フリット♀(39歳)・ウルフ(23歳)・ディケ(39歳)・アルグレアス(23歳)。

アセムとユノアの父親が不明。

名無しキャラ×フリット♀(28歳前後)の陵辱(?)シーンあり
三〜四人プレイ(3Pが殆ど)
道具・薬使用注意

18歳未満の方は目が潰れます。































◆Vergangen-後編-◆










何かオカシイと勘付いてはいた。
けれど、それに確信を持つ頃には非力だった。

気に障る程の臭いだと、バスローブ姿の男は吐き捨てるような顔をして女の股を開いた。
精液と膣液の臭気は鼻の奥を刺し濁していくが、この臭いが気に食わないわけではない。下の女が気に食わないと臭いに喩えただけだ。

上の人間からの指令だ。自分の代わりに可愛がってこいと。
そのための道具は用意してあり、すでに一つ目を使い終えていた。ベッド脇に転がっている小型の瓶の中身は空だ。中身は移し替えられている、女の口に。

明晰は面倒だ。吐き出そうとする素振りを見せたものだから、口を手で乱暴に塞いで飲み込ませる手間が増えた。
これは同意の上であり、交渉決裂になるのは女の本意でもなく、抵抗までの行動には出ていない。だが、拒否を主張されるのは癪だ。この上なく。

飲ませた媚薬は効果が強いものだが、女は依然として正気を保っている。耐性はあるようだ。間違い無く、何度か飲んだことがある。
意識を飛ばしてやろうと、最奥を穿った。

「ァ、奥……ッ」

駄目と続く女の言葉は声にならず、微かに音になった程度。奥から浅い場所に引き戻せば、強請るように腰をくねらしてくる。
思考はまだ働いているようだが、身体への効き目は抜群であった。

「下の口はとても正直なようだね、アスノ少佐」

開いていた脚をさらに開かされながら言われ、女は、フリットは横を向いて眉根を寄せた。その反応に男は悦ぶ。

同階級の男に弄ばれることにフリットは不愉快を表していた。しかし、だ。それはフリットが決断したことでもあった。
本来の交渉相手は地球連邦首相の肩書きを持つオルフェノアだ。目の前にいる男は自分より年上であるから目上には違いないが、彼の連邦内での力は此方と変わりない。
そんな男に身体を開くことを自らに許諾したのは、これが首相側からの交渉条件だったからに他ならない。

男が肌を合わせてきて密着する。繋がっている部分が深くなり、小刻みに性急な動きで膣を穿(ほじく)られたフリットは感じるものに全身をくね揺らす。
特に腰が疼いて仕方なく、自らも大きく揺すってしまっていた。快楽を強く欲しがっている原因は分かりきっている。落ちている瓶に目線を流して、快感とは別に表情を歪ませた。意識が霞んでいくと判断が曖昧どころではなく、出来なくなってしまう。

避妊の対策をしていてもそれは完全無欠ではないが、ナマで挿れられるよりは余程心安い。もうこれ以上、過ちを繰り返すことは自尊心が許さない。許さないのに、抵抗らしい抵抗もせずに、ゴム無しの男根を受け入れてしまっていた。
まだ幼い子供達の顔が浮かんで、謝罪の言葉を胸の内に零した。けれどそれも束の間で、最奥を突く男の先端に何もかもを奪われるように意識が飛びそうになる。
媚薬のせいで本当にぎりぎりの状態だった。

「なか……出さな、……で」

途切れ途切れに小さな悲鳴混じりに懇願した。上にある口元が歪に笑みの形を作ったことをフリットは捉えきれず、男に揺さぶられ続ける。

「はぁはぁ……ゃ、ンン……もぅ、ァ、ァ」

肌肉と肌肉が打ち合う音が大きくなればなるほど、濡れそぼった膣も激しさを増した。
唇や頬に力が入らず、声が止められない。手を持ち上げようにも、こちらも痺れがあって思った通りに動かすには不自由だった。

媚薬がここまできついものを使用されたのは初めてのことだ。思考が霞んでいてこの瞬間にフリットは考えが及ばなかったが、後々で瓶の中に入れられていたものが市販流通されている薬とは異なるルートを通ってきたものであると知ることになる。
実際に、男が用意しているものは全て点検や検査を怠った不正品だった。

「おく、ゃめ―――ッ、アァ」

最奥にみっちりと注がれ、フリットは首を左右に厭々と振った。自分の方でも避妊の自己管理はしているが、無欠でないことは身をもって知っている。

「――ぅッ……はぁ、そんなに心配されずとも、他のもあるから安心したまえ」

男の言っている意味が理解出来ず、フリットは表情を歪める。膣を犯していた男根が無造作に引き抜かれ、それだけでさえ身体がひくついて、男がこれ見よがしに愉悦に喉を鳴らした。

「まだ疼いて仕方なさそうだ」

この手の男は腹に一物を抱えていて信頼しきれなかった。自分も似たようなものではあるだろうが、今回ばかりは相手を選べる立場ではなかったのだから文句は飲み込んでいる。

今までが比較的良心のある相手だった、ということだろう。
自宅のあるコロニーに妻子を置いて基地勤務に励む男は多い。妻の代わりにされたことは特別気にしたこともないのに、相手からしたら娘と変わらない歳の子をと罪悪感もあったようだ。必要以上の報酬を押しつけられる形で受け取ってしまったことも何度かある。

一度きりの人もいた。数回、抱かれることもあった。間違っていることだと自覚していたからこそ、あの子には見られたくないと、いつも身に着けているリボンを解いてから自室を出て行く。
三つ編みに結っていた髪はこの場で既に解かれており、汗ばむ肌に貼り付き、シーツに流れ落ちていた。

身動きが取れず、股を大きく開いたまま胸を上下させていたフリットは身を引いていた男が何かを手にして戻ってくるのをぼんやりした瞳で捉える。
ひくひくと膣口が待ちわびるように震えているのを見止めて、男は手にしていたくびれの二つある細長い道具にどろりとした液体を塗りつけた。

「これは避妊用の薬でね」

嘘っぽい声音ではなかったが、訝しげな視線をフリットは男に注いだ。
心外だと男は肩を竦め、異形の男根を模したバイブをフリットの秘部に擦りつける。陰核まで刺激されて腰が浮いた。
女の嬌声に満足した男はバイブを少し引き離す。とろりと糸をひくように秘部とバイブを透明なものが繋いでいる。

常に澄ました顔で佇んでいる女を弄(もてあそ)べるのだ。これほど愉快なことはないと、男はバイブの先端から真ん中までをフリットのなかに押し込む。

「うぅ……ゃぅ、ぁ」

難なく飲み込む秘部は卑猥であった。男は陰裂をバイブを持っていない手指を使って左右に開き、陰核を外気に露わにする。顔を近づけてひと舐めすれば、女がびくびくと下半身を震わせた。

「この薬は子宮に届かないと意味がない」

そらそらと囃し立てながら男はバイブを更に奥に押し込み、バイブの付け根から出っ張っているカリを露わにした陰核の粒に押しつける。

「やあぁ」

シーツを握りしめ、腰を浮かせる艶(なま)めかしさに男は冷めた視線を送る。味見をした感想は悪く無いが、本心としては抱きたい女ではない。精々、オモチャとして遊ぶくらいが丁度良いと、男は自分の趣味を優先することにする。

男の気配が遠のいたことに気付いていないフリットは下半身を濡らすバイブに身悶えていた。荒く呼吸を繰り返し、自ら脚をより開いてしまう。

カシャリと軽いながらも硬い音と共に一瞬の光があり、突然のことにフリットは身体をピタリと強張らせた。目を下ろせば、自分の股から覗くぎらついたレンズと視線が交わる。

「な……!……ッ、やめ、撮る、な」

未だに意識がはっきりあることに驚きはあるものの、羞恥を引き出すには好都合であった。フリットの言葉は聞き入れられず、カメラのシャッター音が室内に何度も響き渡る。
逃れようと身体をずらすが、思い通りには動かず、フリットは唇を噛む。

被写体が勝手な動きをとったせいで、良い絵が撮れなくなる。眉を顰めた男は面倒臭い女だと言わんばかりにフリットの素肌を捕らえた。
俯せに転がされたフリットは腕を立ててそのまま這うことを選択したが、落ちかけていたバイブを男に入れ直されて頽(くずお)れる。
また奥をバイブで抜き差しを繰り返されてはもう力を入れるどころではなかった。にも拘わらず、男は新しい棒をその手に握っていた。
女の尻を上に向かせ、男はバイブと同じように濡らしたそれをフリットの尻穴に差し込んだ。

