フリット♀(39〜40歳)・ウルフ(23〜24歳)・アルグレアス(23〜24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ロマリー(17〜18歳)・フラム(17〜18歳)
シャーウィー(17歳〜18歳)・マシル(17歳〜18歳)・ユノア(14歳〜15歳)

アセムとユノアの父親が不明。

18歳未満の方は目が潰れます。































◆Spiel◆










近頃、溜息の数が多いと感ずる。総司令官の補佐をしているフレデリックはフリットの様子をそう感想した。フリットの様子は所謂、恋煩いといったものだ。

フレデリックの中にあるフリットへの感情は消えるものではなく、未だに複雑な心情だ。フリットの相手が自分と同じ歳であることにもイチモツを抱えている。
それでも、二人の仲は認めることに自身と決着はつけた。相手を個人としてはまだ認めていないが。

「また、彼のことですか?」

カップを片隅に差し出しながらフレデリックは尋ねる。茶を淹れてくれた礼を軽い仕草で返したフリットは尋ねられた内容に視線を横に流した。

「まぁ、な」

歯切れが悪いのはフリットには珍しいことだった。自分ではこの人にこんな顔をさせることは出来ないのだと、フレデリックは感傷気味になる。

温かい香りがたつカップを持ち上げたフリットは視線をフレデリックに戻した。

「珍しいな」
「後はお休みになるだけですから、カフェインは控えさせていただきました」

だからコーヒーではない理由にフリットは仄かに口元を緩める。優しい花の芳香は茉莉花茶だ。
仕事が立て込んでいたのもあり、最近眠れていないことを悟っての気遣いだ。有り難いと、フリットは思う。

カップを口元に運ぼうとしているフリットを窺い、フレデリックはおそらく大丈夫だろうと憶測するが、少しばかりの不安と緊張を持った。睡眠薬を入れたのだ。勿論、適量だ。
ここ数日はかなりの激務だった。ようやく身体が休められる時間が出来たところにあの男と会う約束を立てられては、司令の身が保たないと考慮してのこと。他意はない、絶対に他意はないと、フレデリックは自身に言い聞かせながらも後ろめたさはどうしても消えなかった。

カップに口が触れたところで司令室を訪ねる音が鳴った。姿を見せたのはウルフだ。彼とばったりと目が合ってしまったフレデリックは元々あった後ろめたさから口を引き結ぶ。
フリットにもウルフにも勘付かれていないが、勝手な居心地の悪さに自分自身が耐えられず、フレデリックは私用で急ぎがあるとその場から離れる口実をフリットに告げた。その言葉を疑わなかったフリットは引き止めていて悪かったと苦笑で見送ってくれた。
通路に出てからフレデリックは誰の耳にも届かないところで二重の謝罪を口にしたのだった。

此方の姿を見て慌てて出て行ったように見えたウルフは首を傾げてフレデリックが出て行った方向を見遣る。何か気に掛かるのかと、フリットは顔を上げた。

「どうかしたか?」
「あいつ、変じゃなかったか?」
「いつも通りだったと思うが」

自分が思うのもなんだが、フレデリックは報われなさすぎではないだろうか。ウルフは心の内で言葉にした。

「鈍いよな、お前」
「何がだ」

相手の声色から呆れを感じ取ったフリットは眉を歪めて返した。しかし、何でもないとウルフは肩を竦めるだけ。その態度に少し不満を抱く。

と、通信機の呼び出し音にフリットはカップをソーサーに置き戻した。繋げれば、AGEビルダー制御室のディケからの連絡だった。
会話の内容を横から聞いていたウルフはフリットはまだ休めそうもない事実に苦笑するしかない。

計器の数値に不可解なものがあったらしく、フリットは確認と処置をしなければならなくなったとウルフに改めて告げる。それから申し訳なさそうな顔になり、その口が謝りの言葉を発するのをウルフは彼女の頭を撫でることで止めた。
立場に困り、フリットは椅子を下げ立ち上がることでウルフの手から逃れる。警戒されているとも取れる行動であったが、フリットの表情を正しく読み取ったウルフは機嫌を良くして笑った。
触られたいが、いざ触られると許容量を超えてしまった様子が目の前にある。可愛がりがいのあるフリットの一面だ。

「行かなくていいのか?」
「……すぐ終わらせてくる。から、その」
「今日はお前の部屋でいいって話だったよな」

小さく頷いたフリットをこの場で襲いたくなるが、我慢した分を熱くするのも一興だろうとウルフは彼女を引き止めない。
見送ろうとしていたが、フリットがふいに動きを止めてからカップに視線を落とした。
折角、フレデリックが淹れてくれたというのにまだ一口も飲んでいないことにフリットの中で申し訳なさが先立つ。

「勿体ないなら飲んどいてやるけど」
「そうしてくれると有り難い」

カップを持ち上げ、口に運ぶウルフに後でと言い置いて、フリットはAGEビルダー制御室に向かった。







下士官用の部屋とはロックが異なる仕様だが、ウルフには解除の方法を伝えてあった。先にいることは予想通りだったが、一つだけ予想外だったのは先に寝入ってしまっていたことだ。
意外と早く対処をこなし終え、ディケや整備士達とのコンセンサスも直ぐに済ませて来たので先程司令室で分かれてから一時間も経っていないはずだ。

「疲れて、いるんだよな」

仕方がない。けれど、残念があってフリットはベッドに乗り上がると、ウルフに近づく。彼の髪に唇を落とした。 身を引いて、唇に指で触れる。

名残惜しさを覚えながらベッドを降りたフリットはシャワーを浴びるために一度離れる。戻ってきたらウルフが起きていることを期待して。
シャワーの温かさが肌に当たって弾かれていく。その刺激に熱くなっている自分自身にフリットは半目の思いを抱く。

「……発情期か」

この歳で。心底恥知らずになったものだと、失笑しようとして失敗した。
ずっと触って欲しいと思っていたことは事実だ。ウルフに触って欲しいと認めてしまってはもう言い訳も虚勢も出来なくなっていく。

広々としている部屋と言えるものでもない。シャワーの音はそれなりに響く。起きてくれているだろうかと、フリットは水分を拭き取りタオルを巻くと、着替えもせずにウルフの様子を見に行った。
起きていなかった。何も変わっていないことにフリットは肩を落とすはめになる。

「お前だって、するつもりじゃなかったのか」

不満が口から出てしまった。自分の思い通りに事が運ぶことなど数少ないというのに。
頭を切り換えることにしてフリットは自分も寝ればいいと思い直す。着替えようかとも思うが、ベッドに潜っているウルフは脱いでいる。このままでいいかと、フリットはタオル一枚でウルフの背に身を寄せるようにして横になった。

