18歳未満の方は目が潰れます。






























◆Duft◆










ハンガー下で整備班の数名と言葉を交わしている姿が頷き、それから何事かの指示を出したようで、三人ほどその場から離れていく。
まだ二人だけ留まり続けているが、話は一端区切りが付いている様子に遠慮せずに割って入ると、指示を出していた女の背中から肩に腕をまわした。
重量に少し驚いていたが、誰の仕業か見なくても分かっていると彼女は呆れた吐息を一つ。

「声くらい掛けて下さい」
「よお」

今されても遅いんですがと、ウルフに腕をまわされたフリットは眉を歪める。
そのやり取りに残っていた整備士の二人は茶化しを入れる。

「少佐、若い子触りたいのは分からなくもないですけど」
「間違い犯さないでくださいよ」

自分達より年下だが、フリットはしっかりしているし、ウルフの毒牙に掛かることはないという確信が彼らにはある。だからこその軽口であり、ウルフもそれに相応しい返しを口にする。

「安心しろ。此奴からメスの匂いしねぇから」

いや、そこまで言わなくとも……と、整備士達がぎくぎくした顔をフリットに注ぐ。しかし、フリットは特別気にした様子でもなく、軽い動作でウルフの腕を肩から退かして真顔で彼を見上げた。

「とくに用がないなら、ガンダムの整備をしたいんですけど」
「ああ、待て。お前言ってただろ、模擬戦したいって」

表情の変わったフリットから期待を感じ取って、ペットとか飼ってたらこういう時は尻尾を振るものなんだろうなと片隅で浮かべる。

「やれるように話つけてきてやったから、後はガンダムの調子をそれまでに万全にしとけ」
「はい!」

良い返事にウルフはフリットの頭を無造作に撫でた。此方の手に振り回されるように彼女の頭が揺れる。いつもはこの辺で嫌がられるなと手を離したが、フリットの表情に不本意はなかった。そのことに首を傾げたが、謎を解く前にフリットは頭を下げて小さく一礼すると、背を向けてガンダムのコクピットに足を向けてしまった。

「あれ、凄く喜んでますよ」
「俺達にも少佐と戦ってみたいって零してましたから」

友人同士にならばそこまでではないだろうが、仕事仲間には個人的な自己主張を滅多にしない子だ。

「シミュレーターしかやったことないんだよな?」

ガンダムのデータを搭載したものでシミュレーション戦は数をこなしていると聞いたが、本体の運用はまだのはずだ。ウルフの目からは充分に実戦に使える機体と映っている。だから、渋っている上の連中の腹の中はどうにも理解出来ない。

「俺、相手しましたよ。瞬殺でやられました」
「専門外だろ……。パイロットで相手した奴はいないのか?」

他人の戦闘記録などをCPU側に更新することは可能であるから、それらの経験もあるだろう。それの利点は正攻法が見えやすくなることだが、失点は瞬発力に関する生身の人間と相対する臨場感に欠けることだ。だが、整備士ではなくてまともな相手を用意すべきだ。

「まぁ、何というか。みんな、彼女のこと苦手みたいで」

上に向かうためのリフトに身体を乗せたフリットにハロが数度飛び跳ねて彼女の腕に捕まえられたのを見届ける。

「良い子だと思いますよ。けど、付き合いにくいんでしょうね」

事実、フリットの立ち位置は孤立状態だと言っていい。鍛冶屋の家系でもあることから技術職を目指していたはずだが、軍人に志願したのだ。
本人の望むことは与(あずか)り知らぬところであるが、地位が目当てでないかと見ている者もいる。野心家のイメージは彼女にないので、ガンダムの整備班でフリットのことを含んだ目で見る者は殆どいない。

「どこの隊にも所属してませんからね。少佐のとこはどうです?」
「向こうが入れてくれってなら別に構わんが」

フリット本人が隊に入ることを拒んでいると耳に挟んだことがある。自機がまだ試験段階であることが大きいと思われるが、他にも思うことがなければ拒否にまでいかないだろうとも。

「誰か良い人いませんかね?」

話の主旨が変わったが、強ち間違いでもないかとウルフはコクピット手前でバルガスと話し込んでいるフリットの横顔を見上げる。

「派手じゃないが顔立ちは平均値だろ」

外見の評価は低くない。目鼻立ちは好みの分かれる類だが、客観的に見てウルフは悪くないと思う。

「お前らはどうなんだ」
「あ、俺、彼女いるんで」
「タイプとはちょっと違うんですよね」

これだから外野から求めたのか。おそらく、先程まで此処にいた残りの三人も彼らと似たようなものだろう。この面子の雰囲気から、誰かが好意を持っているなら既に面倒を見ているはずだ。

「男だらけで集まると、好感触な声も聞くんですけど」
「仕事関係以外の話題で喋ったことがないってのが厄介で」
「あー、成る程」

頤を支える感じで手を持ち上げたウルフに、二人は同時に視線を投げかけ。

「一番喋ってるの少佐じゃないですか?」
「だよな」

指摘されるが首を傾げるわけでもなく、ウルフは内心でそうかもなと頷く。フリットに視点を置いた場合はそう映るからだ。けれど、ウルフ視点からすれば特別に扱っていることはない。

「やめろよ、流石に歳が離れすぎだ。親子に見えかねん。それに向こうだっておっさんは嫌だろ」
「でもお触り多いですよね」

半目を二人分向けられて、面倒臭いという顔をウルフは隠しもせずに頭を掻く。メスの匂いがしないからその気はないと最初に言ったばかりで、こいつらはちゃんとそれを聞いたはずだ。

「胸と尻は触ってねぇぞ」
「それはセクハラになりますから」
「一度触ってみればいいんじゃないですか?嫌がるか一目瞭然ですよ」

おいおいと問題発言した一人に、もう片方の整備士と同時にウルフは手を振った。硬いことを言うほど規律を頑なに遵守しているわけでもないが、それはルールとして駄目だ。
こいつは彼女が出来て浮かれているのだろうと頭をひっぱたいておく。

その様子を上から少しだけ見ていたフリットは彼らの動きだけで内容を把握しようとするものの、声がはっきり届いてこないので掴めない。ただ、ほんの一握り、賑やかで良いなとあの場から離れたことに後ろ髪を引かれた。が、バルガスの呼び掛けに、直前の意識に蓋をして後ろを向いた。







通路を進んでいたウルフは顔見知りの姿に反応したが、向こうはまだ気付く素振りを見せない。数時間後に迫った本日執り行う模擬戦の戦術でも考えているのだろうと見当を付けて、相手との間に二歩分の距離を置いたところに足を落ち着ける。

「今日は愉しみにしてるからな」

今し方気付いたと言わんばかりの顔を一瞬見せたフリットは表情を締めると、ぎこちなく頷いた。その様子から集中力の力加減に違和を感じたウルフは小さく疑問を持った。

「ガンダムの方はどうだ?」
「大丈夫です」

やはり声に覇気が足りない。今更、本格的な模擬戦をすることに怖じ気づいた……思いついた予想を即座にウルフは切って捨てる。
若者ながら度胸は据わっていると評価しているのだ。

「なら、平気だな」

何も察していないという態度を敢えて取った。すれば、フリットは此方を見上げて、口は閉じたまま。言おうとしていることを飲み込んだと分かったのは、彼女が視線を下げてからだ。
その後に視線を揺らすフリットに余程のことと思い、干渉すべきか逡巡を挟む。口を噤んだということは此方には言いにくいことだろう。他に相談出来そうな相手がいないということもないだろう。と、そこで先日の整備士達との会話を思い返して、それは難しいかもしれないと結論手前に留めておく。
出来れば模擬戦前にどうにかしてもらいたいものだが、短時間で解決出来るものでもあるまい。

「フリット」

普通には呼ばなかった。どちらかと言えば、責めるような声音だ。
顔を上げたフリットは責め立てに怯むでなく、何処か安堵した表情を見せた。会話が継続しているということに対して。

「モビルスーツが万全でも、お前自身が万全でないなら模擬戦はやめだ」
「それ、は」

流石に動揺を見せたが、ウルフは自分は間違ったことを言っていないと自身を肯定の上で続ける。

「寝覚めが悪いのは御免だ。いいか。実戦でなくても武器を使うことに変わりはない。模擬戦の事故死記録くらいはお前だって目を通してるはずだ」
「………はい」

同意の返事にウルフは一つ頷く。整備不良以外にも、精神状態が事故の確率を高める原因となるのは検証などの調査を経て報告も上がっている。緊急時は腹をくくるしかないが、調整が可能な模擬戦で下手なことをする必要はない。危険のリスクを増やすだけだ。
物分かりの良いフリットならば、これ以上に言葉はいらないだろう。

「でも」

意外なことに、フリットは食い下がろうとする。けれどウルフは困惑を抱かなかった。フリットは知っているのだ。今日の模擬戦申請を許可させるのに此方がどれだけ手を回したのか。
秀才と評されるほど頭が良くても、感情部分を数字には出来ない。このあたりが周りには伝わりにくいのだろうと思う。

「気に病まれるより、俺の判断を是としてくれたほうが鼻が高い」

この段階で言い諭しは避け、気楽な調子で言ってやる。正式な隊の部下らには無慈悲に腹を割らせるところであり、案外と感じるくらいフリットのことを気に入っていたようだ。自分は。

「…………」

しかし、フリットの方は納得仕切れていない顔だ。むしろ余計に思い詰めた表情に変わっていく。
手を握り込む姿に時間が必要だと、ウルフは目線を浮かして身を動かす。離れようとしたのをフリットは引き止めた。掴まれている腕に視線を落としたウルフは、向こうから触れてきた意味を考える。

