フリット♀(40歳)・ウルフ(24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ロマリー(18歳)・フラム(18歳)
バルガス(81歳)・エミリー(40歳)・ユノア(15歳)

アセムとユノアの父親が不明。

後書き下におまけ話。
18歳未満の方は目が潰れます。































◆Samsara◆










自宅の馬小屋で飼っている馬に餌を与えて、専用のブラシで毛並みの手入れをフリットはしていた。隣で手伝ってくれているバルガスがどっこらせと言いながら立ち上がる。

「アセムがアカデミーに行ってしまってから寂しいのぉ」
「寮生活だから仕方ないだろ」

自分はあまり帰ってこないが、バルガスはかなりの頻度で家に来てくれている。ユノアが寂しがっているんじゃないかとエミリーの両親も何度か訪れてくれていた。学校に行く前にユノアもおじいちゃんとおばあちゃんに遊んでもらったと嬉しそうであった。

「そろそろ、始めるのか?」
「そのつもり。アセムの配属先も手は打ってあるから、あとはユノアのことなんだけど」
「任せておけ。安全な場所は確保しておる」
「有り難う、バルガス」

胸を張っているバルガスにフリットは目元を緩める。それから、藁が積もっている場所に目をやる。
地下通路を使ってこれも移動させなくてはいけない。アセムにAGEデバイスを譲渡した日から念のためにと隠し置いていた。ウルフとの模擬戦を考案しても、時間があるからと狼に毎回喰われる結果が続いていることから踏ん切りが付いたのだ。こっちに待機させておくことに。

ウルフのことを思い出して頭が痛くなってきたが、移動のために設定を新しく構築したフラットに変更しなくてはならなかった。そうすれば、AGEシステムと機体を切り離しても、機体単機で動けるようになる。
フリットが藁を一房退かせば、モビルスーツのコクピットが現れる。AGEデバイスには性能が劣るが、最低限の操作が可能なデバイスを用意している。それを接続させて、機体にフラットへの変更を促す。アップデート完了まで少し時間が掛かるだろう。
AGEデバイスそのものを複製したかったのが本音だが、AGEデバイス自体がブラックボックスと化している。分解など以ての外であった。

藁の上から降りたフリットは不意に顔を上げた。次いで、大きな物音にバルガスが跳ねるように顔を上げて左右を見渡す。
馬小屋から飛び出したフリットは機械の臭いが混じる風圧を凌ぐように腕で顔を覆う。隙間から見えた光景にフリットから表情が消える。光に照らされた薄桃色のモビルスーツが立ちはだかっていたのだ。
バトン型の武器がフリットに突きつけられる。

『お相手願います』

若い女の声だった。聞き覚えがある……。

コクピットの画面に映るフリットの姿を拡大して、パイロットは自分の正体が気付かれていると冷静に頷く。

『そちらにあるのでしょう。ガンダムが』
「だとしたら、どうするつもりだ」
『破壊します』
「それなら私の命を狙えばいい」
『それは………私の流儀に反します』

迷いの間ではない。決意を固める間だ。
花弁を開いたビットがフリットを取り囲む。

『さあ、ガンダムをお出しなさい』

甘かったかなと、フリットは息を吐く。所詮はヴェイガン。あの子に似ているとほんの少しでも思ったのが間違いだった。

「………」

無言でフリットは馬小屋へと踵を返した。

一人の老人が馬を連れて出てくるのをパイロットは静かに見落とし、無害だと認識すると無視した。馬小屋の屋根が開かれ、白い悪魔が立ち上がった。そちらを睨む。
初めて間近にするガンダムから威圧を感じる。それだけの修羅場を潜っている証だ。ヘルメットの奥で汗が流れる。
怖気付いてなんかいないと、パイロットはガンダムに飛びかかった。自分とてXラウンダーだ。それに、倒さねば、彼が。

薄桃色のモビルスーツ、フォーンフォルシアがバトンをガンダムに叩き付けた。横殴りにガンダムが倒れ込む。

「え?」

パイロットは勝負相手として手応えのなさに疑問する。しかし、次には怒りに変わった。馬鹿にしているのかと。貴女はそんな人ではないと思っていたのに。
倒れたガンダムに馬乗りになり、フォーンファルシアはバトンで何度も、何度も殴りつける。ガンダムのアンテナが片方折れる。

『ばかに、馬鹿にしないで……!』
『見下してなどいない』

ガンダムからのオープンチャンネルにパイロットは動きを止めた。いや、止められた。バトンを向こうが掴んだのだ。そして、ガンダムの緑の瞳が光ったことに息を詰めた。

アップデートの調整が今ようやく終わった。戦士としては無礼なことを向こうにはしてしまったが、これから巻き返す。
向こうはバトンから手を放していない。引き寄せるように引っ張れば、フォーンファルシアが姿勢を前に崩す。ガンダムの膝蹴りが入った。

くの字に曲がり、転がっていく。此方に向かってくるガンダムに対し、フォーンファルシアは膝立ちになった。咄嗟にバトンでビットへと指示を出す。
コロニー内でビームを放てば大惨事だ。無用な殺生はしないのが自分の意志だと、ビットを打撃として使う。

四方八方からビットが飛びかかってくる。それをガンダムは西洋騎士を思わせる姿で、剣一本で薙ぎ払った。

「ソーディアを使うのは何年振りだったかな」

コロニー内での使用を前提としたため、ビーム兵器を搭載していないウェアを換装させたまま保管していた。フリット自身、コロニー内での戦闘経験は少なくもないが多くもない。だが、戦い方は心得ている。

剣に舐められ、ビットが切れる。爆発が起るが、剣の風圧に飲まれて周辺への被害が何もない。
逆光になり、表情の読み取れない巨体が距離を詰めてくる。

「なに、これ……」

化け物じみている。パイロットの震えが機体にまで伝染する。ガタガタと震えて焦点の合わないバトンをガンダムの剣が切り落とした。
膝をついたフォーンファルシアの頭部に剣先が突きつけられる。

パイロットは目を閉じた。ガンダムさえ仕留めれば、全て終わると言われたのだ。
ロマリー達に何も言わず姿を消して、学園の卒業式にも出ず、火星に戻って調べてみれば作戦の指示はイゼルカント様の命ではなかった。あの方はもう長くなく、全権は別の者達が握っていた。それを知ってしまったことで脅され、ガンダムを倒すように指示された。
ガンダムさえいなければ、全てが必要なくなるのだと。ゼハートも自由にしてくれると。彼にだけは先に火星に戻ることを告げていた。だから、私の分も卒業式には出てくださいと、お願いして。
あれが、彼との最後の会話になる。悪くない思い出です、と最期の瞬間を待った。

『投降しなさい』

慈悲にパイロットは首を横に振った。剣を下げようとする相手に、こちらから剣を握って頭部に突き刺そうとした。

「!」

ガンダムが肘打ちで自らの剣を真ん中から折った。折れた剣先がフォーンファルシアの横で地面に突き刺さる。

『ころしてください』
『私にまたあの子を殺させる気か!!』

パイロットは疑問した。何故、向こうが激高するのかと。言っている意味も分からない。

「なに……」

ガンダムは動かず、フリットも黙っている。

パイロットはコクピットを開き、外に出た。ヘルメットを外し、かんざしを引き抜く。
敵と相対しているのに無防備に晒した。相手が何を考えて思っているのか解るはずもなかったが、一つだけ知っていることがある。この人も、優しすぎるのだと。

「これなら、折れた剣でも始末出来ます」

ガンダムが、コクピットハッチを開いた。姿を現したフリットはパイロットを、彼女を見つめ返す。

「断る」

強い表情を緩め、フリットは続けた。

「もう一度言う。投降しなさい、フラム・ナラ」

フラムは髪を流しながら首を横に振った。

「出来ません。あの方が危険に陥るくらいなら、私は命など惜しくない」
「君も………そうなのか」

フリットの呟きは小さく、フラムには聞き取れなかった。けれど、表情だけは見えた。
悔しそうで悲しそうな顔。後悔だ。

少しだけだと思っていたのに、そんなところまであの子に似ている。守るために盾になることを望む。犠牲を躊躇いもしない。本当は生きていたいと思っているはずなのに。
この、相手の機体もかつてを呼び起こす。
掌を上に向け、フリットは手を差し出した。生きるのは難しいと泣いていた彼女の面影を救いたいと思った。

「投降、してくれ」

上からではなく、ただ、お願いされた。手を伸ばしそうになったフラムはそれではいけないと自分に厳しく言いつける。

「申し訳ありませんが、それだけは出来ません。ゼハート様が騙されているというのに、自分だけ助かるなど」
「騙されている?それは一体……」
「口が滑りました。お忘れください。もし、慈悲をまだいただけるのなら、このままお見逃しくださいませんか」

ここまで派手に暴れたのだ。フリットや先程の老人が手筈しなくとも、周辺の住民が警察や軍に連絡を入れていることは必須。増援が来てしまえば、フラムの逃げ場は無くなる。
敗北では自分の帰る場所はもう無い。だが、それ以上に生け捕りだけは御免被った。この先、ずっと逃げ続ける人生の方が余程いい。

「小娘ひとり、貴女にはゴミくず同然でしょう」
「それは、どうだろう」

視線を此方の背後、向こうに伸ばしたフリットにフラムは瞬く。彼女の視線の先を追えば、紅い、機体が背部を吹かせて急ぎ向かい来ていた。

「ゼハート、様……?」

どうして。既に“トルディア”から飛び立ち、ヴェイガンの戦艦と行動を共にしていたはずではなかったか。後ほど合流するというのが当初の予定であったが、と考えが及んだところで合流予定日が昨日だったことを思い出す。
たった、それだけだ。一日遅れることもあると気に止めないのが普通ではないのか。
目の奥が熱くなり、フラムは顔を覆う。

「迎えに来てくれる人がいるなら、生きなさい」

フリットの声にフラムは顔を上げた。優しい表情に、連邦の司令官としての顔はなかった。自分の母親もこんな人であったのだろうか。唯一の肉親は兄しかいないが、細く柔らかな手で抱き上げ、撫でてくれた記憶は誰。

「受け取れ」

放り投げられたものをフラムは両手で掴み取った。小型のデバイスだった。これは何かと視線をフリットに投じる。

「……彼と、決めなさい」

行き場所がないのなら。フリットはコクピット内に戻り、閉じた。両腕を交差させて衝撃に備える。

紅い機体、ゼイドラが速度を乗せた跳び蹴りをガンダムに叩き込んだ。装甲は派手に破砕されなかったが、ガンダムの巨体が背中から馬小屋を潰し崩した。
藁と煙が舞う。偶然であるが、良い目眩ましになると、ゼイドラが両腕でフォーンファルシアを横向きに抱え上げる。

「ゼ、ゼハート様!?」
『撤退するぞ、フラム』
「あの、いえ、でも、どうして」
『大切な部下を見捨てられるほど、私はまだ大人ではない』

理由はそれだけで充分だろうと有無を言わせない声色にフラムはとうとう、泪を零した。

『コクピットに戻れ』
「はい」

“トルディア”内の地下通路への入り口と道筋の情報は手に入れている。今の時間帯で連邦が使用しないルートもリアルタイムで入手し続けていた。

フォーンファルシアのコクピット内で、フラムは手の中のデバイスに目を落とす。もし、逃げ続ける以外の選択肢があるのなら、希望を持てる未来があるのなら。彼の傍に、いられるのなら。

煙が落ち着き、まばらになったところを手で払ってゴホゴホ咳き込みながらバルガスがガンダムに近寄る。

「おーい、生きとるかー」
「生きてるに決まってるだろ」

コクピットから顔を覗かせたフリットはバルガスへと肩を竦めて言う。

「わざとにしちゃあ、ど派手に吹っ飛んだからのー」
「わざとで吹っ飛ばされるわけないだろ。向こうも性能が良いモビルスーツと技能力の高いパイロットがいるのは事実だ」

二十五年前のガンダムであれば両腕は粉砕されていただろうし、コクピットも無事ではなかっただろう。
戦争中に互いに技術向上している事実は皮肉なものだ。それのおかげで発展した戦争外の技術もあるのもまた真実であり、その逆もある。
争いを前提としていなかったドッズ理論をライフルに用いたのは自分だと、フリットは嘆息する。親不孝とは、このことだ。

せめてもの罪滅ぼしに。

「アセムと同じ歳の息子と娘が一人ずつ増えても良いだろうな」
「何を言っとるんじゃ?」
「独り言だ」

二人が此方に協力してくれると決まったわけではない。出来れば、良い返事を貰いたいところだが、決断は二人の意志が決めることだ。

遠くからサイレンの音が段々と近づいてくる。消防車まで駆り出されているようで、大げさなことになってしまったとフリットはコクピットから降りた。バルガスに目配せすれば、分かっていると頷き返された。連邦総司令官が自ら自宅の一部を破壊したとなれば世間にも連邦にも面目が立たない。バルガスが無茶な動作をさせたと説明すれば「またか」と警察も直ぐに解放してくれる。

何か埋め合わせはすることをバルガスに誓い、フリットはガンダムの収容も考え直さなくてはと視線を転じる。
馬が寂しそうに潰れた小屋を見つめていた。







アセムはアカデミーでの速成訓練後、“トルディア”のプレアデス基地から戦艦ディーヴァへと乗り込んだ。そこで見知った後ろ姿に声を掛ける。

「ロマリー!」
「アセムも同じ配属先なんだね。嬉しい」

学生の時よりも大人っぽくなった微笑みをアセムは真正面から見られず、頭を掻きながら少し視線を下げた。

「でもさ、アカデミーでロマリーと会った時は吃驚した」
「だって、アセムの話聞いたら大学には行っていられないって思ったんだよ」

ヴェイガンのことをもっと知りたいから軍に行くことを決めたアセムにロマリーは気付かされた。行き先は告げずとも自分の両親には頭を下げていったそうだが、自分には何も言わずに姿を消してしまったフラムを探したいと思っていることに。

火星圏は地球圏よりも穏やかではないのだと、ゼハートとフラムは教えてくれた。だから、想像したくはないけれど、ゼハートとフラムは進路希望を白紙のまま提出していたことを考えれば、命が危険になる場所にいるのだと行き着く。