褐色の背中に頬をすり寄せたフリットは目を閉じるが、一向に眠れなかった。長い仕事を終えたのだから眠くなってもいいものだが、興奮しきっているのだ。
シャワーを浴びているときにしてしまえば良かったと思うが今更だ。ここでするのは理性としてどうなのかと問い質しが胸にある。しかし、このままでは一睡も出来ない。
逡巡の最中にあるまま、自分の乳房を触った。もう一方の手は腿の間に差し入れる。

「……ん」

揉んだり擦ったりしながら声を抑えた。気付かれたくなくて。

「ゃ……ゥルフ」

けれど裏腹に気付いてもらいたい二律背反な思いから胸の膨らみをウルフの背中に押しつけた。そうしながら、自分の指で膣口を広げるように弄る。息が上がっていくのを止められない。
流石に気付いているだろうかと視線を彼の耳に向けた。しかし、ウルフは振り向いてくれなかった。

「ウルフ?」

何の反応もないウルフを呼び窺う。それでも無反応は続き、フリットは悔しいのか悲しいのか分からない情感に翻弄された。

身を浮かしてからウルフの手首を掴み、彼の指を濡れ始めている自分のなかに挿れた。くぷっと入ってくる感覚に腿が震える。
勝手なことをしている背徳感があったが、自分の指よりもウルフの指のほうが気持ち良くて吐息が熱くなった。

自分で腰を揺らして抜き差しする。しかし、ウルフが起きる兆しが全くない。そこでフリットは新たな行動に出る。手を伸ばす先はウルフの下半身だ。彼のものをやんわりと掴んで刺激を与える。
硬くなる反応にフリットは胸を膨らませるが、ウルフが起きそうな気配はなく、不満が濃くなる。

横向きだったウルフを仰向けに転がすと、やや勃ちあがっているそれを頬張った。口の中でびくびくとそそり勃ちが昂ぶっていく。
ちらりとウルフの様子を見遣れば、彼の唇が震えた。けれど、まだ夢の中のようだ。身体の変異に生理的に感じているだけ。

悔しかった。理由は明確ではないが、フリットは衝動のままにウルフに跨がった。しかし、腰を下ろすのは躊躇う。
自分本位すぎだと。ウルフはこんなの、嫌だろうと思った。自分とて最初に嫌がったのだから。あの時のことはもう清算をしているけれど。
今は、繋がる行為を求め合っていない。

「ウルフ……」
「……フリ……ト」

返事に顔を上げたが、ウルフの寝言だった。求めてくれていると、フリットは受け取らなかった。判断を下すのは早計だからだ。
それでも、彼の声色に自分が彼を求めてしまった。

すまないと謝罪を胸に、フリットは自分の膣口にウルフの先端を押し当てるように向きを調整する。

「もう、……我慢出来ない」

腰を下ろしてウルフのものを奥まで挿れきる。熱く滾った肉の感触とは別に頬を染め、フリットはゆっくりと腰を上下に揺らし始める。

「ん、ん」

硬くなっていく変化があるのに、ウルフはまだ起きず、フリットの中にある不満の形が変わろうとしていた。
このまま起きなかったら、と。

不安になった。けれど、身体は興奮状態で止められなかった。罪悪感も不安もあるのに絶頂が近い。彼が起きていない時に達してしまうのは抵抗があるけれど。
起きてくれと願いながら挿入を激しく繰り返した。

「ッ――――、ぁぁ、ぁ」

汗を零し、四肢が突っ張る。腰をしならせてフリットは膣に注がれる白濁を感じていた。目を閉じたまま眉を寄せているウルフにすまないと声にした。
快感の余韻が辛くなる。流石に泣きそうになった。

いつになったら、起きてくれるのだろうか。ずっと、起きないのだろうか。

虚しいだけのものを得て、綺麗にしないといけないとフリットがウルフから退く決意をした時だ。

「……、なに、してるんだ?」

起きての第一声から突然向こうから抱きつかれてウルフは瞬く。かなり眠い。寝ぼけているのだが、わかることはある。

「なんか、すげー気持ちいいことになってるんだが」

言えば、胸に顔を埋めているフリットが怯えた。覚めきっていないので、気怠い声音を不機嫌と取られただろうか。いや、その程度で怯えるタマではない。
即座に否定をして、彼女の様子を加味する。抱きついてくる前に見たフリットは泣きそうな顔をしていた。

頭を撫でられ、フリットは硬直した。すぐに男の手が遠ざかる。しかし、間を置かずに抱きしめられた。
有無を言わさぬ温もりに戸惑う。引け目を宥めるように背を撫でられる。気持ちが落ち着いてくるが、あやされているようで機嫌は下がる。

拒絶を示そうと身を剥がそうとする。しかし、ウルフに先手を取られた。
自分の背がシーツの感触を得ている。上に覆い被さっているウルフを何ともいえない顔で見上げれば、彼は小首を傾げて接合部を見遣る。

感覚的に出してしまっている気がしていたウルフはフリットから己を引き抜いて確認した。

「あー、夢精してんな」

ひくりと身を縮ませたフリットの耳にウルフは唇を寄せる。

「イったのか?」

顔を横に逸らしてフリットはウルフの声から逃げた。

前髪で隠れて目元の表情は見て取れないが、頬から首筋にかけて赤く染まっている。
匂いを嗅いで、責めているわけじゃないんだがなと、ウルフはフリットの頬を舌で舐めた。すれば、眉を下げたフリットが此方に視線を合わせる。すかさず、額同士をひっつけてやる。

「抱きたい」
「……、」

唇を震わせたフリットはどうとも言えなかった。けれど、小さく頷きはした。

ウルフが唇を食み合わせてくる。濡れた音が鼓膜を刺激して熱が上擦っていく。
獲物を捕獲し逃さない狼の手に肩を押さえつけられるのは厭ではなかった。乳輪を引っ張るように吸われたかと思えば、先端を抉るように舌で転がされる。
そんなふうに弄られては堪らず、呼吸が乱れる。

「ぁう、っは……噛ん、で」

顔を上げたウルフにフリットは視線を注ぎ、右の首筋から肩を差し出す。

「っ、噛んでくれ」

喉を鳴らしたウルフは狼の牙を剥き出した。鎖骨の上に歯を立てる。ウルフがぐっと力を込めれば、痛みにフリットが顔をしかめる。
牙が緩められると、満足そうな吐息をフリットが零す。

