フリット♀(40歳)・ウルフ(24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ミレース(50歳)・アルグレアス(24歳)
アセムとユノアの父親が不明。
18歳未満の方は目が潰れます。
出血(少量)表現注意。
◆Entschuldigung◆
自機の整備に区切りを付けたフリットはガンダムの足下に降り立つ。近づいてくる男の気配に振り返りざま顔を上げた。
「今もご自分で工具片手に整備しているんですね」
大佐に昇進した元直属の部隊員であった彼に軽く頷いてから、フリットは工具を片付け始める。
「細かいところだけだ。昔ほど時間は取りづらいしな」
ビッグリングで総司令官を務めていた頃は殆ど出来なくなっていた。今は叛逆中の身であるから任務や公務がない分少し自由だが、やはりやらなければいけないことは多い。それに、あの男に時間を奪われるというか何というか。
「君も整備は任せるより自分でする方だっただろ」
「モビルスーツに乗ること自体減りましたから」
そういうものか。納得してフリットは片付けを終えると手袋を替えて大佐の視線を追う。二人してガンダムを見上げている。
ふいに大佐が口を開いた。
「前々から思っていたんですが、白いと戦場じゃ目立って不利ではありませんか？」
「あまり気にしたことはない」
何故そんなことを訊くのか、そんな疑問の顔すらせずにフリットは淡々と答えた。その昔から変わらないところに大佐は苦笑を混じえる。
ガンダムの性能が高いこともあるが、フリットは先頭に立って先端を切り開くタイプの隊長だった。自分に攻撃が集中するのは彼女にとっては当たり前で、守りし者の背中を大佐はすぐ後ろで見ていたからこそ何とも言えなくなる。
大佐の様子を一瞥してからフリットはもう一度ガンダムを見上げた。
「そういえば、ウルフが言っていたな」
「何か言いましたか？」
「大したことではないが。あいつが……白くて格好良いと言っていたのを思い出しただけだ」
「あいつって、あの白い犬っころですよね」
犬っころ……とフリットは小声で反復したが、そんな可愛らしいものではないと伏せ目がちになる。四十後半の大佐から見れば二十歳半ばの狼も若造ではあるだろうが。
「本気で気に入ってるんですね、あの犬っころ」
また言った。
フリットは肩で息を吐いて腕を組む。
「気に入っているわけではない」
むすっと威厳のある表情を称えているが、アンニュイが含まれているそれに大佐は自分の方が痒くなってくる。昔では考えられないフリットの一面は衝撃も大きい。
何気ない会話中にまであの若造の名前が挙がるのだ。フリット自身の中に常にいるほど大事な存在ということに他ならない。
「そういうことにしておきます」
「………そういうことにされても、困るのだが」
おや、と大佐は瞬く。その反応を間近にしてフリットは忘れてくれと自分の発言を消すように手を振った。
認識違いされたくないと感情を優先してしまった。後悔の気持ちはないが、恥じ入る気持ちはある。口元を隠すように手で覆う。
「アスノ司令に婚約している相手がいることは私の艦にまで広まっていますから、勘違いしてる奴なんかいませんよ。犬っころもレーサー辞めて入隊早々にエースだとか呼ばれてたって有名みたいで、司令とどんな関係なんだってよく話題にのぼります」
「………」
それはそれで納得しかねるとフリットは眉を下げつつ、何かがまだ引っかかっている顔をする。それを見て大佐が頭を下げる。
「すみません、口が過ぎましたか」
「いや、そうではない。気にするな。ただ、ガンダムを白いと言われたことがずっと前にもあったような気がするのだが、思い出せないんだ」
「副隊長とかですか？」
「軍属の誰か…………違うな」
顔見知りや近しい者から言われていたなら覚えているはずだとフリットは軍関係者や身内を除く。そうなると任務先で出会した民間人だろうか。
実のところつい先程引っかかったわけではなく、ウルフに白くて格好良いと言われた時からだった。ガンダムが白いのは見た目通りで当然のことだ。これといって印象に残るような言葉でもないのに、やけに耳に残っている。
「通りすがりの者に言われただけだろう」
そこで一段落とし、フリットは長引かせる話ではないと口を閉じる。大佐も世間話と元々割り切っていたので納得を見せて、先に歩き出したフリットに続く。
同道しながら隣接しているもう一つの格納庫に足を踏み入れる。大佐は元々此方の格納庫にディーヴァ内のモビルスーツ数、それに武器類や燃料の貯蓄量を確かめに来ていた。統計も立派な仕事であるが、大佐にいる立場の者がやるのは珍しい。つまり、部下の仕事を奪って出歯亀にやって来ているということだ。明日は部下を引き連れてモビルスーツ隊の合同演習の予定である。
ほぼ毎日来ていないか、この男。と、フリットは背後を気にしつつも態度にはしなかった。昔馴染みと顔を合わせられるのはフリットにとって決して悪いことではなかったからだ。
「息子さんのですか？」
「ああ。二十五時間後、君の麾下の者達と演習だからな。気を抜くわけにはいかない」
律儀ですね。と、大佐は苦笑と頷きを同時にして、ＡＧＥ−２の足下近くまでやってくると歩幅を緩める。フリットの肩越しに彼女の息子とあの犬っころがいるのが見えた。
二人の会話が耳に届く距離にまでなったところで、ウルフの声が通る。
「お前のガンダムも母親のと同じで、白くて格好良いよな」
そう言ったのが聞こえ、フリットは唐突に足を止めた。大佐は彼女を一歩追い越してしまってから振り返る。ウルフとアセムも顔を上げてフリットを見ている。
三人の視線が集中していることにまでフリットは頭が回らなかった。彼女は目を丸くしてその場に立ち尽くしているのだ。
「―――思い出した」
静かに、けれどしっかりとした声でフリットは呟いた。
「フリット？」
「母さん？」
ウルフとアセムがほぼ同時に声を掛けた。はっとして目線を上げたフリットはウルフの顔を見るや否や。
逃げた。
え。そんな顔を同時にしたウルフとアセムを見遣った大佐はこの二人似てきたなと、顎を擦る。すれば、同時に二人して此方の顔を窺ってくるので本当になんとやら。
大佐が掌を上にしたお手上げポーズをして見せれば、ウルフはアセムの背中を叩き押した。
「何ですか？」
「用があるのはお前とお前のガンダムだろ」
「そうだと思いますけど、隊長は」
「俺の顔見て逃げてったんだから、また逃げられる。お前が連れ戻して来い。俺は適当に向こう行っててやる」
