◆Weiβ schatten◆









総司令官から試作の量産型モビルスーツの姿勢制御プログラムを組み立てる仕事を任されることになり、フリットのビッグリング滞在期間は三週間を過ぎてしまっていた。
ガンダムと同じプログラムは使えない為、ジェノアスの姿勢制御プログラムを基礎に作り替えている。フリットが一人でやってしまうと独創性がありすぎてパイロット達がOSを弄るのに手こずるのは目に見えているがために、他のエンジニアも複数人が作業を共にした。
だが、作業は意思疎通を繰り返さなければならず、効率は悪かった。

思ったよりも時間が掛かってしまったなとフリットは“トルディア”の宇宙ステーションに足を着き、そんなことを思う。
学校が特別嫌というわけではないが、上級生達の威圧を思い出すと足は重くなる一方だ。それを考えれば、ウルフのことを連想してしまったフリットは足を止める。
ハロが突然足を止めたフリットの周りをぐるぐる回り始めるが、フリットはハロではなく地面に視線を落とした。

「何であんなこと言っちゃったんだろう」

手に入れられるものなら手に入れてみろなどという自意識過剰な発言をしてしまったことをフリットは後悔していた。
その後もフリットはウルフに関わらないようにしたり、視線を合わせないようにしてきた。けれど、ウルフはいつも通りに暇が出来ると側に寄ってきてたわいない会話を振ってくるし、そっぽを向いていれば三つ編みを引っ張ってくるわでうんざりする。

適当に会話に相槌を打ったり、あしらったりしてきたが、振り返ればいつも通りだったなとフリットは感じる。
正直なところギクシャクしてしまうことも覚悟していたのだが、わりといつもと変わらなかったことに拍子抜けしたというか、安堵したというか。フリットの内情は少し複雑だった。

考えてたら駄目だと、フリットは再び歩き出すことにした。
今日はまだグリニッジ標準時刻が昼前なので、午後の授業だけでも出なければならないとフリットは考えていた。いつもなら、帰宅後は一日休むように教員からも言われているのだが、来週は科目試験がある。
毎度の試験結果は首位を独走しているフリットだが、何もしないでそんな成績が取れるわけではない。秀才と周囲が評価していても、フリットはそれ以上に努力家でもあった。

顔馴染みになってしまった初老の男性が請け負っているステーション内にある代車レンタル店でサイドカー付きのオートバイを借りると、サイドカーに荷物とハロを乗せて走らせる。
学園近くの駅まで辿り着くと駐輪所にオートバイを止め、フリットは荷物を抱え直す。

駅から暫く歩くと学園の校舎が見えてきた。時間的には四限目の真っ最中であり、体育の授業でグラウンドを使っているクラスも無く、校庭や校門にも人影はない。
セキュリティ用のカメラがあるだけでとても静かだった。

学生寮に荷物を先に置いて、衣装箪笥からスパッツを取り出して右足から穿く。それから学生鞄に午後に使う教科書と筆記具を手際よく入れたフリットはハロに留守番を頼んで自室を出て行った。







出来れば、あのニュースのことなど皆の記憶の中から消えていることを願っていたフリットであったが、そう都合良く事態は変化していなかった。
この学園の番長格であるディケがエミリーと共に側にいてくれなければまともに学園生活を送れなかったのではないかと思うほどだ。

フリットは身寄りがなくなった後、ヘンドリック・ブルーザーに引き取られたが、その彼も亡くなった今は高等学校を卒業したら正式に軍人になるよう連邦軍から指示されていた。
ガンダムを作っていることなど公表出来ないため、表向きには“ノーラ”に住んでいた時と同じように腕を買われて軍で研究をしているということになっている。

三週間が経ち、学園内では軍の施設に行っていたということは、フリットがウルフにも会っているのではないかという憶測が広がっていても可笑しくはないだろう。
放課後になるとエミリーはフリットをクラスメイト達から匿うように学園内の倉庫裏まで引っ張っていく。

