◆Weiβ weigerung◆









シーサーペントと名乗る宇宙海賊を討伐するためにビッグリングで何度も練られたプランでの出撃だった。

モビルスーツ部隊をビッグリング基地内で戦艦に移動し終えた頃にラーガンはフリットを呼び止める。
戦艦は二隻用意され、フリットとは別の戦艦に乗り込むことになるため、今言うべきだろうとラーガンは考えていた。

「ウルフから移動の話聞いたか?」
「はい」

気落ちした表情を見せるフリットに自分のせいだと思っているなと肩を竦める。
流石にこれも言ったら落ち込んでしまう可能性もあったが、目の前の女の子はそれで作戦中に乱れた行動を取ったりはしないくらいには成長していた。

「あいつ、大尉に昇進してやるって話を蹴って休暇取ってな。何処行ってたんだろうな」

ウルフがフリットに会いに“トルディア”に赴いたことを知っているラーガンは取って付けたように最後をはぐらかした。
ラーガンの最後の問いかけは兎も角、大尉になる話を蹴ったということにフリットは表情を歪めた。

勤務地の移動に伴って昇進の話もあったのだろう。しかし、それを断って休暇を取るような馬鹿話が存在するだろうか。
けれど、それが本当ならウルフは自分にあの話を伝えに来るのと引き替えに昇進を断ったということだ。
ラーガンはそれ以上の説明はせず、じゃあなと手を上げて去っていく。彼の問いかけにまだ返していないのだけれどとフリットは首を傾げたが、今は少し考えたくてラーガンの背中を見送ることにした。







民間人が所有していたと思われる宇宙船を海を走るような船に見立てて改造を施した海賊船艦はディスプレイのような薄い幕をマストに取り付けられた帆のように何枚も展開し、その画面に海賊のエンブレムであろうドクロと大蛇のマークを表示した。

ジャミングを得意とする船員がいれば連邦軍や警備隊のレーダーに引っかからずに宙域を自由に飛べるのだが、今回ばかりは違う。海賊船艦は小細工などせずに派手なエンブレムを掲げたまま堂々と宇宙を飛んでいた。

彼らが求める財宝はその時々で変わり、今回は大物だと船長のバルバロス・ヘイレディンは豊富に蓄えられた赤い髭を撫でつける。
還暦を十年以上前に迎えたバルバロスは伝説上にのみ存在すると語られてきたガンダムを腕の一本だけでも持ち帰りたいと願っていた。

三年前、UEの要塞であるアンバットという基地を連邦軍が叩き潰したという報道があったが、その詳細は明かされなかった。けれど、最近になってそこに銀の杯条約が結ばれる前に多大な戦果を上げたとされるガンダムタイプのモビルスーツがUEを撃退したのだと裏ルートから情報を仕入れたのだ。

連邦軍はUEの対策として再興されたものであり、海賊に構う戦力は持ち合わせていないと自衛隊や警備隊に任せきりだ。
そのため、海賊シーサーペントは自らを囮にガンダムを誘(おび)き出そうと目撃情報があったビッグリング基地周辺を連日のように彷徨(うろつ)いている。

改造に改造を重ねた結果、全長三百メートルほどにまでなった海賊船艦の上甲板には腕を組み仁王立ちで聳(そび)え立つ墨色のモビルスーツがいた。
モビルスーツの顔面は紫紺色のバイザーで覆われており、一見するとのっぺらぼうのような容貌の外見からジェノアスを海賊仕様に改造した機体であると分かる。

『ガイ、モビルスーツの燃料は無限じゃねぇんだぞ』

バルバロスが若造を嗜めるようにジェノアスヴァイキングの搭乗者に映像付きの通信で声を掛ければ、パイロットは呆れたように吐息する。

『船長、俺は考えなしの餓鬼じゃない。俺の勘が今だと噎(むせ)び叫んでやがるのさ』

片眼を眼帯で覆ったままガイと呼ばれた彼は言う。この男は三十手前という歳であるが、育ての親であるバルバロスにとっては何時まで経っても子供同然であった。

『馬鹿言え、俺の半分も生きてない若造が偉そうにするんじゃねぇ』
『おっと、やっこさんがお出ましのようだぜ』

だが、ガイの勘は外れておらず、前方斜め上に両腕両足が群青色のモビルスーツが両腕を組み、足を揃えた姿勢で此方から見て逆様で小型隕石に立っている。
頭部にガンダムを象徴する角をカメラアイからの映像を拡大して確認したガイは、ジェノアスヴァイキングの胸部に取り付けたガフランの爪をジャラリと鳴らして上甲版から飛び立つ。







