フリット♀(40歳)・ウルフ(24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ロマリー(18歳)・フラム(18歳)
エミリー(40歳)・ウィービック(20歳前後?)・レウナ(100↑歳?)

アセムとユノアの父親が不明。

18歳未満の方は目が潰れます。































◆Wort-Feier -後編-◆










司令服を脱ぎ落とし、フリットは下着姿で床に腰を落とす。目の前には簡易ベッドの縁に大股で坐しているウルフがいる。
お前は脱がないのかと言いたくもあったが、自分がウルフのジャケットを持ってきて着せたのだ。フリットは言い出すのをやめた。

手を持ち上げてズボンの上からウルフの主張をフリットは触る。顎を引いたウルフの表情を見て、珍しいと思う。この男が後悔の感情を垣間見せるとは。

フリットは胸の内で頷いてから、その場で立ち上がる。見上げてきたウルフが訝しんで口を開く前に彼の膝上に乗り上がった。
ベッドにマットなどはなく、床と同等の硬さにフリットは眉を少し下げる。こんな堅いベッドで寝ても痛いだけだろうに。反省を促すための独房部屋は優しくない造りだった。

フリットはウルフに身を寄せながら彼のズボンのジッパーを下ろす。寛げて、下着を押し上げている彼のものに自分のが当たるように腰を落としていく。お互いの下着を触れ合わせて、フリットは擦るように腰を揺らした。

性急ではなく焦らすようにゆったりとした動きだ。しかし、それは緩慢なものではなくてウルフは瞬いていた。宥められているような感じがした。慰められていると感じなかったのは慈悲とは違うからだ。
口を開いたフリットが何か言いたそうにしたが、息を熱くしただけ。

前くらい開けても構わないだろうと、フリットは少し動きを緩めてウルフの上のインナーに指をかける。褐色の胸元と腹筋が露わになる。
張りのある筋肉であることは熟知しているものの、今この瞬間にこう目にするとどうにも落ち着かなくなってフリットは自分でやっておきながら顔ごと視線を横に流した。

横を向いたフリットにウルフはくすりと鼻で笑った。視線だけ此方に寄越してきたフリットは眉を立て機嫌を損ねた様子だ。小馬鹿にしたわけではないと、ウルフは彼女の背に腕をまわした。
一瞬矛盾した行動に見えているのだろう。フリットはこういう時相変わらず困惑の表情を見せる。谷間に鼻と頬を引っ付けてみれば困り顔が更に困っている。これを手放そうと一度でも決断した自分自身にゾッとする。知らず手に力が入る。

乱暴に彼女の上の下着をずらして柔肌の先端にしゃぶり付く。舐めたり擦ったりを繰り返すと、フリットが疼きだして止まっていた腰を揺らし始める。まだ前戯だというのに、既に繋がっているような錯覚を起こして互いの息が上がっていた。

自分が興奮しすぎているのか、フリットの方が静かになっていく。ウルフは抑えきれずにフリットをベッドに押し倒した。
上に乗り上がれば、フリットはもじりと足をすり合わせた。匂いに混じるものを感じてウルフは鼻腔を動かした。ウルフはフリットの顔を一瞥してから、部屋の隅を振り返った。ベッドの位置と反対側の隅に簡易便器がある。

視線を辿ったフリットはこの男に誤魔化しは効かないと観念した。彼の肩に手で触れる。
退いてくれと合図したつもりだったが、ウルフは退かずに視線をフリットに戻していた。
ウルフはフリットに肌を密着させると、彼女の背中とシーツの隙間に手を差し込む。抱き上げられたフリットは瞬く。別に歩けないほどの尿意ではないんだがと、首を傾げる。

便座に下ろされたフリットはウルフが此方を真正面に見下ろしているのでショーツを下げられなかった。

「ウルフ、後ろを向いていてくれないか」
「この間のあれ、俺結構根に持ってんだけど」
「この間の、あれとは?」

半目のウルフから自分は何か失敗をしてしまっただろうかと振り返る。まず、この間とは何時のことなのだろうか。

「看病の時だ」

呆れたようにヒントを出したウルフの声にフリットは余計に首を傾げる。食事を食べさせるのは彼も喜んでいたように思う。手料理も美味しいと言ってくれた。では。

「私がお前に乗り上がったから、傷が悪化してしまったことか?」
「悪化はしてねぇし、そのことじゃなくてだな」
「?」

本当に気付いていないフリットに今まで出会ってきた人間の中でも一番鈍いとウルフは評価する。面倒という感情が一切無いわけではないが、それを含めて好意なのだから自分の性癖もねじ曲がっているのかもしれない。

「ションベン毎日見られるの相当参ったからな」
「それは、お前だって私の」
「何度も見てないだろ。一回だけだ。それに、正面からは見てなかったのもある」

屁理屈だ。フリットはウルフの言い分に立ち上がろうとしたが、不味かった。ウルフとの会話に時間を掛けすぎたせいで、独房室外の手洗い場までは自力で辿り着けるか不安なほど下半身に焦りがある。
腰を浮かし掛けたフリットは便座に座り落ちる。足を閉じようとすれば、ウルフに膝を割られた。

「っま。待て、脱がせてくれ」

見られるのは回避出来ないとしても、このままではショーツを汚しかねない。それだけは断固として回避したくてウルフの手から逃れようとする。しかし、抵抗をする前にウルフが足を引っ張ってきて便座の穴に此方の身体が落ちかける。慌てて両手で身体を支えようとフリットは力んでしまった。

「………ぁ」

じんわりとショーツの真ん中が濡れていき、湿りきった滴が便器に落ち流れた。
ウルフの目の前でこんな恰好であることもだが、下着を尿で汚すことなんて今まで一度もしたことがなかったフリットは悔し涙が込み上げてくる。

元凶を睨み付けようとフリットは眇を向けたが、向こうの息の荒さに鋭さがなりを潜める。後ずさろうとするが、便座に座り直す程度の身動きしか出来なかった。迫ってくるウルフに口付けられてフリットは顔を背けて逃れる。
興奮しているウルフに困惑しかなかった。

「お、おかしいぞ、お前」
「何とでも言え」
「反省している人間の言葉とは思えないんだが」

臆して言えば、ウルフは眉を片方跳ね上げる。フリットの自由を奪ったのは必要なかったことだと後悔はあるが、悪いことだったと反省はしていなかったからだ。
そういったことの感じ方も違ったのだと改めて確認しつつ、ウルフはずいっとフリットに顔を寄せた。

「お前は俺を躾てぇの?」
「部下としては」

すいっとフリットは視線を横に落とす。本音を見せてこない動作にウルフは鼻を鳴らす。手をフリットの股下に忍ばせた。

「っ、汚れているものに触るな」
「フリットのなら汚くねぇって」
「お前が良くても私が良くない」

濡れたショーツの着心地は気持ち悪かった。直ぐにでも脱ぎたくてショーツのフロントに指を差し込んで脱ぎ下ろそうとする。けれど、ウルフが退く気配は全くなかった。

ショーツの濡れて湿ってしまった部分の内側に指を引っ掛けてウルフは持ち上げるように引っ張る。記憶が蘇ったフリットはウルフの意図に気付いて、それだけはと首を横に振った。
それなのに、口からは制止の言葉が全く出てこず、フリットは顔を真っ赤にする。自分がそれを待っていると期待している感情に嘘が吐けない。

摘んでいる部分のショーツを細く紐状にして、ウルフはフリットの割れ目に挟んだ。
股間の割れ目に食い込んでくる感触に身体が悦んでしまっていた。おかしいのはウルフの方ではなく自分の方ではないかとフリットは顔を隠すように重ねた両腕を持ち上げて目元を覆う。

ひくひくと痙攣手前のフリットの反応にウルフは生唾を呑み込む。フリットが厭がる素振りを見せるが、恥ずかしくて気持ち良いと身体はすでに覚えているのだ。

「ひ」

擦るようにショーツを前後に引っ張られて、跳ねた息がフリットの口から漏れる。放尿した直後で、とてもじんじんとしていた。膣の入り口から密も溢れ出して滑り始めもする。

「やあぁ」

食い込み擦る快感が頂点に達してフリットは腰を何度も跳ねさせる。びくびくと跳ねていたのが少しおさまってきたところで、ウルフにショーツを脱がされる。
彼の手が此方の頬を掴んできたが、フリットは弱々しく眉を歪める。

「匂い、気になるか?」
「ん」

顔を背けようとするフリットにウルフは苦笑を零す。彼女の頬から手を離して、その手を再び股の方に下げる。
三本の指がぐぬっと差し込まれて、腿が強ばる。指の根本までたっぷり入り込んでいるのをフリットは目にして瞠る。

「まだ」

汚いからと腰を浮かしたフリットだが、ウルフは浮いて離れた分を取り戻すように指を奥に何度も咥えさせる。

「に、ゃぁ」
「匂いもベタベタも気になるなら潮吹いちまえば気になんねぇだろ」
「そんな、こと」

ウルフが此方の身体にしでかそうとしていることを暴露されてフリットは息を詰める。流石にそれだけはと必死に立ち上がったものの、ウルフの指は入ったままで支えを求めたフリットは彼に抱きつく形になった。

「積極的だな」
「ちが、ぅ」

そうではないと気付いているのに都合良く受け取るウルフに眇を向けようとしたフリットだが、彼の手が小刻みに振動を与えてきてぐちゃぐちゃと卑猥な音が下から鳴り続ける。

「っ、いゃ」

痙攣しそうになっているフリットからもう少しだと匂いを嗅ぎ分けてウルフは指に触れるしこりのような感触の場所に集中する。
ヒッとフリットの身体が跳ねると、便器がびしゃびしゃになった。

「ゃぁぁ―――ァ、ぁぁ、止ま、なぃ」

潮が止まらず、フリットは顔を横に何度も振る。ようやく勢いがなくなってきた頃、足から力を抜こうとしたフリットだったが、ウルフが先程と同じようにGスポットへ小刻みに刺激を与えてきた。
反射的に足を強ばらせたフリットはウルフにしがみつく。

「もう、むり。ぃゃ、ぁ」

一発目以上に潮吹きが止まらなかった。これ以上はもう吹かないところまで出されてフリットはしがみつく力さえ消えてウルフにもたれ掛かる。
力の入らない身体で荒い呼吸を繰り返すフリットの裸体を優しく抱き留めてウルフは頬ずりする。それから呼吸が落ち着いてきたフリットの唇を啄む。

人の身体を玩具にされたような気分だったフリットだが、このウルフの愛撫に毒気を抜かれる。仕方ないと、自分から舌を差し出した。
くちゅりと仄かな音をさせて、口付けを引く。

「前もトイレだったよな」
「あれはお前が連れ込んだからだろ」

仲直りの場所に同じく便器を使用したのは偶然だ。毎回仲直りにトイレを選択したくはないとフリットはウルフに半目を向ける。
そう思ってから、今後も仲直りをする可能性があると前提に考えていることに気付いてフリットは目を伏せた。これからもウルフと共にいられるのは信じて良いものだと。