ウルフは面倒事をアセムに押しつけたわけではない。適材適所を踏まえた上だとアセムも納得して頷く。本当は自分がフリットを追いかけたいとウルフが思っていることくらいはアセムなりに相手を判っているつもりだ。
アセムは母親の後を直ぐさま追い始めたが、不味いと気付いて一端方向転換した。
「ゼハート！ちょっと付き合ってくれ！」
ゼイドラの整備についてロディに説明をしていたゼハートは顔を上げた。ロディに一言掛けてからゼハートはアセムの隣に並び立つ。
「ごめん、話し中だったよな」
「いや、必要なことは全部伝えられた。世間話は、少し苦手だな、助かった」
説明は終わっていたようだ。まだ周囲の人間に警戒心のあるゼハートの後者の言葉にアセムは悪いことをしたなと苦笑する。ゼハートはロディに対してはそれなりに口を開くのだ。苦手意識はあるにしても、打ち解け始めていることは間違いない。
「それで、どうした？」
「俺の機体整備してくれるって話だったんだけど、母さんいきなり逃げてっちゃって」
「逃げる？」
「うーん、母さんらしくないよな。でもウルフ隊長の顔見て逃げたんだよ」
その二人の間で色々あるのだろうとゼハートはひとまずの納得をする。
ゼハートはアセムに監視されているという名目だ。彼の目の届く範囲に自分はいなくてはならない。そのため、常に行動を共にしている。フリットの提案してくれた配慮はゼハートにとって有り難いものだ。苦笑したままのアセムの背中をゼハートは軽く叩いた。
「なら、早くしないと見失うぞ」
「そうだな」
苦笑が晴れたアセムと共にゼハートは格納庫を出る。
通路の途中で立ち止まっていたフリットは自分の胸を押さえる。心に、過去に問うていた。あれはウルフではなかっただろうか、と。
似ている気がするくらいには面影がある。
だが、本当にそうだとしたら、自分は……。
「母さん！」
びくっとフリットは後ろからの声に跳ねた。次にはアセムであったことに安堵して振り返る。すれば、アセムの隣にはゼハートもいた。彼まで巻き込んでしまったなと眉を下げる。
フリットの表情を見てゼハートはこの人もアセムと一緒だと感じた。
「俺の機体見てくれるって言ってたから、呼び戻しに来たんだけど」
「……ウルフは」
「ちょっと向こう行ってくるって言ってたから、多分いないと思うよ」
「そうか」
フリットは格納庫に戻るために、足をそちらに向けた。
アセムとゼハートも後ろに続く。お互いに顔を見合わせてから、アセムはフリットの背中に視線を戻した。
「母さん」
「っ」
びくついた背中に意外を感じる。母親が気にしているのはウルフのはずだ。何故、自分の声にまで反応しているのかアセムには見当が付かなかった。
「どうした」
「ごめ………すみません。何でもありません」
背中のまま返事をする母親に、これは部下として答えるべきだろうと判断してアセムは敬語で返した。すれば、フリットが立ち止まる。アセムもゼハートも足を止める。
暫くフリットは口を開かなかったが、深い呼吸音があった後に振り返らずに前を向いたまま言葉を落とした。
「さっき気付いたが、ウルフと昔、一度会ったことがある」
「それって。母さんが、だよね？」
「それを話す前にな、アセム。私は……お前を妊った時、おろそうと思っていた」
アセムが息を呑んだのをゼハートは横で感じる。しかし、アセムはここに生きている。それはつまり、フリットが中絶の選択をやめて産む決断をしたからだ。
「子供を育てる自信はなかったし、ヴェイガンと戦争も始まっていた時期だ。そんな時間はない。ガンダムを動かせなくなるのは惜しい。そう考えていた」
当時のフリットの最優先はヴェイガンを淘汰することだった。そのために動くことが出来なくなるのは何よりも恐ろしいことだと、思い込んでいた。
けれど、一瞬でも欲しいと心の内で芽生えたら、もうおろすなどと考えられなくなったのだ。
「もしかしたら妊娠しているかもしれないと解った時だ。警備の手が足りないからと、モビルスポーツレース大会の警護を任務として任されたことがある。そこで、迷子の六歳の少年と会った。その子はガンダムを白くて格好良いと褒めてくれた」
モビルスポーツと勘違いしていたからかもしれない。けれど、兵器としてではない視点でガンダムを評価してくれた。そして、この間のも、そうだったはずだ。
「それを嬉しく思った。それに、私は昔からこんなだったからな、その少年が私を女の子扱いしてくれたのが面映ゆかった。だから、子供もいいなと思ったんだ」
振り返り、フリットはアセムと目線を合わせた。
「アセムを産んで良かった」
ひどく優しい微笑みにアセムは狼狽える。中絶しようと思っていたというのは初めて聞いたことで動揺したけれど、母は己の意志で自分を産んでくれていた。嬉しいような恥ずかしいような気持ちが沸く。
「お前の歳と同じ、十八年前のことだ」
そこで、ゼハートはアセムを見遣る。アセムも気付いている様子だ。十八年前、当時六歳の子供。今、その子供は二十四歳になるということはウルフと重なる。フレデリックやロディも同年だが、モビルスポーツレースと聞けば一番強く結びつくのはウルフだ。
「じゃあ、隊長が」
そこでアセムの声は途切れた。フリットがアセムを抱きしめたからだ。
困ったな。ウルフのことにも困っている。アセムを困らせていることにも。
「どうしたらいいのか。私にも、解らないんだ」
必然や偶然の力をそれほど信じているわけではない。ただ、思い出してしまったから。あの時の少年だったのではないかと。
好きになっていこうと、好きになった相手があの時の少年だった。
問いの答えは既に明確になっていた。フリットの中で当時の記憶が鮮明に蘇っていて、少年が教えてくれた名前も。はっきりと刻み直した。
ＡＧＥ−２とゼイドラの整備に区切りを付けたアセムとゼハートは、途中で出会したロマリーとフラムと共に食堂に向かっていた。
フラムにもフォーンファルシアという専用機があるが、ロマリーと行動を共にしなければならない身の上なので彼女と一緒にオペレーターの役割を担っている。ロマリーはＡＧＥ−２の、フラムはゼイドラの専属オペレーターだ。
有事の時にはフラムも出撃して、ロマリーが三機のオペレーターを担うことになっている。そのため、フォーンファルシアの整備も必要だった。食堂での食事が終わったら四人で格納庫に行く予定を立ててから、お互いの近況を伝え合っていると。
「それじゃあ、ウルフさ……さんじゃないね、ウルフ中尉がアセムの命の恩人になるのかな」
「そんな偶然あるのね」
「十八年前に会ってたって、ロマンチックで良いなぁ」
秘密にしなければならないような内容でもない。アセムはフリットから聞いた話をそのままロマリーとフラムにも喋っていた。彼女達らしいそれぞれの感想にアセムは小さく頷く。