「何度目かな。また、宜しくね」
「こちらこそ、宜しく」

ロマリーから差し出された手をアセムは躊躇うことなく握り返した。

アセムとロマリーがディーヴァに乗り込んでから、また幾つかのコロニーを周り、軍人達を収容していく。それなりの年齢を重ねた壮年の軍人も中にはいるが、アセムは自分を含め新米が多いなと感じていた。
ビッグリング基地で司令官から直々に命を貰い受けることになっているとミレース艦長が言っていたこともあり、アセムは疑念よりも緊張と誇らしさに気持ちが傾いていた。学園を卒業し、アカデミーでの訓練を成績良く修了したのだから、母親に認めて貰える期待をしているのだ。

順調に航路を進み、ビックリングに収容されるとディーヴァは物資補給とメンテナンスに入った。アセム達には戦艦内での待機が命じられ、もしかしたら母親とは顔を合わせずに出航してしまうのだろうかとアセムは嘆息した。
戦艦ディーヴァの準備が整い、まもなく出航となり、アセムも気持ちの整理をつけた頃だった。モビルスーツパイロット達が格納庫への招集をかけられた。
新人パイロットにはまだ専用の機体が無い。ビッグリングから搬送された機体を預けてもらえるのだ。通路を進むアセムの足は自然と馳せる。

格納庫には人だかりが出来ている一角が形成されていた。呼びかけの声もあり、アセムは皆と同様に集合場所に進み出る。
周囲の視線が同じ方向に注がれており、アセムもハンガーに収容されている機体を見上げた。

「がんだむ?」

母親の機体とは異なる形状だが、特徴ある白ラインは紛れもなくガンダムだ。

「あれはお前の機体だ。アセム・アスノ伍長」
「母さん」

掛けられた声にアセムが振り返れば、フリットは眉を立てた。

「司令か中将と呼びなさい」
「申し訳ありませんでした。アスノ司令」

姿勢を正して頭を下げたアセムにフリットは表情を和らげる。そこまで厳しく言うこともなかったかと、面を上げるように柔らかく言った。
目を丸くしながら顔を上げたアセムはまだ少年らしさが抜けておらず、親の欲目と知りながらも可愛いと思う。
視線をガンダムに向け、フリットは改めて説明する。

「ガンダムAGE-2、お前専用の機体だ」
「俺専用……いや、でも」

二人のやり取りを聞いていた周囲、新人のパイロット達が「親が総司令官だもんな」「七光りは得だ」などと口々に漏らす。耳が痛いアセムは億劫を態度にするが、フリットは聞こえているはずなのに気にも止めていない。

「不服なら、別の者に託すしかないな」

アセムの態度を淡々と受け取り、フリットは別の者となるとラーガンかもしくは……、と傍らに視線をやった。

「この男にパイロットを任せるが、いいか?」

フリットの傍らに立ったのはウルフだ。アセムは何でと疑問を持ちながらも同時に強い反発を覚えた。

「俺が乗ります!」
「そうか。では、頼むぞ」

無表情なフリットの横でウルフが苦笑する。彼に向かってアセムは微妙な視線を向ける。嫌われてはいないようだが、複雑なんだろうなとウルフはアセムの視線を受け止めた。

「AGE-2の専属整備士は彼だ」

アセムはフリットの声の先へと視線を転じた。自分の斜め後ろに紫色の髪が鮮やかな好青年が立っていた。

「ロディ・マッドーナです。宜しく、アセム君」
「俺のが年下ですよね?アセムで良いですよ、ロディさん」
「僕も呼び捨てで構わないけど、言いにくかったら気にしないで」

初対面だが、アセムは直感で良い人だとロディを認識した。向こうへの自分の印象も悪くないようでほっとする。

二人の様子にフリットも胸を撫で下ろす。ララパーリーには渋られてしまったが、マッドーナは景気良く息子のロディを此方に送り出してくれた。
工房以外の世界にある技術をこの目で見て直接学びたいというロディの言葉にフリットから話を持ちかけたのだ。彼の両親には危険な現場に赴く可能性があることを伝えてある。だからこそ、ララパーリーには最初反対されてしまった。彼女を納得させたのはロディの真摯な想いだ。

アセムとロディは仲良くやっていけそうだと、フリットは次いでこいつとはまだ難しいだろうかとウルフに視線を向けたが、彼が先に行動していた。
ロディと話していたアセムの肩を無遠慮に掴んで、こっちを向いてくる。

「司令、こいつは俺が扱いていいんだよな?」

此処では母親のことを司令と呼ぶんだなと意外に思った後、今、彼は何と言っただろうかとアセムはウルフとフリットを交互に見遣る。しごくと言ったか?

「ああ、隊長はお前に任せる。伍長の他に三名、オブライト・ローレイン中尉、マックス・ハートウェイ少尉、アリーサ・ガンヘイル伍長がウルフ・エニアクル中尉を隊長とするモビルスーツ部隊所属となる」

名前を呼ばれて三名が慌ててアセムの横に並んだ。
三人に目をやったウルフは、その中の一人に注視する。オブライトは自分より三つほど年上だったはずだがと思うが、モビルスーツ部隊の総隊長はラーガンともう一人、五十近くの大御所パイロットが務めることになっている。深く考えるのをやめた。その横の元気そうな娘に既視感を覚える。

「嬢ちゃんが、あのおっさんの娘か」

ウルフの一言にアリーサが父親とよく似た髪色を揺らして反応した。

「親父のこと知ってるんですか!?それなら話が早い!お手柔らかに、たいちょー」
「ウルフ隊長な」

お前でも訂正するんだなとフリットからの視線を受けて、最低限は徹底するとウルフは手を振った。

「アセムは小さい頃にアリーサと会っているが、覚えていないか?」
「え?」
「あたしが良く遊んであげただろ?懐かしいなぁ」

アリーサの外見と声をよくよく観察したアセムは幼い頃の記憶を蘇らせる。自分で蓋をしていた記憶だ。つまり、あまり良い思い出ではない。
絵に描いたようなガキ大将代表がアリーサだった。髪を引っ張られたり、上に乗っかられたり、引きずり回されたり、尻を叩かれたり。
アセムは震えだした。

息子の様子にフリットは首を傾げる。が、手を肘から上に挙げてこの場にいる者全員に告げる。

「私も貴君らと行動を共にする。指揮は艦長であるミレース・アロイ大佐が執るが、総監督として作戦支持は私が執り行う。君達には成果ある態度を期待する」

総員が敬礼で揃い、フリットが休めの合図として手を下げた。

各々が自分の機体の説明などを受けている中、アセムはウルフに肩を掴まれたままでどうしようかと思うが、不意に彼の方から離れていった。変な緊張が抜けたが、母親の傍に行くのを見止めて口を引き結ぶ。

近寄ってやや横並びになるウルフにフリットは息子のことを頼むと告げて自分の仕事に戻ろうとしたが、向こうが此方の手に触れてきた。互いに手袋越しだ。手の背同士を撫で触れさせ、位置の確認をしてから存在を確かめるように指先を握られる。
フリットは瞬いてから、咄嗟に気付いて握られていた左手を自分の胸前に引き寄せる。思わせぶりな触り方に熱があがった。

目の前のやり取りを見ていたアリーサがひょいっとアセムに耳打ちする。

「なぁなぁ、司令と隊長ってデキてんの?」
「えっとぉ……」

助けを求めるようにアセムはフリットを見遣った。アリーサの小声は小さくなく、フリットにも周囲にも聞こえていた。
頬の赤みを一端落ち着けたフリットは隠すことでもあるまいと小さく頷いてから顔を正面にする。

「ウルフとは結婚の約束をしている」

言って直ぐにフリットはその場から背を向けた。流石に後々の反応は怖いというか不安がある。言ってしまったと戦慄く口元を手で隠しながら足早に格納庫から姿を消した。

ウルフは遠のくフリットの背中を見て、後ろ姿でも顔が赤いのが見えることに満足するとアリーサに囃し立てられているアセムに視線を移す。オブライトとマックスも何か此方に対して言いたげな様子だが、この二人は放っておいても問題ないだろう。

問題はアセムだ。こっちもあっちも未だに名前で呼んだことが一度も無い。流石にそろそろ大人げない自覚を持ち始めているウルフはどうしたものかと珍しく悩む。
長引かせるのは面倒だと分かっているのだが、如何せん此処まで来てしまうと勝ち意地を張りたくなるのが男だ。それを折れるのが大人の役目だと頭では理解している。
適当に悩んだ末、まだいいかと納得した。そのうち名前を呼ぶ必要が来る時はあるのだ。艦内放送でフルネームで呼びつけるのもありだろう。

「それじゃ、艦が出るまでは自分の機体を見てて良いぞ。それからは体力トレーニングに入るから先に目一杯遊んどけ」

ちびっこを相手に言われているようでおもしろくなかったが、トレーニング開始早々にアセム達は真意を知って大粒の汗を流した。







戦艦内に新しく設けた自室のベッドに腰を下ろしてフリットは手頃なサイズのパソコンやら小型端末をそれぞれ開きながら、暗号を一つ送った。

まだ本作戦は開始されていない。まだ連邦の管轄内に近すぎるのだ。宣言を通達するのは二週間は先の方がいい。そのタイミングで合流をと向こうには連絡を入れた。
アセムはどんな顔をするかなと少し楽しみでもあるが、息子が作戦に首を横に振る可能性もあると思えば少し気掛かりだ。

後は、とフリットは協力者と裏取引先に予定通りにビッグリングを出立したことを文末で伝える作業をした。
第八宇宙艦隊を執り仕切るグアバランと旧国家エウバの元主であるラクトにも秘密裏に話を通している。彼らとは二十五年の付き合いになるのかと思いふければ、人の縁にも意味があるのだと、そんな風に思えた。
協力者を繋ぐ仲介役にはフレデリックを指名している。一番走り回る仕事を任せてしまったことに心苦しさもあるが、彼ならば滞りなく遂行してくれる期待を充分にしていた。

区切りをつけて仮眠を取るかと、パソコン等を閉じて軍服を緩めていた。
何の前触れもなく出入り口が開く音がして足音が近づいてきたかと思えば、ウルフだ。まだ部屋の場所さえ教えていなかったはずだがと、フリットは首を傾げる。

「何か用か?」
「何かって、俺の部屋は此処だ」
「待て、どういうことだ」
「一人用にしちゃあ、ベッドがでかいとか思わなかったのか?」
「いや、まぁ」

思ったが、二人部屋は普通シングルが二つ用意されているものだ。製造された時代はUEの脅威対策として武装重視に設計されている。割と他の戦艦より居住区などが雑だということを今のフリットも知るところではあるが。

「手配した奴が気を利かせたんだろ」

ウルフの言にフリットは眉を詰める。彼に背を向けると、パソコンなどを手元に重ねていく。

「なに支度してんだよ」
「空き部屋の一つや二つある」

上官の方が出て行くというのも可笑しな話だが、上下関係無しにウルフは気に入らないと行動に出る。
フリットの腕を引いて、ベッドに押し倒した。休むつもりであったのだろう、緩められた軍服の隙間に手を差し込む。

「やめろ」

強く払われなかったが、ベッドの上で後ろに引き下がるフリットにウルフは首を傾げた。嫌がっている、と感じ取れなかったからだ。気分が乗らないのとも、違う。そもそも表情が睨もうかどうしようか迷っている。

「どうせお前のことだから部屋替え申請しちまうだろ。なら、今日一日ぐらい俺に寄越せ」
「……明日からは、別の部屋でも文句はないということだな?」

二度瞬いて、フリットは考えを纏めると身構えていた身体の緊張を解いた。身を乗り出してきたウルフに今日だけだと念を押しておく。
腰を男の腕が捕らえ、胸の谷間に鼻を押しつけながらすり寄ってくる。

「シャワー………」

浴びたいと主張するフリットにウルフは再三にわたって首を捻る。身を清めておきたい気持ちは察するが、互いにそのつもりという状況だ。先延ばしにしたがる意味が理解出来ない。

「お前、綺麗だけど」
「そ、そういうのでは、なくて」

面と向かって言われると照れる言葉にフリットは顔を逸らす。兎に角、言われ慣れていないことばかりこの男は言う。
少しの時間でいいから自由にして欲しいとフリットがウルフにおずおずと視線を戻せば、眇を寄越された。目だけで動きを封じられ、ウルフのこういうところは苦手だと指を丸めて握る。

劣勢になったフリットから再度の主張はなく、ウルフはフリットの身体に触れた。含みのある触り方をすれば、フリットはわなわなと身震いしながら耐える表情をする。生娘のような反応にウルフはフリットの耳元に唇を寄せた。

「初めてじゃないだろ?」

揶揄されてフリットは顔を赤くして眉を立てた。それを含めて初心な表情を見せるフリットに満足してウルフは気分を良くする。
それとなく引っかかりはあるが、最中に気を緩めるのを見計らうしかないだろう。今はどうにも匂いを嗅ぎ分けにくい。作戦のこともあるし、息子のこともある。それらが絡み合っていてフリットの匂いが複雑だ。

軍服の前を開けられて、下着をずらされたことでフリットの乳房が晒け出される。背中を後ろに下げたフリットが肘先で自分を支えた。無防備になる気がない態度にウルフは一度しっかりとフリットの匂いを嗅いだ。すんすんと、髪、顔、首、肩、胸に鼻腔を寄せる。
くすぐったそうなフリットには構わず、鼻先を一度下げてから口を開いて胸の先端に吸い付いた。

「ぁ、」

いきなりでフリットは全身を戦慄かせた。ウルフの口腔が色づきを全く離そうとせず、執拗に吸う。
舌先に弄られて自分のものが硬くなっているのが分かる。正直すぎる身体にこれ以上をされたらと、先を想像してフリットは呼吸を熱くした。

吸われていない方の先端を指で摘まれ、前戯だけにしては甘い喘ぎがフリットの口元から漏れてしまう。聞き取ったウルフが動きを止めて顔を上げた。
ウルフはあの声が気に入っていたので、直ぐに気付いた。いつもならば、何度か達しないとフリットはそこまで声色が甘くならない。