少女のように頬を染めているフリットの顔をウルフは覗き込む。案の定、見るなと彼女は横を向く。目の前に来た耳朶を狼は甘噛みする。

「仲直り、もっと欲しいだろ?」
「終わらせたつもりはない」

睨むようにしているが、真っ赤な顔では口で言ったものは強がりにしか聞こえなかった。存分に甘やかしたくなってきたと、ウルフはフリットを抱き上げる。

ベッドに戻ってくると、薄いブランケットを下に敷いてその上にフリットを降ろす。何も身に纏っていないフリットの膝を割り開いて、半脱ぎのウルフは顔を下に落としていく。その頭をフリットはやんわりと手で押した。

「しなくていい」

困っている表情から汚いからしなくていいと伝わってくる。だが、尿と潮の香りでウルフは完全に興奮状態だった。
フリットの手を退かして、匂いを思う存分嗅いだ。途端に真っ赤になった彼女の股に強引に口付ける。

「ッ」

退かされた手を戻して再びウルフの顔を剥がそうとしたフリットだが、敏感になりきっている場所を舌で蹂躙されると剥がすのが惜しくなった。

「きたなぃ、やめ、ろ」

それでも汚いからと首を横に振り続ける。
ウルフはその反応を見て微笑しながら片目を瞑った。彼女は此方の頭を掴んでいるが、指先に躊躇いがあって髪に絡んでくるとくすぐったい。

尚も嗅いだり舐めたりを繰り返すウルフを前にフリットは表情を弱くしていく。小動物がこれは食べられるものかどうか確かめている動作だったからだ。

顔を引いて体勢を立て直したウルフは脱ぎかけの格好のまま自身を取り出して、フリットのそこにあてがう。
問うてくる瞳にウルフはほくそ笑む。

「着てるほうが格好良いんだろ?」
「……ホテルの時のことを言っているのなら、あれは」

見慣れない格好だったからと言おうとしたフリットだったが、目の前のウルフの姿を今一度見つめる。白服の前だけをはだけさせていると、褐色の肌が際立つ。艶めかしい男性特有の色気があった。
黙って、そろりと視線を横に外したフリットの瞳は興奮に濡れていた。

「お前の好きな抱き方してやる」

目尻に唇を落とし、ウルフは囁く。彼にしては存外優しい声色で、フリットは耳を震わせた。
ウルフは自身の先端、亀頭をフリットの粒を弾くように擦りつける。

「んん」

それから濡れている膣口に亀頭を下げて、表面だけを擦り撫でた。焦らされているが、フリットの熱は高まる一方だった。

「ゃ、あ」

足を大きく開いて股をおっぴろげる姿に狼は喉を鳴らす。食べ頃だと。
けれど、ぐっと堪えてウルフは表面だけを愛撫する。腰を浮かしてフリットは奥の切なさを埋めたがっているのに。

くちくちと表面同士が擦れているだけで湿った音が響いている。それほど溢れていてフリットは腰をくねらせる。
実際は擦られているだけだが、ウルフが膣に入ってきているのを想像して記憶している感覚だけで絶頂に達した。

「ぁぁ―――、っ」

突っぱねている足の付け根をウルフは開いた。フリットが何か制止を言うよりも先にウルフは勃起している自身を絶頂中の彼女にねじ込んだ。
腰をしならせて喉を此方に晒してよがっているフリットは訳が分からなくなっているように見えた。快感に身を委ねるのに精一杯の様子だ。最高の食べ頃だと、ウルフは激しく腰を打つ。
吸い付いては柔らかくうねる膣壁を奥まで味わえば、きゅうきゅうと内側がしがみついてくる。絡み合っている感触にたまらず、腰が止まらなくなっていた。

荒い獣のような息遣いに潤む瞳を向けたフリットは息を呑む。全く余裕のないウルフの顔つきは真剣そのもので、無性に自分が恥ずかしくなる。揺さぶられるがままに感じているだけだ。何も出来ていない。顔向け出来ない気持ちになっていると、熱い息が頬に掛かった。

「もっと感じろ」
「え。ァ、だめ―――、そこばっかり」

特に感じる場所を何度も突き擦られてフリットは厭々と首を横に振る。髪が振り乱れて汗で肌に張り付く。頬や首筋に掛かる髪糸が情事を一層際立たせていた。

「ウルフ、だめ。それ、ッ、だめです」
「その顔、すっげぇ感じてるだろ」
「らめ、待ってくだ、さ……っ、ぃ」

気持ちが昂ぶっていて思わず敬語になってしまっているフリットの喘ぎ声はこれ以上ないほど甘くなっていた。

「ハッ」

熱い吐息を吐いてウルフは待たずに腰を進めた。眼下に映る柔らかそうな膨らみを持つ胸を両手で掴み、揉みしだく。

「ァン、ゃ」

なけなしの理性でフリットは自分の声を塞ぐために手を口元に持っていく。それでも揺さぶりが激しくて喘ぎがどうしても漏れてしまっていた。
どうしようとフリットが思い焦っていると、ウルフが耳元に口を近づけてきて「可愛い」と囁いた。瞬間、きゅううと彼を締め付けた。

「出そ―――――、ッ」

白濁をウルフが注いだ途端、感じすぎている女の腰が大きく跳ねた。

「と。じゃじゃ馬」

外に出た陰茎が跳ね揺れて、フリットの下腹に白濁がねっとり飛んだ。外に全て出してしまうのは惜しくてウルフは直ぐさまフリットへと再び挿入した。
膣に注がれながら奥に入ってくる男のものにフリットは目元を持ち上げ閉じ、胸も腰も逸らす。どくどくと注がれる度にびくびくと身体が震えていた。

注ぎきると、お互いに荒い息で胸を上下させる。先に身体を起こしたウルフはフリットの背中とベッドの間に手を差し入れて彼女を抱き寄せる。

「場所交代」
「?」

首を傾げたが、ウルフが下なら上に乗れば良いのかと、フリットは次にはゆったりと頷いた。ただ、まだ自力ではすぐに動けないので、ウルフに任せた。
ウルフが下ではあるが、背中を彼の胸に当てるように背面に抱き込まれる。彼の胡座に座らせてもらっている体勢にフリットは首を後ろに捻ろうとする。

「ウルフ?」
「挿れるから、足」
「ああ」

足を開いてフリットは少し腰を浮かした。硬度を取り戻しているウルフが挿入ってきて、瞼を震わす。
ウルフから動く様子がないので、フリットは自分で動こうと上下したが、一番奥まで入った時に後ろから強く抱きしめられた。これでは動けない。

「ん。どうした」
「指輪。昨日今日に用意したわけじゃないよな」
「まあ、そうだな」

フリットはそっと視線を横にずらしたが、そういうことでもないと視線を戻して後ろのウルフを振り返ろうとする。
指輪を用意したのはウルフの看病をしている合間だ。予定を変更してコロニー滞在を延長もしていたから、手に入るのはその時だけだった。

「お前に渡してから、贖罪することを告げようと思っていた。順序が変わってしまったがな」
「あの時言えば良かっただろ」

自分は尋ねたはずだ。理由ぐらいあるんじゃないかと。
言い訳しなかったフリットを責めたいわけではなかったが、応えなかった事実は大きくてウルフはそこだけ納得しきれていなかった。

「私だって………怖かった」
「フリット?」

泪はないが、身体が泣き震えているのが肌から伝わってくる。

「言ったところで、待てないと言われるかもしれないと。待てないと言われなくても、待たせるのはお前への甘えになると思った。だから、怖かったんだ」

どちらにしても。
此処に来るのだって怖かったくらいだ。
あとはどう言ったら良いのか言葉を探すが、フリットは上手く言えなかった。

言いたいことがあるのに言えなくなっているのを感じ取ってウルフは本当に不器用だとフリットを見つめ下ろす。
左手に絡む感触にフリットはハッとして手元に視線を落とした。ウルフの左手に包まれ、指を撫でられる。互いの指輪が重なり合ってカチリと音が鳴った。

「まだ怖いか?」
「怖くない」

強がりを解いた声にウルフは満足する。彼女の中にある頑なな何かをほぐしてやれたのならば。納得や理解は後回しで良い気がした。

「甘える決心ついたってことだよな」
「言っただろ。アセムにも言われたんだ」

息子に言われたからだと意地を張っている様子に笑いが込み上げてくる。むすりとした顔が振り返ってくるが、愛おしいとウルフはぎゅっとフリットを抱きしめる。

「ン、ァァ」

たったこれだけの身動きで此方の先端がフリットの良い所に当たってしまったようだ。比較的真面目な話をしている最中だったからか、喘ぎ声を出してしまったことを恥じたフリットの耳が真っ赤だった。

「先にえっち続けるか」

色づく耳元にウルフが誘いを零せば、フリットは首まで真っ赤にして頷いた。

ウルフが背中をベッドにつける。抱きしめているフリットごと寝そべった。
男の上で仰向けになるのは落ち着かないのか、フリットは右を見たり左を見たりと自分の位置と状況を確認しながら戸惑っていた。ウルフは彼女の脇の下から手を忍ばせて乳房を揉んだ。

大人しくなったフリットから仄かな嬌声が漏れる。
先端を両方とも指で摘みながら下から腰を揺すった。脇を締めて快感を逃そうとしたようだがどうにもならず、此方の手に自分の手を重ねてきた。

ウルフは手の場所を交代するように、フリットに彼女自身の乳房を揉ませた。困惑して消極的だったため、ウルフはフリットの手の上から揉む動作をする。手ごと胸を揉まれていることにフリットは眉を寄せる。
ウルフが手を離しても、フリットはそのまま自分の胸を揉み続ける。

彼女のくびれを掴み、ウルフは存分に腰の揺すりを強くした。ベッショリと濡れているところに精液も混じり、グチョグチョと湿った音が響く。

「ぁ。これ……ャ」

自分の胸を揉む手は止められず、大きく開いた股からいやらしい音が鳴っていることにフリットは目を伏せる。
耐えられないと目を閉じているフリットにこれ以上を与えてやりたいと、ウルフは熱い息を彼女の首筋に吐き出して唇を這わせる。

「んぁ」

くびれを掴んでいた手を片方、股へと伸ばす。と、茂みを掻き分けて、陰核の粒を指の腹で擦り始める。 腰の浮きそうなフリットを片腕で押さえ込み、外れないようにウルフは挿入を繰り返す。もう手放す気はないのだと。

男根の先端がこつこつと膣奥に当たり、互いに刺激し合う。一層膨らみ、奥に解き放つ瞬間を感じてウルフはフリットの首と肩の付け根を思い切り噛んだ。彼女の髪が口に入っても気にしない。

「ぁう。――――ン、ン」

快感が強く勝ってフリットは手の甲で口元を押さえ、背中を反らした。背筋をびりびりとしたものが奔り、痙攣が止まらない。ウルフががっしりと抱きしめているので外からは大きく跳ねていないが、内側はもう大変だった。
身体中に何かが駆け巡っている最中。ウルフも絶頂していて耳元に荒い呼吸が吹き込まれていた。その熱い息遣いにもフリットは眼を細める。

「はぁはぁ、っ……フリット」

ウルフからすごく熱く耳元で直接呼ばれ、フリットの熱も上がる。耳を甘噛みされてきゅうっと目を瞑れば、穴に舌を入れられて濡れた音と感触にたまらず腰を揺らした。
注ぎきっていない白濁を絞った感覚を膣内で感じてフリットは口に溜まる唾液を呑み込んだ。

