フリット♀(40歳)・ウルフ(24歳)
アセム(18歳)・フレデリック(24歳)・ミレース(50歳)・グアバラン(64歳)・ラクト(55歳)

アセムとユノアの父親が不明。

18歳未満の方は目が潰れます。
道具使用あり。































◆Bequemlichkeit◆










戦艦ディーヴァが単独で地球連邦への反旗を掲げてから幾日。その事実が連邦内に伝播しきっていない時期のこと。

第八宇宙艦隊、それから元エウバと元ザラムの戦士達を統べるエルファメル財団の艦隊がディーヴァと合流した。
仲介役を担っていたフレデリックはそれぞれの代表であるグアバランとラクトを引き連れてディーヴァにて歓迎する。宇宙服から着替え終えた彼らを艦長であるミレースと総指揮を執るフリットが出迎えた。

これからディーヴァ内の所定の場に赴いて会合の予定だった。
フリットはグアバランとラクトのそれぞれと握手を交わして敬意を表わにする。

「ご足労有り難う御座います」
「グルーデックの奴に借りを作る良い機会だからな」
「私も今回の話はやぶさかではないと思っている」

グアバランもラクトも疲れた顔を微塵も見せず、それどころか顔の皺を緩めて浮き足立っている。二人ともどちらかと言えば好戦的な性格だ。頼もしいとフリットも高揚するが、ラクトに視線を固定してあれだけは容認しかねると表情を苦めた。

「エルファメル卿、あれは貴方が引き連れてきたのでしょうか」
「ああ、何だか意気投合してしまってね」

気に入らないとフリットが眉を顰めたことにラクトは肩を竦める。

「たかが、海賊だろう」
「たかがではありません」
「君が家族を失った原因に海賊が荷担していた話は知っている。だが、彼らが海賊業を始めたのはオーヴァンの事後だ」

益々フリットは眉を顰めた。ミレースが心配を込めてフリットの手元に視線を落とせば、彼女は五指を強く握り込んでいた。

ヴェイガンほどではないにしろ、海賊への憎悪感をフリットは抱いている。
ラクトが言ったように辛い過去の要因の一端になっていることもあれば、宇宙海賊などと高らかに名乗って流浪している行動原理自体が意味を成していない。宇宙海賊を営む個々の理由ぐらいなら大目に見られるが、海賊事業については理屈で理解することさえ不可能だった。

宇宙海賊を相手に取り締まりを行なっていたグアバランがさほど気に止めていないのは、フリットのように嫌悪が無いからだ。だが、同情の余地があるのはフリットの方だなとラクトに一瞥をくれた。

「君もヴェイガンの人間を仲間に引き入れたのだろう。目の敵にするのはやめたまえ」
「では、素性が知れている者達なのですか?」
「いや、全く」

宇宙海賊ビシディアンという賊名しか聞いていない。それ以外は全く謎だ。
何処の馬の骨か解らないとラクトがのけのけと言いのたまったことにフリットは激高を押し殺した。それでも、もう一言くらい諫言しておくべきか。

不穏な空気にフレデリックがおろおろとしていると、ラクトを睨んでいたフリットが不意に傾いだ。
姿勢を正したフリットはラクトから視線を外していた。ミレースやラクト達もフリットの胸元に視線を落としている。

「なっ、なんだ!?ウルフ、離れろっ」

此方の身体を抱きしめて谷間に顔を埋めているウルフを引き剥がそうとするが、その腕を後ろから止められてフリットは振り返った。
申し訳なさそうな顔の息子がいてフリットは瞬く。

「アセム?」
「母さ、すみません、あの、司令。今日はウルフ隊長の好きにさせてあげて欲しいんです」
「私は大事な面談をしている最中だ。何故、そんなことをしなければならない」

不意を突かれた顔から一変して眇でアセムを部下として見遣る。しかし、ウルフが胸に頬ずりしてくるのに反応してしまって表情が崩れる。戸惑っているフリットを目の前に本当に申し訳ないとアセムは母親に耳打ちする。

「それが、さ。ラーガン中尉と同じ総隊長の人がウルフ隊長にばっかり因縁つけてきて。俺やアリーサ達の不注意まで隊長のせいにしてきたんだ。そういうの、実は前からあったんだけど、今日は何だか一段としつこくて」

今まではウルフも飄々と交わすように過ごしていたが、日を重ねる事に粘着質になってきていた。軍隊式の扱きとしての範疇だと思っていたが、今日はやけにウルフ一人に突っかかっていた。言いがかりにもほどがあるとアセムも感じたくらいだ。
いつもなら、ウルフがフリットに構ってもらおうとするところを目の当たりにすると複雑な感情を抱くのだが、今回ばかりはとても仕方がない。
常ならばいきいきとしている食事中は手元が少し覚束なかったし、愛機の整備も捗っていなかった。更には隊員達へのトレーニングもなあなあだった。それをまたつけ込まれて流石のウルフも限界に追い込まれている。

アセムが事実をフリットに言ったことで、ウルフは彼女を抱きしめる手に力を入れた。ぎゅっとしがみつくように。格好悪い、とウルフは自らの内側に向かって非難した。

「総隊長とは、彼のことだな。しかし、そんなことをする人物ではなかったはずだが」

闇雲にウルフを引き剥がすのも忍びなくなって、フリットはひとまず原因究明すべきかと一考する。
ラーガンと共に総隊長を勤めている四十八歳の彼はフリットがモビルスーツ部隊の隊長を任されていた時の直属の部下だ。言われたことを期限内に遂行するタイプで、年齢は気にせず上下関係を重視する。フリットはそこを買って彼を総隊長に任命したのだが。

「それは私から説明しましょうか」

アセム達が来た方角から姿を現したのは、総隊長と同様にアスノ隊の一員だった男だ。今の階級は大佐である。
彼が率いる戦艦とは先日合流しており、グアバランとラクトの到着をディーヴァ共々待っていたのだ。その間、互いの艦間を通して隊員達の親交を深めるために訓練を共同で行なったり、行き来を頻繁に実行している。

アセムやウルフへの興味があって行動を共にしていた様子だ。出歯亀には目を瞑るとして、大佐は総隊長の挙動について思い当たることがあるらしい。
耳を傾けたフリットに大佐は言った。

「彼は貴女を好いているんです」
「…………」

絶句したフリットは動きを止めていた。アセムを始め、周囲も言葉を失っている。ウルフは薄々勘づいていたのか、フリットとの密着を強くした。

「待ってくれ。話が飛躍しすぎていないか」
「そんなことはありません。あいつ、顔色が昔から読めないですからね。私もあの時、思いっきり殴られるまで気付かなかったので」

あの時とは、フリットが不特定の男達と性交渉することをやめた引き金となった時のことだ。大佐が関わり、フリットが子供を産めなくなった原因の。
総隊長はかつてそれを知って、副隊長と今目の前にいる大佐を当時力任せに殴り倒したと言う。
フリットが医務室で寝込んでいる間のことであり、今日まで知らなかった事実だ。

「だ、だが、そのこととウルフに何の因果関係があると言うんだ」
「大有りだと思いますが」

一同が頷き、フリットは一人困惑する。
アセムまで分からないなんて信じられないという視線を向けてきている事実にフリットはただただ驚嘆していた。

「母さん、二日前のこと覚えてないの?」
「二日前……」
「そこの白いのと格納庫でいちゃいちゃしてましたね」
「いちゃ……ッ、そんなことはしていないっ」

大佐の言は話を盛っているが、簡単に説明すれば間違ってもいない。一方的にウルフがフリットの肩を抱き寄せたり、匂いを嗅いだりとしていたわけだが、フリットはそれらを甘受していたのだ。
数分のことであったが、総隊長も現場を目撃していた。直後は衝撃が勝って過度なことはしてこなかったが、時間が経つにつれて腹の虫が治まらなくなったのだろう。