「ッ――!そっちは、無理だッ」
「入ってるよ」

前に挿いっているバイブより一回りは細い。だが、後ろを使ったことがないフリットにとっては恐怖に近いものがあり、身動きがとれなくなってしまった。

大人しくなったフリットに気分を良くした男は手を拭ってからカメラを再び手に取る。満足感のある重みは手の中で仕事が出来ることに悦びを得ていることだろう。男はバイブが刺さっているのがよく見えるアングルでカメラを構え、フラッシュを焚いた。

パシャパシャと音が鳴る度にフリットは腰をひくつかせた。撮られていると認識すればするほど羞恥に火がつく。
脚を震わせながら、短い呼吸を繰り返しているフリットはインターフォンの音に息を止めた。

「お客様だ」

カメラがテーブルに置かれた音の後に、男が部屋の出入り口に向かう足音が続く。

男の台詞に悪い報せを感じ取ったフリットはあのカメラだけでもどうにかしなければと首を巡らす。
しかし、視界が目的を捉える時間もなく、男が戻ってくる。その背後に二人の人影があった。そちらに目をやったフリットは瞠目した。
男に部屋の中に通された二人はアスノ隊に所属している。つまり、フリットの直属の部下であった。

膣口と尻穴に挿れられたバイブは振動音を室内に響き渡らせている。フリットの下半身でうねうねとした動きを繰り返している二本の取っ手は卑猥だ。

「君達の好きなようにしたまえ」

隊長のあられもない姿を見下ろした二人は男からの指示に喉を鳴らす。
衣服を脱ぎ始めた部下二人はベッドに乗り上がると、フリットの両側を封じる位置に屈んだ。

四つの手が肌を撫でてくる。手始めは向こうの遠慮を感じたが、こちらが抵抗しないと知ると強く胸を揉みしだかれ、尻肉を摘まれた。

「ぅぅ……ゃあ、ん」

喘ぎに二人は互いの顔を見合わせると、べたべたとフリットの全身を撫でさすり、バイブにも触れる。
膣で動いていたものが更に人の手によって掻き混ぜる動きを加えてくる。

「ァァ、んァ、だめぇ」
「良い声で啼きますね、隊長」
「嫌がってないんですから、好きなんでしょ?これ」

ゆるゆると首を横に振る。自分より階級が下の者と性交する義務はない。これは必要の無い行為だ。
条件にはないだろうとフリットが男に目配せすれば、彼はカメラを大事そうに扱いながら説明を始めた。

「やはりね。その気がない私が抱いてあげるよりも、その二人の方が良いでしょう。なに、貴女よりも彼らは年上なんですから、経験は豊富だ」
「少佐殿より劣りますよ」
「隊長よりも劣るだろ。ここに何人の男のイチモツ挿れてきたんです?」

二つの穴を犯していたバイブを両方とも、一気に引き抜かれてフリットの尻が跳ねる。がくがくと腿を震わせて呼吸を乱す姿は見ているだけで刺激を受けるものだ。

「俺、もう我慢できない」
「オレもだ」

身体を起こされたフリットは後ろの部下に両足を広げさせられる。眼前の部下に丸出しに晒す格好になっていることに顔を赤らめた。

「まさか隊長から抱かせてくれるとは思ってませんでしたよ」
「違……ッ」

ぐぬっとそそり立った男根がフリットの膣口から侵入する。

噂を聞き付けた彼らから以前に何度か性交を唆(そそのか)されたが、断固として取り合わなかった。利益にならないという理由が大きい。
実際、彼らに軍内部を動かす力はない。余興的に狩り出されてきた部下に抱かれるのはフリットにとって不本意でしかなかった。

「なか、とろとろで気持ちいいですよ」
「ゃ……いや……」

ぐちゅぐちゅと接合部から卑猥な湿りが響く。

「隊長のお尻、いいですか」
「ぇ?あ、待てッ、そっちは」

手前の部下に抱きかかえられ、背後の部下が差し出されているフリットの尻を指が食い込むほど掴む。
ぐぐっと男根がもう一本、尻穴へと差し込まれた。

「ぁ、ぁぁ、いゃ……やだ」
「すっげぇ締まる。もしかして、後ろ処女っすか?」
「や、めろ……抜いて、くれ」

声を震わせ、悲願を請う目で振り向かれる。噂話を聞いても常の隊長の雰囲気にはそぐわず、半信半疑な部分もあった。けれど、いやと口にしながらも腰を揺らす淫乱さに辱めたい欲望が湧く。
後押しするように、シャッター音が鳴り、フラッシュが何度も瞬いた。
二穴を攻め立てられている接合部を間近にカメラが近づけられて、何枚も撮られる。

「撮る、な、やめ……ッ、ン」
「人にものを頼む言葉遣いではないな。ああ、君達の顔は写らないように気を付けるよ」

後者はフリットの部下二人に向けて、男はヒラヒラと手を振る。

「それから、注文して悪いんだが、もう少しよく見えるように変えてくれないか?」

頷いた二人は、どちらが上で下かを決めると、手前の部下が一度身を引く。背後の部下がフリットを抱えたまま背をシーツに付ける。身を引いていた部下がその上に覆い被さり、男根を再びフリットにあてがった。
下と上に挟まれ、犯されているのが男からはよく見えた。膣液やらで濡れて、抜き差しされている上下は泡まで立っていた。カメラを構える。

下からは乳房を掴み揉まれ、上からは首筋から鎖骨を舐め這われる。
意識は抗っているのに、身体は従順に反応を示していることがフリットには耐え難かった。

「……ねが、ぃ……やめて………くださ、い」

なりふりも構っていられず、言葉遣いも改めた。だが、聞き入れてもらえないどころか、攻め立てが激しくなる始末だった。シャッター音も鳴り止まない。

「それは反則ですよ。中に出したくなっちまう」
「彼女、避妊は徹底しているらしいから大丈夫だそうだ。出したまえ」

私も出したしねと続ける男の言葉に、上の部下は遠慮無くとフリットの最奥を亀頭でつつき穿った。

「だ……だめ、あたって――ッ、や」
「でそ………っ、出しますよ」
「だめ、出しちゃ――――ッ、」

膣にどぴゅどぴゅと精液が流れ込むのを感じながら、フリットは腰を逸らす。

「こっちも出しますから」
「ぁ、ぁ、だめぇ」

後ろにも注ぎ込まれ、連続の絶頂にフリットは四肢を張り詰める。脱力した彼女の前と後ろの接合部から白濁がどろりと滴っていく。

「つぎ、隊長の口に入れさせてもらっていいですよね」

上にいた部下は立ち上がり、フリットの腕を掴んで背を起こさせる。若草色の後頭部を掴んで自身の股間に近づけさせれば、彼女は逡巡の後に口をゆっくり開いた。

「あんたの我が儘聞くの結構しんどいんです。たまには奉仕してもらわないと割に合いませんよ」

男根をしゃぶっているフリットからの返事はないが、耳にはちゃんと届いているだろう。僅かではあるが、舌使いが積極的になった。

「今度はオレがおまんこ失礼しますよ」

もう一人が奉仕中のフリットの腰を浮かして、下から突き立てた。打ち付けるように腰を上下に振り乱す。

「ぅぅぅ――は、ぁぅ、らめッ」
「ちゃんと咥えてないと駄目じゃないですか」

下半身の快感に口を離してしまえば、咎められ、先程より強い力で頭を掴まれて固定される。

「んん、ぅ―――う゛、むぐ」

息苦しさと快楽が綯い交ぜになって、フリットは眉を複雑に歪める。イきたいと身体が求めて、自ら腰を振り始めた。
それをカメラのレンズが睨み捉え続ける。

「しっかり飲んでください」

次いで、部下の呻きが頭上から漏れ、フリットの口の中に白濁が注ぎ流れ込んできた。量の多さに全て飲み込めず、大半が頤下へと滴る。

「はしたないですよ。こんなに零して」
「ごめんな、さ」

滑る頬を掴んで責めれば、謝罪が返ってきた。そのことにゾクゾクと内側が陵辱心に染まっていくのを部下は感じた。

下から挿れられている股をおっぴろげさせ、股の間に身体を埋めた部下は接合されている女の上部先端をめくりあげる。硬くなっている陰核の粒に舌を沿わせた。
唇ごと押しつけ、部下が舐め吸うことを繰り返せば、腰が止まっていたフリットはひくりとまた淫らに揺らし始める。

三人分の荒い息遣いが室内を満たし、奥にごつごつと男の先端が何度もあたるのと、陰核を弄くられて、頂点の極みに達したフリットは手足の指を丸めて声にならない嬌声を漏らし続けた。
絶頂の抜けきっていない身体にも拘わらず、下から引き続き執拗に穿たれ、眼前の部下は自身のそれをフリットの胸に当てこする。

「……ゃ………ゃぁ」

感じているだけの喘ぎしかもう口から零れない。けれど、フリットはカメラを手にした男がかなり近くに寄ってきているのを視界でしっかりと捉えていた。
まだ意識が残っている今しか、機会はないだろう。
部下達が絶頂を果たして、白濁をぶちまける。体位を変えようと彼らが身を引いた僅かな間。

