『Unterscheidung〜Gegenwart』補足SS/フリット、アセムとユノア/ウルフとフリット (2015/06/16)

『Gegenwart』補足SS/フリットとウルフ (2015/06/16)

『Gegenwart』補足SS/取材対象ウルフ/取材対象フリット (2015/08/16)

『Spiel』補足SS/エミリー+アルグレアス+ディケ (2015/06/16)

『Samsara』補足SS/フリット、ラーガンとオブライトとウルフとフォックス (2015/07/09)

『Samsara』補足SS/アセムとフォックス (2015/11/01)

『Samsara』補足SS/ゼハートとフラム (2015/07/09)















『Unterscheidung〜Gegenwart』補足SS
フリット、アセムとユノア
ウルフとフリット






欠伸が出てしまった。
目尻を拭い、元兇に恨めしさ半分、自分に恥ずかしさ半分を思う。

家を出る前に少し仮眠をとっておきたいが、家事は一通りやるべきだ。自分は頻繁に帰ってくるわけでもなく、子供達も家中を清潔に使っている。
神経質になることもなかったが、フリットの性分としては気が済まない。親として出来ることに手を抜きたくないからだ。

洗濯物は干し終わったので、掃除機を取り出す。二階の子供部屋をまわり、ユノアの部屋に掃除機をかけていると、ふと、視界に本棚が入る。女の子らしく少女漫画のコミックスがずらりと並んでいる。
気になった。けれど、娘の所有物だ。家族だからといって断りもなく手に取るのは憚られる。

掃除に戻ったフリットは昼前にそれらを終えた。子供達が帰ってくる前にはビッグリングに向かう予定だ。二人分の夕食を用意しなければならないが、いつものを作っておく時間はある。材料を確認して卵を割るところから始めた。
これを作り続けているのは何となくだ。明確な理由はない。ただ、作り方を忘れるのは嫌だと、そのくらいだ。子供の頃にエミリーにも手伝ってもらいながら、自分の母親であるマリナが作ってくれた味をどうにか再現して。
味を覚えているのは自分の舌だけで、エミリーには呆れられたり叱られたりしたことを苦笑しながら当時を思う。今では一人で作れるようになり、ユノアにも作り方を教えられるようになった。
出掛ける前に焼こうと、形を整えたクロワッサンクッキーの生地をラップで覆った。

ソファに座り、新聞を手にする。目を通すが、身が入らない。気になっているのだ。ユノアの部屋に置いてあるものが。
家事に没頭している間はどうにか耐えられたが、少し思い出しただけで落ち着かなくなった。新聞を閉じたフリットはソファから立ち上がる。
後ろめたさを持ちながら、ユノアの部屋を再び開けたフリットは娘の本棚を眼前に暫し葛藤の時間を置く。
少し借りると胸の内で謝って、少女漫画の一巻目を手に取った。

リビングのソファに身を沈めていたフリットは耳を刺す高音に跳ね起きた。自分としたことが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。しかし、そんな分析は後だ。時刻を掛け時計で確認しながら電話の音へ向かい、受話器を取る。
学園からの連絡を受けたフリットは急いで家を出た。




それから数日。

教室で倒れた一件から体調もいつも通りを取り戻したアセムはモビルスーツ大会にクラブの皆と出場し、優れた戦績で優勝した。これはトルディアの半地域分の学園から選出された大会であり、もう半分の上位とで、また数ヶ月後にコロニー全大会が開催される。それが自分達が出場出来る最後の大会になると、アセムは身を引き締める。

しかし、大会が一つ終わったばかりだ。まずは身体を休めることと、マネージャーとして体調管理を見ているロマリーとフラムに言われてしまえばゼハート達と一緒に頷くしかなかった。

今日は学園の課題と予習も済ませてしまい、暇だと天井を仰いだアセムはそうだと隣部屋をノックした。
兄を部屋に通したユノアは友達に借りたファッション誌から顔をあげる。

「また定規?」
「今日はいいや。あのさ、漫画借りていいか?」
「いいけど、お兄ちゃんが好きそうなのあるかな?」

ベッドの上にうつ伏せの姿勢のまま、ユノアは視線を本棚に向ける。足をぱたぱたとさせながら、兄が本を選ぶ様子を見ていると、一冊を引き抜いて此方に表紙を向けた。

「これ、いいか?」

少し驚いた。意外と言うほどでもないが、兄がそれを読みたいならユノアには構わなかった。

「いいよ」

わりとあっけらかんとした声に、アセムは本当に偏見がない妹だと思う。
全三巻とお手頃な長さの少女漫画コミックスをユノアから借りたアセムは自室に戻って一巻目を開いた。

最後まで読み終え、なかなか面白かったと感想する。自分は男だから主人公の女子中学生に共感しづらい部分はあれど、主人公を応援したくなる気持ちがわいた。作者のあとがきまで読み、三巻目を閉じようとすれば、中から何かひらりと落ちた。
紙が挟まっていたようだ。メモ用紙サイズのそれを手に取れば、字が書かれていた。それを読んだアセムは固まった。見たことのある筆跡は母親のものだった。


ユノアへ

この本を借りました




なんてことのないメッセージだ。けれど、あの母親がこれを書いた事実はアセムにとって驚愕だった。少女漫画どころか、週刊誌の類を読んでいるところだって見掛けたことがない。母親の書斎は専門書ばかりなのだ。
そんな母親が少女漫画を読んだ。理由は自分と一緒なのだろうかと思ったが、アセムは首を左右に振った。




アセムが首を左右に振っている頃、ビックリングでは。

何を気難しい顔をしているのか。

「なに、気難しい顔してんだ」

思うと同時に口にしていたウルフであるが、不味い質問ではない。言い濁すこともなく、真っ直ぐ見返してきたフリットと対面する。
不意の疑問に表情を軽くしたのは一瞬で、フリットは直ぐにウルフが指摘した気難しい顔に戻った。

「大したことではない」

嘘を言っている声色ではなかった。しかし、確信に欠ける発言だと、ウルフは執務机を両手で叩き押すようにして座しているフリットにずいっと顔を近づけた。
すんすんと鼻を鳴らしたウルフは甘酸っぱい匂いを感じ取って、意外と含んだ面構えでフリットのことを見遣った。

何故そんな顔をされるのか分からず、フリットは眉をひそめる。が、それは司令官として厳しいものではなく、純粋に持て余しているものから来る感情であった。

何か、彼女の中だけで得たものが最近あるようだ。それが自分と二人きりの時だけに現れるのならば、知りたい気持ちがある。
ウルフは執務机をまわって触れられる距離までフリットに近づこうとした。けれど、身動く前にフリットが先に立ち上がった。彼女の方が執務机をまわってきて、此方の背後に立ち尽くした。振り返ろうとすれば、フリットが待てと言うのでウルフは前を見る。

「少し、やってみたいことがあるんだが。………いいか?」
「お好きにどうぞ、司令官」

じゃあ遠慮無くという風にフリットがなるはずもない。彼女の性格を考えれば容易に先程と同じ気難しい顔でいるのが想像出来る。

気難しい顔でフリットはウルフの広い背中を見つめていた。左手は自分の胸に置き、ようやくの決心から右手を持ち上げて伸ばす。触れ、た。
背中を触れられたウルフからの僅かな反応にフリットは息を吸う。心臓を止める気持ちで行かなければ思い切れない。フリットは左手も彼の背に触れさせて、自分自身も彼の背に触れさせた。

ぴっとりと引っ付いてきたフリットにウルフは身動きせずにいた。というか、出来なかった。可愛らしさになんなんだこの生き物と耳を張った。
嬉しいのと変な緊張やらを覚えてウルフはゆっくりと息を吐き出した。少しだけ熱を感じる頬を掻きながら、そろりとフリットを振り返り見下ろした。

息を止めていたフリットは「は」と息を外にして強張りを緩める。身体が熱く、火照っていた。何かが溢れてしまいそうだ。
ユノアが所持していた漫画の内容をなぞっていたフリットは、続きはどうだったかと思い出しながら頬をウルフの背にすり寄せる。そうしながら、主人公の心の声として書かれていた心情は何となく解るような気がしていた。
こういうこと、なんだな。と、フリットはウルフの匂いで胸をいっぱいにする。ここからは、漫画とは違った。それはフリット自身が望んだこと。求めたこと。欲したこと。

彼の背に置き触れていた両手を彼の身体の前にまわして抱きついた。密着が深まる。
ほっと息を緩めようとしたフリットであるが、高揚の緊張に胸が締め付けられて、これが何か解らずにウルフから離れた。
そこで漸く、ウルフがずっと此方を見ていたことに気付いてフリットは視線を彷徨わせる。どのあたりからずっと観察されていたのかと思うと込み上がった。

「視察が入っている。お前も持ち場を離れすぎないようにしろ」

司令室を出て行ったフリットをウルフは見送ってしまってから不味ったと舌打ちを抑えた。引き止めるタイミングなんて幾らでもあったはずだ。衝動で身体が動く自分が、目を離せないほどにフリットに釘付けになってしまっていた。
美人より可愛いものが好きだったなんて本当に盲点であったのだ。



『Unterscheidung』でアセムを迎えに行く前の家事中フリットと『Gegenwart』までの間にあたるアセムとユノアの兄妹話でした。
「恋愛に興味持ち始めて少女漫画を読んでみるという同じ行動に出た母と息子」が裏タイトル。そこそこ似たもの親子といった印象をぽつり。
クロワッサンクッキーよりスコーンの方がよかったかもと少し後悔。小説版だとフリットおじいちゃんがキオに食べさせていたはずで。

ウルフさんとフリットさんのシーンはまるっと加筆です。どこぞでフリットが少女漫画の影響を受けてしまった描写を入れたいと思っていまして。ただ影響されているだけでなく、それからフリットなりの受け入れと咀嚼をしていって自分だけの気持ちに気付いたり育んでいくものかと。