薄い肌に血が滲んでいた。眠気がまだあり、ウルフは力の加減が出来なかったのだ。癒すように舐めれば、フリットがくすぐったそうに身を竦める。
痛覚に耐性があることにウルフは苦笑する。痛いことから逃げないのは強いが、怖さもある。ここまで歳の差がなければ危なっかしいと手を焼いていたかもしれない。

考えていれば、フリットが軽く握った手を引き結んだ唇に押しつけて、じっと此方を見ていた。
可愛いことをしてくれると、ウルフはフリットの両足を左右に開く。指を三本挿れて掻き回した。すでに精液やらで濡れそぼっている膣がぐちゅぐちゅと粘膜を垂らす。

「ぅぅ、ゃ……ぁ」
「欲しい?」
「ぁ、ぁ、ほしい、です。ください」

言い終えてからも喘ぎが止まらないフリットはまた気付いていないようだ。前言撤回だと、ウルフは指を引き抜く。今まさしく手を焼いていると、勃起した陰茎をフリットの膣口から奥へと挿入する。

「んん―――ッ」

腰を浮かしながら奥まで男を受け入れたフリットは全身をびくびくと戦慄かせた。挿れられながら達してしまったのだ。

「ぁ、ウル、フ。待、て」

今動かされたらおかしくなってしまう。訴えたが、ウルフは構わずに腰を振ってきた。背をしならせ、フリットは絶頂に絶頂を重ねた。

どうしよう、どうしたらと、フリットは気持ちの行き先を彷徨う。この前からおかしい。感じ過ぎ、なのだ。
頬にウルフの指先が触れる。その指先ひとつで胸の鼓動が二回跳ねる。
位置を固定され、ウルフの唇が此方のそれと重なり合う。上も下も絡み合ったまま、二人で熱を高め合い濡らしていく。

二人の間で透明な糸が引いた。胸を上下させる熱い吐息は深く、汗ばむ素肌に髪を張り付かせて乱れている姿のフリットにウルフはやばいなと思う。優越感と支配欲を刺激される。
かなり無防備に委ねきっている今のフリットならどうとでも出来そうだと思わされている。
実際はそこまでか弱い存在でないことを知っていた。だからこそ、自分が優位に立っている今の状況を当然とすべきか当惑する。

身動きせずにいれば、フリットが腰を浮かそうとして、やめた。待っているらしい。
此方が寝ている間にしていたのを悔いている様子に気にしなくともいいのにと、彼女の髪を撫でつけた。頬に手のひらを当てれば、目をつむってすり寄ってくる。

はっきりとフリットの真意は分からないままだが、ウルフは本能優先でがっつくことにした。
歳のわりに引き締まった細い腰を掴み、深く奥まで打ち付ける。引いては挿れるのを繰り返し、激しさが増せば増すほど呼吸も喘ぎも小刻みになっていく。
乱暴に揺さぶっているが、フリットの嬌声は悲鳴にならず、艶を色づかせるばかりだ。

「出る、っ――――、はぁ」

フリットを抱きしめるようにして奥に白濁を注いだ。彼女も身体を突っぱねてびくびくと身震いしている。零れる喘ぎが甘い。
引き抜けば、フリットは悶えに身体を丸める。少し落ち着いたのか、俯せから膝を立てる。形の良い尻に目が行き、ウルフは指をまた膣に差し込んだ。

「ッ!」

肩を跳ねさせたが、フリットは文句も抵抗もしてこない。気を良くしてウルフは二発分の精液でぐじゅぐじゅになっているそこを内側の形を確かめるように三本の指で穿(ほじく)る。
粘膜が絡みついたところで、指を根本まで飲み込ませて上下に激しく掻き乱す。

「ぁ、やっ、それ……、ッ、ゃぁぁ」

びちゃびちゃと透明な汁が飛び散った。シーツが湿る。

フリットの姿勢をそのままに、ウルフは彼女を後ろから掴む。じゅぷっと音を鳴らして一息に男根が挿いってくる感覚にフリットはシーツを強く握った。
脚にもう力が入らなくなっているが、ウルフに腰を上に引っ張られている。本能のままにがっつかれるのはフリットにとって心休まるものだった。他のことに思考を持っていかれることがない。それに、ウルフの熱さがどれほどのものか直接伝わってくる。

奥を穿つ度に蕩けるような甘声で腰をくねらせるフリットに堪らず、彼女の背に胸板を押しつけ、白い手に褐色の手で覆い被さる。
密着してきたウルフをフリットは全身で感じる。奥にウルフが何度も当たってきて、込み上げてくる。

絶頂が迫ってくる感覚にシーツを噛みしめ、しかし、手前で背中に重みが来た。異変にシーツから口を離した。

「やばい……」

耳元に落とされたウルフの声を最後に、フリットは凍った。規則正しい寝息が真上にある。

「ウ、ウルフ……!起きろ」

下をおっ勃てたまま寝落ちする奴があるか。
あんまりの状況にフリットは腰をウルフに押しつけて絶頂を得ようとした。が、ピタリと動きを止めた。また同じことをしてしまうところだった。

ずっと寝ていることはない。必ず起きる。それまで。
待っていた。

かれこれ三時間、膝は立てていられず、シーツにぺたりと沈み込んだ姿勢の変化はあった。だが、挿れられっぱなしで絶頂間際なのは相変わらずだ。
どうしようもなくて目元を生理的な泪で濡らし、冷めることのない息を吐いたり飲み込んだりを繰り返していた。

「ぅ、……ぁ」

辛い。イきそうでイけない。ウルフを締め付けるように力を入れれば、絶頂を迎えられるだろうが、そうしないように耐えている。
男一人を退かすコツも心得ているが、それもしなかった。離れるより触れ合っているのを選んだのだ。辛くても、だ。
頬が濡れて少し気になる。弱々しく指を持ってくれば、ウルフの呼吸に変化があった。

ぼんやりした視界を確かにするために瞬きを繰り返したウルフは目元を擦っているフリットを目に入れて息を引いた。
あのまま寝てしまったのだ。直前の記憶をはっきり思い出して青くなる。こんな経験は初めてだ。

「うご……て……」

濡れた瞳で願い請うフリットに考えるよりも先にウルフは彼女の求めに応えた。







起き上がろうとしたフリットがふらつき、ウルフは肩を支えた。顔が赤く、額に手を添えてみる。

「少し熱あるかもな」
「………」

仕事続きの後で無理をしたのだ。叩き起こしてくれれば良かったのにと思うが、眠りがかなり深かった自覚がある。フリットに対して思うことはあるが、どっちもどっちでささくれ立つものはない。

