フリット♀(39〜40歳)・ウルフ(23〜24歳)
アセム(18歳)・ゼハート(18歳)・ロマリー(17〜18歳)・フラム(17〜18歳)
マッドーナ(80歳)・ララパーリー(53歳)・ロディ(23歳)

アセムとユノアの父親が不明。

18歳未満の方は目が潰れます。































◆Gegenwart◆










休日ということもあり、ショッピングモールは賑わっていた。気になっていた洋服店で買い物が出来たロマリーは満足そうで、彼女につられてフラムも一着買ってしまった。
ダズから今日の小遣いを渡されている。買い物をした後でも残金はまだ余裕があり、資金の心配はない。けれど、このように買い物を楽しむのはフラムにとって初めてで、気が引ける気持ちも同時にあった。
それを察したのか、ゼハートが傍らに来て一言。

「こういう時は楽しんだほうが学生らしく見える」

それだけを耳元に残され、彼は先に行ってアセムと会話を始めた。その背中を見遣り、フラムは頬を緩める。あくまで諜報活動なのだから、気に病む必要はないというゼハートなりの思いやりに対して。
ゼハートと初対面の時、フラムは彼との間に壁を作っていたが、最近ではその頃の自分を忘れそうになる。

「ゼハートと何話してたの?」
「ただの世間話よ」

ロマリーがじーっと見つめ返してくるので、フラムは身を引く。彼女には自分が自覚していないことまで見透かされていそうで、たまに居心地が悪くなる。

「そっか。面白い話だったら私にも教えてね」
「ええ」

こうやって無理矢理に割り込まずに一歩を留まってくれるから嫌いにもなれない。地球種側の中では一番心を開けていることもあり、ロマリーの悲しい顔だけは見たくないとフラムは思っている。

少し間を置いてからのロマリーの目配せにフラムは頷き返す。アセムとゼハートに気取られないように互いに確認を取る。

「美味しいパンケーキのお店調べておいたの。行ってみよ」

ロマリーの先導をフラムは支持し、アセムとゼハートは顔を見合わせる。そろそろ足を休めたい時間でもある。異議はないと彼らは彼女達について行く。
人気店という情報から待ち時間は長いかと思われたが、タイミングが良かったのか三十分もせずに店内に入る事が出来た。

奥側に設置されているソファ型の長椅子にフラムとロマリーが座り、テーブルを挟んだ向かい側にゼハートとアセムが一人がけ用の椅子にそれぞれ座る。 囲んで見ていたメニューから注文するパンケーキを選ぶ。
程なくして運ばれてきた生クリームとフルーツたっぷりのパンケーキにロマリーの表情が輝く。 フラムとゼハートは初めて見るものらしく、神妙な顔で可愛らしい飾り付けをされたパンケーキを見つめている。同時に、一切れを口に入れてぱちぱちと瞬いている。
そっくりな反応を示している二人を見てアセムとロマリーが笑った。

最後に紅茶を頼んで、ブレイクタイムも終わりがけ。フラムがそわそわとしているのに気付いたロマリーは彼女の耳元で合図を送った。

「アセム」
「ゼハート様」

クラブのことについて話していた二人は呼ばれて顔をあげた。目の前に差し出された愛らしい包みに瞬く。

「お誕生日おめでとう。フラムと選んだの。ちょっと、過ぎちゃったけど」
「わ、私も。確か、先月だったと思うのですが」

アセムはロマリーから。ゼハートはフラムからプレゼントを受け取った。

「有り難う、ロマリー」
「すまないな、フラム。有り難く受け取る」

開けてもいいかとの傾げに勿論とロマリーとフラムは頷く。包みを広げた中から顔を出したのはワンポイントの飾りが付いた写真立てだった。アセムが青、ゼハートが赤の、揃いの品だ。

「私達も色違いで同じの買ったの。次の大会も近いし、記念写真撮ろうね」

はにかんだロマリーの言葉に全員で頷く。
横のゼハートに視線を送ったアセムはそういえばと前置きして、問い掛ける。

「ゼハートの誕生日知らないや。俺と近いの?」
「六月の二十三日だ」
「え」

アセムが声を出し、ロマリーも愕きの表情になる。どうかしたのかとゼハートもフラムも首を傾ける。

「俺も、同じ日」
「え」

今度はゼハートとフラムが同じ反応を返した。偶然というのか必然というのか、判断を付けづらいところである。けれど、祝うべき日が同じという妙を二人は受け入れた。

紅茶で喉を潤しながら、写真立てを選んでいた時の話をロマリーから聞いていると、フラムが顔を上げる。不意の動作であるが、はっきりとアセムを見ている。

「浮かない顔をしていると、そう思ったのだけれど」

今日、フラムがアセムに話し掛けたのは初めてだ。その愕きもあるが、フラムに指摘されるというのは余程のことだ。顔に出ていると。
その理由を知っているゼハートは後で話すからとフラムに言ってくれているが、アセムは彼の肩に手を置いた。

「いい。今、話すよ」

折角、誕生日を祝ってくれたのだ。蟠りを残す日にはアセムとてしたくない。
しかし、何処から話そうかと思考をぐるぐるしていると、ハロを手元に呼んだロマリーが口を開く。

「今日はハロも一緒なんだね。お母さん帰ってきてるの?」
「え?ああ、今はいないよ。俺の誕生日に帰ってきたんだけど、その時にハロのことは預けるって言われて」

ハロの現在の所有者はアセムになっている。それと、もう一つと、テーブルの上に小型のデバイスを置いた。

「これも渡しておくから、将来のこと考えておいてくれって言われた」
「それが悩み事?」

そこまで指摘されて、ロマリーが話を誘導してくれていたことに気付いたアセムは感謝と同時に気恥ずかしくなる。

「それも少しあるんだけど、多分、今日かな。母さん、あの人とデートしてると思う」

突き刺さる視線にアセムは重い口をもう一度開く。

「デートしてきてもいいか?って神妙な顔して言われたら駄目って言えるわけないし、そもそも子供からの許可っていらないよな……」

知らない方が良いこともある。母親は律儀な人だから、自分に伝えてくれたというのも理解している。矛盾未満のそれでやるせない気持ちをアセムは持て余していた。
良いよとアセムが頷いたのを見て、フリットが嬉しそうな顔をしたのも彼には複雑として内に残っている。 あからさまに表情にしていたのではなく、良かったと大丈夫をふんわりと合わせたように、綻んでいた事実を認めがたくて。