フリット本人が誰かを好きになることはないと態度にしていたのもあり、彼女が一生、添い遂げる男をつくらないと思っていたからこそ、総隊長も諦めるという目途を付けていた。
今では歳も歳であるし、諦めるという境地はとっくに過ぎてもいるはずだ。だが、それを覆すほど、ウルフという男の存在は許容範囲を越えていた。
これらは大佐の憶測に過ぎないが、事実、近からず遠からずだ。

「しかし、このままだと不味いです。その白いの、使い物になりませんよ」
「私にどうしろと」
「慰めてやってください」

得意でしょう?と投げかけの視線が来たが、得意不得意の問題ではないとフリットは口元を歪めた。そもそも、昨日したばかりだ。グアバラン達と合流間近なこともあって、次は間が空くだろうとかなりがっつかれた。
その後とても機嫌が良さそうであったが、抱きついてきているウルフは憔悴しきった空気を背負っている。ここまで弱っている彼を見捨てられるのかと問われれば、フリットも首を横に振りづらい。

「そうしてきたらどうだ」

グアバランの声に背中を押され、フリットは面をあげた。彼の横に立つラクトも気が削がれてしまったと肩を竦めている。
自分の横を見遣れば、ミレースは纏める概要については司令と既に推敲を終えていますからと告げられ、フレデリックからは司令の代わりに進行役を勤めさせて戴きますと一礼されてしまう始末。

「俺も、今日は絶対に邪魔しないから」

アセムが眉を立てて言い、フリットは喉が詰まった。何度かアセムに見せてはいけないところを見せてしまっているのだが、この前は自分からウルフに口付けを強請っているところを見られてしまったのだ。
アセムとて故意に遭遇しているわけでなく、全てが偶然だったが、今日は母親がいるところには顔を出さないと強く主張してきた。

お膳立てされているようで居心地が悪い。彼らの意を承諾することになるが、この場から消えたい気持ちが勝ったフリットはウルフの手首を掴むと自室へと足を向けた。
その背中を見送り、ラクトが両手を打った音で空気が切り替わるように視線達が音に集中した。

「まず先に、あれの説明を願えるか」
「右に同じく」

ラクトにグアバランが続き、フリットとウルフの関係について詮索が始まった。







ウルフと共有している自室の扉を潜り、背後で扉が閉まった途端にフリットは獣の息に身を萎縮した。勢いよくウルフから抱きつかれて姿勢を崩されたフリットはその場に腰を落としてしまう。

腹部に顔を寄せていたウルフが胸のところまで這ってきてのしかかった。重みに背中を床につけることになったフリットはここでしてしまうのだろうかと不安に感じつつも胸を熱くする。
胸の膨らみをウルフの五指が掴み、フリットは自分の手を口元に持っていく。片方の胸を手で揉みながらウルフはもう片方に頬を寄せて感触を味わっていた。
暫くそれが続いたが、フリットの息はあがっていなかった。物足りない以前の問題だった。

ウルフに気力がないのだ。本当に弱りきっていて、胸の感触に癒されたいだけの行動と正確に理解したフリットはふっと小さく息を吐き出した。落胆ではなく、勘違いしていた自分への釈明だ。
別に期待していたわけではないのだがと、胸の内に言い訳しつつも唇を少し尖らせる。フリットの様子に気付かないほどウルフは心身に余裕が無く胸にご執心だった。そんな彼に対して拗ねる気もおきず、フリットは本当に弱っているのだなとウルフの銀髪に触れた。

優しく撫でられる感触にウルフが漸くフリットと目を合わせた。
唇に触れたそれにフリットは瞬く。ウルフからの口付けは一瞬重なっただけの可愛らしいものだ。昨日とは大違いなことがおかしい。
でも、と。フリットは嬉しかった。お前がいいと唇に触れた感触が教えてくれたから。

それに、ウルフがあのタイミングでラクトと自分の間に割って入ってきたのは偶然とは思えなかった。

「ウルフ、先程のことだが。お前、わざとだっただろう」
「知らねぇ」

いい加減に返事をされたが、照れ隠しの裏返しだと今では分かるようになってきていた。また抱きついてきたウルフをフリットのほうからも浅く抱きしめ返す。と、ウルフがやや窺い気味に視線を寄越してきた。
珍しく迷っている様子にフリットは言ってみればいいと額をくっつけた。

「……あれ、飲みたいんだが」

声色から迷っていたのではなくて言い出しにくかったのだと、ちゃんと理解した。言ったウルフはらしくないと恥じている様子だ。
度々それをウルフの分も用意していたが、彼が自分からそれを要求したのは初めてのことだった。

「わかった。すぐ用意出来るから待っていろ」

立ち上がったフリットはウルフをまず寝室のベッドに座らせ、自分は簡易キッチンで仕度を始めた。牛乳を温めている間に瓶詰めの蜂蜜を手元に持ってくる。
程なくして、マグカップ二つ分のホットミルクが出来上がる。

ナイトテーブルに運んできたマグカップを二つ置き、フリットはウルフの隣に座った。マグカップを手にしたウルフを見遣ってから、フリットも自分用のマグカップを手にする。

初めてウルフを自宅に招いた時と同じホットミルクだ。ウルフの口には甘すぎたはずなのだが、一度蜂蜜を入れずに出したら首を傾げられた。何か言われはしなかったが、やはり我が家の味は蜂蜜入りであり、それ以降は気遣うのをやめて同じにしている。

ビッグリング滞在中もそうであったが、自室で基本的に常備しているのはコーヒーだ。けれど、アセムとユノアも共に乗艦することになったためにホットミルクの材料が手に入るように申請はしていた。予定とは少し違ったが、備えておいて良かったとフリットは思った。
息を吹きかけてホットミルクを冷ましながら、横で熱さを気にせず飲み始めているウルフを見つめる。

「これ、気に入っていたのか?」
「うまい」
「そう、か」

思うにウルフとは味覚が違う。それでも文句を言われずにいるのは好き嫌いが無いに等しいからだ。甘すぎるとは感じるようだが、甘い物が苦手だと言ったこともなければ態度にされたこともない。だから、舌が慣れたのだろうと解釈する。

台所に立ってアセムとユノアのために用意しているとウルフからの視線を背中に感じて、いつの間にか彼の分も毎回用意してしまっていた。というのが今までの経緯だ。
何時から美味しいと思うようになったのだろうか。
訊いてみたいと思ったが、何となく訊かないほうがいいのではないかと微妙に嫌な予感がして口を閉じた。

少し冷ませただろうと、フリットもホットミルクに口を付ける。

「あまりに非道いようなら、私から彼に忠告しておくが」
「そんな必要ねぇよ、別に」

そっぽを向いたウルフにフリットは少しだけ憤った。
総隊長の件は自分にも何やら原因があるらしいことは分かったのだ。そのせいでウルフに負担を掛けるのはフリットの自尊心が許さない。

「しかし、」
「仕打ちに疲れてるのは確かだが、それじゃない」

言い迫るフリットの言に被せるようにウルフは口早に言った。また二人の間で齟齬が生じているとフリットは気付かされて黙り込む。
そのままウルフが吐露してくれるものと思い込んだが、彼は続けなかった。苛立っていない様子だけが救いだった。

互いのマグカップが空になり、フリットはそれを片付ける。キッチンの水場で洗い終わったのを見計らって、ウルフが後ろから抱きしめてきた。
ついさっき、空気が少し悪くなったと思っているフリットはどうすれば良いのか分からず、微動だに出来なかった。