自分でもあまり整理がついていないのかもしれない。自分以外の意見を聞くことでアセムは安堵を感じていた。
「隊長にお礼言ったほうが良いのかな？」
「アセムがそうしたいなら、すればいいと思うぞ」
ゼハートの言葉にロマリーとフラムも頷き返している。アセムは三人の後押しを有り難く受け取った。
丁度、食堂の前にまで着き、四人で食堂に足を踏み入れるとウルフの姿があったが、アセムは絶句した。
豊満な女性の胸に顔を埋めていたからだ。しかし、それは勘違いだったようで、ウルフは女性を引き剥がして嫌そうな顔をしていた。女好きだと自分で豪語していた人間がする顔ではない。
ウルフは席を立って食堂の出入り口に向かってくる。アセムに目をやると唐突に問い掛けてきた。
「フリット何処にいる？」
「ブリッジ近くの執務用に使ってる部屋に」
書類や資料をまとめているから、ＡＧＥ−２のことで何かあれば来るように言われていた。
しかし、フリットの居場所をウルフに言ってしまって良かったのだろうかと、母親の困り顔を思い出す。
「あの、ウルフ隊長、」
しかし、熱の浮いた額を拭ってウルフはアセムの言葉を聞かずに通路に出て行ってしまった。
何か様子がおかしかったようにも見えたが。食堂の室内に視線を戻せば、ウルフに豊満な胸を押しつけていた彼女が苦笑で此方に手を振っていた。自分に司令の息子か確かめに来た年上の軍人女性だ。その彼女にさっきのウルフと同じような状態にされたことを思い出してアセムの顔が赤くなる。ロマリーの顔を振り返られない。
冷や汗があったが、彼女の近くにフォックスの姿もあり、当てが外れたような顔をしている。
状況が飲み込めないアセム達の側にラーガンとアリーサがやってくる。近くの席からウルフ達の様子を見ていた二人は一部始終を話してくれた。
フリットのことで少し沈んでいたウルフにフォックスが酒を勧めたのだが、媚薬を入れ込んだらしい。他の女に手を出すように仕向けたのだ。
しかし、なかなか手を出す様子が見えなかったらしい。効果がなかったのかと、悪ノリした彼女が大きな胸をウルフに押しつけた。
そこからはアセム達が見た通りだ。
「ウルフと何か話してたけど、なんて言ったんだ？」
「母さん何処にいるんだって」
「うわ、それは不味いな」
ラーガンは顔を青くする。自分が止めに入るべきだったと後悔するが、もう遅い。そんなに媚薬が効いているようにも見えなかったのに。
「あの、不味いって何でですか？」
「あいつ、司令襲いに行ったんじゃないか？」
「え」
「なんか司令のことで機嫌曲げてたみたいだしな」
それは確かにと、思い当たる節があるアセムも段々と青ざめていく。
「アリーサ！ロマリー達のこと頼む！」
「あっ、おい、アセム！」
口早に言って、アリーサに三人を預けたアセムは食堂から走り出していった。そんな中、ゼハートも食堂を出てアセムを追いかけた。
「おいおい！お前まで行くなって」
あちゃーとアリーサは顔を覆う。ラーガンが不穏なことを言っていたのを聞いていなかったのかと問いたいが、もう彼らの背中すら見えない。
今更どうこう喚いても仕方ない。アリーサは何食う？とロマリーとフラムに視線を向けたが、彼女達は襲うという言葉に顔を赤くしたままだった。
アリーサは思う。これが乙女か、と。
今後必要になる書類を纏めたフリットは椅子から腰を上げる。
後でフレデリックがこれらの書類を取りに来る手筈だが、予定の時刻よりも早めに終わったこともあり、自分から持って行こうと決めた。
執務机の横を通って扉に向かおうとしていたフリットは、突然外側から大きな打音がしたのに首を捻りながらも、その後に扉が開いたことに顔をあげる。
「アルグレアスか？」
しかし、違った。
「ウルフ……」
何故と思う前に、今は少し待って欲しかった。気持ちの整理が付いていない。背中を向けて書類を机の上に置く。
近づいてくるウルフの足音にフリットの心拍数があがる。扉に背を向けてしまったので逃げ場もない。
真後ろにウルフの気配を感じた瞬間、惑う間もなく後ろから強く抱きしめられた。
「ウ、ウルフ？どうした？」
いきなりのことにフリットは上擦った声で問い掛けた。しかし、ウルフは熱い息を吐き出してフリットのベルトに手を掛けた。カチャカチャと鳴る金具を外す音にフリットの頬が染まる。
「待て、こんなところで」
ひとまず、扉から出てと首を捻ったフリットは息を詰める。扉が閉じていない。自動的に閉まるはずだ。もしかして、先程の打音は扉の開閉スイッチを壊した音だったのかとフリットはウルフを窺おうとするが、真後ろにいる彼の顔を見られない。
「ウルフ、やめろ。別の場所なら」
「すまん」
「何を」
謝られているのか判らなかった。
ズボンとショーツを下ろされ、慣らしもせずにウルフが挿入ってきた。ギチギチときつい感覚にフリットの眉が歪む。いきなり奥まで無理矢理挿入されたと思った矢先、そのままウルフが腰を振り始めた。
「い、ゃ……駄目だ、ウルフ！」
聞いてくれとフリットは頭を振るが、ウルフはフリットにしがみつくように抱きしめたまま動きを止めない。ずっと息の荒いウルフにフリットは涙目になる。
「母さん！え、あれ、いや、わあ、ごめん！」
突如として聞こえた息子の声にフリットは反応を示す。
アセムはウルフが母親を抱きしめているだけだと一瞬安堵したが見間違いだった。ヤっていた。
慌てて扉の外に出て壁に背をくっつける。
「アセム？……っ、ん、いるのか」
「隊長なんか媚薬飲まされたみたいで、それで追いかけて来たんだけど」
「媚薬……そうか、そういうことか」
「俺邪魔だし、帰るから」
「待て、アセム。ぁ………頼みたいことが、ある。入って、来なさい」
そんなの無理！とアセムは硬直した。しかし、追いついたゼハートが何か理由があるんだろうとアセムに耳打ちした。
決断しきれなかったが、早くしないともっと先に進んだ行為をしてしまう。アセムはううっと目を細めて母親達の方を見ないように室内に入った。
母親の近くまで来ると顔を逸らす。
「何？」
「これを、アルグレアスに渡して、ほしい。もうすぐ、彼が、此処まで取りに来てしまう、から」
机の上をスライドするように寄越された書類の束をアセムは受け取る。
確かに、フレデリックがこの現場を目撃したら大変なことになるだろう。
「頼んだ……痛っ」
書類を手にしてすぐ開いたままの扉を振り返ったアセムだったが、フリットの呻き声に足を引き留められ、母親の顔を確認してしまった。
わっと、視線を外して彷徨わせると、フリットの脱がされたズボンの上に赤い血痕が落ちていた。途端、目を見開く。