今、そのことに踏み込まれたらどうしようもなくなってしまう。焦ったフリットは首を横に振り続けた。
が、それをさせないように両肩をがっしりと力強い手が掴む。

「フリット……お前、俺のことマジで好きなのか」

ひくっと、目前の表情が揺れ、恥じらいに変化していく様にウルフは息を飲む。

本人に言った方が良いとエミリーからも言われ、好きと小さいながらも口にしたことはある。けれど、フリットはその後、自分の中で「かもしれない」と付け加えていた。
自分の宣言は好きになっていくであったし、それで一区切りのはずだった。気持ちを止めていかないでいようと決意はしていたが、勝手に気持ちが止まらなくなったのだ。

誰かに気付かされたのならまだ良かったはずだ。けれど、自分でウルフが好きと気付いてしまったことで抜け道がなくなった。
好きな人に触られるのだ。もう、自分がどうなってしまうのか分かったものではない。

よくよく思い返せば、フリットの反応や感じ方がある時を境に過敏になった。彼女自身がまだ理解していなくとも、身体は正直に理解していたのだ。
漸く、気持ちが身体に追いついたところで、戸惑いが生じた。自分の頭で解るのはこの辺までだなと、ウルフはフリットの肩を押して、彼女の髪と背中をシーツに押しつける。
同じものは返せないとフリットから直々に言われはした。両思いでない関係であろうと繋がれるなら異論はなく、片思い上等でいた。だが、これは同じものどころではない。

「好きだ、フリット」

獣のような威嚇はなく、ウルフの真摯な瞳と声にフリットはぱちりと瞬きすると、次第に照れを見せて口元を緩める。

「私も好きだ。ウルフが、すき」

伏せ目がちに、言い慣れていない言葉を繋ぐ。それでも声色は精悍で淀みない意思が込められていた。

胸だけではなく、全身が鼓動を打っているのではないと思うほど。フリットは高鳴っていることに感情を焦がす。
どうにかなってしまいそうだが、この気持ちをどうにかして欲しくて両手を伸ばせば、ウルフが来た。

唇を食み合わせてから、性急に首筋から胸まで狼の舌が舐めまわしてくる。獣じみた呼吸につられてフリットの息も乱れていく。

「はっ、ぅ、僕……じゃなぃ、わたし、こんなっ」
「反則的に可愛すぎ」

何?と潤んだ瞳で問いかけてくるフリットの肩を狙い、ウルフは口を大きく開けた。噛む……直前に、部屋主を呼び出すインターフォンが鳴った。
互いの呼吸が瞬間、止まる。

顎を引いたウルフは下のフリットを見遣る。息が荒いが、上半身を起き上がらせて自分に窺いの視線を寄越してきた。それを受けてウルフはベッドから降りる。

「俺が出てくる」
「待て」

言いつけ、フリットは乱れた軍服を整える。はだけていたのは上だけだ。
ベッドを降りたが立っていられず、すとんとベッド縁に座り込んでしまった。何が何だか分からないとフリットはきょとんと固まっている。

「感じすぎて腰くだけになってるじゃねーか」

指摘されてフリットは顔を真っ赤にした。誰のせいだと睨むが、凄みが全くないとウルフは取り合わない。

「任せておけって」
「駄目だ。私が行く」

意地でフリットは立ち上がった。そこまで頑なになる必要があるのかと訊いてくるウルフの視線にフリットは頷き返す。
自分を訪ねに来たのなら、予想していなかったウルフが対応しては向こうが変な誤解をする。格納庫であんなことを言ってしまった後では誤解も何もないだろうが、二人のうち、どちらが部屋主かと言えば上官である自分が先に名前が挙がるはずだ。
寝室から出て、出入り口までの短い通路を数歩。

「誰だ」
『アセム・アスノ伍長です』

フリットは直ぐに扉を開いた。見慣れた金髪を揺らして、アセムは緊張の面持ちで敬礼した。

「どうかしたか?艦長が何か」
「いえ、艦長には司令の私室を教えていただいただけです。俺の、私用で来ました」
「そうか。それなら、敬礼も言葉遣いも気にするな。他に誰もいないから」

母親の表情になったのを見て、アセムは肩から力を抜いた。いいのかな、いいんだよなと、そんな間を置いてからフリットへとアセムは視線を上げる。

「AGE-2のこと、もう少し訊きたいなって思ったんだけど、いいかな」
「そのことか。いいぞ」
「部屋、入ってもいい、よね?」

そっと、前に出たアセムにフリットは待ちなさいとその肩に触れる。だが、手遅れだった。

「なんだ、息子か」

寝室から顔を覗かせたウルフとアセムの視線がかち合った。それだけなら良かったのだが、ウルフはいつの間にか上半身を脱いでいた。フリットは恐る恐る息子を見下ろした。

アセムは表情を歪める。母親が他に誰もいないと言ったのにウルフがいたことでも、彼が上半身を脱いでいたことにでもない。ウルフの肉体と自分のものを見比べて負けたからだ。
あの後のトレーニングメニューは尋常ではなかった。その時のウルフの顔色から手加減されているのも分かってしまったアセムは悔しい思いをした。

アセムの認識とはズレていることを理解していないまま、これは不味いとフリットはウルフを半目で咎める。

「服を着ろ」
「寝言言うなよ。今からベッドの上で汗掻くんじゃなかったのか?」
「お前という奴は……」

呆れてものも言えなくなる。フリットはもう一度アセムに視線を下げて、肩を撫でてやる。こんな母親ですまないと込めて。

「少し此処で待っていなさい。話はお前の部屋でしよう」
「でも、」

息子なりに遠慮している様子にフリットは苦笑する。アセムを近くにしているといつも思うのだ。この子の母親でいたいと。
母親らしいとはどういうものか、ちゃんと出来ていない気もしている。だからこそ、自分なりに出来ること、してあげられることに一切の妥協はしないと誓ってきた。それがアセムにとって負担になっているのではないかと気付きつつもあるが、何もせずにはいられなかった。

「私がアセムと話がしたいんだ」

それでも嫌だろうかと母親から言われてしまっては、アセムもそれ以上遠慮を通せず、こくりと頷いた。
此処でな、と肩を二度叩かれ、アセムはウルフを寝室に引きずっていく母親をその場で見送るつもりでいた。

フリットは納得がいかない顔をしているウルフに眉を下げる。

「また、次でも良いだろ」
「俺だって分かっちゃいるが、だからってなぁ」

聞き分けようとは思うが、フリットの気持ちを知ってしまってかなり衝動的になっているのだ。今もお預け状態が辛い。

ウルフもウルフで葛藤しているのを感じ取り、フリットは彼の真正面に立って肌に触れた。凄く熱かった。そのことに愕き、胸を熱くさせる。
そのまま、つま先を立たせて、自分から唇を触れさせた。踵を下ろす。

自覚してしまってからだと、喉まで熱く焦がれるものであることを初めて知る。そして、ウルフの顔を見ていられずに俯いて一歩下がる。

「今日は息子に譲ってくれ」

これで、一度納得してもらいたい。しかし、フリットは腕を引っ張られた。顔を上げれば、ウルフは余計に納得出来なくなったと言いたげだ。

「何処にも行かせたくない」

あろう事か、フリットは胸を高鳴らせてしまった。何か、とても凄いことを言われてしまったのではないかと、あたふたする。

そうこうしている内に、ウルフがぐっと此方の身体ごと引っ張り込むように腕を引き寄せた。唇が奪われそうになって、フリットは逆にウルフの肩を押した。
咄嗟ではあったが、上手く当て場所を外さずにウルフをベッドに押し倒すことに成功する。上に乗りあがり、ウルフの唇に自分のそれを重ねた。先程のような軽いものではない。舌も唾液も息も何もかも深く貪るような口づけを何度も、何度も、何度も繰り返す。

アセムはまだだろうかと肩を弾ませていたが、少し遅いような気がすると出入り口から奥へと足を進ませていた。
寝室のドアが少し開けられていたので、そっと中の様子を窺う。途端に凍りつき、茹で上がった顔をバッと振って壁伝いで出入り口に戻っていく。こぢんまりと突っ立ち、「母さん、本当に来てくれるのかな」と茹だった頭でアセムは胸の内で言葉にした。

くちゅりと音をさせながら、食み合いを何処までも深くしていた。ウルフに主導権をどうにか取らせないように必死なフリットの健闘は功を成す。
最後に啄みをして、フリットは荒い呼吸でウルフを見下ろす。自分より息を乱していない相手に少し不服だが、前髪を掻き上げて汗を冷やして一呼吸入れる。

「待っていろ」
「そんな顔で言われてもな」

色気のあるとろりとした顔にウルフが手を伸ばすより先にフリットが彼に抱きついて、首筋に頬を寄せる。

「待っていてくれたら、考え直してもいい」
「考え直すって?」
「部屋、このままでも構わない」

聞き取り、ウルフはじっくり考える。フリットは今、こうしている間も息が熱くなっていっている。本当は身が持たないくらいなのだろう。

「それ、二人きりの部屋でなら、これからずっとお前に触れてても良いってことだよな」

そこまで大げさなのは困るとフリットは目を細めながらも、要約してしまえばそうだ。否定せずにウルフにくっついたまま頷く。

「わかった。待ってやる」

互いの顔が見えるようにフリットは身体を浮かした。次いで、ウルフも背を起こす。そこで、彼の下半身の状態を見止めたフリットは両手を握り込んだ。
物欲しそうなフリットの様子にウルフは瞬く。気持ちが上乗せした状態だと、無性に口に入れたくなるものなのか。

「フリットが我慢してるなら、俺もしないと駄目だよな」
「私はっ、別に……。それより、それ」
「この部屋でオナニーしてもいいよな」
「ティッシュで取ってくれれば問題ない」
「お前のことオカズにしてもいいか」
「………勝手にしろ」

フリットはふいっと顔を背けてベッドを降りる。ベッド脇のテーブルに置いていた手袋を手に取り、パソコンからスティック型のメモリーを引き抜く。

「お前に言われたこと、まだアセムに言えていない」

背を向けたままのフリットにウルフは納得していると前置きしてから、一つ尋ねておく。

「それは将来的に前向きに受け取っていいやつか?」
「そういうこととは少し違うかもしれないが……そうだと思ってくれて構わない」

小さく唸っているウルフにフリットは視線を向ける。何か考えている様子だが、聞いてもらいたいという態度でもない。
訊き込むことはせずに、フリットは行ってくると口にした。しかし、行かせる前にウルフはフリットの素手を取る。それだけで彼女は指先を震わせた。
今、かなり幸せかもしれないとウルフはフリットの左手の薬指に唇を寄せた。口付けるように舐める。
手を咄嗟に引っ込めたフリットにウルフは喉から笑った。逃げるように背を向けていったフリットは意味に気付いてくれていないだろうが、厭でも気付く時は来る。

ウルフはベッドに背を預け、天井を無表情に見つめたが、次第に口元が緩む。流石にこんなだらしのない顔はフリットに見せられないと腕を額にあてる。

「不器用め」

好きだと断言したフリットの声や表情を思い出して、無性に身体を熱くした。







アセムの部屋。ベッド縁に腰掛けているフリットは息子に所有権を譲ったハロを少し借りていた。持ち出してきたスティック型のメモリーにあるデータを読み込ませているのだ。

アセムとAGE-2のスペック関係の話は終えている。その後も自室に戻ろうとしない母親をアセムは不思議に思い、妙な沈黙を破るようにフリットは一緒に寝たいと言い出した。

そのときのアセムの顔を思い出して困らせたなとフリットは嘆息する。
拒否する理由が見つからなかったアセムに勧められるがままに先にシャワーを使わせてもらって、アセム用に支給されていたラフなシャツに袖を通している。まだ小さいと思っていたが、体格はもう大人なんだなと嬉しいようで寂しい気持ちを抱く。

データの読み込みが終わり、ハロが『おわった、おわった』と知らせてくる。メモリーを引き抜けば、PCモードだったハロが元の丸い容姿に戻る。

「ご苦労様」
『とんでもない、とんでもない』

昔は口煩く感じてハロの言葉の語彙を減らせば良かったと思ったものだが、たまに会話する程度なら呆れも生まれない。
アセムとは上手くやってるかと頭っぽいところを撫でていれば、アセムがシャワーから戻ってきた。シャツは大きすぎることも小さすぎることもないようで、息子の成長を受け入れた。

「アセム」

呼ばれ、アセムはフリットの横に腰を下ろした。タオルを貸すように手を出され、アセムは母親に託した。

「少し向こう」

フリットが言えば、アセムが斜めに座り位置を変えた。フリット自身も少し位置を座り直し、背を向けているアセムの髪をタオルで優しく包む。毛先から柔らかく水分を拭っていく。

「髪、伸びたな」
「鬱陶しいかな……」
「お前の好きなようにすればいい」
「うん」

何となくではあるが、今日は特別なんだろうなとアセムは薄々感じていた。つかの間の親子水入らずはこれから先、難しくなるのだろうと。
タオルが遠のき、アセムは母親を見遣った。特に、変わった様子は見られないが、自分が気付けていないだけなのだろうか。

「やはり、あいつが隊長なのは納得がいかないか?」
「え?そんなことはないけど」

フリットは予想と違ったアセムの反応に瞬いた。一度も嫌だと感じた瞬間もないようで、気持ちが途中で変わったという素振りもない。

「気に入らないのかと思っていた」

素直に自らの予想を口にしたフリットにアセムは一度黙った。
ウルフが隊長なのは構わないことだ。年上であるし階級も上、実力を見ていないがモビルスーツの操縦技術も上に違いない。ただ、彼個人に対しては気に入らないことがある。

「母さんは、あの人のこと部下として見てるの?」
「………」
「母さんとあの人じゃ全然違うのに、母さんはあの人を認めているから」

言葉尻が萎んでいくアセムは顔を俯かせた。凄く自分が子供っぽいことを言っていると思ったからだ。

「認める条件に似ているかどうかは関係ない」

少なくとも、フリットはそこを重要視して能力を見極めていない。
同じことが出来るのは認識に相違が出ず、事の流れを円滑に進められる。利点であることは事実だ。だが、別の視点や価値がなければ広がらない。
繰り返しのサイクルは進化を促さないというのがフリットの持論だ。

