◆Weiβ null◆










軍に入隊してから二十八までコロニーの連邦基地勤務続きだったラーガンだが、“ノーラ”を失って以来、戦艦勤務が身に染みついていた。

現在はビッグリング周辺の哨戒任務を担う戦艦でモビルスーツ部隊を率いている。補給などはビッグリングで行なうため、ビッグリング基地に滞在することも多い。
ガンダムが其方の基地に収容されているため、“トルディア”から赴いてくるフリットとも顔を合わせている。昔ほど頻繁ではないから、会う度に大人になってきたなと思わずにはいられない。
昨日もビックリングの格納庫で顔を合わせたが、妹分の成長を間近にするのは兄貴分として微笑ましくもあり誇らしい。

今は哨戒任務に出ているラーガンは艦で暫くの日数を宇宙の海で過ごすことになる。
殆どフリットと入れ違いになってしまい、あまり話せなかったのは惜しいが、通信手段はある。後で連絡を入れて話そびれたことを話そうかと彼は考えている。

ジェノアスの整備が一区切りついて上機嫌のラーガンは自室に向かって通路を進んでいた。ようやく、整備前にダウンロードした新しいゲームに手を付けられると鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。面白かったらフリットにもたまにはやってみたらどうだと勧めてみるのもありだろう。

自室まであと十歩というところで、ラーガンは背後に漂う重圧に足を止める。
異様な重みに振り返ろうとすれば、自身の身体が通路の壁に追いやられていた。それにラーガンが気付いたのは、自分の顔横に迫っている手が壁に叩き付けられた音が耳に届いてからだ。

「ラーガン、話がある」
「一体何です」

内心驚いてはいるが、話しかけてきたのはウルフだ。この男ならこの状況は有り得ると納得してしまえているラーガンもかなり肝が据わっている。

「フリットをおとすにはどうしたらいい」
「フリットを?いつも模擬戦で墜としてるじゃないですか」

何を言い出すんだとラーガンは首を傾げる。今更どころか、そもそもウルフの勝率の方が上だ。昨日だってビッグリングのシュミレーターでフリット相手に勝っていた人が何を言っているのやら。
だが、そうではないとウルフの眼光が言い返してくる。

「そうじゃねえ。フリットを俺のもんにしたい」
「え?」

ようやくラーガンは驚いた顔をした。それを真正面から向けられたウルフは唇を尖らせる。
他に相談出来る相手がいなかったというのもあるが、ラーガンは自分よりもフリットとの付き合いが長い。それに、フリットばかりを見ていることを最初に指摘してきたのはラーガンだ。
的確なアドバイスをくれるだろうと恥を忍んで頼りに来たのだが、小娘相手に躍起になっている自分はラーガンに恰好に映っていると思われた。

「あの、すみません。本気で言ってますか?」
「フリットが欲しい」
「清々しいほど正直に有り難う御座います」

もうどうにでもなれと、ウルフはやけくそになって恥を捨てた。すればラーガンから褒められる。いや褒めてないとラーガンが掌を見せる。

しかし、と。ラーガンは自分の手を退けてウルフの眼差しを見つめ返す。男の目だ。

「そうですね」

思案の色を見せれば、ウルフから期待の表情を向けられた。ラーガンは一つ提案しようと口を開けば、別の所から声が掛かった。

「おいおい、こんなとこで喧嘩なんかすんなよ」
「いや、これは」
「違ぇよ。恋のレッスンだ」

ウルフの発言にラーガンも通路の邪魔だと文句を言ってきた同僚も口をあんぐりと開ける。

「そうか。ま、頑張れよ、ラーガン」

誤解をして去っていった同僚の背中は本人の自室に消えていった。

「貴方は本当に言葉を選んだほうがいい」
「間違ったことは言ってねぇだろ」
「誤解を招いたら元も子もありません。フリットにだって伝わりませんよ、それでは」

最後の一言にウルフは「う」と顎を引いた。そうだ。それなりにフリットにモーションをかけているつもりだったのだが、今まで全く手応えがなかった。ラーガンの言うように伝わっていなかったことに他ならない。