「母さん！？血がッ」
「ん………大した出血量じゃない。気にするな」
フリットはアセムの指摘に下を視認すると、冷静にそう言った。
何か滑りが良くなったと感じていたが、自分の血だった。しかし、アセムが慌てるほどの痛みでもないし、貧血を起こす量でもない。
「……すまん」
ウルフの声だった。二度目だ。
アセムは母親が傷を負ったような顔をしたことに驚く。身体の痛み以上に痛い表情だった。
「んん、ゃ……アセム、行きなさい」
痛みだけではなくなっているのだろう。熱のこもったフリットの声音にアセムは顔を赤くして扉に向かって走った。
外で待っていたゼハートも顔が赤い。その彼の手を掴んでアセムはあの部屋から急いで離れた。
走っている途中でフレデリックの姿を見つけ、アセムはゼハートと繋いでいない方の手にある書類のことを思い出す。
「アルグレアス中佐！」
「そんなに慌てて、どうかしましたか？」
「あの、敬語はやめてくださいってお願いしたんですが」
「失敬。司令の息子さんと思うとつい」
何度もこのやり取りを繰り返していた。まあいいか、とアセムは用件である書類の束をフレデリックに押しつける形で手渡した。受け取ったものを確認したフレデリックは首を傾げる。
「これは私が今から受け取ろうと思っていた書類ですが、アスノ司令はどうかされたんですか？」
「いや、その、ウルフ隊長と取り込み中なんですけど」
眉を顰めたフレデリックにアセムの表情が弱くなる。見透かすような視線が向こうからあり、顎を引く。
「君は、それでいいのかい？」
一瞬、フレデリックがゼハートを見たような気がしたが、アセムはそのことには触れなかった。会話の返事だけをする。
「いいって……母さんがいいなら」
良いのだと続けたかったが、衣服に落ちた血痕と太ももを伝う血が脳裏に焼き付いたままで口の中が苦くなった。
何を思ったのか、フレデリックは肩を下げた。
「さっきの質問はなかったことにお願いします。しかし、またあんな場所で」
アセムはゼハートに食堂に戻ろうと声を掛けていたところだったが、フレデリックの後の言葉に瞬く。
「またあんな場所？」
「前にもビッグリングの執務室で彼が無理矢理……ぁ、いえ、何でもありませんよ」
「無理矢理って、どういうことですか」
「聞き間違いです。私は失礼致します」
口を滑らしてしまったことを顔に出さず、フレデリックはアセムに一礼すると踵を返していった。
自分は何も知らないのではないかと、アセムは取り残されたような気持ちになる。だが、不意に肩に置かれた手に驚く。
「食堂へ戻るぞ。フラムとロマリーが待ってる」
「そうだったな」
ゼハートがいてくれたことで思考の渦に取り込まれずに済んだ。アセムは彼と並んで通路を進んでいく。食堂から賑やかな声が聞こえていた。
フリットは机に両手をついて、背中を反らした。
「やぁ、ぁ―――。ぅ、ぁぁ」
白濁を注がれる中の感覚に啼く。きつかったのは最初の方だけで、ずっと繰り返していれば濡れてもくる。いつもよりは痛みがあるが、この程度は平気だとフリットは耐え続けていた。それに、こんな慣らしてもいない状態では挿入れたウルフも痛いはずだ。
媚薬を飲まされたという話だったが、我慢出来ず自分のところに来た男のことを想う。
フリットは腰を抱くウルフの手に自分の手を重ねる。彼の右手を持ち上げて此方の胸を触らせる。
獣のように荒い息だけでいたウルフの呼吸が一瞬途切れる。
「私がいいのなら、ちゃんと触れ」
左手も胸に導いて、両方を触らせる。乳房を揉みしだき出したウルフの手に満足するが、物足りなさがあった。
フリットは軍服の前を開けて肩から下げる。
「ウルフ、直接、触ってくれないか」
「はッ」
喋られないほど興奮状態のウルフだが、声は届いていた。下着をずらして素肌の膨らみをきつく鷲掴んでくる。
揉み方もいつも以上に乱暴だ。先端を爪で引っ掻かれもして、すぐに赤く勃ちあがる。痛いと感じていたフリットだが、徐々に痺れてきて口から漏れる喘ぎに甘みが差していた。
射精後も腰の止まらないウルフに下も好き勝手されたままだ。痛みは消えていない。けれど、その痛みにさえ気持ち良さを感じていた。
理性の飛んだ本能だけの狼藉たる酷い抱き方に不満はある。それでも、悪くないとフリットは嬌声をウルフの耳に届かせる。本心では、こんな風に抱かれてみたかったのだ。
それに、もう一つ判って嬉しいことがある。この男がいつも優しく抱いてくれていたことだ。思えば、無理矢理に初めて犯された時もそうだ。
あれはビックリングの司令室でのことだが、室内の様相は此処と似ていることで思い出された。やろうと思えばあの時、今のように乱暴に此方を押さえ込めたはずだ。そうしてこなかったことに、今更胸が熱くなる。
「ァ、ァァ……もっと、もっと」
突かれて奥にウルフが当たっている。それをもっととフリットは請う。
「もっとしてください」
ウルフへの感情も昂ぶったままにフリットは自らも腰を揺する。途端に机に縫い付けられるようにしてウルフがのしかかってきた。
首と肩の付け根をガブリと思い切り噛まれる。その痛みに意識が行く前に一気に腰を振り乱され、フリットは性感を惑乱させられてしまう。
「ぃ、―――やっ、激し、だめそれだめ、はゅっ」
止めどなく最奥を突かれる度にフリットの震えが強くなっていく。扉は開いたままで何時誰が部屋を横切っていても可笑しくはない。そんな状況で声を出してはならないのだが、声を押さえていた手も激しい揺さぶりで口元から離れてしまう。
「あああ、ゃああああ」
悲鳴のように聞き感じたのかもしれない。ウルフは手を股の間に忍ばせると、恥丘を広げて粒を摘み引っ掻きだした。思いの外、甘い手つきにフリットの喉が震える。
「ゃん、そんな……ッ、そこも触ったら」
このまま絶頂を迎えてしまう不安は何年振りだろうか。けれど今は、その不安さえ信じられた。
怖くない不安はどう言えば伝わるのか、フリットの身体はそれを思考する余裕すらない状態だ。それでも、伝えたいと感情が動いていた。
「ウル、フ！ウルフ！」
何度も、何度も、何度もその名を呼ぶ。
掻き抱くよりも強く、溺れるよりも深く。フリットは自分の奥でウルフの解き放ちに震え、熱さに胸も全身も焦がし尽くした。
その後も獣のごとく抱かれきったフリットはやっと落ち着いていた。それはウルフもで、彼はフリットの正面に抱きつき、しがみついている状態だ。
扉は壊れて開いたままであるため、執務机を盾にしてフリットは座り込む姿勢で背を預けている。彼女はコート型の軍服を肩に掛け、ウルフは素っ裸だ。