「お前や妹のことを考えて慎重になっているだけだろう」
「そうだろうけど……」

筆舌にし難く、アセムはゼハートに億劫な同意を示す。

「初めてデートするって言ってたし」

ウルフと、という意味以前に、デートそのものをしたことがなかったそうだ。それ故の期待と不安も母にはあり、息子からの許可で不安は薄れた様子だった。

「そうなの?アセムのお母さん可愛いのに」
「かわいい、かな?」
「アセムは思ったことないの?」
「……格好良い、がしっくりくる」

ロマリーはアセムの感覚を否定しなかった。自分もそう思うことがあるからだ。けれど、この間のフリットは可愛い以外の形容詞を使うのは憚られた。好きな人がいるのはいいなとロマリーは素直に思う。

「あれからウルフさんって人、来てるの?」
「二回」

短く答えて顔を横にしたアセムの態度に、重症かもとロマリーはゼハートとフラムに苦笑を送る。

「ところで」

フラムの発言に三人が顔を上げた。

「デートとは、ああいうのを指すのかしら」

彼女の視線の先は、自分達のテーブルから通路を挟んだ向こうのテーブルだ。アセムとゼハートは振り返る形となる。

大学生ぐらいの若い男女が二人。二人用の席だが、一つの椅子に二人で座っている。椅子の座面を半分ずつで使用しているのではなく、男性が座ったその膝の上に女性が乗っている状態だ。 どちらも派手な服装ではないので、店内の注目を浴びているわけではないが、そのカップルの両隣の席にいる客はパンケーキをぎこちなく突っついている。

女性がホークで刺したパンケーキの一切れを男性の口に運び、男性が同じように女性にパンケーキを食べさせていた。 そして頬ずりをし合い、唇同士が重なり合う直前でアセムとゼハートは咄嗟に顔の位置を戻して姿勢を正した。
正面のロマリーとフラムも、まさかあそこまでし始めるとは予想だにせず、同じようにしながら俯いた。四人で顔を真っ赤にしてしまう。

「さ、さすがに、あれは、ないと思う」

自分とユノアの目があるときはウルフの要望に応じていない母親の姿を思い起こして、アセムは首を横に振る。あからさまなものも最初の日以来は目にしていないのだ。 言葉のやり取りはたまにユノアに聞かせられない類も出てくるが、その場合は母が窘めている。
だから、子供の目から離れた状況になってもカフェでいちゃつく姿は想像出来なかった。あの男にも良識の欠片はあるようだから、そのあたりは心配していない。
では、何を心配しているのか。アセムはふと、自分自身に疑問を抱いた。

「いえ、ごめんなさい。不謹慎だったわ」
「フラムは悪くないよ」

返答の意味より、アセムから名前を呼ばれたことにフラムは複雑な情感を持つ。彼から名前を呼ばれたのは初めてではないが、自分はアセムと呼んだことがない。 連邦の司令官の息子、そう認識を固定しているからだ。
この四人の中で一番距離があるのは自分とアセムであるのは明白だ。アセムに非はない。あるとすれば。

「ア………」

口を閉じてしまった。幸い、相手は聞き捉えていない様子だった。安堵するが、後悔を感じる。
沈んでいると、テーブルの下で足先にこつりと何かが当たったような気がした。次はこつ、こつ、と二度。ゼハート様?とフラムは顔を真正面にあげた。 すれば、ゼハートは手振りでゆっくりでいいと語る。

焦る必要のないことだと、ゼハートはフラムを思う。
何度かアセムとの接し方を考え倦ねいているフラムをゼハートは見掛けている。その度に自分が先手を取っているのだが、今日のこれも邪魔をしてしてしまっただろうかと内心で眉を下げる。

顔に出ているゼハートに本当に肝心なときにクールになりきれない人だと馳せる。フラムは彼の気遣いは自分にとって必要なものであったことを肯定する。 そして、アセムに苦手意識を持っていることを認めた。
地球圏の人間には大半、苦手意識を持っている。その中でも、アセムには特に。司令官の息子という肩書き以前に、彼に忌避感がある。 それをフラムは失礼とは思わなかった。ただ、その忌避感がゼハートにとって不幸を招かなければいい。そう願うだけ。

言い訳を理由にしている。臆病風と言ってしまえば、それまでだ。だが、この場でそれを言う者はいない。フラム自身も、言わない。
フラムが彼を、アセムの名を呼ぶ必要にかられるとするならば、それは苦手意識を失ったとき。敵に回ったときだ。

「うーん、提案なんだけど」

ロマリーのふんわりとした声にフラムは毒気を抜かれる。そして肩を竦めた。気を取り直してから、どうしたのかとロマリーへ耳を傾ける。

「直接、お母さんに聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「今?でも、別のコロニーだから圏が……いや、圏外でも大丈夫なんだけど」

方法があるのかと、ゼハートからの素直な疑問にアセムはぎこちなく頷く。

「これで連絡取れるらしいんだ。緊急時のみだけって言われたから、その」

AGEデバイスをテーブルから手に取り戻して、アセムは口を歪める。その様子に三人が顔を見合わせ、最適な言い訳を考えようと相談した。
三人分の視線が一斉に向けられてアセムはたじろぐ。

言われるがままにアセムはデバイスを開いて、母に教えてもらった通りに通信コードを繋いだ。通信中の画面が明るくなり、通話状態に入る。

『何かあったのか、アセム』

気難しい表情に張り詰めた声。緊急時と思い込んでいるからだ。しかし、アセムはそのことよりも画面に映った母の首から下を見ないようにするのが精一杯だった。

「あの、母さん、服、」
『ぁ。ああ、すまない。着替えていたから』

音声通信のみに切り替えられた。

『それで、何があった』
「ごめん。何もないんだけど」
『何もない?』

厳しい声色にアセムは内心で平謝りだった。口早にロマリー達が考えた台詞を連ねる。

「これで本当に圏外でも繋がるのかなって不安だったんだ」
『………分かった。次からは本当に緊急時以外での使用は認めないからな』

どうやら納得してくれたらしい。胸を撫で下ろすアセムはロマリー達の視線の圧力に分かってると口を開いた。しかし、遮られる。

『もう少しだ。待て』
「母さん?」
『ウルフを待たせてる。何もないなら切るぞ』
「ちょ、ちょっと待って、あの人待たせてて着替えてるってことは!」
『ッ、な、何を勘違いしているんだ。出掛けるだけだと言っただろ。やましいことはしていない!き、切るからな』

通信が途絶えた。







変な汗をかいてしまった。肌に汗が浮いているわけではないが、気持ちの問題だ。手持ちのハンカチで拭ってから、下着姿だったところから着替えを済ませる。
試着室の姿見に横目をやりながら、フリットは膝丈のプリーツスカートを摘む。若作り以前にウルフにコーディネートされた服だということから目を逸らしたくなる。
この間といい、こういう服装が好みなのだろうかと考える。が、店内に並んでいるミニスカートを凝視していた。あれを渡されなかっただけ、彼にも良識はあるのだ。
此方の意思を汲み取っていてくれている。意を決してフリットは内側からカーテンに手を触れた。