動けと、自身に強く言い聞かせたフリットは右手を男に伸ばし、彼の手の中にあるカメラを奪い取る。男が慌てる時間も与えずに、そのカメラを壁に叩き付けた。
レンズが外れ、外装が剥がれ、細かい部品が幾つか飛び散った。フリットにとっては運良く、メモリーチップを割ることも叶った。男の顔をフリットは睨み据えた。

誰もが張り詰めた空気の中で、言葉のない時間が過ぎる。けれど、男は顔を真っ赤にしてフリットの首を掴み締め上げた。
流石に肝を冷やした部下がフリットから男を引き剥がす。

「ッ、貴様!何てことをしてくれる!あれがいくらするか」
「ごほっ、ぐ……弁償はします。ジェノアス一機よりは安いでしょ」
「きさま……貴様、貴様ぁ!」

癇癪を起こした男は部下を引き剥がし、あれと同じ瓶を二本引っ掴んで、フリットを押し倒した。
瓶の蓋を開けて、一本目二本目と続けて藻掻くフリットの口の中に無理矢理流し込んだ。途中に隙をつく瞬間はなく、部下達は男の為したことが終えてからでしか、彼をフリットから引き剥がせなかった。
やつれた顔でくつくつと嗤っている男は不気味だった。

「あの、何を飲ませたんですか?」
「ただの媚薬だ。普通の、そうさ」

とてもそんな平凡な代物だとは信じがたかった。飲まされたフリットはがたがたと寒さに震え耐えるように身体を丸めている。呼吸もぜぇぜぇと苦しそうに荒い。

尋常ではないと、部下達が顔を引きつらせる。そんな彼らの様子に使えない奴らだと、男は両腕を払った。
避妊用の薬だというものを手にたっぷりと掬い、縮まっているフリットの身体を開いて、まずは円を描くように乳房に塗りつける。次には真新しいチューブを取り出し、下の茂みに蜂蜜のような粘り気のあるものを容器の中身がなくなるまでかけた。

べたついた膣口に指を三本、男は無遠慮に侵入させる。ぐぷぐぷと挿入を繰り返せば、甘みを含んだ嬌声をフリットが断続的に漏らす。先程とはうって変わったいやらしい喘ぎだった。

「ぁあん……もっと……ぁ、ぁ、くださ」
「メス狸め」
「ゃぁぁぁ――ッ、ん、ん」

膣をぐじゅぐじゅとはっきりした音がするほど掻き混ぜれば、男のバスローブを濡らすほど潮が吹いた。
出るものがなくなっても、フリットは腰を揺らし続けた。

「奥に、ついて、もっと欲し」
「これでもまだヤる気が失せるかね?」

男の歪んだ口元に誘われ、部下達は彼と場所を交代する。

「ついて、大きいので……ぁ、ん」

彼女の望み通りに膣口にあてがった男根をぐぷっと挿れた。
焦点が合っていないかと思われた青みがかった翠瞳は意外にもしっかりと周囲の形を捉えているようだった。意志の強さが健在であったことが、不幸にも彼らの良心を押さえ込む要因になってしまった。

四つん這いにさせたフリットの口と膣口を部下達は塞いだ。時折にバイブも使用し、激しい行為を長時間に渡って繰り返し続ける。
ぐちゃぐちゃに犯されている女の姿を男は小型のそれで、残した。

男と部下達は部屋から去っていた。室内には精液の臭いが充満しており、初めて入る人間がいたならば、鼻と口を覆ったことだろう。
その臭いの中心であるベッド上に、ぐったりと息をしているのかも危うい素肌を晒した女が一人。







目を醒ました直後に視界に入り込んできたのは灰色気味の白い天井だった。鼻は薬品の独特の匂いにつんと刺激を受けて少し痛かった。
明かりや匂いに慣れてくると、自分が“トルディア”連邦基地内に設けられた医務室のベッド上にいることが知れた。

「やっと起きた」

肩を落としたエミリーが拗ねたような、それでいて呆れたような声を出して傍らに立った。

「何日寝てたか分かる?」
「一日……二日?」

エミリーの一睨みに返答を変えたが、彼女は首を横に振った。

「一週間」
「……そんなに」

驚きすぎて愕いた声が出なかった。自分でも呆れてくる日数だ。
寝たきりで話すのは行儀が悪いと身体を起こそうとしたフリットであったが、背を伸ばした瞬間に激痛が奔った。

「……ッ………」
「無理しなくていいのよ」

ゆっくりと横たわることをエミリーが手伝ってくれる。
痛みが落ち着いたフリットに目を落とし、エミリーは表情を曇らせた。

「フリットに言わないといけないことがあるの」
「なに?」
「もうね、フリットの身体は子供を産めないわ」

フリットの表情は変わらず。落胆の色は皆無だった。

「そう」
「そういう反応だと思ってたけど、好きな人が出来ても、その人の子供は産めないってことになるのよ」
「エミリーが言いたいことは分かるよ。でも、好きな人なんていないし、これからもいないから」

淡泊なフリットにエミリーはそれならばと身を引く。けれど、忠告をしなければ、自分への納得も出来ない。

「もう、やめたほうがいいわよ」
「……考えとく」

何時もならば適当に聞き流されるのだが、その返答にエミリーは瞬く。相当、フリットも参っているのだと知れる一言だった。
完全にぱたりとやめられるものかは判断がつかないが、いずれはやめるだろう。
ほっと息を吐けば、医務室の出入り口が開く音がした。ベッドを仕切るカーテンを僅かに開いたエミリーは二人の姿を見止め、フリットに目配せした。
カーテンの隙間から窺えた二人の姿に、フリットはエミリーに頷き返す。

ベッド脇に通された二人は俯き気味でフリットの前に現れた。フリットは痛む身体に鞭を打って背中だけは起こす。慌てるエミリーをフリットは大丈夫と一言で黙らせてしまう。
視線を二人に投げかけても、彼らは顔をあげなかった。

「お前達だろ?私をここまで運んでくれたのは」
「…………」

返事はないが、フリットには確信があった。一人きりになってしまった室内に二人の人間が戻ってきたのは、朧気に覚えているのだ。顔ははっきりと見てとれなかったが、何となくでも解る。
意識を直ぐに手放してしまったため、医務室まで運ばれた記憶はないけれど。

「他に言うことあるでしょ、フリット」

眉を立てているエミリーにフリットは苦笑を零す。

「手間を掛けさせてすまなかった」
「フリット……!」

それも違うとエミリーが咎めるが、フリットはいいんだと頭(かぶり)を振る。謝罪された部下二人は驚きにぎこちない動作で顔をやっとあげる。彼らが捉えたフリットの表情に怒りはなかった。

「怒って、ないんですか?」
「あんなことを、してしまって」
「怒ってないとも言い切れないんだがな。お前達はあの男を止めようとしてくれただろ」

それだけでも充分だった。彼らに嫌悪しかされていないのではないかと思いもしたのだ。けれど、そうではないことが少し判っただけでいい。
自分は、間違っているだけではないのかもしれないと。それだけ。

憤っているエミリーにこの先は聞かれると不味いなと、フリットは席を外してくれるように頼む。何か言いたげであったが、フリットの部下二人が彼女に害を為すことはないだろうと一人納得して何かあったら呼ぶように言い置いてから、カーテンの外にエミリーは姿を消した。

「少佐は何か言っていたか?」
「いえ」
「軍を辞めるような話は噂で聞きかじりました。政治家に転身するんじゃないかって言われてます」
「ああ、成る程」

頷いているフリットに彼らは真意が判らず首を傾げる。気にするようなことではないとフリットは手を振った。
そこではたりと思い出す。カメラを弁償しなければならなかった。

「あまり写真機の類には明るくないんだが、少佐のカメラがいくらぐらいか知っているか?」
「本当に弁償するつもりなんですか?」
「顔を合わせて直接は流石に気が引けるから、口座に振り込むつもりだが」
「いや、そうではなくて」
「?」

首を傾げるフリットに隊長はたまにこういうところあるよなと部下二人は顔を見合わせる。更に訝しむフリットに何でもありませんと口を揃えた。
取りあえず、これくらいの金額ではないだろうかと二人が提示した答えを参考に、男の拘り具合を考慮して五割増しにしておけば足りないこともないだろうとフリットは頭の中で計算した。

「復帰にはまだ時間が掛かりそうなんだが、副隊長に任せてもいいか?」
「それはしっかりやらせて頂きます」

背筋を伸ばした手前の部下にフリットは微苦笑する。自分が寝たきりの時も彼が引き継いでくれていたはずだ。能力もだが、正義感の強さを含めて彼を副隊長に任命したのはフリットだった。