「すまん」
謝りすぎだと、フリットは目を伏せる。
建前や形式上の謝罪は受け取れる。けれど、感情から来る反省の謝罪を前にすると受け取れなかった。
このあたりは昔からだな、と。フリットは嘆息した。ウルフに向かってではなく、自分自身に向かって。
「媚薬を飲まされたと、アセムが言っていたことは本当か？」
「酒に入れたんだと」
「そうか。……あれの効果がどういったものか、身をもって知っている。だからお前が」
「気にするなって？」
憤懣を耐えたようなウルフの声音にフリットは黙る。
謝罪を口にした者はそれを相手に受け入れてもらえなければ気持ちの整理が出来ない。気に病むなと言ったところで何の慰めにもならないことぐらいフリットにも見当は付く。
ウルフが謝る理由は判る。けれど、謝られることをされたとフリットは思えなかったのだ。
「俺は甘えさせてもらいたいんじゃない」
お前を甘えさせたいんだとウルフはフリットの胸に頬を寄せる。これでは逆なんだがな……と、ウルフは耳を垂れる。
ウルフの様子に目を丸くしたフリットは言おうとした言葉を頭の中で推敲するも、なかなか綺麗にならず、そのまま言ってしまおうと口を開く。
「私がお前に甘えてもいいと言うのなら、その」
けれど詰まり、フリットは目を泳がせつつ頬に熱を溜めていく。
そのまま言うのも恥ずかしくなってきたのだ。しかし聞く体勢のウルフを前に言葉を選び直している暇もない。咄嗟に「言い直す」と間に挟み、フリットは呼吸を落ち着ける。
「一つ良いことを教えてやる。私は激しい方が好きだ」
「―――もう一回言ってくれ」
「二度は言わない」
それに、しっかり聞いていただろうとフリットは眇をウルフにやる。また胸にすり寄ってきたウルフの髪が素肌を撫で、くすぐったいとフリットは萎縮する。
「言っておくが、今までのお前の抱き方に不満があったとか厭だったことはないからな」
「それは言われなくても分かってる」
打って響くほどの即答にフリットは引き結んだ口元を曲げる。言って損をした気分だ。しかし、間違った受け取り方をされていなくてゆっくりと安堵する。
言わなくても分かってやる。ウルフがそう言ってくれたことを思い出す。
気恥ずかしさが顔を出しそうになり、意識を他に向けようとフリットは会話を続けた。
「お前は子供の頃、レースの観戦とかよく行っていたのだったな」
「ああ。なんだよ」
フリットと一緒にレース観戦しに行った時にそんな話もしたが、彼女が今話題にしてきたことにウルフは内心で首を傾げる。
「迷子になったことがあるだろ」
「迷子？ねぇけど」
「そんなはずは」
ないと思い留まるも、ウルフがもう一度迷子になった記憶はないと返してきた。
訝しげなウルフであったが、疲れか媚薬の何らかの効果なのか瞼が重くてフリットに身体ごと寄りかかる。
眠いのか、とフリットはウルフの髪を撫でつけつつ、彼の頭を自分の膝上に誘導してやる。目線を上げてきたウルフにフリットは柔らかい表情を向ける。
「寝ていろ」
瞼を落としたウルフから規則正しい寝息が直ぐさま聞こえてくる。あれだけヤったから当然かとフリットも休む吐息を零す。少し眉を歪めた。血はもう止まっているが、身体の中を切ったのは確かだ。
痛いような気もするが悪くない感じだった。これは良くない考えだと正しくないと頭で理解している。だから言葉には出さずに自分の中で消化しておく。
もう一度吐息を零し、フリットはウルフの寝顔を見下ろした。過去に出会ったことのある少年の面影がないと断言出来ない。
人違いか他人の空似とはやはり思えなかったが、本当に人違いの可能性もあるにはある。しかしどちらにしろ、ウルフとの関係が変わるような話ではない。
忘れているだけだったらいいのにと仄かに思うだけに留め、フリットはウルフの寝顔をじっと見つめる。彼の唇に視線を落とし、そういえばしていないなと自分の下唇に指で触れる。
あんな風に抱くなら噛みつくような口付けも欲しかった……そのように感情が芽生えたことにフリットは瞬く。
欲しいと、相手の了承の有無関係なく自分が何かを強請るようになるとは思いも寄らなかった。その片鱗は以前からあったが、自分で認められていなかったのはフリットが無自覚であったからだ。
暫し、じいっとウルフの唇を見つめたフリットは自分の唇に触れていた指を彼の唇に持って行く。薄めの唇に指の腹を触れさせる。それから撫でるような動きをもって形を確かめ、指を自分の唇に戻した。
唇や頬だけに留まらず、身体中が熱かった。私は媚薬を飲んでいないとフリットは首を横に振って冷静になろうとする。けれど媚薬を飲んだウルフの精液が奥にたくさんあるのだから、同様の効果はあるのではないか。と、とんちんかんなことをフリットは思考し始めていた。
自分の唇を忙しなく指で触っていたフリットは、こいつには強請って欲しがる感情を向けても良いんだよなと、感情整理のために自己を正当化し始める。しかし、意気込んでみたものの、いざとなると動きが鈍って顔を近づけるのを躊躇う。
一歩を踏み出すだけだ。なのに、その踏み出し方が判らなくなる。
自己の正当化は所詮、自分本意だ。だが、そうしなければ自己は確立しない。立ち続けるために、前を向くために、必要なことだった。
ならば、前に進むためには何が必要なのか。
判っているようで判っていなかった。今この瞬間、急速に身に沁みてきた。
筋道をしっかり立てて進んできたはずだが、過去の身の振り方を思い返せばがむしゃらだった。
母から託されたガンダムの設計も、“ノーラ”が襲われてガンダムに乗ったことも、自分の身体を道具として手段に使ったことも。全てしなければいけないことだったから不正解だと思ったことは一度もないけれど、正しかったかと問われると返答に迷う。
最後のは間違ったことをしたとアセムとユノアの前で認めていた。だから、自分が今までしてきたことは間違っていたのではないかと悲痛が胸を締め付ける。
もう一度、また。酷くウルフに抱かれたくなって、彼の頬に手を伸ばし、触れる。
「ウルフ」
屈み込んで顔を近づけ、無性に求めるように呼んだ。しかし、不意に間近にしたウルフの寝顔は彼の性格に反して穏やかだった。それに気付いた直後、フリットは動きを止める。身を引き戻して机に背をやり、微苦笑を零す。
悲痛は消えきっていないが、痛みが緩和されている不可思議さを疑問には思っていない。答えは目の前にあることを感じ取っているからだ。
「こんな顔で寝られてはな」
肉欲もどうでも良くなってしまった。
アセムとユノアの寝顔を見守っている時と心境は近しい。ウルフの寝顔も可愛いと言えなくもないと、彼の銀髪を撫で梳く。