腕の中のフリットが為すがままになっていることにウルフは内心で深く溜息を吐く。自分は一体何をやっているのだと。苦虫を潰し、ウルフは意を決した。

「格好悪いと思うなよ」
「私がお前のことを格好良いと思っていると、本気で思っているのか?」

こういう態度は可愛げがないとウルフは不満を感じている。
背後の気配に機嫌が悪くなっているなとフリットは逡巡してから、ぽつりと零した。

「格好はともかく、お前には鼓動を煩くさせられている」

言葉にするのはこれが限界だと、フリットは言ってしまってから羞恥に口元を引き締めた。
赤くなっているフリットの耳をしっかりと己の目で確かめて、ウルフは笑みを含んだ吐息を空気に落とす。

「どきどきしてるってことだよな」
「都合の良いように受け取ればいい」

可愛げがないくせに可愛い。こんなに愛おしいものを手放せるはずがない。
前にも、このように格好悪いことをフリットに披瀝(ひれき)した記憶が少し蘇る。きっと大丈夫だと、ウルフは感情を吐き出し始める。

「格好つけられないが、フリットが他の奴選んでた可能性もあったってことが今更よぎって腹が冷えた」
「……それは、総隊長の彼のことか?」
「それもあるし、他の誰かでもだ」
「―――今、過去を振り返ってもそんなことはあり得ないぞ」

記憶を遡っても、フリット自身そんな展開になるような分岐点は無かった。相手にしていた男も妻帯者が多かった。向こうもそんな気を起こしていなかったし、自分とてそうだった。ウルフの懸念は杞憂でしかない。

「あの総隊長が告白してきてたとしてもか?」
「返事を考えはしただろうが、応えはしなかったと思う」

淀みなくはっきりと言うフリットに正直だなとウルフは感想する。けれど、この受け答えは今のフリットのものだ。過去が変わらないものだとしても、当時にそんなことがあれば彼女は揺れていたはずだ。
青二才な極論であることを自覚の上で、安心したくてウルフはもう一つ尋ねた。

「じゃあ、今、あいつが告白してきたらどうするんだ?」
「同じだ――いや、少し違うな。考えるほど返事には困らないだろう。今は、ウルフがいるからな」

言葉は尻すぼみになっていくが、フリットの意志が曲がらず自分に向けられていることにウルフは充足した。
背後の男の空気にフリットは二度瞬いてから、口を開いた。

「私も一つ訊くが、お前は私が奪われたら」

言って、フリットはウルフを振り返り見上げた。

「奪え返してくれないのか」

尋ねなかった。そうしてくれたら行幸だと声に込めたから。
努めて無表情を称えているフリットであるが、ウルフが表情を変えていく。意外だと面を喰らっているのとは違う。

「無理だ」

うずうずとした衝動のまま狼は腕の中の存在をしっかりと確かめた。
痛いほど抱きしめられたが、フリットは痛覚に眉目を歪める余裕などなかった。耳元に獣息と共に刻むウルフの声色に。

「奪われるヘマなんかするかよ」

呼吸を乱された。胸中まで掻き乱されてウルフの口元から視線を外すようにフリットは俯いた。もう、無表情でいられなくなってしまった。

ウルフがフリットの言を否定したのは奪い返す必要がないからだ。誰かに奪われること自体を阻止する獰猛な牙を携えている。狼から獲物を奪うのは不可能だ。
それをお前も解っているだろうと含めて、彼女を怯えさせるように低く白狼は唸った。

気丈なフリットは怯えることはなかったが、意味を間違うことなく言葉を聞き入れて身を縮めている。その身体を抱きしめたまま、顔を覗き込もうとすればフリットは逃げようとする。けれど、ウルフは彼女の顔をしっかりと視界に捉えていた。

「顔真っ赤」
「み、見るな!」

手を持ち上げて隠そうにも腕ごとウルフに抱きしめられている状態だった。フリットは為す術がなかった。せめてウルフに見られている状況を視界から排除するために、目をぎゅっと閉じる。
すれば、頬に濡れた感触が突然来て慌てて目を開けた。驚いて間近のウルフを見つめる。数秒の後にウルフの舌に頬を舐められたと頭の中で文字にしたフリットは更に顔を茹だらせた。

「なあ、ベッド行こうぜ」

囁かれ、フリットはこくりと頷いていた。

寝室に入り、服を脱ごうかと逡巡していたフリットだが、ウルフにベッドに今すぐ寝そべってくれと言われてそうした。
彼を慰めるのがフリットの目的であり、遂行すべき最優先事項である。常ならば此処まで従順ではない。と、フリット自身は思っているがあまりいつもの変わらないのではないかと少しだけ自分を疑った。

しかし、思考はそこで止めた。ウルフもベッドに乗り上がってきたからだ。
覆い被さってくる向こうにフリットは戸惑った。慰める役目が自分にはあるのだから、自分がリードすべきなのではないかと。
脱がされるより自分が脱ぐべきだ。

「ウルフ、少し待て」

フリットは背を持ち上げ、ウルフの肩を両手で食い止める。それから素早く自分の軍服の首元を緩めて寛げる。
肩から胸元の素肌を晒して、乳房を支えている下着に指先で触れる。前ホックであるから自分で緩めやすかった。

「待てない」

ホックを外した瞬間とウルフの声が被さった。軍服を中途半端に乱したフリットをウルフはベッドに縫い止める。
強引さに不満を抱いてもいい場面であったが、フリットの鼓動は震えていた。ウルフがどこから手を出してくるのかとそわそわする。
胸に来た。やっぱりかと思いつつ、フリットは胸元に視線を落とした。

彼女に引っかかっている下着をずらして、たわわな乳房にウルフは頬をすり寄せた。服越しの胸もそれはそれで良いものだが、素肌の柔らかさは何物にも代え難い。
フリットに脱いでもらうつもりでなかったウルフだが、今の状況に贅沢を感じていた。意図的にではないが言うタイミングを逃したなとウルフは目下の乳房に舌を這わせた。同じ味がするからフリットの淹れるホットミルクを要求したのだと。

もしかして、間違えたか。と、フリットは身体をベッドに投げ出していた。そもそもウルフにそのつもりはないと最初に気付かされていたはずだった。その間のやり取りでやけに挑発してくる台詞を重ね重ね言われた気はするが、ウルフの疲れは癒されきっていないのだろう。足に触れている彼のものが硬くなっていない。

何だか肩透かしを喰らった気分だとフリットは吐息した。ちろちろと胸の色づきを舐められているが、刺激として感じるものではなかった。子狼が母親の母乳を求めるようにじゃれているようにしか見えない。
私はお前の母親ではないんだが……と、フリットはウルフを呆れ目で見遣りつつも、彼の銀髪をその手で撫でていた。

アセムとユノアはもっと手触りが柔らかい。子供達との違いを手で確かめつつ、この男にも両親はいるのだよな、と考えが及ぶ。入籍前に挨拶すべきだと思うのだが、今は連邦に謀反中だ。落ち着いてからウルフに面通しを頼めば良いだろう。

「なに考えてる」

低い声にフリットは面をあげる。此方の胸から顔をあげているウルフに対して首を傾げつつも、責め立てる視線に身体をウルフの下から引き抜く。ベッド上で座り込むような姿勢で彼に背を向けながらフリットは胸元の佇まいを直した。

「お前のこと、だが」
「俺のこと見てなかった」
「見ていなくとも考えられるだろ」

ウルフの両親のことは彼本人と繋がりがあるのだから、ウルフのことを考えていたことにはなる筈だ。だが、遠回しすぎるのだろうかと、フリットは自分の意見に自信が欠けてきてウルフを恐る恐る見遣った。
不満のあるウルフの険相にフリットは怯む。やはり自分も会議に出てくるとフリットは逃げようとしたが、後ろからウルフに抱きすくめられてしまう。