シャッと音がしてウルフは背を向けていた試着室を振り返った。カーテンは半開きだ。遠慮無く自分から全開にした。
試着室の奥に身を引こうとしたフリットの腕を掴んで留まらせ、上から下まで見つめる。

「ちょっと地味すぎるか」

上は青ラインの入ってる白地のブラウスの上に紺色のベストを重ねている。下は紺から白へのグラデーションのスカート、青薔薇柄の刺繍タイツでまとめ上げられていた。

「これで、いい」

派手な服を持ってこられても困る。というか、彼の腕に丈の短いスカートが引っ掛かっているのに今気付く。フリットが半目を向ければ、ウルフはそれを掲げ。

「試着はタダなんだから、もっと楽しめよ」
「言っておくが、それだけは御免だ」
「絶対領域」

聞こえていないと顔を逸らしたフリットからウルフは腕を引っ込める。すれば、外れていた視線が戻る。途端に不安の色が出ているフリットにどうにも弱い。 表に出さないように苦笑したウルフは後ろを向くように言う。
背面の確認だろうかとフリットはその通りにした。すれば、後ろを向いた直後に髪を触られる。

「冗談に決まってるだろ。半分は下心あったが」
「本音が漏れてるぞ」

呆れ声で落とせば、耳横にウルフが身を寄せてきた。

「お前の生足見られるの俺だけってのも良いしな」

頬に熱が溜まり、フリットは黙り込む。その様子にウルフは満足して、彼女の三つ編みを解いた。流石に疑問を抱いたフリットが身動きを始める。

「動くなよ」

疑問は解消されないが、危機があるわけでもない。フリットはウルフに言われた通りに動きを止めた。
両サイドの髪を捻って後ろで纏め、切り替えの位置をリボンで繋いでおく。ハーフアップになった髪型を姿見で見守っていたフリットは鏡越しにウルフへ戸惑い気味の表情を向ける。

「気に入らねぇか?」

悪くないと思うがと続けるウルフにフリットは服装と髪型を含め、どうにも落ち着かない気持ちを抱く。

「自分ではない気がするだけだ」

正直な感想に、ならばこれで決まりだとウルフは近くの店員を呼んだ。このまま外に出るのでタグの回収を頼むところまでは見届けたが、会計は自分でするとフリットは譲らなかった。
一度自宅に戻ってからというわけにはいかず、お互いに仕事場から直行で外に出て来たため、軍服では下手に目立つと衣服替えにこの店に入った。 ウルフは先にもう済ませてあり、外で待っているように言いつけてフリットは会計のレジに向かう。

「彼氏さんに奢ってもらえば良かったんじゃないですか?」

年若い店員に言われ、フリットは瞬く。意味を理解するのに時間が掛かり、店員が首を傾げてから苦笑を零す。

「私の方が年上ですから」
「そうなんですか?」

お若く見えますという常套句を聞き流す素振りで、フリットは気になっていたそれを手に取った。

「そちらの商品、一週間前に入荷したばかりなんです。赤は人気色で既に売り切れてしまったんですけど、そちらの色も綺麗ですよね」

素直に頷いたフリットは迷うことなくこれも一緒にと店員にお願いした。

「別でお包みしますね」

訳知り顔を表にしない店員に胸を撫で下ろしつつも、そんなに分かりやすいだろうかと視線を横に流した。

出入り口で包みを渡した店員は「またのご来店を」とお辞儀をしてフリットを見送った。
一連の業務所作から店内の奥に戻ってきたその女性店員に他の従業員が呆れと感心を含んで話し掛ける。

「あんた、良く接客出来たわねぇ」
「研修はもう終わってますから」
「そうじゃないわよ。あれ、連邦の総司令官だったじゃない」
「………え?」

あの物怖じの無さは気付いていなかったからだと知って、感心が吹っ飛んだ。 呆れだけを残して上役の彼女は高官用軍服の型は覚えておきなさいと、後輩の肩を叩いた。
店員は今一度、出入り口のほうを振り返ってしまう。

「待たせたな」

店から出てきたフリットに別にと素振りで返したウルフは横に並んだ彼女の匂いに首を傾げる。指摘するほどのものでもないだろうと、目的地へ向かい始めた。
後ろ手に包みを持っていることを意識されていない様子で、フリットは渡すタイミングを測り倦ねいていた。

「歩きだと少し遠いからタクシー拾うか」
「そうだな」

付近に公共交通機関は見当たらず、ウルフの言い出しにフリットは頷く。
黄色のタクシーをつかまえ、目的地である会場前に到着する。後部座席に並んでいる間も切り出せずに、フリットは自分自身に何をやっているんだと呆れ以上に不甲斐なさを感じていた。
タクシーを降りれば、ファンファーレの音が二人を出迎える。空気の煌びやかさと賑やかさにフリットはウルフを見遣る。

「レース見るのは初めてだったよな」
「直接は」
「ギャンブルも出来るけど一枚ぐらい買うか?」
「賭博に興味はない」

予想通りの返答にウルフは頷き、お前は?という向こうの尋ね返しにこっち側は専門外と手を振った。
入場のためのチケットのみを購入し、奢りだと先手を打ってから一枚をフリットに手渡した。

「私も、ある」

首を傾げているウルフにフリットは今ならばと、後ろ手にしていた包みを手前に。ウルフの胸に突きつけた。ぽすっと受け取ったウルフは匂いの原因が解決した。 どうやら勘違いしていたらしい。

「息子のじゃなかったんだな」

もうすぐ誕生日だと前に聞いていたため、てっきりその贈り物だと思っていた。

「アセムの誕生日は過ぎている。渡すものは全て渡した」

息子の誕生日にAGEデバイスとハロを譲渡した。大学に行くかと訊けば、あまり興味は無さそうで、軍人になることに興味を示していた。
選択としては悪くないが、もう一年はしっかり考えなさいと込めてAGEデバイスを握らせた。受け継ぐかどうかの最終選択はアセムに委ねている。

「そうか」

開けてもいいかとの視線にフリットは頷き返す。しかし、思っていた以上に気恥ずかしさで胸がいっぱいになり、ウルフの顔をまともに見られなくなってしまった。
包みに入っていたのは空色のマフラーだ。ここのコロニーは地球の寒帯地域を基準にしているため、観光客は今の時期でも寒さを感じると服屋の店員が言っていた。 夕方頃には必須になるだろう。

