フリット♀(40歳)・ウルフ(24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ロマリー(18歳)・フラム(18歳)
ミレース(50歳)・ウィービック(20歳前後?)・レウナ(100↑歳?)

アセムとユノアの父親が不明。

18歳未満の方は目が潰れます。































◆Schuld◆










何か増えたな。

厄介だと感じてはいないが、ウルフは食堂で同じテーブルで同じ食事をつついている新参顔の男女を見遣る。
男の方の名はウィービック。歳はアセムと同じくらいかちょっと上。その隣の女はレウナと言い、ウィービックと同じぐらいの歳の外見だが、自称百歳超えの不思議少女。

面白いなとウルフは感想したが、アセムは警戒している様子だ。

「お前らまだ仲良くなってねぇの?相部屋だろ」

ウィービックはアセムとゼハートの部屋に世話になり、レウナはロマリーとフラムの部屋で寝起きしている。彼らの艦であるバロノークもディーヴァの後ろについてきているのだが、そこのキャプテンが勝手なことをした二人に罰を与えて欲しいと此方側に拘束してくれと頼んできた。変な海賊だ。

最初は独房に入れていたのだが、レウナがいとも簡単にセキュリティを解除してしまい一騒動あった。ここでどう拘束するかが問題になり、ゼハートとフラムと同じように監視を付けるのが妥当とフリットが決めたことで落ち着いた。

「俺らもどう接したらいいか、分からなくて」

本人が横にいる前で何を考えているか判らないからとは言えず、アセムは言葉を濁す。

二人部屋に突然一人加わり、ベッドの割り振りに困ったところ自分とゼハートが同じベッドで寝るしかあるまいと決めた直後に地べたに雑魚寝をし始めるし、相部屋のルールを無視した生活を送られている。正直、扱いに難儀したままだ。

「私達はもう仲良くなりましたよ」
「ねー」

ロマリーとレウナは顔を見合わせにこりと笑う。ゼハートから意外な視線をもらったフラムも頬を少し染めつつ頷いている。

「ちょっと狭いけど、三人でベッドで寝ると楽しいよ」
「お、俺たちは遠慮しておくよ」

眩しい笑顔のロマリーにアセムは掌を見せてノーを伝えた。
女の子三人は常識的に許されるが、男三人はむさ苦しい。合宿のように布団を並べて川の字なら抵抗はないが、そういう話とは違う。

「それよりさ、あの時白いのに乗ってたの誰だ?」

トレーの料理を平らげたウィービックが突然切り出した。
あの時というと模擬演習の時だろう。

「白ってどっちだ?形覚えてるか?」
「ネコミミ付いてるやつ」
「あれは猫じゃなくて狼だ。それは俺のGエグゼスだな」
「おお!アンタのか!すげー動きだったからおれも混ざりたくなってさあ!そっか、アンタのもGって付くのに乗ってんだ」

マシンガンのように喋るなこいつとウルフは観察しつつ、賞賛は満更でもない。
しかし、そういえばウィービックの機体はGサイフォスとか言ってたなと思い出し、ウルフは首を傾げる。

「お前のGは何か意味があるのか?」
「いんや。改造頼んだとこに名前も任せといたらGサイフォスって付けられてた」
「そういうこともあるか」

言いつつ、マッドーナのおやっさんのところではないかとウルフは勘ぐった。何となくGエグゼスとGサイフォスに似通ったものを感じていた。

「そういや、うちのジャックエッジもGエグゼスって名前だったな」
「……マジでおやっさんか」
「何か言ったか?」
「気にすんな。こっちの話だ」

GエグゼスはフリットのガンダムAGE−1のデータを元にウルフがマッドーナに依頼したものだ。フリットに怒られたことを思い出してばつが悪くなる。
それともう一つ懸念が。ガンダム自体が複製されたわけではないが、マッドーナにはデータを流出させてくれるなと言い置いたはずだ。

マッドーナともフリットは知り合いだったが、彼女の預かり知るところなのだろうか。知らなかったら、また怒られるよなと溜息を吐く。

「隊長、最近溜息多いですよ」
「お前のかーちゃんとちちくり合えてないから寂しいんだ」
「ちちく………」

アセムは言葉を失った。
フリットの話題を出しても噛みつきを見せなくなっていたアセムだったが、最近また訝しむ目を向けられるようになった。この間のことを怒っているのはウルフも感じ取っている。
息子として母親を大事に思っているアセムだ。母親が傷つけられたら怒りが湧くのは当然だった。ウルフもそれは承知している。

だから今はしばらく距離を置いていた。あの日は甘えっぱなしなっていた自分への戒めもあるが、フリットの方からも距離を置かれている。自室にあまり帰ってこないのだ。仕事部屋に籠もっていることが多い。
そのことについて通路ですれ違った時に問い質してみれば、そろそろ作戦が本格的に始動するからと言われた。取り繕いの匂いはしなかった。本当に忙しいのだと割り切れているが、横で一緒にただ寝るぐらいの時間はあるはずだった。

「彼のお母様といけない関係なんですか!?駄目ですよー、不倫は」

レウナが両手を挙げてぷんすかと腕を振り始めた。それをロマリーが慌てて止める。そしてフラムが訂正を入れる。

「彼に父親はいないわ」
「え。じゃあじゃあ、不倫ではなく正式なお付き合いですかー?」
「未来の旦那様になるんじゃないかしら」

フラムからそうですよねと視線を向けられ、ウルフは苦笑う。

「戸籍上はアセムの父親になっちまうな」
「父さんなんて絶対に呼びませんから」
「いいぜ、別に。俺はフリットが手に入れば良い」
「前にも言いましたけど、母さんのこと物扱いしないでください」
「あいつは俺のものだって言っただろ」
「だからそういうのを……ッ」
「落ち着け、アセム」

ゼハートが間に入る。彼の顔を見遣ったアセムは感情的になってしまったと表情を曇らせた。

「……ごめん」
「誰にも謝る必要はない」

フリットが関わるとアセムの扱いをどうにも出来なくなるウルフはゼハートの手際の良さに感嘆する。
アセムもゼハートのことは特に信頼しているように見えた。彼の言葉一つで冷静さを取り戻している。

謝られた時の対処もフリットより上手いと感じた。というか、フリットは謝られること自体に対して免疫がないような素振りがあった。あれは何だったんだろうなと今更疑問に思う。

「失礼。ウルフ中尉はいるかしら」
「何か用ですか、艦長」
「ソロンシティに到着したら貴方の隊に街での物資調達を頼みたいの」

燃料や食料、日用品は“ソロンシティ”の港から補給出来るが、個々人の必要なものは街に出ないと手に入らない。外に出られる喜びはあるが、雑務を頼まれるようなものだ。そんなに自由な行動は取れない。
ざっとアセム達に視線をやってみるが、外に出ても良いんですか?と素直な顔でいる。

「命令なら従いますが、直接言いに来なくても」
「貴方には単独で任務をお願いしたいの。少し良いかしら」

ミレースに言われ、ウルフは席を立った。
食堂の外である通路に出ると、ミレースはすぐに切り出した。

「貴方、司令に謝ったでしょ」

任務ではなく、個人的なことについて訊かれてウルフは瞬く。

「身に覚えはありますが」
「あの子、謝られるの駄目なのよ」
「駄目?」
「苦手なの、昔から。特に感情的な謝罪は」

言われて納得する。先程疑問に思ったことの答えが見えた。手に取れるほどではないが、そういうことだったかと頷く。

「謝っても受け入れて貰えなかったんじゃないかしら」
「それは……」

図星だった。

ウルフの様子にミレースは彼にならチャンスを与えても良いだろうと決断した。元々そのつもりであったが、少し試してしまった。

「ウルフ中尉には物資調達ではなく特別任務を与えます。司令をデートに誘いなさい」







ミレースとの話を終えたウルフが席に戻ってくる。やけに静かな表情で珍しい。
アセムはロマリーと顔を見合わせた後でウルフに視線を移した。

「ミレース艦長に何を頼まれたんですか?」
「ん?ああ、フリットとデートしてこいって」

一同の理解が追いつかず、その場に沈黙が置かれた。
それから、ウルフなら喜びそうなものなのにとアセムは疑問が続く。先程、ちちく……だの何だのと喚いていたのに。彼は悩むように頭を掻いている。

「前にもデートしたじゃないですか。隊長から誘われたって母さん言ってましたけど」
「自分の意思で誘うのと人に言われて誘うのじゃあ意味が違うんだよ。それに、あの時は色々あったわけじゃねぇし」
「色々って………」

アセムは呟き、先日のかなと視線を下に逸らす。執務室のもだが、模擬演習後に格納庫に収容したGエグゼスの中で二人で何かしていたようなのだ。整備士達の間で少し噂になっている。

媚薬を意図せず飲まされたウルフも災難だっただろうと慮る心はあるにはあるのだが、そのとばっちりを一番被ったのは自分の母親だ。そう思うとウルフに肩入れしたくない。

「アセム、別に俺と無理に話さなくてもいいぞ」
「無理なんて」
「距離置きたきゃ置けばいい」

彼は突き放しているのではない。声色からそれはアセムにも汲み取れた。アセムは自分の短所が一点を見つめすぎることだと今は自覚していた。それには指導する立場にあるウルフからも欠点として見抜かれている。

冷静に客観的視点が必要であることはアセムも同意見だ。しかし、母親の想い人から距離を取るというのは逃げることなるのではないか。逃げるような人間にはなりたくない。それは厭だと切に思っている。

「距離を置く必要はないです。まあ、俺の恩人にもなるわけだし」
「?、何のことだ」
「母さんと昔会ってるじゃないですか」
「昔ってどれくらい前だよ。俺は軍人になってからしかフリットと会ってねぇけど」
「え?あれ……だって、母さんがレース大会で迷子になった六歳の子供を」
「ストップだ。そこまででいい」