「離して、くれ、今は」
「慰めてくれるってんなら、ここにいてくれ」

自分がウルフの機嫌を害していると思い込んでいたフリットはその声から強張りを解いた。相手のことを知りつつあると高をくくっていたが、解りきっていない自分自身に呆れて。
こんな自分でも傍にいてほしいと欲してくれるウルフを拒絶などとうに出来なくなっていた。

自分のことは自分が一番よく解っている。そうは言うけれど、自分でさえ自分を見失うことだってあるのだ。自分以外の誰かを理解しきるというのは途方もないことだろう。
運命的なものでもなければ。きっとよりは確かな確率で、自分とウルフはそうではないとフリットは断言出来た。それでも、それでもだ。ウルフの手は此方を離そうとしない力強さで求めてきている。この先で互いの関係感情に少しの変化はあるだろう。だが、この強さだけはこれからも続いていくのではないかと、思わされる。

「私でいいのか?」
「完璧主義のわりに自己評価低いよな」

戸惑っている匂いにウルフは頬をすり寄せて、ぎゅっとフリットを抱きしめる。お前がいいという返事の代わりの抱擁だった。

「そんなことはない」

フリットはウルフからの温もりに甘んじながらも、そこだけは否定した。聞いたウルフは鼻を鳴らして同意せず、フリットの手に自分の指を絡ませる。

自己肯定と自己評価は別だ。自分を認めるのが肯定であり、自分に価値を見出すのが評価である。
理想が高いんだろうなとウルフはフリットを認識していたし、フリット自身も自らをそう感じている。そこに誤謬はないのに齟齬が生じるからこそ、触れてみなければ解らない。

「低いだろ」
「しつこいぞ」

手を伸ばして指を絡めてくるウルフにフリットはそわそわと落ち着かなくなっていた。顔を近づけて囁くような会話のやり取りもどうしようもない。

「よだれ」
「!」
「ウソだ」
「ッ、貴様」

口元を拭おうとした手を持ち上げたままフリットはウルフを睨む。けれど、潤んだ瞳では痛くも痒くもない。

「でも騙されたってことは、したいんだろ」
「……使い物にならないお前に言われたくはない」

自尊心を貶される一言にウルフは眉間に皺を刻んだ。

「可愛くねーな」

ウルフはフリットを押し倒した。
眉を困惑に歪めているフリットの片手を掴んだウルフは、彼女の手を下半身に持って行く。自分ではなく、フリット本人の、だ。

「おい、ウルフ……ッ」
「見ててやるから一人エッチしろよ」
「そんなもの出来るわけ」

表情を硬くしたフリットは本気でウルフをきつく睨み付けた。いくら相手がこの男でも、人前で自慰行為など屈辱以外の何ものでもない。

久方ぶりにこの顔を見たとウルフはぞくりとする。元気であれば股間が大変なことになっていただろう。
最初はこの格好良さに惚れたのだ。それを崩したくて堪らなかった。だから、可愛いところも見たい。

「すげぇエロいの見せてくれたら、勃つかもしれないぜ」

耳元で囁かれたウルフの台詞にフリットは真っ赤になると、それでも彼を睨み返す。けれど、開いた口は否定ではなかった。

「二言は無いな」

挑戦的な物言いにウルフは満足した。







「―――は、ぁ………ひぅ……ふ」

はあはあと呼吸を乱しながらよがっている女の裸体を見下ろすように眺めていた。
ウルフはいっさい手を出すことなく、シーツ上で一人で腰をくねらすフリットを彼女の足下側であぐらを掻いてただ眺めているだけだ。

「ん、ん」

右手で胸の先端をコリコリ摘みながら、左手で恥丘を開いて粒をクリクリ弄る。羞恥と屈辱が棄て切れていないのか、覚束ない愛撫だ。

「もっと良く見せろって」

流石に焦れったさを覚えたウルフはフリットの閉じられた足に手を掛ける。膝から割り開けば、股の間からフリットの顔が覗く。その顔は羞恥に染まっていた。
顔を隠そうと両手を持って行くが、下が丸見えになってしまっていることに気付いて左手だけは股に残した。

膣口を手指で隠そうとして、恥じらいを捨てきれずにいるフリットからは、挑発に乗ってきた意気込みが感じられなかった。

「裸見られるの恥ずかしいのか?」
「当然のことを訊くな」

少し挑戦的な態度が戻ってくる。しかし、それでも身体を隠すことを優先しようとする。

「オナニーしたことないとか」
「純情扱いするな。そこまでなわけないだろう」

そこで表情がまた弱まったことを嗅ぎつけて、ウルフはずいっとフリットに顔を近づける。虚勢を張っているような匂いはしなかったので、もう一つ聞き込む。

「目の前でやれって言われたことくらいはあんだろ」
「………」
「無ぇんだな」
「……慣らしてくるように言われたことは、ある」

恋人関係だったわけではない。誰一人として。愛情ではなく欲を駆け引きに使っていたのだから当たり前と言えば当たり前だ。それに、前戯が面倒だと考える者は多かった。愉しむタイプもいたが、今まで自慰の観賞を趣味にしている者にあたったことはない。

「それなら、一人エッチ自体はそこそこやってんだよな」
「したほうが良いと聞いた」
「まぁな。人目がない分、緊張しなくてイきやすいってのはあるだろうな」
「……お前が、見ているから」

口を曲げたフリットにウルフは瞬く。見られているから、いつものように出来ないと訴えられていた。
そういえば、俺が寝落ちしているときに横でやっていたんだったか。自分にとって苦い失態をも思い出すことになったが、ウルフはフリットに背を向けることにした。

「ウルフ?」
「お前が一度イくまでこうしててやる」

きょとん。と、フリットは瞬き、ウルフの意向を推し量った。
譲歩してくれたと気付いて顔を赤くする。此方が文句を言ってしまったから甘やかされたのだ。
口を開いたフリットであったが、言葉が出ず、口を閉じた。ウルフのこういった一面は特に年下らしからない。

フリットは自分の足の間に指先を忍ばせた。

「……ゃ」

暫くシーツの擦れる音が続いたが、甘い声が微かに聞こえ出す。息遣いの速まりが生々しく耳に届き、ウルフは喉を鳴らす。

「ぁ、ァァ、ウルフ」

振り返りたい衝動をウルフは堪える。名前呼ぶのは反則だよなと、奥歯を噛んで我慢した。
誰かの名前を呼びながら自慰をするなんてのも、フリットにとっては初めてだったのは聞かなくても判る。思わず呼んでしまったことに気付いて口を噤んだ気配が後ろにあるのだ。

嬌声は止められないが、フリットはやってしまったと首筋を真っ赤にしていた。
いつの間にかウルフの名前を呼びながら一人でするようになってしまったのだ。誰かを思い浮かべてすることなんて今までなかった筈なのに。

ウルフ本人に知られてしまった。聞き逃していて欲しかったが、ウルフが肩を跳ねさせたのを自分の目がしっかりと捉えてしまっていた。
恥ずかしくてフリットの羞恥心が煽られる。

「ゃぁ―――イ、ッ」

ク、とフリットは四つん這いの姿勢で下半身を強ばらせ、胸までを緊張させる。ひくひくと震えを置いてから、胸を大きく上下させて呼吸を荒くする。

シーツの布擦れの音をぼんやりと聞き入れたフリットは面をあげようとする。ウルフが振り返って此方の顔を覗き込んでくるのに鼓動が煩くなった。

「イったか?」
「………ィ……た」

口をもごもごさせていたが、ちゃんと聞き取ったウルフはフリットの頭を撫でてやる。
四つん這いになっているのもあるかもしれないが、愛玩動物のような扱いをされている気分になったフリットはシーツに顔を埋める。