拍手掲載日2015/04/29〜2015/06/16
サイト掲載日2015/06/16










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『Gegenwart』補足SS
フリットとウルフ






自分の横に来たウルフを一瞥するように見遣ってから、フリットは踵で足場を軽く鳴らすようにしてガンダムのコクピットに近寄る。

「ディケとは打ち解けているようだな」

先程遠目で言葉を交わす様子を見ていたフリットは振り返らずに言う。

「世間話ぐらいは誰とでもするだろ。あっちの娘とお前の息子、同い歳なんだってな」
「それは事実だが」

幼い頃に顔を合わせたことはあるのだが、アセムはアリーサのことを覚えているだろうか。そんなことを思い浮かべつつ、頭を抱えたディケから娘が軍人になると言って聞かないのだとフリットは数日前に聞かされていたことをも思い出した。
その場ではアセムも軍人を選びそうであることを発言しなかったが、ディケには新型の開発に携わってもらっている。誰をパイロットに想定しているかは勘付いているだろう。
本心としては軍人を選ばなくとも良いと、そう思っている。ただ、念のため。親として出来るだけのことは与えてやりたい。自分には、こういう形でしか与えられないのだから。

ガンダムの装甲に触れる手を後ろから見ていたウルフはフリットの傍らに寄る。目に入ったのは半重力の中で静かに揺れたリボンだ。指先で少し触れただけでフリットが何事かと不思議そうに見上げてきた。
このリボンに関して過敏な時が多い。そう思っていたウルフは、以前の苦い出来事でそれを確信に変化させていた。

「いつもしてるよなって思っただけだ」
「似合わないのは重々承知している」
「そんなこと言ってねーよ」

淡々としていた雰囲気が困惑に変わった。こっちが気にしているということは伝わったようだ。今日はそれだけにしておこうと、ウルフは次の機会に持ちこそうとした。
けれど、フリットが微かに言葉を零した。流石に聞き取れず、ウルフは何か言ったかと首を傾げる。
俯いたままでいるフリットはもう一度、言った。

「私の、誓いだ」

予想はしていたが、軽くない話の皮切りにウルフは口を引き結んだ。
彼の呼吸の変化にそういうところは真摯だと感じる。だからこそ、言ってもいいとフリットは自分を許可した。

「救いたい子がいた」

けれど、出来なかった。歳を重ねた自分からはもう年端のいかない少女となった。線が細く、透明感のある彼女の姿は今も胸にある。最期の、身を挺した泪で潤む儚い姿も。ずっと。
生かされた。彼女に守られた命だ。だから、彼女を救える世界を目指してガンダムを駆け続けた。今も、少女が生きられた世界にしたいと願う。現状を鑑みれば、少しは近づいているのであろうが、引っかかりはある。

「だが、何もかも間に合わなかった」
「形見ってことだよな?」
「ああ。だから、私には似合わない」

そう自覚していても、フリットは手放せなかった。
何かを選んだり決める時も、彼女が似合いそうなものに目がとまる。その自覚はあったが、簡単にやめることは出来なかった。

「執着、しているんだろうな」

褒められたことではないと顔を背けるフリットにウルフはそうだろうかと気軽な疑念を持つ。

「忘れないってのは生きてる奴の特権だろ」

記憶には数字で計上不可能な価値がある。覚えている。忘れない。褒めるほどのことでもない、当たり前すぎる能力だ。
当たり前だからこそ、見落としがちになる。そのことを知っていると、たまに思い出すのも悪くない。
ニュアンスとしてはフリットのそれは忘れられないが正しいのかもしれないが、ウルフにとっては細かすぎて分けるほどのものではない。
ゆっくりとだが、弾かれたようにフリットが面を上げた。瞬く様子にウルフは顎をしゃくった。

「好きなんだろ、その女」

フリットは動きを止めた。思ってもみなかったことを言われたといわんばかりの彼女を目の前に、ウルフは変なことを言っただろうかと眉を片方跳ねさせる。

「すき……。そうか。好き、か」

自身に言い聞かせているとも取れる言い方であったが、違う。
実感として、フリットは腑に落ちた。説明のしようのないものがあったはずだが、それがどうしてかと順序立てることなく、そのままにようやく認められた。
答えは導かれる順序を理解し尽くさねば納得がいかない質であったはずだが、気難しく考える必要はないと、肩から力を抜くように穏やかにさせられた。追求せず、そうであるだけでいい。

すんなりと納得に至ったのは、今だからこそ、だろう。似ていないが、似ている感情を自分はもう知っていて自覚しようとしている。自分にはそれがないと、エミリーに昔告げた。けれど、ウルフをそういう相手として繋がっている。もっと遡れば、それがないわけではなかった。かつてから、想う人はいたのだと。

「お前の言う通りだ」

ほっとした表情がウルフに向けられる。けれど、にわかに苦しさが滲んでいく。既に整理が出来ていたことに、無意識のそういうことだったが意識されたことで整理されていない感情が増えたのだ。
良い大人だ。表情をもう引き締めているフリットは感情の操作を心得ている。とっくの昔に何度も整理を重ねていることが窺えた。

「今度、デートしようぜ」

ウルフの声を耳に入れたフリットは口を薄く横に開いた。人語を話さない生物とでも遭遇したような顔をされるのはウルフにとって心外だった。日常的なことに限れば、フリットの方がとんちんかんなことを言っていると認識しているからだ。わりと最初から。

「いきなり何だ」

意識を取り戻したフリットがやや狼狽えて身を引いた。その反応に逸れた気分をウルフは取り戻した。

「デート」
「だから、何故そうなる」

唐突すぎる。話の流れを無視した突発的提案にフリットは困惑しながらも、その言葉の響きに心が落ち着かなくなった。
恥ずかしいと彼女の顔に書いてあるのが見て分かり、ウルフは視線を固定する。じっと見られていることにフリットは萎縮した。上官として強く出ることが最良の対策であるはずなのに、それが出来なくなっている。

「デートプラン、こっちで決めといて良いよな」
「ぁ。私、は」

行くとはまだ言っていない。言外をどう受け取られたのか把握出来ないまま、向こうが頷いた。

「行きたい場所あるならフリットのを優先する。考えとけよ」

何かを言い返す暇もなかった。背を向けたウルフは掲げた手を振って既に隣から去っている。追いかけるなり、呼び止めるなりして首を横に振ればいいだけの話だが、足さえ動かなかった。近くの整備士か誰かに見られたら不味いと、フリットは頬に手で触れて俯く。顔が熱い。

こういうのは、あの子の時にはなかった。その逆も然りで。似ているようで違うことに、代わりにしていないことを確信させられる。それに安堵もするが。
どうしよう。
その言葉ばかりが胸の奥で震えて出口がないままぐるぐるしている。あの男だけ、ウルフだけが、こんなにも、だ。

色んなものを持て余していたフリットは後ろから聞こえた整備士の声に取り繕って振り返る。そこで確認を取るべきことがあると、フリットは思い至った。
ウルフとデートをするには子供達の許可がいる。どうすれば許可を取得出来るだろうか。どのように伝えるべきか。どうしようがまた増えていった。

取り繕いが剥がれているのにフリット自身は気付いておらず、声を掛けてきた整備士が隣の同期と何とも言えない顔をしていることに瞬いた。



『Gegenwart』で二人がデートすることになった経緯の小話でした。
どこかでユリンのことは入れたいなと思っていて、フリットの中でまたもう一つ新しい認識や次へのステップアップの切っ掛けをウルフから提示してもらいたく。フリットさんの人生だってまだまだこれからなので。
若ウルフさんからしたら、一気に歳取ってしまいたいと思っているのかもしれません。目線も何もかもちぐはぐなのがもどかしい時期なのではと。

拍手掲載日2015/04/29〜2015/06/16
サイト掲載日2015/06/16










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『Gegenwart』補足SS


○ 取材対象:ウルフ・エニアクル(24) 階級:中尉



――アスノ司令のどこが好きなんですか?

「フリットの好きなとこ?」

――下の名前で呼ぶんですね。

「響き良いだろ、可愛いし」

――かわいい、ですかね?

「分からねぇなら別にいいけど、好きなとこどこだって訊いてきたのそっちだろ」

――可愛いところがお好きなんですか。

「あと良い身体してる」

――あ、おっぱいとか言ってもらっても大丈夫です。不味いと判断したらこっちで修正しますんで。

「そうなのか?てか、それは知ってんだな」

――一時期言いふらしまくってたの何処の誰ですか。

「俺様」

――自覚がおありで。

「手触りすげぇんだよな。ふわふわで軽そうなのに掌に吸い付いてくる感じで、揉んだ時の形の変わり方とかエロい。あとな、口で吸うと」

――生々しいのはストップ!

「オーケーとノーの範囲が分からん」

――貴方が分かりません。

「変人扱いは慣れてるってーの」

――いいですか。そんなに詳(つまび)らかに語られると司令のおっぱい想像しますよ。

「すれば」

――独占欲ないんですか?

「そうだなー。まぁ、あるにはあるけどよ」

――そこは詳細ください。

「そっちのボーダーラインのが適当過ぎないか」

――詳細ください!

「わーったよ。言えばいいんだろ言えばっ。けど、少し待てよ、俺自身ちゃんと纏めたことがないんだからな」

――では、会話しながら纏めますか?

「あー、それだと助かるぜ。他のやつの視点交えると見えてくるのもあるだろうし」

――意外とたわいない会話でも人の成長を促しますからね。考えることは大事だと思います。

「同意を求められてなけりゃあな。共有するって意味では話すの好きだぜ、俺は」

――レーサー時代もリップサービス多かったですよね。それで、独占欲についてですけど、司令のお子さん達に嫉妬することはありましたか?

「いや、そういうのは無ぇよ。餓鬼は親に甘えるもんだろ。ってか、あいつらの場合どっちかって言うと見ててヤキモキすんだよな。甘えさせ方が分かってないのと甘え方が分かってない奴が噛み合うわけねぇし。あ、息子のほうな。娘は素直だった」

――そういう感じなんですか?司令のご家族ってもっとこう完璧というか。

「イメージだけで喋ってるだろ」

――普通のご家庭とは違うじゃありませんか。

「思ってたより母親やってたけど」

――ご自宅に招かれたことあるんでしたね。どうでしたか?

「人妻系も良いよな」

――以前、“他人の女は抱かない主義だ”と雑誌かインタビューで拝見しましたが。

「寝取ってねぇだろ………ん?……そうなるのか?いや、まぁいい。で、この話引きずるのか?議題が逸れてる気がするんだけどよ」

――逸らしてきたのは貴方の方ですよ。何か意味深な発言が気になりますが、戻しましょうか。側近のアルグレアス氏に対抗心は?