「解熱剤とか置いてあるか?」
「いや」

首を横に振るフリットをベッドに寝かせてウルフは医務室に行ってくると伝える。即座に背を起こしたフリットは自分で行けると主張した。ウルフは肩を落として、手鏡をフリットに手渡す。
自分の顔を見たフリットの表情が歪む。

「……酷いな」

泣きはらしたような顔だ。人前に出るのは憚られる。ウルフにも見られたくなくてそっぽを向いてベッドに潜った。

「大人しく寝てろよ」

頭を撫でれば、布団を頭まで被られた。口を引き結んだまま歪めて、顔を真っ赤にしているのが見えなくても分かる。ムキになるところも可愛いと思う。

フリットの自室を後にし、ムキになるのはいいのだが頑固だよなと頭を掻く。意外と自分を優先しないのが厄介なのだ。自分ではなく、自分で決めたことを第一としている気がする。
後は……、思い浮かんだことに首を捻り、ウルフは考えるのをやめた。

そうこうしている内に医務室の前だったからだ。足を踏み入れれば、婦長のエミリーは誰かと話し中だった。
振り返ってくる彼女の隙間から見知った顔が覗いた。ガンダム用の格納庫で何度か顔を合わせているディケだ。エミリーとディケの関係は友人であり、フリットとも共通である。

「急ぎかしら」
「ああ、フリットに解熱剤」

彼女が併用しても大丈夫なものでなくてはならない。名前を出すしかなく、案の定エミリーとディケが顔を見合わす。

「珍しいな、フリットのやつ滅多に風邪とかひかないだろ」
「仕事は詰まってるみたいだったけど。確かにフリットって昔から身体は丈夫よね、病気知らず」

何かあったのかと二人分の視線に事実を口にするわけにもいかず、ばつの悪い気持ちのままウルフは顔を横にした。

「呂律はしっかりしてるから、そんなにきつくない薬で頼む」

なんとなしに察しが付いたエミリーはディケの肩を一つ叩いて薬をストックしている奥に姿を一端消した。
それを見送ってからディケも遅れて察しが付いた。半目を注ぐ気にもなれず、パイプ椅子に腰を下ろした。
その横の壁にもたれ掛かって腕を組んで待機姿勢に入ったウルフはディケの頭を見下ろす。何度か話したことはある。やや皮肉なところはあるが、気さくな人柄で整備士達からの信頼は熱い。ウルフとしても話しやすい相手だ。
ただ、これは訊いて良い内容かどうか。迷った末に言ってみた。正直あまり迷っていなかったりする。

「あいつって性欲人並みか?」
「はぁ!?」

茶を飲んでいたら吹き出しているところだった。思わず椅子から立ち上がってしまっているのだから。
あいつとはフリットのことだろう。それ以外の予想がつかない。

「そんなこと俺が知るわけないだろ」
「真剣に訊いてる」

あしらうような言い草のディケにウルフは真面目な調子で続けた。
ぐっと詰まったディケは椅子に座り直す。深呼吸を一つ。

「……性欲がどうかは何とも言えないけどよ、誰かとすることに関しては淡泊だったと思うぞ。昔の話だがな」
「そうか。そうだよな」

天井を見上げたウルフは難しい顔をする。そこへエミリーが薬を手に戻ってくる。会話は聞こえていたようで微妙な顔をしていた。

「ここでそういう話はしないでね」
「訊ける相手あんたらしかいないんだけど」
「私にも訊くつもりだったの……」
「ああ」

間髪置かずに頷かれ、はっきりした男だと呆れながら感心する。それに免じて、というよりも、彼がそこまで気にしているということはフリットに気掛かりがある表れだ。眉を下げて問う。

「何か、気になることあった?」
「従属願望でもあるんじゃねーかって」
「フリットが?」

エミリーは瞬き、首を傾げる。ディケも同様だ。

「あー、いや、変なこと訊いた。忘れてくれ」

薬を受け取り、ウルフは二人の様子から自分の勘違いだと思い込んで医務室を出て行こうとする。しかし、エミリーが引き留めた。

「変なことじゃないわよ。そういうのあるかないかは私がはっきり言えることじゃないけど、確かなのはフリットが貴方には甘えられるってこと」

呆(ほう)けた頭でウルフは医務室の外で立ち尽くした。エミリーの言葉が俄に信じられず、けれど否定も出来ずと言ったところだ。

自分の横では力を抜いて無防備でいるフリットをよく見るようになったと思う。向こうから不意に触れてくることも増えた。それらの仕草はウルフにとってそそられる。
だが、先のことだ。引っかかるのは。

少し考え、引っかかりの兆候は前からあったかと思い至る。表現が大げさだが、自虐的に感じるのだ。昔やっていたこともそれに近いだろうと思った。
自分を否定出来ないからこそ、か。

寝ぼけたまま抱いたのは悪かった。考えることを放棄しすぎた上に半端なところで寝落ちとは格好が悪い。
溜息を零してフリットのもとに急ごうと足先の向きを変えた。そこへ医務室の方へ歩いてくる人影があり、ウルフは片手をあげた。向こうが無視するわけにもいかず、明らかに面倒そうな顔をしながら会釈を寄越した。

ウルフとしては同い年のこの男を気に入っているのだが、彼のほうはそうではないようだ。フレデリックはこの男は苦手だとウルフを訝しげな目で見る。
互いに適当な挨拶ですれ違う。珍しく、フレデリックからウルフを呼び止め、ウルフは振り返った。

「司令は休まれてますか」
「寝てる寝てる」

手を軽く振るウルフにフレデリックは安堵して話はそれだけですと頭を下げた。そのまま去っていこうとする彼にウルフは口を開いた。

「もしかして、お前さ」
「はい?」
「………何でもねぇ」
「はぁ……」

口を不自然に閉ざしたウルフは疑念しているフレデリックへの追求を無しとした。彼の気遣いは間違いではない。タイミングが色々と悪かっただけだ。
憶測でしかないが、自分の鼻は確信を得ている。

薬を頼るような身体ではないため、薬物の免疫が自分に全くなかったのも原因だ。今回のことを言及したとして、悔いることは出来ても反省のしようがない。フレデリックもフリットと同様に自分を責めるほうだ。既に葛藤の一つや二つはあっただろう。
それで気付く。フリットは自分自身に厳しい。我慢していたのもそれだったなら辻褄が合う。残るは従属願望だが……。エミリーが言っていたように甘えから来るものなのかどうか。

そこだよなと呟き落としてフリットの自室に戻ってきてみれば、彼女はベッドの上だったが出て行く前と違った。布団を被らずに突っ伏している。汗が気持ち悪くてシャワーを一浴びして着替えたところで力尽きた感じだ。
起きてはいるようで、視線を此方に向けてくる。弱っているとはいえ、はしたないところを見られたと覚束ない手で布団を引き寄せ始めもする。