そうしていれば、尻を撫でる感触があり、フリットは腰を浮かした。ウルフを不安そうに見上げる。

「一回で満足とか言わないよな」

言って、ウルフは濡れている膣口に指を二本差し込んで抜き差しする。

「っひ、ゃ」
「ほら、自分で」

奥が再び疼きだしたところで指を引き抜かれてしまい、切なそうにフリットがウルフを見遣ればそんなことを言われる。
羞恥よりも欲を重視し始めているフリットの身体は素直だった。ウルフに正面が見えるように身体を開き、自分の唾液で濡らした指を下半身に持って行く。

「ぁ、ぁぁ……ゃ」

最初の覚束なさが嘘のように、大胆な恰好で指の抜き差しをする。腰がくねるのをウルフに見られてしまいながら、フリットは空いている方の手を自分の胸に持っていく。
色づきの先端を摘んで艶めかしく弄り始めた積極的なフリットの匂いにウルフも酔い始める。

「フリット、こっち」

横に寝そべり、顔を近づける。
ウルフの唇が降りてくるのをフリットは自ら口を薄く開いて受け入れる。舌を絡め合わせ、唇を深く重ね合う。

「んぅ……ふ、ぁ」

互いの唇が濡れる音、糸をひく唾液。
それらの湿りが身体を弄る興奮を助長していく。

「ン――――」

自分の指が締まるのを感触として得ながら、フリットはウルフと唇を重ねたまま二度目の絶頂を迎える。 はっ、と熱を持った息を吐いて、フリットはウルフの肩口に顔を寄せる。

「……どうだ?」
「あー、まだっぽいな」
「…………」

黙り込んだフリットにウルフは首を傾げる。ぼそりと何か言ったような言っていないような。

「何か言ったか?」
「これ以上は……じゃ、足りない」
「足りないって?」
「指では足りないと言っている」

むすっとフリットが上目に睨んできてウルフはぞくりとした。本当にどっぷりハマっちまったと熱くなる。 下の変化がないのが本気で悔しいくらいだ。

「舐めてほしいのか」
「違う」

少しくらい迷ってくれてもいいんじゃないか?とウルフは眉を歪めたが、フリットがすぐにもじもじと俯きだしたので歪みを解く。

「持ってるだろ」
「フリット、ちゃんと言えって」
「……こういう時に使う、道具を持っているだろ。首輪と一緒に」
「お前、あの中見たのか」
「見たというか、見てしまったというか………ぅ、すまない、見た」

謝られるようなことでもないけれどと、ウルフは視線を投げる。
以前使った首輪の他にも実は一式揃えている。ただ、フリットは苦手だと知ったので使うつもりはウルフになかった。仲間内に適当に配ってやろうかと考えていたくらいだ。

「あれは嫌なんだろ?」
「無理な使い方をしなければ問題ない」
「………でもなぁ」

無茶をしようとしているのではないかと、ウルフは渋る。
口を曲げているウルフの服をフリットは引っ張る。視線を戻した彼と目を合わせる。

「私の、やましいところを……見たいのではないのか?」

フリットは言うだけ言って、さっと視線を外した。

前髪で隠れてしまって表情が見えなくなってしまうが、フリットの耳は真っ赤に覗いていた。誘っているくせに隠れようとするところがいじらしく、ウルフは唇を寄せると囁く。

「見てぇな」

肩を大きく跳ねさせたフリットは潤む瞳をウルフに向ける。受け取ったウルフはまたフリットの頭を撫でると、大人しく待っているように言う。
ベッドから降りたウルフは仕舞い込んでいた箱を取り出して、そのまま持ってくる。ベッド脇に立った彼は箱の蓋を開けてフリットの足下近くに中身をぶちまけた。

ピンクの首輪の他に、スイッチとコードで繋がれている小型のローターが二個、男根を模したバイブが二個。
バイブはそれぞれ形状が異なっており、一つはより本物のそれに近い形で亀頭のくびれがあるもの。もう一つは緩くカーブしている根にブツブツが付着している所謂イボ付きと呼ばれているものだ。

フリットがこの間、室内にある自分のものとウルフのものを片付け分けている時に見てしまったものがそこにある。
片付けている時に、自分のものは別にいいのだが、ウルフのものを片付けている時は妙な感覚が芽生えたことを少し思い出してしまった。夫婦っぽいのだろうかと考えたからだ。
しかし、だ。これはどうなんだろうなと、フリットは大人用の玩具に視線を落とす。
世の中の夫婦がこれらを使用しているイメージが湧かないのだ。自分が夫婦というものを想像しきれていないだけなのかもしれないが。

さっきから玩具を見たり玩具から視線を外したりを繰り返しているフリットにウルフはまた何かに思考を持って行かれているなと胸に落とす。スプリングが軋む強さでベッドに腰を下ろした。
ベッドが揺れたことで意識を此方に戻したフリットは、おずおずとローターを一個手に取った。

親指ほどの大きさだ。このまま入れてしまっても大丈夫だろうと、フリットはウルフが見ている前で濡れている秘部にローターを当て、奥に押し入れた。

「ん……かたい」

違和感が強い。

フリットの足の震えが快感とは違うような気がしてウルフは彼女を覗き込む。

「合わないなら抜いていいぞ」
「いい、平気だ」

本当だろうかと額を突き合わせてきたウルフの顔を間近にしてフリットは瞼を伏せて顎を引く。

「平気だと言っているだろ。私の言葉を信用しろ」
「そこまで言うなら」

身を引いたウルフは納得の顔をしていなかった。諦めたというか根気負けしてやったという雰囲気だ。
子供扱いのようなことをしおって。と、フリットは視線を投げる。

ローターの冷たさを感じなくなり、馴染んだ頃合いにフリットはそれと繋がっているコードの先にあるスイッチを手にする。入れたり切るのはスライド式なのかと、上に滑らした。瞬間にフリットはきゅっと足を閉じた。

「っい……な、に」

知っているものと違った。振動が異常なまでに小刻みで、震えも記憶にあるものを凌ぐほど強い。
予想を持って身構えがあったはずのフリットでも、これは何だと戸惑うしかなくなっている。

シーツに身を擦りつけ、悶える。止めなければと、スイッチを切ろうとするが上手く滑ってくれない。ローターの振動で手まで痺れてしまっているのだ。

「切って、切ってぇ」

たぶんもうイっていた。自分の意思ではなく勝手にイかされたような感覚にフリットは啼いた。

カチっと音がすると、振動が止まった。落ち着いたが、身悶えが抜けないままの身体でフリットは周囲を見遣る。スイッチを切ってくれたウルフと目が合い、途端に首筋から胸まで赤くする。啖呵を切ったのにこの有様で顔向けできない。

申し訳なさそうに眉を下げているフリットにウルフは首を傾げる。

「昔のと違うもんなのか、こういうのも」
「………ゃ、ん」

フリットの膣からローターを引っこ抜けば、彼女の身体が跳ねた。可愛い声だなとウルフはフリットの唇を指で撫でる。すれば、フリットが此方の指を舐めようと舌を覗かせる。

「やっぱ可愛いな」

指を舐めてくるフリットの顔は少し不満そうだ。その不満を表わすように指に歯を立ててきた。痛くはないが、くすぐったい。
こっちが一人で勝手に納得しているのが気に召さないらしい。