「ウルフ、少し」

良いか?と尋ねる視線に甘えを感じてウルフは彼女の耳元に音がするように口付けをすると、抱き留めている腕を緩めた。
右耳を手で押さえながらフリットは起き上がり、ウルフのものを自分から引き抜く。亀頭のでっぱりが膣口に引っ掛かって出た瞬間に変な声が出てしまった。顔を赤くしながらフリットはウルフの股の間に身を収めた。

どろりとした白濁が先端から垂れている陰茎を愛おしそうに手で摘むと、フリットは口を縦に開いて先端を含んだ。
吸ったり舐めとったりと、先っぽの奉仕に執心になっている様子を前にしてウルフは額に手を当てる。意外と反応に困る。

何がしたかったのかはっきりしたが、ちまちまと残り汁を呑み干そうと必死になっている様子は卑猥というより幼く見えていた。
先端を弄られる快感は確かで気持ちよく息も上がっているものの、冷静な部分ではよく司令官という大役が務まっているなと思う。今までの話を総合すると自ら望んだよりは周囲の望みだったのだろうけれど。

満足して口を離したフリットは濡れている唇を指先で拭う。それから、ウルフの顔を見遣り、顎を引いた。眉を八の字に下げたフリットにウルフは一瞬首を捻る。
ブランケットを握る手が震えていることに気付いて、彼女が怯えている意味を見抜く。お前は気持ち良くなかったのか。と、勝手に思い込んでいるのだ。

らしくなく、ちょっと考え込みすぎていたようだとウルフは思考を振り払う。けれど。
ウルフはフリットに手を伸ばし、彼女の両頬を掌で包む。親指で撫でれば、安心したようにフリットが吐息する。
ひとまず、フリットの思い込みすぎはそれで解消された。

柔らかな胸に中心を挟まれながら、ウルフはフリットと顔を見合わせる。

「一つ訊くけどよ」
「?」
「フリットが俺のこと好きなのは、お前の意思か?」
「何故、今更そんなことを聞く」

口の中の粘り気を呑み込んでから、フリットは真面目な顔でウルフを見つめた。彼の言わんとしていることを弁別しようと真っ直ぐに。
しかし、ウルフの表情からは読み取れず、フリットは眉を下げる。理解したいのに上手く出来ない。
そんなフリットの様子の変化にウルフは困らせたと苦笑う。

「前に司令官になりたくてなったわけじゃないって言ってたのが引っ掛かってただけだ。深い意味はねぇよ」
「……それは」

思考して、少し時間を掛けてフリットは意味を捉える。何となくで、とても曖昧だが、確かに判った。

「ウルフに告白されたのが切っ掛けなのは間違いないだろうが、お前が私に好意を持っているからお前を好きにならなければならないと思ったことは一度もない」

はっきりと伝えた。恥ずかしがることもなく、鮮明な声で。
左手を伸ばし、フリットはウルフの頬を撫でた。この愛おしいと思う気持ちは自分にしかわかり得ないものだ。言葉では表現不可能な感情なのだから。

背を伸ばし、身を乗り出したフリットは自分からウルフに口付けた。情けや同情や、ましてや見返りでもなく。好きだから好きなのだと知らせる。

深い意味はないと話題を終わらせたつもりだったウルフはフリットからの不意打ちに瞠目するも、直ぐに理解して彼女からの口付けを味わい、引き寄せる。お互いに髪を撫で合ったりくしゃりと掻き乱しながら続けた。

「は、ぁ」

堪らず、フリットが唇を引く。下の方が疼いていて、まだまだ欲していた。

「いいぜ」
「む」

勝手に見抜いてくるウルフに口を曲げるが、フリットは目を伏せて背を起こす。少し下がりつつ、ウルフの勃ち上がっているものに手を添えて腰を落としていく。

「んん」

みっちりと満たされてフリットは喉を反らした。一息吐くと顎を引いて、男の引き締まった腹筋に両手を乗せる。掌から伝わってくる硬さに胸が焦がされる。
焦がしに突き動かされるままに腰をまわした。

此方を根本まで含んだまま、膣壁を余すことなく擦りつけてくる感触にウルフも堪らずそそり立ちを強くする。

「きもち……い」
「そんなにいいのか?」

思わず口に出してしまったことを気付かされてフリットは恥ずかしさに萎縮するも。

「俺もすっげぇ気持ちいい」

そんなことを言われてはもっと感じて悦んでもらいたいと高望みしてしまう。萎縮して一度止まってしまったのは動きを変える切っ掛けにした。

腰を浮かして引き、再び腰を落として満たす。上下の動きをゆっくりとし始めて、次第に緩急をつけていく。引くときに陰茎が掠り当たる場所が刺激される。ここばかりは不味いと思いつつも、二度もしないはずだと欲求のままに従って腰を反らした。もっとよく当たるように。
そこに引っ掛かる度にウルフも呼吸を荒くしていくのだから尚更やめられなかった。

「ぁ、ぁ、ァ、―――ッ、ンァ」

快感に思い切り腰を浮かし跳ねさせたと同時、飛沫が飛んだ。弧を描いた先に掛かり、フリットは自身の絶頂を余所に固まった。向こうも固まっている。
潮をまたも吹くとは思わなかった。だが、それ以上にまさかウルフの顔面に掛かるとは露とも思わなかったのだ。

はっとして先に動いたのはフリットだ。拭くものをとブランケットの端を手で掴んでウルフの顔に近づく。

「すまない、拭いてやるからじっと」

していてくれと、続くはずだった言葉は手首を掴まれたことで止まる。
フリットを押さえた手とは反対の手でウルフは顔を下から上まで拭ってそのまま髪まで掻き上げた。まともに目を開けば、色々と躊躇っているフリットが間近にいる。

「流石の俺様も顔射されたのは初だな」
「す、すまない」
「潮も滴るいい男だろ」

男前が上がっただろと宣うウルフにフリットは開いた口が塞がらなくなる。他に言い方はないものだろうか。
そうは思うも、気にしていないから大丈夫だと言外に含まれているのは明白で、フリットは耳を伏せる。それからウルフの胸板に顔を埋めた。

くっついてきた濃いめの若草髪を見下ろしてウルフはフリットの頭を撫でた。すり……、と頬を寄せてくる愛らしい反応に悪戯心が湧く。
頭から首へ、肩から背中へ、腰へと曲線を描く身体を撫でまわす。

「んん」

尻肉を両手で強めに掴んで揉みしだけば、焦らし撫でていた時はふるふるしていたフリットがくぐもった声を漏らした。

「ちょっとMだよな」
「?」

ウルフが言えば、フリットは顔を上げて首を傾げた。暫しウルフは動きを止める。
知らないから通じていないのか、思い至っていなくて通じていないのか判断しかねる。前者であった場合反応のしようがないので、手の動きを再開した。

「んぁ、ぁ」

膣口のひだを広げるようにしながら尻を持ち上げる。すれば疑問どころではなくなったフリットが甘みを俄に含んだ声で啼く。
その嬌声にウルフの下半身が反応を示して、フリットの膣口に先端をあてる。挿れようと腰を浮かしてみたが、フリットが下に手を伸ばして違うところにあてようとする。
尻の窄みに導こうとしていることにウルフは眉を潜める。

「それはしなくていいって言っただろ」
「違うんだ」
「?、違うって何が」
「…………」

黙ったフリットはウルフの先端を尻で咥えようと動作する。けれど、ウルフの眇めに眉を下げ、少ししてから言う決心がついた。

「怖いのはここに入れることじゃない。ここで感じるのが怖かったんだ」
「感じるなら、」

そこまで言って、ウルフは口を閉じた。感じるのなら問題無いと続けるのはタブーなのではないか。
以前、そちらに挿れようとした時にフリットは確かに震えていた。だから自分は引き下がった。何かあるのだと。

彼女を監禁した時も、そこの表面を触る以上のことはどうしても出来なかったくらいだ。
指で触るだけで、此処に挿入してこなかったウルフだからこそ、フリットは言わなければと口を開く。

「私が、妊孕出来なくなった原因は前に言ったよな」
「覚えてる」
「その時、初めて後ろにも入れられた。正直、気持ち悪くはなかった」

むしろ気持ち良いと感じるばかりで、自分の身体が信じられなかった。媚薬などの効果もあっただろうが、それを差し引いても快感に酔っていた。
前と後ろを同時に犯されて身体は啼き悦んでいたのだ。そんな自分自身をフリットは受け入れられずにいた、今まで。

「子供達にも悪いと思ったし、こんなことを知られたらと考えるだけで怖かった」

全てが自業自得だが、アセムとユノアには誇れる母親でいたかった。

「それなら、尚更アナルでヤる必要ないんじゃねぇか?」
「う。しかし、その」
「まだ何かあんのか?」
「あ、甘えては駄目か?今日だけでも、構わない」

ウルフは目を丸くした。今まで子供達には悪いからと後ろを使わずにきたという粗筋は頭に入った。その自分の定めた規約を破るというのはフリットにとってどれ程のものだろうか。
それをさせることになったのが自分の存在ならばと、ウルフは歓喜に唾を飲み込む。

ウルフの様子にその気になってくれているのではないかとフリットは彼のものを尻に挟んで、少し強気に胸を張る。
知らないわけではなかった。ウルフが此処に意識を向けていることを、知っていた。

「それに、お前も私のここに興味があるんじゃないのか?」

挑発気味の誘い文句に狼はガッと身体を起こした。
唐突なことに尻餅をついたフリットは驚いている暇もなく四つん這いにさせられる。彼女の背後でウルフは服を全て脱ぎ捨てた。
フリットが此方を振り返る前に、ウルフは彼女の尻の窄みに自分の唾液を付けた指をねじ込む。

「ぅぁ、ぁ」
「まだ震えてるぜ。嫌なんじゃねぇの」
「ちが、う」
「ほんと、そういうとこ生意気だな」

絶対に前言撤回はしないと頑なに意地を張るところは相変わらずだ。責任感が強いのは長所だが、やはり割を食う生き方だろう。
ようやく自分から甘えたいと言い出したのだから、とことん甘えさせてやりたい。己の欲望通りでもあるが、深く考える必要のないことだ。

指での解しを終えると、ウルフは鼻先をフリットの臀部に近づけた。ぴちゃっと舐められる感触にフリットが驚愕する。

「そこまでしなくていいっ。汚い、から」
「綺麗だっての。それに、お前の身体で舐めたことないのここだけだしな。最後の初めても寄越せよ」
「ッ、お前は本当に」

そこで言葉を切ったフリットに先は問わなかった。何となく言いたいことは判る。
諦めて大人しく尻を差し出すフリットの腿を撫で、ウルフは再び舌を這わせた。

窄みの奥に侵入してくる獣舌は一切の躊躇いなく舐めている。やみつきとばかりに一向に離す素振りが見えない。

「ゃ……ぁ、ぁー。ん、ぁー」

後ろは前とは違う感覚なのだろう。初めて聞く喘ぎの声色にウルフは耳を欹てながら、ズズッと尻穴を吸った。

「ひぁっ、ぁ、ゃー」

腕を重ねたところに顔を埋め、フリットは腰を振った。
思わず下半身が跳ねてしまったことを恥じて耳が真っ赤だ。そろりと後ろを振り返る眼差しには恨みが籠もっていた。濡れた瞳では恐ろしさは皆無に等しいけれど。