「私は無駄な者など一人もいないと信じている。条件など必要なく、誰であろうと生きる権利があるからだ」

性格の不一致で仕方のないこともある。けれど、それを理由に誰かを蔑むのは間違いであるとフリットは言える人だった。
誰かが生きられない、生きづらい世界は痛みを膿む。

「だからな、アセム。お前は、まだウルフのことを知らないだけなんだと、思うんだ」

認めるというのは相手を理解することだ。アセムはウルフを認められていない。そうなのではないかと、フリットは少し窺い気味にアセムを見遣った。

難しい顔をしているアセムは母親の言っていることは分かると内なる自分に向かって頷く。しかし、表面では頷けなかった。
彼を知れば知るほど、自分が弱いことを思い知らされるからだ。それを上手く母親に伝える言葉が見つからないし、見つかったとしても言えないだろう。

押し黙っているアセムにフリットは表情を弱める。きっと、自分から指摘しなければ、アセムは心の内を見せてくれないと漸くに気付いたからだ。

「比べられていると、そう思っているのか」
「!」

確かな反応は肯定だ。フリットは今の今まで半信半疑であったが、これはもう確信を抱くしかなかった。自分よりもウルフのほうがアセムのことを理解していたことに仄かに悔しい気持ちもある。

「私はアセムが劣っていると見ていない。それに、比べるようなものじゃない」
「母さんがそう思っていないだけで、実際は」

比べているんだろと口には出せず、アセムは拳を膝上で握り込んだ。
だだをこねる歳ではない。深く息を吐き出してアセムは「寝るから」と口早に言ってベッドに潜り込んでしまう。
何も言ってくれない母親にアセムはぎゅっと目を瞑った。呆れ果てただろう、こんな何の力もない子供に。
しかし、シーツの布擦れ音にアセムはまさかと身体を反転させた。途端、そのまま抱きしめられてしまった。

フリットはアセムを優しく抱き込んだ。背中を抱きしめるつもりであったが、アセムが振り向いたので正面合わせで抱きしめることになったが大丈夫だろう。

顔に当たる胸の感触が柔らかくてアセムは少し顔を赤くした。先程見てしまったウルフとの口付け合いを思い出して、母親も女であることを突きつけられてしまう。

「あの、母さん……っ」
「一緒に寝ると言っただろ」

それをアセムは承諾してくれたとフリットは認識していた。だからアセムに淡々と返したのだが、息子はそうではないようだった。

部屋数と人数が合っていないからと、アセムは二人部屋を割り当てられているのだ。寝台も二つ用意されている。ベッドはもう一つあるのだから、そちらを使って欲しいのだが。

「でも。だからって、くっついて寝ることないと思うんだけど」
「………」
「わ、分かったよ……」
「ん」

悲しい顔をされてしまい、アセムは承諾してしまった。母親はこんなに表情を変えるほうではなかったと思うのだがとアセムは暫し考え込み、ウルフという男の影響なのだろうかと思い浮かべた。

特にそれ以上の会話はなく、アセムは次第に眠気に委ねていく。が、先に寝入っているフリットが足の位置を変えた。

「っ、」

待って母さん足の間に入れられるのは不味いとアセムは焦った。母親相手に反応しては不味い、とても不味い。ロマリーともこんなに近づいたことないのにと狼狽える。
抱き枕のように更に密着されてしまい、そっと引き剥がすなりしようかとアセムはフリットの肩に触れた。しかし、耳元に落とされた寝言にアセムは力を抜く。
そのまま、微睡みに任せて母の腕の中で眠りについた。

フリットは夢の中で幼いアセムとユノアに言葉をかけていた。守るから……、と。







あの後戻ってくるのが遅いと散々ウルフから文句を言われたが、フリットはお前の所有物になった覚えはないとあしらった。
恥ずかしいことは色々したがと視線を横に流して二週間前のことを思い返していれば、出て行く者と入れ替わるタイミングでブリッジ内に転がり入ってくるものがあった。

見慣れたライトグリーンの球体にロマリーが思わず声を出してしまう。一斉に周囲の視線を受け取ったロマリーはごめんなさいと謝るが、フリットがすまないとそれを止める。
ハロを拾い上げたフリットは向こうが指定した宙域に入ったことを知る。先日のデータを読み込んだことで、探知としての役割をハロは担っていた。所有者であるアセムが慌ててハロを探しにブリッジに足を踏み入れたと同時に救難信号を受け取り、ロマリーがよく通る声でそれを知らせた。

小隊にではなく、場数の多い壮年パイロット達が救難信号を出していた小型艦をディーヴァ内に誘導していく。
小型艦は連邦のものではなく、かといってヴェイガンのものでもなかった。民間用だろうかと見守っていた新人達が口々に自分の意見を交わし合う。

しかし、小型艦からモビルスーツが担ぎ出てきた時には静まりかえった。民間用モビルスーツではなかったからだ。
誰も、見たことがない機体だった。紅と薄桃色の、特徴ある異形。ヴェイガンの機体であると見た目から判断は出来た。ヴェイガンのモビルスーツは民間用に使うものはない。全て戦闘兵器として製造されているものばかりだと聞いている連邦軍人達に緊張が奔る。

宇宙服に身を包む人影が二つ。これもまた大柄な年増の軍人が囲み、新人達は遠巻きにしか確認出来ず、男か女かさえ分からずに何処かへ二人は連行されてしまった。
アセムは足下のハロがそれを追いかけようとしたのを慌てて押さえる。先程からいつも以上にじっとしていないハロに予感めいたものを感じつつも、自分とは関係のないことだろうと気に止めていなかった。
しかし、それが大きな間違いであることを翌日に知る。

『総員、聞け』

母親の声に顔を上げる。艦内放送だ。支給されている端末を開けば個別に画像も出されるが、アセムは格納庫に設置されているディスプレイへと視線を向けている。近くの者もだ。ウルフやアリーサがいる。

『これより、本作戦を説明する』

漸くかと周囲の声にアセムは同意する。ビッグリングを出立してからずっと何処に向かっているか知らされていなかったのだ。不審に思う者よりも極秘任務であると信じているものばかりで、アセムもそうだろうと考えていた。

『戦艦ディーヴァは地球連邦より脱却し、反逆を行う』

無言だった。誰もが口を開けず、自分以外の者に目を配る。アスノ司令の言葉であることが信じられないと言いたげな視線が飛び交う。
その中で一際大笑いしている者が一人。ウルフだ。彼の隣に立つラーガンは声にしていないが、微苦笑でディスプレイを見つめていた。ウルフを挟むようにしてその反対側で腕を組んでいるフォックスは面白くなさそうな顔だが、レーサー時代からのよしみで付いてきたのは自分だからと肝は決め込んでいた。

「お前の母親やっぱり良い女だぜ」

ウルフに背中を引っぱたかれてアセムは前のめりになる。思ったより蹈鞴を踏んだアセムにフリットの発言は衝撃的すぎたかとウルフは腕を組む。何より、アセムがこっちに振り向いてこず、ディスプレイから視線を外そうとしない。

『詳細は追って知らせる。だが、この時点で私に賛同出来ない者は出て行け。脱落者分のシャトルはあるはずだ』

言い方が上手いなとウルフは感心する。あえて新人を多く乗艦させたのも自分は負け犬ではないと反発させるためだ。若い奴ほど挫折を拒む、脱落者だと自ら認める愚か者はいない。
アセムの金髪に視線を落とし、ウルフは内心で笑む。

ディスプレイの映像が閉じられ、空気が少し変わる。周囲を見遣れば、新人以外は事の流れを理解していた。つまり、新人達の反乱に目を光らせている。若手といえども軍人だ。刺してくる視線の圧力に気付いていない者はいない。それに、負けを認めたくない者ばかりだ。
詳細はまだ知らされていないのもあるだろう。納得出来る内容ならケジメもつく。もし、そうではないのならと、各々が先を考えながらも敬礼をとった。意志を決めたのだ。

命が出るまでは今まで通りの持ち場での仕事だ。各自が動き始め、アセムも肩から力を抜いた。そこに端末が震えて、取り出したアセムは呼び出しの内容に瞬いた。どうかしたかと、ウルフが覗き込んでくることも咎められないほどに。

「行ってこい」

文面を読んだウルフはサボったとは思わないからと付け加えてくる。背を向いた男にアセムは意を決した顔で呼び止めた。

「ウルフ隊長」

目を瞠ったウルフは次にはいつも通りの顔でアセムを振り返った。先に言ったほうが負けと思っていたが、先に言われて負けた気分だとおくびにも出さないように。

「もし良ければ、一緒に行ってくれませんか」
「お前誘い文句下手くそだな」

言うと、ウルフはアセムの首根っこを掴んで引きずった。
展望室前に来る頃には首からウルフの手を引き剥がしたが、向かい側から来たロマリーにそのやり取りを見られてアセムは恥ずかしい思いをした。
どうやら、ロマリーも呼び出されたようで、アセムは一体何用で母親は自分達のみを集めたのか疑問する。

展望室に三人がやってくると、フリットが待ち構えていた。

「何故ウルフまでいるんだ」
「いちゃ不味いなら出てくぜ」

そんなことはないがとフリットは首を傾げる。尚も不思議がっているが、ウルフはアセムに言われたからと口にすることなく、黙りだ。
黙っていてくれているウルフにアセムはもう少し歳が離れていたら血の繋がりがなくても父親と思えたかもしれないと感じた。

「まぁ、いいか。アセム、ロマリー。二人は前に来なさい」

アセムとロマリーが三歩前に出て行く。二人を正面にフリットは厳しい面持ちで尋ねる。

「まずは二人の意志を聞きたい。宣言は聞いたと思うが、改めて問う。反逆に賛同か反対か。この場で答えなさい」
「その前に一つ、宜しいでしょうか」
「私も」

アセムにロマリーが続く。二人の質問は同じだ。フリットから促しの許しをもらい、アセムが代表して口を開いた。

「連邦への反逆はヴェイガンとの戦争を促進するものですか」
「否定だ」

即座の短い答えにアセムとロマリーは緊張を少しだけ緩めた。完全に緩められなかったのは、フリットの声の色調に何か含まれていたからだ。

「賛同か反対か言いなさい」
「もう少し、待ってもらえませんか」

フリットは表情を歪める。司令官としての苛立ちを感じてアセムとロマリーが青冷める。二人の様子よりもフリットを見かねてウルフが一歩前に出た。

「フリット、先に種明かししてやれよ」

司令と呼ばなかったことではなく、指摘されてフリットの表情が変わる。強気であったものが弱くなった。
迷った素振りでウルフと視線を合わせたフリットは次いでアセムとロマリーを見遣る。二人を呼び出したのはこの為だしなと、吐息してから決意する。

「来なさい」

室内の奥に元々いたらしい二人の人影がフリットに呼ばれて前に出てくる。アセムの足下に待機しているハロが登録されているデバイスに感応して反応を見せた。

真っ赤な服、真っ黒の服に身を包んだ二人はアセムとロマリーがよく知る人物だった。

「ゼハート……!」
「フラム!」

ロマリーは思わずフラムに抱きついた。驚いたけれど、フラムはロマリーを抱き留めて微笑みを零す。ハロが彼女達の足下をくるくる回る。
アセムも二人に近寄り、本物のゼハートか?とまじまじと彼の顔を覗き込んだ。

『ゼハート、ゼハート』

転がってきたハロが此方を見上げながら繰り返す。ハロが断定しているのだし、見慣れた銀髪に金の瞳は見間違うはずもない。紛れもなくゼハートだった。
あまりじっくりと見るなとゼハートはアセムの視線から少し逃げる。

「ゼハート・ガレット、フラム・ナラ。両名は亡命者だ」
「亡命って……」
「連邦という組織に我々が属したままなら、だ。本作戦を自前に二人には伝えていた。つまり、真実としては二人は本作戦における共犯者ということになる」

そうだなと、フリットが二人に視線を送れば、ゼハートとフラムは頷く。

フラムからヴェイガンの内情の真実を知ったゼハートは戻る場所はないと決意した。
イゼルカントへの恩義はあり、未練がないわけではなかった。だが、今の自分ではヴェイガン内での発言力は小さい。拘束されて終わるのが目に見えていた。
ならばと、賭けに出た。

「今、ヴェイガンの指導者は不在扱いになっている。それ故に過度な行動に出ている者がいるんだ」

指導者は相も変わらずイゼルカントが仕切っていると信じていたゼハートは知らなかったとはいえ、それらに荷担していたことを後悔し、反省した。フラムまで巻き込んでしまい、彼女を危険な目に遭わせた。
情けをくれたフリットには頭が上がらない。あの場で二人共々、ガンダムに仕留められていても可笑しくはなかったからだ。あの程度で足下を掬われるような人ではないと、ゼハートは気付いていた。フラムがフリットから小型デバイスを託されていたことをも含めれば尚更だ。

床に伏せっているイゼルカントの傍には奥方であるドレーネが付き添っているが、彼女に指導者としての力はない。しかし、イゼルカントにとって一番の信頼者でもある。もしかしたら、命を狙われているかもしれないとゼハートが危惧すれば、彼女のことは自分に任せて欲しいとダズが申し出てくれた。彼のことも心配ではあるが、信じて託してきた。必ず、再会する約束をして。

「私の方でも少し気になることがあってな。連邦にもヴェイガン側で暗躍している者と繋がりを持っている背信者がいる可能性が高い」

一番怪しいのは連邦首相であるオルフェノアだとのフリットの言にアセム達が息を呑む。ゼハートとフラムも初耳だったようだ。ウルフだけが顔色を変えていない。

「ヴェイガン側の協力は得られない、というか、得ないつもりだったんだが……二人なら信用出来ると判断した」

しかし。

「しかし、だ。二人は味方というわけではない。無論、二人にとっても我々は味方ではないだろう」

視線を向けられ、ゼハートは頷き返す。フラムはロマリーを気遣いながら少し戸惑いを見せ、小さく頷く。

「そこで、アセムとロマリーには二人の監視役を頼みたい」

突然に降って沸いたフリットの提案にアセムとロマリーは目を丸くした。
アセムにはゼハートの監視を。ロマリーにはフラムの監視を。それぞれの部屋も最初から二人部屋になっているのは、数の問題と説明していたが元々の考慮の上であった。
だから、後は二人の返事次第だったというわけである。

