◆Entfernung◆









モビルスーツハンガーを一望できる場所でラーガンは白い姿に声を掛ける。

「呼び出されたことについて訊いても構いませんかね」

気配には気付いているであろうはずなのに、此方に顔を向けようとしないウルフにそう切り出す。
何処を見ているのかと彼の視線を辿ろうとしたが、その前に視線を動かされた。

「お前はあの艦長に疑問無ぇのか」
「グルーデック艦長?」

狼の眇に呼吸を止められるが、それは一瞬だ。自分に直接向けられたものではない。
グルーデック・エイノアがディーヴァの艦長になったのは緊急事態だったこともあり仕様がなかったことだ。消去法を使っても適任者として最終的に名が残るのは彼くらいだ。アリンストン基地では副司令という立場だったのだから。それに、艦長としての指示や責任もこなしているとラーガンの目には映る。

だが、ウルフが彼を気に入らないとする理由は掴める。似たようなことを考えているのだ。あの短時間で連邦軍総司令部ビッグリングから艦長変更の通達が届くのだろうか。
けれど、見極めのためにラーガンは方便の態度を崩さない。

「艦長になるはずだったフォンロイドのことは耳に入ってるか?」
「それはブルーザー司令から聞いていました。けど、あの混乱の中でしたからね。救助艇か何かで助かっていると良いんですけど」

ラーガンはフォンロイドと顔を合わす前だったが、彼が基地に到着した連絡は確認していた。“ノーラ”のコロニーコアに住民を避難させたが、そこにも彼の姿がなかったことを考えれば無事を祈るくらいしかない。

そのラーガンの語り口にウルフは眉を詰める。それが大概のクルーの総意でもあるからだ。勘がいまいちの人間が多いなとウルフは内心で吐息する。
それでも話し相手にラーガンを選んだのは判断を見誤らないと見込んでのことだった。

「フォンロイドの奴はいけ好かなかったし、艦長が誰だろうと構わねぇが」

彼は戦死したとグルーデックの口から直接聞いていたが、それを伝えて混乱させることもあるまい。ラーガンも薄々は嫌な予感として、その懸念は持っているはずだ。

「アリンストン基地の司令官も俺は疑ってる」

流石のラーガンもその発言には眉を顰めた。ヘンドリック・ブルーザーは命を賭けて“ノーラ”の住民と自分達を生かしてくれたのだ。それを否定するような言に心穏やかにいられるわけがない。彼がいなければ、ウルフだって無事に呼吸していなかった。

空気の変化に冷静さの奥に潜むものもあると知って、ウルフはラーガンの評価を少し改める。勿論、良い意味でだ。

「正常な大人の神経なら餓鬼に武器なんか持たせねぇし、触らせもしねぇよ」

誰を指しているのかは明白だった。そこでウルフが先程視線を落としていた先が、ガンダムのハンガー下に集まっている子供達三人だと知る。

「フリットは特別ですよ。だからブルーザー司令だって」
「特別視ほど負担になるもんはねぇよ」

言葉を喰うように割って入ったウルフの言い分にラーガンは押し黙る。特別に扱うことがプレッシャーになるというのは想像出来るからだ。けれど、

「天性の才能です。それに、フリットも望んでいることだ」
「餓鬼らしくねぇんだよ」

微妙な顔で返されたそれは今までのような語気ではなく、覇気のないものだったことにラーガンは瞬く。

「あの、話が少し逸れますけど、子供……苦手じゃないんですね」
「別に、鬱陶しいって思うことがないわけじゃねぇけど」

頭を掻くウルフにラーガンは意外を得る。その視線にウルフは口元を一度曲げるが、ぽつりと問い掛ける。

「レースとか、お前が餓鬼の頃ってそういうの好きだったか?」
「そうですね。まぁ、モビルスーツに憧れて軍人になりましたから。モビルスポーツも格好良いなと思ってましたよ」
「なら分かると思うが、餓鬼のキラキラした目ってのはそれだけしか見えてないって感じするだろ?」