ウルフはマフラーを首元に巻き身に着け、フリットの様子を窺う。過去に感じたことは数える程度のむず痒さに、ウルフは表現の仕様がない感情を持つ。
頭を撫でられたフリットは気恥ずかしさの限界で逃げるように先に行こうとする。それを後ろから抱き止めれば、彼女が咄嗟に口をつく。

「前に、ストール駄目にしてしまっただろ、だから、それで」

家を飛び出したアセムを連れ戻す時に拳を交えた。その時のことを言っているのだろう。しかし、使えないほど駄目にしたわけではない。 言葉を探すことに躍起になっているフリットに抱き締めを強くする。
周りの視線を気にし出したフリットに構うことなく。

「抱きてぇ」
「――ッ」

こんな場所で言い放つ言葉ではない。そぐわぬ声色の熱っぽさを振り解こうと身動きを取れば、尻腿にあたるものがあった。
ぎ……、と後ろを振り返る。

「下のをあてるな」

流石に此処は駄目だよなとウルフは苦く吐息する。フリットを解放して大人しく身を引く。反応してしまっているのをどうにかしてくると仕草で示して、ウルフはその場から離れた。
咎める声も視線も掛けず、フリットはトイレ前に設置されている椅子の一つに腰を下ろして待っていた。感じる視線は先程のあれか、それとも顔がバレているのか。 判断が付かなかったが、どちらにも対応出来るようにサングラスを取り出した。

用が済んだウルフは待っているフリットの姿を視界に入れて開口一番に。

「似合ってねぇぞ」

彼女のサングラスを取り上げて、自分に掛ける。返せと立ち上がったフリットであるが、ウルフの似合い具合に言葉を閉じる。

「司令官様がこんな娯楽施設に来てるなんて誰も思ってないだろ」
「ぞんざいな言い草だな」

仮にも元レーサーなのだから「こんな」と言うこともないだろうと含める。それに対してウルフは苦笑したようだ。目元が隠されているせいで少々表情を読み取りづらい。

入り口ゲートでチケットを切ってもらい、観覧シートに出れば、表で耳にしたファンファーレが大音量で響く。レースは序盤から中盤へ切り替わる頃合いだった。 実況の声も興奮気味だ。

レースはコロニーが所有する宙域を使用していた。此処のコロニー内で使用可能であるスペースが狭いためだ。
撮影用カメラを担ぐMSがレーサー達を追いかけ、その映像をドームのスクリーンに映し出している。

時折挟まれるフリットからの質問にウルフは受け答えているが、レースの内容よりもモビルスポーツの特性や修理の手際についてが多い。 楽しんでいるというより感心している様子にらしさを感じる。
傍らで肩を小刻みに揺らすウルフを見遣り、フリットは何を笑っているんだと首を傾げた。

大きなトラブルもなくレースが終わり、順位がスクリーンに表示される。休憩を挟んでラフファイトの予告が入った。

「フリットはこっちのが興味あるかもな」
「関心がないとは言っていない」
「レースよりイレギュラー多いから見応えあるぜ。そこで直接やるしな」

ドームの中にモビルスポーツが続々と雪崩れ込むように集い始める。先程レースしていた機体に加え、新しく入ってくる機体もあった。
中央に設置された大型ステージの四隅に一機ずつ立つ。チームはバラバラだ。つまり、一対一対一対一。混戦だ。
トーナメント形式で勝ち上がった者がラフファイトの優勝者となる。が、こちらはレースに換算されない試合だ。腕試しの意味合いが強い。 それと、MS工房同士による腕の張り合いも含まれる。これで年間の発注数が変動するのだから、工房の親父達は気が気ではない。

「やっぱ、おやっさんのとこのが勝ったか」

全ての試合が終了し、閉館のアナウンスが入る。
帰路に向かう人並みとは逆側に行くウルフにフリットは着いていく。大方、昔の仲間に挨拶回りだろう。自分は外側で待っていれば良いと結論していた。 が、フリットはウルフに腕を掴まれて強制的にチーム名の紙が扉に貼ってある控え室に足を踏み込んでしまった。

レース優勝の祝杯をあげていたレーサー達の視線が一斉に向けられる。

「お。ウルフじゃねぇか」
「わあ!お久し振りっす、ウルフさん」
「なんだそのサングラス」

サングラスを外して、元の持ち主に返す。それでウルフから横の女性に目を流した彼らは瞬きを三回。

「そちらのご婦人は?」

ウルフがレーサーを始めた時からリーダーを続けている彼からの質疑に答えるべく、ウルフはフリットの肩を抱き寄せた。

「俺の女」

しれっと言い放ったウルフをフリットは引き剥がす。

「そういう言い方はやめろ」
「じゃあ、恋人」
「それもやめろ」
「妻」
「それはまだだ」

まだ?と首を横に倒した面々にしまったとフリットは口元を手で覆う。興味の視線が強まったことにひくりと後ずさる。
ウルフの元チームメイトらが口々に質問してくるが、どれも統一されていない。それらをあしらうようにして、ウルフは奥で一杯やっている白髪の背中に声を掛けた。

「おやっさん」
「おお、ウルフか。なんだ、ここまで顔出して」

珍しいと言いたげにほろ酔い顔が向けられ、ウルフは肩を竦める。
マッドーナ工房は此処のチーム専属というわけではないが、他チームよりもメンバーのモビルスポーツを手掛けている。そのために控え室への出入りは頻繁だ。
それに、ラフファイトの優勝者もこのチームの一人だ。勿論、その搭乗機を設計したのはこのマッドーナである。

「引退してからはこっちに全然寄りつかなくなったくせに。そういや、あれの調子はどうだ?」
「最高だぜ。今度はブレイクダンス踊ってやるよ」

ウルフにとって最後のレースになった時のことと比較した比喩にマッドーナは苦笑を滲ませる。何はともあれ、機体は絶好調のようで鼻が高い。
そこでようやくウルフのやや後ろに控えていた女性に気付き、それを察したウルフが紹介を仲介しようとしたが。

「お久し振りです。マッドーナさん」
「フリットじゃねーか。直接会うのは何年振りだ?大きくなったなぁ」

最後の一言にフリットは苦笑う。そんな言葉をもらう歳は過ぎていますよと。
知り合いだったのかと疑問の視線をウルフから注がれたフリットは頷く。

「蝙蝠退治戦役の時に世話になっている。それ以降も何度か軍への技術提供をしてもらっていた。知らなかったか?」
「そのへん軍のお偉いさんに口止めされてたから、こいつらには言ってねぇわ。そういえば」