「それも無ぇな。向こうはどうか知らんが、俺は同志だと見てる。頭も切れるし、才能に見合った場所にいるだろ」

――他の方達からは司令に傾倒しすぎだとの意見を耳にします。

「あれくらいじゃねぇと信用ならんだろ。不信感持ってる奴をフリットが右腕にすると思うか?」

――高評価ですね。

「不憫なのを汲んでもいるけどな」

――司令とアルグレアス氏を邪推する声もありますが。

「フリットが男を知らなすぎるんだよ」

――あのー。

「ああ、言いたいことは分かる。そんなことは無いって反論したいんだろ。けどな、その時のこと俺に訊いてもしょうがねぇからな。それに、俺が言ったのは肉体的なことじゃねぇよ」

――では、精神面だと。

「まぁ、そんな感じだ。だから、アルグレアスのやつとは何もねーよ」

――何かあったら。

「3P」

――たまに本気の冗談言うのやめてもらえますか。

「あり得ねぇことをそっちが言うからだろ。どっちかって言うとあっちのが気に掛かる」

――その顔は嫉妬していますね。あっちとは?

「俺が知らない男だ。フリットとは知り合いなのか因縁のある相手って雰囲気だったけどな」

――特徴は。

「赤髪。歳は三十いってるんじゃねぇか?」

――その男には取られたくないと思われたんですか?

「正直に言えばイエスだ」

――何か認めがたい様子ですね。

「今まで嫉妬とかイマイチしたことないんだよな」

――それだけ司令が特別な存在になっているということでは?

「よくよく考えるとずっぽりハマったよなー」

――下ネタじゃないですよね?

「そっちじゃねーよ、具合は否定しねぇけど。気にはなってたが、手を出すとか試行錯誤はしてなかったって話だ」

――気になっていたというのは、どのあたりでしょうか。

「そうだな。あいつ、表情とか姿勢とか崩さないだろ?立ち居振る舞いが格好良い。だから余計に他の顔が見たかったのもあるか。あと、おっぱい触りたかった」

――最後の一言は予想通りです。しかし、先程は可愛いところがお好きとおっしゃっていましたが、最初は逆であったと。

「逆ってより、両方だな。前にモビルスーツの模擬戦やったが、エース級に強いし、掛けられた言葉も痺れるほど格好良くて惚れ直したくらいだ」

――過去に隊長も務められていましたからね。Xラウンダーについてはどう思われていますか。

「脳の眠っている部分が開花したのがそれだって程度の知識しかねぇし、原理の難しいことは分かんねぇよ。でもまぁ、本人の能力には違いねぇ。ああ、それに嫉妬してるかどうか訊いてんのか。それもない。俺様の強さは自他共に折紙付きだぜ。フリットはすげぇ奴だから、それに見合うくらいは胸張りたいしな」

――やはり年齢の差は気に掛かるところでしょうか。

「なんだろうな。思ってたほど歳のギャップは感じてねぇけど、向こうが先に行ってるって感覚はある」

――積年の差。

「おお、それだ。いきなり足掻いたところでどうしようもねーのが、な。フリットもフリットで思うところあるみたいだし、お互い様なのが落としどころって気もしちゃあいるが」

――司令もですか。

「困ってたり不安がってるのは時折あるぜ。他の奴らには見せねぇけどな」

――優越感に浸ってますね。

「俺の女だからな」

――それを主張出来るなら立派な独占欲だと思います。今日は貴重な時間を割いていただきまして有り難う御座いました。最後に何か一言ありますか。

「結婚式には全員呼んでやるぜ」

――お幸せに。

「どーも」






○ 取材対象:フリット・アスノ(40) 階級:中将



――お時間宜しいでしょうか。

「………」

――イ、インタビューを……。

「………」

――申し訳御座いません。

「謝る必要はない」

――すみません。

「………用件がないなら席を外してくれないか」

――その、一つお訊きしても宜しいでしょうか。

「………発言を許可する」

――ウルフ・エニアクル氏についてどう思われていますか?

「…………」

――アスノ司令?

「………席を外してくれ」

――出来れば司令とエニアクル氏、両名のインタビューが欲しかったのですが、残念です。

「待て。ウルフにも、か?」

――はい。先程インタビューを受けてもらったばかりです。此処にエニアクル氏の声を録音したレコーダーがあります。

「…………」

――記事に書き直す時には編集してしまうので、オリジナルはこれっきりになります。

「…………」

――お聞きになりますか?

「いや……、そういうつもりでは、ない」

――もし宜しければ、録音したエニアクル氏のインタビューと引き替えにインタビューをお受け戴けないでしょうか。

「それで、良いのか?」

――一つだけで結構ですので。

「分かった。引き受けよう」

――では、先にお聞きになりますか?

「それは道理ではないだろう。交換条件を先に提示してきたのは君だ。私が先に答えねば公明正大ではない」

――寛大なお心遣い有り難う御座います。

「ウルフをどう思っているか、だったな」

――はい。ウルフ・エニアクル氏のどこが好きなのでしょうか?

「……内容が変わっているぞ」

――一つだけですから手っ取り早く。どこが好きですか?

「………いきなり、そう言われても」

――エニアクル氏は司令の可愛いところが好きだそうです。

「ッ、す、少し黙っていてくれないか。………。ええっと、ああ、そうだ……な。好きかどうか、その、まだ断言出来ないんだが。……ウルフは、私に新しいものをくれる人、だと思っている」

――新しいものを具体的にお訊きしても大丈夫でしょうか。

「構わない。あの男とは初めてのことが多いからだろうな。真新しいと、そう感じる。む、これでは抽象的か。具体的に、だったな……」

――顔が赤いようですが。

「大したことはない、平気だ。その、告白されたのを、思い出して」

――初めて告白してきた相手がエニアクル氏だったと?

「そうだ。…………そういう経験はとっくの昔にしているのが普通、なのか、やはり」

――一生告白経験がない人もいます。

「そう、だろうか?」

――自分の知人は何人か未経験ですから。では、此処で締めくくりましょう。お約束の品です。仕事に使うので後ほど返却お願い致します。

「あれで良いのか?しっかり返答していないんだが」

――告白の内容を詳しく話して戴けるならお聞きしたいです。

「う、それは……すまない。難しい」

――大丈夫です。司令はご自身のことを話すのが苦手なのだと判断しましたので。

「そんなことは」

――この仕事やってると解ってくるんです。大抵の人間は自分語りが好きですから、話が脱線していくんですよ。けど、司令は余分なことを一度も口にしませんでした。

「評価に値する観察眼だ」

――お褒めにあずかり光栄です。あと、これ定式なんですが、最後に一言戴けないでしょうか。

「これは連邦基地勤務の者達が閲読するのだったな。ならば、諸君らに告げる。心身ともに軍務に従事したまえ」

――本日は有り難う御座いました。

「ああ」

――…………。

「……………」

――レコーダーの再生の仕方はご存知ですか?

「知っている」

――お聞きになれば宜しいかと。

「………」

――ここからはオフレコですから記事にはしません。

「そうではない」

――分相応な自分で宜しければご相談に乗ります。

「………この類の情報誌などに私が目を通すのを止められている」

――ええっと、止められているというのは、エニアクル氏にからですか?

「大概、過去のものをだが。これは、良いのか判別が出来なくて、な……」

――亭主関白を大事にされるほうだったんですね。

「…………」

――ひぃぃ、すみません、すみません!

「何を謝っているんだ?」

――すぎた冗談を言ってしまったので、機嫌を害されてしまったかと。

「そういうわけではない。ただ……ウルフの言うことを聞いてしまうんだ、身体が勝手に」

――勝手にですか。

「注釈するが、何でもかんでも言いなりになっているのとは違うからな」

――あ、はい。肝に銘じておきます。それでですね、はい、過去のものを止められているなら別物だと思いますよ。

「そうだろうか……?」

――そうですそうです。さっき司令のところに行くと言ったら微妙な顔されましたけど。

「ウルフが?」

――何も言っていませんよ。空耳ではないでしょうか。

「………あまり同胞は疑いたくないのだが」

――大丈夫ですよ、ほらほら。交換条件出した意味が無くなってしまいますし。

「後で記事にはなるのだろう?」

――頑なですね……。なら、自分が再生して司令に聞かせた、というのはどうでしょうか。嘘にもなりません。

「……それは」

――エニアクル氏が司令のどこに好意を持っているか知りたくはないんですか?

「………はしたないと、そう思われることはしたくない」

――謙虚すぎかと。

「交換条件を提示してくれた君を煩わせたのは申し訳なかったと思う。これはもう回収してくれて構わない」

――ぽちっとな。

「あ」






○ 取材後


……最後まで聞いてしまった。と、フリットは罪悪感と高揚感を綯(な)い交ぜにしていた。罪悪感はウルフがきっと許可してくれないものを聞いてしまったこと。高揚感はウルフが自分に向けてくれている想いを聞いてしまったこと。
けれど、平等に綯い交ぜになっていた情感の均衡が崩れていく。高揚感が勝ってきたのだ。後ろめたさが消えているわけではないし、受け答えの一部に何か引っかかりは覚えている。だが、それ以上に褒められているようで嬉しかった。どうしようもない熱の鼓動へ少しだけ虚勢を張る。

「式は挙げないと言っただろうに」

小声だったが、このレコーダーの持ち主に聞こえただろうかと視線を持ち上げたフリットは瞬いた。

「それは、カメラか?」
「動画を撮っています」
「私の顔を撮っても仕方のないことではないか?」

レコーダーの中身を聞いていただけだ。記事として役にも立たないだろう。
重要な書類などを置きっぱなしにしていないのをフリットは手短に目で確認してから、もう一度首を傾げた。

向こうは曖昧な笑顔を貼り付けて機器を片付けると、一礼を忘れずにそそくさと去っていった。何が何だかとフリットは肘を机上について組んだ両手の上に顎をのせた。判然としないものに思考を捻ったが、一人になったのは好都合かもしれないと思い直す。

少し緊張していたようだ。数え切れないほどの謁見を経験しているが、何かの議題を中心とするか、相手の身の上についてであることが多い。それ故、自分自身に関わることを話す機会は滅多になかった。それに、第三者からウルフのことを面と向かって訊かれたのは初めてのことだった。
思考を切り替えることなく、フリットはウルフのことを考えながら高揚感に身を委ねた。




休憩室に総司令官の姿があっても驚かれることがなくなりつつあった。だが、当初の頃以上の驚嘆の空気にフリットは一度足を止める。直ぐに進み出ようとしたが、それを遮るようにウルフが立ちはだかった。