「引き受けてくれるか?」
「はい!」
「はい、勿論です!」

監視とフリットは厳格な言葉を使っているが、用は行動を共にしなさいという配慮に他ならない。ヴェイガンであることは艦内で隠し通さないのだろう。ゼハート達の衣服を見れば明白である。
それがために、二人を孤立や危険から守るように指名されたのだ。最悪の場合、二人の裏切りも考慮されていることも理解の上でアセムとロマリーは承った。

二人の潔い返事にフリットは拍子抜けするが、ウルフの言うように先に言わないといけなかったのは理解した。

フラムは展望台の前へと進んだ。下の方を覗き込めば、地球が見えた。綺麗な惑星だと思うし、あれが故郷の人々に羨ましい気持ちもある。
傍らに来たゼハートを振り返ることなく、フラムはそっと口を開いた。

「良かったのですか」
「それはこっちの台詞だ。いいのか、フラム。兄が、いただろう」
「ゼハート様も、ではありませんか」

兄を裏切る。それは自分も彼も同じだ。

「一緒です、ゼハート様」

振り返ったフラムのはにかみにゼハートは目を奪われた。

ゼハートとフラムの会話は届いてくる。二人の覚悟はどれ程なのだろうかとロマリーは遠くの宇宙を見上げる。

「きっと、大丈夫」

無責任な言葉ではない。大丈夫にしていくのだと、自分や、自分達がいれば、道は照らされていると、ロマリーはアセムの横顔に語りかける。

「俺もそう思うよ、ロマリー」

同意してくれたアセムの横顔に不安が滲んでいるのをロマリーは見逃さなかった。彼の不安を受け止めて、ロマリーはアセムを自分に振り向かせる。

「私、アセムが凄い男の子だって知ってるんだから」
「そんなこと」
「そんなことあるよ」

いつも柔和な微笑みをするロマリーには珍しく、強気な笑みにアセムは胸を弾ませた。
自分の見て欲しい部分をロマリーはいつだって見ていて、何もかもを勇気に変えてくれる。

両横は良い雰囲気だなと、ウルフはフリットの腰に手を添えて自分の右半身に引き寄せた。逃げる素振りを見せたので、腰を強く掴んで動きに有無を言わせなくする。
声を上げようとしたフリットであるが、アセム達は向こうの景色を見たままで背を向けている。此方でのやり取りに気付かれたくはなくて、文句は言わずに無言でウルフを睨んで離せと告げた。

しかし、ウルフに顎下を掴まれて角度を調整される。
こんなところで何をと、フリットは表情を強ばらせる。ウルフの唇が静かに降りてくるのに頬を熱くした。が、突き刺さる視線にウルフの口をすんでのところで手で止めた。

四人分の視線にフリットは首をまわし、見られていることを自らの目で視認したと同時にウルフを引き剥がした。

「そもそも、お前は関係ないだろ」

呼び出してもいないのだからとフリットはウルフを展望室の外に、通路に連れ出す。それをアセムは追いかけて、フリットを呼び止めた。

「ごめん、母さん。俺が隊長についてきて欲しいって言ったんだ」
「アセムが?」

本当かとフリットはウルフに視線をやったが、ウルフはさあなと肯定も否定もしない。暫しウルフを観察したフリットはこういう男だったと肩を落とす。

アセムに続いてロマリー達も展望室を出てきたのを見て、フリットはひとまず話は終わったからと解散を告げた。ウルフに四人のことを頼んでいると、通路の向こうから足音がした。

「お母さん!お兄ちゃん!」

呼ばれたフリットとアセムは驚く。エミリーと揃って歩いていたユノアは飛び出していく。
抱き留めたフリットがどうしてと表情を面にする。

「ユノア、何故ここにいるんだ」

娘の両肩を掴んで視線を合わせたフリットは焦りのままに尋ねる。バルガスに頼んでいたはずであるのに。
それは「私から話すわ」と、エミリーがユノアの後ろから言葉にした。

「言っておくけど、ユノアはちゃんと資格を取って此処にいるのよ」
「資格とは何だ」

エミリーと同じ医療班の白衣姿であることから、予想はつくが、尋ねずにはいられなかった。

「看護資格、実はこっそり受験してたんだよ」

ユノア本人が我慢出来ずに胸を張った。十五歳以上なら受験資格が得られることをユノアは独自に調べ、エミリーに相談していたのだ。

「流石に反逆罪犯すなんて思っていなかったんだけど、私達にとっては二回目だものね、フリット」

それは今、此処では問題発言だとフリットはエミリーを見遣ったが、本当なのかとアセム達の視線が痛い。そのこともいずれ話さなければいけなくなった。

「いっそのこと、行動一緒にしてた方が安全だと思ったのよ。おじいちゃんもずっと前から知ってたからね」

騙されていたのかと、フリットは気が遠くなった。ユノアと離ればなれなのが一番の不安でもあったから、これで良かったのかもしれないが、精神的に色々と削られた。
ユノアがディーヴァに乗艦するタイミングとしたら“トルディア”からだ。エミリーがずっと匿(かくま)い、言い出す頃合いを見計らっていたに違いない。
最寄りのコロニーまではまだ数日掛かる。反逆を提言してからでは中立のコロニーしか頼れず、そうなるともっと日数は掛かるのだ。ユノアを艦から降ろすのは諦めるしかない。

子供達を関わらせないならば、アセムが軍入りする前に作戦を決行すべきであった。だが、グルーデックの釈放時期を計算に入れたのだ。それ故に計画開始日は変更出来なかった。

「お母さん、困ってる?」
「ちょっと驚いただけだよ。ユノアは心配しなくても此処にいていいから」
「本当!?」

抱きついてきたユノアの背中をフリットは撫でる。家族全員で反逆罪か……そう考えると気が重たくなるが、エミリーの微笑みに、アセムの頷きに、ウルフの眼差しに後ろは振り返れないと立ち上がる。

「あのさ、母さん。ユノアもいるし、俺から、いいかな」
「ああ」

首を傾げたフリットはアセムが意を決した表情と対峙する。

「俺、家族が増えても良いって思ってる。それだけ!」

言って、アセムは照れくさそうに下がっていく。

「お前に似てアセムも不器用なやつだな」

やっと名前呼んじまったとウルフは頭を掻いた。

小さく呟き落としたウルフの台詞にフリットは混乱する。良かったなと彼に肩を叩かれても意味が直ぐに理解出来なかったが、漸くに気付く。傍らのユノアも笑顔で頷いてくれている。
子供達から許しの返事をもらえたのだ。ウルフと結婚しても良いのだと。

「さっき喰いそびれた分な」

唐突に。傍にいるウルフに両頬を捕らえられ、唇を奪われた。口を食み合っている実感を得るまで瞬きを繰り返したフリットは瞬間、瞳を潤ませた。

エミリーが困った笑顔で頬に手を当てている以外、ユノアもアセム達も驚きに顔を染めている。

「そ、それじゃ、俺達はこれで」

焦るようにアセムは通路の向こうに行ってしまう。ロマリーが追いかけ、ゼハートとフラムは監視役である二人の目の届くところにいなくてはならないため、慌てて続いた。

不意打ちに腰を抜かしているフリットの腰を支えてやり、ウルフは唇を解放してやる。
文句の滲んでいる強気の瞳で男を一睨みしたフリットは自分の口を手の甲で拭った。もう自力で立っていられると、ウルフを押し退ける。

意地っ張りなところが本当に飽きないと感想し、ウルフはフリットにアセムをはじめ四人のことを頼まれていたなと彼らを追いかけた。
後ろからアセムを羽交い締めにしながら何事かをやり取りするのをフリットは仕方のない面持ちで見守って、エミリーとユノアと共に反対方向に足の向きを変えようとした時。

「フリット!」

向こうからのウルフの声に顔を正面に戻したフリットは彼が何か投げたのを確認する。通路の明かりに照らされた光を目視し、片手でそれを掴み取った。

「ナイスキャッチ」

ウルフに褒められ、これは何だと手の中を広げた。白銀に輝き円を描くそれは、指輪だった。おそらく、前方に婚約が付く。

「責任取ってやるからな!」

決めポーズまでされ、フリットは赤面した。

横の大声にアセムは凍った。ウルフの言葉を頭の中で反芻する。責任、彼は責任と言っただろうか。

「せ、責任ってなんですか!?母さん、出来たんですか!?」

思わずアセムはウルフの胸ぐらを掴んでいた。ウルフは首を一度傾げたが、アセムの言わんとしていることを心得た。出来ないとフリットの口から聞いただろうと必死な形相に視線を落とす。
赤ちゃんが出来たから責任を取るとの考えに古いと胸ぐらからアセムの手を剥がす。

「それよりもっと凄いことに決まってんだろ」

あのフリットが好きだと、何もかもを手放しでそう言ったのだ。俺を好きになってしまった責任は取る。
自分が惚れた女を自分に惚れさせたとなれば、男冥利に尽きるというものだ。

漸く、あの日、左手の薬指に口付けられたことが手の中の指輪と結びついて、フリットは胸をこの上もなく焦がした。視線を持ち上げれば、白い狼の蒼い瞳に射貫かれる。
言葉ではやはり言い出しにくく、フリットは全ての気持ちが届くようにとウルフへと頷き綻んだ。





























◆後書き◆

若ウルフさんとフリットさんの関係は軌道に乗った感じです。物語としてはスタートラインに立ったばかりでもありますが、この先はウルフリどころじゃなくなりますので此処で終幕となります。
一年半以上掛かってしまいましたが、ゴールイン出来ました。ここまで来られたのもお付き合いしてくださる方々がいてこそでした。本当に有り難う御座いました。

フリットさんとアセムの親子間の問題(?)は未解決ですが、両者が納得いくまでには時間が足りていなかったり余裕なかったり思いやりがとんちんかんな方向行ってたりで、現時点での解決は難しいものがあると書いてる途中で私が諦めました。
集まって話し合って大団円で必ずしも終えられるとは限りませんしな。だいたいこんなもんと問題そのものを受け入れたってバチは当たりませ……当たりませんように。

終わり宣言しつつも、これからよりもっと先の話はぼんやり。
アセムが二人のなれそめ聞いてウルフが母さん強姦したこと知って、ダイナミック家出の後に宇宙海賊になったり。
ゼハートとフラムちゃんはアスノ家に養子に入るけど、イゼルカント様のお見舞いで火星に戻ったら後のヴェイガンのために「光になるのだ」と言われてコールドスリープ。二十五年後にアッシュさんがドーンしてきて二人をお宝と称して攫っていったり。
還暦過ぎたフリットさんに「母さんが隊長とちちくりあってるのがいけないんだ!」って叫び散らしながら癇癪起こしてるアッシュさんが目に浮かびま…す…?

話の流れを切ってしまいそうだったので、エロシーンは後書き下におまけ話として。時間軸としては、フリットさんがアセムの部屋で寝て起きてから自室に戻ってきたところになります。
もしかしたら、今までで一番長いエロではないかと…。いっぱいブっ込ませていただきました。


Samsara=輪廻

更新日:2015/06/01
























































解決はしていないが、息子と話す時間が持てて良かったとフリットの機嫌は良かった。
ウルフとの部屋に戻ってきてみれば、彼はいなかった。それもそうだ。彼とて小隊を担う隊長なのだから、それなりの仕事を任せている。

勝手に気落ちしている自分に気付かないようにして、ブリッジに顔を出そうか思案する。本作戦を本格始動させるまではミレースに全権を託しているため、自分の仕事はグアバラン達と秘密裏に情報交換するぐらいのものだ。
ミレースとは昔から縁があり、自分にとっては姉のような人でもある。信頼を寄せているといった意味ではウルフより上だ。

それでも、司令官が全く顔を出さないというのは人望を欠く行いだ。航路と現在の座標確認も兼ねて、ブリッジに行くことを決めて自室を出て行こうとした。
扉を開けた瞬間に目前に人影があり、ぶつかってしまったと思ったが、違う。抱きしめられていた。いきなりのことでフリットの全身が熱く粟立つ。
顔を確認していないが、もう何度も抱きしめられた記憶があり、感触だけで誰か分かりきっていた。

「遅かったな」

不機嫌な声が上から。フリットはウルフを引き剥がして後ろに下がった。

「アセムの部屋にいただけだ」
「したって、遅せぇだろうが」

足を踏み込んでくるウルフにフリットは後ろに下がっていくが、視線だけは強気なままでウルフを威嚇する。

「私はお前の所有物ではない」

それに対してウルフは何も言わず、首を鳴らしただけだった。
腕を無遠慮に掴まれて寝室に引きずり込まれたフリットは肝を冷やす。ベッドに放られ、背中から倒れ込む。次の衝撃を想像して身を硬直させたフリットであるが、予想していたことは訪れなかった。自分の横にウルフが倒れ込んだからだ。
寝返るように横を向けば、ウルフの方もそうしていた。向き合う形になって、フリットは彼の顔を直視していられずに背中を起こした。しかし、それ以上は動かずにいた。
襲う勢いでしてもらえた方がいっそのこと気持ちが固まったというのに。

「フリット」

呼んでみれば肩が揺れるのが見えた。けれども、此方を振り向こうという素振りはないまま。ウルフは何と無しに別の呼び方をしてみた。

「司令」
「なんだ」

今度は返事があった。だが、やはり振り向きはない。

「忙しいよな、やっぱ」
「そんなことは……ない」

時間が作れないこともない。遅れが出てはいけない仕事ばかりだが、ビッグリングから出立してまだ一日だ。本作戦を宣言するまでは猶予がある、はずだ。
予定を頭で整理したフリットはちらりと、ウルフを横目に見遣った。