「超振動が売りの新商品って書いてあったんだが」
「………」

フリットはウルフの指を舐めるのをやめた。

「あーあ」

心底残念そうに声を漏らしたウルフをフリットは困り顔で見遣る。これらを使いたいと言い出したのは自分だ。呆れはあるが、気分はそんなに削がれていない。
男根により近い方のバイブを手に取る。

「……これは、普通のか」

ちょっと疑い気味にフリットはウルフに尋ねた。
まだ続けてくれるらしいとウルフは瞬く。早く答えろと視線をきつくしてきたフリットに頷き返した。

「スタンダードだと思うぞ。ロングセラーって謳い文句だったし」
「そうか。なら」

こっちだな。と、フリットは手にしているのを握り込み、イボ付きの方は見て見ぬふりをした。あれはグロい。挿入として使うのはまあまあ許諾範囲だが、顔に近づけるのは遠慮したい。

フリットは男根に近いそれを口元に近づけて頬張った。思いの外、ウルフの大きさと大差なかったのは良い発見だ。
ぺちゃぺちゃと舐めまわし、一端唇を離してから唾液をローションのように垂らす。

性交に十年ほどブランクがあると言っていたフリットだが、勘を取り戻したのだろう。舐め方ひとつ取っても艶めかしさが尋常ではない。

「う」

思わず声を出してしまい、ウルフはばつが悪そうに目を伏せる。
気付いたフリットがバイブを舐めるのをやめ、視線を合わせようとしてくる。近づいてくる気配に面をあげたウルフはフリットがぶつかりそうなほど間近に迫っていることに驚く。いつもと立場が逆だと思う余裕すらなかった。

額同士が引っ付く。ん、と少しの触れ合いの後でフリットは身を引いてウルフの額を手で撫でた。

「熱はなさそうだが、体調が優れないのではないか?」

ぽかんとなった。
返事のないウルフにフリットは伏せ目がちに続ける。

「その、あるじゃないか、た、勃たないことが」
「疲れマラとか、そーいうの言ってるか?」
「それだ」

言葉を濁していたのだが、ウルフがはっきりと言ってきたのでフリットは顔を赤くしつつも頷く。

ウルフは胸元でバイブを握っているフリットを見遣る。落ち着かない手元は指で握り手を鳴らしていた。そうしている内に無意識にスイッチを入れてしまったらしく、バイブがウィンウィンと音をさせながらくねり回り始めた。吃驚したフリットはバイブから手を放してしまう。

シーツに落ちてもうねうねしているバイブの何とも言えない卑猥さにフリットは真っ赤になりながら拾おうとする。しかし、手を伸ばした時には、先にウルフが拾っていた。スイッチが切られ、機械音が静まる。

「お前が心配してるのとは違ぇよ。疲れてるとかそんなんじゃないって最初に言っただろ」
「なら、なんだと」
「たぶん出し過ぎだ」
「すまない。もう少し詳細を話してくれ」
「一度のエッチで中出しいっぱいしてただろって話だ。最近そればっかだったし、昨日はかなりやったしなぁ」

ぽかんとなった。
徐々に内容が頭に入ってくるとフリットは顔どころか全身を赤くする。あれは腹部が張るのでフリットとしては恥ずかしいからあまりやってほしくないのだが、ウルフが嬉しそうだからとあれ以来ずっと許諾し続けていた。昨日はたっぷり中に出され上に身体中がべとべとになるほど胸や足にも掛けられた。

「俺も大事な時にヤれないのは勘弁したいし、次からは気をつける」
「そ、そうか」

大事な時とはいつだろうかと思うが、今がその大事な時なのだろうか。
フリットは天井あたりに視線をやってから、再びウルフと視線の高さを揃えようとする。

「では、かつて私の直属の部下だった彼に、その、いびられたようなことは直接関係していないのか?」
「ま、直接じゃないな」
「………」

慰めてやろうとした私が間抜けだったみたいではないかとフリットはウルフに半目をやる。向こうに首を傾げられたので半目をきつくした。

「なんだよ」
「何でもない。あと、もういいな」

茶番のような自慰をする必要はないとフリットはベッドから降りようと視線を下げる。しかし、身動きをしたのはウルフが先だった。

「っひ」

びくりとしたフリットは自分に当てられているものを見下ろしてすぐにウルフを振り返る。その瞳は潤んでいた。

「もう、いいだろ」
「俺まだ何もしてないだろ。見てるだけは飽きてきたところだ」
「だからって」
「玩具は遊ぶもんだろ?それに、お前のここは満更でもなさそうに見えるぜ」

当てがったバイブの先端をフリットの膣に差し入れる。くちゅりと難なく半分以上挿入った。

「ぁ、ぁぁ……」

生理的に足を開いてしまい、フリットは頬を染める。
抜き差しをされて思わず出てしまう喘ぎ声を耐えながら、フリットは潤んだ瞳をさらに濡れさせてウルフの腕を掴む。

「しなくて、いい」

動きを止めたウルフは息を吐いてから、バイブを引き抜いた。
肩の緊張を解いたフリットだったが、ウルフが間合いに入ってきて身構える。頬が触れ合うほどの近さで耳元に狼の唇があたる。

「素直になれば可愛がってやる」

低音が直接響いて背筋にくる。身構えられなくなって、ぞくりとした瞬間にはバイブが根本まで全部挿入れられていた。
奥にあたっている感触に長さもウルフと同じくらいだとフリットの吐息は熱くなっていた。

物欲しそうに腰を揺らしたフリットにウルフは頬を緩ませる。

「女にしちまった責任はとってやらねぇとな」
「勝手に、しろ」
「口のほうは相変わらずだよな。まあ、身体は素直だし可愛がってやるぜ」

調子に乗るなとフリットは一睨みする。しかし、すぐに面はゆい表情になってウルフの服を引っ張った。







ローターとバイブを巧みに使われてフリットの身体は蕩けきっていた。今までの経験から玩具は優しく使うものではないと思い込んでいたのだ。
強引に性感を引き出すための道具。そう認識していたのに。

ちゅぽんとバイブを引き抜かれて腰が浮く。股から膣液の糸をひいているバイブに愛着に似たような感情が湧いていた。少し、厭ではなくなったような気がする。
生身の人間のものではないからそれ自体が変化しない違和感は存在するものの、ウルフのものと近い形状で此方の身体が錯覚するのだ。ウルフが手にして動かすのだから緩急の感覚は本物だと言える。

「気持ちいいって顔してるな」

言われ、フリットは顔を横にして頬をシーツに押しつける。前髪で目元が隠れてしまっているが、頷く動作をしたのにウルフはくすりと笑む。
玩具もそんなに悪くないと思えているようだし、機嫌も柔軟に見えた。

フリットが避けていたイボ付きをウルフは手に取る。一瞬だけフリットの表情が固まったが、期待の混じる方に変化していく。それでも、幾ばくか不安の残る顔つきだ。しかし、それが余計にそそる。

「どうしても嫌だったら言えよ」
「平気だ………多分」

多分が本音だとウルフは見透かす。頑なに強くあろうとするところに惹かれたのも事実であるが、常に強い人間などいない。それでもフリットはウルフの知る中では一番強かった。
そんな強く良い女が眉を下げて瞳を潤ませる相手が自分のみであるのはウルフにとって優勝トロフィー以上の価値がある。

「このままだと痛ぇかもしれないから、ローション塗っとくか」
「そこまで、しなくとも……」

フリットの声は小さかった。ウルフには聞こえていたが、返事も目を合わすということもせずにローションを取り出してイボ付きのバイブに塗りたくる。
濡れそぼった異形のバイブは見目を余計に悪くしていた。それが余計に道具としての卑猥さを醸し出している。

