◆Weiβ gestirn◆









エミリーが手近な教員を連れてきた時には倉庫の周囲には人集りが出来ていて、既に事は済んでいた。
ディケ達はエミリーよりも一足先に現場に辿り着き、一部始終を目の当たりにしていたようだ。

エミリーが教員を引き連れてディケ達に事情を聞けば、先日のMSクラブの大会で腕を捻挫した生徒がいたらしい。その報復として他校の生徒がやってきたのだが、どう話が縺(もつ)れたのか、他校の生徒がフリットを自分の彼女にしようとしてきたのだ。
けれど、フリットは無事であり、彼女の傍らには私服姿のウルフがいることをエミリーは確認する。

「あれ、ウルフさんがやったの?」
「そうさ。俺が来た意味無いよ」

他校の生徒と対マンなり何なりで勝負して勝利するつもりだったディケは肩を竦めるが、エミリーの横にいた教員に睨まれて視線を逸らす。

人集りの中央には他校の生徒達が地面で伸びていた。誰も彼も掠り傷程度で済んでいるのだから、彼らの体力が無くなるまでウルフは相手にしていたのだろう。

「大事なものだろ。落とすなよ」
「すみません」

ウルフはフリットの手にAGEデバイスを持たせるが、やけに視線が多いことに今更気付く。いつの間にか出来ていた人集りは学園の生徒ばかりだが、報道陣並みの威圧があった。
フリットは周囲を気にせず、尻餅をついたままの三年生の先輩に歩み寄ると手を差し出す。

「立てますか?」
「あ、ああ。すまない」

手を取るべきか少し悩んだが、ウルフに視線を向けても何の反応も無かったので彼はフリットの手を借りて起き上がった。

「君にも嫌な思いをさせてしまったね」
「いえ、それは僕が勝手に口を挟んだだけですから」
「それと、この間は有り難う。ずっとお礼を言いたかったんだ、おかげで準決勝まで行けたからね」

それは貴方の実力だからと首を横に振るフリットにレオは良い子だなと思うと同時に本当に軍属なのか疑念が湧くけれど、ウルフと親しげな様子を見れば嘘ではないのだろうと納得する。
いつの間にかそのウルフが近くまで来ており、幼い頃のヒーローを間近にしてレオの背中に緊張と興奮が張り詰めた。
ウルフがフリットの肩に腕をまわせば、周囲から声が漏れる。

「坊主、良い鼻してるな」

レオの鼻の形がどうのこうのというわけではない。見る目があると言いたいのは伝わり、その先の意味も分かる。

何の話だと首を傾げているフリットにレオは苦笑し、エミリーが連れてきた丸眼鏡の教員が生徒達に怪我はないかと此方に駆け寄ってくる。
レオ自身は大した怪我ではないと教員に伝えるが、後輩二人が心配して彼を医務室に送り届けていく。伸びている他校の生徒の対処については丸眼鏡の教員が通信機で他の教員と連絡を取って相談中だ。

一先ず事件は解決したことになるだろう。だが、問題はまだある。ずっと肩にあるウルフの腕をそろそろ離してくださいと引き剥がし、フリットはウルフに振り返った。

「ウルフさん、どうしてトルディアに来てるんですか?」

軍の仕事で来たというのなら秘匿義務があるかもしれないが、問わずにはいられなかった。

「ただの休暇だ」

何でもない風に言われ、特に仕事で此処に来ているわけではなさそうだった。しかし、現在連邦軍は海賊に対して警戒態勢を強化しているはずであり、ウルフの腕は必要だ。そう簡単に外してもらえるとは考えにくいのだが。

「たまには良いだろ。にしても、」

人集りがなかなか散らず、これではウルフの目的は果たせそうになかった。だったら、やる事は決まっているなとウルフは口元に笑みを見せる。

「フリット、付き合え」

親指が指す方向は学園の外だ。授業はもうないだろと訊かれて頷くが、だからと言って彼の言う通りに着いて行けばどんな噂が広がるか。
しかし、有無を言わさずにウルフはフリットを片脇に抱えた。

「な、何するんですか!?」

足が浮いた不安定さに文句を言えばウルフは知ったことではないと歩き出し、ハロも主人を追ってコロコロと転がりながら着いてきた。集まってきていた生徒達は堂々と歩いてくるウルフに道を空けてしまうが、詮索するような会話がウルフとフリットの耳に入ってくる。