その迷子になった子供が自分ではないかと続くのだろう。予想したウルフはアセムの説明を止めた。

「なんかフリットにも似たようなこと言われた。けどな、俺にはそんな覚え一つもないぜ。どうせ人違いだ」

そうなのか?とアセムは半信半疑になった。あの記憶力の良い母親が人違いをするとは信じ難いのだが、ウルフは違うとはっきり言い切った。矛盾していることにこんがらがる。

アセムの様子にウルフは今一度、自分の子供時代を思い出してみるがやはり記憶にない。道に迷っても鼻の勘でどうにかなっていたから、迷子にはなり得ないはずだ。
何となく、この間視た夢に出てきた初恋相手の雰囲気がフリットに似ているような気がしたのを思い出したくらいで、それ以上はない。

「にしても。デートに誘うっつっても、あいつ忙しいって言ってたし断られそうだな」

大きく独り言を落としたウルフだったが、数日後。







“ソロンシティ”に到着して物資調達の名目でウルフ隊は街中の地に足を落ち着けていた。
早々にアセム達は頼まれた買い出しに散っていき、ウルフは端末で地図を確認しているフリットの横顔を見遣る。互いにとくに示し合わせたわけではないが、二人の初デートの時と同じ服装だった。

あの後、断られる覚悟で誘えば即座に承諾されたのだ。というか、その時のフリットの様子を鑑みるに、彼女の方がどう誘うべきか模索していたのではないか。
艦長にはめられたとウルフは理解してこの場にいる。

「すまないな、付き合わせて」
「誘ったのは俺だろ」
「そうなんだがな」

苦笑を零しているフリットに浮き足立つ様子はない。彼女の目的はデートではなく、今作戦にとって最重要人物となる者との密会場所の下調べだ。街中の人通りも確認しておきたいと言っていた。
それのカモフラージュとしてデートという形をとっている。

「別にテンションは下がってないぜ。俺の行きたい所にも一緒に行ってくれるんだろ?」
「ま、まあな」

途端に顔を赤くしたフリットに充分だとウルフは彼女の背中を押す。
デートに誘ったときに此処に行きたいとフリットに告げていた。最初は戸惑っていたフリットも少なからず興味があったようで頷いてくれた。

「で、指定された店って?飲み屋だよな」
「そこの角を曲がって、奥の路地を進んだ先だな。そこからまた少し歩くようだ」

結構複雑な道だなとウルフはフリットの後を追いながら感じる。
コロニーは最初の設計図通りに町並みを建設するため、入り組んだ造りにしない。地球の陸なら道路や街を造り直したり増やしたりと複雑にもなるのだが。もしかしたら地球にある街並みを当初から再現した一画なのかもしれない。

道を進んでいるとBEAKS BARという看板が掲げられた店前でフリットの足が止まった。

「ここだな」
「二十時に開店だってよ」
「……だいぶ時間があるな」

まだ昼時だ。一端、艦に戻っても良いくらいの時間がある。
戻るか。そうフリットは言おうとウルフを見上げたが、言うのを留まった。仕事で来ているようなものだが、デートは嘘ではない。艦に戻るのは違う気がして口ごもる。
俯きだしたフリットにウルフは小首を傾げた。

「飯食いに行くか?腹減ったし」

ウルフからの提案にフリットは瞬き、彼を見上げた。

「何食いたい?」
「えっと。いや、急に言われても」
「好きな食べ物ぐらいあるだろ」

あんまり考えたことがなかった。フリットは自分が好きな料理をその場で何か見つけようとするがなかなか出てこない。

「ウルフは、何が好きなんだ」
「俺か?大概何でも食うけど、柑橘類は鼻にツンとくるから苦手なくらいでそれ以外なら。まあ、強いて言えば肉か」

その答えにフリットは肉に好き嫌いはないなと自分もという意味で頷いた。それから、気付いた。

「ミートスパゲッティ」

殆ど何も考えずに声に出していた。目を丸くしているウルフを前にして、自分が何を言ったか遅れて理解したフリットは真っ直ぐに口を閉じた。

なんというか。パスタ系でも他に大人が好みそうな種類はあるはずなのに、子供舌っぽい答えになってしまった。だが、どれが好きかと問われたら一番に上がってくるのがそれなのだから仕方ないではないか。
毎年、自分の誕生日にエミリーが作ってくれるから……と内心で言い訳したのだが、もしかしなくても自分以上にエミリーの方が此方の好物を把握しているのではないかと同時に気付かされる。

フリットの手元に視線を落とし、落ち着きがないことにウルフは笑みを持つ。

「ランチ過ぎる前にパスタ屋探そうぜ」
「え。ぁ、ああ」

調子の良い笑みを浮かべているウルフにフリットは毒気を抜かれ、先に行く彼の隣へと慌てて並ぶ。
事前に入手した街で貸し出されている端末を取り出して、パスタ屋を調べ出すウルフを横にしてフリットは何故だか気恥ずかしい気持ちになる。彼が返答に困る好物の理由について聞き込んでこないのも、彼が店選びを先導してくれていることにも。
女性扱いされているな。いや、恋人扱い……というものなのだろうか。

「フリット」

声を掛けられ、足が止まっていたことに気付いたフリットはウルフに駆け寄ろうとした。しかし、その前にウルフから手を差し出された。

「人多くなってきたし、はぐれるぞ」

言葉は違うが、迷子の少年に送ってやると言われた時のことを思い出した。他人の空似とウルフからは証言されてしまったが、やはり重なってしまうのだ。余計に面映ゆくなりつつも、フリットは彼の手に自分の手を重ねた。心の中で「宜しくお願いします」と言葉にして。







艦に一度荷物を置きに行き、食堂で簡単に食事を終えたアセム達は残りの買い出しを済ませるために再び街に降りていた。

そのまま買い物を続けるつもりだったのだが、フリットとウルフの姿を見つけてしまい、尾行していた。
不意にフリットが後ろを振り返ってきて影に身を隠す。そのまま何事もなかったようにフリットとウルフは先に行く。

「ところで、隠れる必要があるのか?」
「ない、かもしれないけど」

ゼハートの指摘にアセムは頭を掻く。

「でも、あれ気付かれてたよね?」
「連邦の司令官をそうそう騙せるものではないと、私も思うのだけれど」

ロマリーとフラムが続けて言うのにアセムは冷や汗を流す。自分もそんな気はしているのだ。明らかに無駄であったと。
しかし、フリットは此方に声を掛けずに行ってしまったのだ。

「追いかけるのか?」
「なんか、心配だし」

やきもきしているアセムにゼハートは仕方ないと付き合ってやる気満々だ。それはロマリーとフラムも一緒であり、四人での尾行は続行された。



アセム達を見掛けたが、同じ街に来ているのだから当たり前だ。そう受け取っているフリットは息子を疑っていなかった。

「腹ごしらえもしたし、行くか」
「まだ明るいぞ」

フリットは流石にちょっとと足を止めた。まだ真っ昼間だ。BEAKS BARの開店後で良いではないかと足踏みする。

「時間つぶせる場所あるなら、そっちでもいいけど」
「…………ないが、やはり」

こんな時間に行く場所ではない。早すぎる。

「でも夜になると空いてないぜ」
「そういうものなのか?」
「じゃあ、電話で聞いてくる」

ウルフは視界の端に見えた電話ボックスを指さし、そちらに足を向ける。止めるほどでもないと判断してフリットはその場に立ち尽くしてウルフを見送った。

電話ボックスから目星の店にウルフが問い合わせると、夜だと満室になる可能性があると返ってきた。今の時間なら空きがあるというので、コースを指定して仮予約をして通話を切った。
受話器を置いたウルフだったが、もう一件へと電話を掛けた。別のコロニーのため、他回線を経由しなければならず繋がるまでに少し時間が掛かった。

『あ、おふくろか。オヤジいたら代わってくれ』



暫くして通話を終えたウルフはフリットのもとに戻ってくる。

「長電話だったな」
「あー、ついでに家に電話してた」
「家?」
「実家」

首を傾げたフリットであったが、叛逆している身で家族と連絡を取るのは軽率だと眉を潜める。

「解っているのか?今そんなことをしたら」
「だから警察なり軍の奴が来たら詐欺の電話だったって言うように言ってある」
「しかしだな」
「しかしつったって、軍の方は俺らの捜索部隊すら派遣してないんだろ?」
「それはそうだが……」

隠密行動中だと各コロニーの連邦基地を避けている。念のために各地のコロニーに入港する度に連邦基地に捜査員を送り込んでいるのだが、ディーヴァの乗組員が謀反を起こしたと伝わっている様子はなかったと報告も受けていた。

二十五年前はグアバラン率いる第八宇宙艦隊が上層部からの命により特別分遣隊としてディーヴァを捕らえに追ってきていた。当時を鑑みた上では、手際が良ければ特別分遣隊を言い渡された艦の一隻と遭遇していても可笑しくない頃合いだった。

「罠を張っているようなら、この白い狼の俺様が返り討ちにしてやるぜ」
「その自信は何処からくるんだかな」

警戒心は消していないが、ウルフの気さくな返事にフリットは苦笑してしまった。自らの発言を実証してしまえる腕がウルフにはあることを認めているのだ。

「ところで、一つ訊いていいか。実家に電話とは、両親への言伝か?」
「確かめたいことあってな。言伝って言われると、結婚するかもって言ったけど」

フリットは言葉に詰まった。親が存命ならば報告すべき事柄であろう。自分もウルフの両親と面通しが叶うならば、実現させたいと望んでいた。

「………ぁ、あのな、ウルフ。全部……全部終わってからでいいんだ。終わったら、その、お前のご両親に挨拶というのか、一緒に会いに行きたいと私は思っている」

やや途切れ途切れに言葉にしたが、ウルフは途中で言葉を挟んだりせず静かに聞いてくれていた。続く沈黙は怖いが、それ以上に心臓が煩くてフリットは自分の胸を押さえる。鼓動は速まるばかりだ。

「俺もだ、フリット」

安堵に目頭が熱くなった。なんとか表情を崩さないようにしてフリットは確かめるようにウルフの顔を覗いた。

「近いうちに紹介するって言っちまったしな」

白い歯を覗かせて笑うウルフにフリットは頬を染めて俯く。嬉しい。嬉しいともう一度胸の奥で言葉と想いにして、高ぶりに震える唇を指で押さえて自分の内側に拡げる。

外側に、ウルフに見せられないのは、近いうちには叶わないだろうという予感があったからだ。素直に喜べたらどんなに幸せだっただろう。
まだ、ウルフには悟られてはならない決意だ。フリットは今日はその決意を忘れてもいいだろうかと自問して、今日だけだと自らに強く念を押した。