「フリット、せめて試験が始まってから帰ってきなさいよ」
「無茶言わないでよ。それに三週間も向こうで、勉強も遅れるじゃないか」
「何言ってるのよ、私がいつもフリットに勉強教えてもらってるくらいなのに」

それは胸を張って言うことじゃないだろうとフリットは頭を抱えたくなる。
けれど、エミリーの忠告も分からないわけではなく、確かに試験期間ならば他人に時間を割く生徒はまずいないだろう。
試験の結果は単位に影響を与えるため、軍も試験期間に仕事を挟み込むようなことは今までないくらいだ。

「でも、まあいいわ。お帰り」
「…ただいま」

邪気のない笑顔を向けられれば、フリットもそれに答えざるを得ない。
エミリーは最後にはいつも自分の味方になってくれるから何を言われようともフリットは彼女を邪険に出来ないのであった。

「それで、どうだったの?」
「何が?」

疑問に疑問を返せば、エミリーは溜息を吐いてフリットに寝転べるほどの長さのベンチに座るように指示する。自分はフリットの目の前に立ち、前屈みになってフリットに顔を近づけた。

「ウルフさんのことに決まってるじゃない」

そう核心を突けば、フリットは息を詰めてエミリーから視線を逸らした。その行動に何か進展があったということだろうとエミリーは目星を付ける。

「別に…何も」
「その顔で何もないって言っても説得力ないわよ」
「……あれが冗談だったのかは訊いたけど、本気だって返されただけで他には何もないよ」

その後もウルフはいつも通りに振る舞っていたこともエミリーに伝えれば、エミリーはフリットから顔を離し、自分もベンチに座った。

ウルフがいつも通りだったということは興味がある相手へのちょっかいは出しているということだ。
けれど、それ以上の行動に出ないのはフリットが及び腰になるのを警戒してのことだろう。あちらにはラーガンがバックに付いていることを思えば不思議なことではない。

「それじゃあ、フリットはどうするの?」
「どうするって、何をさ」
「断るのか、受け入れるのかってこと」
「それは…」

顔に熱が溜まっていくフリットを見てエミリーは女の子の顔だと微笑ましく感じる。
この顔をさせているのが自分ではなくウルフなのが悔しいが、今はこの状況を眼福だと受け取っておくべきだろう。

フリットが自分の感情と言葉を整理出来ないでいると、突然倉庫の中から鉄鋼をぶちまけたような音が響いてきた。
爆発でも起こったかのような顔をフリットとエミリーはお互いに向け、何事だろうかと二人して倉庫のシャッターを潜る。

そこにあったのは人型に近いが頭部の無い猿人のようなロボットだ。しかし、そのロボットは両腕が肩から外れており、両腕はロボット本体から離れた倉庫内の地面に幾つかの工具と一緒に落ちていた。先程の音はこれかとフリットとエミリーは見当を付ける。

「凄い音がしたけど、貴方達大丈夫なの?」
「ア、アモンドさん…!」
「だ、だだ大丈夫です!すぐ片付けますんで!!」

エミリーがロボットの周囲にいる男子学生達に声を掛ければ、学園のマドンナに声を掛けて貰えるなんて思ってもみなかった彼らは上擦った声で大丈夫と連呼するばかりだ。
ロボットの頭部の無い胸部コクピットに座る彼だけは後輩に恥ずかしいところを見られてしまったと頭を掻いている。

彼らはMSクラブのメンバーであり、試験が始まる二週間前からクラブ活動は停止期間に入るのだが、彼らは大会試合が試験後すぐに開催されることから教員らに許可を取ってクラブ活動をしていた。

フリットやエミリーと同じ二年生の男子学生二人は飛んでいってしまった両腕を運び、手間取りながらも本体に両腕を接合し終えると浅黒い肌と雀斑(そばかす)が特徴的な三年生のパイロットに動かせるか尋ねてみる。