その眼差しが自分に向けられているのは素直に嬉しいものだ。だから、子供は嫌いではない。

ウルフの伝えたいことは理解でき、ラーガンは成る程と頷き返す。しかし、そういう場を好むのならばレーサーを辞めて軍人になった理由が気になる。

レーサーから軍に転向する者はさして珍しくはない。
現役のレーサーとして活躍できるのは例外があるにしても三十代までが殆どだ。四十を過ぎてからは監督やトレーナーになる選択肢もあるが、途中挫折で燻りがある者は軍人や警備関係のモビルスーツやモビルセキュリティに搭乗可能な仕事を選ぶ。新人でレーサーとしての芽が出ずに軍人となった知り合いはラーガンにもいる。
スポンサー会社で働くよりは稼ぎもこちらが良いらしい。

だが、ウルフならば軍人以上の稼ぎをレーサーとしてまだまだ得られたはずだ。だからこそ、変わり者と軍内部で話題にもなっている。
そのことはウルフの耳にも入っているはずだが、本心が語られたことはない。

「貴方にとって軍人はレーサーより魅力的ですか?」

直接ではなく遠回しに尋ねれば、ウルフは静かな表情で此方に視線を合わせた。ある意味、フリットよりも内面を探りづらい相手だと感じ入る。
と、ふいにウルフは口端をつり上げた。

「俺は惹かれるより、魅了する方が得意だ」

面食らったラーガンの表情に愉快だとウルフは数度、肩を震わせた。笑うことを失礼だと思わずに隠そうともしない男にラーガンは嘯(うそぶ)かれたと顔を顰めた。

「からかうのは止してください」
「からかってねぇよ。男はそれくらいで丁度良い」

喉の震えを一旦落ち着けたウルフは笑みの表情はそのままで本人なりに真面目に答える。

調子が狂うというか、ペースを向こうに持って行かれていることにラーガンは諦めて肩を落とす。
彼の様子から本心を言いたくないという空気は感じない。隠そうという恣意も感じない。ただ、言う必要がないと心に決めているのだろう。
自分自身の争点は、他者に何と言われようと、自分でしか納得のいく解決を見いだせない。口にすれば糸口くらい見当たるものであるが、自己満足で終えることを良しとしていない片鱗を相手から垣間見る。
頑なにというわけではないが、それに関わる人物達に対して思うことなり断ち切っているものがあるならば、自ら以外を引き合いに出すようなことはしたくないのだろう。

そろそろ話を戻すかと、ラーガンは腕を組んで姿勢を改める。これ以上彼のペースで進められたら、悩みの種が増えそうだ。

「それで、グルーデック艦長に不審だと感じる動きでもあったんですか?」
「臭うぜ。まぁ、目的が一致してようがしてまいが、利害が一致する分には勝手なことをするつもりねぇよ」
「――それなら、どうして俺にそんな話を」
「チームメイトには背中預けられないからな。相棒探しに付き合え」

意図を探れずに首を傾げたラーガンの肩を二度叩いて、ウルフは彼を横切る。
振り返り見る狼の背中は何処か満足そうで、ラーガンは余計に首を捻るしかない。しかし、今度はフリットを構いにいったことだけは分かる。下に降りた彼が足を向ける方向を視線で辿れば明白だ。







作業から手を離そうとしないフリットを動かすのを諦めたエミリーは携帯食料を取りに食堂に向かっていた。そのため、ガンダムの足下近くに座り込んでいるのはフリットとディケの二人だ。バルガスの方はビルダー制御室で作業をしている。