面を上げたフリットと見つめ合ったウルフは彼女の唇を奪い、路地の壁面に押しやる。乱暴に唇を貪ってくるウルフにフリットは応えるように舌を絡ませた。
くちゅくちゅと赤い舌を触れ合わせて絡めて互いを濡らしていく。食み合いを更に深くしていくと、果てが見えなくなる。

「我慢出来ねぇ、行こうぜ」

解いて、興奮した声色でウルフが告げる。耳元に直接言われ、身を震わせたフリットは息を整えてからウルフを上目に見遣る。

「夜では駄目だったのか?」
「満室になることもあるって言われたから、今すぐ予約入れちまった」
「予約とは夜にではなく、今から……か?」
「あ、それでも良かったか」

予約し直すかと肩を竦めたウルフにフリットは首を横に振った。
意外に思っているウルフの顔を見つめていたフリットは苦笑に微笑みを混ぜて、ことりと首を傾げた。

「私も我慢出来ないと言ったらどうする?」







我慢出来ないとは言ったものの、店を目の前にしてフリットは言葉を失っていた。ウルフはフリットの様子を観察して「おお、引いてんな」と感想する。

店はアパートのような建物だが、外装に電飾が派手に施されている。明るい昼間だというのに既に電飾の電気が色とりどりに点いていて、そこだけがネオンを発していて異様だった。

入り口に置かれたメニュー表にはコースが幾つか書いてあり、その横に値段が添えてある。数字はこんなものだろうと思う金額で驚きはないが、コースについての説明はそれぞれバラエティーに富んでいて流石のフリットも頭で整理しきれなかった。

「やっぱ初めてか?」

少し屈んで覗き込んできたウルフにフリットは硬直する。引き結んでいた口の一本線は破線になっていき、そわりと目線を彼とは反対方向にやる。

「ホテルとは、違うんだよな?」
「普通に寝泊まりするのとはな」
「すまない、サングラスを忘れてきた」

身元を隠すためのアイテムを持ってきていなかった。足を後ろに引いたフリットにウルフは眉を顰め、彼女の腕を掴む。
引き戻されてフリットは踏鞴を踏み、不安そうにウルフを見上げた。

「我慢出来ないんだろ?お前も」
「しかし、心の準備が」
「入っちまえばどうってことねぇよ。選んだコース少し時間掛かるし」
「コースとは、お前はどれを」
「コスプレコース」

フリットは全力で逃げようとした。







母親を引きずってアパートのような建物に入っていたのをアセムは気が気でない様子で道路を挟んだ向かい側の影から見ていた。

ウルフとフリットの姿が建物に消えてから、アセム達四人はその建物の前にまで来る。全員が言葉を失う。何処をどう見ても。

「…………ラブホテル」

嘘だろ……。と、アセムはその場で膝を折った。

「ア、アセム、今更驚くことでも」

ないだろうとゼハートが気を遣ってくれているが、そうではないとアセムは看板を指差した。ゼハートは看板に書かれた『一番人気のコースはコスプレコース!セーラー服からナース、フリルたっぷりメイド服まで幅広い制服を取り揃えています!オススメだよ』の文字に絶句する。

青い顔をしているアセムと赤い顔をしているゼハート。彼らをどうにかしなければとロマリーとフラムもどぎまぎしつつ、二人に駆け寄る。

「アセム、邪魔したらいけないだろうし、私達は買い物の続きしよ」
「ゼハート様、このような店を見てはいけません。行きましょう」

女子二人が頑張って男二人を引っ張っていると、思いがけない二人が此方に気付いて走り寄ってきた。

「あれ、お前ら何してんの?」
「何してるんですかー?」
「そっちこそ」

海賊船艦がコロニーに滞在出来るわけがない。二人の監視役であったアセムだが、ウィービックもレウナもバロノークに戻ったことで監視役を目出度く解任した。
どうやって二人はコロニーに入ってきたのだろうか。

「小型船でキャプテンについて来たんだけどさ、はぐれちまった」
「だからデートですよー」
「デ、デデ、デートだなんて、や、やめろよ」

否定しつつも満更でもなさそうなウィービックにふぅんとアセムは生返事を返した。正直、この二人についての興味はない。それに、コスプレコースという単語にダメージをくらったばかりでそれどころではなかった。

家の母親にミニスカートのメイド服を着せて、隊長が喜んで襲いかかっているかもしれないと考えるだけで頭が痛い。もっと普通に愛を確かめ合えばいいのに。

「それでお前らはこんなところで」

と、ウィービックは近くの建物を見上げた。ラブホテルだった。
ボンッ!と音をさせてて煙を出すほど茹で上がった赤い顔でウィービックはアセムとゼハートを交互に指差す。

「ハ、ハレンチだぞ!」
「うちの隊長に言ってくれ」

疲れているアセムに代わり、続きとなる誤解を解く説明はロマリーがウィービックとレウナに伝えた。
全て聞き終えたウィービックから同情と哀れみの激励があり、お前にだけは慰められたくなかったとアセムは零した。







後ろで緊張しているフリットを微笑ましく思いながら、ウルフは受付の初老に予約を入れた者だと申し出る。

「はい。コスプレコースね。はい。これ部屋の鍵ね。はい。まずは二階でお着替えね」

リズム良く指示される。毎日やっていれば慣れてしまうものだろう。

ウルフは受付窓の隙間から奥をざっと視認しておく。この手の店は不正な物事に使われることもあるからだ。しかし、軽く見渡したところ不審なものは見当たらなかった。

「店の質が落ちるからね」

初老に気付かれてしまい、ウルフは肩を竦める。

「悪かった」
「いいさね。それより、女の方は年上だろ?やるねぇ」

小声でフリットを連れてきたことを褒められた。おっさんが年若い女を連れてくることは多いが、逆は珍しいのだろう。

部屋の鍵を受け取り、ウルフはフリットを連れて二階へと上がった。着いた途端に「貴方はこっち」「貴女はこちら」と別々の部屋に通される。

ウルフと引き剥がされてフリットは心細くなるが、テキパキと動き回る女性達に翻弄される。
脱いで!下着も!腕上げて!良いくびれね!背筋真っ直ぐ!顔上げて!と慌ただしく言われてはフリットも途中で言葉を挟めず従うしかない。下着を脱ぐときは恥ずかしかったが。

「はい!出来上がり!」
「あ、有り難う御座います」
「それ一番人気なのよね。着せるのも一番手間だから、昼に来てくれて良かったわ。いつもより気合い入れて着付けしちゃった」
「それは、どうも」

戸惑いながらも頭を下げる。髪は結い上げられていて、かんざしが飾られているところ申し訳ないのだが、フリットは一つお願いした。

「すみません。私のリボンも付けてくれませんか」
「見栄え悪くなるわよ。彼からのプレゼント?」
「そういうわけではないんですが、大事なものなんです」
「……そう。なら、少し髪型変えましょうか!」

厭な顔をせずに内情を汲み取り、着付けを担当している女性はフリットの要望を聞き入れてくれた。かんざしを外し、髪の編み込み方を変えてリボンで結ぶ。

「これでどうかしら」
「重ね重ね有り難う御座います。皆さんも」

丁寧に礼を言うフリットにその場にいるコスプレ用の着付けを仕事としている者達が驚きを露わにするが、誰もが嬉しそうに顔を緩めた。

「こういう店だからあれだけど。ここに来る子みんな素っ気ないから、貴女みたいな人珍しいわ」
「そうですか?私もこういった店には初めて入るんですが」
「あっちは初めてじゃないわよね?」

人差し指と中指で輪を作り、そこに親指を差す。その意味が判るくらいには初めてをとっくに失っている。相手の手から視線を逸らしながらもフリットは肯定した。

小さく頷いたフリットを前にして、こういった下事情の話題は苦手だったみたいだと着付けの女性は申し訳なく思う。出で立ちや佇まいから察するに堅い職業に就いていそうでもある。

「それじゃあ、これで本当に出来上がり」
「あの、下着を履いてもいいでしょうか」

せめてショーツだけでもと、フリットは着ていた服が入れられたボックスに手を伸ばしたが、後ろからその手を止められる。

「何言ってるの、今からするんだからいらないでしょ」
「いえ、しかし、これでは」

軍服はズボンのタイプを常用しているフリットは、タイツにスカートでもスースーと心許なく感じる方である。それなのに、着慣れない服で下着なしは心許ない以前に屈辱感があった。
このまま何事もなく帰る可能性は零に等しい。ウルフに履いていないことを知られたらと思うと身が縮む。

「それに、もう彼氏待ちくたびれてると思うわよ。着替えって男の方が早いし」

え?と顔にしたフリットを強引に出入り口まで引っ張り、扉を開ける。
扉前の壁に背を預けていたウルフが「お」と声に出した。

「ほら、待ってるじゃない。頑張って」

フリットの背中を押す。そんなに強くはなかったのだが、履き慣れない下駄というものにフリットの足は翻弄され、ウルフに正面から抱き留められてしまった。

「大丈夫か?」
「すまない。平気だ」

彼の胸板から身体を引き剥がす。しかし、支えがなくなるのは足下的に不安定で、フリットはウルフに掴まったままだ。

「階段やめとくか。エレベーターで良いよな」
「そうしてくれ」

暫く歩けば慣れるだろうが、履き初めの今は階段を登るのは遠慮したかった。フリットはウルフに頷き、ゆっくりと歩み出す。
が、少し止まってくれとウルフに言った。後ろを振り返り、扉から顔を覗かせている彼女達に会釈をして、礼儀を尽くした。

前を向き直したフリットに律儀だなと留めつつ、ウルフはフリットの手を引いていく。理由はなくても手を繋ぎたいと言えばフリットも拒否はしないと思うのだが、普段は必要性がないからこのように手を繋いだまま歩いたりというのは滅多にない。今日は二度目だが、デートという状況の後押しが大きい。
それに、服装もいつもと雰囲気が違うからだろうか。やけに。