留まってもらうことは叶ったが、これからどうするとフリットは内に落としたと同時に。

「待って、ください。聞いてもらいたいことが」

あります。と、思考の決断前に口にしていた。

話は長くなりそうだなと、ウルフは壁に背を預けた。それを見て、フリットも隣に同じように背を預ける。
沈黙が置かれるが、ウルフは急かすようなことをしなかった。静かに待ち続けてくれていることにフリットは感謝してやっとの思いで口を開いた。

「フォンロイド大佐に言われたんです」

出てきた名前にあまり好印象のない相手だと胸の内に留めて、ウルフは続きを黙って聞く。
詳細は濁されたが、ガンダムに関することだろうとは予想が付き、申請を通しに赴いたところ相手にされなかったらしく。向こうは同じ机上で話をしたいのならば。

「その身体で上官と寝てこいと言われました」

呼吸も表情も動かさないウルフをちらりと一瞥して、フリットは視線をまた戻した。

「利益になることなら他のことでも構わないとも言われたんですけど、他のことが何も思い浮かばなくて」
「なら、セックスするか?」

直接的な物言いにフリットは表情を顰めることなく無表情だ。

内容を知り、ウルフは通路の向こう側にぐるりと視線を通して人影があることを確認した。ここで続けられるような話ではない。それにはフリットも同意のようで、彼女の自室に場所を移した。

自分の役目としては説得だろうと、ウルフはフリットが用意したインスタントコーヒーを口にする。予想より悪くない味に、一手間入れているのだろうと知れる。改善法があるなら惜しまないところが「らしい」とそう感じた。

カフェサイズのテーブルを挟んだ向かい側に席を落ち着けているフリットは自分用のコーヒーを二口飲んでから、カップをそっと置いた。
此方と視線を合わさないのは迷っているからだと信じたいが、ウルフとてフリットのことを隅々知っているわけではない。彼女の経歴がちょっと面白いなと思って初対面の時に話し掛けてみた。その程度の興味しかない。
あの時きょとんとしていた顔は可愛かったが、女として視ての感想とは違う。

「上官ってのは、フォンロイドのやつと寝るってことか?」
「いえ、大佐本人は自分より下の人間の言うことは聞きたくないと、そんな感じでした」

確かにフリットはフォンロイドの趣味じゃないだろうなとウルフは腕を組む。彼が枕営業を唆(そそのか)したのは嫌がらせにすぎない。それをフリットも感じ取っているのは先の返答から窺えた。
それでも、抱えるように考えたのは。

「利益になるならそれでもいいってことか」

横を向いたまま口を引き結んだフリットは間を置いてから自分の要求を口にした。

「それなりの地位が必要なんです」

声色から迷いは感じ取れなかった。
彼女に野心家のイメージを持っていないあの整備士達が聞いたら卒倒しそうだが、それを聞いてウルフはむしろ納得する。良心から説得の意思はあるが、彼女の意に反するならば口出しは控えた方が良い。効率的なことを考えれば、身体を使うのは理に適っている。それらに侮蔑を向けるほど否定的な意見も持ち合わせていない。

「そうか」

言えば、フリットが肩を揺らして此方に視線を置いた。それに気付けば、すぐに逸らされたが、無表情ではなく。

「抱いてくれませんか」

落とされた懇願についてウルフは考える。

「それは、抱きしめる………のとは違うな」

そのようなニュアンスではないし、会話の方向性からしてそうだ。フリットが覗かせていた迷いにやっと辿り着いたが、まだ少し、自分は半信半疑だ。
まだ視線を合わせられないが、フリットはウルフの方に正面を向ける。やや俯き気味で小さく口を開いた。

「けじめが欲しいです」

それはけじめではなく、言い訳だとウルフは独りごちる。ただ、指摘しないのはフリットの中ではもう目的が決まっていることだからだ。
次の段階に進むために自分を肯定し続けねばならない。その許可が欲しいだけだ、彼女は。

「そんなことしなくてもいい。俺はフォンロイドより階級も下だし、お前の利益にもならない」
「分かってます」

引いてくれなさそうな空気にウルフは苦い顔をする。出来ればもうこの話は続けたくないのだ。フリットが他の男に身体を開くことが前提の話など。
今、自分が思ったことにウルフは自分自身で驚愕する。それを払拭するためにウルフはわざと話題を変えた。

「なあ、話変わるけどよ。身近な奴で好きだなって思うのいないのか?」

突然の切り替えにフリットは顔を上げるしかなくなり、問いに首を傾げた。取りあえず、身近な人を思い浮かべて最初に出てきたのは。

「エミリー」

少し口うるさくも感じる時があるが、友人であり、好きかと問われれば好きだ。
素直にフリットは答えたつもりだったが、ウルフが首を下げた。意味が分からない。

「もう一人くらいいるだろ」
「ユリン」

また女だとウルフは頭を抱えたくなった。だが、自分の訊き方が悪かったのだともう一度。

「男で身近な奴いないか?」
「バルガス?」

あの爺さんは論外だとウルフは手を振る。

「ディケ」

お。とウルフが顔を上げた。
フリットと同い年で幼馴染みの青年だ。エンジニアとしてフリットの横にいるのを何度かウルフも見掛けている。ああいう体型を好む人種も珍しくない。

「そいつ、今日は?」
「確か休暇でいませんよ。昨日はエミリーに女の子が喜ぶ場所は何処かって訊いたり調べたり、慌ただしかったですけど」

自分にも訊ねてきたが、言いかけてから何でもない忘れてくれと光の差さない目で切り上げられた。

それはデートだなとウルフは当てが外れたことにまた頭を抱え気味になる。そもそも、フリットがそのことに気付いていないのも微妙だ。

「他にはもういねぇか」
「………」

無言にいないのだなと視線を向こうにやれば、此方を見つめてくる目があった。じっと、そのままで動かされない。
目を丸くして驚けば、フリットは尚も視線を動かさない。ぐっと身に力を入れたウルフは視線を仰がせて椅子を引いた。

「話、戻してもいいですよね」

立ち去ろうとする此方を引き止める声は冷静そのものだ。
振り返れば、フリットは困った顔をしていて。すみませんと願い出る。
そんな顔をさせたくはなかった。これからそんな顔をさせ続けることになってしまうのだから。







先にフリットをベッドの方に向かわせて、ウルフは椅子にもたれ掛かっていた。こんな歳食った男で向こうは平気なんだろうかと、柄にもなく思考が堂々巡りになっている。
女扱いしてこなかったわけではないが、異性として視ていなかった。家庭は持っていないが、嫁入り前の娘がソープ嬢になりますと父親に宣言してきたらどうする。ラーガンに話せば理解は得られそうだ。

現実逃避しているのを自覚したウルフは椅子から腰を上げた。ずっと考え続けるのは性に合わない。時間の経過具合からフリットも準備が出来ている頃だろう。
現実に戻り、飲み残したコーヒーを置き去りにして背を向けた。

ようやく姿を現したウルフにフリットは安堵したが、緊張が強まる。

ベッドの真ん中ほどで立てた膝を抱えるようにして丸まっているフリットは此方の指示通り下着のみだ。
近づいて、足を抱える腕を緩く引っ張る。覗いたブラとショーツは乳白色で悪くなかった。
もう少し、意外と子供っぽいのではないかと思っていたが。

「センス良いな。可愛いぜ」

ウルフの讃辞にフリットは反応に困って俯いた。その様子に一端身を引いたウルフは一つ片付け忘れていたと携帯端末を取り出した。
模擬戦のキャンセルをしているのを通話の内容から知り、フリットは顔を上げた。端末を仕舞うウルフに口を開いたが、手で制されてしまう。

「謝るなよ。模擬戦で経験積ませてやろうってのをベッドでしてやるんだからな」

こくりと頷いたフリットを見遣る。ほのかな赤味のある頬と艶のある唇に目が行った。
そういう目で見ていないはずだと、ウルフは服を脱ぎ捨てる。

軍内は男所帯が大半で半裸は物珍しいものではないはずなのだが。フリットは目の前の褐色の体躯から目を逸らす。トランクス一枚でベッドに乗り上がり、此方の背に回ってきたウルフを一度もまともに見られない。
ぴたりと背中に厚い胸板が合わされて、熱いとフリットは身を捩らせた直後。抱き寄せられ、頭の後ろを毛繕いのように撫でられる。

小さく息を吐いたフリットから嫌悪感の匂いはせず、ウルフは視線の下にある膨らみに手を伸ばした。

「ん」

柔らかい。のは、当たり前だが、恥ずかしがっている様子はあれど、嫌がっている素振りのないフリットを窺う。
あの整備士に一度胸を触ってみたらどうだと言われたことを思い出したが、本当に嫌がっていない。つと、顔を見られていることに気付いたフリットが隠すように逃げた。それでも大人しく胸を揉まれ続ける。

布地の上から色づきを探し当てて摘めば、フリットが腰を浅くくねらせて足を擦り合わせた。もどかしそうに映り、上の下着を引き上げて乳房を顕わにすれば、流石にフリットが反応を見せる。けれど、挙げかけた手をゆっくり下ろそうとして。けれど、持ち上げて。両手で顔を隠す。
それをそのままにさせてやり、ウルフは直に膨らみに触れて、先端を同時に摘んだ。こりこりと捏ねり弄れば思った以上にフリットの肩が跳ねる。

