾げる。何だったんだと。それを含めてフリットに視線を向ければ、彼女も首を傾げつつ。
「勘違いしたことのお詫びとか、じゃないですか?」
ウルフとフレデリックが顔を合わせたのは昨日きりだったはずだ。フリットの言は彼の真意と遠からずのものであろうと、ウルフも頷ける内容である。
格納庫から出て行き、フレデリックは通路を進んでいた。謝罪の言葉を言うつもりであったのに、見栄を張ってしまったことを少し後悔している。その見栄はフリットが彼に寄り添っているようにしていたから出てしまったものだ。
それがどういった感情から湧き出るものか、気付かないようにしていたが、知らないわけでもなく。敵うものではないと、一度視線を下げてから真っ直ぐに前を見た。
フレデリックが己の感情の整理を付けた頃、フリットはアラームの鳴る端末を取り出して、時間だなとウルフを見上げる。頭を撫でてくるウルフにやめてくれとその手を払ったが、昨日のウルフの様子を思い出してフリットは眉を下げた。
それに気付かぬウルフではない。再び頭を撫でればフリットが困るのは目に見えているので、その頬を捉える。
この場で口付けるのはマナー違反だから、諦める。手で捉えた頬とは反対側に自分の頬を重ねてすり寄せた。挨拶程度の触れ合いで留め、直ぐにフリットを解放してやる。何か言いたげな目をしていたが、フリットはコンテナから一人下りる。
「ハロは預けておきますから、後で来て下さいよ」
写真は全て見終わっていないから、預けていくつもりなのだろう。けれど、言葉の最後はフリットの部屋に此方が行くことを強要するものだ。ウルフは素直でないその言い方に肩をすくめるが、落ち着きのない様子のフリットが気に掛かった。後で分かるのだろうから、ウルフはその場では頷く返事を返した。
そして、ハロを連れてフリットの自室を訪れれば、乳白色のガーター付きショーツとその上に胸下からが透ける素材の白の布地に淡い桃色のレースがあしらわれたベビードールを着ただけの彼女がいて、ウルフは動きを止める。
ハロが足下に転がってきたので、口頭でハロをスリープモードにさせたフリットだが、ウルフから距離を取ろうとする。
大胆な格好とは裏腹に彼女は恥ずかしそうに自分の身体を浅く抱きしめつつ、ウルフから隠れようと室内の影となりそうな場所に身を隠そうとする。けれど、制限のある室内で直ぐにウルフに両手首を取られて、壁に押しつけられた。
少し様子が違ったのはこれかと、ウルフは納得する。そして、壁に押しつけた瞬間の胸の揺れ具合からバスト用の下着は身につけていないのが分かる。
フリットの物差しで言えば、下着を上下身に付けないのははしたないという常識が成り立っている。そうであるにも関わらず、それを逸脱するようなことをしていた。
「フリットにしては思い切ったな」
それ以上過激なものも存在するが、フリットを基準にしたら今のでも彼女にとっては限界であろう。
透明度のあるベビードールもそうだ。こういったもの自体を身に着けることも珍しかったが、ちゃんと中の下着が見えないものをフリットは今まで選んでいたはずだ。
「歳のわりにって思ってるでしょ…」
「こっちは興奮しとるさ」
フリットに顔を寄せてすんすんと彼女の香りを嗅いだウルフは微かに残っているシャワー後の匂いの他に混じっているものにお互いその気だと、フリットの額に自分のそれを押しつけた。
昨日は場所が場所なだけに色々と気を遣わなくてはいけなかった。興奮剤も途中で有耶無耶になってしまっていたために物足りなさはあったが、フリットも同じかと思う一方で珍しいとも思い。
計画性のないことをフリットはしない。彼女の予定では昨日の時点でこの状況になるよう筋書きがあったはずだ。だから、予期せずそれを構築し直さなくてはならなくなり、格納庫で落ち着きがないところが見られたと推測出来た。
本当なら昨日、ウルフと部屋で二人きりになってから色々なことをと思い描いていたフリットだが、彼に予定外の行動を取られてしまった。ウルフの表情から察するに自前に計画を立てていたことは知られてしまっただろう。それをやり直しているというのも気付かれているかもしれない。
けれど、もう一つは気付かれていないはず。
「なぁ、お前焦ってる?」
「えっ」
ぎくりとフリットは肩を揺らした。そんな反応を返してしまったので、ウルフが確信を得た顔をするのをフリットは間近にしてしまう。