制御室やガンダムの調整をしている整備班達に目をやってから、ウルフは場にそぐわない小さな姿に目を落とす。
認めることは出来ているが、慣れてはいけない光景だと思う。

フリットに何やら説明を受けていたディケがウルフの姿に気付いて「おお!」と驚きの声を出すと、立ち上がって狼に駆け寄る。

「サインくれ!」
「またかよ。俺はもうレーサーじゃねぇっての」

何処から出したのか分からないペンと真っ新な色紙を両手に、目を輝かせているディケをウルフは力を込めていない緩ませた手を振ってあしらう。

「くれるまで諦めねーぞ」
「あのなぁ」

小うるさい要求をなかなか止めようとしないディケにウルフはうんざりした顔で自分の耳を両手で塞ぐ。
纏わり付かれるのを鬱陶しく感じながらも応対していれば、フリットと一瞬目があった。向こうがすぐに顔をPCモードのハロに戻してしまったが、確かめてみるかとウルフはディケの後ろの襟首を掴んで持ち上げる。

「分かった。特別に書いてやる」
「本当か!」
「あんまり大声出すな。辞めてからは一切そういうの断ってきたんだからな」

声を出さずにこくこくと何度も頷くディケに大人の事情は伝わっていなさそうだったが、言葉は通じているようなのでウルフは良しとした。
ペンと色紙を受け取ったウルフは勘を取り戻すために間を置いてからペンの蓋を取った。意外と覚えているものだと、自身の手慣れ加減に感嘆したウルフは色紙をディケに手渡した。

「本物だ!すげー格好良い!」
「だから大声出すなって」

すっかり失念していたという顔をしたディケは慌てて自分の口を塞いだ。こういったサービスをしたというのが噂になったりすると厄介だが、子供の嬉しそうな顔は悪くない。だから肩を落とした注意だ。
誰にもサインのことは勘づかれるなと言い含めれば、ディケは敬礼してからそそくさとした様子であてがわられている自室へ走っていった。

さてと、といった様子でウルフはフリットの間近まで距離を詰めて斜め後ろの位置で座り込む。
此方から遠ざかるように顔を背けたので、作業にそこまで集中しているわけではないのだろう。もしくは煮詰まっているかだが。
アスノ家というのを聞いてもウルフにはいまいちピンとこない。鍛冶屋の存在は知っている程度で詳しくはないが、大層な生まれという感覚をフリットに持っている。

「お前もサインいるか?」
「いりません」

即答に肩をすくめるが、予想通りの納得から出たものだ。此方に対しての認識はその程度だろう。

今ならサービスしてやるのにとウルフが零してもフリットは取り合わない。ただ、考えてしまうことはある。サインから結びつくのはウルフがモビルスポーツレーサーであったという事実で。それらに興味のないフリットにとっては絵空事に近い。
けれど、どうして軍人になったのだろうかと、模擬戦で一戦交えてから気になり続けている。
レーサーというものに実感が今まで湧かなかったが、先程のディケとのやり取りや様子である程度の輪郭は感じ取れていると思う。モビルスポーツ自体の知識もあるのだから。

「サインはいらないので、代わりに、質問に答えてもらってもいいですか?」

質問のみではなく、質問から答えまでを要求する言に用意周到だなとウルフは内心で笑みを浮かべる。大人になったらかなり厄介な人間に育っていそうだと。だが、悪くない。

「いいぜ。で、質問ってのは?」

此方を首で振り返っていただけのフリットは身体ごとウルフに向き直り、真っ直ぐ視線を合わせた。

「軍人は有意義ですか?」

――ほう。と、ウルフは胸の内に落とす。似たようなことをラーガンに問われたばかりだったからだ。レーサーとの比較を明言していないだけで。
そこそこ互いの認識は築けているが、相手の領分にどこまで触れていいのか迷ったのだろう。姿勢を正したのもそれの現れかもしれない。

逃げ場を無くすような問い方をしながらも。答えられないと返したら、答えられないことそのものを答えとして受け取りそうな、そんな距離感だ。

「競う場としては悪くねぇな」

だから、あえて避けたであろうことを此方から切り返した。すれば、フリットは眉を歪める。

「貴方は、ゲーム感覚でやっているんですか」

レースにも危険は伴うものかもしれないが、戦場と比較すればレースもゲームと大差ない。そう思うフリットはウルフのいい加減さに不愉快を滲ませた。
けれど、ウルフは子供の反応をさして気にもしない様子で続ける。