「どうした?」
「可愛い」

エレベーターが降りてくるのを待っている間、ウルフにじっと見つめられていると気付いていたフリットが問い掛けてみれば、そう返ってきた。何故そんなことを今言うんだとフリットは顔を赤くする。

「いきなり、なんだ」
「いいだろ言っても。それより、お前なんでこっち見ないんだよ」
「見ていないわけでは」

フリットは着替えたウルフを目の当たりにしてから、ずっと彼を見ることに戸惑っている。彼の浴衣姿に色気を感じてしまっているのだ。

ウルフが選んだコスプレ衣装は和服だった。ウルフは布一枚の浴衣で、フリットは上の花柄をあしらったものに中に肌襦袢と長襦袢を着た布三枚分の着物姿である。
文化的な服を着た経験はなく、フリットは着慣れなさにも戸惑いを得ている。それに加えて下着を履いていない。

乗り込んだエレベーターが三階に到達し、やや揺れる。下駄のバランスの取り方をまだ把握出来ていないフリットが後ろに身体を揺らした。

「と」

ウルフはフリットの身体を支えるために腰を持とうとしたが、帯の結び目に隠れて腰位置を瞬時に捉えられなかった。

「ひぅ」

尻を掴まれたフリットは肩を縮ませる。転ばずに済んだのは有り難いのだが、履いていないのがバレてしまったのではないかとフリットは恐る恐るウルフを窺った。

「歩けるか?」
「心配するな。歩ける」

気にしていないようだとフリットはほっとして先にエレベーターから降りる。
彼女の尻に後ろから目をやった後でウルフは自分の手を見下ろした。先程の感触を確かめるように手指を閉じたり開いたりする。

「ウルフ、どの部屋だ?」
「ああ、こっちだ」

呼ばれたウルフは部屋の鍵番号を確かめ、その部屋の扉を開けて入る。
ウルフの後ろに続いて部屋をぐるりと一度見遣ったフリットは想像していた以上に普通の室内で少し拍子抜けする。

ツインベッドやソファと、本当に必要最低限の家具しか置いていない飾り気のなさだ。ベッド上の枕がハート型だったり、室内に窓がないのはラブホテル特有のものだが、印象としては新婚になったばかりの夫婦の部屋といった感じだ。
そう思い至ってしまった瞬間、フリットは俯く。

「期待外れだったか?」
「い、いや、そうではないが。昔、見せてもらったビデオに出てきたのとは違ったから」

性交はこうやるんだと交渉相手の男からアダルトビデオの類をフリットは見せてもらったことがある。その中にラブホテル物も幾つかあった。
部屋の壁がピンク色に染まっていたり、ベッドが回ったり天蓋が付いていたり、大きなバスタブがあったりした。あれはあれで映像作品の面があるから偏っていただけだったのだと、フリットは今更理解に追いついている。此処以外のラブホテルには実際にそういうのもあるかもしれないが。

「ふうん。それより座るか?歩きにくいだろ、それ」
「ああ」

フリットはソファに腰を下ろす。座ると余計に帯に締め付けられたような気がして胸に手を置く。
横に座ったウルフがフリットの顔色を窺う。彼の視線に気付いたフリットは顎を引く。

「きついのか?」
「少し、苦しいかもしれない」

そう言えば、ウルフが帯に手を掛けてきた。

「ぁ、待て」
「苦しいなら脱がしてやるよ」

顔を近づけてきた狼の低い声にフリットは瞼を震わせるも、待つようにウルフの手に自分のを重ねた。

「今は、まだ。もう少しこのまま。その、折角だし、彼女たちにも悪い」
「………お前さ、やっぱり女に甘いよな」
「そうか?いや、そういう話ではなくてだな。すぐに脱いでしまうのは惜しいと思ったんだ」

もう暫し着物を着ていたい気持ちもあるが、それ以上にウルフの浴衣姿を目に映しておきたいのだ。一度真正面に見てからずっと視線を逸らしがちになっていて、焼き付いていない。ウルフは割とすぐに脱いでしまう方だから自分だけが脱がされる可能性は少ない。

「わかった。後でな」

引き下がってくれたウルフに安堵する。

「そこの冷蔵庫飲み物入ってるだろうし、飲むか?」
「そうだな」

自分で取りに行こうと立ち上がろうとしたフリットの肩をウルフは引き留めて座らせる。此方を座らせて立ち上がったウルフをフリットは見上げる。

「それ動きづらいんだろ?座ってろ」
「気を遣わなくていい」
「遣ってるつもりねぇけど、そう思うんなら後でとびきりエッチな顔見せろよ。それでチャラだ」
「…………」

返事はないが、立ち上がろうとする素振りは見当たらない。聞き入れたと思って良さそうだとウルフは微笑する。
冷蔵庫を開けたウルフは首を傾げる。

「フリットー。酒だと缶ビールしか入ってねぇけどビールで良いか?」
「それでいい」

ビール飲むんだなと僅かな意外を持ちつつ、缶ビールを一つ手にしてウルフはソファまで戻ってくる。缶ビールを受け取りつつ、フリットは「お前は?」と続けた。

「この間ハメ外したし、酒とかもちょっと控えてぇ」
「私は別に」

媚薬の件を引きずっているウルフにフリットは視線を横に流す。

「フリットが口移しでくれるんなら飲むぜ」
「お前はまたッ、そういう言い方は大概にしろ」

ふいっと顔を背けたフリットの耳は真っ赤だ。首も。
髪を結い上げているから項が丸見えなのだ。ウルフは喉を鳴らさないように必死になる。

「なあ、話戻すけどよ。お前もエロいの観るんだな」
「観ては、いけないか?」
「そうじゃねぇよ。観たら興奮すんのか訊きたい」
「するも何も……」

フリットは無意識に口元に指先を持って行く。声を小さくしたフリットの様子を噛みしめたウルフはテーブル上のリモコンを手に取ってテレビの電源を入れた。
電源が入った瞬間、テレビ画面がパッと明るくなってスピーカーから音が出る。

『ゃ、いやあ、そんなとこ触らな、ああん』
『こんなにパンツ濡らして、好きなんだろ?ああ?』
『いやん、あん、掻き回しちゃらめぇぇ』

突然聞こえてきた嬌声にフリットは硬直する。
テレビ画面には性交している男女の姿が映し出されていた。

「どのチャンネルにしてもエロしかないけどこれでいいか?」
「いきなり何を」
「お前がその気になるまで観てようぜ」

目をまん丸にしたフリットを真正面に捕らえたウルフは調子の良い笑顔の裏に獣を潜ませる。すっと、目を常のものに変えたフリットに真っ直ぐに見つめ返されて見透かされているのではと考えが及んだが、ウルフは視線を逸らさなかった。

『やああん、それ、やなの、指いっぱいやああぁ』

テレビからの女の嬌声にフリットが反応する。びくっとしたかと思えば、テレビを真正面に捉えるようソファに座り直して手の中の缶ビールに視線を落としている。

「………そのつもりで来たんだ」

お前と深く交じり合いたくて。それは続けて言えるわけもなく、フリットは自分に言い聞かせるに留める。

缶ビールの蓋を開けて中身を口にするフリットの動作を見遣ってから、ウルフも彼女の横に座り直してテレビに視線を向けた。

『ぁ、ぁ、乳首もそんなことしたらイっちゃうぅ』
『これか?これが良いのか?』
『あん、だめぇぇ』

演技だと丸わかりで生っぽさが薄いが、カメラアングルは悪くないなと評価しつつウルフは横のフリットの顔を見ようとした。

「あまり見るな」

視界に入れる前に言われてしまい、ウルフはまあと頭を掻きながら顔をテレビに向け戻した。
あまりと付けているのだから見てはいけないということでも無さそうだったが。

「こういうの観るの好きだったりするか?」
「嫌いではない……と感じている」

ビールを飲む間があった。答え終えてからそわそわした空気が横からあり、ウルフは此奴も訊きたいんだなと自分も答える。

「俺も好きだぜ。まあ、男は大概そうだが。最近は熟女モノ集めてるけど」
「そう、か」

熟女モノのところだけ強調して言ってやった。フリットは鈍いからスルーされてしまう可能性も有り得たからだ。
強調した分、動揺の気配が伝わってくる。

その間もアダルトビデオは進んでいき、厭がっていた女がふわふわした顔で男の股間に胸を押しつけていた。

パイズリをしている巨乳を観ながらウルフは映像だと感触までは判りづらいから視覚優先で大きいのを選択しがちだったなと自分の好みについて振り返る。しかしと、フリットの胸に目を持っていく。
小さくないが巨が付くほど大きいわけでもない。それなのにかなり自分好みなんだよな、と改めて感想している。

「ウルフ」

じっと見ていたのを咎められた。此方の名前を少し低い声で言ってきた。
静かに従って引き下がったが、視界の隅に捉えたフリットの着物に隠れた腿が落ち着いていないように見えた。

『ん、んぁ、や、ああ、おちんちん、のさきっぽが奥に、ぁぁん、おくにあたっちゃってるのぉ』
『じゅぽじゅぽといやらしいおまんこさんだ』

男の腰振りに女が啼いている。

自分としてはかなりやりたくなっているのだが、フリットはノってくるのにもう少し時間かかるよなともう暫しの我慢を決め込んだ時だった。
肩を掴まれたと認識が行く前に唇を塞がれ、食み合わせてきたフリットの大胆な行動に驚くも、ウルフは手を持ち上げるとフリットの後頭部へと持って行き自分にもっと引き寄せる。

口の中に流し込まれたものを飲み込む。苦くて甘い。それに熱い。
息を乱しているフリットの顔を見れば、瞳を濡らしていた。

「口移し、なら飲むと言ったよな」
「お前、酔ってる……ってか、イってんのか?」
「よく、わからない……」

足をもじもじとすり合わせているフリットを前に状況と状態を確認している時間も惜しかった。ウルフはフリットを自分の方へともう一度引き寄せると唇を重ねる。

自分の舌が熱いのか、ウルフの舌が熱いのか。それが判然としていないままフリットはウルフからの口付けに夢中になっていた。

濡れた舌を絡めることに一心しすぎていたフリットは背中や腰を撫でまわしてくるウルフの手に好きにさせていた。そして、一つ忘れていたことを不意に思い出すこととなる。
尻を撫でられ、履いていないことを思い出したのだ。