「だからお前に相談しに来たんだろ」
「お手上げってことですね」

ラーガンと横並びに壁に背を預けたウルフは顔を逸らす。図星ばかりつつかれて面白くない。
彼にしては相当思い詰めていると知れて、ラーガンは苦笑を称える。

「俺が見ている感じ、フリットはウルフのことを気にしていると思いますよ」
「何でそう思う」
「言っておきますが、恋愛感情的な好意じゃありません」

そんなことは言われなくてもと表情に出しているウルフを横目にラーガンは続ける。

「友人や仲間にはそれなりに心を開いていますけど、心を許しているように見えるんですよ、ウルフには」
「お前には?」
「許すのとは違いますね。それに、元々フリットの気分を害するようなこと俺はしませんから」

暗に貴方はフリットに厭な思いをさせていると言われているようでウルフの眉間が険しくなる。身に覚えはあるので、言い返せもしないのだが。

「ただ、そういう場合フリットは普通に距離を置いたりするんですが、貴方が構っても相手をしてくれるでしょう?」
「意地張ってるだけじゃねえの?」
「そう思うのは自由ですけど」

む。と、ウルフは考え込む。
あまりにも微動だにしないと焦っていたのだが、フリットが自分を意識している可能性を知らされて少し頭の中を整理している。

「告白するのが一番だと思いますよ」

考え込んでいると唐突に横から言われた。ウルフは面を上げてラーガンと顔を見合わせた。

「上手くいくと思うのか?」
「それはフリットの返事次第です」
「そりゃそうだが」
「有効だと思いますけどね。フリットは自覚が足りないところがありますから」

フリットがウルフのことを意識しているのはラーガンの目からも明らかだ。
今の段階では自分よりもパイロットとしての技量が上の人という位置づけではあるだろうが、本人が自覚していない部分もあるかもしれない。
それを明確に引っ張り出すなら、ウルフがフリットをどう思っているか伝えるのが一番なのだ。そうすれば、フリットも見つめ直す切っ掛けが出来る。

「あれ、まだ返事していないんですよね」
「ああ、レースのやつな。次に連絡来たら断るつもりだけど、いきなり話変えんなよ」
「その話、引き受けても良いんじゃないですか?」
「お前何言って」
「本人の目の前で色々やっても気付かれなかったんでしょう。なら、レースで優勝して告白宣言とか派手で良いと思いますけど」
「……マジかよ」

提案そのものではなく、ラーガンにしては大胆な発案にウルフは目を瞠る。しかし、フッと口元に笑みを浮かべ、狼は勝利を確信する。

近頃、ヴェイガンの動きは縮小されつつあった。戦力の温存と見るのが妥当であり、気を抜くわけにはいかないのだが、それは連邦軍内での話だ。民間では平穏を取り戻しつつあると受け取られていて、娯楽を愉しめる環境にある。

そんな中、ウルフは先日からモビルスポーツレーサーに一度復活してみないかと、組合の方からオファーを貰っていた。軍を通してきたので、上層部も承知の上らしい。軍への入隊希望者を集う良い宣伝にでもなると軽く見ているのだろう。その考えはウルフも別に構わないのだが、レーサーを引退した身だ。けじめを付けた誇りもある。だから断ろうと決めていたのだが。
ウルフは再三に渡って何度もレース大会への出場を誘ってきた組合に、突如として気の良い返事を返した。

そして、ファンファーレが鳴り響くスタートラインにGエグゼスは立つ。他の機体を凌ぐ圧倒的な存在感があった。
ウルフはヘルメットの奥で獲物を思い浮かべながら呟く。

「見せてやるよ」

そして―――、

「白き狼を超えた白い狼の実力ってやつをよお!」

大きく吠えた。





























◆後書き◆

ラーガンがウルフさんに壁ドンされる話。だけ言うと語弊がありますが、ウルフさんがレース大会で勝ってフリットに告白するまでの裏話になります。

ラーガンは自分のことだと自信持てずにいるけれど、周囲のことを見る目は長けているので相手にこうした方が良いという指摘や指導は的確な人だと。もしかしたらウルフさんとフリットを客観的に一番理解しているのもラーガンかもしれません。

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web拍手掲載日:2016/06/19
更新日:2016/12/18








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