気の緩んだフリットと出会したことに得をしたとウルフは笑む。薬の入った紙袋をウルフは掲げて見せ、グラスに水を用意する。粉薬だったので、それもグラスに入れてスプーンでかき混ぜて水に溶かした。
ベッドに腰掛けて、丸まっているフリットに視線を下ろす。シャツに隠れていない素足の上を辿れば、僅かに覗く下着のレースに目が行く。見たいと思ったが、少し後だ。

自力で背を起こしたフリットにふらつきはない。グラスを此方の手から受け取ろうとしたが、ウルフは彼女の肩を自分に引き寄せる。

「口、少しだけ開けろ」

薄く唇を開いたフリットの行動に迷いはなく、緩んでいるなと観察する。グラスの水をウルフは自分の口に含んで、フリットに唇を重ねた。

突然のことでフリットは愕きに目を瞠り、ウルフの手に頭を固定されて潤んだ瞳をぎゅっと瞑った。口の中に流れ込んできた水を飲み込んだ。
口端から輪郭に沿って零れたのをウルフが舐め取る。そうされてから、フリットはウルフの肩前を押して引き剥がした。口元をシャツの袖で拭う。

頬が赤くなっているのは熱のせいではない。伏せ目がちに視線を外に流したフリットをウルフは押し倒した。

「お前……!」

目に力を入れるフリットに本調子を見る。

「しないって。見るだけいいだろ」

問うよりも先にシャツの裾を胸上まで引き上げられ、下着姿を晒す格好にされたフリットは恥ずかしさに身を捩る。散々裸体を見られているが、そう簡単な話でもない。

ウルフの手が触れてくる。含みのある触り方でなく、下着の形を確かめるような感じだ。見るだけだと言っていたではないかと思えど、触ることで形を見ていることに文句は飲み込んだ。だからフリットは躊躇わずにウルフの様子を窺った。彼はどうしたいのだろうかと。

白以外の色がない。レースなどの形を見て、彼女の自宅にも、この部屋のクローゼットにも以前無かったものだ。新しく足されたもの。
おもむろにウルフはフリットを抱きしめた。男の腕に捕らえられたが、捕獲や束縛とは違うものにフリットは首を傾げる。

「どうした。何かあったか?」

柔らかい声色にウルフは言葉で答えず、首を横に振った。
らしくないなと感じたが、ウルフとてそういう時はあるだろう。厭な気はしないとフリットはウルフの頭を優しく撫でた。

知ってはいることだが、甘えるとはこういう感じなのだと、安らぎにウルフは目を閉じる。フリットの場合は求め方が違うが、同じように安らぎなのだろう。あれが。
何かをしてもらうのは楽で気持ちの良いことだ。けれど、甘え方が下手なフリットは自分の安全を放棄して此方に委ねるということでしか成立させられない。
ようやく、エミリーの言葉の真意に気付く。自分を否定出来ないからこその追い込みが、フリットにとって一番楽なのだ。

そういったものを普段は表にせず、蓋をしている。自分にだけそれを見せていることに腕の中の存在をこの上もなく確かめてみたくなる。ウルフはフリットを強く抱き寄せ、唇を重ねた。












MS大会の決勝戦前。アセムは深呼吸を繰り返し、肘当てと膝当てなどの防具を確認すると最後にメットを被って気合いを入れる。
今年に入ってから二度目の大きな大会であり、一回目はアセムが体調を崩して回復したすぐ後に開催された。そして二回目のこの大会はアセム達にとっては最後の大会となる。

「アセム、初めは慎重に相手の動きを見ろ」
「分かってる」
「お前はすぐに勝負を挑み過ぎる」

忠告されて返事をしたが、あまり信用していないゼハートの応答にアセムは苦笑する。戦術はなっていないが、自分の性分は悪くないと思っているのだ。

「そう言うならゼハートが乗ればいいだろ?」
「母親、来てるんじゃないか」

譲ったわけではない。適任者はアセムとのクラブメンバー総意の選出だ。それもあるし、アセムが母親が来るかもとそわそわしながら口にしていた。
観客席の方を見渡したアセムがゼハートに眉を下げた。

「ユノアは友達と見に来てるよ」
「忙しい人だからな」
「いつものことだし気にしてない。全力で行く」
「サポートは任せろ」

互いの腕を打ち合い、良い笑顔を交わす。工具の確認をしているマシルとシャーウィーを手伝っていたロマリーとフラムも二人の様子に笑顔になる。

本当に来ていないのかなとロマリーは観客席を見渡し、観客用の出入り口に目を向ける。特徴のある銀髪が一瞬目に入ったが、気のせいだったと思うほどに消えてしまった。
アセムに言おうかとも思ったが、きっと本意に背いてしまう。胸にしまっておき、アセムにごめんねと小さく胸の内で謝った。







「決勝戦には間に合ったな」

で、先生方は何と言っていたのかと続けて問えば、フリットは神妙な顔つきになる。

「一兵卒として志願したいと本人が希望しているそうだ。アカデミーの推薦状をその場で書いて提出してきた」

学園が指定する三者面談には立ち会えなかったフリットは今日、トルディアに到着してからウルフを先に此方に向かわせておいて、自分は学園で息子の進路について教師と対談してきたのだ。

「嬉しそうじゃないな」
「このままだと巻き込むしかなくなる」

ウルフも大まかに聞き囓っている。フリットが主導するのだ。息子のアセムを無関係として切り離しても、周囲が無関係と放っておくとは考えにくい。

「お前の息子なら肝っ玉据わってるから平気だろ」
「………」

心配するなと言いたいところだが、親なら心配して当然だ。家族の間にある無償をどうこうすることなど出来ない。

「それより、ここじゃ見えづらいだろ」

観客スペースに出ようとしたウルフの腕をフリットは引き留めた。

「駄目だ。アセムの気が散る」
「気が散るって何言ってんだ。応援してやれよ、そのために仕事詰めて終わらせてきたんだから」
「力が入りすぎるんだ。昔、そうだったから」

親の目があると張り切って空回りする奴が自分の同級生にもいたなとウルフは納得する。アセムもそのタイプか。

「けど、見に行くって約束したんだろ?」
「見に来てるじゃないか」

屁理屈と目にすれば、フリットが口元を歪める。肩を竦め、ウルフはその場の壁に肩を預ける。
試合開始の音が鳴り、フリットはウルフに引っ付いた。そうしないと試合場が見えないのだ。尻を撫でてきたウルフの手を叩き払った。