「ゃ」

逃げようとしたフリットの尻を鷲掴んでウルフは彼女を逃さない。

「やっぱノーパンだろ」

途端にフリットは目を丸くした。次には眉を下げて赤くなる。
この男は最初から気付いていたと知ったからだ。おそらく、エレベーターから降りる直前の時に。

困りながら叱りたいような顔をしていたフリットだったが、尻を両手で揉まれ始めて目元も足も震わせる。

「ぁ、やめ……服が汚れる」
「こういうとこのは汚れるの前提でそんな高いもんじゃねぇっての」
「しかし」
「そんなにもうぐちょぐちょなのか?」

訊けば、かなり真っ赤になった。

尻を揉む手が止まったかと思えば、フリットは身体を転がされてソファの上で俯せになっていた。下駄は片方脱げている。

「ぅ、うるふ?」

肘掛けを両手で掴み、後ろを振り返ったフリットだったが、テレビの中でも女優が同じように四つん這いの恰好になっていることに目が行ってしまった。
男優に後ろから打ち付けられて女優は嬌声をあげながら背中をしならせてよがっている。

「ッ………ん……」

ソファに身体を擦りつけたいのか、むず痒いのを耐えようとしているフリットの様子にウルフは目を瞠っていた。これを見られたくなくて見るなと言っていたのだろう。
女でもアダルトビデオを観れば興奮するものだろうが、よもやフリットがここまで感じてしまうとは思ってもみなかった。

本当にもうぐちょぐちょなのか。ウルフは尻を揺らしているフリットに手を伸ばす。

「ンン」

尻を撫で揉まれた感触にフリットは声を漏らした。しかしすぐに男の手が遠退いて首を傾げると、ウルフが着物の裾を掴んで捲り上げた。素肌が外気に晒され、恥部まで彼に丸見えになる。

「ぁ」

触られていないが、見られていることに声が零れてしまった。
触らなくても濡れているのがはっきりと判るほど滴っていた。

「エロビデオ観てこんなに濡らしてるとか、エロすぎだろお前の身体」

フリットをなじるが、彼女がこんなになっているのに匂いで気付かなかった自身の失態への情けなさが勝っていた。
酒酔いの香りもあれば、ラブホテル特有の興奮剤のアロマも香っていた。だが、それらはウルフにとってみれば言い訳にもならない。

「どうし、よ……汚れたら」
「まだ気にしてんのか。でも、お前脱ぎたくないんだろ?折角って言ってたもんな」

軍服は仕事着だから絶対に汚すわけにはいかない。汚すこともままあるが、些細な回数だ。
個人的な意見を言えば着エロも悪くない。正直、この帯の解き方もいまいち判らないのだ。フリットが脱がして欲しいと言ったところで自分が脱がせる保証はウルフにはなかった。

「だったらもうこのままヤろうぜ」
「だ、」

駄目だ汚したらいけないと言うつもりだったのに、ウルフの唇が秘部の表面にあたっている感触にフリットは咄嗟に口を閉じた。

ぺろぺろと外に溢れていた膣液を舐め取られているだけでもうフリットは耐えきれずに腰を跳ねさせた。

「ッ――――ふ、ぁ」

余韻に身悶えたままのフリットを間近にして、あれだけでイってしまうほど高まってしまっていたことにウルフは喉を鳴らす。本当にエロすぎる。
今すぐ勃ち上がっている自身で味わいたいが、衝動的になるのは控えたい。まずは確かめないことには。

「ひゃっ、ウルフ、ゃ」

まだ身体が痺れているフリットはウルフの舌が奥へと入りこんできたことに悶える。ねじ込み、内側を丹念に這ってくる。

この間の傷は塞がっているようだと、ウルフは舌にあたる感触とフリットの反応から答えを得る。
あの時のことはフリットから怒られてはいないが、彼女の幼馴染みであるエミリーからこっぴどく叱られた。彼女曰く「フリットは絶対怒らないだろうから」と代わりにお灸を据えてくれたのだ。
此方が蟠りを抱えていたのを察してくれたのもあるが、エミリーの語り口からしてフリットの足りないところを彼女は昔から補い続けてきたのだと感じた。ガンダムに関わることなら怒るのにと肩を落としながら言っていたが、それはウルフにも思うところがあった。確かに、自分がフリットから確かな憤怒を向けられたのはガンダムのデータを持ち出した時だけだったからだ。
艦長のミレースからはフリットは謝られるのが苦手とも聞いた。自分自身のことで怒らないのは、そのこととも少なからず関係があるのかもしれない。

フリットが背負い込む質なのはウルフも知っていることだった。だから男に身体を差し出しもしていた。だが、自分との交わりは違うはずだ。背負うものも気負うものもない、と。

奥に舌を差し込んだまま、ウルフはフリットをなかなか離さない。じゅっと音がするほど吸われたり、粘液が唾液と混ざり合って溶ける音も止まない。

「っ、はぁ………ッ、ぁふ……もう、いい」

舐めるのをもう止めて欲しかった。大きいのが欲しい。ウルフのが欲しい。
フリットは濡れる瞳を後ろのウルフに向けて縋ったが、彼は目を合わせておきながら舐めるのを止めようとしなかった。

「そん、な……もぅ、だめ、これ」

腰を前に引いたが、その分ウルフが追いすがってきて離してもらえなかった。舌の蠢きが止まらず、蹂躙するような舐め回しにフリットは指を丸め、目をぎゅっと瞑った。

「――――ッ」

息を詰め、熱ばかりの吐息を次には零す。

大きく胸を上下させている間に舌が引き抜かれ、フリットは体勢を整えるために背を起こし、膝を立てた。その隙と隙間にウルフが入り込んできて、フリットは動きを固めた。自分の股の下からウルフが顔を覗かせている。

こんな相対体勢は戦場でも巡り会ったことがない。逃げ方が判らないでいると、ウルフが此方の腿を掴み、腰を落とすように下へと力を入れた。
腰を落としてしまったフリットは再び得た舌の感触に背筋をぞわりと震わせた。しかもウルフの顔に自分の股を押しつける恰好で恥ずかしさの極みに至る。

恥ずかしそうに困っているフリットの表情を見上げ、ウルフはたまらないと舌を彼女の中にねじ込む。
もうこれでもかとべちょべちょになっているにも拘らず、舐めるのを止めようとしないウルフにフリットは困惑しきっていた。汚れても構わないらしいが、ぐちゃぐちゃにしたくはなくて着物の裾を捲って帯下のあたりで両手で握っている。

最奥を突こうとする舌の動きにもう耐えきれないと喉を逸らしたフリットは天井を見上げた。視界の左隅にあるものに気付く。

「ウルフっ、ま、て。あれ、撮られて」
「ん?」

ウルフはフリットが指し示す方、部屋の天井角に視線をやり、舌を引き戻した。

「ああ、防犯用だろ」
「はぅ、ぁ、そこで、喋るな」

喋る息が変にくすぐったいとフリットは腰を上げたが、それはウルフの腕が許さず動けなかった。

「密室の造りだからな、裏取引とかそういう所に目を付けられて数年前から多いらしいぜ。それ用の対策だろ。それに古いカメラだし音も拾えねぇと思うぞ。その辺はお前の方が詳しいんじゃねぇの?」

股にかかるウルフの息のくすぐったさに耐えながらフリットは彼の言い分に耳を何とか傾ける。
確かに密輸の受け渡しなどにこういった密室の場は重宝されそうだ。店側としてはそれらに巻き込まれたら客の信用を失うリスクがあろう。協力していなければの話だが。
ここの店はリスクがあると判断して、警察に証拠品として映像を提出することや、自前に自分達で阻止するのを優先したと考えられる。

ウルフの言うようにカメラは古い。音声は録音出来ないタイプだ。画質も荒いだろう。
だが、見られているようでフリットとしては居心地が悪い。

「理由は解ったが、その……」
「やめるか?」
「ぃ、ゃ……この状態では私だって………お前は」
「俺もガチガチ」

フリットは首を捻って後ろを見る。ウルフの下半身に視線を落とせば、浴衣の隙間からてっぺんに向かって勃っているものがあった。即座に顔を戻す。

「履いてないぜ、俺も」
「見れば解る。それより、凄いことになっているぞ」

先走りで先端が濡れていた。
あんなになっているのに、何故この男はまだ挿入れようとしていないのか甚だ疑問であるし、勃起しているウルフを見てフリットの鼓動はかなり速まってしまった。
あれに早く、と。フリットは目でウルフに訴えた。

「カメラ、気になってんじゃなかったか?」
「…………我慢出来ないと、私もお前も言ったはずだ」

顔ごと横に逸らして言うフリットの声色はどこか拗ねていた。
こういう所もそそるよなとウルフは目元で笑う。気丈なんだか恥じらいなんだか。

ウルフは「よっ」とソファから立ち上がり、テレビの電源を切ってフリットを横に抱き上げる。
彼女のもう片方の下駄もいつの間にか脱げてしまっていた。ウルフも自分の履き物をその場に脱ぎ捨て、素足でベッドに移動する。

ベッド上に放られたフリットはこの扱いだけはいつも通り大雑把だと感想しながら後ろ手に腕で背を起こす。目の前からシーツを這って迫ってくるウルフに胸が跳ねる。
逃げることもないと、諦めなのか落ち着きなのか自分でも判断がつかない息を吐き、そわりと視線を横に流す。

履いていないことをまだ恥じるように着物の前身頃を膝上に戻して隠しているフリットの手にウルフは自分の手を重ねる。それだけでびくりと感じ取るいじらしさにもっとじっくり味わっておきたいとウルフはフリットの下半身を露出させるように前身頃を左右に払う。

腿と腰を掴んで下に引きずられ、フリットは背中をシーツに付ける。ウルフは次に足袋でつま先を隠しているフリットの足首を掴む。ぱっくりと足を割り開かれ、その間にウルフが身体を入れてくる。
腰を近づけるでなく、顔を近づけてきたウルフにフリットは慌てる。