「何か問題があれば何時でも来てくれて構わない」

寝ていたら起こしてくれていいからと付け加え、フリットは息を吐き出す。
辛そうな様子を見た部下達から横になって下さいと願い出られてしまう。困惑しながらも、フリットは言葉に甘んじることにする。
枕に頬をうずめるフリットを見遣り、引き上げることを申し出た二人はカーテンを開ける前に。

「しっかり治してから復帰してください」

それに苦笑を交え、フリットは口を開く。

「お前達も彼女に無理させるなよ」

ぴたりと動きを止めて振り返る二人にいるんじゃないのか?とフリットは上目遣いで問う。動かない二人に構わず、フリットは続ける。

「オモチャもほどほどにな。二つも同じとこに入れられたのは流石にきつかった」

ネジ巻き人形のようにガチガチと頷いた二人に真剣に捉えなくてもいいと言い含めば、彼らは力を抜いた。
カーテンの向こうに消えた姿に咎めたわけではなかったんだが、と痛みを我慢しながら寝返りをうった。

「言葉が足りないのかもな」







医務室を出て行き、程なくして後ろから追いかけてくるような足音があり、二人はほぼ同時に振り返った。
綺麗なブロンドが揺れ、立ち止まった。
眉を立てているエミリーの姿に、彼らは面目ない佇まいを晒すしかない。しかし、二人から安堵の空気が感じ取れた。

「その様子だと、やっぱりフリットは言わなかったみたいね」
「言わなかった?」
「隊長に何か?」

心配はしてくれているらしいことだけは認められた。この一週間、彼らは毎日欠かさずに医務室を訪れてくれていた。一日に一度ではなく、空いた時間に何度もだ。互いの時間が合わなければ一人だけで来るほど頻繁に。二人の誠実さは感心するけれど、エミリーは声を尖らせながらも言わずにはいられなかった。

「あの子の子宮、かなり傷ついてた」

息を呑んだ二人にエミリーは声を感情を荒らげないように意識するが、震える唇はどうしようもなかった。

「人ってそんなに脆くないのよ。けど、あれは酷かった。普通じゃないわ」

身体の表面にあった痣はそれほど酷くはなかったけれど、内側は違った。もしかしたら致命傷になっていたかもしれない。
治療が遅れていたらと思うだけで全身から血の気が引く。間に合ったのは彼らのおかげではあるが、あの原因にも二人が荷担していることをフリットを担いできた本人達からエミリーは聞いていたため事情は知っている。

「あの、傷ついてるって、もしかして」

青ざめている二人にエミリーははっきりと頷く。
二人はフリットが無理をさせるなと最後に投げかけてきた言葉を振り返る。自分自身のための説得ではない。本人ではなく、自分達へ、誰かのためにと助言をしてくれていたことに唇を噛みしめる。
エミリーから言われていなければ、間違ったまま受け取っていただろう。本当に言葉が足りない人だと、つくづく思った。












夢の続きをぼんやりと思い出しながら、フリットはビッグリング内の自室のベッドから起き上がった。
あの後、毎日続けてエミリーからの説教だ。彼女としては何としてでも此方の性行為を止めたかったのは判るが、身体の痛みよりも頭の方が痛かった。

それにしても、今まで長いこと夢に見ることもなかったのにと、今更ながらに身体がなまりのように重くなる。
あんな夢でも下半身が熱くなっていることが心外だ。しかし、自ら慰める意思はない。冷めるのを待ち、定期的に摂取している処方箋があと数日で切れるのを思い出したフリットは珍しがられるかもしれないがと、部屋を出た。

エミリーには案の定珍しいと言われながらも、平静を装って処方箋を貰い受けた。予想外だったのはウルフが医務室にいたことだ。夢のことを一瞬でも忘れるほど、昨日の、詰め寄られた出来事が頭を占めた。彼に対して平静を保つのが一番に苦労してしまった。

自室に戻っている時間はなく、処方箋の紙袋を司令室の執務机に仕舞う。ようやく仕事に集中出来ると頭を切り換えた。
執務を切りの良いところで終え、自室に一度戻ることをフレデリックに伝えてから、フリットは引き出しから処方箋を取り出した。

司令室を後にしたフリットはあまり時間も取らないだろうと、先にディケに言伝ようと格納庫に向かう。ガンダム専用の格納庫ではない。
模擬戦をするためにガンダムはハンガーごと別の格納庫に移動させたままになっていた。破損した箇所を整備し終えたら、元の格納庫に戻す算段の準備は整っている。

出来ればもう一戦したかったと格納庫に足を踏み入れ、ガンダムの方へ進んで行く。ディケと鉢合わせるより先にハロがフリットの存在を探知した。

『フリット、フリット』

艶の良いハロにディケが磨いてくれたと知る。そのことにも礼を言わなければと、跳ねるハロを伴う。
ディケの後ろ姿を見つけたが、声を掛けようとしたところで、近くに飛び降り立つ人の気配があり、其方を向いた。

ガンダムの横にはGエグゼスが並んでいる。つまりは、OS関係を少し弄っていたウルフがフリットの姿に気付いてワイヤーで降りてきたのだ。

「よぉ」

軽い言い草に戸惑い気味でフリットは頷いた。パイロットは比較的こういう態度の者が多いが、そのタイプに絡まれたことは数える程度しかない。それに、昨日の今日だ。さっきにもウルフとは顔を合わせているが、場所も昨日と同じで変に意識してしまう。気のせいかもしれないが、人の目も多いのではないか。

「少し良いよな」

何がと問う口を開く時間もなく、ウルフは「あとでって言ってただろ」と医務室での此方の発言を持ち出してふわりと正面から抱きしめてきた。
ぎゅっと掴むようにではなく、間近に触れていると表現するのが妥当と言える。故に引き剥がすという選択は浮かばず、相手の行動にぱちりと瞬いてしまったフリットは首を傾げるばかりだ。
すんすんと鼻先をウルフが近づけてきたのにも疑問が多い。

「……違ったか?」

納得していない声色で疑問されてもフリットには答えようがない。そもそも、ウルフは何を確かめようとしているのかもよく分からない。

「もういいか?」

フリットが一歩引けば、ウルフは待ったと少しだけ力を入れて彼女を抱き込んだ。

「折角だからもったいねぇ」
「離せ。時間はあまりないんだ」
「一分」
「長い」
「一分」
「三十秒」
「一分」

譲らない男を一瞥し、フリットは相手の胸板にことりと額を預けた。

「一分だけだぞ」

頭まで撫でられるのは不本意だったが、仕方ないと言い聞かせて、存外、優しい手つきに委ねた。じっとした後で、身を引く相手にもう終わりかと思ってしまった自身を見ないように顔を逸らした。瞬間、ディケと目が合って何も言えなくなった。
周囲の空気も微妙な含みがあり、フリットは抜き足で下がる。

顔を赤らめて俯いているフリットをもう一度腕の中に入れたくてウルフは手を伸ばしたが、これ以上は困らせることになるかと肩に触れる。
彼女の耳元に口を近づけようとしたところで、硬い靴音が全体に響き渡った。

錯覚であったかもしれないが、それほどの雰囲気を纏っている風貌が迫ってくるのをウルフは眉間に縦筋を浮かべて見遣った。邪魔をされたからではない。相手の顔相が狼にとって胡散臭かったからだ。
その臭いに混じって、フリットの匂いも僅かに変わっていく。それが余計にウルフの機嫌を落としていく原因を作り出す。
此方の手をやんわりと退けたフリットが遠のく。嫌な臭いしかしなかった。

「私に用がありそうだな」
「お久し振り、と言っておきましょうか。アスノ総司令官」

用が無ければ向こうの方から無視を決め込んでいただろう。だが、言葉を交わす気がある相手にフリットは警戒を持つ。
久しいが、夢に視たばかりの男の顔をまた見ることになるとは思わなかった。

当時に得たフリットの利益はモビルスーツ製造関係者への発言権強化だ。繋がりをより多く持つために首相の力を借りた。それに伴って軍内部での発言権も少し手に入れられたことを思えば条件の良い交渉内容だった。
そして、男の方は政治家志望であり、その実現が叶っていた。現在の支持率も安定している。

疎いわけではないが、フリットには畑違いの人間になった。あれ以来、男の姿とすれ違うどころか、顔すら見ていなかったのだ。

「貴女の力作を拝見する良い機会だと思ってね」

ガンダムを見上げた男にフリットは眉を顰める。そんな殊勝なことを本心で言える相手ではないことは知っている。時間も経っているから変わっているかもしれない可能性はあったが、滲む声色に変化は感じなかった。