相対するプチモビは足払い狙いだ。近接戦で姿勢崩しは基本中の基本。卑怯とも度胸がないとも思わない。
だが、アセムにとってやりづらい相手だ。勢い任せのバトルが好みで、その場任せの機転に強いアセムだからこそ、戦術を組まれると弱い。

「母さんみたいに頭の回転が良ければ」

どうしても、そういうわけにはいかない。

「しっかり相手を見ろ!」

ゼハートの叱咤にアセムはハッとなる。彼の言葉を反芻して、相手の動きを見る。意識すればちゃんと見える。足払いは突然起こるものではなく、向こうの挙動に初手が必ずあることが分かる。

アセムの視力は良い。自分と同じかそれ以上だとゼハートが特に認めている部分でもある。それを自在に出来ればアセムはこの大会の出場者の中でエース級だ。
右手、左手、右足と足払いを仕掛けてくるリズムも一定。タイミングを読みやすい。だが、そのリズムを向こうが自ら崩してくる瞬間があるだろう。それで今までのリズムに慣れていた此方に出来た隙を一気に叩く。

「アセム!」

しかし、そうはさせないとゼハートがアセムの名を強く叫んだ。
相手が自らのリズムを崩しに掛かった。左手ではなく脚がくる。足技はプチモビの機体を支えなければならないため、高い操縦技術を必要とする。だからこそ、パイロットは慎重にならざるを得ない。挙動の初手が一瞬だけ重くなる。
それはアセムのプチモビが空に跳ね上がる時間としては十分だった。

「おお……!」

膝蹴りが相手のプチモビに食い込んだ。砕けた装甲が跳ね、下のプチモビが電池の切れた玩具のように動きを止めた。

「勝者、スージーマスコビー学園!」

審判の声に歓声が上がり、アセムはプチモビの右腕を天に掲げた。







友人達とハイタッチをして胴上げさせられる息子の笑顔にフリットは満足して、外に出て行こうとした。

「もう会いに行ってもいいだろ」
「私は遠慮しておく」

息子に一言言葉をかければアセムも喜ぶし自信にも繋がるだろうに。不器用な背中を見送り、ウルフは沸き上がっている観客達の間を通る。

「よ、ユノア」
「来てたんですか!あれ、お母さんは?」
「来てたぜ」

細かく説明しなくてもユノアは心得ているようで、にこりと笑った。確かにフリットが言っていたようにエミリーに似ているなと思う。
隣の友達に誰?と訊かれて新しいお父さんでお兄さんと斬新な受け答えをしているユノアにちょっと行ってくると手振りして観客席の一番前まで階段を下りる。

手すりにウルフは腕を引っかける。大声で呼ばないと気付かないだろうと思ったが、アセムが此方の気配に気付いた。おお、と感心半分に手招きした。無視された。
しかし、周りの友人達に諭されて渋々といった様子でプチモビの撤収ついでに操縦しながら此方に寄ってきた。
アセムは一階、ウルフは二階だ。プチモビに乗っていてもウルフの方が高い位置にいてやや遠い。

「こんにちは」

無愛想な挨拶をウルフは気にすることなく、此方の近くに視線を奔らせたアセムに苦笑する。どう見ても母親を捜している。

「来てるぞ」
「なんで」

来ているなら、何故、今ここにいないのか。

「お前の気が散るからってさ。そこの入り口のところで決勝戦見てた」
「そう、ですか」

試合を見てくれていたことに気持ちが持ち上がる。けれど、同時にまだ認めてもらえていないのだなと、顔を合わせてくれないことに沈んだ。

「良くやった」
「え」
「俺からじゃ嫌だろうけど、代わりに褒めてやってくれって言われたんだよ。それに、感心してたぞ」

去り際にフリットから「ひとつ頼まれてくれないか」とお願いされていた。照れくさいからではない。向き合い方に躊躇いがあるのだ。ここで直接褒めれば、軍人になることにアセムは一切の迷いを持たなくなると懸念もしただろう。
ウルフから見れば、アセムの決意は固いと目が物語っている。目は本当にフリットとよく似ている。だから、アセムは軍人以外の道を今は見ていない。

「有り難う御座います」
「んー」
「何ですか」
「感謝されるのはちょっと」

違うというか微妙というか。ウルフの方から逃げるように階段を上って行ってしまった。
アセムはきょとんとしながらウルフを見送ってしまう。その間にユノアが友達を連れて一階にまで降りてきていた。危ないからと注意しながらアセムは彼の態度が少し気になりつつもプチモビを移動させる。






会場はドームとしては小型だが、各スポーツの大会が祝日に開催されている。掲示板に半年先のスケジュールが掲載されていた。それらを眺め終え、平和な暮らしがここにあるならばそれでいいと、フリットは会場横の広場に出ようと緑の道を進もうとした。

「散歩とは良いご身分だな」

舐めるようなざらついた声にフリットは目を据わらせる。外見も声も記憶と違うが、直感で分かりきっていた。

「デシルか。すまないが、先を急いでいる」
「感動の再会にお粗末なもんだ」

デシルの後ろにはダズが控えていた。遠目にゼハートと一緒にいるところを一度は見かけているフリットはデシルには構わず彼に会釈して横切ろうとした。しかし、デシルが強く腕を掴んできて顔をしかめる。

「デシル様!あまりこのような場所で目立っては」
「うっせーよ。てめぇはあっちにでも行ってろ」

顎をしゃくるデシルにダズは気を揉む。フリットが彼に目配せして頷き、ダズは頭を下げて去っていった。

邪魔がいなくなったと、デシルはフリットを無理矢理に引っ張って行く。建物の外壁はそこそこの物陰だ。デシルから腕を放されてもフリットは壁に追いやられる。
此方の顔を見ようとしないフリットに苛立ち、デシルは彼女の顔横で壁を叩く。威圧に負けじとフリットが睨みを寄越してきた。

女の頤を掴み、値踏みする。女性用のスーツは全くもって地味で授業参観用なのがおもしろくない。それでも、薄手のジャケットを羽織っていても白いシャツから主張する膨らみがある。大きさも形も申し分無さそうだ。

顎下を解放されたが、フリットは右肩の心許なさに気付いてすぐに隠した。ジャケットに手をかけていたデシルは奪い返された事実よりも、フリットの右肩に残されていた噛み痕に鼻を鳴らした。