納得をウルフとフリットは見せる。口止めの執行猶予は過ぎているため、現在ではそこまでの機密保持内容ではなかった。

「Gエグゼスを手掛けたのは貴方でしたか」
「ウルフが持ってきたあれ、やっぱりガンダムのデータだったってわけだ」

互いに感嘆し合っている様子で、技術関係の専門用語が飛び交い始める。
元チームメイトの中にフリットを放り込むわけにはいかない。マッドーナのおやっさんとなら話も合うのではないかと思ったが、予想の斜め上だ。
自分は元チームメイトのところへ戻ろうとすれば、軽食を抱えてきたマッドーナの妻と息子が出入り口から顔を出した。

妻のララパーリーはフリットの姿に目を丸くすると手にしていた荷物を息子のロディに預ける。荷物の上に荷物をのせられたロディは腹筋と足に力を入れた。

「フリットじゃないの!大きくなったわねぇ」

歓迎の抱擁にララパーリーの年齢を感じさせない豊満な胸に顔を埋める形になってフリットは顔を赤くする。 そんな反応をしていれば、ウルフからじと目を向けられて視線を横に流した。

抱擁から解放されて一息吐いたフリットであるが、ララパーリーの一言に更に赤く固まる。

「どうしたの、そんなおめかしして。デート?」
「デ……いえ、」

デートだろと視線を送ってくるウルフにフリットは尻込みする。
突然、ウルフがデートしようと強引に提案してきたのだ。いくつか話し合いの上、レースの観戦に来ることになったわけだが。

「あらぁ。ウルフってば、フリットみたいなのがタイプだったの」
「おっぱいふわふわで、かなり俺好み」

軽口なのであろうが、明け透けのなさにフリットは戸惑う。しかし、そう思っている余裕すら保てなくなった。胸の膨らみを後ろから揉まれている状況に。

「ほんと。気持ちいい」
「っ、ララパーリーさん、ゃめ」
「フリットも良いもの持ってるじゃない」
「それくらいにしてやれよ。若い連中には目の毒だ」

助け船を出すマッドーナの言はララパーリーには効果的だった。
両腕を組んで胸を隠すようにガードしたフリットはウルフの傍に寄ったが、此奴では駄目だと気付いて空いているテーブルに荷物を並べているロディに身を寄せた。
不機嫌を顕わにするウルフには構わず、フリットはロディと視線を合わす。

「ロディも大きくなったな」

アセムとユノアも良く育ってくれているが、ロディはもう大人と称しても申し分無い。

「はは。僕だって二十三ですからね」

今年で二十四になりますと続き、ウルフと同い年だったかとフリットは瞬く。見比べるとロディの方が年若く見えるが、親の顔を知っているからだろう。 時折ではあるが、成長も見守ってきた。
マッドーナ夫婦には子を持つ親の先輩として出産前や子供達が幼い頃はよく世話になったことを邂逅する。

「工房を継ぐのか?」
「はい。そのつもりですよ」

迷いのない声だが、表情はどこか苦笑しているように感じた。この場の空気ではその先を尋ねるのは気が引けて、機会があれば少し話をしたいとフリットは考える。
そこで視界の端に見えたものに焦点を合わせた。壁にポスターが貼ってある。新人レーサー募集のキャッチフレーズが添えられ、被写体は三人。真ん中に写るのはウルフだ。

ふいに視線を固定させたフリットの目先を追ったウルフはぐっと口を引き結ぶ。 フリットの肩を掴み、ポスターから遠ざけるように、また酒を煽っているマッドーナの横の席に座らせた。

「おやっさん、あのポスターもう外せよ」
「俺の知ったことじゃねぇよ」

手を振ってあしらいながら、ウルフのもの珍しい様子にマッドーナは感慨を持つ。女にポスターの一枚や二枚見られたところでブレる男ではなかったはずだ。

「ったく。まぁいい。知り合いだったら積もる話もあるよな」

フリットの相手を頼まれているんだろうなとマッドーナは正しく受け取って頷き返す。
ウルフが騒ぎ出している年若い連中の群れに向かう背中をフリットは目で追う。あの中に入る心強さはないのだが、それをウルフに汲み取られたことに気持ちが揺れた。
その様子を横にマッドーナはフリットにも意外を持つ。

「フリットも本気か」

言われ、内容が何を指しているか直ぐに気付かなかったが、暫しの間で気付く。フリットは照れを抑えた顔で目元を伏せた。

「ああいうのお前、タイプだったか?」
「タイプ、とかはよく解りませんが」
「あんた、野暮なこと訊くもんじゃないよ。ビビッと来たんでしょ」

ララパーリーがフリットを後ろからやんわり抱きしめた。そしてフリットにしか聞こえないように彼女の耳元に吹きかける。

「どんな馴れ初めか、お・し・え・て」

硬直しているフリットにやれやれとマッドーナは自分の肩を叩く。

「お前こそ野暮なこと訊いてないか?」

大方の予想は付いている旦那の発言にララパーリーは舌を出す。茶目っ気の抜けないところも含めて愛らしいが、今はそっとしてやれと追い払う。 ロディに泣きつきに行ったが、じゃれているだけだ。

遠目に母子の様子を見遣ったフリットは自分には難しいなと思う。ユノアはまだ抱きついてくることがあるが、昨年と比べれば回数は減っている。 アセムの方は物心が付き始めてから皆無と言っていい。
それを成長と捉えていたが、自らの生真面目な性分がそうさせてしまったのだ。甘えさせ下手を自覚する。

「その手の話がフリットはなかったから、あいつも気にしてたんだ。大目に見てやってくれ」

視線をマッドーナに戻したフリットは気分を害していないと首を横に小さく振る。気に掛けてくれていた事実が面映ゆい。
以前の自分ならそういった話や気に掛けをエミリーの小言同様に煩わしく思っていただろうに。自分は変わってしまったのだろうか。それとも、変われるのだろうか。

「機密なら別にいいんだが、軍の方で新型とかつくってんのか?」
「主力用に試作機はいくつか。私の方でも後継機を一つ」

これからの時代に必要かの是非は問われるでしょうねと続けられて、マッドーナはガンダムだと確信する。ほぼ完成しているのだろう。取りかかり始めた時期は十年以上前に違いない。

「言ってくれりゃあ、手伝ってやったのに」
「お言葉だけで。と言いたかったんですが、お引き受けしていただきたい件があります」

声を潜めたフリットにマッドーナは酒を置いた。

大人の会話をしているであろう向こうが気になりつつも、ウルフは好奇の目が自分に向くように誘導をおこなった。 無意識とまではいかないが、意図的な含みはない。そうするのがウルフには当たり前であったからだ。

人見知りな様子は見受けられないが、極力必要以上の関係の場を持つことをしない方針がフリットにはある。
予想は持ちつつも、工学知識が豊富なマッドーナがいなかったら早々に踵を返すつもりでいた。暫定であるが、結婚報告はいつでも出来る。