海賊の目的がガンダムの捕獲であることは予想出来ていた。
フリットは速度重視のスパローを換装して目立ちすぎている海賊船艦の前に立ちはだかる。海賊のモビルスーツ隊をガンダムで現宙域から引き離し、戦力を減らした海賊船艦を別の部隊が包囲するというミッションだ。

予測通り海賊のモビルスーツがガンダム目掛けて飛び込んできた。避けるように足場にしていた隕石から別の隕石に跳躍していくが、一向に他のモビルスーツが出てこない。
あの大きさの船艦にこの墨色のジェノアスカスタム機一機だけとは考えにくい。

通常のジェノアスはヒートスティックを一本装備なのだが、別の隕石に足が着いたと同時に二本目のヒートスティックが墨色のジェノアスの左手が下段から振り上げられる。スパローは自分から見て上段から来るヒートスティックに対し、臀部に装備されているシグルブレイドを咄嗟に引き抜き此方も下段から敵の剣を遮った。
先読みが出来たとしてもスパローの速さでなければコクピットに直接衝撃を受けていただろうと、嫌な汗がフリットの背中を伝う。

スパローは左のヒートスティックを弾き飛ばした勢いのままシグルブレイドを臀部に戻し、右手のヒートスティックが繰り出される前に相手と向きを揃えて向かい合い、相手の左肩に両手を着き、倒立回転跳びでジェノアスの背後にまわる。
ジェノアスヴァイキングが振り向かずに後方に跳躍するように飛び、右手を後ろに突き刺すが手応えは無い。レーダーを確認すれば既にガンダムは近距離戦を放棄した位置まで離れていた。

『ロッズ、ライア、出られるか?』

ガイは戦力不足だと仲間に呼びかければ、通信を受け取ったモビルスーツのパイロットから良い返事が返ってきた。
それに満足してガイは新たにヒートスティックを抜き出して逃げるガンダムを追いかける。
海賊船から新たに二機のモビルスーツが出てきたことをレーダーで確認したフリットはデブリの中をそのまま駆け抜けていく。

新手の二機も先頭に立つジェノアスと同じように墨色にカラーリングされている。片方はシャルドールローグという海賊に出回っている機体であり、もう一機は何処で手に入れたのかエウバのモビルスーツであるゼノに改造を施した代物であった。

海賊版モビルスーツの攻撃を交わしながら到達地点まで来たスパローは片膝のニードルガンを剥き出し、訓練用のモビルスーツ型バルーンを撃ち抜いた。
バルーンの破裂を戦艦から確認したウルフ率いるモビルスーツ部隊が宇宙の海へとカタパルトデッキから射出されていく。

『すみません。三機しか誘導出来ませんでした』
『いいや、上出来だ。ガンダムが目当てなら主戦力はこっちだろ。後は任せろ』

お願いしますとGエグゼスとすれ違いざまにウルフとの通信を切り、フリットはガンダムが誘導してきた三機をウルフの部隊に預けた。ラーガン率いる別部隊がデブリの下を抜けて海賊戦艦へと向かったのを見送り、ガンダムは戦線から離脱して戦艦に着艦する。

ガンダムを囮に使いはしたが、連邦軍にとっては公にしたくない事情もあり、フリットの役目はこれで終わりだった。
けれど、胸騒ぎがしてフリットは着艦と同時にノーマル装備の用意をバルガスに頼む。







ガンダムの姿が見えなくなり、代わりというように全身が白いモビルスーツ一機と通常のジェノアス三機が海賊のモビルスーツに相対を望む。

見たことのない白いモビルスーツに新型機だろうかとガイが駆るジェノアスヴァイキングが突っ込んでいく。
Gエグゼスは突貫してくる威勢の良い墨色のジェノアスに腕が鳴ると此方もまた真正面から突っ込んでいった。
二機は手に武器を持たず、両手をとっ掴み合い頭部をぶつけ合わせた。