「随分と淫乱女になったもんだな。深く食い込こませやがって」
「これは、違う」

頬を染めて視線を落とすフリットは女の顔をしていた。誰かを想っていることにデシルは腹の奥が重くなった。

「何が違うって?」
「違うならそれ以上はないだろ」

割り込んできた男の声にデシルが眉を片方跳ね上げた。その男が来た途端にフリットの表情が変わったのもおもしろくない。

デシルとは反対側の壁を叩き付けたウルフはフリットに迫る。

「俺以外の男に難癖つけられてんじゃねーよ」
「……すまない」

しおらしくなるフリットは右肩を押さえたままで、ウルフはデシルに眇を向けた。

「見せつけるのは大好きだがな、知らんところで晒されるのはむかつく」
「だったら首輪でもつけておけよ」

言われ、ウルフはフリットに視線を落とした。そのか細い首をじっと見つめる。そのプレイならフリットも思う存分甘えられるのではないかと真剣に考えた。
ろくでもない思考をしていると勘づいたフリットはウルフに半目を向ける。次いで、赤髪の男に視線を流す。

「余計なことを言ってくれたな」

恨みがましい顔でフリットから責められたデシルは不機嫌に表情を歪めた。お前らの事情など知ったことではない。そう言おうとしたが、ウルフがフリットの肩を掴んで彼女の視線を引き寄せた。つくづくおもしろくないデシルがフリットの頬を無遠慮に掴んでこっちを向かせた。







ゼハートは先頭を走っていた。

プチモビと工具類を教員が運転するトラックに搬入し終えた直後のことだ。ユノア達と入れ替わるタイミングでダズが慌てて此方に駆け寄ってきたかと思えば、彼はゼハートにデシルのことを耳打ちした。
内容を聞いてアセムにすまないと突然謝って駆け出したゼハートにただ事ではないと皆が感じ取る。プチモビなどは自分達が学園まで面倒見るからとシャーウィーとマシルが願い出てくれた。後で何があったかは説明するからとアセムはゼハートを追いかけ、ロマリーとフラムも後に続く。

見知った派手な髪色を見つけたゼハートだったが、困惑に足を止めるしかなかった。
どういう状況だ!?と内心に叫ぶ。ゼハートの目先には、デシルとウルフに両側から迫られているフリットがいる。ダズから聞き及んだ緊迫した空気は感じ取れないが、これはこれでどうしようもない。
遅れて追いついたダズやアセム達も足を止めて呆然としている。

遠目にアセム達が此方に向かって走ってくるのが見えていたフリットは自分が置かれている状況を客観的に把握して狼狽する。これでは子供達に示しが付かない。両側で言い合うウルフとデシルに押され気味になっていたが、自分にも堪忍袋はあるのだ。
こいつは自分の女だの、誰がそんなこと決めただの、本当に煩わしい。フリットはすうっと澄んだ呼吸を一つ。

「総員、控えろ!」

腹の底から発声した。鼓膜が痺れたウルフとデシルは硬直し、アセム達は向こうで背筋を伸ばした。
流石、とゼハートは直立のまま評価する。自分などが評価する資格もないが、人を従わせる威厳の条件を全て備えている声だ。

しんと鎮まってから、ようやくゼハートは動き出す。

「兄さん、何をしているんですか」

兄は自分に用があり、トルディアに来ているはずだ。ゼハートはデシルを人工林の奥に連れて行く。まだ声が届く距離だと、フリットは口を開いた。

「デシル。お前は、変わっていないんだな」

立ち止まったデシルはフリットを振り返らなかった。ただ、その兄の顔を見たゼハートが驚くだけ。
デシルのことを頼むとフリットの視線に促されたゼハートは頷き返して林の陰に姿を消す。ダズとフラムも彼らの後を追った。

向こうは向こうで話をつけるだろう。フリットはウルフを振り仰いだ。

「お前も調子に乗るな」
「嫉妬したらいけないのか?」
「しっと?」

きょとんと首を傾げたフリットにウルフは頭を抱える。どうにもこうにも鈍すぎる。
訳が分からんとフリットが腕を組んだ。







林の奥。ゼハートの腕を振り解いたデシルは首を鳴らす。

「出来れば手短に」

ゼハートの申し出に偉くなったもんだなと、冷たい目をデシルは弟に向ける。

「細けぇことは別の奴がダズに連絡を入れた。俺はお前が地球種と余計な友情ごっこにうつつを抜かしてやがるだろうからと、忠誠心を叩き直しに来てやったんだ」

わざわざと強調して付け足すのは、命令されて来たからだ。面倒くせぇとデシルは地面を蹴る。
で、とデシルは不抜けた弟の顔を見遣る。此方の計画は順調に進んでいる。そろそろゼハート達も此方と合流する手筈だ。

大したことをゼハート達に任せていないが、諜報活動はしっかりとこなしていたことはこの場では讃えてやってもいい。

「もう、そんな時期ですか」
「学校生活は楽しかっただろ。潮時だ」
「そうですね。それが、イゼルカント様のご意志ならば」

従う。迷いを見ないふりをして、ゼハートは胸に拳をあてた。フラムも同様に。しかし、ゼハートの気持ちを思えば手が震えた。自分も、ロマリー達を裏切りたくない。どちらを取っても裏切りになるのが悲しい。
最初から覚悟はしていたことでも。

「俺の顔に泥を塗ったらどうなるか、分かってるな」
「はい。兄さんには迷惑を掛けません」

嘘のない声に免じてデシルはダズに道案内させて去って行った。
連邦側の監視はアセムに危険がないかで出払っていて此方にはない。それに、ゼハートがフリットと話した時以来、監視の目が薄くなっていることも知っている。林の中も人が通る道として舗装されていないため、監視カメラの類は設置されていなかった。

「ゼハート様……」
「行こう、フラム。アセム達が待ってる」

その背中が孤独になる。手を伸ばしたフラムは彼に触れられず、その手をぎゅっと握って胸に置くしかなかった。決意する、出来るだけの手を尽くそうと。フラムは前を行くゼハートに付き添った。

広場にまで戻ってきてみれば、アセムとロマリーはベンチに座っていた。フリットとウルフも離れたベンチに座っている。
アセムとロマリーの方に合流すれば、ゼハートとフラムに気付いた二人が顔を上げる。

「大丈夫そうだな」

フリットの方に目を向けたゼハートは安堵する。

「すまない、アセム。俺の兄が失礼をした」
「え?いいよ、それは。ゼハートのせいじゃないから」
「だが、」
「うん。けどさ、母さんってモテるんだなぁって」

ゼハートは転けた。慌ててフラムがゼハートを起き上がらせる。

「どうしたんだよ、ゼハート」
「い、いや、そうだな。実は兄さんはアセムの母親に昔一目惚れをしていてな」

ゼハートはでっち上げを口にする。これっぽっちも悪いとは思っていないが、形だけはデシルに心の中で謝っておいた。

「へー、昔ってどれくらい?」
「兄さんが七歳の時だから、二十五年前か」
「やっぱりあの人も母さんより年下なんだ」

向こうに目をやれば、母の機嫌を悪くさせたらしいウルフが追い払われて此方に向かってきた。
ロマリーとフラムの女子二人を呼び寄せて広場の中央にいるクレープカーに並び始めた。
甘い物で機嫌が直るほど家の母親は単純ではないのだがと、アセムは呆れる。一人残されているフリットの方を窺えば、母も同様に呆れた顔をしていた。