「お前なぁ、いきなり大物連れてくるなよ」

リーダーの男に言われ、ウルフは肩を竦める。司令官という肩書きは大層なものだが、ここには自分の女として連れてきたのだ。窘められる筋合いはない。

「アスノ司令ってそこそこ歳いってなかったか?子供もいるだろ」

お前年増好きだったっけ?という視線と守備範囲広いなという視線が交錯する。

「あー、童顔だからあんまり。おやっさんとこの方が歳離れてるんじゃね」
「それもそうか」

八十と五十三。二十七の歳差夫婦と比べれば破壊力は小さく感じる。二人の馴れ初めを良く知る彼らは頷きつつある。 けれど、リーダーは訊いてるのはそういうことではないと首と手を振る。

「俺が言いたいのは、連邦軍の総司令官に手を付けたお前のことだ」

遊び半分か?と問い掛ける眼差しは厳しい。

「本気だっての」
「――、お前がねぇ」

真面目に睨み返してきたウルフにリーダーの男は面食らう。室内に入ってきて早々に妻などと口走ったのは冗談だと思い込んでいた。
家庭を持つことには縁遠い印象を昔から持っていたのだ。女に好かれる容姿であるが、彼自身も積極的に女にちょっかいを掛けていても恋愛はしていなかったはずだ。
そんな奴が連れてきた相手が。と、振り返れば、思っていたよりも距離が近かった。マッドーナと話を終えて此方に来ていたようだ。 目があってしまい、リーダーの男が反応に詰まっていると、フリットから会釈された。目上の人物だ。慌てて会釈を返した。

ウルフの傍らまで近寄ったフリットは何事かを言伝ると、彼らを振り返って頭を下げてから室内を後にした。

「何だって?」
「向こうと連絡取りたいから回線が使える場所あるかって」

向こうとは軍のことだろう。忙しい人というのは詳細を知らなくても想像出来る。

「こんなところに来る暇なんてなかったんじゃないか?」
「場所を選んだのは俺だが、レースが見たいって言い出したのはあっちだ」

どんな風の吹き回しだったのだろうかとリーダーの男は考え込むように腕を組んだ。

互いに近況を語り合い、リーダーの男は外で煙草を吸ってくると室内を出た。
通路の端に喫煙用の灰皿柱がある。あの部屋から遠くない距離。煙草の箱とライターを取り出すために服の内側に手を入れる。 不意に視界の片隅に誰かの足下が見えた。懐に手を入れたまま顔を上げれば、女性の姿。

壁に背を預けていたフリットはリーダーの男に気にせずと目配せを返す。
先程と雰囲気が異なるように感じるのは一人でいるからだろうか。ほど近くでタバコの箱を取り出した男が伺いの目を寄越してきたのにフリットは促しの頷きを一つ。

通路は換気のために外と繋がる造りになっている。壁も保温効果のないものだ。少し冷える。

「此処は寒いでしょう。中にお入りになられたら宜しいのに」

敬語とはどうやって話すものであったかと頭でぐるっと考えながら口にした。妙な堅苦しさを感じたのか、フリットが微苦笑する。
それに自分が彼女に対して先入観を持っていたことを気付かされてリーダーの男は瞬く。

「そうでもない」

短く、寒くないことを主張された。中に入るつもりはないと。
リーダーの男は煙草に火をつけて、口に近づけた。吐き出された煙がくゆる。表情を変えないフリットを一瞥してからもう一度くゆらせる。

「居心地悪かったですか?」

嫌味にならないよう、不思議そうなニュアンスを混ぜ込んだ。

「いや。あの雰囲気は苦手ではない」

傍で見ている分には温かさを感じもする。ああいった場で語り合ったり飲み交わし合ったりというのは軍にもある。 かつてを振り返り、自分はそこまで積極的ではなかったが、縁遠かったわけでもない。

「でしたら」
「待っていたいんだ」

柔らかい声で言い返されてしまい、リーダーの男は言葉を飲む。これはウルフに向けられている声だと確信して。

「安心しました」

自然に口をついていた。言い終えてから気付くほどだ。
小首を傾げているフリットに続ける。

「あいつ……ウルフは、時折に無鉄砲なことしでかすの昔からで。レーサー辞めた時もチーム内で色々あったんです。 ウルフ自身は好き勝手やってたんで、こっちのごたごたには関与してませんけどね。 ただ、貴女にちょっかい出したのも無理矢理とかそういうのあったんじゃないかと思いまして」

考えすぎでしたと笑いを零したが、フリットの表情が固まっていることに笑い声が乾いていき、止まった。
全身をやや斜めにして背を向けるフリットとの間に沈黙が続く。

「…………」
「…………」
「…………無理矢理、だったんですか?」
「黙秘だ」

静かな声色であったが、即座に返ってきたことを深読みしてしまう。

「あいつはッ」

煙草を灰皿柱に無造作に押しつけて、リーダーの男はフリットの横を通り過ぎていく。しかし、フリットが呼び止める。

「私とて許したわけではない」
「それなら余計」
「もう、受け入れたんだ」

強い眼差しに二の句が継げなくなる。人の女でも綺麗と思うほど。佇まいとその内側に密接する生き様を映す瞳が。
胸に手を置く彼女の言葉を聞き入れ、リーダーの男は室内に戻る。

他には目もくれずにウルフの背後に回り、彼の脳天に手刀を叩き込んだ。

「ってぇな」

不機嫌な顔で振り返ったウルフに呆れ声で。

「女を待ちぼうけさせてる男じゃ世話ないぞ」

言わんとしていることに気付いたウルフがばつの悪い顔をしたかと思えば、吐息付きの困惑を見せた。
フリットが自ら此処に戻ってくると疑っていなかったが、少し考えれば解ることだった。孤独を選び取ることは。
独り善がりの孤立とは違い、状況などを把握の上でそうされる。

「じゃあ、お先」

手を挙げて帰宅を宣言すれば、後輩から呼び止めの声があがる。ウルフは振り返る動作もせずに扉の向こうへ。

「早かったな」

先手を取られたウルフは動じず、背を壁から浮かして近寄ってきたフリットの肩に自分のジャケットを羽織らせた。
肩に視線を落としたフリットが困惑で見上げてくる。

「お前が寒いだろ。私は平気だ」
「これで充分」

マフラーに指を掛けて宣言し、ジャケットを返そうとしてくるフリットから有無の選択を奪うように横切る。

「連絡は取れたのか?」
「ああ」

質問を畳み掛けられ、フリットはジャケットの返還を諦めて問いに対して頷く。
此処でマッドーナと混み合った話までは出来そうになかったが、向こうからは良い返事を貰えた。 ディケの方に話を通しておき、後に備える手筈を整え始めたところだ。
どれだけの規模になるかはまだ把握しきれないが、それなりの人員が必要となればウルフにも。