「フリット」

びくりとフリットは表情を弱めた。彼の声色が堅かったのだ。此処で雑誌を広げていたのを咎められた時と似た声に、この間の後ろめたさが蘇った。
事実を話して詫びる時間はあったが、年下に怒られる状況に陥りたくなくてウルフに話せていなかった。知られてしまったのだろう。フリットは潔く諦めをつけて、ウルフに引っ張られ促されるままに椅子に座った。

「すまなかった」

横の椅子にウルフが腰を下ろそうと身動きしている時にフリットが言った。半端な姿勢で動きを止めたウルフであったが、次には再開させて椅子に落ち着いた。

「何を謝ってやがるんだ?」
「え。あれではないのか?先日の取材だとばかり」
「いや、そのことだけど」
「怒っていないのか?」
「あー、ちょっと待った。噛み合ってねぇ」

掌を此方に向けてくるウルフにフリットは黙った。
どこから説明するかとウルフが首を捻っていると、二人の様子を見かねたラーガンがテーブルを挟んで相席する。彼は近くにいた同僚から借りた片手サイズのタブレットをフリットに差し出した。

「これを見てください」

ラーガンから手渡され、流れる映像に視線を落としたフリットは小さく声を漏らした。やはり、ウルフに知られてしまったのだ。タブレットの映像はフリットがウルフのインタビュー内容をレコーダーで聞いている一部始終だった。

「それ、ビッグリングどころか他の基地にも出回っちまってるぞ」
「そうなのか」

ウルフの呆れ声に反して、フリットは出回っていることに関してはさして重要視していない声で返した。それよりも、だ。

「お前の声を勝手に聞いたのは、本当に悪かったと思っている」

反省の念をウルフに真正面から告げた。しかし、ウルフは「だから、そうじゃねぇ」と頭を掻く。噛み合っていなかった理由が見えた。雑誌類を見るなと咎めたのをフリットが引きずっているのだと解ったからこそ、ややこしかった。
あれとこれは違う。今回のは彼女と自分が同じ土壌に立ってのインタビューであったのだから、ウルフとしては恥を感じるものではなかった。納得がいっていない部分もあるが、前のに比べれば些細な感情の一片でしかない。
それを伝えるのはフリットを責めないということでしか成立させられなくて、ウルフはもう一度。

「そうじゃねぇ。謝るな」
「しかし、」
「しかしもクソもねぇ。俺はこれが出回っちまってて、お前はそれでいいのかってことを考えてだな」
「それは、お前のほうではないのか?文面ではなく、直接の声がそのまま聞かれてしまっているわけだろ」
「そんなのどうだっていい。お前の表情が」
「私の顔?何を言っている?」

タブレットに再び視線を落としたフリットであるが、ウルフが言わんとしていることは伝わってこなかった。 ウルフが唸っているのを横に、フリットは出回っているのは噂と同じようなものだからいずれ鎮まると励ますように彼の肩を叩いた。憤っていながらも、仕事に戻っていくフリットを強制的に連れ出すなり何なりしなかったウルフを見てラーガンは成長したなぁとしみじみ思う。

「司令はウルフを気に掛けてて、ウルフは司令を気に掛けてたみたいだな」

お互い自分自身に無頓着になっているから、こうなってしまうのだ。覚えておこうとラーガンは頭にメモをしながら、タブレットを手に取った。
睨んでくるウルフに肩を竦める。映像としてはさらっと見流せるものだ。フリット本人が気にしないほど、映像の中の彼女はいつも通りだ。だが、ウルフは気にしている。よくよく観察すると、フリットの表情変化が見て取れるのだ。僅かなものだが、ウルフには手に取るように分かるからこそ、誰にも見られたくなかったのだろう。
ウルフの次にそれに気付いたのは女性陣だった。彼女らが感想を述べ合っているところに男性陣が混じってきて、ウルフの懸念に対しては五分五分となっているのが現状。

女性の食いつきが目立ち、男性陣は素っ気無さそうに見える。ラーガンはそう見立てているのだが、ウルフはずっと毛を逆立てていた。

「でも、司令がまだ気付いていないのは意外だったな。ウルフは最初から分かってただろ」
「一度追い出されたそうじゃねぇか。現職の軍人に小遣いやれば乗ってくるだろうしな。せこいとは思うが、マスコミなんざそんなもんだ」

ケチは付けないとウルフは頬杖をつく。
マスコミ関係者が数人、ビッグリングに紛れ込んだ珍事件があった。早々にフリットに見つかって丁重に追い出されている。
そんなこともあり、彼らにとっては不完全燃焼なままでは終われなかったのだ。警戒心を持たれないように軍内で広報関係を担っている軍人に声を掛けて協力を仰いだ。自分達の代わりに取材者として抜擢されたのが、あの正規軍人のインタビュアーだったわけだ。

ウルフとフリットが受けた取材は連邦基地に配信される記事ではなく、どこぞの週刊誌に掲載されることになっていた。だが、実際には失敗に終わっている。

「貧相な面してんな」

テーブルに寄りかかる上からの声に、ウルフは不機嫌を露わにした視線を刺す。ラーガンが今手にしているタブレットの映像をばら撒いた張本人がこのフォックスだった。
フォックスは見慣れない人物と何やら取引している軍人を見かけて、怪しいと思って行動に出たまでだった。機器を色々没収したため、マスコミにもあの軍人にも手柄は残っていない。
適当に処分したそうだが、フォックスは面白半分でこのフリットの映像だけを残して拡散を始めたのだ。

「誰のせいだと思ってやがる」
「手っ取り早くお前に見せるためだ」
「ばら撒く意味あんのか?」

元レーサー同士のよしみで激高は抑えているが、今回ばかりは本当に肝が煮えくりかえっているのだとウルフは声に滲ませる。今更やり直しはきかないし、フリットのことを関わらせてフォックスと仲違いするのは本心ではないにしても、だ。

「あるだろ」

そう言ったフォックスにウルフはとうとう立ち上がった。
ラーガンは二人の対照的な様子を見て苦笑する。ウルフは他人がやったことにねじ曲げるような責め立てを滅多にしない。それの的になっているフォックスが飄々とどこか楽しそうに見受けられたからだ。ウルフに構ってもらえて嬉しいのだろう。

「最近、司令と雰囲気良いもんな」

ウルフのやつ。と、内心でラーガンは付け加える。
フリットがここのところ、ウルフに対しての気の赦しが以前以上になった。自分を含めて周囲がそう感じている。当人が積み重ねの現状に何ら不自然を持ち得ていないところを見ると、これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
このまま本当に結婚してしまうのだろうか。披露宴のスピーチを脳内シミュレーションするラーガンであった。



Gegenwartの最後のオチから派生した話。
ウルフのインタビューはフランクに、フリットのインタビューはびびりながら。一般兵から見た平均的な二人への印象の違いはこうかなぁ、と。
取材後の部分の式は挙げないとフリットが言っているのは、第二部一話「Anfang」のタイトルバー会話文から引っ張ってきています。

拍手掲載日2015/07/09〜2015/08/16
サイト掲載日2015/08/16










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『Spiel』補足SS
エミリー+アルグレアス+ディケ






彼の第一印象は“礼儀正しく、背筋がしっかりした芯のある人”だった。今もそれは変わらず、エミリーはフレデリックに好印象を持っている。大事な幼なじみの片腕としての働きっぷりも評価していた。

「睡眠薬?」
「はい。あの、市販されている程度の軽いものなどはありませんか?」
「貴方が必要なのかしら」
「あ、いえ」

視線を下げたフレデリックははっきりと頷かない。エミリーは誰に睡眠薬を飲ませたいのか心得る。

「ずっと忙しかったものね、フリット」

気付かれてフレデリックが面を上げる。それを受け止めてエミリーは微笑む。
フリットの周りに彼女のことを気遣ってくれる誰かが多いことは良いことだ。ウルフのことをも頭に思い浮かべて、フレデリックに対してエミリーは気を揉む。目の前の彼から傍にいられればそれだけで充分と、そんな雰囲気を当人から感じていた。少しだけ、自分と似ている。

「この間、市販品も届いていたはずだからあると思うわ。錠剤か粉薬どっちがいい?」
「粉薬でお願いします」
「分かったわ。少し待ってて」

薬品などが置いてある奥にエミリーが姿を引っ込めれば、医療班に配属されている若手の子達が色めき立っている様子に苦笑する。見目も良いし、物腰も正しいとなれば放っておけないのだろう。フレデリックは女性から人気がある。
目的の薬が入っている棚の引き出しを開けていると、若手の子達がエミリーを取り囲んでいた。

「アモンド婦長!不謹慎なのは分かっているんですが、アルグレアスさんって恋人とかいるんでしょうか!?」
「あんなに格好良いんですから、やっぱりいるとか」
「でも、そういう話全然聞かないし」

わいのわいのと群がってくる彼女達をエミリーは慣れた様子ですり抜ける。

「はいはい。好きな人はいるみたいよ」

宇宙在住ではあまり意味がないが、明日の天気でも話すような口ぶりでエミリーは言った。あまりにも自然な口調だったことから、エミリーを取り巻いていた彼女たちはあんぐりと静まりかえり、次に落胆した。
しかし、エミリーが一回分の睡眠薬を持って診察室へ向かう頃には気持ちを持ち直していた。

「付き合ってはいないんだから、チャンスはあるわ!」

若いっていいわねぇとエミリーはしみじみしながら奥から出て、フレデリックに薬を入れた紙袋を手渡した。

「好意には疎い子だから気付かれないとは思うけど、頑張ってね」
「は、はいっ」

薬を受け取ったフレデリックは眉を立てて成功させてみせますと意気込んで綺麗な回れ右を見せてくれた。





次の日、ウルフが医務室を訪れたことにエミリーはこれは失敗したなと胸に秘めた。
ウルフに解熱剤を渡して、彼が去るのを見送ってからエミリーは空いている医療ベッドに腰を下ろした。傍らの椅子に座っているディケを見遣る。彼の愛娘のことで相談に乗っていたのだが、そちらは一段落している。自分の話にも付き合ってもらおうと思ったのだ。