「もしかしなくても、初めてだよな?」

問い掛けに、腕と手の隙間から顔を少し覗かせたフリットはウルフの視線に言葉無く、微かに頷く。

「告白とかそういうのもか?」

質問を重ねながら硬くなって主張し始める先端を引っ掻けば、下半身をもじもじさせながらフリットは震える唇を開く。

「……ぁぅ…受け取る側、としてですか?」
「言ったことあるならそっちも」
「そっちは、ない、ですけど……」

言われたことはあるらしい。しかしそれを断言しないのは、相手への無礼になると思っている故の律儀だ。それなりの視線を集めているというのは聞いていたし、美人過ぎて高嶺の花であるほうが声を掛けづらいものであるから不思議ではない。
そのあたりが噂にさえなっていないのは、フリットが話題にしないからであり、断られたなら男だって何も言わないものだ。

「付き合ってみてもいいとか思わんのか?」
「必要、ないじゃないですか」

ふうんと生返事をしながら、ウルフは色の薄い項に顔を寄せて、舐めた。ひっ、と身を縮ませたフリットを抱き寄せ直して耳を甘噛みする。

「恋人つくっておけば、こんなことしなくても良かっただろ」
「そんな後悔は、ありません」
「それ、都合良く解釈していいやつか?」
「?」

意味を理解しかねてフリットは背後を窺うが、それに対する返事はせず。

「あの、揉みながら、話し掛けるの、やめ……ン……て、もらえません、か」

声が何度も上擦って、そろそろ羞恥の限界だった。

「ああ、すまんな。こっちもまだ納得しきれてねぇから、訊いてみたかっただけだ」
「いえ、そういうことなら、僕の……私の方こそ、すみません」

説明不足だったことをフリットが認めれば、胸にあった手が引かれていく。
一人称を改められたことに対してウルフは頭を掻き、言うべきか少し考え、決めた。

「抱く抱かれるって状況で、上下関係持ち出されるの苦手なんだが」

言葉を選んでいるのは分かって、フリットは悩む。願い出たのは自分であり、承諾してくれたウルフに譲歩もすべきだ。けれど、けじめを歪めるのは難しい。
押し黙ってしまったフリットに苦い顔を緩めて、ウルフは目下の若草色を撫でた。

「だよな。言ってみただけだ、深い意味はない」

後ろを振り返ろうとするのを遮るように抱き締めを強くして、彼女の足の方に手を伸ばした。
太腿をひと撫でして、足の間に手を差し込む。ショーツの上から円を描くように擦れば、此方の腕にフリットは何か言いたげに手を絡ませてくる。だが、手が口を開くなどというのはあり得ない。
構いはせずに指を筋に合わせて柔らかさを味わう。

もうこっちを触られるのかと、焦りを持ちながらフリットは痺れるような疼きにひくつく。仄かに指の腹を押しつけられていたのが、繰り返される度に強くなって、ショーツの布地ごと秘部の入り口の中に。

直接でなくとも、濡れているのが感触で分かる。同時に、ショーツに染みが出来ているだろう。

「少し腰あげろ」

疑問を持ったフリットに、ウルフは彼女のショーツのサイドの内側に指を引っかけて促す。しかし簡単にはいかない。素直に応じるのに困惑しているフリットは嫌がっているわけではなく、恥辱に身動き出来ない。
強行するのは気持ち的に進まないが、ウルフはサイドをそのまま引っ張って脱がせる。それを妨害する素振りはフリットにはない。協力はしてくれていないが、支障とはならないから充分だ。

両足から引き抜いたショーツはウルフの手の中にあり、彼は躊躇なく手を自分に引き戻す。戻したその手にあるショーツを自分の鼻に押しつけた。

彼の手を目で追いかけていたフリットは声が出ないほど愕いて暫く固まる。
匂いを吸い込む音に耳まで赤くして、フリーズが解けたフリットは自分の下着を奪い返す。ショーツを胸に抱いて横目にウルフを睨む瞳は潤んでいた。

「変なことしないでください……ッ」
「気持ちわりぃ?」
「そういう問題じゃ、ないです」

相手への気持ちではなく、自分の中の気持ちだ。だから、首を横に振る。
その様子に続けていいのだろうと判断する。ここでフリットが嫌悪を抱いたならやめるつもりもあったが、気になって匂いを嗅いでしまったのは自分にとっては逆効果であった。
だから、フリットの反応を都合良く受け取る。

「メスの匂いがしないって言ったのは訂正してやる」
「別に、気にしてませんよ?」
「良い女の匂いだ」

吃驚したのだと、フリットは遅れて自分の胸に手をあてる。忙しない鼓動に、早く静まってくれと強く言い聞かせる。

「照れてるか?」
「!?、違います」

耳が先程より赤い。怒っているようには見えず、ウルフは気分を良くしてフリットを自分の膝上に乗せる。背面向きの抱っこ姿勢のまま、フリットの足を大きく開脚させた。

大胆すぎる格好にフリットは足を閉じたいが、それより先にウルフの膝横に固定されてしまっている。隠そうと手を下半身に持っていけば、ショーツを持ったままであったことに気付いて、先にこれをどうにかするべきかと思考が増える。

慌てている様子のフリットからショーツと引っ掛かっているブラジャーを取り上げたウルフはそれらをベッド端に軽く放る。
阻害する物が無くなって、フリットは恥ずかしいと思う場所に手を伸ばす。けれど、その手を拘束されたかと思えば、上に伸ばすようにされてから後ろ手に持って行かれる。
ウルフの髪の感触が手にあり、彼に掴まるよう両腕を後ろに回された状態だ。そのせいでウルフの頬が此方の耳近くに引っ付いている。

「あの、これ」
「そのままだ」

声が耳に響く。次いで、息づかいも近くてフリットの息も上がる。
無骨な指が直接、双丘に触れて。指で割り開かれると粒が顕わになった。そこをくりくりと指の腹が弄ってくる。

「……ゃ………ァ、ァ」

小さいが、嬌声らしい嬌声がようやくフリットの口から零れる。
ここが弱いらしいと覚えておき、ウルフは空いている片手をフリットの乳房に持っていく。掌で柔らかさを堪能してから、先端を摘んだ。

上と下が同時に刺激されてフリットは腰をくねらす。すれば、硬い感触に気付いて瞬く。反応を始めているウルフのものが此方の尻に主張を訴えている。

「下の、あたって……」
「あててる」

伏せ目がちに後ろを窺えば、ウルフは腰を押しつけてきて耳元で低く返してきた。耳から通るその声にフリットは眉を捩る。
胸に触れていた手をウルフはフリットの下半身、大きく開かせた濡れた秘部まで下げる。くちゅと音をたてて指の先が侵入する。
これ以上ないくらいの感情が高まり。

「ッ……少佐」
「恥ずかしいか?」

縦に頷いたフリットの横顔を後ろから確かめる。こんな顔もするんだなと彼女の耳裏を舐める。息を吸う悲鳴を漏らしたフリットにウルフは苦笑する。

「これより恥ずかしいこともっとするんだから、音を上げるのは早いだろ」

言いながら、更に指を差し込んで付け根まで飲み込ませる。中指でなかをぐるりと掻き回せば、疼く腰をフリットは小刻みに揺らした。

「ぁぅ……」

抜き差しする動きに変えたウルフの指に視線を落とし、フリットは視界から得る卑猥さに呼吸を乱した。自分は興奮していると頭では分かっているが、認めることに抵抗がある。けれど、抵抗しきれない。

「セックス嫌いじゃないだろ、お前」
「ァ、そんな」
「エッチなこと想像したことあるんじゃねぇか?」
「………あります」

予想としては黙秘であったが、答えて、しかも肯定してきたことに愕いた。ウルフは自分に向けて頷きを一つ置き、なかを味わう指の本数を増やす。

「誰に抱かれてる?」

想像の中で。

「ゃ、ゃぁ……ンン」

それには答えられず、フリットは嬌声を零すしかない。ウルフが指を中でばらばらに動かせば、フリットは足先まで痺れさせられる。

「誰だ?」

はっきりと鮮明にフリットが想像していると確証はない。だから我ながらしつこいとは思ったが、どうしても聞き出したいと欲求が増す。

「誰だ、フリット」

追い込むように中を掻き回し、もう片方の手で粒を摘むように何度も引っ掻いた。

「だ、だめッ、それ……ァ、ァッ、少佐ぁ」

きゅうきゅうと中で指を締め付けられ、全身をひくひくさせているフリットにイったことを悟る。
指を引き抜けば、敏感になっている身体をしならせると同時に、緩んだ口元からか細い喘ぎが落ちた。

絶頂間際に此方を呼んだが、返答であったかどうかは不問とした。しなければ、彼我(ひが)の距離を取り直さなければならない。しつこく訊ねて置いておかしなことだ。

フリットは此方の胸板に預けきっていた背をくたりとしながらも起こす。後ろ手にしていた手を前へ。秘部を押さえようとして失敗した。足の間の空いている空間に、シーツに手を突いて上半身が前に倒れ込んだ。余韻が抜けきっておらず、力が入らないと見受けられる。
しかし、視界が捉えるフリットの格好は大胆と表現するよりもいやらしい。

足にもあまり力が入っていないようだが、此方の足に絡んだまま大きく開かされていて、腰は彼女の頭より高い位置にある。つまり、ウルフからは自分の方にフリットが尻を突き上げ出しているように見えている。
柔らかそうだと思うより先に、勝手に手が目前の尻肉を摘み揉んでいた。吸い付いてくるような感触にたまらず、両手で揉み上げる。