バイブをフリットに見せれば、彼女は足をゆっくりと開く。シーツを掴んでいる手は硬く握られていた。
今は視覚が邪魔だと、ウルフはフリットを押し倒すように唇を重ね合わせた。舌を絡み、くちゅくちゅと音をさせればフリットは緊張を解き始める。

啄みを続けながら、ウルフはフリットの秘部にイボ付きのバイブの先端をあてる。何が入れられようとしているのかフリットも頭で判っているが、入るところを直接見ていないが故に油断をしていた。

「ん、んぅ―――っ、ンン」

ウルフに口を塞がれたままフリットは喘ぐ。粒々した感触が自分の内側を駆け巡っていくのにどうしようもなくなっているのに、ウルフが口を解放してくれない。ずっと貪られていた。
息苦しいのだが、上と下を同時に犯されていて力が入らない。酸欠になりかけたところでウルフが口をようやく解放してくれた。

酸素が足りず、意識が朦朧としている。フリットは膣を出入りするバイブを感じるままに感じていた。
どうしようもなく、彷徨っている手にあたるものがあった。ローターだと理解すると、フリットは二つともスイッチを入れて自分の胸に押しあてる。

ビンビンに上を向いている小さな突起に視線を落としながらウルフは「はっ、すげぇな」と声を漏らした。途端にフリットが真っ赤になる。自分が何をしているのか自覚があるし、真面目さも捨て切れていないからだ。生真面目な奴ほど恥に弱い。
それでも、やめられない。

ウルフは目を逸らさず、フリットに釘付けだった。

「フリット」

熱っぽく求められていた。
そんな声で呼ばれたらもう駄目になってしまうと、フリットは背筋を逸らし、腰を浮かして啼き続けた。

執拗に膣を玩具で弄られきって、フリットは身体をベッドに投げ出していた。不意にウルフが横に寝そべってきたので無意識に抱きつく。

「お」

意外だったらしくウルフが変な声を出した。それでもしっかりと抱きしめ返してくれたのでフリットは身を委ねて瞼を閉じようとしたのだが。

「何か……あたっているんだが」

腿のあたりにウルフの中心が硬く主張を訴えている。
ようやくだ。だが、タイミングが悪すぎる。

「なぁ」

呼びかけと同時に男の指が赤味を持っている膣に触れる。玩具は本物より硬質だ。あれだけ使い込めばもう快感どころではない。
少し痛くてフリットは眉を歪めそうになった。完全に歪めなかったのはウルフがしたいなら我慢しようと思ったからだ。

「もうここは痛いよな」

しかし、ウルフに見抜かれて指が遠退く。
視線を合わせようとフリットは顔を上げたが、指が尻の方へ辿って行くのに目を丸くする。

「だから、こっち良いか?」

尻の窄みに指先が入り、フリットは震える。快感ではない。遠い記憶が蘇った震えだった。けれど今度は悟られないようにと震えを咄嗟に止めて、耐えた。

「ん」

フリットは額をウルフの胸板に預ける。
そこは使ったことがないのではない。出来ると、フリットはウルフを許す。

「……フリット」

先程のように熱っぽい声ではなく、怒気を込めた声だった。
目を丸くしながら眉を下げたフリットは恐る恐るウルフを窺った。不安に反してウルフは怒った顔をしていなかった。ただ、眉間に皺を刻みつけている。

「それくらい匂いで分かるぞ」

強ばったフリットの身体に抱きつくようにウルフは彼女を抱きしめた。お互いの顔は見えていないが、頬は重なる。

「ほんと、典型的な恋愛下手だよな、お前」

呆れた言い草にフリットは言い返そうとしたが、ウルフが更にぎゅっと抱きしめてきてどうしたらいいか判らなくなる。この男は何をしようとしているのかも判らない。

「そこ含めて好きなんだからしょーがねぇけど」

頭まで撫でられてフリットは益々どうしたらいいのか判らなくなり、戸惑うばかりだ。

「何でもかんでも受け入れようとすんな」

ぎゅううっと少し痛いくらいに抱きしめられる。同時に言われたことに、フリットは目を丸くしていく。

「尻、駄目なんだろ」
「駄目なわけでは……」

頬をくっつけているから声の震えがはっきりと判る。
恐怖の匂い。此方には入れる意思がなくなったことを伝えたのだから、入れられないと安堵する場面であろう。しかし、まだ怖がっている。

歳の離れた年上という立場以上にフリット個人の責任感の強さが崩壊を畏れていた。

「その程度で嫌ったりしねぇ、面倒だが」
「うっ」

面倒と言われてフリットの身体が硬くなる。一言余計だったとウルフは認めながらも訂正はしない。似たようなことを前にも言った覚えがあるし、どうせ今後も改めないだろう。
恋仲であれば互いの嫌なところを指摘し合いながら見つめ直していくものだが、自分とフリットはそうではないとウルフは思っている。

「俺たちはこれから結婚するんだろ」
「その、予定というだけで」

素直でないところが面倒と思うが、変えろだの直せだのと言うつもりはない。

「じゃあ、俺は夫婦になりたい。お前は?」
「………なりたい」

それで充分だ。
だから無理をする必要はない。

「受け入れ続けるのが正しいとは限らないぜ」
「私は、お前なら」

そう言って頬を熱くするフリットにウルフは舞い上がって無い尻尾を振る。フリットの中で自分の存在がこんなにも大きい。

「だったら余計に俺にも分けてもらわねぇといじけるぞ」
「?」
「お前と俺じゃあ感性違いすぎるんだから、俺の言うことはいはい聞くことねぇって言ってんだよ」
「そんなつもりは、ないんだが」

無自覚であるフリットにウルフは短く吐息する。反応から察するに亭主関白を支持している様子もない。 憶測を確かめるためにウルフはフリットに尋ねる。

「お前さ、司令官になりたくてなったのか?」
「そのほうが発言権はあるからな」
「ふぅん。子供の頃からの夢か?」
「いや、昔は技術士になりたかった……んだったな、そういえば」

ガンダムが造れているのだから夢は叶っている。フリットはそのように考えていた。
けれど、フリットの受け答えにウルフは憶測を確信に変えた。

連邦に反旗を翻すと打ち明けられた時に彼女の恩師を救いに行くとも耳に入れている。だから、過去のことも幾つか聞き及んでいた。自分語りが不得意な本人からではなくエミリーやディケから聞いた話ばかりだが、昔話を聞く度にウルフは背負いすぎだと感想を持った。明らかに人ひとりの許容量を超えている。

支えてくれる仲間がいたから此処まで来られたのだろうが、その仲間の存在に助けられているが故に自分の負担に気付けていない。
先人達の意志を当たり前に受け入れ続けてきた。それらの意志が自分の意志と形がそれほど変わらないものだから違和感を感じずにきて、いつの間にか自分のを奥に閉まってしまっている。潰されていないのが不思議なくらいだが、芯としてそこに有り続けているのだから本当に強く逞しい。

「それじゃあ、これからの夢は俺と結婚して夫婦になることだよな」
「え、ぁ、そう……だな。その、色々終わってからになるが」

躊躇いながらも否定はしないフリットに満足しながら、ウルフは彼女の髪を撫でつける。
撫でられる感触を心地よく感じながらフリットは眼を細める。撫でる感触が耳裏にまで来ると気持ちよさにウルフにすり寄る。
そうした瞬間に硬いものが腿にあたった。