「ねぇ、ディケ。今更なんだけど、アルグレアス君かウルフって子、どっちがフリットには良かったって思う?」
「今更だな」

回答ではない。ディケはそれから口を開く様子もタイミングを計っている様子もなかった。つまり、話の先を促している。
エミリーも誰かの意見が欲しいわけでもなく、自分の話を聞いてもらいたいのだ。こういうのを言わずとも分かってくれる友人は本当に有り難い存在だ。付き合いの長さは伊達ではない。

「フリットの気持ちが解らないわけじゃないわ。あの子の方もフリットのこと考えてくれてるし、良い子だって思う。けど、応援してたのよ」
「自分と重ねてたんだろ」
「昔から遠慮ってもの知らないわよね」

図星だけれどと、エミリーは吐息する。一線を越えたいと思っているのに、自分からはその一線を越える勇気がいまいち出せなくて、向こうから来てくれるのを待ってしまう。どこかで期待をしての今だ。

「お前の初恋フリットだもんな」
「そういうディケの初恋は私だけど」
「それ、嫁には言うなよ……」
「言わないわよ、私まだ自分の初恋引きずってるんだから」

引きずっていることを自分で言わなくてもいいんじゃないかとディケは半目になる。エミリーのこういうところは昔から相変わらずだ。

「でも、ま。フリットは押しに弱いからな。エミリーだって思い当たることあるだろ」
「それは……まぁ、ね」

頬に手を当ててエミリーは視線を流す。自分の言動でフリットを振り回していた自覚はあるのだ。今ではもういい大人だから振り回してはいないと思うけれど。

「強引さが足りなかったのかしら」
「エミリーは聞いてないのか?」
「何を?」
「ウルフのやつがフリットを、」

そこまで言ってディケは不味いと口を噤んだ。エミリーが全く感知していないと知れたからだ。
フリットからは絶対に公言しないのは目に見えている。自分とてウルフから聞いたのだ。エミリー同様にフリットがウルフを選んだ理由はそれなりに気になっていたから、そのあたりをウルフ本人から聞き出した。なかなか口を割らなかったし、本人もまだその時のことは後悔が残っている様子だった。

向こうが反省していると解っても、自分にとってフリットは友人であり仲間でもある。それなりの怒りを覚えて、フリットに被害届なりなんなりを出せと言ってみれば。彼女は顔を赤くして照れた様子で「赦してないけど、今は赦している」と訳が分からない自決を返してきた。
馬には蹴られたくない。もう、どうにでもなれとディケは放置を決め込んだ。ウルフと話す時も聞いたことは無かったこととして対応している。フリットからも自分の許可無くウルフを責めるなと強く言われては、そうするしかないだろう。

「彼が何かしたの?フリットに」

眉を立てて問い詰めてくるエミリーにディケは首を横に勢いよく振る。
フリットが昔やっていたことで、あまり良くも知らない男がフリットに触れていることに我慢ならなかったエミリーには言えるはずもない。ウルフがフリットを強姦したなどと。

「いい、いい。今は仲良くやってるんだから、エミリーは気にしなくていい」
「はぐらかさないで!」
「だからいいって」

押し問答を繰り返していると、医務室の扉が開き、フレデリックが姿を見せた。

「あ」

一瞬の隙をついてディケは医務室から飛び出して、逃げた。
ささっと横切っていったディケの風圧にフレデリックは瞬きながら首を傾げた。

「すみません。お邪魔をしてしまったようで」
「謝ることないわ。それより、何か入り用かしら」
「昨日はお礼を言い忘れていたと思いまして」
「いいのよ、そんなに気にしなくて。昨日の貴方の顔見てれば分かるもの」

照れて頭を掻くフレデリックにこんな息子が自分にもいたら良かったとエミリーは思う。勿論、アセムのことも自分の息子のように思っている。

「司令もごゆっくり休まれているようです」
「あ………そう、なの……」

フレデリックはウルフとすれ違ったのだろうと憶測する。しかし、彼の計画は失敗しているのだ。安堵しきっている顔を崩すのは気が引ける。相手を慮るのも医療班の義務だ。エミリーは余計なことに蓋をした。

「そうだ。さっきね、ディケから聞きそびれたことがあるの。アルグレアス君は知ってるかしら?」
「私が知っていることでしたらお答えしますよ」
「エニアクル君がフリットとそういう関係になった切っ掛けを教えて欲しいの」

フレデリックは医務室から逃げた。



『Spiel』でアルグレさんが睡眠薬を入手したりの経緯やらをエミリー視点でお送りしました。ディケは被害者ポジションです。
補完ははっちゃける方向性になっていたので、エミリー→フリットはけっこうガチに仕上げてしまいました。

拍手掲載日2015/05/09〜2015/06/16
サイト掲載日2015/06/16










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『Samsara』補足SS
フリット、ラーガンとオブライトとウルフとフォックス






思いのほか寝入ってしまったとフリットは目を覚ました。腕の中のアセムはまだ寝息を立てている。
そっと起き上がり、息子の寝顔をやんわりと見下ろす。寝顔はまだ少年らしさが残っている。親の手はいずれいらなくなり、自立してしまう先を思えば複雑だ。それでも、アセムが自分の子供である事実は変わらない。

起こさないように柔らかいブロンドを撫で、屈んで額を合わせた。そっと離れ、ベッドから抜け出す。
スリープ状態であったハロが目覚めさせると此方を見上げてきたので、フリットは口元に人差し指を持ってくる。

着替えたフリットは静かにアセムの部屋を出た。通路には誰もおらず、憂いを込めた吐息を零す。アセムの中にある蟠りは払拭してあげられなかったことを思って。
けれど、前には進んだ。今日は糧となるはずだ。良かったと、フリットは表情を綻ばせてアセムの部屋を振り返った。

「おやすみ」

言って、フリットは視線の向きを変えた。自室に戻るために一歩踏み出すけれど、止まる。
ウルフがいるよな……と、そう考えて。手を胸上に持ってくる。苦しいような気がするのに、それだけではない。熱さを感じて目を伏せる。

会いたい。

胸の内ではっきりと浮かんだ。
止まっていた足を進め、数歩行ってから、フリットはもう一度アセムの部屋を振り返った。分かって、くれ……たら、いいと。年甲斐のない身勝手を謝りたくもある。けれど、そうではない。そうしたら、いけないと思う。
置いていくわけではないからと、息子に背を向けた。

進む足が、段々と急いでいく。殆ど駆け足になって通路を迷い無く歩んでいれば、呼び止められた。

「アスノ司令、何か緊急事態ですか!?」
「いや、そうではない。すまない、気にしないでくれ」

早口に言ってフリットは速度を落とさずに行ってしまう。
司令の後ろ姿を呆けて見送ったオブライトを横にいたラーガンが苦笑で窘める。次いで、ラーガンは後ろを見遣った。
フォックスと言葉を交わしていたウルフはラーガンからの視線に口を閉じて眉を跳ねさせる。

「何だよ」
「司令、あっち行ったけど良いのかなって」
「ッ、それを早く言え」

ウルフはラーガンとオブライトを押し退ける。それから、フリットの行った先へと走っていった。

混乱しているオブライトを傍らに置き、ラーガンは訳を知るフォックスと顔を見合わせる。自分としては苦笑だが、彼の方はそういうわけでもない。腕を組んでいるフォックスは口端を下にさげている。
二人でウルフとフリットの関係について話し合ったことはない。そこは不干渉であるのが最善と互いに認識しているためだった。

意図的に無言でいるラーガンへとオブライトが視線を向ける。

「アスノ司令がおっしゃっていたことは本当なんですか?ウルフ隊長と、その……」
「信じられない気持ちも分かるよ。俺も司令があそこまでウルフにハマるとは思ってなかったからな」

最初はウルフの押しつけを断り切れずと、そんな風に見受けられた。けれど、そうではなくなっていくフリットの変化は端から見ていても明らかだった。
こっちのやり取りを聞いていたフォックスが鼻を鳴らすのを耳に入れ、こいつはウルフの味方だよなと、ラーガンはバイザーの角を撫でる。
自分はどちらの味方なのか。



フリットさんがアセムの自室で寝てしまってから(後書き下のおまけ話にあたる)ウルフと自分の部屋に戻るまでの間を埋めました。
アセムへは母親の一面を、ウルフへは恋情の募りをオモテにするフリットさんを書きたく。後者をパイロット達が目にしてそれぞれで異なった意外を感じたりな話でした。

拍手掲載日2015/06/16〜2015/07/09
サイト掲載日2015/07/09










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『Samsara』補足SS
アセムとフォックス



AGE-2の専属整備士だと紹介されたばかりのロディと交友を深めていたアセムだが、整備班長がロディの肩をスパナで叩きながら仕事をしろと一喝してきた。邪魔をしてしまったことを詫びると、ロディがそれ以上に申し訳なさそうな顔になって見送ってくれた。
その場から離れて後ろを振り返れば、整備班長の目を盗んでロディが此方に手を振っている。相手をまだよく知らないはずなのに、アセムはロディになら悩み事も相談してしまえそうだと親近感を持ち始めていた。

ロディへと会釈をしたアセムはウルフのトレーニングとやらが始まるまで手持ちぶさただと、格納庫を彷徨く。適当に立ち止まってハンガーに並ぶモビルスーツと整備士達の動きを目で追っていると、ぬっ、とした威圧を感じてアセムは傍らを見上げた。

ウルフと同じ歳ぐらいの男だ。彼とはまた違った獣臭さがあり、アセムは少しばかり物怖じする。
じっと観察されるがままに固まっていたアセムに男から言葉を落とされる。

「似てるっちゃあ、似てるか。似てないっちゃあ、似てないけど」

何のことだかさっぱり分からない。そのままを表情にすれば、男は何でもないと顔を引いた。
訳が分からないままのアセムは相手がフルネームを名乗り、次いで渾名のフォックスで呼んでくれと続けられるがままに頷くしか対応が分からなかった。
自分も名乗るべきだろうと口を開いたが、知っていると手で制されてしまった。一方的な態度に不審を重ねたアセムはフォックスから距離を取ろうと一歩下がったが、後ろから肩を押された。ウルフの姿に首を傾げる。

「こいつまで毛嫌いするこたぁないだろ」
「別に嫌ってないさ。まだ観察してただけだ」

話し方から察するにウルフとフォックスは近しい関係なのだとアセムは聞き手に徹する。
ウルフが不機嫌を露わにしているのは珍しいとアセムは感じていた。此方には調子の良い顔を崩さないから余計に物珍しい。それでも不機嫌に棘は含まれていない。どちらかと言うと呆れが強いだろうか。だからこそ、二人の間が近しいと見て分かる。