「ゲームの何が悪い。シミュレーターだって似たようなもんだろ」
「あれは訓練用で、能力向上やスキルアップするための」
「能力向上、スキルアップ。ゲームにありがちだな」
「現実かそうでないかの区別はあります」

不機嫌を色濃くするフリットに、未熟を感じたウルフは同僚や上司にも、かつてのチームメイトにも語ったことのないことを口にした。

「賭けるものが違う」

不満から疑問顔に変化したフリットに聞き入れる態度を見て取ったウルフは、先の言に対する補足を付け足す。

「戦うこと自体に良いも悪いもない。レースと同じで始まったらゴールまで走りきるのは変わらねぇしな。だがな、俺は賭けるものまで同じだとは言ってない」
「―――何を賭けてるって言うんですか?」
「お前は解ってるだろ」

そう言ってウルフはフリットの心臓の真上を軽く叩いた。
プライドはどちらにも賭けていたが、生死の重みが極端に上乗せされたことを初めての戦火で味わった。フリットのことについてまだ知っていないこともあるが、ガンダムに乗って戦場に出たのだから理解が追いついていなくとも感じ取っているだろう。
賭けているものに戦場に立つ全ての命も含まれるが、UEとしか相対したことのないフリットに教えるべきことではない。

納得しきっていないフリットの表情に今はそれでいいんだと、ウルフはフリットの頭を強めに撫でた。
からかわれていると感じたフリットはウルフの手を払おうとするが、その前にウルフが立ち上がってしまい、届かない。悔しさからフリットも追いかけるように立ち上がるが、突然に表情を消したウルフに身構えた。

視線が交錯していることを見止めた上でウルフは調子を落とした声を出す。

「軍人は誰もまともじゃない」

何を言っているのか。それでは、ウルフが自ら語ったことをも否定しかねない。
彼が伝えようとしていることに気付けていない自分自身に、フリットは焦りの感情を得る。

軍人は有意義かとフリットの質問を内心でもう一度反覆したウルフは、嘔吐感手前の胸糞悪さを垣間見せた。正直、想像していた軍人と実際の軍人はかけ離れていた。けれど、レーサーに戻ろうという考えだけは浮かばず、血生臭い狼になることを決めたのだ。
自らに本音と建て前の区別は無く、悪くないと言ったのも本心の一つだ。矛盾としてぶつかり合っているのではなく、それらが常に混在している。

フリットはまだ、まともな道を選べる時期だとそう伝えたかったのかは、ウルフ自身よく考えて口にしたことではない。ただ、グルーデックとブルーザーのことが頭に引っ掛かっていることだけは確かだった。そして、自分もまともではない。

それ以上を語る術は持ち合わせていないと、不安を残すフリットから視線を外す。けれど、それは遠のくのではなく、相手に近づくことで視線にズレが生じたようなものだ。 狼は鼻腔を澄まし、すんすんと芳しさを確かめる。

頭近くで留まっていたウルフが身を引いてから、フリットは僅かに片方の眉を潜ませる。

「前々から思ってたんですけど、なんで嗅ぐんですか?」
「嫌ならしねーけど」
「あ、いえ。あの、訊いているのはそうじゃなくて。嗅ぐ理由を尋ねているんですけど」

だろうなとウルフは理解していたが、そう易々と教える義理はない。此奴とはこの距離感が一番愉しい。そう感じる。

「そのうち分かる」
「?」

納得出来ずに疑問をのせていたフリットだったが、問い質しを繰り返したところで無駄なのだろうと相手の予想がついて肩を落とした。
嗅がれるのはとくに構わないけれどと思ったところで、何日かシャワー室に向かっていないと気付く。そういう体臭を嗅いだわけではないとは思うのだが。
それでも表情に出ていたのか、ウルフは携帯食料を両手いっぱいに抱えているエミリーが此方にやってくるのを一瞥してから顔を戻した。