「……に………ぁ……」

足腰に力が戻ってこないフリットはシーツに頬を押しつけたまま、ウルフの為すがままになっていた。抵抗するつもりはないが、これも恥ずかしい。
顔を見られることがないのが、せめてもの気休めとなっている。けれど、自分でも見たことのない自分の身体の部位を見られていることに頬を染める。
尻を左右に割り開かされて、尻穴に息を吹きかけられた。自分でそこを見たことはなく、どうなっているのか分からない。未知であるが故の羞恥だ。

穴皺に指先を流せば、フリットの背筋が冷えた気がした。こっちは使わないでおこうとウルフは決めて、漂う匂いに引き寄せられるように尻穴の下へ下へと肌に沿わせながら指を下げていく。
くちゅりと二本の指を挿し入れ、色づいたヒダを指で拡げるのと閉じるのを繰り返してくぱくぱさせる。透明な蜜が溢れ、とろりと指への絡みつきを増やしていく。
息を熱くさせているフリットは今、どんな表情でいるかを想像して、ウルフは愛撫にリセットをかけた。

ウルフの動く気配にフリットは戻り始めている腕の力で肘を立てる。けれど、肩と腰の辺りを逞しい腕に抱えられたかと思えば、視界が反転して目線の先に天井があった。
直ぐに視線の先が捉えるものは変わり、影になったウルフの顔が間近になる。明かりは落としているが薄暗いとまでは言えないため、表情ははっきりしている。息が上がり、胸が上下する自分に対し、彼は息を一度吐き出しただけで乱れはない。
顔ごと視線を横にしようとすれば、両頬をウルフの大きな手に包まれて位置を戻される。
そこでフリットの呼吸が止まる。ウルフの唇が降りてきたからだ。これからに備える時間もなく、フリットは口を引き結ぶ。

しかし、鼻が触れ合うほど近づいていたはずが、ウルフは途中で軌道を変更した。額にきた感触のあと、頬を包んでいた手指は汗で貼り付く髪を横に梳き流す。彼がいつも此方の頭を撫でる時と同じ空気に、フリットは自分からウルフの頬に手を伸ばした。
先程の彼と同じように両手で包む。手に得る肌の感触は硬く、髭は見た目と想像よりも少し硬い。
目を真っ直ぐ見つめるには、足りないものがあり、フリットはウルフの唇に視線を送る。

「他の、誰かが最初になるより、少佐に」

してもらいたい。多分、と内心で続けてしまうのは性分だと自分を理解の上で瞼を閉じた。ウルフの位置は自分の両手が教えてくれている。
唇に唇が触れた。ただ、押し重ねるだけのを数秒。

身を僅かに引いたウルフは瞼を開いて瞳を覗かせたフリットに息を詰める。彼女は続きを強請っていないが、良かったと表情を緩ませていることに自分が我慢出来なかった。
今度は唇を食みに行く。吸って啄み、息を欲して開かれた口内に舌をねじ込む。

一度、フリットは舌を引っ込めたが、誘いに応じ、手をウルフの頬より向こうに伸ばして彼の頭を自分へ抱き寄せる。深い重なりに、全身が甘く痺れて力が抜けていった。
満足しきる前にウルフは身を起こす。酸素を欲して何度も息を吸ったフリットは最後に唾液を飲み込んで身体をシーツに沈ませる。
くたりとしているフリットの全身を見下ろして、自分の所業であることを認められないほど大人以下ではない。そんな目で視ていない。それについては確かだった。

上手く力を入れられない四肢で身を起こし、四つん這いで腰を落とし気味の姿勢になったフリットは自分からウルフに近づく。彼の足の間に自らを沈めた。

直接ではないにしても、布地越しに男根に触れてきたフリットに愕きを張る。トランクスの中で既に勃ち上がっている自身は亀頭を上からはみ出させている状態だ。
それに臆(おく)す様子を一度も見せないフリットはこれが初めてのはずだ。だから、そこから考えられるのは。

「エッチな妄想で何度もしてるよな」

撫でる動きをしていた手が止まり、フリットは顔を真っ赤にした。
出来れば内緒にしておきたかったことだ。けれど、すでに口を滑らせてしまっている後である。言い訳は通用しない。
止めていた手を再開させ、顔を赤くしたまま。フリットは思い切って、はみ出している亀頭に唇で触れて鈴口を舌で転がすように舐めた。
深い息が頭上で吐かれる。舐め続けていると、頬に無骨な手が降りてきた。それから頤へ辿って、くいっと上にあげられた。

上げられた顔にウルフは視線を落とす。このまま奉仕されるのも悪くないが、下ばかりにこの唇が執心を向けていることに何故か腹が立った。

「キス、気持ちよかったか?」

口を薄く開いたフリットは息を、は、と熱く零して、頷く。その動作はウルフの手に固定されていて動きとして成立しなかったが、彼の指には押された強さが伝わっている。

フリットの脇に手を差し入れて、視線の位置に大差をなくす。此方の肩に手を置いたフリットは待たずに自ら唇を寄せてきた。
奪うつもりであったので、積極的な行動は誤算だが、都合が良い。良心の呵責には。

彼女の腰を引き寄せて重なりの繋ぎを深くする。同時に、フリットの身体の正面との触れ合わせも強くなって、柔らかさが此方に来る。
女だと、割り切れれば。まだそう思っている自分自身にウルフはひとまずの安堵を置く。

ウルフが啄めば、フリットも真似をして、啄み合う。動きを追いかけてくるいじらしさを舌から感じて、このままだと不味いだろうと、安堵の裏でそうも思う。
きっと、などと不確かよりも確かな如く、ラーガンからは怒られるだろう。教導団で教官を務めている彼の教え子でもあるのだ、フリットは。
彼女の経歴はラーガンから聞き及んだものが大半だった。複雑な事情持ちであるフリットのことが心配だったのだろう。たまに、という間隔よりは定期的に様子を訊ねる連絡が来る。
初対面の時にちょっかいを掛けたのは自分の意思だが、ラーガンへの報告も兼ねての付き合いだ。だから、女としては視られない。

彼女の腰に置いていた手を下げて、尻の丸みをたわわに摘み上げる。揉んでいれば、フリットが腰を揺らした。その動作で互いが擦れ合って、彼女が下を見た。
愛液が溢れる秘部をウルフの股間に擦りつけるような状態になっていた。

「そのまま腰動かしてろ」
「え?ぁ、でも」
「想像外か?」

弱気に頷き返したフリットを促すように、ウルフは彼女の腰を掴んで動かしてやる。前後に揺すられ、フリットは自分が擦っているというより、自分が擦られているように感じて縁取る睫毛を震わせた。

「なんだ。もう、自分で動かしてんじゃねぇか」
「ゃ……」

腰が勝手に疼いて、自ら腰を振っていることを自覚させられた。見て欲しくなくて首を横に振ったが、腰が止まらない。うう、と眉を下げるフリットの背中をウルフは撫でる。
あやされているのだろうかと、フリットは内心で首を傾げるが、それで恥ずかしさが消えるわけではなくて。けれど、身体のほうは刺激を欲して、もっとと腰を動かしている。

布地越しでは物足りなくなってきたと、ウルフはフリットを少しの間抱き上げて、トランクスを脱ぎ捨てた。元の姿勢に戻ると、フリットの濡れている股間がウルフの勃起したペニスに直接触れる。柔らかく滑る感触に喉が鳴った。
ナマの感触に最初は愕いていて固まっていたフリットだが、腰のほうが我慢出来なかったようで彼女の決意より先に、ウルフの裏筋を濡れ尽くすように動き始める。

「ふ………あふ」

鼻に抜けるフリットの声を通してウルフは耳を揺らした。このよがり声に惹かれた。単調に嬌声が大きくなるわけではなく、上擦りに熱が浸透したのぼせた声に。
しかし、だからこそ気付かなかったことにして、ウルフは自分が脱ぎ捨てたものを拾い直す。

「マニアックなのは経験しとくか?」

首を横に振ったならやめておくが、目の前に差し出された丸まったトランクスにフリットは口を開かず、静かに視線を落とすだけだ。

「……お前のやつのほうがいいか」

フリットのは後ろの方に放置されていたはずだと、首を下げる。けれど、手にしていたものが取り上げられた感触に視線を戻した。
彼女の口にトランクスが咥えられていた。自分から提案しておいてなんだが、変態だなと自分に感想する。

「一応訊くけど、そっちでいいんだな?」

頷くことでフリットは肯定する。口の中からはウルフの匂いがするようで、落ち着かない胸騒ぎが身体に入り込んできていた。
口から放さないのは酔っていると表現するしかない。こんなことは想像したことがなかったが、未経験の想像に匂いは付いてこないものだ。

瞳を潤ませるフリットが涙を堪えているわけでないのは、頬の赤味から分かる。ただ、どちらかと言うと悦んでいるように見えてウルフは少し目を逸らした。
これが癖にならなければいいが。

「んー」

フリットが此方の肩前を押してくる。もう少し動きやすくなりたいのだろうと理解して、彼女の要望通りにウルフは背をシーツにつける。
一緒に引き摺られたフリットは、ウルフの正面から身を剥がして、下を確認して彼のペニスを手で位置整えをする。そこに腰を落としてまた擦っていく。前の姿勢よりも水平に動きやすくなったことで、腰の動きが速まる。