校門前に駐めてある白いスポーツカーの助手席にフリットは座らされ、フリットの膝の上にハロを置いたウルフは運転席に座るとサングラスをかけた。居住スペースであるコロニーシリンダーの外にある鏡から反射される太陽光を遮断するためなのか変装のためなのかフリットには判断がつかなかったが、彼の表情が分かりにくくなるのは嫌だと思ってしまう。

「何処に向かってるんですか?」

人工太陽が弱まる中、未だにサングラスを外さないウルフにフリットは問いかける。
けれど、ウルフはその答えを言わないまま信号待ちで車を停止させたところでやっと口を開く。

「次の作戦が終わったら移動することになった」
「移動?」

ウルフは視線をフリットに向けず、前を向いたまま車を再び走らせる。
上官と意見が合わず、衝突することの多いウルフが部隊を移動させられることは珍しいことではなかった。
けれど、その移動の原因が自分にもあるのではないかとフリットは不安げに問いかけようとする。

「それって…」
「勘違いするな」

言葉を遮るように断言されるが、納得など出来なかった。けれど、違うと言われれば謝ることさえさせてもらえないのだ。

「厄介者扱いには慣れてるんだ。お前が気にする必要は無い」

ウルフなりに気を遣っているのは、流石にフリットも理解出来てその事についてはそれ以上触れなかった。
ウルフが上官と衝突したのは確かにレースの事も原因の一つだが、その上官とは前々から馬が合わなかったのだ。ウルフが派手に行動したのを向こうはこれ幸いと移動命令を上層部からもぎ取ってきた。

移動そのものはどうという事はないが、フリットが気に病むのだけは避けたかった。しかし、そう上手く事は運ばない。
口を閉ざしたフリットが納得しきれていないのは何となく伝わってくるのだ。

「遠くですか?」
「今から行くところか?」
「いえ、移動先です」
「デインノン基地だと」

ビッグリングからは離れた場所だが、“トルディア”からは二番目に近いコロニーにある基地だ。
そんなに遠くはないなとフリットは思ったが、もし、遠くのコロニーなり、離れた宙域の戦艦勤務になっていたなら自分はどうしたのだろうとも考える。

「なんだ、会いにでも来てくれるのか?」
「そんなわけないでしょう。僕はそこまで暇じゃありません」

からかっただけなのだろう。ウルフは連れない態度のフリットの言葉に傷ついた様子さえ見せない。
暫くして着いたのは繁華街だ。夜の街になる前のそこは賑やかさが一度治まった状態だがやはり人は多い。
繁華街手前の駐輪所に車を駐めると、ウルフは降りるのを躊躇するフリットに対してサングラスを下げる。

「後でちゃんと送ってやるって言ってるだろ」
「それはそうして貰わないと困るんですけど、そうじゃなくて」
「何だ?」
「…変なところに行ったりしませんか?」

フリットは身の危険を感じているらしいと分かり、ウルフはそういう意識をしてもらえる程度にはフリットの感情が動いていることに気分が浮つく。
だが、ウルフには大事な目的がある。それに、同意の上じゃない行為は嫌いだった。まあ、別にそういう場所に行かずに車内でというのもアリだと考えてしまったが、そうじゃないと内心で頭(かぶり)を振る。

「いいか。捕って喰おうとはしてない」
「じゃあ、何処へ行くんですか?」
「そうだな、まずは」

ウルフが決めた行き先にフリットは瞬いた。







フリットでさえエミリーや彼女の母親の口から何度か聞いたことのあるブランドのロゴが掲げられた三階建ての店舗は外観からでもその煌びやかさが際立っていた。

そのような店に入ったことのないフリットは先に行ってしまうウルフに戸惑ったが、店の前で突っ立ているわけにもいかず、諦めてウルフの後を追う。
自動ドアが背後で締まると高級店にも関わらず、ライダースでラフな格好のウルフと学生服姿のフリットにも女性店員は頭を下げて丁寧に来店の挨拶をしてくれる。

「今日は何かお探しの品は御座いますか?」
「妹が転んじまってな。適当にドレスアップ頼めるか」

此処ではウルフの妹という設定になるらしい。学園の時と同じことを言われた方が迷惑なので、フリットは妹と説明されたことに口を挟むようなことはしなかった。
それに、先程他校の生徒に突き飛ばされて制服についた土が取り切れていないところや擦れ痕があるのは確かだ。何処へ行くかは知らないが、このまま繁華街を歩くなり別の所へ行くのは自分は構わないのだが、ウルフは良くないのかもしれない。