動きを止めたフリットはそういえばそうだったと、少し頭を抱えたくなる。ウルフが勃起したままだ。

「これ、どうするんだ」

胸と口を使うくらいなら、どうにかしてやれないこともない。フリットは自分の手で硬く主張しているウルフに触れようとする。

「俺のオナニー見たいか?」

寸でのところでフリットは動きを止めた。
とんでもないことを言われて呆然と口を横に開くが、ウルフの顔は何故か真剣そのものだ。

「……正気の発言とは思えないが」

フリットはあまり関わりたくないと言いたげな顔でウルフから身を遠のけてシーツを手繰り寄せる。それで身体の正面を隠す。
逃げてはいるが、手を伸ばせば届く距離だ。それ以上離れる素振りはなく、フリットはその位置からウルフの出方を窺っていた。

見たくないと一刀両断もウルフは視野に入れていたのだが、意外にもフリットは一歩引いて此方に探りを入れている様子だ。心なしかそわそわしている。

「なあ」
「ッ」

びくっとフリットが視線をあげた。さっきまでウルフの下半身に視線を下ろしていたからだ。
ポーカーフェイスもままならずしどろもどろになっているフリットにウルフは悪戯心が湧いた。

「フリット、今なら特等席で見せてやるぜ」

ウルフはフリットににじり寄りながらズボンのチャックに手を掛ける。ジッパーを下ろす音にフリットは顔を背けながらもその場から動かなかった。
目前に威圧を感じながらフリットは我慢出来ずに口を開く。

「へ」

けれどすぐに閉じた。苦味の滲む表情にウルフは喉で笑う。
変態と言おうとして噤んだ。言葉として愚劣の意味が含まれるものをフリットは他者に向けない。言いかけたことでさえ後悔している。

馬鹿や阿呆といった類のも今まで口にしたことすら無いのではないかとウルフは思う。
少なくとも此方に言ってきた覚えはないし、誰かに言ってるところも見たことがない。今度アセムとユノアにも訊いてみようかと予定を立てつつ、顔を逸らしているフリットの頬に触れてこっちを向かせる。
直ぐに手を離して、ウルフは自分のものをその手で外気に晒し出す。

ぎりぎり鼻を掠らなかったそれを眼前にフリットは動けない。釘付けになっていると認めたくはないが、実際そうだった。シーツを胸上で握る。
やはりこっちの方が玩具より……と思考で感想してしまいそうになり、はっとして頭の中から掻き消す。が、なかなか霧散しない。一度思考してしまったものを消すのはフリットには難しいことだった。

ウルフが自分の手で自分のものを扱いているのをフリットは彼の言う特等席で観賞していた。時折漏れるウルフの熱い吐息に、今は指先一つ触られていないフリットの息まであがる。それに加えて目の前ではいつも自分の中に差し込まれるウルフの熱そのものがある。何度も間近にしているはずなのに、育つようにこんなにも変化するものであったことを思い知る。
色や皺の感じをじっくりと観察したことがなかったのだ。胸に挟んだり口に入れたりしていたら直に見るという時間はあまり無い。ただ、感触が判っている分、知っていたものが更に鮮明に明確になっていた。

引き締まった下腹にくっつくほど勃ち上がりきった男根の太さを前にフリットは喉を上下させてしまう。呑み込む音がやけに響いた気がして視線を彷徨わせる。

「このままだと顔に掛けちまうか」

そうならないようにベッド脇に置かれたティッシュを取ろうとしたウルフの動作をフリットは「待て」と止める。
位置を留めたウルフは立ったまま座り込んでいるフリットと対面する。面映ゆい表情でフリットはシーツをぎゅっと握って、それから唇を震わせながら縦に開いた。

「ください」

赤い舌を覗かせて待ちわびているフリットの体勢にウルフの心臓が跳ねる。鼓動を煩くさせられているのは何もフリットだけではない。ウルフも、だ。

「可愛いくせに、そういうエロい顔しやがるのは反則だぜ」

首輪もさせておけば良かった。
ウルフは左手で根本を固定し、右の掌で根本から先端までを揉み込んで擦るように何度も扱く。

「目に入らないように気をつけろよ」

解き放ちの瞬間を予期して、息詰まった声でフリットに忠告しておく。それから裏筋を丹念にやってから鈴口を弾いた。

「っ、う」

はぁ、と続けて熱い吐息を口から零したウルフは最後の一滴まで白濁を絞る。同時と言えるタイミングで呑み込む音があり、ウルフはフリットの惨状を目下にして吐き出したはずの熱が戻ってくる感覚を味わう。

口で解き放った欲望を受け止められていたが、頬や髪にも白濁がどろりと掛かってしまっていた。嫌そうでもなければ、顔も歪めず、フリットは興奮した表情で満足を感じている様子だ。妙に色気がありすぎてウルフの方が目を逸らそうとしてしまう。けれど、深い若草色の前髪に掛かっていた白濁が下に流れ落ちてきて、フリットの右目に入りそうだった。
瞼を閉じてフリットが拭おうとするより先にウルフが親指で拭き取ってやる。

ウルフとしては当然のことだったが、フリットは甘やかされているように感じて身の置き場に困った。この場面で赤面しているフリットの感性には少し首を傾げるが、ウルフはシーツごと愛おしさを抱きしめる。

夫婦になるというのは無償ばかりではない。出来る範囲で受け入れて、嫌でなければ許容する。一人ではなく二人であればキブアンドテイクが発生しても可笑しくないことだ。
他人に対しての意識しての気遣いとは違い、さじ加減を自然として当たり前にやってのける。そういう繋がりが結ばれる先にある。

今は腕の中で大人しく顔を拭われているフリットは自分自身が負担を背負うことを当たり前としている。節があるとかそんな些細な大きさではなく、年輪と同等と言えるほどの大層なものが彼女にはある。根も深い。

こう在りたいと理想がはっきりしているが、こうしたいというフリット自身の願いは希薄だった。此方を好きになる、好きになりたいと言ったときもそれを口にするまでに長いこと葛藤していたのを思い出せば尚更。
今日一日では伝わっていないだろうが、使命とかそんな堅苦しいものが関わらない時ぐらいは何もかもを背負おうとしなくていい。頼り頼られる。それを実感としてこれからも伝え続ければいいだけのことだ。







日を改めての会合の場で、フリットは居心地の悪い思いをしていた。グアバランがチョコを頬張りながら時折口笛を吹き、ラクトは組んだ手の上に顎をのせて意味ありげに此方を見遣っているからだ。

「ミレース艦長、話は何処まで進んでいる?」
「進んでいません」

返答にフリットはきょとんと目を丸くする。それから眉を顰めてグアバランとラクトの二人に視線をやるが、横に坐している大佐が口を開いた。

「司令は進みましたか?」
「私は昨日、出られなかったんだぞ。君は何を言っているんだ」
「あの白い若造とですよ」

言われ、フリットはしどろもどろに顔を伏せる。あの後どうなったか大佐達に報告する義務はない。けれど、心配は掛けたことになるのだろうか。
しかし今更、ウルフと進む進まないの関係ではないと思う。

「あいつとはもう進むとかそんなものでは」

そう答えたところでグアバランとラクトの空気が変わる。恐る恐る二人に視線を向け直したフリットは肩身を狭くした。
今日の所もまた、話は何も進まなかった。





























◆後書き◆

第二部で終わらせたはずなんですが、続きました。誰も待ってなかったらどうしよう…。脂汗。
エロとかそろそろネタ切れなんですが、このシリーズで書きたいウルフリが出てきてしまって。グルーデックさんを助け出すまでの間でグアバランさんやラクトさんといった昔の盟友達からの反応とか。
気付いたらビシディアンも出してて、アセム達とウィービックの絡みも今後入れられたらなと思っています。

パイズリさせよっかなーと考えていたのにオ◯ニーショーし始めたウルフさんに吃驚。チャック開けながらフリットににじり寄るという暴挙かましながらもフリットも興奮してしまうという何やら特殊プレイに。

Bequemlichkeit=慰め

更新日:2016/04/24








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