「お前の腕が必要になるかもしれない。その時は、頼む」

ウルフが振り返りを見せる。互いに無表情で、向こうが歩み寄ってきた。

「後の話はいい」

反故と取れる返答にフリットは睨みを向けた。しかし、額にこつりと向こうのそれを引っ付くようにされ、愕いて身を引いた。
目を白黒させて壁際を伝うように下がるフリットの様子にウルフは鼻腔を鳴らした。

「首輪だろ、これ」

視界に入ったマフラーにフリットは困惑を表情にのせる。
飼い犬のまねごとをした覚えはない。それに、愛玩動物と言えるほどウルフは従順でも謙虚でもない。

「欲しがれよ」

迫ってくるウルフにフリットは逃げることなく、ただ、目を逸らした。
そういうのは、まだ解らないのだ。けれど、いらなくは、なくて。

壁に押しつけられるようにして、狼から唇を奪われる。
食んでくる啄みから、交わり、フリットから舌を絡めにいった。
くちゅりと唾液の絡みが響いて互いに距離を置く。向こう側から話し声と足音が耳に届き、フリットは肩を跳ねさせた。
足音と会話が一度途切れたが、直ぐさま再開されて通り過ぎていった。

ウルフの唇が降りてくるが、フリットは手でそっと止める。

「ホテル、とってあったよな」







チェックインを済ませて、部屋に入って直ぐに唇を触れ合わせた。
啄み合う最中、フリットの肩を温めていたジャケットをウルフは剥き落とし、ベッドに彼女を押し倒した。
上に乗っかり、身を寄せれば。

「お荷物はこちらで宜し……」

ホテルの従業員が服屋から届けられていた荷物を両手に掲げたまま固まった。
フリットが身動きしようとするのを押さえ込み、ウルフはそのままの体勢で従業員を振り返る。

「ああ、そこに置いといてくれ」
「で、では。それと、お部屋のご説明は」
「初めてじゃないからいいぞ」

では、と去ろうとする従業員を引き止めるように、フリットがウルフを引き剥がす。

「私は初めてな――」

口をウルフの掌に覆われてフリットは再び押さえ込まれた。

「後で俺が説明してやる。なんなら、シャワーも一緒に入りゃいいだろ」

もごもごと身じろぎするフリットに構わず、ウルフは気にしないでとっとと行ってくれと従業員に手振りで示した。
従業員が出て行った後で口を解放されたフリットはウルフを睨んだ。

「どうしてお前はそうなんだ」
「早くフリットを抱きたいからに決まってんだろ」

言われ、フリットは二の句がつげなくなった。目線を顔ごと横に逸らせば、首筋を舐められて小さく声が出てしまった。

「そういう気分じゃなくなっちまったか?」

間を置き、フリットは視線をウルフに合わせる。彼の首もとを覆うマフラーを解いた。それが答えだ。







たわわに揺れる乳房の膨らみにウルフは顔をうずめる。先端の色づきを舌でちろちろと転がしてから、しつこく吸い付いた。
はふはふと獣臭い息遣いにつられてフリットも興奮が強まる。吸い付いてくるウルフの髪に手で触れる。

「んん、そんなに、吸うな」

嫌がりではなく、少し恥ずかしくなってきて言った。

「甘いぜ。母乳出てるんじゃね?」
「出ていないと思うが」

アセムとユノアが必要としている頃はそれなりに母乳を蓄えていたが、今は出ないはずだ。 首を傾げれば、ウルフが胸の膨らみに手を這わせて揉みこねてきた。
ぷつりと赤らんだ先端から滴った不透明をウルフは舐め掬った。

「これは?」
「………その量では出ていると言えない」

頬を赤らめているフリットにウルフは口端をつり上げる。掌で柔らかさを味わい、舌で甘みを味わう。
執拗に搾乳しようとする若狼からの愛撫にフリットは腿を擦り合わせていた。

「お前のおっぱい最高」

品のない台詞を咎められるかと思ったが、言い返してこないフリットをウルフは窺った。
不満のある表情に顔を寄せれば、小声での言い返しが発される。

「そこ、だけか?」

流し目の誘いにのってウルフはフリットの腿を頬ずりする。くすぐったさにフリットが期待の吐息で胸を上下させた。
しかし、視界がぐるりとしてフリットは目を丸くした。

腰を真上に、自分の顔横に自らの足がある。股の間から顔を覗かせたウルフと目を合わせて、ようやく自分の格好に気付いてフリットは足を上に伸ばした。 けれど、ウルフの手が押し戻す。

「私はっ、こんな」

状況を望んだわけではなくてと焦るフリットに取り合わず、ウルフは恥丘を指で広げて剥き出された粒を舌先でつついた。

「っひ」

息を吸いとめるフリットは大人しくなり、ウルフは顔を下げて膣口に舌をねじ込んだ。
うねうねと動く舌に翻弄されて女の尻が微弱に跳ねる。今度は抜き差しするようにされて腿が震え、腰がうずき始める。
丹念に濡らされた秘部からウルフは舌を引き抜いた。唾液やら何やらで透明な糸が引く。ねっとりと。

今か今かと主張をしているものをウルフはフリットにあてがった。
ぐじゅぐじゅに溶けている膣に男根が上から差し込まれる。

「ぅあ、っ……ぁ」

両の足首を掴まれて左右に押し広げられ、フリットはあまりの格好に涙目になる。
上下に腰を振ることで接合部で男根が出入りを繰り返す。ウルフからもよく見えるが、フリットからも見えている。

「すっげぇ丸見え」
「言う、なっ、ぁ、ぁ」

耳を塞ぐが、腰が激しく揺れて手の位置がずれてしまう。何もかも上手く出来なくなってフリットの目端に涙の粒が溜まる。

奥を何度も突かれ、間隔が短くなるほどに緊張が高揚していく。
くしゃりと眉を詰めたフリットを逃さず、ウルフは深く濃く腰を打ち付けた。

「ひぅ、―――ん、んんっ」

ひくんひくんと腰を跳ねさせて手を震わせているフリットの中から、勃ち上がりが治まっていない自身を引き抜いてウルフは興奮の息を吐き出す。

羞恥の格好から解放されたフリットは身もだえから身体を丸める。その上に狼は覆い被さると、顔を近づける。 うっすらと瞼を持ち上げたフリットであるが、すぐに閉じることになった。
目端から零れかけていた涙をウルフの舌が舐めとる。

「……ふぇ」

零れた声は喘ぎだった。これだけでと思う愕きよりも高鳴りが大きい。
後ろから昂ぶりをフリットに挿入すれば、目下の背がしなる。腰を振りながらウルフはフリットの耳を甘噛みした。