「ぉい、それはもういいと」

銀髪を掴んだが、その程度でウルフが行動を止めるはずもなく、彼の口は再びフリットの濡れそぼりを味わい始める。

「ァ……ゃ、ら」

きゅんっと、柔らかい腿に頬を挟まれ、ウルフは鼻で笑う。足を内側に閉じたら、此方の顔が余計に密着するだけだ。止めて欲しいのなら逆効果でしかない。
鼻で笑われたことに眉を歪めたフリットであったが、舌が自分の中で蠢く違和感と快感で歪みが別の意味に変わる。

「ウルフ、離せ」

やめて欲しいがやめて欲しくなかった。
こんなにねっとりと愛撫されたのはこの男が“トルディア”の家に来た時だったか。それを思い出して身体が疼いていた。

痛いくらいに激しいと気兼ねが無く気持ちとして楽なのだ。愛撫に愛撫を重ねる愛し合い方には慣れていないのもあって戸惑いが大きい。
それでも、好きとはまた異なる感情から気持ち良いと感じてしまい、そこから一巡りしてウルフへの好意に繋がっていく。好きになってしまっているのだ。
これ以上好きになっても平気だろうかとフリットは深淵を覗くような思いを抱く。ウルフとの間に果てはあるのだろうか。それはあった方が良いのか、ない方が良いのか。

考えなくてはいけないことだと奥底の信念が告げたが、ウルフの舌使いに翻弄されて思考を誘えなくなり、集中力が霧散する。
抱き方が上手いのだと、ぼんやり思う。意識ごと身体がどうしてもウルフに向いてしまうのだ。こんな男は彼だけだ。

「ンン――――、も……ぁ、ぁ、ぁ」

ひくひくと腿を緊張させて絶頂を見たフリットだったが、ウルフの舌はまだ膣をぐるりと舐めまわすのを続ける。
何も考えられなくなってしまいそうだと、顔を横に厭々と振る。編み込み結われた髪が解けていく。リボンはかろうじて耳横で形を保っていた。

甘い嬌声を再び漏らしたところでウルフはようやくフリットを解放して、顔を離した。
身に有り余る余韻を解放しきれず、足をすり合わせるフリットを目下にウルフは勃起している自身に手をやる。もう少し待ってろよ、と心の中で言い大人しくさせる。

すり合わせ閉じているフリットの膝を割り、ウルフは指を二本、彼女にねじ込んだ。

「ぁ……う………」
「すっげぇ、トロトロ」

蕩けきっているのに、内肉は指に吸い付いてきて向こうから絡んでくるような感覚を覚える。指だけでもかなり気持ち良いとウルフの興奮は更に高まる。
がっついて下半身を悦ばせたい気持ちが逸る。しかし、ぐっと堪えて、フリットの蕩けた顔を覗き込む。

「はぅ……ぁ、ウルフ、欲し……ほしい、です」

潤んだ瞳で目を合わせ、無意識に敬語で懇願してくるフリットに堪らず、ウルフは口付ける。
要求したのはこれじゃないとフリットは否定してこない。一番熱くなっているのは下の方だろうが、強請るように舌を自分からも絡めてこようとしている。此方の頬や髪に触れてくる彼女の手の熱がウルフの皮膚に伝わる。
全身で欲しがっている、この上なく。

「ん……む、ぅ……んは」
「ふ、」

互いの唇を繋ぐように唾液が糸を引く。

ウルフは荒っぽくフリットの合わせ襟を崩して肩と胸を晒させる。乳房を両手で揉みこね、鎖骨に舌を這わす。股間の猛りはフリットの膣口の表面を擦るに留める。

直接的な快感を与えてくれないウルフにフリットは涙目を向ける。すれば、視線に気付いた彼は再び唇を食んできた。くちゅくちゅと音がするほど甘く啄まれる。

「はふ」

唇が離れて吐息を零せば、ウルフが此方の顔を覗き込んできてフリットはことりと首を傾げる。

「人が一番感じるのは口らしいぜ」

ぼんやりとする頭でフリットは聞き取る。脳に一番近くて粘液が多い場所は口だなと彼の言っていることを分析した。一番の快感は与えてくれているらしいとフリットは納得したと込めて「んー」と返事をした。

「聞こえてるか?」
「ん」

意識まで蕩けてるなとウルフは微苦笑を零す。ここまで委ねきってくれるものなのかと、フリットの態度の変化に狼は恍惚を覚える。フリットの幼子のような反応が危うくもあり、愛らしくもある。
そろそろ自分も我慢の限界だ。フリットをなぶり可愛がりたいと自身の浴衣を脱ごうと襟に手をかけた。

「ぬぐ………ゃ」

フリットが手を伸ばしてきた。しかし、届かず、短い言葉で首を振る。
流石に幼すぎる動作にウルフは不安になったが、口の中に残る苦味に酒の効果もあるかもしれないとフリットの様子を今一度確かめ、脱ぐことなく襟から手を外した。

「なんだよ」

前髪を掻き上げ、ウルフはにやりと口端を上げる。

「和服も最高に着こなす俺の色気に見惚れてたのか」
「……言っていて恥ずかしくないのか」

ああ、しっかりした返事が来た。不安が消える。

すっと頭が冴えたが、ウルフの発言はフリットにとって図星だった。彼の言い方に呆れていると顔を横にしつつも、図星を当てられたフリットは頬を赤くする。
動いたことでウルフの浴衣もはだけているが、着ていると充分に言える。はだけた胸元が見えていて、整った胸筋と腹筋が覗いていた。褐色と鍛え上げられた筋肉は自分の肌とかなり大差があり、フリットはその違いに言いしれぬものを感じている。

フリットが脱がないでほしいならこのままでいいかとウルフは即断する。脱ぐのは汗をがっつりかいた後でも構わない。
確かに彼女の言い分も判るのだ。脱がす前にフリットの着物姿を写真に残しておきたかったと少し後悔もある。しかし、民族衣装を中途半端に脱がすというのは。

「エロいよな」
「?」
「独り言だ」

疑問顔のフリットの意識を逸らすようにウルフは彼女の素肌を手で撫で始める。

着物をはじめ、民族衣装は正装である。清いイメージがあるからこそ、着崩せば背徳感を刺激される。
女の大事な部分を晒し、帯でかろうじて繋ぎとめている着物の心許なさがフリットを包んでいる。無防備というよりだらしないと表現すべきだろう。だが、常の彼女は高潔の塊だ。
そんなフリットがこんな姿を晒すのは自分の前だけだと思うとウルフの猛りは益々欲情する。

「その、」
「なんだ?」
「えっ……ち、な、顔というのは、どうすれば」

尋ねてきたフリットにウルフは一瞬身動きを止める。気遣われていると思うならそれでチャラにするとは言ったが、まさかフリットが実行しようと試みるとは。

「そんなのもう合格だっての。いいぜ、ぶち込んでやるよ」

素肌を撫で回してくる男の手に物足りなさが募ってきたフリットはむずむずと腰を揺らしていた。その表情はウルフを欲しがって濡れている。
こんな顔をされてはウルフはこっちも限界寸前だと、自身の角度を調整してフリットの膣にぐっと腰を打ち付ける。

「ア、ゃ……ィく」
「なんだ?もうイったのか」
「だっ、て。こんな、おおきいの……ッ、ぁ、そんなに動いたら」
「戯れは優しくしてやれたけど。俺もこんなになってるからな、がっつかせろよ」

蕩けきった膣は難なくウルフを受け入れており、尚且つ吸い付くように締め付けてくる。ウルフの腰が止まるはずもなかった。

焦がれるほど待ち望んでいたウルフの熱情に突かれフリットは満足を得たが、イき続けていることに満たされが超えていく。このままでは何も考えられなくなってしまう。それくらい気持ちが良すぎる。

「ぁ、ぁ、ぁ……んぁ、ぁ」
「たまんねぇな、そのエッチな声」
「ん、ぅ」

口を手で塞ごうとするフリットの意地もウルフには意地らしいと映る。激しく揺さぶっているので、口を塞ぐ手は打ち付けられる度に外れて喘ぎは押さえこめきれていないのだ。

揺れる胸を片方、ウルフはその手に掴んだ。掴まれたフリットが反応して、うっすらと目を開く。
目を合わせ、ウルフは腰をゆったり動かすに落ち着く。何か話したいことがあると気付いてくれたフリットがこくりと縦に頷いた。

「あの時の、フリットだったのか?」
「何時のことを、言っている」

考え唸る声を置いてから、ウルフは顔に迷いを見せた。フリットに言えないことという意味ではなく、これを尋ねるということは自身が暴走した汚点の日を思い出すからだ。

「お前さ。この間の時、変なこと言ってたじゃねぇか」
「変なこと?」
「俺がガキん時に迷子になっただろって」
「あ……ああ、そのことか。別に良いんだ。気にしていたなら忘れてくれ」

腰の動きが殆ど止まっていたウルフが、その後腰を深く密着させてきて、フリットは奥に当たる感覚に短い嬌声を零す。
密着したことでウルフの顔が間近にあった。

「やっぱり、お前だろ」
「ウルフ?」
「俺の初恋の女」

フリットは目を丸くした。
何のことだかさっぱり判らないと顔に出しているフリットにウルフは子供のようにむくれる。

「お前が言ってた迷子ってのは俺だって認めてんだよ」

むしゃくしゃと吐き捨てるように言い切ったウルフの顔は赤いようだった。肌が濃いから判りにくいのだが、フリットも彼の表情を捉えられるようになっていた。自分の恥を認め、自覚している照れであると。

「しかし、記憶はないと」

思い出したのか?とフリットは少し不安げに彼を見上げ、見つめ返す。

「思い出してねぇ。けど、さっき電話でオヤジに確認取った。それ聞いて、そんなこともあったかもしれねぇってうろ覚えだけどよ」

彼には珍しく言葉に詰まっている様子だった。
うん。と、フリットはただ頷いた。
聞いている。フリットの様子はウルフに言葉を続けさせてくれる。

「一緒にいた女のことは少し覚えてんだ。良い女だった」

フリットは面映ゆく、頬を染める。
先程からウルフは「お前だろ」と言い詰め寄ってきている。自分に向けられている言葉であることは明白だった。

身を縮めているフリットに、ウルフは間違いないことを確信する。あの時の女がフリットであったことを。
迷子になったということだけは全く思い出せていないのだが、幼いながらに目を奪われたのはあの女が初めてだった。出で立ちが格好良くて見惚れて突っ立っていたら声を掛けられて、喋ってみたら可愛くて。そのことは、覚えている。