「そう睨まれると俺も興奮しちまう」

眉を顰めたフリットは半目になる。

「不満はないが、不満だ」
「どっちだよ」

苦笑してウルフは屈んでいた背を起こして、腰を寄せた。殆ど真上を向いているそれをフリットの尻で挟んで上下に擦った。

「パイズリも最高だけど、こっちもイケてんじゃん」
「ふざける、な。ぁ、それ当たって、ゃ」

何か当たっているか?とウルフは視線を下にさげる。視覚より先に感触で気付いた。此方の睾丸がフリットの恥丘に当たっているのだ。
故意に強く当て擦ってみた。

「ひふっ」
「キンタマどう?」
「ぃ、いいから、早く」

いちいち言葉を選べと言っても聞く耳を持たないのだ。フリットはウルフに恨みがましい視線を寄越しながら急かした。

「まじでケツに入れるぞ」
「そこに……欲しい」

頷き、フリットは唾液を呑み込んだ。今は何も後ろめたさを感じていなかった。ただただ、訪れを待ちわびている。
怯えや恐怖の匂いは掠めていない。ウルフは眼下の窄みがひくひくしているのを見て誘いに乗るように先端を押しつけた。

「ハッ、きっつ」
「ん」

お互いに力んでしまい、挿入しきるのに時間が掛かった。ウルフの顎を伝った汗がフリットの尻に零れる。
辿々しく挿れきったことにウルフは少し肩を震わせる。

「童貞と処女でセックスしてるみてぇ」
「例えるなら、他のものにしろ」
「他に例えようないだろ」

自発的に濡れる場所ではない。解したとはいえ窮屈だ。初めてで上手く愛液が出てこない膣のようである。
それに。

「俺だってアナルファックは初めてだ」
「え」

意外を込めた疑問ではない。純粋に驚いてのものだった。
自分がウルフの初めてになるのだと知って、フリットは次第に顔を熱くする。

動作や耳の赤さ具合から照れているのが判る。けれど此方を向いていないので照れ顔が見られなかった。振り向いて欲しくてウルフは腰をグラインドさせる。
尻の奥を広げられる感覚にフリットが僅かに後ろを振り向く。

「う、ぅぅ」

照れと快感に挟まれた表情にそそられて、ウルフは腰を振った。後ろを感じさせるのは初心者だが、フリットが悦び反応する瞬間を逃さないようにして動きを鋭敏にしていく。

「ぅぁ、駄目そこ。ゃぅ」

下手ではないようだ。良い声で啼くフリットに満足してウルフは彼女の胸を鷲掴んで、その勢いのまま背を起こす。背中がウルフの肌に密着し、膝立ちで重なり合う体勢にフリットは手の置き場を見失う。

乳房の色づきを摘まれながら胸を捏ねられ、身体が揺さぶられる度に尻奥の快楽が強まっていく。快感を抑えたくて口元に手を持って行ったが、その指を無意識に自分で舐め始めていた。

「エロさに磨きかかってきたな」
「おまぇ、が」
「俺のせいなら嬉しいぜ」

独りで全て抱え込んで自分のせいにしてきたフリットがこの瞬間だけでも寄越してくれるのだ。これ以上はない。

「こんなえっちな身体、満足させられるの俺だけだろ」

自負を込めて狼は獲物を揺さぶった。

「イ、ひゃ――――っ」

下半身を突っぱね、背をしならせたフリットは全身を痙攣させる。意識を手放してしまいそうなほどの快感を得ていたが、膣液が腿の内側まで流れて濡れている感触に手を伸ばす。しかし、ウルフの手が先に触れていた。

「ぃゃ」
「すっげぇ濡れてる。ケツイキでまんこがぐっしょりだ」

ウルフは先端から白濁を解き放ちたくて、指を引き抜いたそこに自身を穿つように挿入した。
卑猥な言葉を並べられ、白濁まで注がれて。
後ろの男を睨んでもいいくらいのことをされているのに、少しもそうしたいと思っていなかった。この男だからこそ、ウルフだからこそ許せている。
フリットは胸をいっぱいにして快感に喘いだ。

「激しいのがイイってか、いっぱいイくの好きだよなフリットは」
「ふ、ぇ?」

振り返る顔は蕩けきっていた。言われたことが頭に入っていない様子で疑問符を浮かべていたが、根っから理知を持ち合わせているフリットは指摘を数秒で理解した。耳を片方塞いで、ウルフから離れる。
腕の中から逃げたフリットの背中をウルフは首を傾げながら見つめる。口元と耳元を丸めた手で押さえていたフリットは恐る恐るウルフに向き直る。

思わず逃げ離れたが、指摘を受け入れられずにそうしたわけではない。自分が自身のことで認識していた以上のことを向こうから的確に言われたことで反発して身体が勝手に動いた。
ウルフが言ったことは当たっている。と、思う。思えば思うほど、そうでしかなかったことに気付かされて素直になるのが難しくなる。自分自身のことは自分が一番に理解しているものなのに、自分以上に理解されていた。その事実に向かって意地を張りたくて。

「やっぱまんことか言うなって?」
「そのことでは」

それはそれで改めてもらいたい言葉遣いだったが、ウルフにとって先程の指摘に深い意味や重要性がないことを思い知らされてフリットは肩透かしを喰らう。
何でもない一言としてウルフは口にした。
そこまで思い悩む必要はないのではないか。フリットは短く吐息した。

「いや」

何でもないと首を振るフリットの表情はすっきりしたものだった。何かあって距離を取ったのは明白だが、解決したと顔に出ているフリットを問い質すのも野暮だろう。ウルフは腕を前に伸ばして両手を広げた。
おいで。と、動作されてフリットは一度顎を引く。

表向きは渋々といった様子を見せながらフリットは四つん這いでウルフに近づく。ベッドの上なのだから元々そんなに離れてはいなかったけれど。
近づく度に上を向いているウルフの下半身のものが揺れるので、フリットは目を逸らしつつも逸らしきれていなかった。

早く来るように急かされているようでもあるし、今か今かと待ちわびて待っているようにも見える。そこへ手を伸ばして撫で上げたが、腕を広げていたウルフが此方の身体をすいっと抱き上げた。
ウルフのあぐらに乗り上がる形になったフリットは彼の肩に手を置く。腰を撫でていた男の手は下に降りて、尻の丸みを撫でまわし始める。

僅かに腰を揺らしてしまい、気付いたウルフが笑う。それに対してフリットは不満を顔に出したが、羞恥に目を伏せる。
笑ったのは悪かったと言うように尻を撫でていた手が探る動きをする。窄みを見つけて指を一本入れられた。

「ん、ぅ」

違和感を覚えている表情であるのに、声は甘さを含んでいた。
指で中を弄り倒している間もずっとフリットの反応を食い入るように見つめていれば、ずっと見られるのは耐えられないようで此方の首筋に顔を埋めてきた。
惜しいとは思うけれど、フリットの意を削ぐことはせずに後ろの穴を指先で弄りながら彼女の汗ばむ髪の匂いを肺まで吸い込むように嗅いだ。肩を掴んでいる形の良い指に力がこもった。嗅がれて感じているようだ。

フリットの反応に煽られて下半身の猛りが煩く主張する。我ながらきかん坊だとウルフは我慢しきれない腰を上げ、フリットの身体を下に押した。

「ッ、待っ、後ろまだ、指」
「二穴責めは無理か?」

後ろに指を入れられたまま、前に逸物を挿入された瞬間にフリットは彼に埋めていた顔をばっとあげた。

前後への挿入に複雑な表情をしながらも感じているのは上気した頬が物語っていた。だから厭そうにはとても見えなかった。
確認のために問い掛けてみたところ、フリットは首を横に振った。やはり厭ではないということだ。
しかし、

「心の、準備がまだ」

出来ていないのだと逃げ腰の彼女をウルフは今度は離さなかった。

「準備ってなんだよ。期待してますってありありと匂いさせてるくせに」
「う、嘘は言っていない」
「嘘じゃないなら、昔のこと整理したいってわけか」
「ぐ」

図星を指されてフリットは視線を逸らした。けれど、ウルフが真剣な声色で名前を呼んでくるので、逸らした視線を戻す。濁りのない澄んだ空色からフリットは目が離せなくなった。

「そんな必要ねぇよ。俺が最高のテクで昔のことなんか思い出せないくらいに上書きしてやる」
「っ、おま」

お前はまたそんなことを言う。言葉を選べと再三諫めたくなるが、彼の言葉に胸は早鐘を打っていた。煩い鼓動は上書きを待ち望んでいた。
返事に詰まったフリットだったが、彼の肩を掴んでいた手を片方持ち上げる。その手で彼の頬を包むように触れて、眼差しを愛おしく注ぐ。

口を開いたフリットはゆっくりと閉じた。
何か言おうとしていた言葉は喉から出てこなかった。瞳の意志は強いまま潤んでいて、口元は真っ直ぐに引き結ばれていた。

「わかってる」

正しく汲み取ったウルフが座した体勢は変えずに腰を何度も揺する。その動きに合わせたり合わせなかったりと後ろに入れている指は自由に動き回す。
前はトロトロになるほど柔らかくなっているのに、締め付けは緩むことなく程よく包み込んでくる。時折、ぎゅっとしがみつくような締め付けがきて、ウルフの口から熱い獣息が吐き出された。
その瞬間はフリットもきゅっと身を竦ませる。後ろの良いところを指が掠めたり当たった時だ。それから前で此方を締め付けてまた感じて竦ませている。

可愛らしい乱れ方をされてウルフは堪らずにフリットとの繋がりを深く速くする。後ろの指も三本に増やしていた。

「ぁ、ぁ、イく――――、ぅるふ」

感じすぎて身動きすらままならなくなって、ウルフだけが支えだった。痺れ喘ぐ此方の身体を彼は離さずにいてくれた。
呼吸を少しばかり整えられるようになるとフリットは姿勢を正す。

「ぁふ」

前と後ろには入れられたままなので息か喘ぎかどっちつかずの声が漏れてしまった。口元に指を持って行くが、その手を掴まれてフリットは動きを止める。
顔を近づけてくるウルフから逃げることなく、フリットは捧げるように目を閉じた。
唇が重なり、口内に舌がねじ込まれる。

自分の中にいるウルフをより感じたくてフリットは自ら腰を揺らす。三つも同時に攻められるのは経験にないことだった。普通とは変わった性行為だと認識はあるが、ウルフから与えられるものならば普通でなくとも良かった。

口付けの合間にウルフが口を開く。

「ここまで来たら四つ塞ぎたくなるよな」
「四つ?」

疑問は唇で塞がれ、ウルフの言う四つ目の場所が彼の親指に塞がれた。陰核の少し下、膣口より少し上の尿道口だ。

陰核ほど刺激は感じない場所だが、敏感な部分には違いない。それに、そこを舐める以外で行為の一つとして見なされたことに妙な羞恥を覚える。
普通でなくても良いと思ったばかりだった。けれど、こんなのは恥ずかしいこと極まりない。それでも一切の抵抗も見せなかったのは、やはり当初の理由に尽きる。

下の中心にはウルフのものがみっちり挿入され、後ろはウルフの右手が、前はウルフの左手の親指がそれぞれ塞ぎ、上の唇はウルフのそれに食まれていた。
身体中を狼に奪われた気分だった。