一緒にいられるだけで幸いを感じる相手に、いつの間にかなっていた。
心穏やかにウルフのことを考えている。いつも彼からぐいぐいと迫られるから、落ち着いて思考することに出遅れてばかりだった。
冷静沈着と周囲から評価されている総司令官が振り回されている。自身のことであるのに何処か他人事のように思って可笑しくなる。
喉を震わせていたフリットだが、沈着さを取り戻すと表情を崩す。
この男と結婚したい。その気持ちは確かだ。実現することを想定している。
ただ、遅くはなってしまうだろうと、目元が翳る。
これが終わったとしても、誰かが叛逆罪を償う必要が出てくる。かつてのグルーデックのように。それを担うべきは自分だ。フリットはそう、自らに課していた。
誰にも打ち明けていない自分だけの誓いだった。
待ってくれると彼が言ってくれたから決断出来たことだ。けれど、大まかに見て二十年。それほどの月日であることをウルフには告げられずにいる。
待てない。そう言われてしまうのではないかと考えて少し怖かった。
彼が待つと言った期間はアセムを説得するまでのことだとフリットも重々理解していた。それでも、もう一つ言ってくれたのだ。年老いても抱くと。
それを信じさせて欲しかった。
フリットは面を上げた。不意に人の気配を感じて、机の影から部屋の扉を窺う。
「アルグレアスだな」
顔を引っ込め、フリットは静かに「どうした」と続けて問う。
「お召し物を届けに」
替えの軍服を持ってきてくれたフレデリックに手際が良いとフリットは苦笑する。前のことを教訓にしたのだろう。正直、助かった。
「すまない、手間を掛けさせたな。適当なところに置いておいてくれ」
「分かりました」
フレデリックは執務机の上に畳んである軍服を置いた。
すぐに立ち去るだろうと思っていたフリットは足音がそれからしないのを不思議に思い、首を捻って見上げた。右腕の苦渋の表情とかち合う。
「どうかしたのか」
「扉の開閉スイッチを壊したのは彼ですか」
「そうだな」
「では、これは」
フレデリックは視線を下に落としている。アセムに指摘された時と同じであることにフリットは気付く。
「私が望んだことだ。気にしなくていい」
「ですが……ッ、申し訳ありません。出過ぎたことを言いました。失礼します」
言いたいことを呑み込んだフレデリックは部屋から立ち去った。
額に自分の手の甲をあてて、フリットは自分は何をやっているんだろうなと責めた。個人的なことで部下に気を遣わせる上司など理想的であるはずがない。
やはり、最後は自分が全ての責任を背負おうとフリットは決意を固めた。ウルフが何と言おうとも。
着替えたフリットはウルフを起こして衣服を渡す。大佐の艦所属のモビルスーツ小隊との合同演習の時間が迫っていた。フリットもブリッジで戦闘データをリアルタイムに集計する算段をとってある。
「動けないとは言わせないぞ」
「白い狼をなめんなよ。それより、フリット」
「話は後だ」
ふいっと視線を外して先に部屋を出て行ったフリットの背中を見送るハメになったウルフは前髪を掻き上げた。
子供の頃の夢を視たような気がしていた。寝ている間は鮮明だったのだが、起きてしまうと殆ど朧気になってしまった。
ただ、記憶があれは自分の初恋だったと言っているような気がしているのと、夢の中にいた女が誰かに似ていた。
ブリッジに姿を現したフリットは所定の位置に坐して、タッチパネルを引き出したが手元が止まる。変な視線をブリッジクルー達から刺されていた。
ブリッジから距離のない部屋だった。誰かが通りすがっている可能性はあった。
「司令、大丈夫なんですか？」
「大丈夫とは？艦長」
心配を覗かせてきたミレースとフリットは顔を見合わせる。自分は特に何も変化がないが、平気そうに見えていないのだろうか。
「いえ、先程。悲鳴かと思いまして」
通路を歩いていた時にあの部屋からミレースは悲鳴のような声を聞いていた。止めに入ろうとしたのだが、思っていた状況とは違うものを目にしてすぐに立ち去ったのだ。だが、ブリッジクルーの何人かも通りすがっていて、口々にあれが普通とは違うのではないかとミレースに相談に来ていた。
「ぁ、ああ、あれは……いつもは違うんだが」
「ロマリー達から聞いています。彼が良くないものを飲まされたと」
後ろを振り返り見ながらミレースが告げると、ロマリーとフラムが会釈する。彼女達にまで話が通ってしまっていることにフリットは肩身が狭くなる。
「エミリーからも確認を取ったんですが、適量をかなり超えていたそうです」
「それは、どういうことだ？」
「混入した本人も気付いていなかったと聞いています。つまり、正気ではなかったのではありませんか？」
思い当たるが、ウルフはギリギリのところで理性は途切れさせていなかった。彼の精神力だから成せたことだ。
「客観的に見ればそうかもしれないが、私の言っていることは通じていたから……その」
なんというか。フリットは言葉を詰まらせる。
顔に熱を溜めているフリットを横目にミレースはほっとして背もたれに身体を預けた。少し胸焼けを感じるが、悪いことがあった様子には見えなくて安堵している。
本当にあの男が好きなんだなと思い、もう一度フリットに視線をやれば、彼女は表情を曇らせていた。
「―――謝られたんだ」
小さく呟いた。ぎりぎり聞き取ったミレースだったが、問い掛けられる空気ではなく、口を閉じる。
適当な宙域に出ているウルフ隊の五人とゼハートはそれぞれのフォーメンション位置に機体を留まらせている。
『アセムとゼハート坊やの希望通り今日はお前ら二人一組な。けど、俺の指示は聞けよ』
先頭に立つＧエグゼスから、隊長であるウルフは上方にいるＡＧＥ−２とゼイドラを見上げる。
『……了解』
『了解しましたが、坊やはやめてもらえませんか』
『呼び捨てで良いならゼハートって呼ぶが、なんかアセム機嫌悪くないか？』
『それは』
『まあ、俺も分かってるけどよ。何かあったらお前がフォローしてやってくれ』
返事をする前に通信が切れ、ゼハートは隣を窺った。
アセムの心境は複雑だろう。ウルフは彼の恩人でもあるが、彼の母親を傷つけてもいる。
それに、側近だというフレデリックという男も隠し事をしている口振りだったことが引っかかる。自分にも一瞥を向けてきたが、良い感情とは言い難かった。しかし、不快感は覚えていない。スパイの可能性を疑っているのだろう。軍人として当然の反応である。
だから、自分に向けられたものはそれ程重要でもない。アセムは気に掛けてくれていたが、ゼハートとしてはアセムの心情の方が気掛かりだった。