ようやく今思い出したことがもう一つある。確か、父親があの女から複数の男の匂いがしたと言ったものだから、自分の中で良い女とはそういう派手な女と掛け違い結びついて大人になってしまったことだ。
それ以来、目に付く女はそんな感じばかりだったのだが、レーサーを辞めて軍に入ってから再び目を奪われる女が一人だけいた。フリットだ。

自分が二度も見惚れる女など、最高に良い女しかいない。

「フリットは、俺のこと覚えてたんだよな?」
「最初から、覚えていたわけじゃない。先日、思い出したんだ」
「それで逃げたのか」

ばつが悪くてフリットがぐっと顎を引く。

「だって、その………あの時の子供が私を」
「抱いてるって思うといたたまれないってか?」
「う……ぅぅ」

ウルフが腰を揺らしたことでフリットは身悶える。
下の方に視線をやれば、男の肉棒が自分に挿入されている。視線を戻してウルフの顔を見たフリットは当時子供だった彼を重ねて、先日と同様に逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。けれど、逃げられる状況ではない。

ウルフの挿入も激しさを取り戻していてフリットは彼の言うようにいたたまれなさを感じて、恥ずかしさにも板挟みにされる。

「ゃ……ん、ぁ、ぁ」
「さっきよりエッチで可愛い声に、なってるぜ」

ウルフの息もあがっていた。彼の顎を伝って大粒の汗がフリットの素肌に落ちる。それだけでも敏感に感じ取ったフリットは膣をきゅっと絞る。

「ぅ。―――――はッ……ぁ」

最奥を突いたまま、膣壁と自身が絡み合い、互いに緊張が駆け抜けるように痺れる快感が奔った。欲望をフリットの中に解き放ったウルフは荒い息が治まらないうちに再び腰を動かし始める。

「初恋相手抱いてるってすげぇよな、ぞくぞくする」
「ぁぅ……にぃ、ぁ」

恥ずかしそうに何か言いたそうだが、激しくなる重なりにフリットは喘ぐしかない。
ウルフは熱い呼吸を繰り返しながら、フリットを見つめる目を和らげる。

「俺もフリットに初めて奪われてるってことだ」
「ぁん―――ッ、やぁ」

フリットはまた直ぐに絶頂を迎えて指を丸める。それでもウルフは待たずに腰を振り続けた。

互いに絶頂をもう一度迎えれば、どちらも呼吸は浅く、荒っぽい。それでも尚、接合部を解かないウルフは舐めるように腰をゆったりとまわす。
艶っぽく腰をくねらすフリットを眼下に獣息が更に熱くなる。

フリットが初恋だったことを思い出したものの、自分がその時どのくらいだったか記憶は定かではない。

「フリット、もう一つ、いいか?」
「ぅ、ん?」

とろんとした顔のフリットの動きは微かなものでも気怠い。

「えっちぃな」
「っ、……ゃ」

質問よりも今のフリットが気になり、彼女の乳房の先端を指で弾く。
ウルフの指先に色づきを弄ばれるフリットは快感の抜け道がなく、どうしようもなくなっている感覚に自分の指を舐めたり、髪を掴んだりする。

尋常ではない乱れ具合を目にしてウルフは股間を熱くする。此方の変化をフリットも感じ取ったようで、彼女の腰と腿が震え出す。

「と、忘れるとこだった。なあ、昔会った時、もうアセムとユノア産んでたか?」
「ん。ぁ、でないが、妊娠、して」
「お腹にアセムいたってことか」
「……そう、だ」

両側の先端をウルフの親指と人差し指に摘まれ、こりこりと弄られているフリットはこんなことをしている時に子供達の話題を出すなと少し涙目になっている。

「じゃあ、お前のバージンはどっちにしろ奪えなかったか、それなら」

その台詞にフリットは潤みを払うほど驚く。そんなにも此方の初めてを全部欲しがる男の傲慢さに呆れるほど。たまらなくて。

「ウルフ。お前、六歳だっただろ。いくら何でも」
「俺、精通早かったぜ」
「………」

言葉もない。フリットが顔を横にして頬をシーツに押しつけると、上になった左耳にウルフの吐息がかかる。

「バージン欲しかった」

言って、耳を甘噛みしてくるウルフにフリットは眉を下げる。
あげられるものなら、フリットもウルフにあげたかった。けれど、それは無理というものだ。

「真面目だな」

息を軽くして言ったウルフをフリットは不思議そうに見上げる。

真剣に考えてくれなくてもいいことだ。少し拗ねてみせて甘えたかっただけなのだが、予想以上にフリットが重く受け止めてしまった。このあたりのさじ加減は未だに上手くいかない。

「反省してないわけじゃねぇけど、中切っちまった時に血が流れるの見て、処女膜破ってるみたいで興奮しちまった」
「そうだったら、良かったのかもな」

フリットはウルフの頬に手を伸ばした。

「手に入らないものもある方が女は魅力的だぜ」

ウルフは本心を言ったつもりだ。
困り眉はそのままだが、フリットの表情は柔らかい。そんなフリットの気持ちを、ウルフは自分の頬を包む彼女の手に己の手を重ねることで零さない。
見つめ合うまま、どちらともなく、唇を重ねた。







ベッドで寝ていたフリットは自身の違和感にむずりと眉を詰めて覚醒する。
時間を確かめねばと頭にあるのだが、時刻の確認よりも下半身でもぞもぞとするものがあり、フリットは掛け布団の盛り上がりを何とも言えない顔で見遣る。

バサッと布団を捲れば、ウルフの頭が見えた。ぴょこんと髪が跳ねたが、可愛いなんて表現は出来ない。

「………何をしている」

フリットは自分の股の間に顔を埋めているウルフに厳しい声を発する。
顔をあげたウルフは悪びれる様子もない表情で「別に」と言って、再びフリットの股の間に顔を埋める。

「んん、やめろ」
「そういう場所なんだし、良いだろ?時間だってまだ充分にある」
「っ、だから、そこで喋るな」

息がかかってくすぐったいとフリットは身を竦める。

「俺はお前を味わいたい」

そのままフリットの粒を舐めだし、ウルフは舌で彼女を味わう。今日は一日中ずっと舐め回しているが、ウルフは恥丘をぴらりと捲ってまだ舐めていないところがあったと発見する。

「流石にこんなところまで完璧にこなそうとはしてないんだな」
「何が、だ?」

抵抗すべきなのか判らず、フリットはウルフを阻害しないまま動かずにいた。しかし、不意に掛けられた言葉に首を傾げる。

「端っこに垢たまってる」
「え、っと……」

考え、フリットは時間をかけて徐々に顔を赤くしていった。

「ぁ、え。やめ、ウルフッ」

待ったをかけたが、彼が聞く耳を持つはずも無く、遅かった。ウルフは舌でフリットの端に溜まっている身体の汚れである垢を舐め取った。

ぺろぺろと綺麗になるまで舐め続けられ、フリットは恥辱を感じて耳まで真っ赤にする。
止めるべきだったのだが、変に感じてしまって止めようと行動しなかった自分自身にも恥を感じる。

ごくりと喉をわざと鳴らして飲み込んだウルフはフリットに目を流す。見られていると気付いたフリットは顔を横にする。
彼女の横顔を見つめれば、悔しそうでありながら弱った表情を落としていた。尿を漏らした時と似た顔をしている。

「やばい」

相手に言うでなく、空中に吐いたウルフの言葉を耳に入れたフリットは逸らしていた顔を戻す。ウルフは手に何か持っていた。彼は小さな包みの端を牙で噛むとビッと噛み開ける。
中身を取り出して、それを自身に被せ始めたウルフにフリットは戸惑う。

「今更ではないか」
「いいだろ、そんなの。こういう場所での醍醐味ってもんを楽しめよ」

ムードやノリというやつだ。それらをフリットに伝えるのは難易度が高いことは承知だった。だからウルフも理解しろと込めたのではなく、此処ではそうしても“いい”のだと雰囲気だけで言っている。
言い終えた頃にはコンドームを取り付け終え、ウルフはフリットの足を大きく開かせる。

「抵抗してこねぇけど、このままヤって良いのか?」

あられもない恰好にされたまま、動きを止められてフリットは口を横に開く。乾きを感じて、間抜けに口を開けていると気付くと噛みしめるように閉じる。

無言で睨んでくるフリットにヤって良かったらしいと、ウルフは鼻をひとつ鳴らして腰を進めた。

「……っ……ぁ」

既に散々貪り濡らした後だ。難なくにゅるりと一気に全て挿入ってしまい、フリットが仄かに嬌声を漏らす。

ウルフはフリットに覆い被さって、互いの胸肌を密着させる。
フリットの着物の帯は幾つかの体位で交わっている間に結び目が緩み解けてベッド脇に垂れている。一番上の着物は脱げており、彼女の身体には薄布の襦袢が二枚引っかかっているのみだ。ウルフのほうは汗を払うために肩から浴衣を剥ぎ、腰帯で布が留まっている程度である。
そんな恰好の二人が身体をこれ程までに密着させれば、鼓動が響いてきそうだった。

背中に皮膚の厚い男の手がまわされ、フリットは条件反射でウルフの肩を掴む。一気に身体を起こされ、彼の腕の逞しさを感じてしまう。
ウルフの肩口に頬を引っ付け、フリットは内側の感じ具合がいつもと違うと思う。

「ゴムどんな感じだよ?」
「ん。違う」
「ふぅん」

期待していた言葉と相違があったような生返事にフリットは首を傾げる。昔は避妊具を使ってばかりだったから、懐かしいと感じるべきものだったのだろうか。しかし、当時の感覚は遠い彼方だ。行為を意識するほどの相手もいなかった。