「そうか。なら、横になれよ」

少しでも此方に視線を寄越したフリットから、心の開きを受け取ったウルフは自分の隣になる場所をポンポンと叩いた。

迷いの末にフリットは先程と同じ体制に戻った。ウルフと向き合う形で横向きに寝そべるが、視線は顔下のシーツに向けていた。それでも、ウルフの胸下が視界の隅にある。
触れたい、と思う。

指を動かしたが、フリットはそれからの行動に出られなかった。触れられたら、逃げようとしてしまう。それを繰り返していたのだから、またそうしてしまうだろう。

「考え直してくれたんだよな」

不意に言われ、フリットは瞬く。そうだ。部屋のことを考え直すと言っていたことを思い出して、フリットは返事の代わりに行動で表した。
自分からウルフにすり寄る。頬が胸板に触れ、身体が熱くなった。触れたいから触れたことで叶うところに到達した。しかし、達成感がそれで終わるはずもなく、胸が弾むばかりだ。
やはりこれ以上は保たないとフリットは後ろに引き下がろうとした。けれど、ウルフがそれを赦すはずもなかった。

密着をそのままに自分の手袋を外して、フリットのも外す。ウルフの右手がフリットの左手を捕らえる。素手を絡め合って彼女の頭上に縫い付けて、見下ろした。
これを彼女も待っていた。と、感じ取っていたウルフであるが、フリットは身を捩って首を横に振った。戸惑いや困惑と違うそれが何であるかを確かめるために唇を落とした。
抵抗せずフリットは受け入れた。けれど、身震いをした。

口付けを解いたウルフが眉を下げる。すれば、フリットは顎を引いた。
ウルフにそんな顔をさせたかったのではない。良いのだ。身体を赦す覚悟はとっくに出来ている。だから、彼が思っているようなことではないのだと、伝えなくてはいけない。
言葉にしなくても分かってやるとウルフは言ってくれた。それに甘えてもきた。だから、自分も。

「私が、私じゃなくなり、そうで」

顔を横にしてウルフの視線から逃げてしまった。けれど、ウルフは分かってくれた。頬に口付けを落とされたからだ。

「すげぇ殺し文句だぜ、それ」

誰かを好きになるとはそういうことだ。自分の中に自分以外を受け入れるのだから、生半可なものではない。

「お前は自分のままでいたいのか?」
「分からない」

どうなのだろうか。フリットは自問したが、自答は見えなかった。この男を好きになっての気持ちに嘘がないのは確かだけれど。

「なら、分からせてやるよ」

ウルフ主導権のまま唇を食み合わせ、フリットは絡み合う手をぎゅっと握った。
自分とてこれくらいはと躍起になっているのに、舌遣いも何もかもウルフの方が上手だった。部屋を出て行く前は自分が主導権を取れていると思っていたが、ただの思い込みであったのだと悔しくなる。なのに、それ以上にウルフが欲しくて堪らなかった。
互いの唾液が混ざり合うだけでは飽き足らないと、口端からも零れる。だらしがないと頭では解っていても、深み合って汚れることをフリットは求めた。

互いに持久力があるのでなかなか離さずにいたが、フリットが苦しそうになったのを見てウルフは一度引いた。
胸を上下させて息を整えようとするフリットを楽にさせようと、ウルフは首元から胸元まで彼女の軍服を緩める。

少し息が落ち着いたフリットはウルフに背を向けるように丸まった。
逃げられているのだろうかとウルフは首を捻ったが、フリットがベルトを緩めてズボンを脱いだことで違うと知った。ウルフは上半身の軍服を脱ぎ捨て、その気があるフリットに覆い被さった。

後ろから胸の丸みを揉まれてフリットは口を閉じたまま嬌声を喉で鳴らした。
あれの二の舞だけはしないと、頑なに口を開かずにいた。どうせ知られてはいることではあるが、気持ちの問題とて重要だ。

衣服の上から胸の先端を摘まれてフリットはびくりと跳ねた。思わず口が開いてしまい、声が出る前にシーツを噛んだ。指で先端を引っ掻くウルフにそんなことをするなと瞳を潤ませる。
布地が擦れての刺激に羞恥が滲む。

「ん、ん」

くぐもった喘ぎにもどかしそうなニュアンスを受け取って、ウルフはフリットを脱がした。下着姿までで止める。胸を覆う部分は浅く、谷間が広く見える形に喉を鳴らす。
服の上から弄られている時にずれて色づきが零れ見えていた。それに気付いたフリットは意味が無いと知りつつも下着を直して視線を投げた。案の定、ウルフに苦笑を零されて表情を下げる。

彼がズボンを脱ぐ衣擦れの音に耳を傾けながら、フリットはシーツを握りしめた。もう何度もしていることなのに、いつにない緊張を感じている。シーツから手を離して胸に手を置けば、脈の速さに自分で驚愕する。
どうにかなってしまうのだが、これをどうにか出来るのはウルフしかいないのだ。早く来てくれないかと視線を上げてフリットは固まった。

「………なんだ、それは」
「首輪」

ウルフの手には真新しいと分かるピンク色の首輪があった。リードもセットで付いているが、大きさや太さから犬用とは違うと見受けられた。

「何処でそんなものを」
「通販」
「……つう……はん」
「俺、道具とか使うのあんまり好きじゃないんだけど。お前は?」
「どちらかと言えば……苦手だ」

あまり良い思い出がないとフリットは視線を背けた。それを受けてウルフは首輪を適当なところに置いた。

「使わないのか?」
「苦手なんだろ?」
「入れるやつが苦手なんだ」

バイブ系かと首を傾げたウルフにフリットは頷いた。首輪は別に構わないという態度にウルフは逡巡の末、再び首輪を手に取った。

「自分で付けてみるか?」
「鏡が……」

二人して姿見に目を向けた。ウルフが自分の身長より小柄な縦長の姿見をフリットの前まで持ってくる。
首輪を持ち上げてフリットはベルトと同じ要領だと確認すると髪を巻き込まないようにして首に取り付けた。
ベッドに座り込んだまま鏡を見て、変だなとフリットは感想を持った。

「ピンク似合うな」

思ってもみなかったことを言われ、フリットは目を丸くした。

首輪の色の取り揃えは多く、白などもあったがピンクにして正解だったとウルフはご満悦だった。フリットは以前、自分にピンクは似合わないと言っていたが、そんなことはないとウルフは感じていた。リボンと同じ色なのだから。

「そう……か?」

気恥ずかしくて、フリットは縮こまる。その間にウルフは姿見をあった場所には戻さず、ベッド脇の壁に立てかけた。
ウルフに背後にまわられたフリットは待ちわびていたのだが、彼の腕に抱きすくめられてから気付いた。目の先に鏡があることに。
自分達の姿が目の前にある状態に頭が真っ白になった。

「ウルフっ、先に鏡を片付けろ!」
「よく見えていいだろっと、お前これきつく締めすぎだ」

これでは後々で首が圧迫されて苦しくなる。眉を歪めたウルフはフリットの首輪を緩めて付け直した。付属のリードも取り付けておく。

「これで良し」
「む。すまない」

ところで鏡を……、と視線を向けてくるフリットに可愛いなと頭を撫でてから、たわわな胸を揉んだ。
お前は人の話を聞けないのかとフリットはウルフの手を退かそうとしたが、それより先に彼の指が下着を崩して両方の先端を摘んだ。
びくりとして表情を弱くしたフリットは指先を自分の口元に持ってくる。

「ん」

催促はしないが、声が聞きたいと込めてウルフはフリットの耳を舐めて甘噛みした。ぴくぴくと反応はあるけれど、思わず声を出してしまうほどではないようだった。
胸ばかりを弄っていると、切ない視線を寄越してきた。

「下?」

尋ねたが、フリットは口を閉ざしたままだ。脚も閉じているが、もじもじと落ち着きがないのを見れば要求は明白だった。
しかし、ウルフは胸から手を離さなかった。

「おっぱいだけでイっちまえば」
「!?」
「出来ねぇの?」

その言い方は狡いとフリットは瞼を伏せた。反論しにくくなったからだ。自身の自尊心の強さが恨めしいと思う。それに、出来ないと言えば、ウルフを受け入れないことに繋がる。

大人しくされるがままになっているフリットの頭を見下ろしてウルフは肩を竦める。彼女が構わないならと、硬く主張する胸の先端を指先で押し潰してみたり、弾いてみたりと弄ぶ。
膝の間にいる彼女に少し横を向かせて、その脇下から胸先を舌で舐めあげる。もう片方は指で摘んだままコリコリと弄り続けた。

「っ、ひ……んゃぁ」

右脇下にウルフを受け入れているため、自身の右腕は彼の肩にまわしていた。左手は身体を支えるためにベッドに触れている。
口を塞いでいることが出来ず、嬌声がウルフの耳に届いてしまったことにフリットは歯噛みした。まだなのに、自分の中にもうウルフが挿いっているかのような甘痺れた喘ぎだと自覚して。

視線を感じてフリットが向けば、ウルフと目が合い、彼が瞳孔を細めた。瞬間、がっつくように胸ばかりを攻め立てられる。
母乳を搾り取るような勢いで吸われ、見ていられずにフリットは視線を放った。けれど、目先に鏡があることを忘れていた。鏡に映る自分を目視してしまう。

なんて顔をしているんだと、羞恥がより一層に性感を刺激した。逃げたいが、ウルフにもっと激しく触って欲しいと矛盾を抱く。
呼吸を乱し、本当に胸だけで達してしまいそうだと瞳が潤む。
じゅっと唾液と舌が鳴らす音が聴覚までも掻き乱す。こんなに熱く獣じみた愛撫を知ってしまってから、込み上げてくる。

「ぁっ、イ……、―――――ッ」

びくびくと全身を突っぱねるフリットからブラジャーを取り上げて、彼女の柔らかい胸にウルフは頬ずりした。
身体全てで呼吸を荒く上下させているフリットから呆れ気味の視線が来た。フリットの胸が気に入っているのだから仕方ないとウルフは開き直る。

「意地悪してんだけど」

何のことだか見当が付いていないフリットの表情を見止めて、ウルフはもう一度肩を竦めた。そういうところが鈍いと思うし、悶つく。
気付かれると自分が格好悪くなるだけだから気付かれたくはないが、気落ちは何処かにあるなとウルフは内側で認めておく。

アセムのように比較から出る子供の嫉妬とは異なる。あるのは、独占欲だ。
子供らから母親を取り上げたいと思っているわけではない。フリットに最高に格好良い男だと見ていてもらいたい見栄からの独占だった。どうせなら、首輪を互いに付けて繋ぎ合わせておきたいくらいだ。

それでも嫉妬がないわけではないと、この間はっきりと自覚した。アセムやフレデリックには一切そういうものを覚えはしなかったが、あの赤髪の男に対してのフリットはどうにも。向こうを見るなと言わずにはいられなかった。
嫉妬とは縁遠い気質であると自身を認識していたのだから、それを含めて独り占めしたい表れでしかない。

脱力しているフリットの身体を抱き留め直して、ウルフは彼女の脚を左右に開かせた。真正面に鏡があることからフリットが脚を閉じようとする。しかし、ウルフに再度開かれてフリットは視線を逸らすことにした。

ショーツのフロントから手を差し込み、フリットの秘部を探れば濡れた感触があった。一度達している愛液が溢れるほどのとろみに誘われて指を挿れる。指に吸い付いてくる感触は濃厚だった。

下着の隙間から漏れる濡れた音がフリットの耳朶を刺激する。音がはっきり届くのは膣口の浅いところをウルフの指が弄くりまわしているからだ。
卑猥な音に感じていると、不意にウルフが指を奥まで突き込んできた。

「はうっ」

ぐるりと膣内を指に撫でられ、抜き差しして欲しいとフリットは腰を揺らした。けれど、ウルフが指を引き抜いてしまった。ショーツから手を出すのも見送ってしまい、フリットは眉を下げる。

「鏡」

言われ、鏡に視線を向けたフリットは次のウルフの行動に顔を茹だらせた。

「お前、またっ」

下着の股布を紐状に細くしたのを恥丘の間に挟ませて引っ張られた。濡れている膣口の表面と陰核を布地が擦ってくる。

それはショーツの本来の使い方ではないと厭がった記憶が前にある。けれど、厭の気持ちが以前と違っていることにフリットは戸惑いながらも感じ続けた。
鏡に映る自分とウルフの姿を見ながら、こんなことをされていると認識を確かにして興奮して快感を覚える。
双丘をふにふにと摘まれたりして、布地の食い込みが深くなっていく。それに悦んでしまっている身体を鏡が映す。羞恥的な姿に首を横に振る。

醜態を晒して首を振りつつも、気持ち良いと表情を緩めているフリットにウルフも息を熱くする。ショーツを引っ張ったまま、濡れている場所を別の手で揃えた指の腹で円を描きながら撫でる。

「ウルフ」

腰を浮かしたフリットの耳元にウルフは唇を寄せる。

「俺の擦りつけて欲しいのか?」
「駄目、か?」
「いいぜ」

フリットは股を開いたままウルフの膝を跨ぐ。下着の隙間から自身を取り出したウルフは頭を持ち上げているそれをフリットに擦りつけた。

「んん」

肉棒をぺちぺちと叩き付けられてフリットは腿を震わせた。我慢出来ず、ウルフの手に自分の手を重ねて、彼のものを広く感じられるように自分に押しつけ擦る。

大胆なことをするフリットにウルフは目を瞠る。下半身に視線を落としても凄い光景だが、鏡は正面を映し込んでフリットの表情も捉えていた。俯き気味の彼女に真正面を向かせたくて、首輪に取り付けられているリードを上側に引っ張った。

フリットの視界に思っていた以上の光景が飛び込む。していることをそのまま鏡が映しているのは頭が理解している。けれど、客観的に目に入れたら感情が追いついてこない。

「や」

自分が自分を見ているし、見られている。自分はこんなでは、ないと思っていた。
声に出しながらも身体は正直にウルフを求めてばかりいる。ウルフを自分に擦りつける手を止められないのだから確かだ。
それに。と、首あたりを見る。拒否しなかったのは自分であるが、首輪がこんなにも束縛感を与えてくるものだったことに目を逸らしたくなる。