「はい、大丈夫ですよ。それでは、ご予算はどれくらいですか?」
「金額は気にしなくていい」

サングラスを外してウルフはそう言うが、まだ二十代の若い店員は困ったように首を傾げる。

「ですが…」

店員が言い淀むと、他の店員が彼女の側までやってきて耳打ちする。女性店員は心得ましたとばかりに上司の店員に小さく頷いた。

「では、お嬢さんは此方にどうぞ」

フリットがウルフを見上げれば、ウルフはその手でフリットの背中を軽い動作で叩く。
行ってこいという合図に気が乗らないなと感じながらもフリットは女性店員の指示に従って彼女の後を追う。

「エニアクル様、お久し振りで御座います」

女性店員に耳打ちしていた男性店員がウルフの目の前で頭を下げる。

「おう。あんた此処の支店に移動してたんだな」
「ええ、新人の教育係を頼まれましてね」

ところで、と彼は意味ありげに女性店員の方を振り向くが、その視線は試着室に入って姿の見えないフリットに向けられている。

「妹様はいらっしゃらなかったですよね」
「そこはいつも通りノーコメントだ」

そうですかとゆっくり頷いて男性店員はそれ以上は首を突っ込まない。引き際は見極める彼だが、ウルフがあれくらいの年頃の女性を連れてくるのは初めてであるし、店員に全て任せたのも彼が知る限りでは初めてのことで疑問は絶えなかったが。

ウルフが男性店員にオススメ品の説明を聞いていると、先程の女性店員が此方へと歩いてくる。
フリットは…と思えば、店員の後ろでふわふわと揺れているものに目が行く。女性店員が困ったような笑みを見せ、着替え終わったフリットを試着室から連れ出すのに苦労しただろうその顔は、しかし達成感のようなものも感じた。

ウルフは自分から出てこないフリットを動かすのではなく、ウルフ自身が店員の後ろまで回り込んで彼女の姿を見つける。

「良いな」

ウルフが素直に感想を述べる。すれば、フリットは目を丸くて瞬いたかと思えば、言われた言葉を理解した途端に顔を赤くして下を向いてしまう。

フリットが着用しているのはベビーピンクのショルダータイプドレスだ。胸元周りが一段フリルで、膝丈の裾にも二段のフリルがあり、ふわりとした印象を与える。背中側も編み上げのシャーリング仕様で幼すぎないデザインだった。
長袖の白いショート丈のジャケットもシンプルながらも上品である。

だが、車からフリットを降ろさせようとした時をウルフは思い返し、警戒していた彼女を責められる立場じゃないことを今更ながら痛感する。
自分の発言にここまで初々しい反応をされるとは思わず、内側に芽生えた感情に蓋をするようにウルフは口元を片手で覆った。

「気に入って頂けましたか?髪のおリボンがピンクだったので、薄いベビーピンクのドレスを選ばせて頂きました。後、お兄様のお洋服と合うように白いアウターとパンプスがアクセントになります」

気を逸らすには良いタイミングで女性店員が声をかけてきて、ウルフはそちらに耳を傾ける。店員の見立てに満足したことを伝え、男性店員から勧められていた数品の中から一つ選んで会計を頼んだ。

会計には時間が掛かるらしく、フリットは着ていた制服などを引き取るために女性店員に連れられていた。
フリットは丁寧に汚れた制服を畳んで紙袋に入れていく店員に申し訳ないと思いつつも、自分でやろうとしたのを断られたのでじっと待つことにしている。けれど、少し気になっていることがあり、フリットはポニーテールの彼女に問いかける。

「…あの、このドレスとかってどのくらいするんですか?」

女性店員が手を止めて考える素振りを見せれば、自分のような歳の子には言いにくい値段であろうことは想像がつく。
軍から生活費で使えきれないほどの資金は援助してもらっているフリットであったが、このようなブランド品が思ったよりも高いことぐらいは知っているつもりだ。
店員をこれ以上困らせるべきじゃないなと、フリットは物分かりの良い妹さんを演じることにする。

「すみません。最近兄の金遣いが荒くて気になっただけなんです」

Gエグゼスを開発するのに大金を使い切ったという話は顔見知りの整備士達の間でも有名であるし、本人からもそんな話を聞いたことがあるフリットは三年ほど前の話だが嘘は言っていないと自分に言い聞かせる。

「お兄さんの心配をするなんて、仲が良いのね」

いや、良くはないですと心の中で呟いたフリットは、制服などを入れて貰った紙袋を手渡されて礼を言う。
女性店員と共に店内の出入り口近くまで行けば、ウルフは会計を済ませておりフリット待ちだったようだ。