『投降か退避をすれば上の奴らは見逃してやるそうだ。あんたはどうする?』

ジェノアスの通信プロトコルは連邦仕様のままであり、接触だけであっさり回線が繋がったことに拍子抜けだが、ウルフは構わず問いかけた。

『冗談言うな。お宝を目の前で見せられて盗らない海賊がどこにいるよ!』

そりゃそうだと返すウルフに馬が合いそうだと感じるが此処では敵だ。ガイは通信を遮断してGエグゼスから飛び退いてヒートスティックを両手に構える。
それを受けてウルフもビームサーベルを両手に十文字に構えた。

『後の二機は任せた』
『『『了解』』』

部下の頼もしい返事にウルフは口端に笑みを浮かべると先手必勝とばかりにウルフファングを嗾(けしか)ける。
だが、相手は構えていたヒートスティック二本をGエグゼスの頭部に目掛けて投げつけてくる。回転しながら飛んでくる刃物を赤い狼のマークが吠えているシールドを構えて弾き返し、今度こそと墨色のジェノアスに向かおうとシールドを頭部と胸部から外せば眼前に敵のジェノアスが迫っていた。

ジェノアスヴァイキングの両手には新たなヒートスティックが握られている。ビームサーベルでは間合いが近すぎると相手のカメラアイ目掛けてビームバルカンを繰り出す。威嚇用装備である為、威力は無いが目眩ましにはなる。
距離を取りウルフは相手の珍妙な装備に叫ぶ。

「何本持ってやがる!」

よく見れば相手のジェノアスにはビームスプレーガンが装備されておらず、ジェノアス用にしては大きめのシールドにヒートスティック数本をラック出来る仕様になっていると推測された。

右から来るジェノアスヴァイキングの踵落としをGエグゼスは右腕で防いだ。だが、それはただ機体と機体がぶつかる程度で済むものではなかった。
ジェノアスヴァイキングの踵には刃が仕込まれていたのだ。Gエグゼスの右腕の装甲が切り裂かれ、駆動系に痛手を負った。







ラーガンは出来れば相手に投降を願ったが、交渉は決裂の兆ししかなかった。

『若造、俺は天下の海賊様だ。シーサーペントという名ぐらいお前ぇも耳にしたことがあるだろうよ』

胸の内で「ない」と答えたラーガンは自意識過剰な相手にやはり投降は無理だと判断し、ならば軽い制裁ぐらいはしなければならないと部下達に合図を送る。
計十二機のモビルスーツが海賊船艦を取り囲む。一斉射撃をぶち込む準備を整えてこれでも駄目かとラーガンがバルバロスに再び通信で呼びかけたが、彼は肩を震わせたかと思えば仰け反って大声で大笑いを始める。

『何が可笑しい』

言われ、バルバロスは笑いを止めて相手を見据えた。髭を手で撫でつけて彼は断言する。

『海賊に不可能はねぇ』

瞬間。海賊船艦が大きく振動して急発進でラーガン達のモビルスーツ部隊を蹴散らした。
圧力という荒波がラーガンのジェノアスを襲い、吹き飛ばされる。

「何!?」

通信を遮断したため相手の声は聞こえないが、相手の驚いている様が手に取るように分かり、バルバロスはほくそ笑む。
シーサーペントの海賊船艦は素早い逃亡で有名である。その話も自衛隊や警備隊の間ではという補足が付き、連邦軍は管轄外であり相手の情報はそれほど多くはなかった。

全長三百メートルもある宇宙船に通常以上のスピードを出させるにはそれなりの動力源が必要である。急発進というよりも発射に近い速度の実現を可能にしたのは海賊船艦の動力源が熱核融合炉だからだ。しかも船艦の半分近くがこの融合炉に占められている。
核分裂反応を起こさず暴走などはない技術だが、二十億度という計り知れない高温を発するために融合炉で守られていようとも船艦そのものも灼熱の太陽に晒された砂地のような温度になる。

『この熱さ、滾(たぎ)るぜ!』

バルバロスが滝のような汗を流し、叫ぶ。
人間が耐えられる温度をとっくに過ぎているのに海賊達が正気を保っていられるのは彼らがナノマシンを体内にインプラントしているからであった。
ナノマシンは増殖する性質を持つため人体への移植は医療目的以外では殆どのコロニーで違法とされている。だが、海賊にとって法律など無いも同然だ。