「こいつはお前が嫌うタイプじゃねぇ。俺が保証してやる」
「―――お前がそう言うなら、そうなんだろうな」

肩を竦めたフォックスは突然絡んで悪かったとアセムの肩を軽く叩いて、整備士達が支持を交わし合う喧騒に消えていった。
此方を見ずにウルフも去っていきそうな気配にアセムは慌てて呼び止めた。

「あの、」

立ち止まったウルフはアセムを振り返る。面倒という空気に困惑が含まれているのを褐色の表情に見て、アセムは視線を下げた。聞いてはいけないことか、話しにくいことである可能性が出てきたからだ。

「お前にとっちゃあ面白くない話だぞ。それでも良いのか?」

しかし、ウルフは望むのなら話してやると吐息混じりに促してくれた。やはり、根は悪い人ではないとアセムは再確認する。だから、頷いた。

「さっきのは、一体」

フォックスの行動やら全ての意図が分からなくてもやもやしている。真意を知っているウルフはアセムに答える。

「あいつはお前の母親が気に入らないんだとよ」
「え?」

疑問したが、内容が頭に入ってくるとアセムは表情を硬くした。それを見て、ウルフは腕を組む。出来るだけ言葉を選んだが、遠回しすぎても伝わらないのが厄介だ。特に否定的なものは扱いが難しい。
親子関係が上手くいっていると断言しにくいが、アセムがフリットを慕っている気持ちが確かにあることをウルフは自身の目で見て知っている。自分とて産んで育ててくれた母親を悪く思われたら良い気はしない。

「母さんは、そのこと」
「あんまり感知してなさそうだったな。そういう性格だろ?フリットは」
「まぁ……」

気に止めていないのは想像が付く。自分が気分を害したところで、それは家族としての主観だ。当事者個人の主観とは異なる。
フリットは気にしていないと聞いて少しだけ楽になった。

「出来ればフォックスのやつのことを悪く思わんで欲しいが、無理にとは言わねぇよ」
「それは、努力します」

楽になった分の余裕はある。自分とて苦手以上を感じる人はいるのだ。棚に上げるようなことはしたくなかった。
それに、ウルフが話さずに留めておきたかったことであったのは分かっている。その上で話してくれたことを無碍には出来ない。知らなくても良かったことだと、今になって理解したことを申し訳なく思う。
そんな此方を気遣うようにウルフが肩を二度叩いてきた。そのまま、去りながら言葉を送ってくる。

「俺も努力してやる」

何をだろうか。
大して重要なものでもなさそうで、アセムは首を傾げたまま白い背中を見送った。

ディーヴァが出航するまで、残り一時間弱。



予定時刻通り、ディーヴァはビッグリングを出航していた。モビルスーツ部隊を編成されてからのチームでの初めてのトレーニングを終え、それからAGE-2に関することを母から確認を取っておきたいとアセムは自分の部屋で親子の時間を過ごした。 目を覚ますと母親の姿はなかった。代わりに丁寧に畳まれたシャツがベッド脇に置いてある。
もう十八だというのに母親と一緒に寝てしまった事実に顔が熱くなる。そそくさとベッドから抜け出して軍服に着替えたアセムは空腹感を覚えて食堂にでも行こうかと部屋を出た。
ロマリーを誘おうかと彼女がいそうな場所の見当を付けて歩き出して早々、同じ隊に配属されたオブライトの声が後ろからした。呼び止められたのではなく、話し声だ。
誰かと一緒らしいと、後ろを振り返った。

オブライトの話し相手はオレンジ髪が特徴的な男性だ。格納庫でウルフと親しげに話していたのを見掛けているし、モビルスーツ部隊の総隊長を務める一人であると全体紹介の時に聞いている。
そのラーガンの斜め後ろにフォックスの姿を見止めてアセムは身構えてしまう。しかし、努力するとウルフに宣言したのだ。逃げるのは本意でなくて、アセムは彼らが目前に来るまでその場に留まった。

「アセム、大丈夫か?」

目が合って早々、オブライトからの気遣いの問いは分かる。ウルフのトレーニングで体力を極限まで消耗されたのだ。一眠りで簡単に回復するかどうか自分でも怪しかったが、想像していたより身体は軽い。

「はい。大丈夫です。オブライト中尉は慣れているんですか?」
「まぁ、きついことには変わりないけどな」

ラーガンらと一緒だったということは一睡すらしていない筈だ。自分も早く追いついて一人前と認められるようになりたい。

「直接、挨拶はしてなかったよな。ラーガン・ドレイスだ。宜しくな、アセム」
「あ、はい。宜しくお願いします」

と言ってから、この人は此方のことを知っているのだろうかと首を傾げた。それを受けてラーガンは頷いた。

「ガンダム乗りの後輩が出来て嬉しいよ。俺が乗ったのは試作機だったけどな」
「それじゃあ、母さんとも?」

顔見知りであるのは当然としても、軍内では母親にとって良く知る相手ということだろうかと問う。

「色々話したりはするかな。アセムの小さい頃の写真も見せてもらったし」
「それは」

何とも言えなくなってアセムは口を引き結んで歪ませた。どういう流れがあったにしても、自分の幼少期の姿を見られている事実が歯痒かった。
ラーガンが俺何か不味いこと言ったか?とオブライトに目配せをして微妙な空気になってしまったところにフォックスが前に出てきた。

「さっきは悪かったな」

言って、アセムの横を通り過ぎていった。疑問に顔を上げたアセムはフォックスの背中が遠ざかるのを目で追いかける。何か言うべきだろうかと思案したが、オブライトが一緒に行こうと誘われるがままに彼らと行動を共にすることになってしまった。

どうやら彼らも食堂に向かう最中だったらしく、アセムはロマリーを誘えずじまいとなった。特に約束していたわけでもなく、オブライトの誘いを断る理由もなかったのだ。
流されるまま流されてきてしまった。食堂のテーブルについて四人で食事を囲んでいる状況を受け入れながら、アセムはサラダを摘んでいる。

自分の右隣にはオブライト、向かい側にラーガンとフォックスだ。彼らに比べると自分の身体はまだ小さい気がする。正直、ウルフ並みの筋肉が欲しい。
この中にいても浮いているのだろう、周囲の視線が痛いとアセムはレタスを口に運んだ。

「やっぱり目立つな」

目の前のラーガンに言われ、アセムは動きを止めた。彼の視線は此方に向けられているため、自分への言葉なのは明白だった。
声色に感嘆が含まれていることがどういう意味なのか分かりかねて瞬いていると、オブライトがラーガンに同意するように二度頷く。

「司令の息子ってだけでもビッグネームなのに、こんなに美少年じゃな」
「いえ、そんなことは」

モテモテで苦労しているだろうとオブライトからしみじみ言われてアセムは反応に困った。美少年という言葉が当てはまるのはゼハートのほうだ。自分はそうでもないと思う。

「それに、司令自ら男がいるって宣言したからな」

これはフォックスだ。アセムが気付く程度には嫌みが籠もっていて、どういう顔をすれば正しいのか分からなくなる。
ラーガンとオブライトが咎めを含んだ視線をフォックスに差し向ける。流石に二人から責められては立つ瀬が無く、フォックスは手振りで言い過ぎたと謝った。

アセムを気に掛けながらラーガンはフォックスを一瞥する。彼も特別フリットを嫌っている訳ではないはずだ。受け入れられない部分はあるにしても、以前はここまであからさまな言動をしていなかった。粗方、さっきウルフが此方のことよりフリットを優先させたのが気にくわないのだろう。

「ちょっと気になったんだけどさ、アセムとしてはそういうの、良いのか?」

オブライトからの疑問にアセムは少し間を置いた。確信を避けるように尋ねられた内容が頭に入らなかったのではなく、まだ熟考しきっていない問題だったからだ。
若い男と母親が結婚の約束をしている。息子として許せるかどうか。

「……あの人は悪い人じゃないし、母さんの相手としても何も不都合があるわけでもないんですけど」
「ま、複雑だよな」

感情面ではそういうものだと思うとラーガンが頷き、アセムは自分が否定されなかったことに安堵する。優柔不断を咎めてもらえず、それはそれで後ろめたさも感じてしまっているけれど。

「俺がタイミング悪いみたいで」

だから、そう呟き落としてしまった。拾われると不味い内容だと遅れて気付いたが、ラーガンに「何がだ?」と継続されて後戻り出来なくなった。言葉を濁すことも出来たかもしれないが、心配という目の前の表情に喉から声が出てしまっていた。

「その、どうしてもあの人が母さん押し倒している時とか、二人で、まぁ、そういうことになってる時、とかに出会してしまって」

言ってしまった。
その後、無言の空気が続いてアセムは嫌な脂汗を額にじわりと浮かばせる。食事中にする話ではないだとか、母親のプライベートに関わる問題であるだとか、そもそも自分は何を言っているんだとか、ぐるぐると後悔の言葉が頭を駆け巡っていく。

「とりあえずな、アセム」
「は、はい」
「お前が悪いわけじゃないよ、それは」

頭を抱えながらのラーガンの言に重たい思考から解放されたアセムだが、隣のオブライトは顔が真っ赤に茹だっているし、斜め向かいのフォックスはかなり機嫌を害した顔だ。此方に聞き耳を立てていた周囲によって食堂内もざわついている。
自分が招いてしまった結果に結局後悔したアセムである。



ラーガンとオブライトは確認しておきたいことがあるからと食事を摂り終わるとブリッジに向かってしまい、アセムはフォックスと二人きりになってしまった。
この時間だと手が空いているとロディから教えてもらっていたアセムは格納庫にまた行ってみようとしたが、フォックスもそちらに用があるらしい。別々に行くのもおかしな話だ。アセムは蟠りを持たないようにフォックスの後ろを追うように格納庫への道筋を進んでいた。

「それ、鬱陶しくないのか?」

前触れのない会話の開始にアセムは何がと顔を上げれば、フォックスがハロを指さしていた。
司令の足下に転がっていたのを数える程度見たことのあるフォックスだが、アセムはどうも四六時中このハロという球体を連れていると今日一日思ったのだ。これからもずっと連れ歩くつもりなのだろうか。