『アセム、足手まといになるようだったら置いていくからな』
通信の向こうからハッと息のような笑いが聞こえた。
『ゼハートは俺の背中を押すのが得意だよな』
『友達、だからな』
『いいや』
間を置くアセムに、ゼハートは面を上げた。
『親友だ』
不思議な響きだとゼハートは感じた。しかし、胸に湧く熱さは本物だ。悪くない。
親友と肩を並べて宇宙を飛べる。それはゼハートの新たな誇りとなった。
ＡＧＥ−２には新たなウェアであるダブルバレットを換装させ、アリーサとマックスが搭乗するアデルにはタイタスのウェアをその両腕両脚に換装させていた。今回が初の試みとなるため、この模擬戦ではそれらのテストも兼ねている。
フリットは個人的な技術士としての目線からも今回の模擬戦データはしっかりと目録しておきたかった。
しかし、ミレースから聞いた話によるとウルフが摂取してしまった媚薬は適用量を遥かに超えていたらしい。市販のものであれば副作用などは大した症状を引き起こさないはずだが、万が一のことは想定しておかなければならない。
中止を告げる用意もしておくため、フリットはＧエグゼスと回線を繋げた。
『フリットの太もも柔らかかったなー』
ブリッジ全体に響き渡り、フリットは頭を抱えて項垂れる。
ミレースが咳払いをしてくれたことでかろうじて身を正す。
『……独り言は慎め、中尉』
『ん？なんだよ、強制的に通信開きやがって。プライベートの侵害だろ』
『模擬戦や演習は個々の機体内での声も録音することで、パイロットの精神面の記録を付けるのが常道だ。それに、命令権は私にある。口答えをするな』
『はいはい、分かりましたって』
軽い返しに眉を潜め、もう一言諫めておくべきかとフリットは嘆息の後に口を開いたがウルフが先に尋ねてきた。
『それで本題は？演習に関わることだろ？』
頭が回るところでは回るのだ。この男は。
削がれたのもあるが、最優先かつ最重要へと切り替える。
『いいか、中尉が本調子でなければ合同演習は中止する。それを弁えておけ』
『あー、成る程』
出てくる前にアリーサから「隊長が飲まされた媚薬の摂取量がおかしかった」と聞かされた。フリットも誰かから聞いたのだろう。そんなニュアンスが伝わってくる。
『だから、調子が悪いなら早めに』
『クソ……ッ、良い女だ、やっぱり』
ウルフは悪態でフリットを賞賛した。
あんなことをしでかした自分を許してくれている。何度目か数え切れないくらいだ。器の大きすぎる女を前にみみっちいことは言っていられない。
『ウルフ？』
『正直言うと股間やべぇけど、今から発散させてくれんだろ！？止めるなよ！！』
ブツリと向こうから通信を切られた。
あれ？とフリットは首を傾げた。何故か逆効果になってしまったような。
おろおろと何時にないフリットの様子にミレースは目を丸くしたが、次には柔らかく微笑んでいた。何となくあの男に彼女を任せていいものか疑問は残るが、暫くは様子を見守ることにしよう。
「司令、強制終了は何時でも出来ますから」
言って、フリットを落ち着かせてから、ミレースは合同演習の模擬戦闘開始の合図を出した。
二体のアデルは防御姿勢で相手からの攻撃に耐えていた。演習であるため、ビームライフルの攻撃は全て電気信号として機体を揺らしてくる。
『宙域じゃあ、あたし達って壁ですよね』
『アリーサ、耐久度の測定も兼ねてるって聞いただろ？』
『うわー、録音されてるからってマックス少尉ってば良い子ちゃんぶって。待機中ずっと文句言ってたのにケツが小さいですよ』
『な、なんだよ！悪いか！？ってか、ケツは関係ないんじゃないか！！』
アリーサとマックスの会話を聞いていたジェノアス�兇謀訃茲靴討い襯�ブライトは苦笑しつつも、二人に忠告する。
『二人とも、そこまでだ。演習だからって気を抜いたら厳罰ものだぞ』
『す、すみません』
『りょーかいです』
『それに、俺も長距離用ライフルの練習を兼ねてるんだ。二人が守備にまわってくれていることで集中出来る。有り難いよ』
オブライトの心からの言葉にマックスもアリーサも不意を突かれた照れくささにむず痒くなったが、今の役目にやりがいを大きく感じた。
耳を傾けてくれた二人に対して、オブライトはヘルメットの奥で口元に笑みを浮かべる。ライフルを二機のアデルの隙間から構えてスコープを覗く。
「それにしても、隊長達は凄いな」
切り込み隊長宜しく、ウルフのＧエグゼスが一番機敏な動きをしている。踊っているようにも見えた。レーサー時代から培ってきたものと、本人のセンスが成せる技だろう。
アセムとゼハートの連携にも息を呑む。
囮として前に出たゼイドラはＡＧＥ−２の援護射撃のタイミングを読んで戦域から飛び上がり、射撃が終わると同時に退場していない相手の機体へと時間を与えることなく戦域に再び飛び込んで打撃を加える。そして絶妙のタイミングでＡＧＥ−２が再びバレットから射撃を放つ。
負けていられないと、オブライトは照準を合わせ、ライフルの引き金を引いた。
しかし、電流弾は相対機体に当たる前に消滅した。上から、本物のビームライフルが演習の模擬戦闘中心部を貫いたからだ。
「敵か！？認識コードは……不明？」
見上げた先に黒い、闇色の機体がいた。
模擬戦闘をビーム一発で制止させたその機体は注目を浴びていることに紋章をあしらった胸を反らして大仰なポーズを決める。
『宇宙海賊ビシディアン次期キャプテン、ウィービック・ランブロ！Ｇサイフォスにてお出ましだあ！！』
なんだ……あれ……。その場にいる全員の声が一致した。
『滑りましたー。ウィービックは今日から滑りキャラですー』
『え！？おれ今滑ったの！？』
知らない声が二人分届いてくる。訳が分からず、オブライトはブリッジと連絡を取ろうとするが、その前にジェノアスに乗ったラーガンが部下を引き連れてやって来て謎の黒い機体を回収していった。
その後でブリッジから司令の指示が来る。
『邪魔が入ったが、必要なデータは最低限集計出来た。合同演習は終了とする』
勝敗についても不問となり、アリーサは難色を露わにしていたが仕方ないかと一番に艦へと戻っていった。
続いて戻ろうとしたオブライトはＧエグゼスの動きに妙を感じて、ウルフに通信を入れた。
『隊長、どうかしましたか？』
『オブライトか。すまんが、引っ張ってくれねぇか？』
『それは構いませんが』
横に並んだＧエグゼスの手首を掴み、ジェノアス�兇話莪茲鯲ッΔ垢襦�
『お前、俺より年上だし人生経験積んでるよな』
『いえ、隊長ほどでは』
『媚薬って何発出せば治まるんだ？』
『ええっ、そ、そんな、知りませんよ！』