勾配(こうばい)を駆け上がるように進み、障害となるはずのデブリを粉々にしながら海賊船艦は突進する速さで連邦軍の戦艦二隻へと進路を進めていく。







「何!?海賊船がこっちに向かって来てるじゃと!」

戦艦のオペレーターからの連絡にAGEビルダーを操作していたバルガスは大声で焦った。

「バルガス、どういうこと?」
「よく分からんが、凄いスピードで海賊船がこっちに向かって来とる。母艦の砲撃は間に合わん!あと二分もすればわしらとぶつかるぞ!」
「そんな!…バルガス、ノーマルじゃ駄目だ。タイタスで行く!」

スパローの両腕両足を外してノーマルの換装準備をしていたが、バルガスもフリットの判断に頷いて紅色が特徴的でマッシブな両腕両足をガンダムに繋ぐ。

ガンダムタイタスがカタパルトデッキから飛び出せば、モニターを拡大しなくとも既に宇宙船艦が視認出来るほどだった。
あの速度では此方の戦艦の方が被害が大きくなる。更には海賊船艦の今の軌道上ではビッグリング基地にも直撃してしまう。衝突すれば向こうもただでは済まないはずなのに。何を考えているんだとフリットは操縦桿を強く握る。

「止めてみせる」

タイタスは待ち構え、向かい来る海賊船艦に備える。
船艦の後部は赤く発光しており、その灼熱を知らしめながら連邦軍の戦艦に迫ろうとしていた。

海賊船艦が間近に迫り巨大な圧迫感に息苦しさを感じながらも臆しはしない。タイタスの両手が船艦の船首を受け止め、皮が剥けるように掌の装甲が削られながらも押し出そうと藻掻く。
海賊船艦は止まらない。だが、確実にその速度は緩められ、連邦の戦艦を海賊戦艦の進路軌道上から退避させる時間は稼げた。

タイタスが海賊船艦に押し出され、両側の自艦よりも後方へとその身を飛ばされる。背部のブーストを最大出力まで出し切り、肩の接合部と肘の関節が悲鳴をあげるように軋み続ける。
エマージェンシーを告げる警告画面とアラームにも急かされ、どうすればいいと焦るフリットに更なる窮地が迫る。

「頂くぜ!ガンダム!!」

墨色のジェノアスがタイタスの背後に現れ、軋みを上げている両肩にヒートスティックを突き刺すために逆手で振り下ろされようとしていた。

『俺の女に手を出すんじゃねぇ!』

そして、お前の相手は俺だとGエグゼスの中段回し蹴りがジェノアスヴァイキングの脇腹を襲い、宙に投げ出される。
全回線を開いて叫ばれる台詞にフリットはまたこの人はと居たたまれなくなり、それを聞いた味方機のパイロットや戦艦のクルーらが「おお」と感嘆なのか冷やかしなのか判断に困る反応をそれぞれが返してくる。

『ガンダムが俺の女?』

無理矢理回線を繋げてきた相手に通信を切断せずにガイは疑問を飛ばす。

『正確にはパイロットだ』
『あれのパイロットが女だと!?』

ウルフとガイの通信内容を拾っていたバルバロスはほほぅとジェノアスヴァイキングのカメラアイの映像に映るガンダムの横顔を見る。
フリットは通信許可を願う画面に誰だと思いつつも許可を出せば、見知らぬ赤髭の老人がモニターに映し出された。

『俺は海賊シーサーペントのキャプテン、バルバロス・ヘイレディン』

そう言って言葉を止めた相手にフリットは自分が名乗らなければ話は進まないのだろうと理解する。

『フリット・アスノです。回線を開いてきたのは何故ですか?』
『お嬢ちゃんはそのモビルスーツに乗りたくて乗ってるのかと思ってね』

アスノという名にバルバロスは引っかかりを覚えるが、直ぐに思い出せず歳をとったもんだと結論づけてそこには触れずにフリットを試すようなことを言った。

『僕には守りたいものがある。それだけではいけませんか』

迷いのない声になかなか芯の通った女の子だと感心する。だが、その程度なのかとバルバロスは煽る。

『いけなくはねぇ。けどな、それはお前ぇの業か?』
『ごう?』
『宿命ってやつだ。「善を成すものは善生を受け、悪を成すものは悪生をうくべし」という言葉があるように俺は悪人の業を背負ってやがるのさ』
『そうやって悪行を正当化しても罪は変わりません』
『ああ、変わらねぇ。だから何時でも地獄に堕ちる覚悟は出来てる』