ウルフの赴任先の件が早まったのはフリットも予期していなかったのだ。
確かに急がせるように指示は出したが、いつもならそれでも一ヶ月近くは掛かる。上官を殴ることで有名なパイロットを欲しがる所など正常な神経を持っていればお断りであろう。
しかし、今回ばかりは早く決まった。欠員が多く出て人員確保を最優先している艦隊があるのだ。誰でも良いから寄越せという状況らしく、ウルフの移動先がすんなり決まった。
だから、一週間も此処には留まっていられなくなったウルフの側に、時間の許す限り居たいとフリットは思ってしまったのだ。
「俺を感じたいんだろ」
「あ、の……」
もうしっかり気付かれてしまっていると、フリットは顔を横に逸らす。が、小さく頷いた。
どうしようもなく可愛いことをしでかしてくれると、ウルフは愛おしさの中に獲物を狙う牙を剥き出す感情を得る。少しばかりフリットは童顔であるから、あどけなく感じることが多い。けれど、背伸びでないさらけ出しは甘美な名を持つ熟れた果肉であり、歯を立てたくなる。
そして、フリットの手首から手を離して解放してやる。だが、次の瞬間には再び自分のものにした。
フリットを横抱きに抱え上げると、彼女は突然の浮遊に不安定さを感じてしがみつく場所を求めれば、ウルフの肩と首回りに手を伸ばす形になった。
「忘れられない夜にしてやるぜ」
「そういう恥ずかしいこと、言わないで下さい」
言うフリットに、それはお前もだろと彼女の顔ではなく身体に視線を流せば、フリットは隠すように此方の胸に身を引っ付かせるように寄せてきた。
逆効果、と触れてくる柔らかさに何かが跳ね上がりつつ、ウルフはそのままフリットを抱きかかえて寝室のベッド脇まで連れてくる。
シーツにフリットを下ろし、ウルフは自身の上の衣服を全部脱げ捨てた。
彼女に覆い被さり、布越しに胸を掌で包めば、やはりその下には他に何も着けていない感触が伝わってくる。
「ウルフさん、その、僕…明日は午後からで」
手を止めて、ウルフは少しばかり思考する。時間を作るために前倒しでフリットが仕事をこなしたのが分かり、彼女がそうまでしてでも自分と一緒にいたいと此処まで表に出すのは本当に珍しいと感じる。そう仕向けるようにこれまでにも様々なことをベッドの上で教え込んだ自覚はあれど、此方の顔を見て言えないのはフリットだなと微苦笑の感情を得る。
彼女の言葉の後に続くものを勝手に想像すれば、滅茶苦茶にしてくれと言っていた。フリットの表情を見れば、それが間違っていないことを確信する。
「リボン、解いて良いよな」
「はい」
返事と同時に頷くフリットから、彼女の髪が結われているピンクのリボンをするりと解く。結われているのも良いが、ほぐれている髪を見るのは希少で、自分にその姿を見せもいいという優越感があった。
ベッド脇の机にリボンを置くのを視線で追うフリットに未だに言いようのないものはあったが、それだけ大事なものであることも理解していた。理性よりも感情を優先したくはなるが、そのことでフリットを困らせるのは本望ではなかった。
お互いに相手に対して割り切っている部分はある。それが無ければ、ベッドの上に二人して乗りあがったりはしていないのだから。
頬にかかる柔らかい髪をウルフが指に絡めて顔を寄せて口付ければ、フリットは彼の褐色の肌に両手を伸ばして頬を捉える。
見つめ合ったまま、互いに寄せた。
◆後書き◆
年相応でない容姿の可愛い熟女が年相応な濡れた視線やら舌づかいしてたら興奮しちゃうなーと最近頭が沸いてきました。とても楽しいです。
フレデリックさんがやっぱり一方通行なんですが、良い男だと思うんですよね、この方。そんな感じで、失恋したら足掻こうとせずに全てを理性で理解して自分を見つめ直す人かな、と。
ウルフさんとフリットちゃんの初体験は何となく頭にあるので、その辺の伏線っぽい感じの文を入れてみたり。あの時期はウルフさんからはちょっと手を出しにくい感情が色々とあると思うので、フリットちゃんがどうにかしようと頑張る感じになるんじゃないかと。
Kannibalismus=食人、カニバリズム
更新日:2012/11/24
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