「どうっすか?レオ先輩」
「ちょっと動かしてみるから、お前らは女の子の盾になっとけ」

さっきと同じようなことが起きて女の子に怪我をさせてはならないと、レオという名の少年は下級生に指示を出す。
後輩達は先輩の指示に従い、フリットとエミリーの前に立ち、盾代わりになった。
案の定、ロボットの可動テストは失敗に終わり、フリットとエミリーはベンチから聞いた音を再び聞くこととなる。

「何がいけないんだろうな。マニュアル通りにプログラムは作ったはずなんだが」
「少し見せてもらっていいですか?」
「え?」

ロボットの横にある脚立を登ってきたのはフリットだ。
女の子がこのような無骨な機械に興味を持つなんて珍しいなと男子学生は思うが、断る理由も無いので簡素なディスプレイをフリットが見えるように少し身体をずらす。

「プログラム画面出してください」
「ああ、いいよ」

素人には呪文の羅列にしか見えないそれをフリットは頷きながら見る。

「此処なんですけど…」

続くフリットの言葉に男子学生は目を見開き、彼女の指示通りにプログラムを少し書き換えた。
ロボットは腕を振り回して飛んでいってしまうようなことにはならず、ぎこちないながらもパイロットが思うように動くようになった。

レオがフリットにお礼を言おうと思った頃には彼女たちの姿はなく、帰ってしまったかと少し残念に思う。同じ学園の生徒なのだから校舎で会う機会はあるかもしれない。しかし、今すぐ礼を言えないことに対し。

「なんだ。帰ってしまったのか」
「そりゃそうでしょ。フリットにとってはこんなの餓鬼の遊び程度ですよ」
「おい」

一人の下級生がもう一人を嗜(たしな)めるが、黒いフレームの眼鏡をかけている彼は歯に衣着せぬ物言いをやめはしなかった。

「だいたい、女なのに軍属だろ。それで先生達も特別扱いだし気にくわねぇ」

彼は“ノーラ”からの移住者の一人であり、エミリーらとも同じジュニアハイスクールに通っていた経歴を持つ。
横に立つクラスメイトとロボットから降りてきた先輩は生まれも育ちも“トルディア”だ。

「彼女、有名なのかい?」
「レオ先輩、もしかしてあのニュースも知らないんですか?」

嗜めている方の下級生が信じられないとでも言いたげに表情を変える。

「ウルフ・エニアクルの名前ぐらい知ってますよね?」
「そりゃ勿論、元レーサーだろ」

最近はラフファイトを視聴することが多く、正統派のレースはあまり見ていない彼は一月前の大きなレースを見逃していた。
だが、エレメンタリースクールに通っていた年頃の時にはレースも大好きで、父親に録画した映像が見たいと何度も強請ったほどだ。

「そのウルフ・エニアクルがこの間のレースに出てて、全宙域放送でアスノさんに愛の告白ですよ」

ぱちくりと瞬く先輩の顔に普通はそういう反応になりますよねと、後輩は額に手を乗せる。
天下の元レーサー。現在は連邦軍のエースと呼ばれるウルフ・エニアクルはメディアに殆ど出ることがなくなった今でも女性からの人気が高く、お騒がせネタが多かったがそれを払拭してしまうほどモビルスポーツファンの男性からも英雄視されている人物だ。

そんな有名人が同じ学園に通っている女子生徒に告白していたとは思いも寄らない事実である。
ウルフと彼女にどんな接点があるのだろうと疑問を抱けば、後輩が言葉を続けてくれる。

「こいつがさっき言いましたけど、アスノさんあの歳で軍属なんですよ。両親が亡くなってからは伝(つて)を頼って軍の人が引き取ったそうです」

自分の両親は健在なので、その話には相手に失礼かもしれないが同情せずにはいられないことだった。
しかも一つ下とは言え、同年代の子が既に軍属とは世も末だとも思う。けれど、先程の短時間での的確なプログラムの書き換えには舌を巻いた。
彼女の才能は本物なのだろう。軍も手放したくない人材ということだ。