此方が揺るがない言葉を投げかけてもガンダムのパイロットは眼差しを強く保っていた。バルバロスは面白いと髭に隠れた口元に笑みを浮かべる。

『フリット、前に押しても埒があかない!』

割って入ってきた相手はラーガンだ。海賊船艦に追いついたラーガン率いるモビルスーツ部隊は艦首を押さえているタイタスの周囲に集まっていく。

『上に押し上げるんだ!』
『そうか…ッ、分かりました!』

十三機のモビルスーツが海賊船艦の先端を上へと押し上げ、傾かせていく。舳先が真上を向いたところでタイタスは一度後ろに下がる。これで最期だとばかりに肩の蜂の巣から炎のような光りを放ってビームショルダータックルを喰らわせれば、海賊船艦の船首が凹んで逆様になった。

「小癪な真似をッ」

宇宙に上も下も無いが、船艦内の人工重力装置を停止させて無重力空間へと移行させることで身体をベルトで固定していなかった自分への衝撃を和らげたバルバロスは背もたれに噛み付きながら憤る。

『野郎共!撤退だ!!』

タイタスのタックルで操縦桿がいかれてしまい、自力で方向転換するのさえ危うい。バルバロスはこのまま逃亡するという苦渋の選択をするしかなかった。

『ガイさん、撤退です!』
『分かってる!お前らは先に行け!あの速度じゃ見失う』
『ガイさんは!?』
『このまま帰れるか。手土産ぐらい頂戴するぜ!』

仲間にそう返し、ガイはヘルメットを外して眼帯も放り投げれば、ジェノアスヴァイキングの顔面のバイザーが髑髏を映し出す。髑髏顔のジェノアスはGエグゼスの首を狙った。それをウルフはシールドで弾き、ビームサーベルを繰り出す。

『バルガス、空中換装でノーマルを!』

フリットの通信を受け取ったバルガスは牽引ユニットでノーマル装備を射出させる。タイタス装備が外れ、ノーマルの両腕両足がガンダムに接続された。

間合いを取り直す為にGエグゼスから離れた墨色のジェノアスに向けてフリットはドッズライフルの引き金を引く。
ジェノアスヴァイキングの右下肢部が螺旋状のビームで貫かれ、ガイは誘爆のリスクを考えて右足を付け根の接続から外して上方に機体を飛ばす。

『ウルフさん!大丈夫ですか!?』
『真打ち登場は俺の十八番だろーが』

横取りするなと軽口をたたくウルフに元気そうでなによりですとフリットはモビルスーツに乗っている高揚感を和らげる。

『俺について来られるか?』
『出来ます!』

Gエグゼスとガンダムが背中合わせに旋回し、上昇する。
二機が互いに呼吸を合わせ、白い閃光のダブルキックがジェノアスヴァイキングに脅威となって迫りくる。
ジェノアスヴァイキングが左腕を構え、シールドで致命傷を防いだ。だが、ラックされているヒートスティックごとシールドは粉々になって宙を漂った。







連邦の戦艦の片方で自室として与えられた部屋。そこでフリットは私服代わりの学生服姿でベッドに転がって何もない天井をずっと見上げていた。

海賊の隊長機らしきジェノアスのカスタム機はラーガン達の攻撃を交わし続けていた仲間のシャルドールとゼノが共に連れて撤退していった。おそらく中のパイロットは無事だろう。
死人が出なくて良かったと思い、けれど、海賊の言っていた言葉が頭の中をぐるぐるしていた。

「僕の業は…」

何だろうか。自分の人生は全てガンダムに捧げてきた。ならば、自分の業はガンダムそのものなのか。
分からない。

背を起こして足下を見つめて視界に入ってきたものに目が止まる。ベッドの下に綺麗に揃えられた白い靴。
ウルフにヒールぐらい履きこなせと言われ、練習するために持ってきたものだ。ドレスは嵩張(かさば)るので、学生寮の自分には大きすぎる衣装箪笥の中で眠っている。