唯一奪われきっていない部分でフリットは自分の意思で自らウルフを求める。

「ウル、フ………っ、ウルフ、ぅ……る、ふ」
「フリ……ット、フリ、っト」

口付け合いながら互いの名前を呼び合うものだから、どちらも殆ど声にして呼べていない。けれど耳に届くそれは、はっきりとしていなくても二人を熱く高まらせた。
互いを、これ以上にないほど求めていたから。





隣の部屋から物音がしなくなってから数時間後、エミリーが様子を見に来て檻の外にいることにアセム達は気付いた。だが、どう声を掛けたら良いのか判らずにいると、数分で外に引き返していったエミリーを無言で見送るはめになった。
すぐに戻ってくるのか、それとも暫く戻って来ないのか。

不安にかられていると、抜き足忍び足で独房室に忍び込んでくる影があった。彼らはアセム達の檻の前で立ち止まった。

「お前ら、何かやらかしたのか?」
「どうしてこんな所に入ってるですかー?」

ウィービックとレウナの登場に肩の力がどっと抜けた。アセムは微妙な顔をしてウィービックを睨む。

「お前らこそ、自分の艦に帰ったばずじゃ」
「それがさぁ、キャプテンがこっちの司令官ってお前のかーちゃんか。と連絡取れなくなって、あの歳だけど美人の艦長とも話が通らないとかで様子見てこいって言われたわけさ」

確かに一週間近く音沙汰無しとなれば気にもなるはずだ。母と向こうの船長が以前から顔見知りの関係であることは察しが付いている。
それならもう心配ないと伝えようか、言い方を考えていると、ゼハートが耳元に顔を寄せてきた。

「彼女の方、セキュリティー解除の腕が達者だっただろ」
「あ」

その言葉に四人が顔を見合わせる。ばっと期待の込められた四人分の目を向けられてウィービックはたじろぐ。レウナはきょとんと首を傾げている。

「ここ、開けてくれないかな」
「は?開けろってそれが人にものを頼むたい」
「お前には頼んでない」

言葉の端を食われてウィービックは額に青筋を浮かべた。

「いいですよー」
「おい待て」
「何でです?開けるくらいいいじゃないですかー」
「だからここは、俺達が有利になるように交渉を」
「はい開けましたー」

人の話を聞いちゃいない。レウナの自由奔放さにウィービックは頭を抱える。仲間達からお前は頭が悪いと散々言われてきたウィービックでも天然には敵わなかった。
ウィービックなりに船長に倣って取引だとか交渉というものを考えていたのに。無い頭を必死に使ったのに何もかもがパーだ。

「助かったわ、レウナ」
「有り難う。今度何かお礼するね」
「ワーイ!楽しみですー」

フラムとロマリーから感謝されてレウナはぽわぽわと嬉しそうな顔で喜んでいる。その笑顔を見ていたら交渉やら何やらはどうでも良くなってウィービックは苦笑した。そんな彼にアセムは近づく。

「お前達が来てくれたのは、助かったよ」

あんまり言いたくはないけれどとそっぽを向きながらだったが、案外素直な奴とウィービックはアセムをそう感想して「おう」と相づちを打った。

「奥のお部屋にも誰かいるみたいですねー」

気配を感じ取ったレウナが奥に進んで行こうとするのをロマリーとフラムが両側から羽交い締めにする。足が浮いたレウナはばたばたと忙しなく暴れる。

「なにするですー」
「ご、ごめん。あっちは駄目なのっ」

さささっと、女性陣が外に出て行ってしまい、ウィービックが何があるんだと奥に興味を示した。その腕をアセムとゼハートが掴み引き止める。

「お前達の船長には俺達から説明するよ。ここ開けてもらった礼もあるし。な!」
「そこまで必死になられると」

むしろ気になる!とウィービックが二人の手を振り解いて奥へと走った。カードキーが差し込まれたままで、檻の扉は開かれていた。室内を覗き込んだウィービックは固まる。
ベッドに眠る男女の姿、ブランケットから覗く肌が艶めかしい。そして濡れている便器周り。僅かに残っている決定的な臭い。ウィービックは疎いわけではなく、仲間が女を部屋に連れ込んだ後の独特の空気を知らないわけでもなかった。
ただ、彼には免疫がなかった。ラブホテルを前にした時以上に茹だった顔をさらに全身まで赤く沸騰させたウィービックをアセムとゼハートは慌てて二人掛かりで抱えると、外へ逃げるように走り抜けた。

三人を出迎えたロマリーとフラムは彼らの様子を見て、何があったかを把握して頬を染める。レウナだけが口に人差し指をあてて首を身体ごと横に傾けて疑問符をたくさん頭上に浮かべていた。

「あ。アセム、早く行かないとっ」
「わ」

ロマリーは遠くの角から姿を現したエミリーに気付き、アセムも視認して慌ててウィービック達を引きずりながら独房室から遠ざかった。

六人の後ろ姿を遠目にエミリーは首を傾げたが、再び独房室に足を踏み入れる。
すやすやと穏やかに寝息を立てて、緩んでいる顔は司令官に似つかわしくないものだった。けれど、それを見下ろすエミリーの目元は優しい。

このままにしておきたい気持ちもあるが、そうも言っていられないと鼻につく臭いに溜息を吐く。

「フリット、起きてくれる?」
「ん、ん?エミリー、何か……って、え!?」

フリットは驚きに身体を起こそうとしたがそれは出来なかった。自分は今何も着ていなくて、隣というか真正面にウルフと抱き合っている状態だ。ブランケットは裸体の二人の大事なところをギリギリ隠しているが、心許ないことこの上ない。

自室ではないこのベッドで致してしまってから気怠さが抜けなくてそのまま眠ってしまったのだと、エミリーの顔を見てから思い出したフリットは狼狽える。いくら幼馴染みとはいえ、いや、幼馴染みだからこそ余計にこんな場面は見られたくなかった。

顔を赤くして焦っている様子のフリットにつられてエミリーも頬を染める。気持ちは判らないでもない。
それにしても、こんなに騒いでいるのにウルフは一向に起きる素振りが見られなかった。理由にエミリーは気付いていた。

「よく寝てるわね、彼」
「む」

なかなか起きないウルフの顔をフリットは見つめる。行為の最中は気恥ずかしくてここまでまじまじと顔を覗き込まなかった。だから、今になって下瞼に重い色を見つけて眉を下げる。

「此処でずっと寝てなかったのよ。食事はちゃんと摂ってくれてたけど」
「………」
「そんな顔してたら、また悲しませちゃうんじゃない?」
「そう、かもしれない」

私のせいだと自分自身を責める気持ちがフリットにはある。またこれをウルフに言えば「お前のため」と返ってくるだろう。絶対に。

和解は出来たようだが、思い悩む節のあるフリットにエミリーは苦笑を交える。しかし不安とは違うものだ。
取りあえずは、と。室内を演技混じりに見渡して鼻を押さえる手振りをする。

「自動消臭のスイッチはさっき入れといてあげたけど、そこの後処理どうするつもりかしら?フリットは」

ご丁寧にぞうきんが掛かったバケツを片手で掲げて見せる。
暫く沈黙していたフリットはぎこちなく口を開いた。

「………自分でやる」
「よろしい」

こんな後処理を部下か誰かにやらせるようなフリットではないことぐらい承知だったが、周囲に心配させたペナルティぐらいはやってもらわねばエミリーも腹の虫が治まらない。

バケツを「此処に置いておくから」と言ってベッド下に置く。それから、恥ずかしくて此方の顔を見られないとウルフの胸板に顔を隠そうと俯いているフリットを見つめる。
胸の痛みはなかった。悔しいけれど、敵わないと諦めがついたからだ。

「ぁ」

立ち去ろうとしたエミリーは、僅かに聞こえた声に振り返る。

「どうかした?」
「い、や。何でも、ないんだ」

気にしないように俯いていた顔を上げてくれたのだろうが、エミリーが見たフリットの表情は明らかに感じているそれだった。
二人は繋がったままだと気付いたエミリーはバッと出口に顔を向け戻す。顔は真っ赤だ。
何にも気付いていないふりをして「それなら後で」と口にしてそそくさと独房室から去っていった。

後でエミリーと顔を合わせにくくなってしまったと、フリットはベッドに顔を沈める。気を遣ってくれていたのは判る。だから、気付かれていたはず。

挿入したままぐっすり寝られるものなのだなと感慨半分、呆れ半分になる。覚醒してしまったがために、意識が其方に集中しがちだった。
抜いたらウルフを起こしてしまいそうで、フリットはじっとしていようとするが、唐突に抱き寄せられた。

「ッ!、ウ」

彼を呼ぼうとしたが、隙間なく此方の身体を引き寄せたウルフが首筋に唇を落としてきた。いつもは髪で隠れている弱い項を執拗に舐めては甘噛みしてくる。

「ん、ゃぁ――っ」
「っは、やば」

腰も振られていてフリットは中のウルフを締め付けた。首筋のところでウルフも熱い息を吐き出した。
どくりどくりと、奥に注がれる感覚に打ち震えながら、フリットは微妙な顔でウルフを見つめた。起き抜けでいきなり出来るのは若さなのか何なのか。

「ヤり足りねぇ」
「お前、いつから起きて」
「今だっての」

身体を起こして正常位になると、ウルフはフリットの足を広げる。そのまま続けようとするウルフにフリットは焦る。

「おい、私の意思は無視か」
「無視はしてねぇよ。聞いてないだけだ」
「同じだろうが」

背を起こそうとするフリットの肩をウルフは掴み、ベッドに戻す。押さえつける強さは獣そのものだった。寝起きの状態で力加減が調整出来ていないらしい。

不服というわけではないものの、フリットは困ったようにウルフを見上げた。
ほんの少し不安混じりに縋る目を向けてくるフリットにウルフは喉を大いに鳴らす。

「マジでやばい。今お前のことすげぇ好き」
「―――ッ」

大きく目を見開いたフリットは直ぐに瞼を伏せて、潤む瞳を隠し。瞬きを繰り返しながら視線を落とす。
この恥じらう仕草は自分にだけ見せるものだと思えば思うほど、ウルフの気持ちは昂ぶる。

夫婦になるのだから互いの譲歩を見極めて行くべきと考えていたが、意志の強いフリットには酷なことだった。あまりにも彼女は不器用すぎた。
ウルフは夫婦という形に拘りすぎていたのは自分の方であったことを認める。所詮は気持ちの問題なのだ。恋人同士が籍を入れて夫婦になるとしても、それは世間的な言葉を当てはめたものであって、当人達の繋がりそのものとは違う。自分達も変わらない。
フリットはフリットであり。ウルフもウルフだ。
当に互いを受け入れている。

結婚したら、あれやこれやをしたいと願望は存在するが、やはり繋がりとは異なるものだと思える。

「お前、何か不穏なことを考えていないか」
「いや。新婚は裸エプロンだなって真剣に考えてた」
「………解った、私が悪い。黙れ」

あれやこれやを想像していたらフリットから訝しげな顔をされたので、ウルフは正直に答えただけだった。反応から察するにフリットは呆れている様子だ。しかし、拒否の匂いがしない。
横を向いて視線を外してはいるが、思案が窺える。前向きに検討しているのだとウルフは都合良く受け取る。
思考も一段落したので、ウルフは思う存分腰をまわした。