「遠回しな言い方はやめていただきたい。私も貴方も暇な人間じゃない」

腕を組んだフリットから苛立ちが見えた男は面白そうに口端をつり上げた。

「では、単刀直入に」

懐から一枚の真新しい写真を取り出した男は、それをフリットの目の前に翳した。表情が固まったフリットに男は神経質そうなその顔ににたりと笑みを貼り付ける。

「よく撮れているでしょう?」
「それ……何故、それがある」

裏返され、フリットには白い紙の面が映る。しかし、男にあれが見られていることに冷えた羞恥が渦巻く。

「口座に振り込んでくれたあれで腕の良い修理屋に頼み込んでね。やっと修復されたから、君に一番に見て貰いたかったんだ」

男は懐にもう一度手を差し込んで、複数枚の写真の束をちらつかせた。ひゅっと息を吸い引き止めたフリットの反応は男にとって予想以上だった。こんなに効果的だとは思ってもみなかったことだ。

「私と司令だけで愉しむのは身に余る。大勢に見てもらってこそ、価値が出るというものだよ」

写真がばらまかれた。近くにいた者の足下に舞い落ち、見られた。目を剥く反応があちこちにある。後ろの、ウルフにも見られただろう。

最初の驚愕が消え、喚かず、無言で写真を拾い始めたフリットに男は満足出来なかった。
女の癇癪が見たかったのに、これでは骨折り損だ。写真のデータは他にも使いようがあるが、わざわざ彼女をいびりに来たというのに。

視線をしゃがみ込むフリットに落とせば、彼女の指先は震えていた。カメラを壊して以降の写真も紛れ込んでいたからだ。
画像は粗く、質の悪いものだが、何が映っているかは分かる。もしかしたら、今までの間にこちらの写真は人目に触れるところに流された可能性がある。

把握し切れていなかった事実を間近にしたフリットの震えを前にして、ようやく昂揚した気分に男は彼女の髪に触れて、そのリボンを解き抜いた。
はっとした動きでフリットが上に手を伸ばした。しかし、それより先にリボンが地面に落とされ、男の足に踏まれた。

「やめろ!」

足首を掴んで来たフリットを邪魔だと男は腹を蹴り上げた。横に倒れ込むフリットにウルフが駆け寄ろうとしたが、ディケに阻まれた。狼の睨みをものともせず、ディケはやめておけと首を横に振った。彼の表情も耐え難いとあり、ウルフは自分が行ったところで話がこじれるだけだと知る。

「そんなに小さな女の子からの贈り物が大事ですか?」
「大事に、決まっているだろう」

腕を立てたフリットは男を強い眼差しで睨み付ける。あの日、カメラを壊された時の目と同じで、男には不愉快だった。

「あながち、レズという噂も嘘じゃないのでは?」

フリットの髪を引っ掴み、千切れるのではないかという強さは痛みを膨張させる。

「レズのくせに男に股開いてよがっていたとは、みっともない女だ」

抵抗しないフリットを男は再度蹴った。地面に叩き付けられたフリットの髪は三つ編みが緩んで覇気が薄れていた。
男は自分が蹴ったときにフリットが落とした紙袋に気付く。表面に書かれている薬名に鼻を鳴らす。

「こんなものに頼ったって治りはしないだろうに。子供を産みたいほどの相手でも見つかったかね?」

女を嬲ろうとする男の手を止めた人物がいた。フリットはその姿を見止め、ゆるゆると首を横に振る。

「何か?」
「女に暴力奮う男はモテないぜ」
「生憎、妻はいるんだがね」
「なら、逃げられないように紳士に振る舞ったらどうだ」

掴みにいった腕を自分から払い、ウルフは男を睨み付ける。男はウルフとフリットを交互に見遣り、フリットの方を注視した。

「此処に着いてから耳にしたが、司令が若い男にうつつを抜かしているというのは本当のようだ」
「うつつ抜かしてんのは俺の方だ。間違えんな」

話をする価値もない相手とこれ以上話していてもつまらない。男はフリットを見下ろし、上から発言した。

「写真のデータが此方にあることをお忘れなく」

弱みを握っていると言わんばかりの態度が癪に障るが、ズボンを握ってくるフリットの手があれば、去りゆく男に噛み付くことは出来なかった。

踏みにじられた黒ずんだピンクのリボンを大事そうに手にしたフリットが続いて写真を拾い集める。ウルフも手伝おうとしゃがみ込み、写真に手を伸ばした。

「やめてくれ」

動きを止めたウルフはフリットを見遣る。

「全部、自分で拾う」

前髪に隠れたフリットの表情は窺い知れず、ウルフは構わずに一枚手にした。しかし、フリットに奪われる。

「やめろと言っているだろ!」

格納庫に大きく響き渡った。肩を震わせているフリットにウルフは眉を寄せるが、何もしてやらないのが、今、自分がしてやれることなのだと悟った。
立ち上がったウルフにフリットは俯いたまま。

「すまない」

聞き取りにくい掠れた声だった。けれど、聞き入れたウルフは彼女から下がっていく。
写真に近寄ろうとした者がいたら睨んで遠ざけさせるしか自分には出来ないのに、誰もが遠巻きにひそひそと言葉を交わす。

最後に処方箋の紙袋を拾い、フリットは立ち上がる。
予定よりも時間を食ってしまったと、格納庫を出て行く。通路に出た瞬間、肩を掴まれて引き止められた。誰かは分かっている。

「待てよ。あの男、放っておく気か?」
「もう何もしないなら別に構わない」
「何もしないわけないだろ、あの態度で」

フリットはゆっくりとウルフを振り返った。この話を続けても堂々巡りだ。それに、もう、彼とは関われない。こんな最悪な形で、知られたのだから。

「あの話、なかったことにしてくれ」
「何の話だ?」
「お前とは籍を入れない」

断言した。それに、ウルフは眉を立てる。
その程度の男だと思われたことに腹が立ったのだ。垣間見た、フリットの素肌が映る写真に驚愕しなかったと言えば嘘になる。けれど、それで気持ちも何もかも変わるはずがないだろうに。

「俺が生半可な気持ちで言ったと思ってんのか!?」
「そうじゃないから、出来ないと言っているんだ」

冷静なフリットの言葉であったが、信じ切れなかった。

「他のことなら、何でも言うことをきく。それでいいだろ」

抑揚のない声は、ウルフがいつも目にしていた司令官だ。だったら、もう一度曝くと、ウルフはフリットを抱き寄せた。しかし、拒絶された。
手負いの獣のように、警戒心のみの瞳を向けられる。テリトリーに入ってきた者を排除する目だった。

「俺が諦め悪いって、もう知ってるよな」
「……………」

取り合うことなく、フリットはウルフに背を向けた。
追いかけてもみっともないだけかと、ウルフは二歩進んだ足を止めた。拒絶された時だろうか。一枚だけ、ウルフの足下に写真が落ちていた。







司令室に戻ってきたフリットは必要なものを手早くまとめると、気分が優れないから自室に仕事を持ち込む旨をフレデリックに手短に説明して出て行った。
常の司令官らしくない雰囲気にフレデリックはまたあの男だろうかと、腰を上げた。

写真に視線を落とし、逸らしたウルフは通路の壁に背を預ける。騒動を聞き付けたフォックスから通信機越しに言い含められているところだった。

『お前は本当にどっから聞いてくるんだ』
『耳が早いことで昔から有名だっただろ』

そんなことは知っているとウルフは肩を落とす。思っていたよりも、自分へのダメージが大きく、通話だけでも向こうにそれが伝わっているのだろう。フォックスは悩むなと慰めを掛けてくる。

『都合良かったんじゃないか?司令だって、お前と長続きするなんて思ってなかっただろうよ』
『勝手な結論を言うな』
『惚れた弱みか?噂、本当だったんだろ?』
『本当か嘘かなんてどうでもいい。事実は事実だろうが、あいつは――』

苦しんでいた。

何度か、向こうから話そうとしていた素振りはあった。けれど、簡単に口に出来る内容ではないことをようやく知った。それを鼻で感じ取っていたからこそ、自分はフリットを否定しないと決意したのだ。それは覆っていない。

『切るぞ』
『おい、まだ終わって』

強制的に閉じた。自分の中でひとまずの整理を付けなければ、人の話なんて聞いていられない。
何故、フリットは突然、話をなかったことにしたのか。過去を見られたことが一番の原因にしたって、急すぎる。医務室で会った時から何処かぎこちなさはあったではないか。それを思い出す。
ままならないと、ウルフは深い溜息を零した。

「エニアクル中尉」

硬い、誠実そうな声にウルフは顔を上げた。強く出ようとしていたフレデリックは弱っているようにも見えるウルフに肩透かしを食らって、次の言葉を一瞬閉じてしまう。

「アスノ司令の、ことで……」
「あんたの耳にも入ってるのか?」

その返事にやはりウルフが原因かと詰め寄ろうとしたが、向こうが首を傾げた。

「その様子だと少し違うか」
「何を言っているのか分からないな」
「あんた、フリットのこと好きだよな」
「な……!突然なにを!」
「おお、うぶな反応」
「人をからかうのもいい加減に」
「からかってねぇよ。俺はあんたを見込んでるぜ、フレデリック・アルグレアス」