ぬるぬると滑る股間の感触は卑猥で恥ずかしさを連続で呼び起こすが、興奮としての効き目がより強い。

「ン、ン……んぅ」

高い声は漏れない。が、鼻に抜けるようなのは相変わらずで、ウルフは呼吸を熱くした。よがり声を塞ごうと下着を口に入れさせたが、あまり効果がなかった。それに、口の自由を奪ったことで見た目に拘束感を加えてしまった。
自らの興奮を認められない性根ではないが、フリット相手にこうなる予定はなかった。

フリットは自分の唾液で口の中のものを濡らしてしまっていることを意識すればするほどに疼いて、下半身の痺れにイキそうだと腰より下に力を込めていく。密着を強めていれば、不意にウルフの動く気配があってフリットは抱きしめられるように身を浮かされた。

「うぐ」

喋られないことに遅れて気付くが、下にもう亀頭が侵入していて、その事実と感触にもう駄目だった。

「ン――――ッ」

締まった内側と、足の指を丸めて緊張を身体に表したフリットを腕の中にウルフは早まった自分に眉をしかめる。
なかなか絶頂を迎える気配はなく、まだ余裕があると思い込んでいた。勘が鈍ったのは歳のせいだろうか。少しやばかったとフリットの中から自分のものを引き抜く。出していないことを確認して落ち着く。

シーツに身を落としたフリットは身悶えに丸まっている。落ち着いていたはずのものがまた、と。ウルフはフリットに近づいて、その口から自分の下着を取ってやる。原因の一端だ、これは。
深い呼吸をし出したフリットが身悶えから解放され始める。けれど、物欲しそうな視線をウルフの手に向けていた。彼女の意識を逸らそうと、相手の額に触れる。視線を此方にやったフリットは少しぼんやりした眼差しだ。

「すまんな。自分でイこうとしてたのに」

目が覚める。余韻も残り僅かで、覚醒した頭でフリットは唇をわななかせた。

顔を背けたフリットに、指摘されたくなかったのだと知って「あー」とウルフは言葉を出し倦ねる声を口にする。謝罪を重ねてもフリットが肩身を更に狭くするだけだ。
女心を解ってやれてないのは、女として視ていないからだろうが、それを抜きにしても無神経な発言だっただろう。
どうしたものかと思うが、フリットの方が嫌になったのならここで終えてもいい。抱いたことには抱いたのだから。

身体を引いて、ウルフはベッドから降りた。しかし、腕を捕られ、手にしていたものをフリットに取られる。
もう一度、口に咥え直したフリットはシーツに座り込んだ姿で此方を見上げていた。

ウルフが終えようとしている気配をどうすれば戻せるか。焦って考え出た自らの行動に後々で変だったと気付かされ、下着を口に咥えたフリットは視線をだんだんと落としていく。
けれど、やり直す時間も猶予もないから。フリットは顔を隠すように俯せに、四つん這いになってウルフに尻を向けた。

その行動に、もう少し自分を大事にしろという言葉がウルフの喉から出かかる。言わないのはフリットの否定になるからだが、正直、彼女の決意に賛同は出来ていない。他の男にもこうやって道具のように扱われて良いものでもないだろうに。
しかし、この状態で放ったら、フリットは自身の恥として記憶に残すことになる。それで考えが変わるなら、そうする。が、その程度でフリットの考えが変わるとも思えない。

なかに侵入してきた感覚にフリットは腰を揺らした。けれど、そっちじゃなくてと後ろを振り返る。
指を二本入れて抜き差しすれば、フリットが背後を窺ってきた。欲しいのはこれではないと分かっている。ただ、オナホールみたいにフリットを扱いたくないだけだ。自分の我が儘だなとウルフは自分に言い聞かせ、なかで指をばらばらに動かす。更に、もう片方の手で陰核の粒に触れて刺激する。

弱いところを同時に弄られてフリットはシーツを握りしめる。粒を彼の親指と人差し指が絶妙な強さで摘み、強い快感が背中を奔った。
手前で摘んでいるのはそのままに、ウルフは指を引き抜いた蜜で濡れるそこに舌を這わす。

「ン」

気持ち良さに眉を詰めたフリットは奥のこそばゆさに腰を疼かせる。一度、奥まで来たあれを忘れるほどの時間は経っていない。

舌に蜜がとろとろに絡んで、それを吸い上げる。ここはしっかりと女の味がする。腿から痺れが抜けないかのようにひくつくフリットから口を離すと、粒の弄りに集中した。

「ン……ン、ン」

口に咥えたままではっきりはしないものの、物足りなさそうな切ない喘ぎだ。待ちわびているようにも感じるが、ウルフはフリットの口元を指さす。

「それ、吐き出せ」

指先を視界に入れたフリットは首を横に振った。その反応にウルフは眉を顰める。それでは息苦しいだろうからだ。

「何も言えないと欲しいのも嫌なのも分からないだろ」

彼女の口元に掌を持っていき、吐き出せと要求する。しかし、フリットは頑なで頤を引いて従おうとしない。
聞き分けないフリットに苛立ちよりも困惑が先立つ。

「痛いセックスは嫌だよな?」

強張った様子に自虐的欲求がないことが知れる。ならば、故意に此方を不機嫌に誘っている線は消えた。
それはしないと、若草色を撫でて安心させておく。

「どうしても咥えてたいか」

頷いたフリットの頑固さにウルフは譲歩案を出すことにした。

「後でまた咥えてもいいから、取りあえず一回出して理由を言え」

その案にフリットは弱々しく首を横に振った。口にしたくないほど恥ずかしい理由だろうか。ウルフは暫し考え込んで、重ねる。

「どんな理由でも笑わねぇよ」

そういう問題でもないのだけれどと、フリットは瞼を落としていく。しかし、ウルフの声色は気に掛けが含まれていて、これ以上首を横に振るのは気が引けた。
迷いに迷った末に、フリットは口元を緩めてシーツにウルフの下着を置くように放す。彼の手に戻さずに自分の陣地内だ。

自分がフリットのショーツの匂いを嗅いだ時の彼女の気持ちが今、ようやく理解出来た気がするとウルフは妙に納得する。

「少佐の、少ししか舐めてない、から……」
「舐めるって……あー、そういうことか」

本格的にフェラをさせる前にフリットの唇が欲しくなってしまったし、その後は素股だった。フリットもタイミングを逃してしまったのだ。
その代わりとしてトランクスを咥えたと、そういうことだ。

「それと………匂いが」

続く言葉にウルフは瞬く。自分も女の匂いに酔うが、フリットもだったらしい。

「男の匂いするか?」

こくりと頷いたフリットに、此奴を見ていると飽きないなとウルフは散々何度も思ったことを今もまた繰り返した。

「ま、フェラしたいなら後でいっぱいさせてやる」
「え?」
「初体験は全部教え込んでやるからな」

そう簡単に終わらせないと宣言したウルフにフリットは身体を熱くした。誤魔化すように下着をまた口に咥える。
それを見送り、ウルフはフリットの両足だけをベッドから下ろして足の裏を床面につけさせた。その背後に陣取って彼女の腰に腕をまわす。

「まずはこっち、先に欲しかったんだろ?」

返事がないと分かっている上で煽り、フリットの秘部にペニスをあてがう。処女膜を傷付けないように細心の注意で腰を進めれば、抵抗なく付け根までぬるりと挿いる。絡みついてくる滑りにウルフは脂下(やにさ)がる。
最初のは挿れただけでフリットが絶頂してしまい気付かなかったが、かなり具合が良い。名器というやつか、相性が良いのか。それを討論するより神経を一点に集中させてしまいたくなるほどだ。

喘ぎをくぐもらせたフリットは奥にくるウルフに快感を刺激されて瞳を潤ませた。三度、抜き差しで突かれると、今度は腰を密着させて最奥にしたまま小刻みに上下に擦りつけられる。
時たま腰を引いてグラインドが混ざり、穿(ほじく)られる。その瞬間に湿った音が耳朶に響いて、やらしいことをしていると訴えてくる。
これらに折り合いを付けて割り切る。割り切らなければ、今後どうしようもないのだが、上手く出来ずに熱に翻弄されていくばかりだった。

ウルフの言う全部も何処までなのだろうと逸る。すでに想像以上に過激なことばかりで、自分の妄想がいかに幼稚だったか思い知らされていた。
この行為自体は多分嫌いじゃないから出来そうだと思う。正解だったと、ウルフに初めてを頼んで正解であったと、フリットは下半身を緊張させた。

蕩ける中から腰を引いたウルフは近場のティッシュを引き抜く。

「ティッシュ使うぞ」

達してしまったフリットはそれどころでなく、シーツに胸を鎮めてびくびくと身体を快感塗(まみ)れにしている。
性行為をするにあたってフリットからは事前にベッド周りは汚しても構わないと言われている。中出し禁止となれば、外に出すしかないのだからそうなる。

余韻に全てを預けているフリットのヒダが広がってあられもないことになっている秘部にウルフは視線を落としながら、ペニスを慰めて精液をティッシュで受け止めた。
正直なところ、フリットの膣はかなり魅力的だ。上層の連中も気に入りそうなほど。しかし、その考えにウルフは苦い味を得る。

薄い肌色の右足を持ち上げて、それだけベッドに乗り上げさせて足をより開かせる。フリットの背中にのしかかるような姿勢でウルフはまだ熱く蕩けているファルスに自身を埋め込む。