「な、何も言わずに始めるな」
「黙れって言ったのお前だろ」
「巫山戯たことを言うなという意味で、喋るなと言ったわけじゃない」

と言い合っている間もウルフが腰を止めないので、フリットは身悶える。最初から聞き分けない男だったが、以前よりも拍車が掛かったような気がする。遠慮しないところがらしいと言えばらしい。
それで拒否が口から出てこないのだから、自分はこの男を相当甘やかしているのだろう。稀に耳にする惚れた弱みとは、このことなのだ。

ウルフも同じだろうか。同じだったら良いのに。と、思っていたフリットの耳元にウルフは唇を寄せて、それを囁いた。












―――数日後。

とあるコロニーの街の一角にある式場の控え室。ドレッサーの前に座らされている花嫁は口紅を塗ってもらい、準備が整った。

「綺麗よ」
「似つかわしくないだろ」

口紅の筆を仕舞って、エミリーは全身を純白に仕上げたフリットを前に眼を細める。気恥ずかしさと別の理由からフリットは顔を背ける。

立ち上がったフリットが控え室の扉を開けて通路に出ると、すぐ側の壁に背を預けているウルフがいた。彼は此方の姿に気付くと真っ直ぐに歩み寄ってくる。
着替えている間に彼に預けていたものがあった。

左手を取られる。肌の透けるレースの手袋の上から、薬指に白銀の輪が通される。
ウルフが口を開く前にフリットは手を引き戻す。

「行ってくる」

彼の横を通り過ぎて、式に向かった。





同じコロニー、ノートラムの有名な広場には大勢の人達で溢れていた。地球連邦政府首相のオルフェノアによるセレモニーが本日執り行われるのだ。開演まで残り五分。
演台に登る前にオルフェノアは横の側近と小声で話し込む。

「ディーヴァは此処の連邦基地から動いていないか」
「はい。妙な動きはありません。ただ、結婚式を挙げるとか」
「結婚式?暢気なものだな。あの元艦長を取り込んで暗躍するかと探りを入れていたというのに。もっと足掻くかと見込んでいたが外れだったようだ」

所詮はあれも女。男が出来てご執心だと届いていた一報は事実だったというわけだと、オルフェノアは鼻を鳴らした。
此方の裏筋が漏洩したのではないかと内心の焦りもあったが、ただの気苦労であった。

世界の動きは自分の味方だとオルフェノアは傲慢を抱き、演台へと向かう。堂々とした出で立ちは迫力があり、首相を背負う男として相応しいと集った民衆は彼を一心に見つめていた。
注目を浴びているオルフェノアはそれを喜んだりはせず、当然の反応として受け止める。目下の者達をひと眺めし、マイクに向かって多大なる声量を浴びせる。自信に満ちあふれたパフォーマンスに人は惹かれ、魅了されてしまう。それを心底分析しきったことで地位を勝ち取ってきた。

自分の上の代は操り人形だった。しかし、自分は違う。奴らこそ私の操り人形に過ぎない。一人の男を溺れさせてしまうほど、彼らはずぶずぶの関係だった。

右手を拳に握り、力強く主張の声を発する。

「良き未来のため、我々は天使の落日を教訓に前に進んで行かねばならないのです!」
「立派な演説だな」

オルフェノアに負けず劣らずの声を肉声のみで放った者がいた。演台から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯は、セレモニーの最後にオルフェノアが通る花道だった。しかし、そこには純白のドレスを纏う女がレースを靡かせて立っていた。
ヒールの音を響かせながらオルフェノアのいる演台を真っ直ぐ目指す花嫁の姿を誰もが注視する。その右手に漆黒の銃が握られていることに気付いたオルフェノアが背後にいる警備員に怒鳴る。

「あの女を捕えろ!」
「「「ハッ」」」

警備員が指示に従って花嫁を囲んだが、彼女の手にある銃弾が彼らの武器を全て弾き飛ばした。

「!」

全ての警備員達が尻餅をついたり跪いたりと、役に立たなくなる。女一人簡単に捕えられると思い込んでいた彼らのプライドは花嫁から放たれる威圧に負けたのだ。

あの花嫁は誰なのだと聴衆達がざわめき出す。オルフェノアの妻ではないし、サプライズの演出とも感じられなかった。
演台を挟んだすぐ目の前に女が立った。オルフェノアは怒りの満ちる口元を隠そうともしない。

「フリット・アスノ」

マイクを通して地響きの如く絞り出された低いオルフェノアの声が広場を駆け抜ける。ベールが風に揺れるように巻き上がり、花嫁の素顔が露わになる。
どよめきが奔った。何故、地球連邦軍の総司令官がビッグリング基地ではなく、このコロニーにいるのか。そしてその身なりは何なのかと。

「挙式から抜け出してきた花嫁そのものか」
「抜け出して来てはいません。式は挙げます」

そう静かに語り、フリットは右手を持ち上げて銃口をオルフェノアに向けた。そして続ける。

「粛清という名の式を」

銃を突き付けられ、奥歯を噛み、演台を掴む両手に力が入っている首相の姿はセレモニーを撮影する報道陣のカメラが押さえていた。ライブ配信のそれは全地球圏に生放送されている。

同じ映像をコクピットの画面から見ていたウルフはげらげらと笑っている。その笑い声を通信回線で聞いたアセムはむすりとしたが、次には溜息を吐いた。
母親がこんな作戦を立てるわけがない。立案者は現在笑いこけているウルフだ。最初はふざけた案に聞く耳を持たなかった母親も、ミレース達から意表を突けるのではないかと意見を受け、見当し直した上で採用した。

『俺の女は最高だ』

聞こえてきたウルフの言葉にアセムは視線を横に流す。彼を結婚相手として母親から紹介された時、自分の目には二人は好き合っていると映っていた。しかし、先日のあの一件以来、何というか。良い感じなのだ。好き合っているという以上に。二人の雰囲気が突然あれを機に変わったわけでもないのに、そう感じる。

隣の独房部屋でアセムは一部始終をずっと聞いてしまい、やけにウルフからフリットへの言葉責めが多かったのも思い出してしまう。何というか、息子としてはいたたまれない。

『私語は慎んでください、隊長』
『独り言ぐらい大目に見ろよ。お前もフリットもお堅いなあ』

何気ない会話の中でもフリットと口にする時は何処か嬉しそうでもあり、アセムはほんの僅か癪に障った。気持ちの大半は祝福しているし、二人の関係が破綻しなかったことに安心もしている。
けれど、母親はこの男との始まりを最悪な形でスタートしていた。それを知って以来、歯の隙間に引っ掛かりがある感触に似た思いが残っている。

『あのことだけは認めませんから』
『あのこと?』
『母さんを、その、手込めにしたこと』
『あー』

何だその返事は。本人は反省していると母の友人であるディケから聞いていたが、反省しているとは思えない反応だ。訝しむアセムが更に言い募ろうとすれば、先にウルフが言葉を飛ばしてきた。

『お前はまだまだ青いな』

AGE-2の機体色と合わせてそう言い表したウルフの声は楽しそうで、アセムは言葉を呑み込んだ。ようやく、母親がウルフのことを仕方のない男と常々思っていることを理解出来たような気がする。
何を言っても無駄。とまではいかないが、個人の常識に従うような人では決してない。その代わり自分の常識を押しつけるような人でもない。ある意味、他人とさっぱりした関係を築くことに長けている。

母親のことだけはその枠に入らないのだろうなと、そんな風に思う。ウルフは意識してそうしているわけではないことも。それらは見ていれば判ることだった。

『隊長としては尊敬してます。けど思うところはありますから』
『まあ、そうだろうな』
『……理解は示せるよう努力します』
『ふうん』

段々と生返事になっていくウルフにアセムは眉を潜める。しかし、自分から理解しようとしていると言ったばかりで慌てて表情を戻す。
通信回線は音声だけでなく、互いの顔をディスプレイのウィンドウに映し出していた。ヘルメット越しでも判るアセムの表情の変わり具合を視認したウルフは別に言うことでもないが口を開いた。

『理解ってのは自分のためにするもんだ』
『それは』

言葉の真意を確かめたくて問おうとしたアセムだったが、新たに通信を要請する機械音が鳴り、先を噤んだ。

『こちら、ポイントD-3。制圧完了した』

その報告を合図とするように各地から制圧完了の通信が立て続けに入ってくる。隣に膝立ち控えていたGエグゼスが立ち上がる。AGE-2もそれに続く。反対側の建物の影からはゼイドラとフォーンファルシアの姿も見えた。

『こちらは何時でもいい』
『私もゼハート様と同じく』

通信を開き、二人の声を聞いたアセムは緊張を持ち直した。彼らは真剣そのものだ。
今日を境に連邦政府内が混乱する。後にその混乱が治まり統制がされれば、地球圏と火星圏の結びつきをやり直せる。自分達は未来の命運のまっただ中にいるのだと、ゼハートとフラムの決意が諭してくれた。
アセムは母親の動向に意識を向けた。

眼前に銃口を向けられたまま、オルフェノアは自分の汚職を洗いざらいフリットに吐かれていた。ヴェイガンと内通してテロ行為を支援していたことも、過去にオルフェノア家の先祖が火星移住計画を立案し失敗した事実を隠蔽したことまで全てを。

「貴方はここで終わるんだ。フロイ・オルフェノア」
「ッ、戯れ言を!」
「戯れ言かどうかを判断するのは貴方ではない」
「フッ」

怒りを俯かせたオルフェノアは隠し持っていたインカムを耳に取り付け、暗い顔で笑い声を発した。それに対してフリットは眉一つ動かさなかった。問い掛けもしない。

「私が何も伏兵を用意していないとでも思ったか?」
「………」
「女一人銃一つで来るとは愚かな行動だったな」
「………」
「ここで終わるのは貴様の方だ!」

インカムで通信を開いたオルフェノアは相手に指示を出そうとしたが、向こうの声が一瞬聞こえた矢先に砂嵐のような厭な音が耳を刺した。
苦渋に顔を顰めたオルフェノアがインカムを引き剥がす。勢い余って落ちたそれをオルフェノアは何故と言葉を呑み込む。

そうだ。一筋縄ではいかないのは、この女も同様だった。
過去に何度か貶めようと画策したが、全て乗り越えられた。トルージンベースに送り込んだ時も、政治家志望の男を使って堕落させようとした時も。

「まさか」
「先に手は打たせてもらった」
「あの数を押さえられるモビルスーツはお前達の艦だけでは足りないはずだ」
「ここの連邦基地、それに加えて他のコロニーや艦からの協力を得ている」

全てが穏便に協力してくれたわけではなく、反協力的な者には物騒に協力を仰いだ。脅しの役目はラクトと宇宙海賊が担っており、彼らの協力も得ていることになるが、それを口にして自身を不利に追い込むような真似をするはずがない。
制圧は連邦だけでなく、ノートラムに隠されているヴェイガンの駐屯地もグアバランによって制圧済みであった。

ぐっと悔しそうに後ずさりするオルフェノアからフリットはその場から動かず、ただ銃口を向けていた。

「このコロニーをヴェイガンに襲わせ、テロの混乱に乗じて己の不始末を有耶無耶にしようとしたのだろうが―――それを見逃すほど、私は甘くないぞ」

銃の存在よりも強い瞳が眇として向けられ、オルフェノアはそれ以上後ろに下がるどころか身動き一つ出来なくさせられた。
フリットの指摘はオルフェノアにとって図星だった。場合によってはテロを行なうようにコロニーの各所にヴェイガン兵を待機させていた。それに見合う見返りも用意して、自分の駒としていたのに。使えなくなった。