「フリットはああいうの興味あるんじゃないの?」

連邦軍のモビルスーツの方が高性能だが、クラブ活動で同年代の子達でやってみるのも楽しいのではないかとエミリーはフリットの後を追いかけながら言う。

「クラブは軍から禁止項目に入ってるって言っただろ?それに、邪魔したくないし」

フリットは自分があの中に入れば空気を悪くしてしまうことを理解していた。一人、“ノーラ”からの昔なじみの顔があったが、自分にとってもあまり良い印象の無い相手だ。

ガンダムのエンジニアとパイロットでいられることに不満はないが、彼らのように新しいものを一から作るということに羨ましい気持ちはあった。
けれど、それは自分が望んではいけないことだとフリットは思う。

「僕にはやることがあるんだ」

フリットの脳裏にユリンの顔が浮かぶ。微笑んでいた彼女はもういないのだと何度も思い出してはやりきれない気持ちになる。
あんなことを再び起こしてはならないんだと、フリットは硬く誓っているのだ。

「…フリットがそう言うなら」

エミリーは瞼を落としてそう返すしかなかった。
遠くへ行ってしまいそうな彼女に行かないでとは言えない。昔の自分なら感情をぶつけてフリットを困らせていただろうが、戦う人達を間近に見ていて気付いたことがある。
帰る場所があることの大切さに。

だから、自分は見守りながら待っていることにしたのだ。
そんなエミリーの変化にフリットはそこはかとなく気付いていて、大人になっていく彼女に置いて行かれているような寂しさを感じたりもしていた。
お互いに遠くなっていくと感じながらも、二人は支え合うような関係を知らず築いていることをなんと呼ぶのか。












学園の二階校舎には二学年の教室が並んでいる。
その中の一クラスでは、放課後を持て余して教室に残る生徒が数人いた。

「テスト終わったし、気が抜けるよな」
「お前は今回も赤点だろ。予習しとけよ」
「お前こそ数学どうなんだよ」

試験期間も終わり、開放的に会話を交わす彼らは自分の席では無い机や椅子に姿勢を崩して腰掛けている。
皆が思い思いに喋る中、大柄な体格で学園の番長格であるディケ・ガンヘイルはノリが悪かった。

「どうした、ディケ。テストやばかったのか?」
「別にそんなんじゃないさ」

返事はあるが、態度の素っ気なさに周囲は首を傾げた。
その中で“ノーラ”からディケを知るクラスメイトが最近気になっている事を彼に問いかける。

「ディケってさ、昔あんまフリットと仲良くなかったよな」

そうなんだ、と大半の“トルディア”生まれのクラスメイトが初耳という反応を返せば、ディケは頬杖をつく。

「ジュニアハイスクールの時までな」

あの頃は餓鬼だったんだよと返せば、そういうものだろうかと前の故郷が同じクラスメイトは思う。
自分も“ノーラ”に住んでいた頃はフリットと話すことはあまりなく、今でも学園内で伝えなければならないことを交わす程度で彼女の人となりはあまり知らない。だからと言って、周囲と同じように教員達から贔屓されていて気にくわないだとかそういうわけでもなかった。

“ノーラ”が無くなってしまってから別のコロニーに行ってしまった幼馴染みもいる中、“トルディア”に先に移住していた彼は暫くしてから時期を同じくして“トルディア”に移住してきたフリット、エミリー、ディケの変化が気になっていたのだ。
特にフリットとディケだ。最初のうちは気にすることのほどでもなかったのだが、試験前のことが原因だ。

軍から帰ってきたフリットに柄にもなく騎士のように盾になっていたディケは、ジュニアハイスクールの頃を思い返せば信じられない行動と言えよう。
ディケが憧れを抱いているのはエミリーだというのは男子の中では有名な話だから、フリットに好意を寄せているというわけでもない。だからこそ余計に気になってしょうがないのだ。