「んぅ」
「それ、外したほうがいいぞ」

頭上のウルフの声にフリットは疑問を得る。けれど、警告と受け取らず、口の中の下着をしゃぶるように咥え直した。
彼女の執着にそこまで気に入ったのだろうかと疑問を抱きながら、一応は言ったと、身体を密着させて深く繋がる。若草色から髪の匂いを肺まで吸い込んだウルフは組み敷いている存在が色香を醸していることを事実として受け止める。

弛緩してしなやかな肌肉に触れれば吸い付くようで欲望が膨らむ。感じたであろうフリットの内側がうねるように捩った。絡みつく内肉は柔らかく温かく包んできて腰が止まらなくなる。

「ゥ、ゥ、ン。ン、ン」

嬌声が小刻みになっているフリットは絶頂が近そうだ。ウルフも頂上が近い。我慢汁は出てしまっているだろう。
獣息を濃くしてウルフはフリットの最奥を何度も穿(ほじく)った。

奥に当たっている感覚はどうしようもなく、フリットはシーツを握り、下着を噛みしめることしか出来ない。

「出していいか」

切羽詰まった狼の声にフリットは何のことか分からず。それよりも快感が強すぎて考えるどころではなかった。

「ッ―――ン、ゥ」

四肢を突っぱねたフリットはきゅうっとなかを締める。ウルフがまだなかにいることを変だと思いつつも、イき続けるのが気持ちいい。膣で前後に動かされ、唐突に奥に強く突かれた。

「う………ッ」

そこでやっとフリットはまさかと、唇を震わせて咥えていたものを落とす。なかに、生温かいものが注がれてしまっていた。

「だ、だめ。赤ちゃんできちゃ……だめ、なかは赤ちゃん」

フリットが言っているとは信じがたい言葉が出てくる。思考も緩んでいるのだ。

「おっさんの精子なんかたかがしれてる」
「やくそく、ちが」
「忠告はしたよな」

俯きのまま、フリットはふるふると頭(かぶり)を振る。否定ではなく、聞いていなかったでもない。

「ゃ……しょうさの、赤ちゃんが」

妊娠した時のことは考えていないのだ。これからはピルなどを服用する予定を立てていたが、今日は何も避妊の準備をしていない。唯一の救いは危険日ではないことだが、それは絶対の安心となり得ない。

「出来るか出来ないかは半々だろ。認めるのもあれだが、こっちは枯れてるっつーの」
「まだ、出てる……」

フリットの言う通り、彼女のなかにある自分は最初の勢いは無くしながらも注ぎが止まっていない。
表情を止めたウルフは言い逃れを探して小さく呻いた。量は若い頃より少なくなったとは自身で感じているが、現時点では元気だ。

「なぁ、そんなに嫌か?」

ぴくりと耳を震わせたフリットは口を引き結び、沈黙を置く。暫しの後で思うのはウルフは困らないのかとそればかりになった。けれど、聞くに聞けない。
黙っていれば、身体の向きを変えられた。挿いったままで、百八十度ぐるりと内側をぬめり擦った。股間の奥に感じてきゅっと目を閉じたフリットはゆっくり瞳を覗かせる。
向き合う体勢になって、ウルフの顔を真正面にしてフリットは固唾を呑んだ。

「ウルフでいい」

そう呼べと言ってくる狼にフリットは首を小さく横に振る。

「少佐……」

頑なに、それだけは出来ないとする彼女は生真面目でそういう奴だったと、ウルフは腰を引いて、穿った。押し込まれて、フリットが嬌声をあげる。

「ぁふ……ゃ、くは……ん」

口を塞ぐ物がなくなり、抜けていくようなよがり声が直接耳にくる。思ったより声が大きく出てしまったようで、必至に押さえようとしている様子にも擽(くすぐ)られる。
自分は一体どうしたのか、どういうつもりなのか、どうしたいのか。狼は獲物と映らない果肉を長い時間貪った。







思っていたよりベッドは汚しておらず、充分寝るに耐えられた。身体を起こしたウルフはやってしまったと記憶を振り返る。けれど、後悔しているという感情はなかった。
横の存在も目覚めたのか、続いて身体を起こしてぼんやりしている。その頬にウルフは自然な仕草で手を伸ばした。

「!」

触れられて覚醒したフリットは全身で身を引く。ウルフから逃げるように。

目を丸くしたウルフは次には表情に影を落として、皮肉に歪ませる。それもそうかと、認めて。あの後、猛然な抱き方をしたからだ。中出しも何回したか覚えていない。最後の方はフリットも殆ど気絶していた。
一度でいい。名を呼んでみて欲しかったのだ。フリットは一度も呼んではくれなかった。
酷く抱いたつもりではないが、彼女にとってはきつかったのだと、生理的に流した涙の痕を見て思う。

ウルフはベッドから降りて、手短に身なりを整えるとフリットを振り返らずに部屋を去ることにする。戸口付近まで足を進めてから、後ろの声に立ち止まった。

「ウルフ」

しかし、戻らなかった。
ウルフが出て行く音に、フリットは乗り出していた身体をすとんとシーツに戻した。







「今日も行かないんですか?」
「今日もってなんだ。『も』ってのは」

腕を組んで向こうを見遣っていたウルフに彼の隊に所属する青年が声を掛ける。青年に視線を移したウルフは茶化しに乗りつつも面倒を表情に出している。

「毎日じゃなくても、しょっちゅうアスノのこと構いに遊びに行ってましたよ」

自覚無かったんですか?と続ける部下にウルフは苦い顔になる。
自分の行動どころか、周囲の視線がそう捉えていたことまで自覚済みだ。いつも通りでない自分に疑問を持たれることも予想出来ていたことだが、指摘されてフリットに請われたあの日のことを思い出してしまった。いや、ずっとそのことを抱えていたのだから、思い出したは少し違うか。

難しい顔をし出した隊長に首を傾けるが、真意が分からない彼は主張を挟む。

「隊長が彼女のこと引き抜いてくれるの待ってるんですけど」

初耳にウルフは愕いた表情を声つきで部下に向けた。向こうの整備士にも似たようなことを言われもしたが、部下にまで言われるとは思ってもみなかったからだ。
フリットがシミュレーターの対戦相手に手をこまねいていたとなれば、彼らもあまり彼女に好意的でないのかもしれないと踏んでいた。だから自分から引き抜きを持ち掛けず、フリットからその話が出たら聞いてやろうとしていた。

「お前らも構わないのか?」

後ろの方で此方の会話に耳を傾けていたであろう数人にウルフは振り返りながら確認を取る。

「いいっすよ。女の子なら歓迎ですし」
「うちのは色気ないもんな」
「聞こえてっぞー」
「でもアスノもそっち系だろ。煩くないけど色気も感じない」
「若ければいいんだよ、若ければ」

そこそこ真面目に自分の仕事作業をしていた彼らは途端にがやがやと騒がしくなった。邪念が多少混じっているが、否定的でもなさそうだ。
視線を向こうに戻したウルフはハンガー下のフリットの姿を目で追いかける。色気がないと後ろでの声に内心だけで首を振る。以前なら同意していたところだが、汗で沁みる頬に貼り付く髪、潤んで色を変える瞳。鮮明な記憶力に反応しそうになって額を覆った。

「みんな言いたい放題ですね」
「お前だって似たようなもんじゃねぇの?」

部下達の意見に頭を抱えていると誤解してくれた青年は、問い掛けに対して身じろぐと、頬を指先で掻いて視線を横に流した。
その後で後ろの皆には聞こえない小さな声でこっそりと言った。

「い、いいなってちょっと」

彼の独特な様子にウルフは過ぎった勘をそのまま口にした。

「もしかして告白でもしたか」

地声は通る方だ。小声を意識してもいなかったので後ろにまで筒抜けになった。しかし、青年への野次は飛んでこない。むしろ、彼と同じような顔をしたのが少なくとも二人いる。

「勘違いしてないだろうけど、言っておく。フリットは自分からしたことはないって答えただけだ。お前らのことだとは言ってねぇよ」
「疑ってませんよ。大丈夫です」

両手の平を見せて振った青年にウルフは組んでいた腕を解く。

「振られたのに健気だな」
「いや、だってほら、フリーであることには変わりないじゃないですか」
「そりゃそうだが」
「あ、隊長がそう言うってことは本当にフリーなんですね」

喜色の声で青年は顔を輝かせた。言葉少なに「すみません」としか返ってこなかった返事では確証を得られるものではなかったが、ウルフの言となると信用度は高い。

「やっぱり隊長とはそういう話もするんだなぁ」
「俺に限ったことじゃない。無口じゃないんだから訊けば大概返ってくるぞ」

それはウルフの話しぶりに嫌味が入っていないからだと青年は思っている。自分が話し掛けると少し身構える態度を取られることがあるのだ。だから業務連絡外のことはどうにも話しづらい。
同じ隊にもなれば、行動を共にする機会も増える。必然的に会話も増えるはずという淡い期待があった。

「それで、急に遊びに行かなくなったのは何でです?」
「お前らの思惑通りになりたくねぇだけだっての」

裏表のないウルフにしてはらしくない仕草があり、青年は考えに考えた結果、じと目を注いで声を低くした。

「彼女で抜いたとか」
「それとは違……あんまり違わねぇか」

冗談のつもりで言ったらほぼ肯定されて青年は凍った。ウルフは彼の様子を一瞥して、腕を組み直した。
彼の恋心を裏切った感傷とは違う。そもそも、付き合うつもりが一切ないのだ。抱いた事実は消えないが、今後が決定したとは言えない。結果によっては責任を取らなければならないと頭で分かっている。しかし、そのジャッジが下されるのには、もう少し時間が必要だ。