喪失した面持ちのオルフェノアから視線を下げ、フリットは銃口を真上に向けた。手を挙げたのが合図となり、AGE-2とゼイドラがフリットの後方に姿を見せる。それぞれの隣にはGエグゼスとフォーンファルシアが続いて立ち並んだ。
それらの姿を目の当たりにし、オルフェノアは今一度首相の顔を取り戻す。

「貴様こそ、ヴェイガンと手を組んでいるではないか!」

ゼイドラとフォーンファルシアの造りはどう見ても連邦機とは異なっていた。竜のような異形はヴェイガン機であることを意味する。コクピット内部も独特な仕様であり、火星圏の者でなければそうそうに扱えない代物だ。地球圏の者が搭乗している可能性はかなり低い。
訂正があるならば直ぐにでもフリットが口を開くはずだ。だが、それはなく、そうだと認めている顔だった。
銃声が鳴った。

オルフェノアは怯んだが、コロニーの空に向かった弾は何処にも命中しない。威力を失って何処かに鉄屑として落ちたことだろう。
銃を真上に向けるのは平和の証だ。

フリットはオルフェノアにはもう目もくれず、四機と正面から向き合うために身体を反転させる。

「我々は不平等だ。平等な立場で手を取り合うことなど出来ない。だが、同じ高さに立つことは出来る」

己の存在は唯一無二であり、同じ者など他にない。生まれの優劣も、能力の優劣も、避けられない。生きとし生けるものの一生はそれぞれ一つだ。
平等に生きることなど不可能。だが、同じ場所に立ち、同じ目線になることは可能だ。

和平を結びたい気持ちは強くても、今までの苦い記憶、過去の悲しみは消えなくて、背中を向けてきた。けれど、同じ考えを持っていなくとも手を繋げることを彼が教えてくれた。
フリットはGエグゼスの方を見上げ、和平へと真っ直ぐに目を向けられるようになった切っ掛けを大切に想う。
オルフェノアの糾弾だけが目的だったが、やはり自分は誰かを救える存在になりたいのだとフリットは強く想う。強く、思い続けてきた。

中継されているのならば好都合だと、フリットはこのコロニーに潜伏するヴェイガン達にも声を向ける。
人体に有害のある火星の磁気嵐、マーズレイの原因である太陽風を抑止出来る技術を確立済みであること。それから引き続いてヴェイガン達が耳を傾ける交渉内容を語った。

潜伏していたヴェイガン兵達は動揺して各々顔を見合わせていたが、ヴェイガン機のみに通ずる通信回線から彼らはゼハートの姿を見る。
まだ少年の面影が残る年若い青年だが、彼はヴェイガンで知らない者がいないほどの実力者であり、将来を期待されていた男だ。暫く姿を見ることがなかったとしても忘れられるような人物ではない。ゼハート本人の影響力は強く、ヴェイガン兵達は武装を解除した。

耳に掛けた小型通信機からフリットはゼハートからヴェイガンの動向について報告を聞く。
作戦前に、正式な談話の場はゼハートとフラムが用意すると申し出てくれていた。それが簡単に実現できる話でもないことを二人は承知している。それでも、やり遂げたいと真摯にぶつけてきた。二人の意志を無碍にはしたくない。だからこそ、フリットも強く意志を掲げた。

「恨まれるようなことを私はしてきた。私も、許せなかった。今更、憎悪を清算したいなどと綺麗事を言うつもりはない」

お互い様だと言える立場ではないことぐらい百も承知だ。此方も憎まれて当然のことをしてきた。それでも、誠意だけはあった。戦場では互いに戦士として向き合っていた。
その証拠として、フリットは卑怯な作戦を立てるまねだけは決してなかった。いつも胸を張って正々堂々と立ち向かう姿は、周囲からの評価を得ていたのだから。

それはヴェイガン側も感じていたことだ。ガンダムは畏怖の存在として当然のものだったが、間違った戦い方だけはしてこなかった。剣を交えて散っていたことを誇りに思う者もいた。無念に思った者が殆どだが、皆無ではない。
敵だとしても、一目置く存在であるのは確かだった。

「勝手な話だが、好きな人ができた」

一瞬の間を置いて、ぽかんとした空気が漂った。まあ、そうだろう……、とフリットは自分の発言から生まれた頬の熱から視線を逸らす。突拍子のないことを言っている自覚はあるのだ。
けれど、必要な言葉だからとフリットは再び視線を上げた。

「彼に、お前は背負いすぎだと言われた。私には解らなかった。背負うことでしか生きられなかったからだ。今もそれは変わらない」

誰かに預けられるものではない。例え、彼であってもそれだけは譲れなかった。
生きることに理由はなかったが、生きることに意志はあった。だから、この生き方は自分と結びついてしまっていて切ることは不可能だ。アスノの血はそういうものだ。旧暦時代の国家間戦争を終結に導いた伝説のモビルスーツを創り上げた家系と称えられてきたが、その一方で呪われた家系でもあることをフリットはもう知っていた。

鮮明に覚えているわけではなくとも、母親のマリナが部屋の片隅で一人辛そうな顔をしていたのを幼い日に何度も見ていた。娘の不安な顔に気付いた母親はすぐに強く優しい笑顔に戻って抱き上げてくれた。自分は母にとって安らぎだっただろうか。

「だからだろう。背負う重圧に耐えるのに精一杯で余裕がなかった。それに気付いたのは余裕が出来たからだ。彼が、傍にいてくれるようになって」

寄りかかれる相手と出逢えた。命に等しいものを預けられなくても、身体と心は寄り添っても良いのだと。

「物の見方も考え方も違って、正直苦手な部分が多い相手だ。何度も齟齬を繰り返した。それでも、離れたくはない」

離れたくないほどに、ずっと、傍にいてほしい。
大きな幸福を望むのは自分には許されないことだ。けれど、些細な幸せを感じてみたかった。アセムとユノアを授かった時のように。

大切なものを大切だと言えて、大事なものを大事に出来る。当たり前にあるそれらを全ての者が得られる世界であるべきだった。本当に正しい平和を解っていた。それでもやはり。世界は一つでも、人は一つではない。

「自分との違いを知るごとに受け入れられるようになった」

格差があって当然だった。生まれ方は同じでも、生き方は人の数だけある。
別の人生を歩んできた相手と道で全く出会わないこともあれば、すれ違うだけかもしれない。そんな道中で出会うことになって、同じ道を歩くようになった。全く違う考えを持っているのに。

「彼のおかげで余裕が出来たからこそ、ヴェイガンの青年とも言葉を交わす決心がついた。その子は私の息子と同級生で、仲良くしている。良い子だった」

周囲が少なからず息を呑む。左翼側であるフリットがヴェイガンの人間と交流していた事実は驚愕に値するからだ。
それがために、歩み寄ろうとしている姿勢は本物だと誰もが確信する。

「積極的に争うことはなくなっていたが、完全な和平を結んでいたわけではない。私が気後れしていたせいで滞っていた同盟契約を進めることを誓う」

気が変わったわけではない。前々からそうしたいと思っていた自分の気持ちを封印していた。自分に託してくれて散っていった人達の思いを無碍にしないためにと、ガチガチに固まってしまっていた使命に縛られて。
けれど、時代は進む。景色は色を変える。繰り返しもするが、何かが違ってくる。
それを畏れる気持ちは何処かにある。でも、革命とはいつの時代も畏れに立ち向かうことで生まれるのだ。

遠くから、光が瞬いた。近づいてくる光の姿が露わになる。遠隔操作でフライトユニットは此方に向かってくる。
演台の後方スペースに降りたのはガンダムだった。フリットのAGE-1フラットだ。何の武装もしていない、象徴としての姿である。

AGE-1フラットを背に、フリットは銃を下ろし、装填されていた弾丸をバラバラと赤絨毯に散らした。武器でもなくなった銃そのものも捨てる。
花嫁の姿は凛々しく、誰もが言葉を失う。

ぱらぱらと拍手は起るが、盛大ではなかった。感情を大きく揺さぶられた者は多いが、やはり戸惑いの方が大きいのだ。簡単に上手くいく話ではないことくらいフリットも判っていた。
難しいなと、目を伏せる。感情に訴えるやり方は苦手だったから。本来なら此処で一礼し、頭を下げるべき場面であることは承知だった。だが、下手に出れば上下を付けることになりかねない。今後、不利になる可能性が出てくる。だから、フリットは顔を上げ、真っ直ぐに前を見つめ続けた。

その中で、動く者がいた。
演台の後ろで動かなくなっていたオルフェノアは焦点の定まらない目をしていたが、視界が捕えたものに視線を固定した。その先には配下の警備員がフリットを取り押さえようとして逆に弾き飛ばされた銃が転がっていた。
手を伸ばして銃を手中に収めた。重いのか軽いのかも判らないくらいにオルフェノアは正気ではなかった。
手にした瞬間、銃口をフリットに向けた。

パンッ。

空を劈く軽い音が響いた。
口元を覆う者が何人かいたが、悲鳴は一つもない。血が流れていないからだ。

痺れる己の手をオルフェノアは押さえる。

「グッ………」

銃を弾き飛ばされ、苦渋と恨みを重ねた目を撃った者に差し向ける。オルフェノアの視線を緩慢に辿ったフリットはやはりお前だったかと口を開く。

「ウルフ」

返事はせず、ノーマルスーツにフルヘルメットのウルフは手振りでアセム達にオルフェノアを拘束するように指示する。隊長として役割をこなす姿は評価すべきだろう。

ゼハートがオルフェノアの後ろ手にまわり、腕を捻り拘束する。彼の両側をアセムとフラムが固める。
拘束完了を見届けてから、ウルフはフリットの横に立つ。ヘルメットを脱ぎ去り、銀髪を揺らす。
短い吐息を聞きながらフリットは眉を顰める。

「余計なことを」
「褒めるところだろ」
「念には念を入れてある」

ドレスの中に拳銃を一つ隠し持っているのだ。スカートにはスリットが入っているためガーターに収まっているそれを引き抜くのは容易であり、自分で対処するつもりであった。
ウルフも此方の武装状態は把握しているはずだ。

「それやったら、無駄になってたぜ」

さっきまでのフリットの言葉が台無しになる行動だ。武器を何一つ持っていないと示すことで戦意がないことを伝えたのだから。
もし、あそこで銃を取り出してフリットがオルフェノアを撃っていれば信用を失っていた。

「私は清くない」

用意周到にしておかねば気が済まない。
知恵が働く分、どうしても最後の一手までを見据えてしまう。周囲の同意よりもそちらを優先していることに対して、フリットは自身を皮肉った。

「お前は綺麗だ」

それなのに、ウルフが真っ直ぐに言い返してくる。目を丸くして見上げてくるフリットの表情にウルフは真剣に続ける。

「その綺麗な生足を他の奴になんか見せられるか」

急に上昇してきた熱に振り回されてフリットは周りの確認もせずバッと横を向いた。カメラがある方向ではなくて良かったと思った矢先、振り向いた方にはアセム達がいた。困った。
ウルフに向き直るしかなかった。ゆっくりと視線を戻し、フリットは俯く。ウルフからの動きはなく、フリットは俯いていた顔を自分からあげた。