しかし、それ以上の詮索をされる前に一番前から二番目の窓際の席に腰掛けていたディケは外の異変に気付く。
流石に此処まで声などは聞こえないが不穏な空気を感じ、同じ学園の生徒が見知らぬ誰かに蹴り飛ばされるのを視界に捉えたディケは席から立ち上がる。

「どうしたんだよ、ディケ」
「倉庫の方に他校の奴が邪魔しにきてる」

そう言って教室を出て行けば、興味本位でついてくるのが二人ほどで他のクラスメイトは本当かと窓際に密集していく。







学園の庭園で今日は花壇の水やり当番になっているエミリーは庭園の入り口にある装飾の施された高さ一メートルほどの柱に手を触れる。ディスプレイが起き上がり、タッチパネルに指を触れればスプリンクラーが水を撒き始めた。それを確認してエミリーは木陰に座っているフリットのところまで歩み寄っていく。

「明日にはもうビッグリングに行くのよね?」
「うん。後、牽制のための作戦があるからまた長引くかもしれない」

最近になって宇宙海賊が連邦軍の戦艦を尾行したり、基地周辺を彷徨(うろつ)いているという報告が上がっている。
海賊の取締りはコロニーごとの自衛隊や警備隊が担っているのだが、連邦軍の周囲を彷徨いているとなれば今回ばかりは軍から手を出さねばならないだろう。
学園内で下手なことを言えないため、エミリーにさえ遠回しな言葉でしか伝えられないのだが、エミリーは深く訊いたりはせずに頷くだけだ。

「そっか。ハロとも暫くお別れね」
『マタネ!マタネ!』

フリットの手の中にいるハロを撫でれば、ハロは次の再会を約束してくれる。そのことに安堵して息を吐こうとしたエミリーだが、突然の大声に肩を跳ねさせる。

「…フリット、今の」
「行くよ、ハロ」

立ち上がって走り出すフリットをハロがボールのように追いかけるが、エミリーは戸惑う。大声がしたのはMSクラブが利用している倉庫からだったからだ。
けれど、フリットだけでは心配だとエミリーは意を決して走り出した。







倉庫前にはこの学園の制服ではなく、ダークブラウンを基礎にした制服を身につけた男子学生達がMSクラブの三人を取り囲んでいた。他校の生徒は数にして五人。

学園のセキュリティはどうなっているかと言うと、校門には監視カメラのみであるが、そのカメラが破壊されたなら警報などが鳴るはずだった。
しかし、彼らはカメラレンズにガムテープを貼り付けただけだ。カメラ映像を管理しているのは教員であり、管理も交代制で行っているが、異変にすぐ気付いてくれるかは不透明だ。

「で、どう責任取ってくれんだ?」

一番体格の良い他校の生徒が前に進みながら、浅黒い肌の少年に詰め寄る。
他校の生徒が言う責任とは、横にいる右腕を包帯で包み首から三角巾で吊っている学生の怪我のことだ。

「確かに彼の怪我は大会で僕達と試合になったときに負ったものだけど、全部の過失が僕達にあるなんて可笑しいじゃないか」

三年生の彼がそう言っても相手は聞く耳を持ってはくれない。

「そんな理屈知らねぇな。怪我には怪我で責任取らなきゃな!」

膝蹴りを入れられた身がくの字になって浮くように飛ばされる。
後輩達が駆け寄ってきてくれるが、彼は咳き込んで何も喋れない状態だ。
彼らだけでも逃がしたいとは思いはするが、囲まれた状態ではどうすれば良いのか検討さえつかない。

「お前ら、やっちまえ」

大柄な彼が顎をしゃくってみせれば、彼の舎弟的立場である学生が二人前に出て、レオに駆け寄っていた後輩二人の襟首を掴んで引っ張るように無理矢理起き上がらせる。
彼らが降りかかる拳を防御しようと腕を顔前に掲げた時だ。