「エミリーの言うことはちゃんと聞いとけよ」

内容は兎も角、したり顔で言われたのが癪に障った。心の声を読まれたように感じたからだ。此方はまだウルフのことをそこまで解っていない。むしろ、余計に疑問が増え続けている。本当にそのうち分かるものなのだろうか。

ディケの姿が見えず、代わりにウルフがいることに少々の不思議を持ってエミリーは二人の間にまで来る。
首を傾げてエミリーがフリットとウルフを交互に見遣ると、ウルフは彼女の手からパックを一つ奪う。

「あ!また……!」
「また?」

フリットが知らぬところで交わされたやり取りだ。エミリーは後で説明するからと、先にウルフに抗議の視線を向けた。

「ディケに貸しがあるからこれでチャラだ」

今度はエミリーの方が何のことだとフリットに疑問の表情で問う。それにフリットは頷き返し、ウルフの言に正当性があることを認めた。

取りあえずお許しは頂けたらしいと、ウルフは取り持ったフリットの頭を撫でようとしたが、こっちじゃ怒られるなと中途半端に持ち上げた手を相手の肩に置く。
ウルフがフリットの方に顔を寄せたので、エミリーは固まった。手に持っていた携帯食が入ったパックを全て床面に落としてしまうほどに。
だが、先行していた想像と違っていたことにエミリーは我に返るとパックを慌てて拾う。中身が出てしまったものはないようだ。

匂いを嗅ぎ終わったウルフは先程より柔らかくなったと感想を持ち、近くに転がっていたパックをフリットの手に持たせた。
用件はこれで終わったとばかりにさっさとその場を後にしていく姿を見送るでもなく、フリットはエミリーを手伝ってパックを拾う。それにエミリーは礼を言いつつ、フリットのことをじっと見つめた。

「何?」
「さっきの、何とも思ってないの?」
「さっきの?」

疑問の繰り返しになり、エミリーは何でもないと会話を区切った。彼女の問いにあるものにウルフが関係しているというのは何となく感じ取れたが、何を指しているのかがフリットには掴めず、首を傾げた。

全部拾い終えた少し後でディケが戻ってくる。その後ろにはラーガンの姿もあった。
気さくに挨拶を寄越してくるラーガンに、彼も自分達より年上だが距離感が定まっていると確認して、フリットはつい先程まで無意識に身構えていたことを遅れて自覚する。ウルフの前では意地を張っていたのだ。けれど、それが分かったところで、どうだというのか。

「ウルフに何か言われたか?」

突然難しい顔をし始めたフリットにラーガンは問う。少々、グルーデックやブルーザーのことに関してのことを耳に入れてしまっていたなら難儀だ。

ラーガンから心配の気配を感じてフリットは瞬く。まるで母親が学校で嫌なことがあった息子を気に掛けるような。普通ならばこそばゆさを感じても可笑しくはないが、フリットにとってはそれは遠い感覚だ。

「何か言われたとかじゃないです。ただ、少し話してもらっただけで」

一方的に押しつけられてはいない。考える余地を与えるような話し方だったとフリットは思う。
あっけらかんとしたフリットの返事に毒気を抜かれたラーガンはそうかと肩の荷を降ろす。けれども、話してもらったという言い方だと、フリットから話を振ったのだろうか。
それが顔に出てしまっていたのか、フリットは会話の内容について自分から触れた。