「アセムは」
「ん?」

隣に座ったゼハートの問いかけにアセムは彼の横顔を見る。

「軍に行くんだな」
「そのつもりだけど」
「ヴェイガンと戦争、するのか?」
「何言ってるんだよ。戦争はしてないだろ?」

小競り合いはあるが、戦争と呼べるほど大規模なものは一端落ち着いている。
それだからか、今後も戦争はないと信じ切っているアセムにゼハートは苦くなる。伝わっていない。

「敵になる可能性はある」
「そうなったら止める」

息を詰めてゼハートはアセムの顔を見た。彼は、眉を立てた笑みでしっかりと頷く。

「ゼハート達と一緒にいて思ったんだ。ヴェイガンのこともっと理解したいって。だから、軍なら一番近くで知ることが出来るって考えた」

戦うこともあるだろう。けれど、それを怖がっていては相手を理解するなど不可能だ。拳を交えてでも理解したい。
他者への理解は倒すことに不必要なもの。戦争ならば障害となるが、その志をアセムは一生捨てないとゼハートに伝える。

自分と彼の差はここにあるのだ。戦闘能力だけで言えば自分の方が上だとゼハートは自負している。しかし、アセムの伸びしろが計り知れない。
彼の信頼の笑顔をどうか、壊したくないとゼハートは思ってしまった。

ロマリーとフラムがクレープをそれぞれ二つずつ持って帰ってきた。

「ウルフさんに奢ってもらっちゃった」

優勝祝いとの申し出に有り難く頂いたらしい。ご満悦のロマリーからアセムはクレープを一つ受け取る。ゼハートもフラムから。

クレープとは……?と真剣な視線を注いでいるゼハートとフラムは相変わらずで、こういう時間が続けばいいとアセムは思った。
二人がクレープを口に運んだのを見届け、アセムも別に嫌いな人ではないしとウルフからのクレープを食べていた。
不意に右横に座っているロマリーがそわりとして、アセムは彼女の目線を辿った。この四人でパンケーキ屋に入った時に居合わせたカップルを彷彿とさせる光景に我が目を疑った。







苺のクレープを差し出されたフリットは断るべきか逡巡し、受け取ることにした。

「食べ物で釣れるほどお前の攻略は簡単じゃねーのは知ってる」

先に言葉を取られてフリットは分かっているならいいと、クレープをひと囓りした。生クリームは久しく口にしていなかった。特別甘い物を好んではいないが、少しだけ頬が緩む。

「怒ってはいない」
「俺も口が滑った」

それで良しとする。蟠りを長引かせるほどウルフも子供ではない。フリットは尚更。
クレープを口に近づければ、横から差し出された。ウルフのクレープだが、チョコレートソースの匂いが香る。
こっちのクレープも食べてみろというのは分かるが、その行動に出たウルフの意図が分からない。理解出来ても納得出来ない感じだ。

「いらん?」
「なら、少しだけ」

もらうと、小さく囓った。チョコの苦みの中に丸い甘みがあり、バナナが入っていたことが口の中で明確になる。
咀嚼していると頭を撫でられて此方が年下のような扱いを受けていることにもやりとする。払おうと顔を上げたら、向こう側のベンチに座っているアセムと目が合ってしまった。息子の存在に、咳払いをする。
息を吐き、気持ちを切り替える。ウルフからの触れ合いはどうにもややこしい。しかし、それ以上に。

「訊かないのか」
「通りすがりにナンパされてたところを俺が格好良く助けただろ」
「脚色が酷いな」

苺だけを含み、甘酸っぱさに清々しくなる。

「じゃあ、一つだけ」
「ああ」
「あの男が変わってなかったってのは悪いことか?」

考えることではない。フリットは詰まりなく口を開いた。

「良かったと、そう思っている」

理不尽に彼は良心を痛めない。それでも、フリットが彼個人を憎みきれない理由がある。
あの日。彼の目的は此方を倒すことであって、あの子の命まで取ろうとしていたわけではない。そこまで計画を立てていなかっただけかもしれないが、それならばそれでもいい。
直接言うことはなかったが、このピンクのリボンにも気付いていたのだから。

「赦してもいなければ、認めているわけでもない」

言葉にして、ウルフとは違う輪郭を自分でも確かめる。ウルフのことは認めているし、身体も赦してしまっている。
それも伝わっているだろうか。無言でいるウルフは此方と視線を合わせていないので、フリットは彼の横顔を見つめる。
この男に抱かれているのかと腑に落とした途端に胸がきゅっとした。

眼下に差し出された苺のクレープにウルフは瞬く。フリットを見遣れば、彼女は顔を背けていた。耳が真っ赤であり、声は掛けないでおく。
外からだと生理的に無理とされているようにも見えないか。あまり考えないでおこうとウルフはフリットのクレープに噛みついた。

「ごちそうさん」

ウルフの声に終わったかとフリットはクレープを引き寄せる。

「反対側を食べてくれ……」

此方が囓っていたところと同じところを食べることはないだろう。恥ずかしさに歯痒くなる。食べづらい。

「この前みたいに手伝うか?」
「手間は掛けさせない」

喉を通らないほどではないと意地でフリットはクレープに齧り付いた。
横で先に自分の分を食べ終えたウルフが此方に言う。

「本物のバナナか俺の」
「それ以上言ってみろ。ガンダムで後ろから撃ち墜とす」





























◆後書き◆

素面の時に下ネタは怒られたのでえっちの時に言おうと決意するウルフ。また怒られます。
ふと、ウルフ→フリット←デシルのダブル壁ドンが頭に浮かんでここで形にしてみました。あながち、ゼハートのでっち上げは間違いではなかったりな設定です。
あれでアセムは今度は三角関係の少女漫画をユノアから借りようとするのではと。アセムが何か別の方向に目覚めそうな。

不満が不安に変化すると厄介なもので、良くないことばかり連想しがちになります。フリットは更に罪悪感積み重ねたりでした。が、一度不安が解消されたら大丈夫と気持ちが軽くなるところが感情の不思議さであります。

Spiel=勝負

更新日:2015/04/30








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