「やめろ!」

邪魔をした声に他校の生徒達が振り返れば、ペットロボットらしきものを連れた一人の女子生徒がこちらに向かってきていた。

「…フリット」
「アスノさん!?」

同級生の二人が意外そうに彼女の名を呼ぶが、フリットは他校の生徒達から視線を外さない。他校の生徒が睨み返し、言い放つ。

「何だ?女は引っ込んでろ」
「騒動は起こさない方がお互いの為だと思うけど」

気圧されることなく言い返すフリットに口笛を吹き、大柄な他校の生徒がフリットの方へと前に出て行く。

「威勢が良い女は嫌いじゃないぜ」

だが、邪魔をされた制裁はせねばなるまいと彼はフリットの両肩を平手で押すように突き飛ばした。
フリットも抵抗は見せたが、如何せん体格差がありすぎた為に軽い攻撃で地面に突っ伏してしまう形になる。こんなことならラーガンに組み手を教えてもらっておくべきだったと後悔する。
けれど、フリットの瞳に戸惑いの色も悲しみの色も無かった。睨み返してくる瞳は真っ直ぐすぎる程で相手は息を呑む。

「弱いけど口だけじゃなさそうだな」

と言ったところで、彼女の傍らに落ちている細長い台形型の手の平大の機器に目が行く。
興味本位でそれを拾われてフリットは目を瞠る。さっき突き飛ばされたときにAGEデバイスを落としたのだ。

「ッ…触るな」
「大事なもんか?通信機って感じでもないけど」

彼も他校だがMSクラブに属する身だ。AGEデバイスを通信機器と判断しないくらいには機械類には詳しいのだろう。

フリットはAGEデバイスを勝手に弄られてガンダムを呼び出されては大変だと、AGEデバイスを持つ男子学生の腕を掴むが彼は微動だにしない。
攻防を続ける中、大柄な彼に耳打ちする生徒が一人居た。耳打ちされる言葉に相槌を打った彼はフリットの目の前にAGEデバイスを差し出す。

「え?」
「返してやっても良いぜ。俺の条件を呑むならな」

条件とは何だとフリットは眉を顰める。

「お前、あのウルフ・エニアクルの女なんだろ?俺に乗り換えるならコレを返してやっても構わねぇよ」
「な!?」

勝手にウルフの恋人にされているのは心外だが、今はそのことよりも目の前の男と付き合わなければAGEデバイスは手元に返ってこないということが問題だ。
相手を掴んでいた手を逆に掴まれてフリットは腰が引けてくる。

「威勢も良いが、その目が気に入った」
「ちょっと…嫌だって」

此方の了承も何も訊いていないのに無理矢理引き寄せられそうになってフリットの目尻に雫が浮かぶ。
と、ふいに太陽の光りが影に変わった。
他校の生徒から引き剥がされてフリットの左肩に誰かの手があり、右半身がその誰かに引き寄せられる。

見上げれば、
「こいつは俺の女だ」
狼が吠えた。

服越しでも締まった身体をしていることが分かるこの男はウルフ・エニアクルだ。
フリットはウルフが宣った台詞に弾かれるようにウルフから離れる。

「だ、誰がッ」

貴方のものになった覚えはないと噛み付くが、ウルフが真顔で自分を見返してくるのでフリットの言葉が詰まる。

「他の男にはやらないと言っただろ」

そう言い終わると、ウルフはフリットから視線を移動させる。
自分の獲物に手を出した罪は重いことを教えなければなるまい。





























◆後書き◆

ウルフさんの出番少なくていやはや申し訳ない(汗)
言わせたい台詞を書けたのが満足な回となりました。

Weiβ=白い
schatten=影

pixiv掲載日:2012/02/26
更新日:2012/04/14








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