『Das Vorhandensein』オマケ
ウルフリ前提おじいちゃんシリーズ再録に追加のキオ視点話と繋がっています































『Das Vorhandensein』

―― キオとウルフ A.G.115年 ――









ディーヴァの艦内を自室に向かって進んでいたキオはいつもと何か違うような気がして立ち止まる。周りを見渡してみるが、異変は何もない。見慣れた通路である。しかし、自分の知っているディーヴァと何かが違って見えた。

『ドウシタ、ドウシタ』
「ディーヴァ、だよね?……ここ」

足元のハロに尋ねてみたが、質問に対する答えが返ってくることはなかった。
ディーヴァとは異なる連邦の新造戦艦……であるわけがない。キオはディーヴァから外に出ていないのだから。

「戻れば、じいちゃんがいるかも」

自分だけがぽつりと取り残されてしまったかのような不安に襲われたキオは来た道を戻ろうと後ろを振り向いた。
すれば、男の姿があった。

「白い狼……さん」
「そりゃ俺様のことだが。坊主はどっから忍び込んで来たんだ?」
「…………」

キオは途方もなく混乱していた。目の前の男を自分は知っている。祖父の部屋で見た絵のまま、額縁から抜け出た生身の姿に息を呑む。
だって、彼は過去の人物のはずだ。

「なんだ、あまりの色男に言葉が出ないか」
「えっと」

何とも反応に困る言い回しだ。祖父の呆れ顔が蘇る。

「言えんなら言わんでいいが、ハロがいるってことは」

と、ウルフはキオと視線を合わせようと屈む。そこで固まる。つられてキオも固まる。
両頬を大きな手に挟まれ、キオは硬直する。蒼い眼が顔をまじまじと覗き込んでくるのだ。

「似てるな」

フリットに。と、続けられてキオは心臓を跳ねさせた。この目には何もかも見透かされていそうで落ち着かなくなる。

身を引いて背を伸ばしたウルフは顎に手をあてる。

「彼奴から兄弟がいるなんて聞いてねぇし、他人の空似か」

特にキオからの反応はなく、ウルフは結論付ける。目の前の少年には何やら警戒されているようであるし、真実がどうであれ後でフリットから聞き出せばいい話だ。

「それで、俺からの自己紹介は必要なさそうだし。名前くらい教えろよ」
「……キオ」
「キオか。ハロはキオのこと分かんのか?」
『ウルフ、ウルフ』
「知らなそうだな」

キオはハロを見下ろして僅かに目を見開く。しかし、驚きがそれほど大きくないのは、薄々今の状況を理解し始めたからだ。
自分は今、過去にいる。ディーヴァに違和感を持ったのは、まだこの艦が新しいからだ。年輪の刻みを感じず、キオはディーヴァにいるにも拘らずディーヴァだと思えなかった。だが、紛れもなく、此処はディーヴァの艦内だ。そして、ハロも過去のハロなのだ。

「艦長に引き渡したらすぐ追い出されそうだし。かと言って格納庫連れてったら二の舞になっちまうからなぁ」

フリットは大概格納庫にいるのでキオと会わせてみれば一目瞭然だ。だが、以前のようにガンダムが奪取される事態になっては一大事だ。赤髪の子供とキオが無関係である保証もない。ウルフの勘は関係無いとひと吠えしてはいるけれど。むしろ、フリットと縁があるように感じている。

「艦長さんに会わせてください」
「良いのか?それで」
「はい」

物分かりの良いキオにウルフは苦笑しながら頭を掻く。

「ついて来いよ」

先を行くウルフの後ろにキオは続く。ハロはキオにではなく、ウルフの横にピッタリだ。

「あの、さっき僕に似ているって言っていたのは」
「ああ、フリットのことか。面白い餓鬼だぜ」

大きく肩を震わせて、愉快だとばかりの言い草だった。祖父のことをこんなに笑いながら語る人は今までに見たことがなく、キオにはとても新鮮に映った。

「生意気だわ、頭固いわ、自己中心的で見てて飽きねぇ」
「へ、へぇ……」

しかし感心していたのも束の間。散々な物言いにキオは顔を引きつらせる。全く褒め言葉が出てこない。

「似てますか?そのフリッ、ト、くんと僕」

祖父の名前を呼ぶのは気恥ずかしく、キオは少し緊張してしまった。

「中身はそうでもなそうだが、顔がそっくりだぜ」

そうなんだ。と、キオは自分の顔を触る。
祖母にも昔のおじいちゃんにそっくりねと微笑まれたことがある。だから、ウルフからもそっくりだと言われ、顔立ちは本当にそうなんだと実感が湧く。自分もあんなふうに歳を取りたいから嬉しくなる。