佇まいを改めたフレデリックに賢さを感じ取ったウルフは見込み違いでないことを確信する。好きな相手が一緒では敵とも言えたが、その気持ちは信頼に値する。ウルフはフレデリックのことが嫌いではなかった。

見せても、彼は引かない。引いたら一発殴ると決めてからウルフは手にしていた写真をフレデリックに渡した。
受け取ったフレデリックは顔色を変えずに、此方に目を向けてきた。

「何処でこれを?」

最初に出所を突き止めようとするフレデリックにウルフは間違いなかったと、彼を本当の意味で認めた。

事の顛末を一通り聞き終えたフレデリックは頷き、幾つかの算段を提案してウルフからの意見を聞き入れて一つに絞り込む。

「あんたとは気が合いそうだ」
「不本意だが、この件に関しては貴方と手を組んだほうが片付くのが早そうなのは同意しましょう」
「写真のデータをどうにかするのは任せるぜ」
「では、力仕事をお願いします」

フレデリックは背中を大きく叩かれ、この男とは気が合いたくないと心底思った。

自室に備えた個人用の大型ディスプレイを前に、フレデリックは政治家男のビッグリング滞在時間を割り出して、ウルフに端末を使ってそれを報せる。位置情報付きだ。
次にするのは、協力者を捜すことだ。流石に二人だけで全てを真っ新にすることは不可能に近い。写真にご丁寧に撮られた日付があるのが救いであった。
写真の撮られた年月に遡り、顔がはっきり映っていない男を二人割り出す作業に入る。こちらは、かなり骨の折れることが最初から予想された。

ウルフは端末に映し出されるビックリング内部の構図と、点滅する一点を睨み付ける。自分の現在地と点滅が目と鼻の先になると、その部屋の扉をノックした。
司令室から横奥にある、来客用の応接室だ。ウルフにとっても因縁ある部屋だった。

内側から開けられ、それが開ききる前にウルフは蹴り開ける。
ガードマンらしき男が拳銃を取り出したが、ウルフは拳銃を持っている相手の手を自分に引き寄せて、眼下に来た首に肘突きを一発。力の限りにやっていないため、急所でも気絶で済んでいる。

もう一人、ガードマンが突進してくるが、ウルフはナイフを避ける。少し頬を擦ったが、掠り傷だ。腕を捻り上げ、ナイフを落とさせると、鳩尾に膝蹴りを入れた。くの字に曲がり、一度浮いた身体が床に倒れ伏す。こちらも気絶だ。

政治家の男が面倒臭そうに奥のソファから立ち上がる。

「乱暴な男だ。元レーサーらしいな、君は」
「今はそんなの関係ねぇだろ。写真、まだ持ってるやつ全部出しやがれ」
「まだあるとどうして分かる?」
「勘だ」

真っ当な根拠のない発言に男は面を食らうが、面白味も何もない。動かない顔を貼り付けた男はウルフに近づいていく。

「司令官からの命令かい?」
「独断に決まってるだろ」
「まぁ何、身代わりを用意するほど、あの女が器用だとは私も信じていないがね。しかし、君のように若い男をたぶらかせる程とは」

値踏みするようにウルフの正面から右横を通り、後ろへ周り、左横で立ち止まる。

「私に危害を加えたらどうなるか。それくらいは君の頭でも理解出来るんじゃないか?」

左耳から通ってきた声は粘つき嫌な絡み方をしてくる。頭をガシガシと掻き毟ったウルフは盛大な溜息をその場に落とすと、男の胸ぐらを掴み上げた。
引き上げられ、首の窮屈さに男は憤慨の相を顔に浮かべた。それに眇をやったウルフは腹の底から言ってやる。

「惚れた女のためなら命も惜しくねぇよ!」
「――――、貴様ッ、正気……かッ」

怯みを見せた男の貧弱さから凄味は皆無だ。

自嘲気味に笑みを浮かべたウルフはこの先はもう賭けに出るしかないと、肝に銘じた。一か八かだ。それでも、惜しくない。後悔も絶対にない。命ぐらいくれてやるが、死ぬ気だってない。矛盾なんかどうでもいい。
惚れた女のために死んで生きる。上等だろ。

あの日の、彼女の、困ってこれ以上ないぐらいに赤らんでいた顔が浮かぶ。
ウルフは右の拳を後ろに振り上げた。

「これでてめぇの記憶が無くなっちまえば上々だぜ」

掴み上げていた手を離す。両足を軸として、男の足底が床面につく前に狼の拳が相手の眼前にめり込んだ。三メートルほど飛んだ男の肩が壁に激突する。

肘から手先を振りながらウルフは壁に沿ってずるりと哀れに頽れた男を見下ろした。近づいて彼の懐から写真の束を引き抜いた。フリットが映っている写真に間違い無かった。
もう一度男の様子を確認すれば、息はしているようだ。直ぐさま救急搬送する必要まではなさそうだが、フレデリックに一言伝えておいた。

立ち上がったウルフは周囲を見渡し、そこそこ派手にやってしまったと前髪を掻き上げる。そこに足音を聞き取って、後ろを振り仰いだ。
開け放していた扉から室内に入ってきた姿にウルフは眼を細める。

倒れ伏している男達に目配せしていたフリットが、何があったんだと問い質す視線をウルフに向けた。そんな彼女の様子がウルフには気に食わなかった。

「こいつに抱かれに来たのか」
「―――!」

肩を跳ねさせ、視線を逸らしたフリットにウルフは奥歯を噛む。
常駐している警備兵がいなかったことが引っ掛かっていたが、そういうことだった。あの僅かな時間の間にフリットから言い出したのか、男から言い出したのかは関係ない。彼女がそれを了承したという現実が無性に苛立つ。

ウルフが近づいてくる気配にフリットは部屋を出て行く。

「待ちやがれ!」

手首を後ろから掴まれ、そのまま通路の壁に叩き付けられてフリットは目元を歪めた。しかし、弱い立場ではない。フリットはウルフをそろりと睨み付けた。

「お前、自分が何をしてしまったか分かっているのか?」
「褒められるようなことはしてねぇってことは分かってるさ。けどな、力でしかどうしようもなかった」
「子供の言い分だ」

視線を落としたフリットの瞳には僅かな揺れがあった。

彼女の言葉は正しい。暴力で解決したところで、その先にはまた問題が生じる。事を荒らげることなく収拾を付けるのなら、フリットの考える采配が正解なのだ。
だが、ウルフには不正解でしかなかった。自分本位な主張だ。それでも、何度でも、フリットの考えに首を否と振ってやる。
本心では違うと感じているからこそ、フリットは瞳を揺らし、苦しんでいるのだから。
一人で解決出来るものなど、たかが知れている。

「他の奴を頼ればいいだろ!誰も信じられないのかよ」
「分かったような口を利くな!」

睨み返してきたフリットの瞳に揺らぎはなかった。何もかもを一人で抱えると、孤高の眼差しがそこにあり、ウルフは息を呑んでしまう。

「仲間と思える者達はいる。彼も、敵ではない」
「写真ばらまくような奴が?」
「我々の敵はヴェイガンだ」
「話すり替えんな」

火星圏国家の者達とは和平の契約が進みつつある。互いの衝突が根絶されたわけではないが、大きな単位で見ればもう友好関係が結ばれている。むしろ、反連邦組織の鎮圧に狩り出されることが多い。

修羅場を潜ってきたフリットにはまだ闘争心が燻っているのかもしれないが、その話は今持ち出してくる件ではないだろうに。
現に、ウルフからの咎めにフリットは苦い顔をした。

「私のせいなら、私がやるしかないんだ」

小さく零した声をウルフはしっかりと聞き取っていた。

「お前のせいって、何が」
「壊した」

自由な片手を下腹部にあて、フリットは俯く。「壊された」ではなく「壊した」と言った彼女にウルフは眉間に縦筋を刻む。

「夢で、あの時の、写真に撮られていた、あの時のことを視たんだ。忘れていたわけじゃない。けど、ずっと、もう思い出すこともなかったのに、今になって」

鮮明に思い出してしまった。傷だらけにしてしまった。自分でここを。
将来が、まだ先が多くあるウルフに傷物である自分が関わるべきではない。だから、遠ざけなければいけない。

「お前の子供を産むことが出来ないんだ」

分かりきっていたことだった。だから、いずれは終わりにしなければいけない関係なんだと言い聞かせていたのに、思わぬウルフからの告白に胸を焦がしてしまっていた自分自身が許せない。
未来に一度でも馳せたことが。