「やらしい顔」

耳元で低く言われ、フリットは肩越しにウルフを睨んだ。捨てきっていない所が良い女だとウルフは口端を上げる。

ショーツをずらして亀頭を膣口に直接触れさせた。けれど、フリットが先端をそっと外に向けさせてしまう。機嫌を損なわせただろうかとウルフが首を傾げれば、フリットは睨みを弱らせて手で触れたままのウルフ自身を上下に扱く。
手の中の陰茎が熱く脈打っている。此方を抱きしめて、耳元に熱い息遣いを落としてくるウルフに視線で訴えた。頬に口付けを返され、フリットは身動きした。

ウルフの膝上から、ベッドから降りる。ショーツのことが気になって直すと、ウルフが鼻を鳴らしたので一睨みしておく。
鏡に背を向けてしゃがみ込み、座っているウルフの股の間に身を落ち着けた。そそり勃っている肉棒が眼前で揺れているのを捕まえる。

舌にウルフの味を感じたくて仕様がなかった。やっとと思うのに、いざその瞬間となると心臓が痛いほど熱くて唇が震えた。
思い切れずにいると、ウルフの手が左頬に触れてきた。撫でられて、フリットは気持ち良さそうに目を細める。熱い吐息を零して、右手で触れている彼のものを自分の右頬に触れさせて頬ずりした。

酔っているようなフリットの行動にウルフは喉を鳴らした。今のフリットは理性的ではないと目に映る。
フリットは手の中のウルフを愛おしそうに撫でさすり、口を縦に開いて先端の亀頭を咥えた。唾液を絡ませ、根本近くまで頬張る。

逞しさを増していくウルフの中心をフリットは口の中で感じていた。名残惜しいが、一度陰茎から口を離して、睾丸に唇を寄せた。精子が溜まっている場所を舐め啄む。そうしながら、勃起しているウルフを手で刺激して更に昂ぶらせていく。
眉を詰めたウルフを見逃さず、フリットはもう一度先端を咥えた。鈴口を舌で抉るように舐め吸った。

「く、――――ッ」

どくどくと喉に流れ込んでくる濃い白濁をフリットは呑み込んだ。口から離しても、まだ出ているそれをフリットは舌を出して舐め取る。
首輪と相まって、ペットのような動作にウルフの方が目を逸らしてしまった。これを望んでいたし、期待もしていた。けれども、直視するには破壊力がありすぎる。

舐めるだけでは足りなかったのか、先端を吸おうとするフリットをリードを引っ張ることで止めさせる。不満を向けられたが、ウルフは取り合わずにフリットを抱き上げてベッドに放った。位置を調整するために彼女の足首を掴んで下に引いた。

シーツ上を引きずられたフリットは混乱のままにウルフを見上げたが、彼が顔を下げてしまい、視界から消える。
しかし、次の瞬間には自分の秘部に柔らかく熱いものが触れて腰を浮かした。

「ッ、ウルフ……!」

逃げ腰になるフリットの腿を引っ掴んで身動きを封じさせたウルフは、ショーツをずらして露わになった彼女の秘部を舌で舐め上げる。陰核の粒を舌先でつつき、弾くのを繰り返す。すれば、フリットの身体がひくひくと跳ねる。
わざと音を鳴らして吸えば、ひくんひくんと痙攣が続いた。イってしまったようだ。フリットは口を両手で塞いでいるが、喘ぎが隙間から零れている。それでも舐め続けるのを止めずに、膣に舌を潜り込ませた。

舌がそこまで深く挿いってくるとは思わず、フリットは腰を浮かして藻掻こうとする。けれど、ウルフの舌遣いが上手すぎて身体を反応させるだけで精一杯だった。

愛液の味をしっかりと舌で覚えて、ウルフは唇をフリットから離した。腰を上げて、フリットの痴態姿だけでまた勃起しているそれを当てがった。
思わず腰を引いたフリットにウルフはまだ逃げるかと眇を向けた。呆れでも怒りでもない。好きだから逃げようとしているのは分かっている。けれど、いや、だからこそ、そんなフリットを暴きたいのだ。

「何処にも行かせねぇ」

またお前は、とフリットは顔を横にする。平常心でいられなくなる言葉ばかりだ。
フリットの赤くなっている耳をウルフは甘噛みした。覚悟を決めろ、と。

無言であったフリットは呼吸を止めるように口を引き結んで、ウルフと視線を交わらせる。それから、口を開いた。

「挿れろ」
「がっつくぜ」

腰を沈め、フリットのなかに挿いっていく。ぐちぐちと接合部で交わりの濡れた音が漏れていた。
奥までウルフを受け入れたフリットは焦げ付き以上の熱い高鳴りに全身を染め上げる。感情の込み上げを制御出来ない。

「はっ、ぁ―――ッ」

ウルフが自分の中にいる。交わっている。その事実は何度も味わっているはずなのに、初めての感覚だった。
いつもと同じはずだと言い聞かせても身体も心も頷いてはくれない。それ程に感じてしまっている。ウルフの存在を。

「どうした?そんな顔して」

視線を持ち上げたフリットは自分の顔に触れる。顔が熱いのは温度として指に伝わってくるが、どんな顔をしているのかが分からない。

「鏡見るか」

背の下にウルフの腕がまわされ、身体を起こされた。ウルフの背中の向こうに姿見が位置を変えずに佇んでいる。その鏡に映るウルフに抱かれている自分。

「!」

ウルフの首筋に抱きついて、フリットは顔を埋(うず)めた。あんな顔を見られていたと思うと耐えられない。
しがみついてきたフリットの頭を撫で、ウルフはゆっくりと体位を戻す。シーツにフリットを寝かせ、彼女の身体の正面と自らを密着させる。

「照れながら感じてるのすげぇ可愛い」

ウルフから言わせるとそんな顔なのかとフリットは更に顔を赤くした。
気持ちを整理出来ていないのに、ウルフが動いた。このままの状態では早すぎるとフリットは伝えようとしたが、言葉が見つからなかった。
浅くと深くを行き来する動きをされてフリットはシーツを握りしめた。膣で蠢く快感にウルフの証を強く感じずにはいられない。

「ゃあ、ぁ……っ、ぁ、ァ、ぃゃ、ん」
「やべぇな、それ」

そんなエッチな声が出るなんて知らなかったとフリットの耳に続けて言う。ウルフからの指摘にフリットは首を熱くした。上擦る声が意図せずに甘えたような喘ぎになってしまっているのだ。調整が出来るものではないのが困る。
正直、自分でも本当に自分の声なのか疑いたくなる色だった。

挿入の動きに合わせてフリットの胸が目下で揺れていた。堪らず、ウルフは揺れる膨らみを両手で鷲掴んだ。掌にふわりとした感触が来てやに下がる。
深くして腰を回せばフリットは身を捩らせた。

「……に………ぁ、ぁ、ン」

手の甲を口元に持ってくるが、閉じてしまうと酸素が足りないくらいにウルフが激しくて声は抑えきれなかった。
胸を掴んでいる男の握力が痛いくらいだった。けれど、それを良いと感じているのだから、自分も相当であるとフリットは全身で狼を受け止めた。

両方の胸の先端を摘み弄りながら最奥に突き挿れれば、女の身体が跳ねた。下半身を引き抜いたウルフはフリットのショーツを剥ぎ取った。次いで、自分も完全に下着を脱ぎ捨てる。

まだまだこれからだとウルフの力強い腕に引っ張られて、フリットは背を起こした。自力で動くには少し時間が欲しく、傾ぐ身体に支えを求める前にウルフに抱き寄せられた。彼の肩を借りるようにして横並びにベッドに座り込んだ状態だった。
触れ合っている素肌を思うだけで何かが込み上げてきてフリットは瞳を潤ませた。
呼吸は落ち着いてきたようだが、吐息が熱いフリットを上に向かせてウルフは唇を重ねた。

「ん」

舌先を触れ合わせるだけの短めの口付けをした。表情を捉えられる距離に顔を引けば、フリットは此方をじっと見つめ返していてウルフは目が離せなくなった。
泪を零しそうなほど濡れた瞳は何故か柔和で、微笑みの混じる頬は色づいている。
恋をしている。
一目で分かり、ウルフはフリットのこめかみに鼻先を寄せた。匂いを良く嗅いでおきたい。

すんすんと鼻を寄せられて、くすぐったがったフリットは身を竦めて視線も転じた。その先に鏡があり、彼女は戦慄いた。
離れていったフリットが鏡を気にしているのを確認して、ウルフは視線で彼女に尋ねた。すれば、フリットは首輪に触れる。

「外しても、いいか」
「苦しいんじゃないよな」

それとは違うと頷いたフリットは自分の身体を浅く抱いた。裸に首輪という姿が見ていられなくなったのだ。
下着も身につけていた時は何とも思わなかったが、これだけになってしまうと心許ない卑猥さがある。 何となく察しは付くけれどと、ウルフはフリットに近づく。

「嫌なら外してやる」
「………」
「どうした」
「お前が、考え無しにこういう物を使うとは、思えなくて」
「別に。ちょっと遊びたかっただけだぜ」

事も無げに返ってきた答えにフリットはそうかと頷きそうになったが、本当にそうだろうかと疑念した。

首輪を気に入ってくれるとまでは思っていないが、性癖的な意味で開放感は得られるかもしれないと思ったまでだ。甘え下手であるフリットに通用するなら試す価値はあるとウルフは考えた。元々、一か八かなところはあったのだ。強要するつもりは微塵も無い。
しかし、フリットの視線が痛いなとウルフは視線を逸らしてしまった。遊びたかった気持ちも嘘ではないのだけれど。

此方を見なくなったウルフの考えはまだよく分からない。けれど、フリットはもう少しだけなら、と決めた。

「鏡だけ、どうにかしてくれ」

顔を上げたウルフはフリットの視線の先に目を向けた。無言で立ち上がったウルフは姿見を裏返しにして戻ってくる。
ベッド上に座り込んでいるフリットの目の前に横向きに腰を下ろしたウルフは首輪のリードを掴んで引っ張った。

くいっと引かれて、フリットはウルフと唇を重ねた。少し、扱い方が荒くなったと感じたが、これが彼の言う遊ぶという意味だろうと頭で整理した。
唾液が顎を伝う啄みから解放されれば、ウルフの獣眼に見下ろされる。びくりと身を引いたフリットをウルフは抱え上げてベッドから降ろした。
床に座り込んだフリットは不安げに、リードの先を手に巻き付けて突っ立ているウルフを見上げた。

「何を……するんだ……?」

今から。と、フリットは煩い心臓をどうにか落ち着かせながら訊いた。本当は、察しがついている。そういう趣味は無いはずだが、身体は興味があると期待している自分を理性が認めたくなかったのだ。

「首輪っつったらペットごっこだろ。まぁ、別に本格的なのやろうってわけじゃないしな、ご主人様って呼べとか言わねぇから」

上から頭を撫でられてフリットは喉を鳴らした。ウルフの言を言葉通りに受け取るなら、今から四つん這いに歩けと、そういうことだろう。

フリットは尻を上げ、両腕を前に伸ばした。立っているウルフの目下で四つん這いになった。自分は司令官なのにと屈辱的な感情が浮かんだ。
けれど、膝を付いたウルフに頤を撫でられて、今はそういうものは一切関係無いんだと目を細めた。ウルフは別に蔑む目的を持たず、そんな言葉も吐かなかったからだ。

ウルフにリードを引かれるまま、ペットのように歩きついていく。化粧台の椅子を引いてそこに腰を落としたウルフの足の間にお座りする。
目前に浅く勃ち上がっているものがあり、フリットはしても良いのだろうかとウルフを窺った。すれば、彼は首を横に振った。

「口は無し」

考えを置いたフリットはウルフの膝に手を付いて膝立ちになると、胸を彼の中心に寄せた。これはと窺えば、頬を撫でられた。
正解だと許可されてフリットは胸の谷間にウルフのそそり勃ちを挟んだ。汗もかいているため、滑りは良い。

上下に扱いていると、艶のある亀頭が頭をもたげていて口に入れたくなるが、フリットは我慢した。ウルフは怒らない確証があるが、ルールや制約を守るのは好きなのだ。特に自分が定めたものは徹底したい性分とも言える。

フリットの口元から唾液を拭ってやり、その指でウルフは彼女の胸の色づきを摘んだ。コリコリと弄られてフリットは足を痺れさせた。

「入れたいです」

首輪もしていると衝撃が倍増だった。さっきは挿れろと強気の命令口調であったからギャップが堪らない。自分もフリットを感じたいと、ウルフは彼女を膝上に跨がらせた。

勃起しているのに手を添えながら、フリットは腰を下ろしていく。全部挿いりきったところで、身体をウルフに預けるようにすり寄った。自分よりも熱い胸板に吐息を零す。
膣で馴染んでいくウルフの形にフリットは腰を揺らした。前に数時間挿れっぱなしでいたことがあった。それ以来、完全にウルフの形を身体が覚えてしまっている。

腰をまわして内肉全体で男根をもっと感じた。ウルフへの感情を受け入れてからどうにかなってしまいそうで逃げていたのに、いざ繋がってしまうとこんなに求めてしまうとは。
ところで、自分は今、どうにかなっているのだろうか。

「あの……っ、はぅ……良いです、か?」
「すげぇ良い。けど、話し方戻せば?」
「あれ?……ん、はい」

はふはふと感じているフリットはウルフとの会話の内容は頭に入ってくるのに、混乱していた。ウルフの方もどうしたと首を傾げている。

「なんか、戻らなくて……ぁ、ぅ」
「気持ちよくて?」
「分からな――ッ、し、仕方ないじゃないですか………仕方……ない、だろ」

ムキになった意地でやっと訂正出来たが、フリットは感覚とは別のもので耳を真っ赤にした。

敬語になってしまうのは癖だと本人の口から聞いたが、こんなに軌道修正出来なくなっているフリットは初めて見る。しかし、だ。正直、理性で考えることを放棄したいほど本能にかなりクる。