危険日でないことが前提にあったとしても、無体を強行したことは時間が経った今でも後悔はない。
指に力を入れて視線を下に落としたウルフは深く息を吐き出して、音がする勢いで顔をあげた。

「分かった。勧誘してきてやるよ」

唐突の宣言に青年は間の抜けた顔でウルフの背中を見遣った。気付いた時にはもうウルフが動いてしまっていたからだ。
先程の意味深な発言の真意を探り損ねて、すっきりしない気持ちで彼は後ろの仲間達のもとへ数歩下がる。彼らと肩を並べる位置から向こう、ガンダムの足下に揃って目を向けて成り行きを見守る。

バルガスと話し込んでいたフリットはウルフが間近に迫っていることに気付いた瞬間、全身を竦めた。そして、ウルフが声を掛けようとしたのだろう。手を持ち上げたところで、フリットは視界からウルフを除外して、駆け出した。
接触前にフリットに逃げられたウルフは暫し固まっていた。それを遠目から見ていた部下達は呆気にとられる。
バルガスに背中を叩かれて励まされているウルフという珍しい姿まで見てしまった。

部下達の視線が背中に刺さり、ウルフは眉間に皺を刻む。苦かったものに熱が勝り、面倒な煩わしさとなった。単純に怒っているのだ。
本気の脚力でフリットを追いかけた。

格納庫から基地内の別の施設に繋がる通路を駆けていたフリットは迫る足音に速度を落とさないように後ろを振り返った。

「わああ」

ばっと目に映ったものが現実じゃありませんようにと、視線を前に戻す。けれど、幻想ではない。
真顔で少し怒りの込められた口元だった。ウルフの剣幕にフリットは眉を下げ、速度が僅かに落ちたことに焦って足の裏で通路を蹴る。次の角を右に曲がった。

一直線であればウルフに分があるが、小廻りはフリットの方が体格的に有利だ。追いつきそうで追いつかない距離で二人は走り、通り過ぎていく軍属の者達から奇異の視線を向けられながら基地内をまわる。

青年は反対側の出入り口からフリットが格納庫に戻ってきたのを視界に入れた。続いてウルフの姿が現れた。休憩体勢であった彼らはすでに各々の作業に戻っていた。青年は自機のジェノアスのコクピットの中だ。
二人は明らかに疲れを見せていた。時間的に基地内を一周してきたと思われる。

フリットは壁沿いのルートで走っていくが、ウルフはほぼ真ん中へ向かっている。つまり、自分のところだと、青年はカメラを隊長に向けて画像を拡大する。
自分の右の掌を顔横に持ち上げ、左手で指さしている。それをウルフ自身の顔に移動させて、また右の掌を指した。声を出さないのはフリットに動きを悟られないようにだろう。あまり自信はないが、読唇でなんとか読み取れたものを繋げると。

『モビルスーツの手に俺を乗せろ』

だと思われる。

ジェノアスの右手をウルフに差し出せば、彼は飛び乗った。正解だったらしい。しかし、指示は続く。
フリットの進行方向より先を指さしたウルフの要望通りに右手を左手側より向こうに上半身を捻って橋渡しする。おそらく平均的な建築物で言えば二階と三階の間ほどの高さがまだあったが、ウルフは構わず右手から飛び降りた。
コクピット内で素っ頓狂な声をあげてしまったが、飛び降りた本人は疲れ以外を見せず、フリットの真正面に回り込んだ。

疲労があって止まるよりも走り続けていたほうが楽な段階だった。そのため、急に立ち止まったり軌道修正は難しく、フリットはウルフの正面に全体重で突っ伏してしまった。
立ったまま受け止めては、補正を入れられて逃げられる可能性があると、ウルフは受け身を取ってフリットの勢いのまま後ろに転けた。倒れた姿勢からでは起き上がるまでのタイムラグも追加されるため、逃げる側は不利になる。

受け止めたフリットから逃げる意思は見られず、ウルフはやっと休めると肩で息をする。勿論、フリットも身体全部で呼吸を整えようとしている。
はぁはぁと荒い息遣いに、ウルフは抱いたことを、フリットは抱かれたことを思い連想して互いに視線を背けた。

眉に力を入れるでもなく、緩めるでもない表情で、口を閉じたフリットは立ち上がろうとした。しかし、膝立ちとも言えない姿勢で引き止められる。

「色気のない声で逃げてんじゃねぇよ」

追いかけ始めた時のことを言っているのだろう。後ろを確認して咄嗟に口から出てしまったものを非難されてもフリットには訂正のしようがないものだ。
黙ったまま、フリットは強引にでも立ち上がろうとした。しかし、瞬間的に顔が地面に向いており、背中側に両腕を持ってこられて押さえつけられていた。刑事が犯人をのし掛かり取り押さえるものとほぼ同じだ。

痛いが、表情に出ないように努めたフリットは声を低くして抵抗する。

「放せ。放せよ……!」

自分には敬語を使うフリットがそんな言い方をするのに、ウルフは苦笑いを浮かべる。

「そんなに嫌われたいのか?」
「嫌えばいい」

怒気を含んでいないウルフの声に逆らうように、フリットはそうしてくれと願うように小さく言った。

「何か、あったか」

腕の拘束を解かれても、フリットは冷たい地面に頬を貼り付けたまま。ウルフはそれをどうにかしようとはせず、彼女の背中を撫でてやる。自分が原因なのかそれとも別のものかは分からないが、背負っているものが軽くなればいいと思った。
あれから何日か経っているのだ。フリットが他の誰かと関係を持った可能性もあるはずだった。

動く気配に、ウルフは手を浮かせる。フリットは身体を起こしたが、ウルフと同じように座り込みからは先の動作に行かず、細身の背を見せる。

「無駄になりました」

膝を抱え込んで、膝頭に額をつけるほどに俯いたフリットは静かに言った。
短い呼吸を繰り返して、続ける。

「ブルーザー司令がフォンロイド大佐に掛け合ってしまわれて」

自分のことを想ってくれてのことだ。ブルーザーはフリットにとってもう一人の保護者と言ってもいい。
何か二人で話し合っているなかで、フォンロイドが口を滑らせたのだ。それをブルーザーが咎めてしまった。最初からフォンロイドも嫌がらせの冗談であったこともあり、フリットがこの間の話について乗り出そうと思って話をぶり返そうとすれば、ばつが悪い顔をして追い払われた。
ブルーザー司令にも直接、そんなことはしなくていい。しては駄目だと釘を刺された。これでは、自分から手の出しようもない。

「少佐に、抱いてもらったのに、無駄になりました」

もう一度、無駄になったと言ったフリットにウルフは吐息する。呆れられていると受け取ったフリットは口を歪ませる。そうしないと、零れそうだった。

一通り話を聞き終えてウルフが思ったのは馬鹿らしいの一言だ。けれど、それは呆れからくるものではなかった。
頭が良いくせに、だからこそでもあるが、多角的に物事を考えすぎだ。もう少し直感で生きればいいものを。
思って、それは自分にも言えることだと、ウルフは気付いて、認めた。

狼は直感でフリットを背中から抱きしめた。
息を殺したフリットが落ち着くまで待つ。待った。

「無駄にしない方法、あるだろ」

疑問を、抱きしめた身体が伝えてきた。
泣きたいのに泣かない顔をさせ続けるつもりはない。だから。

「俺のものになれ」

耳元で甘噛みするように声をのせた。赤味を増していくフリットの耳裏にウルフは鼻先を近づける。
返事は直ぐにない。時間を掛けて、フリットは自分の手を抱きしめてくるウルフの手に重ねようとして、戸惑って指先だけ。焦れったいとウルフの手が此方を掴んで来た。力強く。けれど、痛くなかった。無駄という痛みもフリットの中から消えていく。

それ以上は強引な手段に出ない背中の温もりへ、抵抗なく頷いた。
彼女が呼んだのは、最後のベッドからの時と同様に「少佐」ではなかった。





























◆後書き◆

年齢操作でより年齢差を広げてみました。49歳と22歳。
27も年齢差あればウルフさんからフリットは異性の対象にはならず、保護の対象であるほうが大きいのではないかと。その辺の葛藤がありつつベッドイン。
フリットは性行為にそこまで消極的でないイメージでいつも書いてるつもりなんですが、今回はより性的なことに興味多めにしてみましょうと。意外とノリノリ(のはず)。
フリットちゃんに咥えられてたパンツはどうなったかはスルーしましょう。パンツおいしい。
数人から告白されているからモテるというのとは違って、フリットは経歴とか特殊なので男側からしたらステータス的な部分はあったかもしれないしなかったかもという面妖な。

このページの下におまけ話を。『その後のウルフリ♀』と『ラーガンの災難』。

Duft=香気

更新日:2014/07/25
























































格納庫に来て、持ち場であるガンダムの方に向かうより先に、フリットはウルフ隊の姿達を見つけ確認すると其方に向かった。

やって来るフリットの姿に最初に気付いたのは青年だ。ウルフとフリットの基地一周追いかけっこは殆どの者が目撃しており、二人の関係は周知の事実となっている。
あの後、自分達のところに戻ってきたウルフは仲間に誘うという目的を忘れていたと、年嵩のボケだと愚痴りながら再びフリットに話し掛けにいった。
結果は、はっきり断られた。彼女は未だに孤高だ。だが、以前と違うのはフリットから此方の隊に顔を出すようになったことだ。