「やけに、感じてねぇ?」
「へ、ん……っ、ぁ」

首を横に振るフリットから抗いを感じ取ったウルフは彼女の頭を撫でる。

「変わってねーよ」

振り返ろうとしているフリットがそうではないと言いたげな視線を送ってくるが、ウルフは肌同士を密着させて、繋がりを深くした。

「ん、」
「俺がお前を引きずり出してんだろ」

感情も何もかも掻き乱して。噛み付いて。
勝手に変わっていると勘違いされては此方の立つ瀬がない。
フリットの首筋に鼻を寄せて、ウルフは香りを深く身体中に取り込む。

「ゃ?、あぅ、ゃぁぁ」

止めどない下半身の抜き差しに肉体的に翻弄されながらも、フリットは思考を重ねる。

「あん、駄目。それ、それは、も、――っ」

ぬるりとしながらも、きつく締めてくる内肉にウルフも腰を揺すった。狼の熱い息と同時に熱い欲が膣に注ぎ溜まるのを感じてフリットは目を細く緩めた。

暫く胸を上下させていたフリットは寝返りから窓の向こうの景色に目を奪われた。
シーツで前を隠してベッドから降り、壁一面が透明の窓に近づく。手を触れれば冷たかったが、気にはならなかった。

星空のような街並みの灯り。一つ一つが温かい色をしていた。視界いっぱいに拡がっている。

「フリット」

呼ばれ、後ろから拗ねたように抱き竦められる。咎めが含まれていないのはウルフもここの景色の良さを知っているからだ。 彼にはフリットに見せようという気持ちもあった。けれど、振り向かせたいのだ。

振り向かず、フリットは視線を落とした。景色にではなく、此方を抱きしめているウルフの腕に。
変わっただろうか。変われるだろうか。と、自分の疑問に猜疑心があったことを今になって気付いた。 けれど、根本から違っていた。自分の中には知らなかった自分が、認識がままなっていなかった姿もあったのだ。 それを外へとウルフに連れ出される。今までも、これからも。
自然なまでに“これからも”と思えたことにフリットは口元を綻ばせた。

ようやく、振り返る気持ちの整理が出来たと、フリットが身動く。しかし、それよりも先にシーツを剥ぎ取られてしまう。
瞠目している間もなく、窓の方に身体を押しつけられて胸に来た冷たさに手指を丸めた。
口を開けば。

「っ、ゃぁ」

前触れもなく、まだ濡れているそこに男根が差し込まれて嬌声を漏らしてしまった。
拘る気はないが、フリットは後ろのウルフに台無しだと眇を向ける。

「ここは、やめ、ろ。向こうに」
「夜景に見せ付けねぇと気が済まん」
「だから、ここでは、見えたら」

この部屋は二十階以上にあり、夜でもある。肉眼では到底、視認が難しい。けれど、あらゆる可能性を考えれば、誰かに気付かれない保証もない。

「その方が燃える」
「聞き分け、っん、ぁ、やめ」
「さっきより良い声になってるぜ。こういうの好きだろ」
「好きなわけ、が、あるものかっ」

睨みが潤んでいる。覇気に欠けるフリットの香りに鼻腔を擽られて、狼は腰を振った。

「ぁん。だからっ、やめろ、と」
「お前だって腰動いてるぞ」
「それ、は」

息があがって言葉を紡ぐのが難しくなる。その都度、疼きが高まって奥に欲しくなってしまう。

「青姦よりマシだろ」
「そういう、問題では」
「嫌か?」

突然に声色を変えられて、フリットは口元を歪める。決して絆されているわけではないのだと、自分に言い訳をして。

「次はない、からな」












執務机に向き合い、調査委員からのマーズレイに関する報告書にフリットは目を通していた。
精査するには情報が足りないと、人員の派遣数を増やそうかと検討する。思案を重ねる横で、気配を感じたフリットは顔を上げる。

「手詰まりか?アルグレアス」

跳ね上がりそうになる身体を辛うじて耐えたフレデリックは一歩前に出て、仕事は順調ですと頭を下げる。
では、何事かとフリットはその場から去る素振りのないフレデリックを促した。

「その……デートの方は、如何でしたか」

え。と顔に出したフリットは視線を左右に振ってから、おろおろと下げた。

「悪くは、なかった」

答えてから、返事をする必要があっただろうかと疑念したフリットは僅かに恨めしい気持ちでフレデリックに視線を戻した。 しかし、執務机に電子記事が置かれ、差し出される。
書かれている内容にフリットは絶句した。

「実は、こちらの件でマスコミ関係の者が数人、基地内に潜り込んでいるようで」

どう致しますかと、表面上事務的にフレデリックは伺う。
絶句に絶句を上乗せしたフリットは、セキュリティはどうなっているんだと頭を抱えながら指示を出した。

「警備兵を可能な限り招集して捜索だ。見つけ次第、丁重に帰してやれ」
「分かりました。では、そのように」

一礼して下がっていったフレデリックの所作に乱れはない。

司令室に一人残るフリットは今一度、問題の電子記事に目を落とした。レース会場の場面しか見られていないのは幸いか不幸か。
潜り込んだというマスコミ関係者がウルフと接触していなければいいが。 少し様子を見に行くかと、腰を上げたフリットが司令室から出た途端。
正規品ではない作り物めいた軍服を着用し、カメラとICレコーダーを抱えている人物と遭遇した。





























◆後書き◆

こいつだ。
と最後に付け加えるか悩みに悩んだあげく、読んでくれた方がツッコんでくれるだろうと 丸投げしました(他力本願)。

アセム、ロマリー、ゼハート、フラムの四人デートでそれぞれの関係性。マッドーナ家族と、 このシリーズで入れたかったキャラクターはほぼ掘り下げ出来たかと。
アセムとゼハートの誕生日ネタはAGEでなくては出来ない要素だと思い、お祝いしてみました。 他のアニメなどでは滅多にお目にかかれない部分でもあるので使わなそんそん。 公式設定で正しいのかやや謎もありますが、二次でやる価値はあるはず。

四人デートのシーンを最後に書いていて二人の誕生日が夏手前、 であるのにフリットがウルフにマフラー渡していることにやべっとなって慌ててコロニーが 年中ちょっと寒いことにしました。あやうく大事故でした。

ウルフリ♀は順調にフリットさんが絆されてます。母乳調教で搾乳プレイも遠くない(サムズアップ)。
年下狼にフリットから誘ったり甘えたりもどんどんさせていきたいです。
レース控え室前の通路でのやりとりは、ドアを 少し開けた隙間から元チームメイト達に見られていた設定です。

Gegenwart=贈り物

更新日:2015/02/07








ブラウザバックお願いします