慌てふためくオブライトにウルフは聞く相手を間違えたなと肩と腹を震わせる。しかし、本当に余裕がなくなってきてヘルメットを脱ぐと額の汗を散らした。
回収した黒い機体について検証すべきとフリットは格納庫まで来たが、いきなりディケに呼び止められた。
「フリットいいところに来た。こっちどうにかしてくれ」
「しかし、海賊の機体が」
「ああ。そっちはエルファメルのオヤジが対処してる」
だから問題無いと言われたが、フリットとしては幾分か了承しかねた。あの海賊達を引き連れてきた張本人では問題解決に尽力するどころか問題を有耶無耶にしかねないではないか。
「聞き捨てならない。後にしてくれ」
「でもウルフのやつがよお」
「ウルフ？」
足を止めたフリットはディケから話を聞き、そちらに足を向けた。
Ｇエグゼスのコクピットハッチ前に来ると、横のディケに目配せで伝える。自分が中に入ったら閉じるように言ってあった。
「ウルフ、入るぞ」
微かに聞こえてきたフリットの声にウルフは耳を震わせた。さっきまで散々、整備班のエンジニア達が出てこいと言っていたのに、彼女は入ってこようとした。
ディケはコクピットハッチを複雑な操作で強制的に開き、フリットが中に入るのを見送ると直ぐさま閉じた。
コクピットの密室でフリットはウルフと二人きりになる。
「フリ……」
「喋るな」
言って、フリットはウルフの耳元に唇を寄せる。
「お前がここから出るまで録音されていると言っただろ。今から私が何をしても声は出すな」
囁いて伝え、フリットは少し身を引いてウルフと顔を見合わせる。
微笑んだフリットを前にしてウルフは彼女の腕を掴む。掴んでくる手に目をやった後でフリットはウルフに顔を近づけた。
触れるだけのものだったが、ようやく口付けを交わせたことにフリットは満足する。何か言おうと口を開きかけたウルフの唇を手袋を外した親指で止める。声を出すなと目で伝えた。
フリットはウルフのノーマルスーツの留め具を外し、下におろしていく。インナーを押し上げている下半身を見遣り、窮屈だったなと優しく撫でる。
「ッ」
歯を食いしばるウルフの様子に早く解放してやろうと、フリットはインナーの隙間から硬いそれを丁寧な手つきで取り出す。
先端の鈴口を左手で摘み、睾丸の膨らみを右手で揉む。裏筋を大胆に下から上へと舌で舐め上げ、横からしゃぶりつく。
いきなりフェラをし始めたフリットの行動にウルフは瞠目する。正直、こんなにエロいのを見せられて声を出すなというのは拷問に近かった。しかも妙に上品だ。
びくびくと膨れあがる陰茎にもう出す頃合いであることを知覚する。フリットは先端を口で包み、舌で鈴口を弾いた。
どくりと喉に流れ込んできた粘りのある白濁をフリットは飲み込み、ウルフが出し切るまで口を離さず吸い続ける。
此方の股間と口付けを交わしているフリットを見下ろして、ウルフは喉が熱くなっているのを自覚していた。
肌が濃い方で良かったと思う。薄かったら顔が真っ赤なのがばれていたところだ。
お姉さんに初めて男にさせられる十代の餓鬼のような心境にウルフは目を逸らす。
精液を飲み込みきったフリットは息を吐いたが、眼前のそれは再びむくむくと大きくなっていた。迷わず、もう一度ぱくりと口で頬張る。
フェラを止めないフリットにウルフはこれ以上はいけないのではないかと、彼女の頭に手をやる。しかし、引き剥がせなかった。フリットが待っていると気付いてしまったからだ。
濃いめの若草色の柔らかい感触を堪能するように、彼女の頭を撫でる。これはこれで、フリットにとって褒められているのと同義なのだ。普通の時にやったら絶対に嫌がりを見せるのに。今は頭を撫でられて嬉しそうに、恥ずかしそうに、目元を潤ませている。
自分も手が離せなくなっているあたり、どうしようもないのかもな。ウルフは先程よりも多く白濁をフリットにぶちまけた。
Ｇエグゼスのコクピットハッチが内側からの操作で開く。最初に出てきたフリットにディケはハンカチを手渡した。
受け取り、フリットは軍服の襟元と胸元を気にした後でハンカチで口元を拭う。
「洗って返されても微妙だし、持ってけよ」
「……すまない。貰っておく」
ディケの言外は良く判る。自分も同じ立場なら返却を遠慮するだろう。
それから、ディケはゆっくりとコクピットから出てきたウルフに視線を送る。出てきた瞬間、腰を落として座り込んだ。
「これで整備出来る。助かった」
「ウルフの安否は別か？」
苦笑で言えば、ディケは両手を挙げてひらひらと振った。
「阿呆なことに首を突っ込みたくはねーよ。それより、あっちはまだ揉めてるみたいだから、まだ間に合うんじゃないか？」
「……いや、もういい。私も少し疲れた」
「お前がそう言うの珍しいな」
「あまり得意じゃないんだ」
その先は言葉にはしなかった。
ふうんと返してきたディケに伝わっているか判らなかったが、フリットはその場を後にした。
後日、各モビルスーツの合同演習搭乗時を録音した記録を確認した担当の者に変な水音がすると報告があり、誤魔化すのに時間が掛かった。
◆後書き◆
フリットは謝られるの苦手そうだなと思っていたので、ウルフさんに謝ってもらいました。このシリーズ第一部の一話ではフリットは謝罪待っていたんですがね、待っていない謝罪言われたらとことん困ってしまうのではないかと。ウルフさんはコミック版でフリットにお礼言われてよせよって感じだったので、それとなく対比を表現出来ていたらよいのですが。
アセムとゼハートの関係は「友達」をあまりブレさせたくなくて「親友」という言葉を使うか迷いつつ、敵対することなくずっと一緒にいられたらお互いに親友と認め合う未来もあったかな、あったらいいなという気持ちを込めて。
ようやくウィービックとレウナ出せました！少しだけですが(汗)。次回はもう少し出番多くなるはずですので暫しお待ち戴ければとー。レウナのしゃべり方好きなんですよね、可愛い。
このにょた司令は経験多いのでフェラはそこそこ上達しているという設定なんですが、フリットの自己評価が低いので不得意だと思い込んでいる感じです。昔は歯を立てたり舐め方が下手だったのを今は克服しているかと。ただ、口から零したりむせたりは多分まだあります。話の最後のご奉仕フェラはかなり神経研ぎ澄まして零しもせずむせずと司令頑張りました。
今回のエロはフリットに優しくない感じだった(でも書いてて楽しかった)ので、次回はお遊戯のようないちゃエロをさせてあげたいと思います。
Entschuldigung＝謝罪
更新日：２０１６／０５／３０
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