店員が頭を下げて見送る言葉を耳に店舗を後にする。外はもう暮れており、フリットは手荷物の紙袋が自分の手から離れたことにウルフを見上げる。

「車に戻るぞ」

フリットが何か言い返す間も与えずにウルフは先に行ってしまう。いつもと違う距離感にフリットは首を傾げるが、着慣れない服の戸惑いのほうが大きくてそちらに気を取られる。

荷物を代わりに手にしてフリットの前を歩いていたウルフはパンプスの靴音のリズムの悪さに後ろを振り返る。
舗装されていない道なら未だしも、コンクリートの地面を慎重に歩いてくるフリットが自分のところに来るまで待ち、ウルフは荷物のない手で彼女の手をとる。
疑問のある視線が来たが、ウルフは視線を合わせずに前を向いて歩き始めながらもフリットに言葉を投げかける。

「良い女はヒールを履きこなすもんだ」
「僕、そういう人じゃありません」
「これからなるんだろ。俺が惚れた女は良い女だ」

素でそんなことを言っているのだろうかと疑う気持ちもあるのに、フリットは自分の鼓動が跳ねたことを無視することは出来なかった。
お互いにそれ以上言葉は続かず、無言のまま来た道を戻っていく。

車に戻れば、待っていたハロがおかえりと言うように耳の位置にある蓋をパタパタと開閉させる。それを見てフリットは緊張していた身体を緩める。
後部座席にハロと荷物を移動させて車に乗り込み、シートベルトをフリットが締めたことを確認してからウルフはアクセルを踏み込んだ。

流れる景色は学園への帰り道ではなく、別の場所に赴いているようだった。けれど、ハロがいるとはいえウルフにそれを尋ねられる雰囲気を感じられず、フリットは彼が何を考えているのか分からなくて不安を感じ始める。
それなのに、此処から逃げだそうと行動しない自分にも不可思議さを感じた。







ウルフの目的地に着くまで長い時間を過ごしたような感覚はあったが、フリットが時間を確認すれば思ったより針は進んでいなかった。
車の外に出たウルフを視認して、フリットは逆側のドアから外に出て車の後ろ側を通ってウルフの横に立つ。

辿り着いたのは人気のない小高い丘で、ナノマシンを含んだ土と草原が広がっているだけで昼間ならば子供達が広場として遊びそうな場所である。

まだ何も言わないウルフの視線を追うようにフリットも上を見上げれば、コロニーではあり得ない星空が広がっていた。
その星空はプラネタナイトと呼ばれており、スペースコロニーならば必ずあるイベントだ。コロニーの中央が瞬いて地球上から見上げる夜空を映し出す。

今日がプラネタナイトであることは学園でも何人かのクラスメイトが話題にしていたが、フリットは今見上げるまでその記憶を消していた。
彼女にとってプラネタナイトの夜は“ノーラ”にヴェイガンが襲いかかった日と重なるため、良い思い出ではない。

今でも連邦軍は蝙蝠退治戦役を隠蔽し続けたままであり、民衆にはUEの正体を隠したままだ。そのことに関して戦艦ディーヴァのクルーの一人であったミレース・アロイが動いているが、地球圏の人々がそれを知るのはまだ数年先の事だった。

「フリット。お前、この間試作機のプログラム開発してただろ」

ウルフの視線は相変わらず空にあるものの、自分がビッグリングの総司令官に頼まれた仕事の話を向けられて、それがどうかしたのだろうかと疑問する。
連邦はジェノアスの後継機となるモビルスーツを開発するために幾つかの試作機を生産しており、フリットもその中の一つに技術支援をしたことは記憶に新しい。

「その試作機な、反連邦行為の鎮圧で虐殺に使われた」

何を言われているのか判らなかった。いや、判りたくなかった。
地球圏の人間にとって敵はヴェイガンであるはずだと大声で叫び出したくなるのを必死に抑えようとフリットは両手をぐっと握る。

モビルスーツの個人所有が許されている現在、富裕層がモビルスーツを蓄え、貧困層から使い捨てのパイロットを掻き集める。
試作機で出撃した連邦のパイロットは新型機のロールアウトを早めることに貢献しようとしたことと、相手パイロットが貧困層であることから、いずれ餓死する者達だと引き際を謬(あやま)ったのだ。それに便乗したのはパイロット達だけでなく、指揮を執っていた佐官も同意を示した。

ウルフが語る口調は淡々としていたが、その場にウルフも居合わせたことが分かるほどの描写の生々しさにも、自分が間接的にだとしても関わってしまった事実にフリットは気分が悪くなりそうだった。