勿論、ウルフへの用事だ。
彼女が話し掛ける前にウルフが気付いて振り返る。

「ウルフさん、あの」

階級呼びでないから私情寄りの話だろう。躊躇いがちな様子のフリットにウルフは先を促す。

「どうした」
「出来たかもしれなくて」

目の前で立ち止まったフリットは両の手指を重ねたり解いたりして、そこに視線を落として言う。

「出来た?」
「妊娠してる、かも」

その場の空気が固まった。

「それで、此処だと細かい検査出来なくて。何処か、コロニー内の病院に行こうと思ってるんです」

体調不良や病気の類とは無縁であったため、あまり病院へ行ったことがない。小さい頃は“オーヴァン”の主治医に診て貰っていたが、此処では基地内の医務室ぐらいでしか世話になっていない。
先程、医務室で妊娠検査薬を貰って陽性であった。本当に妊娠しているかも知りたいため、産婦人科にかかるべきと決めたが、何処の病院に行けば良いのかウルフに訊ねに来たのだ。

頼りになる病院と言われても、ウルフも医者との付き合いはレーサー時代のチーム所属の専属医だけだった。
妊娠しているかもしれないというだけでも衝撃があるのだ。答えられずにいると、ウルフ隊の女性隊員が手を上げた。

「あそこ。森林エリアの奥に一年前に出来た病院あるでしょ。産婦人科もあるし、開業から間もないから他のとこより余裕あるんじゃない?」

何故そんなことを知っているのかと、隊の一人が突っかかれば、彼女の姉が妊娠八ヶ月で世話になっているらしい。姉妹が懐妊間近というのは皆が耳にしていたことで納得する。

「そこに行ってみます。有り難う御座います」

一先ず検査だけでもというなら早いほうがいい。予約が埋まっているような病院では時間が掛かってしまうだろうからだ。
頷いて頭を下げたフリットは病院の場所などを調べようと踵を返そうとした。けれど、それを後ろから肩を掴まれて食い止められる。振り返って聞こえてきたのは。

「お前、産むつもりか?」

表情を消すどころではない。急速に冷えた不安のままにフリットは瞳に感情を映した。
これは訊き方が不味いと部下達は心の声を揃える。

「駄目……です、よね」

そこで表情を真っ新にしたウルフは失言に気付いて、そういう意味ではないと両肩を掴んでフリットの身体の正面を自分に向かせる。

「下ろせなんて言ってないだろ。お前は産んでもいいと思ってるのか訊いたんだ」

顔を上げてことりと傾げたフリットの表情は何処か幼い。けれど、正確に伝わったようで、彼女は縦に頷いた。

「病院、一人で行くつもりか?」
「ええ」
「少し待て。俺も休暇の日を合わせる」

ぱちりと瞬いてから、フリットは焦りを伴って首を横に振った。検査薬が陽性だったからといって、百パーセント確実に妊娠していると結びつけるのは早計だ。
本当は彼に相談せずに内緒で行くつもりだったが、医療班のエミリーに怒られたのだ。彼女のシフトを事前に確認して、いない時間を選んで妊娠検査薬を貰ったところまでは良かった。しかし、検査薬の結果が出て医療主任に産婦人科の病院を訊ねようとした時にエミリーに出会してしまい、隠し通しきれずに言ってしまった。

ちゃんとウルフにも報告することと念を押されて、溜息を零してエミリーからの約束を了承してフリットは今此処にいる。
しかしだ。一緒に病院に行くことはないだろう。妊娠していないという結果だった場合、ウルフとは顔を合わせられない状況になるのではと、そんな危惧がある。

煮詰まるフリットにウルフはもしやと頭を掻く。

「おっさんがついていくのは嫌だよな。すまん、考え無しだった」
「そういうわけじゃなくて」

それこそ焦りのままにフリットは首を振って違うと伝える。歳が離れているからとか、そういうのは気に留めていない。自分がウルフを好いているのかどうか、実は未だによく分からないところがあるのだが。彼なら、ウルフのことならば、好きになっていける。そう想っている。でなければ、彼の手に指先さえ重ねることなどなかった。

「分かりました。でも、病院の方の都合に合わせることになりますから、予約の方を先に入れます」

その後で、ウルフの方も同日に休暇の申請が通れば同伴で赴きましょうとフリットは落ち着いて提案した。少し考える様子を見せたが、異論はないとウルフは頷く。

それじゃあと、フリットは周囲の目がある場所でする話ではなかったなと頬を僅かに染めてその場から離れる。ゆっくりだが走り出したフリットの背中に「あんまり走るなよ」とウルフが口横に手を持ってきて注意を飛ばせば、彼女は苦い顔で僅かに振り返ってから前に戻して歩く。

遠のいた背中がまだ見えているが、ウルフは手近なコンテナに腰を落とした。俯き気味に顔を覆った隊長に部下らが含んだ視線を向ける。
刺さっていることを自覚して、ウルフは思い至った未来を口にした。

「もし子供が産まれたらあれだよな。自分のガキが二十歳の頃には、俺、七十か」

皆、閉口する。ちょっと、想像してしまったのだ。

「いや、バルガスさんも六十三で現役であれだけ働いてますし、まだまだ元気そうじゃないですか」

一番ほど近いところにいた青年が言うが、ウルフは俯きを深くして「フリットが」と前置いて。

「最近、ボケてきてるみたいで困るって言ってたな」

とどめを自分から刺させてしまった。
しかし、哀愁を引き摺るウルフではなく、拳を作って軽く額に打ち付けて切り替えに入った。運動メニューを一つ増やそうかと考えていれば、姿を消しかけたフリットが此方に戻ってくる姿があった。
言いつけを守って歩いてきているのを見て、ウルフは立ち上がって自分からフリットへと向かう。

「隊長やさしー」

人間変わるものだと思うが、正しく言えば、新しい一面であるのだろう。今まで見落としていたものかもしれないけれどと、病院を教えた彼女は話し合う二人に視線を向け、告白経験のある三人の肩を叩いておく。

「何か忘れ物か?」
「そんなところです」

向こうから足を運んできてくれたウルフにフリットは気恥ずかしさを覗かせた。後ろ手に手首を交差させて右手と左手を重ねて、言い忘れていたことを伝える。

「実は、母さんがこっちに向かって来てて」

一月前からそんな話を切り出されていたし、今日“オーヴァン”のステーションから此方への便に乗り込むことは一週間前に連絡があったから急なことではないのだが、ウルフには言い辛かったことがあるのだ。

「見合い相手を……その、許婚も連れてくるらしくて」

これである。
ウルフの子を妊娠しているかもしれないとなれば、適当に話を聞き流すというのは難しい。それに、母親を騙すようなことはしたくなかった。
妊娠したかもと先程まではそのことだけで頭がいっぱいだったが、少し安心して、もう一つ問題があったことを思い出したのだ。

許嫁という言葉にウルフは目を丸くする。そこで思い出したのはフリットから子供の頃の写真を少し見せてもらった時のことだが、一軒家よりも大きい屋敷が映っていた。ありふれた家庭に執事はいない。本人のイメージにあまりそぐわないので失念していたが、そういえばお嬢様だった。
この期に及んでフリットを手放すつもりのないウルフは内心で頷く。

「そうだったな。まだ入籍はしてねぇな、俺達」

事も無げに言ったウルフにその気があると分かって、フリットは胸を焦がす。

「お前の母親には婚約してるってことで話つけるとして………そういやフリット、母親いくつだ?」

途端に不味そうな顔をするウルフにフリットも彼が危惧していることに思い当たって「あ」と声を出す。それから気不味そうに、汗を浮かべる。

「……ウルフさんより年下です」

何か割れる音がした。












一日の仕事を終え、デスク型のパソコンを起動させたラーガンは立ち上がりまでの時間で着替えを済ませる。五十四という歳であっても、働き盛りな体躯は強い疲労を感じていなかった。
椅子に座り、メッセージの新着を開けばウルフから一通。

『フリットが結婚する。』

それだけだ。長文を送ってくる相手ではないが、ここまで短いものを送ってくるのは稀だった。
流石にこれだけではどういうことなのか。首を傾げる。いや、フリットが結婚するというのは分かるし目出度いことだ。

鍛冶屋を再興したいからと条約の改正を試みるため、軍に入ってキャリアを積んで発言力を認められる頃に政界へ移行するか、コネクションを持ちたいとしていた。
計画性のあるビジョンだが、フリットの人となりを教官という立場から見ていたラーガンは正義感が強いと評価している。だから、政治家には向かないタイプだと思った。
頭は切れるが、感情的な部分を捨てられないのだ。世界の規則は機械的に見なければまとめられない。訓練などでも、足を引っ張る要領の悪い者が転けたら振り返って手を差し伸べるような子だった。相手が自分のことを良く思っていなくても。

『誰とですか?それと、差し支えなければ詳細もお願いします。』

送信したラーガンは結婚相手を訪ねても自分の知らない人物だろうなと憶測する。ウルフも知らないかもしれない。
無難なところで、アスノ家と交流のある工学方面に長けた家柄の子息だろう。家の再興を考えているならフリットも了承するに足る。

新着を知らせる音に早いなとラーガンはもたれ掛かっていた背を前に向けた。

『俺と。あと子供も産まれる。』

予想外過ぎて目眩を起こした。
一瞬、何か見えてはいけないものが見えた気がした。見間違いでありますようにと心の中で合掌し、バイザーを外して目を凝らしたラーガンは変わらない文字列に電源を落とす。

後日、血相を変えた人物が狼に掴み掛かりに遠くのコロニーから飛んできたらしい。








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