フリットを抱き寄せて、ウルフは下から彼女を穿い続けた。自分から腰を振れず、フリットはウルフにしがみついたまま彼の熱意をその身に受けた。

「ぁ、ァ、それ……ッ、駄目ですっ、ゃぁ、待って、待ってください」
「ッ、待たない」
「そんな、したら――ひぁッ、――――っ、んぁ、ぁ」
「――――ッ」

きゅっと膣で締め付けられてウルフはびくびくと全身で達しているフリットに白濁の欲望を注いだ。流れ込んでくる感覚にフリットは腰を何度も跳ねさせた。
フリットから自身を引き抜いたウルフは彼女の背中を撫でる。それだけでも感じるフリットは微かに喘ぎを零した。

「なあ」
「何だ」

戻っているフリットにふぅんと鼻を鳴らしたウルフは彼女の額に自分のそれをくっ付ける。

「俺のこと好きすぎてああなっちまうの?」
「…………」

フリットは目を逸らした。

「無言でそれってことは、そうだって言ってるのと同じだぜ」
「都合良く受け取るな」

目線を戻さないフリットから額を解放して、ウルフは彼女に椅子を譲る。譲ると言っても座らせるわけでなく、座面に両手を付くように誘導した。その後ろにまわったウルフはリードの紐をフリットの股下に通す。
股間に太さのあるリードが触れたことでフリットはまさかとウルフを振り返り見た。

「素直じゃないから躾だ」
「私に躾など……ッ、ぃあ」

胸の谷間を通り、恥丘の割れ目に食い込む紐に粒を刺激されてフリットから喘ぎが漏れる。膣口の表面にも、尻にも食い込むようにウルフはリードを上に引っ張った。

「やぁ」

フリットは腰を上にあげて逃れようとするが、達したばかりでつま先立ちは難しかった。
意識ははっきりしているため、自分が今どんな格好でどんな仕打ちをされているか把握している。ウルフの目にどのように映っているか想像すれば羞恥的な自分の姿がある。
しかも感じてしまっている。自ら擦りつけるように腰を揺すってしまい、こんなの見て欲しくないとフリットは首を横に振った。

「ねが……やめ……」

止めて欲しいと口にすれば、ウルフがリードを緩めた。安堵するが、簡単に解放されたことに本当にもう良いのかとフリットは後ろを窺う。

「物足りなさそうな顔してんな」
「っ、していない」

顔を元に戻してフリットは唇を尖らせた。先程からウルフに翻弄されてばかりだ。いつも通りとも感じたが、今日はやけに……と、思う。
挑発的な発言にも優しさを滲ませているのが常だ。けれど、言葉の裏にそれがない気がした。

彼が言っていた意地悪とはこれのことだろうかとフリットは琴線に触れかかる。
それ以上の思考に入れなかったのは、ウルフの指が二本、音を立てながら膣に潜り込んできたからだ。遠慮のない抜き差しと掻き回しにフリットの足が緊張を伴って震え出す。

「ひっ……ン、ぁ、ぁ」

指を三本にしてウルフは息を吸った。止めて、腕を軸にして手に力を込めて乱暴にフリットを掻き乱した。
ぐじゅぐじゅ、ぐちゃぐちゃと濡れ溢れる音が二人の耳朶を打つ。

「ゃ、ゃ、………んん、ぁふ、―――――ッ、ぁぁぁ」

びくびくしながらフリットは女の射精を吹いていた。ウルフの手を濡らして、床をも濡らしていく。自分の意思で止められない。

「潮か?」

そうであるが、頷くのが辛くてフリットは快感に任せて膝を崩そうとした。けれど、ウルフに腰を掴まれて元の体制に戻される。

「いゃ、ッ」

膣に指とは比べものにならない質量が来た。まだ、さっきのが達しきっていない。立っていられないフリットの足はウルフの腕の力で殆ど床に付いていなかった。

確かに物足りないと思ったのは認めるが、こんなに激しいのを想定していたわけではなかった。
凄く硬いウルフの先端が奥を何度もノックするように叩き、なかを穿(ほじく)ってくる。その感覚は正真正銘の快感であるが、ウルフとの距離が少し遠いようにフリットには思えた。

「ぁ、また……っ」

ウルフも出したばかりであったが、濃すぎる白濁をフリットの奥にぶちまけた。それを感じてフリットは自身も絶頂を上乗せする。

「は、ぁ――――――、ッ」

自由になって、足の裏が床に付いた。けれど、頽れそうな身体で姿勢を保てるはずもなく、椅子に寄りかかるようにして横向きに座るのがやっとだった。
足を閉じ合わせて余韻に浸っていると、ウルフが此方の足下にしゃがみ込んだ。続けてヤられてしまうのではないかとフリットは身を縮めた。けれど、そうではなく。

ウルフは自分より色素の薄いフリットの生足に唇を落とした。まだ快感の中にいるフリットは性感帯を刺激されたような反応をする。
何度も唇で触れ、時折、熱い舌先で治癒するように舐めた。

跪いているウルフの行動の意味は理解出来なかったが、フリットは位置関係が逆になっていることに気付く。
違う、だろうか。そんな不安を持ちつつも、違わないなら、受け入れようと両手を伸ばした。

頬をフリットの両手に包まれたウルフは彼女を見上げた。フリットは言葉にするのではなく、彼を誘導した。自分の胸に。
顔をフリットの谷間に埋めることになり、頬にあたる柔らかさにウルフは視線を逸らした。肌の色が濃いから分かりづらいが、ウルフが顔を赤くしているのを見て取り、フリットはふわりと口元を緩めた。

「お前、照れているのか」

返事をせず眉間に皺を刻んだウルフに視線を落とし、無言は肯定だと言ったのはお前だろうと込める。

「それはお前もだろ」
「承知している」

どうにかなっていたのは自分だけでなく、ウルフもではないか。

「………」
「…………」

二人して顔を赤くして見合わせていたが、そっと互いに視線を逸らしてしまう。それから、ゆっくり視線を戻して見つめ、合った。

ウルフは手をフリットの首元に持って行く。首輪を外して、赤みのあるところを指先で撫でた。

「ん」
「すぐ消えるだろうけど、痕になっちまってるな」
「問題無い」

首を撫でられ続けてフリットは眉を詰めた。熱い吐息が手にあたり、ウルフはフリットの頬にすり寄って耳元で低く誘う。

「エッチしようぜ」
「して、いるだろ……?」

不思議そうな顔で見上げてくるフリットの身体を容易に抱え上げて、ウルフは彼女とベッドに乗り上がる。
フリットの足先に口付けを落として、その脚を左右に大きく開かせる。

「今からが本番」

言われ、フリットは達した数を数えた。もう充分と言えるほどで、ウルフの白濁も相当の量を注がれているのを思えば、今からそれと同等かそれ以上を続ける宣言に腰を引いた。

身体はまだウルフを欲しがっているが、狼の目に危険を感じたのだ。此方の歳も考えてほしい。しかし、足首を掴まれて元の位置よりも近くでウルフに身体を晒し戻される。

「おまんこにおちんちん挿れてエッチしたい」

何処を塞げば良いのか分からず、フリットは顔を両手で覆った。
ウルフなりの照れ隠しなのかもしれないが、羞恥が耐えられない言葉を並べられて返事も出来なかった。

「なぁ、フリット」
「その……やましい言葉を使うな」
「おまんこ?おちんちん?」

口で言ったものを擦り合わせるようにウルフはフリットに近寄った。首どころか胸上まで赤くして言葉に詰まっている彼女に顔を寄せる。

「エッチも駄目か?」
「駄目………じゃない」

勃起している陰茎を恥丘に擦りつけられてはフリットも堪らなかった。挿れて欲しくて、隠していた顔を覗かせる。
手の甲にウルフの唇が触れた感覚が伝わってきたと思ったときには、膣に彼の先端が挿り始めていた。ぐぬぐぬと奥へと進んでいく挿入を感じて、フリットはウルフの背に腕をまわした。

「はぁぁ……ふ、………ゃ、そこ」
「ここか?」

反応があったところを集中して突けば、フリットが腰を浮かした。

「やめっ、そこダメ……ッ」
「いいんだよな」
「らめ……っ、駄目です、そこは」
「やっぱそれ、ハマる」

敬語が出てしまうフリットの妙な癖をウルフは気に入る。理由も知ってしまえば尚更だった。
フリットの良いところを一際強く突いてやれば、彼女は背中まで浮かして快感に溺れる。沈んでいかないようにウルフはフリットを強く抱きしめて最奥に自身を何度も突き挿れた。

「出そ―――――ッ、ぅ」
「ぁ、ひぅ……、――――ッも、ゃぁ」

膣から自身を引き抜けば、白濁が零れてくる。フリットの秘部がヒダで広がり、あられもないことになっている。そこが自分のものでぐちゃぐちゃになっていることにウルフは欲望を膨らませた。

強い快感の余韻を持て余すようにフリットは身体を横にして丸まっていた。
いっぱい出されてしまったと下腹部を触って、その感触に恐る恐る視線を落とそうとした。けれど、ウルフに肩を掴まれたのが先で、そちらに目をやった。彼の下半身の様子に固まる。

引かれてるとフリットの反応を見て思ったウルフは自分もこんなに元気すぎて困っているのだと、彼女を自分の元に引きずってくる。

今度は尻を上げた俯せの状態で後ろから突かれ、フリットはか細い喘ぎを零し続けた。身体に力が入らず何もままならなくなっている。けれども、ウルフから与えられる快感は全身で余すことなく受け止めたくて必死だった。

無茶苦茶にやっている自覚はウルフにもあった。それでも、フリットを感じたくて、感じさせたくて仕様がなかった。ヌコヌコと接合部から音がするほど腰を振る。
激しいことを繰り返しているからだろう、フリットのリボンが解けた。少し深めの若草色が背中に散らばるのを見て、ウルフは首元からフリットの後ろ髪を束ね分ける。項が露わになって、エロいとウルフは感想を零す。
しかし、そこにも首輪の痕があった。撫でてやれば、突然、フリットは全身を竦ませた。腰の動きは止めていないが、明らかに首を触られたことによる反射だった。
もしかしてと、ウルフはもう一度フリットの項を撫でた。びくんっと身を捩った彼女に確信する。

「首の後ろ、弱いんだな」
「………!」

初めて知ったと零すウルフにフリットはそれはそうだと胸中で返す。気付かれないようにしていたのだから。ウルフだけにではなく、今までもずっとだ。髪を伸ばせば誤魔化しもきいた。

「誰にも気付かれなかったのに」

悔しそうに呟き落としたフリットは本気で隠し通すつもりでいたようだ。意地っ張りというか、負けず嫌いというか。そういったのを剥がしたくなって、ウルフはフリットの項を舌で舐め上げた。

「イっ、ひゃ……!」
「ぁ、すっげ、締め付け」

舐められた直後、フリットは中にいるウルフをぐっと締め付けた。意思でどうにかなるものでなく、そうなってしまうのだ。
ぬるりとしながらも硬く太いそれを感じ取って、フリットはシーツを握りしめて布皺を刻む。

接合部から泡立った湿りが垂れ流れて肌を伝うほどに挿入を繰り返され、項を同時に攻め舐められる。胸までも揉んでくるウルフに全身を嬲られて、フリットは彼を感じる感覚を研ぎ澄まされていた。
奥に当たっているウルフを思って、フリットは絶頂を迎えてしまう。余韻に浸っている間もなく、即座に体制を測位に変えられて、左足を持ち上げられた。

びくびくと身体を跳ねさせ続けているフリットを待つこともせず、ウルフは腰を振り続ける。離せなくなってしまっているのだ。自分のものだと感じたくて堪らず、フリットからの締め付けに応えるように膣内に己を注ぐ。

人は誰かに認識されるだけで贅沢と言える。けれど、認識以上をフリットに求めているとウルフは自分を本能的に理解していた。好きの中でもかなり特別な部類なのだと。

欲望を出し切っても、ウルフはフリットの中に入ったままでいた。彼女の内肉が緩やかにうねる感触も気持ちが良い。
そのまま、ウルフは手をフリットの腹部に持って行く。

ふにふにとお腹を摘み揉まれて、フリットは視線を落とした。自分の身体の現状を目の当たりにして逃げようとする。けれど、ウルフがそれを赦してくれない。

「ぉぉ、ぽっこり」

見たままを言われてフリットはとうとう眉を下げる。自分でもまさかと気付きかけたが、ウルフに出された量が下腹部の膨らみに現れていた。
だらしのない身体を隠したくてフリットはおろおろするが、次のウルフの一言に動きを止める。

「孕んでるみてぇ」
「!」

丸く撫でるように触れられる。こそばゆさに眉を捩り、フリットはウルフを振り仰ぐ。出来ないのは散々伝えている。今更、掘り返す必要はないのだと、思う。
その証拠にウルフは幸せそうに頬をすり寄せてくる。彼の中で今を充分に満足している空気を感じる。

不安を安堵に変えたフリットはまだ恥ずかしさが残ったままであったが、ウルフの好きにさせた。
また腰を揺さぶられて、再びの絶頂を得る。それから、正常位で繋がる。深くなる絡みつきを、これ以上ないほどに。

「ウル、フ……ぁ、ぁぁ――――――ッ、ィ、ぁ」
「フリット、――――ッ」

呼び合い、同時に達して、汗ばむ全身で呼吸をし合う。

荒い呼吸が落ち着いて来たところで、フリットは両手をウルフに伸ばした。右肩と左頬に触れてきたフリットをウルフは見つめ返した。

「私はお前を受け入れる。お前は私を………」

言葉を止めて、フリットは自らの意志で言い直した。

「僕を、受け入れてくれるか」

翡翠が青く、真っ直ぐに強い眼差しで射貫いてくる。
思わず出てしまうのではなく、しっかりとした意識を持って言ったフリットは視線を逸らしたがっていたが、逸らすことなく気丈に前を向いていた。

「これが答えだ」

フリットの左手を手に取り、薬指にウルフは口付けた。
理解が追いついていないフリットにそうだなと零して、ウルフは彼女に噛みついた。匂いを感じ取れば、幸福に満たされ始める。今はまだ、それだけ伝われば充足だ。
強請ってくる見つめに唇を重ね、ウルフは指先でフリットの左手の薬指を付け根から撫でた。

































Aller Anfang ist schwer
全ての始まりは難しい/何事も初めは難しい








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