強く引き結ばれた口元の紅は艶やかで、ウルフはそこに目がいく。彼女の頤を手で捕えて角度を変える。

「俺達の誓いも立てちまおうぜ」

降りてくる彼の唇にカメラに映されてしまうと焦り、フリットはウルフの手を払う。けれど、フリットはウルフの胸ぐらを掴んでいた。理性はしっかり働いているのだが、この男と結婚式を挙げたいと思う気持ちが勝った。
式までするつもりはなかったし、花嫁衣装を自分が着ることも望んでいなかった。正式なものでもなく、情緒の欠片も一切ない。けれど、特別を捧げたかった。

引き寄せはフリットの方からで、ウルフは彼女に唇を奪われる。目を瞠ったのは一瞬。ウルフはフリットをリードするように彼女の背中と腰に腕をまわして、ぎゅっと抱きしめる。
大切なものを扱うようにされてフリットが身体を震わせる。互いの密着を解き、フリットは俯く。左手にある指輪を右手の指で撫でたりしている行動を前にして、ウルフも僅かに視線を下げる。

夫婦になる儀式というのは落ち着いた雰囲気で行なわれるものである認識があったアセムは二人の様子に青春さを感じて曖昧な顔をした。

無意識であった手の仕草を不自然に止めて、フリットは宣言も終わったとその場から立ち去ろうと動く。ウルフを横切った直後に複数のマイクとカメラが此方に押し寄せてきた。
元レーサーであるウルフの知名度は今も変わらず、ヘルメットを取ってから気付かれていたようだ。前にもモビルスポーツ大会の会場でお忍びデートをしていたと短い間であったが一時期世間では話題にもなっていた。写真は不鮮明で信憑性がないと風化したが、それらの質問も含めて捲し立ててくる声は一つ二つ三つと増え続けるばかり。

矛先はウルフに向かっている。フリットはウルフの有名人具合に首を傾げていたが、マイクとカメラは此方にも向き始めた。あの時のデート相手は司令だったんですかと複数の声が質疑を求める。
こんな恰好では逃げ切ることもままならないのは必須。踏鞴を踏んでいると、ウルフに腕を掴まれる。彼の背に身を寄せる形になった。

今までの流れを見ていれば判るだろう。フリットが口にしていた好きな相手が誰であるかことぐらい。デート相手も。
核心を突いた質問ばかりが飛んでくる。

「埒あかねぇか」

吐息ごと言ったウルフが振り返ってきて、フリットは瞬く。何か予感めいたものがあったが、抵抗する隙もなく抱き上げられた。彼の腕の上に寝そべるような体勢になっていることに気付いたのは、ウルフが額同士を引っ付けてきてからだった。

質問に全て答えるよりももう一度見せつけた方が早い。ウルフの発想が見え、唇を塞がれる前にフリットは彼の肩を引き剥がし、腕の中から飛び降りた。
振り向きざま、ウルフに眇を向ける。

「必要ない」
「やっぱりお堅いな」

睨みを鋭くするフリットに報道陣がたじろぐ中、ウルフだけは飄々とした態度を保っている。

「照れ隠しだけど」

だから余計な一言を言い、フリットの表情を崩した。
報道陣が意外の空気に染まる。喉を詰まらせたフリットは顎を引きつつも、一歩前に出た。息を呑む報道陣に向かって口を開く。

「正式な文書は後日送る」

そう言ってくるりとドレスを揺らしてフリットは今度こそ立ち去る。
暫く呆けていたが、マイクを持つ人物がウルフに問い掛ける。

「どちらの文書でしょう?」
「同盟の方だろ、あいつの性格からして」
「あ。ですよね」

そのまま世間話でもするように籍はまだ入れていないことなどを告げ、適当なところでウルフはオルフェノアを取り押さえているアセム達に次の指示を出しに行く。
それらと入れ替わるように軍人達が現場へと走り入り、各自が民衆を誘導し処理を始める。フリット達を追いかけられなくなった報道陣は、会社と連絡を取って忙しく走り回った。一大ニュースは速報として地球圏にも火星圏にも瞬く間に広がっていった。

オルフェノアは今後、軍法会議に掛けられる。現段階では首相という肩書きを取り下げられないので留置所には入れられないが、軍の方で拘束場所は確保している。向こうにはオブライト達が待機しているので其方への引き渡しをアセムに託す。
ゼハートとフラムは連邦のIDを所持していないため、アセムとの同行は控えさせた。ヴェイガンのノーマルスーツでは目立ってしまう。それらの考慮も含め、二人には連邦のノーマルスーツを着用してもらっている。おかげで報道陣も寄ってはこない。

二人にはアセムと合流したらAGE-1を回収してディーヴァに戻るよう伝え、ウルフはフリットの後を追いかけようと背を向けた。しかし、呼び止められて再び二人に向き直る。

「あの」
「どうした?」
「理解は自分のためにするものだとは一体」
「ああ。聞いてたのか」

通信でアセムに自分が言ったことだ。四機とも回線で繋がっていたのだから聞いていて当然だが、この大人びた少年がそこに疑問を呈するとは思ってもみなくて少しばかり驚く。

「別に大したことじゃねぇよ。相手を理解しようと思ったところで、それはお前が納得したいからだろって」
「そうでしょうか」
「俺が最近そう思うってだけだ。理解したつもりでも、勝手な理想が含まれてるもんだから」

結局の所は思い込みにすぎない。
目を遠くにやったウルフの目線を辿れば、誰も寄せ付けずに歩き去る花嫁の後ろ姿がある。この人が護衛に付く予定であったので、自分が足止めしてしまっているのだ。ゼハートは申し訳なく思いながらも聞かずにはいられなかった。

「アスノ司令とは、理解し合っているのでは」
「あいつと?それはないな」

首を傾けたウルフにゼハートは瞬く。横のフラムも同様に不思議そうな顔で疑問を面にしている。

「フリットの場合、他の奴らより理解力あるけど自分のことに関しては発揮されないのか抜けてるし。そもそも、俺あいつに理解されてねぇな、そういえば」
「しかし、和解されたのですよね?」

今度はフラムからの問い掛けだった。それに対してウルフは頷き、理解という意味で分かり合っていないのなら当てはめるべき言葉はこれだろうと自然と口にした。

「認め合ってるからな」

ゼハートとフラムは同時に目を丸くした。先に意味を受け止めたフラムが成る程と小さく声にする。独り言だったが、気付く素振りがウルフからあり、フラムは続けた。

「貴方は、あの人には不釣り合いな気がしていたので」
「あー、よく言われる」

きつい言葉遣いをされるのに慣れているのか、ウルフは気分を害した様子がない。このあたり、フラムはウルフのことを話しやすい人と感じている。
ただ、フリットの人となりを自分なりに観察をしていた分析では、彼女には穏やかそうな人が似合いそうだと思っていた。これこそ思い込みであり、自分の理想を入れていた理解だった。
理解し合える相手ではなく、認め合える相手というのはしっくりくる。

「今の話を聞いてよく分かりました。お似合いです」

それから、フラムはゼハートへと視線を向ける。頷くフラムに「良いのか?」とゼハートは尋ねる。確認を受け、フラムはもう一度頷いた。そして、ゼハートも決意を固めて頷き返し、ウルフに再び向き直った。

「お二人からの提案。アセム達も納得の上でなら、お願いしたいと思います」
「お願い致します」

頭を下げる二人にウルフは頬を掻く。しかし、ずっとそうしているわけにもいかず、二人の頭を掴むと顔を上げさせる。

「改まらなくてもいいっての。じゃあな」

礼儀正しいことをされるとむず痒くなるのだ。嬉しいことは嬉しいので背を向けたまま手を挙げて振っておいた。

追いついてきた機嫌の良さそうなウルフを横目に確認してから、フリットは視線を前に戻す。

「このまま届けも出してこようぜ」

ゼハートとフラムが養子縁組を受け入れてくれたとなれば、自分達が早く入籍せねばならない。二人が受け入れてくれたことをこの後話そうとしていたウルフだったが、返ってくるフリットの言葉にその話は少し後で話すことになる。

「此処のコロニーでは出せないぞ」
「そうなのか?」
「紙書類だと住民票を登録しているコロニー内の役所でなければならない」
「なら、式先にやっちまったことになるか」

順番がバラバラになってしまったとウルフは空を仰ぐ。そんな様子のウルフにもう一度視線を向けながら、フリットは微笑する。

「今更だろ」

積み重ねる順番も手順も最初からおかしかった。別にそのことをフリットは気にしたことなどない。ウルフの方は最初のあれを苦く感じているようではあったが、それを経ての今なのだから。
何も気にしていないと清々しい声色が通ってきて、ウルフも口元を緩ませる。顔を見ていなくても、隣で彼女が笑っているのが感じ取れていた。

「それもそうか」

人だかりからは遠ざかったが、周囲にはちらほらと民衆の姿がまだある。ちらちらと此方を遠巻きに気にしている視線は少なくない。
人目があることにフリットが気付いていないのは有り得ない。判っていながら、彼女の方から手を触れさせてきた。指先だけを絡ませるものだった。

躊躇っているようだったので、ウルフは自分からがっしりと手を繋ぎ直しにいった。身体を引っ張られる勢いで、フリットは近くなったウルフとの距離に胸を弾ませる。

「強引だな、いつも」
「奪われるヘマはしねぇって言ったからな」
「そうか」

演台の前で人目を憚らずにしてしまったが、周囲の視線を無視しきるほど肝が据わっていたわけでもなく。今も、手を繋ぐだけでかなり心臓が煩い。
この男はどう感じているのだろうかと、ふと疑問に思ってフリットは顔をあげた。すれば、ウルフもフリットを見ていた。

いつもの調子の良さそうな、勝ち誇ったような笑みを向けられてどきりとする。けれど、同時に安心もしていて、フリットは繋いでいる手の温もりを実感した。繋がれた左手には、ウルフからの贈りものが輝いている。

病めるときも、健やかなるときも、生涯支え合うことを誓いたい。初めてをくれたあなたへの誠意を持って。





























◆後書き◆

この後、Gエグゼスに二人乗りしてディーヴァに帰ります。勿論、コクピットでフリットはウルフさんの膝に乗って(もらいたい)。

最後の一線のお尻プレイを監禁中にウルフさん踏ん切り付かずでした。仲直りでフリットから誘ってきたことで後編ではがっつり。
このシリーズでは色々なプレイ(ごーかん、スカトロ、監禁、二輪挿しなど)を詰め込んできたので、最終話ではAF(アナルファック)をば。にょただけれどBLとしてお約束のものを。

それを隣の部屋で聞いてたアセム達の心情を思うと(´・ω・`)ですが、四人とも頑張りました。フリットはちょっと抜けてるので気付いていませんが、ウルフさんは気付いていたかなと。
あの後でフリットと顔合わせた時に四人とも微妙な顔していたと思います。あんな声を出されてと。みんな目を合わせてくれなくてフリットがちょっとしょんぼりしたり。

第一部の終わりからそこはかとなく匂わせてきたオルフェノア弾劾までようやく締めくくれました。
結婚式ではありませんがウルフリ♀が将来を誓い合えるところまで、最終話までお付き合いしてくださり有り難う御座いました!

Wort-Feier=言祝ぎ、寿ぎ

更新日:2016/12/11








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