「学校でもずっと一緒だったので、あまり気にしていないんですけど」

教師や教官に指摘されたこともなかった。普通なんだと思い込んでいたアセムはフォックスには変に映っているということに不思議を感じた。

「お前さんがそれでいいならとやかく言う気はないが……よく跳ねるな」
「跳ねますね」

ボールのように跳ねているハロははしゃいでいるようにも見える。司令の傍にいる時はもっと大人しかった気がするんだがとフォックスは首を捻る。

「ハロ、ちょっと煩いかも」

アセムの命に従ってハロは跳ねることをやめて転がり出した。利口なハロにフォックスは感嘆する。司令が子供の頃に作ったものだとウルフから聞いているのだが、そのあたりの才能は流石だと思う。性格とかそういったもへの忌避は消えないけれど。

「頭良いな、そいつ」
「母さんが作ったものですから」

言った後でアセムは母親のことを出さない方が方便だったろうかと、ぎくりと固まった。その様子にフォックスは苦い顔を作る。

「ウルフのやつ、何かお前に言ったか?」
「あ、いえ。……俺が無理矢理聞いてしまった感じなんですけど」

ウルフは言わずに済まそうとしていた。それを破ってしまったのは自分だとアセムは反省していたばかりだ。
やはりなと、フォックスは苦い顔を崩さず頷く。大方の予想は付いていたのだ。アセムの言葉の端々から内容は汲み取れるし、ウルフの性格を鑑みればどういう流れで話が伝わったか想像に難くない。

「そうか。まぁ、別にいいさ。本当のことだしな」

本当と口にした途端にアセムの表情が変わった。頭を掻きながらフォックスは一人足早になる。
アセムとの距離が開き始めたところで、向かい側から顔見知りが同僚を何人か引き連れてやってきた。相変わらず胸がでかい。

「顔じゃなくて胸で判断するのやめてくれる?」
「胸だけで判断してないっての」

怪しいという半目を彼女は向けてくるが、此方の背後に人影があることに気を取られたようで直ぐに横切られた。

耳に届いていた会話の態度から察するにフォックスと変わらない年齢だろう。アセムは自分より年上の女性が目の前に現れたことに足を止める。

「ね、もしかして、アスノ司令の息子君?」
「え。ぁ、はい。そうです」

事実を認めた途端、彼女は黄色い声をあげて抱きついてきた。アセムの顔は彼女の豊満な胸に埋もれる。

司令のお子さん?アセム君だっけ、いるの?私も見たい!と彼女の同僚達もフォックスには目もくれずにアセムを取り囲み始めた。
もみくちゃにされているアセムを見遣り、羨ましい光景だとフォックスは思う。が、当事者のアセムは青くなったり赤くなったりで顔色が忙しい。

「顔良く見せて」

抱きついてしまって肝心の顔を観察しきっていないことに気付いて、彼女はいったん身を引いた。
肩をがっしりと掴まれたアセムは彼女に顔を覗き込まれる。周りの女性陣達も一様に覗き込んできてアセムは目線を彷徨わせる。

「照れてる、可愛いー」

初々しさがあって良いよねと女性陣達がはしゃぐ中、彼女だけがじっと真剣な顔でアセムの相貌を見つめていた。

「目の色すごい司令にそっくり」

感動のままの言葉にアセムは彼女と視線を合わせた。他にも目の縁や眉のラインに面影があると続けられて、息を呑む。
髪色の印象もあるが顔立ちは自分とユノア共々、母親と似ていないと思わされていた。父親が分からないから余計に疑心を感じていた部分なのだ。
だから、明確に身体的特徴で何処が似ているのか指摘されて安堵した。

「そんなに熱烈に見つめ返されちゃうとお姉さん困っちゃうな」
「あ、いえ、違うんです」

両手の掌を見せて無礼を詫びれば、彼女は先程と同じようにアセムに抱きついた。

「もっと見ても良いのに」

可愛い男の子なら大歓迎と迫ってきた彼女にアセムは顔を赤くする。母親とは違う女性の香りに心臓が跳ね、凹凸のある体つきが理性に触れてくる。こんなところをロマリーにでも見られたりしたらと思った矢先。

「アセム……?」

聞き慣れた可憐な声にアセムは身動きを取って彼女達の隙間から顔を出した。幻聴ではなく、紛れもない真実としてロマリーの姿がそこにあった。
言い訳をと慌てふためいていたアセムは彼女を引き剥がそうとしたことで相手の胸を鷲掴んでしまっていた。ロマリーの視線がその一点に注視される。

「ロマリー、これは、ちが」
「お、お邪魔してごめんなさい」

首筋から顔を熱くしたロマリーは口早に言って駆けだして行ってしまう。手を伸ばしたが届くはずもなく、アセムは放心状態になった。

口から魂が出ているアセムにご愁傷様とフォックスは手を合わせる。彼女達に視線を移せば、今度はロマリーという少女にターゲットをロックした様子だ。抜け殻になっているアセムを担ぎ引きずる勢いで少女を追いかけ回し始めた。

遠のく彼女らを見送り、取り残されてしまった球体に目を落とした。静かにしているように言われてしまったため、それを忠実に守っているようだ。

「どうする?俺についてくるか?」
『ソウスル、ソウスル』

自分の言うことは聞かないかと思ったが、ハロは此方の後をついてくる。

「悪人の言うことまで聞きそうで怖いな」
『シラナイ人ニハ、ツイテイカナーイ』

暢気な音声で返され、驚き半分感心半分だ。しかし、このハロという球体は此方個人を認識しているということで良いのだろうか。

「俺のこと知ってんのか?」
『フォックス、フォックス』
「正解」

学習機能があるとウルフは確か言っていたなと思い起こす。だが、自分はこれと会話したのは今日が初めてのことだ。何時覚えたのか。

『フォックス。ウルフノ友人。頼レル仲間』
「ああ、ウルフに教えられたのか」
『ソウ、ソウ』

ふぅんと相づちを打ちつつも、頼れる仲間とはウルフらしくない言い回しな気がした。

「頼れる仲間、ねぇ」
『フリット言ッタ』

機械は言って良い悪いの思考がない。正確さ重視だ。こういうのは苦手だ。自覚していることだった。だからフリットという人間がいけ好かないのだと溜息を吐く。
上官としては申し分ないと評価はしている。命令には従える。ただ、私情を優先すれば距離を置きたい人種だ。

「なんで司令なんだか」

よりにもよって。
悪態を吐こうにも吐けず、フォックスは深く溜息を落とした。



第二部最終話の前半部分補完でアセムとフォックスさん中心に書いてみました。ウルフリ♀前提のフォク→ウルとフォクアセもほんのり、そして最終的にフォクハロだったり。
ウルフに構ってもらえないので、アセムに構ってもらいに行くフォックスさんもありだろうかと密かに。ロディさんやゼハートやロマリーとはまた違った関係性をアセムにフォックスさんと築いてもらえたら。

拍手掲載日2015/08/16〜2015/10/13
サイト掲載日2015/11/01










◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




『Samsara』補足SS
ゼハートとフラム






民間用のノーマルスーツを脱ぎ、着替えたゼハートとフラムは一室に通された。
出迎えたのは優しい色のブロンドを持つ女性だ。初対面のはずであるが、見覚えがあるような気がしたゼハートは思い出した。アセムの家に飾られていた写真の中で見たことがあるのだと。

「ゼハート君とフラムさん。で、良かったかしら」

二人は頷く。それを受けてエミリーは自己紹介をする。それから、二人の身体に異常がないか今から検査をすることを説明した。
ゼハートの方から警戒の態度を見て取り、エミリーは困り笑顔で足りていない説明を加えた。

「貴方達のヘルメット、名称コードはミューセルだったわね。あれ、あまり良くないのよ?Xラウンダーなら致命傷になるようなことはないけど、私達は危険なものであると判断しているの」

分かって欲しいという響きにゼハートは肩から力を抜く。ミューセルのデメリットはゼハートも既知である。けれど、ヴェイガンではそれを乗り越えた者こそ、真に選ばれし者であると讃えられている。
自分達が間違っていると認めたわけではなく、エミリーの主張をただ呑み込んだ。彼女も間違っていない。

「それから、二人とも健康診断は学校でしか受けたことないでしょ?」
「そう、ですね」
「医療関係者としては最低でも年に一回は検査してもらいたいの。宇宙は広いから数え切れないくらい病原菌があるんだから」

少しばかり脅し気味に言われ、ゼハートとフラムは顔を青くして頷いた。
自ら進んで検査を受ける気持ちになってくれた二人にエミリーは良々と大いに頷く。それから、フラムのことをじっと見つめた。

「あの、私の顔に何か……」
「うん。貴女のこと、フリットが放っておかないだろうなって、納得したの」

ヴェイガンの二人を受け入れる決断をしたことをフリットから聞かされた時には我が耳を疑ったものだ。けれど、彼女を目にして察しが付いた。

「フリットの初恋の子に似てる」
「私は女、なんですが?」
「女の子には弱いわよ、フリットって」

検査の準備を始めてしまうエミリーにフラムは瞬き、ゼハートと顔を見合わせる。

「どうしましょう、ゼハート様」
「……顔が赤いぞ、フラム」

両頬に手を添えてフラムは今までを振り返ってみる。フリットと話す機会は殆どロマリーと一緒であったから良く分からないが、ガンダムに嗾けていった時に向こうは頑なに此方を救う手立てを考えてくれていた。
正直な気持ちを言ってしまえば惹かれてしまった。けれど、違う違うとフラムはその手で頬をぺちっと叩いた。息を吐いて、落ち着く。

それと。ずっと気に掛かっていた彼女が激高した理由も何と無しに気付いて、腑に落とす。エミリーの言葉の端から、その子はもう生きていないと感じたからだ。

「それじゃあ、こちらに着替えてください」

新しい声にフラムとゼハートは目を瞠った。検査着を差し出されているが、それを持っているのがユノアであったからだ。

「ユノアがいることフリットには内緒だから言っちゃ駄目よ」

エミリーが訳あり笑顔で言い、この人には逆らわないほうが良いと二人は本能で悟った。

検査が一通り済み、結果が表示されたディスプレイをゼハートとフラムは見上げる。傍らでエミリーが掻い摘んで説明してくれた。

「――以上よ。二人とも健康で宜しい。けど、少し栄養が足りてないわね。お腹、空いてるんじゃない?」

ゼハートとフラムは顔を見合わせる。小型艇に貯蓄していた食料は限りがあった。節約で一日一食の日も何度か過ごしてきていた。
しかし、我が儘を言える立場ではない。二人から空腹の音が響いた。
顔を赤くした二人にエミリーは微笑みかける。育ち盛りだから恥ずかしがることはないと。