なんとなしにその白いパンプスに足を入れる。
立ち上がれば前に転びそうな感覚がくるが真っ直ぐ立てたことにほっとしてそのまま歩いてみる。ゆっくりならばバランスを崩さずに歩けるようになったが、いつもの自分の速度ではない。自分に追いつけるようにならなければ履きこなしたとは言い難いだろう。

壁際まで来てしまいフリットは立ち止まった。
壁がある。先に進めない今の自分と重なり、壁に手をつく。

靴に視線を落とし、一つだけ決意をしてフリットは靴を履き替えてスリープモードのハロを部屋に残して別の居住区画へと足を運んだ。
一室の扉の前で立ち止まり、部屋の所有者に来訪を告げる呼び鈴を鳴らしたがなかなか現れず、寝てしまったのだろうかと思いつつももう一度だけ押した。
すれば、部屋の内側のモニターで来訪者を確認した部屋の主はスライド式の扉を開けた。

「どうした?」
「ぁ…すみません」

シャワー中であったらしいウルフは上半身に何も身に着けておらず、ズボンだけを履いてタオルを頭に被って濡れた髪の水分をガシガシと拭き取りながら視線を逸らしたフリットを見下ろす。

「いや、上がろうとしてたところだからそれはいい」

次いで部屋に入るのかと問いかければフリットは逡巡したがこくりと頷く。
部屋の中にフリットを通したウルフはベッドにでも座れと施し、フリットは彼の言う通りに枕元近くに腰を下ろした。
適度に距離を置いてフリットの横に腰を下ろしたウルフは髪を拭っていたタオルを首にかける。

「フリット、報告書は書いたのか?」
「はい。本部にデータも送りました」
「生真面目だな」

お利口さんと頭を撫でられてまた子供扱いかとフリットはウルフが満足するまで撫でられ続けることをよしとせず、その手を退ける。

「昇進を断ったって聞いたんですけど」

吹き込んだのはラーガンかと見当を付け、余計なこと言いやがってとウルフは腕を組む。

「俺は前線を求めてるんだ。参謀を任される佐官にはまだ近づきたくないのさ」
「僕には上に行けと言って、自分はそれですか?」
「それとこれとは別だ。お前には向いてると思ったから上に行ってみろと言ったんだ」

そうですかと一端会話を閉ざしてフリットはやはり気を遣っているなとウルフの横顔を見る。本心を言われるか、誤魔化されるか、どちらが反応に困るかと言えば前者だ。けれど、本心を知りたいと思うのはどうしてだろう。

フリットは沈黙を止め、作戦行動中のことを掻い摘んで話し始め、ウルフはそれに耳を傾ける。フリットにとってウルフはラーガンとはまた別の意味で兄貴分のような存在だ。
彼の助言を素直に受け入れる時もあれば、反論を返して啀(いが)み合うこともたまにある。けれど、彼と会うまでそういう存在が近くにいなかったこともあり、好敵手的な意味でウルフのことを気に掛けているのだとフリットは思っている。

「守りたいというだけでは駄目なんでしょうか」
「駄目だとお前が思っているなら駄目だろうな」
「……」
「けど、お前は迷いを含めて言葉にしなかった。なら、答えは出てるだろ」

迷いがあるなら疑問が声に生まれる。だが、フリットはそうではない。迷ってなどいないのだ。
自分だけで解決しようとしたから不安になったのだろう。殻に閉じこもらずに此処に来ただけで上出来だ。

「守れば守っただけの人達だけじゃない、そいつらの未来も守れるってことだ。お前が守りたいのはそういうものだろ」
「…未来」

人と人は繋がれ、子を成す者もいれば、誰かを助け救う者もいる。それ以外にも小さな関わりが重なりまた重なって繋がれている者もいるはずだ。

「そうですね。有り難う御座います」

曇らせていた表情を消してフリットはウルフに微笑みかけた。間近で笑顔を向けられたことにウルフは柄にもなく咄嗟に視線を外して立ち上がる。

「ウルフさん?」
「…ちょっと待ってろ」

立ち上がってしまったことにばつが悪くなり、ウルフは首後ろに手を置いて別の部屋に姿を消した。暫くして戻ってきたウルフはまたフリットの横にぼふりと腰を下ろす。

「左手出せ」
「こうですか?」
「握って出すな。手をひらけ」

注文が多いなと思いながらも、フリットは言われるがままに手の甲を上にして指を開く。
手首を掴まれて何だと訝しげな視線を送るフリットに構わずにウルフは彼女の薬指に銀色の指輪をはめた。
瞼を瞬かせるフリットにウルフは左足だけ胡座をかくようにベッドに乗せて後ろを向く。