「どうして軍人になったのかって」
「それ、答えたのか?あの人」

ラーガンから驚きの空気があり、フリットは首を傾げながらも頷く。

「どうしてかって言うより、軍人についてと言った方が正しいですけど」

そうだとしても、驚愕に値するとラーガンは飲み込む。似たようなことを自分が問うても取り合わなかったくせに。フリットの口振りと様子から、はぐらかされたという線はないだろう。
どういう風の吹き回しか。ラーガンは思考を動かそうとして、ああと思い当たる。
ウルフにはレーサーという手に職があったのだ。フリットも技術者として手に職があるようなものだ。
二人とも、戦う選択をせずとも、自らを磨ける場は用意されていた。ウルフからしてみれば、フリットは少し前の自分と立ち位置が似ているのかもしれない。自立しているように見える狼にも抱えているものがあるのは、ラーガンも気付いている。

先輩としてフリットに示唆を与えたのか、同族として共有を持ちたかったのかの判断はしかねるが、ウルフがフリットに自分を見せたことだけは確かだ。
子供には意外と甘い。ウルフへの評価を付け足し終わった頃、エミリーがおずおずと身を乗り出してきた。
内緒話なのか、耳を貸してと手振りで指示する彼女に従い、ラーガンはエミリーの口元に耳を寄せた。

「ウルフさんって、ラーガンとか他の人の匂いを直接嗅いだりする?」
「匂い?」

少し距離を取り、エミリーの顔を視界で捉えれば、彼女は神妙な表情で頷く。

「いや……けど、その場の空気を嗅いでることはあったような気はするけどなぁ」
「……そう、ですか」

ラーガンからの言だけでは確証は持てないが、あれはフリットにだけということだ。何故だろうと考える気持ちはあるが、フリット本人が気にしていないのだから引っかかりを覚える必要はないとも思う。
不思議そうに首を傾げているラーガンに何でもないとエミリーは両手を振り、祖父のバルガスに携帯食を届けに行ってしまった。
ラーガンはその様子にも首を傾げたが、エミリーが僅かにフリットの方を気に掛けた素振りを見せたのを見逃さなかった。

ウルフがディケに何か手渡し、それからフリットに近づいたところまでは上から捉えていたが、整備士に声を掛けられて目を離した。それでも、ウルフの言葉が頭から離れず、整備士との会話が区切られてからフリット達の様子を見に来たのだ。
何だかんだでウルフもフリットのことを子供扱いしていない節がある。子供らしくないと尖らせていたのに。だが、相手が大人ではないからこそ、口にした言葉もあるのだ。 考えれば考えるほど首を捻る。

ウルフとフリットの相互理解はまだ浅いだろう。だが、知っていくことが増えれば距離感は変わっていく。近づくこともあれば、遠のくこともある。彼と言葉を交わしたことで、フリットは自らに変動を持ったのだろうか。
ディケと話し込んでいるフリットからは普段と変わった様子は見当たらないが、目に見えないところでは狼の言葉がこびり付いているだろうと思ってしまうのは、自分がそうだからだ。
あの男には見過ごすようなことをさせない引力があると認めざるを得ない。
魅了する方が得意だというのはある意味真実だ。気付かないふりをせず、あまり見過ごすことのないようにしようとバイザーを掛け直した。





























◆後書き◆

漫画版フリット編を基準にアニメの流れを足した感じに。
くんかくんかシーンが好きで、そこ掘り下げるような話を書きたくて出来上がりました。

相手に対してどの程度の距離感を持っているかというのは互いに共有するのは難しいというか、自分主観か相手主観によりけりと思いますので、必ずしも同じとは限らないものだろうなと。
ウルフ、ラーガン、フリット。それぞれの(今の)距離感はどないなもんでしょうか。そこらはまた認識によって変化の兆しはあれど、受け入れようと定まったところで自分にとっての相手がどの位置にいるのか後々知る時が来るのでは。

ゲーム感覚だの何だのはフリット的には受け入れられない意見ではないかと思い、そこを考え直すのにウルフさんの言葉がきっかけだったりしたらいいなと。キオ君にゲームと称して(誕生日プレゼントでしたっけ?)シュミレーター与えてたりしてましたので、先のことを念頭に想像膨らませられるのがAGEの愉しい要素とも思います。

Entfernung=距離

更新日:2014/03/21








ブラウザバックお願いします