髪の間を縫うように、ウルフの手がフリットの頬を捉えて上に有無を言わせず持ち上げた。
間近にウルフの顔があると頭で理解した時には、もう唇に柔らかいものが触れていた。目を瞠ったフリットは直ぐに閉じて、眉を詰めながらウルフを引き剥がした。
口元を拭うフリットをウルフは静かに見下ろす。

「さっきの、お前は産みたいって気持ちがあるってことだよな」

そう捉えたウルフは勢いのままにフリットに口付けていた。自分でも気付いたらそうしていたと、本当に衝動的だった。
それほどの想いがフリットの中にあると知って、熱くならないわけがない。
口を拭っていた手を止めたフリットはゆっくりと、ウルフと視線を交わした。

「産みたくても、出来ない」
「いい。それでいいぜ」

ウルフはフリットを抱きしめる。けれど、強情にもフリットは引き剥がした。

「お前は、いらないのか?」

表情を消しているフリットからの問い掛けに、ウルフは互いの表情を見つめ合える距離を取って、彼女に返した。

「正直に言えば、欲しい。そうでもなけりゃあ、結婚したいなんて言ってねぇよ。それでも、俺が一番に欲しいのはお前だ。フリット」

此方の心臓の位置を指さしてきた狼の想いにフリットは頬を染めた。他にも欲しいものはある。けれど、一番はお前だと断言してきた男に平常心でいられるだろうか。
恥ずかしさに俯こうとするフリットを壁に押しつけ、ウルフはその艶めく唇をもう一度奪った。
舌を絡ませようとしてくるウルフの肩前をフリットは押す。

「……ゃ、だめ」

心が揺らぐが、自分とて決意は固い。駄目だと、出来ないと、一緒にはなれないとフリットは首を振る。 けれど、ウルフは尚も唇を塞いできた。甘く噛むように吸われ、絡み合うように舌を舐められる。くちゅりと蕩けるような音が接吻の合間に耳を響き濡らす。

は、と息を吸える間も短く、直ぐにまた塞がれてしまう。深いどころではない。終わりの見えない交わりにフリットはぎゅっと閉じていた目を緩ませられてしまう。
口唇から背筋へ、全身に巡る痺れに耐えきれず、身体から力が抜けていった。膝からゆっくりと崩れ、すとんとその場に座り落ちたフリットに合わせてウルフは片膝をついてしゃがみ込む。

「骨抜きになるほど最高だったか?」
「駄目、だ」

呼吸を熱くしているのに、決して頷かないフリットにウルフは顔を近づけた。再三の口付けに抵抗の力もなく、為すがままにフリットは熱すぎる狼の抱擁をその唇に感じる。
何度も、何度も。角度を変えて求められる。

溶け合ってしまいそうなほどの情熱に困惑し、フリットは頤を下側に逸らして、待ってくれと指先をウルフの胸板に添えるようにして仕草で訴えた。
異論無く身を引いたウルフは、待っている。フリットからの想いを。

「お前の、ウルフの気持ちは嬉しい。本当だ。でも、同じじゃない。私は、お前と同じ気持ちで、お前と同等に向き合えない」

あれだけの情熱を与えられない。
対等の等価を持ち合わせていないと口にしたフリットにウルフは内心で吐息を一つ。対等になりたいと、近づきたいと思っていたのは自分の方であるのに。けれど、そう思っていたからこその行動の数々が、裏目に出ていた。

「同じものを寄越せなんて望んでねぇ」

落としていた視線を持ち上げたフリットは首を僅かに傾げて見せる。

「望んでねぇけど、見返りを求めてないわけじゃない。お前とキスしてぇし、抱きもしたい」

顔を逸らして傷のない頬を指で掻いたウルフを間近にして、フリットは目を丸くする。どう見ても、彼は照れていると見受けられたからだ。

「なら、私はお前にどうすれば、いいんだ」
「どうもしなくていい」

その答えには不満があり、フリットは頬を掻くのをやめたウルフの手を掴む。

「何もするなと、そう言うのか」
「そうじゃねぇよ。お前が俺の子供産みたいって言ってくれただけでかなり浮かれてんだぜ」
「出来ないんだぞ……?」

フリットから掴まれていた手を引き剥がすと、直ぐにウルフは自分から掴み直した。

「俺のものになっちまえよ」

引っ張られ、低く響く狼声が耳元で誘ってきたことにフリットはびくりと肩を跳ねさせる。咄嗟に身体を後ろに引くが、背後は壁だ。逃げられない。

「好きだろ、俺のこと」
「分から……ない」

子供を産みたいと言っておきながら、好意を認めようとしないフリットの意地の強さにウルフはむしゃくしゃする。

「面倒臭せぇ」

頭を掻き毟りながら盛大に零した苛立ちの込められた言葉にフリットの瞳が揺らぐ。
これを聞くのが怖かったのに、言わせてしまった。その場から逃げ出したくなったフリットは必至に足に力を入れて立ち上がろうとした。しかし、ウルフの方が速かった。
彼女の後頭部を捉え、口の交わりを彼は強要した。

フリットはもう混乱するばかりだった。厭になったのではないのかと、そう問い質したくても、口は奪われたまま。
強引であるのに、どこか優しさの滲む食み合わせをしてくるウルフに抗うことは出来ず。それどころか、ずっと自分から開くことだけはしなかったのに、フリットは自らの唇を上下に薄く開いてしまった。
それを逃すウルフでもなく、こじ開ける手間のなくなった交わりは早くも熱を持ち始める。

「好きだって言わせてやる」

少し離した隙に宣言し、ウルフはもう一度また直ぐにフリットの唇を食みいく。
頷かないならば、狩るだけだ。

果てのない、終わりの見えない行為にフリットは壊れてしまうと、突然の恐怖にウルフを力の限りに引き剥がした。
重ねていた唇から、交わり以外の荒い呼吸が繰り返される。その様子にウルフは戸惑う。やってしまったと、あの時と同じように無理強いをしてしまったことを理解した。
フリットに言われたように子供だ、餓鬼だ。

下がろうとしたウルフに気付いたフリットは、彼の手を強く握った。

「すまない、違うんだ。お前が怖いんじゃない。壊れるのが怖いんだ。それなのに、また、私は……繰り返そうとした」

過ちを。
自身の身体を両腕で抱き竦め、フリットは震えた呼吸を二度零す。

「私はまだ、全てをお前に言えていない。十年前のこともだが、私はそれ以前から―――」

その先は言わせてもらえなかった。ウルフが抱きしめてきたからだ。
頭を撫で梳かれ、フリットの唇は震える。言葉が出なくなる。

「言う必要ねぇよ。分かってねぇけど、分かってやる。だから、抱きしめさせろ」

頷いたら、潤んだ瞳から零れそうで、フリットはウルフの腕の中でじっとしていた。
自分は言葉が足りないからと、戒めてきた。全て伝えなければ、ウルフと向き合うことは適わないのではないかと、不安だった。ずっと。
手放したくなんてない。この温もりの中にいたい。そう思ってしまったことが罪悪感となっていたのに、こんなにも。
欲しがり続けてくれるウルフに、フリットは身を許し委ねた。

「勝手な男だ」
「知ってたことだろ?」

ん、とフリットは彼と触れ合い始めてからのことを思い出す。

「泣かないからな」
「そうか」
「泣いてはやらない」

泣いているような震えた声が言うのに、ウルフは彼女の背を撫でる。
口を引き結んで、ぐっと堪える。それから、高鳴る鼓動に耳を澄ませて、フリットは自分に頷く。

「―――好きになる」

聞き取ったウルフからの反応にフリットは嬉しくなる。だから、足りない言葉をもう少しだけ続けた。

「好きになっていく」

ウルフを。

今もそういう気持ちがあるのかもしれない。でも、これから先も、重ねていきたいのだ。止めたくない。 ウルフにしては珍しく、目を合わせずにいる。いつも強気なくせにと、フリットはウルフの右頬に掌を添えた。

「私のせいでついた傷だな」
「お前のためだ」

訂正されてフリットは面を食らう。本当に、なんでこんな年下の男に惹かれてしまったのだろうかと、おかしくもなる。

顔を近づけて窺ってくるウルフにフリットは自分から唇を差し出した。
ちゅ、と軽く触れ合うだけのものを交わす。

「言い直すのちょっと格好悪ぃけど。フリット、俺と結婚してくれ」

涙がこぼれ落ちそうな顔で、フリットは頬を緩めた。







司令室に呼び集められたウルフとフレデリックはフリットを目の前に神妙な顔をしていた。
暴力行為と機密情報抽出が主な処罰対象であるが、細かなものも含めると独房一週間では済まされない。けれど、免除はされている。そんな事実はなかったことになっているのだ。

政治家に転身していたあの男は地球で目を覚ましたが、ビッグリングでの一連のことを綺麗さっぱりと忘れていたと連絡が届いていた。本当かどうかは定かではないが。
あの写真もそのデータも全て消去したという報告をフリットはフレデリックから聞き及んでいる。