と、フリットはウルフの肩口から顔を離して彼の目を見上げる。
暫し見つめ合っていると、一秒ごとに鼓動が速くなっていく。勝手に身体が熱くなり、自分はウルフを意識しているのだとフリットは目を伏せる。
もっとウルフを感じたいと、生理的にではなく自然とフリットは腰を動かしていた。

「………ん……うるふぅ」

艶めかしい腰使いと甘い声に誘われるように、ウルフはフリットの唇を舐める。すれば、フリットが啄み返してくる。
唇の軽い触れ合いを解いて見つめ合い、フリットが先に視線を外した。それを引き戻すためにウルフは彼女の耳に触れて優しく揉む。

「もっと欲しいんだろ?」
「…………」
「言わなくても分かるぜ」

ウルフはフリットの唇を奪った。
野獣に貪り尽くされるような激しく深い口付けにフリットが戸惑いを見せたのは一瞬だけだった。すぐに自分からも応え、彼に抱きついて深みを濃くしていく。

フリットの身体を自分側に押しつける力は必要なくなり、ウルフは彼女の尻に両手を持って行く。丸みを掴み捏ねながら、下半身の疼きをフリットに与える。
腰をまわすようにくねらせ、フリットは背筋を逸らした。

「―――――っ」

どちらかと言うと唇の食み合わせでイってしまった感覚だった。ぐちゅぐちゅと下のほうが卑猥な音を立てているが、それ以上に。

絶頂が落ち着いたところで唇の重なりが解かれ、フリットはウルフに身を委ねる。
酸素を欲して呼吸を忙しなく繰り返し、何度目かで息を吐くのが長くなる。胸を大きく上下させて、深呼吸したフリットは背中をずっと撫でてくれているウルフを上目に見上げる。

視線が交わった途端、ウルフが弱ったような顔をした。内心で引っかかりつつも、此方の匂いを嗅ごうとウルフが鼻腔を動かしたことにフリットは彼よりも先に先手を打つ。
何もかも言わずに判ってもらうなど、甘えにも程がある。それに、向こうに先に気付かれたら気付かれたで年上の面目もなくなる。
だから、フリットはウルフの鼻が間近になる前に口を開いた。

「ナマがいい」

息が引き詰まる短い音がした。その主であるウルフが先程より弱った顔をしたかと思えば、両手の内側で自らの目元を覆った。

ウルフは声に出さず「ああ、クッソ、あー」と内なる我が身に悪態を吐く。
避妊具を使用しての経験自体は初めてではなくとも、俺と避妊具を使ってするのは初めてになるのだからとこの部屋に置いてあったコンドームを取り出してきた。思っていたよりフリットの反応が薄いから手応えが感じられなかったのに、カウンターで意趣返しを喰らった気分だった。
フリットから上目遣いでナマを強請られるとは予想外だったのだ。

何か唸っているウルフにフリットは困ったように戸惑う。自らの口でナマを要求した直後はすごいことを言ってしまったのでは……と発言を見つめ直して顔を赤くしていたが、ウルフの様子に異変を感じ始めていた。

「ウルフ?」

声を聞き取った途端、ウルフが力任せに動き出した。吃驚している暇もなく、フリットはいつの間にかシーツに俯せになっていた。ウルフを探すように後ろに首を捻ったフリットは彼がコンドームを自身から外して捨てるのを視界に収める。

獰猛な息遣いが聞こえたが、フリットは逃げなかった。腰を掴まれて上に浮かせられ、それが来るのを待ちわびる。ナマで挿入される前だというのに、フリットの息も荒くなっていた。

ぴとり。と、先端が濡れた場所の表面にあてられる。
自ら腰を深くしたいのをフリットは堪える。ウルフから熱く挿入れて欲しかった。

「っ、クソッ、今日は大事にしてやろうと思ってたのに」

腰を掴んでいるウルフの発言にフリットは困り眉で微笑む。この間、激しい方が好きだと告白したばかりだ。それを覚えていないのか?と挑発するように振り返りざま、目で訴えた。それを捉えたウルフは眼光を鋭くする。

ガッと、一気に勢いのままに奥まで突かれ、フリットは全身が痺れる。繋がっている部分が焦げ付くほど、熱かった。












既に目的地である飲み屋は開店している時刻だった。しかし、ウルフとフリットはまだそこにはおらず、ラブホテルとBEAKS BARの中間地点付近にある小さな広場のベンチに寄り添って座っていた。

「すまん。時間って大丈夫だったよな?」
「閉店は明け方だ。心配しなくていい」

フリットは熱のこもった吐息を零す。ウルフの肩を借りて身体を休めていた。彼女がこれほどまでに気怠げにぐったりしている原因はウルフにある。
お互いに交わって、ラブホテルの一室に備え付けのシャワーを交代で使った。フリットがシャワーを使って出てきた頃、先にシャワーを終わらせていたウルフは着てきた服が部屋に届けられたついでに使用時間の延長と玩具一式を追加注文していた。色とりどりの細長い物や丸い物がベッド上に転がされているのを目にしたフリットが言葉をなくしたのは言うまでもない。

何だかんだでウルフの要望に応えてしまった結果がこれだ。痛みがあまりないように間に何度も休みを挟んでゆったりとだったが、玩具で散々弄り回された。縄で縛られたりもした。
ウルフは股間をこれでもかと勃起させながらも部屋の使用時間が終わる間際まで玩具を手放さなかった。彼の言い分としては、前みたいに出し過ぎて出なくなるのを避けるためだとか。しかし、そのせいでフリットはもう一度ウルフのナマを声に出して要求することになってしまった。

なんとなく、ウルフの計画通りに事が進んだような気がして内心穏やかではないのだが、彼が少し弱った表情で此方の顔を覗き込んでくるからフリットは言い返せなかった。
今回、二人で外で行動出来るように取りはからってくれたエミリーとミレースには報告しにくい内容である。

街灯に照らされる広場の時計台に視線をやり、もう少しこのままでもいいなとフリットは両手を擦る。ウルフはフリットの仕草に気付くと、自分の上着を脱いで彼女の肩にかけた。
面映ゆそうな視線をフリットはウルフに寄越すが、何も言わずに視線を別のところに移動させると肩の力を抜いた。この男が優しいのは既に承知だった。ラブホテルの玩具もアナル用は避けてくれていたし、昼食を決める時だってそうだ。今だって肌寒さに震えていたのを気付かれて上着を貸してくれた。
此方のことを見て、気に掛けてくれている。彼の中に自分の存在がいるようで感情が揺れる。

自分がこの先で考えていること、決意していることは、彼への裏切りになるだろうか。そんな不安がぽつりと思い出される。
不意にウルフの手が、自分のものに重なり、フリットは彼を見上げた。弱った表情がある。

もしかして、勘づかれているのではないかとフリットは口を引き結ぶ。
いや、そうではないとしても、ウルフには誰よりも先に伝えなければいけないことだ。フリットは自分の左手に重ねられたウルフの右手を包むように、その上に自身の右手をゆっくり重ねる。

時計の針はまだ真上を差していない。今日は過ぎていないが、やはり忘れるのはフリットには難しい。

「今の作戦を全て終えたら、私は―――」

言葉の途中で、誰かの足音が近づいてくるのを耳にする。商店街とは距離があり、人通りの少ない場所では微かに響く。フリットとウルフが気配に緊張と警戒を抱くには充分だった。
息を潜めて近づいてくる大柄な男へと視線を向けた二人は、わりと直ぐに脱力した。

「おお、おお、おじさんに見せつけてくれるねー」

酔っ払いだ。髭を蓄えた男の毛は白髪が交じっておらず黒い。若いのではと一瞬思わされるが、皺の濃さから判断すれば還暦あたりだろう。
その老体は酒瓶を片手にふらふらと二人に尚も近づいてくる。絡まれるのは面倒だとウルフは頭を掻く。しかし、老体の異様な雰囲気に抜けた警戒心が戻ってくる。
老体の右目には機械らしき眼帯が埋め込まれるように取り付けられていた。不運な事故で負った傷の可能性もあったが、違うと狼の野生の勘は警告する。

先程までふらふらと覚束ない足取りだったのに、突然目の前で真っ直ぐに仁王立ちした彼からは老人と言えない気迫があった。

「んー?」

唸るように、その老体はフリットを見つめていた。この老人に気を取られていてフリットの様子に気付いていなかったウルフは、彼女が此方の腕を強く掴んでいることに今更気付く。

「もしかしてアスノか?えっと、名前、名前だ、確かフリットだったと思うんだが」
「知り合いか?」

老人がフリットの名前を呼んだことで、ウルフは驚きを得ながら彼女に知人なのか尋ねる。フリットはかぶりを振ろうとした素振りを見せたが、老人がじっと見つめてくるのに対して引け目を感じたのか、ウルフにだけ向かって縦に頷いた。

「お久しぶりです、アングラッゾ……さん」
「さん、か。まあ、今は連邦の人間じゃねぇからな」

そして、この老人、アングラッゾが宇宙海賊ヴィシディアンを率いるキャプテンであることをフリットは知ることになる。ある意味での因縁を持つこの男との再会は、過去の同胞と言えどもフリットにとっては歓迎しがたい相手だった。
フリットはアングラッゾと二度、寝たことがあった。





























◆後書き◆

フリットが一人で抱え続けております。言おうとしたのに言えずじまいになってしまったのが後々、と次回に。
一人で抱え込むタイプですよね、フリット。助けを求められる救世主であるから、自分が周りに助けてと言えない感じで。ウルフさんには是非とも救世主じゃないフリットを見てもらって甘えさせてほしいところです。いちゃいちゃちちくりあい!

ウィービックは年齢不明だったと思うんですが、追憶のシドでは28歳のアセムに近いんでしょうか?とりあえず色々整えるためにアセム編だったらそこから十年前という年齢設定にしています。モビルスーツの時代背景まで合わせられなかったのでそのあたりはぐちゃぐちゃなんですが(汗)。
キャプテンのアングラッゾも追憶のシドから十歳分引いて58歳。フリットが20歳の時に連邦にいたのでその時は38歳で。
フリットがアングラッゾに何やら苦手意識持っているのは次回あたり明かしていきたいです。

締めくくりに。着物エロが書きたかったんです!!

Schuld=負い目

更新日:2016/06/18








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