通信端末を取り出したエミリーは向こうにコールを送る。

『お願いがあるんだけど、え?もう来てるの』

エミリーは慌ててユノアに奥に隠れるように手振りで示した。
ユノアが姿を隠したと同時に、室内に通信端末を耳に当てているフリットが足を踏み入れた。斜め後ろにウルフの姿もある。

「それで、話とは」

フリットからの促しにエミリーは頷く。両脇のゼハートとフラムの肩を抱き寄せた。

「この子達にご飯食べさせてあげて」

目を丸くしたフリットは素っ頓狂な内容についていけないと眉を困らせたが、考えが行き着いて納得からの困り顔になる。

「すまない、失念していた」

フリットは端末で二人分の食事を用意するように手配した。

「本当にすまない。移動している間に用意は出来ているはずだ。君達のこれからについては食事を終えてからしよう」
「いえ、お構いなく」

フラムの遠慮とそれに頷くゼハートにフリットは首を横に振る。

「君達二人の意見や主張は私達と対等だ」

堅い言葉であるが、フリットなりにアセム達と同様にして欲しいと言っているのを横のウルフは理解する。言われた二人には正確に伝わりきっていないが、何となくは感じ取れているように見えた。

「エミリー、二人の診断結果はどうだった?」
「問題ないわよ。精密検査が必要な数値も見当たらないし、再検査は免除ね」

安堵したフリットの表情に、二人のこと気に入っているんだなとエミリーは感ずる。あんなにヴェイガンのこと目の敵にしていたのにと思いもするが、エミリーもエミリーで安堵を感じていた。

それじゃあ、二人のこと宜しくねとエミリーはゼハートとフラムの背中を押し出す。わっと前に出た二人をフリットが受け止める。
大丈夫かと二人に視線を落としたフリットを見遣り、ウルフが口を開いた。

「子供が増えたな」

そう表現した。一番最初に反応を見せたのはフリットだ。

「そのことは……!落ち着いたらと、言っただろ」

そうだったなとウルフは肩で頷き返した。二人のやり取りはゼハートやフラム、エミリーにも分かりかねる内容だった。
何のことだかと問いたげな視線達を受けてフリットは何でもないと取り繕って、ゼハートとフラムを通路へと連れ出して行く。
それを見送るウルフにエミリーは尋ねる。

「貴方は一緒に行かなくて良いの?」
「さっきの二人のことアンタを交えて話し合うか合わないかで来たんだけどさ」

フリットは落ち着いてからでもいいではないかと尻込みしていたのだ。話し合うかしないか決着しないまま来たが、フリットとしては落ち着いてからを押し通したいらしい。
それでも、エミリーには言っておいても大丈夫だろうと、ウルフの判断で続けて口を開いた。

「これが終わったら、あいつらを養子にって考えてる」
「養子って、フリットが自分の子供にするってこと?」

そうなる。と、ウルフは返した。つまり、自分にとっても戸籍上で親子関係になる予定だ。それを先程フリットから相談されたのだが、ウルフは二つ返事だった。父親になる必要はないし、なろうともウルフは考えていない。フリットもそれには気付いている。
無論、彼女から、彼女の子供達から父親になって欲しいと願われれば、それなりの誠意は見せる心構えは前提としてある。アセムとユノアがまだ十歳にも満たなかったら、遊び相手にもなってやろうとそこまで考えてもいたのだ。子供達の歳を知る前は。

「アンタとは家族ぐるみの付き合いだから、話は通しておきたいってフリットが言ってたからな」
「そういうこと」

思い切ったことを考えたものだ。ゼハートとフラムが頷けば即行動に移してしまうフリットの姿が目に浮かぶとエミリーは苦笑する。本人達に言うにはまだ心の準備が出来ていないようであったが、時間の問題だろう。
しかしそうなると、大家族だ。ロマリーがアスノ家に嫁いでくる予感をエミリーは持っている。

お母さんの声がしないなと、ユノアは奥からそっと顔を覗かせた。ゼハートとフラムの姿もなく、あるのはエミリーと。

「おとーさん!」

ユノアに抱きつかれ、ウルフは呼ばれ方よりも彼女がいることに眉と瞼の間を広くした。エミリーからフリットには内緒だからと間髪入れずに勧告され、何となしにウルフは察して頷いた。
抱きついているユノアを高い高いと持ち上げてやれば、彼女は足をばたつかせた。それをやってもらえて喜ぶ歳じゃないと恥ずかしがっているのを見て、まぁこうなるよなとウルフはユノアを降ろした。

「ユノア、さっきの話聞いてたの?」
「話?」

問いかけたエミリーはユノアが首を傾げたので安堵しておく。流れとしてはあの二人と話がまとまったら、それからアセムとユノアを交えて相談していくのが良いとエミリーは考える。

「もしかして、ウルフ兄さん浮気!?」

ユノアの回り回った勝手な結論にエミリーはそれはないと指を揃えた手を横に振る。今度は兄と呼ばれたウルフも肩を竦めて否定した。

「以前だったら婦長もユノアも口説いてたけどな、俺の守備範囲はフリットだけだ」

事も無げに言えば、エミリーとユノアが背を向けて二人でこそこそと話し合い始めた。




通路を進み、道案内をしているフリットは背後を気に掛けていた。ゼハートの後ろに控えるように隠れるフラムを特に。
立ち止まれば、二人も立ち止まった。フリットは半身で振り返る。すれば、フラムが更に身を隠そうとした。

「あの時は」

フリットからの第一声に、フラムの代わりにゼハートが顔を上げた。

「手荒なことをしすぎた」

すまないと続き、ゼハートはフラムに目配せした。
フォーンファルシアを戦闘不能に追い込んだことをフリットは謝罪している。けれど、フラムはそのことでフリットを避けようとしてるわけではない。
エミリーの言葉を一緒に聞いていたゼハートはそれを知っているからこそ、フラムに促しを送った。
彼からの促しもあり、フラムはゼハートの陰からそっと姿を覗かせる。

「あれは私の未熟が招いた結果であり、貴女の実力あっての結果です」

謝罪を受け取るわけにはいかないとフラムは静かに首を横に振った。誤解を解くためにフラムはじっとフリットと視線を合わした。が、直ぐに逸らしてしまった。俯き、もじもじと自分の手を揉み始める。

不安な視線をフリットから受け取ったゼハートは大丈夫ですと頷き返した。その瞬間にフラムが口を開いた。

「あの、違うんです。貴女が怖いとか、そうではなくて」

フラムはスカートを掴み、布皺を作る。緊張の熱を感じながら、やっとの思いで言葉に繋いでいく。

「私が、貴女の、初恋の相手に似ていると、聞いて……」

意識してしまっている。学生生活を送っていた頃、彼女の家で、何気なく目があったときに優しい眼差しを返されたことを思い出しては尚更。今まで、気にも止めていなかったけれど。

エミリーはお喋りだとフリットは肩を竦めつつ、否定しなかった。

「それは、うん、似ていると思った。だが、誰かに似ていると言われて良い気はしないものだな。忘れてくれていい」
「いえ、そういうわけでもないんです」

不思議なことに嫌悪はないのだと、フラムは再び首を横に振った。似ているからと、同一視されたり、代わりにされるのは屈辱的である。けれど、フリットは自分を通して初恋の相手を見ていたのではないかと、フラムは思っていた。
きっと、それがむず痒くて、どうすれば良いのか分からなくて、フラムはまた段々と視線を落として俯いていく。

困り果てているフラムの様子にフリットは表情を和らげる。安堵と、それから少し別のものを感じて。

「これからは君のことを誰かに重ねたりしない。それで、良いだろうか?」
「私は厭とは……」
「そうだな。簡単に似ていると思っていることを覆すのは、やはり私も難しい。けれど、君という人を、フラム・ナラという君自身と向き合いたいと思っている。彼、ゼハート・ガレットもだ」

蚊帳の外ではいさせないと、フリットからの眼差しにゼハートは顔を上げる。次いで、フラムと顔を見合わせる。

互いに視線で言葉を交わしているゼハートとフラムをフリットは見守る。自分が淡く思い描いている未来を二人に伝えるのは、まだ早い。自分からも向き合うが、二人からも向き合ってもらえなければ、夢として終わってしまう。

唐突に。空腹の音が鳴り、顔を赤くしたゼハートとフラムに「急ごうか」とフリットは止めていた足を進ませた。迷い無く付いてきてくれる二人の足音に、フリットは肩から力を抜く。

「……一つ、お訊きしたいのです」

少しだけ歩みを緩めながら、フリットはフラムの質疑に振り返った。

「何かな」
「私は、初恋の方と何処が似ているのでしょうか?」

そうだなぁとフリットは驚くほど柔らかく思考する。彼女に気負う必要がなくなったのもある。それに、好きな人が出来てしまったからだと、彼の姿を想う。

「見た目の雰囲気もあるんだ。私より一つ年上だったから大人びて見えて、特別綺麗な子だと思った」

君みたいに美人な女性になっていたと思うと続けられて、フラムは萎縮してしまう。自分から蒔いた種であるから余計にいたたまれない。

ゼハートはフリットの方を注視してシャーウィーに教えられた言葉を思い出した。プレイボーイだ。女性だけれど。

「それから、大切な人のために身を挺しようとするところ」

フラムは肩に緊張を募らせた。フリットの言葉にゼハートが反応を見せたからだ。
立ち止まったゼハートは背を向けたまま。一拍、二拍、三拍置いて、前へ進んでいく。フラムはそれに続く。前方に視線を戻す前のフリットの表情を見て、彼の面差しを想像したフラムは柔らかな気持ちを抱いた。



ゼハートとフラムちゃんがアセム達に種明かしをするまでにフリットさんやエミリー達と交わしたあれやこれやな内容となりました。ユノアがディーヴァに乗り込んでいた伏線もここで回収。
ゼハートとフラムちゃんにも幸せになってもらいたい気持ちを込めて。

拍手掲載日2015/06/16〜2015/07/09
サイト掲載日2015/07/09










































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