しかし、軍規に反したことは反省してもらわなければならない。
眉を立てた硬い顔を向けられ、フレデリックは肩を小さくした。それを見遣ったウルフは態度を崩す。

「もういいんじゃねぇのか?」
「お前はアルグレアスを少しでも見習え」

肩を竦めたウルフにフリットは吐息する。ウルフの言い分にも一理ある。彼が目配せしてくるのにフリットは決意を固めると、椅子から立ち上がり、机の横を通ってフレデリックの前に出た。

「助けてくれたことは感謝している。有り難う」

副官の身体を抱きしめた。硬直しているフレデリックの様子にウルフは肩を小刻みに震わせる。
柔らかい感触が離れても尚、フレデリックは固まったままだった。

「アルグレアス?」
「あのッ、その……!」
「嫌、だったか?ウルフが……中尉が、こうすれば喜ぶと言っていたから」

ギッと、フレデリックからの視線をもらったウルフは笑いを堪え続けたままだ。

「やはり、嫌だったのか……」
「いえ!ち、違いますッ。で、ですが、そのように、浅はかに抱擁を許すものではありません!」

早口に捲し立てるフレデリックにウルフはとうとう腹部を押さえた。笑い声にフリットは首を傾げ、フレデリックは顔を赤くした。

そこへ来訪を告げる音が鳴り、フリットは彼を招き入れる。

「まずは昇進を祝うべきか?大佐」
「司令官から直々では頭が上がりませんよ」

室内に通された彼は、かつてアスノ隊にいた者だ。昔と違い、髭を蓄えた顔は初老の貫禄を思わせる。

「着任早々、若い連中に泣きつかれるとは思いもしませんでしたが」

フレデリックとウルフを見遣った彼は苦笑する。むず痒さを感じたフリットは編み込んだ髪に手で触れた。髪先には洗って綺麗になったリボンが結われている。

「久し振りに彼とも連絡を取りましたが、元気にしているようですよ」
「ご婦人の療養に付き添うために退役していたな」

かつて副隊長を任していた彼のことが話題にのぼった。空気の良い地球で妻の看病をしたいと数年前に軍から離れている。
電子戦が得意でもあったことと結びついて、写真のデータの在処を掴んで末梢をしてくれたのだと、そのやり取りだけで理解する。

言伝を大佐に頼み、フリットは一息吐く。肩の荷が降りた様子のフリットに彼は頭を下げた。
突然の行為にフリットは愕く。

「どうした」
「いえ。この度の件、私と彼にも原因があったことです」
「顔を上げろ。そのことはもういいと言ったはずだ」

それでも、彼は顔を上げなかった。誠意ある謝罪をフリットは断り切れず、僅かな苦笑を持って頷いた。

暫くの間を置いて、ようやく彼が背を伸ばす。ちらりとウルフとフレデリックへと再びに視線を伸ばした彼は、ずずいっとオヤジ目線でフリットに問う。

「で、どちらがご本命なんですか?」
「アルグレアスは私の補佐で、ウルフは……ッ、その……」
「あっちの白いのですか」

言葉に詰まっていたフリットに追い打ちが掛かり、彼女は面映ゆく赤面する。ウルフからの視線と挟み打ちになり、居心地の痒さにフリットは元直属部下の彼だけを司令室の外に連れ出した。

「何が言いたいんだ」

肩を怒らせているが、迫力の欠ける顔に彼は苦笑する。

「ビッグリング中で噂になってましたよ」
「把握はしている」

フリットにとっては既知である。今回のことも掻い摘んだものが今頃は出回っていることだろう。事実と差違のある中身になっているだろうことは予想の範囲であるし、自分に向けられる目の降下も覚悟済みだ。
しかし、彼を含め、フレデリックとウルフの関与が噂の類になっていないようにと、祈るしかない。
憂いた顔を落としたフリットに彼は今も考え事が多い人だと感想する。

「心配事ですか?」
「まあな」

悩むだけでは解決しないことなのだろう。フリットは表情を改めた。
抱え続けるが、引き摺らないのが彼女の出で立ちだ。

心配事を増やしてしまうかもしれないと思いながらも、彼はそっと声を潜めて「首相には気をつけて下さい」とフリットに耳打ちした。
横目を寄越してきたフリットに彼は続ける。地球在住である元副隊長の彼が今回のことから得た情報源であり、戦艦ディーヴァの前艦長お墨付きの警告だ。男がフリットに接触してきたのも首相絡みだと、彼は睨んでいた。
グルーデックの名を呟いたフリットに彼は頷き返す。神妙な顔をしている彼女の様子に昔の彼女を重ねた。

「寿退役するのでしたら、関係のない話ですよ」
「ッ!何だ、それは」
「結婚なさるという噂を耳にしましたので」
「その先は決めていない。退役なんか直ぐに出来るわけないだろう」

仕事の引き継ぎもあるし、そもそもガンダムをどうすればいいのか。

「……その言い方ですと、結婚は決めていると聞こえますが」
「い、いやっ、まだ子供達に何も言っていないし、だな」

自分はさっき何と言っただろうかとフリットは思考を増やしたおかげで、完全なる墓穴を掘った。
子供達には言っていないということは、これから伝えるつもりだということだ。言い終えてから固まったフリットは赤くなった耳を押さえた。

意外のある様子に彼は驚くよりも後悔を得た。本人に確認は取っていないが、エミリーから言われたことは今も覚えている。彼女はもう治らないと断言された。
そういう気持ちはウルフという男を前に、持っているのではないか。聞きたかったが、臆病に勝てなかった彼は再度、頭を下げた。

「すみません」

相手の動作に耳から手を離したフリットは謝罪を聞き取った。しかし、何のことだか理解しかねると表情に顕す。下に視線を向けている彼に此方の表情は見えていないまま。
それでも、彼の纏う張り詰めた空気に触れてしまえば、口を引き結び、躊躇なくフリットは佇まいを正す。

「私の部下は皆、誇り高き戦士だ。今までも、これからも」

頭を下げたまま、彼は片手で自身の顔を覆った。彼我に噛み合いがないことを言うのは相変わらずであったが、沁みいる言葉だった。
認められている。それを昔は解らなかった。

「俺達にはもったいないですよ、“隊長”」

顔を上げた彼は手を挙げ、隊長に向けて敬意を持って礼をした。

司令室に戻ってきたのはフリット一人だった。彼女は室内に入った瞬間に瞬く。フレデリックの荒んだ大声を初めて聞いたからだ。
どうやら推測するに、ウルフが彼をからかっているらしい。しかし、険悪なものは感じられず、いつの間に意気投合したのだろうかとフリットは首を傾げるばかりだ。

悪いことではないなと、フリットが距離を置いて二人の様子を見守っていれば、頬の傷に絆創膏を貼り付けたウルフがふいに彼女を見た。

「私のため、か……」

フリットは自分だけにしか聞こえない声で呟き落とす。
白い狼と視線が交わり、鼓動の熱さで胸を焦がした。





























◆後書き◆

これにて第一幕完了です。

ディーヴァの現艦長はミレースさんです。グルーデックさんから引き継いでいます。蝙蝠退治戦役はあったことになっているのでグルーデックさんは留置所行きになりましたが、アニメの時間軸より早めに釈放されているんじゃないでしょうか。

アスノ隊にいた部下二人はフリットのことを最初から嫌いということでなく、そこそこ尊敬の念はあります。ただ、ちょっと理解出来ない部分が憤り。
それが払拭されたのがあの件なので良かったのか悪かったのか微妙なところ。
フォックスさんはフリットのこと生理的に受け付けられません。これからも多分そのまま。人間関係そんなもんでもけっこー共存余裕余裕と、そういうもんですよね大体。

薬やら避妊やらはなんちゃって設定なので、下調べテキトーです。
過去部分の背景がトルディアなのは、フリットの家がコロニー内にあることとアセムユノアがまだ6歳3歳で幼いのが理由です。フリットも自分で育てたかったんでないかなと。子供達と過ごす時間も欲しいしと枕営業やめなきゃと思い始めていた矢先、だったかも。

壁ドンチューです。なんじゃそりゃ。
これでもかと接吻接吻接吻させたのは自分初めての経験だったんじゃないかと。こんなの初めて。
この流れで抱くのはスマートでないと、ウルフさん流の紳士的な……しんし?……キスだけでも俺は凄いぜってことですな。
恥ずかしいので後書きがふざけ荒れました。面目ないです(脂汗)。

ではこのあたりで、ここまでお付き合いしてくださいましたことに感謝を!
第二章(裏タイトル「あの手この手でアセムに家族と認めてもらおう」)はふんわりと構想があるのでまたこのシリーズ(?)でお会いできましたらどうか。

Vergangen=過去

更新日:2014/10/19








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