「あの、もう一つだけ」
「いいぜ。言ってみろよ」
「白い狼さんはフリット君のこと、好きなんですか?」

質問が耳に入ると、ウルフは足を止めた。キオも立ち止まる。
振り返ってくるウルフの表情は普通だ。これといって感情がのっているわけでもなく、無感情なわけでもない。

「そんなこと聞いてどうする」
「どういうのが、好きってことなのか、僕、まだ知らなくて」
「それなら。お前が聞きたい答えは出てこないぜ」

再び前を進むウルフにキオは戸惑うことなく続く。

「どうしてですか?」
「どーもこーもねぇよ。そのままだ」
「それなら、聞きたくない答えでもいいです」

その返事にウルフは目を瞠る。振り返れば、似ていると思うほど意志の強い瞳の色がそこにあった。調子が狂うと、ウルフは溜息を吐く。
キオを目の前にすると、フリット本人に暴露するようで本当に調子が狂う。

「後で聞かなきゃ良かったなんて愚痴るなよ」
「言いません」

頑固なとこが酷似する。

「好きなのかって訊いたよな。好きか嫌いかって言われれば好きだぜ」

フォンロイドのような高慢ちきはいけ好かないが、フリットのように頭の出来が良いタイプは勘違いがなくていい。

「それじゃあ、何かしてあげたいとか、守りたいって思いますか?」
「フリットはそんなに弱くねぇよ。彼奴なら自分でどうにか出来るさ」

肩を竦めながら、ウルフは両手を広げて言った。しかし、独りでやれなどと突き放しているのとは異なる。

「けどな。彼奴が抱えきれなくなったら手は出すぜ。手段も選ばねぇ」

背負っているものを代わりに背負う気はない。だから手を差し出すわけでも、手を貸すわけでもない。手を出すとは、つまりそういうことだ。

急に声を低められて、キオの背筋にピリピリと痺れが奔った。狼のごとく、獣の目が差し向けられる。自分に向けられているが、実際は違う。フリットに、祖父に向けられているのだ。

「はっ、マジに受け取ることないぜ」

途端に表情も声も崩したウルフだが、キオには冗談に聞こえなかった。激しいほどの獣の本性にどうして祖父は動じずにいられたのだろうか。どうして受け入れられたのだろうか。
祖父は何を知らずにいるのだろうか。

「ハロ、こんなところにいたのか」
『フリット、フリット』
「あれ。お前格納庫にいたんじゃねぇの?」

突然顔を出したフリットにウルフは顎をしゃくる。そんな態度のウルフにフリットは呆れ気味になる。
格納庫での作業はガンダムに関わるものばかりだ。ハロが手元になくては話が進まないどころか作業すら進まない。

「ハロがいなくなったから探しに来たんです。ウルフさんが連れ歩いてたんですね」
「連れ歩いてたのは俺じゃねぇよ。丁度良い、フリットに会わせようと」

振り返る先にキオの姿はなかった。訝しげなフリットにウルフが兄弟の有無を尋ねて彼の機嫌を損ねるまで後数秒。

忽然と消えたキオはディーヴァ艦内の割り振られた自室にいた。自分はどうやら寝ていたらしい。しかし、あれは夢だったのだろうか。それとも、白昼夢か。あまりにも鮮明に焼き付いている。ウルフの肉声もとてもリアルに耳に残っていた。
凄く印象に残る人だった。きっと祖父が出会ってばかりの白い狼だ。だから、父親が知らない頃のウルフ。

実際のウルフがあのままである確証はないけれど、祖父にこんな人だったんでしょ?と言ってみよう。愕く祖父の顔が目に浮かんでキオは自然と笑みを浮かべる。

「そういえば、最高の意味聞きそびれちゃった」
『サイコー!サイコー!』

ベッド上に跳ね上ってきたハロにキオは視線を落とす。丸い球体を手で撫でれば、機械音で『キオ』と何度も呼んでくれた。自分の知っているハロだ。

最高の真意は判らずじまいだが、何となく判った気がする。
白い狼そのものだということに。





END





























◆後書き◆

同人誌に書き下ろしで追加したキオ視点の続きにあたります。
キオ君にウルフさんのことを「白い狼さん」と面と向かって呼んでほしかったのと、この二人がご対面したらどうなるかなーと考えながら。



2017年9月通販オマケ
更新日:2017/10/15








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