「言っとくが、指輪をやったのはお前が初めてだ」
「サイズ合ってませんね」
「だろうな」

あのブランド店では一番小さいサイズだが、今のフリットには一回り大きめだ。それより小さいものだとピンキーリングしかなかったのだから仕様がない。

「指にはめなくてもいい。お前、ドッグタグは支給されてるか?」

軍人は戦死した場合に備えて個人を識別するためのドッグタグを任務中は絶対に首から下げることを義務づけられている。

「いえ、まだです。多分、卒業して正式に軍人になったら支給されると思います」
「なら、その時で良いからその指輪も一緒にチェーンに通しておけ」
「僕に拒否権は」

そう言えば、ウルフはフリットに向き直る。
今の発言が癪に障ったのだろうかとフリットが思っているうちにウルフが距離を詰めてきてフリットは後ずさるように座っている位置をずらすが、枕元に座っていたために直ぐに壁際に右肩が当たる。ウルフは尚も乗り出してきてフリットは背中を壁に押しつける形になった。
左手をウルフの右手に掴まれ、外れそうな指輪をはめ直すかのように指を絡め合わせるように握られる。

「拒否したければすればいい。だがな、狼のテリトリーに入ってきたのはお前の方だ」

額を押しつけて鼻先が触れ合いそうな距離で言われ、フリットは緊張と胸の高鳴りに瞼を震わせる。一度だけ距離を僅かにとって再び近づいてくる相手にフリットは小さく口を開く。

「…だ……」

フリットの言いたい言葉が「だめ」なのか「やだ」なのかウルフにとっては関係ない。
抵抗しないのなら止めない。

喉に近い顎の下にウルフの左手が触れ、唇に同じく柔らかいものが触れた。口付けられた瞬間フリットは硬く瞼を閉じて時間が過ぎ去るのを待つ。
少し触れ合わせただけで手と唇が離れていく感触に瞼を上げれば、見たことのない表情のウルフと出会した。不思議なことに恐怖感は無かった。

襟元を緩められて首筋を湿った感触が下から上へと撫で上げてくる。瞬間、身体の奥がぞくりと震えた。
三つ編みを解かれて、髪を梳かれる。

ピンクのリボンにウルフの指先が触れた直後だった。フリットは我に返ったかのようにウルフの胸を両手で押し返す。
顔を下に向けたフリットにウルフの顔は窺い知れない。戸惑っているのか呆れているのかも判断出来ないまま無言の空気が漂う。

「…すみません。失礼します」

そのままウルフの顔を一度も見ずに彼の部屋を飛び出した。

誰も居ない通路を走って自室の近くまで戻ってきたフリットはそこにずるずると座り込んだ。
ピンクのリボンを解き、両手でそれを抱きしめる。

自分にとって掛け替えのない人だった。守りたくて守れなかった人。

「ユリンが得られなかったものを僕が望んじゃいけないんだ」

涙が銀の指輪に落ちた。





























◆後書き◆

スーパーロボットを意識したMS戦になりました。書いてて楽しかったです。
このシリーズは3話か4話で終わるだろうという脳内計算が狂った瞬間、ここまで来たらロボット書ける!とウハウハしながら書いた覚えがあります。
スパロー、タイタス、ノーマルと三つのウェアを出そうという目標を持って書いた話だったと思います。
シャルドールなど外伝漫画の追憶のシドを参考にしています。

これを書いた後にジェノアスヴァイキングの絵を描いたので、Gエグゼスとの戦闘シーンをpixivに掲載したものより少し加筆してあります。
ジェノアスヴァイキングのイラストはこのページの下の方にあります。

Weiβ=白い
weigerung=拒絶 拒否

pixiv掲載日:2012/03/10
更新日:2012/04/14

































ジェノアスを模写して、そこから肉付けした感じです。








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