「それを言いにトルディアまで来たんですね」
「そうだ」

ゆっくり息を吐いてから繋ぐフリットの言葉にウルフは頷いた。

「連邦軍が組織されてどれくらいか知ってるな」
「知ってます」

ヴェイガンが地球圏に現れてから地球連邦政府は軍事部門の連邦軍を立ち上げた。即ち、フリットと同じ年月という浅い歴史でしかない。
ウルフが此処に来て初めてフリットと視線を合わせる。

「お前はこのままエンジニアとパイロットを続けるつもりか?」
「ヴェイガンを倒せるならそれで良いと思ってます」

でも、視線を逸らし、

「それだけじゃ駄目なんですね」

ヴェイガンから皆を守れればそれで良いと思っていた。けれど、意図せぬ形の戦争をさせない為には一介のエンジニアもパイロットも無力でしかない。

「上に行くなら今だろうな」
「どういう事ですか?」
「今の連邦は人員不足で実力主義に頼ってる。若くても上層部の人間になれるってことだ」

フリットがウルフと初めて会った時に彼は二十三という若さで中尉という立場であった。それを思えば、彼の言葉には説得力を感じる。

「ウルフさんは指揮する立場になるつもりなんですか?」
「俺が指揮するのはチームだけだ。骨のある奴と勝負出来ればいい」

モビルスポーツで自分の相手を出来る人材がいなくなって軍に志願したウルフの経歴から彼がそう言うのは頷ける。ならば、ウルフがこういう話を振ってきたのは自分の選択肢を広げようとしてくれているということだろう。
けれど正直なところ、自分が軍の人達を指揮していく姿は今のフリットには想像出来なかった。

「お前の実力を俺は買ってる。上司がお前なら任せられる」

何だそれは。
何故そこまで信用して委ねてくれるのだと、分からなくなる。

「……考えさせてください」

そう返すのがやっとだったが、ウルフはそれで十分だとばかりに吹っ切れた表情を見せる。
やっと解けた緊張感にフリットも肩から力を抜いて、ウルフと同じように星空を見上げた。

暫くそのまま並んでいれば、落ち着かない気分になった。
そう思うのはウルフも同じなのか、じっとしていることを止めたウルフの行動が目に付く。

「なあ、フリット」

此方の頬に伸びてくる手を拒み損ねてフリットはウルフを見上げる。ウルフの歯の浮くような台詞が続いて耳元で囁かれ、そのまま二人のシルエットが重なりそうになれば、フリットは弾かれたように身を引いた。

「あ、あの!この服高いんじゃないんですか!?」

慌てて口に出た言葉であったが、フリットが先程からずっと尋ねたかった疑問でもある。
ウルフはラーガンから焦るなとは忠告されていたが、そろそろ限界でもあった。けれど、今のは早計な行動だったと身をもって知る。

ウルフはフリットの頭を軽くぽんと叩いて嫌がることはしないと合図をしてから、彼女の疑問に答える。

「男が贈った服を着こなすのも良い女の勤めだ。精々頑張れよ」

最後の言葉に子供扱いを感じて眉を歪めれば、頭に乗っていた手が髪をくしゃくしゃと掻き混ぜてくる。
フリットがその手を振り払おうとすれば、ウルフが一歩引いて回避するのでフリットは悔しい思いを抱く。
髪を直そうと手櫛で整えていれば、ウルフがしゃがみ込んで此方を見上げてくるのに対して首を傾げる。

「何か…」
「やっぱ可愛いな、お前」

顔に熱が集中して今までと同じように下を向くが、しまったと気付いた頃には遅かった。しゃがんでいるウルフにはフリットの表情がはっきりと見て取れていたのだ。
立ち上がって覆い被さるようにしてくるウルフにフリットは背中を車のボディに押しつける形になる。

「抱きしめるのも駄目か?」
「…それだけなら」

囁かれる言葉にフリットはあまり考えもせずに言葉を返してしまう。
次いで、腰後ろにウルフの手がまわり、大切なものを扱うかのように優しく引き寄せられる。

更に熱が上がる顔を見られずに済むのは助かったが、高鳴る鼓動が相手に知られてしまったらどうしようと初めてそんなことを思考する。
視界に映るプラネタナイトが綺麗だと、そう感じたことに不可思議さを抱くが、悪くないと思えた。





























◆後書き◆

恒例(?)のデート回です。
綺麗じゃない話を書きたいなと思っていたので、前回の伏線回収として後半がこんな話になりました。

Weiβ=白い
gestirn=天体 星 運命

pixiv掲載日:2012/03/03
更新日:2012/04/14








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